第2部

わが国の防衛政策

第1章 わが国の安全保障

第1節 安全保障を確保するための努力

1 安全保障の重要性

(1) 現在、世界には160を超える国家がある。これらの国は、国際社会において、それぞれ自国の発展と繁栄を目的として、政治、経済、文化などの面において相互に交流を図りながら活動している。国の発展と繁栄という目的は、国が安全であるという基盤があって初めて十分に追求できるものであるが、侵略により国の独立と平和が侵害される可能性があり得ることは、冷厳な歴史的事実として認めないわけにはいかない。

他方、今日の国際社会においては、侵略を未然に防止し、万一、侵略が発生した場合、これに有効に対処できるような世界的な機構はない。

このため、各国は、国の安全保障を重視し、国力国情に応じ、安全保障を確保するためのさまざまな努力を行っている。

(2) 今日、わが国は自由と民主主義を基本理念とする自由主義国家として発展を続けている。わが国が第2次世界大戦後の廃嘘から今日の繁栄と発展を遂げてきたのは、国民の英知と努力のたまものであることはいうまでもないが、その背景には、武力紛争が絶えることのない庸しい国際環境の中で、外国からの侵略を受けることなく、安全が保たれてきたことがある。今日の自由で活力のある国民生活は、良き伝統を受け継ぎ、独自の文化を育み、国民の幸福を増進するための基盤である。これを今後とも維持していくためには、わが国は、将来にわたって安全を確保していかなければならない。

相互依存関係がますます深まっている今日の国際社会において、わが国は国際関係全般にわたって大きな責任と役割を有しており、世界の平和と繁栄に一層貢献することが期待されているが、わが国の安全保障の確保は、わが国がこのような国際的貢献を果たすに当たっての前提であるといえよう。

2 外交等の分野での努力

国の安全を確保するための手段として、外交などの分野での努力は極めて重要である。外交などによって平和的な国際環境を造り、内政諸施策によって国内の政治、経済、社会の安定化を図り、侵略が発生しにくい環境を造り上げておくことが、国の安全の確保にとって何よりもまず大切だからである。特に、経済的相互依存関係が深まり、国際協調の必要性や国内問題と国際問題とのつながりが強まるにつれて、これらの分野での努力の重要性は増している。

わが国の場合、外交面では、対米関係を基軸として西側諸国との協調を図りつつ、より低い軍事的水準における東西関係の安定化のため、米ソ間や欧州における軍備管理・軍縮交渉の動きに貢献するとともに、東側との間に広範な分野で対話と交流の拡大に努めてきている。例えば、昨年来のポーランドとハンガリーを中心とした東欧諸国における諸改革は、ヨーロッパ情勢の安定化のみならず東西関係全般の安定化さらにはアジア・太平洋地域の安定化にも資するところ大であるとの立場からポーランド、ハンガリー両国における経済再建と経済開発を支援すべく、本年1月に両国に対する支援策を実施することとした。また、アジア、中東、アフリカ、中南米地域にある開発途上国の安定と発展の動向も、国際社会の平和と安定に影響を与えることから、わが国としても、世房に貢献する日本の立場に立って、近年、開発途上国の自助努力に対し、顕著な協力を行っているところである。さらに、国際社会の発展と平冠維持のために重要な機能を果たしている国際連合等を通じても、わが匡は多大の貢献を行っている。

特に、政府は、昭和63年に明らかにした、「平和のための協力」、「国際文化交流の強化」、「政府開発援助(ODA)の拡充」の3本柱からなる「国際協力構想」を、積極的に推進している。このほか、国民生活を安定させ、国民の国を守る気概の充実を図り、安全保障の基盤を確立することが国の平和と安全を確保するために重要であるとの観点からも、内政面を中心に各般の努力が行われている。

3 防衛分野での努カ

国の安全を確保する上で、外交などの分野での努力は欠くことのできないものである。しかし、こうした努力のみでは、実力をもってする侵略を必ずしも有効に未然防止することはできないし、また、万一侵略を受けた場合、これに反撃し、これを排除することはできない。このため、侵略を未然に防止するとともに、万一侵略を受けた場合、これを排除するための防衛分野での努力を平素から進めておくことが必要である。その際、外交などの分野での努力と整合性をもって進めることが肝要である。第1部で述べたように、今日の国際情勢は、対話と協調の進む中にあって、変化の激しい不透明な面をも有するものとなっているが、このような中にあって、世界各国とも、依然として軍事力を保持し、平和と安全を確保するための努力を行っている。また、このことが、それぞれの地域における安定的な国際関係の維持に寄与するものとなっている。わが国についていえば、自ら適切な規模の防衛力の整備を進めるとともに、米国との安全保障体制を堅持し、その信頼性を高めていくことが、わが国の安全を確保する上で基本的に重要であるとの考えに立って、継続的な努力を行っているところである。

第2節 自由主義諸国の一員としての日本の役割

今日のわが国の繁栄と発展は、国民の努力に加えて、わが国が、一貫して、自由と民主主義を共通の価値観とする自由主義諸国の一員として、関係各国との友好と協調を図ってきたたまものでもあろう。

この背景としては、

 東西両陣営間の力の均衡を背景に、東西間の核戦争やそれに至るような大規模な武力紛争が抑止されてきたこと

 IMFガットなど、自由主義経済を支え、経済成長や貿易の拡大を可能とする枠組みが存在し、機能してきたこと

 OECDや先進国首脳会議など、自由主義先進国間の政策協調を可能とする枠組みが存在し、機能してきたこと

などが挙げられる。

わが国が、これからも国の安全を確保し、発展していくためには、今後ともこれらの枠組みの中で米国を始めとする自由主義諸国との友好と協調によって世界の平和と安定を維持することが重要である。

米国は、その大きな軍事力・経済力を基盤に、依然として国際社会において中心的な存在であるが、近年同国が直面している困難な経済、財政事情の中で、同盟諸国の防衛のために過大なコストを担っているとの認識が国内に広まりつつある。これを背景として、経済的に力をつけてきた同盟諸国に対し、世界の平和と繁栄のため、各々の力量に応じた貢献を求め、より公平に負担を分かち合うべきであるとの議論が米議会を中心として、現在盛んに行われている。

自由主義諸国の中で米国に次ぐ経済力を持つようになったわが国としては、国際社会において、その占める地位にふさわしい役割を自主的判断に基づき果たすこととしているが、その際、平和国家としての立場を堅持するわが国としては、政治、経済、文化などの非軍事面でより一層の寄与をしていく必要がある。

他方、わが国が以上のような国際的貢献を果たすに当たっては、まず、自国の平和と安全を守る努力が前提となることはいうまでもない。

この面に関しては、わが国は、あく.までもわが国自衛のため防衛力の整備に努めることとしている。そして、このような努力は、わが国の安全をより一層確実なものとするだけでなく、日米安全保障体制の信頼性の維持強化にもつながり、結果的にアジアひいては世界の平和と安全に貢献するものである。

 

(注) IMF(国際通貸基金):1944年7月、米国のブレトンウッズでIMF協定が採択され、1945年12月に発効し、1947年3月に業務を開始した。通貨問題に関する国際協力と国際貿易の拡大、為替の安定化を図り、加盟国間の経常取引について多角的支払制度を確立すること、を目的とする国連の専門機関。加盟国は151か国。

(注) ガット(GATT:関税及び興易に関する一般協定):1948年1月から暫定的に適用されている。関税や輸出入制限などの貿易障害を軽減し、通商の差別待遇を廃止することにより、各締約国の経済発展を促すことを目的としている。締約国は96か国。

(注) OECD(経済協力開発機構):第2次世界大戦後の欧州復興のため設立されたOEEC(欧州経済協力機構)を発展的に改組し、1961年9月に発足した。経済成長、開発途上国援助、自由かつ多角的な貿易の拡大を目的としている。加盟国は24か国。

第3節 安全保障会議

内閣に昭和61年7月に設置された安全保障会議は、国防に関する重要事項を審議する機関として内閣に設置されていた従来の国防会議(同年同月廃止)の任務をそのまま継承するとともに、ミグ25事件(昭和51年9月)、ダッカにおけるハイジャック事件(昭和52年9月)、大韓航空機事件(昭和58年9月)のような、わが国の安全に重大な影響を及ぼすおそれのある重大緊急事態への対処措置等をも審議するものである。

内閣総理大臣は、国防の基本方針、防衛計画の大綱、 の計画に関連する産業等の調整計画の大綱、防衛出動の可否、その他内閣総理大臣が必要と認める国防に関する重要事項、については安全保障会議に諮らなければならないこととされている。

また、内閣総理大臣は、重大緊急事態が発生した場合において、必要があると認めるときは、当該重大緊急事態への対処措置について安全保障会議に諮るものとされている。

さらに、安全保障会議は、国防に関する重要事項及び重大緊急事態への対処に関する重要事項につき、必要に応じ、内閣総理大臣に対し、意見を述べることができる。

安全保障会議は、内閣総理大臣を議長とし、内閣法第9条の規定によりあらかじめ指定された国務大臣、外務大臣、大蔵大臣、内閣官房長官、国家公安委員会委員長、防衛庁長官、経済企画庁長官を議員として構成される。また、議長は、必要があると認めるときは、関係の国務大臣、統合幕僚会議議長その他の関係者を会議に出席させ、意見を述べさせることができる。

第2章 防衛政策の基本

第1節 憲法と自衛権

1 わが国は、第2次世界大戦後、再び戦争の惨禍を繰り返すことのないよう決意し、ひたすら平和国家の建設を目指して努力を重ねてきた。恒久の平和は、日本国民の念願であり、この平和主義の理想を掲げる日本国憲法は、第9条に戦争放棄、戦力不保持及び交戦権の否認に関する規定を置いている。

2 もとより、わが国が独立国である以上、この規定が主権国家としてのわが国固有の自衛権を否定するものでないことは、異論なく認められている。政府は、このようにわが国の自衛権が否定されない以上、その行使を裏付ける自衛のための必要最小限度の実力を保持することは憲法上禁止されているものではないと解しており、専守防衛(第2節参照)をわが国防衛の基本的な方針として、実力組織としての自衛隊を保持し、その整備を推進し、運用を図ってきた。

3 憲法の諸規定のうち、戦争の放棄などを定めた憲法第9条の趣旨についての政府の見解は、次のとおりである。

(1) わが国が憲法上の制約の下において保持を許される自衛力は、自衛のための必要最小限度のものでなければならない。

自衛のための必要最小限度の実力の具体的な限度については、そのときどきの国際情勢、軍事技術の水準その他の諸条件により変わり得る相対的な面を有することは否定し得ないが、憲法第9条第2項の「戦力」に当たるか否かは、わが国が保持する全体の実力についての問題であって、自衛隊の保有する個々の兵器については、これを保有することにより、わが国の保持する実力の全体がこの限度を超えることとなるか否かによって、その保有の可否が決せられるものである。しかしながら、個々の兵器のうちでも、性能上専ら相手国の国土の壊滅的破壊のためにのみ用いられるいわゆる攻撃的兵器を保有することは、これにより直ちに自衛のための必要最小限度の範囲を超えることとなるから、いかなる場合にも許されない。したがって、例えば、ICBM、長距離戦略爆撃機、あるいは攻撃型空母を自衛隊が保有することは許されない。

(2) 自衛権の発動については、いわゆる自衛権発動の三要件、すなわち、わが国に対する急迫不正の侵害があること、この場合にこれを排除するために他に適当な手段がないこと及び必要最小限度の実力行使にとどまるべきことの三要件に該当する場合に限られる。

(3) わが国が自衛権の行使としてわが国を防衛するため必要最小限度の実力を行使できる地理的範囲は、必ずしもわが国の領土、領海、領空に限られるわけではないが、それが具体的にどこまで及ぶかは個々の状況に応じて異なるので、一概にはいえない。しかしながら、武力行使の目的をもって武装した部隊を他国の領土、領海、領空に派遣するいわゆる海外派兵は、一般に自衛のための必要最小限度を超えるものであって、憲法上許されないと考えている。

(4) 国際法上、国家は、集団的自衛権、すなわち、自国と密接な関係にある外国に対する武力攻撃を、自国が直接攻撃されていないにもかかわらず、実力をもって阻止する権利を有しているものとされている。わが国が、国際法上、このような集団的自衛権を有していることは、主権国家である以上当然である。しかし、憲法第9条の下において許容されている自衛権の行使は、わが国を防衛するため必要最小限度の範囲にとどまるべきものであると解しており、集団的自衛権を行使することは、その範囲を超えるものであって、憲法上許されないと考えている。

(5) 憲法第9条第2項は、「国の交戦権は、これを認めない」と規定しているが、わが国は、自衛権の行使に当たっては、既に述べたように、わが国を防衛するため必要最小限度の実力を行使することが当然に認められており、その行使は交戦権の行使とは別のものである。

第2節 国防の基本方針等

1 わが国の防衛政策は、昭和32年5月に国防会議及ぴ閣議で決定された「国防の基本方針」にその基礎を置いている。

2 また、昭和62年1月の閣議決定(資料26参照)でも述べているとおり、わが国は、平和憲法の下、専守防衛に徹し、他国に脅威を与えるような軍事大国とならないとの基本理念に従い、日米安保体制を堅持するとともに、文民統制を確保し、非核三原則を守りつつ、節度ある防衛力を自主的に整備してきている。

(1) ここで、専守防衛とは、相手から武力攻撃を受けたとき初めて防衛力を行使し、その防衛力行使の態様も自衛のための必要最小限にとどめ、また、保持する防衛力も自衛のための必要最小限のものに限られるな乙憲法の精神にのっとった受動的な防衛戦略の姿勢をいうものである。

(2) 非核三原則とは、核兵器を持たず、作らず、持ち込ませずという原則を指すものであり、わが国はこれを国是として堅持している。なお、核兵器の製造・保有は、原子力基本法の規定の上からも禁止されているところであるが、さらに、わが国は、昭和51年6月、核兵器の不拡散に関する条約を批准し、非核兵器国として核兵器を製造しない、取得しないなどの義務を負っている。

(3) また、文民統制(シビリアン・コントロール)については、次のように考えている。

自衛隊は、国民の意思にその存立の基礎を置くものであり、国民の意思によって整備・運用されなければならないことから、旧憲法下の体制とは全く異なり、厳格なシビリアン・コントロールの下にある。

シビリアン・コントロールの実態を画一的なものとしてとらえることはできないが、現在の欧米などの民主主義国では、シビリアン・コントロールとは、民主主義政治を前提としての、軍事に対する政治優先又は軍事力に対する民主主義的な政治統制を指すといわれている。

わが国の場合は、終戦までの経緯に対する反省もあり、他の民主主義諸国と同様、厳格なシビリアン・コントロールの諸制度を採用した。

まず、自衛隊は、国民の代表たる国会によって、そのコントロールを受けている。自衛隊の定員、組織、予算などの重要な事項は国会で議決され、防衛出動については国会の承認が必要とされていることなどのほか、自衛隊の諸問題に対しては絶えず国会で審議されている。

次に、内閣は、国会に提出する法律案や予算案を決定し、政令を制定し、あるいは、防衛にかかわる重要な方針や計画を決定している。この内閣を構成する内閣総理大臣その他の国務大臣は、憲法上文民でなければならないことになっている。内閣総理大臣は、内閣を代表して自衛隊に対する最高の指揮監督権を有しており、自衛隊の隊務を統括する防衛庁長官も、文民である国務大臣をもって充てられる。

内閣には、国防に関する重要事項及び重大緊急事態への対処に関する重要事項を審議する機関として安全保障会議が置かれている(第1章第3節参照)。

さらに、防衛庁では、防衛庁長官が自衛隊を管理し、運営するに当たり、政務次官及び事務次官が長官を助けるのはもとより、基本的方針の策定については、いわゆる文官の参事官が補佐するものとされている。

このように、自衛隊を民主的に管理・運営するためのシビリアン・コントロールの制度は、わが国においても整備されている。

なお、シビリアン・コントロールの制度がその実をあげるためには、政治、行政両面における運営上の努力が今後とも必要であることはもとより、国民全体の防衛に対する深い関心と隊員自身のシビリアン・コントロールに関する正しい理解と行動が必要とされるところである。(自衛隊高級幹部の異動の挨拶を受ける海部内閣総理大臣〈平成2.3))(自衛隊高級幹部合同で訓示する石川防衛庁長官(平成2.6)

第3節 防衛政策の二本柱−わが国自らの防衛力と日米安全保障体制

わが国の国防の目的は、国防の基本方針に定められているとおり、「直接及び間接の侵略を未然に防止し、万一侵略が行われるときはこれを排除し、もって民主主義を基調とするわが国の独立と平和を守る」ことにある。このため、わが国は、自ら適切な規模の防衛力を保持するとともに、日米安全保障体制を堅持している。

防衛政策は、この国防の目的を達成するため、先に述べた防衛政策の基本にのっとり、関係法令に従い、他の政策との協調・調和を図りつつ、策定・実施されている。

第3章 わが国の防衛力整備

第1節 防衛計画の大綱

わが国は、昭和33年度以降、3年又は5年を対象とする防衛力整備計画を4次にわたって策定し、防衛力の充実整備に努めてきたが、第4次防衛力整備計画が昭和51年度をもって終了することに伴い、昭和51年10月、「防衛計画の大綱」(「大綱」(資料9参照))を国防会議及び閣議において決定した。「大綱」は、わが国が平時から保有すべき防衛力の水準を明らかにし、わが国の防衛力整備のあり方などについての指針を示したものである。昭和52年度以降の防衛力整備は、この「大綱」に従って進められてきた。

1 「大綱」における国際情勢の基本的認識

「大綱」は、その策定に当たり、国際情勢について、

 核相互抑止を含む軍事均衡や各般の国際関係安定化の努力により、東西間の全面的軍事衝突又はこれを引き起こすおそれのある大規模な武力紛争が生起する可能性は少ない。

 わが国周辺においては、限定的な武力紛争が生起する可能性を否定することはできないが、大国間の均衡的関係及び日米安全保障体制の存在が国際関係の安定維持及びわが国に対する本格的侵略の防止に大きな役割を果たし続けるものと考えられる。

との基本的な認識に立っている。

2 防衛の構想

「大綱」は、上記の国際情勢についての認識の下に、わが国「防衛の構想」を示している。その中で、まず、わが国の防衛は、わが国自ら適切な規模の防衛力を保有し、日米安全保障体制とあいまって、いかなる態様の侵略にも対応し得る防衛体制を構成することにより、侵略を未然に防止することが基本であることなどを定めている。また、万一、侵略事態が発生した場合には、米国の協力とあいまって、侵略を早期に排除することなどを定めている。

3 わが国が保有すべき防衛力

「大綱」は、わが国が平時から保有すべき防衛力の水準などの枠組みについて、

 防衛上必要な各種の機能を備え、後方支援体制を含めてその組織及び配備において均衡のとれた態勢を保有するものであること

 平時において十分な警戒態勢をとり得るものであること

 限定的かつ小規模な侵略に原則として独力で対処し得るものであること

 情勢に重要な変化が生じ、新たな防衛力の態勢が必要とされるに至ったときには、円滑にこれに移行し得るよう配意された基盤的なものであること

と定めている。これは、安定化のための努力が続けられている国際情勢、わが国周辺の国際政治構造、国内諸情勢が、当分の間、大きく変化しないという前提に立っているものである。また、わが国がこのような防衛力を保有していることが、わが国周辺の国際政治の安定の維持に貢献することともなっているものである。すなわち、これは、わが国に対する軍事的脅威に直接対抗することを目指すよりも、自らが力の空白となって、この地域の不安定要因とならないようにすべきであるとの考え方に立っているものである。

さらに、「大綱」は、わが国の防衛力が備えるべき「防衛の態勢」及びこの態勢を保有するための基幹として維持すべき「陸上、海上及び航空自衛隊の体制」を示している。

また、「大綱」は、防衛力の整備に当たっては、「諸外国の技術的水準の動向に対応し得るよう、質的な充実向上に配意しつつこれらを維持することを基本とし」、さらに、「その具体的実施に際しては、そのときどきにおける経済財政事情等を勘案し、国の他の諸施策との調和を図りつつ」行うものとしている。

4 保有すべき防衛カの具体的規模

このような基本的考え方に基づいて保有すべき防衛力の具体的規模については、「陸上、海上及び航空自衛隊の体制」に基づき、「大綱」の別表において、「大綱」策定時における装備体系を前提とした各自衛隊の基幹部隊、主要装備等を掲げ、その枠組みを明示している。別表に示された、陸・海・空各自衛隊の基幹部隊のうちの代表的なものについて、「大綱」策定時からの考え方を説明すれば、次のとおりであるが、これらは平時における均衡ある組織・配備の態勢や十分な警戒態勢などの観点から導き出されているものである。

(1) 陸上自衛隊

陸上自衛隊は、「わが国の領域のどの方面においても、侵略の当初から組織的な防衛行動を迅速かつ効果的に実施し得るよう、わが国の地理的特性等に従って均衡をとって配置された師団等を有していること」とされている。

わが国の地形は、主として山脈、河川、海峡によって区分されるが、平時における行政事務の便から都道府県等の境界線をも考慮すると、わが国の全土は、北海道が道北・道東・道央の3区画、東北が北部・南部の2区画、関東、甲信越、東海北陸、近畿、中国、四国、九州が北部・南部の2区画及び沖縄の合わせて14区画に区分される。このため、平時地域配備する部隊としては14個の単位が必要となり、地域の特性から四国と沖縄には混成団を、その他には師団各1個を配置するとすれば、12個の師団と2個の混成団とが必要となる。(第2−1表 防衛計画の大綱の別表

(2) 海上自衛隊

海上自衛隊は、「海上における侵略等の事態に対処し得るよう機動的に運用する艦艇部隊として、常時少なくとも1個護衛隊群を即応の態勢で維持し得る1個護衛艦隊を有していること」とされている。艦艇部隊は、艦艇の修理期間や、乗員が新隊員と交替すること等から必要となる基礎的訓練期間としてかなりの期間を割く必要があるので、常時少なくとも1個護衛隊群を高練度の状態で維持するためには、4個の護衛隊群を必要とする。

(3) 航空自衛隊

航空自衛隊は、「領空侵犯及び航空侵攻に対して、即時適切な措置を講じ得る態勢を常続的に維持し得るよう、戦闘機部隊を有していること」とされている。

この態勢を維持するためには、わが国の地形、戦闘機の行動半径、戦闘機の稼働時間、パイロットの技能保持のための訓練等を考慮し、戦闘機部隊13個飛行隊を保有している。なお、この13個飛行隊は、要撃戦闘機部隊10個飛行隊と支援戦闘機部隊3個飛行隊に分けて保有することとされている。

5 「大綱」の記述する侵略事態

「大綱」には、「直接侵略事態が発生した場合には極力早期にこれを排除する」とか「限定的かつ小規模な侵略については、原則として独力で排除する」などの記述があるが、これらの記述は、わが国に対する侵略の蓋然性が高いとか、あるいは、現実に考えられる侵略の規模の見通しがどのようなものであるかということを前提としたものではない。

これらの記述は、まず第1に現在の複雑な国際社会において自国の安全を確保していくため、万一侵略が起こった際にはこれを排除するという、独立国家として当然の基本姿勢を述べているものである。

さらに、ここにいう「限定的かつ小規模な侵略」とは、全面戦争や大規模な武力紛争に至らない規模の侵略のうち、小規模なものをいう。その規模、態様等を具体的に示すことは困難であるが、一般的には、事前に侵略の意図が察知されないよう、侵略のための大掛かりな準備を行うことなしに行われ、かつ、短期間のうちに既成事実を作ってしまうことなどをねらいとしたものである。

こうした「限定的かつ小規模な侵略」に対して、太平洋を隔てて所在する米軍がわが国に来援するには、相応の時間を必要とする。したがって、これに対しては、原則として独力で排除することが必要であり、このような体制を保有することにより、日米安全保障体制とあいまって、いかなる侵略事態にも対処し得る隙のない防衛体制が構築できることとなるものである。

第2節 最近の国際軍事情勢とわが国の防衛力整備

1 第2次世界大戦以降、世界の軍事情勢は、米国及びソ連をそれぞれ中心とする東西両陣営の対時を基本的な構造として、一張一弛を繰り返しつつ推移し、この構造が東西間における核戦争や大規模な武力紛争の発生を抑止してきた。

2 第1節で述べたとおり、わが国が保有すべき防衛力については、このような国際社会の平和と安定を前提とすれば、わが国に対する軍事的脅威に直接対抗することを目指すよりも、自らが力の空白となって、この地域の不安定要因とならないようにすべきとの考え方に立っている。「大綱」は、わが国がこれに基づく防衛力を保有することが、わが国周辺の国際政治の安定の維持に貢献することともなっているとしている。

3 第1部でも述べたように、今日の国際情勢は、欧州を中心として歴史的な変革期を迎えており、東西関係は、冷戦の発想を超えて本格的な対話・協調の時代に移行しつつある。軍事面においても、欧州正面における東西間の軍事的緊張の緩和を背景に、各種の軍備管理・軍縮交渉が進展をみせている。

このような動きには、「大綱」策定当時から続けられてきた、東西間における対話などの努力がようやく実りつつある側面もあり、総じて「大綱」の基本認識にある国際関係安定化の流れがより進んだ形で現れつつあるとみることができよう。

第4章 日米安全保障体制

本年6月23日に、日米安全保障条約は、効力発生後満30年を迎えた。今日、いずれの国も自国の意思と力だけで国の安全を保障することは不可能である。わが国も核兵器の使用を含む全面戦争から通常兵器による各種の侵略事態など、あらゆる事態に対処できる態勢を独自に築くことは不可能である。このため、わが国は、自ら適切な規模の防衛力を保有するとともに、米国との安全保障体制とあいまって、わが国の安全を確保することとしている。

第1節 日米安全保障体制の意義と役割

1 日米安全保障条約は、第5条において、「各締約国は、日本国の施政の下にある領域における、いずれか一方に対する武力攻撃が、自国の平和及び安全を危うくするものであることを認め、自国の憲法上の規定及び手続に従って共通の危険に対処するように行動することを宣言する」と規定し、わが国への武力攻撃があった場合において、日米両国が共同対処することを定めている。

この米国の日本防衛義務を中核とする日米安全保障体制によって、わが国に対する外部からの武力攻撃は、自衛隊とともに、米国の強大な軍事力とも直接対決する可能性を有することになり、侵略国は相当の犠牲を覚悟しなければならないため、侵略を躊躇(ちゆうちよ)せざるを得なくなり、侵略の抑止につながることとなる。

2 日米安全保障条約は、第6条において、「日本国の安全に寄与し、並びに極東における国際の平和及び安全の維持に寄与するため、アメリカ合衆国は、その陸軍、空軍及び海軍が日本国において施設及び区域を使用することを許される」と規定し、同条に基づき米国は、その軍隊を日本に駐留させている。この在日米軍のプレゼンスは、わが国の安全に大きく寄与しているのみならず、極東の平和と安全の維持にも寄与している。

3 第1部で述べた本年4月に発表された米国の対議会報告「アジア・太平洋地域の戦略的枠組み」では、米行政府が、米国のグローバルな役割と同盟国に対するコミットメントを今後とも果たしていくと明らかにしている。このため、引き続き前方展開戦略を維持するとともに、米軍の再編を、財政状況の制約にもかかわらず、東アジアにおける不透明な軍事情勢を十分見極め、この地域の安定に配慮しつつ、段階的に進めようとしている。

したがって、米軍がこの地域で果している役割に大きな変化はなく、わが国の防衛のあり方に基本的な影響はないものと考えている。

4 日米安全保障条約は、あくまで安全保障の側面をその中核にするものであるが、同時に、「日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約」という正式名称にも表されているとおり、防衛面の規定のほかに政治的、経済的協力関係の促進についても規定しており、日米安全保障体制は、日米関係において、単に防衛面のみならず、政治、経済、社会などの両国の幅広い分野における友好協力関係の基盤となっている。

米国との間の緊密な友好関係の保持は、わが国の発展と繁栄のために欠かせないものである。そればかりか、今日の両国の国際社会に占める地位からみても、両国の協力と協調は国際社会の平和と発展にとって重要なものである。(日米防衛首脳会談(松本防衛庁長官、チェイニー国防長官)の際の栄誉礼〈平成2.2)

第2節 日米安全保障体制の信頼性の確保

日米安全保障体制の信頼性を維持向上させるためには、日米両国があらゆる機会をとらえて間断なき対話を行うことにより相互信頼と協調関係の確立を図るとともに、日米の防衛協力の下に、それぞれが応分の責任を果たし、同体制が有効に機能するよう努めることが必要である。このため、わが国は、米国政府の関係者との協議のほか、施設・区域の提供などによる在日米軍の駐留の円滑化を進めるとともに、日米防衛協力のための指針(資料33参照)に基づく研究・共同訓練、共同研究開発など各般の日米防衛協力を行っている。

なお、米国は前述の報告書においても、わが国等に対し責任分担の面で一層の努力を行うことを引き続き期待している。

第5章 その他の諸施策

1 有事法制

一般論として、わが国有事に際して必要な法制としては、自衛隊の行動にかかわる法制、米軍の行動にかかわる法制、自衛隊及び米軍の行動に直接にはかかわらないが国民の生命・財産等の保護等のための法制の三つが考えられるが、従来行っている有事法制の研究は、このうち自衛隊の行動にかかわる法制についての研究である。

この研究は、シビリアン・コントロー・ルの原則に従って、昭和52年8月、福田首相の了承の下に、三原防衛庁長官の指示によって開始され、その基本的な考え方は、昭和53年9月の見解(資料1惨照)に示されている。この見解でも述べているように、自衛隊法第76条の規定により防衛出動を命ぜられるという事態においての自衛隊の任務遂行に必要な法制は、現行の自衛隊法によってその骨幹は整備されているが、なお残された法制上の不備はないか、不備があるとすれば、どのような事項かなどの問題点の整理を目的として研究を進めてきたところである。これまでに、防衛庁所管の法令(第1分類)について、昭和56年4月に、その問題点を取りまとめ公表し、引き続き他省庁所管の法令(第2分類)について、防衛庁の立場から拾い出した関係法令の条文の解釈、有事の際の適用関係等を関係省庁に照会するなどの作業を実施し、昭和59年10月に、その問題点を取りまとめ公表しており、これらの分類についての問題点の整理は、おおむね終了したと考えている(資料12、13参照)。

なお、所管省庁が明確でない事項に関する法令(第3分類)に属するものとしては、例えば、有事における住民の保護、避難又は誘導を適切に行う措置、民間船舶及び民間航空機の航行の安全を確保するための措置、電波の効果的な使用に関する措置、いわゆるジュネーブ4条約に基づく捕虜収容所の設置など捕虜の取り扱いの国内法制化などが考えられる。これらについては、政府全体として取り組むべき性格の問題であり、個々の具体的検討事項についての担当省庁をどこにするかなど今後の取り扱いについて、内閣安全保障室が種々の調整を行っている。

2 民間防衛

わが国に対して万一侵略があった場合、国民の生命・財産を保護し、被害を最小限にとどめる上で、国民の防災や救護・避難のため、政府・地方公共団体と国民が一体となって民間防衛体制を確立することが必要である。このような民間防衛に関する努力は、また、国民の強い防衛意思の表明でもあり、侵略の抑止につながり、国の安全を確保するため重要な意義を有するものである。欧州諸国などでは、第2次世界大戦において、市民の死亡者が膨大な数になったため、もしも将来、他国から武力攻撃が加えられた場合、これらの被害に対する対策が講じられなければ、市民に(ばく)大な数の犠牲者が出るであろうとの予想に基づいて、民間防衛に関する努力を行ってきている。これらの諸国では、いずれも担当する政府機関の設置、関連する法律の制定、組織づくり、退避所の建設など民間防衛体制の整備に努めている。また、これらの諸国では、中央政府と地方自治体の計画・指導の下に、いざという場合のために、平素から救護及ぴ退避訓練などの民間防衛に関する諸活動を行っている。これらの活動は、結果的に、平時突発する自然災害などに対処する上でも有効なものとなっている。わが国においては、現在のところ、民間防衛に関してはみるべきものがない。今後、国民のコンセンサスを得つつ、政府全体で広い観点から慎重に検討していくべきであろう。

3 国民生活を維持するための施策

わが国にとって、国民生活を維持するためには、資源、エネルギー、食糧等の確保が不可欠である。これらの生産地あるいは輸送経路などにおいて武力紛争や大規模な天災地変などの事態が起こった場合、あるいはわが国の有事において海上交通が妨害される場合などに予想される資源、エネルギー、食糧等の供給の停止などに対し、わが国が冷静に対処するためには、これらの必要物資を備蓄しておくことが有効であろう。さらに、有事におけるわが国の国民生活、経済活動などを維持するために必要な物資の海上輸送の実施体制のあり方についても、有事において講ずべき緊急措置の一環として、政府全体として総合的な観点から研究する必要があろう。

4 その他

防衛力を支え、これを真に有効に発揮させるためには、平時から防衛産業を育成し、建設、運輸、通信、科学技術などの分野において国防上の配慮を加えておく必要があろう。スイスなどにおいては、高速道路を臨時の滑走路として使用できるようにしており、有事の際、飛行場が爆撃などによって破壊されても、空軍はこれらを臨時飛行場として利用できるようにしている事例がある。また、各国とも、教育の面においても配慮を加えているところである(第4部第3章参照)。

 

(注) ジュネーブ4条約

 戦地にある軍隊の傷者及び病者の状態の改善に関する1949年8月12日のジュネーブ条約

 海上にある軍隊の傷者、病者及び難船者の状態の改善に関する1949年8月12日のジュネーブ条約

 捕虜の待遇に関する1949年8月12日のジュネーブ条約

 戦時における文民の保護に関する1949年8月12日のジュネーブ条約