第2部

 わが国の防衛政策

第1章わが国の安全保障と自衛隊の意義

第1節 安全保障の重要性

 今日、わが国は、自由と民主主義を基本理念とする先進自由主義国家の一つとして繁栄と発展の道を歩んでおり、我々日本国民は、良き伝統と独自の文化を持ち、平和で美しい国土に住み、国民一人一人が個人として尊重され、多彩な活動を行い得る社会の仕組み、すなわち、個人の最大限の自由の保障に高い価値を置く国の体制の下で生活している。この平和で自由な、そして豊かな日本の国こそ我々国民の生存の基盤であり、この国の平和と安全を確保し続けていくことは、国民の幸福を守り、増進させるために必須の要件である。

 現在の日本が自由で豊かな素晴らしい国であることは、優秀で勤勉な国民の叡智と努力のたまものであり、また、わが国が戦後幸いにも、国家的規模の災害に遭うことがなかったことによるものであることはいうまでもない。しかし、同時に、戦後、武力紛争がほとんど絶えることのない厳しい国際軍事情勢の中で、外国から侵略を受けるなどの事態が生じることなく、国の平和と安全を保ってきたことによるものであることも、また事実である。

 国の安全は、ただこれを願望しているだけでは保障されない。将来にわたり侵略がないと断言できない以上、わが国としても、万一に備え、国の安全保障について平素から真剣に考え、次節で述べる各分野にわたる努力を整合性をもって推進することが必要である。

第2節 安全保障を確保するための努力

1 外交等の分野における努力

 侵略を未然に防止し、わが国の平和と安全を保つためには、第1に、国際協調と平和努力の推進に努めることが必要である。そのためには、まず、わが国と世界各国との間で、政治・経済などの広範な分野で、外交努力等を通じて、紛争・摩擦の予防や問題の解決に努めるとともに、これらの諸国との相互理解を深め、友好協力関係を確立していくことが必要である。中でも、わが国の安全保障と直接関係の深い国々との外交関係は、特に重要である。また、平和な国際環境の実現のため、世界の各地における紛争の解決や対立の緩和のための外交努力や、開発途上国に対する経済協力などを通じて、世界の政治的安定や経済的発展に積極的に貢献する必要がある。また、これとともに、世界の平和維持のために重要な機能を果たしている国際連合の諸活動に対し、一層の協力を行う必要がある。さらに、国際社会の平和と安定が力の均衡によって支えられているという現状を踏まえ、力の均衡を維持しつつ、その均衡の水準をできる限り引き下げるよう軍縮努力を強く訴えていく必要がある。

 第2に、内政の安定により、安全保障の基盤を確立することが必要である。そのためには、政治・経済及び社会の安定と発展を図るために必要な内政諸施策を講じ、活力ある社会の維持に努めるとともに、国民のわが国の平和と独立を守る意識を高揚し、国を守る気概の充実を図ることが必要である。

 2 防衛の分野での努力

 わが国の平和と安全を保つ上で、安定した国際環境を作るための積極的な外交の推進や政治・経済及び社会の安定を図るために必要な内政諸施策の実施等の努力は、いずれも欠くことのできないものであるが、これらの手段のみでは、実力をもってする侵略を未然に防止することはできない。

 したがって、わが国が外国からの侵略を受ける可能性が否定できない以上、侵略を抑止し、万一侵略が行われた場合、これを排除し得る自衛手段を備えておくことが必要であり、わが国の場合は、自ら適切な規模の防衛力を保有するとともに、米国との安全保障体制を堅持することによってわが国の安全を確保することとしている。

第3節 自由主義諸国の一員としての日本

 わが国は、自由と民主主義を共通の価値観とする自由主義諸国の一員として、戦後目覚ましい経済発展を遂げ、今日の繁栄をみるに至っている。このことは、米国を始めとする自由主義諸国の努力によって、東西両陣営間の力の均衡が保たれ、世界の平和と安定が維持されてきたことに負うところが大きい。

 わが国が今後将来にわたってこの自由と繁栄を享受しつつ生存し、発展していくためには、もとより、世界のすべての国々との友好親善を保つことが望ましいことはいうまでもないが、何よりもまず、自由主義諸国との友好と連帯によって世界の平和と安定を維持することが重要である。このことは、米国を始めとする他の自由主義諸国にとっても同様であり、これらの国々は、相互に協力して、東西両陣営間の力の均衡の維持に最大限の努力を行っている。

 このような状況の中で、わが国が憲法及び基本的な防衛政策に従い防衛力の向上に努めることは、わが国の安全がより一層確保されるだけでなく、日米安全保障体制の信頼性の維持強化にもつながり、結果的に、東西両陣営間の軍事バランス面において自由主義諸国の安全保障の維持にも寄与し、アジアひいては世界の平和と安全に貢献するものである。

 自由主義諸国の中で米国に次ぐ経済大国であるわが国としては、自衛のために必要な防衛努力を行うに当たっても、自由主義諸国の一員として、国際社会におけるわが国の責任を深く自覚し、常にこのような連帯意識をもってこれを行っていくことが必要である。

 また、世界から紛争をなくすためには、世界経済を安定化し、繁栄させるとともに経済的貧困をなくすことが基本的に重要である。自由主義諸国は経済面でも相互に緊密な協力を行い、また、経済援助の増額等に努めているが、このことは世界平和を達成し、維持する上でも大きな意義を持つものである。このような面においでも、自由主義諸国の一員として、経済大国であるわが国の役割と責任は大きい。

第4節 防衛関連諸施策

1 民間防衛

 わが国に対して万一侵略があった場合、国民の生命・財産を保護し、被害を最小限にとどめる上で、国民の防災及び救護・避難のため、政府・地方自治体及び国民が一体となって民間防衛体制を確立することが必要である。このような民間防衛に関する努力は、また、国民の強い防衛意志の表明でもあり、侵略の抑止につながり、国の安全を確保するため重要な意義を有するものである。

 ヨーロッパ諸国などでは、第2次世界大戦において、市民の死傷率が軍人のそれを上回ったため、もしも将来、他国から武力攻撃が加えられた場合、これらの被害に対する対策が講じられなければ、市民にぼく大な数の犠牲者が出るであろうとの予想に基づいて、民間防衛に関する努力を行ってきている。これらの諸国では、いずれも担当する政府機関の設置、関連する法律の制定、組織づくり、退避所の建設など民間防衛体制の整備に努力している。また、これらの諸国では、中央政府及び地方自治体の計画・指導の下に、いざという場合のために、平素から退避訓練などの民間防衛に関する諸活動を実施している。これらの諸活動は、結果的に、平時突発する自然災害などに対処する上で有効なものとなっている。

 わが国においては、現在のところ、民間防衛に関してはみるべきものがない。今後、国民のコンセンサスを得つつ、政府全体で広い観点から慎重に検討していくべきであろう。

2 国民生活を維持するための施策

 わが国にとって、国民生活を維持するためには、資源・エネルギー、食糧などの確保が不可欠である。これらの生産地あるいは輸送経路などにおいて武力紛争又は大規模な天災地変などの事態が起こった場合、あるいはわが国の有事において海上交通が妨害される場合などに予想される資源・エネルギー、食糧などの供給の停止などに対し、わが国が冷静に対処するためには、これらの必要物資を備蓄しておくことが有効であろう。

 さらに、このような施策の推進とあいまって、有事におけるわが国の国民生活、経済活動などを維持するために必要な物資の海上輸送の実施体制のあり方についても、有事において講すべき緊急措置の一環として、政府全体として総合的な観点から研究する必要があろう。

3 その他の施策

 防衛力を支え、これを真に有効に発揮させるためには、平時から防衛産業を育成し、建設、運輸、通信、科学技術などの分野におし、て国防上の配慮を加えておく必要があろう。

 スイスなどにおいては、高速道路を臨時の滑走路として使用できるようにしており、有事の際、飛行場が爆撃などによって破壊されても、空軍はこれらを臨時飛行場として利用できるようにしている事例がある。また、各国とも、教育の面においても配慮を加えているところである。

第5節 安全保障会議等

 1安全保障会議

(1) 設置の経緯

 国防に関する重要事項を審議する機関として、昭和31年7月、内閣に設置された国防会議は、発足以来、国防の基本方針、第1次から第4次までの防衛力整備計画、防衛計画の大綱などわが国防衛の根幹をなす問題及び毎年度の防衛力整備に係る主要事項等について決定したり、審議するなど、防衛政策の基本的方針を示し、文民統制上重要な役割を果たしてきた。

 ところで、近年における社会全体の複雑高度化、わが国の国際的役割の拡大、わが国周辺地域の国際政治面での重要性の増大などにより、ミグ25事件(昭和51年9月)、ダッカにおけるハイジャック事件(昭和52年9月)、大韓航空機事件(昭和58年9月)のような、わが国の安全に重大な影響を及ぼすおそれのある重大緊急事態が発生する可能性が潜在的に高まっており、こうした重大緊急事態に迅速、適切に対処し、事態の拡大発展を防止するため、内閣の果たすべき役割はますます増大している。

 以上に述べたような背景の下、昨年7月、内閣に安全保障会議が設置されるとともに、従来の国防会議は廃止された。新たに設置された安全保障会議は、従来の国防会議の任務(国防に関する重要事項の審議)をそのまま継承するとともに、重大緊急事態への対処措置等をも審議するものである。

(2) 任務・構成等

 内閣総理大臣は、

 国防の基本方針
 防衛計画の大綱
 の計画に関連する産業等の調整計画の大綱
 防衛出動の可否
 その他内閣総理大臣が必要と認める国防に関する重要事項については安全保障会議に諮らなければならない。

 また、内閣総理大臣は、重大緊急事態が発生した場合においで、必要があると認めるときは、当該重大緊急事態への対処措置について安全保障会議に諮るものとされている。

 さらに、安全保障会議は、国防に関する重要事項及び重大緊急事態への対処に関する重要事項につき、必要に応じ、内閣総理大臣に対し、意見を述べることができる。

 安全保障会議は、内閣総理大臣を議長とし、内閣法第9条の規定によりあらかじめ指定された国務大臣、外務大臣、大蔵大臣、内閣官房長官、国家公安委員会委員長、防衛庁長官、経済企画庁長官を議員として構成される。また、議長は、必要があると認めるときは、関係の国務大臣、統合幕僚会議議長その他の関係者を会議に出席させ、意見を述べさせることができる。(高級幹部会同で総合安全保障の必要性を訓示する中曽根内閣総理大臣

2 総合安全保障関係閣僚会議

 一般に、今日の安全保障においては、軍事面の努力と並んで非軍事面の努力が極めて重要となっている。平和外交の推進やエネルギー、食糧確保などの諸施策は、いずれも一国の存在のため欠くことのできないものであり、国の安全保障を全うするためには、国際的な協調を図りながら、軍事、非軍事にわたるあらゆる施策が総合的に、かつ、整合性をもって推進されなければならない。

 わが国においても、国際政治経済情勢の推移を背景として、わが国の安全を確保するためには、総合的な施策の推進が必要であるとの視点に立ち、政府は、昭和55年12月、「経済、外交等の諸施策のうち、安全保障の視点から、総合性及び整合性を確保する上で、関係行政機関において調整を要するものについて協議するため」内閣に総合安全保障関係閣僚会議を設置している。

第6節 自衛隊の意義

 この節では、自衛隊の任務や役割を紹介し、次に、自衛隊がわが国に対する侵略を未然に防止(抑止)したり、侵略に対処する上でどのような意義を有しているかについて述べる。

1 自衛隊の任務・役割

 自衛隊は、わが国の平和と独立を守り、国の安全を保つため、直接侵略及び間接侵略(外国の教唆又は干渉によって引き起こされる大規模な内乱及び騒じょうをいう。)に対し、わが国を防衛することを主たる任務としている。また、自衛隊は、治安出動、災害派遣、領空侵犯に対する措置等をも任務としており、実際に、天災地変その他の災害に際して、災害救援活動により国民の生命・財産の保護に貢献しているのを始め、領空侵犯に対する措置を実施している。

 さらに、自衛隊は、これらの任務を遂行するため、平素からわが国の領域及びその周辺海空域における警戒監視などを実施するとともに、自衛隊の種々の任務を有効に遂行し得るよう部隊の練度向上に努めている。

2 侵略の未然防止(抑止)

(1) 軍事技術が急速に進展し、高度化した今日の国際社会にあっては、核兵器によるものであれ、通常戦力によるものであれ、実際に侵略が生起すれば、その被害は甚大なものとなることから、何よりも侵略を未然に防止することが重要である。

(2) 侵略を未然に防止するためには、外交努力を始めとして、経済協力等各種の努力も重要であるが、それだけで侵略を防ぐことはできず、核兵器を含めた力の均衡に基づく抑止が平和と安定を支えているのが国際社会の冷厳な現実である。

(3) 第1部でも述べたように、今日の国際社会にあっては、巨大な破壊力を有する核兵器の存在が核兵器を使用したり、核兵器の使用につながるような規模・態様の侵略を未然に防止する上で大きな役割を果たしていることは事実である。

 一方、核兵器は、その相互使用が国土の壊滅的破壊を招くことから容易に使用し得ない兵器となっており、あらゆる地域的な紛争をも未然に防止し得るものではないという面も持っている。このことは、核兵器による軍事均衡の下においても、通常戦力による紛争が数多く生起し、今日なお世界各地で続いていることからも明らかである。

 このような現実は、むしろ世界の各国に通常戦力の持つ意義を改めて認識させることになり、各国とも核兵器の保有国であると否とを問わず、紛争への対処はもとより、紛争等を未然に防止するという抑止力の側面を重視して通常戦力の整備に努めているところである。

(4) 侵略の未然防止のためには、核兵器の使用を含む事態から通常戦力による侵略事態、軍事力による示威、恫喝といった事態に至るまで、考え得る各種の事態に対応することのできる隙のない防衛態勢を構成することが必要である。このような態勢を築くことにより、侵略しようと意図する国に対し、実際に侵略を行っても成功する可能性は少なく、かえって手痛い損害を受けるであろうということを認識させて、その意図を断念させることが可能となる。

(5) わが国においても、以上のような認識に立って、侵略の未然防止を防衛構想の基本としているが、あらゆる侵略事態に対応し得る体制をわが国単独で確保することは困難である。したがって、わが国は、自衛隊を保有するとともに、日米安全保障条約に基づき、その足らざるところを核及び通常戦力から成る米国の軍事力に依存することにより、あらゆる侵略を未然に防止する体制を構成することとしている。この点に関連して、米国は、わが国に対しても、核戦力によるものであれ、通常戦力によるものであれ、日本への武力攻撃があった場合、日本を防衛する旨を明言している。

(6) わが国が自衛隊を維持し、その整備充実のため、厳しい財政事情の下、毎年最大限の努力を行っていることは、わが国に対する侵略を起こさせない決意と姿勢を示すものである。

 このような努力は、各般の分野における日米防衛協力の推進とあいまって日米安全保障体制の信頼性を高め、わが国に対する侵略を未然に防止する力となるものである。

3 侵略への対処

 以上に述べたように、国の安全を確保するためには、侵略の未然防止を図ることが望ましいが、世界の現状をみるとき、将来にわたりわが国に対する侵略がないと断言することはできない。万一、実際に侵略が生起した場合には、防衛力は、これを排除する上で中核的な役割を果たすものであり、他の手段によっては代替し得ないものである。

 自衛隊は、侵略を未然に防止するだけでなく、万一の侵略事態に対処する上でも重要な意義を有している。

 自衛隊が万一の侵略事態に際して有効に機能するためには、正面の主要装備はもとより、第3部第1章で後述する各種の分野において、平素からその能力を発揮させるための態勢が整備されていなければならない。

 また、自衛隊と米軍が、わが国防衛のための整合のとれた作戦を円滑かつ効果的に共同して実施し得る体制を確保しておくことも重要である。

第2章 防衛政策の基本と防衛計画の大綱

第1節 防衛政策の基本

1 憲法と自衛権

(1) わが国は、第2次世界大戦後、再び戦争の惨禍を繰り返すことのないよう決意し、ひたすら平和国家の建設を目指して努力を重ねてきた。恒久の平和は、日本国民の念願であり、この平和主義の理想を掲げる日本国憲法は、第9条に戦争放棄、戦力不保持及び交戦権の否認に関する規定を置いている。

(2) もとより、わが国が独立国である以上、この規定が主権国家としてのわが国固有の自衛権を否定するものでないことは、異論なく認められている。政府は、このようにわが国の自衛権が否定されない以上、その行使を裏付ける自衛のための必要最小限度の実力を保持することは憲法上禁止されているものではないと解しており、専守防衛をわが国防衛の基本的な方針として、実力組織としての自衛隊を保持し、その整備を推進し、運用を図ってきた。

 この専守防衛とは、相手から武力攻撃を受けたとき初めて防衛力を行使し、その防衛力行使の態様も自衛のための必要最小限にとどめ、また、保持する防衛力も自衛のための必要最小限のものに限られるなど、憲法の精神にのっとった受動的な防衛戦略の姿勢をいうものである。

(3) 憲法の諸規定のうち、戦争の放棄などを定めた第9条の趣旨についての政府の見解は、次のとおりである。

ア わが国が憲法上の制約の下において保持を許される自衛力は、自衛のための必要最小限度のものでなければならない。

 自衛のための必要最小限度の実力の具体的な限度については、そのときどきの国際情勢、軍事技術の水準その他の諸条件により変わり得る相対的な面を有することは否定し得ないが、性能上専ら他国の国土の壊滅的破壊のためにのみ用いられる兵器、例えば、ICBM、長距離戦略爆撃機などはこれを保持することは許されない。

イ 次に、自衛権の発動については、いわゆる自衛権発動の三要件、すなわち、わが国に対する急迫不正の侵害があること、この場合にこれを排除するために他に適当な手段がないこと及び必要最小限度の実力行使にとどまるべきことの三要件に該当する場合に限られる。

ウ わが国が自衛権の行使としてわが国を防衛するため必要最小限度の実力を行使できる地理的範囲は、必ずしもわが国の領土、領海、領空に限られるわけではないが、それが具体的にどこまで及ぶかは個々の状況に応じて異なるので、一概にはいえない。しかしながら、武力行使の目的をもって武装した部隊を他国の領土、領海、領空に派遣するいわゆる海外派兵は、一般に自衛のための必要最小限度を超えるものであって、憲法上許されないと考えている。

エ 国際法上、国家は、集団的自衛権、すなわち、自国と密接な関係にある外国に対する武力攻撃を、自国が直接攻撃されていないにもかかわらず、実力をもって阻止する権利を有しているものとされている。わが国が、国際法上、このような集団的自衛権を有していることは、主権国家である以上当然であるが、憲法第9条の下において許容されている自衛権の行使は、わが国を防衛するため必要最小限度の範囲にとどまるべきものであると解しており、集団的自衛権を行使することは、その範囲を超えるものであって、憲法上許されないと考えている。

オ なお、憲法第9条第2項は、「国の交戦権は、これを認めない」と規定しているが、わが国は、自衛権の行使に当たっては、既に述べたように、わが国を防衛するため必要最小限度の実力を行使することが当然に認められており、その行使は交戦権の行使とは別のものである。

2 国防の基本方針

 以上に述べた憲法の趣旨に基づいて進められているわが国の防衛政策は、昭和32年5月に国防会議及び閣議で決定された「国防の基本方針」にその基礎を置いている。

 この「国防の基本方針」は、まず、国際協調等平和への努力の推進及び民生安定等による安全保障基盤の確立を、次いで効率的な防衛力を漸進的に整備すること及び日米安全保障条約に基づく日米安全保障体制を基調とすることを基本方針として掲げている(日米安全保障条約については資料13参照)。

3 非核三原則

 わが国は、核兵器については、「持たず、作らず、持ち込ませず」の非核三原則を国是として堅持している。

 核兵器の製造・保有は、原子力基本法の規定の上からも禁止されているところであるが、さらに、わが国は、昭和51年6月、核兵器の不拡散に関する条約を批准し、非核兵器国として核兵器を製造しない、取得しないなどの義務を負っている。

4 シビリアン・コントロール

 自衛隊は、国民の意思にその存立の基礎を置くものであり、国民の意思によって整備・運用されなければならない。

 自衛隊は、旧憲法下の体制とは全く異なり、厳格なシビリアン・コントロール(文民統制)の下にある。

 シビリアン・コントロールの考え方は、欧米等の民主主義国では早くから根強く保持されており、各国の歴史と伝統の中にはぐくまれ、それぞれの制度と運用の実績を持っている。したがって、シビリアン・コントロールの実態を画一的なものとしてとらえることはできないが、現在の欧米等の民主主義国では、シビリアン・コントロールとは、民主主義政治を前提としての、軍事に対する政治優先又は軍事力に対する民主主義的な政治統制を指すといわれている。

 一般的に、軍事力は、本来、国の平和と安全を保障するための重要な手段であるが、その強大な実力の運用を誤れば、逆に大きな不幸を招くおそれを持っている。そのため、欧米等の民主主義国において、このような実力集団を政治が支配・統制するための原理として、シビリアン・コントロールという考え方が重要視されるようになったものである。

 わが国の場合は、終戦までの経緯に対する反省もあり、他の民主主義諸国と同様、厳格なシビリアン・コントロールの諸制度を採用した。

 まず、自衛隊は、国民の代表たる国会によって、そのコントロールを受けている。自衛隊の定員、組織、予算等の重要な事項は国会で議決され、防衛出動については国会の承認が必要とされていること等のほか、自衛隊の諸問題に関しては絶えず国会で審議されている。

 次に、内閣は、国会に提出する法律案や予算案を決定し、政令を制定し、あるいは、防衛にかかわる重要な方針や計画を決定している。この内閣を構成する内閣総理大臣その他の国務大臣は、憲法上文民でなければならないことになっている。内閣総理大臣は、内閣を代表して自衛隊に対する最高の指揮監督権を有しており、自衛隊の隊務を統括する防衛庁長官も、文民である国務大臣をもって充てられる。

 内閣には、国防に関する重要事項及び重大緊急事態への対処に関する、重要事項を審議する機関として安全保障会議が置かれている(第2部第1章第5節参照)。

 さらに、防衛庁では、防衛庁長官が自衛隊を管理し、運営するに当たり、政務次官及び事務次官が長官を助けるのはもとより、基本的方針の策定については、いわゆる文官の参事官が補佐するものとされている。

 このように、自衛隊を民主的に管理・運営するためのシビリアン・コントロールの制度は、欧米等の民主主義国と同様わが国においても整備されている。

 なお、現代においては、軍事が専門化・高度化する一方、国の安全保障政策における外交、経済等、非軍事分野の重要性・多面性も増大している。このような点を考慮すると、今日、シビリアン・コントロールの制度を運営するに当たっては、政治が軍事を十分に把握し、これを多面的・総合的な安全保障の中にいかに正しく位置付けるかということが極めて重要になっているといえよう。

 また、シビリアン・コントロールの制度がその実をあげるためには、政治、行政両面における運営上の努力が今後とも必要であることはもとより、国民全体の防衛に対する深い関心と隊員自身のシビリアン・コントロールに関する正しい理解と行動が必要とされるところである。(観閲式で部隊を巡閲する中曽根内閣総理大臣(昭和61.10)

第2節 防衛計画の大綱

 わが国は、「国防の基本方針」に基づき、国力国情に応じた効率的な防衛力の漸進的な整備を図るため、当面の3年又は5年を対象期間とする防衛力整備計画を4次にわたって策定し、これにより、逐次、わが国防衛力の充実整備に努めてきた。そして、第4次防衛力整備計画が昭和51年度をもって終了することに伴い、政府は、昭和51年10月、「防衛計画の大綱」(「大綱」)を国防会議及び閣議において決定した。

 「大綱」は、従来の防衛力整備計画のように一定期間内における整備内容を主体とするものではなく、わが国が平時から保有すべき防衛力の水準を明らかにし、防衛力の維持及び運用をも含め、わが国の防衛のあり方についての指針を示し、自衛隊の管理及び運営の準拠となるものである。

 昭和52年度以降の防衛力整備は、この「大綱」に従って進められてきた。

 「大綱」の構成は、資料12に示すように、目的及び趣旨、国際情勢、防衛の構想、防衛の態勢、陸上、海上及び航空自衛隊の体制、防衛力整備実施上の方針及び留意事項から成る本文並びに目標とする編成、主要装備等の具体的規模を示す「別表」から成っているが、以下において「大綱」の考え方、内容等について述べる。

1 「大綱」が前提にしている国際情勢等

 「大綱」は、「安定化のための努力が続けられている国際情勢及びわが国周辺の国際政治構造並びに国内諸情勢が、当分の間、大きく変化しないという前提」に立ち、国際情勢の基本的枠組みを次のように記述している。

 核相互抑止を含む軍事均衡や各般の国際関係安定化の努力により、東西間の全面的軍事衝突又はこれを引き起こすおそれのある大規模な武力紛争が生起する可能性は少ない。

 わが国周辺においては、限定的な武力紛争が生起する可能性を否定することはできないが、大国間の均衡的関係及び日米安全保障体制の存在が国際関係の安定維持及びわが国に対する本格的侵略の防止に大きな役割を果たし続けるものと考えられる。

2 防衛の構想

 次に「大綱」が定める防衛の構想は、以下のとおりである。

(1) 侵略の未然防止

 わが国の防衛は、わが国自ら適切な規模の防衛力を保有し、これを最も効率的に運用し得る態勢を築くとともに、米国との安全保障体制の信頼性の維持及び円滑な運用態勢の整備を図ることにより、いかなる態様の侵略にも対応し得る防衛体制を構成し、これによって侵略を未然に防止することを基本とする。

 また、核の脅威に対しては、米国の核抑止力に依存するものとする。

(2) 侵略対処

 間接侵略事態又は侵略につながるおそれのある軍事力をもってする不法行為が発生した場合には、これに即応して行動し、早期に事態を収拾することとする。

 直接侵略事態が発生した場合には、これに即応して行動し、防衛力の総合的、有機的な運用を図ることによって、極力早期にこれを排除することとする。この場合において、限定的かつ小規模な侵略については、原則として独力で排除することとし、侵略の規模、態様等により、独力での排除が困難な場合にも、あらゆる方法による強じんな抵抗を継続し、米国からの協力をまってこれを排除することとする。

3 わが国が保有すべき防衛力

 「大綱」は、わが国が平時から保有すべき防衛力の水準等の枠組みについて、

 防衛上必要な各種の機能を備え、後方支援体制を含めてその組織及び配備において均衡のとれた態勢を保有するものであること

 平時において十分な警戒態勢をとり得るものであること

 限定的かつ小規模な侵略に原則として独力で対処し得るものであること

 情勢に重要な変化が生じ、新たな防衛力の態勢が必要とされるに至ったときには、円滑にこれに移行し得るよう配意された基盤的なものであること

というように定めるとともに、わが国が保有すべき防衛力は、資料12に掲げる「防衛の態勢」及びこの態勢を保有するための基幹として維持すべき「陸上、海上及び航空自衛隊の体制」を備えるものとしている。なお、ここにいう「限定的かつ小規模な侵略」とは、限定的な侵略、すなわち、目的、手段、地域、期間等において限定された侵略のうち小規模なものであり、一般的には、事前に侵略の意図が察知されないよう、侵略のための大掛かりな準備を行うことなしに奇襲的に行われ、かつ、短期間のうちに既成事実を作ってしまうことなどをねらいとしたものである。

 このような基本的考え方に基づいて保有すべき防衛力の具体的規模については、「大綱」の別表において、「大綱」策定時における装備体系を前提とした各自衛隊の基幹部隊、主要装備等を掲げ、その枠組みを明示している。

 また、「大綱」は、防衛力の整備に当たっては、「大綱」の定める防衛力の態勢等を整備し、「諸外国の技術的水準の動向に対応し得るよう、質的な充実向上に配意しつつ」これを維持することを基本とし、さらに、「その具体的実施に際しては、そのときどきにおける経済財政事情等を勘案し、国の他の諸施策との調和を図りつつ」これを行うものとしている。

4 「大綱」の仕組み

 政府は、以上のような考え方に従い、現在の別表の枠組みの中で大綱水準の達成を図ることを目標に中期防衛力整備計画を策定し、国の他の諸施策との調和を図りつつ、その着実な実施に努めているところであり、現在、「大綱」の基本的考え方の見直しはもちろん、別表の修正も考えていない。

 ところで、「大綱」にいう限定的かつ小規模な侵略の規模、内容等には、諸外国の軍備や技術的水準の動向等により、変動する面があることなどから、「大綱」は、将来これに有効に対処し得なくなるのではないかといった疑問も提起されている。この点については、「大綱」は、以下に述べるように、それ自身の中にこうした情勢の変化に対応し得る仕組みを持っていると考えている。

(1) 質的な充実向上

 「大綱」は、先に述べたとおり、防衛力の整備に当たっては、「諸外国の技術的水準の動向に対応し得るよう、質的な充実向上に配意しつつ」と定めており、「大綱」の枠内で装備を質的に向上させることによって、情勢の変化に相当長期間対応することが可能である。

(2) 装備体系等の変化に伴う別表等の内容の修正

 「大綱」別表には、「この表は、この大綱策定時において現有し、又は取得を予定している装備体系を前提とする」との注記がなされている。

 このことは、将来、科学技術等の進歩に伴い装備体系等が変わるようなことがあれば、別表に掲げた部隊や主要装備の数量が変動し得ることを考慮したものである。

(3) 防衛力の効率化のための別表等の修正

 なお、より効率的な防衛力を追求していくという「大綱」の基本的考え方からすれば、装備体系の変更に至らない段階であっても、例えば、現在、2以上の自衛隊が個別に保有している機能を同時に果たし得る新装備が導入され、効率化の観点からその機能をいずれかの自衛隊が保有することが適当と考えられるような場合には、別表に掲げる陸・海・空自衛隊の境を取り外して組み替えることや主要装備等の数量を若干変更することもあり得るものと考えている。

 なお、限定小規模侵略に対処し得る防衛力を保有するという「大綱」の基本的な考え方において、「大綱」本文と別表はもとより一体のものであり、仮に、別表等の内容を修正する場合でも、このような考え方の枠内で行われるものである以上、おのずから限度がある。

 また、修正に際しては、安全保障会議及び閣議の審議、決定を経る必要があることはいうまでもない。

第3節 「大綱」10年のあゆみ

 「大綱」が昭和51年10月に策定されて以来、昨年末で10年を迎えた。政府は、わが国の防衛力が「大綱」に定める平時から保有しておくべき防衛力の水準に到達していない状況にあったことなどから、昭和60年9月、「大綱」に定める防衛力の水準の達成を図ることを目標とする中期防衛力整備計画を策定し、現在、その着実な実施に努めている。

 このようなことから、最近の国会においても「大綱」に関する様々な論議が行われている。

 本節においでは、「大綱」策定以降の防衛力整備の推移及び最近の主な国会論議について述べ、「大綱」10年のあゆみを振り返る。

1 防衛力整備の推移

(1) 中期業務見積り

 わが国の防衛力整備については、「大綱」が決定されて以降、政府としては、それまでのような一定期間を限った第何次防衛力整備計画といったものを作成する方法はとらず、年々必要な決定を行ういわゆる単年度方式を主体としてきた。

 これは、「大綱」策定当時のわが国の経済が、いわゆる高度経済成長時代から安定成長時代への転換期を迎え、流動的な要因が多かったため、政府として中期にわたる防衛力整備計画を策定することが困難である等の事情を考慮したためである。

 その後、防衛庁としては、「大綱」に基づき、各年度の防衛力整備を進めるに当たり、重視すべき主要な事業について可能な範囲で将来の方向を見定めておくことも、実際の業務を進める上では必要なため、「中期業務見積り」(5か年間を対象とする防衛庁限りの見積りを3年毎に作成するもの)を作成し、これを参考として各年度の防衛力整備を進めることとし、これまでに、いわゆる五三中業及び五六中業を策定している。

ア 五三中業

 第1回目の中期業務見積りは、昭和55年度から昭和59年度までを対象とするものであり、昭和53年2月から昭和54年7月にかけて作成されたが、その作成作業年度に注目して五三中業と呼ばれた。五三中業は、「大綱」に示されている基幹部隊を早期に整備すること等を重視したものであるが、その事業がすべて見積りどおり達成されたとしても「大綱」に定める防衛力の水準にはなお隔たりが残るものであった。

イ 五六中業

 昭和58年度から昭和62年度までを対象とする五六中業は、昭和56年4月から昭和57年7月にかけて作成され、「大綱」に定める防衛力の水準を原則としてその完成時において保有することを基本的目標としたものであった。

 この五六中業については、厳しい国際情勢等を背景として、わが国の防衛力整備に対する内外の関心が強くなっていること等にかんがみ、文民統制の観点からも、国防会議に付議することとされ、昭和57年7月23日の国防会議に防衛庁長官から案について報告し、防衛庁の中期にわたる防衛力整備の進め方に関する考え方の大筋を示すものとして案のとおり了承された。

(2) 中期防衛力整備計画

ア 五九中業の作成作業

 次の昭和61年度から昭和65年度までを対象とする五九中業については、防衛庁は、昭和59年5月8日の国防会議において、その作成に際しての基本的考え方について報告し、了承を得たうえ、約1年をかけて作成作業を進め、昭和60年8月7日の国防会議に、その作成作業の状況を中心に報告を行った。

 その際、わが国の厳しい財政事情等を勘案し、5か年間の所要経費を可能な限り抑制するよう努めるとともに、今後の防衛力整備計画の策定に当たっては、五九中業案の内容を基本にして、「大綱」の達成を目途に、適切な文民統制を充実する方向で、政府部内で精力的に検討することとされた。

イ 中期防衛力整備計画の決定

 政府は、このような方針の下、今後の防衛力整備のあり方等について、昭和60年8月7日以降8回の国防会議を開催するなど、検討を重ね、同年9月18日、昭和61年度から昭和65年度までを対象とする中期防衛力整備計画を国防会議及び閣議で決定した。

 政府がこのような決定を行ったのは、より適切な文民統制等の充実を図る見地から、5か年間の防衛力整備計画を政府が作成し、政府の責任において中期的な防衛力整備の方向を内容と経費の両面にわたって示すことが望ましいと判断したからである。

 中期防衛力整備計画の概要については、第3部第2章第1節において記述しているが、この計画は、「大綱」の基本的枠組みの下、これに定める防衛力の水準の達成を図ることを目標としている。(第2−1表 「防衛計画の大綱」の達成状況

2 最近の主な国会論議

 最近の国会においては、「大綱」をめぐり様々な論議が行われている。例えば、「大綱」の仕組み、「大綱」策定以降昭和60年度までとられてきた単年度方式を中期計画方式に変更した理由、「大綱」と「当面の防衛力整備について」(いわゆるGNP1%枠)や中期防衛力整備計画との関係、「大綱」と洋上防空との関係などについても論議されてい、るが、これらについては、それぞれ前節4、本節l並びに第3部第2章第4節及び第5節で政府の考え方を示している。

 ここでは、「大綱」の前提とする国際情勢の認識、防衛の構想及び技術的水準の動向への対応に関する論議を紹介する。

(1) 国際情勢の認識

 前節で述べたように、「大綱」は、策定当時の国際情勢の基本的な枠組み等が当分の間、大きく変化しないという前提に立っている。

 これに関連して、ソ連の極東地域における一貫した軍事力増強によりわが国に対する潜在的脅威が高まっていることから、「大綱」の前提とする国際情勢の枠組みが変化したのではないかとの議論が提起された。

 この点について、政府は、わが国周辺の軍事情勢が厳しさを増していることは認識しつつも、「大綱」の前提とする国際情勢の基本的な枠組みは変わっていないとの認識を示してきている。

(2) 防衛の構想(限定的かつ小規模な侵略への対処)

 「大綱」は、わが国の保有すべき防衛力のあり方について、限定的かつ小規模な侵略に有効に対処し得ることなどを定めているが、これに関して、「大綱」はわが国に対して現実に起こり得る侵略事態として限定的かつ小規模な侵略のみを想定して策定されたのかとの疑問が提起された。

 この点については、次のように考えている。

 「大綱」の考え方は、限定的かつ小規模な侵略に原則として独力で対処し得る防衛力を整備することにより、日米安全保障体制とあいまってわが国に対するあらゆる侵略を未然に防止することが、今日の国際情勢の下でのわが国の防衛力のあり方として適切であるとの判断に立っているものである。

 一方、こうした体制の下で、実際にわが国に対して具体的にどのような規模、態様の侵略が起こり得るかについては、武力紛争の原因やその時々の国際環境等により千差万別であり、一概にはいえないと考えている。

 このように、「大綱」の防衛力整備の考え方と、実際にわが国に対して具体的にどのような規模、態様の侵略が起こり得るのかということは、別個の問題である。

 「大綱」は、わが国に対し限定的かつ小規模な侵略事態が生じ得る可能性が高いとか、これを超える規模、態様の侵略が有り得ないといった判断を示しているものではない。

(3) 技術的水準の動向への対応

 最近の防衛技術の変革等がわが国の防衛に与える影響について、どのように認識しているのかといった質問に対しては、ミサイルの発達を例にとって、次のような考え方を示している。

 まず、わが国に対する空からの攻撃という点に関しては、航空機の搭載するミサイルの射程距離が数百キロに及び、命中精度も著しく向上したことにより、航空機は、洋上にある艦艇の対空ミサイル、砲の射程外から攻撃することが可能となるとともに、防空上重要な役割を果たすレーダーサイトに対しても従来より遠方から正確な攻撃を行うことが可能となってきている。

 このようなミサイルの性能向上に伴う経空脅威の増大に対処するため、洋上における防空能力の向上やレーダーサイト等防空システム全般の抗たん性の一層の向上を図ることが必要と考えている。

 また、ミサイルの発達がわが国に対する着上陸侵攻への対処に与える影響という点に関しては、わが国は、国土における戦闘を極力避けるため、でき得れば水際までの間に敵を撃破したいと考えてきたが、わが国の長大な海岸線の相当部分において敵の上陸が可能と考えられるため、従来これは極めて困難であると考えていたところである。

 しかしながら、ミサイル技術の発展に伴い、かなり広範囲にわたって上陸しようとする敵の撃破を可能とする、現在開発中の地対艦誘導弾(SSM)のようなミサイルが登場してきたため、水際までの間に敵を撃破する能力が向上するものと考えられる。

第3章 日米安全保障体制

第1節 日米安全保障体制の意義

 日米安全保障体制は、わが国の防衛の基調をなすものであり、わが国の安全保障にとって必要不可欠の要素である。

 わが国の平和と独立を確保するためには、核兵器の使用を含む全面戦から通常兵器によるあらゆる態様の侵略事態、さらには軍事力による示威、恫喝といった事態に至るまで、考えられる各種の事態に対応することができ、その発生を未然に防止するための隙のない防衛態勢を構築する必要がある。しかし、わが国独自でこのような態勢を築くことは不可能であることから核の脅威に対する抑止力や通常兵器による大規模侵略に対する対処能力など、わが国防衛力の足らざるところを米国との安全保障体制に依存することとしている。

 日米間の友好協力関係と安全保障体制の信頼性を維持向上させるためには、日米両国があらゆる機会をとらえて間断のない対話を行うことにより相互信頼と協調関係の確立を図るとともに、日米双方がそれぞれ応分の責任を果たし、同体制が有効に機能するような態勢の確保に努めることが必要である。このため、わが国は自ら防衛力整備の努力を行ってきているほか、第3部第3章で述べるような「日米防衛協力」の推進に努めている。

 なお、わが国は、外部から武力攻撃を受けたとき初めて防衛力を行使することとしており、わが国が武力攻撃を受けていないにもかかわらず防衛力を行使することはあり得ないが、「わが国が日米安全保障体制の下で防衛力の向上を図ることは、わが国が米国の戦略に組み込まれ、戦争に巻き込まれてしまう結果となるのではないか」との意見も一部にある。

 この点については、次のように考えている。

 国家がそれぞれ異なった価値観を持ち、独自の国益を追求している今日の国際社会においては、世界各地で紛争が絶えない。しかし、こうした中にあって、東西間では圧倒的な核・通常戦力を有する米ソ両国を中心とした力の均衡により大規模な紛争は強く抑止され、平和と安定が維持されている。

 したがって、わが国の安全保障を考える場合には、米ソ間においてこそ最もよく抑止が機能しているという国際的な軍事構造を認識するとともに、米ソのグローバルな軍事的対峙の中で、わが国が米ソの双方にとって、地理的に極めて重要な戦略的位置に置かれているという事実を忘れてはならない。

 以上の点を考慮すれば、わが国が米ソを中心とするグローバルな抑止体制から離れて、単独でその安全を確保しようとすることは、決して賢明な選択とはいえない。わが国としては、自由と民主主義という基本的価値観を共有する米国と安全保障体制を結び、米国の有する巨大な抑止力をわが国の安全保障のために有効に機能させていくことこそわが国のとるべき最善の道である。

 このためには、わが国として、自ら防衛力の整備に努めるとともに各般の分野で米国との協力関係の推進を図ることが重要であり、そのような努力が、日米安全保障体制の信頼性を高め、わが国に対する侵略を抑止する力となるものである。この点については、紛争の絶え間のない国際社会の中にあって、わが国がこれまで日米安全保障体制の下で外部からの侵略や威嚇を受けることなく、経済的繁栄と社会的安定を享受してきていることを想起すべきである。

 こうした観点からみれぱ、米ソ間の戦争の発生の可能性が高いので、日米安全保障体制がわが国の安全保障にとって危険であるかのような議論は、今日の国際社会の現実を無視したものといわなければならない。

第2節 日米安全保障条約

 わが国は、昭和26年9月、「日本国との平和条約」に署名するとともに、米国と「日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約」(いわゆる旧安保条約)に署名し、これらの条約は、翌昭和27年4月に発効した。

 この旧安保条約は、講和条約締結当時の特殊な状況の下に締結されたものであり、米軍のわが国における駐留権に重点が置かれていたため、わが国の実情に一層よく合うよう、わが国は条約の改定を提議し、昭和35年1月、新たに「日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約」に署名した。この条約は同年6月に発効し、今日に至っている。

 日米安全保障条約の概要は、次のとおりである。

1 日米安全保障条約に基づく日本の防衛(日米安全保障条約第5条)

 日米安全保障条約は、その第5条において、日米両国は、「日本国の施政の下にある領域における、いずれか一方に対する武力攻撃が、自国の平和及び安全を危うくするものであることを認め、自国の憲法上の規定及び手続きに従って共通の危険に対処するように行動することを宣言する」と規定し、わが国への武力攻撃があった場合において、日米両国が共同対処することを定めている。この米国の日本防衛義務を中核とする日米安全保障体制によって、わが国に対する外部からの武力攻撃は、精強な自衛隊のみならず、米国の強大な軍事力とも直接対決する可能性を有することとなり、侵略国は相当の犠牲を覚悟しなければならないため、侵略をちゅうちょせざるを得なくなり、結果的に侵略の未然防止につながることとなる。また、仮に武力侵略が行われるとしても、侵略国は、米国との本格的な対決を避けるような侵略態様を選ばざるを得なくなり、この結果、侵略の規模、手段、期間などが限定されることとなろう。

 なお、この条約の下で、米国は、日本に対する武力攻撃がなされた場合、日本防衛の義務を負っているが、わが国の施政の下にある領域以外の場所で米国が攻撃されても、わが国はこれを防衛する義務を負わないこととなっている。この点は、わが国が憲法上、集団的自衛権を行使し得ないことによるものである。

2 施設及び区域の提供(日米安全保障条約第6条)

 日米安全保障条約は、その第6条において、「日本国の安全に寄与し、並びに極東における国際の平和及び安全の維持に寄与するため、アメリカ合衆国は、その陸軍、空軍及び海軍が日本国において施設及び区域を使用することを許される」と規定し、同条に基づき、米国はその軍隊をわが国に駐留させているが、この在日米軍のプレゼンスは、わが国の安全に大きく寄与しているのみならず、極東の平和と安全の維持にも寄与しているところである。

3 他の分野での友好協力関係

 また、この条約は、「日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約」という名称にも表れているとおり、防衛面の規定のほかに、経済的協力関係の促進等についても規定している。

 米国との間の緊密な友好協力関係の保持は、わが国の安全はもちろんその発展と繁栄のために必要不可欠なものであり、これまでわが国の経済的発展と国民生活の大幅な向上に寄与したことは、疑いのないところである。(第2−1図 世界の集団安全保障体制

第3節 日米防衛協力のための指針

1 「指針」の作成

 日米安全保障条約が有効に機能するためには、この条約に基づき、有事及び平時において日米間で緊密な協力が行われなければならない。このような観点から、日米安全保障条約及びその関連取極の目的を効果的に達成するため、軍事面を含めて日米間の協力のあり方について研究・協議を行うこととし、日米安全保障協議委員会の下部機構として設置された防衛協力小委員会において研究・協議を重ね、その結果を取りまとめて、「日米防衛協力のための指針」(「指針」)が作成された。この「指針」は、昭和53年11月に開催された第17回日米安全保障協議委員会に報告され、了承された。

 「指針」は、じ後行われるべき研究作業のガイドラインとしての性格を有するものであって、外務大臣及び防衛庁長官が処理すべきものであるが、その内容が日米防衛協力のあり方にわたるものであることから、シビリアン・コントロールの確保という面も考慮し、昭和53年11月、国防会議で審議を行い、さらに、閣議において、資料を席上配布の上、所管大臣たる外務大臣及び防衛庁長官が発言し、その経緯・内容を報告するとともに、防衛庁長官から「この指針に基づき自衛隊が米軍との間で実施することが予定されている共同作戦計画の研究その他の作業については、防衛庁長官が責任をもって当たることとしたい」旨の発言があり、いずれも、了承された。

2 「指針」の前提条件

 「指針」は、次のことを前提条件としている。

(1) 事前協議に関する諸問題、日本の憲法上の制約に関する諸問題及び非核3原則は、研究・協議の対象としない。

(2) 研究・協議の結論は、日米安全保障協議委員会に報告し、その取扱いは、日米両国政府のそれぞれの判断にゆだねられるものとする。この結論は、両国政府の立法、予算ないし行政上の措置を義務付けるものではない。

3 「指針」の概要

 「指針」の概要は、次のとおりである。

(1) 前文

 この「指針」は、日米安全保障条約及びその関連取極に基づいて日米両国が有している権利及び義務に何ら影響を与えるものではない。

 この「指針」が記述する米国に対する日本の便宜供与及び支援の実施は、日本の関係法令に従う。

(2) 侵略を未然に防止するための態勢

ア 日本は、自衛のために必要な範囲内において適切な規模の防衛力を保持し、かつ、施設・区域の安定的効果的使用を確保する。

 米国は、核抑止力を保持するとともに、即応部隊を前方展開し、来援し得るその他の兵力を保持する。

イ 共同の対処行動を円滑に実施し得るよう、日本防衛のための共同作戦計画についての研究を行う。

ウ 作戦、情報及び後方支援の事項につき、共通の実施要領を研究する。

エ 日本防衛に必要な情報を作成し、交換する。

オ 必要な共同演習及び共同訓練を実施する。

カ 補給、輸送、整備、施設等後方支援の各機能について研究を行う。

(3) 日本に対する武力攻撃に際しての対処行動等

ア 日本に対する武力攻撃がなされるおそれのある場合

(ア) 必要と認められるときは、自衛隊と米軍との間に調整機関を開設する。

(イ) 作戦準備に関し、共通の準備段階をあらかじめ定めておき、両国政府の合意によって選択された準備段階に従い、それぞれが必要と認める作戦準備を実施する。

イ 日本に対する武力攻撃がなされた場合

(ア) 日本は、原則として、限定的かつ小規模な侵略を独力で排除し、侵略の規模、態様等により独力で排除することが困難な場合には、米国の協力をまって、これを排除する。

(イ) 自衛隊は主として日本の領域及びその周辺海空域において防勢 作戦を行い、米軍は自衛隊の行う作戦を支援し、かつ、自衛隊の能力の及ばない機能を補完するための作戦を実施する。

(ウ) 自衛隊及び米軍は、緊密な協力の下に、それぞれの指揮系統に 従って行動する。

(エ) 自衛隊及び米軍は、緊密に協力して情報活動を実施する。

(オ) 自衛隊及び米軍は、効率的かつ適切な後方支援活動を緊密に協力して実施する。

(4) 日本以外の極東における事態で日本の安全に重要な影響を与える場合の日米両国間の協力

 両国政府は、情勢の変化に応じ随時協議する。また、両国政府は、日本が米軍に対して安全保障条約その他の関係取極及び日本の関係法令に従って行う便宜供与のあり方について、あらかじめ相互に研究を行う。