資料21 有事法制の研究について

 (昭和59年10月16日)

1 経緯及び第2分類の検討

(1) 経緯

ア 有事法制の研究は、昭和52年8月、内閣総理大臣の了承の下に、防衛庁長官の指示によって開始されたものであり、自衛隊法第76条の規定により防衛出動を命ぜられるという事態において自衛隊がその任務を有効かつ円滑に遂行する上での法制上の諸問題を研究の対象とするものである。自衛隊は有事に際して我が国の平和と独立を守り国の安全を保つためのものである以上、日ごろからこれに備えて研究しておくことは当然であると考える。研究を進めるに当たっての基本的な考え方については、昭和53年9月21日の見解で示したところであり、現在これに基づいて作業を進めているところである。

イ 有事法制の研究の対象となる法令は、防衛庁所管の法令(第1分類)、他省庁所管の法令(第2分類)及び所管省庁が明確でない事項に関する法令(第3分類)に区分され、そのうち第1分類については、問題点の概要を取りまとめて、昭和56年4月、国会の関係委員会に報告したところである。

ウ その後の有事法制の研究では、第1分類に引き続いて第2分類に重点を置いて検討を進めた。

(2) 第2分類の検討

他省庁所管の法令について、現行規定の下で有事に際しての自衛隊の行動の円滑を確保する上で支障がないかどうかを防衛庁の立場から検討し、検討項目を拾い出した上、当該項目に関係する条文の解釈、適用関係について関係者庁と協議、調整を行った。

現在までに検討した事項と問題点の概要を整理すれば、次のとおりである。

2 第2分類で検討した事項と問題点の概要

現行自衛隊法においては、他省庁所管の法令について、特例や適用除外の規定があり、自衛隊の任務遂行に必要な法制の骨幹は、整備されているが、今回検討した項目には、なお法令上特例措置が必、要と考えられる事項もあり、まだ法令上必要とされる特定行政庁の承認、協議等手続に係る事項も相当数含まれている。

特定行政庁の承認、協議等の手続は、有事に際しての自衛隊の行動の円滑を確保するため関係省庁の協力を得て迅速に措置されることが必要である。

自衛隊と他省庁との連絡協力については、自衛隊法第86条の関係機関との連絡及び協力の規定並びに同法第101条の海上保安庁等との関係の規定によって、基本的枠組が整備されており、また、具体的な手続に際して、手続の迅速化を配慮するなど関係者庁の協力が当然得られるものと考えられるところである。

このような基本的枠組等を踏まえて、有事に際しての自衛隊の行動等の態様に区分して検討した事項と問題点の概要を整理すれば、次のとおりである。

(1) 部隊の移動、輸送について

ア 陸上移動等

有事に際しては、速やかに部隊を移動させ、その任務遂行上必要な物資を輸送する必要があるが、これについては「道路交通法」に基づく公安委員会等による交通規制の実施及び公安委員会の指定に係る緊急自動車の運用により、おおむね円滑に行えるものと考えられる。

しかしながら、道路、橋が損傷している場合に、部隊の移動、物資の輸送のためその道路等を応急補修し、通行しなければならないことが考えられるが、この場合「道路法」上、部隊自らがその補修を行うことができないことがある。したがって、部隊自らが応急補修を行うことも含めて、損傷した道路等を滞りなく通行できるよう「道路法」に関して特例措置が必要であると考えられる。

イ 海上移動等

有事に際して自衛隊の使用する船舶は、その任務の有効かつ円滑な遂行を図るため、速やかに移動、輸送を行う必要があるが、その航行等については民間船舶と同様に船舶交通の安全を図るための「港則法」、「海上交通安全法」及び「海上衝突予防法」が適用される。

この場合、一定の港における「港別法」による夜間入港の制限又は特定海域における「海上交通安全法」による航路航行義務等の航行規制を受けるが、これらについては、夜間入港の際の港長の迅速な許可又は緊急用務船舶の指定により、自衛隊の任務遂行上支障がないと考えられる。

なお、「海上衝突予防法」の適用について検討を加えたが特に問題とする事項はないと思、ねれる。

ウ 航空移動等

有事に際して自衛隊機は、その任務の有効かつ円滑な遂行を図るため、速やかに移動、輸送を行う必要がある。

防衛出動時の自衛隊機の飛行については、その任務と行動の特性から自衛隊法第107条により「航空法」の規定の相当部分が適用除外されている。

しかし、自衛隊機、その任務遂行のため、計器気象状態(悪天候)であっても計器飛行方式によらないで飛行する必要があり、このような飛行は、「航空法」によって、やむを得ない事由がある場合又は運輸大臣の許可を受けた場合でなければできないとされている。また、特別管制空域を計器飛行方式によらないで飛行する必要があり、これについでも、同法によって運輸大臣の許可を得なけれげならないとされている。これらの飛行については、同法に基づく運輸大臣の迅速な許可等の措置がなされれば、自衛隊機の行動に支障がないものと考えられる。

 (2) 土地の使用について

部隊は、侵攻が予想される地域に陣地を構築するために土地を使用する必要がある。

一方、国土の利用について海岸、河川、森林などの態様に応じて「海岸法」、「河川法」、「森林法」、「自然公園法」等の法令により、国土の保全に資する等の観点から、一定の区域について立入り、木竹の伐採、土地の形状の変更等に対する制限等が設けられ、土地を使用する場合には、原則として法令で定められている手続が必要である。

部隊があらかじめ陣地を構築するために土地を使用する場合においても、法令に定められた許可手続きに従い又は許可手続の例により行うほかなく、侵攻の態様によってはそれらの手続をとるいとまがないことが考えられ、また、法令によっては「非常災害」に際しての応急的な措置について、手続をとらなくても一定の範囲内で土地を使用し得るとされているものもあるが、これにも、当たらないとされている。さらに、構築される陣地の形態によっては、これらの法令上許可し得る範囲を超えることも考えられる。

したがって、有事に際しての自衛隊による土地の使用等については、「海岸法」等に関して特例措置が必要であると考えられる。

(3) 構築物建造について

有事に際して、航空基地等では、他の基地に所在する航空部隊の機動展開を受け入れ、あるいは、抗たん性を強化するために航空機用えん体、指揮所、倉庫等を建築することがある。

一方、「建築基準法」は、建築物を建築する際の工事計画の建築主事への通知等の手続、構造の基準等を定めている。

航空機用えん体、指揮所、倉庫等を建築する際にも、同法に定められている手続を行い、構造の基準を満たさなければならないため、速やかに建築を進めることができないことも考えられる。

したがって、有事に際して自衛隊の建築する建築物については、「建築基準法」に関して特例措置が必要であると考えられる。

(4) 電気通信について

有事に際しては、部隊等相互間において通信量が増大することが予想され、また、通信系の抗たん性を確保することが必要となる。

自衛隊法第104条では、防衛庁長官は、防衛出動を命ぜられた自衛隊の任務遂行上必要があると認める場合には、緊急を要する通信を確保するため、郵政大臣に対し、公衆電気通信設備を優先的に利用すること及び「有線電気通信法」第3条第3項第3号に掲げる者が設置している電気通信設備を使用することについて必要な措置をとることを求めることができ、郵政大臣はその要求に沿うように適当な措置をとるものとすることが規定されており、また「有線電気通信法」、「公衆電気通信法」及び「電波法」では、天災、事変等一般的に住民の生命、財産の安全又は公共の安全が脅かされるような非常事態の際の重要な通信の確保について規定されている。防衛出動下令事態における自衛隊の任務遂行上必要な通信の確保については、これらの諸規定に従って措置されるものであり、自衛隊の任務遂行に支障がないものと考えられる。

(5) 火薬類の取扱いについて

ア 自衛隊の保有する火薬類は、各地の自衛隊の施設内の弾薬庫に貯蔵されており、有事に際して部隊が展開する地域へ輸送する必要がある。火薬類の輸送手段としては、鉄道輸送、車両輸送、船舶輸送等が考えられ、火薬類の積載方法、積載重量、運搬方法等について、「火薬類取締法」等の法令によって規制されているが、自衛隊機及び自衛艦による輸送については、自衛隊法第107条及び第109条により、積載方法、積載重量等について適用除外されている。火薬類の輸送については、これらの法令に従いおおむね円滑に実施できるものと考えられる。

しかしながら、火薬類を車両に積載して輸送する場合に、状況によっては夜間に火薬類の積卸しを行う必要があるが、「火薬類の運搬に関する総理府令」によって火薬類の積卸しは夜間を避けて行うこととされている。また、隊員が一定量以上の火薬類を携帯して民間自動車渡船(フェリー)に乗船する場合や、火薬類を積載した車両を一般の隊員とともに自動車渡船に積載する場合もあるが、「危険物船舶運送及び貯蔵規則」によれば、一定量以上の火薬類を除き船舶に持ち込んではならず、また、火薬類を積載した車両の運転手、乗務員及び貨物の看守者以外の者が乗船している自動車渡船に火薬類を積載した車両を積載してはならないとされている。

したがって、これらについて自衛隊の任務遂行に支障が生じないよう措置することが必要であると考えられる。

イ 防衛行動において使用される火薬類を、使用又は輸送するために必要な範囲内で、一時的に野外に集積することが考えられるが、そのような集積は、「火薬類取締法」上の「消費」又は「運搬」に当たるものと解される。「消費」に当たる場合は、自衛隊法第106条により規制が適用除外とされており、また、「運搬」に当たる場合は、安全措置等を講じることが必要とはなるが、自衛隊の任務遂行に支障はないものと考えられる。

(6) 衛生医療について

有事に際しては負傷者が多数発生することが考えられるが、負傷者の容体からみて早急に処置を必要とする場合又は既設の病院、診療所へ輸送する手段がない場合には、自衛隊の設置する野戦病院等に負傷者を収容し、医療を行わなければならないことがある。

一方、「医療法」によれば病院等を設置する場合には厚生大臣に協議等を行うこと、また、その病院等は同法に定める構造設備を有することとされている。

自衛隊の設置する野戦病院等は、部隊の移動に合わせて移動する必要があるため、構造設備等の基準を満たすことは困難であると思われる。

したがって、有事に際して自衛隊の設置する野戦病院等については、「医療法」に関して特例措置が必要であると考えられる。

(7) 戦死者の取扱いについて

有事に際して戦死者については、人道上、衛生上の見地から、部隊が埋葬又は火葬することが考えられる。

一方、「墓地、埋葬等に関する法律」によって、墓地以外の場所に埋葬すること、火葬場以外の場所で火葬することが禁じられており、また、墓地に埋葬し、火葬場で火葬する場合にも、市町村長の許可が必要であるとされている。

死者が一時期に広範な地域にわたって生じた場合には、既存の墓地、火葬場で埋葬、火葬することが困難となり、市町村長の許可を迅速に得ることも困難であると思われる。

したがって、有事に際して部隊が行う埋葬及び火葬については、「墓地、埋葬等に関する法律」に関して特例措置が必要であると考えられる。

(8) 会計経理について

自衛隊が必要とする工事用資材等の物資を調達する場合、現行の会計法令上では、いわゆる同時履行の原則によることとされているが、自衛隊が必要とする船舶、航空機等については、前金払及び概算払の方式が認められているところである。

有事に際しては、自衛隊の任務遂行に支障が生じないよう工事用資材等の物資の調達についても、前金仏寺の方式が講ぜられるよう措置されることが必要であると考えられる。

3 今後の研究の進め方

以上に述べたとおり、第2分類について問題点の整理はおおむね終了したと考えられるが、なお、研究は今後も引き続き進める必要があり、その際、有事において自衛隊の行動が円滑に行われるための準備の重要性にかんがみ、陣地の構築のための土地の使用、建築物の建築等の特例措置について、例えば、防衛出動待機命令下令時から適用するというような点をも考慮する必要があると考えている。

また、これまでの検討を踏まえて整理すれば、有事における、住民の保護、避難又は誘導を適切に行う措置、民間船舶及び民間航空機の航行の安全を確保するための措置、電波の効果的な使用に関する措置など国民の生命財産の保護に直接関係し、かつ、自衛隊の行動にも関連するため総合的な検討が必要と考えられる事項及び人道に関する国際条約(いわゆるジュネーブ四条約)に基づく捕虜収容所の設置等捕虜の取扱いの国内法制化など所管省庁が明確でない事項が考えられ、これらについては、今後より広い立場において研究を進めることが必要であると考えている。

 

資料 関係ある法令の条文

 「有事法制の研究について」本文で述べた問題点等の概要のうち、有事に際して、自衛隊の円滑な行動等を確保する上で、法令上関係があると考えられる条文を整理すれば、次のとおりである。

1 法律関係

(1) 道路等が損傷している場合に、滞りなく通行するためには、次の規定との関係が問題となると考えられる。

道路法第24条(道路管理者以外の者の行う工事)

同  第43条(道路に関する禁止行為)

同  第46条(通行の禁止又は制限)

(2) 陣地の構築のため速やかに土地を使用するためには、次の規定との関係が問題となると考えられる。

ア 海岸法第7条(海岸保全区域の占用)

同  第8条(海岸保全区域における行為の制限)

同  第10条(許可の特例)

イ 河川法第24条(土地の占用の許可)

同  第25条(土石等の採取の許可)

同  第26条(工作物の新築等の許可)

同  第27条(土地の掘さく等の許可)

同  第55条(河川保全区域における行為の制限)

同  第57条(河川予定地における行為の制限)

同  第95条(河川の使用等に関する国の特例)

ウ 森林法第34条(保安林における制限)

エ 自然公園法第17条(特別地域)

同  第18条(特別保護地区)

同  第18条の2(海中公園地区)

同  第19条(条件)

同  第20条(普通地域)

同  第40条(国に関する特例)

同  第42条(保護及び利用)

(3) 自衛隊の行動に必要な建築物を速やかに建築し使用するためには、建築物に対する制限の緩和に関して、次の規定との関係が問題となると考えられる。

建築基準法第18条(国、都道府県又は建築主事を置く市町村の建築物に対する確認、検査又は是正措置に関する手続の特例)

同     第19条(敷地の衛生及び安全)

同     第21条(大規模の建築物の主要構造部)

同     第22条(屋根)

同     第23条(外壁)

同     第26条(防火壁)

同     第35条(特殊建築物等の避難及び消火に関する技術的基準)

同     第36条(この章の規定を実施し、又は補足するため必要な技術的基準)

同     第37条(建築材料の品質)第39条(災害危険区域)

同     第40条(地方公共団体の条例による制限の附加)

同     第3章(都市計画区域内の建築物の敷地、構造及び建築設備)

(4) 自衛隊が野戦病院等を設置し円滑、速やかに医療を行うためには、 次の規定との関係が問題となると考えられる。

医療法第7条(開設許可)

同  第9条(病院等の休廃止等の届出)

同  第12条(開設者の管理等)

同  第13粂(診療所の患者収容時間の制限)

同  第18条(専属薬剤師)

同  第21粂(病院の法定人員及び施設の基準等)

同  第23条(省令への委任等)

同  第24条(施設の使用制限命令等)

同  第25条(報告の徴収、立入検査)

同  第27条(使用許可)

(5) 戦死者を速やかに埋葬又は火葬するためには、次の規定との関係が問題となると考えられる。

墓地、埋葬等に関する法律第4条(墓地外の埋葬、火葬場外の火葬の禁止)

同           第5条(埋葬・火葬・改葬の許可)

2 政令関係

自衛隊が必要とする工事資材等の円滑な調達については、次の規定との関係が問題となると考えられる。

予算決算及び会計令臨時特例第2条(前金払のできる経費)

同            第3条(概算払のできる経費)

3 総理府令及び省令関係

(1) 火薬類の車両による円滑、速やかな運搬については、次の規定との関係が問題となると考えられる。

火薬類の運搬に関する総理府令第15条(運搬方法)

(2) 民間自動車渡船(フェリー)に、隊員が一定量以上の火薬類を携帯して乗船したり、火薬類を積載した車両を一般の隊員とともに積載するためには、次の規定との関係が問題となると考えられる。

危険物船舶運送及び貯蔵規則第4条(持込の制限)

同            第21条(自動車渡船による危険物の運送)

 

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