第1部

世界の軍事情勢

第1 章全般的な軍事情勢

第1節 軍事面からみた世界の構造

 世界の軍事情勢は、第2次世界大戦後今日まで、政治・経済体制及びイデオロギーを異にする米国及びソ連をそれぞれ中心とする東西集団安全保障体制の軍事的対峙を基本的枠組みとして推移してきている。

 ソ連は、強力な戦略核及び中距離核等の核戦力を保持するとともに、ヨーロッパから極東に至る自国領土、東欧諸国等に膨大な地上戦力及び航空戦力を配備しているほか、自国周辺の海域はもとより、アメリカ近海、太平洋、大西洋、インド洋、南シナ海、地中海などの遠隔地にまで海上戦力を展開させている。

 これに対し、米国は、戦略核、中距離核等の核戦力を保持し、同盟国に対し、いわゆる核の傘を提供しつつ、同盟国に対する防衛コミットメントの裏付けとして、ヨーロッパからアジアに至るソ連周辺地域に所在する同盟国に、地上戦力及び航空戦力を配備し、また、太平洋、大西洋、インド洋、地中海などの主要な海域に海上戦力を配備している。

 このように、米ソ両大国を中心とする東西両陣営の軍事的対峙は、グローバルな規模のものとなっている。第2次世界大戦後現在に至るまでの間には、「ベルリン封鎖」や「キューバ危機」のような危機が生じたこともあったが、米国を始め自由主義諸国が信頼し得る抑止力の維持、強化に努めてきたこともあり、核戦争及びそれに至るような大規模な軍事衝突は幸いにして今日まで回避されてきた。

 しかしながら、ソ連は、1970年代のいわゆるデタント期において米国が国防努力を抑制していた間も、一貫して軍事力を増強してきたため、その蓄積効果には、近年特に顕著なものがある。さらに、ソ連は、このような軍事力増強を背景として、中東、アフリカ、東南アジア、中米等への勢力伸長に努めている。これらの地域は、領土、民族、宗教、イデオロギー等多くの紛争要因を抱えた不安定な地域であるため、ソ連の進出の格好の目標となっている。他方、自由主義諸国にとっても、これらの地域は、その生存と繁栄に不可欠な石油や希少金属を始め各種資源・エネルギーの供給地であることから、これらの地域における平和と安定の確保は、世界の平和と安定にとって極めて重要となっている。

 これらのことから、現下の国際軍事情勢には、厳しく、複雑かつ流動的なものがある。このような認識に立って、米国は、抑止力の維持、強化を図るため、戦力の全般的な近代化と態勢の強化に努めており、その効果も徐々に現れ始めている。また、米国以外の自由主義諸国も、それぞれの立場に応じて防衛力の強化に努めている。同時に、米国を始めとする自由主義諸国は、このような国防努力を背景に、より低いレベルでの軍事力の均衡を目指して、ソ連に対し、実質的かつ公正で検証可能な軍備管理・軍縮に応ずるよう求めている。

第2節 米ソを中心とする東西対立の経緯

 第2次世界大戦後今日に至る約40年間の国際軍事情勢は、米ソを中心とする東西間の対立と協調を中心に推移してきた。その間ソ連は、核戦力及び通常戦力両面にわたり著しい軍事力の増強を図り、これを背景として第三世界への勢力拡張を行ってきた。

 そこで、この節では、改めてこれまでの東西対立の経過を振り返ってみることとしたい。

(1) 米ソ両国は、第2次世界大戦中は協力関係にあったが、もともと両国の信奉するイデオロギーには基本的な相異があり、両国間の対立は、その戦後処理をめぐって顕在化した。

 ソ連は、この大戦終了後も強大な軍事力を維持し、その軍事力を背景として東欧諸国等に勢力の浸透を図り、その結果、東欧には次々に社会主義国家が誕生した。

 米国は、このようなソ連の勢力拡張に対抗して、自由と民主主義の下における平和と安定を維持するため、西欧諸国の復興を助けるとともに、ソ連による「ベルリン封鎖」の発生等冷戦が激化する中で、北大西洋条約を締結して西欧自由主義諸国の集団安全保障体制を構築し、その抑止力の強化を図った。他方、ソ連も、ワルシャワ条約を締結し、その軍事体制固めを行った。

 一方、アジアにおいても、ソ連は、北朝鮮、中華人民共和国に対しその影響力を拡張していった。1950年には、朝鮮戦争が勃発し、ソ連を中心とする共産主義陣営に対する防衛態勢の確立の必要性を痛感した自由主義諸国と米国は、安全保障条約を締結するに至った。

 このようにして、米ソ両国の対立は、戦後間もなく両国を中心とする東西両陣営の対立に発展し、現在の世界の軍事情勢の基本的枠組みが形成された。

(2) 第2次世界大戦後、自由主義諸国の通常戦力は劣勢にあったものの、米国の戦略爆撃機を主体とする核戦力の絶対優勢は、1949年のソ連の原爆開発後も続いた。このような核戦力を背景に、米国は、この時代には、核の圧倒的報復力により自ら選択する場所と手段で報復するとの姿勢を示すことにより侵略を抑止しようとする「大量報復戦略」を採用していた。この間、米国は、1952年に水爆実験に成功したが、ソ連も、翌年には水爆実験に成功した。さらに、ソ連は、1957年に大陸間弾道ミサイル(ICBM)実験、スプートニク人工衛星打ち上げに成功して、この分野において米国に一歩先んずるに至った。

 こうして、ソ連が通常戦力の圧倒的優位に加え、米本土を攻撃可能なICBMの開発を行ったことなどもあって、米国の「大量報復戦略」の信頼性の低下が懸念されるところとなった。このため米国は、1961年には、戦略核、非戦略核及び通常戦力を有機的に整備し、いかなる攻撃に対しても柔軟に対応し得る態勢を保持することにより、あらゆる侵略を抑止しようとする「柔軟反応戦略」を打ち出した。

(3) 1962年、ソ連がキューバに核ミサイルを配備しつつあることが判明し、米国は、キューバからの核兵器の撤退を要求して海上隔離を行った。この「キューバ危機」における米ソの武力衝突の回避は、当時の米国の核戦力及び海上戦力の圧倒的優位を示すものであったが、ソ連は、この事件において後退を余儀なくさせられた苦い経験を一つの大きな契機として、大幅な軍事力の増強を開始した。また、ソ連は、1956年のハンガリー動乱後10年余を経過した1968年のチェコスロバキアへの軍事介入にみられるように、ソ連圏の内部結束を強めて行った。そしていわゆるデタントが最高潮に達し、また、ベトナム戦争やその影響等により、米国の国防努力が抑制されていた1970年代前半においても中断することなく軍事力増強を継続していった。

 他方、アジアにおいては、1950年代末に中ソ両国間の対立が表面化し、1969年の中ソ国境紛争を契機として対立が決定的となり、かかる状況の下、1970年代初め、米中両国は接近するに至った。

(4) ソ連は、第2次世界大戦後1960年頃までは、伝統的にヨーロッパ方向を主たる正面として兵力を展開し、東欧諸国に勢力拡張を図ってきた。その後ソ連軍の増強は、極東などの東方向に対しても顕著となり、ヨーロッパ、極東の2正面も含めグローバルな軍事態勢を強化していった。

(5) さらに、ソ連は、デタントにより東西関係が協調的に推移していた1970年代を通じ、これらのグローバルな軍事的プレゼンスを背景に、中東地域等の第三世界に対し政治的影響力の拡大を図っていった。すなわち、1970年代後半に起きたアンゴラ内戦、エチオピア・ソマリア紛争、南北イエメン紛争等に際しては、これらに乗じて軍事援助やキューバ兵の派遣等により中東、アフリカに進出していった。そして1979年には、政治的混乱に陥っていたアフガニスタンに直接軍事介入した。この介入は、ソ連が勢力拡張を図るためには、東欧圏以外の地域に対しても軍事力の行使をちゅうちょしないこと及びその能力を現実に有していることを証明するに十分なものであった。このようなソ連の一貫した軍備増強と勢力拡張に対して、米国を中心とする自由主義諸国に芽生えつつあった対ソ警戒心は、ソ連のアフガニスタンへの軍事介入によって非常な高まりをみせ、東西関係は極度に悪化した。

(6) こうした状況の下で、米国は、対ソ軍事バランスを維持するため米国自身の国防努力を強化するとともに、わが国を含む自由主義諸国の一層の国防努力を期待するに至った。特にレーガン政権は、「強いアメリカの復活」を目指して、経済の立て直しに努めるとともに国防力の増強による抑止力の信頼性の維持、向上に乗り出している。また、同政権は、1983年核兵器に対する非核の防御手段についての研究計画として戦略防衛構想(SDI)を提唱し、同盟諸国にSDI研究への参加を呼びかけている。

(7) 米国を始めとする自由主義諸国が結束を強め、また、防衛力の強化に努力したこともあって、ソ連ほ昨年3月、1年3か月ぶりに軍備管理・軍縮交渉のテーブルに戻った。さらに昨年11月米ソ首脳会談が開かれ、東西間の対話に進展の兆しが見られたが、軍備管理・軍縮の分野において具体的合意に達するためには紆余曲折が予想される。一方、ソ連の軍事力増強、近代化のすう勢に変化ほ見られず、こうした中にあって自由主義諸国は、東西対話の進展を図りつつ、抑止力の信頼性の維持・強化に努めている。

第3節 ソ連の軍事力増強と勢力拡張

 ソ連は、軍事力の増強を国策の最優先課題の一つとしてきているが、その結果、今日では、核戦力及び通常戦力のいずれの分野においても、米国に十分対抗し得る戦力を築き上げるに至った。

 ソ連は、一方では、いわゆる平和攻勢により米国とその同盟国との分断を図りつつ、自らは、経済成長率の低迷、石油供給力の伸び悩み、あるいは労慟力の不足等、最近の構造的な経済困難にもかかわらず依然として軍事力増強を継続している。本年3月、ゴルバチョフ政権下で行われた第27回ソ連共産党大会で採択された新しい党綱領も、「ソ連共産党は、ソ連軍が帝国主義勢力の戦略的優位を許さぬ水準に維持され、ソビエト国家の防衛力が全面的に改善され、社会主義兄弟諸国の軍隊の戦闘的共同体が強化されるよう全力を尽くすであろう」と述べ、この路線に変更がないことを内外に明らかにしている。

 また、ソ連は、軍事力をその対外政策遂行の不可欠の手段としており、巨大な軍事力を背景に政治的影響力の増大に努めている。

1 ソ連の軍事力増強

(1) 核戦力

ア 戦略核戦力

 ソ連の戦略核戦力は、大陸間弾道ミサイル(ICBM)、潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)及び戦略爆撃機で構成されているが、これまで特にICBM及びSLBMを重視してその増強に努めた結果、1960年代末にはICBMの、また1970年代前半にはSLBMの発射基数において米国を上回るに至った(第1−1図参照)。

 近年に至って、ソ連は、戦略核戦力の量的優位に加え、ICBMの命中精度の大幅な向上、多目標弾頭(MIRV)化及びSLBMの射程の延伸、MIRV化等、質的改善の面でも顕著な向上をみせている。

 この結果、ソ連は、理論的には、SS−18及びSS−19の弾頭の一部による先制攻撃によっても、米国の大部分の現有ICBMサイロを破壊し得る能力を有するに至っており、米国のICBMの脆弱化が問題となっている。

 また昨年、ソ連は、新型ICBMとして、残存性が高い路上移動型の単弾頭搭載のSS−25の配備を開始したが、さらに、鉄道移動型のMIRV搭載のSS−X−24の配備を準備中といわれる。

 SLBMについては、SS−N−20SLBMを搭載したタイフーン級弾道ミサイル搭載原子力潜水艦(SSBN)の実戦配備を進めている。SS−N−20は、バレンツ海やオホーツク海のようなソ連本土に近い海域から、直接米本土を攻撃できる能力を有している。

 さらに、ソ連は、命中精度が高く、投射能力も大きい新型ICBMとしてSS−18後継ミサイル、SS−X−24より大型のミサイル、新型SLBM及び超音速戦略爆撃機ブラックジャックなどの開発を進めている。

 このほか、ソ連は、従来から弾道ミサイル防御、衛星攻撃の分野において、活発な研究開発を行ってきている。弾道ミサイル防御兵器については、モスクワ周辺に世界で唯一の弾道弾迎撃ミサイル(ABM)システムを配備してしいるほか、衛星攻撃能力も保有し引き続きこれらの分野の研究開発を進めているといわれている。

イ 非戦略核戦力

 非戦略核戦力とりわけ中距離核戦力(INF)は、その射程からして、基本的にNATO諸国やわが国及び中国等のソ連周辺諸国向けの戦力である。ソ連は、このような戦力を大量に配備することによって、その射程内におかれた自由主義諸国内に、米国の核抑止力の信頼性に対する不安を醸成し、米国とこれら諸国との分断を図っているともみられている。

 ソ連の有する多様なINFのうち、代表的なものは、SS−20及びTU−22Mバックファイアである。

 SS−20は、射程が約5,000kmに及び、3弾頭のMIRVを搭載し、命中精度が高く、再発射が可能で、移動性もある画期的な中距離弾道ミサイル(IRBM)である。ソ連は、1977年にSS−20の配備を開始して以来、着々とその増強を進め、現在合計441基のランチャーをソ連各地に分散配備しており、更に命中精度を高めた改良型の開発も行われている(第1−2図参照)。

 TU−22Mバックファイアは、行動半径が長く、低高度高速侵攻能力を有し、また、射程300km以上の核弾頭搭載可能なAS−4空対地(艦)ミサイルを装備できる優れた性能の爆撃機であり、現在約270機が配備されており、更に増加の傾向にある。

 さらに、ソ連は、SS−21、SS−22、SS−23など命中精度の高い新型の地対地ミサイルを配備しつつある。

 このほか、新型長射程巡航ミサイルについては、空中発射型のAS−15は既に配備が開始され、海洋発射型のSS−NX−21及び地上発射型のSSC−X−4も近く配備が開始されるものとみられる。また、海洋発射型の大型巡航ミサイルSS−NX−24も開発が行われている。

(2) 通常戦力

ア 地上戦力

 ソ連は、多数の国と国境を接する大陸国家として、伝統的に大規模な地上軍を擁しており、現在では、自国領土、東独、ポーランド、チェコスロバキア、ハンガリー、モンゴル、アフガニスタン等に、総計201個師団約194万人、戦車約5万7千両を配備している。

 ソ連は、量的優勢、奇襲及び縦深突進(相手側の陣地を迅速に突破し、後方奥深く突進すること)を重視する伝統的な軍事ドクトリンの下に戦力を整備してきているとみられる。近年では、量的な増強に加え、戦車、装甲歩兵戦闘車、自走砲、地対地ミサイル、武装・輸送へリコプター等による火力、機動力の向上及び地対空ミサイル等による戦場防空能力の向上等、質的な増強にも著しいものがある。また、空挺師団、空中攻撃旅団と併せて多数の大型輸送機を有する空軍の輸送航空部隊の存在は、遠隔地域への迅速な兵力投入能力の面でも注目される。

 さらに、敵の後方深く潜入し、敵の軍事施設の偵察、破壊等を主任務とするとみられる特殊任務部隊(スペツナッツ)を保有している。

 このほか、ソ連は、化学戦能力をこれまで一貫して重視してきており、有毒環境下での作戦遂行能力のみならず、化学兵器を使用する能力の維持、強化を図っている。

イ 航空戦力

 ソ連の航空戦力は、作戦機約9,060機から成り、大規模かつ多様であり、1970年代末以降空軍の改編が行われ、即応性、運用の柔軟性を高めることにより作戦遂行能力の向上を目指している。

 航空機の増強は質的側面において顕著であり、航続能力、機動性、低高度高速侵攻能力、搭載能力及び電子戦能力に優れたMIG−31フォックスハウンド、MIG−23/27フロッガー、SU−24フェンサー、SU−25フロッグフット、TU−22Mバックファイア等の戦闘機及び爆撃機の増強により、航空優勢獲得能力及び対地・対艦攻撃能力等が著しく向上している。また、MIG−29フルクラム、SU−27フランカ−といったルックダウン(下方目標探知)能力、シュートダウン(下方目標攻撃)能力が特に優れた新鋭戦闘機の配備を推進するとともに、低空探知能力、早期警戒能力、戦闘指揮・管制能力の優れたIL−76メインステイ空中警戒管制機(AWACS)を配備中である。また、IL−76を使って空中給油機を開発中である。(ソ連陸軍のT−80戦車

ウ 海上戦力

 ソ連海軍は、過去約20年間にわたる一貫した増強の結果、沿岸防衛型の海軍から外洋型の海軍へと成長を遂げた。ソ連海軍は、北洋、バルト、黒海、太平洋の4つの艦隊とカスピ小艦隊から構成され、その勢力は、艦艇約2,910隻(うち潜水艦約375隻)約681万トン、TU−22Mバックファイアを含む作戦機約850機、海軍歩兵約1万6千人に達している。その任務は、平時にあっては主としてプレゼンスによる政治的・軍事的影響力の行使、有事にあってはソ連にとって戦略的に重要な海域の確保、自由主義諸国の海上文通の妨害又は阻止、地上軍部隊等に対する支援等であるとみられる。

 ソ連は、このような任務遂行能力を向上させるため、近く4隻目のキエフ級空母を就役させるものとみられている。

 さらに、黒海沿岸のニコラエフ造船所では多数の航空機を搭載可能な大型のソ連初の原子力空母を建造中であり、1980年代末には海上試験を開始すると見られている。ソ連が現有するキエフ級空母は排水量(満載)37,100トンとみられているが、新型空母は排水量65,000〜75,000トンと推定され、注目されている。

 また、ソ連初の原子力推進戦闘艦であるキーロフ級ミサイル巡洋艦、最新のスラバ級ミサイル巡洋艦、ウダロイ級、ソブレメンヌイ級ミサイル駆逐艦及びオスカー級、シエラ級、アクラ級、マイク級の原子力潜水艦等の新鋭艦の建造が相次ぎ、これらに多数の強力な新型ミサイルを装備するなど、水上艦艇の近代化と潜水艦戦力の増強を図っている。(ソ連海軍のキエフ級空母「ノボロシスク」

2 ソ連の勢力拡張

 中東、アフリカ、東南アジア、中米等の地域においては、依然として武力紛争や内乱が続いている。ソ連は、「民族解放闘争」支援等を旗印として、これらの地域へ機会をとらえ進出を試み、その実績は無視できないものとなっている。進出手段は多様であるが、友好条約の締結、武器輸出、軍事顧問団の派遣、第三国軍事要員の派遣、経済援助、海軍力のプレゼンス等が主たるものである。

 ソ連が派遣している軍事顧問と技術者の数は、1965年以来4倍近くに増えており、約30か国約2万4千人に上っており、現地軍の訓練等に当たっている。軍事顧問等を受け入れている主な国には、シリア、リビア、南イエメン、エチオピア、ベトナム、ラオス、インド、ペルー、ニカラグア等があり、広い範囲にわたっている。

 さらに、第三国軍事要員派遣については、キューバ及びワルシャワ条約機構加盟国の中では東独からのものが主なものである。特にキューバは、1975年のアンゴラ内戦を契機に派遣を活発化し、現在約4万5千人がアフリカと中東の各地で活動しているほか、ニカラグア等カリブ海を含む中米地域でも活動している。また、ソ連は、自国内及び東欧諸国で第三世界諸国の軍事要員の訓練を行っている。

 近年、ソ連は、海軍力の増強やAN−22コック、IL−76キャンデッド長距離輸送機等の増強、さらにほ商船隊の拡充と近代化を図っているほか、軍事援助を通じてベトナム、シリア、エチオピア、南イエメン、アンゴラ、キューバ等の海、空軍施設等の利用権を獲得してきており、遠隔地への軍事介入能力ほグローバルな規模のものとなっている。

第4節 米国の対応努力

1 抑止と防衛

 米国は、自由と民主主義などの諸価値を守るとの立場から、自由主義諸国を防衛し、世界の平和と安定の維持に寄与しようとしている。このため、米国は、抑止戦略を一貫してとっており、核戦力から通常戦力に至る多様な戦力を保持することにより、いかなる侵略であれ、これを未然に防止し、紛争が生起した場合にはこれに有効に対処し得る態勢の確保に努めている。

2 米国の国防努力

 いわゆるデタント期といわれる1970年代を通じ、米国の国防努力は、ソ連とは対照的に抑制されたものであった。しかしながら、ソ連の長期にわたる軍事力増強の蓄積効果が明らかになるにつれ、米国内では米ソ間の軍事バランスの変化と米国の抑止態勢の信頼性に危機感が生じてきた。特に、1979年末のソ連によるアフガニスタンへの軍事介入を一つの契機として、米国は、米国自身の国防努力の一層の強化に乗り出すとともに、同盟諸国に対しても、自由主義諸国の一員として応分の努力をするよう強く期待している。

 1981年に登場したレーガン政権は、一貫して「抑止」と「防衛」を国防政策の基本とし、他の同盟国と同様困難な財政事情の下で、議会と協議しつつ、核戦力及び通常戦力の全般的な整備、近代化を進めてきている。他方、レーガン政権は、このような国防努力を背景として、より低いレベルでの軍事力の均衡を求めて、ソ連との間で実質的かつ公正で検証可能な軍備管理・軍縮の達成に努めている。

 同時に、レ−ガン政権は、ソ連圏に流出した自由主義諸国の高度技術がソ連軍事力の質的増強に利用され、自由主義諸国の防衛コストを引き上げているとして、自由主義諸国と協議しつつその阻止のための努力の強化を図っている。

(1) 核戦力

 米国は、いかなる規模態様の核攻撃に対しても、これに対応し得る能力と意志を明確に示すことにより、すべての核攻撃の発生を抑止することを核戦略の基本としている。

 レーガン政権は、戦略核戦力の3本柱であるICBM戦力、SLBM戦力及び戦略爆撃機戦力の近代化と、それらを支えるC3I(指揮・統制・通信・情報)能力の向上を内容とする戦略核戦力の近代化を推進している。

 ICBM戦力では、ピースキーパーの開発配備と小型ICBMの開発計画等がある。MIRV化され、高い命中精度を有するピースキーパーは、堅固に防護された目標に対する攻撃能力の米ソ両国間のギャップを埋めるものであり、本年から配備を開始することとしている。また、小型ICBMは、残存性の向上を図ろうとするものであり、1990年代初めの実戦配備を目標に1987年から全面開発が開始される予定である。

 SLBM戦力としては、オハイオ級原子力潜水艦の建造と将来これに搭載予定のトライデントSLBMの開発が継続中であり、戦略爆撃機戦力の近代化としては、B−1B爆撃機の生産配備、B−52への空中発射巡航ミサイル(ALCM)の搭載計画が推進されている。また、高度技術爆撃機(ATB)(いわゆるステルス爆撃機)のl990年代初めの配備を予定している。

 非戦略核戦力の分野では、ソ連のSS−20の脅威に対抗し、抑止力の信頼性を維持、強化するため、1983年末から西欧へのパーシング中距離ミサイル及び地上発射巡航ミサイル(GLCM)の配備を行っている。また、一部艦艇において対地用核弾頭搭載トマホーク巡航ミサイルが運用可能となっている。

(2) 通常戦力

 米国は、ソ連がグローバルな規模の通常戦力の増強により、既に複数の正面で同時に作戦を行い得るに至ったとして、通常戦力の増強が以前にもまして重要になってきていると認識している。

 このような認識に立ってレーガン政権は、即応態勢、継戦能力の向上及び装備の近代化により、幾つかの重要な正面で長期にわたって同時に対処し得る態勢の整備に努めている。

 特に、海上戦力については、15個空母戦闘グループ(現在13個グループ)及び4個戦艦戦闘グループ(現在3個グループ)を基幹とする600隻海軍の建造計画を1980年代末を目途に推進するとともに、海上戦力の展開に一層の柔軟性を与えるため、「柔軟運用」計画を実施している。本年秋には14番目の空母「セオドア・ルーズベルト」(原子力推進)の就役が予定されているほか、さらに2隻の原子力空母が建造中である。また、「ニュージャージー、「アイオワ」及び「ミズーリ」の3隻の戦艦が再就役している。(米国海軍の空母戦闘グループ

 さらに、優れた防空能力を有するエイジス・システムを装備したタイコンデロガ級ミサイル巡洋艦及びアーレイ・バーク級ミサイル駆逐艦の建造を推進しており、これらは、老朽化したミサイル艦と交代することになっている。通常弾頭搭載トマホーク巡航ミサイルについては、対艦用のもの及び対地用のものが一部の艦艇において配備が進められている。

 地上戦力については、現在18個師団約78万人を有しており、特に、NATO正面に展開している部隊を中心に、対機甲能力と戦場機動能力の強化を重視して戦闘力の向上を図っている。さらに、戦略的柔軟性の強化のための長期的計画として、戦略的機動性に優れ、高い展開能力を持つ戦略予備戦力として軽師団の新改編を実施している。(米国陸軍の多連装ロケット(MLRS)

 航空戦力については、作戦機約4,770機を保有し、航空優勢が空中、海上又は地上の戦闘の重要な要素であるとの認識から、この分野での質的優位を維持するために、F−15、F−16など高性能戦闘機の展開を推進している。(米国空軍の戦闘機F−16

 このほか、米国の前方展開戦略を支える不可欠の手段として海・空輸送能力の強化が図られており、さらにこれを補完するものとして、紛争が予想される地域に重装備等を事前に集積する措置もとられている。

 さらに、低レベルの紛争を始めとする各種紛争への対処を任務とする特殊行動部隊(SOF)の強化を図っている。(米国海軍のエイジス・システムを装備したタイコンデロガ級ミサイル巡洋艦「ヴィンセンス」

(3) 戦略防衛構想(SDI)

 最近のソ連の核戦略における攻撃のみならず防御面をも重視する姿勢、米国等における効果的な非核手段による防御をもたらす可能性のある新技術の登場等を勘案し、レーガン大統領は、1983年3月「戦略防衛構想(SDI)」を提唱した。この構想は、最新の弾道ミサイル防御技術により抑止力を強化し、米国と同盟国の安全を高めるための研究計画であり、将来の大統領と議会とが1990年代前半において、弾道ミサイル防御システムの開発配備の是非を決定するに当たって必要な技術的知識を提供することを目的としている。このシステムは、弾道ミサイルの発射の後、加速、加速後、中間弾道、終末弾道の4つの段階のそれぞれにおいて、非核手段により弾道ミサイルを捕捉・破壊する多層防御方式をとるもので、弾道ミサイルを無力化し、ひいては核兵器の究極的廃絶を目指すものとされている。また、現在米国は、SDI研究計画を推進するとともに同盟国に対しても、同研究計画への参加を呼びかけている。

第5節 軍備管理・軍縮の努力

 国家間の緊張や紛争の根源となる基本的な対立関係を取り除き、世界平和を実現することは、人類の悲願である。しかし、現実の世界には様々な紛争要因が存在し、絶えず緊張状態が続いている。中でも、強大な核戦力を擁する米ソ両国を中心とする東西両陣営の対峙は、深刻かつ重大な問題となっている。このため、米国を始めとする自由主義諸国は、ソ連の軍事力増強に対し、軍事バランスを維持し、その安全を確保するため、防衛体制の改善、強化と併せて、より低いレベルでの軍事力の均衡を目指して、ソ連を中心とする社会主義諸国と、種々の交渉を行っている。

 戦後の軍備管理・軍縮交渉の具体的成果がみられるようになったのは、1960年代に入ってからである。1963年米・英・ソ間で地下を除き大気圏内、宇宙空間及び水中における核実験を禁止する「部分的核実験禁止条約」が成立した。その後米ソ間では1969年から始まった戦略兵器制限交渉(SALT)を中心として、いくつかの取極が成立した。また、多国間交渉の場では米ソ両国の合意も得て「核兵器不拡散条約(NPT)」(1970年発効)、「海底軍事利用禁止条約」(1972年発効)、「生物・毒素兵器禁止条約」(1975年発効)等の取極が成立した。

 軍備管理・軍縮のための審議や交渉は、米ソの2か国間文渉の場と、国連やジュネーブの軍縮会議、中欧相互均衡兵力削減交渉、欧州軍縮会議等の多国間交渉の場を中心に行われてきている。

1 米ソ間の軍備管理・軍縮交渉

 米ソ両国ほ1969年以来戦略兵器制限交渉(SALT−l及び)を行い、戦略核兵器の制限等に関するいくつかの取極が成立した。しかし、SALT−条約については、1979年12月にソ連がアフガニスタンに対し軍事侵攻を行ったため、米議会における批准審議が無期限延期となった。

 この問題をカーター政権から引き継いだレーガン政権は、軍備管理、軍縮交渉の継続にはソ連の他の分野での行動の改善、アメリカの国防力、特に核戦力の近代化による抑止力の向上などが必要であるとの立場を明らかにするとともに、検証を重視しつつ、大幅な戦略核兵器削減をめざした交渉を提案した。ソ連も交渉開始に同意し、1982年6月戦略兵器削減交渉(START)が開始された。またSTARTの対象となるICBMや戦略爆撃機よりも到達距離の短いものを対象とする中距離核戦力(INF)交渉が1981年11月米ソの間で開始された。

 しかし、これらの交渉は、ソ連のINFミサイルSS−20の増強に対抗して1983年末から開始された米INFミサイルのヨーロッバ配備を契機に、ソ連により一方的に無期延期ないし中断された。

 しかしながら、昨年1月ジュネーブで行われた米ソ外相会議において、両国は、宇宙兵器及び戦略核、中距離核両者を含む核兵器を対象とする新たな包括的軍備管理・軍縮交渉の開始に合意した。この交渉は、戦略核兵器、中距離核兵器及び宇宙・防御兵器の3グループに分かれ協議を進める包括交渉として昨年3月からジュネーブにおいて開始されている。その第3ラウンド(昨年9月〜11月)において、米・ソ両国は、それぞれ新たな軍縮案を提示した。両提案において、戦略核兵器の運搬手段の削減率(50%)については一致しているが、そのべースとなる削減対象兵器の範囲、宇宙・防御兵器に対する考え方等、多くの基本的相違点がみられた。

 昨年11月に行われた米・ソ首脳会談においても、本交渉促進の合意及び戦略核の50%削減、INF暫定合意の考え方等の共通認識が得られたものの、基本的相違点はそのままであった。その後、ソ連は、本年1月に新提案を行ったが、INFの分野で依然ヨーロッパのみに重点が置かれ、また、基本的相違点についての立場の変更はなかった。これに対し、米国は、同盟国とも協議の上、本年2月に、INFのアジアを含むグローバルな廃絶等を内容とする新提案を行った。さらに本年6月ソ連は新たな提案を行った。

 今後具体的合意に達するためには、紆余曲折が予想されるが、わが国としても、両国間において平和を探究するための真剣な交渉が行われ、軍備管理・軍縮の実質的な進展が図られることを強く期待したい。

2 国連総会

 国連における軍縮問題の討議は、1978年の第1回軍縮特別総会における決定に基づき、専ら総会第1委員会で行われている。1985年秋の第40回国連総会第1委員会は、米ソ首脳会談の開催を終盤に控えていたことからその影響が注目されたが、東西間の対立、軍縮の進展のなさに対する非同盟諸国の不満という基本的図式は依然変わらなかった。

3 ジュネーブ軍縮会議

 ジュネーブの軍縮会議は、具体的な軍縮措置について交渉を行う唯一の多国間交渉機関である。1985年の春・夏両会期において、前年同様、核実験禁止、核軍拡競争の停止・核軍縮、核戦争の防止、化学兵器、宇宙における軍備競争防止、非核兵器国の安全保障、新型大量破壊兵器・放射性兵器、包括的軍縮計画の8議題が取り上げられた。

 1985年は、年頭に米ソ軍備管理交渉の開始の合意をうたった米ソ共同声明がジュネーブにおいて出され、また、11月には6年半ぶりの米ソ首脳会談が開催されるなど、新たな軍備管理・軍縮の進展を期待する気運が高まった年でほあるが、具体的軍縮措置の合意に向けての状況にほ依然として厳しいものがあった。

4 その他の交渉

 中欧相互均衡兵力削減交渉(MBFR)は、中部ヨーロッパにおける通常戦力を削減し、より低いレベルでの軍事力均衡による安全保障を確保することを目的として、1973年からNATO側12か国、WPO側7か国が参加して行われている。また、欧州軍縮会議(CDE)は、1984年からヨーロッパでの偶発的戦争防止のため信頼醸成措置等を討議することを目的として、ヨーロッパ諸国に米国、カナダを加えた合計35か国が参加して交渉が行われている。しかしながら、いずれも基本的な立場で相互に隔たりがあるためこれまでのところ大きな進展はみられていない。

第2章 わが国周辺の軍事情勢

第1節 わが国周辺地域の特性

 わが国は、アジア大陸の東部に近接し、太平洋に弓型に張り出した列島であり、わが国周辺地域は、ソ連の大陸部、中国の大陸部、カムチャッカ半島や朝鮮半島、わが国を含む大小多数の島々、これらに囲まれた日本海、オホーツク海等の海域及びこれらの海域から太平洋に通ずる海峡等、様々な地形が交錯している。そして特に、わが国の位置が、アジア大陸からオホーツク海、日本海、東シナ海等を経て太平洋に進出する最も主要な経路上にあることは、わが国に、地理的に大陸と海洋の接点としての重要な意味を与えている。このことは、太平洋を挟む米ソの軍事的対峙の関係においても、わが国が置かれている戦略的位置が極めて重要であることを意味する。

 ソ連は、わが国周辺において強大な軍事力を配備しているが、これまで一貫してその質量両面にわたる強化を続けているのが特微的である。このような事実は、この地域の国際軍事情勢を厳しくしているのみならず、わが国に対する潜在的脅威を増大させることにもなっている。

 また、ソ連は、歴史的にみても、また、最近の太平洋や南シナ海方面における艦艇、航空機の活発な活動から判断しても、太平洋方面への進出を重視しているものとみられる。この場合、わが国の地理的位置及び地形そのものが、進出経路を遮る形となっていることは否めない。

 これに対し、米国は、従来からわが国を始めとするアジア地域の平和と安全の維持のために、大きな努力を続けてきているが、近年、米国とアジア地域との関係が軍事面だけでなく経済等の面でも緊密度を増してきていることもあって、この地域の動静に大きな関心を払っている。

 一方、この地域においては、米ソ両国の対峙の関係に加え、広大な国土と10億以上の人口を背景とした大兵力と独自の核戦力を有する中国が存在し、米・中・ソの3か国が複雑な対立と協調の関係を作り出している。

 1950年代末に関係悪化が表面化した中ソ間では、国家関係改善に向けての動きが継続しでいるが、中ソ両国の軍事的対峙の基調に変化はみられない。一方、米中間では、米国による中国の軍近代化に対する協力に関する話合い、軍首脳の相互訪問など軍事面での交流も進展している。

 また、朝鮮半島は、地理的、歴史的にわが国とは密接不離の関係にあり、朝鮮半島の平和と安定の維持は、わが国を含む東アジア全域の平和と安定にとって重要である。韓国と北朝鮮との間においては、両国間の対話の動きがみられるものの、120万人を超える地上軍が、非武装地帯(DMZ)を挟んで対峙しており、軍事的緊張が続いている。(第1−3図

第2節 極東ソ連軍の増強と活動の活発化

1 極東ソ連軍

 ソ連は、ヨーロッパ正面とともに一貫して極東正面を重視しているが、特に1960年代中期から、極東地域に所在するすべての軍種の顕著な増強・近代化に着手し、今日では、ソ連全体の1/4〜1/3に相当する軍事力をこの地域に配備し、引き続き質量両面にわたる増強を行っている。

 昨年11月の米ソ首脳会談等米ソ関係改善に向けて話合いが行われ、日ソ関係でも本年1月シェワルナゼソ連外相が、5月安倍外相が相互に訪問し、共同コミュニケが発表されたことは意義深いことであったが、極東におけるソ連の軍事力増強のすう勢及びこれに伴う行動の活発化に変化はみられていない(第1−1表参照)。

 装備の近代化に当たっては、従来はヨーロッパ正面に新兵器を配備してから極東に配備するまでかなりの遅れがあったが、最近ではヨーロッパ正面とはとんど同時に極東に配備される例もある。さらに、この地域の数個の軍管区等を統括する戦域司令部を設置し、この方面の即応能力を高め、独立して作戦を行い得る態勢を整備している。また、バム鉄道の全線レール敷設完了により、極東地域に対する軍事物資等の輸送能力の増大が注目される。

 戦略核戦力については、ソ連の全戦略ミサイルの1/4〜1/3に当たるICBM及びSLBM等が極東に配備されているとみられる。ICBM及び戦略爆撃機がシベリア鉄道沿線を中心に、また、SLBMを搭載したデルタm級弾道ミサイル搭載原子力潜水艦などがオホーツク海を中心とした海域に配備されている。これらのICBM及びSLBMは、SS−18、SS−N−18等に近代化されてきている。

 非戦略核戦力は、ここ数年急速に増強されており(第1−4図参照)、現在SS−20が162基以上配備されているとみられ、TU−22Mバックファイアが約85機配備されている。SS−20は、シベリア中央部とバイカル湖周辺地域に配備され、そのいずれからもわが国を射程内に収めている。このほか、地上軍部隊は、フロッグ、SS−1スカッド、SS−12などの核、非核両用の戦術ミサイルを装備しており、このうちSS−12は、新型のSS−22に更新されつつある。

 地上兵力は、1965年以来着実に増強され(第1−5図参照)、現在では、ソ連の全地上兵力201個師団約194万人のうち53個師団約47万人が主として中ソ国境付近に配備されている。このうち、極東地域(おおむねバイカル湖付近以東)には、現在41個師団約37万人が配備されおり、後に述べる「防衛計画の大綱」策定時の10年前と比べても師団数で10個師団、兵員数で約7万人増えている。地上軍部隊は、最近では、量的拡大のみならず、T−72戦車、装甲歩兵戦闘車、地対地(空)ミサイル、多連装ロケット等の増強による質的な改善を行い、火力、機動力、防護力、戦場防空能力の向上等を図っている。

 航空兵力は、ソ連の全作戦機約9,060機のうち、その約1/4に当たる約2,390機が極東に配備されており、その内訳は、爆撃機約460機、戦闘機約1,740機及び哨戒機約190機である(第1−6図参照)。これは、機数で10年前に比べ約360機の増強である。また、現在、TU−22Mバックファイア爆撃機等高性能の新鋭機への更新が顕著であり、戦闘機の約8割がMIG−23/27フロッガー、SU−24フェンサー等の第3世代航空機によって占められ、さらに、新型のMIG−31フォックスハウンドが配備され始めているなど、引き続き近代化が進められている(第1−7図参照)。このような新鋭航空機の増強により、極東地域における航空兵力は、従来と比べ、対地・対艦攻撃能力及び航空優勢獲得能力等が格段に向上している。

 海上兵力は、ソ連の全艦艇約2,910隻約681万トンのうち、主要水上艦艇約95隻、潜水艦約140隻(うち原子力潜水艦約70隻)を含む約840隻約185万トンを擁するソ連海軍最大の太平洋艦隊が展開している。同艦隊は、総隻数及び総トン数ともこの20年間ほぼ一貫して増強されており(第1−8図参照)、10年前と比べても、隻数で約85隻、総トン数で約60万トン増えている。また、質的にもデルタ級SSBN等の原子力潜水艦を始め、「ミンスク」及び「ノボロシスク」の2隻のキエフ級空母等の大型新鋭艦の増強配備により近代化されている(第1−9図参照)。特に最近では、キーロフ級原子力ミサイル巡洋艦の2番艦「フルンゼ」、ソブレメンヌイ級ミサイル駆逐艦、ウダロイ級ミサイル駆逐艦といった新型艦艇が極東に新たに配備されたことが注目される。また、太平洋艦隊は、イワン・ロゴフ級揚陸強襲艦「アレクサンドル・ニコラエフ」及びロプチャ級揚陸艦を配備しているほか、ソ連唯一の海軍歩兵師団を有し、その装備の近代化を図るなど、水陸両用作戦能力の向上が図られている。そのほか、軍用に転用が可能なラッシュ船やローロー船等の商船の増強がみられる。

2 北方領士におけるソ連軍

 ソ連は、同国が不法占拠しているわが国固有の領土である北方領土のうち、国後・択捉両島及び色丹島に、1978年以来地上軍部隊を再配備しており、現在その規模は師団規模であると推定される。これらの地域には、ソ連の師団が通常保有する戦車、装甲車、各種火砲及び対空ミサイル、対地攻撃用武装へリコプターMI−24ハインド等のほか、ソ連の師団が通常保有しない長射程の130mm加農砲が配備され、北方領土所在部隊の各種訓練も活発に行われている。

 また、択捉島天寧飛行場には、MIG−23戦闘機フロッガーが現在約40機に増強配備されている。

 ソ連が北方領土に地上軍部隊を再配備したのは、軍事的には、ソ連のSSBNの活動海域としてのオホーツク海の戦略的価値の向上により、オホーツク海と太平洋とを画する北方領上の重要性が高まったなどのためとみられるが、政治的には、北方領土の不法占拠という既成事実を日本に押し付ける等の狙いがあるとみられる。

3 わが国周辺におけるソ連軍艦艇及び航空機の行動

 極東ソ連軍の増強に伴って、艦艇及び航空機の外洋進出やわが国周辺におけるソ連軍の行動は、活発になっている。

 最近のソ連軍航空機の行動で注目されるものとしては、TU−95ベアGが北朝鮮上空を通過し、東シナ海へ飛来していることがあげられる。その他、一昨年に引き続き昨年9月にTU−22Mバックファイアの日本海南下飛行が行われたこと、本年2月、北海道礼文島沖でソ連機による領空侵犯があったことなどがあげられる。

 また、艦艇については、昨年3月末から4月にかけて「ノボロシスク」が8隻の艦艇を随伴して、キエフ級空母として初めて太平洋に進出したこと、昨年8月に同空母がオホーツク海に進出したこと、さらに、キエフ級空母「ミンスク」が本年3月隠岐島北東を行動したこと、本年6月に同空母が最近極東に配備されたウダロイ級及びソブレメンヌイ級ミサイル駆逐艦各1隻を随伴してオホーツク海に進出したことなどが注目される。(日本海上空を飛行中の爆撃機TU−22Mバックファイア)(東シナ海を北上中のキーロフ級ミサイル巡洋艦「フルンゼ」)(第1−10図

 

(注) バム鉄道(第2シベリア鉄道):ウスチクート、コムソモリスク間を結び、シベリア鉄道の北方をこれと並行して走る路線及びバムとウーゴリナヤを南北に結ぶ小バム鉄道から成る全長こ3,500kmの鉄道。l974年から本格的に建設が開始された。

(注) ラッシュ船(LASH; Lighter Aboard Ship):はしけ(lighter)を積載する船。船上を前後に移動可能な大型クレーンを装備し、岸壁に接岸することなく、沖合いではしけの積卸しを行う。港湾施設の整備が十分でない所で利用される。

ローロー船(Roll on/Rol1 off 船):コンテナや貨物をトラック、トレーラーなどの運搬装置に載せ、岸壁で運搬装置ごと船積みし、そのまま積卸す荷役方式をとり入れた船で、船首又ほ船尾に開閉式の扉がある。

この方式は、商船では、カーフェリーに多く用いられている。軍用では、揚陸艦にも用いられ、艦艇を岸壁に接岸して艦首又は艦尾から戦車などを直接積載し、適当な上陸地に着岸し、艦首扉を開いて揚陸する。

第3節 米国の抑止力強化努力

1 戦力の近代化と態勢の強化

 米国は、ハワイに司令部を置く太平洋軍隷下の部隊の海・空軍を主体とする戦力の一部を西太平洋及びインド洋に前方展開させ、日本を始めアジア地域の同盟各国との間の安全保障取極の下に、この地域における紛争を抑止し、米国及び同盟諸国の利益を守る政策をとるとともに、必要に応じ所要の戦力をハワイ及び米本土から増援する態勢をとってきている。

 米国は、最近の極東ソ連軍の増強とその行動の活発化に対応して、戦力の増強と近代化及び兵力の柔軟な運用を通じ、この地域における軍事バランスを維持し、米国の抑止力の信頼性の維持、強化を図っている。

 戦力の増強と近代化については、陸軍では、在韓第2歩兵師団の近代化が行われており、海軍では、空母ミッドウェー搭載戦闘機・攻撃機をF/A−18に更新することが決定され本年10月までの予定で横須賀において関連工事等が実施されている。空軍では、昨年から三沢にF−16飛行隊2個の配備が進められており、1個飛行隊が既に配備された。海兵隊では、火力及び機動力の強化等の近代化が進められている。

 兵力運用に関しては、従来からこの地域の同盟諸国と各種共同演習を行うなど、陸、海、空軍、海兵隊を広範囲に運用してきている。

2 展開状況

 西太平洋地域における米軍の展開状況は、次のとおりである。

 陸軍は、韓国に第2歩兵師団、第19支援コマンド等約3万人、日本に第9軍団司令部要員等約2,200人等この地域に合計約3万3千人を配備している。

 海兵隊は、日本に第3海兵師団及びF−4、A−6等を装備する第1海兵航空団を配備し、洋上兵力やフィリピン駐留兵力を含め約2万6千人、作戦機約50機を展開している。

 海軍は、日本、フィリピン及びグアムを主要拠点として、その兵力は、空母3隻を含む艦艇約70隻、作戦機約270機、兵員約4万1千人である。作戦部隊である第7艦隊は、西太平洋及びインド洋に展開している海軍及び海兵隊の大部分を隷下に置き、平時のプレゼンスの維持、有事における海上文通の安全確保、沿岸地域に対する航空攻撃及び強襲上陸等を任務としている。

 空軍は、第5空軍が、F−15を装備する第18戦術戦闘航空団及びF−16を装備する第432戦術戦闘航空団を日本に、F−4、F−16、A−10を装備する2個航空団を韓国に、第13空軍が、F−4を装備する1個航空団をフィリピンに、それぞれ配備している。また、戦略空軍が、B−52、KC−135を装備するl個航空団をグアムに、KC−135、RC−135を装備する第376戦略航空団を日本にそれぞれ配置している。これらの空軍勢力は、作戦機約300機、兵員約4万1千人である。

 なお、1987年度米国防報告によれば、上記の西太平洋地域展開兵力を含め太平洋軍の主要な利用可能兵力は、次のとおりである。

米太平洋軍の利用可能兵力

 陸 軍:1個歩兵師団(韓国)

1個歩兵師団(ハワイ)

 空 軍:1個戦略爆撃飛行隊

11個戦術戦闘飛行隊

5個戦術支援飛行隊

 海兵隊:1個海兵両用戦部隊の一部(日本)

1個海兵旅団(ハワイ)

1個海兵両用戦部隊(カリフォルニア)

 海 軍:空母6隻と搭載航空団

水上艦艇89隻

両用戦艦艇32隻

攻撃型潜水艦40隻

12個海上哨戒飛行隊

第4節 中国の軍事力近代化

 中国は、依然ソ連を最大の軍事的脅威と認識しているとみられ、圧倒的な火力、機動力を有するソ連軍と対抗するため、広大な国土と膨大な人口を利用する「人民戦争」に依拠しつつも、従来のゲリラ戦主体の戦略から各軍・兵種の共同運用による統合作戦能力と即応能力を重視する戦略へ移行しつつある。中国は、こうしたことから装備の近代化に努めているが、当面経済建設が最優先課題とされており、国防支出には制約があり、早急な近代化は困難な状況にある。

 このため、大幅な人員削減及び組織・機構の簡素化を進めることにより、編成・運用の効率化を図るとともに、装備の研究開発により多くの予算を振り向けようとしている。なお、装備の近代化については、「自力更生」を基本にしつつも、自由主義諸国を含む外国からの技術導入も図っており、自国内で外国も参加する兵器の展覧会などを開催している。また、予備役師団の設立や、大学等の学生に軍事訓練義務を課すなど有事における動員体制の確立も進めている。なお、1984年に改正された兵役法で復活が明記された階級制度は、本年末に完了が予定されている人員削減が終了した後、復活するといわれている。

1 中国の軍事力

 中国の軍事力は、核戦力のほか、陸、海、空軍からなる人民解放軍及び人民武装警察部隊、各種民兵からなっている。

 核戦力については、抑止と国威発揚という観点から1950年代半ば頃から独自の開発努力を続け、現在では、ソ連及び米国を射程に収めるICBMを保有するほか、SLBMの開発も進めている。また、このSLBMを搭載するとみられる原子力潜水艦SSBNについては、既に1隻が進水している。さらに、戦術核の保有も伝えられるなど、核戦力の充実及び多様化に努めている。

 陸軍は、これまで11個の軍区に分けられていたが、人員削減及び組織・機構の簡素化に伴い7個軍区に再編成された。これらの軍区には、野戦軍135個師団、地方軍73個師団を配備しており、総兵力は約297万人と規模的には世界最大であるが、総じて火力・機動力が不足している。なお、野戦軍は諸兵種からなる部隊に改編中の模様である。

 海軍は、北海、東海、南海の3個艦隊からなり、艦艇約1,730隻(うち潜水艦約110隻)、約87万7千トン、作戦機約790機を有している。艦艇の多くは、旧式かつ小型であり、基本的には沿岸防衛型海軍であるが、ヘリ搭載可能とみられる護衛艦の建造が伝えられるほか、インド洋方面への遠洋航海を行うなど、艦艇の近代化や外洋での活動もみられる。

 空軍は、作戦機を約5,310機保有しており、その主力はソ連の第1、第2世代の航空機をモデルにしたものであるが、最近では、新型機の開発も行っている。また、空軍においても組織・機構の一部改編が行われている模様である。

2 中ソ国境における配備状況

 中国軍の重要正面は、中ソ国境、次いで中越国境である。中ソ間では、経済、文化等の分野では交流が進んでいるものの、軍事的対峙には変化はみられない。

 中ソ国境付近の兵力配備状況は第1-11図のとおりであり、ソ連軍53個師団約47万人に対し、中国軍は、野戦軍135個師団のうち半数に当たりる68個師団等約150万人以上を配備している。このように、兵員数は中国軍がソ連軍に対して3倍強の勢力であるが、火力、機動力、対航空戦力等においてソ連軍の方が優勢であり、総合的にはソ連軍が優位に立っている。しかしながら、大規模な陸軍を中心とする中国軍は、極東ソ連軍をけん制し得るものとなっている。

3 米中関係

 1979年の米中国交正常化以降、両国は、台湾問題を抱えつつも、関係発展の努力を払ってきた。1984年には両国首脳の初の相互訪問もあり、様々な分野での交流が拡大している。

 軍事関係の分野においても、昨年1月にはベッシー統合参謀本部議長が訪中し、本年5月には楊得志総参謀長が訪米するなど、両国の軍関係者による人的交流が活発化している。また、米国は、防衛的で米国及びその同盟国や友好国の安全を脅かさない一定の米国製武器と技術的支援を中国に提供する用意があるとして、中国軍の近代化に対する米国の協力に関する話合いが進められている。その結果、中国向け砲弾生産プラント売却及び航空電子装置売却についての進展がみられている。

 

(注1) 野戦軍:特定の軍区にとらわれず戦略的に展開し、作戦を行うことを任務とする部隊

(注2) 地方軍:一定の地区内(省軍区等)における警備等を主任務とし、野戦軍及び民兵と協同して作戦を行うことを任務とする部隊

第5節 朝鮮半島の軍事情勢

1 北朝鮮の軍事力

 北朝鮮は、1962年以来、「全人民の武装化」、「全国土の要塞化」、「全軍の幹部化」及び「全軍の近代化」という4大軍事路線に基づいて軍事力を増強してきた。特に、1970年代における軍事力の増強には著しいものがあり、既に外国の支援を受けなくとも、単独で一定期間戦争を遂行し得る能力を獲得するに至っているとみられる。現在、北朝鮮は、引き続き軍事建設を重視し、GNPの約20〜25%を投入して軍事力の増強・近代化を図っており、航空機やミサイルの国産能力も保有しつつあるといわれている。また、最近、ソ連からMIG−23フロッガーの供与を受けるとともに、ソ連軍用機に領空飛行を認めるなどソ連との軍事面での協力関係の強化が顕著である。

 現在の北朝鮮軍の勢力は、陸軍が戦車約3,300両を含む33個師団約75万人、海軍が潜水艦19隻、ミサイル高速艇34隻を主体に約510隻約7万トン、空軍がIL−28ビーグル、SU−7フィッター、MIG−9ファーマー、MIG−21フィッシュベッド、MIG−23フロッガー等の作戦機約700機である。

 陸軍は、1970年代後半以降顕著に増強され、その兵員数は韓国の兵員数の約1.4倍である。また、戦車、装甲車、自走砲等の機動力及び火力等の面で韓国に対して、数的優位に立っており、その主力はDMZ沿いに配備されている。また、最近は、一部部隊の機械化、機甲化への改編を行うとともに、前方配備を進めている。

 海軍は、総トン数及び駆逐艦などの隻数において韓国に劣り、また、運用海域が東海、西海に二分されていることもあり、運用の柔軟性に欠ける面があるものの、潜水艦、ミサイル高速艇を始め、多数の上陸用舟艇、哨戒艇を保有しており、沿岸における作戦行動に適した能力を有している。

 空軍は、その作戦機数において韓国に対し量的優位にあるが、概して旧型のものが多い。このほか、多数の輸送機を保有しており、そのほとんどが低空からの侵入に適したAN−2コルトによって占められている。また、韓国軍が保有しているヒューズ500型などの米国製ヘリコプターが、第三国経由で多数導入されている。

 海軍が潜水艦を、空軍がAN−2コルト、ヒューズ500型ヘリコプターをそれぞれ多数保有していることは、陸軍の特殊部隊の増強とあいまって、北朝鮮の「正規戦と非正規戦の配合」をスローガンにした非正規戦重視の姿勢をうかがえるものである。

 さらに、準軍隊である労農赤衛隊も、韓国の郷土予備軍に比べ、装備の水準や訓練練度が高いとみられる。(第1−12図 朝鮮半島の軍事力の対峙

2 韓国の軍事力

 韓国は、全人口の約24%に当たる約960万人が集中する首都ソウルがDMZから至近距離にあり、また、三面が海で長い海岸線、無数の島しょ群を有しているという防衛上の弱点もある。このため、韓国は、北朝鮮の軍事力増強を深刻な脅威と受けとめ、並々ならぬ国防努力を払い、米国の支援の下に1982年から第2次戦力増強5か年計画を実施しており、毎年GNPの約5.5%〜6%を国防費に投入している。

 陸軍は、兵力約52万人で3個軍に編成された21個師団を主力とし、その多くはDMZからソウルの間に数線にわたって配置され、ソウル防衛に当たっている。また、TOW対戦車ミサイル、ヒューズ500型対戦車ヘリコプター等を米国から購入するなど、火力及び機動力の増強を図っている。

 海軍は、海兵隊2個師団及び1個旅団を含み、約150隻約9万トンの艦艇を保有している。艦艇の主力は駆逐艦であるが、ミサイル高速艇の増強等も行われている。

 空軍は、F−4、F−5を主力とする約350機の作戦機を保有しており、本年、F−16を米国から導入し配備の計画といわれ、早期警戒体制の整備にも努めている。なお、毎年1〜2回、郷土予備軍と正規軍との合同訓練を行うなど、郷土予備軍の練度向上を図っている。

3 在韓米軍

 米国は、米韓相互防衛条約に基づいて、現在、約4万3千人の米軍を配備し、韓国軍とともに「米韓連合軍司令部」を設置して紛争抑止に努力している。こうした在韓米軍と米国の対韓コミットメントは、朝鮮半島の軍事バランスを維持し、武力衝突を抑止する上で大きな役割を果たしている。

 在韓米軍は、第2歩兵師団の火力、機動力の向上、防空能力の向上、C3I等の強化を図っている。また、米韓両国は、朝鮮半島における不測事態に対する共同防衛能力を高めるため、1976年から毎年米韓合同演習「チームスピリット」を実施しており、本年も2月から4月にかけて実施した。このような在韓米軍の存在と米国の確固たる韓国防衛意志は、韓国の国防努力とあいまって、朝鮮半島における大規模な武力紛争の発生を抑止し、ひいては北東アジアの平和と安定に寄与している。

第3章 その他地域の軍事情勢

第1節 ヨーロッパ地域の軍事情勢

 ヨーロッパ地域は、第2次世界大戦後、東西両陣営対峙の最も尖鋭な地域の一つである。この地域では、ソ連を中核とするワルシャワ条約機構(WPO)と、米国を含む北大西洋条約機構(NATO)とが、中部ヨーロッパを中心として、ノルウェー北端からトルコの東方国境にわたって膨大な兵力をもって対峙している。

1 WPOの軍事力増強

 核戦力についてみると、ソ連は、1977年からヨーロッパ地域にSS−20の配備を開始し、ヨーロッパ地域では現在全ソ配備441基の約3分の2弱に達しており、また、TU−22Mバックファイアを引き続き増強している。また、最近では、ソ連国内だけでなく、東ヨーロッパに駐留するソ連軍の一部に、SS−21、SS−22、SS−23地対地ミサイルの配備も進められている。

 通常戦力については、多くの分野でWPO側が量的優位に立っている。このような量的優位に加えて、T−72、T−80戦車などの増強等により機動打撃力の向上を図る等近年のWPO軍の質的強化にも目覚ましいものがあり、WPO側はNATOに対する通常戦力バランスの優位を更に拡大してきているといわれている。

 また、ソ連は、WPO軍主力の攻撃とあいまって、戦車を主体とした高度の機動性をもった軍団規模までの作戦機動グループ(OMG)を運用して、通常戦力による迅速な機動によりNATOの後方地域の目標を攻撃し、NATO軍の増援部隊の到着以前に、核を使用することなく、西欧を占領し得る態勢の強化を図っている。

 海上戦力では、キエフ級空母、キーロフ級原子力巡洋艦等の新大型艦と新型原子力潜水艦の導入など、対潜水艦及び対水上艦作戦能力や海上交通破壊能力を一段と向上させつつある。また、航空戦力では、MIG−31フォックスハウンド、MIG−23/27フロッガー、SU−24フェンサー、SU−25フロッグフット、TU−22Mバックファイア等新鋭機の配備により、航空優勢獲得能力や対地・対艦攻撃能力の強化とともに、新型対空ミサイルの配備等による防空能力の強化が図られている。

 このようなことから、WPO軍は、通常戦力によってNATOに対する迅速かつ大規模な攻勢作戦を実施する能力を高めていると懸念される。(第1−2表 NATOとWPOとの兵力バランス

2 NATOの対応努力

 NATO諸国は、WPO軍の侵略を抑止するため、通常戦力、非戦略核及び戦略核戦力を有機的に整備し、WPO軍のいかなる攻撃に対しても柔軟に対応しようとする柔軟反応戦略をとっている。これとともに、中部ヨーロッパ正面を重視して、西独領内に、同盟国が地上及び航空兵力を配置し、WPO軍の攻撃に際してはできる限り東西両ドイツ国境線の近くでこれを阻止しようとする前方防衛態勢をとっている。

 WPO軍の非戦略核戦力及び通常戦力両面にわたる一貫した軍事力増強に対し、NATO諸国は、1978年5月の首脳会議において、1990年代前半までのNATO防衛力全般にわたる強化と、加盟国の協力の緊密化を目的とした長期防衛計画(LTDP)を採択し、この計画推進のため加盟各国の国防費を毎年実質3%程度増加させることに合意した。

 NATO諸国は、中距離核戦力(INF)については、この計画及び1979年の二重決定に基づき、ソ連のSS−20配備によって生じた抑止態勢の間隙を埋めるため、1983年末以降パーシングを西独に、GLCMを英国、イタリアに配備してきた。さらに昨年3月には、新たにベルギーにGLCMを配備しており、また、オランダでは昨年11月、GLCM配備開始に関する政府決定が行われている。

 同時に、NATO諸国は、核兵器への依存度を減らすため、通常戦力の強化を図っており、1984年12月の防衛計画委員会(国防相会議)において、兵力整備計画(1985年〜1989年)の採択、インフラストラクチャー(支援施設)計画(1985年〜1990年)への約78.5億ドルの拠出、戦時用弾薬備蓄の改善等に合意した。また、WPO軍の侵略に有効に対処するため、1984年常設大使レベルの防衛計画委員会において、敵後続部隊攻撃構想(FOFA)を長期兵力整備のガイドラインとして採用し、この構想を可能にするための新技術の導入による装備の開発に努めている。

 さらにNATO諸国は、空中警戒管制機E−3Aの配備による即応態勢の改善、多目的戦闘機トーネードの配備及び地対空ミサイルペトリオットの導入等、対地・対艦攻撃能力及び防空能力の向上などを図っている。

 一方、NATOの軍事機構に参加していないフランスは、独自の核戦力を保持し、緊急行動部隊(FAR)を創設する等通常戦力の強化を図るとともに、米、英、仏、西独の4か国条約に基づき西独領内に軍隊を駐留させており、このことは、NATO正面の軍事バランスの維持に貢献している。(第1−13図 中部ヨーロッパNATO及びWPOの地上戦力対峙

3 その他の国の国防努力

 その他の国の中で、スイス、スウェーデン、フィンランド、ユーゴスラビア、オーストリアの諸国は、それぞれの歴史的背景、地理的環境等国情に応じ、中立又は非同盟政策をとっているが、自国の独立を独力で維持するため、各国とも徴兵制ないしは国民皆兵制を採用し、GNPのおおむね2〜4%程度を国防費に投入するなどの国防努力を行っている。

(注) NATOの二重決定:NATO諸国はソ連のSS−20配備によって生じた抑止態勢の間隙を埋めるため、1979年12月、外相・国防相特別会議において、中距離核戦力等の近代化とこれと並行して軍備管理交渉を行うという決議を採択したが、これがいわゆる二重決定といわれるものである。

(注) パーシンゲとGLCMの配備予定国及び配備予定数(ミサイル数)

パーシンゲ:西独108

GLCM:西独96、英国160、イタリア112、オランダ48、ベルギー48、合計464

(注) 敵後続部隊攻撃構想(FOFA):敵の後続部隊が最前線に増援されるのを、最新式の通常兵器による後方攻撃で迅速に阻止しようとするものであり、これにより直ちに戦術核兵器の使用に頼ることなく、通常戦力の上で数的に優位に立つWPO軍の侵攻を食い止めることを狙いとしている。

現在、有人飛行機を除いて、後続部隊攻撃のための適切な目標捕捉手段と十分な射程距離、精度を有する通常兵器システムを欠いているが、将来、新技術によって次のような兵器が開発可能とされている。

・精密誘導兵器

・装甲上部攻撃用の誘導散布弾

・改良された監視・目標捕捉・情報収集処理配布システム

・航空機搭載地上目標用長距離レーダー

第2節 中東及びインド洋を中心とする地域の軍事情勢

1 この地域の特性

 中東地域は、ヨーロッパ、アジア、アフリカ三大陸の結節点に位置し、従来から世界の交通上極めて重要な地域であった。

 今日においても、中東及びインド洋を中心とする地域には、石油輸送ルートを始め、海洋による通商によって繁栄してきたわが国を始めとする自由主義諸国にとって重要な海上交通路が存在し、またスエズ運河、ホルムズ海峡等海上交通上の要衝が存在しており、このような地理的特性から、世界の交通上の要域となっている。

 また、特にペルシャ湾岸地域は、世界の原油埋蔵量及び石油輸出量の約5割を占める大産油地帯であり、わが国を始めとする自由主義諸国は、石油供給のかなりの部分をこの地域に依存している。このため、この地域の平和と安定の維持及びこの地域の海上交通路の安全の確保は、わが国を始めとする自由主義諸国及び第三世界の国々の生存と繁栄にとって極めて重要となっている。

 一方、この地域においては、多くの国が第2次世界大戦後に独立したものであり、領土、民族、宗教等の各種要因が絡んで、国内的にも、対外的にも不安定かつ流動的な情勢が続いている。

2 この地域の紛争の状況

 アラブ・イスラエル間の対立については、平和条約の締結(1979年3月)によってエジプト・イスラエル関係は正常化されたものの、イスラエルと他のアラブ諸国との関係には大きな進展はみられない。

 レバノンにおいては、国内における各派間の対立に加え、米国、ソ連、イスラエル、シリア等の利害が複雑に絡み合い、混迷が続いている。昨年6月のイスラエル軍の一方的撤退に伴いこれにより生じた軍事的空白をめぐり各派間による戦闘、爆弾テロ等が激化した。こうした中で、シリアの主導下で主要な3派間により協議が行われ、昨年12月、レバノン問題解決のための国民合意(ダマスカス合意)が調印されたものの、一部キリスト教徒勢力はこの合意に反対しており、依然として各派の対立は続き国内治安は回復していない。また、南部レバノンにおいても、イスラエルに対するテロ活動が発生している。

 イラン・イラク紛争は、1980年9月に本格化して以来、長期化している。国境付近における両軍の継続的な戦闘に加えて、イラクによるイランのカーグ島石油施設への空爆、ペルシャ湾におけるタンカー攻撃の応酬及び両国間での経済施設攻撃が行われ、依然解決のめどは立っていない。一方、湾岸協力理事会(GCC)諸国(サウジアラビア、クウェート、アラブ首長国連邦、カタール、バーレーン及びオラーンの湾岸6か国)は、イラクを支持しているものの、イランとの関係等も考慮して慎重に対応している。現在のところ、紛争がこれらの諸国に拡大するような事態は回避されている。

3 米国とソ連の動向

(1) ソ連は、アフガニスタンへの軍事介入のほか、シリア、リビア、イラク、南イエメン等に、武器供与、軍事顧問団の派遣、第三国軍事要員の派遣等を行うことによって政治的影響力の伸長を図るとともに、軍事施設等を獲得してきている。

 アフガニスタンについては、ソ連は、約11万8千人の軍隊を投入し、反ソ・反体制勢力の制圧作戦を行っているが、これら勢力の強じんな抵抗に遭遇している。この間、国連の仲介による関係国間での間接交渉などソ連軍の撤退等を目指す国際的な努力が続けられ、また、昨年11月の米ソ首脳会談でもとりあげられたが、ソ連軍撤退等に関する実質的進展はみられていない。

 ソ連海軍のインド洋への進出は、1968年の英国のスエズ以東からの撤退による力の空白に乗じて開始された。現在では、主として太平洋艦隊から水上艦艇及び潜水艦等20〜30隻程度を常時展開させている。これらのソ連艦艇が使用している主な港湾、停泊地は、第1−14図のとおりであるが、これらは、ペルシャ湾からインド洋を経て日本、ヨーロッパ、米国に達する石油輸送ルートを推する地点に位置している。

(2) 米国は、この地域を米国の国益と安全保障にかかわる重要地域の一つとみており、湾岸諸国の安定とこの地域からの石油の安定的供給を図るため、ペルシャ湾近海に空母戦闘グループを随時展開するとともに(これらの艦艇が使用している主な港湾、停泊地は、第1−14図のとおり)、サウジアラビアに対しAWACS機E−3Aの派遣や武器供給等の軍事支援を行い、イラン・イラク紛争の湾岸諸国への拡大の防止を図っている。

 また、アラブ・イスラエル間の対立については、米国は、レーガン提案に基づく和平実現への努力を継続するとともに、アラブ穏健派諸国との関係強化にも努めており、これらを通じてこの地域の安定化のための努力を続けている。

 しかしながら、この地域は、地理的にソ連領に近接しているのに反し、米国本土からは遠く離れていることもあって、米国がソ連等の動きに迅速に対応することは困難な状況にある。このため、米国は、前述の空母戦闘グループの展開のほか、海・空輸送能力の強化、資材の事前集積、中央軍の設置、ケニア、ソマリア、オマーン、モロッコ等との間の緊急時の通過及び施設利用のための取極の締結等により、有事におけるこの地域での作戦遂行能力の向上を図っている。

 一方、米国とリビア間においては、本年3月シドラ湾において両国の間に軍事衝突が発生した。それに引き続き、西ベルリンのディスコに対するテロ事件が発生し、アメリカ人を含む多数が死傷した。米国は、リビアのトリポリ、ベンガジの軍事施設に対し、航空機による爆撃を実施し、両国の間の緊張が更に高まった。

第3節 東南アジア地域の軍事情勢

1 この地域の特性

 東南アジアは、わが国への資源輸送上重要なマラッカ海峡、南シナ海及びインドネシア、フィリピンの近海を含み、太平洋とインド洋を結ぶ交通上の要衝を占めている。

 現在、この地域においては、ソ連に支援されたベトナムのカンボジアヘの軍事介入の継続、ソ連の軍事行動の活発化などもあって、依然として不安定な情勢が続いている。こうした情勢の下にあって、ASEAN諸国は、それぞれ国内に問題を抱えつつも、この地域の平和と安定を図るため結束の強化を図っている。

 これらのASEAN諸国は、同じくアジアの一員であるわが国にとって重要な近隣諸国であるとともに、経済的にみてもわが国との協力関係はとみに増大している。このようなASEAN諸国とわが国との結びつきには極めて密接なものがあり、ASEAN諸国の平和と安定は、わが国の安全にとって重要である。

2 この地域の紛争の状況

(1) カンボジアにおいては、1978年12月の軍事介入により、「ヘン・サムリン政権」を擁立したベトナムが、国連等によるカンボジアからの撤退要求にもかかわらず、カンボジアに約18万人の兵力を駐留させ、ソ連の支援を受けつつ、「ヘン・サムリン政権」によるカンボジア支配の定着化を目指している。これに対し、反ベトナム勢力である民主カンボジア連合政府3派は、ベトナム軍に対して、ゲリラ活動で対抗している。

 ベトナム軍は、一昨年11月から昨年3月にかけて行われた乾季攻勢で、1979年以来最大規模の攻勢をかけ、タイ・カンボジア国境地域にある民主カンボジア側の主要拠点を攻撃し、これを制圧したが、民主、カンボジア側は、兵力をカンボジア内陸部に浸透させ、小グループによるゲリラ活動を活発化させることにより、依然として戦闘を継続している。

 本紛争は、本年で8年目に入っており、ASEAN諸国等によるカンボジア問題の「包括的政治解決」への努力が続けられているが、現在までベトナム側は、これに応じる姿勢を示しておらず、問題解決の糸口はつかめていない。

(2) 中越国境情勢中越国境においては、現在、中国軍約20個師団基幹約30万人と、ベトナム軍約30個師団基幹約30万人が対持しており、1979年2〜3月の軍事衝突(いわゆる中国の懲罰攻撃)以来、小規模な武力衝突が続いている。1984年11月からのベトナム軍の攻勢においても、中越国境沿いの両軍の兵力増強と小規模衝突が伝えられ、また、現在も小ぜりあいが続くなど中越間の緊張は去っていない。(第1−15図 インドシナにおける軍事態勢

3 カムラン湾を拠点とするソ連軍の動向

 ソ連は、ベトナム、ラオス及びカンボジア「ヘン・サムリン政権」に対し、軍事援助と軍事顧問の派遣を行うとともに、このような援助を背景に、ベトナムのカムラン湾の海・空軍施設を使用している。カムラン湾は、艦艇、航空機が寄港・常駐するほか、通信・情報収集施設及び補給施設が存在し、ソ連にとって海外における重要な軍事拠点となっており、この利用により有事におけるソ連太平洋艦隊の運用の柔軟性が向上している。 ソ連は、これらの施設を利用しつつ、東南アジア地域におけるプレゼンスの強化に努めている。ソ連は、カムラン湾にTU−95/TU−142ベアを配備し、南シナ海を中心に偵察活動及び対潜哨戒活動を実施しているが、その活動範囲は東シナ海やシャム湾方面まで拡大されており、現在は、その配備機数が8機となっている。また、TU−16バジャーについては、1983年以降増強され、現在は16機が配備されており、南シナ海において偵察活動等を実施している。カムラン湾からのTU−16バジャーの行動半径は、南シナ海のみならずフィリピン等の周辺地域にも及んでおり、これら地域における対地・対艦攻撃能力が強化されている。さらに昨年初め、MIG−23フロッガー14機が新たに配備され、この地域における防空能力が大幅に強化された。

 ソ連は、また、カムラン湾に水上戦闘艦艇及び潜水艦等を寄港させるとともに、同港湾を利用して、南シナ海に20数隻程度のプレゼンスを維持している。

 このように、ソ連は、この方面の海上交通の安全に対して影響力を行使し得る能力を向上させている。

4 米国、ASEAN諸国等の動向

(1) 米国は、ベトナム撤退以降フィリピンのほかはこの地域には軍事力を常駐させておらず、ASEAN諸国との協力・友好関係を深め、軍事援助、経済援助等により地域的な安定の維持に努めるとともに、フィリピン駐留の海・空軍の存在と西太平洋及びインド洋における空母戦闘グループのプレゼンスにより、当地域の安定を図っている。

(2) ASEAN諸国は、ベトナムのカンボジアに対する軍事介入以降、「ベトナム軍の撤退と民族自決によるカンボジア問題の包括的政治解決」との立場から、民主カンボジア連合政府を支持している。また、ASEAN諸国は、それぞれ自国の国防努力を継続し、2国間の合同軍事演習を実施するなど域内諸国間の防衛協力を進めるとともに、経済・文化交流等を通じて域内の結束強化を図り、先進民主主義諸国との協力関係の増進に努めている。

(3) フィリピンにおいては、本年2月7日、大統領選挙が行われた。その得票の集計をめぐる混乱の中で、マルコス大統領の当選が宣言された。しかし、エンリレ国防相とラモス参謀総長代行(当時)らが、マルコス大統領の退陣を要求して基地内にたてこもるという事態を生じ、2月26日、マルコス大統領は出国し、同日、アキノ新大統領は、新内閣を発表した。こうしてアキノ新政権は、新憲法の制定等政治改革、経済改革を含む経済問題への対処、軍部の改革、新人民軍(NPA)対策等に取り組むことになった。

 軍事的観点からみれば、フィリピンは太平洋から中東に至る石油等の重要物資の海上輸送路を挺する地理的位置にあり、同国には米軍のスビック海軍基地及びクラーク空軍基地が存在している。一方ソ連は、フィリピンと南シナ海を隔てて対面するベトナムのカムラン湾を拠点として、この地域における軍事力増強とともにプレゼンスの強化に努めている。このような情勢の中で、今後のフィリピンの動向は、アジア全般の平和と安定に影響を及ぼすものと考えられる。

第4節 南太平洋、中南米及びアフリカ地域の軍事情勢

1 南太平洋諸国の動向

 この地域におけるオーストラリア及びニュージーランドは、わが国と同じ先進民主主義国であるとともに、政治的、経済的にもわが国との密接な関係を維持発展させている。パプア・ニューギニア、フィジーなど9か国を数える南太平洋島しょ諸国は、自助努力による国造りに努めるとともに、南太平洋フォーラム(SPF)などの場を通じ、経済、社会開発を主眼とした域内協力を推進している。

 なお、この地域に対しソ連は、昨年8月キリバスと漁業協定を調印し、また、バヌアツ等にも漁業協定の締結を提案している。オーストラリアは、ANZUS条約に基づき、米国と密接な協力関係を維持し、軍事施設の共同使用や、共同演習を実施するとともに、5か国防衛取極に基づき、マレーシアにミラージュ戦闘機1個飛行隊基幹を駐留させているほか、インド洋に水上艦艇及び哨戒機を派遣している。一方、ニュージーランドは、同取極に基づき、シンガポールに1個大隊基幹の陸軍部隊を駐留させている。また、ニュージーランドは、オーストラリアとともにANZUS条約に加盟しているが、米国との間において、昨年2月、ニュージーランド政権の核政策との関連で、米国艦艇のニュージーランド寄港が問題とされ現在に至っている。

2 中南米諸国の動向

 中南米地域は、豊富な天然資源に恵まれた広大な地域である。とりわけ中米・カリブ海地域にはパナマ運河が存在し、またこの地域は米国と地理的に近く、米国にとって戦略上極めて重要な地域である。カリブ海は自由主義諸国への重要な輸送路にあたっており、有事における米軍の展開、来援とも関連して、その安全の維持は、米国以外の自由主義諸国の安全保障とって重要である。(第1−16図 中米地域における米・ソの主要寄港地等

 この地域の多くの国は、累積債務、インフレ等困難な経済問題に直面している。また、ソ連及びキューバは、この地域において勢力拡張に努めており、ニカラグア、エルサルバドル等において紛争がみられる。ニカラグアにおいては、ソ連及びキューバから支援を受けているサンディニスタ政権と反政府勢力との間で戦闘が継続している。エルサルバドルでは、ホンジュラスとの国境付近でニカラグア、キューバ等の支援を受けているゲリラが活動しているが、政府は米国の支援を受けてゲリラ対策に努力している。

 ソ連は、キューバ、ニカラグア等に武器供与、軍事顧問団の派遣、第三国軍事要員の派遣等を行ってきている。キューバにおいては、ソ連は1個戦闘旅団を常駐させ、これに加えて、キューバの港湾、飛行場をソ連海軍艦艇及び航空機のカリブ海展開のために利用している。

 米国は、パナマにこの地域を管轄している南方軍を配備するとともに、カリブ海での海軍のプレゼンスを維持し、さらに、エルサルバドル、ホンジュラス等に軍事援助、経済援助を行うことにより、この地域の安全の確保とソ連の進出阻止に努めている。

3 アフリカ諸国の動向

 アフリカ地域は、クロム、マンガン、コバルト等の希少金属資源を含む天然資源に恵まれ、また、この地域には重要な海上交通路が存在している。このため、この地域の平和と安定の維持及び海上交通の安全の確保は、わが国を含む自由主義諸国の生存と繁栄にとって重要となっている。

 しかしながら、アフリカ諸国の多くは、第2次世界大戦後に独立したものであり、累積債務、低成長、食糧不足等の経済困難に加え、部族対立等各種要因が絡んで、国内的にも対外的にも不安定かつ流動的な情勢が続いている。

 南アフリカでは、アパルトヘイト問題を原因とする黒人暴動と政府による弾圧の連鎖が続いており、昨年7月に南ア政府は非常事態宣言を発布するに至った。その後、情勢が改善に向かっているとし、本年3月、これを解除したが、同6月再び同宣言を発布する等緊張は依然として続いている。

 ナミビアにおいては、国連、アフリカ統一機構(OAU)等が正統の代表として認めている南西アフリカ人民組織(SWAPO)が民族独立闘争を行っている。南アフリカの不法統治の下に、昨年6月暫定政府が発足したが、国際社会はこれを承認していない。

 また、アンゴラにおいては、ソ連及びキューバの支援を受けている現政権と反政府組織アンゴラ完全独立民族同盟(UNITA)との間で対立が続いている。

 チャドにおいては、1983年以来フランス軍の支援を受ける政府軍とリビア軍の支援を受ける反政府軍とが北緯16度線付近で対峙している。

 ソ連のアフリカ進出は、1970年代に入り本格化した。ソ連は、この地域に対し、軍事顧問団の派遣、キューバ等の第三国軍事要員の派遣、武器供与等を通じて勢力拡大を図り、現在、エチオピア、アンゴラ、モザンビーク、コンゴとは友好・協力条約を結んでいる。

 これらの援助を背景にソ連は、エチオピア及びアンゴラの空・海軍施設の利用権を獲得し、これらの方面におけるプレゼンスの強化に努めている。一方、米国は、チャド等へ援助を行い、他の自由主義諸国等とも協力しつつこの地域の安定化に努めている。