資料編 

資料40 2003年IISSアジア安全保障会議における石破長官スピーチ「アジア太平洋の安全保障に関する地域的展望」(原文は英語)

(緒言)
 はじめに、第2回IISSアジア安全保障会議が昨年につづき同様に盛大に行われることを祝福申し上げます。本日は、各国の国防大臣を含むご参加の方々に対し講演する機会をいただいたことを光栄に感じています。再びこの会議を実現されたチップマンIISS所長をはじめ関係の方々に、この場を借りて、深く感謝の意を申し上げます。
 現在私にとり最大の課題の一つは、参議院において審議中の有事関連法案を成立させることでありますが、この法案は、自衛隊が適切な文民統制の下で、我が国に対する武力攻撃に際してより効果的に対応するためのものです。衆議院においては、約9割の賛成の下に法案が通過しましたが、参議院においても多数の支持により通過が図られるならば、我が国の防衛政策にとっての歴史的転換点を意味するものとなりましょう。それは、我が国において、安全保障の重要性についての関心が広がり、政策についてのコンセンサスや実質的な議論が深まっていることを如実に示すものであるからです。こうしたコンセンサスに基づき、我が国として変化する安全保障環境の安定化に向けた役割を積極的に果たしていきたいと考えておりますが、この場においてその一端を申し述べたいと思います。

(安全保障環境の質的変化)
 我々は一昨年の9月11日に安全保障環境にとっての新しい現実を目の当たりにしました。しかしながら、このような予測しがたく不確実な傾向は、一昨年、21世紀を迎えて突然始まったわけではありません。今後の我々の安全保障に対する取り組みを確立するためには、こうした冷戦終結後における安全保障環境の変化、とりわけ相互の脆弱性に立脚する、恐怖の均衡という相互確証破壊理論の限界が明らかになった点を念頭におかなければなりません。
 このような変化を象徴するものがABM条約の失効であります。私は、昨年安全保障上生じた一番大きな出来事は何であったかという問いに対して、このように答えたことを思い出します。
 同条約は、世界の戦略的安定に寄与してきた相互確証破壊の考え方をいわば下支えする形で機能してきました。この条約の失効は、米ロはもはや敵ではないということを示すと同時に、グローバルな戦略環境が今まさに質的な変容を遂げつつあることを象徴する動きであり、いかなる形で今後の戦略的安定を達成していくか、関係国は「新たな戦略的枠組み」の構築に向けて真剣な模索を行っています。こうした動きは、広く国際社会全般の平和と安定に関する問題であり、この世界に住む我々にとって共通の課題となっています。

(アジア太平洋地域の傾向)
 アジア太平洋地域は、97年の金融・通貨危機により、一部には経済・政治上の混乱が生じたものの、これまで順調に経済を発展させてまいりました。経済発展は、地域における石油をはじめとする資源の確保をめぐる問題を浮上させるとともに、海上交通路の安全確保の重要性を再認識させる結果をもたらしてきています。
 さらに、引き続き、朝鮮半島、台湾海峡、南沙群島などをはじめとする安全保障面における不透明・不確実な要素が存在しております。この他、海賊、麻薬などの国境を越える問題に対する懸念も地域の諸国により共有されています。
 北朝鮮につきましては、NPT脱退宣言をはじめとして、関連する国際的義務をないがしろにするが如き動きを見せています。我が国としては、昨年9月の総理訪朝時における日朝平壌宣言で合意された事項が誠実に実行されることを望んでおります。北朝鮮の言うような核保有及び再処理の完了という事態は、我が国を含む北東アジア地域の平和と安定及び国際的な核不拡散体制の堅持に対する重大な脅威であって、極めて遺憾なことであり、絶対に容認することはできません。もし、北朝鮮が更に事態を悪化させれば、一層厳しい対応が必要になると言わざるを得ません。
 また、北朝鮮が行った拉致の問題は、我が国の領域主権の侵害、日本国民に対する重大な犯罪行為であります。これに加えて、北朝鮮に関しては、麻薬取引といった違法行為の問題が指摘されており、こうした違法行為の規制・取締まりを一層強化することは国際社会全体の問題であると言えます。
 先週の日米首脳会談において小泉総理とブッシュ大統領は日本及び韓国が参加する多国間協議の重要性につき一致したところですが、平和的解決のためには対話と圧力が必要であり、全てのオプションをテーブルにおくという米国の立場は理解できるものであります。

(アジア太平洋地域における多国間協力の可能性)
 次に、これらの不安定な要因をはらむアジア太平洋地域における安定化努力について述べたいと考えます。
 アジアにおけるNATO的枠組みについての模索が案としてありますが、我々のアジア太平洋地域を見てみますと、その多様性に改めて思いをいたさざるを得ません。多くの海洋国家が存在し、宗教、文化、経済、政体、どれをとっても多様性を有しております。このような我々の環境において欧州におけるNATOのような集団的な安全保障枠組みを急速に構築することには多くの困難を伴うといわざるを得ません。
 それよりはむしろ、ASEAN地域フォーラム(ARF)をはじめとして、安全保障上の様々な問題を含む各個別のテーマにおける各国の自由な対話のテーブルがあることが重要であり、また各国の二国間の話し合いや信頼醸成の積み重ねが大切と考えております。
 こうした中で日米安全保障条約をはじめとする米国との二国間条約は、アジア太平洋地域の安定にとって死活的であると認識しております。特に冷戦後におけるアジア太平洋地域の米軍プレゼンスは、新しい安全保障環境に対応すべく見直しが行われるでありましょうが、地域における各種の不安定要因の顕在化を防止するとともに多様な国際的協力活動の基礎となるものと認識しております。
 わがアジア太平洋地域においては、多国間協力の課題として、海洋資源の管理と海洋通商路の安全の確保は、今後ますます重要性を増すものと思われます。国連海洋法条約において、「誰のものでもなかった」海洋は、「人類の共同財産」とする理念が打ち出されました。資源、環境、人口、食糧、あるいは難民などといった問題は、ネーションステートの枠組みを超えて広範に脅威を及ぼし地球規模での対応を迫られる問題であり、このような「人類の共同財産」という観念を導入することにより初めて解決ができ得るものと考えます。わが日本の防衛研究所の研究者たちは、97年にオーシャンピースキーピング(OPK)という行動、すなわち海軍力を警察的に利用することにより、海洋利用の秩序を維持し、武力紛争の発生を予防して海洋の安定性と持続性を確保するための海上における共同行動につき、提言を行いました。この提言は日本政府としてのものではありませんが、この地域の安定に寄与するものであり、パトロールシップへの隊員の相互乗り込み制度などによる軍事力の平和利用、国家間相互の信頼醸成を通じ、より安定的かつ経済的に相互発展性の高いアジア太平洋地域を築く大きな一歩となりうるものと考えております。今後このような可能性も含め、海軍・コーストガードの役割分担など各国の事情を勘案しながら、海洋に関する問題につき地域に於ける議論の活性化を期待しております。

(日本の役割)
 最後に、今後我が国が安全保障の分野で果たすべき役割について、述べたいと思います。21世紀に入り、我が国の防衛力を取り巻く環境にも種々の変化が見られる中、防衛庁は防衛力の在り方検討として、将来における我が国の防衛力の役割等につき、検討を行っております。これからのわが国防衛力の役割としては、第一に我が国に対する「新たな脅威」や多様な事態により適切に対処すること、第二に国際的に安定した安全保障環境から大きな利益を受ける我が国として、こうした環境を維持・増進することが強く求められていると考えており、以下両者について簡単に述べたいと考えます。

(1)「新たな脅威」等への適切な対処)
 軍事力の意義は歴史的に、抑止により他国の武力行使を防ぐ、つまり、「使わせない」ことが最善でありました。今日、抑止の効かない脅威が現実に存在することも直視しなければなりませんが、抑止の重要性は、新たな安全保障環境においても追求されるべきものであります。新しい脅威をどのように抑止するかが現在安全保障を担う我々共通に課せられた課題であります。
 私は、新しい脅威、とりわけ大量破壊兵器や弾道ミサイルの拡散への対処の手段として、弾道ミサイル防衛(BMD)が有効であると考えています。先般、我が国は、これまで行ってきた弾道ミサイル防衛についての検討を加速させることとしましたが、BMDは、単なる防御的手段としてのみならず、こうした新しい脅威に対する抑止としても意味があると思います。すなわち、弾道ミサイル攻撃による価値を低下させ、ひいては、その保有することの戦略的動機をも失わせる効果もあると考えます。そういう観点からも、弾道ミサイル防衛は、専守防衛を防衛の基本方針に掲げるわが国にとってふさわしいものであり、我が国防衛政策上の重要な課題であると認識しております。

(2)安定した安全保障環境の維持・増進)
 一方、国際的安全保障環境の安定化を図るためには、地域の各国との協力などにおいて、軍事力、防衛当局の持つ資源、機能を積極的に「活用する」ことが求められております。私も、このことも念頭に防衛力の在り方について検討を行っていきたいと考えます。
 自衛隊は、1992年、国際平和協力法の策定をうけ、カンボジアのPKOに初めて参加しましたが、その後、自衛隊の海外における活動は、人道的な国際救援活動も含めて徐々に拡大してまいりました。この10年間、経験が蓄積され、自衛隊の参加を広げるための一定の法的措置もとられてきましたが、変化する安全保障環境に一層的確に対応するための努力を重ねていく必要があると考えます。
 こうした取り組みに加え、現在、自衛隊はインド洋において、テロとの戦いを支援しております。これは、911の同時多発テロをうけて整備されたテロ対策特別措置法に基づく活動ですが、その目的は、我が国を含む国際社会の平和と安全を確保することにあり、活動地域や協力する相手国は自ずと幅広くなります。
 実際に我が国自衛隊が行ってきた国際平和協力業務や対テロ活動を行う米英等関係諸国への協力など、自衛隊の持つ能力を有効に活用した活動に対しては、地域の多くの国々から積極的な評価をいただいております。将来における新しい防衛力の役割としてこのような努力・活動を国連や関係国との協力の下でタイムリーかつ柔軟に行う重要性は引き続き高まっていくものと考えており、この点についても在り方検討の中で検討してまいりたいと思います。
 今月22日、イラクの復旧・復興に向けた国際社会の協調を示す国連安保理決議が採択されました。イラクの復興については、主体的に何をするか考え、我が国の国力に相応しい貢献を行うという観点から、自衛隊の協力についても、ニーズや自衛隊の能力、活動や従事すべき要員の安全確保といった点を勘案しつつ、検討を行っているところであります。まずは現行法の下でイラク周辺国において人道物資の航空輸送のため自衛隊のC−130を派遣することを検討しているところです。
 国際環境の安定化のための活動は、各国が様々な制約がある中でそれぞれの能力を最大限に発揮することにより、達成されるものであります。我が国としても、集団的自衛権の行使に制約はありますが、この点については、我が国国会においても議論がされているところであり、地域国際社会においてどれだけの役割を果たすことができるかということを常に追求していきたいと考えています。

(結語)
 昨年私の前任の中谷防衛庁長官は、国防大臣クラス等各国国防当局による対話の枠組みに関する提言を行いましたが、改めてそのような対話の機会の一つとなる本会議を再び開催された関係の方々に感謝申し上げる次第です。地域の平和と安定に向けた枠組みを重層的に補完・強化するものとして、来年以降もこのような取り組みがなされることを希望し、結語とさせていただきます。
(以 上)

 

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