第1章

国際軍事情勢

 わが国の防衛は、わが国が国際社会の中で将来にわたってどのようにして生存を確保していくかという問題である以上、国際軍事情勢の的確な認識の上に成り立つものでなければならない。

 今日の世界においては、東西冷戦(以下「冷戦」という。)の終結により、世界的規模の戦争が発生する可能性は遠のいた。一方、地域紛争の発生・拡大の危険性が高まっており、大量破壊兵器等の移転・拡散も国際的に強く懸念されている。現在、各国は、それぞれの置かれた安全保障環境の下で、より安定的な秩序を模索している。

 このような中で、軍事力の存在は依然として国際社会の平和と安定の重要な要素であり、このことを抜きにしてわが国の防衛を考えることはできない。

 以上から、本章においては、今日の国際軍事情勢を明らかにし、わが国の防衛を考えるに当たっての土台を提供することとする。

第1節 冷戦後の国際環境

 第2次世界大戦後の世界の軍事情勢は、東西両陣営による軍事的対峠を基本的枠組みとして推移してきたが、ソ連の解体により、こうした構造は既に過去のものとなった。

 冷戦の終結により、従来の戦略環境には大きな変化が生じており、世界的規模の戦争が発生する可能性は遠のいた。このような情勢を受けて、米国、旧ソ連や欧州においては、東西対立を前提に構築された余剰戦力について、再編・合理化を行っており、また、戦略兵器削減条約(START)や欧州通常戦力(CFE)条約に見られるような軍備管理・軍縮の動きも進展している。

 一方、これまで東西対立の下で抑え込まれてきた、世界各地の宗教上や民族上の問題などに起因する種々の対立が表面化あるいは尖鋭化し、地域紛争の発生若しくは拡大に至る可能性が高まっている。また、核兵器などの大量破壊兵器等の移転や拡散は、地域紛争を深刻なものにするおそれがあり、国際的にも強く懸念されているなど、不安定、不確実な状況が続いている。

 このような情勢の中で、国際連合(国連)は、世界の平和と安全を維持する機能を、従来以上に発揮することを期待されている。国連の平和維持活動は、冷戦の終結前後からより活発に行われるようになり、人員の規模も大きなものが多くなってきている。また、最近の国連の活動には、ソマリアにおける強制措置を伴う行動やマケドニアへの予防展開などのような従来型の平和維持活動の範囲を超える動きも見られる。しかし、このような国連の活動の増加や任務等の拡大に伴い、検討すべき問題点も生じてきている。

 地域的な平和と安全を維持するための動きも活発化している。欧州においては、北大西洋条約機構(NATO)や欧州安全保障・協力会議(CSCE)などが、従来以上の役割を発揮しようとしている。アジア・太平洋地域においては、多国間の集団安全保障体制は存在しておらず、多国間の信頼醸成の場の形成も進んでいなかったが、近年、ASEAN地域フォーラムにおける多国間政治・安全保障対話の動きなども見られるようになってきており、今後の進展が期待される。

 米国は、引き続き世界の平和と安定に最も大きな役割を果たしている。米国のクリントン政権は、昨年9月、米軍の戦力を包括的に見直す「ボトムアップ・レビュー」の結果を公表した。そこでは、ほぼ同時に発生する2つの大規模地域紛争に対処することとし、冷戦後の新しい情勢に対応するために必要な戦力構造などを明らかにしている。なお、クリントン政権は、発足当初、国連の平和維持活動を重視していくこととしていたが、ソマリアなどにおける活動を通じて当初の方針を見直し、今後は、米国の国益を踏まえて、慎重に関与していくこととしている。

 欧州諸国においては、冷戦終結による国際情勢の変化などを踏まえ、従来ソ連を中心とするワルシャワ条約機構(WPO)と直接対峠することを念頭に置いて構築された高いレベルの軍事力を削減・再編する動きが見られる。また、欧州では、冷戦時のNATO対WPOという図式に代わる新たな安全保障の枠組み作りが行われている。

 ロシアでは、昨年11月に、「ロシア連邦軍事ドクトリンの主要規定」が採択され、その要約が公表された。これにより、従来不明確であったロシアの基本的な国防政策の一端が明らかになったが、いまだ同国の安全保障政策の全体像は明らかではない。また、ロシアでは、昨年10月の政変時に事態の収拾を図るため軍隊が投入されたほか、同年12月に行われた議会選挙でも保守勢力が台頭するなど、国内情勢は依然流動的である。

 アジア・太平洋地域においては、対立の構図が複雑で各国の安全保障観が多様であり、朝鮮半島、南沙群島やわが国の北方領土などの未解決の諸問題も存在しており、冷戦の終結に伴い欧州において生起したような大きな変化はいまだ見られていない。このような状況を一つの背景として、アジア諸国の多くは、それぞれ国防力の充実・近代化に努めてきている。

 朝鮮半島には、依然として南北の軍事的対峠の構造が残っており、従来から緊張の高い地域の一つであるが、北朝鮮の核兵器開発疑惑や地対地ミサイルの長射程化のための研究開発の動きなどをめぐり、更に緊張が高まっている。

 北朝鮮は、深刻な経済困難にもかかわらず、軍事力の増強・近代化を図っており、即応態勢の維持・向上にも力を注いでいる。特に、北朝鮮の核兵器開発疑惑については、わが国を含む北東アジアの安全にも影響を及ほす問題であるのみならず、冷戦後の新しい国際秩序の重要な要素である大量破壊兵器の不拡散の観点から国際社会にとっても重大な問題である。この問題については、北朝鮮が疑惑の対象となっている未申告の2施設を含め、国際原子力機関(IAEA)の完全な保障措置の実施を受け入れ、さらには「朝鮮半島の非核化に関する共同宣言」を実施して、疑惑の全面的解消を行うことが重要である。また、北朝鮮は、地対地ミサイルの長射程化のための研究開発も行っているとみられ、その開発動向が強く懸念される。さらに、核兵器開発とミサイル開発が結び付けば、より一層危険な状況となり得る。このような北朝鮮の動きは、わが国周辺のみならず、国際社会全体に対する挑戦として強く懸念される。

 極東ロシア軍は、引き続き量的には縮小傾向を示しており、また、現在のロシアの厳しい経済状況などから、活動は低調になっており、即応態勢も低下しているものとみられる。しかし、依然として大規模な戦力が蓄積された状態にあり、欧州方面からの新型装備の移転などにより近代化も行われている。このような極東ロシア軍の存在は、流動的な国内情勢を反映した軍建設の先行きの不透明さとあいまって、アジア・太平洋地域の安全に対する不安定要因となっている。

 中国は、国防力について量から質への転換を図っており、近年、国防予算を大幅に増額するとともに、海・空軍を中心に装備の漸進的近代化を図っている。また、南沙群島などを中心に海洋における活動拠点を強化する動きが見られる。

 近年、東南アジア諸国の多くは、経済力の拡大などにより、国防費を増額するとともに、新装備の導入などにより軍事力の近代化を図る動きが見られる。

 このように、冷戦の終結に伴う変化は、地域によって一様ではなく、各国は、それぞれの置かれた安全保障環境の下で、より安定的な秩序を模索しているが、現在のところ、その方向性が明確になったとはいえない。このため、世界の軍事情勢は、いまだ先行きに対する不透明感が続いている中で、流動的な要素を抱えたまま推移している。(破壊された建物(旧ユーゴ))(政変の際に炎上するロシア最高会議ビル

第2節 冷戦後の課題と国際社会の対応

1 国際社会の取り組むべき課題

(1) 地域紛争の発生・拡大の危険性

 冷戦の終結により、世界的規模の戦争の可能性は遠のき、東西対立を背景とした、両勢力の代理戦争的な地域紛争は終息した。しかし、冷戦期には東西対立構造の下で抑え込まれていた、領土、民族、宗教などのさまざまな要因に基づく地域固有の種々の対立については、冷戦の終結により、顕在化あるいは尖鋭化し、武力紛争の発生・拡大に至る危険性が増大している。

 また、ソ連の解体により、旧ソ連の各共和国間及び共和国内においても対立が尖鋭化し、あるいは紛争が発生している。このような地域紛争やそれにつながりかねない不安定要因の存在は、冷戦後の世界の安全保障にとって深刻な課題となっている。

 このような状況を背景として、現在、国際社会は、地域紛争の解決に向けて協調して取り組もうと努めている。特に、冷戦終結後、国連安全保障理事会(安保理)常任理事国を中心とする大国間の協調体制が機能し始めており、世界各地における国連平和維持活動の積極的展開に見られるような国連の活性化が期待されている。

 また、欧州安全保障・協力会議(CSCE)やNATOが平和維持活動を任務に加えるなど、地域的機関も地域紛争の解決に向けて積極的に関与している。しかし、このような国際社会の努力にもかかわらず、旧ユーゴスラビア地域やソマリアに見られるように、問題の早期解決が困難な状況に直面している事例もある。

ア 欧州・旧ソ連地域

(ア) 旧ユーゴスラビア地域

 旧ユーゴスラビア連邦は、元来、複数の宗教・民族の混在、連邦を構成する共和国間の経済格差などの潜在的な対立要因を抱えていた。冷戦末期の東欧諸国の変化の影響などにより、一部の共和国が独立へ向けて動き出したことに伴い、対立が表面化・尖鋭化することとなった。

 クロアチアでは、旧連邦からの独立を目指すクロアチア人勢力と、クロアチアからの分離及びセルビア共和国への併合を求めるセルビア人勢力が激しく対立していた。1991年6月のクロアチアの独立宣言後、両勢力の対立・抗争に旧連邦軍がセルビア人勢力を支援する形で介入し、武力紛争に突入した。1992年1月に、両勢力が停戦に合意したことを受け、国連は、クロアチア内のセルビア人居住地域に国連保護地域を設定し、同年3月から同地域の監視などのために国連保護隊(UNPROFOR)を展開している。しかし、セルビア人居住地域に対する主権回復を目指すクロアチア側とクロアチアからの独立を宣言したセルビア人勢力はいまたに対立状態にある。

 ボスニア・ヘルツェゴビナ(以下ボスニア)では、旧連邦からの独立を求めるムスリム勢力、クロアチア人勢力と独立に反対するセルビア人勢力が対立していた。1992年3月の独立宣言後、独立をめぐる対立・抗争が激化し、これに旧連邦軍がセルビア人勢力を支援する形で介入し、武力紛争に突入した。当初、ムスリム勢力とクロアチア人勢力が共闘してセルビア人勢力と旧連邦軍に対抗していたが、その後、3勢力がそれぞれの支配地域の拡大を目指し、三つ巴の戦闘を行うこととなった。本年2月に入り、ムスリム勢力とクロアチア人勢力が停戦に合意し、3月には米国の仲介により両勢力による連邦国家形成と将来的なボスニアとクロアチアの国家連合形成が合意されたが、セルビア人勢力はこれに反発している。

 国連は、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)などが実施する人道援助活動の支援のために、1992年7月以降、UNPROFORをボスニアにも派遣している。また、国連は、同年10月以降、ボスニア上空の軍用機の飛行を禁止し、昨年3月には飛行禁止の対象を全ての航空機に拡大し、違反機に対する武力行使も容認することとした。

 これを受けて、NATOは早期警戒管制機(AWACS)や戦闘機によりボスニア上空の監視を行っており、本年2月には、飛行禁止措置に違反した航空機を初めて撃墜した。NATOは、ムスリムの安全確保を目的として国連がボスニア内に設定した「安全地域」防護のための航空戦力も提供しており、本年4月には同地域を攻撃するセルビア人勢力に対し、空爆を実施した。

 また、ボスニア内の紛争に介入する新ユーゴスラビア連邦に対しては、国際的な非難が高まり、1992年5月以降、国連やECによる制裁が行われている。NATOと西欧同盟(WEU)は、新ユーゴスラビア連邦に対する経済制裁のため、1992年7月以降、アドリア海において共同で海上監視活動を実施し、さらに、同年11月以降は海上阻止行動を実施している。なお、新ユーゴスラビア連邦のセルビア共和国内のコソボ自治州では、独立を求めるアルバニア人勢力と共和国側との対立が続いている。

 セルビア共和国のコソボ自治州に隣接するマケドニアでは、マケドニア人と人口の約2割を占めるアルバニア人の対立が深刻化している。国連は、マケドニアへの紛争の波及を予防するため、1992年12月以降、同国にもUNPROFORを展開している。(第1−1図 旧ユーゴスラビア周辺)(旧ユーゴの難民

(イ) 旧ソ連地域

 ソ連の解体後、従来から潜在的に存在していた民族間の対立などが、各地で表面化・尖鋭化している。

 アゼルバイジャン共和国では、アルメニアへの編入を求めるナゴルノ・カラバフ自治州側と共和国側との間で武力紛争が続いており、アルメニアの義勇兵がナゴルノ・カラバフ自治州側を支援している。

 グルジア共和国では、共和国からの独立を求めるアブハジア自治共和国とグルジア政府との間で生じた武力紛争に対して、8月に国連グルジア監視団(UNOMIG)が派遣された。その後、9月から戦闘が再開したものの、本年4月には停戦協定が署名された。また、グルジア共和国内の南オセチア自治州は、ロシア内の北オセチア共和国との統合を求めてグルジア共和国側と対立している。

 タジキスタン共和国では、ロシアの支援する政府側と、アフガニスタン領内にも拠点を持つとみられる反政府勢力との間の武力紛争が深刻化している。

 モルドヴァ共和国では、ドニエストル川東岸地区に居住するロシア系住民が同地区の独立を要求して共和国側と対立している。

 また、ウクライナ国内のクリミア自治共和国では、ウクライナからの分離とロシアへの帰属を目指す動きが見られる。

 さらに、ロシア国内でも、タタールスタン共和国やチェチェン共和国の独立要求、北オセチア共和国とイングーシ共和国の間の領土紛争などの問題を抱えている。(第1−2図 旧ソ連各共和国

イ 中近東

 中東和平問題については、イスラエルとパレスチナ解放機構(PLO)の間で、昨年9月に「暫定自治原則宣言」が署名され、本年5月に「ガザ地区及びジェリコ地域に関する合意」が署名されたことにより、暫定自治が開始される運びとなった。また、イスラエルとシリアの間の和平交渉の進展に向けて、米国の仲介努力が続けられている。しかし、永続的かつ包括的な和平の実現のためには、依然として多くの問題が残されている。

 トルコでは、同国からの分離を志向するクルド人勢力がゲリラ活動を行っている。

 1990年5月に南北統一を達成したイエメンでは、旧南北指導者間の対立が続いていたが、本年4月には、旧南北勢力間で武力衝突が発生し、5月上旬には本格的内戦に発展するに至った。

 アフガニスタンでは、1992年4月のナジブラ政権崩壊以降、ムジャヒディン各派が主導権をめぐって戦闘と停戦を繰り返している。

 また、イランとアラブ首長国連邦は、ペルシャ湾に所在するアブ・ムーサ島などの領有権をめぐって対立しており、エジプトやアルジェリアでは、イスラム原理主義勢力による反政府テロ活動が激化している。(暫定自治原則宣言署名式におけるイスラエルとPLO両首脳

ウ アフリカ

 ソマリアでは、1991年以降、前政権を打倒した武装勢力間の主導権をめぐる抗争により内戦が激化し、干ばつも重なって国民は深刻な飢餓に直面した。事態を憂慮した国連の仲介により、1992年3月、各武装勢力は停戦に合意した。国連は、4月に停戦監視と人道援助物資輸送の護衛のために国連ソマリア活動(UNOSOM)を設立したが、武装勢力による妨害などにより、十分な成果は上がらなかった。このため、国連安保理決議に基づき、12月から米軍を中核とする統一タスクフォースが展開し、人道援助が実施できる安全な環境を確立するための「希望回復作戦」が実施された。この結果、ソマリアは深刻な飢餓状態から救われた。

 その後、UNOSOMは、昨年5月に、武装解除、停戦違反、国連などの要員の保護に関し強制措置をとることが認められた第2次国連ソマリア活動(UNOSOM)へ移行した。6月に、武装勢力の一つのアイディード派の攻撃により要員に死傷者が出たUNOSOMは、同派の指導者であるアイディード将軍の逮捕と同派の武装解除のため武力行使を開始した。この結果、国連側とソマリア人側の双方に多数の死傷者が発生したが、UNOSOMは所期の目的を達成できなかった。

 その後、10月に、米国は本年3月末までに戦闘部隊をソマリアから撤収させることを表明し、ドイツやイタリアなどもUNOSOMからの要員の引き揚げを決定した。国連は、欧米諸国部隊の撤収などを考慮し、本年2月、UNOSOMの任務を修正した。これにより、UNOSOMには、従来のような強制措置をとる権限は認められなくなった。3月には、紛争各派が停戦と新政府樹立に関する和平宣言に署名したが、同宣言に基づく和平プロセスは進展しておらず、武装勢力間の戦闘が多発するなど、ソマリア情勢は依然不透明である。

 アンゴラでは、1991年5月に政府側とアンゴラ全面独立民族同盟(UNITA)との間で和平協定が締結され、16年続いた内戦が終結した。しかし、1992年5月に第2次国連アンゴラ監視団(UNAVEM)の監視下で行われた選挙の結果をめぐり、UNITAは政府側に対して戦闘を再開した。1993年11月以降、政府とUNITAの直接交渉が行われているが、一部地域において戦闘が継続している。

 ルワンダでは、昨年8月に政府側とルワンダ愛国戦線(FPR)との間で和平協定が締結され、これを受けて、10月には、治安維持と停戦監視を主任務とする国連ルワンダ支援団(UNAMIR)が設立された。しかし、政府側とFPRとの衝突は続いており、和平プロセスも停滞している。特に、本年4月に起きた飛行機墜落事件による大統領の死亡を機に、両勢力の戦闘が激化している。

 ブルンディでは、昨年10月に、対立する部族間の武力衝突が発生し、その後も不穏な情勢が続いており、これにより発生した多くの難民が隣国のルワンダなどに流出した。(アンゴラ情勢

エ アジア

 朝鮮半島では、朝鮮戦争休戦以来、非武装地帯(DMZ)を挟んで北朝鮮軍と韓国軍が依然厳しい対峠を続けており、北朝鮮の核兵器開発疑惑や地対地ミサイルの長射程化のための研究開発の動きなどをめぐり、緊張が高まっている。

 カンボディアでは、昨年9月、新政府が発足し、国連カンボディア暫定機構(UNTAC)は成功裡に任務を終了した。しかし、カンボディアでは依然として政府軍とポル・ポト派軍との間の戦闘が継続しており、また、治安維持、地雷除去の必要性などの問題も抱えている。

 カシミール地方の帰属問題などをめぐるインドとパキスタンの対立は依然として存在しており、両国の対話に大きな進展は見られない。また、中国とインドの国境問題をめぐる対立も依然として存在しているが、問題解決に向けた対話が継続されている。

 このほか、ミャンマーでは、少数民族などによる反政府活動が行われており、スリランカではタミル人過激派が独立を求めて武力闘争を行っている。

オ 中南米

 ハイティでは、1991年に軍のクーデターにより国外追放されたアリスティド大統領を復帰させようとする米国、国連、米州機構などによる努力が難航しており、国連の主導による民主化プロセスも中断している。国連は、ハイティに対し、民主化プロセスの完全履行と同国の民主化の支援・監視などを行う国連ハイティ・ミッション(UNMIH)の任務遂行を保証させるため、経済制裁を課しているが、同国は強硬姿勢を崩していない。また、ハイティに対する経済制裁の履行を確保するため、米国、カナダ、フランス、イギリスなどがハイティ沖に艦艇を派遣している。

 グアテマラでは、昨年5月、セラノ大統領が憲法の停止、議会の解散などの非常事態措置の発動を布告したが、野党勢力や軍の批判に遭って失敗し、国外逃亡する事件が起きた。また、政府側とグアテマラ民族革命連合(URNG)との内戦は30年以上継続している。

 ニカラグアでは、1990年に政府側とゲリラ組織のコントラとの間の内戦が終結したが、前政権が接収した土地の返還問題などをめぐって再び対立し、コントラ側が反政府ゲリラ活動を再開している。

(2) 兵器の移転・拡散

 近年、一部の第三世界諸国は、核兵器・化学兵器や弾道ミサイルなどの兵器の取得や開発を進めており、大量破壊兵器(核・生物・化学兵器)及びその運搬手段を含む兵器の移転・拡散問題は、国際社会の抱える緊急の課題となっている。このため、現在、国際社会においては、各種の不拡散体制を強化・拡充して、大量破壊兵器などの移転・拡散を防止する努力が行われているほか、通常兵器及び関連汎用品に関する輸出規制に向けた動きも見られる。

ア 核兵器

 世界には、核不拡散条約(NPT)において核兵器国と認められている米、露、英、仏、中5か国のほかに、核兵器の保有や開発が疑われている国が存在している。

 核兵器の拡散を防止する国際的な努力については、NPTと国際原子力機関(IAEA)の保障措置体制が存在するほか、原子力供給国29か国によって原子力関連品目の輸出規制を行う体制がとられている。

 NPTには、1992年に中国とフランスが加入し、昨年は、ベラルーシなどが、本年に入り、カザフスタン、グルジアが加入した。このようにNPT締約国数は拡大してきているが、インド、パキスタンなど加入を拒んでいる国も存在する。

 昨年2月、IAEAは、北朝鮮に対して未申告施設への特別査察を要求したが、3月、北朝鮮はNPT脱退を表明した。その後、米朝協議の結果、北朝鮮は6月にNPT脱退の発効を中断する意図を表明し、当面は同条約にとどまることになったが、IAEAとの保障措置協定に基づく査察の受入れの問題は、特別査察の受入れを含め依然として解決されていない。このような北朝鮮の保障措置協定の不履行は、同国の核兵器開発疑惑を深めており、周辺地域の安全にも影響を及ぼす問題であるとともに、核不拡散体制の有効性の確保という観点から国際社会にとっても重大な問題である。

 NPTについては、同条約の規定に基づき、1995年に条約の延長期間の決定を行う会議の開催が予定されており、核不拡散体制の強化を重視するわが国は、同条約の無期限延長を支持している。

 また、NPTは、締約国に対し核軍縮交渉を追求することなどを求めているが、本年2月からジュネーブ軍縮会議において、包括的核実験禁止条約の交渉が開始されており、今後の進展が期待される。

イ 生物・化学兵器

 生物・化学兵器は、核兵器に比べて安価かつ製造が容易であり、アジアや中東、北アフリカなどの相当多数の国が製造・保有しているものとみられている。

 化学兵器については、その開発、生産、保有などを包括的に禁止し、検証措置をも規定した化学兵器禁止条約の署名が昨年1月から開始された。生物兵器については、「細菌兵器(生物兵器)及び毒素兵器の開発、生産及び貯蔵の禁止並びに廃棄に関する条約」を強化するための検討が続けられている。このほか、わが国を含む25か国が、化学兵器及び生物兵器の原材料・汎用製造設備などの輸出規制を実施しているオーストラリア・グループと呼ばれる会合に参加している。

ウ ミサイル

 核兵器などの大量破壊兵器の運搬手段として使用可能なミサイルについては、1980年代中期にソ連などがイラク、北朝鮮、アフガニスタンなど多数の国にスカッドBを輸出したほか、中国からのCSS−2などの輸出、北朝鮮が生産したスカッド系列のミサイル輸出などを含め、現在、相当数の諸国が弾道ミサイルを保有するに至っており、一部の途上国では開発・生産を行っているとみられる。

 このようなミサイルや、関連する機材・技術の不拡散については、わが国を含む25か国によってミサイル関連機材・技術の輸出規制を行う体制(MTCR)がとられている。1992年7月には、規制対象を核兵器のみならず化学・生物兵器を含むすべての大量破壊兵器の運搬手段として使用可能なミサイルにまで拡大することが合意されている。

 なお、中国は、MTCRに参加はしていないが、1992年2月、MTCRのガイドラインを遵守することを表明した。しかしながら、昨年8月、米国は、中国がパキスタンにミサイル関連物資を輸出した疑いがあるとして、中国に対する制裁措置を発動した。

エ 通常兵器

 通常兵器の国際移転問題については、通常兵器が個々の国の安全保障と直接かかわっており、国外からの輸入も容認されているため、その移転を一律に規制するには困難な側面もあるが、以下のような国際的取組みが行われている。

 まず、通常兵器の移転の透明性と公開性を高めることにより、各国の信頼感の醸成、安定の促進などを図ることが有効との観点から、わが国が中心となって国連に提案した通常兵器の移転登録制度が、1992年1月に発足し、昨年から登録が開始されている。

 また、先進主要7か国(G7)の間では、イラン、イラク、リビア及び北朝鮮に対する通常兵器の輸出規制を補完するため、通常兵器関連資機材の輸出規制をこれら4か国に対して実施することが合意されている。さらに、冷戦終結を受けて、本年3月31日をもってココムは撤廃されたが、一方で、地域紛争防止の観点から、懸念国などへの通常兵器及び関連資機材の移転を規制するための新たな枠組みの設置が検討されている。なお、ココム撤廃後も、新たな枠組みが設置されるまでの期間は、旧ココム参加各国は、引き続き従来のココム規制品目について規制能力を維持することとされている。

2 新たな国際秩序構築への動き

(1) 国際連合の対応

ア 国連平和維持活動

 今日の国際社会においては、地域的不安定及び危機管理に関する関心が高まっている。このような中、国連は、東西対立の終結が国際の平和と安全の維持という国連本来の機能を発揮できる環境をもたらしたこともあり、安保理を中心として、積極的に紛争処理及びその予防に取り組んできている。

 それは、1948年以来今日までに設立された33の国連平和維持活動のうち、約半数が最近5年間に設立されていることにも顕著に表れている。国連平和維持活動は、これまでにも国際社会に大きな貢献を果たしてきたが、最近では、その規模が拡大するとともに、任務についても、従来の伝統的な枠を超える新たを試みが模索されてきている。

 例えば、最近では、国連カンボディア暫定機構(UNTAC)のように、従来から行われてきた平和維持、停戦監視の任務に加えて、主要行政分野の直接管理や選挙実施など多岐にわたる任務を遂行する大規模なものやマケドニアに展開している国連保護隊(UNPROFOR)のような紛争予防のためのもの、さらには、第2次国連ソマリア活動(UNOSOM)のように武装解除等に関し必要な強制措置の実施などが容認されていたものなど、従来に比べて、その任務が拡大・強化された国連平和維持活動が見られる。

 また、最近の国連平和維持活動の特徴としては、ボスニアに展開しているUNPROFORをはじめとして、人道的支援を目的として派遣されるものが見られることが挙げられる。

 一方、伝統的な国連平和維持活動では、派遣に当たっては、紛争当事者の間で停戦合意が存在していること、紛争当事者の受入れ同意があること、中立性を保つこと、自衛の場合を除いては武器を使用しないことなどの原則が慣行として確立していたが、最近の国連平和維持活動ではこれらの原則を十分には満たさないようなケースがあり、このような点においても国連平和維持活動の性格の変化が(うかが)える。このように平和維持活動は実態面で任務や規模が増大してきているが、一方で、同活動に対する期待と現実の間に乖離が生じ始めていることも事実である。

 特に、UNOSOMは、当初、ソマリア紛争各派の武装解除などに関し強制措置をとることを容認された国連平和維持活動として画期的なものであったが、その後要員に多数の死傷者が発生し、各国部隊が撤退を表明したことから任務が修正され、武装解除、停戦合意の遵守は紛争各派の自主性に委ねられることとなった。

 UNOSOMは、ガリ国連事務総長が1992年に発表した報告書「平和のための課題」の中で提唱した平和執行部隊とは厳密には異なるものの、それに近いものであった。しかし、現実の場面においては、紛争当事者の同意を得ないまま部隊を派遣したことに加えて、強制措置を実施するだけの兵力が不足していたことや参加部隊と国連との間の連絡調整が不十分たったことなどが、UNOSOMの任務遂行を困難にしたという指摘もなされている。

 冷戦が終結し、安保理が有効に機能するようになったことにより、国連に対する期待が高まっているが、新たな要素を含んた国連の活動については検討すべき問題点が多くあることが明らかとなり、また、国連平和維持活動の急増に伴って著しく増加している経費や要員の確保も深刻な問題となってきている。現在、国連平和維持活動の多くは各国からの平和維持活動特別分担金によって賄われているが、その予算は、近年では国連の通常予算を大幅に上回っている。さらに、欧米を中心とする各国の兵力削減などにより、今後、国連平和維持活動のための各国の要員や装備の提供について困難も予想される。

 なお、ガリ報告の発表以来、国連平和維持活動の在り方については、国連の平和維持活動特別委員会などの場で広範な議論が展開されており、その中では国連平和維持活動設立時の要員不足解消のための待機制度や要員の安全対策の改善なども提案されている。また、今後の国連平和維持活動の派遣に当たっては、展開の目的や要員の安全性、資金面の問題などを十分検討した上で決定すべきであるとする意見が多くなりつつあり、安保理も新たな国連平和維持活動の設立に際しては慎重な検討を行うようになってきている。(UNPROFORの明石特別代表)(第1−3図 国連平和維持活動が行われている地域

イ 安保理改組問題

 国連の安保理は、加盟国を拘束する決定を行い得る権限を有する唯一の機関であるが、1965年に非常任理事国の枠が拡大されてから後は、安保理の構成については見直しが行われていない。冷戦終結に伴って国際情勢が大きく変化したことに加えて、国連の加盟国数は現在184か国にのぼっており、国連が国際社会の期待に応えるためには、安保理の構成などを見直す時期にきているとの認識が各国の間で広まっている。

 安保理改組に関しては、1992年の第47回国連総会において、各加盟国に対し、安保理の構成見直しの可能性に関する意見提出を勧奨する決議が全会一致で採択され、1993年10月までに、70か国以上の国から安保理改組についての意見書が提出された。安保理改組については、冷戦後の新たな国際社会の環境変化と国連加盟国数の増大を踏まえ、その構成国数の拡大、地域的配分の衡平化を図るべきであるとの意見ではほぼ一致が見られている。昨年12月には、国連総会で、安保理改組のための作業部会設置の決議が採択されており、現在、この作業部会を中心に議論が進められている。

(2) 軍備管理・軍縮の進展

ア 米露の核軍備管理・軍縮の進展

(ア) 戦略兵器削減条約(START)

 STARTは、1991年7月に米ソ間で署名されたが、その後ソ連の解体を経て、1992年5月、米国、ロシア、ウクライナ、カザフスタン及びベラルーシがSTARTに関する議定書に署名した。STARTは、発効後7年以内に、双方が戦略運搬手段1,600基(機)(うち重ICBMについては154基)、弾頭数6,000発(うち弾道ミサイル弾頭数4,900発、移動式ICBM弾頭数1,100発等)を上限として、史上初めて戦略核兵器を削減するという点で画期的な条約である。

 ウクライナは昨年11月、核兵器全部の廃棄は拒否するなどの条件付きでSTARTを批准したため、関係国の反発を招いた。本年2月、ウクライナは先の条件を撤回し、無条件でSTARTを批准したが、依然として、START議定書で定められた核不拡散条約(NPT)への加入を先送りしており、このことがSTART発効の障害となっている。

(イ) 第2次戦略兵器削減条約(START

 昨年1月に米露間で署名されたSTARTは、STARTよりも更に戦略核兵器を削減することを目指しており、米露それぞれの戦略核弾頭数を、START発効後7年間で総数3,800〜4,250発に、さらに、2003年1月1日までに3,000〜3,500発に、2段階に分けて削減するとともに、第2段階において多弾頭ICBMを全廃し、SLBM搭載弾頭数を1,700〜1,750発以下とすることなどを内容としている。

 STARTは、多弾頭ICBMの全廃を含め、米露両国の戦略核弾頭数を現在のおおむね3分の1まで大幅に削減するものであり、一層安定的な戦略環境を実現することを目指している。STARTはSTARTの前提となるものであり、STARTの早期発効が望まれる。

イ 欧州における軍備管理・軍縮の進展

 1990年11月に署名された欧州通常戦力(CFE)条約は、ソ連解体に伴う調整の後、1992年10月までに条約署名国の批准が完了して11月に正式発効した。同条約は、参加国領土のうち大西洋からウラルまでを対象地域とし、戦車、装甲戦闘車両、火砲、戦闘機及び攻撃ヘリの5つのカテゴリーの兵器について東西両グループの保有の上限を定め、保有上限を超える兵器の削減を、破壊又は民生転用などの方法で、期限を3段階に分けて実施することとしている。昨年11月でCFE条約による削減の第一段階が終了したが、同条約の履行状況は良好であった。

 また、1992年7月には兵員の保有上限を定めた「CFE兵員交渉の最終文書」が署名され、CFE条約の正式発効と同時に発効した。同文書は、条約とは異なり政治的拘束力にとどまるものであるが、CFE条約で規定できなかった各国の兵員を規制することを目標にしたもので、CFE条約と同一の地域を対象に参加国の兵員の上限を定め、兵員数等に関する情報交換などを規定している。

 信頼・安全醸成措置については、1992年3月に、軍事情報の年次交換、軍事交流や演習等の通報・査察・制限などを内容とする「ウィーン文書1992」が採択され、また、署名国領土を相互に航空機などで査察する「オープン・スカイズ条約」が署名された。このほか、1992年9月にスタートした欧州安全保障・協力会議(CSCE)安全保障協力フォーラムにおいては、欧州における軍備管理・軍縮条約と信頼・安全醸成措置相互の調和、包括的軍事情報交換システムの確立、防衛計画に関する情報交換システムの確立に関する協議などが行われている。

(3) 地域的な安定化努力

ア 欧州

 欧州では、冷戦終結後、従来の安全保障の枠組みであったNATO対ワルシャワ条釣機構(WPO)という図式に代わる新たな枠組み作りが行われており、現在、CSCE、NATO、欧州連合(EU)、西欧同盟(WEU)など従来から存在する機構を組み合わせ、相互補完する方向が模索されている。特に、旧ユーゴ地域の例に見られるように、一度発生した紛争に対しては有効な対処が困難なことから、紛争の要因となり得る少数民族問題や経済問題等の解決など、紛争の予防への取組みをより強化する方向で、各機構の役割などが検討されている。(第1−4図 欧州の安全保障機構一覧表

(ア) CSCE

 CSCEは、これまで、主として軍備管理・軍縮の分野で成果を上げてきた。1992年には、CSCEにおいて交渉が行われてきたCFE条約が発効し、信頼・安全醸成措置について「ウィーン文書1992」が採択され、さらに、今後の軍備管理・軍縮交渉の場として安全保障協力フォーラムが設置された。

 また、CSCEは、冷戦後の欧州の新たな状況に対応するため、逐次、機構整備や機能強化を進めている。1992年7月のCSCE首脳会議において、紛争防止や紛争解決を今後のCSCEの主要任務としていく方向が明確化され、昨年12月のCSCE外相理事会では、予防外交と危機管理のための常設委員会を設置することが決定された。

(イ) NATO

 NATOは、冷戦後の状況の変化に対応するため、従来の前方防衛戦略や柔軟反応戦略を修正した「新戦略コンセプト」に基づき、組織改編を実施している。改編後のNATO軍は、従来の主力防衛部隊及び増援部隊という構成から、危機時に対応する即時対応部隊及び緊急対応部隊、従来よりも即応性を下げた主力防衛部隊、増援部隊という構成に変化することとなる。

 また、1992年12月のNATO国防相会議において、平和維持をNATOの任務に昇格させることが決定され、現在、北大西洋条約第5条に基づく武力攻撃に対する共同防衛任務と平和維持任務との調和・整合の在り方が検討されている。なお、NATOは、1992年11月以降、国連保護隊(UNPROFOR)に司令部機能を提供している。

 冷戦後、旧ユーゴ地域のように民族紛争発生の危険性があり、かつ、安全保障上の空白地帯となっている東欧地域などに対するNATOの役割力検討された結果、本年1月のNATO首脳会議において、NATOと東欧諸国などが個別に協力協定を結ぶ「平和のためのパートナーシップ(PFP)」が採択された。

 PFPは、参加国が自国の安全などに対して直接の脅威を受けた場合にNATOと協議を行うことや、平和維持などの分野でNATOと共同演習を行うことなどをその内容としている。なお、PFPは、参加国のNATOへの加盟を保証するものではないが、加盟の前提となるものとして位置付けられている。PFPに対しては、東欧諸国のみならず、ロシアも参加の意思を表明している。また、本年1月のNATO首脳会議では、米国の対欧コミットメントの維持が確認されるとともに、欧州の安全保障の独自性発展を支持することなどが明確に宣言されている。(NATO首脳会議(94.1)

(ウ) EU・WEU

 政治と経済の統合強化を目指し1992年2月にヨーロッパ共同体(EC)加盟国が署名した欧州連合条約は、最後の未批准国であったドイツが昨年10月に同条約を批准し、予定より遅れて11月1日に発効した。

 EUは欧州連合条約において、共通の外交・安全保障政策を持つこととし、WEUをNATOの政策と両立させつつ、欧州連合の防衛面における不可欠の要素として活用することとしている。ただし、デンマークについては、防衛政策分野などへの参加免除を認めることが合意されている。

 また、昨年12月のブラッセルEC首脳会議においては、ベルト三国と中・東欧諸国の国境問題や少数民族問題による紛争発生を防止するための「欧州安定化条約」の締結交渉を本年4月頃から開始することが決定された。

 将来のEUの安全保障機能のうちの防衛面を担うこととなるWEUは、WEUとして運用し得る部隊が決定され、また、NATOの通信システム、指揮装置、司令部等を共同資産として使用することが可能になるなど、作戦能力が向上しつつある。1992年5月にドイツとフフンスによりWEUの中核となるべく設立された欧州軍団については、昨年6月にベルギーも参加することとなり、10月には司令部が編成された。

(エ) 欧州評議会

 昨年10月、欧州における自由と民主主義という価値観を共有する諸国の統合推進を目的として設立された欧州評議会の首脳会議が、1949年の創設以来初めて開催され、欧州において民族紛争が頻発する事態に対し、少数民族の保護が欧州の安定の必須の要素になっているとの認識で一致した。また、同会議で採択された「ウィーン宣言」では、人権の保障、少数民族の権利保障、法による支配の確立を進める目的で欧州評議会を強化する方向が示された。

イ アジア・太平洋地域

 アジア・太平洋地域は、各国の安全保障観が多様であり、未解決の諸問題も残されていることなどから、一体性に乏しい地域となっている。また、欧州のような多国間の集団安全保障体制は存在せず、米国との二国間の同盟・友好関係とこれに基づく米軍の存在が、この地域の平和と安定に重要な役割を果たしてきている。

 冷戦終結後、この地域においても域内の安全保障に対する関心が高まっている。

 1992年1月、ASEAN首脳会議でASEAN拡大外相会議を利用して政治・安保に関する域外との対話を強化すべきであることが合意され、同年7月のASEAN拡大外相会議において地域の安全保障についても話し合いが行われた。昨年7月には、ASEAN拡大外相会議において、域内の政治・安全保障対話を行う場としてASEAN地域フォーラムを開催することが合意された。同フォーラムは、ASEAN拡大外相会議のメンバー国のほか、中国、ロシア、ヴィエトナム、ラオス、パプア・ニューギニアが参加し、本年7月にバンコクで開催される予定である。

 アジア・太平洋地域においては、各国が民生の安定を図り経済力を高めることが、結果として地域の安定にも寄与することとなっている。昨年11月には、米国の提唱によりアジア太平洋経済協力(APEC)閣僚会議のメンバー国・地域の首脳などによる非公式会議が開催され、APECメンバー国・地域の国民のために安定、安全保障及び繁栄を実現するという共通の展望に基づいて、地域社会の精神を深めることにコミットしているとの認識が域内で共有された。

3 欧米諸国及びロシアの国防政策

(1) 米国

ア 国防政策

 1993年1月に発足したクリントン政権は、国防政策については、冷戦の終結に伴う世界情勢の変化を認識し、それに見合った戦力の再編、国防費の削減が必要であるとする一方、核抑止力を維持し、国際的なコミットメントを維持するとともに、米軍の質は世界最強を維持するとしている。

 米国は、現在、世界には、冷戦時代の旧ソ連の脅威に代わり、地域紛争の危険、核など大量破壊兵器の拡散の危険、ロシアなどにおける改革後退の危険、経済に対する危険の4つの危険が存在するとしている。

 このような情勢の変化に対応するために、米国は米軍戦力を包括的に見直す「ボトムアップ・レビュー」を1993年に実施した。この中で、米国は今後もほほ何時に発生する2つの大規模な地域紛争に対処できる必要があるとしている。その他、平時における海外プレゼンスのための所要なども勘案し、1999年における米軍の戦力構造として、ボトムアップ・レビュー公表時点の総兵力約171万人を約146万人まで、また、陸軍現役師団10個、海軍空母11隻(他に予備役1隻)、空軍戦闘航空団20個などまでそれぞれ削減することとした。戦力の再編に当たっては、人員の質を含む即応性の維持に最高の優先度を置くとともに、装備の技術的優位も維持するとしている。

 前方展開戦力については、欧州における兵力をボトムアップ・レビュー公表時点の約17万人から約10万人まで削減するとしている。

 北東アジアにおいては、韓国に対するコミットメント、わが国における海兵隊や空軍戦力及び西太平洋における第7艦隊の展開など現在とほぼ同じ規模を維持するとしている。

 また、米国は、大量破壊兵器の拡散問題に対処するため、拡散対策イニシアティブを開始し、従来の拡散防止に加え、戦域ミサイル防衛(TMD)などを含む防御手段の開発に重点を置くこととしている。また、ロシアを始めとする旧ソ連諸国に対して、核兵器の解体支援や軍事協力を推進している。

 1995年度予算教書によれば、同年度の国防費は、広義の権限額で2,637億ドルとなっており、対前年度実質0.9%の微減である。1995年度予算は、ボトムアップ・レビューの結果を実施する初年度の予算として位置付けられている。その特徴は、短期的な戦力維持のために即応性を第一とし、長期的な能力確保のために研究開発にも投資する、他方、装備調達は引き続き削減し、その補完のために重要な産業基盤の維持にも意を用いるというものである。

 冷戦終結に伴い、地域紛争などに軍事力を投入する場面が増えてきているが、ソマリア、ハイティ、旧ユーゴ問題などに関連し、どのような場合に米軍を投入すべきかについての議論が行われている。国連の活動への米軍参加については、ソマリアなどにおける経験を踏まえ、1993年10月以降、慎重な方針に転換した。(95年度国防予算について説明する米国防長官

イ 軍事力

(ア) 戦略核戦力等

 戦略核戦力については、条約自体は発効していないものの、戦略兵器削減条約(START)に基づく削減を先行的に実施中であるほか、1990〜1991年に発表された核戦略のイニシアティブに基づく措置を実施している。

 ICBM戦力は、ミニットマンが退役しつつあり、50基のピースキーパー、500基のミニットマンなど667基で構成されている。SLBM戦力は、ポセイドン潜水艦が退役しつつあるが、トライデントを搭載したオハイオ級の建造は続いており、現在弾道ミサイル搭載原子力潜水艦(SSBN)17隻に384基が搭載されている。戦略爆撃機は、B−52G/H、B−1B及びB−2合計152機から構成されており、B−2ステルス爆撃機20機及び新型巡航ミサイル(ACM)の戦力化が進められている。また、B−1Bについては、今後は戦術任務に転換することとしている。

 弾道ミサイル防衛については、現存する脅威に対する評価に基づき、在外配備の米軍や友好・同盟国を戦術・戦域弾道ミサイルから防衛するTMDに重点を置いて開発・配備を進めることとしている。また、米国本土を長射程の弾道ミサイルから防衛する国家ミサイル防衛(NMD)については、当面は技術開発にとどめることとしている。

(イ) 通常戦力

 地上戦力については、陸軍14個師団約57万人、海兵隊3個師団約18万人を有しており、米国本土のほかドイツ(陸軍2個師団)、韓国(陸軍1個師団)、日本(海兵隊1個師団)などに戦力を前方展開している。また、多連装ロケット・システム(MLRS)やUH−60ブラックホーク・ヘリコプターの配備を進めるとともに、コマンチ・ヘリコプターなどの開発を行っている。

 海上戦力については、大西洋に第2、地中海に第6、東太平洋に第3、西太平洋及びインド洋に第7の各艦隊を展開させ、艦艇約1,150隻(うち潜水艦約100隻)約552万トンの勢力を擁している。艦艇については、アーレイ・バーク級イージス駆逐艦の建造が進められているほか、1995年度予算においては原子力空母CVN−76の建造を要求している。

 航空戦力については、空軍、海軍及び海兵隊を合わせて作戦機約4,520機を保有し、海軍の艦載機を洋上に展開しているほか、ドイツ、英国、日本、韓国などに戦力を前方展開している。また、F/A−18戦闘機などの調達・配備を継続するほか、F−22新型戦術戦闘機などの開発を進めている。

 また、米国は、地域的脅威への対処と海外展開戦力の削減のため、機動戦力の重要性が増しているとして、装備の事前集積の維持・拡大を計画するとともに、新型輸送機C−17や海上輸送船の調達など、輸送能力の向上に努めている。

 このほか、米国は、約106万人からなる予備戦力及びそのための装備を保有している。予備戦力については1999年までに約91万人まで削減される予定であるが、現役戦力の削減を補完するため、今後は予備戦力により依存することとしている。特に、陸軍州兵については展開即応性の高い旅団規模の部隊を中心とすることが計画されている。

(2) 欧州諸国

ア 英国

 英国は、冷戦後の自国の安全に対する危険は、旧ソ連の不確実性、中・東欧や旧ソ連の民族・領土紛争、弾道ミサイルや大量破壊兵器の拡散など、従来よりも複雑かつ多様なものになったと認識している。国防政策の目標としては、国外に大きな脅威がない場合でも自国と属領の安全を保障すること、自国と同盟国に対する重大な脅威に対処する態勢を維持すること、国際的平和及び安定を維持することにより自国のより広範な安全保障上の利益を増進することなどを掲げている。

 また、英国は1990年7月に発表された「変化への選択」に基づく国防力の再編計画を進めており、1995年までに1990年時点の現役兵力を約20%削減する予定である。この削減の主な対象はドイツ駐留の英国軍である。

 昨年は、「変化への選択」の当初の目標を修正し、陸軍は平和維持活動の所要のため、3,000人上方修正して約119,000人とすることとし、海軍については、2,500人下方修正して約52,500人、空軍は5,000人下方修正して約70,000人とすることとした。なお、核戦力については、最低限の核抑止力を保持するため、弾道ミサイル搭載原子力潜水艦(SSBN)4隻の新規配備計画を維持することとしている。このほか、予備役については、1990年時点の約33万9千人を1990年代半ばにおいても維持する計画である。

イ ドイツ

 ドイツは、冷戦時代の脅威は消滅したが、地域紛争や大量破壊兵器の拡散などの危険性が存在するとの認識の下に、NATOを基本とする安全保障体制を堅持することとしている。

 また、統一時の国際公約に基づき、総兵力を1990年10月の統一時の約52万人から1994年末を目途に37万人に削減するための兵力再編を実施中である。防衛力整備計画としては、1992年12月、「連邦軍計画94」が策定された。本計画は、2006年までの13年間を対象としており、今後、安全保障環境の変化やドイツの国際的責任の増加に伴う連邦軍の任務の多様化に対応するため、危機対処部隊など新たな部隊編成を進めるなど、編成面の整備に重点を置いた内容となっている。

ウ フランス

 フランスは、冷戦後、国境付近での直接的脅威は消滅したが、中・東欧やロシアの不安定性、大量破壊兵器の拡散などの新たな危険が自国の安全を脅かす可能性があると認識している。

 現在、フランスは、1990年に発表された「フランス軍2000年構想」及び1992年に閣議決定された「第8次防衛力整備計画」に基づき、フランス北東部国境正面に配置されていた陸軍部隊を中心とする兵力の削減や、海・空軍部隊の再編などを進めており、1997年までに1992年時点の陸軍兵力の約20%削減、水上艦艇の母港の整理、戦車や戦闘機の削減などが予定されている。

 また、本年2月23日に発表されたフランス国防白書では、自国の死活的利益の保障、欧州の建設と国際秩序の安定、軍事面・戦略面に限らない総合的防衛が防衛政策の目標として掲げられ、軍の新たな目標戦力が示された。

 これによれば、今後15年間に、陸軍については、本土防衛部隊や支援部隊のほかに投入可能兵力を12〜13万人(8〜9個師団)に増加すべきであり、海軍については、十分な戦略核戦力を維持することに加え、潜水艦も含め約100隻の戦闘艦が必要であり、空軍については、約20個戦闘飛行中隊のほかに約20機の給油機と約100機の輸送機が必要であるとしている。なお、予備役については、今後志願制を優先し、小規模編成で能力の高い予備役部隊にすることとしている。

エ 北欧諸国

 北欧諸国においては、北欧方面へのロシアの新型装備などの移転に対する懸念からロシアへの脅威感が残っており、国防力について量的には削減するものの、近代化を図ることとしている。

 ノルウェーは、従来の国防方針を基本的に維持しつつ、不透明化した国際情勢と財政の逼迫(ひっぱく)の中で、質の高い効率的な軍の建設を目指して、現在陸軍の削減と近代化を実施中である。

 スウェーデンは、国防力について、量より質に重点を置き、規模を縮小する一方で、陸・海・空軍の近代化を継続していくこととしている。

 フィンランドは、陸・空軍を中心に近代化を進めることとしている。

 また、北欧諸国は、従来から国連外交を重視してきているが、昨年8月以降、国連安保理決議に基づき、戦車などを装備した北欧共同大隊をボスニアに共同で派遣している。

(3) ロシア

ア 国防政策

 ロシアは、1991年12月の独立国家共同体(CIS)創設以降、CIS統一軍の創設に努力していたが、その後方針を転換し、1992年5月以降、独自軍の建設過程にある。ロシアは、海外駐留兵力を含む旧ソ連の通常戦力の大半を引き継いだほか、戦略核の管理も引き継いでいる。

 ロシアの国防政策については、これまでにいくつかの指針が出されている。

 1992年9月に発効した「ロシア連邦国防法」においては、1994年12月31日までにロシア軍の総兵力を人口の1%(ロシアの人口を勘案すれば約150万人)以下とする規定を盛り込んでいる。ただし、最近、グラチョフ国防相は、ロシア軍には少なくとも200万人程度の兵力が必要である旨発言していることから、国防法の規定も今後見直される可能性があるものとみられる。

  また、1993年11月には、国防政策の基本理念について示した「ロシア連邦軍事ドクトリンの主要規定」が採択された。

 その中では、ロシアはいかなる国家も敵とみなさないことや、自衛及び集団防衛の場合を除きいかなる国家に対しても軍事力を使用しないことなどが規定されている。他方、核兵器の役割については、戦争遂行手段ではなく侵略抑止手段と規定されたものの、従来旧ソ連が宣言していた核兵器の先制不使用の表現は削除された。また、核不拡散条約(NPT)を締結している非核兵器国に対しては核兵器を使用しないと保証しているが、一定の例外(核保有国と同盟関係にある国家がロシアを攻撃した場合及び核保有国と共同でロシアを攻撃または攻撃を支援した場合)を設けている。さらに、ロシア軍の任務として、国連の平和維持活動への参加や、ロシア国内における紛争抑止・治安維持のために国境軍や内務機関への協力が追加されている。

 軍の建設については、1995年までに、兵員補充システムの徴兵・志願混合制への移行、海外駐留部隊の撤退、兵員数の削減を行い、1996〜2000年の間に、軍機構の再編などを行い軍の建設を完成することとしている。また、軍の建設に当たっては、有事においていかなる地域へも短期間に投入、展開できる機動戦力の建設を優先することとしている。

 また、CIS統一軍構想は挫折したものの、1992年5月にCIS諸国の内の6か国で署名された「集団安全保障条約」には、現在までに9か国が参加している。一方、ロシアは旧ソ連諸国との関係を最重要の外交課題として位置付け、CIS諸国の内の7か国との間で2国間軍事条約も締結している。このように、ウクライナなどを除くCISにおいてはロシアを中心とする軍事的な再統合への動きも見られる。(CIS首脳会議(93.12)

イ 軍事態勢

 戦略核戦力については、従来旧ソ連地域のうちロシアのほかウクライナ、ベラルーシ、ガザフスタンにも配備されていたが、戦略兵器削減条約(START)が履行されれば、ロシア以外の3国からは核兵器は完全に撤去されることとなる。START批准にあたり、自国の安全保障の確保や、核兵器の廃棄に伴う補償などを条件としていたウクライナも、1994年1月の米口との3国共同声門の後で条件を撤回したが、NPT加入は先送りにしている。このため、STARTは発効していない。

 ロシアは、徐々に戦略核ミサイルの削減を進めているが、依然として、米国よりも多くのICBM及びSLBMを保有しており、今後START及びSTARTが発効すれば、これらの条約による制限を受けることとなる。

 非戦略核戦力については、射程500kmを超える地上発射型中距離ミサイルは中距離核戦力(INF)条約に基づき廃棄されたが、短距離地対地ミサイル、中距離爆撃機、攻撃型原子力潜水艦、海洋・空中発射巡航ミサイルなど多岐にわたる戦力を有している。なお、ロシアは、1992年11月に、米国同様各艦隊から戦術核兵器を撤去し、陸上格納庫に保管したことを明らかにした。

 通常戦力については、ロシア軍が建設途上にあることからその正確な実態を把握することは困難な面もあるが、量的には縮小傾向にあるとみられる。

 戦略核戦力の近代化については、新しい弾道ミサイル搭載原子力潜水艦(SSBN)は建造されておらず、戦略爆撃機ブラックジャックの生産も終了したとみられるものの、旧式ICBMから単弾頭・移動式の新型ICBMであるSS−25への換装は継続しているものとみられる。また、非戦略核戦力及び通常戦力についても、兵器の生産量は旧ソ連時代よりも大幅に減少し、近代化のペースも緩やかになっているものの、戦車、巡航ミサイル搭載原子力潜水艦などの艦艇、第4世代戦闘機などの生産・配備が継続されており、各種新型兵器の開発も続けられている。その結果、全体としては、合理化・近代化された膨大な戦力が蓄積されているものとみられる。

 海外駐留部隊については、東欧諸国などからの撤退が継続されており、既にチェッコやポーランドなどからの撤退は完了している。ドイツからの撤退も1994年中に完了する予定である。しかし、バルト諸国の一部など、必ずしも撤退が順調ではない地域もある。

 他方、ロシア軍においては、住居不足を始めとする軍人の生活環境の悪化や軍の規律の弛緩、徴兵・志願混合制への移行が芳しくないことや徴兵充足率の低下なども問題となっており、厳しい財政事情ともあいまって、これまでのような軍の活動水準を維持していくことは困難であるとみられる。

 さらに、ロシアは、財政事情の逼迫(ひっぱく)から、外貨獲得のために、兵器の輸出を積極的に行う旨を明らかにしており、すでに中国にSU−27戦闘機や、イランにキロ級潜水艦などの輸出を行っている。また、ロシアを含む旧ソ連各国からの、核兵器などの大量破壊兵器及びこれに関連する物資や軍事技術、技術者の流出の可能性は、国際的に懸念されている。

 なお、ロシアの民主化に伴って、情報の開示が進むにつれ、旧ソ連及びロシアによる原子力潜水艦の原子炉を含む放射性廃棄物などの海洋投棄が明らかになり、国際的に大きな関心を集めている。

 いずれにせよ、現在のロシア軍については、ロシア国内の混乱した政治経済情勢の影響を強く受けているものと考えられ、その意味で、ロシア軍の将来像については必ずしも明確ではない。また、1993年12月の選挙で保守派が台頭するなど、今後の政治情勢も不透明であり、ロシア軍の今後の動向については引き続き注意深く見極めていくことが重要である。

第3節 わが国周辺地域における軍事情勢

1 全般情勢

 アジア・太平洋地域は、世界でも経済成長の著しい地域であり、このような経済発展に伴い、多くの国が国防力の近代化を進めようとしている。

 この地域は、各国の安全保障観が多様で、地域的一体性に乏しいことなどから、複雑な軍事情勢となっている。冷戦時代、東西対立の構造が欧州に見られるほどの明確な形をとっていなかったこの地域においては、冷戦終結後も、わが国の北方領土や朝鮮半島、南沙群島などの諸問題が依然として未解決のまま存在している。このような状況があいまって、わが国周辺においては、欧州において生起したような大きな変化は、現在のところ見られていない。

 朝鮮半島においては、北朝鮮の核兵器開発疑惑や地対地ミサイルの長射程化のための研究開発の動きなどをめぐり、緊張が高まっている。

 極東ロシア軍については、引き続き量的に削減傾向にあり、その活動も低調になっているが、装備の近代化が行われており、軍建設の先行きの不透明さとあいまって、この地域の不安定要因となっている。

 中国は、海・空軍力を中心に軍の近代化を漸進的に進めようとしている。また、同国には、南沙群島などを中心に海洋における活動拠点を強化する動きも見られ、周辺国の関心を集めている。

 東南アジア諸国の多くは、その経済成長や安全保障環境の変化を背景として、近年国防費の増額や新装備の導入などを行っている。

 この地域の平和と安定を図る上で、米国のコミットメントとプレゼンスの維持は、重要な役割を果たしてきている。また、域内各国は、平和で安定した環境が経済発展にとって不可欠との共通の認識を有している。

 クリントン政権は、昨年9月に、冷戦後の米軍戦力を包括的に見直す「ボトムアップ・レビュー」の結果を公表したが、その中で、北東アジアにおける前方展開戦力については、欧州方面とは異なり、現在とほほ同じ規模を維持することを明らかにしている。このような米国の方針は、域内各国からも歓迎されている。

 また、アジア・太平洋地域においては、従来、多国間で地域の安全保障について話し合う場が作られておらず、そのための信頼醸成も進んでいなかったが、近年、ASEAN地域フォーラムにおける多国間政治・安全保障対話の動きなども見られるようになってきている。

 今後、この地域の未解決の諸問題の解決に向け関係各国が努力するとともに、域内各国の二国間又は多国間の安全保障対話を進めることにより、各国の政治的信頼関係の醸成が図られ、ひいては、この地域の軍事情勢にも好ましい影響を及ほすことが期待される。(第1−5図 わが国周辺における兵力配備状況(概数)

2 各国・地域の動向

(1) 朝鮮半島の軍事情勢

ア 全般

 朝鮮半島は、地理的、歴史的にわが国とは密接不離の関係にある。また、朝鮮半島の平和と安定は、わが国を含む東アジア全域の平和と安定にとって重要である。

 韓国は、近年、民主主義を着実に定着させており、昨年2月には約30年ぶりに文民出身の金泳三大統領が誕生した。金大統領は、就任後、国内の不正排斥などに努め、外交面では、前政権が推進してきた全方位外交を継承、推進しており、周辺諸国との良好な関係の維持に努めている。

 他方、北朝鮮は、現在、同国の核兵器開発疑惑をめぐり、国際的孤立を深めている。国内的には、依然として経済不振が続いているとみられ、昨年12月に開催された朝鮮労働党中央委員会第6期21回総会では、第3次経済発展7か年計画(1987〜93年)が一部未達成であったことを認める報告が行われた。

 また、東欧や旧ソ連地域の変化の影響が波及することを阻止し、体制を維持するために、政治的・思想的な引き締めが行われている模様である。さらに、金日成主席から金正日書記への権力の世襲に向けた動きは、国防関係のポストの委譲を中心に進みつつあるとみられ、現在、国防委員会委員長と人民軍最高司令官を兼ねる同書記は、制度的には軍を完全に掌握する立場にある。

 韓国と北朝鮮は、1992年2月の第6回南北高位級会談において、「南北間の和解と不可侵及び交流・協力に関する合意書」及び「朝鮮半島の非核化に関する共同宣言」を発効させるなど、南北対話で一定の成果を上げたものの、その後の実務協議で双方の主張が噛み合わず、以来、両国の話し合いは中断状態となっていた。

 昨年7月に行われた北朝鮮の核兵器開発疑惑をめぐる第2ラウンドの米朝協議の結果、北朝鮮は核問題を含む二国間問題を協議するため、南北対話を可能な限り早急に開始する用意があることを確認した。これを受けて昨年10月以降、韓国と北朝鮮は南北対話のための特使交換の実現に向けて実務協議を行ったが、11月に中断し、その後本年3月に再開されたが、決裂した。4月には、韓国が特使交換を通じて核問題を解決することが事実上困難になったとして、特使交換をこれ以上求めないことを発表した。

 こうした中、朝鮮半島においては、韓国と北朝鮮の合わせて150万人を超える地上軍が非武装地帯(DMZ)を挟んで対峙するという軍事的構造は、朝鮮戦争以降、冷戦後も基本的に変化しておらず、核兵器開発疑惑問題に対する北朝鮮の対応は、朝鮮半島の軍事的緊張を一層高めている。このような朝鮮半島情勢は、わが国を含む東アジア全域の安全保障にとって重大な不安定要因となっている。(金日成・金正日父子

イ 軍事態勢

(ア)北朝鮮

 北朝鮮は、1962年以来、全人民の武装化、全国土の要塞化、全軍の幹部化、全軍の近代化という4大軍事路線に基づいて軍事力を増強してきた。現在も、深刻な経済不振に直面しているとみられる中で、依然として軍事力に資源を重点的に配分しているとみられる。

 北朝鮮では、人口に占める軍人の割合が高く、総人口の約5%が現役の軍人とみられている。

 北朝鮮の軍事力は、陸軍中心の構成となっており、総兵力は約113万人である。装備の多くは旧式であるが、近年、近代化に努めている。また、最近では、生物・化学兵器も保有しているとみられる。

 陸軍は、26個師団約100万人を有し、兵力のおおむね3分の2程度をDMZ付近に配備しているとみられる。その戦力は、歩兵を中心に構成されているが、戦車約3,000両を含む機甲戦力及び砲火力は軽視し得ない戦力である。特に、最近DMZ沿いに240mm多連装ロケットや170mm砲を増強配備しているとみられる。また、ゲリラ戦などを行う特殊部隊を多数有している。

 海軍は、約620隻約8万5千トンの艦艇を有するが、ミサイル高速艇などの小型艦艇が主体である。また、潜水艦については、旧式のロメオ級を21隻保有している。このほか、特殊部隊の潜入・搬入用に使用されるとみられるミゼット潜水艦約60隻及びエアクッシヨン揚陸艇約100隻を保有している。

 空軍は、約810機の作戦機を有しており、その大部分は中国や旧ソ連製の旧式機であるが、MIG−29やSU−25といった第4世代機も保有している。

 北朝鮮軍の活動は近年活発化しつつあり、演習・訓練も増加傾向にあるとみられる。

 北朝鮮は、従来から核兵器開発の疑惑を持たれていたが、昨年2月の国際原子力機関(IAEA)の特別査察要求を拒否し、3月に核不拡散条約(NPT)脱退を宣言したことは、この疑惑を更に深めるものであった。その後、北朝鮮は、6月に行われた第1ラウンドの米朝協議の結果、NPTからの脱退の発効を一時中断することを表明し、7月に行われた第2ラウンドの米朝協議の結果、核査察などに関するIAEAとの協議及び南北対話を早期に開始する用意があることを確認した。

 しかし、IAEAと北朝鮮の核査察に関する協議は進展せず、10月にはIAEA総会において北朝鮮の保障措置協定義務不履行への憂慮などを表明する決議が採択され、11月には国連総会において北朝鮮に対しIAEAの核査察受入れを求める決議が採択された。その後、米朝の実務接触が行われた結果、本年2月には北朝鮮が既に申告済みの核関連施設に対する査察の受入れに同意し、3月に査察が実施されたが、同国が査察の重要な部分を拒否したため、IAEAは核物質の軍事不転用を確認できなかった。国連安保理は、北朝鮮に対し、IAEAの査察活動の完了を許可するよう促すこと等を内容とする議長声明を採択したが、北朝鮮はこれを拒否した。

 4月に入り、北朝鮮は、5メガワット実験用原子炉の燃料棒交換の際に査察官の立ち合いを認める用意がある旨をIAEAに通報した。また、5月には、北朝鮮は、3月に一部拒否した査察の実施を受け入れた。しかし、北朝鮮は、燃料棒の交換作業をIAEAとの合意なく進め、IAEAが求める燃料捧の選別・隔離・収納等も拒否したため、IAEAは、北朝鮮において十分な保障措置の実施が困難となる可能性がある旨を国連に伝えた。

 これを受けて、国連安保理は、北朝鮮に対しIAEAの保障措置に従って燃料棒の交換作業を行うことを求める議長声明を採択したが、北朝鮮はこれを拒否し、燃料捧の交換作業を続行した。このため、IAEAは、北朝鮮の過去における核物質の軍事不転用を確認することが不可能になったことを国連に報告した。

 さらに、IAEAは、北朝鮮に対し保障措置に関する全ての情報と場所へのアクセスを要求すること、同国に対する協力を停止すること等を内容とする決議を採択した。これに対し、北朝鮮は、IAEAからの脱退やIAEAによる査察の拒否などを内容とする声明を発表した。

 北朝鮮は、1980年代半ば以降、スカッドBやその射程を延長したスカッドCを生産・配備するとともに、これらのミサイルを中東諸国へ輸出してきたとみられている。また、現在、射程約1,000kmともいわれるノドン1号を開発中であるとみられる。

 ノドン1号の性能については確認されていないが、命中精度については、このミサイルがスカッドの技術を基にしているとみられることから、例えば、特定の施設をピンポイント攻撃できるような精度の高いものではないと考えられる。北朝鮮は、昨年5月下旬に日本海に向けて弾道ミサイルの発射実験を行ったが、このミサイルがノドン1号であった可能性が高いことなどから、ノドン1号は開発完了に近付きつつあると考えられる。

 北朝鮮がこのミサイルを実戦配備した場合には、配備位置によってはわが国の過半がその射程内に入る可能性があるため、わが国としては、その開発動向を強く懸念している。また、北朝鮮は、ノドン1号よりも射程の長いミサイルの開発ち目指しているとみられている。さらに、核兵器開発とミサイル開発が結び付けば、より一層危険な状況となり得る。北朝鮮のこのような動きは、わが国を含む北東アジアのみならず、国際社会全体に不安定をもたらす要因となっている。(板門店で向かい合う国連軍兵士と北朝鮮軍兵士)(第1−6図 朝鮮半島の軍事力の対峙

(イ) 韓国

 韓国は、全人口の約4分の1が集中する首都ソウルがDMZから至近距離にあり、また、三面が海で囲まれ、長い海岸線と多くの島峡群を有しているという防衛上の弱点を抱えている。韓国は、膨大な陸上戦力を有する北朝鮮の軍事力増強を深刻な脅威と受け止め、毎年GNPの約4%前後を国防費に投入し、最近では陸軍の近代化に加えて、潜水艦、ヘリコプター搭載駆逐艦、P−3C対潜哨戒機やF−16戦闘機の導入計画を推進するなど、海・空軍の近代化に努めている。

 韓国軍の勢力は、陸上戦力が22個師団約55万人、海上戦力が海兵隊2個師団を含む約230隻約14万トン、航空戦力がF−4、F−5を主体にF−16を含む作戦機約490機である。

 また、韓国は、昨年7月、第2次国連ソマリア活動(UNOSOM)へ工兵部隊などを派遣し、初めて国連の平和維持活動に参加した。(韓国軍の渡河演習

(ウ) 在韓米軍

 在韓米軍は、韓国の国防努力とあいまって、朝鮮半島の軍事バランスを維持し、朝鮮半島における大規模な武力紛争の発生を抑止する上で大きな役割を果たし、北東アジアの平和と安定に寄与している。

 米国は、米韓相互防衛条約に基づき、第2歩兵師団、第7空軍などを中心とする約3万5千人の部隊を韓国に配備し、韓国軍とともに米韓連合軍司令部を設置している。米韓両国は、朝鮮半島における不測事態に対処する共同防衛能力を高めるために、1976年から1991年まで毎年米韓合同演習「チーム・スピリット」を実施してきた。

 1992年は、南北間の「朝鮮半島の非核化に関する共同宣言」の発効や北朝鮮のIAEA保障措置協定締結を含む核兵器開発疑惑に対する一層の措置を北朝鮮に促すためにその実施が見送られたが、昨年は南北関係、特に南北相互核査察において意味ある進展が見られないことを理由として再開された。

 本年については、北朝鮮に対するIAEAの査察が成功裡に完了し、南北間の特使交換を通じて核問題解決のための実質的な協議が行われる場合には実施しないことを、韓国国防部が3月に発表した。しかし、その後の北朝鮮の査察受け入れの一部拒否などを受け、米国と韓国は、北朝鮮の対応次第では、11月頃に演習を実施する予定であることを明らかにした。

 米国は、グローバルな戦力再編の一環として、韓国防衛における役割を主導的なものから支援的なものへと縮小することを計画している。既に、韓国軍人が国連軍司令部軍事休戦委員会(UNCMAC)首席代表に就任し、板門店周辺米軍警備地域の韓国軍への移管が進められるとともに、平時における米韓連合軍地上軍構成軍司令官への韓国軍人の就任も行われた。さらに、本年12月には、米国は韓国軍全体に対する平時の作戦統制権を韓国側へ委譲する予定である。

 米国がこの地域における戦力の再編・合理化計画である「アジア・太平洋地域の戦略的枠組み(EASI)」において計画していた在韓米軍の第2段階の削減は、北朝鮮の核兵器開発計画による危険や不確実性が完全に解消されるまで留保されることが、昨年11月の第25回米韓安保協議会(SCM)でも再確認されている。

 また、米国は、昨年9月に「ボトムアップ・レビュー」の結果を発表し、この中で、韓国に対する安全保障コミットメントを維持し、在韓米軍を駐留させ続けることを確認している。韓国も、在韓米軍駐留経費増額などの責任分担拡大の努力を行うとともに、米韓戦時受入れ国支援協定の署名など戦時における米軍来援態勢の強化を図っている。

(2) 極東ロシア軍の軍事態勢

ア 全般的な軍事態勢

 旧ソ連は、1960年代中期以降、極東地域において、一貫して質量両面にわたり軍事力を増強してきた。しかし、1990年以降は量的な縮小が見られ始め、この傾向はロシア軍となってからも続いている。他方、T−80戦車や第4世代戦闘機などの新型兵器の配備により、極東ロシア軍の装備の近代化はペースは緩やかながらも継続している。

 また、欧州通常戦力(CFE)条約が署名される前に、旧ソ連軍はかなりの量の装備をウラル以西からウラル以東に移転し、その一部が極東地域にも移転された。さらに、CFE条約発効後も、東欧などから撤退したロシア軍の装備の一部が極東地域に移転していると推定されており、これらは極東ロシア軍の装備の近代化にもつながっているものとみられる。

 極東地域には、地上軍については約24万人、海上戦力については約189万トン、航空戦力については作戦機約1,220機が配備されているなど、現在でも大規模な戦力が蓄積されている。ただし、ロシアの厳しい財政状況や徴兵忌避者の増加等による徴兵充足率の低下などから、極東におけるロシア軍の活動は全般的に低調になっており、即応態勢も低下しているものとみられる。

 ロシア軍は、現在建設途上にあるが、軍建設の先行きと軍の動向はロシアの不安定な政治・経済情勢と不可分であることから不透明なままとなっており、極東ロシア軍の将来も不確実なままである。

 このような極東ロシア軍の存在は、依然としてこの地域の安全に対する不安定要因となっている。(第1−7図 わが国に近接した地域における極東ロシア軍の配置

(ア) 核戦力

 極東地域における戦略核戦力については、ICBMや戦略爆撃機がシベリア鉄道沿線を中心に配備され、またSLBMを搭載したデルタ級などの弾道ミサイル搭載原子力潜水艦(SSBN)がオホーツク海を中心とした海域に配備されている。ICBMについては、SS−25などに近代化されている。戦略爆撃機についても、射程約3,000kmの巡航ミサイルAS−15を搭載できるTU−95H型が主力となっている。また、SSBNについては、老朽艦が退役しつつあるが、即応態勢は維持されでいる。

 極東地域における非戦略核戦力については、TU−22Mバックファイアなどの中距離爆撃機、海洋・空中発射巡航ミサイルなど多様なものがある。なお、1992年11月、ロシアは海洋配備の戦術核を陸上の保管庫に格納したと表明した。

 バックファイアは、バイカル湖西方、樺太対岸地域及び沿海地域に約125機配備されており、AS−4又はAS−16空対地(艦)ミサイルを搭載可能であり、極東地域の地上目標やわが国周辺のシーレーンに対する高い攻撃能力を有している。

(イ) 地上戦力

 極東地域の地上兵力は、1990年以降、その規模が縮小されており、現在、27個師団約24万人となっている。師団の一部は、最近、地域防御的な部隊である機関銃・砲兵師団へ改編されている。また、削減された師団の中には、人員の充足率は5%以下であるが装備はほほ充足されており、人員の充足により他の師団と同様な戦力への回復が可能である動員基地に転換されているものもある。

 質的な面では、1990年に初めて極東地域に配備された新型の戦車T−80の配備が続いている。その他、装甲歩兵戦闘車、多連装ロケット、大口径火砲、武装ヘリコプター等が配備されるなど、近代化が継続されている。(第1−8図 極東ロシア地上兵力の推移

(ウ) 海上戦力

 海上戦力としては、太平洋艦隊がウラジオストクやペトロパウロフスクを主要拠点として配備・展開されている。太平洋艦隊は、約745捜、約189万トンであり、主要水上艦艇約65隻及び潜水艦約70隻(うち原子力潜水艦約50隻)の合わせて約65万トンを擁している。

 近年、太平洋艦隊は2隻の空母が除籍されるなど量的に縮小傾向にあり、活動も低調になっているものの、オスカー級巡航ミサイル搭載原子力潜水艦の回航やアクラ級原子力攻撃型潜水艦の建造など、近代化は継続している。

 また、太平洋艦隊は、イワン・ロゴフ級などの揚陸艦艇や約1万トンの積載能力を有するローフロー型大型輸送艦アナディールのほか、海軍歩兵師団を擁しており、水陸両用作戦能力にも高いものがある。さらに、軍用に転用可能なラッシュ船やローロー船などの商船も保有している。(日本海を南下中のロシア海軍ウダロイ級ミサイル駆逐艦)(第1−9図 極東ロシア海上兵力の推移)(第1−10図 極東ロシアの艦艇近代化の推移ヘリコプター装備化

(エ) 航空戦力

 航空戦力については、防空軍、空軍、海軍を合わせて約1,220機の作戦機が配備されている。作戦機は、量的には減少しているものの、SU−25フロッグフットやMIG−29フルクラムといった第4世代戦闘航機の配備が続いており、質的には引き続き近代化されている。

 なお、航空機の減少分のうち、第3世代戦闘機の一部は廃棄されずに保管状態に置かれているものとみられる。(航空自衛隊のスクランブル機がとらえたロシア空軍偵察機IL−20)(第1−11図 極東ロシア航空兵力の推移 戦闘機)(第1−12図 極東ロシア航空兵力の推移 爆撃機

イ 北方領土におけるロシア軍

 ロシアは、同国が不法に占拠するわが国固有の領土である北方領土のうち、国後島、択捉島及び色丹島に、旧ソ連時代の1978年以来地上軍部隊を再配備してきており、現在も師団規模を維持しているものと推定されるが、人員充足は低下している可能性がある。これらの地域には、戦車、装甲車、各種火砲、対空ミサイルや対地攻撃へリコプタ―MI−24ハインドなどが配備されている。従来択捉島天寧飛行場に約40機配備されていたMIG−23フロッガー戦闘機は、極東地域の防空軍全体の改編に伴い1993年5月までに撤退した。

 北方領土におけるロシア軍の配備に関しては、1993年10月にエリツィン大統領が、すでに4島駐留軍の半数を撤退させ、国境警備隊を除き残りの半分も必ず撤退させると表明するなど、ロシア側からの削減・撤退に関する発言が見られる。しかしながら、現在、戦闘機部隊以外の部隊の削減・撤退は確認されていない。いずれにせよ、ロシア軍が北方領土から早期に完全撤退することが望まれる。

 なお、ロシアは、海上・航空戦力の支援を得られやすいオホーツク海などにSSBNを展開してきた。北方領土は、このような戦略的に重要なオホーツク海へのアクセスを扼する位置にあることから、ロシアにとってSSBNの残存性の確保などを図るための重要な前進拠点となってきたものとみられる。

ウ わが国周辺における活動

 わが国周辺におけるロシア軍の活動については、艦艇、軍用機の行動に減少傾向がみられるとともに、わが国に近接した地域における演習・訓練の状況も引き続き低調となっているとみられる。

 地上軍については、わが国に近接した地域における大規模な演習は減少傾向にある。

 艦艇については、近年外洋における活動が減少し、演習・訓練は自国近海で実施される傾向にある。しかしながら、対潜訓練やミサイル発射訓練については、引き続き行われている。

 軍用機については、わが国への近接飛行は低調であるが、情報収集が目的とみられる飛行は引き続き行われている。また、大規模な演習・訓練は減少傾向にある。(第1−13図 わが国周辺におけるロシア艦艇・軍用機の行動概要

エ その他

 ロシアは1992年にモンゴル駐留軍を完全に撤退させるとともに、国境付近から航空戦力を削減したとみられる。他方、中国との間では、1990年4月に中ソ国境地帯の兵力削減と信頼醸成措置の指導原則に関する協定が署名されるとともに、現在中国とロシア、カザフスタンなどとの間で国境付近における兵力の削減について話し合いが行われている。このように、中国との国境付近における軍事的緊張は従来と比べて低下してきている。

 ロシアは、旧ソ連時代の1979年以来ヴィエトナムのカムラン湾の海・空軍施設及び通信施設を使用しているが、1989年以降、カムラン湾駐留戦闘部隊の撤退を行い、現在は若干の補助艦艇が存在している。

 1993年にコズイレフ外相は、カムラン湾における軍事施設を、ヴィエトナムとの合意に基づいて引き続き維持する考えを明らかにしており、今後もロシア軍の艦艇や航空機が何らかの形で使用していくものとみられる。

(3) 中国の軍事態勢

ア 全般

 中国は、経済建設のための改革開放路線を推進してきており、昨年3月の第8期全国人民代表大会第1回会議では、憲法が改正され、「社会主義市場経済体制」への移行が明記された。内政に関しては、同大会で、江沢民共産党総書記が国家中央軍事委員会主席に再選されたほか、国家主席にも就任し、同氏は、中国の共産党、軍及び政府それぞれの最高位ポストを兼ねることとなった。また、外交面では、改革開放路線を推進する上で対外的安定を確保する観点から、近隣諸国との関係改善と交流拡大を積極的に進めてきている。

 西側諸国との関係は、1989年6月の天安門事件以降冷却化したが、徐々に回復する傾向にある。米中関係は、中国がパキスタンに対しM−11ミサイル関連物資を輸出したとして昨年8月に米国が制裁措置を実施するなど緊張も生じたが、その後、米中の政府高官の交流が相次ぐなど両国の関係には修復に向けた動きも見られる。

 中仏関係は、フランスの台湾向け武器売却をめぐって悪化していたが、本年1月の中仏共同声明において、フランスが台湾に今後は武器を売却しないことを条件として、伝統的な友好協力関係を回復することが合意された。

 中露関係は、全般的に発展の方向にあり、軍事関係者の交流なども相次いでいる。昨年11月にグラチョフ・ロシア国防相が訪中した際には、両国の国防省間の協力協定が結ばれた。今後も両国の軍事分野での協力が進展していくものとみられる。

 中台関係については、昨年は中国旅客機がハイジャックされ台湾に着陸するという事件が多発したものの、経済・貿易関係や人的交流は引き続き拡大する傾向にある。

 なお、中国は、近年、南沙群島における活動拠点を強化し、西沙群島の永興島に飛行場を建設するなど、海洋における活動範囲を拡大する動きを見せている。また、1992年2月、わが国固有の領土である尖閣諸島や諸外国と領有権について争いのある南沙群島、西沙群島などを中国領と明記した領海法が公布・発効されたことに続き、同年10月の中国共産党第14回大会では、国の領土、領空、領海の主権及び海洋権益の防衛が軍の今後の使命として明確にされた。

イ 軍事態勢

 中国は、軍組織の肥大化による弊害を克服し、近代戦への対応を図るため、従来の広大な国土と膨大な人口を利用したゲリラ戦主体の人民戦争の態勢から、各軍・兵種の協同運用による統合作戦能力と即応能力を重視する正規戦主体の態勢への移行を引き続き図っている。その一環として、中国は、装備の近代化を図っており、みずからの研究開発や生産を基本としつつ、諸外国からの技術導入を図っている。近年では、特に海・空軍の近代化を優先的に進める方針が示されている。

 中国の国防費は、5年連続で毎年12%以上の伸び率となっていたところ、本年度は約22%という大幅な伸び率を示し、国防費の財政支出に占める割合は、約10%になった。中国では、当面は経済建設が最重要課題であるとされていることなどから、財政支出に占める国防支出の割合が今後急激に増加することはなく、また、インフレ基調、財政赤字という困難に直面していることもあり、国防力の近代化は漸進的に進むものとみられる。なお、中国では、武器輸出により得られた外貨が軍事産業の再投資に充当され、これが間接的に軍の近代化の経費になっているとの見方も存在する。

ウ 軍事力

 中国の軍事力は、核戦力のほか、陸・海・空軍からなる人民解放軍、人民武装警察部隊及び民兵から構成されている。

 核戦力については、抑止力を確保すると同時に、国際社会における発言権を高める観点から、1950年代半ば頃から独自の開発努力を続けている。現在では、ICBMを若干保有するほか、中距離弾道ミサイル(IRBM)を合計約100基、中距離爆撃機(TU−16)を約120機保有している。また、新型IRBMの配備やSLBMの開発も進められているほか、戦術核も保有しているとみられる。中国は、核戦力の充実と多様化に努めており、昨年10月及び本年6月には、国際社会の中止要請にもかかわらず、地下核実験を実施した。

 陸軍は、総兵力約230万人と規模的には世界最大であるものの、総じて火力、機動力が不足している。1985年以降、軍近代化の観点から、人員の削減や組織・機構の簡素化により100万人以上の兵員を削減するととも、に、従来の11個軍区を7個軍区に再編している。さらに、歩兵師団を中心に編成された軍を歩兵、砲兵、装甲兵などの各兵種を統合化した集団軍へと改編している。また、一部の師団を旅団に改編しつつある。

 海軍は、北海、東海、南海の3個の艦隊から成り、艦艇約1,080隻(うち潜水艦約80隻)約95万トン、作戦機約880機を保有している。艦艇の多くは、旧式かつ小型であるが、ヘリコプター搭載可能な新型のルフ級駆逐艦及びヂャンウェイ級フリゲートの建造・配備や、新型ミサイルの搭載などの近代化が進められている。

 空軍は、作戦機を約5,290機保有しているが、旧ソ連の第1、第2世代の戦闘機をモデルにした旧世代に属するものがその主力となっている。最近では、F−8などの新型戦闘機の開発・改良やロシアからのSU−27戦闘機の導入などにより、航空機の近代化を図っている。また、空中給油能力の獲得に向けた努力も行われている。(日本海を北上中の中国海軍ヂャンウェイ級フリーゲート

エ 台湾の軍事力

 台湾軍の勢力は、現在、陸上戦力が12個師団約29万人、海上戦力が陸戦隊約3万人を含む約440隻約21万トン、航空戦力が作戦機約520機である。台湾は、軍事力の近代化に力を入れてきており、地対空ミサイル「天弓」を量産化い昨年10月にはこれを装備する最初の部隊が発足したほか、自主開発戦闘機「経国」号の生産、F−16及びミラージュ2000の購入、新型フリゲートの建造計画などを進めている。

(4) 東南アジア地域の軍事情勢

ア 全般

 東南アジアは、マラッカ海峡、南シナ海やインドネシア、フィリピンの近海を含み、太平洋とインド洋を結ぶ交通の要衝を占めている。この地域の各国は、着実な経済発展に努めるとともに、国内基盤の強化と域内外の各国との相互依存関係の強化を行っているが、一方で、この地域にはその領有権をめぐり対立が続いている南沙群島問題など、未解決の諸問題が存在している。

 このような中、域内各国の多くは、それぞれ国防力充実のための努力を継続している。ASEAN諸国においては、経済力の拡大などに伴い、国防費を増額するとともに、旧式装備の更新を主体にしつつ、陸上機動力の向上、新型戦闘機の導入及び対空能力の向上などの近代化が進められている。最近では、タイにおける中国製フリゲートの導入やスペイン製ヘリ空母購入の動き、インドネシアにおけるホーク戦闘機購入の動き、マレーシアにおけるF/A−18及びMIG−29の購入の動きやホーク戦闘機の導入、シンガポールにおける戦闘機追加購入の動きなどが見られる。

 なお、在比米軍は1992年11用に撤退を完了したが、米軍は友好国などの空港、港湾等の利用権を確保し、引き続きこの地域へのアクセスの維持を図っている。ASEAN諸国は、総じて米軍のアクセス受入れについて前向きの対応を行っている。

 昨年5月に国連カンボディア暫定機構(UNTAC)主催の制憲議会選挙が実施されたカンボディアでは、同年9月24日にカンボディア新憲法を公布し、選挙で第1党になったフンシンペック党(ラナリット派)と第2党の人民党(ヘン・サムリン政権)を主体とし、シアヌーク殿下を国王とする新政府が発足した。この時点で、ガリ国連事務総長はUNTACの任務終了を宣言し、UNTACは成功裡に任務を終えた。しかし、新政府に参加していないポル・ポト派は、現在も政府と対立しており、−部地域では両軍の間で戦闘が継続している。

 なお、近年、南シナ海において船舶の安全な航行を妨害する海賊行為が発生している。(第1−14図 東南アジアにおける兵力配備状況

イ 南沙群島問題

 南沙群島は、南シナ海の中央、ヴィエトナム沖500km、中国海南島の南方約1,000kmに位置し、約100の小島及びさんご礁からなる。同群島周辺は、海底油田、天然ガス等の海底資源が存在するとみられるほか、豊富な漁業資源に恵まれ、また、海上交通の要衝でてある。

 南沙群島については、現在、中国、台湾、ヴィエトナム、フィリピン、マレーシア及びブルネイが一部又は全部の領有権を主張しており、このうち、ブルネイ以外は、それぞれ標識の設置や、人員の配置などにより同群島の一部を実効支配している。同群島をめぐっては、1988年3月に中越海軍が武力衝突し、一時緊張が高まったが、その後大きな武力衝突は生起していない。しかし、中国が、1992年2月、南沙群島などを自国領とする領海法を公布したことなどに対しては、関係国が反発している。

 なお、1992年7月のASEAN外相会議では、南沙群島問題の平和的手段による解決などを盛り込んだ「南シナ海に関するASEAN宣言」が採択され、さらに、昨年7月の同外相会議でも、この宣言を支持することが再確認されていた。また、同問題に関する非公式協議が開催されているほか、中越間でもこの問題を平和的に解決することについての合意が行われるなど、同問題に関しては、解決に資する動きも見られる。しかし、現在のところ、関係国間の協議において大きな進展は見られておらず、依然として各国の利害は対立したままとなっている。

3 太平洋地域の米軍の軍事態勢

(1) 全般的な軍事態勢

 太平洋国家の側面を有する米国は、従来からわが国を始めとするアジア・太平洋地域の平和と安定の維持のために大きな努力を続けている。東アジア及び太平洋地域は、近年では米国にとって最大の貿易相手地域となるなど、この地域の平和と安定は米国の政治的、軍事的及び経済的利益にとって不可欠なものとなっている。

 米国は、これまでアジア・太平洋地域に陸・海・空軍及び海兵隊の統合軍である太平洋軍を配置するとともに、わが国を始めいくつかの地域諸国と安全保障取極を締結することによって、この地域の紛争を抑止し、米国と同盟国の利益を守る政策をとってきている。米国は、前ブッシュ政権時代の1990年4月に「アジア・太平洋地域の戦略的枠組み(EASI)」を発表して、この地域における戦力の段階的な再編・合理化を進めているが、今後も二国間取極と前方展開戦力を維持することは明確にしている。

 米太平洋軍は、ハワイに司令部(CINCPAC)を置き、不測の事態に迅速かつ柔軟に対応するとともに、地域の安定を確保するため、隷下の海・空軍を主体とする戦力を太平洋及びインド洋に前方展開している。戦力構成は次のとおりである。

 陸軍は、3個師団約5万6千人から構成され、韓国に1個師団を置くほか、ハワイに司令部を置く太平洋陸軍の下に、ハワイ、アラスカに各1個師団を配置している。ただし、アラスカの師団は1994年中に解体される予定である。

 海軍は、ハワイに司令部を置く太平洋艦隊の下、西太平洋とインド洋を担当する第7艦隊、東太平洋やベーリング海などを担当する第3艦隊などから構成され、主要艦艇約110隻、約126万トンを擁している。両艦隊は、米本土西海岸、ハワイ、日本、グアム、ディエゴガルシアなどの基地を主要拠点として展開している。

 海兵隊は、太平洋艦隊の下に、米本土と日本にそれぞれ1個海兵機動展開部隊を配置しており、兵員約7万2千人、作戦機約300機を有している。

 空軍は、ハワイに司令部を置く太平洋空軍の下、日本に第5空軍、韓国に第7空軍、アラスカに第11空軍などが配置され、作戦機約300機を有している。

(2) わが国周辺における軍事態勢

 陸軍は、韓国に第2歩兵師団、第19支援コマンドなど約2万6千人、日本に第9軍団司令部要員など約2千人など合計約2万8千人をこの地域に配置している。最近では、第2歩兵師団の多連装ロケットシステム(MLRS)、M−2/M−3ブラッドレー装甲歩兵戦闘車の増強、ペトリオット、アパッチ・ヘリコプターの配備等火力、機動力、防空力の強化が行われている。

 海軍は、日本、グアムを主要拠点として、空母2隻を含む艦艇約60隻、作戦機約170機、兵員約2万7千人を展開している。作戦部隊である第7艦隊は、西太平洋やインド洋に展開する海軍と海兵隊の大部分を隷下に置き、平時のプレゼンスの維持、有事における海上交通の安全確保、沿岸地域に対する航空攻撃、強襲上陸などを任務とし、ニミッツ級原子力空母、タイコンデロガ級イージス巡洋艦などが配備されている。

 海兵隊は、日本に第3海兵師団とF/A−18、AV−8Bなどを装備する第1海兵航空団を配置し、洋上兵力を含め約2万4千人、作戦機約80機を展開している。このほか、重装備などを積載した事前集積船が西太平洋に配備されている。

 空軍は、第5空軍の2個航空団(F−15、F−16装備)を日本に、第7空軍の2個航空団(F−16装備)を韓国に配置しており、作戦機約200機、兵員約2万7千人を有している。(米海軍空母インディペンデンス

(3) 前方展開戦力の再編・合理化

 米国は、ブッシュ前政権当時、東アジア・太平洋地域の米軍戦力を段階的に再編・合理化する「アジア・太平洋地域の戦略的枠組み(EASI)」を策定した。初期の段階(1990〜92年)は既に計画どおり終了したほか、米軍は米比軍事基地協定の終結に伴い、1992年にフィリピンから完全に撤退した。

 次の段階(1993〜95年)については、日本からは約700名を削減することとしているが、韓国からの削減については北朝鮮の核兵器開発に関する危険や不確実性が完全に解消されるまで延期するとしている。

 クリントン政権は、この地域に対する関与とコミットメントを維持すること及びそのために信頼性ある米軍のプレゼンスを維持することを明確にしている。昨年発表されたボトムアップ・レビューにおいても、北東アジアにおいては、韓国に対する安全保障コミットメント、日本における海兵隊や空軍戦力などの展開及び西太平洋における第7艦隊の展開を継続し、今後も10万人近い戦力を展開させることとしている。

 フィリピンからの撤退に関連して、シンガポールに一部の部隊が移動したように、ASEAN諸国などで米軍のプレゼンスには理解が得られてきており、米国は、今後は同盟国、友好国における港湾施設の利用権の確保や寄港回数の増加といった方法でアクセスを確保することとしている。