第4部

国民と防衛

第1章 国民と自衛隊

国の発展と繁栄は、国の平和と安全が保たれてこそ初めて達成できるものである。自衛隊は、わが国の平和と独立を守り、国の安全を保つため日夜任務を遂行しているが、国民の理解と支持がなければ、その能力を十分に発揮することはできない。

自衛隊は、防衛任務を遂行するほか、その組織、装備及び能力を生かした災害救援活動による国民の生命・財産の保護など、さまざまな活動を行っている。これらの活動は、地域社会の安定に寄与するとともに、国民と自衛隊の接する場となっている。

また、防衛庁・自衛隊は、わが国の防衛政策や自衛隊の現状に対する国民の理解と認識を深めるため、さまざまな広報活動を行っている。本章では、自衛隊が平素から行っている災害派遣、危険物の処理などや各種の広報活動の現状について紹介する。

第1節 国民生活への貢献

1 国の平和と安全の確保

自衛隊は、日米安全保障体制とあいまって、わが国への武力攻撃を未然に防止する役割を持つとともに、外部からの武力攻撃に際してわが国を防衛するという役割を持っている。そして、この役割を十分に果たすためには、自衛隊が精強であるとともに、日米安全保障体制が信頼性のあるものでなければならない。

このため、自衛隊は、科学技術の進歩に対応して装備品などの更新・近代化を行い、厳しい訓練を実施し、日夜、警戒監視等の任務に従事するなど、休みなく活動している。また、在日米軍との間において、共同訓練や研究などさまざまな日米防衛協力が推進されている。

このように、わが国の防衛の体制を維持するための日常的な活動こそが、わが国の防衛意思とそれを裏付ける能力を目に見える形で表すものとなり、わが国の平和と安全の確保に貢献している。

2 災害派遣

自衛隊は、天災地変その他の災害に際して、原則として都道府県知事などの要請を受けて災害派遣を行っている。その具体的な活動は、遭難者や遭難した船舶・航空機などの捜索救助、水防、防疫、給水、人員や物資の緊急輸送など広範・多岐にわたっている。

わが国は、台風、豪雨、豪雪、地震、噴火といった自然災害が多く、また、離島やへき地が多い地理的環境にあることなどから、自衛隊による災害救援活動は重要なものになっている。自衛隊は、これらの災害時に国民の生命と財産を保護し、国民の信頼に応えるため、平素から国や地方公共団体が行う訓練に積極的に参加するとともに、自らも災害に備えて訓練を行うなど、災害対処能力の向上に努めている。また、離島やへき地における救急患者の輸送などの要請にも常に即応できる態勢をとっており、昼夜を問わず厳しい飛行環境の下においても救急患者を輸送し、医療施設に恵まれない離島などにおける民生の安定に大きな役割を果たしている。

昭和26年以来本年3月までの間に自衛隊が行った災害派遣は約2万1千件を数え、作業に従事した隊員は延べ約420万2千人、車両延べ約43万2千両、航空機延べ約3万3千機、艦船延べ約9千隻である。

昭和60年以降の災害派遣の実績は、第4−1表に示すとおりである。このうち大規模な災害派遣の例としては、昭和60年8月から10月の日航機事故、昭和61年11月から12月の伊豆大島の噴火及び本年1月から2月の日本海丹後半島沖でのタンカー坐礁による重油流出事故に対する派遣などがある。また、昨年7月の伊豆半島東方沖海底噴火に際しては、派遣要請に即応できるよう所要の待機態勢をとり、艦艇を派出するとともに、航空機による現場偵察を実施した。

3 地震防災派遣等

自衛隊は、「大規模地震対策特別措置法」に基づく警戒宣言が発せられたとき、地震災害警戒本部長(内閣総理大臣)の要請に基づく防衛庁長官の命令によって、関係機関の行う地震防災応急対策の的確かつ迅速な実施を支援するため、「地震防災派遣」を行うことになっている。

防衛庁では、地震防災対策強化地域に指定されている東海地域での大規模地震に備えるため「東海地震対処計画」を持っている。この計画では、地震発生前に措置される地震防災応急対策の一環としての自衛隊活動(地震防災派遣)と地震発生後の災害派遣における派遣規模などについて定めている。地震防災派遣においては、関係省庁、強化地域指定県などと調整の上、ヘリコプターによる交通状況、避難状況等の把握、艦艇や航空機などを使用しての人員・物資の輸送を実施するほか、RF−4E偵察機による都市部の撮影、解析を行うことになっている。

また、防衛庁では、本年6月南関東地域(埼玉県、千葉県、東京都及び神奈川県)に大規模な震災が発生した場合の自衛隊の災害派遣実施体制、活動内容、派遣規模について定めた「南関東地域震災災害派遣計画」を作成した。この計画における派遣規模は、最大で人員約6万7千人、艦艇約50隻、航空機約270機となっている。

自衛隊は、これらの事態に備えて、毎年「防災週間」に行われる総合防災訓練に参加し、地震防災派遣、災害派遣の能力の向上を図っている。

4 危険物の処分

陸上自衛隊は、不発弾などが発見された場合、地方公共団体などの要請を受けてその処分に当たっている。不発弾は、今日なお全国各地で土地開発や建設工事の際などに発見されている。なお、沖縄県ではその量が多いため、特別不発弾処理隊(約20人)を編成して処分に当たっている。

一方、機雷の掃海業務については、海上自衛隊が行っており、第2次世界大戦中わが国近海に敷設された膨大な数の機雷のうち、危険海域にある機雷の掃海はおおむね終了した。現在では、地方公共団体などからの要請を受けて、その都度、海上における機雷その他の爆発性の危険物の処分などを行っている。

この危険物の処分に当たっては、隊員が身の危険をも顧みず的確な処理を行い、地域住民などの安全を確保している。

昨年度の危険物の処分の実績は、第4−2表に示すとおりである。(不発弾(1トン爆弾)処理を行う自衛官

5 部外協力

(1) 土木工事などの受託

自衛隊は、地方公共団体などの申し出により、その内容が訓練の目的に適合する場合には、学校、運動場、ヘリポート、公園などの造成工事や道路工事などの土木工事を行っている。

また、自衛隊は、委託を受けた場合、任務遂行に支障を生じない限度で、山岳救助員、潜水救助員などの救急に従事する人や航空機のパイロットなどの教育訓練を行っている。これらの受託は、保有する人員、装備を平時に民生協力に活用することができ、かつ、部隊の能力向上にもつながるという考えから行っているものである。

 

(2) 運動競技会に対する協力

自衛隊は、関係機関から依頼を受けて、任務遂行に支障を生じない限度で、オリンピックやアジア競技大会及び国民体育大会のような国際的、全国的規模又はこれらに準ずる運動競技会の運営について、式典、通信、輸送、音楽演奏、医療、救急などの面で協力している。

(3) 南極地域観測に対する協力

自衛隊は、国が行う南極地域における科学的調査に対し、輸送その他の協力を行っている。

昨年11月から本年4月までの第31次観測支援で、自衛隊が保有する砕氷艦「しらせ」は、南極地域において99日間行動し、物資約815トン、観測隊員55人などの輸送を行った。

なお、今回の支援においては、南極地域観測支援上初の東南極大陸周辺海域における海洋観測の支援を実施し、その支援行動は約7,400kmに及ぶ長大なものであり、わが国の海洋科学の発展に大きく貢献した。(昭和基地沖の「しらせ」と物資の積み卸し作業中の自衛官

(4) 国賓等の輸送

自衛隊は、国の機関から依頼があった場合、任務遂行に支障を生じない限度で、国賓・内閣総理大臣等の輸送を行っており、これに主として用いられるヘリコプター(スーパー・ピューマ機;AS−332L)を3機保有している。

(5) その他の協力

活動以上のほか、自衛隊は、気象庁の要請により航空機を使って行う北海道沿岸海域の海氷観測業務及び火山観測、建設省国土地理院の要請による地図作成のための航空測量業務、放射能対策本部の要請による集塵飛行、厚生省の行う硫黄島戦没者の遺骨収集に対する輸送等の支援、消防庁の要請による救急措置に関する教育、環境庁の行う野鳥生息地調査に対する航空機の支援、潜水医学実験隊及び航空医学実験隊などの特殊な調査研究や知識・技術を生かした重症潜水病患者の治療、航空事故調査、高所医学に関する協力など各種の協力活動を行っている。

第2節 国民との触れ合い

防衛庁・自衛隊は、防衛問題や自衛隊に対する国民の理解と関心を深めるために、防衛政策や自衛隊の現況を広く紹介するなど、さまざまな広報活動を行っている。また、地方公共団体などが行う公共性のあるいろいろな行事に、任務に支障のない範囲で積極的に参加している。自衛隊は、このようなさまざまな触れ合いの場を通じて、国民と自衛隊とのより一層の親近感と連帯感の醸成に努めている。

なお、民間の団体として各種の自衛隊部外協力団体が組織されており、自衛隊の各種広報活動などを支援し、国民と自衛隊の交流の面で活躍している。

1 部隊の公開等

防衛庁・自衛隊は、国民の自衛隊に対する親近感を増すとともに、わが国の防衛に対する理解と関心を深める一助とするため、部隊公開などの各種の活動を行っている。その例としては、部隊の見学、記念日などにおける部隊の公開、隊内生活体験(体験入隊)、体験航海、体験搭乗、音楽隊による演奏会の開催のほか、パンフレットなどの配布、新聞・雑誌への広報記事の掲載、広報映画の上映などがある。

自衛隊の現状を広く国民に紹介する代表的な活動として、昨年9月に富士山麓で行った、陸上自衛隊による、実弾を使用しての富士総合火力演習、昨年8月に佐世保周辺海域及び新潟周辺海域で行った、海上自衛隊による、対潜ロケット発射などの展示訓練及び展示飛行、航空自衛隊のブルーインパルスによる全国各地の航空祭などでの展示飛行などを挙げることができる。

これらのほか、全国各地の部隊において、任務遂行に支障のない範囲で、駐屯地などを市民のスポーツやレクリエーションの場としてできる限り開放するとともに、駐屯地などの中には歴史的な建造物などが残っている駐屯地などもあることから史跡研修の場として、これらの駐屯地などをできる限り公開している。

これらの各種の触れ合いの場を通じて、防衛庁・自衛隊は多くの国民と交流している。

また、広く国民から意見や要望を聴き、今後の施策に反映させるため、防衛モニター制度などを設けている。(体験入隊風景)(富士総合火力演習終了後装備品を見学する人々)(展示飛行を行うブルーインパルス

2 各種行事への参加

自衛隊の各部隊においては、市民と一体になって、球技、駅伝などのスポーツ大会に参加している。また、各地域における市民まつり、港まつり、雪まつり、ねぶたまつり、阿波踊りなど郷土の祭典やさまざまな市民行事に参加するとともに、これらに協力するなど、地域社会に溶け込んだ活動を行っている。また、国際的なスポーツ大会にも優秀な選手を派遣して、自衛隊の体育水準の向上を図るとともに、世界各国とのスポーツを通じた交流にも寄与している。(「さっぽろ雪まつり」のための雪像造りに励む自衛官)(「ねぶたまつり」(青森)に参加する自衛官

3 記念行事

自衛隊記念日の行事の一環として行われる観閲式及び観艦式は、自衛隊の最高指揮官である内閣総理大臣が部隊を観閲し、隊員の士気を高揚するとともに、自衛隊の装備や訓練の成果を広く国民に披露するためのものであり、観閲式は毎年、観艦式は2〜3年ごとに実施している。

昨年の観閲式は、10月29日に埼玉県朝霞駐屯地において行われ、陸・海・空各自衛隊の隊員など約5千人、戦車・自走砲などの車両約270両、航空機約100機が参加し、予行も含め約5万1千人が見学した。また、昨年の観艦式は、11月5日に相模湾において行われ、護衛艦などの艦艇約60隻、航空機約50機が参加し、予行も含め約3万5千人が乗艦して見学した。

このほか、自衛隊記念日の行事の一環として、陸・海・空各自衛隊の音楽隊、儀じょう隊、防衛大学校の学生、ゲスト歌手などが出演する自衛隊音楽まつりが例年行われている。昨年は、11月17日、18日の両日、隊員など約1,100人が参加するとともに、在日米陸軍及び米空軍軍楽隊約80人の特別参加を得て、日本武道館において開催され、予行も含め約4万人の観客を魅了した。(観閲式)(観艦式)(自衛隊音楽まつり

第2章 国民生活と防衛施設

第1節 国民生活と防衛施設のかかわり合い

1 防衛施設の意義

わが国は、精強な自衛隊を育成するとともに、日米安全保障体制の信頼性を一層高めることにより、国の防衛を全うしようとしている。このため、自衛隊や在日米軍は、日夜、教育訓練、警戒監視、情報収集などを行っている。自衛隊や在日米軍が使用する飛行場、港湾、演習場、通信所、営舎などの防衛施設は、これらの活動の拠点となるものであり、わが国の平和と独立を守り、国の安全を保つため、必要不可欠のものである。

このように、防衛施設は、いわば自衛隊と日米安全保障体制を支える基盤ともいうべきものであり、それらの機能を十分発揮させるためには、防衛施設と周辺地域との調和を図り、周辺住民の理解と協力を得て、常に安定して使用できる状態に維持することが必要である。

2 防衛施設の現状

防衛施設全体の土地面積は約1,386km2(平成2年1月1日現在)であり、国土面積に占める割合は約0.37%である。

(1) 自衛隊の施設

自衛隊の施設の土地面積は約1,053km2であり、その半分近くが北海道に所在している。この土地面積の約89%は国有地であり、他は民公有地である。また、施設の用途別では演習場と飛行場とで約83%を占めている。

このほか、自衛隊は、在日米軍の施設・区域を日米安全保障条約に基づく地位協定により共同使用しており、その土地面積は約35km2である。

(2) 在日米軍の施設・区域

在日米軍の施設・区域(専用的なもの)の土地面積は約325km2であり、その7割以上が沖縄県に所在している。この土地面積の約48%は国有地であり、他は民公有地である。また、施設の用途別の使用状況では、演習場と飛行場が合わせて約71%を占めている。

このほか、在日米軍は、自衛隊の施設などを地位協定により一定の期間を限って使用しており、その土地面積は、自衛隊の施設については約651km2(日米共同訓練を行うために、施設・区域として提供している駐屯地、演習場、飛行場などの自衛隊の施設を含む。)、自衛隊の施設以外のものについては約8km2である。

さらに、在日米軍の施設・区域には、訓練などのための水域42か所がある。

3 防衛施設をめぐる諸問題

防衛施設の設置や運用をめぐって生じる問題は、多種多様である。この問題を発生原因により分析すると、まず、防衛施設又はその運用の特殊性が挙げられる。防衛施設には、飛行場や演習場のように、もともと広大な面積の土地を必要とするものがあり、さらに、航空機の頻繁な離着陸や射爆撃、火砲による射撃、戦車の走行など、その運用によって周辺地域の生活環境に影響を及ぼすものがある。中でも、最も大きなものが航空機騒音問題である。

次に、わが国の特殊な地理的条件が挙げられる。わが国は、主要各国に比べ人口密度は最高の部類に属し、しかも比較的険しい山岳地帯が多く、国土全体から森林、原野、湖沼などを差し引いた可住地面積の国土面積に占める割合は21%しかないという地理的条件にある。このため、狭い平野部に都市や諸産業と防衛施設とが競合して存在し、防衛施設の側からみるとその設置や運用が制約され、都市開発その他の地域開発の側からみると防衛施設の存在や運用が支障となるという問題が生じている。特に、経済発展の過程において多くの防衛施設の周辺地域の都市化が進んだ結果、問題がより一層深刻化している。

このほか、防衛施設をめぐる問題の発生原因としては、防衛施設用地の所有者などや訓練水域に利害関係を有する者による生活又は生産基盤の確保の要求、イデオロギー闘争としての基地反対又は撤去の要求などさまざまなものがある。

 

(注) 防衛施設:自衛隊が使用する施設と日米安全保障条約に基づき在日米軍が使用する施設・区域とを総称する言葉であり、演習場、飛行場、港湾、通信施設、営舎、倉庫、弾薬庫、燃料庫などをいう。

第2節 防衛施設と周辺地域との調和のための努力

国としては、このような防衛施設をめぐる問題の解決を図るため、従来から、国の防衛の必要性や防衛施設の重要性について国民の理解を求めるとともに、防衛施設周辺の生活環境の整備、沖縄県に所在する在日米軍の施設・区域の整理統合など、防衛施設と周辺地域との調和を図ることに努力している。

1 防衛施設周辺地域の生活環境の整備等の施策

国は、防衛施設と周辺地域の調和を図るために、「防衛施設周辺の生活環境の整備等に関する法律」(昭和49年制定)に基づく施策を中心に、第4−1図に示すような各種の施策を行っている。

2 沖縄県に所在する在日米軍の施設・区域の整理統合

沖縄県においては、在日米軍の施設・区域の密度が高いことから、国は、従来から、同県に所在する施設・区域の整理統合の実現に努めてきている。昭和63年夏以降は、日米合同委員会の場において、この問題について検討を行ってきたが、本年6月、23事案(おおむね1,000ヘクタール)について、返還に向けて日米双方で所要の調整・手続きを進めることが確認された。

第3章 諸外国における国民と防衛

諸外国においては、国の防衛には国民の積極的な支持と協力が必要との考えから、国の防衛と国民との関係について憲法や法律などで規定し、国の防衛のための国民の協力態勢を確立しているのが一般的である。本章では、さまざまな国において国民が防衛にどのようにかかわり合っているかを紹介する。

1 自由主義諸国

自由主義諸国は、個人の自由を最大限に保障することに高い価値を置いているが、同時にそれを可能とする体制を守るための国民の強い決意を憲法あるいは基本法などで表明し、更にそのための具体的な手だてを講じている例が多い。

一方、多くの国で、軍隊を管理・運営する行政組織(多くの場合国防省)の長を文民としたり、国民の代表である議会が軍隊の予算、組織など重要な事項を議決するなど、軍事力に対する民主主義的な政治統制が行われている。

(1) 米国

米国では、憲法の前文において「われら合衆国の国民は、より完全な連邦を形成し、正義を樹立し、国内の静穏を保障し、共同の防衛に備え、一般の福祉を増進し、われらとわれらの子孫の上に自由の祝福のつづくことを確保する目的をもって、アメリカ合衆国のために、この憲法を制定する」と規定している。米国は、1973年以来志願制を採っているが、併せて、1980年、徴兵登録制を復活させ、必要なときに徴兵制へ移行できるように、徴兵の対象となる者のリストを整備している。予備役としては、志願者や現役軍除隊者などで構成される予備役軍や州兵軍があり、部隊における年次訓練や軍の学校における課程教育などが行われている。これらの要員は、あらかじめ有事の際に編入される部隊が指定されている。

また、非常事態において民間航空機により軍の空輸能力を向上させるため、民間予備飛行隊(CRAF)の制度を定めている。

さらに、大学に在学中の希望者に対して奨学金を与え、軍事訓練を行い、卒業後は現役又は予備役軍人に任命する制度を設けている。この制度は、将校の補充源として極めて重要な地位を占めている。また、高校においても、希望者に対し軍事訓練などを行っている。

(2) 英国

英国では、1961年に徴兵制を廃止し志願制に移行しており、軍務経験者からなる予備役のほか、軍務経験を必要としない志願予備役の制度を有している。志願予備役軍人は、民間での仕事を続けながら、夜及び週末に、訓練センターなどで訓練を受けるほか、連続2週間の訓練期間があり、これは海外で行われることもある。こうした訓練が育む資質、特に各種技能や管理能力の向上は、軍事面のみならず、一般市民生活においても貴重とされている。これらの訓練は、その個人、家族更には雇用者にも負担をかけることにもなるため、国は、この予備役制度を確保し発展させるための各種の施策を行っている。これらの予備兵力は、陸軍では正規軍の約1.6倍である。

また、英本国と属領に対し、急迫した脅威又は攻撃を受けた場合、女王(国王)はその大権(Prerogative Power)の一つとして、船舶徴用の権限を有している。

(3) フランス

フランスでは、憲法第34条において「国防のために課ぜられる身体又は財産による市民の負担」を法律で定めると規定している。この規定に基づく「国家役務法」において、18歳から50歳までのすべての男子は、一定の期間、兵役・民間防衛などの役務に従事する義務及びこれらの役務に従事した後、一定年齢まで軍又は民間防衛の予備役となる義務を有する旨を定めている。この役務の主体は兵役であるが、この場合、12か月間の現役勤務を終了した後の予備役期間中にも、合計6か月を超えない範囲で訓練を行うことになっている。現在の予備役軍人は総数300万人以上であり、有事において必要な動員数をはるかに上回っている。

また、有事に際して大統領が総動員などを決定した場合、政府は、人員、財産及び役務を徴用し、また、エネルギー源、原料、工業製品及び補給に必要な製品を統制・分配することができる。

さらに、世論調査によると、多くの国民が、自国の自由・人権などを護るため、あるいは、外国軍による侵略を排除するため、生命をかけて戦うことに賛成している。なお、防衛問題に対し、過去必ずしも高い関心を払っていなかった大学教育においても変化が見られ、防衛関係の教育・研究を行う大学が増加している。

(4) 西独

西独では、基本法第12a条第1項において「男子に対しては、18歳から軍隊、国境警備隊又は民間防衛団における役務に従事する義務を課することができる」と規定している。さらに、同条第3項では「兵役義務を負う者で役務に従事していない者に対しては、法律により民間人の保護を含む国防目的のための義務を負わせ得る」とある。西独の男子は、原則的に18歳から28歳までの間に、15か月間の現役勤務に就いた後、一定の年齢まで予備役勤務に就くことになる。予備役で指定された者は、平素から防衛召集訓練に応じている。なお、兵役義務者は、職場が法的に保証されており、雇用者から、現役勤務や召集訓練を理由に、現在の雇用契約を解消されることはない。

また、議員はその任期中、法的に兵役を免除されているが、要請により防衛召集訓練に参加できることになっている。事実、連邦議会及び州議会の議員は、連邦軍の設立以来、議会開催の都度、数十名の単位で防衛召集訓練や数日間のオリエンテーション訓練に参加している。さらに、このオリエンテーション訓練は、一般社会のあらゆる部門の指導者にとっても、軍隊について習熟する機会となっている。

さらに、基本法に基づき定められた連邦給付法は、厳格な条件を付しつつも、防衛目的などのため、政府が動産、不動産、通信手段などを使用・収用できる旨規定している。

(5) 韓国

韓国では、憲法第39条において「すべての国民は、法律が定めるところにより、国防の義務を負う」と規定している。このため、男子は、基本的に19歳で徴兵され、30か月の現役勤務を終了後、一定年齢まで予備役に編入される。また、予備役勤務終了後も50歳まで民防衛隊に所属し、間接的に国防に寄与している。なお、志願により女性も軍隊や民防衛隊に所属することができるようになっている。

また、有事に際し、政府は、土地、物資、施設などを使用あるいは収用できる権限を有している。

世論調査によれば、国民の国防意識は高く、大多数の男性が、有事の際、自ら戦う意思を表明しており、また、多くの人が、軍に対して信頼感を抱いている。

軍と国民との協力関係は密接であり、軍は、軍事作戦に支障のない範囲で兵力と装備を投入し、国民に対する教育支援、国土建設、援農などの活動を行っている。他方、国民は、軍の活動を強力に支援し、民間防衛訓練などにも積極的に参加している。民間防衛訓練は、民防衛隊員はもとより、一般市民に至るまで多くの国民が参加して行われており、特に毎月15日の「民防衛の日」には、防空訓練や化学・生物兵器、核兵器などによる攻撃からの退避訓練も含めて全国規模の訓練を行っている。

2 社会主義諸国

社会主義諸国では、国家が国民の意思と利益を体現しているとして、国の防衛を国民の崇高な責務と位置付けている例が多い。

(1) ソ連

ソ連では、憲法第31条において「社会主義祖国の防衛は、国家の最も重要な機能に属し、全人民の事業である。社会主義の獲得物とソビエト人民の平和な労働、国家の主権と領土保全の防衛を目的として、ソ連軍が創設され、かつ、一般兵役義務が制定される」と規定している。ソ連は、この規定に基づき「一般兵役義務法」を定め、18歳から26歳までの男子に対し、一定の期間兵役に従事することを義務付けている。また、基本的に、その後も一定年齢まで予備役軍人として召集訓練を受けさせ、国防に参加させている。これにより、ソ連は、平時から大規模な予備兵力を保有している。

(2) 中国

中国では、憲法第55条において「祖国を防衛し、侵略に抵抗することは、中華人民共和国のすべての公民の神聖な責務である。法律に従って兵役に服し民兵組織に参加することは、中華人民共和国公民の光栄ある義務である」と規定している。この規定に基づく「兵役法」において、18歳から22歳までの男子は、一定の期間兵役に従事することが義務付けられている。また、現役勤務終了者や、18歳から35歳までの兵役条件に合致する男子で現役勤務に就かない者は予備役に編入される。なお、軍隊の必要に基づき、女子も徴兵できるとしており、現実に徴兵されている。また、基幹民兵(予備役)を中核とし、民兵組織も編成されている。

3 中立国等

いわゆる中立国などにおいては、独力で国の防衛を全うするために、関係の法令などを整備するとともに、人口に比して大規模な動員態勢を確立し、民間防衛態勢も充実している例が多くみられる。

(1) スイス

スイスでは、憲法第18条において「いずれのスイス人も、兵役の義務を負う」と規定しているのを始めとして、さまざまな施策を講じ、防衛態勢の確立に努めている。男子は、20歳から50歳まで兵役義務を負っており、その後も70歳まで民間防衛に従事する。兵役勤務適格者は、17週間の基礎訓練を受けた後、部隊に編入されたまま一般市民生活に戻るが、その後、更に50歳まで合計で最低32週間の訓練を受ける。

スイスの兵力は、教官やパイロットなどの職業軍人約3,800人と民兵約63万人であるが、有事には、8時間以内に民兵の主要部隊、48時間以内に全部隊の動員が可能な態勢を整えているといわれている。なお、国民は、兵役期間中、武器を含む個人装備品を家庭に保管している。また、有事に際し、国民は、軍事目的のため動産又は不動産を軍当局又は部隊に提供する義務を負っている。

さらに、全国の家庭には、司法・警察省が発行した「民間防衛」という小冊子が配布されており、それには祖国愛、戦時の防衛態勢、市民の自衛・抵抗措置などが詳細に記述されている。

(2) スウェーデン

スウェーデンでは、「義務兵役法」により、18歳から47歳までの男子は軍務に就くよう規定されている。一般に兵役義務者は、7か月半〜15か月の基礎訓練を受けた後、予備役勤務において、おおむね1か月以内の機動演習などを数年ごとに5回、このほか特別訓練や動員訓練に参加する。このようにして訓練を受けた大部分の兵役義務者は、平時は一般市民として生活し、動員発令後、直ちに国防に参加する。そのため、スウェーデンの兵力は、平時約6万5千人であるが、有事には72時間以内に郷土防衛隊を含め国民の約1割に当たる約85万人まで動員する態勢を整えているといわれている。

また、非常事態下で運用される法律が30余りあり、戦時などにおける海運、鉄道、医療、食料、電力などについてまで法規が整備されている。

さらに、民間防衛組織を通じて、戦時における国民の行動などについてのパンフレットなどが各家庭に配布されている。なお、世論調査によれば、国民の多くが、近い将来において、大きな戦争が勃発する可能性は小さいとしているが、自国軍の戦争抑止能力や戦時の自衛能力については不十分であると考えている。また、大多数の人が軍事力を持つべきとしている。

(3) フィンランド

フィンランドでは、憲法第75条において「フィンランド国のすべての国民は、祖国防衛に参加し、あるいはこれを援助する義務を有する」と規定している。

フィンランドは、1947年に連合国との間で締結した平和条約(パリ条約)によって、平時兵力を合計4万1,900人以下に制限されており、このため、有事には予備役軍人が兵力の中心となる。男子は基本的に20歳から21歳で8〜11か月間の徴兵訓練を終えた後、50歳まで予備役軍人として訓練を受けている。このようにして、約500万人という人口にもかかわらず、有事には約70万人の兵力となるといわれている。

また、非常事態において、政府は、輸送、生産活動、経済活動の統制などを行うことができる。