朝鮮半島では、半世紀以上にわたり同一民族の南北分断状態が続いている。現在も、非武装地帯(DMZ:Demilitarized Zone)を挟んで、160万人程度の地上軍が厳しく対峙している。
このような状況にある朝鮮半島の平和と安定は、わが国のみならず、東アジア全域の平和と安定にとってきわめて重要な課題である。
(図表I-1-2-1参照)
北朝鮮は、思想、政治、軍事、経済などすべての分野における社会主義的強国の建設を基本政策として標榜し1、その実現に向けて「先軍政治」という政治方式をとっている。これは、「軍事先行の原則に立って革命と建設に提起されるすべての問題を解決し、軍隊を革命の柱として前面に出し、社会主義偉業全般を推進する領導方式」と説明されている2。実際に、指導者の金正恩(キム・ジョンウン)国防委員会第1委員長は軍を掌握する立場にあり、13(同25)年1月の「新年の辞」3において、「軍力(軍事力)はすなわち国力であり、軍力をあらゆる方面から強化する道に強盛国家もあり、人民の安寧と幸福もある」と述べるなど軍事力の重要性に言及しているほか、軍組織の視察などを多く行っている。これらのことなどから、軍事を重視し、かつ、軍事に依存する状況は、今後も継続すると考えられる。
北朝鮮は、現在も深刻な経済困難に直面し、食糧などを国際社会の支援に依存しているにもかかわらず、軍事面に資源を重点的に配分し、戦力・即応態勢の維持・強化に努めていると考えられる。また、その軍事力の多くはDMZ付近に展開している。なお、13(同25)年4月の最高人民会議における北朝鮮の公式発表によれば、北朝鮮の同年度予算に占める国防費の割合は、16.0%となっているが、これは、実際の国防費の一部にすぎないとみられている。
さらに、北朝鮮は、大量破壊兵器や弾道ミサイルの開発などを続けるとともに、大規模な特殊部隊を保持するなど、いわゆる非対称的な軍事能力を維持・強化していると考えられるほか4、朝鮮半島において軍事的な挑発行動を繰り返している。
北朝鮮のこうした軍事的な動きは、朝鮮半島の緊張を高めており、わが国を含む東アジア全域の安全保障にとって重大な不安定要因となっている。
北朝鮮の核兵器保有が認められないことは当然であるが、同時に、弾道ミサイルの開発・配備の動きや朝鮮半島における軍事的対峙、北朝鮮による大量破壊兵器や弾道ミサイルの拡散の動きなどにも注目する必要がある。
北朝鮮がきわめて閉鎖的な体制をとっていることなどから、北朝鮮の動向の詳細や意図を明確に把握することは困難であるが、わが国として強い関心を持って注視していく必要がある。
北朝鮮の大量破壊兵器については、核兵器計画をめぐる問題のほか、化学兵器や生物兵器の能力も指摘されている。
北朝鮮の核問題は、わが国の安全保障に影響を及ぼす問題であるのみならず、大量破壊兵器の不拡散の観点から国際社会全体にとっても重要な問題である。北朝鮮は05(同17)年に核兵器製造を公言し、12(同24)年に改正された憲法において自らを「核保有国」である旨明記したのをはじめ、自らが核保有国であるとの主張を繰り返しているが、北朝鮮による核兵器の保有は断じて認められない。しかしながら、13(同25)年2月、北朝鮮は国際社会からの自制要求を顧みず、核実験を行った5。北朝鮮による核実験は、北朝鮮が大量破壊兵器の運搬手段となりうる弾道ミサイルの長射程化などの能力増強を行っていることとあわせ考えれば、わが国の安全に対する重大な脅威であり、北東アジアおよび国際社会の平和と安定を著しく害するものとして断じて容認できない。
弾道ミサイルについては、既存の弾道ミサイルの配備、長射程化や固体燃料化6などのための研究開発が進められていると考えられるほか、北朝鮮による拡散についての指摘がなされている7。12(同24)年12月の「人工衛星」と称するミサイル発射により、北朝鮮が弾道ミサイルの長射程化や精度向上に資する技術を進展させていることが示され、北朝鮮の弾道ミサイル開発は新たな段階に入ったと考えられる。北朝鮮の弾道ミサイル問題は、核問題ともあいまって、その能力向上の観点、移転・拡散の観点の双方から、北東アジアのみならず広く国際社会にとってもより現実的で差し迫った問題となっており、その動向が強く懸念される。
(1)核兵器
ア 六者会合などをめぐる主な動き
北朝鮮による核開発問題については、平和的な方法による朝鮮半島の検証可能な非核化を目標として、03(同15)年8月以降、6回にわたって六者会合が開催されている。05(同17)年の第4回六者会合では、北朝鮮による「すべての核兵器および既存の核計画」の放棄を柱とする共同声明が採択された。06(同18)年には、北朝鮮による7発の弾道ミサイルの発射や核実験実施8、それらに対する国連安保理決議第1695号および第1718号の採択などもあり、協議は一時中断していたが、北朝鮮はその後第5回六者会合に復帰し、07(同19)年10月の第6回六者会合では、北朝鮮が同年末までに寧辺(ヨンビョン)の核施設の無能力化を完了し、「すべての核計画の完全かつ正確な申告」を行うことなどが合意された。しかしながら、その合意内容の履行は完了しておらず9、六者会合は08(同20)年12月以降、中断している。
北朝鮮は09(同21)年にふたたびミサイル発射や核実験を行い10、国際社会は北朝鮮に対する追加的な措置を決定する国連安保理決議第1874号を同年6月に採択した。その後、南北の六者会合首席代表会談や米朝高官会談が行われた11が、六者会合の再開には至っておらず、12(同24)年12月の北朝鮮による「人工衛星」と称するミサイル発射を受け、13(同25)年1月には、北朝鮮に対するこれまでの決議による制裁を拡充・強化することなどを内容とする国連安保理決議第2087号が採択された。これ以降、北朝鮮は、六者会合および05(同17)年の六者会合共同声明はもはや存在せず、今後の非核化に関する対話も否定する旨の声明を発表している。
13(同25)年2月の北朝鮮による核実験実施を受け、同年3月には、対北朝鮮制裁の追加・強化を含む強い内容が含まれる国連安保理決議第2094号が採択された。これに前後して北朝鮮は、本決議の採択や米韓連合演習の実施に対し、92(同4)年に韓国との間で交わされた朝鮮半島の非核化に関する共同宣言を完全に白紙化する旨の声明や、米国などに対する核先制攻撃を示唆する声明を発表するなど、強硬な主張を頻繁に繰り返している。北朝鮮は、自衛的手段としてやむを得ず核兵器を保有したとし、自らの核兵器保有を正当化しているほか、13(同25)年3月に、核抑止力さえしっかりしていれば安心して経済建設と人民生活向上に集中できるとして、経済建設と核武力建設を並行して進めていくとの方針を決定し、同年4月には、「自衛的核保有国の地位をさらに強固にすることについての法」を定めるなど、核兵器開発を今後も進めていく姿勢を崩していない。
北朝鮮は、特に13(同25)年2月の核実験実施以降、核抑止力の保有・強化に関する主張を繰り返している。一方で、北朝鮮の核問題に対する対応については、核兵器保有国としての地位の承認を前提としつつ、意図的に緊張を高めることによって米国などとの交渉を優位に進め、何らかの見返りを得ようとするいわゆる瀬戸際政策であるとの見方もある。北朝鮮の究極的な目標は体制の維持であると指摘されていることを踏まえれば、これらは相互に排他的なものではないとも考えられる。
北朝鮮の核問題の解決にあたっては、日米韓が緊密な連携を図ることが重要であることは言うまでもないが、六者会合の他の参加国である中国、ロシアなどの諸国や国連、国際原子力機関(IAEA:International Atomic Energy Agency)といった国際機関の果たす役割も重要である。
イ 核兵器計画の現状
北朝鮮の核兵器計画は、北朝鮮がきわめて閉鎖的な体制をとっていることもあり、その詳細について不明な点が多い。しかしながら、過去の核開発の状況が解明されていないことや、06(同18)年10月、09(同21)年5月に加え、13(同25)年2月にも核実験を行ったことなどを考えれば、核兵器計画が相当に進んでいる可能性は排除できない12。
核兵器の原料となり得る核分裂性物質13であるプルトニウムについて、北朝鮮はこれまで製造・抽出を数回にわたり示唆してきたほか14、09(同21)年6月には、新たに抽出されるプルトニウムの全量を兵器化することを表明している15。北朝鮮は13(同25)年4月、07(同19)年10月の第6回六者会合で無能力化が合意された原子炉を含む、寧辺のすべての核施設を再整備、再稼働する方針を表明した。当該原子炉などの再稼働は、北朝鮮によるプルトニウム製造・抽出につながりうることから、その動向が強く懸念される。
また、同じく核兵器の原料となりうる高濃縮ウランについては、米国が02(同14)年に、北朝鮮が核兵器用ウラン濃縮計画の存在を認めたと発表し、その後、北朝鮮は09(同21)年6月にウラン濃縮活動への着手を宣言した。さらに北朝鮮は10(同22)年11月に、訪朝した米国人の核専門家に対してウラン濃縮施設を公開し、その後、数千基規模の遠心分離機を備えたウラン濃縮工場の稼動に言及した。北朝鮮は、濃縮ウランは軽水炉の燃料として使用されるものであり、ウラン濃縮活動は核の平和利用にあたると主張しているが、ウラン濃縮に関する北朝鮮の一連の動きは、北朝鮮が、プルトニウムに加えて、高濃縮ウランを用いた核兵器開発を推進している可能性があることを示すものであると考えられる16。
13(同25)年1月に国連安保理決議第2087号が採択されて以降、北朝鮮は、核実験の実施を示唆する声明などを発表していた17。これに対し、わが国を含む国際社会は、北朝鮮に対し核実験を行わないよう強く求めてきたにもかかわらず、同年2月、北朝鮮は核実験を行った18。北朝鮮は、今回の核実験により、必要なデータの収集を行うなどして核兵器計画をさらに進展させた可能性が高い。
北朝鮮は、その核兵器計画の一環として、核兵器を弾道ミサイルに搭載するための努力をしているものと考えられる。一般に、核兵器を弾道ミサイルに搭載するための小型化には相当の技術力が必要とされているが、米国、ソ連、英国、フランス、中国が60年代までにこうした技術力を獲得したとみられることを踏まえれば、北朝鮮が、比較的短期間のうちに、核兵器の小型化・弾頭化の実現に至っている可能性も排除できず19、関連動向に注目していく必要がある。
(2)生物・化学兵器
北朝鮮の生物兵器や化学兵器の開発・保有状況については、北朝鮮の閉鎖的な体制に加え、生物・化学兵器の製造に必要な物資・機材・技術の多くが軍民両用であるため偽装も容易であることから、詳細については不明である。しかし、生物兵器については、87(昭和62)年に生物兵器禁止条約を批准したものの、一定の生産基盤を有しているとみられている。また、化学兵器については、化学兵器禁止条約には加入しておらず、化学剤を生産できる複数の施設を維持し、すでに相当量の化学剤などを保有しているとみられている20。
(3)弾道ミサイル
北朝鮮の弾道ミサイルは、北朝鮮がきわめて閉鎖的な体制をとっていることもあり、大量破壊兵器同様その詳細については不明な点が多いが、北朝鮮は、軍事能力強化の観点に加え、政治外交的観点や外貨獲得の観点21などから、弾道ミサイル開発に高い優先度を与えていると考えられる。
ア スカッド
北朝鮮は、80年代半ば以降、スカッドBやその射程を延長したスカッドC22を生産・配備するとともに、これらの弾道ミサイルを中東諸国などへ輸出してきたとみられている。
イ ノドン
90年代までに、北朝鮮は、ノドンなど、より長射程の弾道ミサイル開発に着手したと考えられる。すでに配備されていると考えられるノドンは、単段式の液体燃料推進方式の弾道ミサイルであると考えられる。射程は約1,300kmに達するとみられており、わが国のほぼ全域がその射程内に入る可能性がある。
ノドンはこれまで、93(平成5)年に行われた日本海に向けての発射において使用された可能性が高いほか、06(同18)年7月に北朝鮮南東部のキテリョン地区から発射された計6発の弾道ミサイルは、スカッドおよびノドンであったと考えられる23。また、09(同21)年7月、同地区から発射されたと考えられる計7発の弾道ミサイルについては、それぞれスカッドまたはノドンであった可能性がある24。
ノドンの性能の詳細は確認されていないが、命中精度については、この弾道ミサイルがスカッドの技術を基にしているとみられていることから、たとえば、特定の施設をピンポイントに攻撃できるような精度の高さではないと考えられる。
ウ テポドン1
テポドン1は、ノドンを1段目、スカッドを2段目に利用した2段式の液体燃料推進方式の弾道ミサイルで、射程は約1,500km以上と考えられ、98(同10)年に発射された弾道ミサイルの基礎となったと考えられる。北朝鮮は、現在では、さらに長射程のミサイルの開発に力点を移していると考えられ、テポドン1はテポドン2を開発するための過渡的なものであった可能性がある。
エ ムスダン
北朝鮮は現在、新型中距離弾道ミサイル(IRBM:Intermediate‐Range Ballistic Missile)「ムスダン」の開発を行っているものと考えられる。ムスダンは北朝鮮が90年代初期に入手したロシア製潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM:Submarine‐Launched Ballistic Missile)SS-N-6を改良したものであると指摘されており、スカッドやノドンと同様に発射台付き車両(TEL:Transporter‐Erector‐Launcher)に搭載され移動して運用されると考えられる。また、射程については約2,500〜4,000kmに達するとの指摘があり、わが国全域に加え、グアムがその射程に入る可能性がある25。
なお、閉鎖的な体制のために北朝鮮の軍事活動の意図を確認することはきわめて困難であること、全土にわたって軍事関連の地下施設が存在するとみられていることに加え、TELに搭載され移動して運用されると考えられることなどから、スカッド、ノドン、ムスダンなどのTEL搭載式ミサイルの発射については、その詳細な発射位置や発射のタイミングなどに関する個別具体的な兆候を事前に把握することは困難であると考えられる。
オ テポドン2
テポドン2は、1段目にノドンの技術を利用したエンジン4基を、2段目に同様のエンジン1基をそれぞれ使用していると推定されるミサイルである。射程については、2段式のものは約6,000kmとみられ、3段式である派生型については、ミサイルの弾頭重量を約1トン以下と仮定した場合、約1万km以上におよぶ可能性があると考えられる。テポドン2は、06(同18)年7月、北朝鮮北東部沿岸地域のテポドン地区から発射され、発射数十秒後に高度数kmの地点で、1段目を分離することなく空中で破損し、発射地点の近傍に墜落したと考えられる。また、北朝鮮は09(同21)年4月、「人工衛星」を打ち上げるとして、同地区からテポドン2または派生型を利用したとみられる発射を行った。この発射については、わが国の上空を飛び越えて3,000km以上飛翔し、太平洋に落下したと推定される。北朝鮮は、12(同24)年4月にも、「人工衛星」を打ち上げるとして、北朝鮮北西部沿岸地域の東倉里(トンチャンリ)地区から、テポドン2または派生型を利用したとみられる発射を行ったが、ミサイルは1分以上飛翔し、数個に分かれて黄海に落下しており、発射は失敗したと考えられる26。
同年12月、北朝鮮は再び「人工衛星」を打ち上げるとして、同地区からテポドン2派生型を利用した発射を行った。この発射については、落下物がいずれも北朝鮮が事前に設定した予告落下区域に落下し、3段目の推進装置とみられるものを含む物体は軌道を変更しながら飛翔を続け、地球周回軌道に何らかの物体を投入させたことなどが推定される27。これらのことから、この発射により、北朝鮮が多段階推進装置の分離技術など弾道ミサイルの長射程化に資する技術や、姿勢・誘導制御技術など精度の向上に資する技術を進展させていることが示されたと考えられる。特に長射程化に関する技術については、この発射などで検証された技術により北朝鮮が長射程の弾道ミサイルを開発した場合、いくつかの関連技術について依然明らかでない点はあるものの、その射程は米国本土の中部や西部などに到達する可能性があると考えられることから、大きく進展していると考えられる。
北朝鮮は、この発射後も、「人工衛星の打上げ」を継続するとともに、より強力な運搬ロケットを開発・発射していくと主張しており、今後も、長射程の弾道ミサイルの実用化に向けたさらなる技術的検証のため、「人工衛星」打上げを名目にした同様の発射を繰り返すなどして、長射程の弾道ミサイル開発を一層進展させる可能性が高い28。
北朝鮮は、現在、以上のような弾道ミサイルに加え、射程約120kmと考えられる固体燃料推進方式の短距離弾道ミサイル「トクサ」の開発も行っていると考えられる29ほか、12(同24)年4月に行われた閲兵式(軍事パレード)で登場した新型ミサイルは、長射程の弾道ミサイルの可能性があると考えられる30。また、既存の弾道ミサイルについても、長射程化などの改良努力が行われている可能性に注意を払っていく必要がある。
北朝鮮が発射実験をほとんど行うことなく、弾道ミサイル開発を急速に進展させてきた背景として、外部からの各種の資材・技術の北朝鮮への移転の可能性が考えられる。また、弾道ミサイル本体ないし関連技術の移転・拡散を行い、こうした移転・拡散によって得た利益でさらにミサイル開発を進めているといった指摘31や、北朝鮮が弾道ミサイルの輸出先で試験を行い、その結果を利用しているといった指摘もある。このほか、長射程の弾道ミサイルの発射実験は、射程の短いほかの弾道ミサイルの射程の延伸、弾頭重量の増加や命中精度の向上にも資するものであるため、12(同24)年12月の発射も含め、テポドン2など長射程の弾道ミサイルの発射は、ノドンなど北朝鮮が保有するその他の弾道ミサイルの性能の向上につながるものと考えられる。
北朝鮮の弾道ミサイルについては、その開発・配備の動向のみならず、移転・拡散の観点からも懸念されており、引き続き注目していく必要がある。
(図表I-1-2-2・3参照)
(1)全般
北朝鮮は、全軍の幹部化、全軍の近代化、全人民の武装化、全土の要塞化という四大軍事路線32に基づいて軍事力を増強してきた。
北朝鮮の軍事力は、陸軍中心の構成となっており、総兵力は約120万人である。北朝鮮軍は、現在も、依然として戦力や即応態勢を維持・強化していると考えられるものの、その装備の多くは旧式である。
一方、情報収集や破壊工作からゲリラ戦まで各種の活動に従事する大規模な特殊部隊を保有し、その勢力は約10万人に達すると考えられる33。また、北朝鮮の全土にわたって多くの軍事関連の地下施設が存在するとみられていることも、特徴の一つである。
(2)軍事力
陸上戦力は、約100万人を擁し、兵力の約3分の2をDMZ付近に展開していると考えられる。その戦力は、歩兵が中心であるが、戦車3,500両以上を含む機甲戦力と火砲を有し、また、240mm多連装ロケットや170mm自走砲といった長射程火砲をDMZ沿いに常時配備していると考えられ、首都であるソウルを含む韓国北部の都市・拠点などがその射程に入っている。
海上戦力は、約650隻約10.3万トンの艦艇を有するが、ミサイル高速艇などの小型艦艇が主体である。また、ロメオ級潜水艦約20隻のほか、特殊部隊の潜入・搬入などに使用されると考えられる小型潜水艦約70隻とエアクッション揚陸艇約140隻を有している。
航空戦力は、約600機の作戦機を有しており、その大部分は、中国や旧ソ連製の旧式機であるが、MiG-29戦闘機やSu-25攻撃機といった、いわゆる第4世代機も少数保有している。また、旧式ではあるが、特殊部隊の輸送に使用されるとみられているAn-2輸送機を多数保有している。
北朝鮮軍は、即応態勢の維持・強化などの観点から、現在も各種の訓練を活発に行っている。他方、深刻な食糧事情などを背景に、軍によるいわゆる援農活動なども行われているとみられている。
(1)金正恩体制の動向
北朝鮮においては、11(同23)年の金正日(キム・ジョンイル)国防委員会委員長死去後、金正恩氏が12(同24)年4月までに朝鮮人民軍最高司令官、朝鮮労働党第1書記および国防委員会第1委員長に就任して事実上の軍・党・「国家」のトップとなり、短期間で金正恩体制が整えられた。体制移行後は、党関連会議の開催や決定事項などが多く公表されており34、党を中心とした「国家」運営を行っているとの指摘がある。その一方で、軍事力の重要性を強調しているほか、軍組織の視察などを多く行っていることなどから、金正恩国防委員会第1委員長は、引き続き軍事力を重視していくものと考えられる。
体制移行後、軍や内閣の高官を中心に、人事面で多くの変化がみられており、これは金正恩国防委員会第1委員長の権力基盤を強化する狙いがあるとも伝えられている。なお、このような人事面での変化にともなう混乱はみられず、また、北朝鮮では様々な「国家」的行事や金正恩国防委員会第1委員長による現地指導も整斉と行われていることから、体制は一定の軌道に乗っていると考えられる。一方、貧富の差の拡大や外国からの情報の流入などにともなう社会統制の弛緩などに関する指摘もなされており、体制の安定性という点から注目される。
(2)経済事情
経済面では、社会主義計画経済の脆弱性に加え、冷戦の終結にともなう旧ソ連や東欧諸国などとの経済協力関係の縮小の影響などもあり、北朝鮮は慢性的な経済不振、エネルギー不足や食糧不足に直面している。特に、食糧事情については、引き続き海外からの食糧援助に依存せざるを得ない状況にあるとみられている35。
こうした経済面での様々な困難に対し、北朝鮮ではこれまでにも、限定的な改善策や一部の経済管理システムの変更が試みられてきたほか、他国との経済協力プロジェクトも行われている模様である36。現在も、金正恩国防委員会第1委員長が経済状況改善の必要性をたびたび強調するなど、北朝鮮は経済の立て直しを重要視しているとみられる37。一方、北朝鮮が現在の統治体制に影響を与えるような構造的な改革を行う可能性は低いと考えられることから、経済の現状を根本的に改善することには、様々な困難がともなうと考えられる。
(1)米国との関係
米国は、他国と緊密に協力しつつ北朝鮮の核計画廃棄に取り組む姿勢を明らかにし、六者会合を通じた核問題の解決を図ろうとしている。六者会合の再開については、米国は一貫して、北朝鮮が05(同17)年の六者会合共同声明の遵守や南北関係の改善のための具体的な措置を講じることが必要との立場を示している。
これに対し北朝鮮は、米国の北朝鮮に対する敵視政策や米朝間の信頼関係の欠如が朝鮮半島の平和と非核化を妨げているなどとして米国を非難し、信頼関係構築のため、まず米朝間における平和協定締結が必要だと主張していた38。このように、以前から米朝の立場には隔たりがみられていたが、さらに13(同25)年1月の国連安保理決議第2087号採択以降、北朝鮮は、米国の敵視政策がより危険な段階に入っているとして、地域の平和と安全を保障するための対話の余地は残しつつ、世界の非核化が実現される以前の朝鮮半島の非核化は不可能であり、朝鮮半島の非核化のための対話は今後なくなるであろうとしている。また、北朝鮮は同年3月から4月まで実施されていた米韓連合演習などに強く反発し、朝鮮軍事休戦協定の完全白紙化、米国への核先制攻撃の示唆などの強硬な主張を繰り返しつつ39、米国による対北朝鮮政策の変更を強く主張している。
(2)韓国との関係
南北関係は、10(同22)年3月の韓国哨戒艦沈没事件40、同年11月の延坪島(ヨンピョンド)砲撃事件41といった南北間の軍事的な緊張をもたらす事案が発生するなど、李明博(イ・ミョンバク)政権下では関係が悪化していた。12(同24)年12月の韓国大統領選で朴槿恵(パク・クネ)候補が当選した後、北朝鮮は、金正恩国防委員会第1委員長が13(同25)年1月の「新年の辞」において南北の対決状態の解消を呼びかけるなど、南北対話に前向きとも取れる姿勢を見せていた。しかし、同月の国連安保理決議第2087号採択後は、韓国を強く牽制する主張を繰り返しており42、同年3月から4月にかけての米韓連合演習実施などに対しては、南北の不可侵に関する全ての合意の全面無効化などさらに強硬な主張を行い、韓国による敵対行為などが続く限り南北対話や南北関係改善はないとしている43。
(3)中国との関係
中国との関係では、61(昭和36)年に締結された「中朝友好協力および相互援助条約」が現在も継続している44。現在、中国は北朝鮮にとって最大の貿易相手国であり、12(平成24)年における中国と北朝鮮の貿易総額は過去最高を更新した。なお、11(同23)年における北朝鮮の貿易総額に占める中国の割合は70%を超えており、北朝鮮による中国依存は年々高まっていると指摘されている。また、金正恩国防委員会第1委員長が12(同24)年8月および11月に、北朝鮮を訪問した中国高官と会談するなど、金正恩体制への移行後も、中朝関係は政治・経済を中心とした様々な分野において緊密であると考えられる45。北朝鮮の核問題については、中国は朝鮮半島の非核化や六者会合の早期再開の支持を表明している。13(同25)年2月の北朝鮮による核実験実施後には、核実験を厳しく非難する声明を発表しているが、同時に、国連安保理の反応は慎重かつ適度でなければならないとするなど、関係各国の冷静な対応を継続して呼びかけており、同年3月以降の北朝鮮による一連の強硬な主張に対しても、ほぼ一貫して同様の姿勢を継続している。同年5月には、崔竜海(チェ・リョンヘ)朝鮮人民軍総政治局長が金正恩国防委員会第1委員長の特使として中国を訪問し、習近平(しゅう・きんぺい)中国共産党総書記と会談しており、北朝鮮と中国の関係については、今後とも注目していく必要がある。
(4)ロシアとの関係
ロシアとの関係は、冷戦の終結にともない疎遠になっていたが、00(同12)年には「露朝友好善隣協力条約」が署名された46。11(同23)年8月には、金正日国防委員会委員長(当時)がロシアを訪問し、9年ぶりに露朝首脳会談が行われ、ガス・パイプライン事業における協力などを進めることで合意したほか、金正恩体制への移行後の12(同24)年9月には、北朝鮮のロシアに対する債務のうち、90%を帳消しとする旨の協定に調印するなど、露朝間は友好関係を保っている。一方でロシアは、特に13(同25)年3月以降の一連の強硬な主張に対し、北朝鮮を非難している。
北朝鮮の核問題については、ロシアは、中国と同様、朝鮮半島の非核化や六者会合の早期再開の支持を表明している。13(同25)年2月の北朝鮮による核実験実施後には、核実験を非難する声明を発表しているが、同時に、北朝鮮との正常な貿易・経済関係に影響を及ぼしかねない制裁措置には反対するとも表明している。
(5)その他の国との関係
北朝鮮は、99(同11)年以降、相次いで西欧諸国などとの関係構築を試み、欧州諸国などとの国交の樹立47やARF(ASEAN Regional Forum)閣僚会合への参加などを行ってきた。また、イランやシリアといった国々との間では、北朝鮮からの武器輸出や武器技術移転を含む軍事分野での協力関係が伝えられている。
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