第I部 わが国を取り巻く安全保障環境 

第2節 大量破壊兵器の移転・拡散

核・生物・化学(NBC:Nuclear, Biological and Chemical)兵器などの大量破壊兵器やその運搬手段である弾道ミサイルの移転・拡散は、冷戦後の大きな脅威の一つとして認識され続けてきた。特に、従来の抑止が有効に機能しにくいテロリストなどの非国家主体が大量破壊兵器などを取得・使用する懸念は依然として高い。

1 核兵器
米ソ冷戦のさ中、62(昭和37)年のキューバ危機を経て、米ソ間の全面核戦争の危険性が認識されるなどし、70(同45)年に発効した核兵器不拡散条約(NPT:Treaty on the Non-Proliferation of Nuclear Weapons)のもと、66(同41)年以前に核爆発を行った国1以外の国の核兵器保有が禁じられるとともに、相互交渉による核戦力の軍備管理・軍縮が行われることとなった2
現在、NPTは190か国3が締結しているが、かつて核を保有していてもこれを放棄して非核兵器国として加入する国がある一方で4、インド、イスラエルおよびパキスタンは依然として非核兵器国としての加入を拒んでいる。また、06(平成18)年10月および09(同21)年5月に核実験の実施を発表した北朝鮮のように核兵器の開発・保有を自ら宣言している例もある5
09(同21)年4月のオバマ米大統領による、核兵器のない世界を目指すとした演説は、国際社会による核不拡散・核軍縮へ向けた取組を促すこととなった。
同演説は、核兵器の廃絶は早期に実現できるものではなく、核兵器が存在する限り核抑止力を維持するとしつつ、将来における核兵器のない世界の実現を目指し、米国の国家安全保障における核兵器の役割を低減させることをはじめ、米露間における第1次戦略兵器削減条約(START I:Strategic Arms Reduction Treaty I)に代わる戦略攻撃兵器の削減および制限に関する法的拘束力のある新たな条約の締結、米政府による包括的核実験禁止条約(CTBT:Comprehensive Nuclear-Test-Ban Treaty)6の批准の追求など7、具体的な取組を自ら行う決意を表明したものであった。
こうした核兵器のない世界を目指す決意は、同年9月に開催された核不拡散・核軍縮に関する国際連合安全保障理事会(国連安保理)首脳会合にも反映された8。10(同22)年4月には、米露両大統領によりSTART Iに代わる新たな戦略兵器削減条約への署名が行われ9、また、同月に開催された核セキュリティ・サミットでは核テロリズムの脅威を低減させるため、すべての脆弱な核物質の管理を4年以内に徹底するための措置をとるべきことなどが採択された。同年5月に開催されたNPT運用検討会議では、NPTの3本柱である核不拡散、核軍縮、原子力の平和的利用それぞれについて、将来の具体的な行動計画を含む最終文書が採択された10。さらに、11(同23)年2月、米露間の新たな戦略兵器削減条約はそれぞれの議会の承認を経て批准書の交換が行われ、発効した11
このように、国際社会が核不拡散・核軍縮へ向け、着実に、大きく前進を始めたことは、国際的な安全保障環境の改善に資するもので、歓迎すべきものである12


 
1)米国、ソ連(当時)、英国、フランス、中国。ただし、フランスと中国のNPT加入は92(平成4)年。

 
2)NPT第6条は、各締約国による誠実に核軍縮交渉を行う義務を規定。

 
3)11(平成23)年4月現在。

 
4)南アフリカ、ウクライナ、カザフスタン、ベラルーシ。

 
5)北朝鮮は、93(平成5)年にNPTからの脱退を宣言した後、NPT加盟国としてとどまることを約束したが、03(同15)年1月、再びNPTからの脱退を宣言した。05(同17)年9月に採択された六者会合の共同声明において、北朝鮮は、NPTに早期に復帰することを約束したが、その後、2度の核実験実施を発表した。北朝鮮による核実験は、NPTに対する重大な挑戦である。

 
6)いかなる場所においても核爆発実験を行うことを禁止する条約で、96(平成8)年採択。発効要件国44カ国のうち9カ国(米国、中国、インド、パキスタン、イラン、イスラエル、エジプト、北朝鮮、インドネシア)が未批准。米国は09(同21)年9月、10年ぶりにCTBT発効促進会議に参加した。

 
7)このほか、兵器用核分裂性物質生産禁止条約(FMCT: Fissile Material Cut-off Treaty)交渉開始への意思の表明、テロリストへの核拡散を防止するための核物質管理についての新たな国際的取組の開始、が挙げられた。FMCTは、兵器用の核分裂物質(兵器用高濃縮ウランおよびプルトニウムなど)の生産そのものを禁止することで、新たな核兵器保有国の出現を防ぐとともに、核兵器保有国による核兵器の生産を制限しようとするものである。

 
8)同首脳会合で採択された核不拡散と核軍縮に関する国連安全保障理事会決議第1887号は、・核兵器のない世界に向けた条件の構築、・NPTの3本柱である核不拡散、核軍縮、原子力の平和的利用のすべてにおいて現実的かつ達成可能な目標の設定、・CTBTの早期発効、・軍縮会議におけるFMCTの早期交渉開始、・テロリストへの核拡散を防止するための核物質管理の改善、などを求めた。

 
9)同条約は、条約発効後7年までに双方とも配備戦略弾頭を1,550発まで、配備運搬手段を700基・機まで削減することなどを内容とするものである。

 
10)この会合の成果としては、・中東決議の実施に関する現実的な措置(例:12(平成24)年の国際会議開催を支持)につき合意したこと、・核軍縮につき「明確な約束」が再確認されたこと、・具体的な核軍縮措置につき核兵器国が14(同26)年のNPT運用検討会議準備委員会に進捗を報告することが合意された。

 
11)米国は11(平成23)年6月、同年2月5日現在の数値として、米国の配備戦略弾頭は1,800発、配備運搬手段は882基・機であり、ロシアの配備戦略弾頭は1,537発、配備運搬手段は521基・機であると公表した。

 
12)10(平成22)年9月、第5回CTBTフレンズ外相会合で国連事務総長がCTBT未署名・未批准国に早期発効に向け行動を呼びかけたほか、同時期に開催された国連事務総長主催軍縮会議(CD: Conference on Disarmament)ハイレベル会合では、FMCT交渉開始を含め実際の作業を開始できていないCDに政治的な推進力を与え、その状況を前進させるための議論が行われた。


 

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