第1章 わが国を取り巻く安全保障環境 

2 パキスタン


 パキスタンは、約1億5,000万人の人口を有し、インド、イラン、アフガニスタンおよび中国と国境を接する地政学的にも重要な位置を占める南西アジアの主要な国家の1つである。また、現在は、国際的なテロとの闘いや大量破壊兵器などの不拡散をめぐる同国の取り組みにも、国際的な関心が高まっている。
 パキスタンは、いかなる核の傘も持たない以上、インドの核に対抗するために自国が核抑止力を保持することは、安全保障と自衛の観点から必要不可欠であるとしている。
 パキスタン軍は、陸上戦力として9個軍団約55万人、海上戦力として1個艦隊約45隻約8万5,000トン、航空戦力として12個戦闘航空団などを含む作戦機約420機を有している。
 対外関係では、イスラム諸国との友好・協力関係を重視しつつ、インドとの対抗上、特に中国との間で緊密な関係を維持している11。また、9.11テロ以降、米国などによるテロとの闘いへの協力を表明している12。この協力は国際的に評価され、98(同10)年の核実験を理由に米国などにより科されていた制裁は解除された13。テロとの闘いを背景に、米国との軍事協力関係は強化されており、昨年3月には、米国は20年以上凍結していたパキスタンへのF-16戦闘機の売却を決定した。また、本年3月、ブッシュ大統領は、パキスタンを訪問し、同国がテロとの闘いを支持してきたことを高く評価し、今後、両国間でテロ関連情報の共有を促進する方針を確認した14
 99(同11)年10月、ムシャラフ陸軍参謀長は、軍事クーデターを起こして軍政を開始し、01(同13)年6月には、自ら陸軍参謀長を兼任する形で大統領に就任したが、同年8月、上下院選挙の時期と憲法改正実施などを含む民政移管プロセスを発表した15。9.11テロとその後のテロとの闘いの中でパキスタン国内の安定が内外から求められたことを受けて、02年4月、同大統領の5年間の任期延長を問う国民投票16を行うとともに、同年8月には、大統領の権限を強化した憲法改正を発表した17
 03(同15)年12月、ムシャラフ大統領は、兼務中の陸軍参謀長の職を04(同16)年12月末までに辞する旨を表明していたが、同年11月に新たな法律18が制定され、2005年以降も陸軍参謀長を兼務することが可能となった。
 パキスタンをめぐる核拡散問題については、04(同16)年2月、ムシャラフ大統領は、A.Q.カーン博士を含む同国の一部の科学者らが、核技術拡散に関与していたことを公表する一方、この問題に関するパキスタン政府の関与は否定した19
参照> 本章1節

 カシミール問題を含めインドとの関係改善に取り組む姿勢や、対テロ協力と大量破壊兵器の拡散問題をめぐって米国などと協調を図る姿勢について、ムシャラフ大統領に対する国内外のイスラム過激派などからの反発も見られ、03(同15)年12月には、同大統領を狙った2回の暗殺未遂事件が発生した20
 今後、国際的なテロとの闘いや大量破壊兵器の不拡散への取り組みを進め、また、南アジア地域の安定を図る上でも、パキスタン国内の安定は非常に重要な問題である。


 
11)本年2月、ムシャラフ大統領は中国を訪問。胡錦濤国家主席との間で、安全保障分野とともに、パキスタンにおける原子力発電所の整備を含む資源エネルギー分野での協力の拡大についても合意している。

 
12)パキスタンは、米軍の対アフガニスタン作戦に対する後方支援、アフガニスタン国境沿いの地域におけるテロリストなどの掃討作戦を実施したほか、04(平成16)年4月以降はインド洋における海上作戦に艦船を派遣するなど、米国などによるテロとの闘いに協力している。こうした米国への協力を評価し、04(同16)年3月、米国はパキスタンを「主要な非NATO同盟国」に指定した。

 
13)同じく核実験を理由に米国などによりインドに科されていた制裁も、併せて解除された。

 
14)パキスタンに対する原子力エネルギー協力の可能性について、ブッシュ大統領は、「パキスタンとインドは(エネルギーの)必要性も歴史も異なる国である」と述べるにとどまった。これに対し、パキスタンは、米国が印パ両国を同じように扱うことが、南アジアにおける戦略的安定を保つ上で重要である旨の声明を発表した。

 
15)00(同12)年5月、最高裁判所は、本クーデターの合法性を認めたが、ムシャラフ軍事政権に対し3年以内に上下両院と州議会の選挙の実施を命じていた。

 
16)同国民投票では大多数の賛成票が得られた。

 
17)大統領に議会の解散権や陸海空軍参謀長の任命権を与え、また、大統領を長とする国家安全保障会議を設置するなど、大統領の権限が強化された。

 
18)新法は、「国内外のテロや破壊活動と戦い、国家の利益を守る必要がある場合は、大統領と他職との兼任を認める」と規定

 
19)なお、昨年9月、ムシャラフ大統領は、カーン・ネットワークが北朝鮮に「恐らく1ダース」の遠心分離器を輸出していたとの認識を示したとされる。

 
20)本年3月には、カラチの米国総領事館前で自動車自爆テロが発生し、米外交官を含む犠牲者が出た。


 

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