第1部

世界の軍事情勢

第1章 全般的な軍事情勢

国際情勢は、欧州を中心として歴史的な変革期に入った。ソ連の深刻な経済不振に端を発する内外政策の変化や東欧諸国の民主化の動き等によって、東西関係は、冷戦の発想を超えて本格的な対話・協調の時代に移行しつつある。軍事面でも、欧州を正面とする東西間の軍事的緊張度には緩和がみられ、また、戦略兵器削減交渉(START)や欧州通常戦力交渉(CFE)等が進展をみせている。

このような東西関係の画期的な変化は、わが国としても歓迎すべきものであるが、他方、国際社会の平和と安定の基本的な前提には、米ソの核を含む圧倒的軍事力を中心とする力の存在と均衡による抑止があることは依然として事実である。米ソ両国は、最近、戦力の再編成、国防費の削減に着手しつつあるものの、依然として軍事超大国であり、当面、国際軍事情勢が米ソの軍事力を中心に展開するという基調に基本的変化はないものとみられる。

また、最近の国際情勢の変化により、東西間の核戦争や大規模な軍事衝突は、ますます強く抑制されていくものと見込まれる。他方、このような変化は、新たな安全保障上の問題を生じさせている。例えば、欧州における安全確保のための枠組みはいかにあるべきかという問題、ソ連・東欧における内政上の混乱が国際軍事情勢にどのような影響を及ぼすかという問題、さらには、米ソ間の緊張緩和を背景として、いわゆる第三世界地域における紛争が生起しやすい状況が生じるのではないかという懸念等である。

欧州における好ましい変化がわが国周辺に及んでくることは、もとより期待するところであるが、この地域の情勢は、欧州に比べて複雑であり、朝鮮半島、カンボジア情勢、あるいは日ソ間の北方領土問題にみられるように、不安定かつ流動的な状況にある。また、極東ソ連軍の膨大な軍事力の存在は、この地域の軍事清勢を厳しいものとしている。

いずれにしても、今後の国際軍事情勢の展開は、不透明であり、その推移を慎重に見極めていくことが肝要である。

第1節 欧州情勢

1 欧州を中心とする東西関係の変質

第2次世界大戦以降、世界の軍事情勢の基調を形成してきた東西関係は、欧州を中心として劇的な変質過程にある。

従来の東西関係は、政治・経済体制及びイデオロギーなどの面での根本的相違と米ソ両国の保有する圧倒的な核戦力及び通常戦力を中心とした軍事的対()を基本的前提としていたといえる。最近の欧州情勢の変化は、ゴルバチョフ政権誕生後のソ連の政治、経済、社会の各般にわたる改革への動きとこれに触発された東欧諸国における政治的民主化、市場経済化へ向けた動きの高まりに起因したものである。その結果、東西間の政治・経済体制及びイデオロギー面での相違は著しく稀薄となり、昨年11月のベルリンの壁の崩壊や同年12月のマルタにおける米ソ首脳会談、さらには、本年5月末から6月にかけて行われたワシントンにおける米ソ首脳会談にみられるように、東西間の対話と協調が大きく進展している。軍事的にも、北大西洋条約機構(NATO)とワルシャワ条約機構(WPO)の間の軍事的対()は緩和を示し、また、戦略兵器削減交渉(START)や欧州通常戦力交渉(CFE)などの軍備管理・軍縮交渉も促進されている。

このような変化が、東側社会主義諸国の行き詰まりを直接の契機としていることは事実であるが、同時にそれは、米国を中心とした西側諸国が、自由と民主主義の下で結束し、抑止と対話の政策を一貫して維持し、今日の繁栄を築き上げることにより、東側諸国に対して変化を促してきたことの成果でもあるのである。

2 ソ連・東欧諸国の変化

ゴルバチョフ政権は、中央集権的管理システムの下での構造的かつ深刻な経済不振や社会的停滞からの脱却を目指して、ペレストロイカ(建て直し)やグラスノスチ(情報の公開)等の国内改革を進めている。改革は年とともにソ連の国家・社会のあらゆる分野にまで広がりを示しており、最近では、共産党の権威が低下する中で大統領制の導入など権力機構を共産党から国家機関に移行させ、また、個人所有制の採用、国営企業の非国営化、一定の市場制度を導入する動きを示している。また、対外的には、新思考外交の下で、米国等の西側諸国との対話・協調路線の追求、中国等の周辺諸国との関係改善、アジア・アフリカ等の第三世界への勢力拡張主義的政策の緩和・縮小、ひいては、政治、経済、軍事面における東欧諸国の自主性の容認等、一連の外交活動を積極的に展開している。さらに、軍事的には、防衛的軍事ドクトリンの強調、一方的戦力削減の表明、東欧駐留ソ連軍の部分的撤退、カムラン湾にみられるような海外プレゼンスの縮小、各種の軍備管理・軍縮提案等を行っている。

このようなソ連の改革の目標は、政治、経済、社会、外交、軍事のあらゆる分野において合理化、効率化を追求し、社会主義の下での強力なソ連を再構築しようとするものであるとみられる。しかし、ソ連の改革は、外交面、政治的民主化、情報公開等内政面の一部においては一定の成果を挙げつつも、経済面では、ほとんどみるべき成果は挙げておらず、むしろ成長率がマイナスに転じたことを発表するなど、経済情勢は一段と悪化しているとみられる。他方、当初は予想されていなかったが、改革の進展に伴って、本来ソ連社会が内包していた困難な諸問題が顕在化している。例えば、アゼルバイジャン共和国、アルメニア共和国、グルジア共和国などにおいて少数民族の不満が激化していること、本年3月から5月にかけてリトアニア、ラトビア、エストニアの沿バルト三共和国が相次いで独立宣言を採択したこと、さらに、6月にはソ連邦の人口の1/2を占めるロシア共和国が「主権宣言」を行ったことなど、民族問題が表面化し、連邦制度自体をめぐる問題にまで発展している。また、例えば5月のメーデー行進にみられたように「ペレストロイカ」が十分に成果をあげていないことに対する国内の不満は高まりつつある。ゴルバチョフ大統領は、これらの不満と呼応した急進派と急激な改革を危惧する保守派との間のバランスをとりつつ政局運営を行ってきており、7月のソ連共産党大会も何とか乗り切った。同大統領としては、今後、改革の具体的な成果を早急にあげる必要に迫られているが、ソ連の改革の行方には予断を許さないものがある。

一方、東欧諸国においても、昨年夏以降、ゴルバチョフ政権のペレストロイカ、グラスノスチ等の政策に触発された形で急激に民主化、自由化が進んでいる。これらの諸国には、かつて民主主義ないし市民社会を経験した国が多く、また、一般に民族意識も強いことから、一部の例外を除いてソ連の支配に対する反発が根強く残されており、加えて、中央計画経済の下で経済が不振を続けていたこともあり、その変化には革命的なものがあった。すなわち、政治的には、一党独裁制の放棄、複数政党制の導入といった政治的民主化へ向けての改革が進展し、昨年後半から本年前半にかけてほとんどの東欧諸国で自由選挙が実施され、その結果、多くの国で非共産党政権が成立した。また、経済的には、国営企業の民営化、価格の自由化、株式市場の創設など、国民の経済活動を自由化する動きが促進されている。一部の国では、西側諸国からの資金的、技術的援助を得つつ、市場経済に向けての動きを加速させつつある。さらに軍事面では、本年2月にはチェコ・スロバキアが、また、本年3月にはハンガリーが、それぞれソ連との間で両国に駐留するソ連軍の1991年6月末までの完全撤退を取り決めている。

このような東欧諸国の変化が進行すれば、その当然の帰結は、ソ連に対する東欧諸国の自主性の回復であり、ソ連としても、ペレストロイカや新思考外交を推進するためには、これを容認せざるを得ないと判断したものと考えられる。これを軍事的な観点からみれば、ソ連は、戦後一貫して東欧諸国を自国の安全保障上の緩衝地帯として、この地域に圧倒的な兵力を配備し、いわゆるブレジネフ・ドクトリンとWPOを通じて、これら諸国をコントロールしてきた。ところが、今や、ソ連は、東欧諸国駐留ソ連軍についてその一部の撤退を開始し、また、WPOも軍事的にはほとんどその機能を失うという状況が生じている。このように、ソ連、東欧における変化の最大の特徴は、ソ連が東欧諸国の共産主義からの離脱の自由を認め、軍事的には、WPOを形(がい)化させた点にあるといえよう。(第1−1図 ソ連・東欧諸国の位置関係(概要図)

3 欧州における軍事情勢

欧州地域は、NATOとWPOが中部欧州地域を中心として、ノルウェー北端からトルコの東側国境にわたって、いわば飽和的なまでの膨大な軍事力が厳しく対()してきた地域である。NATOとWPOの軍事力についてみれば、第1−1表に示すとおり、師団、戦車、航空戦力などの多くの分野でWPO側が量的に優位を占めている。NATO側は、NATO西欧部の防御縦深が十分でなく、また、有事に際して、WPOの増援・補給は地続きで近接したWPO諸国に依存できるのに対し、北米大陸からNATO西欧部への増援・補給は約6,000kmの大西洋を隔てて行わなければならないという弱点を有している。このようなことから、NATOは、西独領内に地上戦力と航空戦力を重点的に配置し、WPOの攻撃に対しては、できる限り東西両独国境線の近くでこれを阻止しようとする前方防衛態勢をとるとともに、侵略の態様に応じて、通常戦力、非戦略核戦力、戦略核戦力を有機的に組み合わせて柔軟に対応しようという柔軟反応戦略によって、WPOの侵略を抑止することとしてきている。

欧州においては、このような軍事的対()の継続と同時に、長年にわたり、東西間の信頼の醸成を図り、より低いレベルで戦力を均衡させようとする努力が積み重ねられてきたことも忘れてはならない。このような努力には、大別して、二つの流れがある。その一つは、アルバニアを除く欧州各国と米国・カナダの計35か国が参加する欧州安全保障・協力会議(CSCE)の枠組みであり、もう一つは、中部欧州地域の通常戦力の均衡を目指した中部欧州相互均衡兵力削減交渉(MBFR)である。これら二つの枠組みは、どちらも1973年に開始されている。

まず、CSCEプロセスについては、1975年にヘルシンキ最終文書が採択され、これに基づくフォローアップ会議が数次にわたって開催され、その中で、1984年から1986年にかけては、欧州軍縮会議(CDE)なども開催された。その後、昨年1月には、1986年11月からウィーンで開かれていたCSCE第3回フォローアップ会議最終合意文書に基づき、CSCEの枠内でr欧州通常戦力交渉(CFE)」と「信頼・安全醸成措置交渉(CSBM)」の二つの交渉が、新たに開始されることになった。この二つの交渉は、昨年3月から行われ大きな進展を示し現在に至っている。

一方、MBFRについては、15年間にわたって交渉が継続されてきたが、兵力に関するデータ、検証・査察問題等で対立が続き、進展がみられないまま、昨年2月、CFEに委ねられる形で終了した。

ところで、最近、WPOの中核を占めるソ連が、深刻な経済不振や民族問題の激化などの厳しい国内事情を抱えていること、また、これに対処するためにはより平和で安定した国際環境を必要としていること、東欧駐留ソ連軍が撤退を余儀なくされ、WPO自体が形(がい)化していること等を背景として、欧州においては、ソ連・WPOがその軍事力を行使しにくい状況が生じている。また、このような背景は、CFEなどの軍備管理・軍縮交渉を大きく進展させることにもなった。

このようなWPO側の変化を受けて、NATO側においても、INF条約によって、地上発射中距離ミサイルが全廃された後の大きな問題として残されていた短距離核戦力(SNF)の近代化問題について、西独領内に配備されている米国のランス地対地ミサイル等の近代化を取りやめることを決定している。また、1977年以来、NATO内で合意されていた国防費の年間3%増目標も撤廃することとされている。さらに、本年7月、ロンドンで開催されたNATO首脳会談においては、東欧からのソ連軍の撤退とCFEの合意・実行を前提として、NATOの前方防衛戦略や柔軟反応戦略の修正を検討する用意がある旨宣言するなど、WPO側に対する柔軟な姿勢が示されている。しかし、同時に、この宣言は、21世紀に向けてのNATOの共同防衛の維持や適切な核及び通常戦力の維持の必要性を強調しており、欧州における新たな安全保障を確保する動きの中で西側諸国の結束と相互協力の必要性を確認するものとなっている。(第1−2図 欧州における通常戦力の軍備管理・軍縮交渉の経緯

4 欧州における新たな安全保障の枠組みの模索

欧州を中心とする大幅な東西関係の変質は、欧州における緊張を緩和し、より安定的な国際社会の新秩序を求めようとする画期的で好ましい変化である。しかしながら、従来の東西関係が、戦後40有余年、国際社会の安定化に寄与してきた面があることも事実である。すなわち、第2次世界大戦以降、世界の軍事情勢は、米国及びソ連をそれぞれ中心とする東西両陣営の対()を基本的な構造として、一張一弛を繰り返しつつ推移し、この構造が、東西間における核戦争や大規模な武力紛争の発生を抑止してきた。とりわけ、欧州においてNATO・WPOという2極化された枠組みが、40年以上にわたり、その構成国間で戦争を生ぜしめなかったことは、歴史的にも稀であり、その安定性については、現在、進展をみているCFEがこの枠組みを前提として進められていることからもうかがわれる。

ところが、最近のソ連及び東欧諸国の変化により、WPOという枠組みが実質的に崩壊していることは前述のとおりである。

もう一つの大きな変化は、近い将来における統一ドイツの実現がほぼ確実となっていることである。昨年夏以降、ドイツ統一に向けた動きは、昨年11月のベルリンの壁の崩壊、本年3月の東ドイツでの自由選挙、7月の両独間の通貨統合の実施などを通じて急速に進展している。今後は、ドイツ統一のもつ対外的側面につき、両独及び米、英、仏、ソの戦勝4か国間の協議を経て、本年中に開催予定のCSCE首脳会議に諮り、その後遠からず統一が完了するものとみられている。統一ドイツは、欧州最大の経済力を持つこととなるのみならず、地域の安全保障にも大きな影響力を持つ存在となろう。

また、これまでNATOとWPOとの間で続けられてきた厳しい軍事的対()は、欧州における大規模な武力紛争を抑止してきたばかりでなく、それぞれの陣営が内包している諸問題、例えば、国家間の利害対立や国内外の民族的対立を抑制する機能も果たしてきた。最近のNATOとWPO間の緊張の緩和は、両陣営の対立の陰で目立たなかったこのような問題を顕在化させるのではないかとの懸念もある。

このような状況は、欧州における安全保障環境を大きく変えるものであり、この中で欧州の安全と安定を確保するための新たな安全保障の枠組みが模索されている。このような枠組みの構築は、統一ドイツのあり方、NATOの役割、EC統合問題、米国のかかわり方、ソ連の位置付け等を包含し、また、政治、経済等の広範な分野にもかかわるものであり、関係国の間では、種々の観点からさまざまな構想が検討されている。この中にあって、西側諸国は、抑止力の維持が欧州の平和と安定にとって今後とも不可欠であるとの基本的な立場に立って米国のプレゼンスを含むNATOの堅持及び統一ドイツのNATO残留を最も重要視している。これに対し、東欧諸国は、おおむね西側諸国の態度を理解・支持し、また、ソ連も、統一ドイツのNATO残留を受け入れるに至っている。また、安全保障、経済・技術、人権等に関する全欧州の包括的な枠組みであるCSCEの一層の活用を図る方向において関係国の間で共通の認識が得られつつある。

このように、東西関係の画期的な改善は、米ソ及び欧州に対し、新たな課題をもたらしている。欧州における新秩序構築に向けた模索は、開始されたばかりであり、今後広範な問題の解決が求められていることから、総じて欧州情勢は流動的かつ不透明である。しかしながら、本年7月の主要国首脳会議(ヒューストン・サミット)において、民主主義の強化や平和な欧州の建設に向けた東側諸国との協力などが宣言されているように、米ソ間を始め東西間において対話・協調路線の定着が図られていること、また、力の均衡をより低い水準で維持する努力が継続していること、さらには、西側諸国の結束が引き続き図られていることもあり、欧州における大規模な武力衝突は今後とも強く抑止されていくものとみられる。

第2節 米ソの軍事力

米ソ両国は、START及びCFEの合意成立や効率化・合理化などによって、米ソ双方の戦略核戦力及び通常戦力が削減され、また、外国駐留兵力の撤退・縮小が実施されたとしても、依然として軍事超大国である。また、米ソ双方にとって、それぞれが壊滅的な打撃を与え得る軍事力を保有する唯一の国家であるということにも変わりはない。しかしながら、最近のソ連及び東欧諸国の変化を契機として、米ソ間においても、従来の冷戦の枠組みを超えた新たな関係が生じており、米ソ両国間及び米ソの最も厳しい軍事的対()の場である欧州における対話と協調の定着や軍備管理・軍縮交渉等の進展によって、米ソ間で武力衝突が発生する可能性は一層低下していくものと見込まれる。

1 ソ連の軍事態勢

構造的かつ深刻な経済不振が続く状況の下で、巨大な軍事力の維持及び勢力拡張政策の追求は、ソ連にとって、もはや困難となっている。しかし、ソ連は、自国の安全確保のためにも、また、国際的な影響力を確保していくためにも、強力な軍事力、特に米国に対応し得る軍事力の保持を最優先課題の一つとしている。このため、ソ連は、効率的、合理的な軍事力の建設を目指して、老朽化、陳腐化した軍事力の大規模な解体・削減、外国駐留兵力の撤退・縮小を実施すると同時に、質的能力の向上、再編・合理化等、軍事力の近代化を図っている。軍のペレストロイカである。この関連で、最近ソ連は、自国の軍事ドクトリンのr防衛的」性格への移行や「合理的十分性」の原則への転換を強調している。しかしながら、ソ連は、ブレジネフ政権の時期においても、その軍事力の「防衛的」性格をしばしば表明してきており、軍事ドクトリンの「防衛的」性格への移行及び「合理的十分性」の原則への転換が、具体的にソ連軍の規模や編成などをどのように変化させていこうとしているのか現段階では必ずしも明らかではなく、今後の動向に注目する必要がある。

また、ソ連としては、自国の経済事情等を勘案すれば、軍備管理・軍縮を通ずる、より低いレベルでの均衡によって、米国及び西側諸国の軍事力に対応せざるを得ず、このため、STARTやCFEを促進させるとともに、海軍力の相互削減等を繰り返し提唱している。

ソ連は、1988年12月にゴルバチョフ書記長が国連演説で発表したソ連軍兵力50万人の削減、東欧駐留の6個戦車師団の撤退及び解体などを今後二年間で行うことを内容とした一方的戦力削減を現在実施中であり、軍の要人などが昨年中にその約1/2を既に削減したと述べている。東欧駐留ソ連軍は、このゴルバチョフ書記長の一方的戦力削減発表や一部東欧諸国との撤退合意もあって、既に撤退を開始している。

しかしながら、数十万人という規模で部隊が移動・解体する場合には、部隊の移動や装備の解体に要する経費や移転先における軍事施設や関連施設の整備に要する経費が膨大な額に上ると考えられ、このようなソ連の兵力削減・撤退を実施することは、長期的にはともかく、短期間のうちには多大の困難が伴うものとみられる。さらに、このような部隊を一挙に解体するとなれば、除隊した兵員の住居の確保、雇用対策などの問題が生じることから、ソ連の経済事情の大幅な好転を前提としない限り、その早急な実施は期待できないものと考えられる。また、ソ連の総兵力は、400〜500万人ともいわれ、このうち数十万人が削減されたとしても、依然としてその擁する戦力には巨大なものがあり、むしろ一部兵員の削減と老朽装備の廃棄によって、スリム化、合理化及び近代化が促進される面もあることから、このような削減が必ずしもソ連の戦力の低下につながるものではないことに留意する必要がある。なお、欧州からの撤退部隊の装備の多くは、解体されておらず、一部はウラル以東に移されている模様であり、これらの今後の動きには注目する必要がある。

ソ連は、国防費についても削減を計画している模様である。昨年、ソ連は、1989年度の総国防費が約773億ルーブルであることを初めて公表し、1990年度の総国防費については、対前年度比約8.2%減の約710億ルーブルにすることを決定している。しかしながら、ソ連の国防費については、その範囲が明確でないことに加えて、価格設定が恣意(しい)に行われ得ること等から、ソ連公表値は依然として西側諸国の推定値を大きく下回っている。

(1) 戦略核戦力等

ソ連の保有する戦略核戦力は、大陸間弾道ミサイル(ICBM)、潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)及び戦略爆撃機のいわゆる三本柱から構成されている。これらの核戦力には、それぞれ長所、短所があるため、ソ連は、この三本柱それぞれの整備を続けているが、これまで特にICBMとSLBMを重視してその増強に努め、1960年代末にはICBMの、70年代前半にはSLBMの発射基数において米国を上回るに至った(第1−3図参照)。ソ連の戦略核戦力は、START合意により制約を受けることとなっても、今後とも硬化目標破壊能力や残存能力を維持し得るものとみられる。

ICBMについては、命中精度の高い複数個別誘導弾頭(MIRV)化されたSS−18が主力を占めている。理論的には、SS−18の一部による先制攻撃によっても、米国の現存1CBMサイロの大部分を破壊できる能力を保有しているが、最近では、その改良型で弾頭威力と命中精度を向上させたSS−18モード5が配備され始めている。また、ソ連は、旧式のSS−1やSS−17を廃棄する一方、路上移動型のSS−25及び鉄道移動型でMIRV搭載のSS−24の実戦配備を進めており、ソ連のICBM戦力は、分散・隠匿能力が増大することにより残存性が著しく向上している。

SLBMについては、より射程が長く、命中精度の高いSS−N−20やSS−N−23を搭載したタイフーン級及びデルタ級弾道ミサイル潜水艦(SSBN)の実戦配備を着実に進めている。これら射程の長いSLBMの出現により、ソ連は、バレンツ海やオホーツク海など、自国の海士・航空戦力の支援が受けられるソ連本土に近い海域から、直接米国本土を攻撃できる能力を向上させ、SSBNの残存性を高めている。

戦略爆撃機は、三本柱のうちソ連にとって、最も整備の優先度の低い柱であったが、ソ連は、近年、その能力の向上に努め、射程約3,000kmの空中発射巡航ミサイル(ALCM)AS−15を搭載できるTU−95ベアHを約75機配備し、また、AS−15搭載の超音速戦略爆撃機TU160ブラックジャック約20機を実戦配備した。

戦略防衛の分野でも、ソ連は、従来から活発な研究開発を行っている。ソ連は、ほぼ自国全土を囲む大型フェーズド・アレイ・レーダー網を構築し、モスクワ周辺に世界で唯一の弾道弾迎撃ミサイル(ABM)を配備して弾道ミサイル防衛(BMD)の強化を進めているほか、人工衛星を攻撃できるシステム(ASAT)を保有している。さらに、核戦争に際し、党・国家指導者等の生存を確保するため、モスクワ周辺などに、地下数百メートルにも及ぶ地下施設を整備している。(ソ連のICBM SS−25)(ソ連の戦略爆撃機ブラックジャック

(2) 非戦略核戦力

ソ連は、中距離爆撃機、地上発射ミサイル、海洋・空中発射ミサイルなどの多様な非戦略核戦力を保有している。このうち、射程500kmから5,500kmまでの地上発射中距離ミサイルについては、INF条約により廃棄が進められている。他方、命中精度の高い新型地対地短距離ミサイルSS−21やSS−1スカッドの配備は継続されている。

また、ソ連は、核搭載可能な射程300km以上のAS−4空対地(艦)ミサイルを装備できるTU−22Mバックファイアを増強してきており、現在配備数は約360機に達している。

ALCMについては、前述のように、既に配備されているAS−15に加えAS−X−19の開発が進められており、SLCMについては、SS−N−21のアクラ級原子力潜水艦への配備が進められるとともに、より大型のSS−NX−24もヤンキー級改造型原子力潜水艦などに搭載され、試験中とみられる。(ソ連のヤンキー・ノッチ級原子力潜水艦

(3) 通常戦力

ア 地上戦力

ソ連は、ユーラシア大陸において、北欧から極東まで、12か国と長大な地上国境を接する大陸国家であり、伝統的に大規模な地上軍を保有しており、その規模は、昨年より縮小したが、総計約200個師団、約190万人、戦車約5万3千両となっている。近年では、T−72、T−80などの新型戦車、装甲戦闘車両、自走砲、攻撃ヘリコプターなどによる火力、機動力の向上や地対空ミサイルなどによる戦場防空能力の向上など質的向上が顕著になっている。

また、空挺師団、空中攻撃旅団と併せて多数の輸送機を有する空軍輸送部隊は、遠隔地への迅速な戦力投入能力の面でも注目される。さらに、敵の後方深く潜入し、敵の軍事施設の偵察、破壊などを主任務とするとみられる特殊任務部隊(スペツナズ)を保有している。

このほか、ソ連は、化学・生物戦能力をこれまで一貫して重視してきており、汚染された環境下での作戦遂行能力のみならず、化学・生物兵器を使用する能力にも高いものがある。(ソ連のT−80戦車)(ソ連の新型攻撃ヘリコプター・ホウカム

イ 海上戦力

ソ連海軍は、北洋、バルト、黒海、太平洋の4個の艦隊とカスピ小艦隊から構成され、その勢力は、艦艇約2,990隻(うち主要水上艦艇約260隻、潜水艦約340隻)、約767万トン、作戦機約920機、海軍歩兵約1万7千人に達している。

その任務は、最近一部変化の兆しもあるが、平時にあっては主としてプレゼンスによる政治的・軍事的影響力の行使、有事にはソ連にとって戦略的に重要な海域の確保、自由主義諸国の海上交通の妨害又は阻止、地上部隊等に対する支援などであるとみられる。

ソ連は、このような任務遂行能力を向上させるため、既に4隻のキエフ級空母(排水量(満載)3万7,100トン)を就役させている。また、黒海では、排水量(満載)が6万5千トンと推定されるトビリシ級新型空母の1番艦「トビリシ」が海上試験を開始しており、まもなく実戦配備されるものとみられる。さらに、トビリシ級の2番艦の()装が行われ、同級の3番艦の建造も行われている。「トビリシ」では、第4世代の戦闘機SU−25、SU−27、MIG−29の離発着訓練が行われており、今後トビリシ級にどのような航空機が搭載されるかが注目される。

最近、ソ連は、老朽化した艦艇を廃棄しており、主要水上艦艇の数は減少しているが、一方で、キーロフ級原子力ミサイル巡洋艦、スラバ級ミサイル巡洋艦などの水上戦闘艦艇や、静粛化などの分野で質的向上が図られたアクラ級、シエラ級などの原子力潜水艦の着実な増強による能力の質的強化が図られている。(ソ連のトビリシ級新型空母

ウ 航空戦力

ソ連の航空戦力は、作戦機約9,490機からなり、大規模かつ多様であり、即応性、運用の柔軟性を高めることにより、作戦遂行能力の向上が図られている。

特に質的側面においては、航続能力、機動性、低高度高速侵攻能力、搭載能力、電子戦能力に優れたMIG−23/27フロッガー、SU−24フェンサーなどの増強により、航空優勢獲得能力、対地・対艦攻撃能力などの向上が図られてきた。最近、旧式の第1、第2世代の戦闘機が廃棄されているが、その一方でルックダウン(下方目標探知)、シュートダウン(下方目標攻撃)能力が特に優れたMIG−29フルクラム、MIG−31フォックスハウンド、SU−27フランカーといった第4世代の戦闘機の配備が進められており、質的増強は顕著になっている。さらに、低空探知能力、早期警戒能力、戦闘指揮・管制能力に優れたIL−76メインステイ空中警戒管制機(AWACS)及び新型のIL−78ミダス空中給油機の配備が続けられている。(ソ連の戦闘機MIG−31フォックスハウンド

2 米国の軍事態勢

米国は、自国及び同盟諸国を防衛し、世界の平和と安定を維持するため、基本的な国防政策として抑止と防衛の戦略を一貫してとっている。このため、米国は、核戦力から通常戦力に至る多様な戦力を保持することにより、いかなる侵略であれ、これを未然に防止できる態勢の整備に努めている。さらに、仮に抑止に失敗し、武力紛争が生起した場合には、これに有効に対処し、米国と同盟国にとって有利な形で、できるだけ早期にこれを終結させることとしている。また、米国は、欧州、アジア、オセアニア、米州諸国との間で集団安全保障条約を締結し、それぞれの地域の同盟国と協力して、地域の安定並びに自国及びこれら諸国の平和と安定を維持することとしている。

ブッシュ政権は、財政赤字削減という重要課題、さらに最近のソ連及び東欧諸国の変化並びに米ソ間や東西間の対話などの国際情勢の新たな展開を背景とした米議会の「平和の配当」を求める主張などにより、国防費の削減の必要に迫られている。1990年度の国防費は、対前年度比実質2.7%削減され、1991年度予算教書は、国防費を対前年度比実質2.6%削減することとしており、さらに、1995年まで国防費を毎年実質2%削減することを提案している。また、前方展開戦力の一部の再編成が計画されているほか、国防予算の削減と安全保障環境の変化に対応して、戦力規模の削減が検討されている。しかしながら、米国は、自国の安全と国益の保護及び同盟国等の平和と安定の確保のためには、引き続き力の均衡による抑止戦略及び前方展開戦略の維持が必須であるとの認識に立ち、軍事力の削減及び海外展開兵力の縮小は、米ソ間の軍事バランスの維持を図りつつ、また、地域情勢に力の空白を生じさせないよう慎重に進めるべきであるとの方針を採っている。このため、戦略核戦力の削減はSTARTの、欧州からの通常戦力の撤退はCFEの、それぞれの枠内で実施することにしている。また、東アジアに前方展開する兵力の調整については、米国は引き続き太平洋地域における前方展開戦略、二国間の安全保障取極を基本的に維持していくとともに、東アジア地域の情勢に配意し、また、日本等関係国の防衛努力を期待しつつ、これら関係国と協議の上、段階的に進めることとしている。

(1) 戦略核戦力等

戦略核戦力の分野では、米国は、ソ連が大型1CBMの改良などにより、硬化目標破壊能力を向上させていることに対抗して、命中精度や残存性の向上など、ICBM、SLBM及び戦略爆撃機のいわゆる三本柱全般にわたる近代化を推進している。

ICBMについては、高い命中精度を有する新型1CBMピースキーパーの固定サイロヘの50基の配備を完了したが、残存性向上のため、その鉄道移動型への転換や路上移動型の小型1CBMの開発を計画している。

SLBMについては、硬化目標の破壊に必要な高い命中精度を有するとされるトライゲント(D−5)SLBMの開発を完了し、これらを新型のオハイオ級原子力潜水艦に配備しつつある。

戦略爆撃機については、B−1B爆撃機約100機の配備を完了し、ALCM搭載のためのB−52の改修を進めている。また、1990年代初めの配備を目指して、ステルス性を有する高度技術爆撃機(ATB)B−2の開発も推進中で、昨年7月には初飛行を行っている。さらに、ステルス性を有し、より命中精度が高く、より長射程の新型巡航ミサイル(ACM)やB−1B、B−2爆撃機の有効性を高めるための新型短距離攻撃ミサイル(SRAM)の開発を推進している。

戦略防衛の分野では、現在、米国は、引き続きSD1研究計画を推進している。この目的は、大統領と議会とが、弾道ミサイル防御システムの開発配備の是非を将来決定するに当たって必要な技術的知識を提供することである。なお、この研究計画では、1990年代末には、戦略防衛の第1段階の配備を開始し得ることを目標としている。(米国のオハイ級原子力潜水艦)(米国の戦略爆撃機B−2

(2) 非戦略核戦力

米国は、多様な非戦略核戦力を保有しているが、地上発射中距離ミサイルについては、INF条約により廃棄が進められており、欧州に配備しているラソス地対地短距離ミサイルについては、最近の欧州情勢の変化等を背景として、その近代化を取りやめている。

SLCMについては、一部の艦艇において、対地用核弾頭搭載トマホーク巡航ミサイルの運用が可能となっている。

(3) 通常戦力

ア 地上戦力

米国は、地上戦力については、陸軍18個師団約76万人、海兵隊3個師団約19万人を有しており、米本土のほかNATO諸国(4個師団)、韓国(1個師団)などに戦力を前方展開している。

米国は、M−1エイブラムズ戦車、M−2/M−3ブラッドレー装甲歩兵戦闘車、ブラックホーク多用途ヘリコプターの配備などにより対機甲能力や戦場機動能力の向上を図るなど地上戦力の全般的な近代化を継続している。

また、世界各地のさまざまな事態に迅速に対応するため、海兵隊の戦力を維持するとともに、陸軍の軽師団への改編を行い、その戦略機動性を高めている。(米国の装甲歩兵戦闘車M−2ブラッドレー

イ 海上戦力

米国は、海上戦力については、抑止戦略、前方展開戦略及び同盟戦略といった米国の基本戦略が有効に機能するために死活的な重要性を持っていると認識しており、大西洋に第2、地中海に第6、西太平洋及びインド洋に第7、東太平洋に第3の各艦隊を展開させている。米海軍の勢力は、艦艇約1,350隻(うち潜水艦約130隻)約643万トンとなっている。

米国は、かねてより15個空母戦闘グループと4個戦艦戦闘グループを基幹とする600隻海軍の建造計画を進めてきた。昨年11月には空母エイブラハム・リンカーンが就役し、空母ジョージ・ワシントンの就役が1992年に予定されている。また、優れた防空能力を有するイージス・システムを装備したタイコンデロが級ミサイル巡洋艦の建造・配備が継続中であり、さらに、アーレイ・バーク級ミサイル駆逐艦の建造が進められている。

しかしながら、国防予算の制約による艦艇建造の延期や空母を含む艦艇の早期退役などにより、600隻海軍計画の達成は難しい状況となっており、同計画における戦闘艦艇数は1990年度には1989年度に比べ減少し、551隻になると予定され、また、1991年度には基幹となる空母戦闘グループは14個、戦艦戦闘グループは2個となることが計画されている。なお、一部の艦艇においては、対艦用・対地用の通常弾頭搭載トマホーク巡航ミサイルが運用可能となっている。

ウ 航空戦力

米国は、航空戦力については、作戦機約5,120機を保有し、航空優勢が空中、海上及び地上の戦闘の重要な要素であるとの認識から、この分野での質的優位を維持するため、F−15、F−16、F/A−18などの高性能戦闘機の配備を進めている。

また、高性能戦術戦闘機(ATF)の全面開発を1991年から実施し、1990年代後半には実戦配備する計画を推進している。なお、米国は、1988年、ステルス性を有するF−117A戦闘機の保有を公表し、現在実戦配備している。

米空軍は、36個戦術戦闘航空団を中心に構成され、第9、第12空軍を米本土に、第3(英国)、第16(スペイン)、第17空軍(西独)を欧州に、第5(日本)、第7(韓国)、第11(アラスカ)、第13空軍(フィリピン)をアジア・太平洋に配備している。(米国の戦闘機F−117A

エ その他

このほか、米国は、戦力の前方展開と緊急展開を支える不可欠の手段として、統合軍である輸送軍の下、海・空輸送能力の強化を図っている。

また、これを補完するため、紛争が予想される地域に重装備などを事前に集積する措置も採られている。このため、陸上の施設に備蓄が行われるとともに、事前集積船が欧州周辺海域、インド洋や西太平洋に配備されている。

さらに、米国は、最近世界各地で多発しているテロ、反乱、内戦などの「低強度紛争(LIC)」が、国際的な兵器移転の増大などにより、第三世界諸国の政治的、経済的、社会的不安定を生み出し、米国を含めた自由主義諸国の安全保障を脅かす可能性があるとし、こうした紛争の抑止だけでなく、これと実際に戦っていくことの必要性を強調している。このため、米国は、陸・海・空軍の約4万人(予備役を含む。)からなる特殊行動軍(SOC)を編成し、対処手段の強化を図っている。

 

(注) 各戦略核戦力の特徴:ICBMは、一般に命中精度が高く、投射重量も大きく、即時対応が可能であるが、配備場所を秘匿しにくいために攻撃に対し脆弱であり、また、SLBMは、生き残り能力が高く第2撃戦力として最適であるが命中精度に難点がある。戦略爆撃機は、発進後であっても目標・任務の変更が可能であること、各種の核弾頭を搭載して反復使用が可能であることなど運用の柔軟性があるが、防空システムによる攻撃に対して脆弱である。

(注) 硬化目標破壊能力:ICBMサイロや指揮中枢施設など、強化・防護された目標を破壊することのできる能力。核兵器の弾頭威力の増大、命中精度の向上により能力は増大する。

(注) フェーズド・アレイ・レーダー:コンピューターの指令により電波ビームを電子的に高速で走査させ、目標位置、移動方向、速力などの情報を瞬時に得ることのできるレーダー

(注) 航空優勢:航空戦力が、空において敵の航空戦力よりも優勢であり、敵から大きな妨害を受けることなく各種作戦を実施できる状態をいう。

(注) 第1世代:MIG−17、MIG−19等 第2世代:MIG−21、MIG−25、SU−7等 第3世代:MIG−23/27、SU−24等 第4世代:MIG−31、SU−25、SU−27等

(注) ステルス性:兵器の残存性を向上させるために、兵器の形状や性質などに工夫を凝らし、レーダーなどから発見されにくくする秘匿性をいう。現在、ステルス航空機、ステルス巡航ミサイルの開発が行われているが、他の兵器への適用も可能とされている。

(注) イージス・システム(AEGIS):最近の経空脅威の増大等に対し、自らの艦隊等を防護するため、目標の捜索・探知から情報処理(目標追尾、脅威の評価、武器の選定等)、攻撃までを高性能レーダー及びコンピューターにより自動処理する対空ミサイルシステムを中心とした兵器・戦闘システム。このシステムにより、即応能力、同時多目標対処能力、電子戦能力等が格段に向上する。

(注) 事前集積船:戦車、火砲などの装備や補給品をあらかじめ積載しておく船で、紛争発生が予想される戦略的に重要な地域の近くに配備しておくもの

第3節 軍備管理・軍縮の動向

現在、米ソ間及び欧州を中心とする東西関係が対立から対話・協調の時代に入ったことを背景として、戦略兵器削減交渉(START)や欧州通常戦力交渉(CFE)などの軍備管理・軍縮交渉が進展をみせている。STARTやCFEは、東西間におけるいわば飽和状態ともいえるじ高いレベルでの軍事的対()から脱却し、より低いレベルでの均衡を目指す極めて有意義な交渉である。しかしながら、STARTは、米ソ両国の戦略兵器の部分的削減を目指すものであり、STARTが合意・実行されても、依然として米ソの戦略核戦力には圧倒的なものがあり、かつ、米ソ両国とも引き続き戦略核戦力の近代化を進めるものとみられる。また、CFEについては、その目的、対象地域、対象戦力が特定された軍縮交渉となっており、これが実現しても欧州における軍事力の水準は、依然として高いものであることには変わりはない。なお、CFEの進展の背景には、西独とソ連・東欧諸国との間の国境問題の一定の処理をはじめとする根本的な政治問題の解決のほか、欧州安全保障・協力会議(CSCE)における1975年のヘルシンキ宣言の採択以後、NATOとWPOの間における信頼の醸成を図る努力が10年以上にわたり積み重ねられてきたという事実があることに留意する必要がある。

一方、国連やジュネーブ軍縮会議などにおいても、東西両陣営以外の国を含む多国間の軍縮審議・交渉が多年にわたって続けられている。

1 米ソ間の軍備管理・軍縮交渉

(1) 戦略兵器削減交渉(START)

STARTについては、1987年12月の米ソ首脳会談などを通じ、戦略核兵器を50%削減することを基本として、大枠の合意に達していたが、移動式1CBMやSLCMの規制のあり方、検証方法、SD1規制とのリンケージなどの問題をめぐって、両国間になお隔たりがみられていた。その後、数次にわたる米ソ外相会談やジュネーブにおける交渉が行われ、中でも、昨年9月に行われた米ソ外相会談においては、ソ連側から、STARTと防御・宇宙交渉(DST)とのリンケージの撤回表明、クラスノヤルスクのレーダー施設の撤去表明等が行われる一方、米国側から移動式1CBM禁止の立場についての条件(実効的な検証体制の確立)付き撤回表明が行われるなど、双方の立場の接近がみられた。その後、昨年末のマルタにおける米ソ首脳会談を経て、本年5月末から6月にかけてワシントンで行われた米ソ首脳会談では、上記の大枠の合意を含め、以下の点を中心として、基本合意が達成されるとともに、本年中の交渉完了と条約署名が再確認された。

 戦略核運搬手段数の上限を1,600基(機)(このうち、重ICBMについては154基)とすること。

 弾頭数の上限を6千発(弾道ミサイルについては4,900発、重ICBMについては1,540発、移動式1CBMについては1,100発)とすること。

 ICBM及びSLBMの投射重量合計を現行のソ連のレベルの50%以下とすること。

 重爆撃機に搭載された核弾頭の計算方法を以下のとおりとすること。

(i) 長距離核ALCM(射程600km超)以外の核弾頭を搭載する重爆撃機は1機につき1発として計算

(ii) 長距離核ALCM搭載の重爆撃機は、米国については、150機までは1機につき10発として、150機を超えるものについては1機につき20発を上限として搭載実数を計算、ソ連については、210機までは1機につき8発として、210機を超えるものについては1機につき12発を上限として搭載実数を計算

 SLCMについては、START枠外の「宣言方式」により、長距離核SLCM(射程600km超)の上限を880発とすること。

また、これまで、交渉進展の障害となっていたSDI規制とのリンケージ問題についても、今次START合意とは切り離して今後の交渉に委ねることで妥協が図られた。ただ、移動式ICBMその他の核兵器についての検証方法、重ICBMの実験制限、条約の迂回防止措置等の問題がなお残されている。

なお、START条約が実施に移された後も、米ソ両国の戦略核には依然圧倒的なものがあり、質的強化の継続も見込まれている。米ソ両国は、同条約締結後、戦略関係の一層の安定化を目指して遅滞なく将来の交渉に関する協議を行い、新たな削減に向けての交渉(START)をできる限り早期に開始することとしており、米ソ2国間による戦略兵器削減に向けての話し合いは、今後とも継続されていくものとみられる。

(2) 中距離核戦力(INF)交渉

1988年6月、INF条約が発効し、米国のパーシング、GLCM、ソ連のSS−20などの長射程INF(射程1,000〜5,500km)は、3年以内(1991年5月末まで)に、また、パーシソグa、SS−12、SS−23などの短射程INF(射程500〜1,000km)については、1年半以内(1989年11月末まで)に全廃することとされた。

1988年7月から相互に査察チームを受け入れて廃棄が進められており、短射程INFについては、既に廃棄が完了している。

(3) 化学兵器についての交渉

化学兵器については、ジュネーブ軍縮会議において多国間交渉が継続中であるが、本年5月末から6月にかけてワシントンで行われた米ソ首脳会談において、米ソ間で化学兵器廃棄協定が署名され、米ソ両国の貯蔵化学兵器について、1999年末までに少なくとも50%を廃棄し2002年までに5千トンまで削減するとともに、協定発効時以後、化学兵器生産を停止することで合意した。

この協定は、米ソ2国間とはいえ、初めて化学兵器の廃棄及び生産停止を定めたものであり、化学兵器禁止に向けた重要な第一歩である。

また、本協定では、廃棄中及び廃棄後に現地査察を実施することとされており、この査察の過程で、米ソ間において検証方法等につき進展がみられた場合には、検証問題が最大の障害の一つともなっている多国間交渉にも好ましい影響を与えることも予想される。

2 欧州における軍備管理・軍縮交渉

(1) 欧州通常戦力交渉(CFE)

CFEは、NATO及びWPOという二極化された二つの安全保障体制の枠組みを前提とした上で、中部欧州相互均衡兵力削減交渉(MBFR)及びCSCEにおける長年にわたる交渉の経験に立って、より低いレベルでの通常戦力の均衡の確立、戦力不均衡の除去、奇襲及び大規模攻撃能力の除去による欧州の安定と安全保障の強化を目的とするものである。CFEの参加国は、NATOとWPOの全加盟国23か国、交渉対象地域は、大西洋からウラルまでの欧州の参加国の領土とされている。また、交渉の対象となる戦力は、兵員、装備を含む通常戦力であり、核兵器、海上戦力、化学兵器は除外されている。

交渉は昨年3月から開始され、当初は、タイムテーブルの設定や装備の保有数の上限、海軍力の取扱いなどをめぐる対立点が目立ったが、その後、各戦力の上限などに関して相互に歩み寄りがみられており、双方の上限提案に一致がみられている分野もある。例えば、中欧における米ソ駐留兵力については各19万5千人、その他の欧州地域における米国の駐留兵力は3万人とすることで双方の合意がみられている。

以上のように、交渉は進展をみせており、本年5月末から6月にかけてワシントンで行われた米ソ首脳会談においても、本年末までにCFE協定を完成することが確認されている。

CFEについては、WPO側が現状で優位にある戦車、火砲、装甲戦闘車両などで削減後の戦力上限を同数とするという非対称の削減に合意するようになったことがCFE進展の大きな契機となった。かかる非対称の削減によって、NATO・WPO双方の通常戦力は初めて均衡が図られるものと予測されるが、いずれにせよ欧州地域の軍事力は依然として高い水準にとどまるものであることに留意する必要がある。(第1−4図 CFEの対象地域

(2) 信頼・安全醸成措置に関する交渉(CSBM)

1986年の欧州軍縮会議(CDE)のストックホルム最終合意文書による信頼・安全醸成措置(一定の軍事活動の事前報告、監視等)の成果などを踏まえて、新たな包括的信頼・安全醸成措置を作成するため、CSBMがCSCE全参加国によりCFEと並行して昨年3月から開催されている。本年1月には、参加各国の軍最高責任者が参集して軍事ドクトリン・セミナーが開催され、各国の軍事力や兵力展開、軍事費等についての情報交換が行われた。現在、各種の情報交換やその検証方法などについて交渉が進められている。

なお、本年7月のNATO首脳会談において、CSBMについての本年中の署名が確認されている。

3 国連等における多国間軍縮審議・交渉

(1) 国連における軍縮審議

国連における軍縮問題の審議は、1978年の第1回軍縮特別総会における決定に基づき、専ら総会第1委員会、国連軍縮委員会で行われている。1988年5月から6月には、第3回国連軍縮特別総会が開かれた。

(2) ジュネーブ軍縮会議(CD)

ジュネーブ軍縮会議は・具体的な軍縮措置に関して交渉を行う唯一の多国間交渉機関である。1988年春・夏両会期において、核実験禁止、化学兵器禁止、宇宙軍備競争防止、核軍備競争停止・核軍縮などの8議題を取り上げた。

化学兵器については、イラン・イラク紛争での化学兵器の大規模使用などを背景として、昨年1月、パリにおいて、149か国が参加して化学兵器禁止に関する国際会議が開催され、1925年のジュネーブ議定書の再確認、現在ジュネーブ軍縮会議で行われている化学兵器包括禁止条約作成作業の促進などを内容とする宣言を採択した。また、昨年9月には、キャンベラにおいて、産業界の参加を得て化学兵器禁止官民合同会議が開催され、条約交渉の早期妥結を目指すことが確認された。

この化学兵器禁止については、1925年のジュネーブ議定書が、化学兵器の使用のみを禁止し、締約国の多くが報復権利を留保するなど問題が多いことから、現在行われている交渉の成果が期待されるところであるが、査察問題や貯蔵化学兵器の廃棄手順等の問題が障害となっている。ただ、ワシントンにおける米ソ首脳会談において米ソ間で署名された化学兵器廃棄協定が、多国間交渉の進展にも好影響を与えることが期待されている。

第2章 わが国周辺の軍事情勢

第1節 わが国周辺地域の基本的な情勢

わが国周辺地域は、広大な地理的広がりの中で、大陸、半島、海洋、島(しよ)が複雑に交錯し、また、民族、歴史、文化、宗教などの面でも極めて多様性に富み、地域的一体性に乏しい地域となっている。また、このような地政学的特性の下で、わが国周辺地域においては、安全保障上の統合性も欠如している。この地域では、中ソが一枚岩として米国と厳しく対立していた時代及び朝鮮半島における南北の対立を別とすれば、最近までの欧州における東西関係のようなイデオロギーの相違に基づく対立という色彩は比較的薄いといえよう。わが国周辺情勢は、地域各国と米・中・ソとの間における個別の同盟関係又は友好関係及びこれらの間における相互(けん)制と対立・協調といった要素が絡み合って、各国の国益及び安全保障観の相違に起因する複雑かつ多様な相互関係が基調となっている。

この中にあって、米・中・ソ3国間においては、核相互抑止などが有効に機能していることもあり、これら3国間の武力衝突は引き続き抑止されているものの、緊張を続ける朝鮮半島情勢や戦闘の続くカンボジア情勢、あるいは日ソ間の北方領土問題にみられるように、わが国周辺地域は、不安定かつ流動的な状況にある。

わが国周辺における軍事力の配備・展開状況についてみると、以上のような基本的情勢を反映して、欧州におけるNATO・WPOの対()とは大きく異なり、総じて非統一的かつ非対称的なものとなっている。

米国、ソ連、中国の3か国は、それぞれ核保有国であると同時に、他の諸国に比べ圧倒的に大きな通常戦力を保有している。米国は、この地域に海上及び航空戦力を中心とする戦力を前方展開させている。これは、米国の持つ海洋国家としての特性や日本、韓国といった米国の同盟国が太平洋によって隔てられているという事情に対応したものである。ソ連は、大陸国家として膨大な陸上戦力を保有するにとどまらず、強力な航空戦力とともにソ連最大の艦隊である太平洋艦隊を擁しており、その軍事力は、規模及び戦力構成等からみて、自らの防衛に必要な範囲を超えたものとなっている。中国の軍事力は、広大な領土と陸続きにソ連、ベトナムなど多数の周辺国を有しているという特性を反映して、陸上戦力を中心としたものとなっている。

また、朝鮮半島においては、韓国と北朝鮮の合わせて140万人を超える地上軍が非武装地帯(DMZ)を挟んで対()している。

最近の欧州におけるソ連、東欧の変化や軍備管理・軍縮の進展がこの地域にも好ましい影響を及ぼすことは、もとより期待されるところであるが、その影響の出方は、上述のようなこの地域の安全保障環境の特性を反映したものとなろう。この地域には、日ソ間における北方領土問題を始め、朝鮮半島、カンボジアなど未解決の問題も数多く残されており、総じてこの地域の政治的信頼関係は、欧州と比べ未成熟と言わざるを得ない。このようなことから、この地域における緊張の緩和を図るためには、まず、欧州において行われたように、未解決の政治問題の解決を図ることが重要となっている。(第1−5図 わが国周辺における兵力配備状況(概数))(第1−6図 わが国周辺の集団安全保障条約等

第2節 極東ソ連軍の軍事態勢

1 全般的な軍事態勢

ソ連は、1960年代に激化した中ソ対立を契機として、極東地域において、地上軍を中心とする顕著な軍事力の増強を開始し、その後もアジア・太平洋への影響力の拡大のため、主として海・空戦力の顕著な増強を行うなど、一貫して軍事力を増強してきた。その結果、極東ソ連軍は、核戦力、通常戦力ともソ連軍全体の1/4〜1/3に相当する戦力を保有するに至り、その軍事力の蓄積は、人口が稀薄で、産業が限られているソ連極東部において膨大なものとなっている。

極東ソ連軍の配備・展開状況についてみれば、1978年の北方領土への地上軍再配備にみられるように、沿海地域、樺太、オホーツク海、カムチャッカ半島などのわが国に近接した地域に重点的に配備・展開されている。その結果、この地域には、極東ソ連軍の地上・航空戦力全体のうち、師団の約6割、戦闘機の約6割(第4世代戦闘機は約8割)、爆撃機の約8割が配備されるに至っているのに加え、ソ連最大の艦隊である太平洋艦隊がウラジオストクを主要拠点として展開している。また、中ソ国境でも、昨年から本年にかけての3個師団の撤退など、最近のモンゴル駐留軍に変化がみられることは事実だが、他方、依然として多数の地上・航空部隊が国境に近接して配備・展開されている。このように、極東ソ連軍の軍事態勢は、その膨大な蓄積とあいまって、周辺諸国に圧力を与えるものとなっている。

また、ソ連は、ゴルバチョフ政権誕生後も、老朽装備の廃棄などの部分的削減を行う一方、装備の質的強化を続け、全般的な戦力の再編・合理化及び近代化を進めてきた。昨年5月、ゴルバチョフ書記長が今後二年間で極東方面における一方的戦力削減を行うことを発表して以来、この一年間において、極東ソ連軍は、陸・海・空にわたる量的な縮小をみせた。しかし、同時に旧式装備を中心として廃棄が進められる一方、近代的な装備の配備が従前と同様の高いペースで続けられた結果、極東ソ連軍の再編・合理化及び近代化は大きく進展した。このような動きは、ゴルバチョフ書記長の一方的戦力削減発表を契機に、極東ソ連軍が量から質への本格的な転換を開始したことを示唆するものとして注目される。

最近の極東ソ連軍の活動についていえば、艦艇の外洋における活動や軍用機のわが国に対する近接飛行回数には減少傾向がみられる一方、わが国に近接した地域における演習・訓練は、引き続き活発に行われている。

最近のソ連の国内情勢、国際環境にかんがみれば、ソ連は極東においても従来に比べ、他国に対する侵略的行動をとることが困難な状況にあるとみられるものの、上述のような極東ソ連軍の動向から来るわが国周辺地域の厳しい軍事情勢には依然変わりはない。(第1−7図 わが国に近接した地域におけるソ連軍の配置

(1) 戦略核戦力

極東地域には、ソ連の全戦略ミサイルの1/4〜1/3が配備されている。ICBMや戦略爆撃機がシベリア鉄道沿線を中心に、また、SLBMを搭載したデルタ級弾道ミサイル搭載原子力潜水艦などがオホーツク海を中心とした海域に配備されている。これらのICBMやSLBMは、SS−18、SS−25、SS−N−18などに着実に近代化されてきている。最新型のSLBM、SS−N−23を搭載したデルタ級弾道ミサイル搭載原子力潜水艦も間もなく配備されるものとみられる。さらに、核弾頭装備の空中発射巡航ミサイルAS−15を搭載できる新型のTU−95ベアH爆撃機が配備されている。

(2) 非戦略核戦力

バックファイアなどの中距離爆撃機、海洋・空中発射巡航ミサイル、戦術核などの多様な核戦力が配備されている。バックファイアは、約4,000kmの行動半径を有し、AS−4空対地(艦)ミサイルも搭載可能で、バイカル湖西方と樺太対岸地域に約85機配備され、極東ソ連軍に対し極東地域の地上目標やわが国周辺海域のシーレーンなどにおける優れた攻撃能力を提供している。このほか、地上軍部隊には、核装備可能なフロッグ、SS−1スカッドといった短距離弾道ミサイルが配備されており、新たにフロッグに代わるSS−21の配備も開始されたとみられる。さらに、SS−N−21海洋発射巡航ミサイルを搭載したアクラ級攻撃型原子力潜水艦が配備されている。他方、SS−20などのINFミサイルについては、INF条約に基づき引き続き廃棄が進められている。

(3) 地上戦力

1965年以来一貫して増強されてきた地上戦力は、本年に至って初めて規模の縮小をみせ、2個師団約3万人減の41個師団約36万人となった。この減少は、ゴルバチョフ書記長の一方的戦力削減発表(12個師団の解体)を受けたものとみられる。ただし、今回削減された師団は動員基地に転換されたものとみられるが、このことは、有事の際の兵員の動員に従来より多くの時間を要するものの、動員の基礎は維持されていることを意味している。

また、極東ソ連地上軍は、量的削減と並行して、軍、軍団、師団各レベルでの大規模な再編・合理化に着手したのではないかとみられ、その行方及び影響については今後とも引き続き注目する必要がある。

質的な面に関しては、T−72戦車、装甲歩兵戦闘車、地対地(空)ミサイル、多連装ロケット、大口径火砲、武装ヘリコプターなどの新型装備の配備が樺太などわが国に近接した地域を中心に行われており、火力、機動力、戦場防空能力などの向上が図られている。

特に最近では、極東地域の軍・軍団直轄砲兵旅団の火砲総数が72門から120門に増加したとみられるほか、千島、樺太、カムチャッカ半島などの地上部隊において大口径の火砲及び多連装ロケットヘの更新が進められるなど、火砲、戦術ミサイルの増強・近代化が顕著となっている。加えて、指揮施設の増強、地下化や弾薬庫、燃料庫などの整備が積極的に進められるなど、後方支援体制の強化が図られている。

なお、最近、東欧から撤退したソ連軍の新型戦車等欧州方面に配備されていた装備の一部がソ連のシベリア地域に蓄積されている模様であり、今後、それが極東に配備され、極東ソ連軍の質的強化が促進される可能性に注意する必要がある。(第1−8図 極東ソ連地上兵力の推移 師団数)(第1−9図 極東ソ連地上兵力の推移 兵員数)(第1−10図 極東ソ連地上兵力の推移 戦車近代化)(ソ連の152mm自走りゅう弾砲

(4) 海上戦力

海上戦力としては、4個のソ連艦隊の中で最大のソ連太平洋艦隊がウラジオストクを主要拠点として配備・展開されている。太平洋艦隊は、昨年から若干の量的な減少をみせ、現在、ソ連の全主要水上艦艇約260隻と全潜水艦約340隻、約280万トンのうち、主要水上艦艇約90隻、潜水艦約135隻(うち原子力潜水艦約75隻)の約100万トンを擁している

ゴルバチョフ書記長の一方的戦力削減発表(16隻の戦闘艦艇の削減)との関係は不明ながら、昨年から本年にかけて約25隻の主要水上艦艇及び潜水艦の廃棄等が行われ、他方、約10隻の新型艦が配備されている。このように、ソ連太平洋艦隊は若干の量的な減少をみせているが、廃棄されたものはいずれも旧式艦であり、新たに配備されたものは新型艦であって、ヘリコプターの搭載可能なソブレメンヌイ級やウダロイ級のミサイル駆逐艦による対潜、対艦、対空能力の向上、射程3,000kmの海洋発射巡航ミサイルを搭載するアクラ級攻撃型原子力潜水艦の増強による対地、対艦攻撃能力の向上など、その近代化は着実に進んでいる。

このようなことから、太平洋艦隊の艦齢構成の若返りも着実に進んでおり、この一年間で、艦齢25年以上と思われる艦艇は、潜水艦で約70隻から約60隻へ、主要水上艦艇で約40隻から約25隻へと減少をみせた。

また、太平洋艦隊は、イワン・ロゴフ級などの揚陸艦艇のほか、ソ連唯一の海軍歩兵師団を擁しており、その装備の近代化を図るなど水陸両用作戦能力の向上も図られている。さらに、昨年9月には大型原子力実験艦が新たに配備され、指揮・通信機能の大幅な向上が図られているほか、軍用に転用可能なラッシュ船ローロー船などの商船が引き続き増加している。(第1−11図 極東ソ連地上兵力の推移 主要水上艦艇トン数)(第1−12図 極東ソ連地上兵力の推移 主要水上艦艇隻数)(第1−13図 極東ソ連の艦艇近代化の推移 ミサイル装備化)(第1−14図 極東ソ連の艦艇近代化の推移 ヘリコプター装備化)(第1−15図 極東ソ連海上兵力の推移 潜水艦トン数)(第1−16図 極東ソ連海上兵力の推移 潜水艦隻数)(昨年極東に回航されたソ連の大型原子力実験艦

(5) 航空戦力

航空戦力は、ソ連の全作戦機の約1/4に当たる約2,240機が配備されている。作戦機数は、昨年から約190機減少したが、これはMIG−21などの第2世代の旧式戦闘機を中心として約300機が減少する一方、MIG−31などの第4世代の戦闘機約110機が増加したためである。

昨年5月のゴルバチョフ書記長の一方的戦力削減発表(11個航空連隊の解体)の意味は必ずしも明らかでないが、仮に減少分のみを意味するとすれば、約300機の減少はおおむね7〜8個航空連隊分の削減に相当するものとみられる。なお、減少分には、一部MIG−23、SU−17などの第3世代の戦闘機も含まれているが、その大半は、廃棄されず保管状態に置かれているとみられる。

他方、この一年間の急激な増減により、極東ソ連航空戦力の近代化は著しく進展した。例えば、昨年まで約1割を占めるにすぎなかったMIG−31フォックスハウンド、SU−25フロッグフット、SU−27フランカー及び昨年新たに配備されたMIG−29フルクラムなどの第4世代の戦闘機が本年に入り約2割に達し、これとSU−24フェンサーなどの第3世代の戦闘機とで全戦闘機の約9割を占めるに至っている。

このような戦闘機の近代化は、わが国に近接した地域に重点的に行われており、長距離飛行能力を有し、兵器搭載能力にも優れた第4世代の戦闘機の増強により、オホーツク海や日本海方面における攻撃能力が顕著に強化されている。

なお、最近、地上軍の場合と同様に欧州方面に配備されていた作戦機の一部が極東地域に移動してきている模様であり、東欧から撤退した部隊、装備の再配備の可能性も考えられ、注意する必要がある。(ソ連の戦闘機SU−27フランカー)(第1−17図 ソ連戦闘機の行動半径(例))(第1−18図 極東ソ連航空兵力の推移 戦闘機)(第1−19図 極東ソ連航空兵力の推移 爆撃機

2 北方領土におけるソ連軍

ソ連は、同国が不法に占拠しているわが国固有の領土である北方領土のうち、国後・択捉両島と色丹島に、1978年以来地上軍部隊を再配備しており、現在、その規模は師団規模であると推定される。これらの地域には、ソ連の師団が通常保有する戦車、装甲車、各種火砲や対空ミサイル、対地攻撃用武装ヘリコプターMI−24ハインドなどが配備されている。このほか、ソ連の師団が通常保有しない長射程の130mm加農(かのん)砲が配備されていたが、これらは新たに152mm加農(かのん)砲に更新された。訓練も引き続き活発に行われている。また、択捉島天寧飛行場には、1983年に配備が開始されたMIG−23フロッガー戦闘機が現在約40機配備されている。

ソ連が北方領土にこのような軍事力を配備・展開している狙いは、主として次のようなものであるとみられる。軍事的には、北方領土がオホーツク海へのアクセスを(やく)する上で重要な位置にあるため、同海域に展開されているデルタ級などのSSBNの残存性の確保などを目的としたオホーツク海の軍事的聖域化や、同海の周囲の大部分がソ連領土であることを利用した事実上の内海化を図るための前進拠点とすることを狙っているものとみられる。また、政治的には、北方領土を軍事力によって確保し続けるとの意図を明らかにし、不法占拠という既成事実をわが国に対して押し付けることを狙っているものとみられる。

3 わが国周辺における活動

わが国周辺における極東ソ連軍の活動は、全般的には依然高い水準にあるが、艦艇、軍用機の行動などに一部減少傾向もみられる。一方、わが国に近接した地域における演習・訓練は引き続き活発に行われており、大きな増減はみられない。

地上軍については、大規模な演習が引き続き活発に行われている。そのほか、最近、樺太や北方領土などの周辺において上陸演習を含む大規模な統合演習が実施されるなど、わが国に近接した地域において、オホーツク海、日本海方面を対象とするとみられる演習が強化されている。

艦艇については、外洋における活動が全般的に減少傾向を示している。他方、演習・訓練は、オホーツク海、日本海を中心にむしろ増加しつつある。また、本年4月、日本海を中心としてウダロイ級ミサイル駆逐艦、バックファイア爆撃機など多数の艦艇、航空機が参加して行われた太平洋艦隊の演習にみられるように、内容面でも引き続き充実が図られている。

軍用機については、わが国に対する近接飛行回数は減少傾向を示しており、また、わが国のレーダーサイトに対する攻撃訓練を行っている疑いのあるソ連軍用機の飛行も、ここ一年余りみられていない。他方、本年6月、延べ約100機が参加する大演習が沿海地方において実施されたとみられることに象徴されるように、演習・訓練は引き続き高い水準にあり、その内容は、高度化・多様化してきている。最近では、太平洋上まで進出しての長距離要撃訓練や空中警戒管制機メインステイを組み合わせた多数機による複雑・高度な演習・訓練も行われている。また、本年4月、最新の偵察型とみられるSU−24が日本海をわが国に沿って飛行する動きをみせた。SU−24がわが国近海に現れたのは初めてであり、今次の飛行は、その戦力化の進展を示すものとして注目される。このように、極東ソ連軍用機の活動は、回数的には一部減少傾向がみられるものの、総じて実戦的な様相を呈しており、急速に近代化した航空戦力の有効化が積極的に図られていることを示している。

なお、艦艇・軍用機の活動の一部減少傾向については、極東ソ連軍が全般的な戦力の再編・合理化及び近代化の過程にあること、ソ連経済の深刻な不振を背景として燃料の節約を図っていること、また、緊張緩和の雰囲気の醸成を図っていることなどによるのではないかとみられるが、引き続き注視していく必要がある。(第1−20図 極東ソ連地上軍の大規模な演習・訓練回数の推移)(第1−21図 極東ソ連艦艇の外洋における活動)(第1−22図 極東ソ連艦艇の主要演習・訓練回数の推移)(第1−23図 極東ソ連軍の航空演習(海軍演習を含む)回数の推移)(第1−24図 わが国周辺におけるソ連艦艇・軍用機の行動概要)(本年4月わが国近海に現われたソ連の戦闘機SU−24フェンサー

4 中ソ国境における配備状況

中ソ国境においては、モンゴル駐留ソ連軍3個師団の撤退及び一部師団の動員基地化が行われ、中ソ国境におけるソ連軍兵力は、55個師団約47万人となった。これは、ゴルバチョフ書記長の一方的戦力削減発表を受けた動きとみられる。

また、モンゴル駐留軍については、本年3月に、1992年までに全面撤退することがソ連・モンゴル間で合意され、また、本年4月には、中国の李鵬首相が訪ソし、「中ソ国境地帯の兵力削減と信頼醸成措置の指導原則に関する協定」に調印した。このように、中ソ国境の軍事的対()状況に変化をもたらす可能性を有する動きがみられることは事実だが、現在のところ、中ソ両国の基本的な軍事的対()は依然として続いている。

()する中ソ両軍の戦力バランスについていえば、中ソ両軍の対()状況は、第1−25図のとおりであり、兵員数は中国軍がソ連軍に対して約2倍の勢力であるが、火力、機動力、対航空戦力などにおいてソ連軍の方が優勢であり、総合的にはソ連軍が優位に立っている。しかしながら、大規模な陸軍を中心とする中国軍は、極東ソ連軍を(けん)制し得るものとなっている。

 

(注) 動員基地:平時において、装備はほぼ100%充足されているが、兵員については5%以下の充足となっている基地

(注) ソ連太平洋艦隊全艦艇約830隻、約194万トン

(注) ラッシュ船(LASH;Lighter Aboard Ship):はしけ(lighter)を積載する船。大型クレーンを装備し、岸壁に接岸することなく、沖合いで、はしけの積卸しを行う。港湾設備の整備が十分でないところで利用される。

(注) ローロー船(Roll on/Roll off):コンテナや貨物をトラック、トレーラーなどの運搬装置に載せ、岸壁で運搬装置ごと船積みし、そのまま積卸す荷役方式を取り入れた船で、船首又は船尾に開閉式の扉がある。この方式は、商船では、カーフェリーに多く用いられている。軍用では、揚陸艦にも用いられ、艦艇を岸壁に接岸して戦車などを直接積載し、適当な上陸地に着岸し、艦首扉を開いて揚陸する。また、洋上から水陸両用の車両などを直接発進させるもの(Roll on/Float off)もある。

第3節 太平洋地域の米軍の軍事態勢

1 全般的な軍事態勢

太平洋国家の側面を有する米国は、従来からわが国を始めとするアジア地域の平和と安定の維持のために大きな努力を続けている。近年では、東アジア及び太平洋地域は、既に欧州を抜いて米国にとって最大の貿易相手地域となるなど、この地域の平和と安定は、米国にとって一層重要なものとなっている。

米国は、アジア・太平洋地域に、陸・海・空軍及び海兵隊の統合軍である太平洋軍や戦略空軍の部隊などを配備するとともに、わが国を始めいくつかの地域諸国と安全保障取極を締結することによって、この地域の紛争を抑止し、米国と同盟国の利益を守る政策をとってきている。また、米国は、有事において効果的かつ迅速に対応すると同時に、米国の抑止力の信頼性を維持するために、太平洋軍隷下の海・空軍部隊を主体とする戦力の一部を西太平洋やインド洋に前方展開させるとともに、必要に応じ所要の戦力をハワイや米本土から増援する態勢をとっている。

本年4月、米国は、財政的な制約等を背景に、「アジア・太平洋地域の戦略的枠組み:21世紀に向けて」と題する対議会報告の中で、この地域における前方展開戦力を、今後10年間に3段階に分けて再編・合理化する計画を公表した。ただし、同時に、この計画は、戦闘能力の基本的低下を来さない形で行われ、同盟戦略、前方展開戦略等の基本戦略を堅持するものであるとの方針を明らかにしている。

また、米国は、わが国等に対し、責任分担の面で一層の努力を行うことを引き続き期待している。

2 太平洋軍の配備・展開状況

米太平洋軍は、ハワイに司令部を置き、太平洋とインド洋を担当している。

陸軍は、3個師団約6万3千人から構成され、韓国、ハワイ、アラスカにそれぞれ1個師団が配備されている。

海軍は、ハワイに司令部を置く太平洋艦隊の下、西太平洋とインド洋を担当する第7艦隊、東太平洋やベーリング海などを担当する第3艦隊などから構成されている。両艦隊は、主要艦艇約170隻、約160万トンをもって、米本土の西海岸、ハワイ、フィリピン、日本、ディエゴ・ガルシア、グアムなどの基地を主要拠点として展開している。

海兵隊は、2個海兵機動展開部隊約8万5千人、作戦機約310機から構成され、米本土の西海岸と日本にそれぞれ1個海兵機動展開部隊が配備されている。

空軍は、第5空軍が日本、第7空軍が韓国、第11空軍がアラスカ、第13空軍がフィリピンにそれぞれ配備され、作戦機約360機を保有している。

3 わが国周辺における軍事態勢

陸軍は、韓国に第2歩兵師団、第19支援コマンドなど約3万2千人、日本に第9軍団司令部要員約2千人など、この地域に合計約3万4千人を配備している。最近では、在韓米軍のAH−1S武装ヘリコプターの増強、M−1戦車の配備の完了、第2歩兵師団のMLRS(多連装ロケットシステム)の増強等火力、機動力の強化などが行われている。

海軍は、日本、フィリピン、グアムを主要拠点として、その戦力は、空母3隻を含む艦艇約70隻、作戦機約200機、兵員約3万6千人である。作戦部隊である第7艦隊は、西太平洋やインド洋に展開している海軍と海兵隊の大部分を隷下に置き、平時のプレゼンスの維持、有事における海上交通の安全確保、沿岸地域に対する航空攻撃、強襲上陸などを任務とし、ニミッツ級原子力空母、タイコンデロガ級イージス艦などが配備されている。来年には、空母ミッドウェーは、フォレスタル級空母インディペンデンスに交替される予定である。

空軍は、第5空軍がF−15、F−16を装備する2個航空団を日本に、第7空軍がF−16を装備する2個航空団を韓国に、第13空軍がF−4を装備する1個航空団をフィリピンに、それぞれ配備している。また、戦略空軍がKC−135等を装備する1個航空団を日本に配備している。最近では、在韓米軍のF−4がF−16に更新されたほか、A−10がF−16に更新中である。これらの空軍勢力は、約300機、兵員約3万9千人である。

海兵隊は、日本に第3海兵師団とF/A−18、A−6などを装備する第1海兵航空団を配備し、洋上兵力やフィリピン駐留兵力を含め約2万7千人、作戦機約80機を展開している。最近では、岩国にAV−8Bハリアーの飛行隊が配備され、また、沖縄の第3海兵機動展開部隊へ軽装甲歩兵戦闘車が配備されるなど、火力や機動力の強化が進められている。このほか、重装備などを積載した事前集積船が西太平洋にも配備されている。(米国のM1A1戦車)(米国の空母インディペンデンス

第4節 中国の軍事態勢

1 全般

昨年5月の中ソ首脳会談や本年4月の李鵬首相の訪ソなどを通じた中ソ間の関係改善の動きにより、将来的には中ソ国境の状況に変化が生ずる可能性はあるものの、現時点では中国は、長い国境線を挟んだソ連との軍事的対()を継続していることから、依然、ソ連を主たる軍事的脅威と認識しているとみられる。このようなことから、強大な火力、機動力を有するソ連軍に対抗するため、引き続き、従来の広大な国土と膨大な人口を利用したゲリラ戦主体の「人民戦争」の態勢から各軍・兵種の協同運用による統合作戦能力と即応能力を重視する正規戦主体の態勢への移行を図っている。

このため、中国は、大幅な人員削減や組織・機構の簡素化による編成・運用の効率化、装備の近代化や研究開発の強化、幹部の若返りや幹部教育の充実、各軍種・兵種間の協同訓練の強化を進めるとともに、階級制度を復活させて軍の近代化・正規化の努力を行っている。装備の近代化に当たっては、自らの研究開発や生産を基本としつつ、西側を中心とする外国からの技術導入を図る一方、第三世界諸国への武器の輸出を増加させている。

中国は、国防支出の増加努力を行っているが、当面は経済建設が最重要課題とされていることなどから、財政支出に占める国防支出は限られており、全般的な近代化は早急には困難な状況にある。また、昨年6月、中国当局が北京市における学生、市民の民主化要求運動を武力制圧した「天安門事件」が、中国と西側主要国との関係を悪化させた。この関係は現在に至るも完全に修復されておらず、この事件が中国の経済建設や装備の近代化に否定的な影響を与えている。

2 軍事態勢

中国の軍事力は、核戦力のほか、陸・海・空軍からなる人民解放軍、人民武装警察部隊及び民兵から構成されている。

核戦力については、抑止力を確保すると同時に、国際社会における発言権を獲得する観点から、1950年代半ばごろから独自の開発努力を続けている。現在では、ソ連欧州部や米国本土を射程に収めるICBMを保有するほか、ソ連極東地域やアジア地域を射程に収めるIRBM(中距離弾道ミサイル)とMRBM(準中距離弾道ミサイル)を合計100基以上、中距離爆撃機(TU−16)を約120機保有している。また、SLBMの開発も進められており、SSBNからの水中発射実験にも成功している。さらに、戦術核も保有しているとみられ、核能力の充実と多様化に努めている。

陸軍は、総兵力約230万人と規模的には世界最大であるものの、総じて火力、機動力が不足している。これまで、少数精鋭化による軍の近代化などを図るため、100万人以上の兵員を削減するとともに、従来の11個軍区を7個軍区に再編成した。さらに、統合作戦能力の向上などのため、歩兵師団を中心に編成された軍(軍団)を、歩兵、砲兵、装甲兵などの各兵種を総合化した「集団軍」へと改編している。

海軍は、北海、東海、南海の3個の艦隊からなり、艦艇約2,060隻(うち潜水艦約110隻)約100万トン、作戦機約890機を保有している。艦艇の多くは、旧式かつ小型であるが、ヘリコプター搭載可能とみられる護衛艦の建造、新型ミサイルの搭載などの近代化が積極的に進められている。また、西太平洋で海軍演習などを行っているほか、南沙群島や西沙群島における活動拠点の強化を図りつつ、これらの海域でのプレゼンスを強化するなど、海洋における活動範囲を拡大する動きがみられる。空軍は、作戦機を約5,160機保有しているが、ソ連の第1、第2世代の戦闘機をモデルにした旧世代に属するものがその主力となっている。最近では、F−8などの新型戦闘機の開発のほか、搭載電子機器の更新などによる性能の向上に努めるなど、航空機の近代化を図っている。(中国のルーダ級駆逐艦

3 米中関係

1979年の米中国交正常化以降、両国は、台湾問題を抱えながらも、関係発展の努力を払ってきており、両国間の交流は軍事面における交流を含め、全般に拡大してきた。しかしながら、昨年6月の「天安門事件」以来、米中関係は冷却し、米国は中国向けの武器輸出の停止、米中軍指導者間の交流停止などの措置を採っている。

もっとも、米国は、一方で、大統領補佐官(国家安全保障問題担当)を2度にわたり訪中させたほか、民生用の衛星の売却を行い、中国に対する最恵国待遇の継続を決めるなど、対中関係の改善に向けて種々の措置をとっており、また、中国も、北京市の戒厳令を解除し、民主化運動で指導的立場にあった学者の出国を認めるなど、一部で柔軟な姿勢を示している。しかしながら、米議会を中心に米国の中国に対する姿勢はなお厳しく、一連の関係改善の動きが米中軍事交流面に反映されるにはなお時間を要しよう。

第5節 朝鮮半島の軍事情勢

1 全般

朝鮮半島は、地理的、歴史的にわが国とは密接不離の関係にあり、朝鮮半島の平和と安定の維持は、わが国を含む東アジア全域の平和と安定にとって重要である。この朝鮮半島においては、韓国と北朝鮮の合わせじて140万人を超える地上軍が非武装地帯(DMZ)を挟んで対()するなど軍事的緊張が続いている。

韓国は、近年の目覚ましい経済的発展にやや鈍化がみられるものの、外交的には、ソ連・東欧諸国の民主化などの動きを背景に、これらの国々との関係改善に大きな成果をあげている。北朝鮮は、東欧諸国の民主化や韓国承認の動きにより孤立感を深めており、対中関係の強化等によりその克服に努めるとともに、国内的には、政治的、思想的引き締めを行っている模様である。これらに加えて、長期にわたる経済不振、指導者の後継問題などもあり、北朝鮮の内政は種々の不安定要因を抱えているとみられる。

また、韓国と北朝鮮の間の対話は、1988年8月に再開されて以来断続的に行われているが、今までのところ大きな進展はみられていない。

このような中で、本年6月、サンフランシスコにおいて、初の韓ソ首脳会談が行われた。今後、このような動きを通じて朝鮮半島の緊張が緩和の方向へ向かうことが期待されるが、北朝鮮の対応など不確実な要素も残っており、朝鮮半島情勢は、依然として不安定、流動的である。

2 北朝鮮

(1) 北朝鮮の軍事力

北朝鮮は、1962年以来、「全人民の武装化」、「全国土の要塞化」、「全軍の幹部化」、「全軍の近代化」という4大軍事路線に基づいて軍事力を増強してきた。現在、北朝鮮は、引き続きGDPの約20〜25%を国防費に投入しているとみられる。特に、1970年代以降における軍事力の増強・近代化には著しいものがあり、最近では航空機やミサイルの国産能力も保有しつつあるとみられている。

最近では、また、核関連施設の建設や短距離地対地ミサイルの研究開発が進められている模様であり、このような動きが核兵器の開発につながることが懸念されている。なお、北朝鮮は「核兵器の不拡散に関する条約(NPT)」上の義務である国際原子力機関(IAEA)との間の保障措置協定の締結を依然として行っていない。

北朝鮮軍の勢力は、陸軍が戦車約3,200両を含む31個師団約93万人、海軍が潜水艦22隻、ミサイル高速艇37隻を主体に約590隻約7万4千トン、空軍が作戦機約770機である。これに加え、最近では化学兵器も保有しているとみられる。

陸軍は、1970年代後半以降に顕著に増強され、その兵員数は韓国の兵員数の約1.7倍である。また、戦車、装甲車、自走砲などの機動力や火力などの面で韓国に対し量的に優位に立っておりその主力はDMZ沿いに配備されている。また、最近は、一部部隊の機械化、機甲化への改編を行うとともに、前方配備を推進している。

海軍は、総トン数や駆逐艦などの主要艦艇の隻数において韓国に劣り、また、運用海域が東西に二分されていることもあり、運用の柔軟性に欠ける面がある。しかし、潜水艦、ミサイル高速艇を始め、多数の上陸用舟艇、哨戒艇を保有しており、沿岸における作戦行動に適した能力を有している。

空軍は、その作戦機数では韓国に対し優位にあるが、概して旧型のものが多い。しかし、最近では、最新鋭の戦闘機の導入が図られている。このほか、多数の輸送機を保有しており、そのほとんどが低空からの侵入に適した機種で占められている。また、韓国軍が保有しているものと同型の米国製ヘリコプターが第三国経由で多数導入されている。

北朝鮮は、「正規戦と非正規戦の配合」をスローガンにして非正規戦を重視しており、このようなことから陸軍の特殊部隊の増強とあいまって、海軍がミゼット型を含む潜水艦を、空軍が小型輸送機やヘリコプターをそれぞれ保有している。さらに、準軍隊である労農赤衛隊も、韓国の郷土予備軍に比べ、装備の水準や訓練練度が高いとみられる。(第1−26図 朝鮮半島の軍事力の対()

(2) 北朝鮮とソ連の軍事協力

北朝鮮とソ連とは、最近、ソ連の国内改革等の問題をめぐり、必ずしも意見が一致していないとみられるが、他方、両者の軍事的な関係は、引き続き緊密に維持されている。具体的には、ソ連からのMIG−23、対地攻撃能力に優れたSU−25や制空能力に優れたMIG−29といった戦闘機、SA−5とみられる地対空ミサイルなどの高性能兵器の供与が継続しているとみられる。

軍事面の交流では、軍事代表団などの相互訪問が行われているほか、本年5月には北朝鮮の空軍飛行隊がソ連を訪問している。また、昨年9月には日本海において、1986年以来引き続いて4回目の双方の海軍による合同演習が行われている。

3 韓国

韓国は、全人口の約25%に当たる約1,031万人が集中する首都ソウルがDMZから至近距離にあり、また、三面が海で囲まれ、長い海岸線としょ多くの島(しょ)群を有しているという防衛上の弱点を抱えている。このため、韓国は、北朝鮮の軍事力増強を深刻な脅威と受けとめ、並々ならぬ国防努力を払い、毎年GNPの約5〜6%を国防費に投入しており、近年、防衛力の強化には目覚ましいものがある。

陸軍は、兵力21個師団約55万人で、その多くはDMZからソウルの間に数線にわたって配置され、ソウル防衛に当たっている。また、AH−1S武装ヘリコプターなどを米国から購入しているほか、初の国産88式戦車を配備するなど、火力と機動力の増強を図っている。

海軍は、海兵隊2個師団と1個旅団を含み、約180隻約11万トンの艦艇を保有している。艦艇の主力は駆逐艦であるが、ミサイル高速艇の増強なども行われている。空軍は、F−4、F−5を主力とし、1986年から導入を進めているF−16を含め約350機の作戦機を保有している。また、奇襲攻撃に対応するために早期警戒態勢の強化を図っている。

なお、毎年数回、郷土予備軍と正規軍との合同訓練を行うなど、郷土予備軍の練度の向上を図っている。(韓国の戦闘機F−16

4 在韓米軍

米国は、米韓相互防衛条約に基づいて、現在、第2歩兵師団、第7空軍などを中心とする約4万4千人の部隊を配備し、韓国軍とともに「米韓連合軍司令部」を設置している。在韓米軍は、第2歩兵師団などの火力、機動力の向上、防空能力の向上、C3I(指揮、統制、通信及び情報)などの強化を図っている。

また、米韓両国は、朝鮮半島における不測事態に対する共同防衛能力を高めるため1976年から毎年米韓合同演習「チームスピリット」を行っているが、本年は、例年より約10%削減された規模で1月末から4月末にかけて実施した。

このような在韓米軍の存在と米国の対韓コミットメントは、韓国の国防努力とあいまって、朝鮮半島の軍事バランスを維持し、朝鮮半島における大規模な武力紛争の発生を抑止する上で大きな役割を果たすとともに、北東アジアの平和と安定にも寄与している。

米国は、本年に入り、在韓米軍の削減計画を明らかにしている。まず、本年1月、3空軍基地(光州(クァンジユ)水原(スウオン)大邱(テグ))の運用停止とそれに伴う約2千人の兵員削減を発表した。次いで、4月、前述の報告書「アジア・太平洋地域の戦略的な枠組み:21世紀に向けて」の中で、この発表を含む包括的な在韓米軍の削減計画を公表した。この計画によれば、朝鮮半島の軍事バランスを考慮しつつ米軍の役割を支援的なものに変化させていくこととし、その第1段階として今後3年間に約7千人の削減を予定している。(米韓合同演習 チームスピリット

第6節 東南アジアの軍事情勢

1 この地域の特性

東南アジアは、マラッカ海峡、南シナ海やインドネシア、フィリピンの近海を含み、太平洋とインド洋を結ぶ交通上の要衝を占めている。

現在、この地域においては、戦闘状態が続いているカンボジア、その領有権をめぐり対立が続いている南沙群島など、不安定要因が存在している。一方、ASEAN諸国の経済発展やこれに伴う自由主義諸国との相互依存関係の進展、ベトナム軍のカンボジアからの撤退完了声明など、この地域の平和と安定にとって好ましい要素も存在している。こうした情勢の下にあってASEAN諸国は、この地域の平和と安定を図るため、引き続き結束の強化を図っている。

ASEAN諸国は、経済的、政治的にみても、わが国にとって重要な近隣諸国であり、これらの諸国の平和と安定はわが国の安全にとって重要である。

2 この地域の主な紛争の状況

(1) カンボジア紛争

カンボジアにおいては、1978年12月の軍事介入によりソ連の支援を受けつつ「へン・サムリン政権」を擁立したベトナムが兵力を駐留させていたが、昨年9月、ベトナムは有効な国際監視のないままカンボジア駐留軍の一方的完全撤退を発表した。しかし、その後も「ヘン・サムリン政権」とカンボジア国民政府(本年2月民主カンボジア連合政府を改称)との間で一進一退の軍事衝突が繰り返されており、軍事的(こう)着状態の下で、軍事力による決着は困難な状況となっている。

このような中で、最近カンボジア問題の包括的政治解決の必要性についての認識が高まり、昨年7〜8月のパリでのカンボジア国際会議、本年1月からの数次にわたる国連安全保障理事会常任理事国(米・ソ・英・仏・中)による非公式協議(通称「安保理5か国会合」)や6月のわが国主催のカンボジアに関する東京会議等、各種の国際的努力が精力的に続けられている。こうした努力の結果、国連の果たすべき役割の強化や最高国民評議会の早期設立の必要性につき一定の合意がみられる等の進展があったものの、国連の具体的関与のあり方や暫定期における2つの「政府」の取り扱い等については依然関係者間の対立は大きい。

(2) 中越間の紛争

中越国境においては、現在、中国軍約20個師団を基幹とする約30万人とベトナム軍約30個師団を基幹とする約30万人とが対()しており、1979年2〜3月の軍事衝突以来、小規模の武力衝突を繰り返してきた。また、1988年には、中国、ベトナム、フィリピン、マレーシアなどが領有権を主張している南シナ海の南沙群島の周辺海域において、中国とベトナムの艦艇による小規模な武力衝突が発生している。

他方、最近では、昨年1月の外務次官級の公式会談の再開など、中越間には関係改善の兆しがあり、中越国境の軍事的対()にも緩和の兆しがみられる。しかしながら、両国関係には、カンボジア問題での基本的な対立、南沙群島に対する活動拠点の増強やその周辺海域における艦艇の展開など、依然として厳しいものがあり、早期の関係改善は困難な状況にあるとみられる。(第1−27図 インドシナにおける軍事態勢

3 この地域におけるソ連の動向

ソ連は、ベトナム、ラオス及びカンボジアの「ヘン・サムリン政権」に対し、軍事援助と軍事顧問の派遣を行うとともに、このような援助を背景に、1979年以来ベトナムのカムラン湾の海・空軍施設を使用してきている。

昨年、ソ連は、ベトナムに対する軍事援助削減の方針を固めるとともに、カムラン湾駐留航空部隊のうちMIG−23フロッガーなどの撤退を行った模様である。この背景には、ソ連の国内経済の不振のほか、軍事的プレゼンスの減少によるイメージの改善とそれを梃子(てこ)としたASEAN諸国との経済関係の改善、更に、フィリピン駐留米軍の撤退圧力の増大などの外交・軍事上の狙いがあるものとみられる。

現在、ソ連は、カムラン湾に水上戦闘艦艇や潜水艦などを寄港させ、同港湾を利用して南シナ海に20隻程度のプレゼンスを維持するとともに、TU−95ベアなど約10機を同湾に配備し、周辺海域の偵察などを行っている。このほか、カムラン湾には、通信・情報収集施設や補給施設が存在し、その機能の向上が図られていることから、一部航空機の撤退があったとしても、ソ連がカムラン湾の使用を放棄したと即断できる段階にはない。

4 この地域における米国の動向

米国は、ベトナムからの撤退以降、フィリピンを除いては、この地域には軍事力を常駐させていないが、経済・軍事援助などによりASEAN諸国との協力・友好関係の確保に努めている。また、フィリピンのスビック海軍基地及びクラーク空軍基地に駐留している海・空軍の存在、タイにおける戦時予備備蓄、タイなどとの共同演習、西太平洋やインド洋における空母戦闘グループのプレゼンスなどにより、この地域の平和と安定の維持に努めている。

在比米軍基地については、現行の在比軍事基地協定の期限である1991年9月以降の基地の存続が未定となっていることから、本年5月から米比間で基地の存続問題も含めた基地交渉が行われており、その行方が注目されている。

5 ベトナム、ASEAN諸国の動向

(1) ベトナム

ベトナムは、約125万人の兵力を有し、東南アジア地域では、その規模は他国に比し突出したものとなっており、陸軍兵力は110万人と、規模的には中国、ソ連に次いで世界で第3位となっている。

ベトナムは、1979年の中越国境での軍事衝突、カンボジア問題をめぐる対立、南沙群島周辺海域の小規模な武力衝突などにより、中国と軍事的に緊張関係にあり、ハノイ以北の地域に約30個師団を基幹とする約30万人の兵力を配備している。ベトナムは、また、1978年にカンボジアに軍事介入し、「ヘン・サムリン政権」を支援して、カンボジア国民政府三派と軍事衝突を続けてきた。昨年9月、ベトナムは、カンボジア駐留軍の完全撤退を発表したが、依然その一部がカンボジア領内に残留し、「ヘン・サムリン政権」を支援している可能性もある。

ベトナムは、中国と対立関係にあることもあって、ソ連にカムラン湾の海・空軍施設の使用を許容する一方、ソ連から多額の軍事援助を受ける等ソ連との軍事関係を緊密化させてきている。最近この関係は若干変化の兆しが見えるが、ベトナム軍の装備のほとんどはソ連製であり、ペチャ級護衛艦やMIG−23などの艦艇・戦闘機を導入し、近代化を図っている。なお、米国製の兵器も保有しているが、大部分は老朽化している。

(2) ASEAN諸国

ASEAN諸国は、それぞれ自国の国防努力を継続しており、F−16などの新規装備の導入など軍の近代化に努めている。これら諸国の戦力は、他国からの侵略に対応するとともに、国内治安の維持を図ることを主目的としている。また、各国とも自国のみによる防衛には限界があり、域内の結束強化を図りつつ、先進民主主義諸国との協力関係の増進に努めている。最近では、2国間の軍事演習を活発に行うとともに、マラッカ海峡の共同防衛を協議するなど域内の防衛協力を進めているほか、経済・文化交流などを行っている。

タイ及びフィリピンは、米国と緊密な関係を有し、マレーシア及びシンガポールは英国、オーストラリア及びニュー・ジーランドとの「5か国防衛取極」により、域外諸国と安全保障面の協力関係を維持している。

タイは、カンボジアヘのベトナムの軍事介入により、直接的な影響を受けたことから、ベトナムの軍事力に重大な関心を有するとともに、米国及び中国から兵器を購入するなどして自国の軍事力の近代化に努めてきた。特に、米国との関係については、1950年以来軍事援助を受け、1987年には、「米・タイ戦時予備備蓄協定」に調印するなど緊密な安全保障面での協力関係を保持している。タイ軍の中心は陸軍で、19万人の正規軍を有し、政治的にも大きな影響力を有している。

フィリピンは、外国からの直接侵略に対しては、米比安全保障体制を基調として国家を防衛し、反政府ゲリラに対しては独力でこれに対処し、国内治安の維持を図ることを国防の基本方針としている。フィリピンには在比米軍基地が存在し、この地域の平和と安定にとって重要な位置を占めているが、国内の政治情勢が流動的であり、今後のフィリピンの政治動向には注意する必要がある。

マレーシアは、自主国防力の維持強化、5か国防衛取極による集団安全保障体制、共産勢力による転覆活動を抑制するための治安維持を基本方針として国軍の整備を行っている。マレーシアは、中立志向が強く、域外国の東南アジア地域へのプレゼンスには反対との立場をとっており、マレーシア周辺におけるソ連のプレゼンスや南沙群島周辺地域における中国海軍のプレゼンスの増加について大きな関心を有している。このため、英国から装備の導入計画を企図するなど軍の近代化を推進している。

シンガポールは、国家統合安全保障政策の遂行、5か国防衛取極の堅持、文民統制による近代的な国軍の整備を国防の基本方針としている。シンガポールは共産主義に対する警戒心が強く、ベトナムのカンボジア侵攻以後、軍事力の強化に努めている。また、シンガポールの国防政策の特徴は、国防に対する国民の意識高揚、社会、経済面を含めたトータル・ディフェンスの必要性を強調している点にあるといえる。

インドネシアは、自主防衛力の強化、治安維持等を国防の基本方針とし、装備の近代化を実施するとともに、ASEAN域内及び域外国との軍事演習を積極的に行っている。インドネシアは、ASEAN諸国では、最大の陸軍兵力21万5千人を有するとともに、海軍力の規模も約16万トンと最大のものとなっている。また、島(しよ)部が多く、領土も地理的に広範囲に及んでいるため治安の維持を特に重視する傾向にある。(第1−2表 東南アジア諸国の軍事力

第3章 その他の地域の軍事情勢

1 全般

中東、アフリカ、南西アジア、中南米等のいわゆる第三世界地域の多くは、日本を始めとする西側諸国にとって、石油その他の原材料の不可欠な供給地であるとともに、重要な海上交通路を抱えており、これらの地域の情勢は、日本を始めとする西側諸国の安定と繁栄に対し直接又は間接的に影響を及ぼすものである。

これらの地域には、民族、宗教、イデオロギー、領土等の紛争要因が数多く存在し、また、有効な地域的安全保障の枠組みが構成されておらず、さらに、ソ連がこれら紛争要因を利用して活発に勢力拡張政策を遂行してきたこともあり、第2次世界大戦以降現在に至るまで、国際的な武力紛争や内乱等は、第三世界地域で最も多く発生してきた。

最近、ソ連が「新思考外交」の展開に伴い、その勢力拡張政策を緩和する傾向にある。他方、米国は前方展開・緊急展開戦力等を通じて、第三世界の平和と安定に貢献していくとの基本的政策を維持しているが、米国の財政事情やソ連との緊張の緩和などを背景として、今後、第三世界地域の潜在的な紛争要因が表面化しやすい状況、あるいは、一部の国々が自国の国益のみに基づく行動をとりやすい状況が生まれてくる危険がある。

従来、これらの地域における武力紛争の多くは、比較的旧式で性能の劣る兵器による地域的に限定された低強度のものであった。しかしながら、最近に至り、一部の国々は、軍事力の増強を背景に地域的な影響力の拡大を図る動きをみせ始めており、また、長射程ミサイルを始めとする高性能兵器や化学兵器の取得を始めている。このため、将来のこれらの諸国の間の武力紛争は、かつて例を見ない強度の武力紛争とその結果としてより広い地域にまたがる惨禍をもたらす可能性がある。また、欧州における軍備管理・軍縮の進展が見込まれる中で、余剰となる武器のこれらの地域への移転の可能性も含め武器移転の拡大が懸念されている。(第1−28図 主要紛争地域(1989.7〜1990.6)

2 南西アジア地域

この地域においては、インドが、海軍力を中心として軍事力の強化を行ってきており、最近では、ソ連からのチャーリー級原子力潜水艦の導入や3隻目の空母の保有への動きがみられるなど、インド洋におけるプレゼンスの拡大を図っている。

カシミール問題については、昨年末ころから、インド側のジャム・カシミール地域で、インドからの分離・独立を求めるイスラム過激派組織とインド治安部隊との間の衝突が発生している。これについては、現在対話の動きもあるが、今後、このような動きがインド・パキスタン両国間の武力紛争に及ぶことも懸念されている。

3 中東地域

この地域においては、国内的にも、対外的にも依然として不安定かつ流動的な情勢が続いているが、特に、イラク、シリアを始めとしてこの地域の各国が、競って射程1,000kmを超える長射程のミサイルや最新鋭戦闘機などの取得又は開発を進めており、この地域の不安定を更に強める要因となっている。

アラブ・イスラエル間の対立については、イスラエルの占領下にあるヨルダン川西岸とガザ地区において、1987年末以来、パレスチナ人による蜂起運動(インティファーダ)が継続している。この運動は、本年5月以降、イスラエル内部の政治抗争やソ連系ユダヤ人のイスラエル移住等を背景として激化している。また、米国とPLOとの間の直接対話もPLOのイスラエルに対するテロ行為によって中断状態となっている。

レバノンにおいては、国内各派の対立に加え、関係各国の利害が複雑に絡み合い、依然混迷が続いている。

イラン・イラク紛争については、1988年8月の停戦以降、国連事務総長主催の下で両国間の直接交渉が行われているが、両軍の撤退、シャットルアラブ川の浚渫(しゅんせつ)といった問題が国境問題と絡んで進展がみられていない。

アフガニスタンにおいては、ソ連軍の撤退が昨年2月に完了したが、政権を掌握するナジブラ政権側と反政府勢力との間の戦闘は依然として継続している。反政府勢力は、ソ連軍撤退直後にパキスタン領内に暫定政権を成立させるとともに主要都市に対する攻撃を行っているものの、反政府勢力の組織的戦闘能力の欠如やソ連からナジブラ政権側に対するこう軍事援助もあって、特段の成果をあげるに至っておらず、戦闘は膠着した状態となっている。現在、米ソを中心に政治的解決に向けての努力が行われているが、ナジブラ政権側及び反政府勢力双方がそれぞれ内部対立を続けていることもあって、紛争が早期に解決する見込みは立っていない。

4 アフリカ地域

アンゴラ・ナミビア問題に関しては、1988年12月にアンゴラ、キューバ、南アフリカの3か国間に包括的和平協定が締結され、アンゴラ駐留キューバ軍の撤退も進められている。また、この和平協定の成果として、本年3月にナミビアが南アフリカ共和国からの独立を達成した。

さらに、チャド内戦についても、昨年9月にリビアとの間で平和的解決に向けての合意が行われた。

一方、西サハラ領有をめぐるモロッコとアルジェリアの支援を受けたポリサリオ解放戦線との間の紛争、エチオピアからのエリトリア州及びティグレ州の分離独立を求める内戦などは依然として継続しており、昨年末にはリベリアにおける内戦も発生している。

5 中南米地域

カラグアにおいては、本年2月の大統領選挙において、政権側のサンディニスタ民族解放戦線が敗れて国民野党連合のチャモロ女史が当選した。これに伴い、本年6月に至って、反政府勢力であったコントラが武装解除を行ったことから、約10年に及ぶ内戦は終了した。

一方、エルサルバドルにおいては、政府側とゲリラ側のファラブンド・マルティ民族解放戦線との和平に向けての努力が行われているが、両者間の内戦は依然として継続している。