第3節 能登半島沖の不審船事案と防衛庁の対応

 本年3月23日、警戒監視活動中の海上自衛隊の哨戒機P−3Cが、不審船らしい船舶を発見した。このため、訓練に向かっていた護衛艦を現場に向かわせこの船舶の船名を確認し海上保安庁に通報した。当該不審船に対しては、海上保安庁の巡視船艇が威嚇射撃を実施するなどの必要な措置を講じたが、巡視船艇による追尾が困難になったため、24日未明に野呂田防衛庁長官が自衛隊創設以来初めて海上における警備行動を発令した。

1 概要

(1) 経緯

ア 不審船らしい船舶の発見

 本年3月23日早朝、警戒監視活動を実施中の哨戒機P−3Cが、佐渡島西方の領海内で不審船らしい船舶1隻を発見した。さらに、同機は、数時間後、能登半島東方約25海里の領海内で不審船らしい船舶2隻を発見した。佐渡島西方で発見した船舶と、能登半島東方で発見した船舶のうち1隻は同型の船舶であったが、両船とも、漁船タイプの船舶であるにもかかわらず船上に漁具が見あたらないことや、比較的多数のアンテナが装備されているといった特徴があったため、P−3Cは、不審船らしい船舶と判断した。また、能登半島東方で発見した別の1隻は、不審船らしい船舶の近傍を航行しており、不審船らしい船舶と何らかの関連性を有している可能性が考えられたため、これら3隻についてそれぞれP−3Cから付近を航行中の護衛艦「はるな」に通報された。
(写真)警戒監視活動中の哨戒機P−3C

警戒監視活動中の哨戒機P−3C


イ 不審船と判断

 通報を受けた「はるな」は、午前11時ごろ、能登半島東方でP−3Cが発見した船舶2隻を視認し船名を確認した。このうちの1隻の船名は、第二大和丸であり、P−3Cが通報した船舶の状況も詳細に確認することができた。このため、当該船舶に係る情報を直ちに、防衛庁から海上保安庁に連絡した。
(写真)不審船に対応した護衛艦「はるな」

不審船に対応した護衛艦「はるな」

 さらに、「はるな」は、その約1時間後から、P−3Cが佐渡島西方で発見した船舶を視認した。その船名が第一大西丸であることを確認し、同船についても船舶の状況を詳細に確認することができたため、当該船舶に係る情報を午後1時ごろ、防衛庁から海上保安庁に連絡した。
 防衛庁からの連絡を受けた海上保安庁は、これら3隻の船舶について確認した結果、第二大和丸については兵庫県浜坂沖で操業中であることが、また、第一大西丸については漁船原簿から抹消されていることが確認されたため、「はるな」が確認した両船は不審船であると判断された。なお、残る1隻については、海上保安庁からの船舶電話により現場に所在することが確認できたため、不審船ではないことが確認された。これらの情報は、適宜、防衛庁へも連絡された。

ウ 海上保安庁による対応

 海上保安庁では、これらの確認作業と並行して、巡視船艇及び航空機の発動が指示され、現場に到着した航空機、巡視船艇により、両船に対し停船命令を実施したが、両船はこれを無視し北に向け逃走した。このため、両船に対して威嚇射撃も実施されたが、両船はこの威嚇射撃をも無視して高速で逃走を続け、海上保安庁では追尾が困難な状況となった。なお、自衛隊では、海上保安庁が対応している間も、P−3Cが監視を続けるとともに、第一大西丸に対しては「はるな」が、第二大和丸に対しては護衛艦「みょうこう」が一定の距離を保ちつつ、追尾し監視を続けていた。

エ 海上警備行動の発令

 夕方の関係閣僚会議において、対応方針の検討が行われるとともに、官邸対策室の設置が指示されたが、防衛庁では、午後6時30分ごろ、関係閣僚会議を終えて、野呂田防衛庁長官が本庁に戻り、重要事態対応会議が開催された。この会議の場では、海上保安庁の対応状況、自衛隊の対応状況、不審船の逃走の状況などが逐一報告されるなど情報の集約化が図られたほか、仮に、海上警備行動の発令が必要となった場合に自衛隊がいかなる対応が可能か、海上警備行動を実施する部隊にいかなる措置まで行わせるかなどの自衛隊の対応についての具体的な検討が行われた。
 午後11時47分、第一大西丸が突然停船し、これに応じて、追尾していた「はるな」も第一大西丸が停船した旨を報告し、その近傍にて停船し、監視を続けた。第一大西丸は、約20分後、再び航行を開始したところ、24日午前0時30分、川崎運輸大臣から野呂田防衛庁長官に対して海上保安庁の能力を超える事態に至ったので、この後は内閣において判断されるべきものである旨の連絡があった。防衛庁では、直ちに、海上警備行動が必要と判断し、野呂田防衛庁長官は、自衛隊法第82条の規定に基づき、小渕内閣総理大臣に対し、海上警備行動の承認の閣議を求めた。これを受け、内閣総理大臣は、午前0時45分、安全保障会議と閣議を経て海上警備行動を承認した。この承認を受け、野呂田防衛庁長官は、午前0時50分、海上自衛隊に対し海上警備行動の発令に関する命令を発出し、海上自衛隊は直ちに不審船への対処を開始した。

オ 自衛隊による対応

(ア) 第二大和丸への対応
 第二大和丸に対しては、午前1時18分より「みょうこう」が無線と発光信号を用いて、停船命令を実施するとともに、続いて約1時間余り、127ミリ砲(5インチ砲)により13回、計13発、警告射撃を実施した。しかしながら、第二大和丸は逃走を続けた。このため、八戸航空基地を離陸したP−3C 1機が、午前3時12分、警告のため、一定の距離をとり150kg爆弾4発を投下したが、第二大和丸はこれを無視し、その8分後、日本の防空識別圏(注6-13)の外に出た。今回のケースにおいては、自衛隊が日本の防空識別圏を越えて追跡した場合には、他国に無用の刺激を与えることにもなりかねないと考えられたため、「みょうこう」は追尾を終了し、第一大西丸に向かった。
(写真)不審船「第二大和丸」

不審船「第二大和丸」

(イ) 第一大西丸への対応
 第一大西丸に対しては、午前1時0分より「はるな」が無線と発光信号を用いて、停船命令を実施するとともに、午前1時32分から約3時間のうちに、5インチ砲により12回、計22発、警告射撃を実施した。しかしながら、第一大西丸は逃走を続けたため、八戸航空基地を離陸したP−3C 2機が、午前4時1分及び午前5時41分、警告のため、一定の距離をとり、それぞれ150kg爆弾4発を投下した。また、午前5時22分から「はるな」は落下防止用ネットを海中に投下し第一大西丸のスクリューにネットを絡めることにより停船させようと試みたが、ネットの直前で第一大西丸はこれを回避し、逃走を続けた。この頃には、「みょうこう」と護衛艦「あぶくま」も現場海域に到達し、「はるな」と3隻で対応する態勢をとったが、午前6時過ぎ、第一大西丸は防空識別圏の外に出た。このため第二大和丸のケースと同様の判断に基づき護衛艦は追尾を終了した。
(写真)不審船「第一大西丸」

不審船「第一大西丸」



カ 海上警備行動の終結

 防衛庁では、上記の対応に加え、海上自衛隊のP−3Cや航空自衛隊の早期警戒機E−2Cなどにより警戒監視活動を実施させており、この態勢は、護衛艦による追尾を終了した後も不審船の状況などを把握するため継続していた。午前8時頃、北朝鮮のものと判断される航空機の当該海域方向への飛行の動きが探知された。このため、小松基地よりF−15 2機を離陸させたが、当該航空機は北朝鮮方向へ戻っていった。
 以後、P−3Cは防空識別圏の内側に展開し、レーダーによる監視を続けたが、午後3時ごろ、不審船2隻はレーダーによる探知が不可能になるほど遠くへ移動し、また、日本の周辺海域においても特異事象が見られないことから、防衛庁長官の命により午後3時30分をもって海上警備行動を終結した。
(第6-8図参照)

不審船事案の一連の経緯


キ 以後の状況

 以後、この不審船について、各種の情報を総合的に分析した結果、不審船2隻は、25日朝までに北朝鮮北部の港湾に到達したものと判断された。また、3月30日には、さらに種々の情報を総合的に分析した結果、政府として、不審船2隻は、北朝鮮の工作船であるとの判断に至ったことから、北朝鮮に対し抗議を行った。