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今日、わが国は、自由と民主主義を基本理念とする先進自由主義国家の一つとして繁栄と発展の道を歩んでおり、我々日本国民は、良き伝統と独自の文化を持ち、平和で美しい国土に住み、国民一人一人が個人として尊重され、多彩な活動を行い得る社会の仕組み、すなわち、個人の最大限の自由の保障に高い価値を置く国の体制の下で生活している。この平和で自由な、そして豊かな日本の国こそ我々国民の生存の基盤であり、この国の平和と安全を確保し続けていくことは、国民の幸福を守り、増進させるために必須の要件である。
現在の日本が自由で豊かな素晴らしい国であることは、優秀で勤勉な国民の叡智と努力のたまものであり、また、わが国が戦後幸いにも、国家的規模の災害に遭うことがなかったことによるものであることはいうまでもない。しかし、同時に、戦後、武力紛争がほとんど絶えることのない厳しい国際軍事情勢の中で、外国から侵略を受けるなどの事態が生じることなく、国の平和と安全を保ってきたことによるものであることも、また事実である。
もとより、恒久な平和の世界の実現は全人類の理想である。しかし、世界の現状はいまだその理想には遠く、国の安全はただこれを願望しているだけでは保障されないのが現実の国際社会の姿である。わが国の場合にも、戦後40年間幸いにして侵略を受けることがなかったからといって、将来にわたって侵略がないとは決して断言できないのであり、万一に備え、国の安全保障について平素から真剣に考え、このための有効な手だてを講じておくことが必要である。
侵略からわが国を守り、その平和と安全を保つためには、次の各分野にわたる努力を整合性をもって推進することが必要である。
侵略を未然に防止し、わが国の平和と安全を保つためには、第1に、国際協調と平和努力の推進に努めることが必要である。そのためには、まず、わが国と世界各国との間で、政治・経済などの広範な分野で、外交努力等を通じて、紛争・摩擦の予防や問題の解決に努めるとともに、これらの諸国との相互理解を深め、友好協力関係を確立していくことが必要である。中でも、わが国の安全保障と直接関係の深い国々との外交関係は、特に重要である。また、平和な国際環境の実現のため、世界の各地における紛争の解決や対立の緩和のための外交努力や、開発途上国に対する経済協力などを通じて、世界の政治的安定や経済的発展に積極的に貢献する必要がある。また、これとともに、世界の平和維持のために重要な機能を果たしている国際連合の諸活動に対し、一層の協力を行う必要がある。さらに、国際社会の平和と安定が力の均衡によって支えられているという現状を踏まえ、力の均衡を維持しつつ、その均衡の水準をできる限り引き下げるよう軍縮努力を強く訴えていく必要がある。
第2に、内政の安定により、安全保障の基盤を確立することが必要である。そのためには、政治・経済及び社会の安定と発展を図るために必要な内政諸施策を講じ、活力ある社会の維持に努めるとともに、国民のわが国の平和と独立を守る意識を高揚し、国を守る気概の充実を図ることが必要である。
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わが国の平和と安全を保つ上で、安定した国際環境を作るための積極的な外交の推進や政治・経済及び社会の安定を図るために必要な内政諸施策の実施等の努力は、いずれも欠くことのできないものであるが、これらの手段のみでは、実力をもってする侵略を未然に防止することはできない。
したがって、わが国が外国からの侵略を受ける可能性が否定できない以上、侵略を抑止し、万一侵略が行われた場合、これを排除し得る自衛手段を備えておくことが必要である。このため、わが国は、自衛隊の整備充実に努めるとともに、核の脅威に対する抑止力や通常兵器による大規模侵略に対する対処能力など、わが国防衛力の足らざるところを米国との安全保障体制に依存し、その信頼性の維持向上に努めることにより、いかなる態様の侵略にも対応することとしている。
わが国は、自由と民主主義を共通の価値観とする自由主義諸国の一員として、戦後目覚ましい経済発展を遂げ、今日の繁栄をみるに至っている。このことは、米国を始めとする自由主義諸国の努力によって、東西両陣営間の力の均衡が保たれ、世界の平和と安定が維持されてきたことに負うところが大きい。
わが国が今後将来にわたってこの自由と繁栄を享受しつつ生存し、発展していくためには、もとより、世界のすべての国々との友好親善を保つことが望ましいことはいうまでもないが、何よりもまず、自由主義諸国との友好と連帯によって世界の平和と安定を維持することが重要である。このことは、米国を始めとする他の自由主義諸国にとっても同様であり、これらの国々は、相互に協力して、東西両陣営間の力の均衡の維持に最大限の努力を行っている。
このような状況の中で、わが国が憲法及び基本的な防衛政策に従い防衛力の向上に努めることは、わが国の安全がより一層確保されるだけでなく、日米安全保障体制の信頼性の維持強化にもつながり、結果的に、東西両陣営間の軍事バランス面において自由主義諸国の安全保障の維持にも寄与し、アジアひいては世界の平和と安全に貢献するものである。
自由主義諸国の中で米国に次ぐ経済大国であるわが国としては、自衛のために必要な防衛努力を行うに当たっても、自由主義諸国の一員として、国際社会におけるわが国の責任を深く自覚し、常にこのような連帯意識をもってこれを行っていくことが必要である。
また、世界から紛争をなくすためには、世界経済を安定化し、繁栄させるとともに経済的貧困をなくすことが基本的に重要である。自由主義諸国は経済面でも相互に緊密な協力を行い、また、経済援助の増額等に努めているが、このことは世界平和を達成し、維持する上でも大きな意義を持つものである。このような面においても、自由主義諸国の一員として、経済大国であるわが国の役割と責任は大きい。
本年5月、第12回主要国首脳会議が東京で開催された。この会議においては、自由主義主要国首脳間の相互理解と信頼関係に基づいた世界平和のための隔意のない意見が交わされた。この討議を通じ、各首脳は、自由主義諸国の緊密なパートナー・シップが自由で平和な世界の実現に不可欠であることに思いをいたし、国際社会の平和と繁栄のため、より安定的かつ建設的な東西関係の構築に向けて一層努力するとともに、今後さらに重要性を増すアジア太平洋地域の安定と進歩に貢献することに合意した。(東京サミット出席の各国首脳(昭61.5))
わが国に対して万一侵略があった場合、国民の生命・財産を保護し、被害を最小限にとどめる上で、国民の防災及び救護・避難のため、政府・地方自治体及び国民が一体となって民間防衛体制を確立することが必要である。このような民間防衛に関する努力は、また、国民の強い防衛意志の表明でもあり、侵略の抑止につながり、国の安全を確保するため重要な意義を有するものである。
ヨーロッパ諸国などでは、第2次世界大戦において、市民の死傷率が軍人のそれを上回ったため、もしも将来、他国から武力攻撃が加えられた場合、これらの被害に対する対策が講じられなければ、市民にばく大な数の犠牲者が出るであろうとの予想に基づいて、民間防衛に関する努力を行ってきている。これらの諸国では、いずれも担当する政府機関の設置、関連する法律の制定、組織づくり、退避所の建設など民間防衛体制の整備に努力している。また、これらの諸国では、中央政府及び地方自治体の計画・指導の下に、いざという場合のために、平素から退避訓練などの民間防衛に関する諸活動を実施している。これらの諸活動は、結果的に、平時突発する自然災害などに対処する上で有効なものとなっている。
わが国においては、現在のところ、民間防衛に関してはみるべきものがない。今後、国民のコンセンサスを得つつ、政府全体で広い観点から慎重に検討していくべきであろう。
わが国にとって、国民生活を維持するためには、資源・エネルギー、食糧などの確保が不可欠である。これらの生産地あるいは輸送経路などにおいて武力紛争又は大規模な天災地変などの事態が起こった場合、あるいはわが国の有事において海上文通が妨害される場合などに予想される資源・エネルギー、食糧などの供給の停止などに対し、わが国が冷静に対処するためには、これらの必要物資を備蓄しておくことが有効であろう。
さらに、このような施策の推進とあいまって、有事におけるわが国の国民生活、経済活動などを維持するために必要な物資の海上輸送の実施体制のあり方についても、有事において講ずべき緊急措置の一環として、政府全体として総合的な観点から研究する必要があろう。
防衛力を支え、これを真に有効に発揮させるためには、平時から防衛産業を育成し、建設、運輸、通信、科学技術などの分野において国防上の配慮を加えておく必要があろう。
スイスなどにおいては、高速道路を臨時の滑走路として使用できるようにしており、有事の際、飛行場が爆撃などによって破懐されても、空軍はこれらを臨時飛行場として利用できるようにしている事例がある。また、各国とも、教育の面においても配慮を加えているところである。
(1) 先進民主主義諸国においては、いずれも国の安全保障に関する重要事項を審議する機関を設置している。こうした審議機関は、いずれも大統領又は首相が主宰し、少数の関係閣僚により構成され、必要に応じてその他の関係者も出席できるようになっている。こうした審議機関はまた、文民統制上も重要な役割を果たしている。
わが国においても、国防に関する重要事項について、広い視野から総合的に審議するため、昭和31年7月、内閣に国防会議が設置された。国防会議は、発足以来、国防の基本方針、第1次から第4次までの防衛力整備計画、防衛計画の大綱などわが国防衛の根幹をなす問題及び毎年度の防衛力整備に係る主要事項等について決定したり、審議するなど、防衛政策の基本的方針を示し、文民統制上重要な役割を果たしてきた。昨年の中期防衛力整備計画の策定に当たっても、8回に及ぶ国防会議が開催され、慎重な検討が行われた。
(2) ところで、近年における社会全体の複雑高度化、わが国の国際的役割の拡大、わが国周辺地域の国際政治面での重要性の増大などにより、ミグ25事件(昭和51年9月)、ダッカにおけるハイジャック事件(昭和52年9月)、大韓航空機事件(昭和58年9月)のような、わが国の安全に重大な影響を及ぼすおそれのある重大緊急事態が発生する可能性が潜在的に高まっている。こうした重大緊急事態に迅速、適切に対処し、事態の拡大発展を防止するため、内閣の果たすべき役割はますます増大している。このような基本的考え方は、昨年7月に提出された臨時行政改革推進審議会の答申にも示されたところである。
(3) こうした背景の下に、先の国会で「安全保障会議設置法」が成立し、本年7月、内閣に新たに安全保障会議が設置されるとともに、従来の国防会議は廃止された。新たに設置された安全保障会議は、従来の国防会議の任務(国防に関する重要事項の審議)をそのまま継承するとともに、重大緊急事態への対処措置等をも審議するものである。
(4) 安全保障会議の所掌事務、構成等は次のとおりである。
ア 安全保障会議は、国防に関する重要事項及び
重大緊急事態への対処に関する重要事項を審議する機関として、内閣に置かれるものである。
イ 内閣総理大臣は、
ウ 内閣総理大臣は、重大緊急事態が発生した場合において、必要があると認めるときは、当該重大緊急事態への対処措置について安全保障会議に諮るものとする。
エ 安全保障会議は、国防に関する重要事項及び重大緊急事態への対処に関する重要事項につき、必要に応じ、内閣総理大臣に対し、意見を述べることができる。
オ 会議は、内閣総理大臣を議長とし、内閣法第9条の規定によりあらかじめ指定された国務大臣、外務大臣、大蔵大臣、内閣官房長官、国家公安委員会委員長、防衛庁長官、経済企画庁長官を議員として構成される。
カ 議長は、必要があると認めるときは、関係の国務大臣、統合幕僚会議議長その他の関係者を会議に出席させ、意見を述べさせることができる。
キ 安全保障会議に関する事務は、内閣官房に新たに設置された内閣安全保障室において処理する。
一般に、今日の安全保障においては、軍事面の努力と並んで非軍事面の努力が極めて重要となっている。平和外交の推進やエネルギー、食糧確保などの諸施策は、いずれも一国の存在のため欠くことのできないものであり、国の安全保障を全うするためには、国際的な協調を図りながら、軍事、非軍事にわたるあらゆる施策が総合的に、かつ、整合性をもって推進されなければならない。
わが国においても、国際政治経済情勢の推移を背景として、わが国の安全を確保するためには、総合的な施策の推進が必要であるとの視点に立ち、政府は、昭和55年12月、「経済、外交等の諸施策のうち、安全保障の視点から、総合性及び整合性を確保する上で、関係行政機関において調整を要するものについて協議するため」内閣に総合安全保障関係閣僚会議を設置し、随時協議を実施しているところである。
自衛隊は、わが国の平和と独立を守り、国の安全を保つため、直接侵略及び間接侵略(外国の教唆又は干渉によって引き起こされる大規模な内乱及び騒じょうをいう。)に対し、わが国を防衛することを主たる任務とする防衛力である。
侵略を未然に防止するためには、外交努力を始めとして、経済協力等各種の努力も重要であるが、それだけで侵略を必ずしも防止できるとは限らないので、防衛力によって侵略を抑止し、万一侵略が行われたときはこれを排除することができる態勢を整えておくことが必要である。
自衛隊は、日米安全保障条約に基づいてわが国を防衛する米軍とともに、侵略に対する最後の保障ともいうべきものであって、わが国の平和と安全にとって重要かつ不可欠の機能を果たしている。
また、自衛隊は、間接侵略その他の緊急事態に際し、一般の警察力だけでは対処できない場合、公共の秩序の維持に当たる任務をも有している。
このほか、自衛隊は、天災地変その他の災害に際して、災害救援活動による国民の生命・財産の保護に貢献していることを始めとして、その他の様々な活動を通じて国民生活に幅広く寄与している。さらに、自衛隊は、平素から、領空侵犯に対する措置、わが国の領域及びその周辺海空域における警戒監視等を実施するとともに、自衛隊の種々の任務を有効に遂行し得るよう部隊の練成訓練に努めている。
わが国が精強な自衛隊を保持し、その整備充実のため、厳しい財政事情の下、毎年最大限の努力を行っていることは、わが国に対する侵略を排除する決意と姿勢を示すものであり、侵略を抑止するために必要なことである。
このような努力は、米国のわが国に対する信頼を強め、日米安全保障体制を堅持していく上でも重要であり、極東の平和と安全にも貢献するものである。
自衛隊は核兵器を保有せず、また、その規模や装備等も自衛のため必要な最小限度のものに限られているが、それでは、米ソ両大国がそれぞれ巨大な核戦力と強大な通常戦力を持って対峙している今日の国際軍事情勢の中で、国を守る防衛力としてどのような意義を持っているのであろうか。
米国は、わが国に対しても、核戦力によるものであれ、通常戦力によるものであれ、日本への武力攻撃があった場合、日本を防衛する旨を明言している。
このことは、仮に、わが国を侵略しようとする国がその手段として核兵器の使用を考えたとしても、これを実行すれば、その国にとって強大な核戦力を有する米国との対決という極めて大きな危険を伴うことを意味し、その結果、強力な米国の戦力により大打撃を受けて侵略の継続が困難となるか、それとも米国との全面戦争に突入する危険を冒すかのいずれかの結果とならざるを得ないであろう。したがって、わが国に対する侵略の手段として核兵器を使用することは、その国にとって極めて大きな危険を伴うものであり、容易に決断できることではない。すなわち、信頼性のある日米安全保障体制の下では核を含む米国の抑止力が、わが国に対する核攻撃を強く抑止している。
次に、わが国に対する通常戦力による侵略も、核兵器の使用につながるおそれのあるような規模態様等のものについては、侵略国は、米国との全面対決、ひいては核戦争へと発展するかもしれない危険をも辞さないという覚悟が必要であることから、核を含む米国の抑止力により強く抑止されるものと考えられる。
他方、このような規模態様等ではない通常戦力による侵略で、侵略国が米国との本格的対決を避けつつこれを行い得ると判断するようなものに対しては、米国の核抑止力だけで抑止することは困難である。したがって、このような侵略を抑止し、方一実際に侵略が行われた場合にはこれに対処して、わが国を守るために、通常戦力が果たすべき役割は極めて大きなものがある。精強な自衛隊の保持は、核及び通常戦力から成る米国の抑止力とあいまって、あらゆる態様の侵略を未然に防止するとともに、万一実際に侵略が行われた場合にはこれに対処する上で大きな役割を果たしているものである。
わが国の平和と繁栄及び安全で幸福な国民生活の確保のためには、侵略を未然に防上することが重要である。
侵略を未然に防止するためには、わが国を侵略しようと意図する国に対し、わが国の防衛態勢が堅固であるため、実際に侵略を行っても成功する可能性は少なく、かえって手痛い損害を受けるであろうということを認識させて、その意図を断念させることが必要である。
自衛隊は、日米安全保障体制とあいまって、侵略を未然に防止する抑止力として重要な意義を持っている。このような自衛隊の抑止力は、万一実際にわが国に対する侵略が行われた場合に、独力で、あるいは米軍と共同して侵略を排除することができる強い対処力があって初めて生まれるものである。
(1) わが国は、第2次世界大戦後、再び戦争の惨禍を繰り返すことのないよう決意し、ひたすら平和国家の建設を目指して努力を重ねてきた。恒久の平和は、日本国民の念願であり、この平和主義の理想を掲げる日本国憲法は、第9条に戦争放棄、戦力不保持及び交戦権の否認に関する規定を置いている。
(2) もとより、わが国が独立国である以上、この規定が主権国家としてのわが国固有の自衛権を否定するものでないことは、異論なく認められている。政府は、このようにわが国の自衛権が否定されない以上、その行使を裏付ける自衛のための必要最小限度の実力を保持することは憲法上禁止されているものではないと解しており、専守防衛をわが国防衛の基本的な方針として、実力組織としての自衛隊を保持し、その整備を推進し、運用を図ってきた。
この専守防衛とは、相手から武力攻撃を受けたとき初めて防衛力を行使し、その防衛力行使の態様も自衛のための必要最小限にとどめ、また、保持する防衛力も自衛のための必要最小限のものに限られるなど、憲法の精神にのっとった受動的な防衛戦略の姿勢をいうものである。
(3) 憲法の諸規定のうち、戦争の放棄などを定めた第9条の趣旨についての政府の見解は、次のとおりである。
ア わが国が憲法上の制約の下において保持を許される自衛力は、自衛のための必要最小限度のものでなければならない。
自衛のための必要最小限度の実力の具体的な限度については、そのときどきの国際情勢、軍事技術の水準その他の諸条件により変わり得る相対的な面を有することは否定し得ないが、性能上専ら他国の国土の壊滅的破壊のためにのみ用いられる兵器、例えば、ICBM、長距離戦略爆撃機などはこれを保持することは許されない。
イ 次に、自衛権の発動については、いわゆる自衛権発動の三要件、すなわち、わが国に対する急迫不正の侵害があること、この場合にこれを排除するために他に適当な手段がないこと及び必要最小限度の実力行使にとどまるべきことの三要件に該当する場合に限られる。
ウ わが国が自衛権の行使としてわが国を防衛するため必要最小限度の実力を行使できる地理的範囲は、必ずしもわが国の領土、領海、領空に限られるわけではないが、それが具体的にどこまで及ぶかは個々の状況に応じて異なるので、一概にはいえない。しかしながら、武力行使の目的をもって武装した部隊を他国の領土、領海、領空に派遣するいわゆる海外派兵は、一般に自衛のための必要最小限度を超えるものであって、憲法上許されないと考えている。
エ 国際法上、国家は、集団的自衛権、すなわち、自国と密接な関係にある外国に対する武力攻撃を、自国が直接攻撃されていないにもかかわらず、実力をもって阻止する権利を有しているものとされている。わが国が、国際法上、このような集団的自衛権を有していることは、主権国家である以上当然であるが、憲法第9条の下において許容されている自衛権の行使は、わが国を防衛するため必要最小限度の範囲にとどまるべきものであると解しており、集団的自衛権を行使することは、その範囲を超えるものであって、憲法上許されないと考えている。
オ なお、憲法第9条第2項は、「国の交戦権は、これを認めない」と規定しているが、わが国は、自衛権の行使に当たっては、既に述べたように、わが国を防衛するため必要最小限度の実力を行使することが当然に認められており、その行使は交戦権の行使とは別のものである。
以上に述べた憲法の趣旨に基づいて進められているわが国の防衛政策は、昭和32年5月に国防会議及び閣議で決定された「国防の基本方針」にその基礎を置いている。
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この「国防の基本方針」は、まず、国際協調等平和への努力の推進及び民生安定等による安全保障基盤の確立を、次いで効率的な防衛力を漸進的に整備すること及び日米安全保障条約に基づく日米安全保障体制を基調とすることを基本方針として掲げている(日米安全保障条約については資料13参照)。
わが国は、核兵器については、「持たず、造らず、持ち込ませず」の非核三原則を国是として堅持している。
核兵器の製造・保有は、原子力基本法の規定の上からも禁止されているところであるが、さらに、わが国は、昭和51年6月、核兵器の不拡散に関する条約を批准し、非核兵器国として核兵器を製造しない、取得しないなどの義務を負っている。
自衛隊は、国民の意思にその存立の基礎を置くものであり、国民の意思によって整備・運用されなければならない。
自衛隊は、旧憲法下の体制とは全く異なり、厳格なシビリアン・コントロール(文民統制)の下にある。
シビリアン・コントロールの考え方は、欧米等の民主主義国では早くから根強く保持されており、各国の歴史と伝統の中にはぐくまれ、それぞれの制度と運用の実績を持っている。したがって、シビリアン・コントロールの実態を画一的なものとしてとらえることはできないが、現在の欧米等の民主主義国では、シビリアン・コントロールとは、民主主義政治を前提としての、軍事に対する政治優先又は軍事力に対する民主主義的な政治統制を指すといわれている。
一般的に、軍事力は、本来、国の平和と安全を保障するための重要な手段であるが、その強大な実力の運用を誤れば、逆に大きな不幸を招くおそれを持っている。そのため、欧米等の民主主義国において、このような実力集団を政治が支配・統制するための原理として、シビリアン・コントロールという考え方が重要視されるようになったものである。
わが国の場合は、終戦までの経緯に対する反省もあり、他の民主主義諸国と同様、厳格なシビリアン・コントロールの諸制度を採用した。
まず、自衛隊は、国民の代表たる国会によって、そのコントロールを受けている。自衛隊の定員、組織、予算等の重要な事項は国会で議決され、防衛出動については国会の承認が必要とされていること等のほか、自衛隊の諸問題に関しては絶えず国会で審議されている。
次に、内閣は、国会に提出する法律案や予算案を決定し、政令を制定し、あるいは、防衛にかかわる重要な方針や計画を決定している。この内閣を構成する内閣総理大臣その他の国務大臣は、憲法上文民でなければならないことになっている。内閣総理大臣は、内閣を代表して自衛隊に対する最高の指揮監督権を有しており、自衛隊の隊務を統括する防衛庁長官も、文民である国務大臣をもって充てられる。
内閣には、国防に関する重要事項及び重大緊急事態への対処に関する重要事項を審議する機関として安全保障会議が置かれている(第2部第1章第5節参照)。
さらに、防衛庁では、防衛庁長官が自衛隊を管理し、運営するに当たり、政務次官及び事務次官が長官を助けるのはもとより、基本的方針の策定については、いわゆる文官の参事官が補佐するものとされている。
このように、自衛隊を民主的に管理・運営するためのシビリアン・コントロールの制度は、欧米等の民主主義国と同様わが国においても整備されている。
なお、現代においては、軍事が専門化・高度化する一方、国の安全保障政策における外交、経済等、非軍事分野の重要性・多面性も増大している。このような点を考慮すると、今日、シビリアン・コントロールの制度を運営するに当たっては、政治が軍事を十分に把握し、これを多面的・総合的な安全保障の中にいかに正しく位置付けるかということが極めて重要になっているといえよう。
また、シビリアン・コントロールの制度がその実をあげるためには、政治、行政両面における運営上の努力が今後とも必要であることはもとより、国民全体の防衛に対する深い関心と隊員自身のシビリアン・コントロールに関する正しい理解と行動が必要とされるところである。(観閲式で部隊を巡閲する中曽根総理大臣(昭60.10))
わが国は、「国防の基本方針」に基づき、国力国情に応じた効率的な防衛力の漸進的な整備を図るため、当面の3年又は5年を対象期間とする防衛力整備計画を4次にわたって策定した。これにより、わが国の防衛力は、第2−1表に示すとおり、逐次その充実整備が図られた。そして、第4次防衛力整備計画が昭和51年度をもって終了することに伴い、政府は、昭和51年10月、「防衛計画の大綱」(「大綱」)を国防会議及び閣議において決定した。
「大綱」は、従来の防衛力整備計画のように一定期間内における整備内容を主体とするものではなく、わが国が平時から保有すべき必要最小限の防衛力の水準を明らかにし、防衛力の維持及び運用をも含め、わが国の防衛のあり方についての指針を示し、自衛隊の管理及び運営の準拠となるものである。
昭和52年度以降の防衛力整備は、この「大綱」に従って進められてきた。
「大綱」の構成は、資料12に示すように、目的及び趣旨、
国際情勢、
防衛の構想、
防衛の態勢、
陸上、海上及び航空自衛隊の体制、
防衛力整備実施上の方針及び留意事項から成る本文並びに
目標とする編成、主要装備等の具体的規模を示す「別表」からなっているが、以下において「大綱」の考え方、内容等について述べる。
「大綱」は、「安定化のための努力が続けられている国際情勢及びわが国周辺の国際政治構造並びに国内諸情勢が、当分の間、大きく変化しないという前提」にたっている。そして、このような「大綱」が前提としている国際情勢の基本的枠組みについて、次のように記述している。
核相互抑止を含む軍事均衡や各般の国際関係安定化の努力により、東西間の全面的軍事衝突又はこれを引き起こすおそれのある大規模な武力紛争が生起する可能性は少ない。
わが国周辺においては、限定的な武力紛争が生起する可能性を否定することはできないが、大国間の均衡的関係及び日米安全保障体制の存在が国際関係の安定維持及びわが国に対する本格的侵略の防止に大きな役割を果たし続けるものと考えられる。
次に「大綱」が定める防衛の構想は、以下のとおりである。
(1) 侵略の未然防止
わが国の防衛は、わが国自ら適切な規模の防衛力を保有し、これを最も効率的に運用し得る態勢を築くとともに、米国との安全保障体制の信頼性の維持及び円滑な運用態勢の整備を図ることにより、いかなる態様の侵略にも対応し得る防衛体制を構成し、これによって侵略を未然に防止することを基本とする。
また、核の脅威に対しては、米国の核抑止力に依存するものとする。
(2) 侵略対処
間接侵略事態又は侵略につながるおそれのある軍事力をもってする不法行為が発生した場合には、これに即応して行動し、早期に事態を収拾することとする。
直接侵略事態が発生した場合には、これに即応して行動し、防衛力の総合的、有機的な運用を図ることによって、極力早期にこれを排除することとする。この場合において、限定的かつ小規模な侵略については、原則として独力で排除することとし、侵略の規模、態様等により、独力での排除が困難な場合にも、あらゆる方法による強じんな抵抗を継続し、米国からの協力をまってこれを排除することとする。
「大綱」は、わが国が平時から保有すべき必要最小限の防衛力の水準等の枠組みについて、
防衛上必要な各種の機能を備え、後方支援体制を含めてその組織及び配備において均衡のとれた態勢を保有するものであること。
平時において十分な警戒態勢をとり得るものであること。
限定的かつ小規模な侵略に原則として独力で対処し得るものであること。
情勢に重要な変化が生じ、新たな防衛力の態勢が必要とされるに至ったときには、円滑にこれに移行し得るよう配意された基盤的なものであること。
というように定めるとともに、わが国が保有すべき防衛力は、資料12に掲げる「防衛の態勢」及び「陸上、海上及び航空自衛隊の体制」を備えるものとしている。
なお、「限定的かつ小規模な侵略」とは、「ー般的には、事前に侵略の意図が察知されないよう、侵略のための大掛りな準備を行うことなしに奇襲的に行われ、かつ、短期間のうちに既成事実を作ってしまうことなどを狙いとしたもの」である。
「大綱」の基本的な考え方に基づき保有すべき基幹部隊、主要装備等については、「大綱」の別表において、「大綱」策定時点における周辺諸国の軍備の動向、装備体系等を前提として、その枠組みを明示している。
3において述べたように「大綱」は、限定的かつ小規模な侵略に原則として独力で対処し得る効率的な防衛力を保有することを主要な目標としている。
この限定小規模侵略の規模・内容等は、諸外国の軍備の動向、技術的水準の動向等により、変動する面がある。この点については、以下の考え方で対応することが可能である。
まず、「大綱」は、別表において、防衛力の規模を、基幹部隊、主要装備等について示すとともに、その枠内で、質的な充実向上に配意することとしており、これによって相当長期間にわたり、情勢の変化に弾力的に対応して、最も有効かつ効率的な防衛力を整備、維持し得る仕組みとなっている。
また、諸外国の技術的水準の動向等に対応するため、装備体系等を変更する必要が生じた場合には、安全保障会議及び閣議の審議、決定を経て、別表の内容を変更することも可能である。
この場合、仮に、別表の内容を変更したとしても、直ちに、本文で示されている「限定的かつ小規模な侵略までの事態に有効に対処し得る防衛力を保有すること」などの「大綱」の基本的考え方を見直したことにはならない。
なお、この場合の変更の内容も、無制限ということではなく、「大綱」の基本的考え方の枠内で行われるものである以上、おのずから限度があるものと考えている。
ただし、政府は、現在の別表の枠組みの中で「大綱」水準の達成を図ることを目標に中期防衛力整備計画を策定し、国の他の諸施策との調和を図りつつ、その着実な実施に努めているところであり、現在、「大綱」の基本的考え方の見直しはもちろん、別表の修正も考えていない。(「防衛計画の大綱」別表)
「大綱」は、防衛力整備の「具体的実施に際しては、そのときどきにおける経済財政事情等を勘案し、国の他の諸施策との調和を図りつつ」これを行うものとしている。
なお、当面の各年度の防衛関係費の規模については、政府としての総合的な見地から、この「大綱」とは別に、昭和51年11月、国防会議及び閣議で「防衛力整備の実施に当たっては、当面、各年度の防衛関係経費の総額が当該年度の国民総生産の100分の1に相当する額を超えないことをめどとしてこれを行うものとする」ことが決定されている。
防衛関係費の国民総生産に占める比率は、経済成長の鈍化等もあって近年上昇し、昭和61年度当初予算において、その比率は0.993%となり、防衛関係費と昭和61年度の国民総生産の100分の1に相当する額との隙間は、約235億円となっている。
以上述べたように、「大綱」はわが国の防衛のあり方についての指針であり、平時における基盤的なものとして必要最小限の防衛力の水準を定め、節度ある防衛力整備の方針を示すとともに、防衛力がどこまで増強されるのかといった国民の不安にもこたえているものである。
一方、第1部で述べたように、わが国の北方領土を含め、極東におけるソ連の軍事力は、10年前の「大綱」策定時に比べ、顕著に増強されており、わが国周辺における国際軍事情勢は厳しさを増している。他方わが国の防衛力は、わが国が平時から保有すべき必要最小限の防衛力の水準として定められた「大綱」の水準に到達していないのが現状である。したがって政府としては、この水準をできる限り早く達成することが急務であると考え、防衛力の整備を推進することとしている。
日米安全保障体制は、わが国の防衛の基調をなすものであり、わが国の安全保障にとって必要不可欠の要素である。
わが国の平和と独立を確保するためには、核兵器の使用を含む全面戦から通常兵器によるあらゆる態様の侵略事態、さらには軍事力による示威、恫喝といった事態に至るまで、考えられる各種の事態に対応することができ、その発生を未然に防止するための隙のない防衛態勢を構築する必要がある。しかし、わが国独自でこのような態勢を築くことは不可能であることから、核の脅威に対する抑止力や通常兵器による大規模侵略に対する対処能力など、わが国防衛力の足らざるところを米国との安全保障体制に依存することとしている。
わが国は、昭和26年9月、「日本国との平和条約」に署名するとともに、米国と「日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約」(いわゆる旧安保条約)に署名し、これらの条約は、翌昭和27年4月に発効した。
この時期、米ソ両国の対立は、既に激化しており、わが国周辺地域においても、昭和25年に勃発した朝鮮戦争が継続しているなど、国際軍事情勢は厳しいものがあり、戦後の復興の緒について間もないわが国にとって、国の平和と独立を守るため、米国との安全保障条約を締結することは、わが国にとってどうしても必要であり、また、最も賢明な方法であった。
このような状況を背景として締結された旧安保条約は、米軍のわが国における駐留権に重点が置かれ、また、米軍は極東における国際の平和と安全の維持に寄与し、並びに外国による教唆または干渉によって引き起こされたわが国における大規模の内乱及び騒じょうを鎮圧するため、わが国政府の明示の要請に応じて与えられる援助を含めて、外部からの武力攻撃に対するわが国の安全に寄与するために使用することができることとなっていた。
わが国は、昭和29年7月に自衛隊を設置し、自衛力の整備に着手していたが、国際軍事情勢等を考慮すれば、引き続き米国との安全保障体制をわが国の国防の基調とすることが必要であったため、昭和32年5月「国防の基本方針」(第2部第2章第1節参照)を決定し、その中でこの基本的な立場を明確にした。
ところで、昭和26年に署名された旧安保条約は、講和条約締結当時の特殊な状況の下に締結されたものであったため、わが国の実情に一層よく合うよう、わが国は条約の改定を提議し、昭和35年1月、新たに「日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約」に署名した。
この改定においては、旧安保条約に規定されていた米軍の内乱出動条項を削除し、米国の日本防衛義務を明示するとともに、有効期間について10年の後は1年の予告をもっていずれの当事国も条約を廃棄できることを規定した。また、わが国に駐留する米軍の一定規模以上の増加、核兵器のわが国への持ち込み、戦闘作戦行動(わが国防衛のためのものを除く。)のための基地としての施設及び区域の使用については、これらの行動が、わが国の意思に反して一方的に行われることのないよう、別に交換公文をもって米国政府による日本国政府との事前協議を義務づけた。いわゆる在日米軍の地位に関する行政協定も同時に現行の地位協定に改定された。さらに、これらの改定のほかに、日米両国間の政治、経済上の関係も明らかにされ、日米両国が「平和的かつ友好的な国際関係の一層の発展に貢献する」とともに「両国の間の経済的協力を促進する」として政治及び経済面での協力を一層発展させようとの考えを明らかにした。
(1) 日米安全保障条約に基づく日本の防衛(日米安全保障条約第5条)
日米安全保障条約は、その第5条において、日米両国は、「日本国の施政の下にある領域における、いずれか一方に対する武力攻撃が、自国の平和及び安全を危うくするものであることを認め、自国の憲法上の規定及び手続きに従って共通の危険に対処するように行動することを宣言する」と規定し、わが国への武力攻撃があった場合において、日米両国が共同対処することを定めている。この米国の日本防衛義務を中核とする日米安全保障体制によって、わが国に対する外部からの武力攻撃は、精強な自衛隊のみならず、米国の強大な軍事力とも直接対決する可能性を有することとなり、侵略国は相当の犠牲を覚悟しなければならないため、侵略をちゅうちょせざるを得なくなり、結果的に侵略の未然防止につながることとなる。また、仮に武力侵略が行われるとしても、侵略国は、米国との本格的な対決を避けるような侵略態様を選ばざるを得なくなり、この結果、侵略の規模、手段、期間などが限定されることとなろう。
なお、この条約の下で、米国は、日本に対する武力攻撃がなされた場合、日本防衛の義務を負っているが、わが国の施政の下にある領域以外の場所で米国が攻撃されても、わが国はこれを防衛する義務を負わないこととなっている。この点は、わが国が憲法上、集団的自衛権を行使し得ないことによるものである。
(2) 施設及び区域の提供(日米安全保障条約第6条)
日米安全保障条約は、その第6条において、「日本国の安全に寄与し、並びに極東における国際の平和及び安全の維持に寄与するため、アメリカ合衆国は、その陸軍、空軍及び海軍が日本国において施設及び区域を使用することを許される」と規定し、わが国と極東の平和を維持するため、米軍がわが国の施設及び区域を使用することを認めている。同条に基づき、米国はその軍隊をわが国に駐留させているが、この在日米軍のプレゼンスは、わが国の安全に大きく寄与しているのみならず、極東の平和と安全の維持にも寄与しているところである。
(3) 他の分野での友好協力関係
また、この条約は、「日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約」という名称にも表れているとおり、防衛面の規定のほかに、経済的協力関係の促進等についても規定している。
米国との間の緊密な友好協力関係の保持は、わが国の安全はもちろんその発展と繁栄のために必要不可欠なものであり、これまでわが国の経済的発展と国民生活の大幅な向上に寄与したことは、疑いのないところである。(第2−1図)
日米安全保障条約が有効に機能するためには、この条約に基づき、有事及び平時において日米間で緊密な協力が行われなければならない。このため、日米間で「日米防衛協力のための指針」が作成され、昭和53年11月に開催された第17回日米安全保障協議委員会(第3部第3章第1節参照)は、「指針」の報告を受け、これを了承した。次いで、国防会議及び閣議に外務大臣及び防衛庁長官から報告されるとともに、防衛庁長官から「この指針に基づき自衛隊が米軍との間で実施することが子定されている共同作戦計画の研究その他の作業については、防衛庁長官が責任をもって当たることとしたい」旨の発言があり、いずれも、了承された。
「指針」は、次のことを前提条件としている。
(1) 事前協議に関する諸問題、日本の憲法上の制約に関する諸問題及び非核3原則は、研究・協議の対象としない。
(2) 研究・協議の結論は、日米安全保障協議委員会に報告し、その取扱いは、日米両国政府のそれぞれの判断にゆだねられるものとする。この結論は、両国政府の立法、予算ないし行政上の措置を義務付けるものではない。
「日米防衛協力のための指針」の概要は、次のとおりである。
(1) 前文
この「指針」は、日米安全保障条約及びその関連取極に基づいて日米両国が有している権利及び義務に何ら影響を与えるものではない。
この「指針」が記述する米国に対する日本の便宜供与及び支援の実施は、日本の関係法令に従う。
(2) 侵略を未然に防止するための態勢
ア 日本は、自衛のために必要な範囲内において適切な規模の防衛力を保持し、かつ、施設・区域の安定的効果的使用を確保する。
米国は、核抑止力を保持するとともに、即応部隊を前方展開し、来援し得るその他の兵力を保持する。
イ 共同の対処行動を円滑に実施し得るよう、日本防衛のための共同作戦計画についての研究を行う。
ウ 作戦、情報及び後方支援の事項につき、共通の実施要領を研究する。
エ 日本防衛に必要な情報を作成し、交換する。
オ 必要な共同演習及び共同訓練を実施する。
カ 補給、輸送、整備、施設等後方支援の各機能について研究を行う。
(3) 日本に対する武力攻撃に際しての対処行動等
ア 日本に対する武力攻撃がなされるおそれのある場合
(ア) 必要と認められるときは、自衛隊と米軍との間に調整機関を開設する。
(イ) 作戦準備に関し、共通の準備段階をあらかじめ定めておき、両国政府の合意によって選択された準備段階に従い、それぞれが必要と認める作戦準備を実施する。
イ 日本に対する武力攻撃がなされた場合
(ア) 日本は、原則として、限定的かつ小規模な侵略を独力で排除し、侵略の規模、態様等により独力で排除することが困難な場合には、米国の協力をまって、これを排除する。
(イ) 自衛隊は主として日本の領域及びその周辺海空域において防勢作戦を行い、米軍は自衛隊の行う作戦を支援し、かつ、自衛隊の能力の及ばない機能を補完するための作戦を実施する。
(ウ) 自衛隊及び米軍は、緊密な協力の下に、それぞれの指揮系統に従って行動する。
(エ) 白衛隊及び米軍は、緊密に協力して情報活動を実施する。
(オ) 自衛隊及び米軍は、効率的かつ適切な後方支援活動を緊密に協力して実施する。
(4) 日本以外の極東における事態で日本の安全に重要な影響を与える場合の日米両国間の協力
両国政府は、情勢の変化に応じ随時協議する。また、両国政府は、日本が米軍に対して安全保障条約その他の関係取極及び日本の関係法令に従って行う便宜供与のあり方について、あらかじめ相互に研究を行う。
日米安全保障体制の信頼性を維持向上し、いかなる場合においても有効に機能させることが、わが国の安全をより確実に保障するための必須の条件である。
昭和26年日米安全保障条約締結以来、日米両国はあらゆる機会をとらえて間断のない対話を行うことにより相互信頼と協調関係の確立を図るとともに、それぞれ応分の責任を果たしつつ、同体制が有効に機能するような態勢の確保に努めてきたところである。
特に、昭和53年日米間で「日米防衛協力のための指針」が策定されたのを契機にして、両国の協力体制は一段と緊密さを増し、逐年その具体化に向けて進展することとなった。このような現状は、昨年6月加藤防衛庁長官がワインバーガー国防長官との日米防衛首脳定期協議の席で述べた「過去10年間の『模索の時代』を経て、日米防衛協力の土台はようやく固まってきたと言える。これまでの実績を土台として日米防衛協力が名実共に有効な抑止力として機能する『定着の時代』とすべく、内容の充実に向けて日米両国が相互協力に一層の努力を払う時期に来ていると思う」という言葉によって示されている。
すなわち、現在、日米間においては、「日米防衛協力のための指針」に基づき日米共同作戦計画の研究等が進められており、また、平素から自衛隊と米軍との間の相互理解を深め、有事における日米共同対処行動の円滑な実施の資とすべく、日米共同訓練の充実が図られている。日米共同訓練にあっては、陸、海、空統合レベルの共同訓練も行われるようになった。
また、わが国としては、米軍がわが国への駐留に関連して負担する経費の軽減について現行の地位協定の範囲内でできる限りの努力を続けているとともに、在日米軍の駐留を円滑にするため種々の施策の実施に努めており、空母艦載機の着陸訓練場の確保の問題や池子の米軍家族住宅の建設問題などについてもその解決に努力している。
さらに、米国の要請に応じ、防衛分野における技術の相互交流の一環として米国に武器技術を供与する途を開いたところであり、現在具体的な供与について日米間の協議が進められているところである。
一方、米国においても極東における軍事バランスの改善に努め、米国のコミットメントの意思を明確にして、日米安全保障体制の信頼性の維持向上を図ろうとしているところである。これらの一環として、米国は昨年4月、青森県三沢飛行場に戦闘機F−16の配備を開始し、既に1個飛行隊が配備された。
なお、以上のように進展してきた「日米防衛協力」の現状については、第3部第3章で更に詳しく述べる。
(注) 地位協定:日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約第6条に基づく施設及び区域並びに日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定
わが国に対する侵略の規模態様については、そのときの国際軍事情勢やわが国の防衛態勢、侵略国の意図等によって様々なものがあり得ようが、わが国の地理的特性から判断すれば、わが国に対する武力攻撃の主要な形態としては、陸・海・空戦力をもってする着上陸侵攻、
海・空戦力をもってする領域攻撃、
海・空戦力をもってする海上交通妨害、また、
これらが複合したものなどが考えられる。
わが国に対して、万一このような形態の武力攻撃が行われた場合、陸・海・空各自衛隊は、相互に緊密な連係の下に、それぞれが持つ特性・能力を十分発揮してわが国の防衛に当たる。
また、日米安全保障条約に基づいて自衛隊と米軍とが共同して、わが国の防衛に当たることはいうまでもないが、日米共同の防衛作戦については第2節において述べる。
わが国に対する直接侵略が行われる場合、わが国の地理的特性と近代戦の様相から、わが国に対する侵攻は、まず航空機による攻撃で開始され、この航空攻撃は、武力侵攻が続いている期間中、反復して行われる可能性が大きいと考えられる。防空作戦の成否は、その後の防衛作戦全般に影響するところが非常に大きいため、各種の困難を克服して有効な防空作戦を遂行することは、わが国の防衛上必要不可欠の条件である。
わが国の防空は、政治・経済・防衛上等の重要地域を守るために航空自衛隊が主体となって行う全般的な防空と、陸・海・空各自衛隊がそれぞれの基地や部隊等を守るために行う個別的な防空とに区分することができる。
全般的な防空作戦は、侵攻してくる敵の航空機をできるだけわが国の領域外で要撃し、また、可能な限りわが国の要地・要域が攻撃される前に撃破して国土と国民の被害を防ぎ、敵に航空優勢を獲得させず、防衛作戦の遂行能力を確保するとともに、敵の航空戦力に侵攻の都度大きな損耗を強い、わが国に対する航空攻撃の継続を困難にさせることを目的とする。
この全般的な防空作戦は、レーダーサイトや早期警戒機により、侵攻してくる敵の航空機を早期に発見、識別し、味方の戦闘機及び地対空ミサイルに対する目標の割当て、要撃管制等を迅速かつ効果的に行い得る航空警戒管制部隊等、
機動力と運用の柔軟性に優れ、特に遠距離、広範囲における防空に適した高性能の要撃戦闘機部隊、
迅速な対処が可能で、特に要地・要域の防空に適した地対空ミサイル部隊などの有する各種の防空機能を有機的に組み合わせ、組織的かつ総合的に実施される(第2−2図参照)。
なお、その際、陸上自衛隊のホークミサイル部隊が、全般的な防空の一翼を担うことになる。
さらに、各自衛隊の基地や部隊等が航空攻撃を受けた場合に各自衛隊が個別的に実施する防空は、自らを防護してその防衛作戦遂行能力を維持するために必要であるばかりでなく、これにより多数の敵の航空機を撃破することにより、全般的な防空とあいまって、防空作戦の効果を増大させるものである。
着上陸侵攻は、侵略国が領土の占領等の目的で、海・空戦力を使用しつつ、地上部隊等を海を隔てた相手国の国土に着陸又は上陸させて侵略する侵攻形態である。これは直接わが領土を支配しようとするものであり、国土が戦場となる重大事態となるので、侵攻を撃退し得る防衛能力を保持することにより、これを抑止するとともに、侵略が生起した場合には、速やかに排除することが重要である。
四面環海の島国であるうえ、陸・海・空の各自衛隊を保有するわが国に対して着上陸侵攻を行おうとする場合には、地上部隊等をいきなり侵攻させることは容易でないため、敵は、航空優勢及び海上における優勢の確保を図るとともに、艦船、航空機などを用いて、地上部隊等のわが国土への侵攻を図ることが予想される。
わが国に対する着上陸侵攻が行われる場合、陸・海・空の防衛力をもって、敵の侵攻をできる限り洋上で撃破し、わが国土に直接被害が及ばないように努めることは当然である。
自衛隊は、海上自衛隊の艦艇等による攻撃、航空自衛隊の支援戦闘機等による航空阻止、陸上自衛隊の対艦ミサイル等による射撃などにより、敵地上部隊等がわが国土に侵攻する以前に撃破して着上陸侵攻を阻止することに努める。
洋上で侵攻部隊に打撃を与えても、なお有力な敵の地上部隊等がわが国土に上陸してくる場合、陸上自衛隊の部隊は、海岸の地形・地物や応急陣地に拠って、対舟艇ミサイルその他各種の火器、地雷等により、上陸用舟艇等で上陸してくる敵に対し水際防御に努める。さらに、敵が上陸してきた場合には、海岸に近い地域において、陸上自衛隊の師団その他の基幹部隊を主力とする各種の防衛力を集中し、海・空自衛隊も協力して、敵を撃破し、わが国土から排除する。また、敵の空挺攻撃やへリボン攻撃に対しては、陸・空各自衛隊の防空作戦等により、敵の降着前から撃破を図るとともに、降着後は、陸上自衛隊が火力と機動打撃力をもって敵降着部隊を撃破する(第2−3図参照)。
万一敵地上部隊等を沿岸地域で早期に撃破し得なかった場合には、内陸部に通ずる要地において、わが国土の地形を利用して持久作戦を行い、この間に、他の地域から部隊を集結し、反撃態勢を整え、侵略を排除することとしている。
四面を海に囲まれた狭小な国土に多くの人口を抱え、資源、エネルギー、食糧等の大部分を海外に依存するわが国がその生存と発展を続けていくためには、わが国の生命線ともいえる海上交通の安全が確保されることが重要である。また、有事の際における継戦能力の保持という観点からも、海上文通の安全確保が必要である。
敵が、わが国の海上交通を妨害しようとする場合には、潜水艦や航空機を使用してわが国周辺の海域を航行する船舶を攻撃し、また、状況や場所によっては、水上艦艇を使用することや機雷を敷設することもあり得よう。
これに対し自衛隊は、哨戒、護衛、防空、港湾・海峡の防備等、各種の作戦を実施することにより、敵兵力を阻止しあるいは漸減させ、敵の有効な作戦を阻止すること等の累積効果によって、海上交通の安全確保に当たることになる。
すなわち、固定翼対潜機による周辺海域の広域哨戒及び艦艇による船舶航行の要域の哨戒により、外洋に展開してわが船舶を攻撃しようとする敵艦艇を制圧するとともに、必要に応じて艦艇及び固定翼対潜機により、船舶の護衛を実施する。なお、この際、わが潜水艦も、哨戒及び敵潜水艦、水上艦の撃破等の作戦を単独で実施する。
哨戒及び護衛においては、脅威の態様に応じて、海上自衛隊は、対潜戦、対水上戦及び防空戦を実施する。
また、船舶の出人の多い重要港湾付近の沿岸海域においては、対潜戦、敵機雷を除去する対機雷戦等を実施し、敵潜水艦等による攻撃や機雷敷設に対処する。さらに、主要な海峡を通過しようとする敵潜水艦及び水上艦艇に対しては、海上自衛隊は、対潜戦、対水上戦等や場合により機雷敷設戦を実施することによって、その通峡阻止に努める。その際、陸上及び航空自衛隊はこれに協力する。
なお、洋上での防空については、海上自衛隊の護衛艦部隊が防空戦を実施するほか、航空自衛隊がその能力の及ぶ範囲で防空作戦を行うことになる。護衛艦部隊による防空戦は、各種の艦対空ミサイルや高性能の対空砲等によって敵の航空機の撃破に努めるとともに、飛来してくる敵の空対艦ミサイルそのものを破壊し、あるいは電波妨害等によってこれを回避するなど縦深的に行われる(第2−4図)(第2−5図参照)。
(注) 要撃戦闘機:来襲する敵航空機を迎え撃ち、空対空ミサイルや機関砲によって撃墜することを主任務とする戦闘機
(注) 航空阻止:主として支援戦闘機により、洋上においては艦船攻撃を行って侵攻兵力を撃破(洋上撃破)し、また、着上陸した部隊に対しては敵の後方連絡線、資材集積所、交通要路などに対する航空攻撃を行い、侵攻部隊の作戦遂行能力の減殺を図る作戦をいう。
日米共同の防衛作戦構想については、「日米防衛協力のための指針」に示されており、また、この指針に基づき、現在日米間で研究が続けられている。この節では、「指針」に示されているところに従い、日米共同の防衛作戦構想について説明する。
わが国に対して武力攻撃がなされた場合について、「指針」は、「日本は、原則として、限定的かつ小規模な侵略を独力で排除する。侵略の規模、態様等により独力で排除することが困難な場合には、米国の協力をまって、これを排除する」としている。わが国に対して武力攻撃がなされたときは、日米安全保障条約に基づき侵略の排除のための日米間の協力が行われることになる。
現実に日米共同の防衛作戦を実施する場合、「指針」によれば、「双方は、相互に緊密な調整を図り、それぞれの防衛力を適時かつ効果的に運用する」こととされ、また、「自衛隊は主として日本の領域及びその周辺海空域において防勢作戦を行い、米軍は自衛隊の行う作戦を支援する。米軍は、また、自衛隊の能力の及ばない機能を補完するための作戦を実施する」とされている。
この場合、「自衛隊及び米軍は、緊密な協力の下に、それぞれの指揮系統に従って行動する」こととされ、また、「自衛隊及び米軍は、調整機関を通じ、作戦、情報及び後方支援について相互に緊密な調整を図る」こととされている。
「指針」に示されている、陸上、海上、航空の各作戦構想は、以下のとおりである。なお、これらの各作戦を実施するに当たり、自衛隊及び米軍は、情報、後方支援等の諸活動について必要な支援を相互に与えることとされている。
陸上自衛隊及び米陸上部隊は、日本防衛のための陸上作戦を共同して実施する。
陸上自衛隊は、阻止、
持久及び
反撃のための作戦を実施する。米陸上部隊は、必要に応じて来援し、反撃のための作戦を中心に陸上自衛隊と共同して作戦を実施する。
海上自衛隊及び米海軍は、周辺海域の防衛のための海上作戦及び海上交通の保護のための海上作戦を共同して実施する。
海上自衛隊は、日本の重要な港湾及び海峡の防備のための作戦、
周辺海域における対潜作戦、
船舶の保護のための作戦等を主体となって実施する。
米海軍部隊は、海上自衛隊の行う作戦を支援し、また、
機動打撃力を有する任務部隊の使用を伴うような作戦を含め、侵攻兵力を撃退するための作戦を実施する。
航空自衛隊及び米空軍は、日本防衛のための航空作戦を共同しで実施する。
航空自衛隊は、防空、
着上陸侵攻阻止、
対地支援、
航空偵察、
航空輸送等の航空作戦を実施する。
米空軍部隊は、航空自衛隊の行う作戦を支援し、また、
航空打撃力を有する航空部隊の使用を伴うような作戦を含め、侵攻兵力を撃退するための作戦を実施する。