第1章

国際軍事情勢

 わが国の防衛は、わが国が国際社会の中で将来にわたってどのようにして生存を確保していくかという問題である以上、国際軍事情勢の的確な認識の上に成り立つものでなければならない。

 今日の世界においては、冷戦の終結により世界的規模の戦争が発生する可能性は遠のいた。現在、各国はそれぞれの安全保障環境に即した新たな対応に努めている。

 しかし、今日の世界にはさまざまな不安定要因が存在することも事実である。こうした中で、軍事力の存在は依然として国際社会の平和と安定の重要な要素であり、このことを抜きにしてわが国の防衛を考えることはできない。

 以上から、本章においては、今日の国際軍事情勢を明らかにし、わが国の防衛を考えるにあたっての土台を提供することとする。

概 観

 今日の世界においては、冷戦の終結により世界的規模の戦争が発生する可能性は遠のいた。第2次戦略兵器削減条約(START)の署名や欧州通常戦力条約(CFE)の発効などに見られるように、米露の核戦力及び欧州の厳しい対峙を前提としていた通常戦力の両分野において、軍備管理や軍縮の動きが進展している。(STARTII 署名式(93.1)

 一方、これまで東西対立の下で抑え込まれてきた、世界各地の宗教上や民族上の問題などに起因する種々の対立が表面化し、紛争に発展する危険性が高まっており、旧ユーゴスラビアにおける内戦など、それが現実化している例も見られる。また、地域紛争を激化させかねない兵器、特に核兵器などの大量破壊兵器及び弾道ミサイルなどの高性能兵器の移転や拡散が国際的に懸念されている。

 このように、今日の国際軍事情勢においては、安定化に向けて各般の努力が継続されている中で、流動的な要素も多く、先行きに対する不安感、不透明感が存在している。しかし、特にソ連の解体により冷戦が名実ともに終結したことの結果として、総じていえば、好ましい方向への流れが進行しつつあるものと認識できる。

 こうした国際軍事情勢の中、国際連合(国連)は、世界の平和と安全を維持する機能を、従来以上に発揮することを期待されている。地域紛争や兵器の移転、拡散などについて、国連をはじめとする国際社会の対応が一層活発に行われるようになってきている。国連の活動の一つとして、国連平和維持活動がある。1948年以来今日までに設立された29の平和維持活動のうち半数以上が最近5年間に集中している。人員の規模も最近の旧ユーゴスラビアに展開する国連保護隊(UNPROFOR)、国連カンボディア暫定機構(UNTAC)、第2次国連ソマリア活動(UNOSOM)では、それぞれ2万人以上の大規模なものとなっている。また、最近の国連の活動には、ソマリアにおける強制措置を伴う行動や、マケドニアへの予防的展開などのような従来見られなかった新しい動きがみられる。国連のガリ事務総長は、昨年6月「平和のための課題」(An Agenda for Peace)と題する報告書を提出したが、それによると、地域紛争解決のために平和執行部隊の創設や国連平和維持隊の予防展開を模索している。このような国連の活動については、現在、国連加盟国間で議論がなされているが、今後、さらに議論が深まっていくものとみられる。

 地域的な平和と安全を維持する上で、北大西洋条約機構(NATO)や欧州安全保障・協力会議(CSCE)などの機関が、従来以上の役割を発揮しようとしている。例えば、NATOは、アドリア海での海上監視活動やボスニア・ヘルツェゴビナ上空監視活動等、NATO域外の平和維持活動に積極的に関与しており、CSCEにおいても昨年7月のヘルシンキ首脳会議以降、紛争防止、紛争解決をその主要任務としていく方向が明確にされている。また、国連においても、地域の平和と安全の問題に関し、地域的機関との協力を重視する考えが定着しつつある。

 米国は、依然として世界の平和と安定に大きな役割を有する国である。本年1月、12年ぶりに民主党からクリントン大統領が就任した。クリントン政権の安全保障政策は、冷戦終結という新しい情勢を踏まえ、核抑止力の維持、信頼性のある米軍のプレゼンスの維持など従来の米国の基本的政策を維持しつつも、国防費の削減や米軍の包括的な再編を行い、質的には世界最強で最も効率的な軍事力を保持するとしている。具体的には、米軍は、現在の約177万人から1997年までに約140万人の規模になるとみられる。また、米国は、国連の平和維持活動をはじめ、世界の平和と安定に引き続き大きな役割を果していこうとしており、ソマリアへの人道的救援活動や旧ユーゴスラビアへの人道援助物資投下などを行っている。(旧ユーゴにおける紛争

 ロシアは、民主化、市場経済化の過程にあるが、その国内情勢は流動的であり、また、安全保障政策についても明確ではない。先進主要国はロシアに対する支援を明確にし、本年4月に行われた国民投票でエリツィン大統領は信任されたものの、ロシアが政治的に安定するには、まだ時間を要するものとみられる。軍については、昨年5月、エリツィン大統領はロシア軍創設に関する大統領令を発令し、独自軍の創設を明らかにした。さらに昨年9月には、1994年末までにロシア軍の総兵力を人口の1%以内(約150万人と見積られる)とするロシア連邦国防法が成立した。このようにロシア軍整備の基盤は整えられつつあるが、いまだ、西側諸国のようにその実態を公開しようとはせず、また、国内情勢が流動的であることもあり、今後のロシア軍の動向は不確実かつ不透明であり、引き続き注目していく必要があろう。

 世界でも経済的に成長の著しい地域であるアジア・太平洋地域においては、中韓国交樹立や韓露基本関係条約の署名など、この地域の緊張緩和に向けた動きが見られるが、他方、朝鮮半島、南沙群島やわが国の北方領土など未解決の諸問題が存在している。また、この地域は、各国の安全保障認識が多様であり、欧州のような多国間の集団安全保障体制が存在していない。さらに、この地域においては、多くの国が国防費を増額するとともに国防力の近代化を進めようとしている。

 極東ロシア軍については、1989年以降量的に縮小傾向を示しているが、核戦力を含め膨大な軍事力が存在しており、欧州方面からの新型装備の移転などにより依然として近代化がみられる。ロシアの今日の社会経済的困難を反映して、その軍事活動には低下傾向がみられるものの、このような極東ロシア軍の存在は、ロシア軍建設の先行きの不透明さとあいまって、この地域の安全に対する不安定要因となっている。

 朝鮮半島は、軍事的には、今日でも世界で最も緊張の高い地域の一つである。本年3月、北朝鮮は、核兵器の不拡散に関する条約(NPT)脱退を表明し、同国の核兵器開発の疑惑を深めた。その後、米朝ハイレベル協議の結果、北朝鮮は6月にNPT脱退の発効を中断する意図を表明し、当面は同条約にとどまることとなった。しかし、北朝鮮はNPT脱退を完全に撤回してはいない。北朝鮮は、地対地ミサイルの長射程化のための研究開発も行っているとみられており、これが成功した場合には、西日本などわが国の一部が、また、配備位置によってはわが国の過半がその射程内に入る可能性がある。さらに、核兵器開発とミサイル開発が結び付けば、極めて危険な状況となり得る。

 このような北朝鮮の動きは、わが国周辺のみならず、国際社会全体に対する挑戦として懸念されるものである。

 中国は、改革開放政策を進めるために安定した対外関係を求める一方、軍については、ゲリラ戦主体の人民戦争の態勢から正規戦主体の態勢への移行を図っており、特に湾岸危機における高性能兵器の有効性を重視し、近年、装備の近代化を図っている。また、海軍は、これまでの沿岸型海軍から、将来的に周辺の海洋権益を確保できるような海軍への移行を図りつつあるとみられる。

 東南アジア諸国の一部においては、経済力の発展や国際情勢の変化等を踏まえて、新装備の導入など、自国の軍事力を近代化しようとする動きがみられる。

 このように、アジア・大平洋地域の情勢は複雑であり、欧州において生起したような大きな変化はいまだみられていない。こうした中で、この地域の平和と安定のためには、これまでも地域的な安全保障の要となっていた米軍の存在が引き続き不可欠であるが、さらに、この地域においても、一層の二国間対話、さらには多国間の安全保障対話が進展することにより、各国の政治的信頼関係の醸成が図られ、ひいては、これがこの地域の軍事情勢にも好ましい影響を及ぼすことが期待される。

第1節 冷戦後の安全保障環境と国際社会の課題

1 旧ソ連地域の動向

ソ連の解体後、新たな国家連合としてスタートした独立国家共同体(CIS)では、その中で最大の国家であるロシアが、国連安全保障理事会(安保理)の常任理事国などの旧ソ連の国際的地位を継続するとともに、CIS内においても強い発言力を有しているが、元来独立志向の強いウクライナをはじめとして、各国の基本的な立場に相違がみられ、国家連合としての将来は不透明なままである。加えて、CISには経済問題、民族問題等さまざまな問題も存在している。膨大な軍事力が蓄積されている旧ソ連地域の安定は、国際社会の平和と安定にとって大きな影響を及ぼすものであり、この地域の今後の動向が注目される。

(1) ロシア等の情勢

ロシアをはじめCIS諸国は、それぞれ旧ソ連時代から引き続き経済問題や民族問題などの深刻な問題を抱えている。統一的ルーブル圏の創設に関する協定やCIS平和維持共同軍の創設に関する協定などに関して、一部諸国間で一応の合意はみられているものの、各国の基本的な立場の相違から、具体的な政策を実行するには至っておらず、深刻な経済困難や民族紛争に対する有効な対応策は見出せないままでいる。

その中で、ロシア国内においては、エリツィン大統領が、市場経済ヘ向けての急進的な経済改革を進めてきた。しかし、その効果がかんばしくなく、経済困難が深まっていることを背景に、大統領と最高会議等との権力闘争が激化し、また、憲法修正問題をめぐる対立など政治的混乱は継続している。このような中、本年4月25日、大統領の信任などを問う国民投票が実施された。この結果、エリツィン大統領及び同大統領の経済政策について投票者の過半数の信任が得られた。しかしながら、このように国民の信任を得たものの、議会などとの関係を含め、エリツィン大統領の政権基盤は安定しているとはいえない状況にある。

なお、ロシアの民主化に伴い、情報の開示が進むにつれ、旧ソ連及びロシアによる原子力潜水艦の原子炉を含む放射性廃棄物等の海洋投棄が明らかになり、国際的に大きな関心を集めている。(第1−1図 旧ソ連各共和国)(メーデーのデモの衝突

(2) CIS軍

CISの成立以来、CIS加盟国はCISとしての軍のあり方について協議を継続してきたが、ロシアの軍事的主導性に対するウクライナなどの抵抗が強いため、全加盟国の参加する統一軍が創設される可能性は極めて低くなった。一方、ロシア、カザフスタン、キルギスタン、タジキスタン、ウズベキスタン及びアルメニアは、昨年5月のCIS首脳会議において、共同で侵略に対処することなどを内容とする「集団安全保障条約」に署名するなど、CIS加盟国の一部で集団安全保障体制の構築の動きはあるものの、これら6か国の間でも、戦略核戦力の独自管理を主張するロシアと、共同管理を主張する他の諸国とが対立している状況にある。

また、CIS地域に所在する戦略核戦力は、現在ロシア、ウクライナ、カザフスタン及びベラルーシに配備されているが、ロシア以外の国は非核国となる旨を明らかにしており、戦略兵器削減条約(START)が履行されれば、これらの国から核兵器が撤去されることとなる。また、これに加えて、本年1月に署名されたSTARTが履行されればCIS地域に所在する戦略核戦力は大幅に縮小されることとなる。ただし、STARTの前提であるSTARTに関しては、ウクライナが自国の安全保障や核兵器の廃棄に伴う経済的補償などを要求して、その批准を行っていないほか、両条約の履行にあたっての核兵器の安全な廃棄の方法や、多額の廃棄経費など解決を要するさまざまな問題が依然として存在している。

このようにCISとしての軍の実態は、いまだに確定しておらず、その先行きも不透明である。

(3) ロシア軍

ロシアは、安全保障政策の策定や軍の建設を行う過程にある。軍事力の運用と整備の基本的な考え方を示す軍事ドクトリンは、現在ロシア政府内及び最高会議で審議中である。また、ロシア連邦国防法は、昨年9月24日にエリツィン大統領により署名され、同日発効した。同法は、ロシア軍の最高司令官を大統領として、大統領に軍事行動を命令する権限を与えるとともに、軍の機構、軍事ドクトリンの制定などについては最高会議の承認が必要である旨定めている。同法に、ロシア軍の兵力数を1994年12月31日までに人口の1%以下とする旨の規定が盛り込まれたことは注目される。これにより、ロシアの人口を勘案すれば、1995年にはロシア軍は約150万人以下の規模となることが示されたこととなる。同法はまた、ロシア軍の建設スケジュールを定めているが、これによると2000年までを三段階に分け、昨年までの第一段階で法的基盤の設定などを行い、本年からの第二段階で従来の徴兵制による兵員補充を徴兵制と志願制の混合制に移行するなど具体的な軍の建設を行い、1996年以降の第三段階で軍の建設を完成するとしている。

ロシアの通常戦力については、ロシア軍が建設途上にあることから、その正確な実態を把握することは困難であるが、量的な規模は縮小傾向にある一方、質的な近代化はペースは緩やかながらも継続されているものとみられ、全体としては、合理化・近代化された膨大な戦力が蓄積されているものとみられる。

また、非戦略核戦力のうち、射程500kmを超える地上発射中距離ミサイルはINF条約に基づき廃棄されたが、短距離地対地ミサイル、核搭載中距離爆撃機、空中発射巡航ミサイルなど多岐にわたる戦力を保有している。なお、昨年11月、ロシアは各艦隊から巡航ミサイルなどの海洋戦術核を完全撤去し、陸上格納庫に保管していることを明らかにした。

他方、ロシア軍においては、軍人の生活環境の悪化や軍の規律の弛緩、徴兵充足率の低下なども問題となっており、厳しい経済状況ともあいまって、これまでのような軍の活動水準を維持していくことは困難な状況にあるものとみられる。

さらに、経済・財政事情の逼迫(ひつぱく)から、外貨獲得のために、ロシアは兵器の輸出を積極的に行う旨を明らかにしているほか、軍事技術に秀でた技術者が安定した地位を求めて国外に流出することが懸念されている。

 いずれにせよ、現在のロシア軍については、ロシア国内の混乱した政治・経済情勢の影響を強く受けているものと考えられ、その意味で、将来どのような軍が構築されていくかについては必ずしも明らかではない。加えて、軍事ドクトリンが確定しておらずロシアの基本的な国防政策が明らかでないこともあり、ロシア軍の今後の動向については引き続き注意深く見極めていくことが必要である。(撤退するロシア軍

2 頻発する地域紛争

東西冷戦は終結し、世界的規模の戦争の可能性は遠のいた。冷戦時代において生起していた東西対立を背景とした地域紛争は、ソ連からの援助の停止等により、中南米やアフリカなどにおいておおむね終息の方向にある。他方、伝統的な領土、民族、宗教等のさまざまな要因に基づく地域固有の種々の対立は、冷戦の終結により米ソ両大国を中心とする東西対立の構造が消滅したために、顕在化、尖鋭化し、地域紛争の発生・拡大に至る危険性が増大している。さらに、ソ連の解体に伴い、旧ソ連の各共和国間及び共和国内において対立が尖鋭化し、紛争が発生している。多数の大量破壊兵器やその生産施設が存在する旧ソ連地域における紛争の発生・拡大は、広範囲にわたって一層深刻な影響を及ぼす可能性を有している。このような地域紛争やそれにつながりかねない不安定要因の存在は、冷戦後の世界の安全保障にとって深刻な課題となっている。わが国の平和と安定は、世界の平和と安定を基礎としているため、地域紛争の問題について、わが国としても注目していく必要がある。

地域紛争の解決に向けて、国際社会は協調して取り組もうと努めている。特に、冷戦の終結後、安保理常任理事国を中心とする大国間の協力体制が機能し始めており、世界各地における平和維持活動の意欲的展開に見られるような国連の活性化が期待されている。また、湾岸危機においては、安保理の決議に基づいて、最終的には米国を始めとするいわゆる多国籍軍の武力行使によりクウェートの解放が達成された。これは、国際社会の秩序や平和を軍事力をもって破壊しようとする動きが、現実の国際社会には依然として存在し、これに対応して国際社会の秩序と平和を守るためには、経済制裁その他の外交手段による国連を中心とする国際社会の一致した協力が重要であるのみならず、最終的には武力の行使によらざるを得ない場合もあるという事実を示した。さらに、旧ユーゴスラビア問題にみられるようにヨーロッパ共同体(EC)やNATOなど地域的機関が紛争の解決に向け積極的に関与している。ただし、同時に、これらの活動を通じて地域的な問題の完全な解決の困難さも認識され始めている。安保理の要請を受けて提出されたガリ事務総長の報告「平和のための課題」には、紛争の防止と解決に関する多くの提言が盛り込まれており、その中には平和執行部隊の創設や予防的展開構想なども示されている。

(1) 東欧

旧ユーゴスラビアでは、1990年以降、連邦構成各共和国の独立志向が強まり、1991年6月にスロベニア及びクロアチアが独立を宣言し、これを連邦内にとどめようとするセルビアなどとの対立から内戦が勃発した。クロアチアにおいては民族間の紛争が激化したほか、ボスニア・ヘルツェゴビナ(以下ボスニア)においては、昨年2月の独立に関する住民投票後、主要3民族間の紛争が泥沼化している。セルビアとモンテネグロは新ユーゴ連邦を名乗っているが、クロアチアやボスニアにおける紛争に関し、国際的に孤立している。

国連は昨年3月以降、UNPROFORをクロアチアに派遣し、7月からは、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)などが実施する人道援助物資輸送の護衛のためにボスニアに増派した。さらに、UNPROFORは、昨年12月の安保理決議795に基づき、紛争の波及を防ぐためにマケドニアに予防的に展開することとなった。

旧ユーゴ問題に関し、国際社会は、昨年7月のECユーゴ和平会議に続き、8月以降、ECと国連が中心となった旧ユーゴ国際和平会議において紛争の解決を模索している。本年1月には、ボスニアを10自治州からなる非中央集権国家とする和平案が旧ユーゴ国際会議議長より提示されたが、ボスニアのセルビア人勢力はこれを拒否したままである。

このような中、ボスニア内の紛争に介入する新ユーゴ連邦に対する国際的な非難が高まり、昨年5月以降、国連やECなどによる新ユーゴ連邦への制裁が行われ、その後徐々に強化されてきている。

ボスニア上空には人道援助の円滑化のため飛行禁止区域が設定され、NATOは早期警戒管制機(AWACS)や戦闘機による飛行禁止区域上空の監視を行っている。また、NATOと西欧同盟(WEU)は共同してアドリア海において新ユーゴ連邦に対する経済封鎖のための海上監視活動を実施している。さらに、本年3月以降、ボスニア域内において孤立したボスニア東部の町に対し、米軍などが輸送機による人道援助物資投下を実施しているが、依然として事態の解決には至っていない。

チェッコ・スロヴァキア共和国は、経済的格差や民族主義を原因として分離独立した。また、東欧諸国は、経済的困難などの不安定要因を抱えている。(第1−2図 UNPROFOR展開状況(1993.2現在))(破壊された市街(旧ユーゴ)

(2) 旧ソ連

ソ連の解体後、従来から潜在的に存在していた民族間の対立が各地で表面化している。

アゼルバイジャン内のナゴルノ・カラバフ自治州は、アルメニア系住民の比率が高く、従来からアルメニアへの編入を要求していたが、ソ連解体後紛争が尖鋭化している。両国の対立は、アルメニア優勢のうちに両国間の全面戦争に発展しかねない様相を見せており、ロシアやトルコなどの周辺国にも影響を及ぼしつつある。グルジアにおいては、南オセチア自治州によるロシア内の北オセチア共和国との統合要求及びアブハジア自治共和国の独立問題をめぐる紛争が継続している。タジキスタンでは、旧共産党系勢力とイスラム民族主義勢力などの反共産党系勢力との国内対立が続いている。また、ルーマニアに接近するモルドヴァ内でロシア系住民が多数居住するドニエストル川東岸地区に特別の地位を付与する問題も解決されていない。

さらに、ロシア国内においてもタタールスタン共和国やチェチェン共和国等の独立志向、北オセチア・イングーシ間の領土問題をめぐる紛争、南北オセチアの統合要求などの問題を抱えており、各地における民族紛争は容易に収まりそうにない状況にある。(第1−3図 旧ソ連内の共和国等

(3) 中東・北アフリカ

中東和平問題については、91年10月のマドリード中東和平会議でイスラエルとアラブ全紛争当事者間の初の直接対話が実現し、その後、二国間直接交渉が既に10回行われている。イスラエル占領地の情勢悪化等の問題はあるが、和平交渉では実質的事項に関する討議が続けられている。

イラクにおいては、湾岸危機後、国際原子力機関(IAEA)による核査察や国連による大量破壊兵器の破棄の監視が行われている。また、イラクの自国民に対する弾圧を抑止するため、同国の北緯36度以北及び32度以南には飛行禁止区域が設定されている。昨年末以降、イラクは同国とクウェートの間の非武装地帯からの軍事物資の強奪、国連査察団受入れ拒否などの安保理決議違反を重ねたほか、飛行禁止区域へ対空ミサイルを展開したことから、本年1月、同国による安保理決議の履行を確保するため、数次にわたり、米軍など合同軍がイラクの防空施設や核関連施設などを攻撃した。

イランは、イラン・イラク紛争で打撃を受けた戦力の回復に努力しており、ロシアから潜水艦を購入するなどペルシャ湾における海軍力を強化しつつある。また、昨年4月には、イランとアラブ首長国連邦の間でペルシャ湾のアブ・ムーサ島をめぐる領有権問題が発生した。

昨年4月にナジブラ政権が崩壊したアフガニスタンでは、本年3月にムジャヒディン各派間の合意が成立して、和平協定が署名されたにもかかわらず、5月に入り首都カブールで大規模な戦闘が展開され、その後協定の履行につき各派により再度合意がなされたが、政治的安定にはなお予断を許さないものがある。

このほか、中東・北アフリカでは、エジプトとスーダンなど各国間に領土問題が存在しており、エジプトやアルジェリアなどでは、イスラム原理主義勢力の台頭や、同勢力によるテロ活動が見られる。また、リビアは、テロ支援の疑いで国連の制裁を受けている。

(4) アフリカ

ソマリアでは、バレ独裁政権が倒れた1991年1月以降内戦が激化し、無政府状態となった。これに対し、国連はUNOSOMの設立を決定し、要員を派遣するなど救援活動に当たったが、国内には膨大な量の小火器などの武器が流入していたこともあって、援助物資が略奪されるなど成果が十分に上がらなかった。このため、昨年12月、安保理の決議に基づき、米軍を中核とする統一タスクフォースが展開し、人道援助が実施できる安全な環境を作り出すための「希望回復作戦」を実施した。また、本年3月にはソマリア国民和解会議が開催され、今後のソマリア暫定統治に係る一応の合意がみらた。5月からは、必要な際には強制行動をとることが認められた、大規模な第2次国連ソマリア活動(UNOSOMII)が展開している。なお、6月にはソマリア武装勢力の一つであるアイディード派の攻撃によりUNOSOMに死傷者が出たことに対し、UNOSOMが強制措置を発動した。

モザンビークでは、1975年の独立後、政府軍とモザンビーク民族抵抗運動(RENAMO)との内戦及び度重なる干ばつ等による食糧不足により国内外に多数の難民が発生していた。しかし、昨年10月に包括和平協定が締結され、本年3月以降、停戦監視・武装解除や選挙実施などを任務とする国連モザンビーク活動(ONUMOZ)の展開が本格化している。

冷戦の終結に伴い、アフリカ各地で内戦終結や民主化の動きが見られる。しかし、1991年5月に内戦が終結したアンゴラでは、国連の監視下に昨年9月選挙が実施されたが、その結果をめぐって戦闘が再開しており、第2次国連アンゴラ監視団(UNAVEM)も大幅に縮小されている。また、1989年に始まったリベリアの内戦は、1991年2月に一旦和平協定が署名されたが、昨年になって戦闘が再発するなど、不安定な状態が続いている。本年1月に経済問題に端を発した兵士による暴動が起こったザイールでも、主要援助国のフランス、ベルギーのほか米国が、独裁体制を敷くモブツ大統領の退陣を要求するなど、政治経済両面で不安定な状況が続いている。(ソマリア情勢

(5) 南アジア

カシミール地方の帰属問題等をめぐるインドとパキスタンの対立は解消されていないが、首脳会談の開催など対話は継続されている。

インドにおいては、ソ連解体などに伴い、米国等と海軍合同演習を実施するなど西側諸国との関係強化の方向がみられる。一方、インド海軍のインド洋における影響力行使のための活動について、近隣諸国の関心が高まっている。なお、インド、パキスタン両国とも核開発疑惑が持たれており、このため、米国はパキスタンに対しては1990年10月以降、軍事・経済援助を停止している。

(6) 中南米

中米では、冷戦の終結に伴い、ニカラグァ、エル・サルヴァドルで続いていたイデオロギーを背景にした内戦は終結した。

他方、昨年、ペルーでは左翼ゲリラ組織が活動を続ける中、議会解散、憲法停止などの大統領の非常措置がとられたが、その後の情勢は安定化の方向にある。また、コロンビアでは、左翼ゲリラ勢力が弱まる一方、一時鎮静化の傾向にあった麻薬組織によるテロ活動が再燃している。このほか、ヴェネズエラでは2回のクーデター未遂事件が発生しており、1991年にクーデターの発生したハイチでは正常な憲法秩序が回復されていない。また、ソ連の崩壊後、国際社会における孤立が進んでいるキューバは、極度の経済不振状態にある。

3 武器の移転・拡散問題

今日、大量破壊兵器(核・生物・化学兵器)及びその運搬手段を含む兵器の移転・拡散問題は、地域紛争を複雑・深刻化させる要因として、国際社会の抱える緊急の課題となっている。特に、イラン・イラク紛争における化学兵器の大規模使用、湾岸危機におけるイラクのイスラエル、サウジアラビアなどに対する弾道ミサイル攻撃、さらには、本年3月の南アフリカ大統領の核爆弾の製造・解体に関する表明、同月の北朝鮮のNPT脱退表明にみられるように、近年、第三世界諸国への大量破壊兵器等の移転・拡散に対する懸念が高まっている。

このような状況を背景として、現在、国際社会においては、各種の不拡散体制をとることにより、大量破壊兵器等の移転・拡散防止に努力しているほか、先進主要7か国(G7)の間でも、昨年7月のミュンヘン・サミットの政治宣言において、大量破壊兵器等の移転・拡散を抑制するための輸出管理の協力強化が表明された。また、湾岸危機後、イラクで民生用途の汎用品が武器開発に転用されていたことが判明したため、汎用品に対する輸出規制強化の動きもみられる。

(1) 核兵器

NPTにおいて核兵器保有国と認められている米、露、英、仏、中5か国のほかに、核兵器の保有や開発が疑われている国が存在している。

核不拡散については、NPTとIAEAの保障措置体制が存在するほか、原子力供給国28か国によって原子力関連品目の輸出規制を行う体制がとられている。従来のIAEAの査察でイラクの核開発が発見されなかったことから、昨年2月のIAEA理事会において、未申告施設への「特別査察」を活用することが合意され、本年2月に北朝鮮に対して特別査察要求が出されたが、3月、北朝鮮はNPT脱退を表明した。その後、北朝鮮は6月にNPT脱退の発効を中断する意図を表明し、当面は同条約にとどまることとなった。しかし、北朝鮮はNPT脱退を完全に撤回してはおらず、IAEAの特別査察の受入れ問題等も未解決である。こうした状況下で核不拡散体制の有効性をいかに確保するかについて国際社会の関心が高まっている。

なお、NPTについては、同条約の規定に基づき、1995年に条約の延長期間の検討を行う会議の開催が予定されている。

(2) 生物・化学兵器

生物・化学兵器は、核兵器に比べて安価かつ製造が容易であり、アジアや中東、北アフリカなどの相当多数の国が製造・保有しているものとみられている。

化学兵器については、その開発、生産、保有等を包括的に禁止する化学兵器禁止条約に関する長年の交渉が終了し、本年1月より署名が開始されている。生物兵器については、細菌兵器(生物兵器)及び毒素兵器の開発、生産及び貯蔵の禁止並びに廃棄に関する条約を強化するための検討が続けられている。このほか、わが国を含む25か国が、化学兵器及び生物兵器の原材料・汎用製造設備等の輸出規制などのためのオーストラリア・グループと呼ばれる会合に参加している。

(3) ミサイル

核兵器などの大量破壊兵器の運搬手段として使用可能なミサイルについては、1980年代中期にソ連などがイラク、北朝鮮、アフガニスタンなど多数の国にスカッドBを輸出したほか、中国からのCS S−2等の輸出、北朝鮮が生産したスカッド系列のミサイル輸出などを含め、現在、相当数の諸国が弾道ミサイルを保有するに至っており、一部の途上国では開発・生産を行っているとみられる。

このようなミサイルや、関連する機材・技術の不拡散については、わが国を含む西側主要国などによってミサイル関連機材・技術の輸出規制を行う体制(MTCR)がとられている。昨年7月には、規制対象を核兵器のみならず化学・生物兵器を含む全ての大量破壊兵器の運搬手段として使用可能なミサイルにまで拡大することが合意されている。

(4) 通常兵器

通常兵器の移転については、冷戦時代に比べ、武器の貿易量は減少してきているとみられるものの、最近においては、アジアの一部の諸国などで、新装備の導入により軍事力の近代化を図る動きや、ロシアなどの武器売却の動きなどが注目されている。しかし、通常兵器の国際移転問題については、通常兵器が各国の安全保障と直接かかわっており、国外からの輸入も容認されているため、国際社会でその移転の規制について合意されることは難しく、むしろ、移転の透明性と公開性を高めることが有効と考えられている。1991年、わが国が中心となって通常兵器の移転登録制度を国連に提案し、昨年1月に発足した。今後、同制度が有効に機能することが期待されている。また、先進主要7か国(G7)の間では、昨年11月、G7各国のイラン、イラク、リビア、北朝鮮に対する通常兵器の輸出規制を補完するため、通常兵器関連資機材の輸出規制をこれら4か国に対して実施することが合意された。

第2節国際社会への安定化への努力

1 米国及び欧州の新しい安全保障政策

(1) 米国

ア 国防政策

本年1月20日、クリントン氏が米国第42代大統領に就任した。カーター政権以来12年ぶりの民主党政権であり、経済の立て直しを重点にあげて現職のブッシュ大統領を破って当選したものである。

クリントン大統領は、国防政策については、冷戦の終結に伴う世界秩序の変化を認識し、それに見合った戦力の再編、国防費の削減を行う必要があるとしている。他方で、核抑止力を維持し、国際的なコミットメントを維持するとともに、米軍の質は世界最強を維持するとしている。また、現実的な研究開発を重視し、国防産業の基本的な能力を維持しつつ、軍民転換を積極的に進めようとしている。(クリントン大統領就任式(93.1)

同盟国等との関係においては、戦力の削減は進めるものの、欧州及びアジアにおける信頼性のあるプレゼンスを維持する一方、各国は負担を公正に分担すべきであるとし、また国連やNATOなどを通じた多国間協力を重視している。

3月27日に1994年度国防予算案が発表され、戦力の再編についての考え方や当面の国防計画が明らかにされた。1994年度国防予算案の発表にあたり、アスピン国防長官は、米国が新たな安全保障環境の中で重視する4つの危険をあげた。それは、イラクに代表される「地域的な危険」、「核兵器、大量破壊兵器の危険」、ロシアなどにおいて改革が逆戻りするような事態を想定した「民主主義に対する危険」、米国自身の経済回復が安全保障の中心であるとする「経済に関する危険」であり、それぞれに対応して、平和維持及び人道援助、旧ソ連の非核化支援、軍事交流の実施、両用技術開発の推進のための予算措置等がとられている。ブッシュ政権は、「新国防戦略=地域防衛戦略」を発表し、地域的な脅威に対処することを強調していたが、クリントン政権は、これが4つの危険の中でも基本的なものとしつつも、その他に3つの危険を提示して、これらに対処することが重要としている。

1994年度国防予算案によれば、1994年度国防費は、広義の権限額で2,634億ドル、1993年度に比べ実質5.0%減である。クリントン大大統領は本年2月の経済演説において、1997年度までの4年間で国防費をブッシュ政権時代の計画より約880億ドル削減する旨を表明しており、1994年度予算教書において、同期間の国防費を総額1兆200億ドルとしている。また、1994年度国防予算案では、国防費の削減を行うにあたり、高い即応態勢を確保するとともに、各機能のバランスのとれた削減を行い、高い質の兵員を維持し、技術的に優れた戦力の確保のための装備の調達や開発を行うとしている。

クリントン政権としての長期的な戦略については、まだ明らかにされていないが、クリントン大統領は、米軍の再編については、現在の脅威を明確に定義し、これに対処するために必要な戦力を積み上げることが必要であるとしており、ブッシュ政権が冷戦後策定した「基礎戦力」を見直すとしている。これは現在作業が行われている「国防の必要性と計画に関する積み上げ方式の検討(ボトムアップ・レビュー)」の結果を踏まえて、今後、計画・実施されていくものとみられる。

戦力の削減について、現在までに発表されているところでは、現在の総兵力約177万人を、1994年度末までに約162万人(1997年度末までに約140万人)、陸軍の現役師団12個、海軍の艦艇413隻、空母12隻、空軍の戦闘航空団を13.3個相当とする予定である。このような兵力の削減に伴い、海外駐留兵力も欧州を中心に大幅な削減が計画されており、在欧米軍は現在の約19万人から、1994年度末までに13万3,700人、1996年度には10万人とし、また、海外駐留兵力を現在の約34万人から1997年度末までに約20万人にすることとしている。

昨年から本年にかけて、米国は、アドリア海における新ユーゴ連邦に対する海上監視活動、ソマリアへの陸上部隊の派遣、イラクヘの数次にわたる空爆、ボスニアへの人道援助物資投下作戦などを実施している。冷戦終結に伴い、このような地域紛争に軍事力を投入する場面が増えてきており、また米国としても、今後は平和維持活動に積極的に参加する方針を表明している。(欧州に展開した米地上部隊の解団式

イ 軍事力

(ア) 戦略戦力等

戦略核戦力については、STARTやSTARTに基づく削減が予定されている。STARTが実施されれば、今後10年間で、戦略核戦力は現在の約3分の1までに削減され、特に多弾頭大陸間弾道ミサイル(ICBM)が全廃され、潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)の比重が高まることにより、より戦略的な安定を重視した戦力構成となろう。

ICBM戦力はミニットマンが退役しつつあり、50基のピースキーパー、500基のミニットマンなど777基で構成されている。SLBM戦力は、ポセイドン潜水艦が退役しつつあるが、トライデントを搭載したオハイオ級の建造は続いており、現在弾道ミサイル搭載原子力潜水艦(SSBN)22隻に432基が搭載されている。戦略爆撃機は、B−52G/HとB−1B合計191機から構成されており、B−2ステルス爆撃機20機及び新型巡航ミサイル(ACM)の戦力化が進められている。また、STARTの制限に対応して、一部の爆撃機を戦術任務に転換して保有することとしている。

戦略防衛については、ブッシュ政権時代の計画を見直し、1994年度における弾道ミサイル防衛計画の経費の規模は1993年度とほぼ同額とするが、その重点を第1に戦域ミサイル防衛(TMD)、第2に国家ミサイル防衛(NMD)としている。

非戦略核戦力については、INF条約に基づき中距離核戦力が全廃されたのに続いて、昨年7月には全ての地上発射短距離核兵器や水上艦艇、攻撃型潜水艦、陸上配備海軍航空機に搭載している核兵器の米本土への撤去完了が発表されている。これによって、米軍が常時海外に保有する非戦略核戦力は、航空機搭載核兵器のみとなった。

(イ) 通常戦力

地上戦力については、陸軍14個師団約60万人、海兵隊3個師団約18万人を有しており、米国本土のほかドイツ(陸軍2個師団)、韓国(陸軍1個師団)、日本(海兵隊1個師団)などに戦力を前方展開している。また、冬連装ロケット・システム(MLRS)やUH−60ブラックホーク・へリコプターの配備を進めるとともに、コマンチ・へリコプターなどの開発を行っている。

海上戦力については、大西洋に第2、地中海に第6、東太平洋に第3、西太平洋及びインド洋に第7の各艦隊を展開させ、艦艇約1,130隻(うち潜水艦約110隻)約579万トンの勢力を擁している。艦艇については、アーレイ・バーク級イージス駆逐艦の建造が進められているほか、2隻で建造が中止されたシーウルフに代わる新型の攻撃型潜水艦の開発を行うこととしている。

航空戦力については、空軍、海軍及び海兵隊を合わせて作戦機約5,040機を保有し、海軍の艦載機のほか、ドイツ、英国、日本、韓国などに戦力を前方展開している。また、F−16やF/A−18などの高性能戦闘機の調達・配備の継続、F−22新型戦術戦闘機などの開発を進めている。

また、米国は、地域的脅威への対処と海外展開戦力の削減のため、機動戦力の重要性が増しているとして、装備の事前集積を維持するとともに、新型輸送機C−17の調達など、輸送能力の向上に努めている。このはか、米国は志願者や現役軍除隊者などで構成される予備役軍約57万人や州兵軍約55万人からなる予備兵力及びそのための装備を保有しており、状況に応じた戦力の拡大が可能な態勢にある。

(2) 欧州の新たな安全保障体制

冷戦の終結は、欧州において最も大きな安全保障環境の変化をもたらした。戦後40年以上にわたって続いてきた東西両陣営の対立は名実ともに解消したが、旧ソ連地域の不透明さや、旧ユーゴスラビアに代表されるような東欧地域における民族、宗教上の諸問題など 新たな不安定要因が生じている。このような状況の変化を踏まえ、NATOは1991年11月に、従来の前方防衛戦略や柔軟反応戦略を修正した「新戦略コンセプト」を打ち出した。新戦略コンセプトにおいては、中・東欧からの旧ソ連軍の撤退及びCFE条約の履行を前提として、従来のソ連の脅威に代わり新たなリスク、すなわち、中・東欧諸国の経済、社会及び政治問題、旧ソ連の改革に伴うリスクと不確実性及び湾岸危機などNATO域外からのリスクを挙げ、対話と協力を重視する幅広いアプローチを採用するとした上で、戦力の縮小・再編成を行うとしている。

一方、欧州統合の動きも進展しており、EC自身が防衛機能を持とうとする動きもみられたが、これについては、WEUを、将来の欧州連合の安全保障機能として活用すること、かつ、大西洋同盟の欧州の柱としても発展させることで合意されている。

このように、欧州においては、従来のNATO対ワルシャワ条約機構(WPO)という図式にかわる新たな安全保障体制の枠組みづくりが進められており、NATO、CSCE、EC、WEUなどがそれぞれどのように補完され、役割分担していくのかが検討されている。

ア NATO

NATOは、新戦略コンセプトに基づき、組織改編を実施中である。改編の主要な内容は、指揮機構の合理化、規模の縮小及び危機管理の重視である。部隊構成も、危機時に迅速に対応するための比較的小規模かつ即応性の高い即時対応部隊(IRF)、緊急対応部隊(RRF)を設け、従来の在独部隊は即応性を落とした主力防衛部隊とし、その他有事に米国、英国等から来援する増援部隊で構成することとし、逐次組織の改編を行っている。

昨年10月にはRRFの陸上戦力である緊急対応軍団司令部が編成されたほか、主力防衛部隊を構成する多国籍軍団の編成も、米独合同軍(2個軍団)が本年4月に発足し、独蘭軍団の編成も発表されるなど進展しつつある。

昨年5月には独仏軍団の編成も発表された。これはWEUの下で行動する「欧州軍団」を念頭に置いて創設されるものではあるが、本年1月に、ドイツ、フランスがそれぞれ必要と認める場合には、NATO指揮下で行動することが、米国、ドイツ、フランスの間で合意された。

他方、新戦略コンセプトに基づき、NATO全体としては約20%の兵力削減を予定しているが、加盟各国もそれぞれ戦力の削減・再編を計画しており、その中には、ベルギーやオランダのようにさらに大幅な戦力削減を計画する国もあるため、NATO側の計画も一部修正を迫られている。

また、NATOは旧ユーゴ問題に関連し、UNPROFORに司令部要員を派遣するとともに、アドリア海での海上監視活動やボスニア上空飛行禁止区域の監視活動等に参加しており、これらを通じて、かねてからの懸案であったNATO域外派遣問題に、実質的な進展が見られている。

なお、昨年12月の国防相会議で、平和維持活動をNATOの任務とすることとされており、また、NATO諸国と旧WPO諸国間の協議の場である北大西洋協力理事会(NACC)においては、平和維持活動で協力するための協議を開始することで合意している。今後旧ユーゴ和平に関連して、NATOとして国連平和維持活動に参加することも考えられる。

イ CSCE

CSCEでは、1990年11月の臨時首脳会議以降、新しい状況に対応するため、逐次、機構整備、機能強化を進めており、昨年7月の首脳会議では、ヘルシンキ文書が採択され、紛争防止、紛争解決をCSCEの主要任務としていく方向が明確化された。冷戦終結後、CSCEは主に軍備管理・軍縮分野で成果を挙げつつあリ、昨年3月にはオープン・スカイズ条約が署名され、信頼・安全醸成措置(CSBM)ウィーン文書1992が採択された。CFE条約についても、「兵員交渉の最終文書」が昨年7月に署名され、11月に正式発効した。また、今後の軍備管理・軍縮として、安全保障協力フォーラムが昨年9月にスタートし、現在、新たな包括的軍備管理・軍縮、信頼・安全醸成措置交渉などが行われている。

ウ EC・WEU

昨年2月に署名された欧州連合の創設を目的とするマーストリヒト条約は、6月のデンマークの国民投票における批准否決などで混乱したが、12月の首脳会議で通貨同盟や共通の外交・安全保障政策等への参加を免除することをデンマークに認めることで合意した。本合意を受け、デンマークは本年5月、再度の国民投票を実施し、賛成多数で条約批准を承認した。これにより、条約の批准を決定していないのは英国のみとなっている。

ECはマーストリヒト条約において、共通の外交・安全保障政策を持つこととし、WEUをNATOの政策と両立させつつ、欧州連合の防衛面における不可欠の要素として活用することとしている。WEUは、これに基づき、独自の作戦能力の向上を図っており、また、旧ユーゴスラビア問題に関連してNATOと共同してアドリア海における海上監視活動等を実施している。

エ 各国の動き

欧州各国においても、戦略環境の変化を受けて、予備役及びそのための装備の保有により状況に応じて戦力を拡大し得る体制の確保に配慮しつつ、戦力の削減・再編を進めている。これは、東西両陣営が厳しい軍事的対峙を続けていた中部欧州で特に顕著であり、ドイツが統一時の公約である総兵力37万人以下に削減するのをはじめ、英国はドイツ駐留部隊を中心に総兵力の約20%削減、フランスも陸軍兵力の約20%削減などを計画しており、これにあわせて組織の改編・簡素化や装備品調達計画の変更などを行っている。

また、ドイツにおいてはドイツ軍のNATO域外派遣について議論が行われている。現在、ドイツ軍は、NATO域外では、アドリア海における海上監視活動及びボスニア上空飛行禁止区域の監視活動に参加しているほか、カンボディア及びソマリアヘ人道援助のために派遣されている。

他方、北欧諸国などにおいてはこれらと異なり、ロシアの欧州中央部からの新型装備等の移転に対する懸念からロシアへの脅威感が残っているため、現在のところ大幅な戦力削減は計画されていない。なお、EC加盟に向け、スウェーデン、オーストリア、フィンランドの中立諸国は本年2月から、また、ノルウェーは4月から交渉を開始している。

2 国際連合を中心とする努力

(1) 平和維持活動

今日の国際社会においては、地域的不安定及び危機管理に関する関心が高まっている。このような中、安保理を中心とする国連が、国際の平和及び安全を維持する機能を従来以上に果たし始めており、その役割への期待はますます大きくなっている。

特に、国連の平和維持活動については、任務、規模ともに増大している。例えば、従来から行われている停戦監視、選挙監視の任務に加えて、主要行政分野の直接管理や選挙の実施などを任務とするUNTACが活動している。また、マケドニアへは、紛争予防のためUNPROFORが派遣されている。さらに、国連憲章7章に基づく強制措置実施などが認められたUNOSOMIIは、従来型の平和維持活動の範囲を超える要素を含んでいる。規模の点でも、国連平和維持活動の要員数は増大してきており、特に、最近発足した平和維持活動は、1万人を超える大規模のものが多くなっている。

現在、14の平和維持活動が展開中であるが、最近の具体的活動の例としては、上記のほか、国連イラク・クウェート監視団(UNIKOM)、国連西サハラ住民投票監視団(MINURSO)、UNAVEMII、ONUMOZなどが挙げられる。

また、今日、国連平和維持活動への参加のあり方をめぐって、各国内において議論が行われている。ドイツにおいては、本年4月、国連人道援助活動への協力であることを根拠にUNOSOMIIへの参加を決定し、NATO域外への武装部隊の初の派遣となった。韓国においても、本年4月、UNOSOMIIへの参加が決定し、初の国連の平和維持活動への参加となっている。(来日したガリ国連事務総長)(第1−4図 国連平和維持活動が行われている地域(1993.6現在)

(2) 今後の動向

このように、冷戦終結に伴い、国連の平和維持活動の任務や規模が実態面で増大する一方、国連の果たすべき役割に関する議論も高まってきている。「平和のための課題」は、このような背景も踏まえ、咋年1月に行われた国連安保理首脳会合の要請に応える形で、ガリ国連事務総長により、咋年6月、安保理理事国に対して提出された。

同報告書は、国連が紛争の防止と解決、平和の維持に中心的な役割を担っているとの認識の下、かかる国連の役割を、予防外交(Preventive Diplomacy:紛争を未然に防止するための努力)、平和創造(Peacemaking:紛争の平和的解決のための努力)、平和維持(Peace−Keeping:戦闘停止後、平和維持に努め、当事者間の合意の実施に協力する活動)、平和建設(Peace−Building:紛争の再開を防ぐために、平和を強化、定着するための社会基盤を構築する活動)の4つに分類している。この中で事務総長は、紛争を未然に防止するための平和維持隊の予防展開や現在の平和維持隊より重装備で常時出動可能な態勢をとる平和執行部隊の創設等を提案している。

同報告書の提出後、各国の意見表明が活発に行われている。このような中で、無政府状態で国連平和維持活動の前提となる当事者の合意がないソマリアへの統一タスクフォースの展開、紛争予防のためのマケドニアへの国連保護隊派遣、国連憲章7章に基づく強制措置実施などを認めたソマリアでの活動など、国際の平和と安全のための国連を中心とした新たな試みがすでに行われつつあるともいえる。

いずれにせよ、今後の国連の平和維持活動が果たす役割に対する期待には大きなものがあるが、現在の国連の置かれている状況等からはこの期待に応えていくことの困難さも指摘されはじめており、今後、さらに、国連等の場で広範な議論が展開されていくものとみられる。(「平和のための課題」 国連安全保障理事会

3 軍備管理・軍縮の進展

(1) 米露の軍備管理・軍縮の進展

ア START

STARTは、1991年7月に署名されたが、その後ソ連の解体を経て、昨年5月に米国及び旧ソ連の共和国で戦略核兵器が配備されているロシア、ウクライナ、カザフスタン、ベラルーシの4か国がSTARTに関する議定書に署名した。本条約は、発効後7年以内に、双方が戦略核運搬手段を1,600基(機)(うち重ICBMについては154基)、弾頭数6,000発(うち弾道ミサイル4,900発、移動式ICBM1,100発等)を上限として戦略核兵器を削減する画期的な条約である。STARTは全署名国の批准をもって発効することになるが、米国及びロシアなど4か国は批准を完了しているものの、ウクライナはまだ批准していない。同条約の早期発効が望まれるところである。

イ START

昨年6月の米露首脳会談において、戦略核兵器のさらなる削減につき基本的な合意がなされ、本年1月3日、モスクワにおいて、ブッシュ大統領とエリツィン大統領は、この合意を条約化したSTARTに署名した。この条約は、米露それぞれの戦略核弾頭数を、START発効後7年間で総数3,800〜4,250発に、さらに2003年1月1日までに3,000〜3,500発に、2段階に分けて削減するとともに、第2段階の削減後は多弾頭ICBMを全廃し、SLBM搭載弾頭数を1,700〜1,750発以下とすることなどを内容としている。

STARTは、現在の両国の戦略核弾頭数をおおむね3分の1まで大幅に削減するものであり、STARTを凌ぐ戦略核戦力の削減、特に多弾頭ICBMの廃止により、一層安定的な戦略環境を実現する画期的な条約である。しかしながら、本条約の発効については、前述のようにSTARTの前提となるSTARTをウクライナが批准していないことや、ロシアでは本条約の批准に対し、国内の保守勢力の批判が予想されることなどの障害が存在している。

ウ 戦術核兵器の撤去

現在、戦術核兵器の削減等のための条約は存在していないが、米露両国は、戦術核兵器の撤去等の自発的な措置を表明している。

米国は、昨年7月2日に、戦術核兵器の米本土への撤去が完了したと発表した。本措置は、ブッシュ大統領が1991年9月に発表した核に関するイニシアティブの一環として実施されたものであり、米国は戦術核兵器の撤去作業にあたり、直接的な関係を有する同盟国等と緊密な協議の上、安全性と防護に最大限の配慮を置きつつ実施したとしている。

撤去が発表されたのは、地上配備戦術核兵器(核砲弾、地対地ミサイル「ランス」用核弾頭及び地上基地配備海軍航空機搭載用核爆雷)及び海洋配備戦術核兵器(戦闘水上艦艇及び攻撃型潜水艦搭載の巡航ミサイルを含む全ての戦術核兵器)である。

なお、米国は、先のブッシュ・イニシアティブにおいて、全ての地上発射短距離核兵器を廃棄すること、また、海軍戦術核兵器に関しては、その多くを廃棄することも発表している。

また、ロシアも、ゴルバチョフ旧ソ連大統領の提案を基礎としたエリツィン大統領の提案に基づき核の撤去を進めており、昨年11月、各艦隊から巡航ミサイルなどの海洋戦術核を完全撤去し、陸上格納庫に保管していることを明らかにした。

(2) 欧州における軍備管理・軍縮の進展

冷戦終結後、東西両陣営が欧州に展開していた膨大な量の戦力について、軍備管理・軍縮の動きが進展している。欧州における軍備管理・軍縮は、中部欧州相互均衡兵力削減交渉(MBFR)の失敗後はCSCEプロセスの中で実施されてきた。

1989年に交渉が始まった欧州通常戦力交渉(CFE)は、1990年11月に署名され、ソ連解体に基づく調整の後、昨年7月には「兵員交渉の最終文書」が署名され、10月までに条約署名国29か国全ての批准が完了し、11月9日に正式発効した。CFE条約に基づき、各国は40か月以内(1992年7月より起算)に条約対象兵器の削減を行う必要があるが、条約の履行状況については、これまでのところ、経済的な理由等から一部削減の遅れはあるものの、全般的に良好である。

CSBMについては、昨年3月に軍事情報の年次交換、軍事交流や演習等の通報・査察・制限などを内容とするウィーン文書1992が採択された。また、昨年3月には署名国領土を相互に航空機等で査察するオープン・スカイズ条約が署名された。

今後の軍備管理・軍縮交渉の場として、昨年7月のCSCE首脳会議で採択されたヘルシンキ文書に基づき、安全保障協力フォーラム(FSC)が同年9月にスタートした。本フォーラムは、従来のCFE及びCSBM交渉を引継ぎ、主に欧州における包括的な軍備管理・軍縮等の新たな交渉の場として設けられたものであるが、このほかにもCSCE加盟国間の定期的協議の活性化及び協力の強化を図ること、及び紛争の危険を低減するプロセスを促進することが任務としてあげられている。FSCにおいては、現在、欧州における軍備管理・軍縮条約とCSBM相互の調和、包括的軍事情報交換システムの確立、防衛計画に関する情報交換システムの確立に関する協議などが行われている。

第3節 わが国周辺における軍事情勢

1 全般情勢

アジア・太平洋地域は、伝統的に各国の国益や安全保障観が多様で、欧州のような多国間の集団安全保障体制は存在せず、地域的一体性に乏しい地域であり、冷戦時代においても、この地域においては、東西対立の構造は欧州にみられるほどの明確な形をとっていなかった。冷戦終結後も、この地域においては、中韓国交樹立や韓露基本関係条約の署名などの緊張緩和に向けた動きも見られるものの、わが国の北方領土や朝鮮半島、南沙群島などの諸問題が未解決のまま存在している。わが国周辺においては、欧州において生起したような大きな変化は、現在のところ見られていない。

この地域は、世界でも経済的に成長の著しい地域であり、このような状況の下、多くの国が国防費の増額や高性能兵器の導入など国防力の近代化を進めようとしている。

極東ロシア軍については、全般的には量的に削減傾向にあり、ロシアの深刻な国内状況を反映して、その活動も低調になっているが、欧州からの移転を含む装備の近代化が行われており、ロシア軍の先行きの不透明さとあいまってこの地域の不安定要因となっている。

朝鮮半島は、今日でも世界で最も緊張状態の高い地域の一つである。特に、本年3月の北朝鮮のNPT脱退表明は、同国の核兵器開発疑惑を深化させるものであり、この地域の新たな緊張要因となるものであった。その後、米朝ハイレベル協議の結果、北朝鮮は6月にNPT脱退の発効を中断する意図を表明し、当面は同条約にとどまることとなったが、同条約脱退を完全に撤回してはいない。同国の核兵器開発疑惑は、地対地ミサイルの長射程化のための研究開発や中東地域へのミサイル輸出ともあわせ、国際的に懸念されている。また、北朝鮮は、金日成主席から金正日書記への後継体制を築きつつあるとみられるものの、経済的な困難が伝えられ、政治的にも国際的な孤立が進んでいる。

広大な領土と膨大な人口を擁する中国は、核保有国としてこの地域の安全保障に重要な影響を及ぼし得る存在となっている。中国は、改革開放政策を進める中で、国防力の近代化を積極的に進める姿勢を明らかにしている。特に、湾岸危機の影響もあり、近年、装備の近代化の重要性を表明し、海空軍力を中心に軍の近代化を図ろうとしている。そのペースは緩やかなものではあるが、周辺国の関心を集めている。

東南アジア諸国の一部においては、その経済的成長や安全保障環境の変化を背景として、近年、国防費の増額や新装備の導入などがみられる。また、カンボディアにおいては、UNTAC主催の制憲議会選挙が行われ、新憲法制定のための議会が召集されている。現在、「カンボディア暫定国民政府」が発足しているが、今後、新憲法に基づく新政府の樹立がいかに行われるかが注目されている。

このように、この地域の情勢は複雑であり、多国間の集団安全保障体制は存在していない。この地域の平和と安定のためには、米国との二国間の同盟・友好関係とこれに基づく米軍の存在が引き続き不可欠である。クリントン政権は、アジア・太平洋地域における信頼性あるプレゼンスを引き続き維持することを表明している。

また、この地域の安全保障に中心的役割を果たす米軍の存在に加えて、未解決の諸問題の解決に向け関係各国が努力するとともに、域内各国の二国間又は多国間の安全保障対話を進めることにより、各国の政治的信頼関係の醸成が図られ、ひいては、この地域の軍事情勢にも好ましい影響を及ぼすことが期待される。

かかる観点からは、日本、米国、韓国、ロシア、中国などの間における二国間の対話の進展とともに、ASEAN(東南アジア諸国連合)拡大外相会議の場などを活用した安全保障対話の動きも見られる。(第1−5図 わが国周辺における兵力配備状況(概数)

2 各国・地域の動向

(1) 極東ロシア軍の軍事態勢

ア 全般的な軍事態勢

旧ソ連は、1960年代中期以降、極東地域において、一貫して質量両面にわたり軍事力を増強してきた。しかし、1989年5月にゴルバチョフ書記長が極東方面におけるソ連軍の一方的削減を発表して以来、量的な縮小が見られ始め、ソ連解体後、ロシア軍となってからも、その縮小傾向は続いている。他方、極東ロシア軍の装備は近代化が行われており、T−80戦車や第4世代戦闘機などの最新鋭兵器の配備が続けられている。

また、CFE条約が署名される前に、旧ソ連軍はかなりの量の装備をウラル以西からウラル以東に移転し、その一部が極東地域にも移転されたが、それはCFE条約発効後においても続けられているものとみられる。これは、極東ロシア軍の装備の近代化を促進する結果をもたらしており、軍備管理・軍縮が進む欧州方面とは異なった様相を呈している。

現在、ロシアが軍の建設途上にあることもあり、ロシア軍全体の具体的な態勢を把握することは困難となっている。しかしながら、極東ロシア軍は、33個の師団から成る地上軍、約70隻の主要水上艦艇や約75隻の潜水艦などから成る海上戦力、約1,430機の作戦機などから成る航空戦力を擁しており、依然として膨大な戦力が蓄積された状態にある。ただし、ロシアの厳しい経済状況などから極東におけるロシア軍の活動も低調になっている。

ロシアは、現在、軍事ドクトリンの作成など、国防政策の策定過程にあり、併せて軍の建設を進めている。その先行きは、ロシアの政治経済情勢と不可分であることから極めて不透明なものとなっており、極東ロシア軍の今後の動向も不確実なままである。

このような極東ロシア軍の存在は、この地域の安全に対する不安定要因となっている。(第1−6図 わが国に近接した地域における極東ロシア軍の配備

(ア) 核戦力

極東地域における戦略核戦力については、ICBMや戦略爆撃機がシベリア鉄道沿線を中心に配備され、またSLBMを搭載したデルタ級SSBNなどがオホーツク海を中心とした海域に配備されている。

極東地域における非戦略核戦力については、TU−22Mバックファイアなどの中距離爆撃機、海洋・空中発射巡航ミサイルなど多様なものがある。なお、昨年11月、ロシアは海洋配備の戦術核の撤去を表明した。

バックファイアは、バイカル湖西方、樺太対岸地域及び沿海地域に約140機配備されており、行動半径が約4,000kmに及び、射程300km以上のAS−4空対地(艦)ミサイルも搭載可能であり、極東地域の地上目標やわが国周辺海域のシーレーンなどに対する優れた攻撃能力を有している。

(イ) 地上戦力

極東地域の地上兵力は、1990年以降、その規模が縮小されており、現在、33個師団約29万人となっている。また、このほか一部の師団は、兵員の充足率が5%以下であるが装備はほぼ100%充足されており、人員の充足により他の師団と同様な戦力への回復が可能である動員基地に転換されている。質的な面では、1990年に初めて極東地域に配備された最新型のT−80戦車の配備が続いており、その他、装甲歩兵戦闘車、多連装ロケット、大口径火砲、武装ヘリコプター等が配備されるなど、近代化を継続している。(第1−7図 極東ロシア地上兵力の推移 師団数・兵員数)(第1−8図 極東ロシア地上兵力の推移 戦車近代化

(ウ) 海上戦力

海上戦力としては、ロシア最大の太平洋艦隊がウラジオストクを主要拠点として配備・展開されている。太平洋艦隊は、約760隻、約192万トンであり、主要水上艦艇約70隻及び潜水艦約75隻(うち原子力潜水艦約50隻)の合わせて約70万トンを擁している。

近年、太平洋艦隊は、量的には減少傾向にあり、2隻の空母は活動を停止しているものの、アクラ級攻撃型原子力潜水艦、ウダロイ級ミサイル駆逐艦等の新型艦が配備されるなど、近代化は継続している。

また、太平洋艦隊は、イワン・ロゴフ級などの揚陸艦艇や約1万トンの積載能力を有するローフロー型大型輸送艦アナディールのほか、海軍歩兵師団を擁しており、水陸両用作戦能力にも高いものがある。さらに、軍用に転換可能なラッシュ船やローロー船などの商船も保有している。(第1−9図 極東ロシア海上兵力の推移)(第1−10図 極東ロシアの艦艇近代化の推移 ヘリコプター装備化)(福江島西方を北上するロシア海軍カラ級ミサイル巡洋艦

(エ) 航空戦力

航空戦力については、約1,430機の作戦機が配備されており、量的には減少しているが、質的には引き続き近代化されている。すなわちこれらの作戦機はほぼ、全てが第3世代戦闘機及び第4世代戦闘機となっており、近年第4世代戦闘機の全体機数に占める割合が高まっている。また、IL−76メインステイ空中警戒管制機の配備によって極東ロシア軍の作戦能力は向上している。

なお、航空機の減少分には、MIG−23フロッガー戦闘機、SU−17フィッター戦闘機などの第3世代の戦闘機も含まれているが、その大半は廃棄されずに、保管状態に置かれているとみられる。(第1−11図 極東ロシア軍戦闘機の行動半径(例)

イ 北方領土におけるロシア軍

ロシアは、同国が不法に占拠するわが国固有の領土である北方領土のうち、国後島、択捉島及び色丹島に、旧ソ連時代の1978年以来地上軍部隊を再配備してきており、現在、その規模は師団規模と推定される。これらの地域には、戦車、装甲車、各種火砲、対空ミサイルや対地攻撃ヘリコプターMI−24ハインドなどが配備されている。なお、択捉島天寧飛行場には、従来MIG−23フロッガー戦闘機が約40機配備されていたとみられるが、現在、その機数は減少しており、数機程度とみられる。

昨年5月にエリツィン大統領は、国境警備隊を除き、北方領土の軍を撤退させると表明したが、このように北方領土には依然としてロシア軍が配備されている。ロシア軍が北方領土から早期に完全撤退することが望まれる。

なお、ロシアは、海上・航空戦力の支援を得やすいオホーツク海などにSLBMを搭載した原子力潜水艦を配備している。北方領土は、このように戦略的に重要なオホーツク海へのアクセスを扼する位置にあることから、SSBNの残存性の確保などを図るための重要な前進拠点となってきたものとみられる。(第1−12図 極東ロシア航空兵力の推移 戦闘機)(第1−13図 極東ロシア航空兵力の推移 爆撃機)(航空自衛隊のスクランブル機がとらえたロシア空軍SU−27

ウ わが国周辺における活動

わが国周辺におけるロシア軍の活動については、艦艇、軍用機の行動に減少傾向がみられるとともに、わが国に近接した地域における演習・訓練の状況も低調となっているとみられる。

地上軍については、わが国周辺に近接した地域における大規模な演習は減少傾向にある。

艦艇については、近年外洋における活動が減少し、演習・訓練は自国近海で実施される傾向にある。しかしながら、魚雷発射、対潜水艦作戦及び防空等のための訓練並びにわが国周辺における情報収集活動については引き続き行われている。

軍用機については、情報収集が目的とみられる飛行を含むわが国への近接飛行及び演習・訓練は減少傾向にある。(第1−14図 わが国周辺におけるロシア艦艇・軍用機の行動概要

エ 中国との国境における状況

ロシアは、昨年モンゴル駐留軍を完全に撤退させるとともに、国境付近から航空戦力を削減したとみられる。他方、中国と旧ソ連との間では、1990年4月に中ソ国境地帯の兵力削減と信頼醸成措置の指導原則に関する協定が署名されるとともに、現在中国とロシア及び中国と国境を接するカザフスタンなど中央アジア諸国との間では国境付近における兵力の削減について話し合いが行われている。こうしたことから、中国との国境付近における軍事的緊張は従来と比べて低下の方向にある。

オ カムラン湾における状況

旧ソ連は、1979年以来ベトナムのカムラン湾の海・空軍施設を使用してきた。1989年、旧ソ連はベトナムに対する軍事援助削減の方針を固めるとともに、カムラン湾駐留部隊のうち、MIG−23フロッガー戦闘機などの撤退を行い、その後、現在までにカムラン湾に展開されていたウダロイ級ミサイル駆逐艦等の戦闘艦艇などの撤退が行われ、現在は若干の補助艦艇が存在している。

しかしながら、昨年、コズイレフ・ロシア外相は、カムラン湾における軍事施設を引き続き維持する考えを明らかにしており、今後とも艦艇や航空機が何らかの形で使用していくものとみられる。

(2) 朝鮮半島の軍事情勢

ア全般

朝鮮半島は、地理的、歴史的にわが国とは密接不離の関係にある。

また、朝鮮半島の平和と安定の維持は、わが国を含む東アジア全域の平和と安定にとって重要である。

韓国は、近年、民主主義を着実に定着させ、また、めざましい経済発展を背景に国際的地位を高め、周辺諸国との関係改善に大きな成果を収め、昨年8月には中国と国交を樹立し、11月にはロシアと基本関係条約を署名した。また、本年2月には、約30年ぶりに文民出身の金泳三大統領が誕生している。

他方、北朝鮮は、ソ連の解体後、対中関係の維持に努める一方、国際関係改善に前向きな姿勢を示していた。しかし、最近では核兵器開発疑惑の深まる中で、本年3月にNPTの脱退を表明するなど国際的孤立を深めている。その後、6月にNPT脱退の発効を中断する意図を表明し、当面は同条約にとどまることとなったが、同条約脱退を完全に撤回してはいない。国内的には、深刻な経済困難に直面するとともに、ソ連解体等の影響を懸念し、体制維持のための政治的・思想的な引き締めが行われている模様であり、また、金正日書記の軍最高司令官就任や国防委員会委員長推戴など、後継体制を進めつつある。

韓国と北朝鮮との対話は、1988年に再開されて以来、断続的に行われてきた。中でも南北高位級会談においては、まず南北間で交流・協力関係を推進し、そのうえで政治的軍事的信頼醸成を図ることを主張する韓国と、不可侵宣言の採択など軍事問題の優先解決を主張する北朝鮮との主張が隔たりをみせていたものの、1991年末以降、政治、軍事、交流協力及び核問題に関する話し合いが進められ、昨年2月には、「南北間の和解と不可侵及び交流・協力に関する合意書」及び「朝鮮半島の非核化に関する共同宣言」を発効させるなど、一定の進展をみせた。しかし、これらの対話の成果を具体化するための協議の過程において、再び南北の思惑が対立し、現在、南北対話は中断状態となっている。特に、「朝鮮半島の非核化に関する共同宣言」に基づき、南北相互核査察の実現に向けた協議が実務者レベルで行われてきたが、北朝鮮側が柔軟な姿勢を示していないため、協議は進展していない。

こうした中、朝鮮半島においては、韓国と北朝鮮の合わせて150万人を超える地上軍が非武装地帯(DMZ)を挟んで対峙し、軍事的緊張が続いている。こうした南北の軍事的対峙の構造は、朝鮮戦争以降基本的に変化しておらず、朝鮮半島は、わが国を含む東アジア全域の安全保障にとって依然不安定要因であるとともに、今日もなお、最も軍事的緊張の高い地域の一つとなっている。(韓国士官学校卒業式に出席した金泳三大統領)(金正日書記

イ 軍事態勢

(ア) 北朝鮮

北朝鮮は、1962年以来、全人民の武装化、全国土の要塞化、全軍の幹部化、全軍の近代化という4大軍事路線に基づいて軍事力を増強してきた。特に、1970年代以降における軍事力の増強・近代化には著しいものがあり、航空機やミサイルの国産能力も保有しつつあるとみられる。北朝鮮の最近の食糧、燃料事情を含む経済状況の悪化は深刻であるとみられるが、依然として、軍事力にその国力を重点的に配分しているとみられる。

北朝鮮の勢力は、陸上戦力が戦車約3,000両を含む30個師団約100万人、海上戦力が潜水艦24隻とミサイル高速艇45隻を主体とする水上艦艇約620隻約8万8千トン、航空戦力が作戦機約810機である。最近では、化学兵器も保有しているとみられる。

北朝鮮は、1985年にNPTを締結しながら、この条約上の義務であるIAEAとの保障措置協定の締結を長年怠ってきたことなどから、最近では、独自に核兵器の開発を目指しているのではないかとの疑念が持たれていた。しかし、国際的圧力を受け、昨年4月、北朝鮮は保障措置協定を締結した。その後のIAEAによる特定査察の過程で、北朝鮮がIAEAに提出した情報とIAEAの調査結果との間に重大な不一致が認められた上、同国が核廃棄物処理・貯蔵施設とみられる一部施設への訪問を拒否してきたため、本年2月、IAEA事務局長は特別査察を要求し、IAEA理事会は2月25日、北朝鮮に対し特別査察受入れを要請する決議を採択したが、3月12日、北朝鮮は、NPT脱退を宣言した。

これに対し、安保理は、5月11日、北朝鮮に対しNPT脱退の決定の撤回を促すこと等を内容とする決議を採択した。その後、6月2日から11日にかけて米朝ハイレベル協議が行われ、この結果を踏まえて米朝共同声明が発表された。共同声明の中で、北朝鮮はNPT脱退の発効を中断するとの意図を表明し、当面は同条約にとどまることとなった。しかし、北朝鮮はNPT脱退を完全に撤回しておらず、また、IAEAの特別査察の受入れ問題等も未解決であることから、米朝間でさらに対話が続けられることとなっている。

北朝鮮は、1980年代半ば以降、スカッドBやその射程を延長したスカッドCを生産・配備するとともに、これらのミサイルを中東諸国へ輸出してきたとみられている。現在、さらに射程を延伸した新型ミサイル「ノドン1号」を開発中であるとみられる。本年5月下旬、北朝鮮は、同国東沿岸部から日本海中部に向けて飛距離約500kmの弾道ミサイルを発射する実験を行ったものとみられるが、これは、射程約1,000kmともいわれるノドン1号を発射方法に制限を加えて実験した可能性もある。ノドン1号の開発に成功した場合には、西日本などわが国の一部が、また、配備位置によってはわが国の過半がその射程内に入る可能性がある。さらに、核兵器開発とミサイル開発が結び付けば、極めて危険な状況となり得る。こうした動きは、国際社会全体に不安定をもたらす要因となっており、わが国としてもその開発動向を強く懸念している。(軍事パレードで行進する北朝鮮軍戦車部隊)(日本海で漂泊中の北朝鮮海軍フリゲート艦

(イ) 韓国

韓国は、全人口の約4分の1が集中する首都ソウルがDMZから至近距離にあり、また、三面が海で囲まれ、長い海岸線と多くの島嶼群を有しているという防衛上の弱点を抱えている。従来、韓国は、膨大な陸上戦力を有する北朝鮮の軍事力増強を深刻な脅威と受け止め、毎年GNPの約4〜6%を国防費に投入し、初の国産戦車である88式戦車の実戦配備などを行ってきたが、最近は、潜水艦、ヘリコプター搭載駆逐艦、対潜哨戒機P−3CやF−16戦闘機の新規装備取得計画など、特に海空軍戦力向上の面でめざましい努力を行いつつある。また、国防部改編や合同参謀本部改編などの組織改編により、近代戦における即応性向上の努力も行われている。

韓国軍の勢力は、陸上戦力が22個師団約55万人、海上戦力が海兵隊2個師団を含む約220隻約12万8千トン、航空戦力がF−4、F−5を主体にF−16を含む作戦機約470機を有している。

(ウ) 在韓米軍

在韓米軍は、韓国の国防努力とあいまって、朝鮮半島の軍事バランスを維持し、朝鮮半島における大規模な武力紛争の発生を抑止する上で大きな役割を果たすとともに、北東アジアの平和と安定にも寄与している。

米国は、米韓相互防衛条約に基づき、第2歩兵師団、第7空軍などを中心とする約3万5千人の部隊を韓国に配備し、韓国軍とともに「米韓連合軍司令部」を設置している。米韓両国は、朝鮮半島における不測事態に対処する共同防衛能力を高めるために1976年から1991年まで、毎年米韓合同演習「チームスピリット」を実施してきた。昨年は、南北間の「朝鮮半島の非核化に関する共同宣言」の発効や北朝鮮のIAEA保障措置協定締結を含む核兵器開発疑惑に対するさらなる措置を北朝鮮に促すためにその実施が見送られたが、本年は、南北関係、特に南北相互核査察において意味ある進展が見られないことを理由として再開された。

米国は、グローバルな戦力再編の一環として、韓国防衛における役割を主導的なものから支援的なものへと縮小することを計画している。すでに、韓国軍人が国連軍司令部軍事休戦委員会(UNCMAC)首席代表に就任、板門店米軍警備地域の韓国軍への移管が進められるとともに、韓国軍人の平時における米韓連合軍地上軍構成司令官就任も行われた。米国が戦力の再編・合理化計画である「東アジアの戦略的枠組み(EASI)」において計画中の在韓米軍の第2段階の削減は、北朝鮮の核開発の脅威と不確実性がなくなり、地域の安全保障が完全に確立されるまで延期される旨が明らかにされているが、米国は、第2段階の削減終了後も、引き続き朝鮮半島における米軍のプレゼンスを維持するとしている。韓国も、在韓米軍駐留経費増額などの責任分担拡大の努力を行うとともに、米韓戦時受入れ国支援協定の署名など戦時における米軍来援態勢の強化を図っている。

(3) 中国の軍事態勢

ア 全般

現在、中国は、内政面では、経済建設に向けて改革開放政策を推進している。昨年10月に開かれた中国共産党第14回全国代表大会における江沢民総書記の報告の中では、社会主義市場経済の積極的な導入が前面に打ち出されており、今後、経済改革を一層加速・拡大することが明確にされている。

また、外交面では、改革開放政策を推進する上で対外的安定を確保する観点から、近隣諸国との関係改善と交流拡大を積極的に進めている。特に、昨年8月の韓国との国交樹立は、アジア地域の緊張緩和にも寄与するものとして注目される。

西側諸国との関係は、1989年6月の天安門事件以後冷却化したが、カンボディア和平、湾岸危機等の問題をめぐり国連安保理の場において米国を始めとする西側諸国寄りの姿勢を示したことなどにより、徐々に回復基調にある。ただし、フランスとの間では、フランスの台湾向けミラージュ戦闘機売却承認に対する報復として中国が在広州仏総領事館の閉鎖を要求した。また、米国との間では、米国の台湾向けF−16戦闘機売却決定に対して中国は反発を示したものの、天安門事件以後の米国との関係修復に向けた努力は続けている。しかし、米中関係の完全な修復には至っておらず、議会を中心に米国の中国に対する姿勢には依然として厳しいものがある。

中台関係については、経済・貿易関係や人事交流が拡大する傾向にあり、本年4月には、両国の交流の窓口組織である中国の海峡両岸関係協会と台湾の海峡交流基金会の双方の代表者の間で初めての会談が持たれ、共同合意文書や両会の連絡及び会談制度に関する議定書等に署名が行われた。

中露関係については、全般的に発展の方向にあり、軍関係者の交流なども盛んである。昨年12月のエリツィン大統領の訪中時には、両国間の国家関係発展と軍事分野での協力拡大などの内容を含む中露共同宣言(声明)が署名された。また、1990年9月から現在まで中露両国の国境地域における兵力削減交渉(昨年7月以降、カザフスタン、キルギスタン及びタジキスタンも同交渉に参加)が行われている。さらに、中国は、ロシアからSU−27戦闘機及びS−300地対空ミサイルなどの高性能兵器の購入を積極的に行い、国防力及び軍事技術の向上などを図っている。

なお、近年、中国は、南沙群島における活動拠点を強化し、西沙群島の永興島に飛行場を建設するなど、海洋における活動範囲を拡大する動きをみせている。また、中国は、昨年2月、わが国固有の領土である尖閣諸島や諸外国と領有権について争いのある南沙群島、西沙群島などを中国領と明記した領海法を公布・発効させたことに続き、10月の中国共産党第14回全国代表大会の江沢民総書記の報告では、軍の今後の使命として、国の領土、領空、領海の主権及び海洋権益の防衛を明記した。(南沙群島に建てられた中国の施設

イ 軍事態勢

現在、中国は、軍組織の肥大化による弊害を克服し、近代戦への対応を図るべく、従来の広大な国土と膨大な人口を利用したゲリラ戦主体の人民戦争の態勢から、各軍・兵種の協同運用による統合作戦能力と即応能力を重視する正規戦主体の態勢への移行を引き続き図っている。その一環として、中国は、装備の近代化を図っており、 みずからの研究開発や生産を基本としつつ、諸外国からの技術導入を図っている。特に、湾岸危機における高性能兵器の有効性にかんがみ、最近では国防科学技術や装備の近代化などの重要性を強調しており、量から質への転換を図ろうとしている。本年3月に開かれた第8期全国人民代表大会第1回会議における政府活動報告においても、国防の近代化を積極的に進めることを改めて明らかにしている。

中国は、1993年の国防費をここ数年に引き続いて大幅に増額(対前年度14.9%増)することを決定し、財政支出に占める割合は前年とほぼ同水準(約9%)とした。しかしながら、当面は経済建設が最重要課題とされていることなどから、財政支出に占める国防支出の割合が今後急激に増加することはないとみられる。また、現在、インフレ基調と財政赤字という困難に直面していることもあり、国防の近代化は緩やかに進むものとみられる。なお、中国では、第三世界諸国への武器輸出により得られた外貨が軍事産業の再投資に充当され、これが間接的に軍の近代化の経費となっているとの見方も存在する。

ウ 軍事力

中国の軍事力は、核戦力のほか、陸・海・空軍からなる人民解放軍、人民武装警察部隊及び民兵から構成されている。

核戦力については、抑止力を確保すると同時に、国際社会における発言権を高める観点から、1950年代半ばころから独自の開発努力を続けている。現在では、ロシア欧州部や米国本土を射程に収めるICBMを若干保有するほか、ロシア極東地域やアジア地域を射程に収める中距離弾道ミサイル(IRBM)と準中距離弾道ミサイル(MRBM)を合計約100基、中距離爆撃機(TU−16)を約120機保有している。特に、新型のIRBMを配備しつつあるとみられる。また、SLBMの開発も行われている。さらに、戦術核も保有しているとみられ、核戦力の充実と多様化に努めている。なお、中国は、1991年3月にNPTを締結している。

陸軍は、総兵力約230万人と規模的には世界最大であるものの、総じて火力、機動力が不足している。1985年以降、軍近代化の観点から、人員の削減や組織・機構の簡素化により100万人以上の兵員を削減するとともに、従来の11個軍区を7個軍区に再編している。さらに、作戦能力の向上などのため、歩兵師団を中心に構成された軍(軍団に相当)を、歩兵、砲兵、装甲兵などの各兵種を統合化した集団軍へと改編している。また、一部の師団を旅団に改編しつつある。

海軍は、北海、東海、南海の3個の艦隊からなり、艦艇約1,060隻(うち潜水艦約90隻)約91万トン、作戦機約880機を保有している。艦艇の多くは、旧式かつ小型であるが、ヘリコプターを搭載可能な駆逐艦及び護衛艦の建造や新型ミサイルの搭載などの近代化が進められている。

空軍は、作戦機を約5,290機保有しているが、旧ソ連の第1、第2世代の戦闘機をモデルにした旧世代に属するものがその主力となっている。最近では、F−8IIなどの新型戦闘機を開発、配備するほか、搭載電子機器の更新などによる性能の向上に努めるなど、航空機の近代化を図っている。なお、昨年、中国はロシアからSU−27戦闘機を導入している。(中国海軍ハン級攻撃型原子力潜水艦

エ 台湾の軍事力

台湾は、現在、陸上戦力が15個師団約31万人、海上戦力が陸戦隊約3万人を含む約520隻約24万トン、航空戦力が作戦機約520機を有している。また、台湾は、近年軍事力の近代化に力を入れており、地対空ミサイル「天弓」の量産化、自主開発戦闘機「経国」号の開発、F−16及びミラージュ2000の購入、並びに新型フリゲートの建艦計画などを進めている。

(4) 東南アジア地域の軍事情勢

ア 全般

東南アジアは、マラッカ海峡、南シナ海やインドネシア、フィリピンの近海を含み、太平洋とインド洋を結ぶ交通上の要衝を占めている。

この地域には、その領有権をめぐり対立が続いている南沙群島など、依然として未解決の諸問題が存在している。このような中で、地域各国は国内基盤の強化と経済発展に努めるとともに、それぞれ国防努力を継続しており、ASEAN諸国においては、その経済力の拡大などに伴い、その国防力について、陸上機動力の向上、新型戦闘機の導入及び対空能力の向上などの近代化が進められており、タイにおける中国製フリゲートの導入及びF−16の追加購入の動き、インドネシアにおけるドイツからの艦艇39隻の購入及び英国からのホーク戦闘機の購入の動き、マレーシアにおけるF/A−18及びMIG−29の購入の動き、シンガポールにおけるF−16の追加購入の動きなどがみられる。

なお、在比米軍は昨年11月に撤退を完了したが、米軍は友好国などの空港、港湾等の利用権を確保し、引き続きこの地域へのアクセスの維持を図っている。ASEAN諸国は、総じて米軍のアクセス受け入れについて前向きの対応を行っている。

また、ASEANは、拡大外相会議の場を活用し、地域の安全保障に関する域外国との政治対話を強化することとしており、昨年7月に開かれた拡大外相会議において、地域の政治・安全保障に関する協議が初めて行われた。

なお、近年、国籍不明船による東シナ海公海上における不法な臨検や襲撃、南シナ海における海賊行為といった、わが国船舶を含む航行中の船舶の安全な航行を妨害する行為が発生していることが注目される。

イ 南沙群島問題

南沙群島は、南シナ海の中央、ベトナム沖約500km、中国海南島の南方約1,000kmに位置し、約100の小島及びさんご礁からなる。同群島周辺は、海底油田及び天然ガス等の海底資源が存在するとみられるほか、豊富な漁業資源に恵まれ、また、海上交通の要衝でもある。

南沙群島については、現在、中国、台湾、ベトナム、フィリピン、マレーシア及びブルネイが一部又は全部の領有権を主張しており、ブルネイ以外の5か国・地域がそれぞれ標識を設置したり、人員を配置して同群島の一部を実効支配している。同群島をめぐっては、1988年3月に中越海軍が武力衝突し、一時緊張が高まったが、その後大きな武力衝突は生起していない。しかし、中国が、昨年2月、南沙群島等を自国領とする領海法を公布したことなどに対し、関係国が反発するなど、各国の利害は対立したままになっている。

南沙群島問題については、インドネシアの提唱による非公式会合が1990年から3回開催されているほか、昨年7月のASEAN外相会議でも取り上げられ、同問題の平和的手段による解決等を盛り込んだ南シナ海に関するASEAN宣言が採択されている。さらに、昨年12月の中越首脳会談でも平和的手段で同問題を解決することが合意されるなど、同問題の解決に資する動きが見られる。(第1−15図 南沙群島の位置

ウ カンボディア問題

カンボディアでは、カンボディア国(ヘン・サムリン政権)と、カンボディア国民政府(ポル・ポト派、ソン・サン派、ラナリット派(旧シアスーク派))が軍事衝突を繰り返してきた。1989年のパリ国際会議や1990年1月以降の数次にわたる安保理常任理事国による非公式協議など各種の国際的努力が精力的に続けられた結果、1991年10月23日のパリ国際会議でいわゆるカンボディア包括和平協定(パリ和平協定)が署名され、13年間にわたるカンボディアの内戦状態に終止符が打たれた。

パリ和平協定では、同協定の発効後、自由公正な選挙に基づくカンボディア新政府樹立までの期間、カンボディア最高国民評議会(SNC)が、カンボディアの主権、独立及び統一を国際的に体現する唯一の合法的な機関とされ、また、SNCは同協定の履行に必要なあらゆる権限を国連に委任することとされた。

パリ和平協定の署名後、国連は、軍事、非軍事、選挙等各部門別の調査団を派遣するとともに、1991年末までに、同協定に定められた第1段階の停戦を確保する措置として国連カンボディア先遣隊(UNAMIC、26か国)を展開し、昨年3月15日には、UNTACを正式に発足させた。

UNTACは、パリ和平協定の実施を確保するための権限を有し、カンボディア国民自身による国家運営への円滑な移行に資するため、カンボディア新政府樹立までの間、各派の軍隊の武装・動員解除等の軍事面の措置とともに、主要行政分野の直接管理、難民帰還及び制憲議会選挙の管理・運営等を行う。UNTACは、軍事、警察、難民帰還、選挙、人権、復興及び行政の7部門から構成され、軍事要員約1万6千人、文民要員約5千人を擁している。

UNTACの組織中最大規模である軍事部門は、外国軍隊の撤退の検証、外部からの軍事援助停止の監視、武器、軍事補給品の探索、没収、地雷除去の援助、各派の軍隊の武装解除、動員解除などにあたるものである。

UNTACは、停戦監視や武装解除等の軍事面の活動にあたる一方で、一定期間ながら国家行政の管理・監督を行うという点で従来の平和維持活動とは一線を画しており、国内の不安定を背景として生起する地域紛争の再発防止のために国連が果たし得る安全保障機能の各分野を備えたものといえる。

UNTACには、日本、中国、フィリピン、マレーシア、タイ、インドネシア、シンガポールなどのアジア諸国のみならず、欧米諸国のほか、ウルグアイ、コロンビア、チリ、アルジェリア、ガーナ、チュニジアなど多くの国々が参加している。

UNTACは正式発足後、昨年6月から第2段階の停戦への移行を図り、各派軍隊の収容及び武装・動員解除に着手したが、ポル・ポト派はベトナム軍の完全撤退が確認されていないこと等を主張して武装・動員解除を拒否し、制憲議会選挙への不参加を表明するなど、和平プロセスに非協力的な態度を示した。本年3月頃から、一部の地域でUNTAC要員などに対する襲撃事件や停戦違反事件が多発したが、5月には制憲議会選挙が実施された。制憲議会選挙は、懸念された大きな混乱もなく行われ、投票率は約9割に達した。明石UNTAC特別代表は、選挙が自由かつ公正であった旨を宣言し、選挙の結果、120名の制憲議会議員が選出された。6月からは制憲議会が招集されており、7月1日には「カンボディア暫定国民政府」が発足した。今後、新憲法に基づく新政府が樹立されることにより、UNTACはその任務を終えることとなる。

なお、UNTAC要員には局地的な停戦違反事件などによる犠牲者が出ており、わが国については、国連ボランティア1名及び文民警察要員1名が死亡している。

3 太平洋地域の米軍の軍事態勢

(1) 全般的な軍事態勢

太平洋国家の側面を有する米国は、従来からわが国をはじめとするアジア・太平洋地域の平和と安定の維持のために大きな努力を続けている。東アジア及び太平洋地域は、近年では米国にとって最大の貿易相手地域となるなど、この地域の平和と安定は米国の政治的、軍事的及び経済的利益にとって不可欠なものとなっている。

米国は、これまでアジア・太平洋地域に陸・海・空軍及び海兵隊の統合軍である太平洋軍を配置するとともに、わが国をはじめいくつかの地域諸国と安全保障取極を締結することによって、この地域の紛争を抑止し、米国と同盟国の利益を守る政策をとってきている。米国は、1990年4月にEASIを発表して、この地域における戦力の段階的な再編・合理化を進めているが、今後も二国間取極と前方展開戦力を維持することは明確にしている。

米太平洋軍は、ハワイに司令部(CINCPAC)を置き、不測の事態に迅速かつ柔軟に対応するとともに、地域の安定を確保するため、隷下の海・空軍を主体とする戦力を太平洋及びインド洋に前方展開している。戦力構成は次のとおりである。

陸軍は、3個師団約5万7千人から構成され、韓国に1個師団を置くほか、ハワイに司令部を置く太平洋陸軍の下に、ハワイ、アラスカに各1個師団を配置している。

海軍は、ハワイに司令部を置く太平洋艦隊の下、西太平洋とインド洋を担当する第7艦隊、東太平洋やベーリング海などを担当する第3艦隊などから構成され、主要艦艇約120隻、約134万トンを擁している。両艦隊は、米本土西海岸、ハワイ、日本、グアム、ディエゴガルシアなどの基地を主要拠点として展開している。

海兵隊は、太平洋艦隊の下に、米本土と日本にそれぞれ1個海兵機動展開部隊が配置されており、兵員約7万2千人、作戦機約290機を有している。

空軍は、ハワイに司令部を置く太平洋空軍の下、日本に第5空軍、韓国に第7空軍、アラスカに第11空軍などが配置され、作戦機約290機を有している。

(2) わが国周辺における軍事態勢

陸軍は、韓国に第2歩兵師団、第19支援コマンドなど約2万6千人、日本に第9軍団司令部要員など約2千人など、合計約2万8千人をこの地域に配置している。最近では、第2歩兵師団のMLRS、M−2/M−3ブラッドレー装甲歩兵戦闘車の増強等、火力、機動力の強化が行われている。

海軍は、日本、グアムを主要拠点として、空母2隻を含む艦艇約60隻、作戦機約170機、兵員約3万2千人を展開している。作戦部隊である第7艦隊は、西太平洋やインド洋に展開する海軍と海兵隊の大部分を隷下に置き、平時のプレゼンスの維持、有事における海上交通の安全確保、沿岸地域に対する航空攻撃、強襲上陸などを任務とし、ニミッツ級原子力空母、タイコンデロガ級イージス巡洋艦などが配備されている。

海兵隊は、日本に第3海兵師団とF/A−18、AV−8Bなどを装備する第1海兵航空団を配置し、洋上兵力を含め約2万2千人、作戦機約70機を展開している。このほか、重装備などを積載した事前集積船が西太平洋に配備されている。

空軍は、第5空軍の2個航空団(F−15、F−16装備)を日本に、第7空軍の2個航空団(F−16装備)を韓国に配置しており、作戦機約190機、兵員約2万7千人を有している。

(3) 前方展開戦力の再編・合理化

米国は、EASIに基づき、東アジア・太平洋地域の米軍戦力を3段階に分けて再編・合理化しつつある。第1段階(1990〜92年)は既に終了し、計画された15,250人が削減された。このほか、EASIとは別途に米比軍事基地協定の終結により、米軍はフィリピンから完全に撤退した。

第2段階(1993〜95年)については、日本からは沖縄のF−15の機数削減等により約700名を削減することとしている。ただし、韓国からの削減については北朝鮮の核開発に関する危険や不確実性が解消されるまで延期するとしており、この点についてはクリントン新政権も、北朝鮮の脅威がある限り、韓国における米軍プレゼンスを維持するとしている。

第3段階及びそれ以降(1996年〜)については、日本においては、基本的な変更はほとんどなく、韓国においては北朝鮮の脅威等により決定され、将来的には基礎戦力に適合したプレゼンスを維持するとしている。

フィリピンからの撤退に関連して、シンガポールに一部の部隊が移動したように、ASEAN諸国などで米軍のプレゼンスには理解が得られてきており、米国は、今後は、同盟国、友好国における港湾施設の利用権の確保や寄港回数の増加といった方法でアクセスを確保することとしている。

クリントン政権における東アジア・太平洋地域の米軍戦力の構想は、明らかにされていないが、同政権も引き続き、この地域に対する関与とコミットメントを維持し、そのために信頼性ある米軍のプレゼンスを維持するとの姿勢を示している。(米海軍強襲揚陸艦ベローウッド