第2章

わが国の防衛政策

 第1章でみてきたように、今日の国際情勢は、湾岸危機、ソ連の政変とその解体など世界の歴史を画するような大きな変化がみられる。長かった冷戦は終わったが、その一方で、世界各地に、その民族、宗教等の違いから地域紛争に発展し得る多くの不安定要因が存在する。また、これらの状況を踏まえ、新たな平和と安全保障の体制を構築しようとする多様な動きもみられる。しかしながら、いまだ来るべき秩序の姿は明確になっていない。

 わが国でも、近年の国際情勢の激変にともない、その安全保障のあり方についてさまざまな議論が生じてきている。わが国は、今日まで戦後半世紀近く、みずから適切な規模の防衛力を保持するとともに、日米安全保障体制を堅持し、いかなる態様の侵略にも対応し得る防衛体制を構築し、これによって侵略を未然に防止することを防衛政策の基本としてきた。この間にも世界各地で数多くの紛争が生じている。最近では、湾岸危機が記憶に新しい出来事である。この湾岸危機にみられるように、一度、国の安全が崩され侵略を受けると、多大な人的、物的な被害を受け、ペルシャ湾の原油流失による汚染にみられるように自然環境にまで影響が及ぶなど取返しがつかない事態を招くこととなる。

 こうした国際情勢の下で、わが国は基盤的防衛力構想に基づくわが国自身の防衛力と日米安全保障体制により、引き続きその安全を確保することとしている。この基盤的防衛力構想は、国際関係安定化のための努力が続けられている国際情勢等を前提として、わが国が平時から保有すべき独立国として必要最小限の防衛力を整備しようとするものである。この章では、こうしたわが国の防衛政策の考え方を明らかにするとともに、最近の国際情勢の変化に対する対応についても説明することとする。

第1節 わが国の防衛政策の基本的考え方

1 防衛努力の重要性

(1) 今日の国際社会と安全保障

 わが国は、第2次世界大戦後の廃嘘から立ち上がり、今日では経済大国と呼ばれるまでになり、国民はその繁栄を享受している。こうした繁栄の背景としては、国民一人ひとりの英知と努力とともに、自由主義国家の一員として、戦後47年にわたり、外国からの侵略を受けることもなく、国の安全が保たれてきたことがその背景となっていることはいうまでもない。

 今日の国際社会においては、国際連合の活動をはじめとして、欧州の新たな安全保障の枠組みの模索など、より安定した国際秩序の確立を目指してさまざまな努力が続けられている。しかしながら、こうした動きは始まったばかりであり、真に安定した安全保障環境の確立には至っていない。こうしたことから、各国はそれぞれの国の環境に即し、自国の安全確保に努めている。

 平和は、ただこれを析るだけでは得られない。わが国としても国際社会の現状に照らし、国の安全を確保するため努力を怠ってはならないことはいうまでもない。

 わが国の安全を確保するための手段としては、国際政治の安定を確保するための外交努力、内政の安定による安全保障基盤の確立、みずからの防衛努力及び日米安全保障体制の堅持がある。

 このような国の安全を確保するための手段のうち、外交等の分野での努力は極めて重要である。わが国は、外交努力により世界の平和の確立と安全保障を高めるため、国際連合の活動等に協力するとともに、みずからさまざまな努力を行っている。

 わが国は、軍備管理などの分野で平和な国際環境をつくるための努力を行ってきた。湾岸危機では、大量破壊兵器及びミサイルの拡散や通常兵器の無制限な移転がもたらす危険性が強く認識され、これを契機として兵器の移転、拡散問題について国際的な懸念が高まった。わが国は、こうした兵器の取り引きの透明性を確保するため、みずからが中心となって、国際連合に通常兵器の取り引きの状況を報告する仕組みを提案し、昨年12月の国際連合総会においてこの通常兵器移転登録制度が決議された。

 こうした努力に加え、内政の安定により安全保障の基盤を確立することも重要である。わが国としては、適切な内政諸施策を講ずることにより、国民生活を安定させ、国民の国を守る気概の充実を図り、国内的にも侵略を招くような間隙が生じることがないよう努力している。

(2) 防衛分野での努力

 国の安全を確保するうえで、外交等の分野での努力は欠くことのできないものである。しかし、こうした努力のみでは、実力をもってする侵略を必ずしも未然に防止することはできない。また、万一侵略を受けた場合は、これを排除することもできない。軍事力は、侵略を未然に防止し、万一侵略を受けた場合これを排除するという機能を有する。その意味で、軍事力は、他のいかなる手段やカによっても代替し得ないものであり、国の安全を守る最後の砦となっている。

 今日の国際情勢は、東西冷戦という対立の時代が終わり、新しい世界平和の秩序を構築する時代の始まりであるといえる。その中で、一方において、国際関係の安定化のためのさまざまな努力があり、他方において、湾岸危機やユーゴ内戦にみられるような新たな地域紛争が各地に起こり、各国ともこのような新しい情勢に対応し得る安全保障体制の確立ヘ向けて努力を重ねている。

 こうした努力により、より安定した安全保障の体制が生まれることが望ましいが、国連等の機能強化に関してもいまだこれにより世界の安全を保つといった状態には至っていないのが現実である。

 こうした現実を踏まえ、世界各国とも国際情勢が変化する中にあって、軍事力を保持し、自国の安全の確保に努めている。

 軍事力はその時々の情勢の変化に応じ、一朝一夕に整備できるものではない。これは、日々の絶え間ない訓練が必要であることや、主要装備の生産について長期間を要することをみれば明らかである。したがって、その整備は計画的かつ継続的に行う必要がある。このため、外交などの分野での努力との整合性を図りつつ、平素から防衛分野での努力を着実に進めておくことが重要である。

 わが国としては、みずから適切な規模の防衛力の整備を進めるとともに、米国との安全保障体制を堅持し、その信頼性を高めていくことで、わが国の安全を確保していくとの方針に基づき、そのための継続的な努力を行ってきているところである。このような努カは、わが国の安全を確保するのみならず、アジアひいては世界の平和と安全に貢献することとなる(本章第2節参照)。

2 憲法と自衛権

(1) 憲法と自衛権

 わが国は、第2次世界大戦後、再び戦争の惨禍を繰り返すことのないよう決意し、ひたすら平和国家の建設を目指して努力を重ねてきた。恒久の平和は、日本国民の念願であり、この平和主義の理想を掲げる日本国憲法は、第9条に戦争放棄、戦力不保持及び交戦権の否認に関する規定を置いている。わが国が独立国である以上、この規定が主権国家としてのわが国固有の自衛権を否定するものでないことは、異論なく認められている。

 政府は、このようにわが国の自衛権が否定されない以上、その行使を裏付ける自衛のための必要最小限度の実力を保持することは、憲法上禁止されているものではないと解している。このような考え方の下に、政府は、専守防衛(本章3(2)参照)をわが国防衛の基本的な方針として、実力組織としての自衛隊を保持し、その整備を推進し、運用を図っており、これらは憲法上何ら問題がない。

(2) 憲法第9条の趣旨についての政府見解

 保持し得る自衛力

 わが国が憲法上保持し得る自衛力は、自衛のための必要最小限度のものでなければならない。

 自衛のための必要最小限度の実力の具体的な限度は、その時々の国際情勢、軍事技術の水準その他の諸条件により変わり得る相対的な面を有するが、憲法第9条第2項で保持が禁止されている「戦力」に当たるか否かは、わが国が保持する全体の実力についての問題である。自隊衛の保有する個々の兵器については、これを保有することにより、わが国の保持する実力の全体がこの限度を超えることとなるか否かによって、その保有の可否が決せられる。

 しかしながら、個々の兵器のうちでも、性能上専ら相手国の国土の壊滅的破壊のためにのみ用いられる、いわゆる攻撃的兵器を保有することは、これにより直ちに自衛のための必要最小限度の範囲を超えることとなるから、いかなる場合にも許されない。したがって、例えば、ICBM、長距離戦略爆撃機、あるいは攻撃型空母を自衛隊が保有することは許されない。

 自衛権発動の要件

 自衛権の発動は、いわゆる自衛権発動の三要件、すなわち、わが国に対する急迫不正の侵害があること、この場合にこれを排除するために他に適当な手段がないこと、必要最小限度の実力行使にとどまるべきことの三要件に該当する場合に限られる。

 自衛権を行使できる地理的範囲

 わが国が自衛権の行使としてわが国を防衛するため必要最小限度の実力を行使できる地理的範囲は、必ずしもわが国の領土、領海、領空に限られないが、それが具体的にどこまで及ぶかは個々の状況に応じて異なるので、一概にはいえない。しかしながら、武力行使の目的をもって武装した部隊を他国の領土、領海、領空に派遣するいわゆる海外派兵は、一般に自衛のための必要最小限度を超えるものであって、憲法上許されないと考えている。

 集団的自衛権

 国際法上、国家は、集団的自衛権、すなわち、自国と密接な関係にある外国に対する武力攻撃を、自国が直接攻撃されていないにもかかわらず、実力をもって阻止する権利を有しているものとされている。わが国が、国際法上、このような集団的自衛権を有していることは、主権国家である以上当然である。しかし、憲法第9条の下において許容されている自衛権の行使は、わが国を防衛するため必要最小限度の範囲にとどまるべきものであると解しており、集団的自衛権を行使することは、その範囲を超えるものであって、憲法上許されないと考えている。

 交戦権

 憲法第9条第2項は、「国の交戦権は、これを認めない」と規定しているが、わが国は、自衛権の行使にあたっては、すでに述べたように、わが国を防衛するため必要最小限度の実力を行使することが当然に認められており、その行使は、交戦権の行使とは別のものである。

3 防衛政策の基本

(1) 国防の基本方針

 わが国が憲法の下で進めている防衛政策は、昭和32年5月に国防会議及び閣議で決定された「国防の基本方針」にその基礎を置いている。

 この国防の基本方針は、まず、国際協調など平和への努力の推進と民生安定などによる安全保障基盤の確立を、次いで効率的な防衛力の整備と日米安全保障体制を基調とすることを基本方針として掲げている。

国防の基本方針

 国防の目的は、直接及び間接の侵略を未然に防止し、万一侵略が行われるときはこれを排除し、もって民主主義を基調とするわが国の独立と平和を守ることにある。

 この目的を達成するための基本方針を次のとおり定める。

 国際連合の活動を支持し、国際間の協調をはかり、世界平和の実現を期する。

 民生を安定し、愛国心を高揚し、国家の安全を保障するに必要な基盤を確立する。

 国力国情に応じ自衛のため必要な限度において、効率的な防衛力を漸進的に整備する。

 外部からの侵略に対しては、将来国際連合が有効にこれを阻止する機能を果し得るに至るまでは、米国との安全保障体制を基調としてこれに対処する。

(2) その他の基本政策

 このような国防の基本方針を受けて、これまで、わが国は、平和憲法の下、専守防衛に徹し、他国に脅威を与えるような軍事大国にならないとの基本理念に従い、日米安全保障体制を堅持するとともに、文民統制を確保し、非核三原則を守りつつ、節度ある防衛力を自主的に整備してきている。このことは、累次の機会に内外に明らかにしており、わが国周辺諸国に対しても、さまざまな機会をとらえて説明し、わが国の防衛政策についての理解を求めているところである。

ここで、専守防衛とは、相手から武力攻撃を受けたとき初めて防衛力を行使し、その防衛力行使の態様も自衛のための必要最小限にとどめ、また、保持する防衛力も自衛のための必要最小限のものに限られるなど、憲法の精神にのっとった受動的な防衛戦略の姿勢をいうものである。

 軍事大国という概念については、明確に定義されたものはないが、わが国として他国に脅威を与えるような軍事大国とならないということは、自衛のための必要最小限度を超えて、他国に脅威を与えるような強大な軍事力をわが国が保持することはないとの意味である。

 また、非核三原則とは、核兵器を持たず、作らず、持ち込ませずという原則を指すものであり、わが国はこれを国是として堅持している。

 なお、核兵器の製造・保有は、原子力基本法の規定のうえからも禁止されているが、さらに、わが国は、昭和51年6月、核兵器の不拡散に関する条約を批准し、非核兵器国として、核兵器を製造しない、取得しないなどの義務を負っている。

 文民統制は、シビリアン・コントロールともいい、民主主義国における軍事に対する政治優先または軍事力に対する民主主義的な政治統制を指す。

 わが国の場合、終戦までの経緯に対する反省もあり、自衛隊があくまで国民の意思によって整備・運用されることを確保するため、旧憲法下の体制とは全く異なり、厳格なシビリアン・コントロールの諸制度を採用している。

 具体的には、まず、国民を代表する国会が、自衛官の定数、主要組織などを法律・予算の形で議決し、また、防衛出動などの承認を行う。次に、国の防衛に関する事務は、一般行政事務として、内閣の行政権に完全に属している。また、この内閣を構成する内閣総理大臣その他の国務大臣は、憲法上文民でなければならないことになっている。内閣総理大臣は、内閣を代表して自衛隊に対する最高の指揮監督権を有しており、自衛隊の隊務を統括する防衛庁長官も、文民である国務大臣をもって充てられる。内閣には、国防に関する重要事項等を審議する機関として安全保障会議が置かれている。さらに、防衛庁では、防衛庁長官が自衛隊を管理し、運営するにあたり、政務次官及び事務次官が長官を助けるのはもとより、基本的方針の策定について長官を補佐するいわゆる文官の参事官が置かれている。

 なお、シビリアン・コントロールの制度が実をあげるためには、運営上の努力が今後とも必要であることはいうまでもない。(官邸で自衛隊幹部と歓談する宮沢総理

第2節 日米安全保障体制

 日米安全保障体制は、わが国の存立と繁栄にとって不可欠なものである。

 わが国は、激動する国際社会の中にあって戦後半世紀近くにわたり平和と繁栄を享受してきたが、これは、わが国自身の防衛努力とあいまって、日米安全保障体制が抑止の体制として一貫して有効に機能してきたことが大きな要素であることは否定できない。振り返れば、わが国が、先の大戦後再び独立を回復するにあたって、米国との同盟関係を選択したことは、わが国が自由主義陣営の一員としての道を歩むことの宣明であった。この選択が極めて適切なものであったことは、何よりその後の実績が示している。日米安全保障体制は、今や広範な国民的支持を得て、国民の間に深く定着している。今後、新たな国際秩序の形成に向けて、いろいろな議論が起こるであろうが、わが国はこの日米安全保障体制の維持を国政の基本としていくべきである。今年1月の日米首脳会談でも、両国は、日米安全保障体制の下で、戦後両国が保ってきた緊密な協力が両国社会にもたらした利益を再確認し、この基盤の上に一層緊密なパートナーシップを構築していくこととしている(資料9参照。また、このパートナーシップの永続のためには、両国政府の努力のみならず、両国民が互いの意思疎通及び相互理解を図っていくことも重要である。

 本節では、このような日米安全保障体制のもつ意義を説明し、その信頼性の向上を図っていくために行っているさまざまな努力の現状について述べることとする。

1 日米安全保障体制の意義

(1) わが国の安全に対する直接的貢献

 まず第一に、日米安全保障体制は、わが国の安全の確保にとって重要な役割を果たしている。

 今日の国際社会において、自国の意思とカだけで国の平和と独立を確保しようとすれぼ、核兵器の使用を含む全面戦争から通常兵器によるさまざまな態様の侵略事態、さらには軍事力による示威、恫喝(どうかつ)といったようなものまで、あらゆる事態に対応できる(すき)のない防衛態勢を独自に構築する必要がある。

 わが国が独力でこのような態勢を保持するとなれば、経済的に容易ではなく、何よりもわが国の政治姿勢として適切なものといいがたい。

 このため、わが国としては、自由と民主主義という基本的な価値、理念を共有し、強大な軍事力を有する米国と同盟を結び、その抑止力をわが国の安全保障のために有効に機能させていくことで、わが国みずからの適切な防衛力の保持と合わせ、(すき)のない態勢を構築し、わが国の安全を確保することとしている。

 日米安全保障条約(資料10参照)は、第5条において、わが国への武力攻撃があった場合、日米両国が共同対処を行うことを定めている。この米国の日本防衛義務により、わが国への武力攻撃は、自衛隊のみならず米国の有する強大な軍事力とも直接対決することとなり、侵略には相当の犠牲を覚悟しなければならなくなる。このため、相手国は侵略を躊躇(ちゆうちよ)せざるを得ず、侵略は未然に防止されるのである。

 このように、いかなる事態にも対応できる(すき)のない防衛態勢を単独ではとらないこととしているわが国にとって、日米安全保障体制は、その安全確保のため必要不可欠である。(日米安全保障体制の意義

(2) 極東の平和と安全の維持への貢献

 第二に、日米安全保障体制は、わが国の安全のみならず、極東の平和と安全の維持にも寄与している。

 日米安全保障条約は、第6条において、わが国の安全及び極東における国際の平和と安全のため、米軍のわが国における施設・区域の使用を認めており、同条に基づき、米国はその軍隊をわが国に駐留させている(資料11、資料12参照)。この米軍のプレゼンスは、米国のこの地域への深い関心の表れであり、わが国の安全のみならず、極東における国際の平和と安全の維持にも貢献している。

 また、極東地域の平和と安全を抜きにした世界の平和と安全は考えられないという意味で、日米安全保障体制は、世界の平和と安全を確保する意味でも重要な意義を有しているといえる。

 本年1月の日米首脳会談の際に発表された「日米グローバル・パートナーシップに関する東京宣言」において、「アジア・太平洋地域に死活的な利害を有する国として、日本及び米国は、両国の防衛関係がこの広大かつ多様性に富む地域の平和と安定のために引き続き重要であることを認識する」としているのも、このことを踏まえたものである。

(3) 日米関係の中核

 第三に、日米安全保障体制は、わが国にとって一番重要な二国間関係である日米関係の中核を成している。

 日米安全保障条約は、安全保障面をその中核とするものであるが、同時に、政治的、経済的協力関係の促進についても重要な規定を置いている。この条約により、日米安全保障体制は、日米間において、単に防衛面のみならず、政治、経済、社会などの両国の幅広い分野における友好協力関係の基盤となっている。

 米国との緊密な友好関係の保持は、わが国の発展と繁栄のために欠かせないものである。そればかりか、日米両国の国際社会に占める地位を考えると、両国の協力と協調は国際社会の平和と安定にとって極めて重要なものとなっている。東京宣言で、「この同盟関係は、両国がグローバル・パートナーシップの下で、世界の平和及び安定を確保するため、各々の責任と役割を担うべく協力していく上での政治的基盤となっている」としているのも、このことを踏まえたものである。

(4) 幅広い外交関係の基盤

 第四に、日米安全保障体制を基軸とする日米同盟関係は、日本の外交の基盤となっている。

 今日の国際情勢は、冷戦が終結する一方で、世界各地に地域紛争に発展し得る多くの不安定要因が存在している。アジア・太平洋地域においても、この地域の緊張緩和に向けた動きもあるが、この地域の情勢は複雑であり、朝鮮半島や南沙群島、わが国の北方領土など未解決の問題が残されている。

 この地域において近年の好ましい動きをさらに発展させていくため、わが国としても近隣諸国との対話を推進し、こうした動きに積極的に協力していく必要がある。その際、日米安全保障体制に裏付けられた強固な日米の同盟関係は重要な役割を果たしていくものと考えている。

2 日米安全保障体制の信頼性の向上

 日米安全保障体制は、これを有効に機能させるためには、両国が常日頃から、その信頼性を維持、向上させる努力を払わなければならないものである。特に最近のように、国際情勢の変化が著しい時には、日米両国は、あらゆる機会をとらえてこれまで以上に緊密に対話を行い、相互信頼と協調関係の確立を図る必要がある。

 このため、わが国は、米国の関係者とさまざまな機会に協議を行い意思疎通を図るとともに、「日米防衛協力のための指針」の策定とこれに基づく研究、共同訓練、共同研究開発など各種の日米防衛協力を行い、また在日米軍の駐留の一層の円滑化を進めるといった努力を重ねてきている。

 米国は、自由主義陣営のリーダーとして、そのグローバルな役割と同盟国に対するコミットメントを今後も果たしていくであろう。東京宣言においても「米国は、この地域の平和と安定を維持していく上で必要な米軍の前方展開を維持していく」ことがうたわれている。しかし、その一方で、米国には経済的地位の相対的低下や財政的な制約などの新たな状況が生じてきている。したがって、米国は、同盟国に対するコミットメントを維持するにあたり、同盟国側からの協力も強く求めている。米国は、わが国に対しても責任分担の面での努力を引き続き行うことを期待している。わが国は、今日の国際社会の中にあって、国力国情に応じた役割をみずから積極的に果たしていこうとしているが、わが国として自主的に施策を講じていくことは、日米安全保障体制の信頼性の維持、向上を図っていくうえでも、極めて重要なものとなっている。

(1) 日米両国首脳による緊密な対話

 日米両国間の安全保障上の意見の文換は、通常の外交ルートによるもののほか、内閣総理大臣と米国大統領との間の日米首脳会談や防衛庁長官と米国国防長官との間の日米防衛首脳会談をはじめ、防衛実務担当者の文流に至るまで、各レベルにおいて緊密に行われている(資料13参照)。

 このように、あらゆる機会とレベルで意思の疎通を図っていくことは、日米安全保障体制を有効に機能させるうえで肝要である。

 日米首脳会談

 平成4年1月に行われた日米首脳会談では、日米両国が21世紀を念頭に、今後の両国関係のあり方や、その果たすべき責任と役割、さらには両国が協力して取り組む課題などを「日米グローバル・パートナーシップに関する東京宣言」にとりまとめた。

 特に、安全保障面で両国は、日米安全保障条約を堅持していくこと及び日米防衛関係がこの地域の平和と安定に重要であると認識し、緊密に協力していくことが確認された。また、米国は、米軍の前方展開を維持していくこと、また、日本は、安保条約に従い、施設・区域の提供を継続するとともに、昨年新たに締結された特別協定のもと駐留軍経費についてより高い負担率をもって負担することなどがうたわれている。このほか、日米の双方向での防衛技術交流の推進や、改組された日米安全保障協議委員会の活用などで意見が一致したことも述べられている。

 日米防衛首脳会談

 平成3年11月に東京で行われた日米防衛首脳会談では、国際情勢は変化しているが、その多くは欧州で起きていることであり、アジアについてはさまざまな不安定要因が存在するとの認識で一致した。特に、北朝鮮の核及びミサイル開発について懸念が表明された。

 また、米国は、日本を含むアジア・太平洋地域に対するコミットメントを維持することを表明した。一方、わが国は必要な防衛努力を続けていくことを説明した。これに関連して米国は、日本の行っている在日米軍駐留経費の負担等の支援について感謝の意を表明した。さらに、両国は、日米間の技術交流等についても推進することで一致した。

 このほか、米国は、わが国が行った湾岸危機の際の財政支援やぺルシャ湾への掃海艇の派遣を評価した。(日米防衛首脳会談

(2) 日米防衛協力のための指針

 米国の対日コミットメントを確保し、日米安全保障条約が有効に機能するには、この条約に基づき、平時から緊密な協力関係が確保されていなければならない。特に軍事面での協力態勢に関しては、平時から、研究・協議を行っておかなければ、万一わが国に対して武力攻撃が発生した際に有効に対処し得ない。

 このため、万一の場合に両国が協力してとるべき措置について協議することが、昭和50年、日米の首脳や防衛首脳の間の会談で合意され、これを受け、日米安全保障協議委員会の下部機構として防衛協力小委員会が設置された。そして、緊急時における自衛隊と米軍との間の、整合のとれた共同対処行動を確保するためにとるべき措置に関する指針を含め、日米間の協力のあり方に関し研究・協議を行った。その結果、昭和53年11月「日米防衛協力のための指針」(資料14参照)が作成された。

 この「指針」は、じ後行われるべき研究作業のガイドラインとしての性格を有するものとして、侵略を未然に防止するための態勢、日本に対する武力攻撃に際しての作戦構想や指揮・調整、情報、後亡方支援活動などの対処行動等についての基本的な事項のあり方を示すべく作成されたものである。これに基づき、共同作戦計画についての研究をはじめとした各種の研究を行っている。なお、「指針」を含め、こうした細部の研究作業は、政府間の協定といったものではなく、両国政府の立法、予算ないし行政上の措置を義務づけるものではない。

(3) 日米共同訓練

 自衛隊が米軍と共同訓練を行うことは、それぞれの戦術技量の向上を図るうえで有益である。さらに日米共同訓練を通じて、平素から自衛隊と米軍との戦術面などにおける相互理解と意思疎通を促進しインターオペラビリティ(相互運用性)を向上させておくことは、わが国有事における日米共同対処行動を円滑に行うために不可欠である。加えて、このような努力は、日米安全保障体制の信頼性と抑止効果の維持・向上に役立つものである。このため、自衛隊は米軍との間で従来から各種の共同訓練を実施しており、今後とも積極的に行っていく方針である。なお、自衛隊の統合運用態勢の充実のため、日米共同訓練を実施するにあたっては、その統合化を重視しており、本年秋には、昭和61年以来2回目の日米共同統合実動演習を実施する予定である(資料15参照)。(日米共同訓練

(4) 装備・技術面での協力

 日米両国は、日米安全保障条約において、それぞれの防衛能力の維持、発展のために相互協力するとしている。また、「日本国とアメリカ合衆国との間の相互防衛援助協定」(資料16参照)は、両国間の防衛分野における相互協力のための枠組みを定めている。これら条約の相互協力の原則を踏まえ、わが国としても、装備・技術面において、米国との協力を積極的に推進する必要があることはいうまでもない。

 わが国の技術水準の向上などの状況を踏まえ、昭和58年、わが国は、米国に対して武器技術を供与する(みち)を開くこととし、その供与にあたっては、武器輸出三原則等によらないこととした(資料17、資料18参照)。これを受けて、これまで、携行SAM関連技術、米海軍の艦船の建造及び改造のための技術、次期支援戦闘機(FS−X)関連技術、P−3C搭載用デジタル・フライト・コントロール・システム(DFCS)にかかる技術の対米供与を決定している。

 現在、日米共同で開発が進められている次期支援戦闘機(FS−X)は、日米間の装備品の共同研究開発の初めてのケースであり、このような日米間の共同研究開発は、両国のすぐれた技術を結集して効果的に装備品を開発するだけでなく、日米間の防衛協力を進展させることができるという観点からも重要なものである(資料19、資料20参照)。

 さらに、近年のわが国技術水準の著しい向上にともない、こうした共同研究開発に対しては、米側の期待も高まってきている。本年1月の日米首脳会談では、その東京宣言に付属する「グローバル・パートナーシップ行動計画」において、ダクテッドロケット・エンジンの共同研究に関する取極を締結することとするほか、戦闘車両用セラミック・エンジン、ミリ波・赤外線複合シーカ、クローズド・ループ消磁技術、艦艇・装甲車両用先進鋼材等の防衛技術分野における共同研究についての検討を継続するなど、防衛協力の推進に努めることがうたわれている(資料21、資料22参照)。これを受けて、ダクテッドロケット・エンジンについては、日米間で研究開始のための調整が進められている。

 また、両国間では、従来から日米装備・技術定期協議を開催し、上記5項目の共同研究プロジェクトをはじめとする装備・技術交流に関する幅広い意見文換を行ってきているほか、装備に関する資料の交換なども行っている。

(5) 在日米軍の駐留を円滑にするための施策

 在日米軍の駐留は、日米安全保障体制の核心であり、同体制の有する機能を真に有効に発揮させるためには、わが国としても、在日米軍の駐留を円滑にするための諸施策をできる限り積極的に実施していく必要がある。こうした諸施策のうち、在日米軍の駐留経費の負担については、平成3年度から新たに在日米軍従業員の基本給等及び光熱水料等の一部を負担している。また、施設・区域の提供に関しては、空母艦載機の着陸訓練場の確保や池子米軍家族住宅の建設の問題があり、引き続きその解決のための努力を行っている。なお、沖縄における施設・区域の使用権原の取得についても、その解決に努めたところである。

 在日米軍駐留経費の負担

 わが国は、地位協定(資料23参照)に基づき、日米両国で合意するところに従い、施設・区域を、米国に負担をかけないで在日米軍に提供する義務を負っている。また、在日米軍は、在日米軍従業員の労働力を必要としており、この労働力は、地位協定によりわが国の援助を得て充足されることになっている。

 昭和40年代後半から、わが国の物価と賃金の高騰や、国際経済情勢の変動により、在日米軍の駐留に関して米国が負担する経費は相当圧迫を受けてきている。わが国は、これらの事情を勘案し、在日米軍の駐留を円滑かつ安定的にするための施策を可能な限り推し進めており、これまでの経費負担の経緯についての概略は次のとおりである。

ア わが国は、米軍が使用する施設について、昭和54年度から、老朽隊舎の改築、家族住宅の新築、汚水処理施設の整備、老朽貯油施設の改築、消音装置の新設などを行い、これらを米軍に提供している。

イ 在日米軍が必要とする在日米軍従業員の労務費については、従来、米側が負担していたが、米側負担の軽減を図り、かつ、従業員の雇用の安定を図るため、昭和53年度から福利費などを、また、昭和54年度からはわが国の国家公務員の給与条件にない部分の語学手当などをわが国が負担してきた。

 その後、日米両国を取り巻く経済情勢の大きな変化により、在日米軍従業員の労務費が圧迫され、これを放置すれば、在日米軍従業員の雇用の安定が損なわれ、ひいては、在日米軍の効果的な活動にも影響するおそれが出てきた。このため、退職手当など8手当についても、その一部を日本側が負担することとし、昭和62年、このような地位協定の特例措置を講ずるため、日米間で特別協定を締結した。その後、昭和63年、この特別協定を改正し、8手当の全額までわが国が負担できるようにした。

ウ さらに、わが国は、日米安全保障体制の効果的な運用を確保するための努力の一環として、中期防衛力整備計画策定の作業の中で検討した結果、日米両国を取り巻く諸情勢の変化に留意し、在日米軍の効果的な活動を確保するため、経費負担につき新たな措置を講ずることとした。

 具体的には、従来米側が負担してきた経費のうち、在日米軍従業員の基本給及び諸手当全項目と、在日米軍が公用のため調達する電気、ガス、水道、下水道及び暖房用などの燃料の料金・代金の全部または一部を5年間にわたって新たに負担することとした。その負担要領としては、平成3年度から段階的に負担を増大し、平成7年度にその全額を負担することとした。そして、このような地位協定の特例措置を講ずることを可能にするため、新たな特別協定が日米間で締結され、平成3年4月、国会で承認され発効した(資料24参照)。この経費については、平成3年度は、同年10月から半年間、その25パーセントを負担したところであり、平成4年度は、1年を通してその25パーセントを負担することとしている。

エ このほか、わが国は、従来から施設・区域の提供に必要な経費(施設の借料など)の負担、施設・区域の周辺地域の生活環境などの整備のための措置、在日米軍従業員の離職対策などの施策を行ってきている。

オ さらに、以上の経費のはか、自治省が市町村に交付している基地交付金などの経費と、在日米軍施設のうち無償提供している国有地を仮に民有地とした場合の賃借料の試算額を総合すると、平成7年度には、在日米軍駐留経費についての日米間の負担割合は、最終的にほぼ半々となるものと見込まれる。(在日米軍の駐留を円滑にするための施策

 空母艦載機の着陸訓練場の確保

 空母艦載機のパイロットは、広い洋上では点のような空母の狭い甲板に着艦するため、非常に高度な技術を必要とする。空母は、補給、整備、休養などのために入港するが、入港中もパイロットはその技量を維持するため、陸上の飛行場で着陸訓練を十分に行う必要がある。

 現在、この訓練は主として厚木飛行場で行われているが、同飛行場周辺は市街化しており、米軍にとっては訓練の制約の問題が、周辺住民にとっては深刻な騒音問題がそれぞれある。これらの問題を解決するため、政府は、三宅島に飛行場を設置することが適当と考え、そのための努力を続けているが、村当局をはじめ地元住民の間に、なお反対の意向が強く、実現までには相当の期間を要すると見込まれる。

 この間、厚木飛行場周辺の騒音問題をこのまま放置できないため、三宅島に訓練場を設置するまでの暫定措置として、硫黄島を利用することとし、艦載機着陸訓練に必要な施設整備工事を実施しているところである。

 硫黄島においては、昨年6月末、新たに整備した灯火施設等艦載機着陸訓練に必要な施設の一部を米側へ提供し、同年8月から同施設の使用が開始されたところである。政府としては、施設の整備が完了する平成4年度末以降のみならず、それ以前であっても、同島においてできるだけ多くの艦載機着陸訓練が実施されるよう努めているところである。

 池子米軍家族住宅の建設

 わが国には、多くの米軍人が遠く本国を離れて駐留している。しかし、このために必要な米軍家族住宅は、特に横須賀地区で著しく不足している。

 政府は、在日米軍の駐留を効果的なものとするため、その対策を緊急の課題と考え、池子地区の一部に米軍家族住宅を建設することとし、逗子市と長期にわたり話し合いを続けてきた。

 この建設にあたっては、国は、同市の要請もあって、神奈川県条例に基づく環境影響評価を行い、さらには、神奈川県知事から逗子市長の意向に配慮した調停案が提示されたのを受け、これに従って大幅な計画の修正を行い、自然環境を最大限に保全することとしている。

 国としては、このように地元の意向を十分に尊重し、配慮を行ったうえで、昭和62年9月から、既設建物の撤去等の工事に着手し、埋蔵文化財の発掘調査を終了した場所から、敷地造成工事を進めており、平成4年度には家族住宅の建設工事に取り掛かる計画である。

 沖縄における施設・区域の使用権原の取得

 沖縄県に所在する米軍施設・区域内の民公有地の大部分について、平成4年5月賃貸借契約による使用期間が満了した。このうち大部分の土地については、土地所有者と賃貸借契約を締結し引き続き使用できることとなったが、一部の土地についてはその使用について、土地所有者との合意が得られなかったため、「日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約第6条に基づく施設及び区域並びに日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定の実施に伴う土地等の使用等に関する特別措置法」に基づき所要の手続きをとり、5年間(一部は3年間)の使用が認められた。

第3節 防衛計画の大綱

 防衛力の整備は、要員の養成や装備品の取得に長期間を要し、一朝一夕にできるものではない。したがって、その整備のためには、長期的視点に立って、計画的かつ継続的な努力を行うことが必要である。こうした見地から、わが国では、3年ないし5年を対象期間とする防衛力整備計画を策定し、その整備を進めることとしてきた。この方針に基づき、昭和33年度以降、4次にわたる防衛力整備計画を策定し防衛力の整備を図ってきたが、昭和51年10月「防衛計画の大綱」(資料25参照)を国防会議及び閣議で決定した。従来の防衛力整備計画は、限られた期間内における主要装備の調達規模を主たる内容とするものであったのに対し、「大綱」は、わが国が平時から保有すべき防衛力の水準を明らかにし、わが国の防衛力整備のあり方などについての指針を示したものである。昭和52年度以降の防衛力整備は、この大綱に沿って進められてきた。

1 基盤的防衛力構想

 「大綱」は、わが国の防衛力整備について、「基盤的防衛力構想」という考え方に立っている。この考えは、国際社会において、相互関係改善を図るための対話が継続し、また紛争の未然防止や国際関係安定化のための努力が続いているという国際情勢を前提としている。さらに、わが国が大綱に定めるような防衛力を保有していることが、わが国周辺の国際政治の安定化に貢献することとなるという判断の上に立っている。この基盤的防衛力は、わが国に対する軍事的脅威に直接対抗するよりも、みずからが力の空白となってこの地域における不安定要因とならないよう、独立国としての必要最小限の基盤的な防衛力を保持するという考え方である。

 この考え方に基づく基盤的防衛力は、まず、全体として均衡のとれたものであることが必要である。すなわち、通常兵器による予想される各種の手段の侵略に対して最小限必要な対抗措置がとれるように、各種の防衛機能が整っていなければならない。わが国の防衛力に機能的に欠けるところがあれば、その分野においては全く対抗措置がとれないこととなり、相手方に自由な行動を許してしまうからである。また、こうした各種の機能は、国土やその周辺海空域のいずれの地域においても、侵略の当初から組織的な防衛行動が実施できるように、わが国の地勢の特性等に応じて整備され、組織されていなければならない。さらにこれらの組織は、侵略に対して総合的な防衛力を発揮し得るように、戦闘部隊と後方支援部門が均衡ある形で維持され、有機的に組み合わされている必要がある。

 次に、能力的には、基盤的な防衛力は、平時において十分な警戒態勢をとり得るものであると同時に、限定的かつ小規模な侵略までの事態に有効に対処し得るものを目標としている。

 また、基盤的な防衛力は、情勢に重要な変化が生じ、新たな防衛力の態勢が必要とされるに至ったときは、円滑にこれに移行し得るよう配意されたものでなければならない。これは、防衛の本質が万一の事態に備えるところにあるので、情勢の重要な変化の可能性という不確定要素を無視することはできないからである。

2 国際情勢の認識

 「大綱」の策定にあたって考慮した国際情勢のすう勢について、大綱は、次のように述べている。

 核相互抑止を含む軍事均衡や各般の国際関係安定化の努力により、東西間の全面的軍事衝突またはこれを引き起こすおそれのある大規模な武力紛争が生起する可能性は少ない。

 わが国周辺においては、限定的な武力紛争が生起する可能性を否定することはできないが、大国間の均衡的関係及び日米安全保障体制の存在が国際関係の安定維持及びわが国に対する本格的侵略の防止に大きな役割を果たし続けるものと考えられる。

3 防衛の構想

 「大綱」は、2で述べた国際情勢の認識の下に、次のような「防衛の構想」を示している。

 わが国の防衛は、まず、わが国みずから適切な規模の防衛力を保有し、日米安全保障体制とあいまって、いかなる態様の侵略にも対応し得る防衛体制を構成することにより、侵略を未然に防止することを基本とする。また、核の脅威に対しては、米国の核抑止力に依存する。さらに、万一侵略事態が発生した場合には、米国の協力とあいまって、極力早期にこれを排除するとしている。

 なお、大綱には、「限定的かつ小規模な侵略については、原則として独力でこれを排除する」旨の記述があるが、「限定的かつ小模規な侵略」とは、全面戦争や大規模な武力紛争に至らない規模の侵略のうち、小規模なものをいう。その規模、態様等を具体的に示すことは困難であるが、一般的には、事前に侵略の意図が察知されないよう、侵略のための大掛かりな準備を行うことなしに行われ、かつ、短期間のうちに既成事実を作ってしまうことなどをねらいとしたものである。わが国の防衛力整備は、大綱のこのような考え方に基づいて行われてきた。

 ただし、実際にわが国に対して具体的にどのような規模、態様の侵略が起こり得るかについては、武力紛争の原因やその時々の国際環境等により千差万別であり、一概にはいえない。

4 わが国が保有すべき防衛力

 「大綱」は、以上の「防衛の構想」の下にわが国が平時から保有すべき防衛力の水準などの枠組みについて、次のように定めている。

 防衛上必要な各種の機能を備え、後方支援体制を含めてその組織及び配備において均衡のとれた態勢を保有するものであること。

 平時において十分な警戒態勢をとり得るものであること。

 限定的かつ小規模な侵略までの事態に有効に対処し得るものであること。

 情勢に重要な変化が生じ、新たな防衛力の態勢が必要とされるに至ったときには、円滑にこれに移行し得るよう配意された基盤的なものであること。

 また、大綱は、このような枠組みの下、警戒のための態勢など、保有すべき防衛力が備えるべき「防衛の態勢」を明らかにしている。

5 各自衛隊の体制

 「大綱」は、以上のような考え方に基づいて、各自衛隊が維持すべき体制を「陸上、海上及び航空自衛隊の体制」として明示し、大綱別表に示す各自衛隊の基幹部隊や主要装備などの具体的規模を導き出す考え方を明らかにしている。

 この別表に示された各自衛隊の基幹部隊のうちの代表的なものの規模について、大綱策定時からの考え方を説明すれば次のとおりである。これらは、すでに述べたとおり、平時における均衡ある組織・配備の態勢や十分な警戒態勢の維持などの観点から導き出されるものであり、特定の軍事的脅威に対抗するとの観点から導き出されるものではないことに留意すべきである。

(1) 陸上自衛隊

 陸上部隊として最も重要な師団等については、「わが国の領域のどの方面においても、侵略の当初から組織的な防衛行動を迅速かつ効果的に実施し得るよう、わが国の地理的特性等に従って均衡をとって配置された師団等を有していること」とされている。

 わが国の地形は、主として山脈、河川、海峡によって分けられている。さらに、平時における行政事務の便から都道府県などの境界線をも考慮すると、わが国の全土は、北海道が道北・道東・道央の3区画、東北が北部・南部の2区画、関東、甲信越、東海北陸、近畿、中国、四国がそれぞれ1区画、九州が北部・南部の2区画、それに沖縄が1区画と、合計14区画に分けられる。このため、平時に地域に配備する部隊としては14個の単位が必要となる。地域の特性から四国と沖縄を除く12区画には師団各1個を配置し、四国と沖縄には混成団を配置すれば、12個の師団と2個の混成団とが必要となる。

(2) 海上自衛隊

 海上部隊で最も重要な部隊の単位は、護衛隊群である。これに関しては、「海上における侵略等の事態に対応し得るよう機動的に運用する艦艇部隊として、常時少なくとも1個護衛隊群を即応の態勢で維持し得る1個護衛艦隊を有していること」とされている。

 わが国の周辺海域で侵略などの事態が生じた場合、直ちに現場に進出して対応措置をとり得るためには、常時少なくとも1個護衛隊群は即応の態勢で維持しなければならない。ところが、艦艇部隊の場合、艦艇の修理期間として長い期間を割くことが必要であることに加え、乗員が新隊員と交替することなどから基礎的訓練のためにもかなりの期間を割く必要がある。さらに、基礎的訓練の期間を終えても、困難な状況の下で護衛隊群としての任務を果たし得るような即応の態勢にある期間は限定される。したがって、常時少なくとも1個護衛隊群を即応の態勢で維持するためには、4個の護衛隊群を必要とする。

(3) 航空自衛隊

 航空自衛隊は、「領空侵犯及び航空侵攻に対して、即時適切な措置を講じ得る態勢を常続的に維持し得るよう、戦闘機部隊を有していること」とされている。

 この態勢を維持するためには、わが国の地形と戦闘機の行動半径などとの関係から、即応の待機態勢を全国の要域でとる必要がある。この待機を常時継続して実施するためには、戦闘機の稼働時間、パイロットの技能保持のための訓練などを考慮し、各区域に原則として2個飛行隊が必要であり、わが国全体では、合計13個飛行隊が必要となる。なお、この13個飛行隊は、要撃戦闘機部隊10個と支援戦闘機部隊3個に分けて保有することとされている。

6 防衛力整備実施上の方針及び留意事項

 防衛力の質の面については、「大綱」は、諸外国の技術的水準の動向に対応し得るよう、質的な充実向上に配意しつつ、「各自衛隊の体制」等を維持することを基本としている。

 また、防衛力整備は、その時々における経済財政事情などを勘案し、国の他の諸施策との調和を図りつつ行うこととしている。

 さらに、隊員施策への配慮、防衛施設の維持・整備、装備品の国産化への配意、技術研究開発態勢の充実などの点に留意することとしている。

第4節 防衛力の具体的機能

 わが国の防衛力整備は、わが国に対する侵略事態が発生した場合に備えて、各種の装備及び態勢・機能を平素から整備するものである。したがって、わが国有事の際に自衛隊が実施する主要作戦である防空、周辺海域の防衛と海上交通の安全確保、着上陸侵攻対処について明らかにすることは、次節で述べる防衛力整備の理解にも資すると考えられるので、ここで簡潔に説明する。なお、実際の運用にあたっては、陸・海・空各自衛隊が互いに緊密に連携し、それぞれが持つ特性・機能を十分に発揮するとともに、米軍とも共同してわが国の防衛にあたることはいうまでもない。(輸送機C−130H)(要撃戦闘機F−15

1 防空のための機能

 わが国に対する侵略が行われる場合、四面環海であるわが国の地理的特性や近代戦の様相から、まず航空機やミサイルによる急襲的な攻撃で開始され、この航空攻撃は侵略が続いている間反復して行われる可能性が高い。そこで、自衛隊としては、こうした事態に備えることが必要である。

 わが国の防空は、航空自衛隊が主体となって行う全般的な防空と陸・海・空各自衛隊がそれぞれの基地や部隊などを守る個別的な防空に区分できる。

 全般的な防空においては、航空機の侵攻に即応し、できる限り国土から遠くの空域で要撃し、敵に航空優勢を獲得させず、国民と国土の被害を防ぎ、防衛作戦の遂行能力を確保するとともに、敵に大きな損害を与え、航空攻撃の継続を困難にするよう努める。

 また、個別的な防空は、基地や部隊をみずから防護し、その作戦遂行能力を維持することにより、全般的な防空とあいまって防空作戦全体の効果を増大させる。

 全般的な防空作戦を時系列的に例示すれば次のとおりである。

 航空警戒管制部隊のレーダーサイト及びレーダーを搭載し、空中から侵攻機を探知することができる早期警戒機などにより、わが国周辺のほぼ全空域を常時監視し、侵攻してくる航空機などをできるだけ早く発見する。

 次に、指揮命令、航跡情報などを伝達・処理する全国規模の指揮通信システムである航空警戒管制部隊のバッジシステムにより、目標が敵か味方かを識別し、要撃戦闘機及び地対空誘導弾部隊ヘ目標を割り当てる。

 航空警戒管制部隊などによる目標への誘導を受けた要撃戦闘機部隊または地対空誘導弾部隊が目標を迎え撃つ。(第2−1図 防空作戦の例

2 周辺海域の防衛と海上交通の安全確保のための機能

 わが国は、資源、エネルギー、食糧など生存に必要な多くの重要物資を海外に大きく依存している。このため、周辺海域の防衛や海上交通の安全確保は、生存基盤の確保に不可欠であるほか、継戦能力、米軍の来援基盤の確保のためにも必要である。

 わが国に対する海上交通の妨害としては、潜水艦、航空機、水上艦艇などを使用して、わが国周辺を航行する船舶を攻撃したり、わが国の港湾などに機雷を敷設することが考えられる。

 自衛隊は、次に示すような洋上における哨戒、護衛、港湾・海峡の防備などのための作戦を行うことにより、敵の進出を阻止し、その兵力を漸減させ、敵の有効な作戦を阻むことなどの累積効果によって、わが国の海上文通の安全確保にあたる。

 周辺海域においては、対潜機部隊(固定翼対潜噴戒機)による広域哨戒や護衛艦部隊などによる船舶航行の要域の哨戒を行い、外洋に展開してわが船舶を攻撃しようとする敵艦艇を制庄する。また、必要に応じ、護衛艦部隊や対潜機部隊により船舶を護衛する。哨戒や護衛においては海上自衛隊は対潜戦、対水上戦、防空戦を行なう。

 沿岸海域においては、特に船舶の出入りの多い重要港湾付近で、掃海部隊、対潜機部隊(主として対潜ヘリコプター)、護衛艦部隊などにより港湾を防備し、船舶の安全の確保を図る。この場合、脅威の態様に応じ対潜戦、対機雷戦などを行う。

 また、主要な海峡においては、これを通過しようとする敵艦艇に対し、護衛艦部隊、潜水艦部隊、対潜機部隊などにより対潜戦、対水上戦、機雷敷設戦などを行い、場合によっては陸上、航空自衛隊と協同して通峡阻止に努める。

 なお、洋上における防空については、護衛艦部隊が防空戦を行い、航行する船舶などを防護するほか、航空自衛隊がその能力の及ぶ範囲で防空作戦を行う。(浮上直後のゆうしお型潜水艦)(護衛艦から発艦する対潜ヘリコプターHSS−2B)(第2−2図 海上作戦の例

3 着上陸侵攻対処のための機能

 着上陸侵攻は、侵略国が領土の占領などを目的として、通常、侵攻正面における航空・海上優勢を獲得した後、艦船や航空機により地上部隊を輸送し、これらの部隊を相手国の国土に上陸または着陸させて侵略する侵攻形態である。

 侵攻する地上部隊は、艦船や航空機による移動の間、その戦力発揮ができず、また、上陸や着陸の直後は組織的な戦力発揮が困難であるという弱点を有する。このため、着上陸侵攻対処のためには、敵の侵攻に対し、このような弱点をとらえ、努めて前方で対処し、これを早期に撃破することが必要である。

 着上陸侵攻への対処は、洋上、海岸地域及び内陸のそれぞれにおける対処に分けられる。

 洋上における対処としては、自衛隊は、海上からの侵攻部隊に対し、艦艇、支援戦闘機、地対艦誘導弾により攻撃し、できる限り洋上で撃破し、その侵攻企図を断念させ、または侵攻兵力を減殺する。また、航空機を利用した侵攻部隊に対しては、努めてこれを空中で撃破する。

 海岸地域においては、上陸する敵に対し、海上自衛隊は機雷敷設戦でその行動を妨害・阻止する。また、陸上自衛隊は海岸付近に配置した部隊の火力で敵を水際で阻止する。敵が上陸してきたら、師団を基幹とする主要部隊の戦闘力を集中して敵を撃破し、わが国土から排除する。また、空挺攻撃やへリボン攻撃により着陸した敵に対しては、主として陸上自衛隊の火力と機動打撃力によりこれを撃破する。

 万一敵を早期に撃破できなかったときは、内陸部で主として陸上自衛隊が持久作戦を行い、この間に、他の地域から部隊を結集して反撃し、侵略を排除する。

 以上のような各段階を通じ、海上自衛隊は水上艦艇や潜水艦などにより敵の増援や後方補給路の遮断に努め、航空自衛隊は支援戦闘機部隊などにより航空阻止や陸上・海上自衛隊の支援を行う。また、陸・海・空各自衛隊は作戦に必要な防空、情報活動、補給品の輸送などを行う。(90式戦車)(輸送ヘリ(CH−47J)と155mmりゅう弾砲FH70)(第2−3図 着上陸侵攻対処作戦の例

第5節 最近の国際情勢の変化と防衛カ整備

 最近の国際情勢の変化にともない、わが国防衛のあり方や防衛力整備について、見直しを求める声が生じてきている。

 このような変化に対して、政府は、まず平成2年12月19日に、安全保障会議及び閣議において「平成3年度以降の防衛計画の基本的考え方について」を決定した(資料26参照)。ここでは、最近の国際情勢は「大綱」策定の際に前提とした「国際関係安定化の流れがより進んだ形で現れつつある」とみることができ、引き続き大綱の基本的考え方に従って防衛力整備に努めることが適切であると判断したところである。政府は、これに基づき同20日、安全保障会議及び閣議において、平成3年度から7年度までの5年間の防衛力整備の内容を定めた「中期防衛力整備計画(平成3年度〜平成7年度)」(中期防)を決定した(資料27参照)。

 一方、国際情勢は、計画策定後もソ連の解体にみられるように、大きく変化している。

 このため、政府としては、平成3年12月の安全保障会議において、このような大きな情勢の変化などを見極めつつ、中期防の修正について前広に所要の検討に着手することとし、現在、精力的に検討を進めているところである。

 また、平成4年度の防衛関係費についても、このような国際情勢の大きな変化、厳しさを増す財政事情等を踏まえ、その抑制に努めたところである。

 さらに、中期防では、このような修正とは別に、「防衛力の在り方」について検討を行うこととなっている。この検討は、将来における人的資源の制約の増大、技術的水準の動向、国際情勢の動向など多様な要素を考慮し、防衛力全般について中長期的視点から行うものである。

1 中期防衛力整備計画について

(1) 計画策定の必要性

 政府は、平成2年12月に、国際情勢の変化を的確にとらえた計画をつくり、国民に対し今後の防衛力整備の方向を明らかにするため、中期防を策定した。

 そもそも防衛力整備は、一朝一夕に行い得るものではない。例えば、艦艇や航空機は契約から取得まで通常3年から5年を要する。それに搭乗する要員の養成には、さらに数年を要する。また、一つの施設の建設にも通常数年を要する。こうしたことから、防衛力整備は、具体的な中期的な見通しに立って、継続的かつ計画的に進めていくことが合理的といえる。

 また、前中期防は、防衛庁内部の中期的な見積りを、文民統制の充実を一層図る観点などから、国防会議における審議のうえ、政府計画に格上げしたものである。この経緯からしても、中期的な防衛力整備計画を政府レベルの計画として策定することが適切である。

(2) 国際情勢の認識

 政府は、平成3年度以降の防衛力整備を検討するに際して、引き続き「大綱」が今後の防衛力整備の指針として妥当であるかどうかという点について検討を行った。その際、最近の国際情勢が、大綱策定の際に前提とした国際情勢の認識とどのような関係に立つのかが検討された。この点について、政府は当時次のような判断を行った。

 国際関係の多元化や国際的な相互依存関係の深まりといった傾向が一層進展し、また、国家関係におけるイデオロギーや体制の相違の持つ意味合いが相対的に低下しつつある。

 国際関係の安定化に向けての努力については、大綱策定当時から続けられてきた東西間の対話などの努力がようやく実りつつあるといえる。このことは、大綱策定当時、各種の対立要因が根強く存在していた東西関係が、欧州を中心に対話と協調の時代に移行しつつあることや、軍備管理・軍縮をはじめとするさまざまな努力が継続されていることにみられるとおりである。ただし、国際社会は、依然として宗教上の対立や民族問題、領土問題、ナショナリズム等に起因する地域紛争などの不安定要因を内包している。

 アジア・太平洋地域においても、韓ソ国交樹立など緊張緩和の方向へ向かっての動きがみえ始めている。また、米国、ソ連、中国及びわが国の関係が、この地域の平和と安定にとって一層重要となりつつある。一方、これまでの質量両面にわたり一貫して増強されてきた極東ソ連軍の動向については、質的向上は依然続いているものの、量的には削減傾向がみられる。

 以上のように、国際情勢は総じて好ましい方向に変化しつつあり、また、東西間の全面的な軍事衝突やこれを引き起こすおそれのある大規模な武力紛争が起こる可能性は、大綱策定当時よりもさらに少なくなっていると見込まれる。また、わが国周辺においては、この地域の平和と安定のため日米安全保障体制の存在が依然として重要な役割を果たしている。

(3) 防衛力整備の考え方

 こうした国際情勢の動向については、今後とも注視する必要があるが、総じてみれば、大綱策定の際に前提とした国際関係安定化の流れがより進んだ形で現れつつあるとみることができる。このような状況を踏まえれば、憲法や専守防衛などの基本方針の下で、日米安全保障体制の信頼性の向上を図りつつ、引き続き大綱の基本的考え方に従って、効率的で節度ある防衛力の整備を行うことが適切と考えたものである。

 また、このような努力が、わが国に対する侵略の未然防止に大きな役割を果たすとともに、わが国周辺地域の平和と安定の維持に貢献することとなるものと考えている。

(4) 抑制的な中期防衛力整備計画

 今回の中期防においては、前中期防により大綱に定める防衛力の水準がおおむね達成される状況を踏まえ、上記のように最近の国際情勢の変化等を勘案しつつ、大綱の基本的考え方の下、これに定める防衛力の水準の維持に配意して、効率的で節度ある防衛力の整備に努めることとしている。このため、中期防は、東西冷戦の終結とそれに伴う国際情勢の変化を相当程度織り込んだ抑制的なものとなっている。

 具体的には、次のような点で抑制に努めているところである。

 この計画の実施に必要な防衛関係費の総額の限度は、計画を策定した平成2年度の価格でおおむね22兆7,500億円程度をめどとしており、その年平均実質伸率3.0%は、前中期防の5.4%に比べ抑制したものとなっている。特に、正面装備の調達に要する契約額は約5兆円であり、昭和60年度価格に基づく前中期防の約5兆5,300億円に比べ約5,300億円減少し、また、その年平均実質伸率は2.3%減であり、前中期防の7.7%増に比べ大幅に低下している。

 主要装備は更新・近代化を基本とする一方、後方分野の一層の充実に努め、防衛力全体として均衡のとれた態勢の維持、整備を図ることとしている。このため、例えば、戦車、P−3C、F−15などの主要装備の調達量は、前中期防に比べ大幅に減少している。また、戦車や護衛艦など一部の装備については、前中期防に比べ保有量が減少する。

 防衛力の整備・運用面で一層の効率化、合理化の徹底を図ることにより、極力期間中の自衛官の定数増を行わない方向で対応する。また、陸上自衛官の充足については、その現状を踏まえ、15万3千人という上限を設定している。

 また、この計画は、3年後には、その時点における国際情勢、技術的水準の動向、経済財政事情など内外の諸情勢を勘案し、所要経費の総額の範囲内において、必要に応じ計画の修正を行う仕組みが組み込まれており、諸情勢の変化にも柔軟に対応できるようになっている。

2 平成4年度の防衛予算について

(1) 基本方針

 平成4年度の防衛関係費は、中期防の下、最近の厳しい財政事情や中期防策定後の国際情勢の変化などを踏まえ、可能な限り抑制を図った結果、総額4兆5,518億円、対前年度伸率3.8%(1,658億円増)となっている。

 対前年度伸率3.8%は、昭和35年度以来32年ぶりの低い伸率であり、増加額でみても、対前年度1,658億円増は、昭和55年度以来12年ぶりの低い額となっている。

 また、平成4年度予算における正面装備については、現有装備の更新・近代化を基本とすることなどにより極力その抑制に努め、その結果、平成4年度の正面契約額は、対前年度比3.7%減の8,650億円、前中期防の最終年度にあたる平成2年度から比べると約20%減と、大幅な減額となっている。(第2−1表 防衛関係費の概要)(第2−4図 一般会計歳出予算中の割合)(第2−5図 一般会計歳出主要経費の推移

(2) 主要な事業内容

 正面装備の更新・近代化

 陸上防衛力については、88式地対艦誘導弾の整備による対海上火力の充実、155mmりゅう弾砲FH70や新多連装ロケットシステムなどの整備による対地火力の充実、90式戦車などの整備による装甲機動打撃力の充実、改良ホークの改善による対空火力の充実、対戦車へリコプター(AH−1S)や対戦車誘導弾発射装置の整備による対戦車火力の充実などを図る。

 海上防衛力については、省人化・居住性などに優れた護衛艦の整備による護衛隊群の近代化、固定翼対潜哨戒機(P−3C)や対潜へリコプター(SH−60J)の整備による対潜能力の充実、掃海艇の整備による高性能機雷の排除能力の向上、練習艦の整備による効率的な遠洋練習航海の実施、試験艦の整備による艦艇の省力化等の技術などにかかる試験評価能力の充実などを図る。

 航空防衛力については、要撃戦闘機(F−15)の整備や地対空誘導弾ペトリオットのミサイル対処能力向上などによる防空能力の充実、輸送機・救難機等基本操縦練習機(T−400)の整備による輸送機などの操縦員の効率的な養成、新型救難捜索機(U−125A)や救難へリコプター(UH−60J)の整備による救難能力の向上などを図る(資料30、資料31参照)。(89式装甲戦闘車)(P−3C対潜哨戒機)(ペトリオット

 情報機能・指揮通信の充実

 情報については、海上自衛隊の作戦情報処理システムの整備など、各種情報機能の充実を図る。

 指揮通信能力の向上に関しては、防衛通信の脆弱性の計画的解消と機能的な欠落分野の早期解消を図ることとしている。このため、航空自衛隊の固定式3次元レーダー装置や移動式警戒監視システムの整備による航空警戒監視能力の向上、防衛統合ディジタル通信網(IDDN)の整備による通信網の抗たん性の向上、陸上自衛隊方面総監部の指揮所の近代化による指揮機能の充実、衛星通信機能の整備による洋上通信の信頼性の向上などを図る。

 教育訓練体制の充実

 陸上自衛隊ではレーザー利用の交戦訓練用装置など、海上自衛隊では深深度掃海術科訓練装置など、航空自衛隊ではペトリオット戦術訓練シミュレータなどの教育訓練用器材の充実を図る。

 また、陸上自衛隊の北方機動特別演習、海上自衛隊演習、航空自衛隊の航空総隊総合演習など各種の訓練・演習を実施する。

 隊員のための施策の推進

 まず、生活関連施設の充実を図ることとしている。隊舎については、個人のプライバシーを重視し、既設隊舎の改修や隊舎の新設を行うとともに、冷房化などを進める。宿舎については、設置戸数を増やすとともに、老朽宿舎の建て替えや既設宿舎の補修などを行う。また、老朽化した食堂・(ちゆう)房、浴場の改修や建て替えを進めるとともに、厚生センター、体育館、プールを逐次整備する。その他、隊員の健康の維持・増進及び文化教養活動を推進する機能を備えたレクリエーションセンターを試行的に整備する。

 このほか、航空機の管制業務に従事する隊員に支給される管制手当を新設するほか、夜間特殊業務手当の支給範囲の拡大や艦船乗組手当の支給率の改善を行う。また、幹部自衛官にも被服の貸与を進める。さらに、停泊中の艦艇の当直員のため、艦艇乗員待機所の整備に着手するほか、船舶用衛星放送テレビ受信装置の整備などを進め、艦艇乗組員の勤務、生活環境の改善を図る。その他食器洗浄作業の部外委託などを進める。なお、隊員が身の危険を顧みず職務を遂行するにあたり、殉職したり障害の状態になった場合の措置として、公務災害補償のほか賞じゅつ金制度が設けられているが、この賞じゅつ金制度の改善及び金額の引き上げを行う。

 要員の確保

 新たに必要となる人員については、厳しい募集環境等にかんがみ、業務の省力化・合理化など人員の削減努力により対応することとし、平成3年度までに予算上認められている自衛官の定数を超える新たな定数増は行わないこととした。また、直接募集に携わる者の処遇を改善するなど募集態勢の強化を図る。

 技術研究開発の充実

 次期支援戦闘機(FS−X)の共同開発など、すでに行われている研究開発を継続する。また、新たに、現有の観測へリコプターの後継機として偵察や指揮などに使用する小型観測へリコプター、将未の護衛艦に装備し潜水艦や魚雷の捜索等を行うための省力化を図った水上艦用ソーナーなどの研究開発に着手する。

 組織の改編

 政府専用機(B−747)の維持・管理や運用試験を行うため、航空自衛隊に臨時特別航空輸送隊を新編する。また、ミサイル艇の就役にともない、海上自衛隊にミサイル艇の部隊を新編する。その他、装備品の取得等にともない所要の部隊の新編・改編を行う。

(3) 防衛関係費の内訳

 防衛関係費は、自衛隊の維持運営に必要な経費のほか、防衛施設周辺の生活環境の整備等の事業のための経費や、安全保障会議の運営等に必要な経費を含んでいる。

 防衛関係費の内訳を、機関別、使途別、経費別に示すと、それぞれ次のようになっている。

 機関別内訳

 防衛関係費は、陸・海・空各自衛隊、防衛施設庁などの機関別に分類することができる。平成4年度の防衛関係費の機関別内訳は、第2−6図のとおりである。

 使途別内訳

 使途別内訳は、防衛関係費を人件・糧食費、装備品等購入費などの使途によって分類したものである。平成4年度の防衛関係費を使途別にみると、第2−7図のとおりである。

 経費別内訳

 防衛関係費は、経費別には、隊員の給与や食事となる「人件・糧食費」と、それ以外の経費である物件費とに分類される。物件費はさらに、前年度までに国会の議決を経ている国庫債務負担行為及び継続費の支払い分にかかる「歳出化経費」と、装備品の修理・整備、油の購入、隊員の教育訓練、新規装備品の調達などのためにその年度に支払われる経費である「一般物件費」とに分類される。平成4年度の防衛関係費を経費別にみると、第2−8図のとおりである。

 艦船、航空機などの主要な正面装備の調達には多年を要するものが多い。また、後方分野についても、隊舎や宿舎などの施設整備、各種器材や修理用部品の調達には単年度の予算では困難なものがあることから、これらの事業を行う場合には、財政法に定められている国庫債務負担行為及び継続費の方式によらざるを得ない。

 このため、最長5年間にわたる製造などの契約をするための予算措置が行われ、当年度予算で支払われる少額の前金以外は、後年度負担となる。これは、将来の一定の時期に支払うことを契約時に予め約束したものであり、歳出化経費は、このような契約に基づく支払時期に応じて予算計上される義務的なものである。

 第2−8図からも分かるように、防衛関係費は、その年度の歳出予算でみると、人件・糧食費及び歳出化経費という義務的な経費が非常に大きな部分を占めている(平成3年度は78.8%、平成4年度は79.4%)。また、一般物件費についても、装備品の修理・整備や隊員の教育訓練に要する経費、在日米軍駐留経費、住宅防音事業などの基地対策経費のような、維持的または義務的な経費がかなりの部分を占めている。

(4) 正面と後方の契約額

 艦艇や航空機などの調達に充てられる正面経費の契約額(一般物件費と本年度の契約に基づく新規の後年度負担とを合計した額)は、中期防がつくられて以来2年連続して削減されており、平成4年度は、前年度に比べて3.7%減、平成2年度と比べると約20%減と、大幅に低下している。

 一方、隊員施策、情報・指揮通信等の支援機能などいわゆる後方分野については、中期防の方針においても一層の充実に努めることとされており、平成4年度の契約額に占める正面と後方の比率をみると、後方の比率がさらに高くなっている(平成2年度の59.5%、平成3年度の65.2%に対し、平成4年度は67.4%)。(第2−9図 正面経費(契約額)の推移

(5) 各国との比較

 各国の防衛費は、その内訳が明らかでない場合が多く、また、その範囲も各国の歴史や制度などの諸事情により異なり、統一された定義はない。さらに、各国の置かれた政治的、経済的諸条件、社会的背景なども異なるので、単に各国が自国の防衛費として公表している計数のみをもって防衛費の国際比較を行うことには、おのずから限度がある。

 これについて、例えば、英国の国際戦略問題研究所の「ミリタリー・バランス」の最新版によれば、1990年度時点のわが国の防衛費は、米国、ソ連、サウジアラビア、英国、フランス、ドイツに次いで世界第7位となっているが、国民一人当たりの防衛費及び防衛費の対GNP比のいずれにおいても、欧米諸国に比べてかなり低いことがわかる。

 なお、各国の防衛費を比較する場合、各国の通貨で表示された防衛費をドル表示に換算することが一般的であるが、単純なドル換算の金額比較は、為替レートの変動の影響を受けるため、必ずしも実態を正確に反映するものではない。したがって、各国の防衛費を比較する場合には、この点にも十分注意する必要がある。

 いずれにしても、各国における諸事情が異なるため、防衛費の規模がそのまま、それにより整備、保有している防衛力の規模の比較に直接的に結びつくものではない。ちなみに、防衛力(兵力)の量的な規模の面からみても、わが国の防衛力は、全体としてみれば、英国、フランス、ドイツといった西欧主要国に匹敵するような水準とはなっていない。(第2−2表 上位20か国・地域の国防費)(第2−10図 主要国の兵力比較

3 中期防衛力整備計画の修正について

 中期防は、これまで説明したように、東西冷戦の終結とそれに伴う国際情勢の変化を相当程度織り込んだ抑制的なものであるが、中期防策定後の国際情勢は、ソ連の解体にみられるように激動しつつある。

 このため政府は、このような国際情勢の大きな変化、厳しさを増す財政事情等を踏まえ、平成3年12月の安全保障会議において、中期防の計画の修正について前広に所要の検討に着手することとした。これを受けて防衛庁において、中期防策定時に設けられた防衛力検討委員会において、中期防の修正に関し、あらゆる観点から検討を進めているところである。

 なお、経費規模については、湾岸削減措置にかかる約1,000億円の削減(湾岸地域の平和回復活動へのわが国の支援に伴う平成3年度政府提出予算案からの防衛費削減)に加え、さらに下方修正の方向で検討を行っている。

4 防衛力の在り方について

 先に説明したように、「大綱」の基本的考え方は、国際関係安定化のための努力が続けられている国際情勢などに着目し、わが国に対する軍事的脅威に直接対抗するよりも、みずからが力の空白となって周辺地域における不安定要因とならないよう、独立国として必要最小限の基盤的な防衛力を整備しようとするものである。中期防の策定に際しては、最近の国際情勢は大綱策定の際に前提とした国際関係安定化の流れがより進んだ形で現れつつあるとみることができ、引き続き大綱の基本的考え方に従っていくことが適切と考えたところである。

 しかし、中期防においては、その修正とは別に、「将来における人的資源の制約の増大等を勘案して、自衛官定数を含む防衛力の在り方について検討を行い、本計画期間中に結論を得る」とされており、現在、防衛庁部内において、防衛力の在り方について検討作業を進めているところである。

 この検討は、将来における人的資源の制約の増大のみならず、技術的水準の動向、ソ連の解体のような大きな変化がみられる国際情勢の動向など多様な要素を考慮し、組織・編成・配置、装備体系など防衛力全般を対象に、中長期的視点から検討するものである。この検討の結果によっては、編成、主要装備等を定めた「大綱」別表等の変更につながり得るものと考えている。

第6節 その他の諸施策

1 有事法制

 一般論として、わが国有事に際して必要な法制としては、自衛隊の行動にかかわる法制、米軍の行動にかかわる法制、自衛隊及び米軍の行動に直接にはかかわらないが国民の生命、財産等の保護などのための法制の三つが考えられるが、昭和52年に開始された有事法制の研究は、自衛隊の行動にかかわる法制の研究である。これまでに、防衛庁所管の法令及び他省庁所管の法令についての問題点の整理は、おおむね終了したと考えている(資料36、資料37、資料38参照)。

 なお、所管省庁が明確でない事項に関する法令については、政府全体として取り組むべき性格のものであり、個々の具体的検討事項の担当省庁をどこにするかなど今後の取り扱いについて、内閣安全保障室が種々の調整を行っている。

2 民間防衛

 わが国に対して万一侵略があった場合、国民の生命、財産を保護し、被害を最小限にとどめるうえで、国民の防災や救護、避難のため、政府、地方公共団体と国民が一体となって民間防衛体制を確立することが必要である。このような民間防衛の努力は、国民の強い防衛意思の表明でもあり、侵略の抑止につながり、国の安全を確保するため重要な意義を有する。わが国においては、民間防衛に関してみるべきものがない。今後、国民のコンセンサスを得つつ、政府全体で広い観点から慎重に検討していくべきである。

3 国民生活を維持するための施策等

 わが国にとって国民生活を維持するためには、資源、エネルギー、食料などの確保が不可欠である。これらの生産地や輸送経路で武力紛争や大規模な天災地変などが発生した場合、あるいはわが国有事の際に海上交通が妨害される場合などに予想されるこれらの供給の停止などに備え、これらを備蓄しておくことが有効である。また、有事におけるわが国の国民生活、経済活動などを維持するために必要な物資の海上輸送の実施体制のあり方についても、政府全体として、総合的な観点から研究する必要がある。

 その他、防衛力を支え、これを有効に発揮させるためには、平時から防衛産業を育成し、建設、運輸、通信、科学技術などの分野で国防上の配慮を加えておく必要がある。