第1部

世界の軍事情勢

第1章 全般的な軍事情勢

第1節 軍事面からみた世界の構造

 国の平和と安全を保つためには、世界の国々と相互理解を深め、友好協力関係を築いていくことが重要である。また、世界各地における紛争の解決や対立の緩和を進め、経済協力を行うなど、安定した国際環境を作る努力が必要である。さらに、経済の発展を図り、内政を安定させることが安全保障の基盤であることもいうまでもない。しかし、これらの努力のみでは、実力をもってする侵略を未然に防止し、また、このような侵略が現実に生起した場合にこれを排除することはできない。

 異なる価値観や国家目標を持つ多数の主権国家が存在し、複雑に流動する国際社会において、外国からの侵略の可能性を否定できない以上、侵略を抑止して国の生存と独立及び平和と安全を維持するための手段としての軍事力を備えておくことも重要である。このような軍事力は、侵略を排除する意思と能力を表すものとして、安定的均衡を維持し、相手の軍事力の行使を抑止することができる。このような考え方に立って、世界の多くの国々は、独力で、あるいは集団安全保障体制の措置により、安定的均衡を維持し、自らの安全保障を確保している。

 世界の軍事情勢は、第2次世界大戦後今日まで、政治・経済体制やイデオロギーを異にする米国とソ連をそれぞれ中心とする東西の集団安全保障体制による軍事的対()を基本的枠組みとして推移してきている。

 ソ連は、強力な核戦力を保持するとともに、ヨーロッパから極東に至る自国領土、東欧諸国などに膨大な地上戦力や航空戦力を配備しているほか、自国周辺の海域はもとより、アメリカ近海、太平洋、大西洋、インド洋、南シナ海、地中海などの遠隔地にまで海上戦力を展開させている。

 これに対し、米国は、核戦力を保持し、同盟国に対し、いわゆる核の傘を提供しつつ、同盟国に対する防衛コミットメントの裏付けとして、ヨーロッパやアジアのソ連周辺地域に所在する同盟国に、地上戦力、航空戦力を配備するとともに、主要な海域に海上戦力を展開している。

 このように、米ソ両大国を中心とする東西両陣営の軍事的対()は、グローバルな規模のものとなっている。第2次世界大戦後現在までの間には、「キューバ危機」のような危機が生じたこともあったが、米国を始めとする自由主義諸国が信頼性のある抑止力の維持・強化に努めてきたこともあって、核戦争やそれに至るような大規模な軍事衝突が幸いにして今日まで回避されてきたことは、東西間の抑止が機能してきたことにほかならない。

 しかしながら、ソ連は、1970年代のいわゆるデタント期において米国が国防努力を抑制していた間にも、一貫して軍事力を増強してきたため、その蓄積効果には、近年特に顕著なものがある。さらに、ソ連は、このような軍事力増強を背景として、直接的に又は第三国を介して、中東、アフリカ、東南アジア、中米などのいわゆる第三世界への勢力伸長に努めている。

 これらの地域の多くは、東西の集団安全保障体制の枠組みの外にあって、領土、民族、宗教、イデオロギーなど多くの紛争要因を抱えた不安定な地域であり、イラン・イラク紛争やベトナムの軍事介入によるカンボジア紛争などにみられるように、依然として各地域において紛争が継続している。他方、近年における国際的な相互依存関係の拡大によって、地域紛争、特に資源の豊富な地域や戦略的に重要な地域における紛争の帰(すう)は、自由主義諸国の利益に大きな影響を及ぼす状況となっている。しかも、ソ連その他の国によるこうした紛争への直接的、間接的な介入は、事態を一層複雑化し、自由主義諸国による適切な対応を重要なものにしている。

 最近、米ソ間においては昨年12月にINF(中距離核戦力)条約が署名され(本年6月1日発効)、また、パキスタン、アフガニスタン(カブール政権)、米国及びソ連の間においては本年4月にアフガニスタン間題に関する国連仲介によるジュネーブ間接交渉が妥結した。さらに、米ソを含む関係国の間においては、戦略核戦力などの分野における軍備管理・軍縮の努力が行われている。

 このような動きにもかかわらず、現下の国際社会の平和と安全が核兵器を含めた力の均衡により維持されているという冷厳な事実に変わりはなく、また、ソ連の軍事力増強の(すう)勢には依然として変化はみられていない。

 これらのことから、現下の国際軍事情勢には、依然として、厳しく、複雑かつ流動的なものがある。このような認識に立って、米国は、抑止力の維持・強化を図るため、戦力の全般的な近代化と態勢の強化に努めており、その効果はすでに現れ始めている。同時に、米国以外の自由主義諸国もそれぞれの立場に応じて防衛力の強化に努めている。

 

(注) INF条約:INF条約は、正式には、「中距離及び短距離ミサイルの廃棄に関する、アメリカ合衆国とソビエト社会主義共和国連邦との間の条約」という。

第2節 世界の軍事情勢の基本をなす東西関係

1 米ソの戦略態勢

 今日の米ソ両国のグローバルな軍事的対()の基本的構造は、戦略核戦力の均衡を背景とした米ソを中心とする集団安全保障体制の下に、主として欧州、極東、中東方面におけるソ連の兵力集中と、これに対する米国の兵力の前方展開という形でとらえることができる。

(1) ソ連

ア 全般

 ソ連は、軍事力の増強を国策の最優先課題の一つとしてきたが、その結果、今日では、核戦力と通常戦力のいずれの分野においても、米国に十分対抗できる戦力を築き上げるに至った。

 1985年3月に就任したゴルバチョフ書記長は、石油の生産の停滞や価格低下、労働力の不足や労働生産性の伸び悩み、規律の弛緩や官僚主義の横行などにより停滞した経済を再活性化するため、「ペレストロイカ(建て直し)」を唱えて、現在の中央集権的管理システムの枠内において積極的に各種の施策を推進している。また、外交面においては、軍備管理・軍縮に関して、ソ連の「平和的意図」を内外に示すとともに、世界各地域の諸国との間で関係の改善や強化を図っている。

 しかし、このような動きにもかかわらず、SS−24ICBMの配備、4隻目のキエフ級空母の就役、第4世代の戦闘機の配備などにみられるように、ソ連の軍事力増強の(すう)勢には依然として変化はみられない。

 今日、ソ連は、戦略核、中距離核などの核戦力の保持に加え、欧州における戦略上の要域とされる中部ヨーロッパ地域、特に東独を中心に質的にも最も高度な陸・空軍戦力を配備するとともに、東欧諸国に隣接する自国領に多大の兵力を配置している。極東においても、ソ連は、中ソ対立を契機として急速に軍事力を増強し、大きな兵力を中ソ国境周辺地域に配備しており、中東正面においても兵力を維持している。このように、ソ連は、欧州、極東、中東方面の3地域に兵力を集中するとともに、1970年代末以降、極東、西部、南西部及び南部の地域に複数の軍管区などを統括する戦域司令部を設置し、それぞれの方面において即応性を高め、独立して作戦を行える態勢をとっている。また、ソ連の周辺海域や地中海、アフリカ西部海域、インド洋、南シナ海、カリブ海を中心に強力な海軍力を維持している。

 ソ連は、このような軍事力を対外政策遂行の不可欠の手段としており、巨大な軍事力を背景に政治的影響力の増大に努めている。

イ 勢力拡張

 第2次世界大戦以降、ソ連は自国の政治的目的を達成する手段として、1956年のハンガリー動乱、1968年のチェコスロバキアへの軍事介入、1979年のアフガニスタンへの軍事介入のように、軍事力を幾度か行使してきた。このほか、中東、アフリカ、東南アジア、中米などの地域において、ソ連は、「民族解放闘争」支援などを旗印として、友好条約の締結、武器輸出、軍事顧問団の派遣、ソ連の影響下にある第三国の軍事要員の派遣、経済援助、海軍力のプレゼンスなどの手段により進出を図り、その政治的影響力を拡大してきた。

 ソ連が派遣している軍事顧問と技術者の数は、1965年以降4倍近くに増え、現在約2万5千人に上っており、シリア、リビア、南イエメン、エチオピア、ベトナムなど約30か国で現地軍の訓練などに当たっている。第三国の軍事要員の派遣については、主としてキューバや東独からのものであるが、特にキューバは、1975年のアンゴラ内戦を契機に派遣を活発化し、現在約4万5千人以上の軍事要員がアフリカ、中東、中米で活動している。また、ソ連は、自国内や東欧諸国で第三世界諸国の軍事要員の訓練を行っている。

 近年、ソ連は、海軍力や長距離輸送機などの増強、さらには商船隊の拡充・近代化を図っているほか、軍事援助を通じてベトナム、シリア、エチオピア、南イエメン、アンゴラ、キューバなどの海・空軍施設などの利用権を獲得してきており、遠隔地への軍事介入能力はグローバルな規模のものとなっている。(第1−1図 ソ連のグローバルな兵力展開

(2) 米国

ア 全般

 米国は、自由と民主主義などの諸価値を守るとの立場から、自由主義諸国を防衛し、世界の平和と安定を維持するため、基本的な国防政策として抑止戦略を一貫してとっている。このため、米国は、核戦力から通常戦力に至る多様な戦力を保持することにより、いかなる侵略であれ、これを未然に防止できる態勢の整備に努めている。さらに、仮に抑止に失敗し、紛争が生起した場合にはこれに有効に対処し、米国と同盟国にとって有利な形でできるだけ早期にこれを終結させることとしている。また、米国は、欧州、アジア、オセアニア、米州諸国との間で集団安全保障条約を締結し、それぞれの地域の同盟国と協力して地域の安定並びに自国及びこれらの諸国の平和と安全を維持することとしている。

 米国は、対ソ戦略上の重要正面として欧州と極東の二正面を考えており、米国と同盟国の利益を守るために、万一の場合に効果的かつ迅速に対応できるよう戦力をこれらの正面に前方展開させている。他方、中東及びインド洋を中心とする地域を米国と同盟国の国益と安全保障にかかわる重要地域の一つとみており、この地域に海軍部隊や事前集積船を随時展開させている。

 このような戦力の前方展開を支える不可欠の手段として、後続部隊を速やかに前方まで派遣するための戦略的機動性を重視した陸上部隊の編成、海・空輸送能力の強化、重装備の事前集積などの措置もとられている。

 米国の国防努力は、いわゆるデタント期といわれる1970年代を通じ、ソ連とは対照的に抑制されたものであったが、ソ連の長期にわたる軍事力増強の蓄積効果が明らかになるにつれ、米国内では米ソ間の軍事バランスの変化と米国の抑止態勢の信頼性に危機感が生じてきた。そして、1979年末のソ連によるアフガニスタンへの軍事介入を一つの契機として、米国は、米国自身の国防努力の一層の強化に乗り出すとともに、同盟諸国に対しても、自由主義諸国の一員として応分の努力をすることを強く期待している。特に、1981年に成立したレーガン政権は、核戦力と通常戦力の全般的な整備・近代化を進めるとともに国防態勢の強化に努めてきているが、厳しい財政事情の下、大統領と議会との合意によって1989年度国防予算政府案は、対前年比実質減となった。このような中にあっても、米国政府は、将来の脅威に対する近代化計画の達成のために、今後とも安定的な国防努力を進めていくことが必要であるとしている。

イ 技術力の利用

 国防態勢の強化に当たって米国がソ連より優れている最大の利点の一つは技術力であり、その利点を利用することをねらいとして、高度技術を駆使した兵器システムを開発配備するよう努めている。これは、全体として量的に勝るソ連に米国が数をもって対抗することは困難であるため、最新技術を用いた兵器システムを採用し、数的優位にあるソ連の対応を複雑化し、困難にすることにより、米国の抑止力を高め得るという考えに基づくものである。米国が最近進めている競争戦略は、このような背景から生じたものである。また、技術力の優位を維持・強化するため、米国は、わが国を含む自由主義諸国との技術交流を深めるとともに、技術の保全が、自由主義諸国全体の安全保障にとって死活的に重要であると認識し、自由主義諸国と協力してソ連などの共産圏への高度技術の流出阻止のための努力を払っている。

ウ SDI

 レーガン大統領は、1983年3月、非核の高度な防御システムにより弾道ミサイルを無力化し、究極的には核兵器を廃絶するとの基本理念に基づく戦略防衛構想(SDI)を提唱した。この構想は、攻撃核兵器の均衡と抑止により国際社会の平和が維持されている現実の下で、軍備管理・軍縮の努力と並行しつつ、防御的な手段に依存する度合いを強めていき、最終的には専ら防御システムに依存する段階に到達することを探求するものである。このような考えに基づき、現在、米国は、将来の大統領と議会とが、弾道ミサイル防御システムの開発配備の是非を決定するに当たって必要な技術的知識を提供することを目的としたSDI研究計画を推進している。このシステムは、弾道ミサイルを発射直後から数段階にわたって捕捉・破壊する多層防御方式をとるものとされている。現在、米国は、1990年代には戦略防衛の第一段階の配備を開始することを目標に研究を進めている。

 なお、米国は、SDI研究計画を推進するとともに、同盟・友好諸国に対しても、同計画への参加を呼びかけており、昨年7月末までに、わが国を始め5か国が、同研究計画参加のための政府間協定を締結している(第3部第3章第4節参照)。

2 米ソの核戦力

 現在の軍事情勢、とりわけその基盤をなす東西関係において、基本をなすものは米ソの核戦力である。第2次大戦後、核戦争及びそれに至るような大規模な軍事衝突が起こらなかったが、その最も大きな背景の一つとして核兵器による抑止力の存在があったことは否定できない。

 核戦力には、米ソ両本土を相互に直接攻撃し得る戦略核戦力のほか、主として戦域内で使用される非戦略核戦力がある。

(1) 戦略核戦力

 米ソ両国の保有する戦略核戦力は、大陸間弾道ミサイル(ICBM)、潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)、戦略爆撃機のいわゆる3本柱から構成される。これらの核戦力には、それぞれ長所、短所があるため、米ソは、いずれも、この3本柱の整備を続けている(資料5参照)。

ア ソ連

 ソ連は、これまで特にICBMとSLBMを重視してその増強に努めた結果、1960年代末にはICBMの、また1970年代前半にはSLBMの発射基数において米国を上回るに至った(第1−2図参照)。

 ICBMについては、命中精度の大幅な向上や複数個別誘導弾頭(MIRV)化など、質的改善の面でも顕著な向上をみせている。この結果、ソ連は、理論的には、その主力であるSS−18の一部による先制攻撃によっても、米国の大部分の現有ICBMサイロを破壊し得る能力を有するに至っている。また、ソ連は、既に新型ICBMとして、残存性が高い路上移動型のSS−25の本格的な実戦配備を進めており、さらに、鉄道移動型でMIRV搭載のSS−24の配備も開始した。

 SLBMについては、より射程が長く命中精度の高いSLBMを搭載したタイフーンやデルタN級弾道ミサイル搭載原子力潜水艦(SSBN)の実戦配備が進められている。タイフーン級に搭載されるSS−N−20やデルタN級に搭載されるSS−N−23は、バレンツ海やオホーツク海のようなソ連本土に近い海域から、直接米本土を攻撃できる能力を有している。

 戦略爆撃機については、射程約3,000kmの空中発射巡航ミサイル(ALCM)AS−15を搭載したTU−95ベアHを50機以上配備し、また、超音速戦略爆撃機ブラックジャックは、本年中に配備されるとされている。

 また、ソ連は、SS−18、SS−24やSS−25の後継ミサイルとしての、命中精度や投射能力の改善された新型ICBM、SS−N−23の改良型としての新型SLBM、新型ALCMのAS−X−19などの開発を進めている。

 このほか、従来から弾道ミサイル防御、衛星攻撃の分野においても活発な研究開発を行ってきている。ソ連は、モスクワ周辺に世界で唯一の弾道弾迎撃ミサイル(ABM)システムを配備しているほか、人工衛星を攻撃できるシステム(ASAT)を保有している。また、ほぼ全土を囲む大型フェーズド・アレイ・レーダー網を構築しているほか、弾道ミサイルに対しても限定的な迎撃能力を有する地対空ミサイルの開発、配備も進められているとされている。さらに、核戦争時の国家指導者の生存を確保するために、地下数百メートルにも及ぶ地下施設を整備している。(ブラックジャック戦略爆撃機

イ 米国

 米国は、新型ICBMピースキーパーの実戦配備を進めている。MIRV化され、高い命中精度を有するピースキーパーは、堅固に防護された目標に対する攻撃能力の米ソ間の格差を縮小するものであり、現在、さらに鉄道移動型のものを開発中である。

 SLBM戦力としては、トライデントSLBM搭載のオハイオ級原子力潜水艦の建造、さらに、将来これに搭載予定のトライデントSLBMの開発が進んでいる。

 戦略爆撃機戦力としては、B−1B爆撃機が実戦配備され、また、B−52へのALCMの搭載計画が進められてる。さらに、ステルス性を有する高度技術爆撃機(ATB)B−2の開発が進められており、1990年代初めの配備開始が予定されている。また、ステルス性を有し、より射程の長い新型の巡航ミサイル(ACM)の開発も進められている。

 こうした戦略核戦力の近代化努力により、米国の核抑止力は維持されていると考えられる。(B−52戦略爆撃機から発射されたALCM

(2) 非戦略核戦力

 非戦略核戦力には、INF条約による廃棄の対象となっている射程500kmから5,500kmまでの地上発射ミサイルのほかに、中距離爆撃機、海洋・空中発射ミサイル、戦術核などの多様な核戦力がある。

 ソ連は、射程300km以上の核弾頭搭載可能なAS−4空対地(艦)ミサイルを装備できるTU−22Mバックファイアを現在約320機配備し、さらに増強している。また、命中精度の高い新型の短距離地対地ミサイルSS−21も配備しつつある。新型長射程巡航ミサイルについては、空中発射型では既に配備されているAS−15に加え、AS−X−19の開発を進めており、海洋発射型ではSS−N−21の配備が開始され、SS−NX−24も近く配備されるとみられる。

 欧州においては、米国を含む北大西洋条約機構(NATO)諸国は、INFミサイルの廃棄後においても、ワルシャワ条約機構(WPO)が短距離核戦力や通常戦力の分野で優位であるため、今後も柔軟反応戦略(第1部第1章第2節第4項参照)を維持・強化するために核戦力の近代化を進めていくこととしている。このための措置の一環として、米国は、ランスミサイルの近代化などを含めた非戦略核戦力の近代化について検討を行っている。

 このほか、米国の一部の艦艇においては、対地用核弾頭搭載トマホーク巡航ミサイルが運用可能となっている。

3 米ソの通常戦力

 巨大な破壊力を有する核兵器を米ソ両国が保有する中にあって、できるだけ核兵器に頼ることなく紛争の抑止をより確実なものとするために、通常戦力の意義は一層大きくなってきている。特に最近では、科学技術の進歩により通常戦力の改善が一段と進められる傾向にある。

(1) ソ連

ア 地上戦力

 ソ連は、多数の国と国境を接する大陸国家として、伝統的に大規模な地上軍を擁しており、現在では、自国領土のほか、東独、ポーランド、チェコスロバキア、ハンガリー、モンゴル、アフガニスタンなどに、総計211個師団約200万人、戦車約5万7千両を配備している。

 ソ連は、量的優勢、奇襲、縦深突進(相手側の陣地を迅速に突破し後方奥深く突進すること)を重視する伝統的な軍事ドクトリンの下に戦力を整備してきているとみられる。近年では、量的な増強に加え、戦車、装甲歩兵戦闘車、自走砲、地対地ミサイル、武装・輸送へリコプターによる火力、機動力の向上や地対空ミサイルなどによる戦場防空能力の向上など、質的な増強にも著しいものがある。また、空挺師団、空中攻撃旅団と併せて多数の大型輸送機を有する空軍の輸送航空部隊の存在は、遠隔地域への迅速な兵力投入能力の面でも注目される。

 さらに、敵の後方深く潜入し、敵の軍事施設の偵察、破壊などを主任務とするとみられる特殊任務部隊(スペツナッツ)を保有している。

 このほか、ソ連は、自由主義諸国では手薄となっている化学・生物戦能力をこれまで一貫して重視してきており、汚染された環境下での作戦遂行能力のみならず、化学生物兵器を使用する能力の維持・強化を図っている。(新型攻撃ヘリコプター・ホウカム

イ 海上戦力

 ソ連海軍は、過去約20年にわたる一貫した増強の結果、沿岸防衛型の海軍から外洋型の海軍へと成長を遂げた。ソ連海軍は、北洋、バルト、黒海、太平洋の4つの艦隊とカスピ小艦隊から構成され、その勢力は、艦艇約3,080隻(うち潜水艦約360隻)約763万トン、TU−22Mバックファイアを含む作戦機約980機、海軍歩兵約1万8千人に達している。その任務は、平時にあっては主としてプレゼンスによる政治的・軍事的影響力の行使、有事にあってはソ連にとって戦略的に重要な海域の確保、自由主義諸国の海上交通の妨害又は阻止、地上軍部隊等に対する支援などであるとみられる。

 ソ連は、このような任務遂行能力を向上させるため、昨年、4隻目のキエフ級空母を就役させている。さらに、黒海沿岸のニコラエフ造船所では、多数の航空機を搭載可能な大型の新型空母の艤装と2番艦の建造が行われている。また、1980年代末には1番艦の海上試験を開始するとみられている。ソ連が現有するキエフ級空母は排水量(満載)37,100トンとみられているが、新型空母は排水量65,000トンと推定され、注目されている。

 また、ソ連初の原子力推進戦闘艦であるキーロフ級ミサイル巡洋艦を始め、原子力潜水艦の分野においても、静粛化を含む各種の分野で質的向上が図られたシエラ級、アクラ級などの新鋭艦の建造が相次ぎ、これらに多数の強力な新型ミサイルを装備するなど、水上艦艇の近代と潜水艦戦力の増強を図っている。(アクラ級攻撃型原子力潜水艦

ウ 航空戦力

 ソ連の航空戦力は、作戦機約8,890機からなり、大規模かつ多様であり、1970年代末以降空軍の改編が行われ、即応性、運用の柔軟性を高めることにより作戦遂行能力の向上を目指している。

 航空機の増強は、質的側面において顕著であり、航続能力、機動性、低高度高速侵攻能力、搭載能力、電子戦能力に優れたMIG−23/27フロッガー、SU−24フェンサーなどの戦闘機や爆撃機の増強により、航空優勢獲得能力、対地・対艦攻撃能力などが著しく向上している。また、MIG−29フルクラム、SU−27フランカーといったルックダウン(下方目標探知)能力、シュートダウン(下方目標攻撃)能力が特に優れた第4世代の戦闘機の配備を進めるとともに、低空探知能力、早期警戒能力、戦闘指揮・管制能力の優れたIL−76メインステイ空中警戒管制機(AWACS)の実戦配備を開始した。また、新型空中給油機の展開を開始した。(早期警戒管制機メインステイ(IL−76)

(2) 米国

ア 地上戦力

 米国の地上戦力については、現在18個師団約77万人を有しており、特に、NATO正面に展開している部隊を中心に、対機甲能力と戦場機動能力の強化を重視して戦闘力の向上を図っている。また、長期的計画により、機動性に優れ、高い展開能力をもつ戦略予備戦力としての軽師団の新改編を行っている。(多連装ロケットシステム(MLRS)

イ 海上戦力

 米国は、15個空母戦闘グループ(現在14個グループ)と4個戦艦戦闘グループ(現在3個グループ)を基幹とする600隻海軍の建造計画を進めている。本年2月には、15隻目の原子力空母エイブラハム・リンカーンが進水したほか、さらに、1隻の原子力空母が建造中である。また、戦艦については、既に3隻が再就役し、本年秋には4隻目も再就役する予定である。さらに、優れた防空能力を有するイージスシステムを装備したタイコンデロガ級ミサイル巡洋艦やアーレイ・バーク級ミサイル駆逐艦の建造を進めている。一部の艦艇においては、対艦用・対地用の通常弾頭搭載トマホーク巡航ミサイルが運用可能となっている。(原子力空母エイブラハム・リンカーンの進水

ウ 航空戦力

 米国の航空戦力については、作戦機約5,620機を保有し、航空優勢が空中、海上又は地上の戦闘の重要な要素であるとの認識から、この分野での質的優位を維持するために、F−15、F−16、F/A−18など高性能戦闘機の展開を推進している。さらに、高性能戦術戦闘機(ATF)を1990年代前半から取得する計画を有している。

 このほか、戦力の前方展開を支える不可欠の手段として海・空輸送能力の強化か図られており、昨年7月には、統合軍である輸送軍が発足した。さらに、これを補完するものとして、紛争が予想される地域に重装備などを事前に集積する措置もとられている。このため、陸上の各施設に備蓄が行われるとともに、事前集積船が、ヨーロッパ周辺海域、インド洋や西太平洋に配備されている。(早期警戒管制機E−3A

 さらに、米国は、最近世界各地で多発しているテロ、反乱、内戦などの大規模な通常戦争に至らない事態を「低強度紛争(LIC; Low Intensity Conict)」と呼び、こうした紛争が、第三世界諸国の政冶的、社会的、経済的不安定を通じて、ソ連の影響力拡大の機会となっていると懸念している。また、これが、国際的な兵器移転の増大とあいまって、自由主義諸国の利益を脅かしているとし、こうした紛争の抑止だけでなく、これらと実際に戦っていくことの必要性を強調している。このため米国は、国内外からの脅威に直面している友好国に対する安全保障援助を行い、同盟国に対してもこれらの国々に対する経済協力の強化を求めるとともに、昨年、陸・海・空3軍の約4万人からなる特殊行動軍(SOC)を発足させるなど、対処手段の強化を図っている。

4 NATOとWPOとの対()

 ヨーロッパ地域は、第2次世界大戦後、東西両陣営対峠の典型的な縮図となっており、北大西洋条約機構(NATO)とワルシャワ条約機構(WPO)とが中部ヨーロッパを中心として、ノルウェー北端からトルコ東方国境にわたって膨大な兵力をもって対峠している。この地域は、紛争が発生すれば世界大戦にもつながりかねない安全保障上極めて重要な地域である。また、今日の安全保障間題は、全世界的に扱われるべき課題が多く、わが国としても、ヨーロッパ情勢については重大な関心を払わざるを得ない。

(1) WPOの軍事力増強

 WPO側は、伝統的な量的優位に加え、質的強化を図るとともに、中・短距離核戦力や化学兵器を保有しており、NATO側は、WPO側がこのような優勢を背景として奇襲攻撃能力や大規模攻撃能力を高めていることに懸念を有している。

 核戦力についてみると、INF条約によりSS−20などが廃棄されることになったが、ソ連は、依然として短距離核戦力の分野において優位を保持しているほか、中距離爆撃機TU−22Mバックファイアを配備し、引き続き増強している。さらに最近では、師団に配備しているフロッグミサイルを、より命中精度が向上し射程の長いSS−21ミサイルに更新している。

 通常戦力については、多くの分野での量的優位に加えて、T−72、T−80戦車の増強などにより機動打撃力の向上を図るなど近年の質的強化にも目覚ましいものがあり、NATOに対する通常戦カバランスの優位を更に拡大してきているといわれている。

 また、ソ連は、WPO軍主力の攻撃とあいまって、戦車を主体とする高度の機動性をもった軍団規模までの作戦機動グループ(OMG)を運用して、通常戦力による迅速な機動によりNATOの後方地域の目標を攻撃し、NATO軍の増援部隊の到着以前に、核を使用することなく、西欧を占領し得る態勢の強化を図っている。

 海上戦力では、大型水上艦と新型原子力潜水艦の導入などによって、対潜戦能力、対水上艦戦能力や海上交通破壊能力を一段と向上させつつある。また、航空戦力では、新鋭機の配備などによる航空優勢獲得能力や対地・対艦攻撃能力の強化とともに、新型地対空ミサイルの配備による防空能力の強化が図られている。

(2) NATOの対応努力

 NATO諸国は、WPOの侵略を抑止するため、通常戦力、非戦略核戦力、戦略核戦力を有機的に整備して、WPO軍のいかなる攻撃に対しても柔軟に対応しようとする柔軟反応戦略をとっている。すなわち、各国が国防努力を続けるとともに、西独領内に同盟国が地上兵力と航空兵力を配置し、WPO軍の攻撃に際しては、できる限り東西両ドイツ国境線の近くでこれを阻止しようとする前方防衛態勢をとり、状況に応じ各段階の核兵器の使用をも辞さない構えをとることにより、侵略を抑止することとしている。(第1−1表 NATOとWPOとの兵力バランス

 中距離核戦力(INF)については、INF条約により、従来NATOが最も問題としていたSS−20が廃棄されることになったことを歓迎している。しかしながら、西欧各国には、通常戦力・短距離核戦力などの分野で東側の優位が保たれたままINFが全廃されることについては強い懸念があり、NATOにおける柔軟反応戦略の信頼性を保つために、核戦力と通常戦力の近代化を進めていくこととしている。特に、通常戦力については、依然としてWPO軍が優位にある中で、INF条約によってNATO側もパーシングなどのINFを撤廃することとされており、従来以上にこの分野での整備の重要性が高くなっている。

 このため、通常戦力改善計画(CDI)を推進するほか、敵後続部隊攻撃構想(FOFA)を採用し、この構想を可能とするための新技術の導入による装備の開発に努めている。

 また、NATOは前方防衛態勢をとっているために、米国を始めとする同盟国軍が西独領内を中心に平時から駐留し、有事においては、米国は、動員決定後10日以内に、陸軍6個師団、空軍60個戦術戦闘飛行隊及び1個海兵旅団等を欧州に増強することとしており、このための必要な装備・資材の事前配備計画を進めている。こうした平時、有事の同盟国軍の受け入れを支援するための協定などがNATO加盟国間で取り決められており、人的、物的に駐留軍を支援する態勢にある。

 一方、NATOの軍事機構に参加していないフランスは、米、英、仏、西独の4か国条約に基づき西独領内に軍隊を駐留させるとともに、昨年9月には、西独領内において、大規模な西独との軍事演習を行った。また、本年1月には、フランスと西独との間で合同旅団などの設置が合意されている。これらのことは、NATO正面の軍事バランスの維持に貢献している。

 また、西欧連合(WEU)は、昨年10月の理事会において、欧州の安全保障を確保するためには、米国のコミットメントとともに、西欧各国による核戦力と通常戦力の分野における防衛努力が重要であることなどを強調した綱領を採択するなど、その活性化を図っている。

 

(注) 事前集積船:戦車、火砲などの装備や補給品をあらかじめ積載しておく船で、紛争発生が予想される戦略的に重要な地域の近くに配備しておくもの

(注) 各戦略核戦力の特微:ICBMは命中精度が高く即時対応が可能であるがあらかじめ配備場所が明らかになっているため攻撃に対してぜい弱であり、SLBMは生き残り能力が高く第2撃戦力として最適であるが命中精度に難点があり、さらに、戦略爆撃機は各種の核弾頭を搭載して反復使用が可能である等運用の柔軟性があるが防空システムによる攻撃に対してぜい弱であるとの特微をそれぞれ有している。

(注) フェーズド・アレイ・レーダー:コンピューターの指令により電波ビームを高速で走査させ、目標位置、移動方向、速力などの情報を瞬時に得ることのできるレーダー

(注) ステルス性:兵器の生存性を向上させるために、敵の目やレーダーなどから発見されにくくする秘匿性をいう。現在、ステルス航空機、ステルス巡航ミサイルの開発が行われているが、他の兵器への適用も可能とされている。

(注) 航空優勢:航空戦力が、空において敵の航空戦力よりも優勢であり、敵から大きな妨害を受けることなく各種作戦を実施できる状態をいう。

(注) イージスシステム:イージス(AEGIS)システムは、最近における航空機の航続距離などの飛行性能の向上や長距離ミサイルの出現による経空脅威の増大等に対し、自らの艦隊等を防護するため、目標の捜索・探知から情報処理(目標追尾、脅威の評価、武器の選定等)、攻撃までを高性能レーダー及びコンピューターにより自動処理する対空ミサイルシステムを中心とした兵器・戦闘システムである。また、このシステムにより、即応能力、同時多目標対処能力、電子戦能力等が格段に向上する。

(注) 通常戦力改善計画(CDI):1984年12月のNATOのDPC(防衛計画委員会)において、NATOの通常戦力の欠陥分野を早急に改善するための計画として作業が指示され、1985年5月のDPCで報告され、了承された。具体的には、次の7つの分野に関して改善に努める必要があるとされている。

・弾薬備蓄の促進

・インフラストラクチャー基金の支出による航空機用シェルターの建設・新規技術の継続的追求

・航空機用敵味方識別装置の開発の促進

・資源の適正な配分のための各種計画の調整の改善

・長期計画立案の重視

・ギリシア、ポルトガル及びトルコ軍の近代化

(注) 敵後続部隊攻撃構想(FOFA):敵の後続部隊が最前線に増援されるのを、最新式の通常兵器による後方攻撃で迅速に阻止しようとするものであり、これにより直ちに戦術核兵器の使用に頼ることなく、通常戦力の上で数的に優位に立つWP0軍の侵攻をくいとどめることをねらいとしている。

現在、有人飛行機を除いて、後続部隊攻撃のための適切な目標捕捉手段と十分な、射程距離、精度を有する通常兵器システムを欠いているが、将来、新技術によって次のような兵器が開発可能とされている。

・精密誘導兵器

・装甲上部攻撃用の誘導散布弾

・改良された監視・目標捕捉・情報収集処理配布システム

・航空機搭載地上目標用長距離レーダー

 

第3節 軍備管理・軍縮の努力

 米国を始めとする自由主義諸国は、ソ連の軍事力増強に対し、軍事バランスを維持し、その安全を確保するため、防衛体制の改善・強化と併せて、より低いレベルでの軍事力の均衡を目指して、ソ連を中心とする社会主義諸国と種々の交渉を行っており、昨年、米ソ間でINF条約が署名された。

 軍備管理・軍縮のための審議や交渉は、米ソの2か国間交渉の場、国連やジュネープの軍縮会議、中欧相互均衡兵力削減交渉、欧州軍縮会議などの多国間交渉の場を中心に行われてきている。

1 米ソ間の軍備管理・軍縮交渉

(1) INF(中距離核戦力)

 米ソの戦略核戦力の均衡を背景にして、ソ連は、1977年以降INFミサイルSS−20の配備を開始した。SS−20は、それまでのSS−4、SS−5ミサイルと比較して、射程距離、命中精度、弾頭数などの点で格段に優れた性能を有しているため、SS−20の射程内に置かれた自由主義諸国に、米国の抑止力への信頼性に対する不安を醸成させ、これらの諸国の安全保障に深刻な影響を及ぼした。このため、NATOは、1979年12月、欧州のNATO諸国に米国のパーシングとGLCMを配備するとともに、米ソ間でINFの削減を目指して交渉を行うことを決定した。(これを受けて、米ソのINF交渉は1981年11月から開始されたが、ソ連のINFミサイルSS−20に対抗して1983年末から開始された米INFミサイルのヨーロッパ配備を契機に、ソ連により一方的に中断された。しかし、ヨーロッパにおける米国のミサイル配備が進み、また、米国がSDIを提唱したこともあって、1985年1月ジュネーブで行われた米ソ外相会談において、両国は、宇宙・防御兵器及び戦略核、中距離核両者を含む核兵器を対象とする新たな包括的軍備管理・軍縮交渉の開始に合意し、同年11月には米ソ首脳会談も行われた。さらに、1986年10月、レイキャビクにおいて開かれた首脳会談では、戦略攻撃兵器の50%削減、欧州の長射程INFミサイルの全廃、ソ連アジア部の長射程INFミサイルの大幅削減などを内容とする「潜在的合意」があったとされたが、ソ連側が米国のSDI阻止をねらってSDIの制限と「潜在的合意」とを結びつけたために日の目をみなかった。(SS−20

 昨年2月、ソ連は、INF分野を一括交渉から切り離し、個別の協定を締結することを提案した。この提案によって、米ソ両国は、欧州の長射程INFミサイルを全廃することに合意したが、なお、グローバルにも全廃すること、短射程INFミサイルの規制のあり方などが課題として残った。しかし、昨年7月に至り、ソ連は、従来の立場を変更して、米国の当初からの主張に歩み寄り、長射程INFミサイル及び短射程INFミサイルをグローバルに全廃することを受け入れる旨を表明したことから、交渉上の主要な障害は取り除かれた。こうしたことの背景として、ソ連の主張を抑えてアジア部のSS−20も全面廃棄させるために、米国がわが国との緊密な外交協議を保ちつつ、対ソ交渉を行ったことがあるといえる。

 これを受けて、昨年9月の米ソ外相会談においてINF条約に関する原則的合意が成立した。その後3度にわたる米ソ外相会談などを経て、12月8日、ワシントンにおいて米ソ首脳はINF条約に署名し、同条約は本年6月1日に発効した(資料7参照)。

 INF条約の廃棄対象ミサイルと廃棄期間は、次のとおりである。(パーシング)(GLCM

 この条約は、既存の核兵器を初めて削減するものとして核軍縮の第一歩であること及び現地査察を含む詳細な検証措置が含まれていることの2点において評価できるものである。わが国は、かねてよりアジアを含むグローバルな全廃を求めてきたものであり、この条約を歓迎している。また、今般INF条約が署名されたことは、米国の交渉努力のほかに、わが国を含めた自由主義諸国が結束して米国の交渉を支持してきたことの成果といえる。

(2) 戦略核、宇宙・防御兵器

 戦略核兵器削減交渉(START)については、昨年12月の米ソ首脳会談などを通じ、戦略核兵器を50%削減すること、このうち、戦略核運搬手段数の上限を1,600基(機)とし、弾頭数の上限を6,000発とすること、重爆撃機搭載のALCMの計算方式について検討すること、これらの枠外でSLCMの配備制限について相互に受け入れ可能な解決方策を見いだすことなどについて、大枠の合意に達している。

 現在、条約の共同草案を作成する努力が続けられているが、移動式ICBMやSLCMの規制のあり方、検証方法、SDI規制とのリンケージなどの問題について両国の間には依然として隔たりがあるとされており、本年5〜6月の米ソ首脳会談においても大きな前進はみられなかった。

 また、SDIの規制については、ソ連は依然としてSDI阻止をねらってSDIの規制を主張しており、未解決の問題として残されている。

2 欧州における軍備管理・軍縮交渉

(1) 中欧相互均衡兵力削減交渉(MBFR)は、中部ヨーロッパにおける通常戦力を削減し、より低いレベルでの軍事力均衡による安全保障を確保することを目的として、1973年からNATO側12か国、WPO側7か国が参加して行われている。過去15年間にわたる交渉で、削減後の兵力上限を総数90万人、うち地上兵力70万人とし、2段階に分けて削減することについて基本的な合意がみられたものの、兵力に関するデータ、削減方法、検証・査察問題などで根強い対立が残っている。また、現在、MBFRとは別途に、全欧州の通常戦力軍備管理交渉の可能性を探るための予備交渉が、NATO諸国とWPO諸国との間で進展中である。

(2) 欧州軍縮会議(CDE)は、1984年から、アルバニアを除く全欧州諸国に米国、カナダを加えた合計35か国が参加して交渉が行われ、1986年9月には、一定規模以上の陸上などの軍事活動の事前通告やオブザーバーによる陸上の軍事活動の監視などの信頼・安全醸成措置について定めた最終合意文書を採択した。現在、欧州安全保障協力会議(CSCE)フォローアップ会議において、CDEの今後の進め方について協議されている。

3 国連における軍縮努力

(1) 国連における軍縮問題の討議は、1978年の第1回軍縮特別総会にお

 ける決定に基づき、専ら総会第1委員会、国連軍縮委員会で行われている。また、本年5月から、第3回軍縮特別総会が開催された。

(2) ジュネーブ軍縮会議は、具体的な軍縮措置について文渉を行う唯一の多国間交渉機関である。1987年春・夏両会期において、前年同様、核実験禁止、化学兵器などの議題が取り上げられ、軍縮のための努カが払われている。

第2章 わが国周辺の軍事情勢

第1節 わが国周辺地域の特性

 わが国は、アジア大陸の東部に近接し、太平洋に弓型に張り出した列島であり、わが国周辺地域は、ソ連の大陸部、中国の大陸部、カムチャッカ半島や朝鮮半島、わが国を含む大小多数の島々、これらに囲まれた日本海、オホーツク海などの海域及びこれらの海域から太平洋に通ずる海峡など、さまざまな地形が交錯している。そして、特にわが国の位置が、アジア大陸からオホーツク海、日本海、東シナ海などを経て太平洋に進出する最も主要な経路上にあることは、わが国に、地理的に大陸と海洋の接点としての重要な意味を与えている。このことは、わが国の優れた経済力、技術力とあいまって、太平洋を挟む米ソの軍事的対峙の関係において、わが国の置かれている戦略的位置が極めて重要であることを意味する。

 概して、東アジア地域は、近年世界でも最も活力に富み、ダイナミックな発展を遂げてきた。この地域は、石油危機以降の世界的な長期停滞下にあっても比較的順調な経済発展を遂げ、その重要性はますます高まっている。また、政治的にも流動的な世界の情勢の中で相対的な安定を維持している。しかし、このような平和と安定の地域の中においても極東ソ連軍の増強、朝鮮半島における緊張などの不安定要因が存在する。

 ソ連は、わが国周辺において強大な軍事力を配備しているが、これまで一貫してその質量両面にわたる強化を続けてきたのが特微的である。このような事実は、この地域の国際軍事情勢を厳しくしているのみならず、わが国に対する潜在的脅威を増大させることにもなっている。

 また、ソ連は、歴史的にみても、また、極東地域における軍事力の増強や最近の太平洋、南シナ海方面における艦艇、航空機の行動の活発化ら判断しても、太平洋方面への進出を重視しているものとみられる。この場合、わが国の地理的位置や地形そのものが進出経路を遮る形となっていることは否めない。

 これに対し、米国は、従来からわが国を始めとするアジア地域の平和と安全の維持のために大きな努力を続けているが、近年では軍事面だけでなく、いわゆる太平洋時代の到来に伴い経済などの面でも緊密度を増してきていることもあって、この地域の動静に大きな関心を払っている。

 一方、この地域においては、米ソ両国の対峙の関係に加え、広大な国土と10億以上の人口を背景とした大兵力と独自の核戦力を有する中国が存在し、米・中・ソの3か国が複雑な対立と協調の関係を作り出している。

 また、朝鮮半島では、120万人を超える地上軍が非武装地帯(DMZ)を挟んで対峙しており、軍事的緊張が続いている。(シベリア上空から見たわが国周辺地域)(第1−3図 わが国周辺における兵力配備状況(概数)

第2節 極東ソ連軍の増強と活動の活発化

1 極東ソ連軍

 ソ連は、ヨーロッパ正面とともに一貫して極東正面を重視しているが、特に1960年代中期から、極東地域に所在するすべての軍種の顕著な増強・近代化に着手し、今日では、ソ連全体の1/4〜1/3に相当する軍事力をこの地域に配備し、引き続き質量両面にわたる増強を行っている。これは、ソ連極東部の重要性が増大してきたこと、米国への対抗、対中警戒、発展する太平洋地域に対する影響力の拡大などの理由によるものと思われる。

 1986年のゴルバチョフ書記長のウラジオストク演説や昨年のINF条約の署名などにもかかわらず、極東におけるソ連の軍事力増強の(すう)勢とこれに伴う行動の活発化に変化はみられていない。

 装備の近代化に当たっては、従来はヨーロッパ正面に新兵器を配備してから極東に配備するまでかなりの遅れがあったが、最近ではヨーロッパ正面とはとんど同時に極東に配備される例もある。さらに、この地域の数個の軍管区などを統括する戦域司令部を設置し、この方面の即応能力を高め、独立して作戦を行い得る態勢を整備している。また、バム鉄道の全線レール敷設完了により、極東地域に対する軍事物資などの輸送能力の増大が注目される。

 戦略核戦力については、ソ連の全戦略ミサイルの1/4〜1/3に当たるICBMやSLBMなどが極東に配備されているとみられる。ICBMや戦略爆撃機がシベリア鉄道沿線を中心に、また、SLBMを搭載したデルタm級弾道ミサイル搭載原子力潜水艦などがオホーツク海を中心とした海域に配備されている。これらのICBMやSLBMは、SS−18、SS−N−18などに近代化されてきている。さらに、核弾頭装備の空中発射巡航ミサイルAS−15を搭載できる新型のTU−95ベアH爆撃機が配備されている。

 非戦略核戦力については、SS−20、SS−12、SS−23といった地上発射INFミサイルは、INF条約により廃棄の対象となっているが、このほかにバックファイアなどの中距離爆撃機、海洋・空中発射巡航ミサイル、戦術核などの多様な核戦力が配備されている。現在、バックファイアは、バイカル湖西方と樺太対岸地域に約85機配備され、約4,000kmの行動半径を有し、AS−4空対地(艦)ミサイルも搭載可能で、この地域の地上目標やわが国周辺海域のシーレーンなどに対する優れた攻撃能力を有している。このほか、地上軍部隊には、核装備可能なフロッグ、SS−1スカッドといった短距離弾道ミサイル(SRBM)が配備されている。さらに、最近、運用可能となったSS−N−21海洋発射巡航ミサイルを搭載するアクラ級攻撃型原子力潜水艦が配備された。

 地上兵力は、1965年以来着実に増強され、現在では、ソ連の全地上兵力211個師団約200万人のうち57個師団約50万人が主として中ソ国境付近に配備されている。このうち、極東地域(おおむねバイカル湖付近以東)には、43個師団約39万人が配備されている。

 地上軍部隊は、最近では、量的な拡大だけでなく、TV−72戦車、装甲歩兵戦闘車、地対地(空)ミサイル、多連装ロケットなどの増強による質的な改善を行い、火力、機動力、防護力、戦場防空能力のほか化学戦遂行能力の向上をも図っている。

 海上兵力は、ソ連の全艦艇約3,080隻約763万トンのうち、主要水上艦艇約100隻、潜水艦約140隻(うち原子力潜水艦約75隻)を含む約845隻約190万トンを擁するソ連海軍最大の太平洋艦隊が展開している。また、デルタ級SSBNなどの原子力潜水艦を始め、ソ連全体で4隻就役させているキエフ級空母のうちの2隻を配備するなど、大型新鋭艦により近代化されている(第1−6図参照)。特に近年では、ソブレメンヌイ級。ウダロイ級ミサイル駆逐艦といった新型艦艇の極東配備が続いていることが注目される。また、太平洋艦隊は、イワン・ロゴフ級揚陸強襲艦やロプチャ級揚陸艦を配備しているほか、ソ連唯一の海軍歩兵師団を有し、その装備の近代化を図るなど、水陸両用作戦能力の向上が図られている。

 そのほか、軍用に転用が可能なラッシュ船やローロー船などの商船が増強されている。(回航中の中のソブレメンヌイ級ミサイル駆逐艦)(第1−5図 極東ソ連の海上兵力の推移

 航空兵力は、ソ連の全作戦機約8,890機のうち、その約1/4に当たる約2,430機が極東に配備されており、その内訳は、爆撃機約470機、戦闘機約1,760機、哨戒機約200機である。また、現在、TU−22Mバックファイア爆撃機など高性能の新鋭機への更新が顕著であり、戦闘機の約8割がMIG−23/27フロッガー、SU−24フェンサーなどの第3世代航空機や、MIG−31フォックスハウンド、SU−25フロッグフット、SU−27フランカーといった第4世代航空機によって占められ、引き続き第4世代航空機の配備を中心とする近代化が進められている(第1−8図参照)。このような新鋭航空機の増強により、極東地域における航空兵力は、従来と比べ、対地・対艦攻撃能力や航空優勢獲得能力などが格段に向上している。

 なお、最近ソ連は、太平洋における航空機を遠距離から探知するため、新型のOTHレーダーを極東で運用試験中であるとみられる。(第1−2表 極東ソ連軍の勢力推移)(第1−4図 極東ソ連の師団数の推移)(第1−7図 極東ソ連の航空兵力の推移)(新鋭戦闘機MIG−31

2 北方頷土におけるソ連軍

 ソ連は、同国が不法に占拠しているわが国固有の領土である北方領土のうち、国後・択捉両島と色丹島に、1978年以来地上軍部隊を再配備しており、現在、その規模は師団規模であると推定される。これらの地域には、ソ連の師団が通常保有する戦車、装甲車、各種火砲や対空ミサイル、対地攻撃用武装へリコプターMI−24ハインドなどのほか、ソ連の師団が通常保有しない長射程の130mm加農砲が配備され、訓練も活発に行われている。

 また、択捉島天寧飛行場には、MIG−23戦闘機フロッガーが現在約40機配備されている。

 ソ連が北方領土に地上軍部隊を再配備したのは、軍事的には、ソ連がSSBNの活動海域としているオホーツク海の戦略的価値が向上したことにより、オホーツク海と太平洋とを画する北方領土の重要性が高まったなどのためとみられるが、政治的には、北方領土の不法占拠という既成事実をわが国に押し付けるなどのねらいがあるとみられる。(北方領土のソ連軍基地(天寧飛行場)

3 わが国周辺におけるソ連軍艦艇及び航空機の行動

 極東ソ連軍の増強に伴う、艦艇と軍用機の外洋進出やわが国周辺におけるソ連軍の活動は活発になっている。

 最近のソ連軍航空機の行動で注目されるものとしては、爆撃機や偵察機が北朝鮮上空を通過し、東シナ海やベトナムのカムラン湾との間を往復していることがあげられる。そのほか、昨年8月、北海道礼文島沖で領空侵犯があったこと、昨年12月、沖縄でTU−16バジャーJによる領空侵犯があったこと、さらに、近年、わが国に近接して飛行する軍用機の中に、航空自衛隊のレーダーサイトに対する攻撃訓練を行っている疑いがあるものが含まれていることなどがあげられる。

 また、艦艇については、昨年8月末にキーロフ級ミサイル巡洋艦「フルンゼ」、キエフ級空母「ノボロシスク」、イワン・ロゴフ級揚陸強襲艦など約25隻が、これまでに確認された一時期の通峡隻数では最大規模のものとして、宗谷海峡を通航し、オホーツク海方面に進出して演習したとみられること、バルザム級情報収集艦が、昨年9月から2か月間以上の長期にわたってわが国周辺海域を行動して情報収集に当たったとみられることなどが注目される。(第1−9図 レーダーサイトに対する攻撃訓練を行っている疑いがあるソ連軍用機の航跡の一例)(領空侵犯したTU−16バジャーJ)(第1−10図 わが国周辺におけるソ連艦艇・軍用機の行動概要

 

(注) バム鉄道(第2シベリア鉄道):ウスチクート、コムソモリスク間を結び、シベリア鉄道の北方をこれと並行して走る路線及びバムとウーゴリナヤを南北に結ぶ小バム鉄道からなる全長3,500kmの鉄道。1974年から本格的に建設が開始された。

(注) ラッシュ船(LASH;Lighter Aboard Ship):はしけ(lighter)を積載する船。大型クレーンを装備し、岸壁に接岸することなく、沖合いで、はしけの積卸しを行う。港湾施設の整備が十分でないところで利用される。

ローロー船(Roll on/Roll off 船):コンテナや貨物をトラック、トレーラーなどの運搬装置に載せ、岸壁で運搬装置ごと船積みし、そのまま積卸す荷役方式をとり入れた船で、船首又は船尾に開閉式の扉がある。

この方式は、商船では、カーフェリーに多く用いられている。軍用では、揚陸艦にも用いられ、艦艇を岸壁に接岸して艦首又は艦尾から戦車などを直接積載し、適当な上陸地に着岸し、艦首扉を開いて揚陸する。また、洋上から水陸両用の車両などを直接発進させるもの(Roll on/Float off)もある

(注) OTHレーダー:短波帯電波が電離層で反射することを利用して水平線以遠の航空機、艦船等の目標を探知・追尾し得るもの。一般にその探知範囲は、約1,000km〜3,000km、幅約60゜の範囲にわたるといわれている。

第3節 朝鮮半島の軍事情勢

 朝鮮半島は、地理的、歴史的にわが国とは密接不離の関係にあり、朝鮮半島の平和と安定の維持は、わが国を含む東アジア全域の平和と安定にとって重要である。韓国では、近年目覚ましい経済的発展を遂げている中で、昨年12月に大統領選挙が行われ、慮泰愚(ノ・テウ)政権が発足した。他方、北朝鮮は、国際的に孤立化する一方、最近ではソ連との軍事的関係を緊密化させている。このような中で、韓国と北朝鮮との間においては、対話の再開の見通しが立たないまま、120万人を超える地上軍が非武装地帯(DMZ)を挟んで対()しており、軍事的緊張が続いている。本年9月には、ソウルオリンピックが予定されており、その成功に向けて関係国の努力が期待される。

1 北朝鮮の軍事力

 北朝鮮は、1962年以来、「全人民の武装化」、「全国土の要塞化」、「全軍の幹部化」、「全軍の近代化」という4大軍事路線に基づいて軍事力を増強してきた。特に、1970年代以降における軍事力の増強には著しいものがある。現在、北朝鮮は、引き続き軍事建設を重視し、GDPの約20〜25%を投入して軍事力の増強・近代化を図っており、航空機やミサイルの国産能力も保有しつつあるといわれている。

 現在の北朝鮮軍の勢力は、陸軍が戦車約3,200両を含む32個師団約75万人、海軍が潜水艦20隻、ミサイル高速艇38隻を主体に約510隻約6.6万トン、空軍が作戦機約740機である。これに加え、最近では化学兵器の保有も伝えられている。

 陸軍は、1970年代後半以降顕著に増強され、その兵員数は韓国の兵員数の約1.4倍である。また、戦車、装甲車、自走砲などの機動力や火力などの面で韓国に対し、量的に優位に立っており、その主力はDMZ治いに配備されている。また、最近は、一部部隊の機械化、機甲化への改編を行うとともに、前方配備を進めている。

 海軍は、総トン数や駆逐艦などの隻数において韓国に劣り、また運用海域が東西に二分されていることもあり、運用の柔軟性に欠ける面があるものの、潜水艦、ミサイル高速艇を始め、多数の上陸用舟艇、哨戒艇を保有しており、沿岸における作戦行動に適した能力を有している。

 空軍は、その作戦機数において韓国に対し量的に優位にあるが、概して旧型のものが多い。しかし、最近では、最新鋭の戦闘機の導入が図られている。このほか、多数の輸送機を保有しており、そのほとんどが低空からの侵入に適した機種によって占められている。また、韓国軍が保有しているのと同型の米国製へリコプターが、第三国経由で多数導入されている。

 海軍がミゼット型を含む潜水艦を、空軍が小型輸送機やへリコプターをそれぞれ多数保有していることは、陸軍の特殊部隊の増強とあいまって、北朝鮮の「正規戦と非正規戦の配合」をスローガンにした非正規戦重視の姿勢をうかがわせるものである。

 さらに、準軍隊である労農赤衛隊も、韓国の郷土予備軍に比べ、装備の水準や訓練練度が高いとみられる。(第1−11図 朝鮮半島の軍事力の対峙

2 ソ連と北朝鮮の軍事協力

 北朝鮮は、近年、ソ連との軍事関係を緊密化させており、ソ連からMIG−23、対地攻撃能力に優れたSU−25や制空能力に優れたMIG−29といった戦闘機、SA−5とみられる地対空ミサイルの供与を受け、また、ソ連軍用機の東シナ海への進出、ベトナムのカムラン湾との往復などのために北朝鮮上空通過を許容している。軍事面での交流では、各種記念日に際しての軍事代表団などの相互訪問が行われている。このほかにも、昨年5月にはソ連海軍総司令官が訪朝し、また本年5月には、一昨年に引き続き、ソ連太平洋艦隊司令官が乗艦したキエフ級空母「ノボロシスク」などの艦艇3隻が訪朝した。さらに昨年10月には、日本海において、一昨年に引き続き両国海軍による2回目の合同演習が行われている。

 これら一連の動きは、朝鮮半島、ひいては極東の軍事バランスに影響を与える要因として今後とも注目される。

3 韓国の軍事力

 韓国は、全人口の約24%に当たる約965万人が集中する首都ソウルがDMZから至近距離にあり、また、三面が海で長い海岸線、多くの島しょ群を有しているという防衛上の弱点もある。このため、韓国は、北朝鮮の軍事力増強を深刻な脅威と受けとめ、並々ならぬ国防努力を払い、毎年GNPの約5.5〜6%を国防費に投入している。

 陸軍は、兵力約54万人で3個軍に編成された21個師団を主力とし、その多くはDMZからソウルの間に数線にわたって配置され、ソウル防衛に当たっている。また、TOW対戦車ミサイル、ヒューズ500型対戦車へリコプターなどを米国から購入しているほか、初の国産の88式戦車の配備を開始するなど、火力と機動力の増強を図っている。

 海軍は、海兵隊2個師団と1個旅団を含み、約160隻約10万トンの艦艇を保有している。艦艇の主力は駆逐艦であるが、ミサイル高速艇の増強なども行われている。

 空軍は、F−4、F−5を主力として、1986年から導入を進めているF−16を含め約380機の作戦機を保有している。また、奇襲攻撃に対応するために早期警戒態勢の強化を図っている。

 特に、本年9月のソウルオリンピックに対する妨害工作が考えられることもあり、昨年11月29日に大韓航空機が北朝鮮の組織的テロ行為によって爆破されて以来、即応態勢を一段と強化している。

 なお、毎年1〜2回、郷土予備軍と正規軍との合同訓練を行うなど、郷土予備軍の練度の向上を図っている。

4 在韓米軍

 米国は、米韓相互防衛条約に基づいて、現在、第2歩兵師団、第7空軍などを中心とする約4万4千人の米軍を配備し、韓国軍とともに「米連合軍司令部」を設置している。在韓米軍は、第2歩兵師団の火力、機動力の向上、防空能力の向上、C3I(指揮、統制、通信及び情報)などの強化を図っている。

 また、米韓両国は、朝鮮半島における不測事態に対する共同防衛能力を高めるため、1976年から毎年米韓合同演習「チームスピリット」を実施しており、本年も2月から5月にかけて実施した。

 このような在韓米軍の存在と米国の対韓コミットメントは、韓国の国万努力とあいまって、朝鮮半島の軍事バランスを維持し、朝鮮半島における大規模な武力紛争の発生を抑止する上で大きな役割を果たすとともに、北東アジアの平和と安定にも寄与している。

第4節 中国の軍事力近代化

 中国は、依然ソ連を最大の軍事的脅威と認識しているとみられ、圧倒的な火力、機動力を有するソ連軍と対抗するため、広大な国土と膨大な人口を利用する「人民戦争」によっている。しかし、最近は、従来のゲリラ戦主体の戦略から各軍・兵種の協同運用による統合作戦能力と即応能力を重視する戦略ヘ移行しつつある。中国は、装備の近代化に努めているが、当面経済建設が最優先の課題とされており、国防支出には制約があり、早急な近代化は困難な状況にある。このため、大幅な人員削減や組織・機構の簡素化を進めることにより、編成・運用の効率化を図るとともに、装備の研究開発により多くの予算を振り向けようとしている。さらに、装備の近代化に当たっては、「自力更生」を基本としつつも、自由主義諸国を含む外国からの技術導入を図っている。また、予備役師団の整備や、大学などの学生に軍事訓練義務を課すなど有事における動員体制の確立も進めている。

1 中国の軍事力

 中国の軍事力は、核戦力のほか、陸・海・空軍からなる人民解放軍、人民武装警察部隊、各種の民兵からなっている。

 核戦力については、抑止と国威発揚という観点から、1950年代半ば頃から独自の開発努力を続けている。現在では、ソ連や米国を射程に収めるICBMを保有するほか、IRBM(中距離弾道ミサイル)とMRBM(準中距離弾道ミサイル)を合計100基以上、中距離爆撃機(TU−16)を約120機保有し、SLBMの開発も進められている。また、このSLBMを搭載するとみられる原子力潜水艦SSBNについては、既に1〜2隻を就役させ、数隻を建造中であるとみられる。さらに、戦術核の保有も伝えられるなど、核戦力の充実と多様化に努めている。

 陸軍は、人員削減と組織・機構の簡素化に伴い7個軍区に再編成された。総兵力は約230万人と規模的には世界最大であるが、総じて火力・機動力が不足している。なお、歩兵師団を中心に編成された軍(軍団)が歩兵、砲兵、装甲兵などの各兵種を統合化した「集団軍」へ改編されているほか、一部の師団の旅団への改編などが行われている。

 海軍は、北海、東海、南海の3つの艦隊からなり、艦艇約2,000隻(うち潜水艦約90隻)約94万6千トン、作戦機約790機を有している。檻艇の多くは、旧式かつ小型であり、基本的には沿岸防衛型海軍であるが、へリコプター搭載可能とみられる護衛艦が建造されているほか、西太平洋での海軍演習が伝えられるなど、艦艇の近代化や外洋での活動もみられる。

 空軍は、作戦機を約5,380機保有しており、その主力はソ連の第1、第2世代の航空機をモデルにしたものであるが、最近では、F−8などの新型機の開発のほか、搭載電子機器の更新など、性能の向上に努めている。(中国の艦対空ミサイル HQ−61

2 中ソ国境における配備状況

 中国軍の重要正面は、中ソ国境、次いで中越国境である。中ソ間では、最近、関係改善の兆しがみられ、経済、文化などの分野での交流が進んでいる。軍事の分野では、昨年、1個師団を含む一部のソ連軍兵力がモンゴル領から隣接するソ連軍管区内に移動したとみられ、また、中国軍の人員削減、組織・機構の簡素化に伴い、中ソ国境の中国軍も削減されている。しかし、両国の基本的な軍事的対()に変化はみられない。中ソ国境付近の兵力配備状況は第1−12図のとおりであり、兵員数は中国軍がソ連軍に対して約2.5倍の勢力であるが、火力、機動力、対航空戦力などにおいてソ連軍の方が優勢であり、総合的にはソ連軍が優位に立っている。しかしながら、大規模な陸軍を中心とする中国軍は、極東ソ連軍を(けん)制できるものとなっている。(第1−12図 中ソ国境兵力配備

3 米中関係

 1979年の米中国交正常化以降、両国は、台湾問題を抱えながらも、関係発展の努力を払ってきた。1984年には両国首脳の初の相互訪問もあり、さまざまな分野での交流が拡大している。

 軍事関係の分野においても、昨年9月の米空軍長官の訪中、空軍アクロバットチームの展示飛行など、交流が活発化している。また、米国は、防衛的でかつ米国やその同盟国などの安全を脅かさない一定の武器と技術的支援を中国に提供する用意があるとしており、中国軍の近代化に対する米国の協力に関する話し合いが進められている。

第5節 米国の抑止力強化努力

1 戦力の近代化と態勢の強化

 米国は、ハワイに司令部を置く太平洋軍隷下の海・空軍部隊を主体とする戦力の一部を西太平洋やインド洋に前方展開させて、日本を始めアジア地域の同盟各国との間の安全保障取り極めの下に、この地域における紛争を抑止し、米国と同盟諸国の利益を守る政策をとるとともに、必要に応じ所要の戦力をハワイや米本土から増援する態勢をとっている。

 米国は、最近の極東ソ連軍の増強とその活動の活発化に対応して、戦力の増強と近代化、兵力の柔軟な運用を通じ、この地域における軍事バランスを維持し、米国の抑止力の信頼性の維持・強化を図っている。

 陸軍では、在韓第2歩兵師団の近代化が行われてきており、海軍では、空母ミッドウェーの搭載機がF/A−18に更新された。空軍では、昨年、三沢にF−16飛行隊2個の配備が完了した。海兵隊では、火力や機動力の強化などの近代化が進められ、重装備などを積載した事前集積船が西大平洋にも配備されている。

2 展開状況

 西太平洋地域における米軍の展開状況は、次のとおりである。

 陸軍は、韓国に第2歩兵師団、第19支援コマンドなど約3万1千人、日本に第9軍団司令部要員約2,100人など、この地域に合計約3万3千人を配備している。

海軍は、日本、フィリピン、グアムを主要拠点として、その兵力は、空母3隻を含む艦艇約70隻、作戦機約270機、兵員約3万3千人である。作戦部隊である第7艦隊は、西太平洋やインド洋に展開している海軍と海兵隊の大部分を隷下に置き、平時のプレゼンスの維持、有事における海上交通の安全確保、沿岸地域に対する航空攻撃、強襲上陸などを任務としている。

 空軍は、第5空軍が、F−15、F−16を装備する2個航空団を日本に、第7空軍がF−4、F−16、A−10を装備する2個航空団を韓国に、第13空軍が、F−4、F−5を装備する1個航空団をフィリピンに、それぞれ配備している。また、戦略空軍が、B−52、KC−135を装備する1個航空団をグアムに、KC−135、RC−135を装備する1個航空団を日本に、それぞれ配置している。これらの空軍勢力は、作戦機約320機、兵員約4万3千人である。

 海兵隊は、日本に第3海兵師団と、F/A−18、A−6などを装備する第1海兵航空団を配備し、洋上兵力やフィリピン駐留兵力を含め約2万7千人、作戦機約60機を展開している。(米軍のF−16

第3章 その他地域の軍事情勢

第1節 中東及びインド洋を中心とする地域

1 この地域の特性

 中東及びインド洋を中心とする地域には、石油輸送ルートを始め、海洋による通商によって繁栄してきたわが国を始めとする自由主義諸国にとって重要な海上交通路が存在し、また、スエズ運河、ホルムズ海峡など海上交通上の要衝が存在しており、このような地理的特性から、世界のの交通上の要域となっている。

 一方、この地域においては、多くの国が第2次世界大戦後に独立したものであり、領土、民族、宗教などのさまざまな要因が絡んで、国内的にも、対外的にも不安定かつ流動的な情勢が続いている。

2 ペルシャ湾(アラビア湾)の状況

 ペルシャ湾(アラビア湾)岸地域は、世界の原油埋蔵量の6割強と世界の石油輸出量の3分の1程度を占める大産油地帯であり、わが国を始めとする自由主義諸国は、石油供給のかなりの部分をこの地域に依存している(第1−3表参照)。このため、この地域の平和と安定の維持と、この地域の海上交通の安全の確保は、わが国を始めとする自由主義諸国や第三世界の国々の生存と繁栄にとって極めて重要となっている。

 この地域では、イラン・イラク紛争が、1980年9月に本格化して以来、長期化しており、国境付近における両軍の継続的な戦闘に加えて、両国間で、都市・経済施設攻撃やペルシャ湾(アラビア湾)における船舶攻撃の応酬が行われている。当初は湾奥部で行われていた船舶攻撃は、湾中央部から東部に及んでおり、わが国を始めとする各国の船舶、特にタンカーの安全航行を脅かしている。なお、わが国の関係船舶も本年6月30日までに日本籍船4隻を含む19隻が被弾している(第1−13図参照)。

 米国は、昨年5月の米海軍フリゲー卜艦の被弾後、ペルシャ湾(アラビア湾)における船舶の自由航行を確保するために、昨年7月には米国に移籍されたクウェート・タンカーの護衛を開始し、また、昨年8月に中東統合任務部隊を創設して、同湾方面に空母を含む多数の艦艇を派遣している。英国、フランスなどの自由主義諸国も、自国船舶の護衛のために、ペルシャ湾(アラビア湾)方面にフリゲート艦、掃海艇などを派遣している。

 なお、わが国は、昨年10月7日、総合安全保障関係閣僚会議における協議を踏まえて、政府与党首脳会議において、「ペルシャ湾における自由安全航行確保のための我が国の貢献に関する方針」(資料9参照)を決定し、その迅速な実施に努めている。

3 その他の紛争の状況

(1) アフガニスタンについては、1979年12月にソ連が軍事介入して以来8年余を経過しているが、本年4月、アフガニスタン問題に関する国連仲介によるジュネーブ間接文渉が妥結し、パキスタン、アフガニスタン(カブール政権)、米国及びソ連の間で、アフガニスタンからのソ連軍の撤退やアフガニスタンとパキスタンの間の相互の内政不干渉と不介入などを内容とする合意文書に署名が行われた。

 ソ連軍の撤退については、数次にわたり国連総会決議が行われるなど、わが国を始めとする大多数の国々が強く要求していたものである。同合意文書に基づいて、本年5月15日から、ソ連軍はアフガニスタンから撤退を開始しているが、合意された来年2月15日までに撤退が確実に実施されることが重要である。

 他方、今回の合意文書には、反政府勢力は署名しておらず、戦闘を継続すると表明する一方、ソ連はアフガニスタン(カブール政権)に対する軍事援助の停止を明らかにしていないことから、早急に紛争が終了する見込みは立っておらず、アフガニスタンにおける国内情勢安定化の前途は容易でないものとなっている。さらに、パキスタンとイランにいる約550万人の難民の早期帰還の実現も流動的である。

(2) アラブ・イスラエル間の対立については、イスラエルとエジプト以外のアラブ諸国との関係には大きな進展はみられていない。なお、昨年末以来、イスラエルが占領しているヨルダン川西岸とガザ地区でパレスチナ人による騒(じよう)が発生しており、これらをめぐってアラブ諸国などはイスラエルに対する非難を強めている。

 レバノンにおいては、国内における各派間の対立に加え、米国、ソ連、イスラエル、シリアなどの利害が複雑に絡み合い、混迷が続いている。

4 米国とソ連の動向

(1) ソ連は、アフガニスタンへの軍事介入のほか、シリア、リビア、イラク、南イエメンなどに、武器供与、軍事顧問団の派遣、ソ連の影響下にある第三国の軍事要員の派遣などを行うことによって政治的影響力の伸長を図るとともに、軍事施設などを獲得してきている。

 ソ連海軍は、インド洋へ、主として太平洋艦隊から、水上艦艇、潜水艦など約20隻を常時展開させている。これらのソ連艦艇が使用している主な港湾、停泊地は、第1−14図のとおりであるが、これらは、ペルシャ湾(アラビア湾)からインド洋を経て日本、ヨーロッパ、米国に達する石油輸送ルートを(やく)することができる地点に位置している。

 なお、ソ連は、インドに対して、本年1月原子力潜水艦を貸与しており、注目される。

(2) 米国は、この地域を米国と同盟国の国益と安全保障にかかわる重要地域の一つとみており、湾岸諸国の安定とこの地域からの石油の安定的供給を図るため、ペルシャ湾(アラビア湾)方面に、中東統合任務部隊などの空母を含む多数の艦艇を展開している。

 しかしながら、この地域は、地理的にソ連領に近接しているのに対し、米国本土から遠く離れているため、米国は、さらに、海・空輸送能力の強化、ディエゴ・ガルシアへの資材の事前集積と海軍支援施設の維持、中央軍の設置、ケニア、ソマリア、オマーン、モロッコなどとの間の緊急時の通過や施設利用のための取り極めなどにより、有事におけるこの地域での作戦遂行能力の向上を図っている(第1−14図参照)。

第2節 東南アジア及び南太平洋地域

1 この地域の特性

 東南アジアは、わが国へ資源を輸送する上で重要なマラッカ海峡、南シナ海やインドネシア、フィリピンの近海を含み、太平洋とインド洋を結ぶ交通上の要衝を占めている。

 現在、この地域においては、ソ連に支援されたベトナムのカンボジアへの軍事介入の継続、ソ連の軍事行動の活発化などもあって、依然として不安定な情勢が続いている。こうした情勢の下にあってASEAN諸国は、それぞれ国内に問題を抱えながらも、この地域の平和と安全を図るため結束の強化を図っている。

 ASEAN諸国は、わが国にとって重要な近隣諸国であるとともに、経済的にみても、わが国との結びつきには極めて密接なものがあり、これら諸国の平和と安定は、わが国の安全にとって重要である。

 また、南太平洋地域は、豊富な漁業・鉱物資源などが存在し、わが国と経済的にも深いつながりを持つ地域である。

2 この地域の紛争の状況

(1) カンボジアにおいては、1978年12月の軍事介入により、ソ連の支援を受けつつ、「ヘン・サムリン政権」を擁立したベトナムが、国連などによるカンボジアからの撒退要求にもかかわらず、約15万人の兵力を駐留させ、「ヘン・サムリン政権」によるカンボジア支配の定着化を目指している。これに対し、反ベトナム勢力である民主カンボジア連合政府3派は、タイ国境付近の拠点を失ったものの、カンボジア内部の各地でベトナム軍にゲリラ活動で対抗している。また、紛争は、一部小規模ながらタイ・カンボジア国境地帯のタイ領域内にまで及んでいるとみられる。

 本紛争は、本年で10年目に入っているが、ASEAN諸国などによるカンボジア問題の「包括的政治解決」への努力が続けられており、昨年末から、民主カンボジア側のシアヌーク殿下と「ヘン・サムリン政権」側のフンセン首相との間で会談が行われている。なお、ベトナムは、1990年までにカンボジアから完全撤退することを表明しており、本年中に5万人を撤退させる旨発表した。本年6月、カンボジア駐留兵力の一部の撤退を開始した模様である。

(2) 中越国境においては、現在、中国軍約20個師団を基幹とする約30万人と、ベトナム軍約30個師団を基幹とする約30万人が対()しており、1979年2〜3月の軍事衝突以来、現在も小規模な武力衝突が続いている。

 また、本年3月、中国、ベトナム、フィリピン、マレーシアなどが領有権を主張している南シナ海の南沙群島の周辺海域において、中国とベトナムの両国艦艇による小規模な武力衝突があり、緊張が続いている。(第1−15図 インドシナにおける軍事態勢

3 この地域におけるソ連の動向

(1) カムラン湾を拠点とするソ連軍の動向

 ソ連は、ベトナム、ラオス、カンボジア「ヘン・サムリン政権」に対し、軍事援助と軍事顧問の派遣を行うとともに、このような援助を背景に、ベトナムのカムラン湾の海・空軍施設を使用している。カムラン湾は、艦艇、航空機が寄港・常駐しているほか、通信・情報収集施設や補給施設が存在し、ソ連にとって海外における重要な軍事拠点となっており、この利用によりソ連太平洋艦隊の運用の柔軟性が向上している。ソ連は、これらの施設を利用しつつ、東南アジア地域におけるプレゼンスの強化に努めている。

 ソ連は、カムラン湾にTU−95/TU−142ベアやTU−16バジャーを配備し、南シナ海を中心に東シナ海やシャム湾方面まで偵察活動や対潜哨戒活動を行っている。特に、対地・対艦ミサイルを搭載するTU−16バジャーの配備によって、フィリピンなどの周辺地域における対地・対艦攻撃能力が強化されている。さらに、MIG−23フロッガーが配備されており、この地域における防空能力が強化されている。

 ソ連は、また、カムラン湾に水上戦闘艦艇や潜水艦などを寄港させるとともに、同港湾を利用して、南シナ海に20数隻程度のプレゼンスを維持している。

 このように、ソ連は、この方面の海上交通に対して影響力を行使できる能力を向上させている。(カムラン湾のソ連軍基地

(2) 南太平洋地域へのソ連の進出

 ソ連は、1985年8月にキリバスと漁業協定を締結して以来、南太平洋地域に積極的な進出を試みている。昨年1月にはバヌアツと漁業協定を締結し、当地における港湾施設への接近を試みている。また、フィジー、ツバル、パプア・ニューギニアなどとも漁業交渉の申し入れを行っているともいわれ、これら地域各国との国交の樹立にも積極的である。

4 米国、ASEAN諸国等の動向

(1) 米国は、ベトナム撤退以降、フィリピンやオーストラリアのほかはこの地域には軍事力を常駐させていないが、ASEANやオセアニア諸国との協力・友好関係を深め、軍事援助・経済援助などにより地域的な安定の維持に努めている。さらに、フィリピン駐留の海・空軍の存在、タイにおける戦時予備備蓄、タイなどとの共同演習、西太平洋やインド洋における空母戦闘グループのプレゼンスなどにより、この地域の安定を図っている。

(2) ASEAN諸国は、それぞれ自国の国防努力を継続し、2国間の合同軍事演習を行ったり、マラッカ海峡の共同防衛を協議するなど域内諸国間の防衛協力を進めるとともに、経済・文化交流などを通じて域内の結束強化を図り、先進民主主義諸国との協力関係の増進に努めている。

(3) フィリピンにおいては、就任後3年目を迎えたアキノ大統領が安定化を目指す努力を続けているが、国内には、依然として不安定な要因を抱えている。

 軍事的観点からみれば、フィリピンは中東から太平洋に至る石油など重要物資の海上輸送路を(やく)する地理的位置にあり、同国には米軍のスビック海軍基地やクラーク空軍基地が存在している。一方、フィリピンと南シナ海を隔てて対面するベトナムのカムラン湾には、ソ連軍が常駐している。このような情勢の中で、今後のフィリピンの動向は、アジア全般の平和と安定に影響を及ぼすものと考えられる。

(4) 南太平洋諸国のうち、オーストラリアとニュージーランドは共にANZUS条約の加盟国であるが、オーストラリアは、条約に基づき、米国と密接な協力関係を維持し、軍事施設の共同使用や共同演習を行っている。一方、ニュージーランドについては、その核政策との関連で、米国艦艇のニュージーランド寄港が問題となり、1986年7月、米国はニュージーランドに対する防衛義務の履行を停止する旨を公表している。