第I部 わが国を取り巻く安全保障環境 

3 対外政策

(1)インドとの関係
 第二次世界大戦後、旧英領インドから分離・独立したインドとパキスタンの間では、カシミールの帰属問題4などを背景として、これまでに3次にわたる大規模な武力紛争が発生した。
 カシミールの領有をめぐる問題は、対話の再開と中断を繰り返しつつ今日もなお続いており、インド・パキスタン両国の対立の原点ともいうべき懸案事項となっている。
 04(同16)年2月には、カシミール問題を含めた両国の関係正常化のための「複合的対話」が開始され、両国関係には、これまで一定の進展がみられていたが5、根本的な問題の解決には程遠く、08(同20)年11月に生起したムンバイ連続テロを受けて、再び両国間の緊張が高まった。その後、米国を始めとした国際社会の働きかけもあり、両国関係のさらなる悪化には歯止めがかかっていた6。09(同21)年7月には、インドのシン首相とギラニ首相が非同盟諸国の首脳会談出席に際してエジプトで会談し、共同声明を発表、ムンバイ連続テロ以降中断していた両国間の懸案事項を協議する「複合的対話」を再開することで原則合意した710(同22)年2月、ニューデリーにおいて、約1年半ぶりに外務次官協議が開催され、接触を継続することを合意した。その後、同年4月に首脳会談、同年7月に外相会談が開催されたが、「複合的対話」を再開するまでには至っていない。

(2)その他の国との関係
 イスラム諸国との友好・協力関係を重視しつつ、インドとの対抗上、特に中国との間で緊密な関係を維持している。08(同20)年10月には、ザルダリ大統領が中国を訪問し、胡錦濤(こ・きんとう)国家主席と会談、両国首脳は、戦略的パートナー関係を新たな段階に引き上げることで一致した。また、09(同21)年7月には、両国が共同開発したJF-17戦闘機のパキスタン国内での生産が開始されたと伝えられている8
 また、9.11テロ以降、米国などによるテロに対する取組への協力を表明している9。この協力は国際的に評価され、98(同10)年の核実験を理由に米国などにより科されていた制裁は解除された10。テロに対する取組みを背景に、米国との軍事協力関係は強化されており、05(同17)年3月には、米国は20年以上凍結していたパキスタンへのF-16戦闘機の売却を決定した。また、07(同19)年3月、ブッシュ大統領(当時)はパキスタンを訪問し、同国がテロに対する取組みを支持してきたことを高く評価し、今後、両国間でテロ関連情報の共有を促進する方針を確認した11。10(同22)年1月には、ゲイツ国防長官がパキスタンを訪問し、ザルダリ大統領、ギラニ首相、キヤニ陸軍参謀長らと会談、米国によるアフガニスタンおよびパキスタンにおける戦略の見直し、またそこでのパキスタンの役割などについて協議した12
 パキスタンをめぐる核拡散問題については、04(同16)年2月、ムシャラフ大統領(当時)は、カーン博士を含む同国の一部の科学者らが、核技術拡散に関与していたことを公表する一方、この問題に関するパキスタン政府の関与は否定した13


 
4)カシミールの帰属については、インドがカシミール藩王のインドへの帰属文書を根拠にインドへの帰属を主張するのに対し、パキスタンは48(昭和23)年の国連決議を根拠に住民投票の実施により決すべきとし、その解決に対する基本的な立場が大きく異なっている。

 
5)05(平成17)年8月、両国は、弾道ミサイル実験の事前通告や両国外務次官の間にホットラインを設置することにも合意した。

 
6)08(平成20)年12月、キヤニ陸軍参謀長は、緊張緩和を促すためにパキスタンを訪問した中国の何亜非外務次官との会談後に声明を発表、「平和と治安のために紛争は避ける必要がある」と武力衝突回避の姿勢を表明した。

 
7)両首脳は、対話のみが(両国関係の)前進のための唯一の方法であること、及び(パキスタンによる)テロ対策を(印パ間の)複合的対話(再開)に関連づけないことで合意したが、対話再開の具体的時期については触れられなかった。

 
8)09(平成21)年3月8日付のパキスタン英字紙各紙は、パキスタン空軍と中国企業が3月7日、JF-17戦闘機42機を共同生産する契約に調印したと報じている。

 
9)パキスタンは、米軍の対アフガニスタン作戦に対する後方支援、アフガニスタン国境沿いの地域におけるテロリストなどの掃討作戦を実施したほか、04(平成16)年4月以降はインド洋における海上作戦に艦船を派遣するなど、米国などによるテロとの闘いに協力している。こうした米国への協力を評価し、04(同16)年3月、米国はパキスタンを「主要な非NATO同盟国」に指定した。
 また、09(同21)年3月にパキスタンの主催で実施された多国間海上共同軍事演習「平和(AMAN)2009」には、パキスタン、中国、米国、英国、フランス、オーストラリア、日本、バングラディシュ、マレーシア、クウェート、ナイジェリアおよびトルコの12か国の海軍が参加しており、中国は艦艇の他にも海軍特殊部隊を派遣している。

 
10)同じく核実験を理由に米国などによりインドに科されていた制裁も、あわせて解除された。

 
11)パキスタンに対する原子力エネルギー協力の可能性について、ブッシュ米大統領(当時)は、「パキスタンとインドは(エネルギーの)必要性も歴史も異なる国である」と述べるにとどまった。これに対し、パキスタンは、米国が印パ両国を同じように扱うことが、南アジアにおける戦略的安定を保つ上で重要である旨の声明を発表した。

 
12)米国側は、RQ-7「シャドー」無人機12機をパキスタンに供与する方針を表明した。

 
13)なお、05(平成17)年9月、ムシャラフ大統領(当時)は、カーン・ネットワークが北朝鮮に「恐らく1ダース」の遠心分離器を輸出していたとの認識を示したとされる。一方、08(同20)年5月、カーン博士はBBCに対し、「(自分が個人的に)核技術をイラン、リビア、北朝鮮に引き渡したと告白した内容は、事実と異なる。一人が責任をかぶれば、国が救済されるという圧力があった。」と発言している。


 

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