第3章

国際真献と自衛隊

 平成4年6月、「国際連合平和維持活動等に対する協力に関する法律」及び「国際緊急援助隊の派遣に関する法律の一部を改正する法律」が成立し、わが国が国際貢献活動における人的な面での協力に積極的に取り組むための体制が整備された。

 これにより、自衛隊は、わが国の国際貢献活動の一環として、国際緊急援助活動に備えた態勢を整えるとともに、平成4年9月にはカンボディアヘ、平成5年5月にはモザンビークへそれぞれ部隊等を派遣し、国際平和協力業務を行っている。

 現在、カンボディアでは約600名、モザンビークでは約50名の自衛隊員が国際平和協力業務に従事し、現地の人々はもとより諸外国からも高い評価を得ている。

 平成5年5月に初めて行われた防衛庁長官と国連事務総長との会談においても、冷戦終結後の世界各地で国連が平和維持活動を行っている中で、わが国の参加について高い評価がなされた。なお、同会談において防衛庁長官は、同月に発生したカンボディアにおける日本人文民警察要員の死傷事件にもかんがみ、安全確保等のため一層の協力を要請し、国連事務総長は、不安定な状況を封じるため最大限の努力を行いたいことを表明した。

 本章においては、国際貢献と自衛隊の役割について説明するとともに、実際の活動がどのように行われているのかについて紹介する。

第1節 国際貢献における自衛隊の役割と対応

 冷戦が終結した新しい国際環境において、国際連合(国連)は国際社会の平和及び安全の維持を図る機能を従来にも増して期待される状況になってきている。この国連が実施する平和維持活動に対しては、わが国はこれまで、主として財政面における貢献を行ってきたが、今後とも国際社会の平和と繁栄を維持していくためには、財政的貢献だけでなく、人的な貢献が必要不可欠である。国際社会においてこのような貢献を行っていくことは、わが国の国際的責務であり、平和維持活動によりもたらされる国際社会の平和と安全の維持は、ひいてはわが国の安全保障に資するものでもある。

 湾岸危機を契機として、わが国はペルシャ湾に掃海部隊を派遣し、正式停戦後もペルシャ湾に残存していた機雷の除去及びその処理にあたった。この派遣は、自衛隊にとって初の国際的な人的貢献であり、これにより、国内的にも、国際的にもわが国の国際平和に寄与する姿勢に対する一定の理解と評価を得ることができた。また、わが国は、より積極的に国際社会の平和のための努力に寄与するために、法的な整備を行い、アンゴラに選挙監視要員を派遣したのに続き、自衛隊等をカンボディアやモザンビークに派遣し、国際平和協力業務に従事させて高い評価を得ている。

 自衛隊は、国防という国家としてめ基本的な任務を果たすため、その組織としてのカを十分に発揮できるように日夜厳しい訓練を行っているが、こうした高い評価は、長年にわたって培っできた自衛隊の経験と技能が国際貢献の揚においても十分活かされた結果と言える。さらに、自衛隊は、こうした能力を国際緊急援助活動にも活用するため、実施のための態勢をとっている。

1 国際貢献に係る法的整備

(1) 国際平和協力法

わが国は、従来から国連の平和維持活動に対して積極的に協力を行ってきたが、人的な協力は、ナミビア、ニカラグアの選挙監視団等への要員派遣に限られ、その協力は主として財政面に限られてきた。

湾岸危機以降、政府は、特に人的な面を中心により積極的に国際社会へ寄与するため、国連平和維持活動(Peace Keeping Operations)等に対する協力を適切かつ迅速に行うための国内体制を整備することを目的とする「国際連合平和維持活動等に対する協力に関する法律案」(国際平和協力法案)を平成3年秋の臨時国会に提出した。平成4年6月、通常国会において同法案は成立し、同年8月施行された。

国会の審議過程において、国連平和維持活動への協力のため、自衛隊の部隊等を他国へ派遣することは、憲法の禁じる「武力の行使」にあたるのではないかという議論があった。しかしながら、国連平和維持活動は、紛争当事者の間に停戦の合意が成立し、紛争当事者が平和維持活動に同意していることを前提として、中立、非強制の立場で国連の権威と説得により停戦確保等の任務を遂行しようとするものであって、強制的手段によって平和を回復しようとするものではない。これを踏まえ、国際平和協力法は、平和維持隊の参加にあたっての基本方針(いわゆる5原則)に沿って法制化されている。

したがって、この法律に基づき自衛隊が協力することは、憲法第9条に禁止された武力の行使、あるいは、武力の行使の目的をもって武装した部隊を他国に派遣する、いわゆる海外派兵にあだるものではない。(第3−1表 平和維持隊への参加にあたっての基本方針(いわゆる5原則)

(2) 国際緊急援助隊法

昭和62年9月に国際緊急援助隊法が施行されて以来、わが国は海外、特に開発途上にある地域において大規模な災害が発生した場合には、国際緊急援助活動を行い、被災国政府等から高い評価を得てきている。しかし、これまでの活動を通じ、災害の規模によってはさらに大規模な援助隊を派遣する必要があること、被災地において自己完結的に活動を行い得る体制を充実すべきこと、輸送手段の改善を図る必要があることなどの課題が明らかとなってきた。

そこで、このような問題点の解決を図るため、自衛隊が国際緊急援助活動やそのための人員などの輸送を行うことができるよう「国際緊急援助隊の派遣に関する法律の一部を改正する法律案」(国際緊急援助隊法改正案)が平成3年秋の臨時国会に提出され、平成4年6月、通常国会において同法案は成立し、同月施行された。

2 国際平和協力業務

(1) 国連の平和維持活動等

国連平和維持活動は、これまで世界約80か国から52万人以上の参加を得ており、また、1988年にはノーベル平和賞を授与されるなど、国際的にも高い評価を得ている。その活動は、平和維持隊、停戦監視団、選挙監視などその他の活動の3つに大別することができる。

平和維持隊や停戦監視団は、紛争地域の停戦の監視等を任務とし、選挙監視は自由かつ公正な選挙の実施を監視するものである。また、これらの活動は、紛争当事者の間で停戦の合意が成立し、紛争当事者がその活動に同意していることを前提として行われる。

その際、中立、非強制の立場で国連の権威と説得により停戦の確保や選挙監視等の任務を遂行する。平和維持隊は武器を携行するが、その使用は厳に自衛のためだけに限られている。実際のところ、武器を携行していても、武器を使用したことはないという国は多い。

(2) 自衛隊参加の意義

国連平和維持活動と人道的な国際救援活動への協力にあたって、自衛隊の参加を得ることとされているのは、自衛隊の持つ技能、経験、組織的な機能を活用することが最適であると考えられたからである。平和維持隊や停戦監視団には、軍事的専門知識や経験が必要であり、国連はこれらの業務に各国が協力する場合には、軍人の資格を有する者の派遣を求めている。また、国連平和維持活動は、その活動地域が直前まで紛争が行われていたため、必要な生活基盤や施設の多くを欠いた厳しい環境での活動を行うことから、自ら食事、通信、輸送手段等を手当てすることが必要な場合が多いが、このような自己完結的な能力を有する組織は、わが国には自衛隊しかないと判断されている。

また、人道的な国際救援活動についても、被災地域の厳しい環境の中で医療活動、被災民の収容や輸送、食糧の提供等の活動を効率的に行うため、自衛隊が持つ経験と組織としての力を活用することが期待されている。

実際、自衛隊は法律が施行され、防衛庁長官が準備を命じてから1か月余で部隊のカンボディアへの派遣を開始し、じ後、酷暑に加え水や生活物資にも不自由な環境下で任務を遂行している。また、派遣部隊への支援は、当初から継続的、かつ組織的に行っている。これらは自衛隊の組織力と平素の訓練の成果が発揮されて初めて可能となったものと言えよう。

(3) 自衛隊の実施する国際平和協力業務

自衛隊の部隊等は、国際平和協力法第3条第3号に列挙された業務のうち、自衛隊の任務に支障を生じない限度において、第3−1図に示す業務を実施することとなっている。この中には、選挙監視・管理、警察行政事務に関する助言、指導等の一般行政事務は含まれていない。

このうち、国連平和維持活動のために実施される業務は、平和維持隊のいわゆる本体業務と平和維持隊後方支援業務に分けられる。

ここでいう平和維持隊とは、通常武器を携行しない停戦監視団要員は別として、部隊等が参加する国連平和維持活動の組織を一般的に指すものであり、(ア)その本体業務とは、武装解除の監視、駐留・巡回、検問、放棄された武器の処分等の業務を、(イ)その後方支援業務とは、本体業務を支援する輸送、通信、建設等の業務をいう。

自衛隊の部隊等による平和維持隊本体業務については、国会での審議の過程で、内外の一層の理解と支持を得るため、別途法律で定める日までの間は、これを実施しないこととした(いわゆる凍結)。また、その凍結が解除され、本体業務を実施することとなった場合及びこれを2年を超えて引き続き実施する場合には、国会承認の対象とすることとされている。

自衛隊は当面、医療、輸送、建設等の後方支援業務及び人道的な国際救援活動への協力を行うこととなっている。また、このほか、自衛隊員が停戦監視団等への個人単位の参加を行うこともできることとなっている。

さらに、この法律の施行の3年後に、法律の実施状況に照らして法律の実施のあり方について見直すことが定められている。(第3−1図 国際平和協力業務のうち自衛隊の部隊等が行う業務

3 国際緊急援助活動

(1) 自衛隊の役割

国際緊急援助活動に自衛隊が参加することとなったことに伴い、わが国が従来成し得なかった規模の援助隊の派遣が可能となり、援助隊への支援が限定された地域においても自己完結的な行動をとることができる。また、活動に伴う輸送業務も改善されることとなる。

自衛隊が行う国際緊急援助活動については、個々の具体的な災害の規模及び態様、被災国からの要請内容、実施される援助活動の内容など、その時々の状況により異なると考えられる。しかし、これまでの国内における各種災害派遣活動の実績からみて、例えば、

 応急治療、救急車による患者の輸送、防疫活動等の医療活動

 ヘリコプターなどによる物資、患者、要員等の輸送活動

 浄水装置及び給水タンク等を活用した給水活動

などの面で協力が可能であり、また、輸送の面については、自衛隊の輸送機や輸送艦等を活用して、人員、資機材を被災地まで輸送することが可能である。

(2) 自衛隊の対応

陸上自衛隊は、医官20名による活動を最大限とする医療活動、又は、多用途ヘリコプター(UH−lH)6機、輸送ヘリコプター(CH−47J)4機を最大限とする空輸活動、又は、浄水セット2セットによる活動を最大限とする給水活動、又は、医療、空輸又は給水を組み合わせた活動について、それぞれ必要に応じ自己完結的に実施できるように、各方面隊が4半期ごとに持ち回りで態勢を保持している。

海上自衛隊は、輸送艦(LST)2隻、補給艦(AOE)1隻により、国際緊急援助活動を実施する部隊(援助活動部隊)の海上輸送、援助活動部隊への補給品等の海上輸送、自衛隊以外の国際緊急援助隊の人員又は物資の海上輸送を実施できるように、自衛艦隊及び各地方隊が態勢を保持している。

航空自衛隊は、C−130H型輸送機6機により、援助活動部隊の航空輸送、援助活動部隊への補給品等の航空輸送、自衛隊以外の国際緊急援助隊の人員又は物資の航空輸送を実施できるように、航空支援集団が態勢を保持している。

態勢の具体的内容として陸・海・空各自衛隊は、災害発生に即応できるよう、要員の指定、要員に対する予防接種、情報収集、装備品等の整備・調達・集積等、教育訓練などに関し、それぞれ必要な措置を講じている。

なお、援助活動等を実施する部隊の規模については、保持している態勢の範囲内において、被災国の政府や国際機関からの要請の内容、被災地域の状況、被災地域において得ることが可能な支援、民間輸送手段の活用の可否及びその規模等を踏まえ、外務省との協議によりその都度判断することとなる。(緊急援助活動に使用するUH−1HのC−130Hへの搭載訓練

第2節 カンボディアにおける活動

 わが国は、現在、カンボディアにおいて国際平和協力業務を行っているが、これは、国際平和協力法の制定後、初の組織的な活動であり、わが国の国際平和に対する新しい時代の幕開けであった。カンボディアには、文民警察要員及び選挙監視要員の派遣も行われたが、自衛隊については、わが国の国際平和協力業務の一環として施設部隊及び停戦監視要員を派遣することとなった。これは自衛隊の有する機能をもってすれば、十分に対応可能な業務ではあるが、初めての経験であり、さまざまな面で試行錯誤の繰り返しがあった。さらに、国際平和協力法が施行され、かつ防衛庁長官が派遣準備を命じてから派遣開始まで1か月余であった。

 カンボディアでは、現在600名余りの自衛隊員が、国民の代表という気概をもって国際平和協力業務に従事している。これらの派遣隊員の数は、自衛隊員全体から見ればさほど多くはないが、その活動は多くの部隊の支援を受けて成り立っており、この意味で自衛隊の組織力があって成し遂げられているものである。

 カンボディアでは、パリ和平協定に基づく和平プロセスの基本的枠組みは維持され、停戦の合意は満たされている。しかしながら、ポル・ポト派の選挙不参加や、日本人を含むUNTAC要員に死傷者が生じているように、一部の地域における武装集団による襲撃事件や停戦違反事件の発生など、わが国を含む国際社会が当初予期したとおりではない状態が生じている。このため、わが国としては、わが国要員・部隊の安全の確保に最大限努力しているところである。

 ここでは、派遣に係る自衛隊の対応、カンボディアで活動する自衛隊員及びこれを支援している自衛隊の実像を紹介する。

1 全般の対応

 国際平和協力法の成立後、平成4年7月1日、政府は、カンボディア国際平和協力調査団を派遣したが、防衛庁からも所要の要員を参加させ、国連平和維持活動の実態等について調査を行った。

 7月27日、陸・海・空各自衛隊における態勢整備の中核となる要員をスウェーデンの国連訓練センターに派遣し、国連平和維持活動の要領等の修得に努めた。

 8月11日、閣議におけるカンボディアへのわが国要員・部隊の派遣に係る準備を開始する旨の内閣官房長官の発言を受け、防衛庁長官は、陸・海・空各自衛隊に対して、国際平和協力業務実施に係る準備に関する長官指示を発した。これを受けて、陸・海・空各自衛隊では、派遣部隊の準備を開始した。また、同日、政府はカンボディア国際平和協力専門調査団を派遣したが、防衛庁からも所要の要員を参加させ、カンボディア等において実務的、専門的な調査を行った。

 政府は、9月3日(ニューヨーク時間:9月2日)に国連からの正式な要請を受け、9月8日、カンボディアへの自衛隊施設部隊等の派遣等について安全保障会議で決定するとともに、「カンボディア国際平和協力業務実施計画」(実施計画)及び「カンボディア国際平和協力隊の設置等に関する政令」等を閣議決定した。この実施計画に基づく総理府国際平和協力本部長からの業務実施依頼を受けて、防衛庁は、9月11日、第1次カンボディア派遣施設大隊(第1次派遣施設大隊)を編成し、同部隊を9月17日以降逐次カンボディアヘ向けて出発させた。

 派遣施設大隊は、国際平和協力法の下、実施計画及び国際平和協力本部長が定める「カンボディア国際平和協力業務実施要領」(実施要領)に従うとともに、国連カンボディア暫定機構(UNTAC:United Nations Transitional Authority in Cambodia)の指図の下、国際平和協力業務を実施している。UNTACから施設大隊に実施要領又は実施計画の規定を超える支援活動の要請があった場合、実施計画については閣議で、実施要領については実施計画の範囲内で国際平和協力本部長が要請内容を検討した上、これらを修正している。

 当初、派遣施設大隊の主要業務は、実施計画では「建設」、実施要領では「道路・橋等の修理等」であったが、これまでUNTACからの新たな業務の要請等を踏まえ、適宜、次のように実施計画等が修正され、派遣施設大隊の業務が追加されている。

 UNTAC軍事部門の重点は、当初カンボディア国内の停戦違反等の状況を監視しつつ、各派の武装解除のプロセスを進めることに置かれていた。この間、UNTACからの要請に基づき、12月4日には、「輸送」、「保管」及び「水の浄化」の業務が実施計画に追加され、「UNTAC構成部門等に対する水又は燃料の供給」、「UNTACの要請等に応じて実施する物資等の輸送」等の業務が実施要領に追加された。

 平成4年12月頃以降、平成5年6月初句まで、UNTACはカンボディアの制憲議会選挙の準備及び実施に万全を期すことに重点を移した。このため、各歩兵大隊の担任地域をカンボディア国内の行政区画と一致させるとともに、後方支援部隊にも各種選挙活動支援を指図することとなった。平成5年2月12日には、「医療」の業務が実施計画に追加され、「UNTAC構成部門等の要員に対する医療」の業務が実施要領に追加された。4月5日には、「制憲議会選挙に係るUNTAC等の物資の保管」の業務が実施要領に追加された。さらに、4月27日には、「飲食物の調製」及び「施設の維持管理」の業務が実施計画に追加され、5月6日には、「UNTAC構成部門等の要員に対する給食」及び「UNTAC構成部門等の要員に対する宿泊又は作業のための施設の提供」の業務が実施要領に追加された。

 制憲議会選挙に向けてカンボディア国内の緊張が高まる中で、わが国のボランティア及び文民警察要員を含むUNTAC要員に犠牲者が発生し、選挙監視要員等の安全確保を強化することが重要となった。このような状況を踏まえ内閣総理大臣は、施設大隊が、選挙監視要員に対し、国際平和協力法の枠組みの下、可能な限りの支援を行うべき旨指示した。また、UNTACからは、タケオ州における選挙監視要員支援のため、要員及び個人装備品を含む生活関連物資の各投票所までの輸送を可能な範囲で行う旨の指図があった。これを受けて派遣施設大隊は、選挙期間中、道路・橋等の修理等の業務を遂行する上で必要な情報の収集の一環として治安情報等の交換を行うとともに、食糧、飲料水等の生活関連物資を選挙監視要員に輸送するため、タケオ州内の投票所へ立ち寄ることとした。

2 自衛隊の活動準備

(1) 陸上自衛隊

陸上自衛隊は、平成4年8月11日の防衛庁長官の業務実施に関する準備指示を受けて、中部方面隊に600名から成る第1次派遣施設大隊の派遣準備業務を担任させることとし、具体的な準備を開始した。また、政府のカンボディア国際平和協力専門調査団に所要の要員を参加させ、派遣部隊の具体的な任務、生活基盤及びUNTACの活動状況等についての調査を行った。

一方、中部方面隊は、派遣部隊の編成など具体的な準備に着手した。第1次派遣施設大隊は、中部方面隊隷下の4施師団(京都府宇治市)を基幹として、第3師団(兵庫県伊丹市)、第10師団(名古屋市)、第13師団(広島県海田町)等の要員をもって編成された。

これらの部隊の隊員は、初めての国際平和協力業務ということに伴う一般的な不安はあったものの、参加意欲は高く、士気も旺盛であった。その中から、派遣される部隊の能力が十分発揮できるようにとの観点から、派遣要員の選定にあたっては、任務遂行に必要な知識・経験、健康状態を踏まえることはもとより、家庭の状況や本人の意思などを確認した上でこれを行ったところである。

派遣される隊員に対する教育訓練として、スウェーデンの国連訓練センターにおける研修の成果や2度のカンボディアへの調査団の調査結果等を踏まえ、国連平和維持活動全般、現地の情勢、英語、保健衛生、国際平和協力業務の実務等についての教育を行うとともに、総理府の国際平和協力本部の実施する研修に参加させた。また、現地における活動内容を想定した部隊としての訓練も行った。

派遣される隊員に対しては、現地で予想される疾患に対する予防接種を行うなど、健康管理面で十分に配慮した。

装備の準備は、主として中部方面隊が行ったが、ドーザー等の施設器材を含め準備した車両の総数は約300台に及んた。車両等の主要装備には、白色塗装及びUNのマークを施すとともに、不足する装備及び衣類等生活用品については、カンボディアの酷暑、環境等を考慮して新たな調達も行った。

第2次カンボディア派遣施設大隊(第2次派遣施設大隊)は、北部方面隊(北海道)隷下の第3施設団(恵庭市)を基幹として、第2師団(旭川市)、第5師団(帯広市)、第7師団(千歳市)、第11師団(札幌市)等の要員をもって編成された。(第3−2図 カンボディア派遣施設大隊の編成

(2) 海上自衛隊

海上自衛隊は、防衛庁長官の業務実施に関する準備指示を受けて、第1次派遣施設大隊の一部の人員や車両等の日本とカンボディア間の海上輸送などを行うために、具体的な準備を開始した。特に、現地での人員、車両等の陸揚げ港に関しての資料が不足していたため、カンボディア国際平和協力専門調査団に所要の要員を参加させ、港湾等について詳細な調査を実施した。この結果、現地ではシハヌークヴィル港を使用することとし、食糧や真水の補給港としてシンガポール港及びタイのサタヒップ港を使用することとした。要員に対しては、陸上自衛隊と同様に、予防接種、集合教育等を行うとともに、国際平和協力本部の実施する研修に参加させた。(呉港で車両を積載中の輸送艦みうら

(3) 航空自衛隊

航空自衛隊は、防衛庁長官の業務実施に関する準備指示を受けて、人員及び資器材の空輸を実施するため、航空輸送に関する諸準備を開始した。カンボディアへのC−130H型輸送機の派遣は、航空自衛隊にとって初めての経験であり、中継地及び派遣先の空港・基地の受入れ状況等、並びに飛行ルートの確認のため、カンボディア国際平和協力専門調査団に所要の要員を参加させ、各種の現地調査を実施した。調査の結果、カンボディアまでは、小牧基地を出発し、沖縄、マニラ、タイのウタパオを経由し、カンボディアのポチェントンヘ向かう経路に決定した。輸送部隊は、C−130Hを保有する航空支援集団第1輸送航空隊(愛知県小牧市)に決定し、空輸等に関する具体的な準備を開始した。要員に対しては、陸上自衛隊と同様に、予防接種、集合教育等を行うとともに、国際平和協力本部の実施する研修に参加させた。(小牧基地を出発する派遣施設大隊隊員とC−130H

3 自衛隊の活動

(1) 陸上自衛隊

平成4年9月23日及び24日、第1次派遣施設大隊の第1次先遣隊は、航空自衛隊小牧基地からC−130Hで出発し、9月25日及び26日にカンボディアヘ到着した。なお、これらの空路でカンボディアに向かう部隊に先立ち、9月17日、第1次派遣施設大隊の一部の隊員は、海上自衛隊の輸送艦等で呉港を出港した。その後、10月3日及び4日には第2次先遣隊の一部が、10月14日には大隊の本隊が到着し、第1次派遣施設大隊の全員(600名)がカンボディア入りを完了した。

その後、約6か月間国際平和協力業務を実施した第1次派遣施設大隊は、平成5年4月10日までに無事帰国し、同大隊は4月14日に廃止され、各隊員はそれぞれの部隊に復帰した。

第2次派遣施設大隊は、4月8日に第1次派遣施設大隊から任務を引き継ぎ、国際平和協力業務を行っている。なお、6月下旬までの間、第1次及び第2次派遣施設大隊が補修した道路(国道2号線(R2)及び国道3号線(R3))は、延べ約80km、補修した橋は、約40か所に及んでいる。(宿営予定地の不発弾等の探索

ア 第1次派遣施設大隊の活動

第1次先遣隊は、プノンペンのUNTAC司令部で、活動に関するブリーフィングを受けた後、活動拠点となるタケオに移動し、宿営地の設営にとりかかった。また、宿営地の設営と並行し、道路修復が予定されているR2及びR3の実地調査を行った。

宿営地は、飛行場跡地に決定し、宿営設備等の準備を開始した。一方、これと並行し、シハヌークヴィル港では、海上自衛隊の輸送艦、補給艦及び民間輸送船で輸送した資器材の陸揚げとタケオ宿営地への輸送を開始した。宿営施設の設営においては、整地を開始した飛行場跡地から不発弾が発見されたため、安全確認のため同地域全域において不発弾の捜索・除去を実施するなどの処置が必要であった。このほかにも、設営作業には地盤が軟弱であることなどの困難があり、当初の予定よりも遅れていたが、10月下旬には、1個中隊が道路・橋等の修理等の業務に着手し得る目途がつき、宿営地の設営と並行して道路補修等を実施することとなった。第1次先遣隊の到着から約1か月後の10月28日には、宮下防衛庁長官及びUNTACのサンダーソン軍事部門司令官等を迎え道路補修作業の起工式を行い、道路等の補修作業に着手した。

派遣施設大隊が受け持つ任務は、長期間にわたる内戦等で荒廃した路面の整地及び国道に架かる橋の修理などであり、その地域はR2及びR3とされた。作業そのものは、施設大隊の能力をもってすれば十分対応が可能であるが、昼間は40度を超える猛暑の環境など、日本国内の作業と比較すれば困難の多いものであった。

作業地域は、比較的安全とみなされてはいたが、作業地域付近に不発弾等がある危険性もあり、これに対して十分に留意しつつ作業を進めた。また、カンボディアにおいては、停戦合意等は満たされてはいるものの、一部の地域では武装集団による襲撃事件や停戦違反事件が発生していることから、第1次派遣施設大隊は、警戒しつつ作業を実施するなど、隊員の安全の確保に努めた。

第1次派遣施設大隊は、タケオを宿営地として作業を行ったが、カンポットとベルレンの間のR3の作業にあたっては、タケオからの距離が遠いことから、作業を効率的に行うため部隊の一部をカンポットのUNTACカンポット州本部敷地内に分派した。

なお、実施計画及び実施要領の変更に伴い、これらの道路・橋等の修理等の業務のほか、新たに業務が加えられ、タケオ周辺のUNTAC構成部門等への給水、同部門等の要員に対する医療、制憲議会選挙に係るUNTAC等の物資の保管等の業務も行うようになった。(宿営地でのプレハブの組み立て)(タケオにおける起工式)(道路の補修作業の様子)(監視所の防護を強化する隊員)(第3−3図 カンボディア派遣施設大隊、停戦監視要員の配置等

イ 第2次派遣施設大隊の活動

第2次派遣施設大隊は、平成5年3月8日に編成を完結、3月29日から逐次日本を出発し、4月8日には第1次派遣施設大隊から任務を引継ぎ、4月11日までには600名全員がカンボディアに到着した。その後、雨季の到来に備えて生活勤務態勢の見直しを行うとともに宿営地の雨季対策を行い、4月20日から道路・橋等の修理等の業務を開始した。制憲議会選挙の準備に伴い、タケオ州等において橋の補修を実施するとともに、UNTAC構成部門等の要員に対する給食、UNTAC構成部門等の要員に対する宿泊又は作業のための施設の提供の業務も行うようになった。

制憲議会選挙が近づくにつれて、停戦の合意は満たされていると考えられるものの、日本人を含むUNTAC要員にも犠牲者を生じたように、一部の地域においては、武装集団による襲撃事件や停戦違反事件が生じていた。このようなカンボディアの国内の全般的な状況を踏まえ、従来からの必要に応じた武器、防弾チョッキ、鉄帽の携帯のほか、隊員の安全を確保するため、宿営地における土のう積みなど、所要の措置を行った。

第2次派遣施設大隊は、カンボディアにおける制憲議会選挙支援として、UNTACの指図を受けて、選挙用資器材の輸送や開票所として利用する大型天幕の構築、非常用食糧の保管等の業務を選挙前から行っていたが、5月中旬にわが国選挙監視要員を含むUNTAC選挙監視要員がタケオに到着した後は、同要員に対する給食や宿泊支援といった業務も実施した。

さらに、先に述べたような内閣総理大臣の指示及びUNTACからの指図を受け、第2次派遣施設大隊は、投票期間中、道路・橋等の修理等の業務を遂行する上で必要な情報の収集の一環として、近傍の地域の治安情報等の交換を行うとともに、食糧、飲料水等の生活関連物資を選挙監視要員に輸送するため、タケオ州内の投票所に立ち寄った。

制憲議会選挙の終了後、第2次派遣施設大隊は、UNTACから「シハヌークヴィル港のコンテナ置き場の構築」という新たな指図を受けた。また、カンポットとベルレン間の道路・橋等の修理等の作業箇所がベルレン寄りとなった。このため、カンポットに分派していた部隊を引き上げ、新たに部隊の一部をシハヌークヴィルに分派して作業にあたっている。

なお、7月、UNTACからわが国の派遣施設大隊の帰国に係る指図が発出された。(第2次派遣施設大隊の編成完結式)(警戒しながらの道路補修作業)(情報収集活動中の隊員)(宿営地内の医務室での歯科治療風景

ウ 現地活動の基盤

カンボディアで長期間、道路・橋等の修理等の作業を行うためには、作業を行う隊員の支援及び車両等の装備の維持・整備を行う必要がある。このため、給食・給水・入浴等の支援、車両等の整備、燃料・資器材の補給・管理、衛生などを担当する約220名の本部管理中隊が派遣施設大隊の活動を支えている。

なかでも、暑さが厳しく、マラリア等の疾患に感染するおそれもあるなど、日本とは気候、風土の異なる現地において隊員の健康を確保することは、極めて重要なことであり、医官3名、歯科医官1名を含む約20名の衛生班が隊員の健康管理を行っている。また、衛生班は、宿営地内の医務室において小規模な手術を含む診療を行うなど、派遣施設大隊の活動を支えるのに大いに寄与している。

今回のように、現地のインフラストラクチャーが未整備の地域で、長期間組織的な活動を行うためには、自己完結能力を有する自衛隊の組織力が効果的であった。(食事を作る隊員

(2) 海上自衛隊

カンボディア派遣海上輸送補給部隊は、第1輸送隊司令を指揮官として、輸送艦の「みうち」「おじか」及び補給艦「とわだ」の計3隻、人員約390名で編成され、広島県の呉港において第1次派遣施設大隊の隊員や車両等の一部を搭載した後、平成4年9月17日、各艦はカンボディアに向けて呉港を出港した。

同部隊は、途中、台風の影響を受けながらも、当初の計画どおり、10月2日、カンボディアのシハヌークヴィル港に入港した。

輸送艦の「みうら」「おじか」は、シハヌークヴィル港の岸壁に横付けし、日本から輸送した第1次派遣施設大隊の物資を陸揚げするとともに、同大隊に対し、真水の補給、宿泊、給食支援などを実施した。補給艦「とわだ」は、シハヌークヴィル港内に水深の浅い箇所が存在したために、岸壁に横付けすることができず、港外に錨泊して輸送艦に対する補給業務を実施した。

また、補給艦「とわだ」は、2週間に1回の割合で合計7回シハヌークヴィルとシンガポールの間を往復し、生鮮食糧品や真水の調達・補給を行った。

カンボディア派遣海上輸送補給部隊は、同施設大隊に対する支援を終了し、12月14日にシハヌークヴィル港を出港、補給艦「とわだ」は12月25日に呉港に、輸送艦の「みうら」「おじか」は、翌26日に横須賀港にそれぞれ帰港し、同日、編成を解かれた。

この間の陸上自衛隊派遣部隊に対する支援実績は、延べ人員で宿泊支援約5,000名、給食支援約14,000食、医療支援約200名に達した。これらの海上自衛隊の部隊は、第1次派遣施設大隊にとってシハヌークヴィルにおける貴重な活動拠点となった。(第3−4図 本部管理中隊の編成及び主要業務)(シハヌークヴィル港での支援風景

(3) 航空自衛隊

航空自衛隊は、第1次派遣施設大隊の第1次、第2次先遣隊の空輸を支援するため、平成4年9月21日以降、経由地であるタイのウタパオ海軍基地に約20名、フィリピンのニノイアキノ空港(マニラ)及びカンボディアのポチェントン空港(プノンペン)に各々数名の隊員を派遣した。

航空自衛隊の第1輸送航空隊の6機のC−130Hは、9月23日及び24日に各々3機ずつをもって小牧基地を出発し、第1次派遣施設大隊の第1次先遣隊の隊員、車両等を空輸し、9月27日及び28日に小牧基地に帰還した。さらに、10月1日及び2日の両日に計6機のC−130Hが小牧基地を出発し、第2次先遣隊の一部の隊員等を空輸し、10月5日及び6日に小牧基地に帰還した。

また、10月26日以降、毎週1回程度の頻度でC−130Hを連絡便として小牧基地とポチェントン空港の間に運航させ、派遣施設大隊が必要とする補給品等を空輸し、現地での活動を支援している。

これら連絡便は、平成4年12月4日の閣議で「実施計画」の一部が変更されたことに伴い、UNTACの要請に基づき、車両用タイヤや部品などをマニラからプノンペンに空輸したほか、UNTACが使用する輸送用の器材を沖縄からプノンペンに空輸するなどの業務も行った。(ポチェントン空港での物資の到着風景

4 停戦監視活動

 施設大隊の活動とともに、停戦監視活動にも陸上自衛官が8名参加し、諸外国の停戦監視要員と混成で数名のチームをつくり、停戦遵守状況の監視等の活動にあたっている。

 任務遂行にあたっては、万一停戦違反行為があった場合、「何時」「誰が」「どのような行為を」行ったか、などについて報告しなければならない。その業務は、専門的な軍事知識と経験が必要であり、今回派遣したように、自衛官でなければ本業務は遂行し得ない。

 停戦監視要員は、任務の遂行にあたり武器を携行していないが、武器等の搬入をチェックする場合も多く、さらに地域によっては治安が悪く、あるいは停戦違反等の行為が存在するなど、極めて緊張しながら業務を行う場合も多々ある。生活・勤務環境は、その大半が粗末な宿営設備で、しかも自炊したり、あるいは自炊しないまでもUNTACからの補給が一時的に途絶えたり、さらに毒蛇等も出没するというような厳しいものである。このような環境の中で、各要員は各国の停戦監視要員と協力しつつ斉整と勤務している。

 なお、第1次の停戦監視要員は、約半年問の任務を終了し、第2次の停戦監視要員(8名)と交代し、3月21日に全員無事帰国した。(積荷を調べる国境の停戦監視要員

5 カンボディア派遣部隊を支えるカ

 カンボディア派遣部隊は、現地では基本的にUNTACから活動のための支援を受けているが、わが国から携行した装備品等の整備用部品及び日本固有の食糧等の継続的補給、並びに現地の活動に適した主要装備・被服等の生活用品の調達・補給等については、自衛隊が組織を挙げて支援している。特に派遣部隊を編成した中部方面隊及び北部方面隊は、これらの支援活動の主体となり継続的な支援を行っている。

 今回参加した隊員の中には、家族に幼い子供を残している者が多かったが、これらの家族に対する、物心両面にわたる支援というものは、隊員が後顧の憂いなく活躍できるため不可欠のものであった。これらの業務は、陸上幕僚監部、各方面統監部、地方連絡部、要員を派遣している部隊及び派遣要員の家族が居住している近傍の部隊等が行っている。このような物心両面にわたる組織的な支援があって初めて、現地部隊は、その能力を十分に発揮することが可能となるものである。

 また、海・空各自衛隊の派遣部隊についても、それぞれの活動に必要な支援は各自衛隊が中心となり支援を行うとともに、留守家族に対する支援業務も陸上自衛隊と同様に行っている。

6 国民及び近隣諸国の反応

 自衛隊のカンボディアにおける国連平和協力業務の開始以降、国民各層から多くの人々が、直接派遣施設大隊等の激励に訪れるとともに、協力団体等を始め多くの国民からも激励の品が送られるなど、派遣部隊等の活動に対してさまざまな支援があった。

 わが国の多くの報道機関も派遣施設大隊等の活動を取り上げた。その多くが現地で汗して活動する隊員の姿を紹介したものであり、これらは隊員の士気を高揚するものであった。わが国の選挙監視要員が活動するにあたり、派遣施設大隊は、国際平和協力法の枠組みの下、可能な限りの支援を実施した。選挙監視要員の中には、「派遣施設大隊のおかげで安心して活動できた。」というような声も多く聞かれた。

 近隣諸国の一部には、自衛隊の海外派遣に対して懸念の声もあったが、各国のマスコミ等の論調を見る限り、派遣施設大隊等の真摯な活動に接し、自衛隊の海外派遣に関し安心感を持ち始めている。さらに、国連なども派遣施設大隊等の活動に高い評価を与えている。

 また、平成5年4月14日、陸上自衛隊伊丹駐屯地における第1次カンボディア派遣施設大隊の部隊廃止式において、その功績をたたえ内閣総理大臣から同大隊に対して特別賞状が授与された。なお、併せて国際平和協力本部長表彰も実施された。(部隊廃止式で表彰を受ける第1次派遣施設大隊

第3節 モザンビークにおける活動

 平成4年10月4日にモザンビーク包括和平協定が締結されるとともに、12月16日に国連安保理において、国連モザンビーク活動(ONUMOZ)を設立する決議が採択された。この決議を受け、平成5年3月以降、軍事部門、選挙部門、人道部門及び行政部門から構成されるONUMOZを本格的に展開することとなった。これに伴い、国連からわが国に対し、同活動に対する参加の要請があり、政府は、2度の政府調査団を派遣するなど参加の可否について慎重に検討を重ね、4月27日、モザンビークへの自衛隊の部隊の派遣等を決定した。

 モザンビークでは、現在約50名の自衛官が国際平和協力業務に従事しているが、日本から遠く離れており、天候・気象及び風俗等の現地の状況がわが国にとって馴染みが薄かったことなど、カンボディアへの派遣とは異なる苦労もある。また、今回の派遣の特色としては、派遣部隊が陸・海・空自衛官から構成されているという点などがある。

 ここでは、派遣までの自衛隊の対応と派遣部隊の活動内容について記述する。

1 派遣までの対応

 政府は、平成5年3月4日、モザンビーク調査団を現地に派遣し、ONUMOZに対しいかなる協力が可能であるかを検討するための判断材料を収集した。その調査結果を受けて、3月26日、ONUMOZへの輸送調整分野について要員派遣に係る準備を開始することとしたい旨の内閣官房長官の発言が行われ、防衛庁長官は、自衛隊に派遣準備を指示した。

 陸・海・空各自衛隊では、防衛庁長官の派遣準備指示を受けて、要員の選定、国連との派遣のための具体的調整、情報収集など、派遣のための準備を開始した。要員の選定にあたっては、輸送調整の業務内容が、陸・海・空路の幅広い分野に及び、かつ、それぞれが密接に関わるため、陸上自衛官を中心に、海上及び航空自衛官からも選定した。

 選定された要員に対しては、教育訓練、予防接種等、カンボディアへの派遣時と同様の準備を行うとともに、部隊として必要な装備等を準備した。また、4月9日、政府は、モザンビーク専門調査団を派遣したが、自衛隊からも所要の要員を参加させ、輸送調整分野における具体的な業務内容、生活、勤務環境に関する現地調査及び情報収集等を行った。

 4月27日、政府は、モザンビークへの自衛隊輸送調整部隊の派遣等について安全保障会議で決定するとともに、「モザンビーク国際平和協力業務実施計画」(実施計画)及び

 「モザンビーク国際平和協力隊の設置等に関する政令」を閣議決定した。派遣する部隊は、輸送手段の割当て、通関の補助その他輸送に関する技術的調整に係る国際平和協力業務を任務とする輸送調整部隊とした。また、ONUMOZ司令部において中長期的な業務計画の立案並びに輸送の業務に関する企画及び調整に係る国際平和協力業務を行う司令部要員を派遣することとした。なお、派遣期間は、ONUMOZの活動期間(平成5年10月末まで)を考慮して、平成5年11月30日までとした。

 5月7日、自衛隊は、モザンビーク派遣輸送調整中隊(輸送調整中隊)の編成を完結し、5月10日、防衛庁長官は、同中隊に対して国際平和協力業務実施の命令を発した。(第3−5図 モザンビーク派遣輸送調整中隊の編成)(第3−6図 ONUMOZの配置)(モザンビーク派遣輸送調整中隊の編成完結式

2 モザンビークでの活動

 輸送調整中隊は、中隊長を含む先遣隊が5月11日に出国し、同13日にモザンビークに到着した。また、中隊の本隊は、同15日に出国し同17日に到着した。

 中隊はモザンビークに到着後、マプトのONUMOZ司令部本部において、勤務要領等に関するブリーフィングを受けるとともに所要の調整を行った。中隊本部及び2個小隊は、司令部本部の貨物輸送調整業務を行ったのを手始めに、マプト港及びマプト空港を中心として輸送調整業務を開始し、その後、マトラに宿営地を設営した。中部地域配置の1個小隊は、5月19日、同地域に移動しドンドに宿営地を設定し、ベイラ港及びベイラ空港を主体として輸送調整業務を開始し、それぞれ現在まで国際平和協力業務を実施している。輸送調整中隊の業務は、輸送手段の割当て、通関の補助その他輸送に関する技術的調整に係る国際平和協力業務を行うことである。

 また、輸送調整中隊以外に、ONUMOZの司令部要員として5名が派遣され、司令部本部及び中部地域司令部に各2名、南部地域司令部に1名が配置された。各要員は、それぞれ司令部の幕僚としてONUMOZ司令部において行う中長期的な業務計画の立案並びに輸送の業務に関する企画及び調整に係る国際平和協力業務を任務として活動している。

 なお、国連においては、ONUMOZ参加部隊の到着や政府軍とモザンビーク民族抵抗運動(RENAMO)軍の武装解除が遅れていることなどにより、和平プロセス全体が遅れていることから、本年10月実施予定の選挙を相当期間延期することを検討している。(現地の子供達と話をする隊員