第3章

国民の自衛隊

 自衛隊創設後、すでに40年近い年月が経過した。この間自衛隊は、わが国の平和と安全を確保するという任務達成のため、日夜精励してきた。また、国の防衛以外の分野でも、幅広く社会に貢献してきた。

 それにもかかわらず、自衛隊やこれを構成する自衛隊員は、未だ必ずしも完全に国民に理解された存在とはなっていない。それにはいろいろな理由があろうが、その最大のものは、何といっても自衛隊は、その生活の場や日ごろの訓練の場が一般国民の目に触れることが少なく、現実の姿が知られていないことであろう。

 そこで本章は、できるだけ自衛隊を身近な存在としてとらえてもらうとともに、さらに幅広く社会に役立ち得る組織であることを理解してもらえるよう、自衛隊の素顔といったものを記述する(巻末「自衛隊・防衛問題に関する世論調査」参照)。

第1節 自衛隊の実像

1 組織および配置

(1) 防衛庁と自衛隊は、共に同一の防衛行政組織であるが、防衛庁は行政組織の面を静的にとらえているのに対し、自衛隊は部隊行動を行う実力組織の面を動的にとらえているものである。

 自衛隊は、全体では定員で約30万名、実員でも約26万名に及ぶわが国有数の大組織である。この数は、全国で約26万名を数える警察職員の人数とほぼ同じであり、また、単一の組織としては、約31万名から成る郵政省、約26万名を擁するNTTと同程度の規模である。

 一口に自衛隊と呼ばれているものも、組織的にはいろいろなものから成り立っている。まず実力組織である陸・海・空各自衛隊がある。自衛官の定員は約27万4千名で、実員では約23万4千名である。主として陸で行動することを任務とするのが陸上自衛隊で、自衛官定員は18万名である。主として海で行動することを任務とするのが海上自衛隊で、自衛官定員は約4万6千名である。主として空で行動することを任務とするのが航空自衛隊で、自衛官定員は約4万8千名である(資料36参照)。

 これら陸・海・空三自衛隊を中心とする自衛隊の隊務を防衛庁長官が統括するための補佐機関として、内部部局、陸・海・空各幕僚監部、統合幕僚会議が置かれている。内部部局は、自衛隊の業務の基本的事項を担当する。陸・海・空各幕僚監部は、陸・海・空各自衛隊の隊務に関するスタッフ機関であり、陸・海・空各幕僚長は、各自衛隊の隊務に関する最高の専門的助言者として長官を補佐する。統合幕僚会議は、統合防衛計画の作成等統合的事項について長官を補佐する。

 その他、将来幹部自衛官となる学生の教育に当たる防衛大学校、医師である幹部自衛官を養成する防衛医科大学校、上級隊員の教育や研究を所掌する防衛研究所、新しい装備品などの研究開発に当たる技術研究本部、主要装備品の調達を行う調達実施本部、防衛施設に関する業務を所掌する防衛施設庁なども自衛隊に含まれる(資料37参照)。

(2) 自衛隊の配置は、北は北海道の礼文島から、南は宮古島、硫黄島まで全国津々浦々にわたっている。

 陸上自衛隊は、北部、東北、東部、中部、西部の5個方面隊から成る実動部隊などが、全国158か所の駐屯地や分屯地に配置されている。海上自衛隊は、横須賀、呉、佐世保、舞鶴、大湊の五つの主要艦艇基地と厚木、鹿屋、八戸、那覇、岩国、館山、大村などの主要航空基地のほか10か所の基地隊や基地分遣隊に配置されている。航空自衛隊は、戦闘機部隊のある千歳、三沢、百里、小松、築城、新田原、那覇や、28か所のレーダーサイ卜などをはじめとして、71か所の基地や分屯基地に配置されている(資料38参照)。

 このようにして日本全国いずれの都道府県にも、自衛隊のいずれかの部隊・機関が配置されている(巻末「自衛隊の配置」参照)。

2 隊員

 自衛隊に様々な組織が含まれるのと同様に、自衛隊を構成する自衛隊員は、制服を着用する自衛官のほか、事務官、技官、教官など自衛官でない者も含まれている(資料39参照)。以下は、隊員のうち大多数を占める自衛官の現況である。

(1)自衛隊は、他の職場と同様に、個人の自由意思に基づいて入隊する隊員によって構成されている。自衛官について特徴的なのは、定年制とは別に、「任期制」という制度を採り入れていることである。この制度は、2年または3年を勤務年限として採用するもので、年齢18歳から26歳までの健康な青年を対象としている。防衛庁では、年間約2万名を自衛官として採用しており、その半数以上をこの任期制隊員である2等陸・海・空士(2士)が占めている(資料40参照)。

 募集業務は、人手不足が進む昨今の厳しい募集環境の中で、各都道府県に置かれた自衛隊地方連絡部が、地方自治体、教育委員会、学校、民間の募集相談員などの協力を得ながら行っている。任期制をとっている結果として、幅広い地域・階層から人材を集め、様々な教育訓練を施し規律や技能を身につけさせて社会に送り出しており、自衛隊のよって立つ国民的すそ野を広げることにもつながっている。

 諸外国軍隊の将校(士官)に相当する幹部自衛官、准士官に相当する准尉たる自衛官および下士官に相当する曹たる自衛官は、定年制の隊員である(資料41参照)。

 幹部自衛官となる者は、防衛大学校や一般の大学などを卒業した後、陸・海・空いずれかの幹部候補生学校に入校し、所定の教育課程を修了すれば、入隊後おおむね1年後に3尉に任命される。また、医師国家試験に合格した防衛医科大学校の卒業生は、幹部候補生学校の教育課程修了時に2尉に任命される。さらに、現に准尉または曹である自衛官で所定の試験に合格した者や、高校卒業後パイロット要員として採用される航空学生も、幹部候補生学校で所定の課程を修了すれぼ、3尉に任命される。

 陸・海・空曹は、任期制隊員として入隊し、士長になった者から選抜されて3曹になるが、曹候補者として採用された者や、特殊な技能者で直接曹として採用される者もいる(資料42参照)。

 これら定年制の隊員も、その定年は社会一般よりは早く、大多数の者は50歳代前半で定年となる(資料43参照)自衛官の平均年齢は約32歳であり、高齢化が進む日本社会にあって、自衛隊は相当の若さを維持しているが、こうした新陳代謝を重視した人事制度をとっているのは、一にかかって自衛隊の精強性を維持するためである。それだけに国としても若年定年で退職する自衛官には相応の配慮を行うことが必要であり、所要の法律改正を行ったうえ、平成2年10月から若年定年退職者給付金制度を発足させるとともに、再就職のための援護施策の充実にも努めている(資料44・資料45参照)。

 なお、自衛官には、その退職後、志願することによって予備自衛官として採用される道もある。予備自衛官とは、ふだんは一市民として各々の職業に従事しているが、わが国有事の際には、招集されて自衛官として勤務する非常勤の隊員である。勤務の内容は、後方警備、後方支援、基地防空などが予定されている。現在の員数(定員)は約4万8千名であり、実員もこれと同じである(資料46参照)。

(2) 自衛官の日々の生活は、次のとおりである。

 海上自衛隊の艦艇乗組員を除いて、独身の曹や士の大部分は、隊舎(営舎内)での生活を送っている。幹部自衛官や既婚の曹や士は、営舎外で居住している。

 自衛官は、通常朝8時から課業に就く。課業の内容は、次項で述べる職域に関連した専門的な訓練のほか、体育や一般素養教育などである。課業は夕方5時に終了し、交替制勤務者や当直勤務者以外は自由時間となる。

 艦艇乗組員の場合、航海中は2ないし6時間の当直勤務に就きつつ、洋上訓練や監視活動などに従事する。こうした活動を終えて帰港すれば、当直員を除して上陸が許可される。

 自由時間には、隊舎や厚生センターでくつろいだり、体育館やプールでスポーツ活動に汗を流したり、外出して個人の自由な時間を楽しむことができる。また、自由時間を利用して、幅広い知識や技能を身につけるため大学や専門学校などに通学したり、地域社会の各種行事に参加して積極的に社会に溶け込んでいる隊員も多い。

朝の課業整列風景

自由時間に居室でくつろぐ自衛官

(3) 自衛隊では、一人一人の自衛官について、仕事の専門分野を指定しており、これを「特技職」と呼んでいる。さらに、職務の種類が比較的類似した特技職をまとめて「職域」と呼んでいる。自衛隊では、このように一人一人の自衛官が何らかの分野の専門家として活動し、これを各レベルの指揮官が束ねていくことによって組織を運営している。こうして自衛隊は、レーダーやコンピューターなどの最新の技術を駆使した各種装備品を操作する者や整備する者、各種車両の運転に従事する者、航空機のパイロット、艦船を運航する者、医療に携わる者など実に様々な専門知識・技能を持った隊員を擁している。

 また、自衛官は、その職務や教育訓練を通じて、高度な知識や技能を身につけており、各種の特殊無線技士、航空交通管制職員基礎試験合格証明、大型自動車免許、移動式クレーン運転士、4級小型船舶操縦士、診療放射線技師などの公資格を取得することができる(資料47参照)。

(4) 女性の社会的進出と活躍は、近年あらゆる分野で顕著となっている。自衛隊は、精強性の維持に配慮しつつ、戦闘に直接携わる職域等を除く約8割の職域において女性の積極的登用や増員に努力している。現在、婦人自衛官は、看護や通信、会計だけでなく、航空管制、航海(支援船勤務)、警戒管制、整備、補給など多くの職域で活躍しており、その数はl佐から2士まで約6千数百名に及ぶ。

 さらに、婦人自衛官の職域拡大等に伴い、より多くの女性幹部を育成、確保していくことが必要となっており、防衛大学校においても平成4年度から女子学生を受け入れることにしている。

 なお、防衛医科大学校では、すでに昭和60年度から女子学生を受け入れており、その第1期生は、平成3年3月に卒業し、本年度から医官として活躍している。

ヘリコプター整備を実施中の婦人自衛官

3 衛生

 自衛官にとって、強健な体力とおう盛な気力は極めて重要である。どのような困難な状況の下でも任務を遂行するためには、これらが不可欠だからである。このため自衛隊では、ふだんの訓練を通じて体力、気力の練磨を図っている。これらを維持するため、自衛官に対する適切な健康管理や医療は、重要なものとなっている。

 部隊等においてはその長が部下の健康管理に責任を有しており、各駐屯地・基地・艦艇には医務室を設置して、隊員の健康管理に当たっている。そこでは健康教育や保健指導を施して衛生思想の普及を図ったり、健康診断や体力測定を行ったりしている。このように、疾病に対しては、早期発見、早期治療が徹底している。

 自衛隊独自の病院としては、自衛隊中央病院(東京都世田谷区)をはじめ全国l6か所に自衛隊病院があるほか、防衛医科大学校(埼玉県所沢市)にも病院が置かれている(自衛隊病院等の全病床数:約2,800床)。防衛医科大学校病院は、同大学校における医学の教育および研究に資するために置かれている病院であり、自衛隊員やその家族に対する診療のほか、広く一般市民の診療も行い、地域医療にも貢献している。

 自衛隊は、一部の医師である自衛官に対してヘリコプターからの降下訓練などを行っており、これらは災害時における人命救助等に役立つものである。

ヘリコプターから降下訓練中の医官

4 教育訓練

 自衛隊が任務を有効に遂行し、国民の負託にこたえ得るためには、指揮官をはじめとする隊員の資質と能力が高く、かつ、部隊として高い練度を有することが必要である。このため、平時における自衛隊は、教育訓練が活動の中心となっている。

(1) 自衛隊における教育の目的は、隊員としての資質を養い、職務を遂行するうえに必要な知識および技能を習得させるとともに、練度の向上を図り、もって精強な部隊の練成に資することにある。

 この目的を達成するため、使命感の育成と徳操のかん養、近代的な装備に対応する知識と技能の修得、基礎的体力の練成、統率力ある幹部の養成を重視して、教育を実施している。

 自衛隊において、隊員の教育の中心的なよりどころとされているものは、昭和36年に制定された「自衛官の心がまえ」である。

 「自衛官の心がまえ」は、「使命の自覚」、「個人の充実」、「責任の遂行」、「規律の厳守」、「団結の強化」の5項目から成り立っている。また、その前文において、国の理想、世界の現実、国の防衛の必要性、自衛隊の使命と任務、自衛隊に対する民主的統制、自衛官の精神の基盤、自衛官と政治的活動等について述べており、自衛官の心がまえに関する大切な事項を網羅している(資料48参照)。

 自衛隊においては、この「自衛官の心がまえ」に基づき、強い使命感と円満な良識と豊かな人間性をもち、かつ、優れた技能を有する隊員の育成に努めている。

 教育は、次のように行っている。

 自衛隊には、教育機関として各種の学校(幹部候補生学校、幹部学校、職種・職域ごとの学校等)と、新入隊員などの教育を主任務とする多くの教育部隊がある(資料49参照)。

 2士として採用されたばかりの隊員は、まず各自衛隊の教育部隊で、約3ないし4か月間基礎的な教育を受ける。陸上自衛隊では、教育団(横須賀・大津・佐世保)や教育連隊(札幌・多賀城)が、海・空自衛隊では教育隊(海は横須賀・呉・佐世保・舞鶴、空は熊谷・防府)がこれに当たる。

 この教育期間中は、新隊員にまず団体生活に慣れさせ、体力の練成を図りながら、次第に自衛隊の使命を自覚させ、自衛官としての必要な基本的資質を養成していく。この間実施するのは、隊務遂行に必要な基本事項の習得、敬礼・行進などの基本教練、体育、小銃射撃訓練などである。また、この間に、適性検査や面接などを行い、各人に適した職種・職域を決定する。その後、職種・職域別の学校や教育部隊において、ある程度専門的な知識・技能の教育を行う。これを終わると、一線部隊に配置される。

 曹は、部隊の中堅であり、小部隊の指揮官や専門的な技術者としての能力を発揮して部隊の任務を遂行する立場にある。このように、自衛隊にとって、曹たる自衛官はかけがえがない存在である。このため、初級から上級へと各段階において、曹として必要な資質を養い、知識・技能を修得させるための教育を行っている。

 幹部自衛官は、指揮官・幕僚として部隊等の指揮、運用に責任を負う者である。したがって、部隊が精強であるか、否かは、幹部自衛官の能力によるといっても過言ではない。その教育は、階級に応じて段階的かつ体系的に行っている。特に、上級幹部に対しては、各自衛隊の幹部学校や統合幕僚学校、防衛研究所において教育を施すとともに、米国の軍学校などに留学させて、高度の専門知識と広い視野の育成に努めている。

 将来幹部自衛官となる者の教育機関として、防衛大学校が置かれ

 ている。そこでは、高等学校の卒業生等を対象として、古い歴史と優れた文化・伝統をもつ民主主義国家日本の将来の防衛を担う幹部自衛官としての必要な識見および能力を付与し、かつ、伸展性のある資質を育成するための教育を行っている。同校の教育は、大学設置基準に準拠したアカデミックな教育を主体に、あわせて防衛学の教育や訓練を行うことによって、広い視野を開き、科学的な思考力を養い、豊かな人間性を培うことに留意しているのが大きな特色である。

 また、医師である幹部自衛官となる者の教育機関として防衛医科大学校が置かれており、その卒業生には医師国家試験の受験資格が与えられる。

海上自衛隊の基本教練風景

防衛大学校における授業風景

(2) 陸・海・空各自衛隊は、いずれも組織としての能力の発揮を目

演習中の陸上自衛官

 標に部隊の錬成を行っている。各自衛隊の特徴的な錬成ぶりは次のとおりである。

 陸上自衛隊の部隊などで実施される練成訓練は、個々の隊員の職務遂行能力を向上させるための各個訓練と、部隊としての力を発揮するための部隊訓練に区分される。いずれも、基礎的段階から、逐次高度の段階へと体系的に錬成を図っている。また、これらの訓練では、実戦に近い訓練環境の下で、各種の訓練装置などを用いて訓練成果を客観的に評価しつつ、実施することに努めている。

 海上自衛隊の戦闘力の基本単位は艦艇や航空機である。このため、艦艇・航空機ごとのチームワークが不可欠である。訓練の実施にあたっては、要員の交替や艦艇の検査・修理の時期などを見込んだ一定期間を周期とし、これらを数期に分け、段階的に練度向上を図っている。練度の向上に伴って、応用的な部隊訓練を行っていくが、その際も艦艇相互の連携や艦艇・航空機間の協同要領などを訓練し、大きな部隊としてのチームワークを養うことを目指している。

 航空自衛隊は、戦闘機や地対空誘導弾、レーダーなど先端技術の装備品を駆使する集団である。このため、訓練は個人の専門知識・技能を段階的に引き上げることに着意している。部隊としても、このような隊員と装備品をいわば一つのシステムとして総合的に機能発揮させることを目指し、段階的に練度を上げつつ部隊相互間の連携も重視して訓練を実施している。

 また、自衛隊は、陸・海・空各自衛隊の諸機能を総合的に発揮するための統合訓練の充実にも努めている(資料50参照)。

艦上におけるミサイル装てん訓練

飛行訓練開始前の風景

(3) 自衛隊が教育訓練を行うにあたっては、種々の制約がある。演習場や射場は、数が少なく地域的にも偏在しているうえ、広さも十分でないため、大部隊の演習、長射程の火砲・ミサイルの射撃訓練などを十分には行えない状況にある。訓練海面は、漁業などの関連から使用時期や場所などに制約を受けている。訓練空域は、広さが十分でないため、一部の訓練では航空機の性能・特性を十分に発揮できないこともあるうえ、基地によっては訓練空域との往復に長時間を要し、さらに、飛行場の運用にあたっては、航空機騒音に関連して早朝や夜間の飛行訓練の制限などを行わざるを得ず、必ずしも十分な訓練ができない状況にある。

 このため、米国への派遣訓練(ナイキ部隊、ホーク部隊、ペトリオット部隊、C−130H輸送機等)や硫黄島での飛行訓練、他方面区の演習場に移動しての訓練などを行っている。

(4) 自衛隊の訓練や行動は、その特性上危険を伴うが、それでも国民に被害を与えたり、隊員の生命や国有財産を失うことにつながる各種の事故は避けなければならない。

 このような観点に立って、自衛隊では、安全管理に常に細心の注意を払っており、海難防止・救難のための装備や航空保安無線施設を整備するなど、海上安全や航空安全を確保するための施策の推進に努めている。

5 平時における警戒活動等

 自衛隊は、万一の事態に備え、平素は教育訓練に励んでいるわけであるが、平時からわが国の安全に直結する諸活動も行っている。

 その第一は、主要海峡等における警戒監視である。

 主要海峡では、陸上にある沿岸監視隊や警備所において、継続して必要な監視活動を行っている。さらに、対馬・津軽・宗谷の三海峡では、艦艇を配備している。

 わが国の周辺海域を行動する艦船については、対潜哨戒機により、北海道周辺の海域、日本海および東シナ海を1日1回の割合で警戒監視しているほか、必要に応じ艦艇・航空機による警戒監視を行っている。

 その第二は、領空侵犯に備えた警戒と緊急発進(スクランブル)である。

 自衛隊は、全国28か所のレーダーサイトと早期警戒機によって、わが国およびその周辺上空を24時間体制で監視している。わが国周辺では航空機の往来がおびただしく、この中から領空侵犯のおそれのある航空機を識別するのは大変根気のいる作業であるが、これを発見した場合には、地上に待機中の航空機に緊急発進(スクランブル)をさせている。全国7か所の航空基地では、これに備えて要撃機とパイロットを5分以内で飛び立てる態勢で待機させている。緊急発進した要撃機は、対象機に接近し、その状況を把握しながら、必要に応じて退去の警告などを発する。

 その第三は、国外からわが国に飛来する軍事通信電波、電子兵器の発する電波などを収集し、整理・分析することである。ソ連軍用機による大韓航空機の撃墜事件(昭和58年)の際、真相の究明に大いに役立ったのは、多くの人の記憶しているところである。

 このように、国民が安んじている間にも、自衛隊は黙々と活動をしている。

機上からの監視活動

スクランブル中の航空自衛隊機

6 技術研究開発

 近年、兵器の高性能化や複雑化は著しく、軍事戦略や戦術に大きな変革をもたらしている。先の湾岸における紛争でも多くのハイテク兵器が使用された。わが国としても、諸外国の技術的水準の動向に対応できるよう、装備の研究開発に努めている。

 装備の整備にあたっては、費用対効果などの総合的検討が必要なことはいうまでもないが、装備を自ら研究開発し生産することは、わが国の国土や国情に適した装備を持つことができる、装備の導入後も技術の進歩に即した所要の改善が可能である、長期にわたる装備の維持・補給が容易である、防衛生産基盤や技術力の維持・育成を図ることができるといった利点がある。

 防衛庁は、装備の研究開発にあたり、主としてわが国の民間のエレクトロニクスなどの先端(はん)用技術を力強い基盤とい、将来装備への適用性を確立するための基礎的な研究開発を行っている。また、これらの研究成果をシステムとしてまとめ上げ、わが国独自の運用上の要求を満たす装備の開発を行っている(資料51・資料52・資料53参照)。

新島試験場におけるミサイル発射試験

7 防衛施設

 自衛隊や在日米軍が使用する飛行場、港湾、演習場、通信所、営舎などの防衛施設は、自衛隊と日米安全保障体制を支える基盤ともいうべきものである。それらの機能を十分発揮させるためには、防衛施設とその周辺地域との調和を図り、周辺住民の理解と協力を得て、常に安定して使用できることが必要である。

 防衛施設全体の土地面積は、在日米軍が使用しているものを含めて約1,392km2(平成3年1月1日現在)であり、国土面積に占める割合は約0.37%である。そのうち、自衛隊の施設の土地面積は約1,059km2であり、その半分近くが北海道に所在する。在日米軍の施設・区域(専用的なもの)の土地面積は約324km2であり、7割以上が沖縄県に所在する。自衛隊施設の土地面積の約89%は国有地であり、他は民・公有地である。また、施設の用途別では演習場と飛行場で約83%を占めている。このほか、自衛隊は、在日米軍の施設・区域を日米安全保障条約に基づく地位協定により共同使用しており、その土地面積は約36km2である。

 防衛施設や訓練海空域には、飛行場や演習場のように、そもそも広大な面積の土地や空間を必要とする性格をもつものが多い。また、わが国の地理的特性から、狭い平野部に都市や諸産業と防衛施設とが競合しており、特に、経済発展の過程において多くの防衛施設の周辺地域の都市化が進んだ結果、防衛施設の設置や運用が制約されるという問題が深刻化している。さらに、航空機の頻繁な離着陸や射爆撃、火砲による射撃、戦車の走行など、その運用によって周辺地域の生活環境に影響を及ぼすという問題も抱えている。

 これらの諸問題の解決を図るため、政府は、従来から、防衛施設の設置や運用にあたっては、その必要性について国民の理解を求めるとともに、周辺住民の生活の安定と福祉の向上に寄与するため、障害防止工事の助成や飛行場等周辺の航空機騒音対策など防衛施設周辺の生活環境の整備に努めている(資料54参照)。また、沖縄県に所在する在日米軍の施設・区域の整理統合を進めている。

第2節 社会への貢献

 自衛隊は、国を守るための組織であり、そのため必要な隊員および装備を有し、平素から教育訓練を積み重ね、様々なノウハウを蓄積していることはすでに述べたとおりである。

 自衛隊は、その組織、装備、能力をいかして、防衛任務のほか災害派遣や各種の民生協力活動などを行っている。これらの活動は、民生の安定に寄与するとともに、隊員に平素から直接国民生活に貢献しているという誇りと生きがいを自覚させている。さらに、自衛隊の民生安定に対する貢献の場は、国民と自衛隊との交流や触れ合いの機会を提供し、自衛隊を真に国民的基盤に立脚したものとすることにも寄与している。

1 災害救助活動

(1) わが国は、暴風、豪雨、豪雪、洪水、高潮、津波、地震、噴火といった自然災害が多い。また、離島やへき地が多い地理的環境にある。このため、自衛隊による災害救助活動が求められることが多い。これら自然災害のほか、大規模な火災、海難、航空機の墜落などの不慮の事故に対しても、自衛隊の支援が必要とされる場合がある。

 自衛隊は、天災地変その他の災害に際して、都道府県知事、海上保安庁長官、管区海上保安本部長および空港事務所長からの要請に基づき、人命または財産の保護のため災害派遣を行っている。昭和61年度から平成2年度までの5年間に自衛隊が行った災害派遣は3千300件を超え、作業に従事した隊員は延べ約8万9千名、車両延べ約8,200両、航空機延べ約4,700機、艦船延べ約180隻に及んでいる(資料55参照)。

 派遣された自衛隊の具体的な活動は、遭難者や遭難した船舶・飛行機の捜索救助、水防、防疫、給水、人員や物資の緊急輸送など広範・多岐にわたっている。また、医療施設に恵まれない離島やへき地における救急患者を緊急輸送しており、民生の安定にも大きな役割を果たしている。昭和61年度から平成2年度までの5年間に実施した急患輸送は約2千500件にのぼり、従事した隊員は延べ約1万3千名、航空機は延べ約2,700機に及んでいる。

 最近の大規模な災害派遣の例としては、平成2年1月の丹後半島沖座礁船油流出事故の際の派遣、平成2年7月の熊本・大分・佐賀・福岡4県にまたがる九州豪雨の際の派遣、平成3年3月の日立市の山林火災の際の派遣および平成3年6月の雲仙岳噴火の際の派遣がある。

 自衛隊は、これら災害時に国民の生命と財産を保護するため、平素から国や地方公共団体が行う訓練に積極的に参加するとともに、自らも災害対処能力の向上に努めている。

 

(2) 地震に関しては、実際に発生すれば災害派遣が行われることになるが、発生前に、地震による災害の発生の防止または軽減を図るため、地震防災派遣が行われることがある。

 地震防災派遣は、「大規模地震対策特別措置法」に基づく警戒宣言が発せられたとき、地震災害警戒本部長(内閣総理大臣)の要請に基づき行うことになっている。

 防衛庁では、地震防災対策強化地域に指定されている東海地域での大規模地震に備え、「東海地震対処計画」を準備している。この計画では、地震発生前に措置される地震防災応急対策の一環としての自衛隊活動と、地震発生後の災害派遣実施体制、活動内容、派遣規模などについて定めている。地震防災派遣においては、関係省庁、強化地域指定県と調整のうえ、ヘリコプターによる交通状況・避難状況等の把握、艦艇や航空機などを使用しての人員・物資の輸送のほか、偵察機も用いて都市部の撮影、解析を行うことになっている。派遣規模は、人員約6万6千名、艦艇25ないし27隻、航空機約270機となっている。

 また、南関東地域(埼玉県・千葉県・東京都・神奈川県)に大規模な震災が発生した場合に備え、「南関東地域震災災害派遣計画」を準備している。この計画では、災害派遣実施体制、活動内容、派遣規模について定めている。派遣規模は、人員約6万7千名、艦艇約50隻、航空機約270機となっている。

 自衛隊は、万一これらの事態が起きた場合に備えて、毎年「防災週間」に行われる総合防災訓練に参加するなど、地震防災派遣や災害派遣の能力の向上を図っている。

2 危険物の処理

 自衛隊は、不発弾などが発見された場合、地力公共団体などの要請を受けてその処分に当たっている。

 不発弾は、今日なお全国各地で土地開発や建設工事の際などに発見されている。その件数は年間約1,900件前後、量にして約100トンにのぼっている。なお、特に沖縄県ではその量が多いため、特別不発弾処理隊(約20名)を編成して処理に当たり、その処理量は、平成2年度において約50トンと全国の不発弾処理量の約50%を占めている。

不発弾の処理に当たる自衛官

 また、自衛隊は、昭和29年の創隊時に、保安庁から航路啓開業務を引き継ぎ、わが国周辺の危険海域の掃海を行ってきた。終戦以後処理された機雷数は、浮遊機雷も含め約7千個であり、掃海を完了した海域は約3万2千km2である。これは、機雷が敷設された危険海域の大部分に当たり、通常の航路はおおむね掃海を終了している。残された海域は、ヘドロその他の障害により、船舶の航行が事実上困難な浅海面がほとんどである。これらの通常の掃海で発見または除去されなかった機雷がなんらかの折りに発見されたときも、自衛隊が除去および処理を行っている(資料56参照)。

 なお、政府は、平成3年4月、わが国船舶の航行の安全を確保するために、ペルシャ湾において機雷の除去と処理に当たる海上自衛隊の掃海艇等を派遣した(細部は、本章第3節参照)。

 これらの危険物の処分にあたって、隊員は、安全管理には万全を期しつつ的確な処理を行い、地域住民の安全な生活に大きく貢献している。

3 土木工事等の受託

 自衛隊は、訓練の目的に適合する場合には、国、地方公共団体などの委託を受け、土木工事などを実施している。

 土木工事の内容としては、学校、運動場、公園などの造成工事や道路工事などがある。これらは、過疎化が進み、財政難にも直面している地方自治体にとっては、貴重なこととなっている。

 また、自衛隊は輸送事業も受託しているが、その大規模な例としては、沖縄の復帰の際、自衛隊の艦艇・航空機により現金輸送を行ったことがある。これは、昭和47年、大蔵大臣からの委託により、

 沖縄の通貨交換を行うために必要な本邦通貨を沖縄に輸送し、交換された米国通貨を本土まで輸送したものである。

 これらの受託は、自衛隊の保有する人員、装備を平時に民生協力に活用することができ、かつ、部隊の能力向上にもつながるという考えから行っているものである。

4 南極地域観測に対する協力

 わが国の南極地域観測は、国際地球観測年の行事の一環として始まり、昭和32年1月に昭和基地を開設して以来、一時中断の時期があったものの一貫して行われている。現在、第32次南極地域観測隊が、昭和基地、みずほ基地およびあすか観測拠点を中心に観測や研究を続けている。観測の内容は、オーロラ光や地磁気の観測、地球規模の環境汚染に影響を及ぼす大気中の炭酸ガスやオゾン等のモニタリングなどである。

昭和基地に着岸する砕氷艦「しらせ」

 自衛隊は、これら国が行う南極地域における科学的調査に対し、わが国と1万4千kmも離れた昭和基地との間において、観測隊員、観測器材、基地資材、食料などの輸送その他の協力を行っている。

 昭和基地のあるリュツォ・ホルム湾は、氷山が流れ着きやすく南極でも特に氷状の悪いところである。自衛隊の初代砕氷艦「ふじ」は、南極地域観測が再開された昭和40年度から57年度までの18年間にわたり、このような南極地域の厳しい自然と戦いながら延べ約36万8千海里(地球約17周分)の大航海を行い、累計約8,800トンの物資と約800名の人員の輸送を行った。昭和58年度以降は、砕氷艦「しらせ」が、平成2年度までで、延べ約17万8千海里(地球約8周分)の航海を行い、累計約7,100トンの物資と約460名の人員の輸送を行っている。

 その間、昭和60年12月には、氷海に閉じ込められたオーストラリアの観測船を同国の要請に基づき救出したり、平成元年1月には、南極大陸奥地で発生した雪上車転落事故に際し、事故に遭った観測隊員を救助した。

 平成2年度の第32次観測協力については、「しらせ」は、平成2年11月14日に日本を出港、南極地域まで物資約950トンおよび観測隊員等57名の輸送を行い、同地域において99日間行動し、約5か月間の長期にわたる航海を経て平成3年4月13日に帰国した。

5 海氷観測に対する協力

 海氷は、冬季の北海道周辺に見られる現象であり、付近の海上交通や漁業、関連産業および民生に与える影響は極めて大きい。昭和9年の大冷害を契機として、オホーツク海の海氷とわが国の夏の天候との関連が注目され、航空機による海氷観測が実施されることとなった。

 戦後、流氷地域の産業経済振興に関連し、海氷観測や予報への要望がますます高まった。このため、昭和32年、気象庁から防衛庁に対し、航空機による海氷観測支援の依頼があり、今日まで自衛隊機による観測を続けている。昭和45年には、把捉島単冠湾において、流氷による漁船の集団海難事故があり、これを契機として航空機による海氷観測を更に充実させて、現在に至っている。

 以上のように、自衛隊はその装備や組織を活用して、海上交通や漁業、農業面での冷害対策などに関する情報を収集し、適切な対策を講ずるのに重要な役割を果たしている。

海氷観測中の対潜哨戒機

6 火山活動観測に対する協力

 わが国のような火山国では、火山活動観測は、緊急時における住民避難などの初期の対策を的確に実施するうえでも、極めて重要である。

 わが国には、噴火のおそれのある火山が約70あるが、これらの火山に異常が発生した場合または異常の発生のおそれがある場合、自衛隊は、気象庁からの要請を受けて、航空機を活用して目視および写真撮影の観測支援を実施している。特に注意を要する火山については、定期的に航空機による写真撮影を実施し、そのような火山の活動に対する継続的監視を支援している。平成2年度には、雲仙岳をはじめとし、注意を要する火山の観測について、このような支援業務を行った。

 自衛隊は、このほか、国立防災科学技術研究所による硫黄島での火山活動の観測および調査研究に対しても、支援を行っている。

7 放射能対策に対する協力

 自衛隊は、諸外国の核実験による上空の放射能増加にかんがみ、昭和34年から放射能(じん)の収集・測定を行っていたが、昭和36年に内閣に放射能対策本部が設置されたことに伴い、その決定に基づき上層大気の収集・測定を担当している。

 高空における放射能(じん)収集の飛行は、日本の北部、中部および西部の各空域で定期的に行っており、百里および新田原などの自衛隊の基地のジェット機が、集(じん)ポッドを取り付けてこれに当たっている。さらに、昭和61年のチェルノブイリ原子力発電所の事故や、昭和63年に起こったソ連の原子力衛星コスモス1900の大気圏再突入のような場合においても、臨時に集(じん)飛行を行っている。

 こうして収集した放射能(じん)は、防衛庁技術研究本部において放射能レベルなどの測定・分析を行い、ここで得られたデータを放射能対策本部に送付している。

 このように、自衛隊は、高空における放射能(じん)の収集・測定を通じ、放射能対策に協力している。

8 絶滅のおそれのある野鳥の生息調査に対する協力

 わが国の動植物には、同緯度の他の地域と比較して多くの固有種がある。野生生物の種は、その遺伝子に長い進化の歴史を内蔵する貴重な情報源であり、また、生態系の構成要素として、物質循環のバランスの維持などに不可欠な役割を果たしている。

 しかし、最近では、開発や産業活動に伴い、かつては身近に見られた野生生物の多くが姿を消しつつあり、国は、絶滅の危機にひんしている動物の保護のため各種の施策を行っている。その一環として、釧路、根室など北海道東部の湿原に分布しているタンチョウの数、巣や卵の有無、営巣地周辺の環境などについて環境庁が行っている調査に対し、自衛隊は同庁の要請によりヘリコプターを飛行させて協力している。

 広大な湿原地域を綿密に調査するためには、空中からの調査が最適であるが、その際、ヘリコプターは、低高度を低速度でかつ所定の飛行コースから外れないように飛行しなければ調査の実が上がらない。自衛隊は、平素から有する飛行技術を利用して、これに当たっている。

9 国土地理院の地図作成に対する協力

 地図は、社会一般で広く使用されており、社会生活に不可欠なものである。そのような地図の基準となる基本図の作成は、国土地理院で行っている。

 昭和35年以来今日まで、自衛隊は、空中撮影機を運航して、基本図の作成のため必要な空中写真を撮影・処理し、国土地理院に協力している。

 航空写真の撮影面積は、平成2年度までで累計約45万5千km2であり、これは、日本の国土総面積のおおむね1.2倍に相当する。また、このための航空機の運航時間は、同じく平成2年度までで累計約2,500時間に達している。このようにして撮影した空中写真フィルムは約10万枚にも及んでいる。なお、平成3年度においては、約2万6,500km2の空中撮影のため260ないし270時間の運航が計画されている。

航空写真の撮影に当たる空中撮影機

10 国家的行事における儀礼

 自衛隊は、国家的行事において、天皇、皇族、国賓などに対し、儀じょう、と列、礼砲などの礼式を実施してきている。諸外国からの国賓や公賓がわが国を訪問した際の歓迎式典などにおける儀じょうは、国際儀礼上欠くことのできない行為である。

 皇位の継承に伴い平成2年11月に行われた「即位礼正殿の儀」において、礼砲を実施したほか、「祝賀御列の儀」においては、皇居正門前および赤坂御所正門前で儀じょうを実施するとともに、赤坂御所までの途上でと列および奏楽を行った。当日、これらの任務に就いた者は、陸・海・空各自衛隊員、防衛大学校・防衛医科大学校学生約1,250名にのぼった。

祝賀御列の儀における儀じょう

11 国賓などの空輸

 自衛隊は、国の機関からの依頼に基づき、航空機により国賓や内閣総理大臣などの輸送を行っている。

 最近では、即位の礼に参列した外国要人の訪日と離日の際、成田空港と東京都心との間の空輸を行った。実施にあたっては、陸上自衛隊のヘリコプター(V−107とAS−332Lスーパー・ピューマ)と海上・航空自衛隊の輸送機(YS−11)合計20機により、平成2年11月8日から18日までの11日間、延べ1千名以上を輸送した。

 この空輸にあたり、航空機の整備・点検は、安全性を十分に確保するため入念に実施した。飛行前の点検は飛行当日の早朝から始まり、飛行後の点検は深夜にまで及ぶこともあった。さらに、空輸経路の気象状況の確認や予備機の待機など万全の態勢をとり、空輸任務をトラブルもなく完遂した。

 なお、政府は、平成3年1月の湾岸における戦闘開始に伴い、関係国際機関から要請される避難民の輸送のため、自衛隊輸送機の派遣準備を行った(細部は本章第3節参照)。

12 運動競技会に対する協力

 自衛隊は、関係機関から依頼を受けて、オリンピック競技大会やアジア競技大会、国民体育大会の運営について、式典、通信、輸送、音楽演奏、医療・救急などの面で積極的に協力している。

 また、このほかにも自衛隊は、ユニバーシアード、マラソン大会、駅伝大会などにも輸送支援、通信支援などを行っている。新春恒例の大学対抗箱根駅伝などのテレビ中継で、ランナーに伴走するジープの姿は、お茶の間でもおなじみである。さらに、各種のスキー大会においては、隊員一人一人が足で雪を踏み固めてコース作りをするなど、目に触れないところでも様々な支援を行っている。

 平成2年度でみると、この種の支援は、運動競技会だけでも709件、人員延べ約4万6千名、車両延べ約6,800両の多数にのぼっている。

駅伝大会で伴走する自衛隊のジープ

13 硫黄島における遺骨収集に対する協力

 第2次世界大戦の激戦地の一つである硫黄島における戦没者の遺骨収集は、厚生省が遺骨収集団を編成、派遣して行ってきている。

 硫黄島は、東京から南へ約1,200km離れた離島であるうえ、一般住民の定住が困難であり、自衛隊の部隊が所在するのみである。また、現地で遺骨収集を行うにあたっては、民間の輸送力に依存することが難しく、さらに、遺骨収集団の安全確保を図りつつ作業を進める必要がある。こうしたことから、自衛隊は、遺骨収集の際、人員・器材の輸送、不発弾処理、有毒ガスの検知など、自衛隊でなくてはできない各種の支援活動を行っている。

 このほか、硫黄島における毎年の戦没者追悼式や旧島民の墓参についても、自衛隊は、人員の空輸、休息場所の提供などの協力を行っている。

14 医療面での貢献

 自衛隊には、様々な医療施設があることはすでに述べたが、このほか、臨床検査技師の養成や救急処置、健康管理などに関して衛生関係者に対する教育訓練や調査研究を行う衛生学校(東京都世田谷区)がある。同校は、消防庁などの要請に基づき、医療行為を伴わない救急活動についての教育を受託し、総合的な教育体系をいかして、救急指導員の養成に貢献している。

 また、その他の教育機関においてもアクアラングによる救急活動、水難救助活動中のヘリコプターの事故時における脱出法のノウハウについて、系統だった教育訓練を提供している。

 さらに、自衛隊には、潜水艦乗員、潜水員、航空機搭乗員などに対して、特殊な勤務に対応した調査研究、適性検査、医療、教育訓練を行う潜水医学実験隊や航空医学実験隊がある。これらは、わが国のこの種の分野における唯一の研究機関として、研究成果などの蓄積に努めているほか、関係諸機関などの要請に応じ、各種の協力活動を通じて、特殊な調査研究成果や長年にわたって培われた知識・技術を国民に還元している。

 潜水医学実験隊(神奈川県横須賀市)は、飽和潜水による深海潜水にかかわるノウハウをいかして、重症潜水病患者の治療やガス中毒患者の治療を行っている。

 航空医学実験隊(東京都立川市)は、航空事故調査に対する協力や、日本山岳会のエベレスト登山要員などに対し、高山適応のための低圧室訓練を行うなど、高所医学に関する協力を行っている。また、パイロットの身体計測値の公表などを通じ、民間企業をはじめとして広く人間工学的分野の発展に貢献している。

 なお、防衛医科大学校病院は、広く一般市民にも診療を行っており、救急指定病院として地域医療に貢献している。

防衛医大病院における手術風景

第3節 湾岸危機に関連する貢献

 平成2年8月のイラクによるクウェート侵略に対し、国際社会はー致結束して事態の解決に努めてきた。こうした状況の下で、政府は、平成2年秋の臨時国会に国際連合平和協力法案を提出した。この法案においては自衛隊員の平和協力隊への派遣等が規定されており、これらをめぐり様々な論議がなされたが、審議未了、廃案となった。

 しかるにその後、湾岸において戦闘が開始され、多数の避難民の発生が予想されたため、政府は、自衛隊法に基づき、避難民を自衛隊輸送機により空輸するための態勢をとった。さらに、正式停戦成立後、政府は、イラクがペルシャ湾に敷設していた機雷の除去および処理に当たるため、自衛隊の掃海部隊をペルシャ湾に派遣した。

 これら武力行使の目的を持たない自衛隊の派遣は、第2章第1節2に述べたいわゆる海外派兵には当たらない

1 自衛隊輸送機による避難民輸送

 平成3年1月、湾岸において戦闘が開始され、これに伴い、関係地域から多数の避難民が発生することが予想される事態となった。こうした状況を踏まえ、政府は、人道的見地から、国際移住機構(IOM) 等の関係国際機関から輸送の要請のあった避難民を必要に応じ自衛隊輸送機により空輸することとし、このため、自衛隊法第100条の5の規定に基づき所要の政令を制定した。

 自衛隊は、輸送機の派遣に備え所要の準備を行った。準備の内容は、輸送に当たる航空自衛隊の部隊の編成、必要な情報の収集、所要の教育訓練の実施、使用する航空機(C−130H型機)の緊急整備、必要な装備品等の調達・集積などであった。

 自衛隊は、関係国際機関からの要請に直ちに応じ得る態勢を短期間のうちに確立し、これを維持した。

 その後、関係国際機関からの輸送の要請がなされることはないものと判断されたため、政府は、4月23日、上記政令を廃止した。これに伴い、自衛隊は準備のため講じた措置を終了した。

派遣が予定されていたC−130H型輸送機

(注)自衛隊は、従来から教育訓練のために米国に部隊を派遣しているほか、海上自衛隊の艦艇を遠洋練習航海や南極地域観測に対する協力のために海外に派遣しており、これらも武力行使の目的をもたない派遣の例である。

2 掃海部隊のべルシャ湾への派遣

 湾岸における正式停戦成立後、なお、ペルシャ湾にはイラクが敷設した機雷が多数残存し、これらがこの海域におけるわが国のタンカーを含む船舶の航行の重大な障害となった。このような状況を踏まえ、政府は、平成3年4月24日、安全保障会議と閣議において、自衛隊法第99条の規定に基づく措置として、わが国船舶の航行の安全を確保するために、ペルシャ湾において機雷の除去と処理に当たる海上自衛隊の掃海部隊の派遣を決定した。

 これを受け、同月26日、掃海艇4隻、掃海母艦1隻、補給艦1隻、人員511名から成る「ペルシャ湾掃海派遣部隊」は出港した。横須賀、呉、佐世保の各港から出港した掃海派遣部隊は、途中、フィリピン、シンガポール、マレーシア、スリランカ、パキスタンにおいペルシャ湾で機雷排除に向かう4隻の掃海艇て補給などのための協力を得ながら、5月27日、アラブ首長国連邦のドバイに入港した。この季節のインド洋はサイクロンが発生しやすく、木製で排水量が500トンに満たない掃海艇にとっては途中で厳しい航海が予想されたが、天候にも恵まれ順調な航海であった。

 ドバイで掃海作業開始前の整備などの諸準備を行った後、クウェート沖公海上の掃海作業海面に進出した掃海派遣部隊は、すでに掃海作業に従事している8か国(米・英・仏・独・伊・蘭・ベルギー・サウジアラビア)の掃海部隊に次いで、6月5日、掃海作業を開始した。派遣部隊の隊員は、炎天下、陸上からの砂(じん)が降り注ぐ下で、緊張感を持続しながら、黙々と掃海作業に従事している。

 なお、ペルシャ湾は、世界の原油の主要な輸送経路の一つであり、一日も早くこの海域における船舶の航行の安全が確保されることは、国際社会の要請となっている。したがって、今回の措置は、船舶の航行の安全の確保および被災国の復興という平和的、人道的な目的を有する人的な国際貢献策の一つとしても意義を有する。

 以上のような今回のペルシャ湾への掃海部隊の派遣は、国内的にも、また、国際的にも理解と評価を得ている。

ペルシャ湾で機雷排除に向かう4隻の掃海艇

機雷処分具に処分用爆雷を装着中の掃海艇乗員

掃海艇による機雷排除

 むすび

 今日の世界は、冷戦を超えた新しい時代を展望しつつも、なお各般の不安定要因を抱えて推移している。こうした情勢の下にあって、わが国としては、引き続き、自らの防衛努力を行うとともに、日米安全保障体制の維持・強化を図ることが重要である。

 自衛隊は、万一わが国が侵略を受けた際、わが国の平和と独立を守るため、実力をもってこれを排除するために存立している。その機能は組織として活動することにより十分に発揮されるものであり、多くの健康な若者やいろいろな分野の専門家が、近代的装備を駆使しつつ、厳正な規律の下、一致協力して任務達成に備えている。このような多くの人材、装備、ノウハウを備えた自衛隊は、わが国社会で他に見られない能力集団であり、国民の財産というべきものである。

 今、わが国では、海外における災害に対する救援や、国連の平和維持活動(PKO)に対する協力など、国際的視野に立った貢献をより一層行っていくことが国民的課題となっており、世界の注目も集まっている。このような状況の下で、自衛隊がどのような役割を果たしていくべきかは、今後、国民全体で考えていかなければならない問題である。

国際連合の平和維持活動(PKO)