第1部

世界の軍事情勢

第1章全般的な軍事情勢

第1節 軍事力の意義と軍事面からみた世界の構造

1 軍事力の意義

 国の平和と安全を保つためには、世界の国々と広範囲な分野で交流し、相互理解を深め、友好協力関係を築いていくことが重要である。また、世界各地における紛争の解決や対立の緩和を進め、経済協力を行うなど、安定した国際環境を作る努力を行う必要がある。さらに、経済の発展を図り、内政を安定させることが安全保障の基盤であることもいうまでもない。しかし、これらの努力のみでは、実力をもってする侵略を未然に防止し、また、このような侵略が現実に生起した場合にこれを排除することはできない。

 異なる価値観や国家目標を持つ多数の主権国家が存在し、複雑に流動する国際社会において、外国からの侵略の可能性を否定できない以上、侵略を抑止して国の生存と独立及び平和と安全を維持するための手段としての軍事力を備えておくことも重要である。世界の中には、軍事力を持たないこととしている国もあることは事実であるが、これらの国は、いずれもその人口、面積、経済力などや周辺の国際環境がわが国などの場合と異なっている。人類の平和希求は強いものの、現実の国際社会では価値観等を異にする国家間の力の均衡によって平和が保たれており、世界の大多数の国は、そのために多くの人的、物的資源を投入して努力を重ねている。

 軍事力の役割ないし機能は、究極的には力によって相手に対する要求を充足させ、あるいは相手の軍事力の行使を直接阻止することにある。また、実際に軍事力が行使されなくても、強力な軍事力を背景として相手を威圧することなどにより政治的な影響力に転化したり、逆に相手の軍事力の存在が一方的にそのような政治的な影響力に転化することを防止するという側面がある。

 このように、本来、軍事力については、それが直接に行使される場面のみに着目することにとどまらないで、行使される以前に果たしている機能にも着目することが必要である。そして、大国の強大な軍事力の存在する中にあって、それ以外の国においてもいわゆる力の空白地帯を作らないために、その置かれた国際環境に応じたしかるべき軍事力を備えることが、その地域の安定的均衡の維持、ひいては国際平和に貢献することとなる。

2 軍事面からみた世界の構造

 世界の軍事情勢は、第2次世界大戦後今日まで、政治・経済体制及びイデオロギーを異にする米国及びソ連をそれぞれ中心とする東西の集団安全保障体制による軍事的対峙を基本的枠組みとして推移してきている。

 ソ連は、強力な戦略核及び中距離核等の核戦力を保持するとともに、ヨーロッパから極東に至る自国領土、東欧諸国等に膨大な地上戦力及び航空戦力を配備しているほか、自国周辺の海域はもとより、アメリカ近海、太平洋、大西洋、インド洋、南シナ海、地中海などの遠隔地にまで海上戦力を展開させている。

 これに対し、米国は、戦略核、中距離核等の核戦力を保持し、同盟国に対し、いわゆる核の傘を提供しつつ、同盟国に対する防衛コミットメントの裏付けとして、ヨーロッパ及びアジアのソ連周辺地域に所在する同盟国に地上戦力及び航空戦力を配備し、また、太平洋、大西洋、インド洋、地中海などの主要な海域に海上戦力を展開している。

 このように、米ソ両大国を中心とする東西両陣営の軍事的対峙は、グローバルな規模のものとなっている。第2次世界大戦後現在に至るまでの間には、「ベルリン封鎖」や「キューバ危機」のような危機が生じたこともあったが、米国を始めとする自由主義諸国が信頼し得る抑止力の維持、強化に努めてきたこともあり、核戦争及びそれに至るような大規模な軍事衝突は幸いにして今日まで回避されてきた。

 しかしながら、ソ連は、1970年代のいわゆるデタント期において米国が国防努力を抑制していた間にも、一貫して軍事力を増強してきたため、その蓄積効果には、近年特に顕著なものがある。さらに、ソ連は、このような軍事力増強を背景として、直接的に又は第三国を介して、中東、アフリカ、東南アジア、中米等のいわゆる第三世界への勢力伸長に努めている。これらの地域の多くは、東西の集団安全保障体制の枠組みの外にあって、領土、民族、宗教、イデオロギー等多くの紛争要因を抱えた不安定な地域であり、依然として各地域において紛争が継続している。他力、自由主義諸国にとっても、これらの地域は、その生存と繁栄に不可欠な石油や希少金属を始めとする各種資源・エネルギーの供給地であることから、これらの地域における平和と安定の確保は、世界の平和と安定にとって極めて重要となっている。

 これらのことから、現下の国際軍事情勢には、厳しく、複雑かつ流動的なものがある。このような認識に立って、米国は、抑止力の維持、強化を図るため、戦力の全般的な近代化と態勢の強化に努めており、その効果はすでに現れ始めている。また、米国以外の自由主義諸国もそれぞれの立場に応じて防衛力の強化に努めている。同時に、米国を始めとする自由主義諸国は、このような国防努力を背景に、より低いレベルでの軍事力の均衡を目指して、ソ連との間で、実質的かつ公正で検証可能な軍備管理・軍縮の実現を求めている。

第2節 世界の軍事情勢の基本をなす東西関係

 第2次世界大戦後、米ソ両国は他に抜きん出て国際的地位を高めたが、政治、経済体制及びイデオロギーを異にする両国の間には不信と警戒の念が常に介在しており、双方は基本的には対立関係にある。このような環境の下に米ソ両国は自国及び同盟国の安全保障を確保するために、また主要各国は米ソ両国の巨大な軍事力を前提として自国の安全を図るために、米ソを中心とする集団安全保障体制を築き上げた。

 第2次世界大戦後の核時代においては、核兵器の相互使用は共倒れに終わる可能性があることから、核戦争は強く抑止されてきた。また、通常戦争についても、それが核戦争にエスカレー卜する危険性があるために米ソ間はもちろん、米ソが深くかかわり合っている双方の集団安全保障体制間でも回避されてきた。

 このようにして、主要国家間には、これまで一応の安定が維持されてきたが、この安定が維持されるためには、米ソ間の核抑止力が機能し続けると同時に、各国が抑止力として信頼性のある通常兵器による軍事力を保持しなければならない。特に通常戦力は、できるだけ核兵器に頼ることなく抑止効果を向上させるためにも、その信頼性が確保されなければならない。

1 米ソの戦略態勢

 今日の米ソ両国のグローバルな軍事的対峙の基本的構造は、戦略核戦力の均衡を背景とした米ソを中心とする集団安全保障体制の下に、主として欧州、極東及び中東方面におけるソ連の兵力集中と、これに対する米国の兵力前方展開という形でとらえることができる。

(1) ソ連

ア 全般

 ソ連は、軍事力の増強を国策の最優先課題の一つとしてきたが、その結果、今日では、核戦力及び通常戦力のいずれの分野においても、米国に十分対抗し得る戦力を築き上げるに至った。

 1985年3月に就任したゴルバチョフ書記長は、石油の生産の停滞や価格低下、労働力の不足や規律の弛緩、労働生産性の伸び悩み等により停滞した経済を再活性化するため、現在の中央集権的管理システムの枠内において積極的に各種施策を推進している。また、外交面においては、一昨年8月6日からの約1年半にわたる核実験の一方的な停止(モラトリアム)、軍備管理・軍縮に関する各種提案等によりソ連の「平和的意図」を内外に示すとともに、世界各地域の諸国との間で関係の改善や強化を図っている。しかし、このような中にあっても、ソ連の軍事力増強のすう勢には依然として変化はみられていない。

 今日、ソ連は、戦略核、中距離核等の核戦力の保持に加え、欧州における戦略上不可欠の要域とされる中部ヨーロッパ地域、特に東独領を中心に質的にも最も高度な陸・空軍戦力を配備するとともに東欧諸国に隣接する自国領に多大の兵力を配置している。極東においても、ソ連は、中ソ対立を契機として急速に軍事力を増強し、大きな兵力を中ソ国境周辺地域に配備しており、中東正面においても兵力を維持し、依然としてアフガニスタンへの軍事介入を継続している。このように、ソ連は、欧州、極東、中東方面の3地域に兵力を集中するとともに、1970年代末以降これらそれぞれの地域に複数の軍管区等を統括する戦域司令部を設置し、それぞれの方面において即応性を高め、独立して作戦を行い得る態勢を整備している。また、ソ連の周辺海域や地中海、アフリカ西部海域、インド洋、南シナ海及びカリブ海を中心に強力な海軍力を維持している。

 ソ連は、このような軍事力を対外政策遂行の不可欠の手段としており、巨大な軍事力を背景に政治的影響力の増大に努めている。(第1−1図 ソ連のグローバルな兵力展開

イ 勢力拡張

 第2次世界大戦以降、ソ連は自国の政治的目的を達する手段として、1956年のハンガリー動乱や1968年のチェコスロバキアへの軍事介入のように、軍事力を幾度か行使してきた。さらに1979年のアフガニズタン軍事介入に至って、東欧圏以外の地域に対しても軍事力の行使をちゅうちょしないこと及びその能力を現実に有していることを証明した。このほか、中東、アフリカ、東南アジア、中米等の地域において、ソ連は、「民族解放闘争」支援等を旗印として、その政治的影響力を拡大するため、友好条約の締結、武器輸出、軍事顧問団の派遣、第三国軍事要員の派遣、経済援助、海軍力のプレゼンス等の手段により進出を図っている。

 ソ連が派遣している軍事顧問と技術者の数は、1965年以降4倍近くに増え、現在約2万4千人に上っており、シリア、リビア、南イエメン、エチオピア、ベトナム等約30か国で現地軍の訓練等に当たっている。第三国軍事要員派遣については、主としてキューバ及び東独からのものであるが、特にキューバは、1975年のアンゴラ内戦を契機に派遣を活発化し、現在約4万人以上の軍事要員がアフリカ、中東及び中米で活動している。また、ソ連は、自国内及び東欧諸国で第三世界諸国の軍事要員の訓練を行っている。

 近年、ソ連は、海軍力の増強や長距離輸送機等の増強、さらには商船隊の拡充・近代化を図っているほか、軍事援助を通じてベトナム、シリア、エチオピア、南イエメン、アンゴラ、キューバ等の海・空軍施設等の利用権を獲得してきており、遠隔地への軍事介入能力はグローバルな規模のものとなっている。

(2) 米国

ア 全般

 米国は、自由と民主主義などの諸価値を守るとの立場から、自由主義諸国を防衛し、世界の平和と安定を維持するため、基本的な国防政策として抑止戦略を一貫してとっている。このため、米国は、核戦力から通常戦力に至る多様な戦力を保持することにより、いかなる侵略であれ、これを未然に防止し得る態勢の整備に努めている。さらに、仮に抑上に失敗し、紛争が生起した場合にはこれに有効に対処し、米国及び同盟国にとって有利な形でできるだけ早期にこれを終結させることとしている。

 また、米国は、欧州、アジア、オセアニア及び米州諸国との間で集団安全保障条約を締結し、それぞれの地域の同盟国と協力して地域の安定並びに自国及びこれらの諸国の平和と安全を維持することとしている(同盟戦略)。その場合、欧州においては、大陸国家であるソ連がこの地域に常時兵力を集中して米国の同盟国である欧州NATO諸国に近接しているのに対し、米国とこれらの諸国は地理的に大西洋により隔てられて位置している。このため、万一の場合に効果的かつ迅速に対応できるよう戦力の一部を欧州NATO諸国及びその周辺海域に前方展開させる戦略(前方展開戦略)をとることにより、北大西洋条約に基づく集団安全保障体制の信頼性の確保を図っている。一方、アジアにおいても、この地域における紛争を抑止し、米国及び同盟諸国の利益を守るために、主として北東アジアに陸上兵力及び海・空軍兵力を前方展開させ、抑止態勢を維持している。

 このように、米国は対ソ戦略上の重要正面として欧州及び極東の二正面を考えており、この二正面に戦力を前方展開させているが、他方、中東及びインド洋を中心とする地域を米国及び同盟国の国益と安全保障にかかわる重要地域の一つとみている。このため、米国は、この地域におけるソ連の軍事的脅威に対抗し、また、自由主義諸国の資源へのアクセスを確保するため、この地域に海軍部隊及び事前集積船を随時展開させている。

 このような前方展開戦略を支える不可欠の手段として、後続部隊を速やかに前方まで派遣するための戦略的機動性を重視した陸上部隊の編成、海・空輸送能力の強化、重装備等の事前集積等の措置もとられている。

 米国の国防努力は、いわゆるデタント期といわれる1970年代を通じ、ソ連とは対照的に抑制されたものであったが、ソ連の長期にわたる軍事力増強の蓄積効果が明らかになるにつれ、米国内では米ソ間の軍事バランスの変化と米国の抑止態勢の信頼性に危機感が生じてきた。そして、1979年末のソ連によるアフガニスタンへの軍事介入を一つの契機として、米国は、米国自身の国防努力の一層の強化に乗り出すとともに、同盟諸国に対しても、自由主義諸国の一員として応分の努力をすることを強く期待している。特に1981年に成立したレーガン政権は、困難な財政事情の下で、議会と協議しつつ、核戦力及び通常戦力の全般的な整備・近代化を進めるとともに国防態勢の強化に努めている。そして、ソ連がグローバルな規模の通常戦力の増強により、既に複数の正面で同時に作戦を行い得るに至ったとして、複数正面に柔軟に対応し得る能力を整備し、侵略に対する抑止力の強化を図っている。

イ 技術力の利用

 国防態勢の強化に当たって米国がソ連より優れている最大の利点の一つは技術力であり、その利点を利用することをねらいとして、高度技術を駆使した兵器システムを開発配備するよう努めている。これは、全体として量的に勝るソ連に米国が数をもって対抗することは困難であるため、最新技術を用いた兵器システムを採用し、数的優位にあるソ連の対応を複雑化し、困難にすることにより、米国の抑止力を高め得るという考えに基づくものである。米国が最近提唱している競争戦略は、このような背景から生じたものであり、NATOの通常戦力改善計画(CDI)も競争戦略の一環として位置付け得るものとされている。そして、技術力の優位を維持強化するため、米国はわが国を含む自由主義諸国との技術交流を深めるとともに、自由主義諸国と協力して、ソ連への高度技術の流出阻止のための努力を払っている。

ウ SDI

 レーガン大統領は、1983年3月、非核の高度な防御システムにより弾道ミサイルを無力化し、究極的には核兵器を廃絶するとの基本理念に基づく戦略防衛構想(SDI)を提唱した。この構想は、攻撃核兵器の均衡と抑止により国際社会の平和が維持されている現実の下で、軍備管理・軍縮の努力と並行しつつ、防御的な手段に依存する度合いを強めていき、最終的には専ら防御システムに依存する段階に到達することを探求するものである。このような考えに基づき、現在米国は、将来の大統領と議会とが、弾道ミサイル防御システムの開発配備の是非を決定するに当たって必要な技術的知識を提供することを目的としたSDI研究計画を推進している。このシステムは弾道ミサイルを発射直後から数段階にわたって捕捉・破壊する多層防御方式をとるものとされている。

 なお、米国は、SDI研究計画を推進するとともに、同盟・友好諸国に対しても、同研究計画への参加を呼びかけており、本年6月末までに、英国、西独、イスラエル及びイタリアがSDI研究計画参加のための政府間協定を締結している(第3部第3章第4節参照)。

2 米ソの核戦力

 現在の軍事情勢、とりわけその基盤をなす東西関係において、基本を成すものは米ソの核戦力である。今日、全面的な核戦争は地球の破滅につながりかねず、これが、核兵器が使われることがあってはならない最終兵器といわれるゆえんである。第2次大戦後、核戦争及びそれに至るような大規模な軍事衝突が起こらなかったが、その最も大きな背景の一つとして核兵器による抑止力の存在があったことは否定できない。

 米国は、1950年代、圧倒的な核戦力を保持していた時代に、「大量報復戦略」により、あらゆる紛争を抑止することとしていたが、ソ連の核戦力の強化により米国の圧倒的な優位が失われるとともに、核戦力及び通常戦力を強化し、あらゆる事態に柔軟に対応し得る態勢を保持することにより侵略を抑止しようとする「柔軟反応戦略二を採用した。そして、「柔軟反応戦略」に基づきつつ、70年代以降は、米ソ核戦力の均衡状態を背景に相互確証破壊(MAD)を抑止の基本とし、あらゆる態様の核攻撃に対しても、相手方に、攻撃によって得られる利益以上の損害を与え得る報復力を保持することにより侵略を抑止しようとする「相殺戦略」によって核戦争の抑止を図っている。

 核戦力には、米ソ両本土を相互に直接攻撃し得る戦略核戦力のほか、主として戦域内で使用される非戦略核戦力がある。

(1) 戦略核戦力

 米ソ両国の保有する戦略核戦力は、大陸間弾道ミサイル(ICBM)、潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)及び戦略爆撃機のいわゆる3本柱から構成される。これらの核戦力には、それぞれ長所、短所があるため、米ソは、いずれも、この3本柱の整備を続けている。

ア ソ連

 ソ連はこれまで特にICBM及びSLBMを重視してその増強に努めた結果、1960年代末にはICBMの、また1970年代前半にはSLBMの発射基数において米国を上回るに至った(第1−2図参照)。

 ICBMについては命中精度の大幅な向上や多目標弾頭(MIRV)化等、質的改善の面でも顕著な向上をみせている。この結果、ソ連は、理論的には、その主力であるSS−18の一部による先制攻撃によっても、米国の大部分の現有ICBMサイロを破壊し得る能力を有するに至っている。また、ソ連は、既に新型ICBMとして、残存性が高い路上移動型の固体燃料式ミサイルSS−25の本格的な実戦配備を進めており、さらに、鉄道移動型でMIRV搭載のSS−X−24も配備を準備中とされている。

 SLBMについては、より長射程で命中精度の高いSLBMを搭載したタイフーン及びデルタN級弾道ミサイル搭載原子力潜水艦(SSBN)の実戦配備が進められている。タイフーン級に搭載されるSS−N−20やデルタN級に搭載されるSS−N−23は、バレンツ海やオホーツク海のようなソ連本土に近い海域から、直接米本土を攻撃できる能力を有している。

 戦略爆撃機については、射程約3,000kmの核巡航ミサイルAS−15を搭載したTU−95ベアHを50機以上配備し、また現在試験飛行中の超音速戦略爆撃機ブラックジャックも近く実戦配備される可能性がある。

 また、ソ連は、SS−18、SS−X−24及びSS−25の後継ミサイルとしての、命中精度及び投射能力の改善された新型ICBMや、SS−N−23の改良型としての新型SLBMなどの開発を進めている。

 このほか、ソ連は、従来から弾道ミサイル防御、衛星攻撃の分野においても活発な研究開発を行ってきている。弾道ミサイル防御兵器については、モスクワ周辺に世界で唯一の弾道弾迎撃ミサイル(ABM)システムを配備し、ほぼ全土を囲む大型フェーズド・アレイ・レーダー網を構築しているほか、弾道ミサイルに対しても限定的な迎撃能力を有する地対空ミサイルの開発、配備も進められているとされている。

 

イ 米国

 米国は、昨年12月、新型ICBMピースキーパーの実戦配備を開始した。MIRV化され、高い命中精度を有するピースキーパーは、堅固に防護された目標に対する攻撃能力の米ソ両国間の格差を縮小するものであり、現在、さらに鉄道移動型のものを開発中である。また、路上移動性等により残存性の向上した小型ICBMの開発も、1990年代初めの実戦配備を目標として進められている。

 SLBM戦力としては、トライデントSLBM搭載のオハイオ級原子力潜水艦の建造、さらに将来これに搭載予定のトライデントnSLBMの開発が継続中である。

 戦略爆撃機戦力の近代化としては、昨年10月にB−1B爆撃機が実戦配備され、また、B−52への空中発射巡航ミサイル(ALCM)の搭載計画が推進されている。さらに、いわゆるステルス性を有する高度技術爆撃機(ATB)及び巡航ミサイル(ACM)が1990年代初めの配備を目標として開発が進められている。

 こうした戦略核戦力の近代化努力により、米国の核抑止力は維持されているものと考えられる。(B−1B戦略爆撃機

(2) 非戦略核戦力

 非戦略核戦力は、主として欧州戦域での使用をねらった比較的短距離のものが多かったが、70年代後半からソ連のSS−20が配備されるに至り、INF(中距離核戦力)ミサイルがにわかに注目されるに至った。SS−20は射程が約5,000kmに及び、3弾頭のMIRVを搭載し、命中精度が高く再発射が可能であり、移動性もある画期的な長射程INFミサイルである。ソ連は1977年にこの配備を開始して以来増強を進め、現在合計441基のランチャーをソ連各地に分散配備しており、更に命中精度を高めた改良型が近く可動状態となるとみられている。(SS−20

 ソ連は、このほかSS−20より射程の短い、いわゆる短射程INFミサイルのSS−22、SS−23及び短距離核ミサイルSS−21など、命中精度の高い新型の地対地ミサイルを配備しつつある。また、TU−22Mバックファイアは、行動半径が長く、低高度高速侵攻能力を有し、射程300km以上の核弾頭搭載可能なAS−4空対地(艦)ミサイルを装備できる優れた性能の爆撃機であり、現在約290機が配備され、更に増加の傾向にある。新型長射程巡航ミサイルについては、空中発射型のAS−15は既に配備が開始され、海洋発射型のSS−NX−21、SS−NX−24及び地上発射型のSSC−X−4も近く配備が開始されるものとみられる。

 欧州においては、米国を含む北大西洋条約機構(NATO)側は柔軟反応戦略の下で、ソ連を中核とするワルシャワ条約機構(WPO)軍からの通常兵器による攻撃に対しても、必要に応じ、米国の戦略核まで段階的にエスカレートさせる用意を示すことによって侵略を抑止するとの戦略を有している。しかし、特にSS−20の配備を契機として、WPO軍の通常戦力の優位に加え、SS−20の脅威にもさらされることになり、NATO諸国の間に米国の核抑止力が有効に機能し得ないのではないかとの、いわゆる米欧デカップリングの懸念を生ぜしめた。米国は、これら欧州NATO諸国の懸念を考慮し、1979年のNATOの二重決定に基づいてソ連との間にINFミサイル廃棄のための交渉を求めたが、交渉が不調に推移したことにより、これに対抗し、抑止力の信頼性を維持・強化するため、1983年末から西欧へのパーシング及び地上発射巡航ミサイル(GLCM)の配備を行っている。パーシングは既に西独に108基の配備が完了しており、GLCMは西独、英国、イタリア、オランダ、ベルギーに合計464発を配備することとされている。また、NATO側は射程の短い旧式のパーシングa等を欧州に配備している。

 このほか、米国の一部の艦艇においては対地用核弾頭搭載トマホーク巡航ミサイルが運用可能となっている。(第1−1表 主要な地対地ミサイルの射程

3 米ソの通常戦力

 巨大な破壊力を有する核兵器を米ソ両国が保有する中にあって、できるだけ核兵器に頼ることなく紛争の抑止をより確実なものとするために、通常戦力の意義は一層大きくなってきており、特に最近では科学技術の進歩により通常戦力の改善が一段と進められる傾向にある。

(1) ソ連

ア 地上戦力

 ソ連は、多数の国と国境を接する大陸国家として、伝統的に大規模な地上軍を擁しており、現在では、自国領土のほか、東独、ポーランド、チェコスロバキア、ハンガリー、モンゴル、アフガニスタン等に、総計211個師団約200万人、戦車約5万7千両を配備している。

 ソ連は、量的優勢、奇襲及び縦深突進(相手側の陣地を迅速に突破し、後方奥深く突進すること)を重視する伝統的な軍事ドクトリンの下に戦力を整備してきているとみられる。近年では、量的な増強に加え、戦車、装甲歩兵戦闘車、自走砲、地対地ミサイル、武装・輸送へリコプター等による火力、機動力の向上及び地対空ミサイル等による戦場防空能力の向上等、質的な増強にも著しいものがある。また、空挺師団、空中攻撃旅団と併せて多数の大型輸送機を有する空軍の輸送航空部隊の存在は、遠隔地域への迅速な兵力投入能力の面でも注目される。

 さらに、敵の後方深く潜入し、敵の軍事施設の偵察、破壊等を主任務とするとみられる特殊任務部隊(スペツナッツ)を保有している。

 このほか、ソ連は、自由主義諸国では手薄となっている化学・生物戦能力をこれまで一貫して重視してきており、汚染された環境下での作戦遂行能力のみならず、化学・生物兵器を使用する能力の維持・強化を図っている。なお、ソ連はアフガニスタンにおいて実際に化学兵器を使用したとみられている。(T−80戦車

イ 海上戦力

 ソ連海軍は、過去約20年間にわたる一貫した増強の結果、沿岸防衛型の海軍から外洋型の海軍へと成長を遂げた。ソ連海軍は、北洋、バルト、黒海、太平洋の4つの艦隊とカスピ小艦隊から構成され、その勢力は、艦艇約2,980隻(うち潜水艦約375隻)約718万トン、TU−22Mバックファイアを含む作戦機約920機、海軍歩兵約1万8千人に達している。その任務は、平時にあっては主としてプレゼンスによる政治的・軍事的影響力の行使、有事にあってはソ連にとって戦略的に重要な海域の確保、自由主義諸国の海上交通の妨害又は阻止、地上軍部隊等に対する支援等であるとみられる。

 ソ連は、このような任務遂行能力を向上させるため、既に4隻目のキエフ級空母の海上試験を開始している。さらに、黒海沿岸のニコラエフ造船所では多数の航空機を搭載可能な大型のソ連初の原子力空母の艤装及び2番艦の建造が行われている。ソ連が現有するキエフ級空母は排水量(満載)37,100トンとみられているが、新型空母は排水量65,000〜75,000トンと推定され、注目されている。

 また、ソ連初の原子力推進戦闘艦であるキーロフ級ミサイル巡洋艦を始め、原子力潜水艦の分野においてもシエラ級、アクラ級等の新鋭艦の建造が相次ぎ、これらに多数の強力な新型ミサイルを装備するなど、水上艦艇の近代化と潜水艦戦力の増強を図っている。(新型原子力空母

ウ 航空戦力

 ソ連の航空戦力は、作戦機約8,840機から成り、大規模かつ多様であり、1970年代末以降空軍の改編が行われ、即応性、運用の柔軟性を高めることにより作戦遂行能力の向上を目指している。

 航空機の増強は質的側面において顕著であり、航続能力、機動性、低高度高速侵攻能力、搭載能力、電子戦能力に優れたMIG−23/27フロッガー、SU−24フェンサー等の戦闘機及び爆撃機の増強により、航空優勢獲得能力及び対地・対艦攻撃能力等が著しく向上している。また、MIG−29フルクラム、SU−27フランカーといったルックダウン(下方目標探知)能力、シュートダウン(下方目標攻撃)能力が特に優れた新鋭戦闘機の配備を推進するとともに、低空探知能力、早期警戒能力、戦闘指揮・管制能力の優れた空中警戒管制機(AWACS)を配備中である。また、新型空中給油機の展開を開始した。(MIG−29戦闘機

(2) 米国

ア 地上戦力

 米国の地上戦力については、現在18個師団約77万人を有しており、特に、NATO正面に展開している部隊を中心に、対機甲能力と戦場機動能力の強化を重視して戦闘力の向上を図っている。さらに、戦略的柔軟性の強化のための長期的計画により、戦略的機動性に優れ、高い展開能力を持つ戦略予備戦力としての軽師団の新改編を実施している。

イ 海上戦力

 米国は、15個空母戦闘グループ(現在14個グループ)及び4個戦艦戦闘グループ(現在3個グループ)を基幹とする600隻海軍の建造計画を1980年代末を目途に推進するとともに、海上戦力の展開に一層の柔軟性を与えるため、「柔軟運用」計画を実施している。本年末には15番目の空母(原子力推進)の進水が予定されているほか、さらに1隻の原子力空母が建造中である。また、戦艦については、既に3隻が再就役し、来年秋には4隻目も再就役する予定である。さらに、優れた防空能力を有するAEGIS(イージス)システムを装備したタイコンデロガ級ミサイル巡洋艦及びアーレイ・バーク級ミサイル駆逐艦の建造を推進しており、これらは、老朽化したミサイル艦と交代することになっている。一部の艦艇においては対艦用及び対地用の通常弾頭搭載トマホーク巡航ミサイルが運用可能となっている。(アーレイ・バーク級ミサイル駆逐艦

ウ 航空戦力

 米国の航空戦力については、作戦機約5,360機を保有し、航空優勢が空中、海上又は地上の戦闘の重要な要素であるとの認識から、この分野での質的優位を維持するために、F−15、F−16、F/A−18など高性能戦闘機の展開を推進している。さらに高性能戦術戦闘機(ATF)を1990年代前半から取得する計画を有している。

 このほか、米国の前方展開戦略を支える不可欠の手段として海・空輸送能力の強化が図られている。さらに、これを補完するものとして、紛争が予想される地域に重装備等を事前に集積する措置もとられている。このため、陸上の各施設に備蓄が行われるとともに、事前集積船が、ヨーロッパ周辺海域、インド洋及び西太平洋に配備されている。

 さらに、最近世界各地で多発しているテロなどの低レベルの紛争を自由主義諸国に対する新たな脅威としてとらえ、このため特殊行動部隊(SOF)を始めとする様々な対処手段の強化を図っている。(AH−64攻撃ヘリコプター)(F−15に空中給油中のKC−10

4 NATOとWPOとの対峙

 ヨーロッパ地域は、第2次世界大戦後、東西両陣営対峙の典型的な縮図となっており、WPOとNATOとが中部ヨーロッパを中心として、ノルウェー北端からトルコ東方国境にわたって膨大な兵力をもって対峙している。この地域は紛争が発生すれば世界大戦にもつながりかねない安全保障上極めて重要な地域である。また、ソ連の中距離核戦力(INF)のヨーロッパ地域及びアジア地域の配備問題(本章第4節1参照)が示すように、今日の安全保障問題は全世界的に扱われるべき課題が多く、わが国としても、ヨーロッパ情勢については重大な関心を払わざるを得ない。

(1) WPOの軍事力増強

 WPO側は伝統的な量的優位に加え、中・短距離核戦力や化学兵器を保有しており、NATO側は、WPO側がこのような優勢を背景として迅速かつ大規模な攻勢作戦を実施する能力を高めていることに懸念を有している。

 核戦力についてみると、ソ連は、1977年からヨーロッパ地域にSS−20の配備を開始し、ヨーロッパ地域では現在全ソ配備441基の約3分の2弱を配備している。また、TU−22Mバックファイアを引き続き増強している。さらに、最近では、ソ連国内だけでなく、東ヨーロッパに駐留するソ連軍の一部に、SS−21、SS−22、SS−23などの核、非核両用の地対地ミサイルの配備も進められている。

 通常戦力については、多くの分野での量的優位に加えて、T−72、T−80戦車などの増強等により機動打撃力の向上を図るなど近年のWPO軍の質的強化にも目覚ましいものがあり、WPO側はNATOに対する通常戦力バランスの優位を更に拡大してきているといわれている。

 また、ソ連は、WPO軍主力の攻撃とあいまって、戦車を主体とする高度の機動性をもった軍団規模までの作戦機動グループ(OMG)を運用して、通常戦力による迅速な機動によりNATOの後方地域の目標を攻撃し、NATO軍の増援部隊の到着以前に、核を使用することなく、西欧を占領し得る態勢の強化を図っている。

 海上戦力では、キエフ級空母、キーロフ級原子力巡洋艦等の大型艦と新型原子力潜水艦の導入など、対潜水艦及び対水上艦作戦能力や海上交通破壊能力を一段と向上させつつある。また、航空戦力では、MIG−23/27フロッガー、MIG−31フォツクスハウンド、SU−24フェンサー、TU−22Mバックファイア等新鋭機の配備等による航空優勢獲得能力や対地・対艦攻撃能力の強化とともに、新型地対空ミサイルの配備による防空能力の強化が図られている。

(2) NATOの対応努力

 NATO諸国は、WPOの侵略を抑止するため、通常戦力、非戦略核戦力及び戦略核戦力を有機的に整備して、WPO軍のいかなる攻撃に対しても柔軟に対応しようとする柔軟反応戦略をとっている。すなわち各国が国防努力を続けるとともに、西独領内に同盟国が地上及び航空兵力を配置し、WPO軍の攻撃に際しては、できる限り東西両ドイツ国境線の近くでこれを阻止しようとする前方防衛態勢をとり、状況に応じ各段階の核兵器の使用をも辞さない構えをとることにより、侵略を抑止することとしている。そして、NATOの基本的戦略は防勢的なものであるが、東側からの侵略には、前線での防御にとどまらず、後続兵力や装備集積地に対する火砲、ミサイル、航空機による対地攻撃により侵入を阻止する敵後続部隊攻撃構想(FOFA)を採用している。

 中距離核戦力(INF)については、ソ連のSS−20配備によって生じた抑止態勢の間隙を埋めるため、1983年末以降パーシングを西独に、GLCMを英国、イタリア、西独及びベルギーに配備してきた。また、オランダには、1988年にGLCMが配備される計画で、そのための整備が進められている。なお、欧州配備INF全廃に向けての米ソ間の交渉が行われているが、西欧各国には通常戦力、短射程中距離核戦力等の分野で、東側の優位が保たれたままINFが全廃されることについては強い懸念があり、NATOにおける柔軟反応戦略との関連で、いかに対応すべきか検討が行われている。

 通常戦力については、核兵器への依存度を減らすため、その整備が図られている。一部の装備の共同開発も進められており、また、最近では、通常戦力における不備な分野を早急に改善するため、通常戦力改善計画(CDI)を推進している。

 また、NATOは前方防衛態勢をとっているために、米国を始めとする同盟国軍が西独領内を中心に平時から駐留している。こうした平時、有事の同盟国軍の受け入れを支援するための協定等がNATO加盟国間で取り決められており、人的、物的に駐留軍を支援している。

 なお、NATOの軍事機構に参加していないフランスは、独自の核戦力として地対地ミサイル、SSBN及び爆撃機を保持し、原子力空母の建造や空中警戒管制機E−3Aの導入を決定するなど通常戦力の強化を図るとともに、米、英、仏、西独の4か国条約に基づき西独領内に軍隊を駐留させている。また、独仏条約(エリゼ条約)により、独仏防衛協力を推進しており、これらのことは、NATO正面の軍事バランスの維持に貢献している。(第1−2表 NATOとWPOとの兵力バランス

 

(注) 事前集積船:戦車、火砲などの装備や補給品をあらかじめ積載しておく船で、紛争発生が予想される戦略的に重要な地域の近くに配備しておくもの

(注) 戦力整備に当たって想定される対処すべき紛争についての米国の考え方は、1960年代の2 1/2戦略から、ニクソン・カ−ター政権下におけるl 1/2戦略、レーガン政権下における複数正面に対する柔軟な対応への変遷がみられたが、その背景には、ソ連及びその同盟国が与える軍事的脅威に対する評価と米国自身の対応能力に関する評価がある。

(注) 通常戦力改善計画(CDI):通常戦力バランスを改善するために、新規技術を活用しようとすることを目的の一つとする計画

(注) 相互確証破壊(MAD):敵の核先制第1撃を受けたとしても、これに耐えて残存した核戦力をもって、敵に対して耐えられないような大損害を確実に与えられる高度に信頼できる戦略核戦力を相互に保有していること

(注) 各戦略核戦力の特徴:lCBMは命中精度が高く即時対応が可能であるがあらかじめ配備場所が明らかになっているため攻撃に対してぜい弱であり、SLBMは生き残り能力が高く第2撃戦力として最適であるが命中精度に難点があり、さらに、戦略爆撃機は各種の核弾頭を搭載して反復使用が可能である等運用の柔軟性があるが防空システムによる攻撃に対してぜい弱であるとの特徴をそれぞれ有している。

(注) フェーズド・アレイ・レーダー:電波ビームの方向をコンピュータの指令により、高速で空間を走査させ、目標位置、移動方向、速力などの情報を瞬時に得ることのできるレーダー

(注) NATOの二重決定:NATO諸国はソ連のSS−20配備によって生じた抑止態勢の間隙を埋めるため、1979年12月、外相・国防相特別会議において、中距離核戦力等の近代化とこれと並行して軍備管理交渉を行うという決議を採択したが、これがいわゆる二重決定といわれるものである。

(注) 航空優勢:航空戦力が、空におしいて敵の航空戦力よりも優勢であり、敵から大きな妨害を受けることなく各種作戦を実施できる状態をいう。

(注) AEGISシステム:AEGISシステムは、最近における航空機の航続距離などの飛行性能の向上や長射程ミサイルの出現による経空脅威の増大等に対し、自らの艦隊などを防護するため、目標の捜索・探知から情報処理(目標追尾、脅威の評価、武器の選定等)、攻撃までを高性能レーダー及びコンピュータにより自動処理する対空ミサイルシステムを中心とした兵器・戦闘システムである。また、このシステムにより、即応能力、同時多目標対処能力、電子戦能力等が格段に向上するとみられている。

(注) 敵後続部隊攻撃構想(FOFA):敵の後続部隊が最前線に増援されるのを、最新式の通常兵器による後方攻撃で迅速に阻止しようとするものであり、これにより直ちに戦術核兵器の使用に頼ることなく、通常戦力の上で数的に優位に立つWPO軍の侵攻をくいとどめることをねらいとしている。

現在、有人飛行機を除いて、後続部隊攻撃のための適切な目標捕捉手段と十分な射程距離、精度を有する通常兵器システムを欠いているが、将来、新技術によって次のような兵器が開発可能とされている。

・精密誘導兵器

・装甲上部攻撃用の誘導散布弾

・改良された監視・目標捕捉・情報収集処理配布システム

・航空機搭載地上目標用長距離レーダー

第3節 地域紛争

 前節で述べたとおり、核戦争及びそれに至るような大規模な軍事衝突は抑止されてきているが、東西の集団安全保障体制の外にあっては、依然として、地域紛争が数多く発生し、現在も世界の各地域で継続している。70年代末に始まったソ連によるアフガニスタンへの軍事介入、ベトナムの軍事介入によるカンボジア紛争はいまだ解決をみていない。イラン・イラク紛争も本格化して以降7年目を迎えたが、その激しさは一向に衰えておらず、また、イスラエルとアラブ諸国間の対立等もあり、中東情勢も不安定に推移している。

 近年における国際的な相互依存関係の拡大によって、地域紛争、特に資源の豊富な地域や戦略的に重要な地域における紛争の帰すうは、自由主義諸国の利益に大きな影響を及ぼす状況となっている。しかも、ソ連その他の国によるこうした紛争への直接的、間接的な介入は、事態を一層複雑化し、自由主義諸国による適切な対応を重要なものとしている。

 このように、長期にわたる地域紛争は、自由主義諸国の安全保障に大きな影響を及ぼしている。

 なお、最近、米国は、テロ、反乱、内戦等の大規模な通常戦争に至らない事態を「低強度紛争(Low Intensity Conflict:LIC)」と呼び、こうした「紛争」が、第三世界諸国の政治的、社会的、経済的不安定を通じてソ連の影響力拡大の機会となっていると懸念している。また、これが、国際的な兵器移転の増大とあいまって、自由主義諸国の利益を脅かしているとし、こうした「紛争」の抑止のみならず、これらと実際に戦っていく必要性を強調している。このため米国は、国内外からの脅威に直面している友好国に対する安全保障援助を強化し、同盟国に対しても戦略的な援助の強化を求めるとともに、特殊行動部隊の拡充等の施策を進めている。

第4節 軍備管理・軍縮の努力

 国家間の緊張や紛争の根源となる基本的な対立関係を取り除き、世界平和を実現することは、人類の悲願である。しかし、現実の世界には様々な紛争要因が存在し、絶えず緊張状態が続いている。中でも、強大な核戦力を擁する米ソ両国を中心とする東西両陣営の対峙は、深刻かつ重大な問題となっている。このため、米国を始めとする自由主義諸国は、ソ連の軍事力増強に対し、軍事バランスを維持し、その安全を確保するため、防衛体制の改善、強化と併せて、より低いレベルでの軍事力の均衡を目指して、ソ連を中心とする社会主義諸国と種々の交渉を行っている。

 軍備管理・軍縮のための審議や交渉は、米ソの2か国間交渉の場、国連やジュネーブの軍縮会議、中欧相互均衡兵力削減交渉、欧州軍縮会議等の多国間交渉の場を中心に行われてきている。

1 米ソ間の軍備管理・軍縮交渉

 戦略兵器削減交渉(START)及び中距離核戦力(INF)交渉は、ソ連のINFミサイルSS−20に対抗して1983年末から開始された米INFミサイルのヨーロッパ配備開始を契機に、ソ連により一方的に無期延期ないし中断された。しかし、ヨーロッパにおける米国のミサイル配備が進み、また米国がSDIを提出したこともあって、1985年1月ジュネーブで行われた米ソ外相会議において、両国は、宇宙・防御兵器及び戦略核、中距離核両者を含む核兵器を対象とする新たな包括的軍備管理・軍縮交渉の開始に合意し、同年11月には米ソ首脳会談も行われた。さらに、米ソ間の意見の対立を打開し、交渉を促進するため、昨年10月、レイキャビクにおいて首脳会合が開かれた。同会合では、戦略攻撃兵器の50%削減、欧州の長射程INFミサイルの全廃、ソ連アジア部の長射程INFミサイルの大幅削減等を内容とする「潜在的合意」があったとされたが、ソ連側が米国のSDI阻止をねらってSDIの制限と「潜在的合意」とを結びつけたために日の目をみなかった。

 本年2月、ソ連は、INF分野を一括交渉から切り離し、個別の協定を直ちに締結することを提案した。今回の提案によって、米ソ両国は、5年間で欧州の長射程INFミサイルを全廃するとともに、グローバルにも全廃することを課題として残しつつ、おのおの長射程INFミサイル弾頭を100個に制限することで一致し、INF分野は最も妥協の成立する可能性が高い分野とみられている。しかしながら、妥協に至るまでには、欧州からの長射程INFミサイルの撤去に伴う短射程INFミサイルの規制のあり方、検証方法等の未解決の問題が残されている。

 INF分野の交渉の行方は、ソ連の保有するSS−20がアジア部に配備されていることもあり、わが国の安全保障にも影響することから、グローバルな全廃に向けて、今後の交渉の推移を重大な関心をもって見守っていかなければならない。また、わが国としては、米ソ間に低いレベルでの均衡がとれ、安定した軍備管理の枠組みが合意されることは必要と考えており、INF分野のみならず、戦略核、宇宙・防御兵器分野における米ソ間の交渉が早期に妥結することを強く期待している。

2 欧州における軍備管理・軍縮交渉

(1) 中欧相互均衡兵力削減交渉(MBFR)は、中部ヨーロッパにおける通常戦力を削減し、より低いレベルでの軍事力均衡による安全保障を確保することを目的として、1973年からNATO側12か国、WPO側7か国が参加して行われている。過去14年間にわたる交渉で、削減後の兵力上限を総数90万人、うち地上兵力70万人とし、2段階に分けて削減することについて基本的な合意がみられたものの、削減方法や検証・査察問題等で根強い対立が残っている。また、現在、MBFRとは別途に、全欧州の通常戦力削減の可能性を探るための予備交渉が進展中である。

(2) 欧州軍縮会議(CDE)は、1984年から、アルバニアを除く全欧州諸国に米国、カナダを加えた合計35か国が参加して交渉が行われ、昨年9月にはその最終合意文書を採択し、信頼醸成措置の検討を目的とする第1段階を終了した。これは1979年のSALT−条約以来の東西間の軍備管理・軍縮分野における合意であり、しかも東側が初めて現地査察を受け入れたものとしても評価される。

3 国連における軍縮努力

(1) 国連における軍縮問題の討議は、1978年の第1回軍縮特別総会における決定に基づき、専ら総会第1委員会で行われている。1986年秋の第41回国連総会第1委員会は、「全面的核実験禁止条約の緊急性に関する決議」などの軍縮関係決議案を可決した。

(2) ジュネーブ軍縮会議は、具体的な軍縮措置について交渉を行う唯一の多国間交渉機関である。1986年春・夏両会期において、前年同様、核実験禁止、化学兵器などの議題が取り上げられ、軍縮のための努力が払われている。

第2章 わが国周辺の軍事情勢

第1節 わが国周辺地域の特性

 わが国は、アジア大陸の東部に近接し、太平洋に弓型に張り出した列島であり、わが国周辺地域は、ソ連の大陸部、中国の大陸部、カムチャッカ半島や朝鮮半島、わが国を含む大小多数の島々、これらに囲まれた日本海、オホーツク海等の海域及びこれらの海域から太平洋に通ずる海峡等、様々な地形が交錯している。そして特に、わが国の位置が、アジア大陸からオホーツク海、日本海、東シナ海等を経て太平洋に進出する最も主要な経路上にあることは、わが国に、地理的に大陸と海洋の接点としての重要な意味を与えている。このことは、わが国の優れた経済力、技術力とあいまって、太平洋を挟む米ソの軍事的対峙の関係において、わが国の置かれている戦略的位置が極めて重要であることを意味する。

 概して、東アジア地域は、近年世界でも最も活力に富み、ダイナミックな発展を遂げてきた。この地域は、石油危機以降の世界的な長期停滞下にあっても比較的順調な経済発展を遂げ、その重要性はますます高まっている。また、政治的にも流動的な世界の情勢の中で相対的な安定を維持している。しかし、このような平和と安定の地域の中においても極東ソ連軍の増強、朝鮮半島における緊張等の不安定要因が存在する。

 ソ連は、わが国周辺において強大な軍事力を配備しているが、これまで一貫してその質量両面にわたる強化を続けてきたのが特徴的である。このような事実は、この地域の国際軍事情勢を厳しくしているのみならず、わが国に対する潜在的脅威を増大させることにもなっている。

 昨年7月、ソ連のゴルバチョフ書記長はウラジオストクにおいて、ソ連もアジア・太平洋国家であることを強調し、アジア・太平洋地域に対しソ連が大きな関心を有していることを示す演説を行った。ソ連は、歴史的にみても、また、極東地域における軍事力の増強や最近の太平洋、南シナ海方面における艦艇、航空機の行動の活発化から判断しても、太平洋方面への進出を重視しているものとみられる。この場合、わが国の地理的位置及び地形そのものが進出経路を遮る形となっていることは否めない。

 これに対し、米国は、従来からわが国を始めとするアジア地域の平和と安全の維持のために、大きな努力を続けているが、近年では軍事面だけでなく、いわゆる太平洋時代の到来に伴い経済等の面でも緊密度を増してきていることもあって、この地域の動静に大きな関心を払っている。

 一方、この地域においては、米ソ両国の対峙の関係に加え、広大な国土と10億以上の人口を背景とした大兵力と独自の核戦力を有する中国が存在し、米・中・ソの3か国が複雑な対立と協調の関係を作り出している。1950年代末に関係悪化が表面化した中ソ間では、特にコ゛ルバチョフ書記長の就任以来、国家関係改善に向けての動きが増しているが、中ソ両国の軍事的対峙の基調に変化はみられない。他方、米中間では、米国による中国の軍近代化に対する協力、軍首脳の相互訪問など軍事面での交流も進展している。また、中国では、本年1月に胡燿邦総書記の突然の辞任が発表されたこともあり、今後の内外政策の動向が注目される。

 朝鮮半島は、地理的、歴史的にわが国とは密接不離の関係にあり、朝鮮半島の平和と安定の維持は、わが国を含む東アジア全域の平和と安定にとって重要である。韓国と北朝鮮との間においては、昨年1月に対話が中断されて以来、その再開の見通しは立っておらず、120万人を超える地上軍が非武装地帯(DMZ)を挟んで対峙しており、軍事的緊張が続いている。最近ではソ連と北朝鮮が軍事的関係を緊密化させる一方、韓国では改憲問題や大統領選挙などの内政上の問題を抱え、また来年にはソウルオリンピックも予定されており、動向が注目される。(第1−3図 わが国周辺における兵力配備状況(概数)

第2節 極東ソ連軍の増強と活動の活発化

1 極東ソ連軍

 ソ連は、ヨーロッパ正面とともに一貫して極東正面を重視しているが、特に1960年代中期から、極東地域に所在するすべての軍種の顕著な増強・近代化に着手し、今日では、ソ連全体の1/4〜1/3に相当する軍事力をこの地域に配備し、引き続き質量両面にわたる増強を行っている。これは、米国への対抗、対中警戒、ソ連極東部の重要性の増大、発展する太平洋地域に対する影響力拡大等の理由によるものと思われる。(第1−3表 極東ソ連軍の勢力推移

 ゴルバチョフ書記長のウラジオストクでの演説にもかかわらず、極東におけるソ連の軍事力強化のすう勢及びこれに伴う行動の活発化に変化はみられていない。

 装備の近代化に当たっては、従来はヨーロッパ正面に新兵器を配備してから極東に配備するまでかなりの遅れがあったが、最近ではヨーロッパ正面とほとんど同時に極東に配備される例もある。さらに、この地域の数個の軍管区等を統括する戦域司令部を設置し、この方面の即応能力を高め、独立して作戦を行い得る態勢を整備している。また、バム鉄道の全線レール敷設完了により、極東地域に対する軍事物資等の輸送能力の増大が注目される。

 戦略核戦力については、ソ連の全戦略ミサイルの1/4〜1/3に当たるICBM及びSLBM等が極東に配備されているとみられる。ICBM及び戦略爆撃機がシベリア鉄道沿線を中心に、また、SLBMを搭載したデルタ級弾道ミサイル搭載原子力潜水艦などがオホーツク海を中心とした海域に配備されている。これらのICBM及びSLBAMは、SS−18、SS−N−18等に近代化されてきている。さらに最近では、核弾頭装備の空中発射巡航ミサイルAS−15を搭載可能な新型のTU−95ベアH爆撃機が配備された。(第1−4図 SS−20の配備地域及び射程

 非戦略核戦力は、ここ数年急速に増強されており(第1−5図参照)、現在SS−20が約170基、TU−22Mバックファイアが約85機配備されている。SS−20は、シべリア中央部とバイカル湖周辺地域に配備され、それぞれ3個の核弾頭を搭載している。そして、そのいずれからもわが国や中国などを射程内に収めており、発射後10数分以内にわが国などに到達できる性能を有している。また、バックファイアは、バイカル湖西方と樺太対岸地域に配備され、約4,000kmの行動半径を有し、AS−4空対地(艦)ミサイルも搭載可能で、この地域の地上目標やわが国周辺海域のシーレーン等に対する優れた攻撃能力を有している。このほか、地上軍部隊は、フロッグ、SS−1スカッド、SS−12などの核装備可能な短距離弾道ミサイル(SRBM)が配備されており、このうちSS−12は、新型のSS−22に更新されつつある。

 地上兵力は、1965年以来着実に増強され(第1−6図参照)、現在では、ソ連の全地上兵力211個師団約200万人のうち57個師団約50万人が主として中ソ国境付近に配備されている。このうち、極東地域(おおむねバイカル湖付近以東)には、現在43個師団約39万人が配備されている。地上軍部隊は、最近では、量的拡大のみならず、T−72戦車、装甲歩兵戦闘車、地対地(空)ミサイル、多連装ロケット等の増強による質的な改善を行い、火力、機動力、防護力、戦場防空能力のほか化学戦遂行能力の向上をも図っている。

 海上兵力は、ソ連の全艦艇約2,980隻約718万トンのうち、主要水上艦艇約95隻、潜水艦約140隻(うち原子力潜水艦約75隻)を含む約840隻約185万トンを擁するソ連海軍最大の太平洋艦隊が展開している。同艦隊は、総隻数及び総トン数ともこの20年間ほぼ一貫して増強されている(第1−7図参照)。また、質的にもデルタ級SSBN等の原子力潜水艦を始め、ソ連全体で3隻就役させているキエフ級空母のうちの2隻を配備するなど、大型新鋭艦により近代化されている(第1−8図参照)。特に近年では、キーロフ級原子力ミサイル巡洋艦の2番艦や、ソブレメンヌイ級及びウダロイ級ミサイル駆逐艦といった新型艦艇が極東に新たに配備されたことが注目される。また、太平洋艦隊は、イワン・ロゴフ級揚陸強襲艦及びロプチャ級揚陸艦を配備しているほか、ソ連唯一の海軍歩兵師団を有し、その装備の近代化を図るなど、水陸両用作戦能力の向上が図られている。そのほか、軍用に転用が可能なラッシュ船やローロー船等の商船が増強されている。 

 航空兵力は、ソ連の全作戦機約8,840機のうち、その約1/4に当たる約2,390機が極東に配備されており、その内訳は、爆撃機約460機、戦闘機約1,730機及び哨戒機約200機である(第1−9図参照)。また、現在、TU−22Mバックファイア爆撃機等高性能の新鋭機への更新が顕著であり、戦闘機の約8割がMIG−23/27フロッガー、SU−24フェンサー等の第3世代航空機によって占められ、さらに、新型のMIG−31フォックスハウンド、SU−25フロッグフット及びSU−27フランカーが配備されるなど、引き続き近代化が進められている(第1−10図参照)。このような新鋭航空機の増強により、極東地域における航空兵力は、従来と比べ、対地対艦攻撃能力及び航空優勢獲得能力等が格段に向上している。

 なお、最近、ソ連は太平洋における航空機を遠距離から探知するため、新型のOTHレーダーを極東に建設中であるとみられる。

2 北方領土におけるソ連軍

 ソ連は、同国が不法占拠しているわが国固有の領土である北方領土のうち、国後・択捉両島及び色丹島に、1978年以来地上軍部隊を再配備しており、現在その規模は師団規模であると推定される。これらの地域には、ソ連の師団が通常保有する戦車、装甲車、各種火砲及び対空ミサイル、対地攻撃用武装へリコプターMI−24ハインド等のほか、ソ連の師団が通常保有しない長射程の130mm加農砲が配備され、北方領土所在部隊の各種訓練も活発に行われている。

 また、択捉島天寧飛行場には、MIG−23戦闘機フロッガーが現在約40機配備されている。

 ソ連が北方領土に地上軍部隊を再配備したのは、軍事的には、ソ連のSSBNの活動海域としてのオホーツク海の戦略的価値の向上により、オホーツク海と太平洋とを画する北方領土の重要性が高まったなどのためとみられるが、政治的には、北方領土の不法占拠という既成事実をわが国に押し付ける等のねらいがあるとみられる。

3 わが国周辺におけるソ連軍艦艇及び航空機の行動

 極東ソ連軍の増強に伴って、艦艇及び航空機の外洋進出やわが国周辺におけるソ連軍の行動は、活発になっている。

 最近のソ連軍航空機の行動で注目されるものとしては、爆撃機や偵察機が北朝鮮上空を通過し、東シナ海やベトナムのカムラン湾の間を往復していることがあげられる。その他、1982年以降、数回にわたりTU−22Mバックファイアの日本海南下飛行が行われていること、昨年2月、北海道礼文島沖でソ連機による領空侵犯があったこと、さらに、近年、わが国に近接して飛行するソ連機の中に航空自衛隊のレーダーサイトに対する攻撃訓練を行っている疑いがあるものが含まれていることなどがあげられる。

 また、艦艇については、本年3月にキーロフ級原子力ミサイル巡洋艦「フルンゼ」がクリバック級ミサイル駆逐艦2隻を随伴し、津軽海峡を通峡して太平洋に初めて進出したこと、本年6月にキエフ級空母「ノボロシスク」が「フルンゼ」、カラ級及びキング級ミサイル巡洋艦を随伴し、隠岐島北方を行動したことなどが注目される。(津軽海峡を航行中のキーロフ級ミサイル巡洋艦「フルンゼ」)(第1−11図 わが国周辺におけるソ連艦艇・軍用機の行動概要

 

(注) バム鉄道(第2シベリア鉄道):ウスチクート、コムソモリスク間を結び、シベリア鉄道の北方をこれと並行して走る路線及びバムとウーゴリナヤを南北に結ぶ小バム鉄道から成る全長3,500kmの鉄道。1974年から本格的に建設が開始された。

(注) ラッシュ船(LASH;LighterAboardShip):はしけ(lighter)を積載する船。船上を前後に移動可能な大型クレーンを装備し、岸壁に接岸することなく、沖合いで、はしけの積卸しを行う。港湾施設の整備が十分でない所で利用される。

ローロー船(Roll on/Roll off船):コンテナや貨物をトラック、トレーラーなどの運搬装置に載せ、岸壁で運搬装置ごと船積みし、そのまま積卸す荷役方式をとり入れた船で、船首又は船尾に開閉式の扉がある。

この方式は、商船では、カーフェリーに多く用いられている。軍用では、揚陸艦にも用いられ、艦艇を岸壁に接岸して艦首又は艦尾から戦車などを直接積載し、適当な上陸地に着岸し、艦首扉を開いて揚陸する。

第3節 朝鮮半島の軍事情勢

1 北朝鮮の軍事力

 北朝鮮は、1962年以来、「全人民の武装化」、「全国土の要塞化」、「全軍の幹部化」及び「全軍の近代化」という4大軍事路線に基づいて軍事力を増強してきた。特に、1970年代以降における軍事力の増強には著しいものがある。現在、北朝鮮は、引き続き軍事建設を重視し、GDPの約20〜25%を投入して軍事力の増強・近代化を図っており、航空機やミサイルの国産能力も保有しつつあるといわれている。

 現在の北朝鮮軍の勢力は、陸軍が戦車約3,300両を含む33個師団約75万人、海軍が潜水艦19隻、ミサイル高速艇28隻を主体に約520隻約7.2万トン、空軍が作戦機約750機である。これに加え、最近では化学兵器の保有も伝えられている。

 陸軍は、1970年代後半以降顕著に増強され、その兵員数は韓国の兵員数の約1.4倍である。また、戦車、装甲車、自走砲等の機動力及び火力等の面で韓国に対し、数的優位に立っており、その主力はDMZ沿いに配備されている。また、最近は、一部部隊の機械化、機甲化への改編を行うとともに、前方配備を進めている。

 海軍は、総トン数及び駆逐艦などの隻数において韓国に劣り、また、運用海域が東海、西海に二分されていることもあり、運用の柔軟性に欠ける面があるものの、潜水艦、ミサイル高速艇を始め、多数の上陸用舟艇、哨戒艇を保有しており、沿岸における作戦行動に適した能力を有している。

 空軍は、その作戦機数において韓国に対し量的優位にあるが、概して旧型のものが多い。このほか、多数の輸送機を保有しており、そのほとんどが低空からの侵入に適したAN−2コルトによって占められている。また、韓国軍が保有しているヒューズ500型などの米国製へリコプターが、第三国経由で多数導入されている。

 海軍がミゼット型を含む潜水艦を、空軍が小型輸送機やへリコプターをそれぞれ多数保有していることは、陸軍の特殊部隊の増強とあいまって、北朝鮮の「正規戦と非正規戦の配合」をスローガンにした非正規戦重視の姿勢をうかがわせるものである。

 さらに、準軍隊である労農赤衛隊も、韓国の郷土予備軍に比べ、装備の水準や訓練練度が高いとみられる。

2 ソ連と北朝鮮の軍事協力

 北朝鮮は、1984年5月の金日成主席の訪ソを契機としてソ連との軍事関係を緊密化させており、ソ連からMIG−23及びSA−3とみられる地対空ミサイルの供与を受け、またソ連軍用機の東シナ海への進出、ベトナムのカムラン湾との往復などのために北朝鮮上空通過を許容している。軍事面での交流は、このほかにも各種記念日に際しての軍事代表団の相互訪問、あるいは空軍部隊、海軍艦艇の相互訪問が行われており、昨年7月にはソ連太平洋艦隊司令官が乗艦した「ミンスク」を始めとする軍艦3隻が訪朝した。さらに昨年10月には日本海において、両国海軍による合同演習が行われている。

 これら一連の動きは朝鮮半島、ひいては極東の軍事バランスに影響を与え得る要因として今後とも注目される。

3 韓国の軍事力

 韓国は、全人口の約24%に当たる約965万人が集中する首都ソウルがDMZから至近距離にあり、また、三面が海で長い海岸線、多くの島しょ群を有しているという防衛上の弱点もある。このため、韓国は、北朝鮮の軍事力増強を深刻な脅威と受けとめ、並々ならぬ国防努力を払い、毎年GNPの約5.5〜6%を国防費に投入している。

 陸軍は、兵力約52万人で3個軍に編成された21個師団を主力とし、その多くはDMZからソウルの間に数線にわたって配置され、ソウル防衛に当たっている。また、TOW対戦車ミサイル、ヒューズ500型対戦車ヘリコプター等を米国から購入するなど、火力及び機動力の増強を図っている。

 海軍は、海兵隊2個師団及び1個旅団を含み、約160隻約11万トンの艦艇を保有している。艦艇の主力は駆逐艦であるが、ミサイル高速艇の増強等も行われている。

 空軍は、F−4、F−5を主力として、昨年6月、米国から導入を開始したF−16を含め約360機の作戦機を保有している。また、奇襲攻撃に対応するために早期警戒体制の強化を図っている。

 なお、毎年1〜2回、郷土予備軍と正規軍との合同訓練を行うなど、郷土予備軍の練度向上を図っている。

4 在韓米軍

 米国は、米韓相互防衛条約に基づいて、現在、約4万3千人の米軍を配備し、韓国軍とともに「米韓連合軍司令部」を設置して紛争抑止に努力している。こうした米軍の韓国駐留を伴った米国の対韓コミットメントは、朝鮮半島の軍事バランスを維持し、武力衝突を抑止する上で大きな役割を果たしている。

 在韓米軍は、第2歩兵師団の火力、機動力の向上、防空能力の向上、C3I等の強化を図っている。昨年9月には在韓米空軍部隊が第5空軍(横田)から分離独立し、第7空軍(韓国・烏山)が創設されている。

 また、米韓両国は、朝鮮半島における不測事態に対する共同防衛能力を高めるため、1976年から毎年米韓合同演習「チームスピリット」を実施しており、本年も2月から5月にかけて実施した。

 このような在韓米軍の存在と米国の確固たる韓国防衛意志は、韓国の国防努力とあいまって、朝鮮半島における大規模な武力紛争の発生を抑止し、ひいては北東アジアの平和と安定に寄与している。(第1−12図 朝鮮半島の軍事力の対峙

第4節 中国の軍事力近代化

 中国は、依然ソ連を最大の軍事的脅威と認識しているとみられ、圧倒的な火力、機動力を有するソ連軍と対抗するため、広大な国土と膨大な人口を利用する「人民戦争」に依拠している。しかし、最近は従来のゲリラ戦主体の戦略から各軍・兵種の協同運用による統合作戦能力と即応能力を重視する戦略ヘ移行しつつある。中国は、装備の近代化に努めているが、当面経済建設が最優先課題とされており、国防支出には制約があり、早急な近代化は困難な状況にある。このため、大幅な人員削減及び組織・機構の簡素化を進めることにより、編成・運用の効率化を図るとともに、装備の研究開発により多くの予算を振り向けようとしている。なお、装備の近代化については、「自力更生」を基本にしつつも、自由主義諸国を含む外国からの技術導入も図っており、自国内で外国も参加する兵器の展覧会などを開催している。また、予備役師団の設立や、大学等の学生に軍事訓練義務を課すなど有事における動員体制の確立も進めている。

1 中国の軍事力

 中国の軍事力は、核戦力のほか、陸・海・空軍から成る人民解放軍及び人民武装警察部隊、各種民兵から成っている。

 核戦力については、抑止と国威発揚という観点から1950年代半ば頃から独自の開発努力を続けている。現在では、ソ連及び米国を射程に収めるICBMを保有するほか、IRBMとMRBMを合計100基以上及び中距離爆撃機(TU−16)を約120機保有し、SLBMの開発も進められている。また、このSLBMを搭載するとみられる原子力潜水艦SSBNについては、既に2隻を就役させ、数隻を建造中であるといわれている。さらに、戦術核の保有も伝えられるなど、核戦力の充実及び多様化に努めている。

 陸軍は、これまで11個の軍区に分けられていたが、人員削減及び組織機構の簡素化に伴い7個軍区に再編成された。これらの軍区には、野戦軍約120個師団、地方軍約50個師団を配備しており、総兵力は約211万人と規模的には世界最大であるが、総じて火力・機動力が不足している。なお、野戦軍は諸兵種から成る部隊に改編中であり、また、一部の師団は旅団への改編が行われている。

 海軍は、北海、東海、南海の3個艦隊から成り、艦艇約1,870隻(うち潜水艦約115隻)、約98万3千トン、作戦機約790機を有している。艦艇の多くは、旧式かつ小型であり、基本的には沿岸防衛型海軍であるが、ヘリコプター搭載可能とみられる護衛艦が建造されているほか、西太平洋での海軍演習が伝えられるなど、艦艇の近代化や外洋での活動もみられる。

 空軍は、作戦機を約5,380機保有しており、その主力はソ連の第1、第2世代の航空機をモデルにしたものであるが、最近では、F−8等新型機の開発のほか、搭載電子機器の更新等、性能の向上に努めている。

2 中ソ国境における配備状況

 中国軍の重要正面は、中ソ国境、次いで中越国境である。中ソ間では、最近、関係改善の兆しがみられ、昨年7月のウラジオストクにおけるゴルバチョフ書記長の演説の中でも、モンゴル駐留ソ連軍の撤退に言及したが、本年4月から6月にかけて、1個師団を含む一部兵力がモンゴル領から隣接するソ連軍管区内に移動したにとどまっているとみられる。また、中国軍の人員削減、組織・機構の簡素化に伴い、中ソ国境の中国軍も削減されている。しかし、両国の基本的な軍事的対峙に変化はみられない。中ソ国境付近の兵力配備状況は第1−13図のとおりであり、兵員数は中国軍がソ連軍に対して約2.5倍の勢力であるが、火力、機動力、対航空戦力等においてソ連軍の方が優勢であり、総合的にはソ連軍が優位に立っている。しかしながら、大規模な陸軍を中心とする中国軍は、極東ソ連軍をけん制し得るものとなっている。

3 米中関係

 1979年の米中国交正常化以降、両国は、台湾問題を抱えつつも、関係発展の努力を払ってきた。1984年には両国首脳の初の相互訪問もあり、様々な分野での交流が拡大している。

 軍事関係の分野においても、昨年10月の米国防長官の訪中、11月の米太平洋艦隊司令官の率いる軍艦3隻の青島入港、本年5月の中国軍事委員会副主席の訪米など、両国の軍事交流が活発化している。また、米国は、防衛的で米国及びその同盟国や友好国の安全を脅かさない一定の米国製武器と技術的支援を中国に提供する用意があるとして、中国軍の近代化に対する米国の協力に関する話合いが進められている。

 

(注1) 野戦軍:特定の軍区にとらわれず戦略的に展開し、作戦を行うことを任務とする部隊

(注2) 地方軍:一定の地区内(省軍区等)における警備等を主任務とし、野戦軍及び民兵と協同して作戦を行うことを任務とする部隊

第5節 米国の抑止力強化努力

1 戦力の近代化と態勢の強化

 米国は、ハワイに司令部を置く太平洋軍隷下の海・空軍部隊を主体とする戦力の一部を西太平洋及びインド洋に前方展開させ、日本を始めアジア地域の同盟各国との間の安全保障取極の下に、この地域における紛争を抑止し、米国及び同盟諸国の利益を守る政策をとるとともに、必要に応じ所要の戦力をハワイ及び米本土から増援する態勢をとってきている。

 米国は、最近の極東ソ連軍の増強とその行動の活発化に対応して、戦力の増強と近代化及び兵力の柔軟な運用を通じ、この地域における軍事バランスを維持し、米国の抑止力の信頼性の維持、強化を図っている。

 戦力の増強と近代化については、陸軍では、在韓第2歩兵師団の近代化が行われてきており、海軍では、空母ミッドウェーの搭載機がF/A−18に更新され、また、昨年8月には戦艦「ニュージャージー」やAEGIS檻「ヴィンセンス」を日本に寄港させた。空軍では、1985年から三沢にF−16飛行隊2個の配備が進められており、1個飛行隊が既に配備された。海兵隊では、火力及び機動力の強化等の近代化が進められ、重装備等を積載した事前集積船が西太平洋にも配備されている。

 部隊編成に関しては、従来の陸軍西方コマンドの太平洋陸軍への改編を決定するとともに、これまで日本に司令部を持つ第5空軍の指揮下にあった韓国駐留の航空師団兵力を基幹として、新たに2個航空団から成る第7空軍を編成した。また、ハワイの陸上基地にあった第3艦隊司令部を洋上に移した。(F/A−18を搭載した米空母「ミッドウェー」

2 展開状況

 西太平洋地域における米軍の展開状況は、次のとおりである。

 陸軍は、韓国に第2歩兵師団、第19支援コマンド等約3万1千人、日本に第9軍団司令部要員約2,100人等この地域に合計約3万3千人を配備している。

 海軍は、日本、フィリピン及びグアムを主要拠点として、その兵力は、空母3隻を含む艦艇約70隻、作戦機約270機、兵員約3万8千人である。作戦部隊である第7艦隊は、西太平洋及びインド洋に展開している海軍及び海兵隊の大部分を隷下に置き、平時のプレゼンスの維持、有事における海上交通の安全確保、沿岸地域に対する航空攻撃及び強襲上陸等を任務としている。

 空軍は、第5空軍が、F−15を装備する第18戦術戦闘航空団及びF−16を装備する第432戦術戦闘航空団を日本に、第7空軍がF−4、F−16、A−10を装備する2個航空団を韓国に、第13空軍が、F−4、F−5を装備する1個航空団をフィリピンに、それぞれ配備している。また、戦略空軍が、B−52、KC−135を装備する1個航空団をグアムに、KC−135、RC−135を装備する第376戦略航空団を日本に、それぞれ配置している。これらの空軍勢力は、作戦機約300機、兵員約4万1千人である。

 海兵隊は、日本に第3海兵師団及びF−4、A−6等を装備する第1海兵航空団を配備し、洋上兵力やフィリピン駐留兵力を含め約2万6千人、作戦機約60機を展開している。

第3章 その他地域の軍事情勢

第1節 中東及びインド洋を中心とする地域

1 この地域の特性

 中東及びインド洋を中心とする地域には、石油輸送ルートを始め、海洋による通商によって繁栄してきたわが国を始めとする自由主義諸国にとって重要な海上交通路が存在し、またスエズ運河、ホルムズ海峡等海上交通上の要衝が存在しており、このような地理的特性から、世界の交通上の要域となっている。

 また、特にペルシャ湾(アラビア湾)岸地域は、世界の原油埋蔵量及び石油輸出量の約5割を占める大産油地帯であり、わが国を始めとする自由主義諸国は、石油供給のかなりの部分をこの地域に依存している。

 このため、この地域の平和と安定の維持及びこの地域の海上交通の安全の確保は、わが国を始めとする自由主義諸国及び第三世界の国々の生存と繁栄にとって極めて重要となっている。

 一方、この地域においては、多くの国が第2次世界大戦後に独立したものであり、領土、民族、宗教等の各種要因が絡んで、国内的にも、対外的にも不安定かつ流動的な情勢が続いている。

2 この地域の紛争の状況

 アラブ・イスラエル間の対立については、イスラエルとエジプト以外のアラブ諸国との関係には大きな進展はみられていない。

 レバノンにおいては、国内における各派間の対立に加え、米国、ソ連、イスラエル、シリア等の利害が複雑に絡み合い、混迷が続いている。

 イラン・イラク紛争は、1980年9月に本格化して以来、長期化しており、国境付近における両軍の継続的な戦闘に加えて、双方による都市や石油・経済施設等への攻撃が行われている。紛争の長期化はわが国を始めとする各国の船舶、特にタンカーの安全航行を脅かしており、また、本年5月にはペルシャ湾(アラビア湾)において行動中の米海軍フリゲート艦がミサイル攻撃を受けるなどの事件も発生している。

 アフガニスタンについては、1979年12月にソ連が軍事介入して以来7年余を経過しているが、依然として行き詰まりの状態が続いている。ソ連軍は反ソ・反体制勢力の制圧作戦を行っているが、これら勢力の強じんな抵抗に遭遇している。この間、国連の仲介による関係国間での間接交渉などソ連軍の撤退等を目指す国際的な努力が続けられたが、実質的な進展はみられていない。昨年7月、ソ連のコ゛ルバチョフ書記長は、ウラジオストクにおける演説でアフガニスタンから6個連隊を撤退させると言及し、10月末に6個連隊の撤退の完了が発表された。しかしながら、現在の駐留兵力は約11万6千人で、撤退前の兵力と大きな変化はなく、全面撤退や問題の抜本的解決につながるとは考えられていない。

3 米国とソ連の動向

(1) ソ連は、アフガニスタンへの軍事介入のほか、シリア、リビア、イラク、南イエメン等に、武器供与、軍事顧問団の派遣、第三国軍事要員の派遣等を行うことによって政治的影響力の伸長を図るとともに、軍事施設等を獲得してきている。

 ソ連海軍のインド洋への進出は、1968年の英国のスエズ以東からの撤退による力の空白に乗じて開始された。現在では、主として太平洋艦隊から水上艦艇及び潜水艦等約20隻を常時展開させている。これらのソ連艦艇が使用している主な港湾、停泊地は、第1−14図のとおりであるが、これらは、ペルシャ湾(アラビア湾)からインド洋を経て日本、ヨーロッパ、米国に達する石油輸送ルートを扼する地点に位置している。

(2) 米国は、この地域を米国の国益と安全保障にかかわる重要地域の一つとみており、湾岸諸国の安定とこの地域からの石油の安定的供給を図るため、ペルシャ湾(アラビア湾)近海に空母戦闘グループを随時展開している。

 しかしながら、この地域は、地理的にソ連領に近接しているのに対し、米国本土から遠く離れているため、米国は、さらに、海・空輸送能力の強化、資材の事前集積、中央軍の設置、ケニア、ソマリア、オマーン、モロッコ等との間の緊急時の通過及び施設利用のための取極の締結等により、有事におけるこの地域での作戦遂行能力の向上を図っている(第1−14図参照)。

第2節 東南アジア及び南太平洋地域

1 この地域の特性

 東南アジアは、わが国への資源輸送上重要なマラッカ海峡、南シナ海及びインドネシア、フィリピンの近海を含み、太平洋とインド洋を結ぶ交通上の要衝を占めている。

 現在、この地域においては、ソ連に支援されたベトナムのカンボジアへの軍事介入の継続、ソ連の軍事行動の活発化などもあって、依然として不安定な情勢が続いている。こうした情勢の下にあってASEAN諸国は、それぞれ国内に問題を抱えつつも、この地域の平和と安全を図るため結束の強化を図っている。

 ASEAN諸国は、わが国にとって重要な近隣諸国であるとともに、経済的にみても、わが国との結びつきには極めて密接なものがあり、これら諸国の平和と安定は、わが国の安全にとって重要である。

 また、南太平洋地域は、豊富な漁業・鉱物資源が存在し、わが国と政治的・経済的にも深いつながりを持つ地域である。(第1−15図 インドシナにおける軍事態勢

2 この地域の紛争の状況

(1) カンボジアにおいては、1978年12月の軍事介入により、「ヘン・サムリン政権」を擁立したベトナムが、国連等によるカンボジアからの撤退要求にもかかわらず、カンボジアに約17万人の兵力を駐留させ、ソ連の支援を受けつつ、「ヘン・サムリン政権」によるカンボジア支配の定着化を目指している。これに対し、反ベトナム勢力である民主カンボジア連合政府3派は、1984年11月から1985年3月にかけて行われた乾季攻勢でタイ国境付近の拠点を失ったもののカンボジア内部の各地でベトナム軍にゲリラ活動で対抗している。また、紛争は一部小規模ながらタイ・カンボジア国境地帯のタイ領域内にまで及んでいるとみられる。

 本紛争は、本年で9年目に入っており、ASEAN諸国等によるカンボジア問題の「包括的政治解決」への努力が続けられているが、現在までベトナム側は、これに応ずる姿勢を示していない。

(2) 中越国境においては、現在、中国軍約20個師団基幹約30万人と、べトナム軍約30個師団基幹約30万人が対峙しており、1979年2〜3月の軍事衝突以来、現在も小規模な武力衝突が続いている。

3 この地域におけるソ連の動向

(1) カムラン湾を拠点とするソ連軍の動向

 ソ連は、ベトナム、ラオス及びカンボジア「ヘン・サムリン政権」に対し、軍事援助と軍事顧問の派遣を行うとともに、このような援助を背景に、ベトナムのカムラン湾の海・空軍施設を使用している。カムラン湾は、艦艇、航空機が寄港・常駐しているほか、通信・情報収集施設及び補給施設が存在し、ソ連にとって海外における重要な軍事拠点となっており、この利用により有事におけるソ連太平洋艦隊の運用の柔軟性が向上している。ソ連は、これらの施設を利用しつつ、東南アジア地域におけるプレゼンスの強化に努めている。

 ソ連は、カムラン湾にTU−95/TU−142ベアを配備し、南シナ海を中心に偵察活動及び対潜哨戒活動を実施しているが、その活動範囲は東シナ海やシャム湾方面まで拡大されている。また、TU−16バジャーについては、1983年以降増強され、南シナ海において偵察活動等を実施している。カムラン湾からのTU−16バジャーの行動半径は、南シナ海のみならずフィリピン等の周辺地域にも及んでおり、これらの地域における対地・対艦攻撃能力が強化されている。さらに1985年初め、MIG−23フロッガー14機が新たに配備され、この地域における防空能力が大幅に強化された。

 ソ連は、また、カムラン湾に水上戦闘艦艇及び潜水艦等を寄港させるとともに、同港湾を利用して、南シナ海に20数隻程度のプレゼンスを維持している。

 このように、ソ連は、この方面の海上交通に対して影響力を行使し得る能力を向上させている。

(2) 南太平洋地域へのソ連の進出

 ソ連は、1985年8月にキリバスと漁業協定を調印して以来、南太平洋地域に積極的な進出を試みている。キリバスとの漁業協定は1年で終了したものの、本年1月にはバヌアツと漁業協定を調印し、当地における港湾施設への接近を試みている。また、フィジー、ツバル、パプア・ニューギニア等とも漁業交渉の申入れを行っているともいわれ、これら地域各国との国交の樹立にも積極的である。

4 米国、ASEAN諸国等の動向

(1) 米国は、ベトナム撤退以降フィリピンのほかはこの地域には軍事力を常駐させていないが、ASEAN及びオセアニア諸国との協力・友好関係を深め、軍事援助・経済援助等により地域的な安定の維持に努めている。さらに、フィリピン駐留の海・空軍の存在、タイとの間の共同演習や戦時予備備蓄の実施、西太平洋及びインド洋における空母戦闘グループのプレゼンスなどにより、当地域の安定を図っている。

(2) ASEAN諸国は、それぞれ自国の国防努力を継続し、2国間の合同軍事演習の実施やマラッカ海峡共同防衛を協議するなど域内諸国間の防衛協力を進めるとともに、経済・文化交流等を通じて域内の結束強化を図り、先進民主主義諸国との協力関係の増進に努めている。

(3) フィリピンにおいては、昨年2月、大統領選挙に伴う混乱の中で、アキノ政権が誕生した。アキノ大統領は本年2月、新憲法制定国民投票を実施し、新憲法が公布された。さらに、5月には新憲法による初の上下院議員選挙が実施され、アキノ大統領の与党が勝利を収めている。

 軍事的観点からみれば、フィリピンは中東から太平洋に至る石油等重要物資の海上輸送路を扼する地理的位置にあり、同国には米軍のスビック海軍基地及びクラーク空軍基地が存在している。一方ソ連は、フィリピンと南シナ海を隔てて対面するベトナムのカムラン湾を拠点として、この地域における軍事力増強とともにプレゼンスの強化に努めている。このような情勢の中で、今後のフィリピンの動向は、アジア全般の平和と安定に影響を及ぼすものと考えられる。

(4) 南太平洋諸国のうちオーストラリア及びニュージーランドは、ともにANZUS条約の加盟国であるが、オーストラリアは、条約に基づき、米国と密接な協力関係を維持し、軍事施設の共同使用や、共同演習を実施している。一方、ニュージーランドは、米国との間において、1985年2月以来、ニュージーランド政府の核政策との関連で、米国艦艇のニュージーランド寄港が問題となり、昨年7月、米国はニュージーランドに対する防衛義務の履行を停止する旨を公表している。