第1章

国際軍事情勢

 わが国の防衛は、わが国が国際社会の中で将来にわたってどのようにして生存を確保していくかという問題である以上、国際軍事情勢の的確な認識のうえに成り立つものでなければならない。

 今日、冷戦と呼ばれた東西両陣営の厳しい軍事的対峙は、ソ連の解体により名実ともに終結した。現在、世界はこれまでとは異なった世界平和の秩序を模索しつつ、新しい時代を迎えようとしている。しかし、今日の世界にはさまざまな不安定要因が存在することも事実である。こうした中で、軍事力の存在は依然として国際社会の平和と安定の重要な要素であり、このことを抜きにしてわが国の防衛を考えることはできない。

 以上から、本章においては、今日の国際軍事情勢を明らかにし、わが国防衛を考えるにあたっての土台を提供することとする。

概 観

 第2次世界大戦以降、40年以上にわたり世界の軍事情勢の基調をなしてきた東西対立は、ソ連の解体により名実ともに終結した。米ソという2つの軍事大国が核戦力を中核とする膨大な軍事力をもって対立してきた構造は崩壊し、米ソの核戦力や、北大西洋条約機構(NATO)とワルシャワ条約機構(WPO)の厳しい対峙を前提に構築された高いレベルの軍事力について、幅広い軍備管理や軍縮の動きが大いに進展している。これにより、世界的規模の戦争の可能性が遠のき、国際社会は、新しい世界平和の秩序を模索している。

 また、冷戦の終結はソ連に支援されていた民族解放闘争勢力などの弱体化をもたらし、中南米やアフリカなどで紛争の解決や和平への動きがみられる。

 一方、これまで東西対立の下で抑え込まれてきた種々の紛争、対立要因が表面化し、顕在化する危険性も現出してきている。新しい安定的な国際平和の秩序は模索されているところであり、イラクのクウェート侵攻やユーゴスラビアの内戦は、地域的に限定された紛争の危険性が生じていることを示すものともみられる。

 さらに、このような紛争や対立を助長させかねない兵器の移転や拡散、特に核などの大量破壊兵器やこれらの運搬手段ともなり得るミサイルなどの拡散の危険性は、地域的な不安定を一層深刻なものとしている。

 新しく発足した独立国家共同体(CIS=Commonwealth of Independent States)においては、経済的困難や民族問題などが深刻化しており、共同体を構成する各国の対立も存在し、加盟国の独自の動きが目立っている。また、CIS加盟国最大のロシアもCIS自体と同様の問題を抱えている。こうした中で、旧ソ連軍の核を含む膨大な軍事力が安定的に管理され得るか否かか、国際的に注目されており、また、核兵器などの大量破壊兵器や核技術が旧ソ連から拡散することをいかに阻止するかが国際的に重要な課題となっている。

 湾岸危機においてもみられたように、現実の国際社会は、軍事力の抑止機能を必要としない理想的な社会とはなっていない。このような状況を踏まえ、多くの諸国は、それぞれの役割に応じて協調しつつ、新しい世界平和の秩序を構築しようとしている。

 米国は、新たな国防戦略において、ソ連の脅威への対処から地域的脅威への対処に、より重点を置くようになっている。米国の新国防戦略は、効果的な戦略抑止力、前方展開戦力、危機対処能力、戦力の再構築能力から成り立っている。また、欧州においても、NATOやヨーロッパ共同体(EC)などでNATO、EC、西欧同盟(WEU)、欧州安全保障・協力会議(CSCE)等の果たすべき役割と新しい欧州の安全保障の枠組みが議論されている。1991年11月のNATO首脳会議では、前方防衛戦略や柔軟反応戦略を修正した新戦略コンセプトが採択されているが、これは、中東欧諸国の深刻な経済、社会及び政治問題や旧ソ連の改革に伴うリスクと不確実性、湾岸危機にみられるNATO域外からのリスク(大量破壊兵器及びその運搬手段の拡散等)を前提としたものである。

 このような新しい世界平和秩序の模索の動きの中で、世界の平和と安全の維持、並びに国際的な危機管理のあり方が国際的関心を集めている。特に、冷戦の終結は、国際連合安全保障理事会常任理事国である米ロ英仏中5か国が互いに協力できる環境をもたらし、湾岸危機や国連カンボジア暫定機構(UNTAC)の活動にみられるように、国連が世界の平和と安全を維持する機能を従来以上に発揮することが期待できる状況になってきている。

 さらに、米国やCIS、欧州における軍備管理や軍縮の動向も注目される。例えば、1991年5月、中距離核戦力についてINF条約に基づく廃棄が完了し、次いで、同年7月、戦略核戦力について米ソ間で戦略核兵器削減条約(START)が署名された。さらに、戦術核を含む核戦力について、1991年9月、10月には米国及びソ連から、1992年1月には米国及びロシアから一方的な大幅削減を含む一連の措置が発表され、NATOも約80%の非戦略核の削減措置を発表した。さらに、1992年6月16日の米口首脳会談において、両国が保有する戦略核弾頭数を、STARTに規定する上限よりも大幅に下回る水準まで削減することが合意された。

 また、通常兵器についても、1990年11月に署名された欧州通常戦力(CFE)条約がソ連解体により一時はその発効が危ぶまれたが、1992年6月の北大西洋協力理事会(NACC)のCFE特別会議において、7月までに発効させることが確認されたことから、同条約は署名から1年半以上を経過し、ようやく発効する運びとなった。

 このような軍備管理や軍縮の進展は、東西間における高いレベルの軍事的対峙から脱却し、より低いレベルでの安定を目指すものとして、評価されるところである。

 アジア・太平洋地域においても、東西冷戦の終結を背景として、韓ソ国交樹立、南北朝鮮の国連加盟、カンボジア包括和平協定の調印など、この地域の緊張緩和に向けた注目すべき動きがみられる。

 この地域の軍事情勢は、大陸、半島、海洋、島(しよ)等さまざまの地形が交錯し、民族、歴史、文化、宗教などの面でも多様性に富み、伝統的に各国の国益や安全保障観がさまざまであって、地域的一体性に乏しいことなどから、複雑で多様なものとなっている。この中にあって、中国、韓国、ASEAN諸国などは、それぞれ国防の充実を図っている。また、この地域には、朝鮮半島、南沙群島やわが国の北方領土などの未解決の問題が残されている。このようなことから、アジア・太平洋地域の安全保障環境については、欧州とは異なり、大きな変化はいまだみられていない。

 極東における膨大な旧ソ連軍の存在については、今後、CIS全般における旧ソ連軍再編の過程において、どのようになっていくのかいまだ明らかではないが、これまでのところ、ウラル以西における旧ソ連軍にみられるようなCFE条約による削減合意や東欧諸国からの撤退の動きは、極東においてはあまりみられず、この地域の安全に対する不安定要因となっている。

 地理的にも歴史的にもわが国と密接な関係にある朝鮮半島においては、最近、南北朝鮮の国連加盟や南北間の対話が進展しているが、軍事的には、今日においても依然として極めて高い緊張状態にあることも事実である。さらに、北朝鮮における核関連施設の建設や地対地ミサイルの長射程化のための研究開発に対する懸念があり、この地域の大きな不安定要因として、国際的に大きな問題となっている。

 一方、米国は、現在、「アジア・太平洋地域の戦略的枠組み」で明らかにした計画に基づき、この地域の戦力の再編と合理化を進めている。また、在比米軍については、1992年12月までに完全撤退する予定である。なお、韓国における1993年以降の削減の実施については、北朝鮮の核開発の危険と不確実性がなくなり、地域の安全保障が完全に確立されるまで延期されたが、1992年末までに計画されている日本や韓国からの削減は予定通り進められている。このような動きについて、この地域における米軍の存在は、この地域の平和と安定のために引き続き不可欠なものであり、米軍戦力の再編と合理化はそのために必要なコミットメントを維持しつつ行われるものであることを米国はたびたび明らかにしている。(横転したレーニン像の周囲に集まる市民)(1991年9月、南北朝鮮、バルト3国など7か国が国連に加盟

第1節 冷戦後の安全保障環境

1 冷戦の終結と国際社会の課題

(1) 冷戦の終結

 1990年8月2日、米国のブッシュ大統領は、コロラド州アスペンで米国の新たな国防戦略について演説を行い、米国がソ連との関係で注目すべき段階に入ったとして、ソ連が前触れなしに西欧に侵攻してくる脅威は戦後最低である旨、また、米国の新たな国防戦略は、ソ連の脅威への対処から地域的脅威への対処により重点を置く旨述べた。

 第2次世界大戦以降、世界の軍事情勢は、政治経済体制及びイデオロギーを異にし、相互不信を抱く東西両陣営が中部欧州を中心に厳しい軍事的対峙を続けながら推移してきた。西側諸国の結束やゴルバチョフ政権のペレストロイカ(建て直し)、新思考外交、グラスノスチ(情報の公開)などにより、このような東西対立は次第に対話と協調へと移りつつあったが、アスペン演説はこのような状況において行われたものである。1991年8月、ソ連の保守派によるクーデターは、わずか3日で失敗に終わった。これはソ連の解体を促進し、1991年12月、CISが創設された。東西冷戦の一方の中心であったソ連の解体により、冷戦は名実ともに終結したといえる。

 冷戦の終結は、米ソや欧州などにおいて、核兵器や高いレベルの軍事力の見直し、再編成への動きをもたらした。ソ連解体後に発表された米国の国防報告では、アスペン演説以来の新国防戦略をより明確化している。また、欧州においても、NATOや各国における戦力の見直しが行われている。

 一方、ソ連からの民族解放闘争勢力に対する支援が停止したことなどにより、たとえば、中南米ではニカラグアやエルサルバドルにおいて、またアフリカではアンゴラなどでみられたように、世界の各地で紛争の解決や和平への動きがみられた。

(2) 国際社会の課題

 他方において、冷戦の終結は、東西の厳しい対立の中で抑え込まれてきた種々の紛争、対立要因が顕在化してくる危険性を現出させた。ブッシュ大統領のアスペン演説と同じ1990年8月2日、イラクがクウェートに侵攻した。湾岸危機は、米国を中心とする国連を通じた国際社会の一致した働きかけ、そしていわゆる多国籍軍の武力行使により1991年2月クウェートの解放が達成され、終結した。しかしながら、この湾岸危機は、国際社会の秩序や平和を軍事力をもって破壊しようとする動きが、現実の国際社会には、依然として存在し、これに対応して、国際社会の秩序と平和を守るためには、経済制裁その他の外交手段を使った国連を中心とする国際社会の一致した協力が重要であることを示すとともに、最終的には武力の行使によらざるを得ない場合があるという事実を示した。

 また、ユーゴスラビアにおいては、連邦から独立しようとする各共和国と、連邦を維持しようとするセルビアなどの間で内戦が発生し、クロアチア、スロベニアなどが独立した。国連は、ユーゴスラビアにおける停戦監視活動のためユーゴスラビア国連保護隊(UNPROFOR)を派遣し、平和ヘ向けて努力しているほか、ECによる和平努力も続けられている。

 中東・アフリカにおいては、中東和平問題が新たな局面を迎えているが、和平の実現には、乗り越えねばならないさまざまな問題が存在している。ペルシャ湾岸地域においては、イラクによる国連決議の履行をめぐり、核兵器、化学兵器などについての国連の調査チームが派遣されている。アフガニスタンでは、1992年4月に反政府ゲリラの攻撃により、13年間続いた親ソ政権が崩壊したが、その後も混乱が続いている。また、北アフリカ等においてイスラム原理主義の活動も継続している。さらに、チャド、ソマリア、エチオピアなどで混乱が続いている。

 中南米においては、ハイチでは1991年2月に発足したばかりの文民政権が9月の軍事クーデターで崩壊した。

 このように、依然として世界各地で地域紛争に発展する可能性のある不安定要因がみられる。

 とりわけ、CISは、各共和国間の対立、民族問題、困難な経済状況などさまざまな問題を抱えており、また、旧ソ連の国際的地位を基本的に継承した、CIS最大の国家であるロシア国内においても同様の問題が存在している。ロシアをはじめとするCISの安定は、国際社会の平和と安定にとって極めて重要であり、国際的にロシアなどへの支援が重要な課題となっている。

 また、今日、兵器の移転、拡散問題は、地域紛争を複雑、高度化する要因として国際社会の抱える大きな課題となっている。CISからの核兵器などの大量破壊兵器や核技術の流出も懸念されており、核関連技術者の流出を防ぐための措置などが具体化しつつある。

 他方、湾岸危機は、米ソ英仏中の国連安保理常任理事国が互いに協調し、国連が冷戦後の世界においては国際社会の平和と秩序を守るために、従来以上の機能を果たし始めていることをも示した。

 上述のような世界各地の不安定要因や兵器拡散の危険に対する国際的な対応として、平和と安全の維持、並びに危機管理及び拡散防止の重要性が増しているところであるが、こうした観点からも、国連平和維持活動を含む国連の役割が期待されている。(炎上するクウェートの油井

2 ソ連の解体と軍の動向

(1) ソ連の解体とCISの創設

 1985年に発足したゴルバチョフ政権は、中央集権的管理システムの下での構造的かつ深刻な経済不振や社会的停滞からの脱却を目指して、ペレストロイカ、グラスノスチといった国内改革を進めた。しかしながら、経済は一段と悪化し、民族問題、連邦と共和国との間の問題も尖鋭化するなど、ソ連は次第に存続の危機に(ひん)していった。

 1991年8月の保守派によるクーデターの失敗は、ソ連の解体を助長する結果となった。自由化、民主化を求める気運は、クーデター失敗後一層勢いを増し、モスクワなどでの大衆行動で示されたような国民の支持を背景として、エリツィン・ロシア大統領をはじめとする急進派の発言力が強まった。

 これに対して、クーデターへの関与の疑念が持たれた共産党や国家保安委員会(KGB)への反発は高まり、これらの権威は失墜し、11月にはロシア内の共産党組織の活動停止、解体を命じるロシア大統領令が布告されるに至り、旧体制は事実上崩壊した。

 クーデター失敗後、連邦と共和国との関係についても、ロシアをはじめとする共和国側がイニシアティブを握る形で連邦再編に向けた動きが加速され、また、連邦中央権力の機能が麻痺する中、各共和国が相次いで独立宣言を行い、バルト3国(リトアニア、ラトビア及びエストニア)も、9月に独立を果たした。

 12月1日のウクライナにおける国民投票においては、圧倒的多数のウクライナ国民が独立支持を表明し、これを機に、ロシア、ウクライナ、ベラルーシの3か国は12月8日、CISを結成するとともに、ソ連の存在の終止を宣言した。12月21日の共和国首脳会議において、グルジアを除く11か国がCISに参加することとなり、こうした状況にかんがみ、12月25日には、ゴルバチョフ大統領が連邦大統領職の活動の終止を宣言するに至った。かくして、ソ連の69年に及ぶ歴史に名実ともに終止符が打たれた。

 新しい国家連合としてスタートしたCISであるが、各国の基本的な立場に相違がみられ、その動向は不透明なものとなっている。CIS最大の国家であるロシアは、国連安保理の常任理事国などの旧ソ連の国際的地位を継続するとともに、CIS内においても強い発言力を有している。旧ソ連時代から連邦への依存度の高いCIS中央アジア諸国などは、ロシアに追随する姿勢をみせている。一方、元来独立志向の強いウクライナなどは、ロシアのCIS内における影響力の増大に対して警戒心を抱いており、独自の立場を強く打ち出している。なお、CIS内のイスラム系民族や国家と中東諸国等との接近の動きもあり、その影響も注目されている。

 ロシアをはじめとするCIS諸国では、旧ソ連時代から引き続く経済問題や民族問題といった深刻な問題を抱えているが、各国の意見の相違もあって、CISとしての有効な対応策を見出だせないままでいる。

 まず、経済問題については、CIS各国は、計画経済から市場経済への移行を目指しているが、新しいシステムの構築にほかなりの期間を要するものとみられており、その移行期にあって、現在、物不足とインフレといった経済の悪化に直面している。これまでに実施された自由価格制度の導入などの改革施策も期待された程の成果をあげていない。経済改革に伴う困難に加えて、軍の兵力削減や在外兵力の撤退などにより、大量の失業者の発生も懸念されている。こうした問題の解決は、ロシアをはじめとするCIS各国にとって最大の課題であり、仮に、今後も経済に改善がみられない場合には、社会的安定を大きく揺るがしかねない状況にある。国際機関や先進諸国などは改革を支援するための資金・技術援助や投資を実施している。

 次に、民族問題についても、従来から潜在的に存在していた各地の紛争要因が顕在化してきている。アゼルバイジャン内のナゴルノ・カラバフ自治州は、アルメニア系住民の比率が高いことから、従来からアルメニアへの編入を要求しており、武装兵力による戦闘も発生していたが、ソ連の解体以降、紛争が尖鋭化しており、アゼルバイジャンとアルメニアの国家間の紛争にも発展している状況にある。さらに、モルドヴァでは、ロシア人の比率の高い沿ドニェストル地区が独立を求める動きを強めている。その他、グルジアにおいては南オセチアの自治権拡大あるいは北オセチアとの統合をめぐる紛争が発生している。

 CIS最大の国家であるロシアも連邦国家としてその国内に旧ソ連と同様の民族問題を抱えている。特に、タタールスタン及びチエチェンのロシアからの独立姿勢は、ロシアにとって大きな懸念となっている。(CIS創設に調印する11共和国首脳)(第1−1図 旧ソ連各共和国

(2) 旧ソ連軍の行方

 上述のようなCISの動向の不透明さを端的に示すのが、CISにおける軍のあり方をめぐる議論である。

 1991年12月のCIS首脳会議では、戦略ロケット軍、海軍、空軍などからなる「戦略軍」及びこれに含まれない部隊からなる「一般目的軍」を創設し、CIS軍として統一的指揮の下に置く一方で、各国が独自軍を創設する権利を認めることなどが合意されていた。これは、独立国家の連合体という性格を有するCISにおいて、国家主権の最も鮮明な現れである軍のみを各国から切り離してCISの下に統合しようとする試みであったが、黒海艦隊の帰属をめぐるロシアとウクライナとの間のあつれきにみられるように、各国の意見の調整は難航した。

 こうした中で、まずウクライナ、アゼルバイジャン及びモルドヴァの3か国は、自国の独自軍を創設し、一般目的軍には参加しないとの立場を鮮明にした。さらには、軍の統一の維持を強く主張していたロシア自身も、独自軍を創設するに至り、カザフスタンなど各国も相次いで独自軍の創設に動いた。その後、1992年5月15日にCIS首脳会議が開催され、ロシアを含む6か国は、共同で侵略に対処することなどを内容とする集団安全保障条約に署名した。また、ロシアはCIS内各国と2国間取極も締結しつつあり、CIS軍や各国独自軍の具体的なあり方については、なお不確定である。とりわけ、旧ソ連軍の大半を引き継ぐことになるロシアは、将来において、兵力150万人までの削減、職業軍への移行、緊急展開軍の創設等新ロシア軍の創設に向けて過渡期にあるといえよう。

 旧ソ連軍は、大陸間弾道ミサイル(ICBM)及び潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)の発射基数において米国を上回る戦略核戦力を保有している。質的な面でも、これまで、路上移動型のSS−25や鉄道移動型のSS−24といった移動式ICBMの増強、より射程が長く命中精度の高いSLBMを搭載した弾道ミサイル搭載原子力潜水艦(SSBN)の配備、戦略爆撃機の能力向上により、残存性が高く、柔軟な運用の可能な戦略核戦力を構築すべく整備が行われてきた。非戦略核戦力については、射程500kmを超える地上発射中距離ミサイルはINF条約に基づき廃棄されたが、短距離地対地ミサイル、中距離爆撃機、空中発射巡航ミサイル(ALCM)、海洋発射巡航ミサイル(SLCM)、核砲弾など多岐にわたる戦力を保有している。こうした核兵器の正確な総数は明らかではないが、約3万発ともいわれる膨大なものである。

 これらのうち、ロシア以外に配備されているものについては、廃棄の方向が示されており、戦術核兵器は、既にロシアに移送され、今後、廃棄されることとなっている。戦略核兵器については、5月23日、これが配備されているロシア、ウクライナ、ベラルーシ、カザフスタンの4か国と米国との間で、STARTに関する新たな議定書の署名などが行われた。これに基づきロシアを除く3か国は、非核兵器国として核兵器の不拡散に関する条約(NPT)を締結するとともに、これら3か国に配備されている戦略核兵器は廃棄されることとなっている。しかし、その廃棄方法、検証方法など核管理のあり方については、今後の4か国による議論の行方をみる必要がある。他方、ロシアは、米国との間で核兵器の大幅な削減に合意している。近代化計画の一部についても中止が表明されており、すでに、近代化のべースは、従来に比べて緩やかなものとなっているとみられる。

 通常戦力については、地上戦力は、約160個師団、約150万人、戦車約5万2千両、海上戦力は、艦艇約2,460隻(うち主要水上艦艇約230隻、潜水艦約270隻)、約687万トン、航空戦力は、作戦機約7,820機を有すると見積もられる。ゴルバチョフ政権が一方的兵力削減を表明して以来、ピーク時の水準(地上戦力は212個師団約200万人、戦車約5万7千両、海上戦力は艦艇約3,080隻、約765万トン、航空戦力は作戦機約9,490機)から、量的には縮小傾向にあるものの、他方、ゴルバチョフ政権時代においても、新型戦車T−80の配備、キーロフ級原子力ミサイル巡洋艦やアクラ級原子力潜水艦などの新型艦艇の増強、第4世代戦闘機の継続配備などによって質的向上が図られてきた。その結果、全体としては、合理化・近代化された膨大な戦力が蓄積されている。

 なお、旧ソ連軍においては、化学・生物戦能力が一貫して重視されてきており、汚染された環境下での作戦遂行能力のみならず、化学・生物兵器を使用する能力にも高いものがある。

 すでにソ連の解体以前に、旧ソ連軍の国外駐留兵力の全面撤退の方針が発表されており、最近では、兵器生産の水準も低下し、近代化計画の一部が中止ないし延期されている模様であり、近代化のべースは緩やかなものとなってきている。また、旧ソ連軍においては、徴兵忌避や軍人の生活保障なども問題とされており、厳しい経済状況ともあいよって、これまでのような軍の活動水準を維持することは困難な状況にあるとみられる。しかしながら、CISの動向が不透明であり、CISにおける旧ソ連軍の取り扱いが不確定であることから、旧ソ連軍が今後どのようになっていくのかを見極めることは困難であり、これまでに近代化されてきた核を含む膨大な戦力の存在は、国際社会の平和と安定にとっての不安定要因となっている。

 また、経済・財政事情の逼迫から、外貨獲得のために、旧ソ連軍の保有する戦闘機や空母及び戦車などの売却がとりざたされているほか、より安定した地位を求めて核兵器等の技術者が国外に流出することが懸念されている。こうした旧ソ連軍の保有する兵器、技術、技術者の拡散をいかに防止するかは、国際的課題となっており、核関連技術者の流出防止について、日本、米国及びECとの協同で「国際科学技術センター」の設置が合意されるなど、国際的な協力が具体化しつつある。

 さらに、旧ソ連軍においては、軍人の社会保障が困難に直面し軍人の地位が不安定となっていることや、特権的地位にあった軍人の威信が著しく低下していることが、軍の将来の不透明さとあいまって、軍人の危機感や不満を高めかねないとの懸念も生じている。ロシアをはじめCIS各国が政治改革を進めていくに際しては、これまで共産党の軍であった旧ソ連軍の体制を改革し、民主的コントロールを確立することが課題であり、これについての国際的な支援の動きもみられる。(SS−N−21搭載型アクラ級原子力潜水艦)(野戦用ロケット BM−22)(1991年11月、テヘランで開催されたソ連製航空機ショー

第2節 新たな安全保障環境への対応

1 米国の国防政策

 米国は、1990年8月に行われたブッシュ大統領のアスペン演説から、世界の安全保障環境の変化に対応するとともに、財政赤字の削減という国内における重要課題に取り組むため、国防費の削減や軍事力の削減・再編を明らかにしていた。米国の認識及び戦略は、この1年間、STARTの署名、核戦力に関するイニシアテイブの発表を経て、一般教書や国防報告により一層明らかになっている。

(1) 戦略環境の認識

 まず、米国としては、ソ連の解体とWPOの解体により国際的な安全保障環境は変貌し、もはや欧州から発生する全世界的規模の戦争に焦点をあてる必要はなくなったとする。しかし、旧ソ連の変化の不確実性、核・生物・化学兵器技術やミサイル技術などの拡散、旧ソ連軍の膨大な核兵器の保有や内部の指揮系統の混乱を懸念材料として挙げている。

 次に、地域紛争が全世界的な戦争に発展する危険性は減少したが、第三世界における大量破壊兵器の存在や高性能な通常戦力の拡散などにより、地域紛争はますます複雑になるとする。同時に、米国は、地域的な脅威が米国及び同盟国の安全保障にとって重要な地域に発生する危険性を指摘している。

 また、米国と同盟国との結束は、冷戦の終結に多大の貢献をしたが、世界的規模の戦争へと発展するような危険性を有する脅威が消滅した今日にあっても、共通の安全保障目的の達成のためには依然重要であるとする。その際、同盟国の力の増大は、同盟国が一層大きな責任を負うことを可能にすることを明らかにしている。

 さらに、軍事的な技術革新は、戦争の本質を変化させる可能性を持ち、米国としては、ソ連との競争の終結にかかわらず、潜在的な敵に対する技術的な先進性を維持しなければならないとしている。(ペルシャ湾からの帰還を祝う米軍のパレード

(2) 新国防戦略

 このような認識の下、米国は、自国及び同盟国の安全保障を確保するため、従来のソ連の脅威にではなく、世界各地における地域的脅威に対処することに重点を置く新国防戦略を明確にしている。この戦略は、以下の4つの柱により支えられる。

 第一に、効果的な戦略抑止力の維持である。米国は、従来から戦略核戦力による抑止力の確保を国防政策の基本としてきた。戦略核戦力については、STARTやブッシュ大統領が表明した一方的削減措置などにより、規模は縮小するが、米国と同盟国との安全を確保するためには、依然として重要な役割を果たすものとする。また戦略防衛についても、戦略抑止力の一環として位置づけている。

 第二に、前方展開戦力の維持である。前方展開戦力は、同盟国に信頼を与え、侵略を抑止し、地域的安定を強化するとともに、必要なときには初動の危機対処を行うものとして、引き続き極めて重要であるとする。米国は、同盟国が必要とする限り、これを維持する方針を明らかにしているが、現在の安全保障環境の下、同盟国の国防努力もあり、削減することが可能としている。

 第三に、危機対処能力の確保であり、これは、地域的かつ不測の危機に対処するものとして、新国防戦略の重要な要素と位置づけられている。地域的な危機については、地理的にも時間的にも予測が難しく、規模も多様であり、湾岸危機にみられたように、非常に大規模な戦力を投入することも必要となる。米国としては、このような事態に対処するために、多様な戦力を迅速に展開する能力の必要性を明確にした。

 第四に、戦力を再構築する能力であり、これは、新たな戦略において初めて導入された概念である。米国は、現在の戦力を削減し、今日の安全保障環境に対応した必要最小限の効果的な戦力(基礎戦力)を維持する。しかし、万が一、安全保障環境が変化した場合には、戦力をタイミングよく再構築することとしている。このため、創設するのに時間を要する強固な同盟関係、技術的な先進性、工業基盤などを保持するとともに、高度に訓練された人材を確保することが必要であることを明らかにした。

(3) 基礎戦力

 米国は、新国防戦略により見直され、今後構築していく戦力を「基礎戦力」とする。これは、国内の厳しい財政的制約を考慮しつつも、現在の安全保障環境において米国や同盟国の安全を確保するために持つべき必要最小限のものであるとしている。

 基礎戦力は、4つの要素の総合戦力である。第1は戦略戦力であり、核の3本柱(ICBM、SLBM及び戦略爆撃機)から構成され、主に核の脅威に対抗する。第2は大西洋戦力であり、地上軍は重兵力から構成され、欧州、中東及び南西アジアにおけるコミットメントを維持するよう形づくられる。第3は太平洋戦力であり、前方に基地を置き、前方展開された空軍、海軍、地上軍などで構成され、東南アジアを含む太平洋地域のコミットメントを維持する。第4は緊急対応戦力であり、緊急展開能力を有する現役の部隊から構成され、予期できぬ危機に対応する。他方、基礎戦力は、宇宙に配備された装備、研究開発能力、戦力の再構築能力、後方支援のネットワークにより支援されるとしている。

 なお、基礎戦力の具体的な規模については、国防報告における計画の一例を挙げれば、総兵力については、1997年度には現在の兵力を25%削減し、約162万6千人とするとともに、1995年度には、陸軍の師団(現役)は12個師団(1990年度は18個師団)に、空母は13隻(同16隻)に、戦闘艦艇は452隻(同547隻)に、戦略爆撃機は181機(同268機)に削減することとしている。また、1992年度から1997年度までの国防費を、前年の計画に比べて、装備調達費を中心に、権限ベースで総額約500億ドル削減することとしている。

(4) 米国の戦力の現状

 戦略戦力等

 戦略核戦力については、START、核戦略のイニシアティブ及び1992年6月に行われた米口首脳会談において、多弾頭ICBMの全廃やその他のICBM及びSLBM等の大幅削減や、例えば小型ICBMの生産や配備の中止、ピースキーパーICBMやSLBM用核弾頭の生産中止などの近代化計画の中止などが明らかにされている。他方、米国は、ICBM、SLBM及び戦略爆撃機のいわゆる3本柱が核抑止力を保証するものであるとして、残りの核戦力の近代化を引き続き図るとしている。

 ICBM戦力については、50基の固定サイロに配備したピースキーパー、880基のミニットマン及びミニットマンにより構成されている。また、STARTにより廃棄されるミニットマンについては既に警戒態勢から外されている。SLBMについては、主にトライデント型、トライデント型から構成されており、新型のトライデント型搭載オハイオ級SSBNの配備が進められている。戦略爆撃機については、B−52、B−1Bが主力であり、現在近代化計画として、ステルス性を有するB−2爆撃機及び新型巡航ミサイル(ACM)の戦力化を進めている。なお、B−2爆撃機については飛行試験に成功した段階にあるが、調達機数は20機に縮減されることとなっている。また、中距離核戦力については、INF条約により既に廃棄された。

 なお、非戦略核戦力については、核戦略に関するブッシュ大統領のイニシアティブにより、水上艦艇、攻撃型潜水艦などに搭載されたもの及び核砲弾や地対地ミサイルなど地上発射のものは既に撤収されたが、航空機に搭載されたものについては引き続き維持することとしている。

 戦略防衛の分野では、弾道ミサイルの拡散による脅威の増大などを考慮してSDI計画が見直され、限定的なミサイル攻撃から米国、在外米軍及び同盟国を守る手段として、「GPALS(限定的攻撃に対するグローバル防衛構想)」に重点を置いて研究計画が推進されることとなっている。このシステムは、あらゆる射程の弾道ミサイルをその発射から着弾まで地球規模で継続的に監視・追跡し得る宇宙・地上配備のセンサーと、防護対象に対して信頼性の高い防護を与え得る宇宙・地上・海上配備の要撃兵器から構成されるとしている。これまでのSDIが各種システムの大規模な配備によって、米国に対するソ連の大規模な弾道ミサイル攻撃を抑止することを目指していたのに対し、GPALSは宇宙及び地上に限定的に配備されたシステムにより、全地球的な規模で限定的な弾道ミサイル攻撃を防御することを目指すものである。

 なお、1992年6月16日の米口首脳会談においては、限定的な弾道ミサイルに対する防衛の役割を検討することが重要であること、及び、弾道ミサイル、大量破壊兵器拡散に対する戦略の一環として、グローバル防衛構想の検討を、両国が同盟諸国等と協力していくことについて合意された。(オハイオ級SSBN)(戦略爆撃機B−1B

 通常戦力

 地上戦力については、陸軍14個師団約69万人、海兵隊3個師団約19万人を有しており、米国本土のほかドイツ(陸軍2個師団)、韓国(陸軍1個師団)、日本(海兵隊1個師団)などに戦力を前方展開している。また、米国は、MlA1エイブラムズ戦車、M−2/M−3ブラッドレー装甲歩兵戦闘車、ブラックホーク多用途ヘリコプターの配備により、対機甲能力や戦場機動能力の向上を図っている。

 海上戦力については、大西洋に第2、地中海に第6、西太平洋及びインド洋に第7、東太平洋に第3の各艦隊を展開させ、艦艇約1,130隻(うち潜水艦約110隻)約591万トンの勢力を擁している。水上艦艇については、優れた防空能力を持つイージスシステムを装備したタイコンデロガ級ミサイル巡洋艦の建造・配備が継続されており、さらにアーレイ・バーク級ミサイル駆逐艦の建造が進められている。

 航空戦力については、作戦機約5,280機を保有し、F−16、F/A−18などの高性能戦闘機の配備を進めている。また、F−22新型戦術戦闘機、新しい多用途機の導入に向けた検討を行うこととしている。

 この他、米国は、地域的な危機に対応するためには機動能力が必要不可欠とし、前方展開戦力と在米兵力が削減されることから、航空輸送、海上輸送及び可能な場所における事前集積への投資の維持と拡大を図るとしている。

2 欧州の新たな安全保障体制の枠組みの構築

 ソ連やWPOの解体により、これまで40年以上にわたって欧州を支配してきた東西両陣営の対立が名実ともに終結したことは、歓迎すべき変化である。しかし、一方で欧州においては、CISの行方が不透明であること、ユーゴスラビア情勢が混迷していることなど新たな不安定要因が生まれている。このような欧州における安全保障環境の新たな展開を受けて、NATOは、従来の戦略を見直し、現在の不安定要因にも対応する「新戦略コンセプト」を発表するとともに、欧州各国もそれぞれ戦力の削減・再編計画を作成するなど、欧州における軍事態勢は大きな変化をみせ始めようとしている。他方、欧州においては、従来のNATO対WPOという図式に代わる新たな安全保障体制の枠組みづくりが進められている。しかし、CSCE、NATO、EC、WEUなどがそれぞれどのように補完されるのか、また、米国主導型の安全保障体制にあって、現在志向されている欧州の安全保障の独自性を基盤とした体制づくりがどのように具体化されていくのかなど、複雑かつ難しい問題に直面しており、安定した安全保障体制の確立に向けた模索が続けられている。

(1) 安全保障体制の構築努力

 CSCEについては、1990年11月、欧州における対立と分断の時代の終了を宣言した「パリ憲章」の採択以降、2回の外相理事会を経て、1992年3月から7月までの間、再検討会議が行われた。この間、アルバニア、バルト3国、CISの10共和国及びグルジアなどを新たに加盟国として承認するとともに、7月10日の首脳会議において、CSCEの制度化・機能強化及び日本との関係強化などをうたった「ヘルシンキ文書1992」が採択された。また、軍備管理・軍縮面においては、先の再検討会議において「CSBM(信頼・安全醸成措置)ウィーン文書1992」の採択、「オープン・スカイズ条約」の署名及び「CFE兵員交渉の最終文書」の署名が行われ、信頼醸成の強化と安全保障の強化が図られた。CSCEは、安全保障、経済、人権など幅広い課題に対応する組織であり、52か国という多数の加盟国を擁しながらも原則として全会一致方式であること、さらに、みずから軍事機構を持たないことなどを考慮すれば、欧州における安定した安全保障体制の確立をみずから率先して先導していくことは容易ではないが、欧州の安定と民主化を推進していくうえで、今後重要な役割を果たしていくことが期待されている。

 NATOは、1991年11月の首脳会議において「新戦略コンセプト」、「平和と協力に関するローマ宣言」などを発表した。「ローマ宣言」においては、CSCE、NATO、EC、WEUなどがそれぞれに補完し合うような新欧州安全保障機構を目指すことを明らかにするとともに、WEUを「欧州連合の将来の防衛を担い、同連合発展の構成要素」と「NATOの欧州における柱」の2つの意味でその役割を強化するとの方針を打ち出している。WEUについては、1991年10月の英伊宣言、独仏共同提案においても、その強化がうたわれているが、NATO加盟国の間ではWEUの強化の方向、特に独仏間で合意が成立した欧州軍団の創設をめぐってさまざまな意見が出ている。また、欧州の安全保障における欧州諸国と米国との関係のあり方についても注目されている。

 また、1991年11月の首脳会議では、NATO加盟国、旧WPO加盟国及びバルト3国の閣僚レベルの定期協議(北大西洋協力理事会:NACC)の開催が提案された。これを受けて、1991年12月に第1回のNACC外相会議が開催され、その声明において、NACCの創設がNATO加盟国と旧ソ連、中・東欧諸国との関係の歴史的な一歩であることをうたうとともに、NACCはCSCEの役割を強化し、欧州の安全保障に貢献するものであるとしている。また、1992年3月に開催された第2回NACC外相会議では、今後の協議、協力分野を示した作業計画が発表されており、今後、NACCは、NATO加盟国と旧WPO諸国との間で対話・協調・協力を行う場として活動していくものと思われる。

 ECについては、1991年12月のマーストリヒト欧州理事会(首脳会議)における基本的な合意に基づき、1992年2月、欧州連合条約(マーストリヒト条約)が署名されたが、そこにおいて、共通の外交・安全保障政策を持つことを目的の一つとして掲げるとともに、防衛分野については、NATOの政策と両立させつつ、WEUを活用していくことを明らかにしている。

 以上みてきたように、欧州においては、CSCE、NATO、NACC、EC、WEUなどが欧州の安全保障体制の構築に向けた活動を行いながら、安定した枠組みを模索しているが、これが確立されるには、なおかなりの期間を要するものとみられる。(第1−2図 欧州の安全保障関係図)(NATO首脳会議

(2) NATOの新戦略コンセプト

 昨年11月、NATOは、従来の基本的な戦略を見直した「新戦略コンセプト」を発表した。これは、1989年以降の中・東欧における政治的な変化などの欧州の安全保障環境をめぐる歴史的な変化に対応したものである。

 「コンセプト」は、まず欧州の安全保障に対する「リスク」として、欧州で最大の通常戦力と核戦力を持つソ連の改革に伴うリスクと不確実性、中・東欧諸国の民族問題などを含む深刻な経済、社会及び政治問題などを挙げるとともに、安全保障政策の基礎として、「対話」、「協力」、「集団防衛能力の維持」という安全保障に対する幅広いアプローチを採用していくことを明らかにしている。一方、戦力については、総兵力を削減し、即応度を軽減するほか、中部欧州に切れ目のない防衛戦力を維持する必要はなくなったとして、既存の戦力の縮小・再編成を行うとしている。この結果、NATO軍は、非常に高い即応性を有する即時対応部隊、高い即応性を有し、即時対応部隊より大きな戦闘力を持つ緊急対応部隊、従来の駐独部隊に相当する主力防衛部隊、有事に欧州大陸外から増援される増援部隊に再編される。なお、現在、NATOにおいては、この「コンセプト」の具体化に向けた調整が行われている。

(3) 欧州における通常戦力の管理

 欧州における軍備管理・軍縮の動きとしては、CFE条約の早期発効の合意、「欧州通常戦力(CFE)の兵員に関する交渉の最終文書」の署名、「CSBM(信頼・安全醸成措置)ウィーン文書1992」の採択及び「オープン・スカイズ条約」の署名が挙げられる。

 欧州の通常戦力をより低いレベルで均衡させることを目的とするCFE条約は、1990年11月に署名され、1991年中にも発効するとみられていだが、ソ連の解体により、条約の発効自体が危ぶまれる事態となった。このような中、1991年12月のNACCにおいてCFE条約の早期批准と発効を目指した作業部会が設立され、1992年6月のオスロCFE特別会議において、1992年7月のCSCE首脳会議までに発効させることが確認された。これにより、CFE条約は署名から1年半以上をかけ、ようやく発効する運びとなった。また、1992年7月のCSCE首脳会議において、各国の兵員の上限等を規定した「CFE兵員交渉の最終文書」が署名された。これにより、1989年3月から開始されたCFE交渉は完了した。

 CSBM交渉は、1989年3月からCFE交渉と並行して継続されていたが、1992年3月の全体会議において「ウィーン文書1992」が採択され、1992年5月1日に発効した。これは、特定規模以上の軍事活動について、その回数を制限するとともに、事前通告あるいは視察の義務を課すものである。

 「オープン・スカイズ条約」については、1955年に当時のアイゼンハワー大統領が「米ソの領空開放」という形で提案したのが始まりで、当時は具体的な交渉に至らなかったが、1989年9月にNATOとWPOとの間で具体的な交渉を開始することで合意され、その後、3回にわたる交渉を経て、1992年3月末から開催されていたCSCE再検討会議の場を借りて25か国で署名された。本条約は、署名国の領空を開放し、条約で規定された航空機及びセンサー(査察装置)による査察の受け入れを義務づけるものである。

 なお、1992年7月に開催されたCSCE首脳会議で採択された[ベルシンキ文害1992」に基づき、全加盟国を対象とした「新たな軍備管理・車縮交渉(安全保障協力フォーラム)」が1992年9月よりウィーンで開始される予定である。

3 軍備管理・軍縮の努力

(1) 米国と旧ソ連との軍備管理・軍縮

 この1年は、米国と旧ソ連との軍備管理・軍縮の面においても、STARTの署名やブッシュ大統領、ゴルバチョフ大統領、ェリツィン大統領の一方的な核兵器の削減を含む措置の相次ぐ発表、さらには、米口首脳会談における戦略核弾頭数の大幅な削減合意などが行われた。これは、冷戦の終結などの国際軍事情勢の変化とともに、両国が国防費の削減という重要な課題に直面していることによるものともいえるが、このように両国が保有する膨大な核戦力の規模を縮小させていくことは、高く評価されるべきことである。しかしながら、両国の保有する核戦力はいまだ高いレベルにあり、今後とも一層の軍備管理・軍縮努力が行われることが期待される。

 START

 1991年7月31日、モスクワにおいて、ブッシュ大統領とソ連のゴルバチョフ大統領は、1982年以来両国間の数次にわたる交渉努力の結果として、戦略兵器削減条約と付属文書(START)に署名した。STARTは、従来のSALT及びSALTとは異なり、米ソの核弾頭の保有上限を規定するのみならず、史上初めて戦略核兵器の削減を行うという意味で画期的な条約である。また米ソが保有する核弾頭を削減するという点ではINF条約に次ぐものであり、このための広範な査察と検証手段を設定している。具体的には、条約発効後7年間で、戦略運搬手段1,600基、弾頭数6,000発を上限とするほか、ICBM及びSLBMの投射重量の総合計を3,600トンとするなど、米ソ両国の戦略核戦力を同等水準にすることを規定している。これにより、戦略運搬手段については、米国29%、ソ連36%の削減、核弾頭については、米国43%、ソ連41%の削減になるとしている。なお、その後、ソ連が解体し、戦略核兵器が配備されている国がロシア、ウクライナ、ベラルーシ、カザフスタンの4か国に分かれたことから、主に条約の締約国をめぐり米国との間で調整が行われ、5月23日、米国及びロシアを含む4か国がSTARTを履行する旨の新たな議定書の署名が行われた。今後、各国において同条約の批准が行われ、正式に発効する予定である。

 ブッシュ大統領の核戦略に関するイニシアティブ

 START署名の2か月後の1991年9月27日、ブッシュ大統領は核戦略に関するイニシアティブを発表し、これに基づく措置として、戦略核戦力の分野では戦略爆撃機及びSTARTにより廃棄予定のICBMの警戒態勢の解除、鉄道移動式ピースキーパーの開発及び小型ICBMの移動化等の戦略核関連の開発計画の中止、戦略核戦力に係る指揮系統の一元化などを、非戦略核戦力の分野ではランス等の地上発射短距離核兵器の除去、トマホーク巡航ミサイル等の海上配備戦術核兵器の撤去などを、それぞれ行うことを明らかにした。なお、SLBMの削減等は示されていない。ブッシュ大統領が発表したイニシアティブは、既存の軍備管理・軍縮条約という形態をとらずに一方的に核戦力の削減などを行うものであり、さらに米ソ間の軍備管理・軍縮を進めていこうとする米国の意図がうかがえるものである。(一般教書演説を行うブッシュ大統領

 ゴルバチョフ大統領の核軍縮提案

 ブッシュ大統領の「イニシアティブ」の1週間後の1991年10月5日、ゴルバチョフ大統領は、これに対応して、戦略核戦力及び非戦略核戦力に関する一方的削減措置を含む核軍縮提案を行った。これは、ソ連としても基本的に「イニシアティブ」とほぼ同様の措置を講じようとするものである。具体的には、戦略核戦力の分野では戦略爆撃機及び一部のICBMの警戒態勢の解除、鉄道移動型ミサイルの発射基数の凍結、START履行期間終了時にさらに1,000発を削減すること、移動式小型ICBMの開発の中止、全戦略核戦力の指揮系統の一元化などを、非戦略核戦力の分野では海上配備の核兵器の一部の撤去及び完全廃棄の提案、地上発射短距離核兵器の除去、核地雷の廃棄などを行うものである。

 ブッシュ大統領の一般教書演説

 ソ連の解体後の1992年1月28日、ブッシュ大統領は一般教書演説を行い、その中で、戦略核戦力の近代化計画の中止及び戦略核戦力の削減に関して旧ソ連に対する提案を行った。具体的には、B−2戦略爆撃機は20機で取得を中止する、小型ICBMの生産・配備を中止する、ピースキーパーの追加生産を中止する、潜水艦発射ミサイル用核弾頭(W−88)の生産を中止することなどのほか、仮に陸上配備の多弾頭ICBMの全廃について合意されるならば、ピースキーパーの全廃、ミニットマンmの単弾頭化、潜水艦発射ミサイルの弾頭数の3分の1削減などを行うとしている。

 エリツィン大統領の戦力削減に関する演説

 ブッシュ大統領の一般教書演説の翌日の1992年1月29日、エリツィン大統領は、この演説に対応して、戦力削減に関する演説を行った。これは、ゴルバチョフ大統領の核戦力の削減提案を基礎としつつ、これをより具体化し、新たな提案を加えるとともに、非戦略核戦力の分野にも言及するなど、幅広い戦力を対象としたものとなっている。具体的には、戦略核戦力の分野では弾頭数を2,000発ないし2,500発とする提案に加え、STARTの履行期限は批准後7年であるところを3年で履行すること、TU−160ブラックジャック及びTU−95ベア重爆撃機の生産の中止、現有の長距離ALCMの生産中止及びSLCMの生産・開発の中止などを、非戦略核戦力の分野では海上配備の核兵器の3分の1廃棄、航空機発射核兵器の半減、地上発射短距離核兵器の弾頭廃棄などを行うとしている。

 米ロ首脳会談における戦略核戦力の削減合意

 1992年6月16日、ワシントンにおいて、ブッシュ大統領とエリツィン大統領との会談が行われ、2段階にわたり、戦略核弾頭総数を大幅に削減することで合意された。具体的には、まずSTART発効後7年以内に米口両国の戦略核弾頭総数を3,800発ないし4,250発とした後、2003年までに、米国の支援が得られれば2000年にも、この水準を3,000発ないし3,500発とする。また、ロシアが保有するICBMの中でも戦略的に不安定な重ICBM(SS−18)を含む多弾頭ICBMが全廃されることとなり、他方SLBMについては両国の保有上限数を1,750発とすることとなった。なお、合意の形式については、両国で条約を締結の後、批准が行われる予定である。

 今回の合意は、STARTの合意が約10年もの月日を費やしたのに比して極めて短期間のうちに行われ、かつその内容も削減後の弾頭数はSTARTの上限を大幅に下回り、かつ米口の保有する弾頭数が均等でないというもので、高く評価されるものである。

(2) 大量破壊兵器等の拡散防止

 今日、兵器の移転・拡散問題は、国際社会の抱える緊急の課題となっている。特に、最近、一部の第三世界諸国は、地域的な影響力の拡大を目指しているとみられるような軍事力の強化を行っており、弾道ミサイルをはじめとする高性能な兵器や化学兵器など、大量破壊に結びつく兵器の取得や開発を進めている。このようなことから、高性能兵器、大量破壊兵器を含む兵器全般の第三世界地域への移転・拡散問題について国際的対応を強化することが喫緊の課題となっている。

 現在、核不拡散については、NPTと国際原子力機関(IAEA)保障措置の体制が存在する他、原子力供給国27か国により原子力専用品目について原子力関連品目輸出規制の体制により、輸出規制が図られている。また、その運搬手段として使用可能なミサイルの不拡散については、わが国を含む西側主要国によってミサイル関連技術の輸出規制を行う体制(MTCR)がとられている。さらに、化学・生物兵器についても、ジュネーブ軍縮会議において化学兵器包括禁止条約作成交渉が進められているほか、オーストラリアグループと呼ばれるわが国を含む西側22か国による化学・生物兵器の原材料・製造設備の輸出規制などのための会合が開かれている。

(3) 通常兵器の国際移転問題

 通常兵器の国際移転問題については、従来からその規制のあり方をめぐり議論が行われているが、通常兵器は個々の国の安全保障と直接関わっており、国外から輸入することも容認されているので、どのような装備について規制を行うかについては各国の利害が必ずしも一致しない現状にある。このようなことから、通常兵器移転の透明性と公開性を高めることが有効と考えられ、1991年、わが国が中心となって通常兵器の移転状況報告制度を国際連合に提案し、同年12月の総会において決議された。この決議に従い、1992年1月には、国連軍備登録制度が発足し、1993年4月には国連加盟各国より第1回登録が行われることになっている。

4 国際連合の役割

 今日の国際社会においては、例えば、CSCEでは1991年7月に「緊急事態における協議・協力メカニズム」等により紛争防止センターの機能強化が行われ、CIS内部においても平和維持軍創設に向けての合意を得るなど、地域的不安定及び危機管理に対する関心が高まっている。このような中、東西の冷戦が終結したこともあり、安保理を中心とする国際連合が、国際の平和及び安全を維持する機能を従来以上に果たし始めており、その役割はますます大きくなっている。

 最近では、湾岸危機の際の活動として、1990年8月安保理がイラクのクウェート侵攻を非難し、イラク軍の即時無条件撤退を求める決議をはじめとして、経済制裁措置、同措置の実効性を確保するための必要な措置などに関する一連の決議を採択し、その後、同年11月には、イラクが一連の安保理決議を1991年1月15日までに履行しない場合には、クウェートに協力している加盟国に対し、武力行使を含むあらゆる必要な手段をとる権限を与える決議を採択した。このような決議が、加盟国の一致団結した行動を促し、クウェートの解放が達成されたことは記憶に新しい。

 また、国連は平和維持活動(PKO)を行っている。現在も活動中の平和維持隊の例としては、国連サイプラス平和維持隊、国連兵力引き離し監視隊(ゴラン高原)、国連レバノン暫定隊、UNTACの軍事部門及びUNPROFORが挙げられる。また、停戦監視団の例としては国連イラク・クウェート監視団、国連エルサルバドル監視団、第二次国連アンゴラ監視団など、選挙監視団の例としては国連ニカラグア選挙監視団が挙げられる。

 今日、また国連平和維持活動への参加のあり方をめぐって、ドイツ、スイスなどの国内において議論が行われている。わが国では、第123回国会で「国際連合平和維持活動等に対する協力に関する法律」が成立した。(第1−3図 国連平和維持活動が行われている地域)(国連イラク・クェート監視団の病院

第3節 わが国周辺の軍事事情

1 軍事情勢の基本構造

 第2次世界大戦後、ソ連は、欧州において、軍事力を背景として東欧諸国などに勢力圏を築く一方、わが国周辺地域においても、北朝鮮や中国などに対してその影響力の拡大を図ってきた。その結果、欧州においては、政治、経済体制及びイデオロギーを異にするソ連と米国とをそれぞれ中心とする東西両陣営が、WPO及びNATOという集団安全保障体制を構築し、いわゆる「鉄のカーテン」を挟んで対峙するという構図が継続していた。

 一方、わが国周辺地域においても、1950年に勃発した朝鮮戦争を経て、ソ連、中国、北朝鮮などの社会主義国と、米国をはじめとする自由主義国が厳しく対立することとなった。しかしながら、わが国周辺地域においては、NATOとWPOのような多国間の集団安全保障体制は構築されなかった。これは、この地域においては、大陸、半島、海洋、島(しよ)などのさまざまな地形が交錯し、民族、歴史、文化、宗教などの面でも多様性に富み、伝統的に各国の国益や安全保障観が多様であって、地域的一体性に乏しいということが主な要因とみられる。このため、この地域の軍事構造は、欧州のような二大軍事ブロックの対峙してきた二極構造とは異なり、米国またはソ連との2国間の同盟関係または友好関係を中心として展開される複雑なものとなっていた。

 その後、1960年代に入り、社会主義国である中国とソ連との間で対立が激化し、両国は、中ソ国境地域に地上軍を中心とする膨大な軍事力をもって対峙することになった。広大な領土と膨大な人口を持つ中国は、1960年代半ばには、原爆実験、核ミサイル発射実験に相次いで成功し、核能力をも保有するに至った。このように、中国は、米国及び旧ソ連から独立してこの地域の安全保障に重要な影響を及ぼし得る存在となっている。

 米国・ロシア・中国のこの地域における軍事力の内容や配備及び展開の特性についても、欧州においてみられたNATOとWPOとの間のいわば対称的な対峙とは異なり、総じて非対称なものとなっている。具体的にいえば、旧ソ連は、大陸国家として膨大な陸上戦力を保有するにとどまらず、強力な航空戦力とともに、旧ソ連最大の艦隊である太平洋艦隊を擁している。これに対して、米国は、その海洋国家としての特性や日本、韓国などの米国の同盟国が太平洋によって隔てられているという事情に対応して、この地域に海上及び航空戦力を中心とする戦力を前方展開させている。他方、中国は、陸続きに旧ソ連、ベトナムなど多数の周辺国を有しているという特性に加えて、広大な領土を利用した縦深防御を伝統としていることなどから、その軍事力は陸上戦力を中心としたものとなっている。

 以上のような安全保障上の特性を反映して、この地域における対立の図式も、複雑で多様なものとなっており、欧州でみられるCSCEのような地域の安全保障の枠組みはつくられていない状況にある。さらに、カンボジア問題や南沙群島の領有問題のようなこれまでの東西対立の構図ではとらえきれない政治問題が存在している。なお、朝鮮半島においては、依然として韓国と北朝鮮の合わせて140万人を超える陸上戦力が非武装地帯(DMZ)を挟んで対峙している。これは、イデオロギー的対立を基礎とし、陸上戦力を中心として対峙しているという意味で、この地域で唯一、欧州においてみられたのに近い形での構図である。(江沢民総書記を迎える宮沢総理

2 最近の軍事情勢の動向

 本章第1節で述べたように、今日、欧州においては、東欧諸国が民主化し、ついにはソ連が解体するなど、劇的な変化が生じている。このような東西対立の終結などに伴い、わが国周辺地域においても、その安全保障環境に影響が生じている面もあり、この地域の緊張緩和に向けた注目すべき動きがみられ始めている。

 1991年から1992年にかけて、朝鮮半島においては、韓国と北朝鮮の国連同時加盟、南北高位級会談の進展、韓国による核不在宣言、両国による「朝鮮半島の非核化に関する共同宣言」、北朝鮮によるIAEAとの間の包括的保障措置協定の批准などの動きがみられた。また、中国も、改革開放政策をより一層推進しようとしており、ベトナムとの関係正常化や対口外交の推進にみられるように、周辺諸国との関係改善と経済面での交流拡大に努めている。さらに、カンボジアについても、1991年10月に包括和平協定が調印され、UNTACが活動を開始している。

 しかしながら、前述のように、この地域の安全保障環境は、欧州とは異なり複雑であり、信頼関係の強化のための一層の努力が必要となっている。この地域においては、朝鮮半島あるいはわが国の北方領土などの重要な政治問題についても、ようやく本格的な対話が行われ始めたところであり、現在のところ、未解決のままである。したがって、このような重要な政治問題の解決を図り、政治、経済、文化などのあらゆる分野における地域的な信頼関係を強化していくことによって、この地域の一層の緊張緩和が図られる必要がある。

 さらに、中国については、経済面では、経済の停滞が東欧、ソ連の変化の主な要因であるとして、改革を推進しようとしているが、政治面では、東欧諸国の民主化の動きやソ連の解体を目の当たりにし、自国への波及を警戒して、共産党指導を堅持しつつ国内の政治的安定を重視するとの姿勢を強めている。北朝鮮、ベトナムについても、党による指導を維持しつつ、経済的には限定的な開放策をとりつつある。しかし、これらの国々は、欧州諸国とは歴史的状況が異なり、社会主義が自国のナショナリズムと結びついている面もあるので、当面、東欧諸国のような変化は考えにくい状況にある。

 以上に加えて、後述するように合理化、近代化された膨大な戦力が蓄積された状態にある極東旧ソ連軍の動向は、わが国周辺地域の軍事情勢を不安定なものとしている。また、最近に至り、国際的孤立感を深める北朝鮮が、独自に核兵器の開発を目指しているのではないかとの疑念が生じており、これが事実とすれば、このような動きを思いとどまらせることが、国際社会全体の課題となっている。

 以上みてきたように、わが国周辺地域の情勢は複雑であり、欧州において生起したような大きな変化はいまだみられていない。このような状況で、中国、韓国、ASEAN諸国など域内の各国は、それぞれ国防力の充実に努めてきている。今後、前述のようなこの地域の緊張緩和に向けた動きなどを通じて、政治的信頼関係の醸成が図られ、ひいては、この地域の軍事情勢にも好ましい影響が及ぶことが期待される。(第1−4図 わが国周辺の集団安全保障条約等)(第1−5図 わが国周辺における兵力配備状況

3 極東地域における旧ソ連軍の軍事態勢

(1) 全般的な軍事態勢

 旧ソ連は、1960年代中期以降、極東地域において、一貫して質量両面にわたり軍事力を増強してきた。その後、1989年5月にゴルバチョフ書記長が極東方面におけるソ連軍の一方的削減を発表して以来、量的には縮小傾向を示しているものの、他方で、T−80戦車、オスカー級ミサイル搭載原子力潜水艦、第4世代戦闘機などの新型装備の配備が続いている。

 すでにみたように、旧ソ連軍は、全体としては、量的に削減されるとともに、近代化のべースも緩やかなものとなっているが、極東地域においては、軍備管理・軍縮交渉が進展している欧州方面に比べて、様相の異なる面がある。例えば、CFE条約に基づき、ウラル以西における戦車、装甲戦闘車両、火砲、作戦用航空機及び攻撃ヘリコプターの保有数量が制限されることとなるが、旧ソ連軍は、同条約署名前に、かなりの量の装備をウラル以東に移転した。これらの装備には、近代的なものも多く、その一部が極東地域にも移転され、極東地域の旧ソ連軍の質的向上につながっているものとみられる。

 極東地域には、戦略ミサイルについては旧ソ連軍全体の1/4〜1/3が、地上軍については全体の約160個師団のうち36個師団が、海上戦力については全主要水上艦艇約230隻と全潜水艦約270隻のうち主要水上艦艇約70隻と潜水艦約90隻が、航空戦力については全作戦機約7,820機のうち約1,860機が配備されている。このように、ロシア極東部における軍事力は、人口が稀薄で、産業が限られているにしては膨大なものがあり、規模及び戦力構成等からみて、みずからの防衛に必要な範囲を超える戦力が維持されている。

 このように、極東地域の旧ソ連軍については、再編・合理化及び近代化された膨大な戦力が蓄積された状態にあり、CISにおける旧ソ連軍の先行きの不透明さもあって、この地域の安全に対する不安定要因となっている。

 極東地域の旧ソ連軍の配備・展開状況をみると、沿海地域、樺太、オホーツク海、カムチャッカ半島などのわが国に近接した地域に重点的に配備・展開されている。現在、これらの地域には、極東地域の旧ソ連軍の地上・航空戦力全体のうち、師団の約6割、戦闘機の約7割(第4世代戦闘機は約8割)、爆撃機の約8割が配備されている。

 こうしたことから、隣国であるわが国としては、極東地域における旧ソ連軍について、今後、CISにおける旧ソ連軍再編の過程において、どのようになっていくのか、引き続き注目する必要がある。(ウラジオストクの現況

 核戦力

 極東地域における戦略核戦力については、ICBMや戦略爆撃機がシベリア鉄道沿線を中心に、また、SLBMを搭載したデルタ級SSBNなどがオホーツク海を中心とした海域に配備されている。これらのICBMやSLBMは、SS−18、SS−25、SS−N−18などに近代化され、さらに、核弾頭装備の空中発射巡航ミサイルAS−15を搭載できる新型のTU−95ベアH爆撃機も配備されている。

 極東地域における非戦略核戦力についてはTU−22Mバックファイアなどの中距離爆撃機、海洋・空中発射巡航ミサイル、戦術核など多様なものがある。バックファイアは、バイカル湖西方、樺太対岸地域及び沿海地域に約130機配備されており、行動半径が約4,000kmに及び、射程300km以上のAS−4空対地(艦)ミサイルも搭載可能であり、極東地域の地上目標やわが国周辺海域のシーレーンなどに対する優れた攻撃能力を有している。地上軍部隊には、核装備可能なフロッグ、SS−1スカッドといった短距離弾道ミサイルが配備されており、フロッグに代わる新型のSS−21の配備が行われている。海上戦力では、新型装備としては、SS−N−21海洋発射巡航ミサイルを搭載したアクラ級攻撃型原子力潜水艦が配備されている。

 地上戦力

 1965年以来一貫して増強されてきた極東地域の地上兵力は、1990年に初めて規模の縮小がみられ、その後も引き続き縮小されており、 現在、36個師団約32万人となっている。なお、削減された師団は動員基地に転換されており、兵員は5%以下の充足であるが、装備はほぼ100%充足されている。

 質的な面では、1990年に初めて極東地域に配備された最新型の戦車T−80の配備が続いている。また、わが国に近接した地域を中心に、装甲歩兵戦闘車、多連装ロケット、大口径火砲、武装ヘリコプターなどの新型装備の配備が継続的に行われており、近代化が進展している。(第1−6図 わが国に近接した地域における旧ソ連軍の配置)(第1−7図 極東旧ソ連地上兵力の推移 師団数・兵員数)(第1−8図 極東旧ソ連地上兵力の推移 戦車近代化

 海上戦力

 海上戦力としては、4個の旧ソ連艦隊の中で最大の太平洋艦隊がウラジオストクを主要拠点として配備・展開されている。太平洋艦隊は、約780隻、約207万トンであり、主要水上艦艇約70隻及び潜水艦約90隻(うち原子力潜水艦約60隻)のあわせて約80万トンを擁ししている。1991年と比べて、約75隻が廃棄され、約15隻の新型艦が配備された。

 近年、太平洋艦隊は、量的には減少傾向にあるものの、他方で、オスカー級ミサイル搭載原子力潜水艦、アクラ級攻撃型原子力潜水艦、スラバ級ミサイル巡洋艦、ソブレメンヌイ級及びウダロイ級ミサイル駆逐艦といった新型艦の配備によって、むしろ合理化、近代化され、その対艦、対空、対潜能力は向上してきた。この1年間でも、配備数については以前に比べて減少しているものの、1990年に初めて太平洋地域に配備されたオスカー級ミサイル搭載原子力潜水艦(SSGN)の増強が行われているほか、へリコプターの搭載可能なソブレメンヌイ級ミサイル駆逐艦の配備が続いている。

 なお、太平洋艦隊は、イワン・ロゴフ級などの揚陸艦艇や約1万トンの積載能力を有するローフロー型大型輸送艦「アナディール」のほか、海軍歩兵師団を擁しており、水陸両用作戦能力にも高いものがある。さらに、軍用に転用可能なラッシュ船やローロー船などの商船も保有している。(第1−9図 極東旧ソ連海上兵力の推移)(第1−10図 極東旧ソ連の艦艇近代化の推移 ヘリコプター装備化)(ソブレメンヌイ級ミサイル駆逐艦

 航空戦力

 航空戦力については、約1,860機の作戦機が配備されている。

 作戦機数は、1991年から約200機減少したが、これは、旧式戦闘機など約240機が減少した一方で、バックファイアや第4世代戦闘機など約40機が増加したためである。

 この結果、MIG−31フォックスハウンド、SU−25フロッグフット、SU−27フランカー及びM1G−29フルクラムといった第4世代の戦闘機が極東地域の旧ソ連軍の戦闘機のうちに占める比率は、約3割に達している。また、ほぼ全ての戦闘機が第3世代及び第4世代の戦闘機となるに至り、航空戦力の近代化が継続している。

 また、IL−76メインステイ空中警戒管制機の配備によって極東旧ソ連軍の作戦能力が向上している。

 なお、航空機の減少分には、MIG−23、SU−17などの第3世代の戦闘機も含まれているが、その大半は、廃棄されず保管状態に置かれているとみられる。(第1−11図 旧ソ連戦闘機の行動半径)(第1−12図 極東旧ソ連航空兵力の推移 戦闘機)(第1−13図 極東旧ソ連航空兵力の推移 爆撃機

(2) 北方領土における旧ソ連軍

 旧ソ連は、同国が不法に占拠するわが国固有の領土である北方領土のうち、国後島、択捉島及び色丹島に、1978年以来地上軍部隊を再配備してきており、現在、その規模は師団規模と推定される。これらの地域には、戦車、装甲車、各種火砲や対空ミサイル、対地攻撃用武装へリコプターMI−24ハインドなどが配備されており、また、択捉島天寧飛行場には、MIG−23フロッガー戦闘機が約40機配備されているとみられる。

 この北方領土における配備に関して、1992年3月に来日したコズイレフ・ロシア外相は、すでに30%が削減され旅団規模の7,000人となったと発表し、さらに、5月にエリツィン・ロシア大統領は、国境警備隊を除き、近く撤退することを表明した。いずれにせよ、わが国固有の領土である北方領土から、旧ソ連軍が早期に完全撤退することが望まれる。

 なお、旧ソ連軍は、SLBMを搭載した原子力潜水艦をオホーツク海などに展開し、これにより、海上・航空戦力の支援を得やすい自国本土の近海から、直接米国本土を攻撃できる能力を有している。北方領土は、こうした戦略的に重要な海域であるオホーツク海へのアクセスを扼する位置にあることから、同海域に展開しているデルタ級などのSSBNの残存性の確保などを図るための重要な前進拠点となってきたものとみられる。(MI−24ハインド

(3) わが国周辺における活動

 わが国周辺における旧ソ連軍の活動については、艦艇、軍用機の行動に減少傾向がみられるとともに、わが国に近接した地域における演習・訓練の状況も低調になりつつあるとみられる。ただし、ソ連の解体以降も、旧ソ連軍の情報収集や戦術技量向上のための活動などについては継続して行われている。

 地上軍については、わが国周辺に近接した地域における大規模な演習は、ここ数年減少傾向にあるものの、引き続き行われている。

 艦艇については、近年外洋における活動が減少し、演習・訓練は自国近海で実施される傾向にある。しかしながら、魚雷発射、対潜水艦作戦及び防空等のための訓練並びにわが国周辺における情報収集活動については引き続き行われている。

 軍用機については、情報収集が目的とみられる飛行を含むわが国への近接飛行については減少傾向にあるものの、演習・訓練は引き続き行われている。また、戦闘機による空対空ミサイル発射訓練と推定される飛行が昨年に引き続き増加しているほか、長距離の飛行を伴う要撃訓練とみられる飛行も行われている。(第1−14図 わが国周辺における旧ソ連艦艇・軍用機の行動概要

(4) 中国との国境における配備状況

 中国との国境における、ロシア、カザフスタンなどに所在する旧ソ連軍の兵力は、50個師団約43万人となっている。

 このうち、モンゴル駐留軍については、すでに、1989年から1990年にかけて3個師団が撤退し、残りの1個師団も一部を残し主力はすでに撤退を完了したものとみられる。

 また、中国と旧ソ連との間では、1990年4月に、「中ソ国境地帯の兵力削減と信頼醸成措置の指導原則に関する協定」が調印されるなど、軍事的緊張は従来に比べ低下の方向にある。

(5) カムラン湾における配備状況

 旧ソ連は、ベトナム、ラオス及びカンボジアの「ヘン・サムリン政権」に対し、軍事援助や軍事顧問の派遣を行い、このような援助を背景として、1979年以来ベトナムのカムラン湾の海・空軍施設を使用してきた。

 1989年、旧ソ連は、ベトナムに対する軍事援助削減の方針を固めるとともに、カムラン湾駐留航空部隊のうち、MIG−23フロッガーなどの撤退を行った模様である。その後、1991年末から1992年にかけて、カムラン湾に展開されていたウダロイ級ミサイル駆逐艦などの戦闘艦艇やTU−95などの航空機の撤退が行われた。

 すでに、旧ソ連時代に、在外兵力の全面撤退の方針が表明されていることから、カムラン湾に残存する兵力も、近く撤退することもあり得る。

4 太平洋地域の米軍の軍事態勢

(1) 全般的な軍事態勢

 太平洋国家の側面を有する米国は、従来からわが国をはじめとするアジア・太平洋地域の平和と安定の維持のために大きな努力を続けている。東アジア及び太平洋地域は、近年では、米国にとって最大の貿易相手地域となるなど、この地域の平和と安定は、米国の政治、軍事及び経済的利益にとって不可欠なものとなっている。

 米国は、これまで、アジア・太平洋地域に陸海空軍及び海兵隊の統合軍である太平洋軍を配備するとともに、わが国をはじめいくつかの地域諸国と安全保障取極を締結することによって、この地域の紛争を抑止し、米国と同盟国の利益を守る政策をとってきていた。

 チェイニー米国防長官は、訪日中の1991年11月、米軍の東アジア戦略を発表し、アジア太平洋地域における米国の関与の保証、二国間取極からなる強力な枠組み、大規模ではないが能力の高い米軍の前方展開維持、前方展開戦力を支援するのに十分な海外基地の確保、アジア同盟諸国の自国防衛に対する責任の増大、相互補完的な防衛協力という諸原則に立ち、東西冷戦の終結後も、この地域において同盟諸国との協力を継続していくことを明らかにした。

 米太平洋軍は、ハワイに司令部を置き、不測事態に迅速かつ柔軟に対応するとともに、地域の安定を確保するため、隷下の海・空軍部隊を主体とする戦力を太平洋及びインド洋に前方展開している。

 陸軍部隊は、3個師団約6万人から構成され、韓国に1個師団、ハワイに司令部を置く太平洋陸軍の下に、ハワイ、アラスカに各1個師団が配置されている。

 海軍部隊は、ハワイに司令部を置く太平洋艦隊の下、西太平洋とインド洋を担当する第7艦隊、東太平洋やべーリング海などを担当する第3艦隊などから構成されている。両艦隊は、主要艦艇約140隻、約141万トンをもって、米本土西海岸、ハワイ、日本、ディエゴガルシア、グアムなどの基地を主要拠点として展開している。

 海兵隊部隊は、太平洋艦隊の下、2個海兵機動展開部隊約8万3千人、作戦機約290機から構成され、米本土西海岸と日本にそれぞれ1個海兵機動展開部隊が配置されている。

 空軍部隊は、ハワイに司令部を置く太平洋空軍の下、日本に第5空軍、韓国に第7空軍、アラスカに第11空軍が配備され、作戦機約320機を保有している。(イージス艦バンカーヒル

(2) わが国周辺における軍事態勢

 陸軍は、韓国に第2歩兵師団、第19支援コマンドなど約3万人、日本に第9軍団司令部要員約2千人など、合計約3万2千人をこの地域に配置している。近年では、第2歩兵師団のMLRS(多連装ロケットシステム)、M−2/M−3ブラッドレー装甲歩兵戦闘車の増強など、火力、機動力の強化などが行われている。

 海軍は、日本、グアムを主要拠点として、空母2隻を含む艦艇約60隻、作戦機約180機、兵員約3万2千人を展開している。作戦部隊である第7艦隊は、西太平洋やインド洋に展開する海軍と海兵隊の大部分を隷下に置き、平時のプレゼンスの維持、有事における海上交通の安全確保、沿岸地域に対する航空攻撃、強襲上陸などを任務とし、ニミッツ級原子力空母、タイコンデロガ級イージス艦などが配備されている。1991年には空母ミッドウェーに替わり、フォレスタル級空母インディペンデンスが配備された。

 海兵隊は、日本に第3海兵師団とF/A−18、AV−8Bなどを装備する第1海兵航空団を配備し、洋上兵力を含め約2万4千人、作戦機約70機を展開している。このほか、重装備などを積載した事前集積船が西太平洋にも配備されている。

 空軍については、第5空軍の3個航空団(F−15、F−16等装備)を日本に、第7空軍の2個航空団(F−16装備)を韓国にそれぞれ配備している。これらの空軍勢力は、作戦機約220機、兵員約2万8千人である。(E−3早期警戒管制機

(3) 前方展開戦力の再編・合理化

 米国は、1990年4月に公表した「アジア・太平洋地域の戦略的枠組み:21世紀に向けて」と題する対議会報告書で、段階的な戦力再編・合理化計画を打ち出した。再編・合理化は3段階に分けて行われ、1991年2月に公表された報告書によれば、第1段階(1991年〜1992年)終了時点までに、戦闘部隊の12%の調整と約15,300名の削減を行うとしていた。

 さらに、第2段階(1993年〜1995年)及び第3段階(1996年〜2000年)の削減を予定している。ただし、在韓米軍の第2段階の削減については、北朝鮮の核開発の危険と不確実性がなくなり、地域の安全保障が確立されるまで延期される旨明らかにされている。

 この他に、米軍はフィリピンから完全撤退することを明らかにしている。これは、ピナツボ火山の噴火とフィリピン上院の基地存続を認める新条約の批准否決によるものである。クラーク空軍基地は、既に1991年11月返還されており、またスービック海軍基地も1992年12月末までに返還される子定である。米国は、基地の代替を求める意図は有しておらず、今後はハワイ、グアム、アラスカ、日本などを拠点として活動するとともに、シンガポ−ルやマレーシア等へのアクセスを確保することで対応しようとしている。

5 中国の軍事態勢

(1) 全般

 現在、中国は、内政面では経済建設に力を入れており、また、ソ連が解体に至ったのは経済的困難が主要な原因であるとの認識から、中国の社会主義体制を存続させるためには経済発展が不可欠であるとして、改革開放政策をより一層推進しようとしている。

 一方、外交面では、1989年6月の「天安門事件」を契機として冷却化した米国をはじめとする西側先進国との関係改善に引き続き努力するとともに、経済建設を推進するためには安定した国際環境が不可欠であるとの観点から、ソ連解体後もロシア及び近隣アジア諸国との関係の改善を図っている。アジア及び第三世界諸国との間では、ベトナムとの関係正常化、インドとの関係改善、イスラエルとの国交樹立のほか、楊尚昆国家主席がモンゴル、インドネシア、タイ、パキスタン、イランを訪問するなど活発な外交を展開した。中台関係も、経済協力、人事交流が拡大する傾向にある。また、1991年8月の海部首相の訪中をはじめとして、相次いで西側諸国の首脳や外相が訪中し、1992年4月には江沢民総書記が来日するなど、西側諸国との関係が改善されつつある。また、米中関係は、「天安門事件」以後冷却した状態が完全には修復されておらず、議会を中心に米国の中国に対する姿勢には厳しいものがある。

 中ロ関係については、ソ連の解体は中国の指導部に少なからざる衝撃を与えたものとみられるが、1991年5月にソ連との間で署名した「中ソ東部国境協定」についても、その批准書をロシアと交換するなどにみられるように、中国は、国内の近代化の推進や国益追求の観点から、現実的な対ロ外交を推進しているものとみられる。また、CISを構成するその他の共和国とも、相次いで国交を樹立するなど、積極的な外交を推進しようとしている。

 軍事面では、旧ソ連軍との間の兵力削減交渉を含む軍事交流はソ連解体後も継続しているものの、現時点では、CISとの長い国境線を挟んで多数の兵力が配置されている状況に大きな変化はみられない。しかし、旧ソ連との国境自体がロシアのほか、カザフスタン、キルギスタン及びタジキスタンの各共和国との国境に変わったこともあり、今後、兵力の対峙状況に変化が生じる可能性がある。

 他力、近年中国は、南沙群島や西沙群島における活動拠点の強化を図りつつ、これらの海域でのプレゼンスを強化するなど、海洋における活動範囲を拡大する動きがみられる。また、現在、ロシアからSU−27戦闘機などの購入の動きがあり、海軍の活動範囲拡大の動きとの関連で注目される。

 なお、中国は、1992年2月、領海法を公布・発効させた。同法は、わが国固有の領土である尖閣諸島や、諸外国と領有権について争いがある南沙群島、西沙群島などを中国領であると明記していることに注目する必要がある。

(2) 軍事態勢

 このような状況の下で、中国は、強力な火力、機動力を有する旧ソ連軍への対抗及びその他の不測事態に対応すべく、従来の広大な国土と膨大な人口を利用したゲリラ戦主体の「人民戦争」の態勢から各軍・兵種の協同運用による統合作戦能力と即応能力を重視する正規戦主体の態勢への移行を引き続き図っている。その一環として、中国は、装備の近代化を図っており、みずからの研究開発や生産を基本としつつ、諸外国からの技術導入を図っている。特に、湾岸危機における米国などの高性能兵器の有効性を目の当たりにして、最近では、国防科学技術や装備の近代化などの重要性を特に強調しており、「量から質」への転換を図ろうとしている。

 中国は、1992年の国防費を過去3年に引き続いて大幅に増額(対前年度13.8%増)することを決定し、財政支出に占める割合は前年とほぼ同水準(約9%)とした。当面は経済建設が最重要課題とされていることなどから、財政支出に占める国防支出の割合が今後急激に増加する公算は少なく、また、現在、インフレ基調と財政赤字という困難に直面していることもあって、現有兵力を維持したままで全般的な国防の近代化を早急に行うことは困難な状況にあるとみられる。他方、今回国防費が農業、教育、科学事業などとともに「国家の財政が困難な状況下においても重点投入を可能なかぎり配慮できる」という、特別な項目に分類されたことからも、中国としては、今後も国防費を着実に増額していく決意を示したものとみられる。なお、中国は、第三世界諸国への武器の輸出を行っているが、これにより得られた外貨は軍事産業の再投資等に充てられ、間接的に軍の近代化の経費となっているとの見方も存在する。

(3) 軍事力

 中国の軍事力は、核戦力のほか、陸・海・空軍からなる人民解放軍、人民武装警察部隊及び民兵から構成されている。

 核戦力については、抑止力を確保すると同時に、国際社会における発言権を高める観点から、1950年代半ばごろから独自の開発努力を続けている。現在では、CIS欧州部や米国本土を射程に収めるICBMを保有するほか、CIS極東地域やアジア地域を射程に収める中距離弾道ミサイル(IRBM)と準中距離弾道ミサイル(MRBM)を合計100基以上、中距離爆撃機(TU−16)を約120機保有している。また、SLBMの開発も進められており、SSBNからの水中発射試験にも成功している。さらに、戦術核も保有しているとみられ、核戦力の充実と多様化に努めている。なお、中国は、1991年3月にNPTを締結した。

 陸軍は、総兵力約230万人と規模的には世界最大であるものの、総じて火力、機動力が不足している。これまでに、軍近代化の観点から、人員の削減や組織・機構の簡素化により100万人以上の兵員を削減するとともに、従来の11個軍区を7個軍区に再編している。さらに、作戦能力の向上などのため、歩兵師団を中心に編成された軍(軍団に相当)を歩兵、砲兵、装甲兵などの各兵種を統合化した「集団軍」へと改編している。

 海軍は、北海、東海、南海の3個の艦隊からなり、艦艇約1,910隻(うち潜水艦約100隻)約98万トン、作戦機約880機を保有している。艦艇の多くは、旧式かつ小型であるが、へリコプター搭載可能とみられる護衛艦の建造や新型ミサイルの搭載などの近代化が進められている。

 空軍は、作戦機を約5,260機保有しているが、旧ソ連の第1、第2世代の戦闘機をモデルにした旧世代に属するものがその主力となっている。最近では、F−8などの新型戦闘機の開発・改良のほか、搭載電子機器の更新などによる性能の向上に努めるなど、航空機の近代化を図っている。(陸軍の学生による訓練展示

(4) 台湾の軍事態勢

 台湾は、1992年2月に初めて「国防報告」を発表し、その中で中国を台湾の安全に対する最大の脅威であると規定した上で防衛努力の必要性を明らかにしている。

 台湾は、現在、陸上戦力が15個師団約31万人、海上兵力が陸戦隊約3万人を含む約660隻約23万トン、航空戦力が作戦機約430機を有している。また、台湾は、近年軍事力の近代化に力をいれており、地対空ミサイル「天弓」の量産化や現有F−104、F−5に代わる自主開発戦闘機「経国」号の開発、駆逐艦、フリゲート24隻を整備する建艦計画などを進めている。

6 朝鮮半島の軍事情勢

(1) 全般

 朝鮮半島は、地理的、歴史的にわが国とは密接不離の関係にある。また、朝鮮半島の平和と安定の維持は、わが国を含む東アジア全域の平和と安定にとって重要である。

 韓国は、近年、地方議会選挙や総選挙の実施、政党政治の進展など民主主義を着実に定着させ、また、めざましい経済発展を背景に、ソ連、東欧諸国や中国などの社会主義諸国との関係改善に大きな成果を収めた後、積極的に国連加盟活動を図り、1991年9月には、それまで南北単一議席による国連加盟を主張してきた北朝鮮とともに国連同時加盟を果たしている。

 他方、北朝鮮は、ソ連の解体後、対中関係の維持に努めている。ソ連解体後の対ロ関係については、全般的な疎遠化の中で軍事的関係も修正されていくものとみられる。特に、両者ともに深刻な経済不振に直面していることから、北朝鮮とロシアとの武器貿易は、特に代価支払い方法をめぐり、困難になっていくものと思われる。

 北朝鮮は、最近では、わが国や米国など自由主義諸国との関係改善にも前向きな姿勢を示し始めており、わが国とは1991年l月に国交正常化交渉が開始された。国内的には、ソ連解体等の影響を懸念し、政治的、思想的な引き締めが行われている模様であり、また、金正日書記の軍最高司令官就任や元帥称号授与など後継体制強化のための布石を打ちつつある。

 韓国と北朝鮮との対話は、1988年に再開されて以来、断続的に行われてきたが、中でも南北高位級会談においては、まず南北間で交流・協力関係を推進し、そのうえで政治的軍事的信頼醸成を図ることを主張する韓国と、不可侵宣言の採択など軍事問題の優先解決を主張する北朝鮮との主張が隔たりをみせていた。しかし、1991年末以降、1992年末に大統領選挙を控えた韓国と、国際的孤立から脱却し経済不振を乗り切るために西側諸国との関係改善を図る必要のある北朝鮮との間で歩み寄りがみられ、政治、軍事、交流協力及び核問題に関する話し合いが一定の進展をみせている。

 こうした動きはあるものの、朝鮮半島においては、韓国と北朝鮮の合わせて140万人を超える地上軍が非武装地帯(DMZ)を挟んで対峙し、1992年5月には銃撃戦が発生するなど、軍事的緊張が続いている。こうした南北の軍事的対時の構造は、朝鮮戦争以降基本的に変化しておらず、朝鮮半島は、わが国を含む東アジア全域の安全保障にとって依然不安定要因であるとともに、今日もなお、最も軍事的緊張の高い地域の一つとなっている。

(2) 軍事態勢

 北朝鮮

 北朝鮮は、1962年以来、「全人民の武装化」、「全国土の要塞化」、「全軍の幹部化」、「全軍の近代化」という4大軍事路線に基づいて軍事力を増強してきた。現在、北朝鮮は、引き続きGDPの20〜25%を国防に投入しているとみられる。特に、1970年代以降における軍事力の増強・近代化には著しいものがあり、航空機やミサイルの国産能力も保有しつつあるとみられている。

 北朝鮮軍の勢力は、陸上戦力が戦車約3,500両を含む25個師団約93万人、海上戦力が潜水艦24隻とミサイル高速艇39隻を主体とする水上艦艇約620隻約8万1千トン、航空戦力が作戦機約800機である。最近では、化学兵器も保有しているとみられる。

 北朝鮮は、1985年にNPTを締結しながら、この条約上の義務であるIAEAとの保障措置協定の締結を長年怠り、最近では、独自に核兵器の開発を目指しているのではないかとの疑念が生じている。これが事実であるとすれば、このような動きを思いとどまらせることが、東アジア地域の安定や大量破壊兵器などの拡散阻止にとって重要である。このため、在韓米軍の削減延期や、ブッシュ米大統領の核軍縮措置を受けた虜泰愚韓国大統領の核不在宣言、米韓合同演習「チームスピリット92」の中止などの米韓両国の措置に加え、わが国も日朝国交正常化交渉で、IAEAとの保障措置協定の締結・完全履行と南北非核化共同宣言の着実な実施を主張している。このような国際的努力の中で、韓国と北朝鮮は「朝鮮半島の非核化に関する共同宣言」に合意し、また、北朝鮮が保障措置協定を批准し、特定査察を受け入れるなどの前進がみられた。核兵器開発に対する国際的懸念の早期解消のためには、今後、北朝鮮によって、IAEAの保障措置協定が完全に履行され、また、南北相互査察など韓国人との共同宣言の内容が誠実に実施されることが重要である。

 北朝鮮は、1980年代半ば以降、スカッドBやその射程を延伸したスカッドCを生産・配備するとともに、これらのミサイルを中東諸国へ輸出してきたとみられている。現在、さらに射程を延伸したミサイルを開発中であるとみられ、射程約1,000kmともいわれるこの新型ミサイルの開発に成功した場合には、西日本などわが国の一部がその射程内に入る可能性がある。こうした動きは、わが国周辺情勢のみならず国際社会全体に不安定をもたらす要因となっており、わが国としてもその開発動向を懸念している。

 韓国

 韓国は、全人口の約4分の1が集中する首都ソウルがDMZから至近距離にあり、また、三面が海で囲まれ、長い海岸線と多くの島(しよ)群を有しているという防衛上の弱点を抱えている。従来、韓国は、膨大な陸上戦力を有する北朝鮮の軍事力増強を深刻な脅威と受け止め、毎年GNPの約4〜6%を国防費に投入し、初の国産戦車である88式戦車の実戦配備などを行ってきたが、南北対話進展を含む最近の情勢進展の中で、潜水艦、へリコプター搭載駆逐艦、対潜哨戒機P−3CやF−16戦闘機の新規装備取得計画など、特に海空軍戦力向上の面でめざましい努力を行いつつある。また、国防部改編や合同参謀本部再改編などの組織改編による近代戦における即応性向上の努力も行われている。

 韓国軍の勢力は、陸上戦力が21個師団約55万人、海上戦力が海兵隊2個師団を含む約180隻約11万トン、航空戦力がF−4、F−5を主体にF−16を含む作戦機約400機を有している。(韓国海兵隊の上陸演習

 在韓米軍

 在韓米軍は、韓国の国防努力とあいまって、朝鮮半島の軍事バランスを維持し、朝鮮半島における大規模な武力紛争の発生を抑止するうえで大きな役割を果たすとともに、北東アジアの平和と安定にも寄与している。

 米国は、米韓相互防衛条約に基づき、第2歩兵師団、第7空軍などを中心とする約4万人の部隊を韓国に配置し、韓国軍とともに「米韓連合軍司令部」を設置している。米韓両国は、朝鮮半島における不測事態に対処する共同防衛能力を高めるために1976年から毎年米韓合同演習「チームスピリット」を実施してきたが、1992年は南北非核化共同宣言の発効、北朝鮮のlAEA保障措置協定締結を含む核兵器開発疑惑に対するさらなる措置を促すために実施が見送られた。

 米国は、グローバルな戦力再編の一環として、韓国防衛における役割を主導的なものから支援的なものへと縮小することを計画している。既に、韓国軍人の国連軍司令部軍事休戦委員会(UNCMAC)首席代表就任や板門店米軍警備地域の韓国軍への引き継ぎが始められており、米韓連合野戦軍司令部は廃止された。今後、韓国軍人の地上構成軍司令官就任も予定されている。現在計画中の在韓米軍の第2段階(1993〜95年)の削減は、北朝鮮の核開発の脅威と不確実性がなくなり、地域の安全保障が完全に確立されるまで延期される旨明らかにされているが、米国は、第2段階の削減完了後も、引き続き朝鮮半島における米軍のプレゼンスを維持するとしている。韓国も、在韓米軍駐留経費増額などの責任分担拡大の努力を行うとともに、米韓戦時受入れ国支援協定の調印など戦時における米軍来援態勢の強化を図っている。

7 東南アジア地域の軍事情勢

(1) 全般

 東南アジアは、マラッカ海峡、南シナ海やインドネシア、フィリピンの近海を含み、太平洋とインド洋を結ぶ交通上の要衝を占めている。着実な経済発展を遂げ、域外国との相互依存関係も進展させているASEAN諸国はわが国の重要な近隣諸国であり、この地域諸国の平和と安定はわが国にとっても重要である。

 東南アジアにおいては、東西冷戦終結に伴う旧ソ連軍のプレゼンス低下や米軍前方展開戦力の再編・合理化がみられ、また、カンボジア和平の前進や、中越関係正常化、ASEANとインドシナ諸国との関係改善などにより、ASEANを中心とする地域的協力の機運が高まっている。

 安全保障の分野においては、在比米軍が1992年末までに撤退することになったものの、ASEANでは、全般的に、米軍のアクセス受け入れについて前向きの対応がみられる。ASEANは、ASEAN拡大外相会議の場を活用し、地域の安全保障に関する域外国との政治対話を強化することとしている。

 この地域には、南沙群島などの領土対立や国内政情不安などの不安定要因が依然として存在している。地域各国は、国内的な強靱性の強化に努めるとともに、それぞれ国防努力を継続しており、ASEAN諸国においては、総じて、陸上機動力の向上、艦艇の大型化、新型戦闘機の導入や対空防衛能力の向上などの近代化が進められている。

(2) 南沙群島問題

 南シナ海に位置し、約100の小島及びさんご礁からなる南沙群島は、海上交通の要衝に位置するとともに、有望な海底油田や豊富な漁業資源に恵まれている。同群島に対しては、現在、中国、台湾、ベトナム、フィリピン、マレーシア及びブルネイが領有権を主張しており、1988年3月には中越海軍艦艇による小規模な武力衝突も生起している。1991年には、領有権の棚上げによる関係国の相互協力を模索するインドネシアのよびかけによる非公式会合(ワ−クショップ)も行われているが、その後中国の領海法制定に他国が反発するなど、各国の利害は基本的に対立したままである。(第1−15図 南沙群島の位置

(3) カンボジア問題

 カシボジアでは、ベトナムにより擁立されたヘン・サムリン政権とカンボジア国民政府(ポル・ポト派、ソン・サン派及びラナリット派(旧シアヌーク派))が軍事衝突を繰り返してきた。このような中で、カンボジア問題の包括的解決の必要性についての認識が高まり、1989年のパリ国際会議や1990年1月以降の数次にわたる国連安保理常任理事国による非公式協議など各種の国際的努力が精力的に統けられた結果、1991年10月23日にいわゆるカンボジア包括和平協定が調印され、13年間にわたる内戦状態に終止符が打たれた。

 包括和平協定の調印後、国連は、UNTACの活動の基礎となる軍事・非軍事部門の各種調査団の派遣に引き続き、協定に定められた第1段階の停戦を確保する措置として、国連カンボジア先遣隊(UNAMIC、26か国)を派遣、UNAMICは、1991年11月以降展開を開始、1992年3月15日のUNTAC発足まで各地で活動を継続し、同日UNTACに吸収された。

 UNTACは、包括和平協定の実施を確保するための権限を有し、カンボジア国民自身による国家運営への円滑な移行に資するため、総選挙によるカンボジア新政府樹立までの移行期間中、各派の軍隊の武装・動員解除等の軍事面の措置とともに、主要行政分野の直接管理、難民帰還及び総選挙の管理・運営等を行う。UNTACは、軍事、警察、難民帰還、選挙、人権、復興及び行政の7部門からなり、軍事要員約1万6千人、文民要員約5千人を擁する。

 UNTACの組織中最大規模である軍事部門は、外国軍隊の撤退の検証、外部からの軍事援助停止の監視、武器、軍事補給品の探索、没収、地雷除去の援助、各派の軍隊の武装解除、動員解除などにあたるものである。

 UNTACは、正式発足後、停戦監視活動、地雷除去に関する訓練、建設作業等を本格化する一方、6月13日からは、第2段階の停戦に入り、各派の収容及び武装解除に着手した。

 また、7月1日には、UNTACがカンボジアの国防、治安、財政、外務、情報など主要行政分野を直接管理・監督する作業を開始した。

 UNTACは、停戦監視や紛争当事者間の兵力引き離し等の軍事的活動のほか対象国の行政にも国連が積極的に関与を行うという点で、国連史上画期的な国連平和維持活動であり、国内の不安定を背景に生起する地域紛争の再発防止につき国連が果たし得る安全保障機能の各分野を網らしたものといえる。

 冷戦の終結は地域に内在する各種の紛争要因をかえって表面化させやすい状況を生起しているが、関係諸国の和平努力を踏まえて国連がより積極的な役割を果たすというカンボジア和平のプロセスは、今後の国際社会における平和の維持・回復のあり方に関しテストケースを提示しているといえよう。