ロシア

(1) 国防政策

  新政策の策定
 昨年12月末、エリツィン大統領(当時)が辞任し、本年3月の大統領選挙を経て、同年5月にプーチン大統領代行が大統領に就任した。プーチン大統領は、自由、繁栄、豊かさ、強さ、文明を国家目標とし、START II(Strategic Arms Reduction Treaty II)や包括的核実験禁止条約(CTBT:Comprehensive Nuclear Test-Ban Treaty)を批准するなど軍縮政策を進め、各国と活発な首脳外交を行っている。このような状況の中で、ロシア政府は、1997(同9)年に策定された、安全保障全般の方針と原則を規定する「ロシア連邦国家安全保障コンセプト」を本年1月に改定した。この改定は、NATO(North Atlantic Treaty Organization)の拡大、ユーゴ連邦共和国への空爆、NATOのいわゆる「新戦略概念」の発表やロシア内外でのイスラム過激派の台頭などの情勢の変化に対応するためになされたものである。新コンセプトにおいては、ロシアに対する直接的武力侵略の可能性を含む脅威認識を新たに詳述するとともに、核の使用については、他のすべての危機解決手段が尽きるか効果が無いと判明した場合には使用できるとしている。
 さらに、同年4月には、この新コンセプトの下、ロシア国防政策の基本理念に関する規定として、93(同5)年に定められた「ロシア連邦軍事ドクトリンの主要規定」を改定し、新ドクトリンが策定された。この新軍事ドクトリンにおいては、潜在的な国内外の脅威は存続しており、一部の分野ではむしろ増大する傾向にあるとしている。具体的には、国外的脅威としては、領土要求・内政干渉や、ロシアの軍事的安全保障を損なう軍事ブロック及び軍事同盟の拡大、多極化する世界の中で、影響力ある中心の一つとしてのロシアの強化を妨げる試みなどが、国内的脅威としては、過激な国家・民族主義、宗教的民族主義とテロリズムの台頭などが指摘されている。このため、新ドクトリンは、軍と軍需産業への資源配分を重視するとしている。さらに、核の使用については、核及びその他の大量破壊兵器が使用された場合のみならず、ロシアの国家的安全にとって重大な状況下での、通常兵器を使用する大規模侵攻に対する報復などとして使用する権利を留保するとしている。核の使用について、従来のコンセプトやドクトリンに比べ、使用の敷居が下がったとの解釈があるのに対し、使用の基準を明確化したにすぎないとの反論もある。
  軍改革
 ロシアでは、ソ連崩壊後の軍再編は全般的に遅れていたが、近年、97(同9)年7月に軍改革に関する大統領令が署名されるなど、更なる兵員の削減と軍種の統合などの軍機構の改編、装備などの軍の近代化、即応態勢の立て直しなどが進められてきている。この結果、これまでに、ロシア連邦軍の定員の170万人から120万人への削減、宇宙軍と防空軍のロケット・宇宙防衛部隊の戦略ロケット軍への統合、軍管区司令官の指揮権の強化に伴う地上軍総司令部の廃止と参謀本部地上軍総局などの創設、空軍と防空軍の統合、ザバイカル軍管区とシベリア軍管区の統合などが実施され、機構改革の面では一定の進展があった。また、国内外の顕在化しつつある脅威に対処するため、これまで後回しにされてきた即応態勢の立て直しを更に進める必要があることなどから、本年度の国防予算では名目50%以上の予算増加が決定されている。しかしながら、98(同10)年来のロシア国内における困難な経済状況やチェチェン戦費の増大などの要因も重なり、今後も国防予算を増大させ続けるか定かではない。したがって、軍の近代化や即応態勢の立て直しを含めた軍改革の課題達成には今後とも困難が伴うものと考えられる。
  独立国家共同体(CIS:Commonwealth of Independent States)との関係
 ロシアは、その経済、国防、安全保障などのロシアの死活的利益がCISの領内に集中しているとし、グルジア、モルドヴァ、アルメニアとタジキスタンにロシア単独の部隊やロシア軍がその大多数を占めるCIS合同軍を派遣し、また、ロシアと他のCIS諸国との間で共同防空システム協定や国境共同警備条約を結ぶなど、軍事的統合を進めてきた。
 しかしながら、昨年に入り、アゼルバイジャン、グルジアとウズベキスタンがCIS集団安全保障条約から脱退し、さらに、上記3か国とウクライナとモルドヴァが、安全保障などにおける相互協力を独自に強化する動きを見せ、また、昨年11月の欧州安全保障・協力機構(OSCE:Organization for Security and Co-operation in Europe)首脳会談では、グルジア、モルドヴァなどに駐留するロシア軍が今後撤退することが決定されているなど、ロシアの軍事プレゼンスの低下と一部のCIS諸国のロシア離れの傾向が顕著となっている。こうしたロシア離れに対応し、ロシアは、中央アジア・コーカサス地域におけるイスラム武装勢力の活動の活発化に対して、ウズベキスタン、タジキスタン、カザフスタン、キルギスなどと同地域におけるテロ対策を中心とした軍事協力を進め、求心力の回復に努めている。また、昨年12月には、ロシアと緊密な関係を維持してきたベラルーシとの統一国家設立を目指した「連合国家創設条約」に調印している。

(第1-3図)CIS加盟諸国

CIS加盟諸国


  NATOとの関係
 ロシアは、旧ソ連諸国と中東欧諸国のNATOへの新規加盟については、自国の安全保障に対する懸念などから反対姿勢を示し続ける一方、97(同9)年5月には、NATOとの協力関係を規定する「基本文書」(注1-12)に署名した。この「基本文書」に基づき、ロシア・NATO常設合同理事会が随時開催されるなど、ロシアとNATOの関係は強化されつつあったが、98(同10)年12月の米英によるイラク空爆や咋年3月から開始されたNATOのユーゴ連邦共和国への空爆の実施により、ロシア・NATO間に軋轢(あつれき)が生じた。しかし、同年7月には、中断されていた理事会を再開し、本年2月にNATO事務総長が訪露した際に、交流継続で意見が一致するなど対話再開の動きがあった。なお、ロシアは、NATOと対話を行うとしているものの、ロシア自身が参加しているOSCEを欧州安全保障の中心に位置付けようとしているものと考えられる。
  武器輸出
 ロシアは、財政事情の逼迫(ひっぱく)から外貨獲得の手段として、また、政治的影響力の確保を図るとともに、軍事産業維持のために兵器の輸出を積極的に行っており、近年、輸出金額も大幅に増加している。中国にキロ級潜水艦、ソブレメンヌイ級ミサイル駆逐艦やSu−27戦闘機などを、マレイシアにMiG−29戦闘機を、インドにMiG−29、Su−30戦闘機などを、ヴィエトナムにSu−27戦闘機を輸出しているほか、96(同8)年には、旧ソ連時代の借款の未返済部分の償還手段として韓国にT−80U戦車などを輸出した。なお、旧ソ連各国から核兵器などの大量破壊兵器に関連する物資や技術などが流出する可能性が国際的に懸念されている。

(2) 軍事態勢

  核戦力
 戦略核戦力については、ロシアは、戦略核ミサイルの削減を徐々に進め、戦略爆撃機ブラックジャックの生産も停止したと考えられるが、依然として米国よりも多くのICBM(Intercontinental Ballistic Missile)及びSLBM(Submarine Launched Ballistic Missile)を保有している。さらに、旧式ICBMの耐久年数を延長したり、98(同10)年12月及び昨年12月には、それぞれSS−27(新型ICBM)10基を実戦配備するなど、旧式ICBMから単弾頭・移動式のICBMへの更新を継続している。また、当初の計画から遅延しているものの新型SSBN(Ballistic Missile Submarine Nuclear-Powered)の建造も進めていると考えられる。なお、天然ガス代金の債権回収の一部としてウクライナより戦略爆撃機の引渡しを受けた。
 非戦略核戦力については、ロシアは、射程500km以上の地上発射型中距離ミサイルを中距離核戦力(INF:Intermediate-range Nuclear Forces)条約に基づき91(同3)年までに廃棄したが、短距離地対地ミサイル、中距離爆撃機、攻撃型原子力潜水艦、海上(水中)・空中発射巡航ミサイルなど多岐にわたる戦力を依然として保有している。なお、艦艇に配備されている戦術核については、92(同4)年11月に、米国と同様に各艦隊から撤去し、陸上格納庫に保管したことを明らかにしている。
 また、ロシア軍においては、通常戦力の量的削減が続き、即応態勢の低下が見られる一方で、その近代化が必ずしも進んでいない状況にあることなどから、新コンセプト・新ドクトリンで核の使用が詳述されているように、安全保障上核戦力を相対的に重視する傾向が強まっており、限られた財源などを優先的に核戦力に投入し、核戦力部隊の即応態勢の維持に努めているものと考えられる。
  その他
 通常戦力については、90(同2)年以降、量的に縮小傾向が見られ始め、この傾向は現在も続いている。
 また、依然として続く厳しい財政事情に加え、軍人の生活環境の悪化や軍の規律の弛緩、徴兵忌避などによる充足率の低下なども問題となっており、旧ソ連時代のような軍の活動水準を維持していくことは困難であると考えられる。
 いずれにせよ、98(同10)年に発生したロシアの経済危機とそれに続く政局の流動化に見られたように、ロシアの政治・経済情勢の今後の動向は不透明であり、ロシア軍の将来像は必ずしも明確ではなく、ロシア軍の今後の動向については引き続き注目しておく必要がある。