防衛庁・自衛隊

第5章 国民と防衛

第5節 沖縄に所在する在日米軍施設・区域に係る諸施策
 
 沖縄に所在する在日米軍施設・区域に係る事項については、従来より、防衛庁においても、日米安保条約の目的達成と地元の要望との調和を図りながら、問題解決のためさまざまな施策を実施し、鋭意努力してきたところであるが、沖縄に係る諸課題については、政府の最重要課題の一つとして内閣を挙げて取り組んでおり、防衛庁としてもさらに努力を続けているところである。
 
1 沿革
 
(1)施設・区域の状況
 
 沖縄は、先の大戦において、我が国で住民を巻き込んだ地上戦が行われた地であり、本土と異なり米軍が単独で占領した。その後、朝鮮戦争などの東アジアの情勢にかんがみ、1950年代を中心に米軍により土地が接収され、基地の整備が行われた。
 1972年(昭和47年)5月15日、沖縄の復帰に伴い、政府は日米安保条約に基づき、83施設約278平方キロメートルを在日米軍専用施設として提供した。
 在日米軍施設・区域の安定的な使用を確保することは、日米安保条約の目的を達成するために不可欠であるが、その一方、沖縄県に在日米軍の施設・区域が集中し、特に沖縄本島中部の枢要な部分に施設・区域の多くが存在することから、地域の振興開発や計画的発展の制約が生ずるとともに、県民生活に多大の影響が出ているとして、その整理・縮小について県民から強く要望されてきた。
 このような状況を踏まえ、日米両国は県などの要望の強い事案を中心に、これまで継続的に整理・縮小のための努力を行ってきた結果、沖縄復帰時に比し在日米軍施設・区域の数及び面積は、減少している。しかし、依然として、面積にして在日米軍施設・区域の約75%が沖縄県に集中し、これは、県面積の約10%、沖縄本島の約18%を占めている状況となっている。
 なお、沖縄においては施設・区域内の民公有地の割合が約67%と高いこと(本土は約9%)が特色としてあげられる。
 
(2)これまでの施策
 
 69年(昭和44年)11月、佐藤・ニクソン共同声明において、72年(同47年)中に沖縄の復帰を達成するよう両国間の協議が開始され、復帰後も米国は、沖縄において両国共通の安全保障上必要な施設・区域を日米安保条約に基づき保持することとした。
 72年(同47年)1月、サン・クレメンテにおける佐藤・ニクソン共同発表において、「在沖縄米軍施設・区域、特に人口密集地域及び産業開発と密接な関係にある地域にある施設・区域が、復帰後できる限り整理縮小されることが必要である。」(佐藤総理)こと、「双方に受諾し得る施設・区域の調整を日米安保条約の目的に沿いつつ復帰後行うに当たって、これらの要素は十分に考慮する。」(ニクソン大統領)ことが、確認された。 この共同発表を踏まえ、73年(同48年)1月の第14回、74年(同49年)1月の第15回及び76年(同51年)7月の第16回日米安全保障協議委員会(SCC)は、沖縄県における施設・区域の整理統合計画を了承した。
 90年(平成2年)6月、沖縄県軍用地転用促進・基地問題協議会からの要請などを踏まえ、日米合同委員会において、いわゆる23事案、約1,000ヘクタールについて、返還に向けて所要の調整・手続を進めることで意見の一致が見られた。
 一昨年1月の日米首脳会談での意見の一致により、県民の強い要望がある、いわゆる沖縄3事案の解決が防衛庁長官及び外務大臣に指示され、同年5月、日米合同委員会において、いわゆる沖縄3事案のうち、那覇港湾施設及び読谷補助飛行場の事案に係る日米双方による技術的・専門的検討を踏まえた勧告を承認した。
 また、同年9月の第20回日米安全保障協議会(SCC)において、県道104号線越え実弾射撃訓練の事案について、分散・実施の方向で技術的・専門的に検討を進めていくことで意見が一致し、同年10月、本件を検討するための「実弾射撃訓練の移転に関する特別作業班」を日米間に設置した。昨年8月、この事案に関する調査・検討の結果、本土5か所の演習場(矢臼別、王城寺原、東富士、北富士、及び日出生台)において、分散・実施可能との技術的検討結果がとりまとめられた。
 
2 沖縄所在米軍部隊
 
 米軍が沖縄に駐留する理由について、歴史的経緯により、現にそこに施設・区域が存在しているということのほか、地理的に米本土やハワイ、グアム島よりも日本を含む東アジアの各地域に近く、同地域に緊急な展開を必要とする場合に、一定の距離を持ちながら迅速な対応を実現できる一方で、我が国周辺の諸国との間に一定の距離があり、縦深性を確保できることが考えられる。また、特に、機動展開部隊である海兵隊については、このほか、練度・即応性の維持・向上に必要な演習場及び後方支援施設が県内に存在していることが指摘できる。
 政府としては、日米安全保障共同宣言で確認されたとおり、国際的な安全保障情勢において起こり得る変化に対応して、日米両国の必要性を最も良く満たすような防衛政策並びに日本における米軍の兵力構成を含む軍事態勢について、米政府と緊密に協議を継続していくこととしている。
 
3 在日米軍施設・区域の整理・統合・縮小などの問題解決への取組
 
(1)概要
 
 一昨年9月に起きた不幸な事件や、沖縄県知事が駐留軍用地特措法に基づく署名・押印を拒否したことなどを契機として、全国的にも沖縄に係る諸問題に対する世論の関心が高まった。
 政府は、長年にわたる沖縄県民の負担を可能な限り軽減することが重要と考え、沖縄県に所在する米軍の施設・区域に係る諸問題に関し協議することを目的として、一昨年11月、国と沖縄県の間に「沖縄米軍基地問題協議会」を、また、日米間に「沖縄県に関する特別行動委員会」(SACO)を設置した。防衛庁においても、これらの協議機関における検討を推進するため、庁内に「在日米軍基地に関する特別委員会」を設置した。また政府は、昨年5月、「沖縄県における米軍の施設・区域に関連する問題の解決促進について」(平成8年4月16日閣議決定)を踏まえ、「普天間飛行場等の返還に係る諸課題の解決のための作業委員会」(タスクフォース)を設置した。これを受け、防衛施設庁には「普天間飛行場全面返還等問題対策本部」を設置し、関係自治体などとの調整を続けている。
 さらに、同年8月、沖縄の米軍基地所在市町村の今後のあり方を展望していくため、町作りや各種施策などについて検討する必要があることから、「沖縄県米軍基地所在市町村に関する懇談会」(内閣官房長官の懇談会)が開催された。同年11月、同懇談会では、基地所在市町村の閉塞感を緩和し、将来の自立的発展への可能性を見出すための特別プロジェクトを実施すべきであるとし、いくつかの具体的プロジェクトを例示しつつ、それらを実施していくための「相当期間にわたる新しい枠組みが必要」とする内容の提言が取りまとめられた。政府としては、この提言を重く受け止めるとともに、その実現に向けて鋭意取り組んでいるところである。
 同年9月には、「沖縄問題についての内閣総理大臣談話」(同年9月10日閣議決定)に基づき、沖縄県における在日米軍施設・区域の現状を踏まえ、県民生活の向上に資するとともに、沖縄県が我が国経済社会の発展に寄与する地域として整備されるよう、沖縄に関連する基本政策を協議することを目的に、国と沖縄県の協議母体として、内閣官房長官が主宰する「沖縄政策協議会」が設置された。本協議会には、社会資本部会、産業・経済部会及び環境・技術・国際交流部会が置かれ、各部会ごとにプロジェクトチームを設置し、鋭意協議を進めているところである。
 
(2)在日米軍施設・区域の整理・統合・縮小(SACOの最終報告)

 「沖縄に関する特別行動委員会」(SACO)は、昨年12月、検討の成果を日米安全保障協議委員会(SCC)に報告し、了承を得た。
 特に、沖縄県および県民の強い要望を受け、橋本総理の強いリーダーシップと米側の協力により意見の一致が見られた普天間飛行場(約481ヘクタール)の返還については、今後5〜7年以内に、十分な代替施設が完成し運用可能になった後、実現することとしている。普天間飛行場の返還のためには、@代替ヘリポートの建設、A普天間飛行場に配備されているKC−130航空機の岩国飛行場への移駐 B嘉手納飛行場における追加的施設の整備、及びC危機に際しての施設の緊急使用に関する共同研究の実施が必要となる。このうち、代替ヘリポートについては、必要がなくなった際に撤去可能であるとともに、米軍の運用能力の維持や、安全・騒音面での沖縄県民の負担の軽減という観点からも最善の選択肢と考えられたことから、沖縄本島東海岸沖の水域での海上施設の建設を追求することとした。これに基づき、日米安全保障事務レベル協議(SSC)の下に日米共同の普天間実施委員会(FIG)を設置し、日米合同委員会とともに作業を進め、本年12月までに実施計画を作成することとなっている。
 なお、代替ヘリポート案としての海上施設については、その技術的可能性を検討する場として、昨年10月に関係省庁の技術者などによって構成される技術支援グループ(TSG)及び部外有識者によって構成される技術アドバイザリーグループ(TAG)を設置し、検討を進めた結果、現存の工法で海上施設を建設することは基本的に可能という結論を得た。海上施設建設のためには、水域の調査が必要であり、これまでの検討の結果、東海岸のキャンプ・シュワブ沖が調査水域として最も適当と考えられたことから、地元の名護市および沖縄県漁連に対し調査の実施に係る協力を要請してきたところ、名護市から調査を受け入れる旨の表明がなされ、政府はこれを受け、現在、所要の調査を行っているところである。
 普天間飛行場の返還に加え、キャンプ・ハンセンにアンテナ施設などが移設されることを条件として、平成12年度末までを目途に返還することとされた楚辺通信所を始め、那覇港湾施設、読谷補助飛行場など計6施設の全部返還と、北部訓練場など5施設の一部返還も示されている。これら返還される土地は、沖縄県における在日米軍施設・区域の面積の約21%(約5,000ヘクタール)に相当し、復帰時からSACO最終報告までの間の返還面積約4,300ヘクタールをかなり上回るものとなる。このような土地の返還のほかに、最終報告では、訓練及び運用の方法の調整(県道104号線越え実弾射撃訓練の本土への移転、パラシュート降下訓練の伊江島補助飛行場への移転など)、騒音軽減イニシアティブの実施並びに地位協定の運用の改善についても示されている。
 日米間で意見の一致が見られたこれらの計画及び措置は、その実施によって、沖縄県の地域社会における米軍の活動の影響を軽減することとなり、同時に、在日米軍の能力及び即応態勢を十分維持することができる。一方、これらの問題解決の促進については、移転先地の関係自治体などの協力を得ることが最も重要であると考えられることから、政府としては、沖縄県を含めた関係自治体などに理解と協力を求めているところである。
 沖縄県における在日米軍施設・区域に係る問題については、橋本総理の積極的なイニシアテイブと決断の下に、この一年間、米側との話し合いが続けられ、SACO最終報告によって一つの区切りが示された。今後、最終報告に盛り込まれた措置を着実に実施するためには、米国との調整のみならず、国内においても、政府が一丸となってあらゆる努力を行っていくことが不可欠である。このような観点から、政府においては、昨年12月3日、最終報告に盛り込まれた措置を的確かつ迅速に実施するため、法制面及び経費面を含め、政府全体として十分かつ適切な措置を講ずることを閣議決定したところである。防衛庁としては、この閣議決定の趣旨を踏まえ、引き続き米側と緊密に協議しつつ、沖縄県を始めとする地元関係者の理解・協力が得られるよう最大限の努力をし、その解決に取り組んでいくこととしている。
 
4 施設・区域の使用権原の取得
 
 日米安保条約上の義務を履行するため、在日米軍に施設・区域として提供する必要がある土地については、所有者との合意により使用することを原則としているが、合意が得られない場合、駐留軍用地特措法に基づき使用権原を取得している。
 政府としては、今回、引き続き提供する必要がある嘉手納飛行場、楚辺通信所など13施設の一部の土地について、一昨年3月から駐留軍用地特措法に基づく手続きを進めてきたところである。昨年9月には、沖縄県知事から公告・縦覧の手続への協力を得られ、本年2月以降、沖縄県収用委員会の公開審理が行われてきた。しかし、3月末の段階では、5月の使用期限までに必要な手続が完了する見込みが得られなかった。
 本年4月、駐留軍用地特措法の改正が行われ、現に駐留軍の用に供されており、引き続きその用に供する必要があると内閣総理大臣によって認定された土地などについては、収用委員会の審理の段階においてその使用期限までに所要の手続が完了しないときは、事前の担保提供い事後の収用委員会の裁決などによる適正な補償が確保された下で、収用委員会の裁決による使用権原が得られるまでの間に限り、暫定的にその使用が認められることとなった。
 なお、この改正は、暫定使用という必要最小限の措置を内容とするものであり、一部改正された駐留軍用地特措法は、これまでの市町村長・都道府県知事及び収用委員会の権限に何ら変更を加えるものではなく、また、これまでと同様、地域に限定されず適用されるものである。
 政府としては、施設・区域の安定的使用の観点から、土地の使用権原の取得に当たっては、地元及び関係者の理解と協力を得ることが重要と考えており、引き続き、最大限の努力をしていくこととしている。
防衛白書1997