第3章

国際真献と自衛隊

 

 この章においては、先の国会で成立した「国際連合平和維持活動等に対する協力に関する法律」及び「国際緊急援助隊の派遣に関する法律の一部を改正する法律」の概要と、これら法律の下、自衛隊が行う活動について説明する。

第3章 国際貢献と自衛隊

 冷戦が終結した新しい国際環境において、国際社会の平和及び安全の維持を図るという国連の役割は増大している。特に、国連平和維持活動(PKO:Peace Keeping Operations)は、国連の各種活動の中でもその重要性を増している。

 湾岸危機後、わが国がペルシャ湾へ掃海部隊を派遣したことは、わが国船舶の航行の安全を確保するためであったが、平和的、人道的な目的を有する人的な国際貢献策の一つとしても意義を有するものであり、国内的にも、また、国際的にも理解と評価を得た。

 このような状況の中で、わが国では国連平和維持活動等に対する協力や海外における大規模な災害に対する救援などの国際的貢献をよりー層行っていくことが国民的課題となり、世界の注目も集まった。政府は、特に人的な面を中心にわが国の国際貢献をより積極的に実施するため、さまざまな検討を進めた結果、国連平和維持活動等に対する協力を適切かつ迅速に行うための国内体制を整備することを目的とする「国際連合平和維持活動等に対する協力に関する法律案」(国際平和協力法案)及び自衛隊に国際緊急援助活動やそのための人員等の輸送を行わせることを目的とする「国際緊急援助隊の派遣に関する法律のー部を改正する法律案」(国際緊急援助隊法改正案)を平成3年秋の臨時国会に提出した。じ後、これらの法案をめぐりさまざまな議論がなされ、国際平和協力法案が一部修正された後、平成4年6月、第123回通常国会において両法律は成立した。

 この二つの法律により、わが国としては、幅広い人的な側面で、国際協力のために積極的な役割を果たすことが可能となった。自衛隊がこれらの法律に基づき、国連平和維持活動や大規模災害に対する国際緊急援助活動等に従事することは、国際協調の下に恒久の平和を希求するわが国憲法の理念にも合致するものである。

 また、今回の国際平和協力法等をめぐる国民的議論を通じ、国際社会に対し、平和と安全の維持を中心に、わが国が十分な貢献を行うことが不可欠であるとの認識が国民多数の共有するところとなったといえよう。このような状況を踏まえて、自衛隊としても、わが国が行う国際貢献に対し、長年にわたって蓄積してきた技能、経験、組織的な機能の活用を図ることによって、寄与していこうとするものである。

1 国際平和協力法と自衛隊の役割

(1) 国連平和維持活動

 これまで世界約80か国から50万人以上の参加を得て、1988年にはノーベル平和賞を授与されるなど国際的にも高い評価を得た国連平和維持活動は、平和維持隊(PKF:Peace Keeping Forces)、停戦監視団、選挙監視などの行政的な支援活動の3つに大別される。

 平和維持隊や停戦監視団は、紛争地域の停戦の監視等を任務とし、選挙監視は自由かつ公正な選挙の実施を監視するものである。

 これらの活動は、紛争当事者の間で停戦の合意が成立し、紛争当事者がその活動に同意していることを前提として行われる。

 その際、中立、非強制の立場で国連の権威と説得により停戦の確保や選挙監視等の任務を遂行する。平和維持隊は武器を携行するが、その使用は厳に自衛のためだけに限られている。武器を携行しても実際に使用したことはないという国も多い。(30数か国から集った国連平和維持活動隊員

(2) 国際平和協力法

 わが国は従来から国連の平和維持活動に対し協力を行ってきているが、人的な協力は、ナミビア、ニカラグアの選挙監視団への要員派遣等にみられるだけで、その協力は主に財政面に限られていた。

 今回成立した国際平和協力法により、わが国も国連平和維持活動及び人道的な国際救援活動に人的な面でより積極的な協力を行っていくこととなる。以下、この法律の概要について説明する。

 国際平和協力業務

 国際平和協力法に規定された国際平和協力業務は、国連平和維持活動と人道的な国際救援活動のために実施されるものである。これに基づき、わが国としては具体的に以下に示すような業務を行っていくこととなる。

ア 国連平和維持活動として、

 停戦合意の遵守状況や武装解除の監視、緩衝地帯のパトロール、選挙の監視、警察その他の行政事務に関する助言・指導、医療、輸送、通信、建設など

イ 人道的な国際救援活動として、

 被災民の救出・帰還の援助、被災民に対する食糧、衣料、医薬品等の配布や医療、被災施設や自然環境の復旧など

 国際平和協力業務実施の手続き

 国際平和協力業務は、内閣総理大臣を本部長とする「国際平和協力本部」を総理府に設置し、そこに「国際平和協力隊」を編成し、また、必要に応じ自衛隊の部隊等の参加も得て行われることとなる。国際平和協力業務が実施されるまでに、第3−1図に示す手続きがとられる。すなわち、

ア 国連平和維持活動については、国連総会または安全保障理事会の決議によってその開始が決定され、国連事務総長からのわが国政府に対する参加の要請に基づき、わが国が協力することとなる。また、人道的な国際救援活動については、国連総会、安全保障理事会、経済社会理事会の決議、または人道的な救援活動を行っている国際機関からの要請に基づき、わが国が協力することとなる。

イ 国連平和維持活動または人道的な国際救援活動ヘ協力を行うにあたっての基本方針や活動内容、活動地域及び期間、国際平和協力隊の規模等を定めた「実施計画」が閣議によって決定される。

ウ 閣議によって決定された実施計画は国会に報告される。

 その際、平和維持隊のいわゆる本隊業務を実施する場合及びこれを2年を超えて引き続き行う場合には、国会の承認を必要とする。

エ 関係行政機関や民間などの協力を得て、国際平和協力隊が編成される。

オ 本部長により国際平和協力業務を実施するための具体的内容を定めた「実施要領」が作成される。

カ 実施計画と実施要領に従って国際平和協力業務が実施される。

 なお、自衛隊の部隊等が業務を行う場合は、防衛庁長官が実施計画及び実施要領に従って当該部隊等に国際平和協力業務を行わせる。他方、自衛隊員が個人として国際平和協力隊に派遣される場合は、当該隊員は本部長の指揮監督の下に国際平和協力業務に従事する。いずれの場合も、派遣される自衛隊員は、自衛隊員の身分と平和協力隊員の身分とを併せ有することとなる。

 国際平和協力法では、わが国の国連平和維持活動への協力業務が細かく定められており、実施すべき業務の種類・内容は実施計画及び実施要領に定められることとなる。自衛隊の部隊等が業務に従事する場合も同様であり、防衛庁長官は実施計画及び実施要領に従って当該部隊等を行動させる仕組みになっている。さらに、閣議によって決定された実施計画は国会に報告され、国会で議論される。また、平和維持隊のいわゆる本隊業務を実施する場合及びこれを2年を超えて引き続き実施する場合には国会承認が必要となっている。このように自衛隊の派遣にあたっては、シビリアン・コントロールは確保されている。

(3) 自衛隊の役割

 自衛隊の参加の意義

 国連平和維持活動と人道的な国際救援活動への協力にあたって、自衛隊の参加を得ることとされているのは、自衛隊の持つ各種能力に着目し、これを積極的に活用しようとするためである。つまり、これら活動に適切かつ迅速に協力し、協力を実効あるものにするためには、自衛隊の技能、経験、組織的な機能を活用することが最適であると考えられたからである。

 すなわち、平和維持隊や停戦監視団は、停戦が守られているかどうかの監視が主たる業務となり、軍事的専門知識や経験が必要とされる。このため、国連はこれらの業務に各国が協力する場合には、軍人の資格を有する者の派遣を求めている。

 また、国連平和維持活動は、直前まで紛争が行われていたため、必要な生活基盤施設の多くを欠く厳しい環境の中での活動となり、みずから食事、通信、輸送手段等を手当てすることが必要となってくる場合が多いが、このような自己完結的な組織は、わが国には自衛隊しかないと判断されたからである。

 人道的な国際救援活動についても、厳しい環境の中で被災民の収容や輸送、食糧の提供等の活動を効率的に行うため、自衛隊が持つ経験と組織としての力を活用することが求められている。

 自衛隊の実施する国際平和協力業務

 国際平和協力法第3条第3号に列挙された業務のうち、任務遂行に支障を生じない限度において自衛隊の部隊等が行う業務は、第3−2図に示すとおりであり、選挙監視・管理、警察行政事務に関する助言、指導等の一般行政事務の業務は含まれていない。

 このうち、国連平和維持活動のために実施される業務は、平和維持隊のいわゆる本体業務と平和維持隊後方支援業務に分けられる。

 ここでいう平和維持隊とは、通常武器を携行しない停戦監視団要員は別として、部隊等が参加する国連平和維持活動の組織を一般的にさすものであり、(ア)その本体業務とは、武装解除の監視、駐留・巡回、検問、放棄された武器の処分等の業務を、(イ)その後方支援業務とは、本体業務を支援する輸送、通信等の業務をいう。

 なお、国会での審議の過程で、内外の一層の理解と支持を得るため、自衛隊の部隊等による平和維持隊本体業務の実施については、別途法律で定める日までの間は、これを実施しないこととし(いわゆる凍結)、また、その凍結が解除され、本体業務を実施することとなった場合及びこれを2年を超えて引き続き実施する場合には、国会承認の対象とすることとされた。したがって、自衛隊は当面、停戦監視団等への個人単位の参加や医療、輸送、建設等の後方支援業務及び人道的な国際救援活動への協力を行うこととなる。

 さらに、この法律の施行の3年後に、法律の実施状況に照らして法律の実施のあり方について見直すことが定められた。(第3−2図 国際平和協力業務のうち自衛隊の部隊が行う業務

(4) 自衛隊をめぐる議論

 自衛隊の国連平和維持活動への協力と憲法

 国会審議の過程で、国連平和維持活動への協力のため、わが国から派遣された自衛隊の部隊等が憲法の禁じる「武力の行使」を行うことになるのではないかという点で議論があった。しかしながら、国連平和維持活動は、紛争当事者の間に停戦の合意が成立し、紛争当事者が平和維持活動に同意していることを前提として、中立、非強制の立場で国連の権威と説得により停戦確保等の任務を遂行しようとするものであって、強制的手段によって平和を回復しようとするものではない。また、国際平和協力法ほこれに加え、紛争当事者の合意、同意あるいは中立の原則が崩れた場合に業務を中断し、または派遣を終了すること、さらに、武器の使用はわが国の要員の生命または身体の防衛のための必要最小限のものに限られることといった点等を内容とする基本方針(いわゆる5原則)に沿って立案されている。したがって、この法律に基づき自衛隊が協力する場合には、憲法第9条に禁止された武力の行使、あるいは、武力の行使の目的をもって武装した部隊を他国に派遣する、いわゆる海外派兵にあたるものではない。(第3−1表 平和維持隊への参加にあたっての基本方針いわゆる5原則

 指揮権をめぐる議論

 国連の行う平和維持活動全般をみた場合、現地での活動において派遣された各国の部隊等が不規則に行動したのでは、効果的な活動が困難となる。このため、国連の現地司令官は、各国から派遣される部隊がいつ、どこで、どのような業務に従事するかといった部隊の配置等についての権限を有している。この権限は国連の「コマンド」といわれる。

 国際平和協力法では、自衛隊の部隊等が国連平和維持活動に従事する場合、国際平和協力本部長は、国連のコマンドに適合するように実施要領を作成または変更し、防衛庁長官はこの実施要領に従って派遣される部隊等を指揮監督し、国際平和協力業務を行わせることとなっている。このように、国連のコマンドは、実施要領を介してわが国から派遣される部隊等によって実施されることとなっている。その意味でわが国から派遣される部隊等は、国連のコマンドの下にある、あるいは、コマンドに従うということができる。

 ただし、紛争当事者の合意、同意あるいは中立の原則が崩れた際には、わが国から参加した部隊等は、業務を中断し、または派遣の終了に至ることとされている。

 自衛隊の海外派遣に対する近隣諸国の理解

 政府は、近隣諸国に対して国際平和協力法について正しい理解を得るため種々の機会に説明を行い、多くの国からはわが国が国際社会の平和と安定のために国力にふさわしい役割を果たそうとしていることへの理解が得られている。また、当面派遣先として考えられるカンボジアからも、国連カンボジア暫定機構(UNTAC)への自衛隊の協力につき繰り返し強い期待が表明されている。しかし、国によっては、わが国の国際貢献に理解を示しつつも、自衛隊の海外派遣には慎重に対応して欲しいという反応もみられる。

 政府としては、国際平和協力法が国連の要請等に応じ平和維持のための活動に誠実に協力するためのものであり、この中で自衛隊も寄与していくものであるという点などを、あらゆる機会を通じて説明し、今後とも近隣諸国の一層の支持と理解を得るべく努力していきたいと考えている。

(5) 自衛隊法の改正

 なお、国際平和協力法の成立により、自衛隊法に、防衛庁長官は国際平和協力法に定めるところにより、自衛隊の任務遂行に支障の生じない限度において、部隊等に国際平和協力業務を行わせ、及び輸送の委託を受けてこれを実施することができるという条文が追加された。

2 国際緊急援助隊法の一部改正と自衛隊の役割

(1) 自衛隊の協力の意義

 昭和62年9月に国際緊急援助隊法が施行されて以来、わが国は海外の地域、特に開発途上にある海外の地域において大規模な災害が発生した場合には、国際緊急援助隊を派遣し、国際緊急援助活動を行ってきた。しかし、これまでの活動を通じ、(ア)災害の規模によってはさらに大規模な援助隊を派遣する必要があること、(イ)被災地において自己完結的に行動を行い得る体制が望ましいこと、(ウ)輸送手段の改善を図ること等の課題が明らかとなってきていた。

 今回の国際緊急援助隊法の改正及びこれに伴う自衛隊法の改正は、自衛隊の保有する能力を活用することにより、これらの課題の改善を図ろうとするものである。

 これにより、外務大臣との協議に基づき、防衛庁長官は自衛隊の任務遂行に支障を生じない限度において、隊員または自衛隊の部隊等に国際緊急援助活動、及び、当該活動を行う人員または当該活動に必要な機材その他の物資の海外の地域への輸送を行わせることとなる。

(2) 自衛隊の役割

 自衛隊が行うこととなる国際緊急援助活動については、個々の具体的な災害の規模及び態様、被災国からの要請内容、実施される援助活動の内容など、その時々の状況により異なると考えられるが、これまでの国内における各種災害派遣活動の実績などからみて、例えば、(ア)応急治療、救急車による患者の後送、防疫活動等の医療活動、(イ)へリコプターなどによる物資、患者、要員等の輸送活動、(ウ)浄水装置及び給水タンク等を活用した給水活動の面で相応の能力を有していると考えられる。

3 防衛庁・自衛隊の対応

 国際平和協力法の施行期日については、公布の日から起算して3月を超えない範囲において政令で定める日となっている。法律の成立後、防衛庁・自衛隊は、隊員に対する必要な教育訓練等派遣のための準備を進めているが、国際平和協力業務で行う活動は未経験な分野であり、自衛隊が今日まで実施してきた活動とは内容を異にする面もあるため、周到な準備が必要であると考えている。

 現在、カンボジアで活動中のUNTACへの参加が検討されているが、防衛庁・自衛隊としても総理府をはじめ内外の関係機関と緊密な連携をとるとともに、調査団を派遣するなど参加にあたっての準備に遺漏のないよう努めていくこととしている。

 また、国際緊急援助活動については、その任務の性格上、自然災害のような予測困難な突発的事案に対して派遣要請を受けることもあり得るので、防衛庁・自衛隊は、このような事態にも適切に対応し得る態勢の確立に努めている。

 今日のような国際社会にあって、各国から期待されている国際的役割を、わが国が一つひとつ確実に果たしていくことは、わが国の国際的信用を高めるためにも緊要なことである。防衛庁・自衛隊としても、これら二法によって与えられた枠組みに従って、その任務を着実に遂行することにより、国民の期待に応えていきたい。