第2部

わが国の防衛政策

 第1章 安全保障

第1節 安全保障の重要性

 平和で幸福な国民生活を確保する上で、国の安全保障は、欠くことのできない重要な事柄である。

 今日、わが国は、自由と民主主義を基本理念とする先進自由主義国家の一つとして繁栄と発展の道を歩んでおり、我々日本国民は、良き伝統と独特の文化を持ち、平和で美しい国土に住み、国民一人一人が個人として尊重され、多彩な活動を行い得る社会の仕組み、すなわち、個人の最大限の自由の保障に高い価値を置く国の体制の下で生活している。この平和で自由な、そして豊かな日本の国こそ我々国民の福祉の基盤であり、この国の平和と安全を確保し続けていくことは、国民の幸福を守り、増進させるために必須の要件である。

 現在の日本が自由で豊かな素晴らしい国であることは、優秀で勤勉な国民の叡智と努力のたまものであり、また、わが国が戦後幸いにも、国家的規模の災害に遭うことがなかったことによるものであることはいうまでもないが、同時に、戦後、武力紛争がはとんど絶えることのない厳しい国際軍事情勢の中で、外国から侵略を受けるなどの事態が生じることなく、国の平和と安全を保ってきたことによるものであることも、また事実である。将来、万一にも、わが国が外国から侵略されるなどの事態が起これば、国民の安全が重大な危機に直面することはもとより、これまでのような自由と繁栄の追求は、もはや困難となろう。国の安全保障が重要であることのゆえんである。

 もとより、恒久な平和の世界の実現は全人類の理想である。しかし、世界の現状はいまだその理想には遠く、国の安全はただこれを願望しているだけでは保障されないのが現実の国際社会の姿である。わが国の場合にも、戦後40年間幸いにして侵略を受けることがなかったからといって、将来にわたって侵略がないとは決して断言できないため、万一に備え、国の安全保障について平素から真剣に考え、このための有効な手だてを講じておくことが必要である。

第2節 安全保障を確保するための努力

 わが国に対する侵略から、わが国の平和と安全を保つためには、次に述べるような各分野にわたる努力を整合性をもって推進することが必要である。

1 外交等の分野における努力

わが国に対する侵略から、わが国の平和と安全を保つためには、第1に、国際協調と平和努力の推進に努めることが必要である。そのためには、まず、わが国と世界各国との間で、政治・経済などの広範な分野で、外交努力等を通じて、紛争・摩擦の予防や問題の解決に努めるとともに、これらの諸国との相互理解を深め、友好協力関係を確立していくことが必要である。中でも、わが国の安全保障と直接関係の深い国々との外交関係は、特に重要である。また、平和な国際環境の実現のため、世界の各地における紛争の解決や対立の緩和のための外交努力や、開発途上国に対する経済協力などを通じて、世界の政治的安定や経済的発展に積極的に貢献するとともに、世界の平和維持のために重要な機能を果たしている国際連合の諸活動に対し、一層の協力を行う必要がある。さらに、国際社会の平和と安定が力の均衡によって支えられているという現状を踏まえ、力の均衡を維持しつつ、その均衡の水準をできる限り引き下げるよう軍縮努力を強く訴えていく必要がある。

第2に、内政の安定により、安全保障の基盤を確立することが必要である。そのためには、政治・経済及び社会の安定と発展を図るために必要な内政諸施策を講じ、活力ある社会の維持に努めるとともに、国民のわが国の平和と独立を守る意識を高揚し、国を守る気概の充実を図ることが必要である。

2 防衛の分野での努力

わが国の平和と安全を保つ上で、安定した国際環境を作るための積極的な外交の推進や政治・経済及び社会の安定を図るために必要な内政諸施策の実施等の努力は、いずれも欠くことのできないものであるが、これらの手段のみでは、実力をもってする侵略を未然に防止することはできない。

したがって、わが国が外国からの侵略を受ける可能性が否定できない以上、侵略を抑止し、万一侵略が行われた場合、これを排除し得る自衛手段を備えておくことが必要である。このため、わが国は、自衛隊の整備充実に努めるとともに、核の脅威に対する抑止力や通常兵器による大規模侵略に対する対処能力など、わが国防衛力の足らざるところを米国との安全保障体制に依存し、その信頼性の維持向上に努めることにより、いかなる態様の侵略にも対応することとしている。

第3節 自由主義諸国のー員としての日本

 わが国は、自由と民主主義を共通の価値観とする自由主義諸国の一員として、戦後目覚ましい経済発展を遂げ、今日の繁栄をみるに至っている。このことは、米国を始めとする自由主義諸国の努力によって、東西両陣営間の力の均衡が保たれ、世界の平和と安定が維持されてきたことに負うところが大きい。

 わが国が今後将来にわたってこの自由と繁栄を享受しつつ生存し、発展していくためには、もとより、世界のすべての国々との友好親善を保つことが望ましいことはいうまでもないが、何よりもまず、自由主義諸国との友好と連帯によって世界の平和と安定を維持することが重要である。このことは、米国を始めとする他の自由主義諸国にとっても同様であり、これらの国々は、相互に協力して、世界の平和と安定のため、東西両陣営間の力の均衡の維持に最大限の努力を行っている。

 このような状況の中で、わが国が憲法及び基本的な防衛政策に従い防衛力の向上に努めることは、わが国の安全がよりー層確保されるだけでなく、日米安全保障体制の信頼性の維持強化にもつながり、結果的に、東西両陣営間の軍事バランス面において自由主義諸国の安全保障の維持にも寄与し、アジアひいては世界の平和と安全に貢献するものである。

 今や自由主義諸国の中で米国に次ぐ経済大国になったわが国としては、自衛のために必要な防衛努力を行うに当たっても、自由主義諸国の一員として、国際社会におけるわが国の責任を深く自覚し、常にこのような連帯意識をもってこれを行っていくことが必要である。このことは、今後将来にわたって自由主義諸国の一員として国の生存と繁栄を図っていこうとするわが国にとって、忘れてはならないことである。

第4節 防衛関連諸施策

1 民間防衛

わが国に対して万一侵略があった場合、国民の生命・財産を保護し、被害を最小限にとどめる上で、国民の防災及び救護・避難のため、政府・地方自治体及び国民が一体となって民間防衛体制を確立することが必要である。このような民間防衛に関する努力は、また、国民の強い防衛意志の表明でもあり、侵略の抑止につながり、国の安全を確保するため重要な意義を有するものである。

欧州諸国などでは、第2次世界大戦において、市民の死傷率が軍人のそれを上回ったため、もしも将来、他国から武力攻撃が加えられた場合、これらの被害に対する対策が講じられなければ、市民にばく大な数の犠牲者が出るであろうとの予想に基づいて、民間防衛に関する努力を行ってきている。これらの諸国では、いずれも担当する政府機関の設置、関連する法律の制定、組織づくり、退避所の建設など民間防衛体制の整備に努力している。また、これらの諸国では、中央政府及び地方自治体の計画・指導の下に、いざという場合に、国民それぞれが自らの生命や家庭を守るとともに、負傷者の救護、公共の諸施設の復旧などを行って、社会秩序を維持・回復することができるよう、平素から退避訓練などの民間防衛に関する諸活動を実施している。これらの諸活動は、結果的に、平時突発する自然災害などに対処する上で有効なものとなっている。

わが国においては、現在のところ、民間防衛に関してはみるべきものがない。今後、国民のコンセンサスを得つつ、政府全体で広い観点から慎重に検討していくべきであろう。

2 国民生活を維持するための施策

わが国にとって、国民生活を維持するためには、資源・エネルギー、食糧などの確保が不可欠である。これらの生産地あるいは輸送経路などにおいて武力紛争又は大規模な天災地変などの事態が起こった場合、あるいはわが国の有事において海上交通が妨害される場合などに予想される資源・エネルギー、食糧などの供給の停止などに対し、わが国が冷静に対処するためには、これらの必要物資を備蓄しておくことが有効であろう。

さらに、このような施策の推進とあいまって、有事におけるわが

 国の国民生活、経済活動などを維持するために必要な物資の海上輸送の実施体制のあり方についても、有事において講ずべき緊急措置の一環として、政府全体として総合的な観点から研究する必要があろう。

3 その他の施策

防衛力を支え、これを真に有効に発揮させるためには、平時から防衛産業を育成し、建設、運輸、通信、科学技術などの分野において国防上の配慮を加えておく必要があろう。

スイスなどにおいては、高速道路を臨時の滑走路として使用できるようにしており、有事の際、飛行場が爆撃などによって破壊されても、空軍はこれらを臨時飛行場として利用できるようにしている事例がある。また、各国とも、教育の面においても配慮を加えているところである。

第5節 国防会議及び総合安全保障関係閣僚会議

1 国防会議

国防会議は、国防に関する重要事項について、広い視野から総合的に慎重に審議し、国防施策について万全を期すため、法律により、昭和31年7月、内閣に設けられた機関である。

内閣総理大臣は、

 国防の基本方針

 防衛計画の大綱

 防衛計画に関連する産業等の調整計画の大綱

 防衛出動の可否

 その他内閣総理大臣が必要と認める国防に関する重要事項

については、国防会議に諮らなければならないこととされ、また、国防会議は、国防に関する重要事項について、必要に応じ、内閣総理大臣に対し、意見を述べることができることとされている。

国防会議は、内閣総理大臣を議長とし、内閣法第9条の規定によってあらかじめ指定された国務大臣、外務大臣、大蔵大臣、防衛庁長官、経済企画庁長官の5人の議員をもって構成されている。また、議長は、必要があると認めるときは、関係の国務大臣、統合幕僚会議議長その他の関係者を会議に出席させ、意見を述べさせることができることとなっており、現在、内閣官房長官、通商産業大臣及び科学技術庁長官が常時出席している。

国防会議は、従来から、国防の基本方針、第1次から第4次までの防衛力整備計画、防衛計画の大綱などわが国防衛の根幹をなす問題及び毎年の防衛力整備に係る主要事項等について決定したり、審議するなどにより、防衛政策の基本的方針を示し、文民統制上重要な役割を果たしてきている。また、昭和57年には、防衛庁の作成した五六中業(資料23参照)の報告を同庁より受け、これを審議、了承し、さらに、本年4月には、わが国を取り巻く軍事情勢についても統合幕僚会議議長の報告を受けるなど、国防会議の運営の充実を期している。

2 総合安全保障関係閤僚会議

一般に、今日の安全保障においては、軍事面の努力もさることながら、非軍事面の努力が極めて重要となっている。平和外交の推進やエネルギー、食糧確保などの諸施策は、いずれも一国の存在のため欠くことのできないものであり、国の安全保障を全うするためには、国際的な協調を図りながら、軍事、非軍事にわたるあらゆる施策が総合的に、かつ、整合性をもって推進されなければならない。

わが国が、日米安全保障体制を有効に維持し、自衛のために必要な限度において他の施策とのバランスにも留意しつつ引き続き質の高い防衛力の整備を図っているのも、総合的安全保障の一環として、わが国の安全保障を確かなものとするための施策を実施しているものにほかならない。

わが国においても、最近の国際政治経済情勢の推移を背景として、わが国の安全を確保するためには、総合的な施策の推進が必要であるとの視点に立ち、政府は、昭和55年12月、「経済、外交等の諸施策のうち、安全保障の視点から、総合性及び整合性を確保する上で、関係行政機関において調整を要するものについて協議するため」内閣に総合安全保障関係閣僚会議を設置し、随時協議を実施しているところであり、昨年10月及び本年2月の会合においては、最近の東西関係やイラン・イラク紛争の推移など、また、本年5月の会合においては、主要国首脳会議(ボン・サミット)における論議などを踏まえて、わが国の総合安全保障にかかわる諸問題を幅広く協議した。

第2章 防衛政策の基本と防衛計画の大綱

第1節 防衛政策の基本

1 憲法と自衛権

(1) わが国は、第2次世界大戦後、再び戦争の惨禍を繰り返すことのないよう決意し、ひたすら平和国家の建設を目指して努力を重ねてきた。恒久の平和は、日本国民の念願であり、この平和主義の理想を掲げる日本国憲法は、第9条に戦争放棄、戦力不保持及び交戦権の否認に関する規定を置いている。

(2) もとより、わが国が独立国である以上、この規定が主権国家としてのわが国固有の自衛権を否定するものでないことは、異論なく認められている。政府は、このようにわが国の自衛権が否定されない以上、その行使を裏付ける自衛のための必要最小限度の実力を保持することは憲法上禁止されているものではないと解しており、専守防衛をわが国防衛の基本的な方針として、実力組織としての自衛隊を保持し、その整備を推進し、運用を図ってきた。

この専守防衛という言葉については確定した定義がある訳ではないが、これは、相手から武力攻撃を受けたとき初めて防衛力を行使し、その防衛力行使の態様も自衛のための必要最小限度にとどめ、また、保持する防衛力も自衛のための必要最小限度のものに限られるなど、憲法の精神にのっとった受動的な防衛戦略の姿勢をいうものである。

(3) 憲法の諸規定のうち、戦争の放棄などを定めた第9条の趣旨についての政府の見解は、次のとおりである。

ア わが国が憲法上の制約の下において保持を許される自衛力は、自衛のための必要最小限度のものでなければならない。

自衛のための必要最小限度の実力の具体的な限度については、そのときどきの国際情勢、軍事技術の水準その他の諸条件により変わり得る相対的な面を有することは否定し得ないが、性能上専ら他国の国土の壊滅的破壊のためにのみ用いられる兵器、例えば、ICBM、長距離戦略爆撃機などはこれを保持することは許されない。

イ 次に、自衛権の発動については、いわゆる自衛権発動の三要件、すなわち、わが国に対する急迫不正の侵害があること、この場合にこれを排除するために他に適当な手段がないこと及び必要最小限度の実力行使にとどまるべきことの三要件に該当する場合に限られる。

ウ わが国が自衛権の行使としてわが国を防衛するため必要最小限度の実力を行使できる地理的範囲は、必ずしもわが国の領土、領海、領空に限られるわけではないが、それが具体的にどこまで及ぶかは個々の状況に応じて異なるので、一概にはいえない。しかしながら、武力行使の目的をもって武装した部隊を他国の領土、領海、領空に派遣するいわゆる海外派兵は、一般に自衛のための必要最小限度を超えるものであって、憲法上許されないと考えている。

エ 国際法上、国家は、集団的自衛権、すなわち、自国と密接な関係にある外国に対する武力攻撃を、自国が直接攻撃されていないにもかかわらず、実力をもって阻止する権利を有しているものとされている。わが国が、国際法上、このような集団的自衛権を有していることは、主権国家である以上当然であるが、憲法第9条の下において許容されている自衛権の行使は、わが国を防衛するため必要最小限度の範囲にとどまるべきものであると解しており、集団的自衛権を行使することは、その範囲を超えるものであって、憲法上許されないと考えている。

オ なお、憲法第9条第2項は、「国の交戦権は、これを認めない」と規定しているが、わが国は、自衛権の行使に当たっては、既に述べたように、わが国を防衛するため必要最小限度の実力を行使することが当然に認められており、その行使は交戦権の行使とは別のものである。

2 国防の基本方針

以上に述べた憲法の趣旨に基づいて進められているわが国の防衛政策は、昭和32年5月に国防会議及び閣議で決定された「国防の基本方針」にその基礎を置いている。

この「国防の基本方針」は、まず、国際協調等平和への努力の推進及び民生安定等による安全保障基盤の確立を、次いで効率的な防衛力を漸進的に整備すること及び日米安全保障条約に基づく日米安全保障体制を基調とすることを基本方針として掲げている(日米安全保障条約については資料10参照)。

3 非核三原則

わが国は、核兵器については、「持たず、造らず、持ち込ませず」の非核三原則を国是として堅持している。

核兵器の製造・保有は、原子力基本法の規定の上からも禁止されているところであるが、さらに、わが国は、昭和51年6月、核兵器の不拡散に関する条約を批准し、非核兵器国として核兵器を製造しない、取得しないなどの義務を負っている。

4 シビリアン・コントロール

自衛隊は、国民の意思にその存立の基礎を置くものであり、国民の意思によって整備・運用されなけれぼならない。

自衛隊は、旧憲法下の体制とは全く異なり、厳格なシビリアン・コントロール(文民統制)の下にある。

シビリアン・コントロールの考え方は、欧米等の民主主義国では早くから根強く保持されており、各国の歴史と伝統の中にはぐくまれ、それぞれの制度と運用の実績を持っている。したがって、シビリアン・コントロールの実態を画一的なものとしてとらえることはできないが、現在の欧米等の民主主義国では、シビリアン・コントロールとは、民主主義政治を前提としての、軍事に対する政治優先又は軍事力に対する民主主義的な政治統制を指すといわれている。

一般的に、軍事力は、本来、国の平和と安全を保障するための重要な手段であるが、その強大な実力の運用を誤れば、逆に大きな不幸を招くおそれを持っている。そのため、欧米等の民主主義国において、このような実力集団を政治が支配・統制するための原理として、シビリアン・コントロールという考え方が重要視されるようになったものである。

わが国の場合は、終戦までの経緯に対する反省もあり、他の民主主義諸国と同様、厳格なシビリアン・コントロールの諸制度を採用した。

まず、自衛隊は、国民の代表たる国会によって、そのコントロールを受けている。自衛隊の定員、組織、予算等の重要な事項は国会で議決され、防衛出動については国会の承認が必要とされていること等のほか、自衛隊の諸問題に関しては絶えず国会で審議されている。

次に、内閣は、国会に提出する法律案や予算案を決定し、政令を制定し、あるいは、防衛にかかわる重要な方針や計画を決定している。この内閣を構成する内閣総理大臣その他の国務大臣は、憲法上文民でなければならないことになっている。内閣総理大臣は、内閣を代表して自衛隊に対する最高の指揮監督権を有しており、自衛隊の隊務を統括する防衛庁長官も、文民である国務大臣をもって充てられる。

内閣には、国防に関する重要事項を審議する機関として国防会議が置かれている(第2部第1章第5節参照)。

さらに、防衛庁では、防衛庁長官が自衛隊を管理し、運営するに当たり、政務次官及び事務次官が長官を助けるのはもとより、基本的力針の策定については、いわゆる文官の参事官が補佐するものとされている。

このように、自衛隊を民主的に管理・運営するためのシビリアン・コントロールの制度は、欧米等の民主主義国と同様わが国においても整備されている。

なお、現代においては、軍事が専門化・高度化する一方、国の安全保障政策における外交、経済等、非軍事分野の重要性・多面性も増大しており、このような点を考慮すると、今日、シビリアン・コントロールの制度を運営するに当たっては、政治が軍事を十分に把握し、これを多面的・総合的な安全保障の中にいかに正しく位置付けるかということが極めて重要になっているといえよう。

また、シビリアン・コントロールの制度がその実をあげるためには、政治、行政両面における運営上の努力が今後とも必要であることはもとより、国民全体の防衛に対する深い関心と隊員自身のシビリアン・コントロールに関する正しい理解と行動が必要とされるところである。(高級幹部会同における内閣総理大臣訓示

第2節 防衛計画の大綱

 わが国は、「国防の基本方針」に基づき、国力国情に応じた効率的な防衛力の漸進的な整備を図るため、当面の3年又は5年を対象期間とする防衛力整備計画を4次にわたって策定してきた。これにより、わが国の防衛力は、第2−1表に示すとおり、逐次その充実整備が図られてきた。そして、第4次防衛力整備計画が昭和51年度をもって終了することに伴い、政府は、昭和51年10月、「防衛計画の大綱」(「大綱」)を国防会議及び閣議において決定した。

 「大綱」は、従来の防衛力整備計画のように一定期間内における整備内容を主体とするものではなく、平時から保有すべき必要最小限の防衛力の水準を明らかにし、防衛力の維持及び運用をも含め、わが国の防衛のあり方についての指針を示し、自衛隊の管理及び運営の準拠となるものである。

 昭和52年度以降の防衛力整備は、この「大綱」に従って進められてきた。

 「大綱」の内容は、資料9に示すとおりであるが、ここでは、防衛の構想、保有すべき防衛力及び防衛力整備実施上の方針の概略について述べる。

1 防衛の構想

(1) 侵略の未然防止

わが国の防衛は、わが国自ら適切な規模の防衛力を保有し、これを最も効率的に運用し得る態勢を築くとともに、米国との安全保障体制の信頼性の維持及び円滑な運用態勢の整備を図ることにより、いかなる態様の侵略にも対応し得る防衛体制を構成し、これによって侵略を未然に防止することを基本とする。

 また、核の脅威に対しては、米国の核抑止力に依存するものとする。

(2) 侵略対処

間接侵略事態又は侵略につながるおそれのある軍事力をもってする不法行為が発生した場合には、これに即応して行動し、早期に事態を収拾することとする。

直接侵略事態が発生した場合には、これに即応して行動し、防衛力の総合的、有機的な運用を図ることによって、極力早期にこれを排除することとする。この場合において、限定的かつ小規模な侵略については、原則として独力で排除することとし、侵略の規模、態様等により、独力での排除が困難な場合にも、あらゆる方法による強じんな抵抗を継続し、米国からの協力をまってこれを排除することとする。

2 保有すべき防衛力

(1)防衛の態勢

ア 常時十分な警戒態勢をとり得ること。

イ 国外からの支援に基づく騒じょうの激化、国外からの人員、武器の組織的潜搬入などの事態が生起し、又はわが国周辺海空域において非公然武力行使が発生した場合には、これに即応して行動し、適切な措置を講じ得ること。また、わが国の領空に侵入した航空機又は侵入するおそれのある航空機に対し、即時適切な措置を講じ得ること。

ウ 直接侵略事態が発生した場合には、限定的かつ小規模な侵略については、原則として独力で、また、独力排除が困難な場合は、抵抗を継続し米国の協力をまって、これを排除し得ること。

エ 指揮通信、輸送、救難、補給、保守整備などの各分野において、必要な機能を発揮し得ること。

オ 周到な教育訓練を実施し得ること。

カ 国内のどの地域においても、必要に応じて災害救援等の行動

 を実施し得ること。

(2) 防衛力の量

ア 陸上自衛隊

(ア) わが国の領域のどの方面においても、侵略の当初から組織的な防衛行動を迅速かつ効果的に実施し得る体制を確保するため、わが国の地理的特性等を考慮し、必要となる12個師団及び2個混成団

(イ) これらの師団等を必要に応じて効率的に支援し、補完し、各種機能に欠落を生じないよう、主として機動的に運用する機甲師団、特科団、空挺団、教導団及びへリコプター団を少なくとも各1個単位

(ウ) 政経中枢地域、交通上の要衝及び防衛上の重要地域の低空域防空に当たる8個高射特科群

(エ) これらの基幹部隊と後方支援分野を整えるのに必要な定員18万人

イ 海上自衛隊

(ア) 海上における侵略等の事態に対応し得るよう機動的に運用する艦艇部隊として、常時少なくとも1個護衛隊群を即応の態勢で維持し得る体制を確保するため、艦艇の運用面も考慮し、必要となる4個護衛隊群

(イ) わが国沿岸海域の警戒及び防備に当たるため、わが国の地理的特性に応じて、これを5海域に区分し、それぞれに地方隊を置き、各地方隊に常時少なくとも1個隊を可動の態勢で維持するために必要となる対潜水上艦艇部隊10個隊

(ウ) (ア)及び(イ)の部隊に配備するための対潜水上艦艇合わせて約60隻

(エ) 必要とする場合に、主要海峡等の警戒及び防備に充て得るための潜水艦部隊6個隊及びこの部隊に配備するための潜水艦16隻

(オ) 必要とする場合に、重要港湾、主要海峡等に敷設された機雷の除去、処分などに当たるため、東日本海域と西日本海域とにおいて機動的に運用し得るための2個掃海隊群

(カ) 必要とする場合に、重要港湾、主要海峡等の防備に当たる回転翼対潜機部隊と、周辺海域の監視哨戒及び海上護衛等の任務に当たり得る固定翼対潜機部隊とを合わせて陸上対潜機部隊16個隊

(キ) これらの対潜機を中心に作戦用航空機約220機

ウ 航空自衛隊

(ア) わが国周辺のほぼ全空域を常続的に警戒監視できる体制を確保するため、わが国の地理的特性、レーダー覆域などを考慮し、全国28か所に地上固定のレーダーを配備するために必要となる航空警戒管制部隊28個警戒群

(イ)領空侵犯及び航空侵攻に対して、即時適切な措置を講じ得る態勢を常続的に維持し得る体制を確保するため、わが国の地形、戦闘機の行動半径などを考慮し、必要となる戦闘機部隊13個飛行隊(要撃戦闘機部隊10個飛行隊と着上陸侵攻阻止及び対地支援を本来の任務とする支援戦闘機部隊3個飛行隊とに分けて保有)

(ウ) 政経中枢地域、交通上の要衝及び防衛上の重要地域の高空域防空に当たる6個高射群

(エ) 必要とする場合に、航空偵察に当たる航空偵察部隊1個飛行隊

(オ) 必要とする場合に、地上レーダーの欠点を補完し、航空機の低空侵入に対する早期警戒監視に当たる警戒飛行部隊l個飛行隊

(カ) 必要とする場合に、航空輸送を実施する航空輸送部隊3個飛行隊

(キ) 戦闘機を中心に作戦用航空機約430機

以上の各自衛隊の規模を昭和60年度の防衛力整備により達成が見込まれている規模と比較すると、第2−1表に示すとおりである。

(3) 防衛力の質

「大綱」は、防衛力の整備に当たっては、諸外国の技術的水準の動向に対応し得るよう、質的な維持向上に配意する旨定めている。この理由は、技術の進歩とともに、常に向上を続ける脅威の質に見合った防衛力の質を維持しなければ、侵略の未然防止も侵略の排除も不可能となり、そもそも防衛力を保有する目的自体が果たせなくなるからである。

このため、わが国は、今後とも、憲法の許容する範囲内において、防衛力の質的水準の向上を推進していかなければならない。

また、そのため、装備品などの整備に当たっては、その適切な国産化につき配意するとともに、技術研究開発態勢の充実に努めることとしている。

3 防衛力整備実施上の方針

以上のようなわが国が保有すべき防衛力の目標を具体的に整備していくに際しては、「大綱」には、そのときどきにおける経済財政事情等を勘案し、国の他の諸施策との調和を図りつつ行うものとするとの基本方針が示されている。

当面の各年度の防衛関係費の規模については、政府としての総合的な見地から、この「大綱」とは別に、昭和51年11月、国防会議及び閣議で「防衛力整備の実施に当たっては、当面、各年度の防衛関係経費の総額が当該年度の国民総生産の100分の1に相当する額を超えないことをめどとしてこれを行うものとする」ことが決定されている。

昭和60年は、「大綱」が定められてから9年目となるが、第1部で述べたとおり、一貫して続けられてきた極東ソ連軍の増強などにより、わが国周辺における国際軍事情勢は、「大綱」策定時に比較して厳しさを増してきている。かかる状況下にあって歴代内閣は、この国防会議及び閣議決定を守りつつ、「大綱」の早期達成を図るべく努力してきたところである。

防衛関係費の国民総生産に占める比率は、経済成長の鈍化等もあって逐年上昇し、昭和60年度当初予算において、その比率は0.997%となり、防衛関係費と昭和60年度の国民総生産の100分の1に相当する額との隙間は、約89億円となっている。他方、わが国の防衛力は、わが国が平時から保有すべき必要最小限の防衛力の水準を定めた「大綱」の水準に到達していないのが現状である。したがって政府としては、この水準をできる限り早く達成することが当面の急務であると考え、防衛力の整備を推進することとしている。

第3章 自衛隊の意義と役割

第1節 自衛隊の意義

1 わが国の防衛力としての自衛隊

自衛隊は、わが国の平和と独立を守り、国の安全を保つため、直接侵略及び間接侵略に対し、わが国を防衛することを主たる任務とする防衛力である。もちろん、自衛隊は、侵略に対する防衛任務のほかにも様々な任務をもっているが、自衛隊の、本来のそして最も重要な任務は、外国からの侵略に対する国の防衛である。特に、直接侵略に対する防衛力としての意義は重要であり、これが備わっていれば、間接侵略や軍事力をもってする不法行為にも対処できることとなる。

直接侵略を未然に防止するためには、外交努力を始めとして、経済協力等各種の努力も重要であるが、それだけで侵略を必ずしも防止できるとは限らないので、防衛力によって侵略を抑止し、万一侵略が行われたときはこれを排除することができる態勢を整えておくことが必要である。

自衛隊は、日米安全保障条約に基づいてわが国を防衛する米軍とともに、侵略に対する最後の保障ともいうべきものであって、わが国の平和と安全にとって重要かつ不可欠の機能を果たしている。

また、自衛隊は、外国の教唆又は干渉によって引き起こされる大規模な内乱及び騒じょうである間接侵略その他の緊急事態に際し、一般の警察力だけでは対処できない場合、公共の秩序の維持に当たる任務をも有している。

このほか、自衛隊は、天災地変その他の災害に際して、災害救援活動による国民の生命・財産の保護に貢献していることを始めとして、その他の様々な活動を通じて国民生活に幅広く寄与している。さらに、自衛隊は、平素から、領空侵犯に対する措置、わが国の領域及びその周辺海空域における警戒監視等を実施するとともに、自衛隊の種々の任務を有効に遂行し得るよう部隊の練成訓練に努めている。

わが国が精強な自衛隊を保持し、その整備充実のため、厳しい財政事情の下、毎年最大限の努力を行っていることは、わが国に対する侵略を排除する決意と姿勢を示すものであり、侵略を抑止するために必要である。

このような努力は、米国のわが国に対する信頼を強め、日米安全保障体制を堅持していく上で重要であり、極東の平和と安全にも貢献するものである。

2 核の時代における自衛隊の意義

自衛隊は核兵器を保有せず、また、その規模や装備等も自衛のため必要な最小限度のものに限られているが、それでは、米ソ両大国がそれぞれ巨大な核戦力と強大な通常戦力を持って対峙している今日の国際軍事情勢の中で、国を守る防衛力としてどのような意義を持っているのであろうか。また、わが国は、核の脅威に対しては、米国の核抑止力に依存するものとしているが、どのような理由により核の脅威から安全が保障されるのであろうか。これらについて理解するためには、まず、核抑止力が一般的にどのように機能するのか、そのような中で、通常戦力はどのような役割を果たすのかということについて理解した上で、自衛隊の意義を考えることが必要であろう。

核兵器は、人類とその文明を破滅させかねない力をもっているため、核兵器の使用及びそれに至る大規模な軍事力の使用は強く抑止されるものと考えられる。すなわち、核兵器の使用については、戦術核兵器であれ、中距離核兵器であれ、また、使用目的を限定するか否かにかかわらず、一方がこれを使用すれば、相手側も核兵器で報復し、結果としてその使用がますます拡大され、ひいては戦略核兵器の使用を含む全面的な核戦争に発展する危険性が極めて大きい。したがって、米ソ両国が圧倒的な核戦力を保有している今日、核兵器の使用は、相互の確実かつ徹底的な破壊につながるおそれがあるとの双方の認識により強く抑止されるものと考えられる。

さらに、通常戦力の使用についても、その規模態様等によっては核兵器の使用を誘発し、全面核戦争にまで発展しかねない危険があり、したがって、このような通常戦力の使用も強く抑止されていると考えられる。

他方、通常戦力による限定的な紛争については、核をもってこれに対処することは紛争の危険な拡大をもたらすものであり、この意味において核抑止力だけでこのような紛争を抑止することは困難となっている。このような現実に照らし、主要各国は、核兵器の保有国であると否とを問わず、通常戦力による紛争等を抑止し、また、必要な場合、これに対処するために通常戦力の整備に努力しているのが現状である。

ここで、わが国の場合を考えてみよう。わが国と安全保障条約で固く結ばれた同盟関係にある米国は、核戦力から通常戦力に至る多様な戦力を保持することにより、いかなる侵略であれ、これを未然に防止し、紛争が生起した場合にはこれに有効に対処し得る態勢の確保に努めており、わが国に対しても、核戦力であれ、通常戦力であれ、日本への武力攻撃があった場合、日本を防衛する旨を明言している。

このことは、仮に、わが国を侵略しようとする国がその手段として核兵器の使用を考えたとしても、これを実行すれば、その国にとって強大な核戦力を有する米国との対決という極めて大きな危険を伴うことを意味し、その結果、強力な米国の戦力により大打撃を受けて侵略の継続が困難となるか、それとも米国との全面戦争に突入する危険を冒すかのいずれかの結果とならざるを得ないであろう。したがって、わが国に対する侵略の手段として核兵器を使用することは、その国にとって極めて大きな危険を伴うものであり、容易に決断できることではない。すなわち、信頼性のある日米安全保障体制の下では核を含む米国の抑止力が、わが国に対する核攻撃を強く抑止することになる。

また、わが国に対する通常戦力による侵略も、核兵器の使用につながるおそれのあるような規模態様等のものについては、侵略国は、米国との全面対決、ひいては核戦争へと発展するかもしれない危険をも辞さないという覚悟が必要であることから、核を含む米国の抑止力により強く抑止されるものと考えられる。

他方、このような規模態様等ではない通常戦力による侵略で、侵略国が米国との本格的対決を避けつつこれを行い得ると判断するようなものに対しては、米国の核抑止力だけで抑止することは困難である。したがって、このような侵略を抑止し、万一実際に侵略が行われた場合にはこれに対処して、わが国を守るために、通常戦力が果たすべき役割は極めて大きなものがある。精強な自衛隊の保持は、核及び通常戦力から成る米国の抑止力とあいまって、あらゆる態様の侵略を未然に防止するとともに、万一実際に侵略が行われた場合にはこれに対処する上で大きな役割を果たしているものである。

3 侵略に対する抑止力としての自衛隊の意義

わが国の平和と繁栄及び安全で幸福な国民生活の確保のためには、侵略を未然に防止することが重要である。

侵略を未然に防止するためには、わが国を侵略しようと意図する国に対し、わが国の防衛態勢が堅固であるため、実際に侵略を行っても成功する可能性は少なく、かえって手痛い損害を受けるであろうということを認識させて、その意図を断念させて侵略を抑止することが必要である。

自衛隊は、日米安全保障体制とあいまって、侵略を未然に防止する抑止力として重要な意義を持っている。このような自衛隊の抑止力は、万一実際にわが国に対する侵略が行われた場合に、独力で、あるいは米軍と共同して侵略を排除することができる強い対処力があって初めて生まれるものである。すなわち、この抑止力は、対処力と表裏一体の関係にあり、侵略に対するわが国の抑止力を強化するためには、自衛隊の整備充実に努め、その能力の向上を図ることが肝要である。

第2節 主要な防衛作戦と各自衛隊の役割

1 直接侵略の態様

わが国に対する侵略の規模態様については、そのときの国際軍事情勢やわが国の防衛態勢、侵略国の意図等によって様々なものがあり得ようが、わが国の地理的環境等から判断すれば、わが国に対する武力攻撃の主要な形態としては、陸・海・空戦力をもってする着上陸侵攻、海・空戦力をもってする領域攻撃、海・空戦力をもってする海上交通妨害、また、これらが複合したものなどが考えられる。

わが国に対して、万一このような形態の武力攻撃が行われた場合、陸・海・空各自衛隊は、相互に緊密な連係の下に、わが国の防衛に当たる。また、日米安全保障条約に基づいて米軍と自衛隊とが共同して、わが国の防衛に当たることはいうまでもない。

以下、本節においては、わが国に対する直接侵略事態における主要な防衛作戦である防空、着上陸侵攻対処及び海上交通保護のそれぞれの作戦について、その意義、防衛の構想、陸・海・空各自衛隊の役割等について述べる。

なお、これらの防衛作戦に必要な防衛力の各機能別の現状及び課題等については、第3部第1章第2節において述べる。

2 防空

(1) 防空の重要性

わが国に対する直接侵略が行われる場合、わが国の地理的特性と近代戦の様相から、わが国に対する本格的な侵攻は、まず航空機による攻撃で開始され、この航空攻撃は、武力侵攻が続いている期間中、反復して行われる可能性が大きいと考えられる。

わが国に対する航空攻撃が行われる場合には、国内に混乱を引き起こし、国民の抵抗の意志を挫折させることを狙った政治・経済の中枢、交通上の要衝等に対する攻撃を始め、様々なものがあり得よう。

最近の航空機は、速度、運動性能、航続距離、攻撃能力、電子戦能力、高高度又は超低空侵入能力等が著しく向上しており、わが国に対する航空攻撃が行われる場合には、爆撃機だけでなく、高性能の戦闘爆撃機による攻撃の脅威も増大してきている。このような航空機の進歩は、わが国の地形が縦深性に乏しく、航空攻撃に対する防御の面において不利であることなどとあいまって、わが国の防空作戦に難しさを加えている。

もし、わが国がこのような敵の各種の航空攻撃に対処できず、敵に航空優勢を奪われた場合には、国土や国民の披害も大きなものとなり、海上交通の安全も脅かされ、また、各種の防衛作戦の遂行にも重大な支障が生じよう。防空作戦の成否は、その後の防衛作戦全般に影響するところが非常に大きいため、各種の困難を克服して有効な防空作戦を遂行することは、わが国の防衛上必要不可欠の条件である。

わが国の防空は、政治・経済の中枢等の要地・要域を守るために航空自衛隊が主体となって行う全般的な防空と、陸・海・空各自衛隊がそれぞれの基地や部隊等を守るために行う個別的な防空とに区分することができる。

なお、航空自衛隊が防空作戦を実施する場合、米軍航空部隊は、これを支援するとともに、航空打撃力を有する航空部隊の使用を伴うような作戦を含め侵攻兵力を撃退するための作戦を実施することになるが、このことは、わが国の防空をより確かなものとし、敵の航空攻撃に対する抑止力を一層強めることにつながるものである。

(2) 全般的な防空作戦

全般的な防空作戦は、侵攻してくる敵の航空機をできるだけわが国の領域外で要撃し、また、可能な限りわが国の要地・要域が攻撃される前に撃破して国土と国民の被害を防ぎ、敵に航空優勢を獲得させず、防衛作戦の遂行能力を確保するとともに、敵の航空戦力に侵攻の都度大きな損耗を強い、わが国に対する航空攻撃の継続を困難にさせることを目的とする。

この全般的な防空作戦は、レーダーサイトや早期警戒機のレーダーとコンピューターのシステムにより、侵攻してくる敵の航空機を早期に発見、識別し、味方の戦闘機及び地対空ミサイルに対する目標の割当て、要撃管制等を迅速かつ効果的に行い得る航空警戒管制部隊、機動力と運用の柔軟性に優れ、特に遠距離、広範囲における防空に不可欠な高性能の要撃戦闘機部隊、迅速な対処が可能で、特に要地・要域の防空に適した地対空ミサイル部隊などの有する各種の防空機能を有機的に組み合わせ、組織的かつ総合的に実施される(第2−1図参照)。

なお、その際、陸上自衛隊のホークミサイル部隊が、全般的な防空の一翼を担うことは、いうまでもない。

全般的な防空作戦を成功させるためには、その作戦を実施する主要な部隊である航空警戒管制部隊、要撃戦闘機部隊及び地対空ミサイル部隊が、侵攻してくる敵の航空機やその搭載兵器、電子戦等に有効に対処できることが必要である。このためには、諸外国の技術的水準の動向に対応できるよう、装備品の質的向上を図るとともに、部隊の練度の維持向上に努めることが肝要である。また、わが国に対する直接侵略が開始された当初から、これを排除するまでの全期間を通じて組織的かつ有効な防空作戦を継続できることが必要である。このためには、わが防空機能が敵の航空攻撃により地上で破壊されることがないよう、航空基地等の抗たん性の強化や要撃戦闘機等の機動運用等に必要な各種支援能力の整備、ミサイルその他の防空作戦用資材の備蓄等に努力していくことが重要である。

(3) 基地・部隊等の防空

各自衛隊の基地や部隊等が航空攻撃を受けた場合に各自衛隊が個別的に実施する防空は、自らを防護してその防衛作戦遂行能力を維持するために必要であるばかりでなく、これにより多数の敵の航空機を撃破することにより、全般的な防空とあいまって、防空作戦の効果を増大させるものである。このため、各自衛隊の基地や部隊等の防空についても、その能力を高めるため努力していくことが必要である。

3 着上陸侵攻対処

(1) 着上陸侵攻対処の重要性

着上陸侵攻は、侵略国が領土の占領等の目的で、海・空戦力を使用しつつ、地上部隊等を海を隔てた相手国の国土に着陸又は上陸させて侵略する侵攻形態である。

四面環海の島国の上、陸・海・空の各自衛隊を保有するわが国に対して着上陸侵攻を行おうとする場合には、地上部隊等をいきなり侵攻させることは容易でないため、敵は、航空優勢及び海上における優勢の確保を図るとともに、艦船、航空機などを用いて、地上部隊等のわが国土への侵攻を図ることが予想される。もとより、わが国に対する地上部隊等の侵攻は、必ず海を越えて行われなければならないため、陸続きの国に対する侵攻とは異なり、一時に侵攻し得る兵力量などが制約を受けることは否定できない。しかし、艦船や航空機による輸送能力が発達した今日においては、各種の艦船、航空機を使用して、地上部隊等をわが国に着上陸侵攻させることは不可能なことではない。

もし、わが国に対してこのような着上陸侵攻が行われるならば、国土が戦場となる重大な事態となる。したがって、わが国に対する着上陸侵攻が行われても、これに十分対処して撃退し得る防衛能力を保持することにより、これを抑止することがわが国防衛上重要である。

(2) 洋上撃破

わが国に対する着上陸侵攻が行われる場合、わが国土に直接被害が及ばないよう、陸・海・空の防衛力をもって、敵の侵攻をできる限り洋上で撃破することが必要である。

自衛隊は、海上自衛隊の艦艇等による攻撃、航空自衛隊の支援戦闘機等による航空阻止、陸上自衛隊の対艦ミサイル等による射撃などにより、敵地上部隊等がわが国土に侵攻する以前に撃破して着上陸侵攻を阻止することに努める。

わが国が洋上撃破のための防衛力を整備しておくことは、敵の着上陸侵攻を抑止し、万一侵攻があった場合これに対処するために重要な意義を持つものである。

(3) 陸上防衛

洋上で侵攻部隊に打撃を与えても、なお有力な敵の地上部隊等がわが国土に上陸してくる場合、陸上自衛隊の部隊は、海岸の地形・地物や応急陣地に拠って、対舟艇ミサイルその他各種の火器、地雷等により、上陸用舟艇等で上陸してくる敵に対し水際防御に努める。さらに、敵が上陸してきた場合には、海岸に近い地域において、陸上自衛隊の師団その他の基幹部隊を主力とする各種の防衛力を集中し、海・空自衛隊も協力して、敵を撃破し、わが国土から排除する。また、敵の空挺攻撃やへリボン攻撃に対しては、陸・空各自衛隊の防空作戦により、敵の降着前から撃破を図るとともに、降着後は、陸上自衛隊が火力と機動打撃力をもって敵降着部隊を撃破する(第2−2図参照)。

万一敵地上部隊等を沿岸地域で早期に撃破し得なかった場合には、内陸部に通ずる要地において、わが国土の地形を利用して持久作戦を行い、この間に、他の地域から部隊を集結し、反撃態勢を整え、侵略を排除することとしている。

なお、米軍は、必要に応じ来援し、反撃のための作戦を中心に陸上自衛隊と共同して作戦を実施することとなる。

このような陸上防衛作戦を成功させるためには、陸上自衛隊が敵の行動に即応して部隊を移動・集中させるための優れた機動力、敵の航空攻撃を排除し、空中からの侵入を阻止するための有効な対空火力、敵の主力を直接撃破するための強力な野戦特科火力等と戦車を中心とする機動打撃力、現代戦に不可欠な通信・情報・電子戦能力等を有していることが必要である。また、所要の人員を始め、装備品や弾薬その他の資材が充足され、かつ、部隊が練成されていることや増援部隊の輸送体制が整備されていることなどが重要である。

わが国に対する着上陸侵攻は、わが国の安全と独立にとって極めて重大な事態であるので、これに対して、わが国が強じんな陸上防衛力を始めとして、有効な洋上撃破能力、防空能力等幾重にも備えた防衛力を整備しておくことは、日米安全保障体制とあいまって、わが国の防衛態勢を奥行きの深い堅固なものとし、わが国に対する侵略を意図する国があっても、着上陸侵攻が困難であることを認識させることになり、このような侵略を抑止するための要件となるものである。

4 海上交通保護

(1) 海上文通保護の重要性

四面を海に囲まれた狭小な国土に多くの人口を抱え、資源、エネルギー、食糧等の大部分を海外に依存するわが国がその生存と発展を続けていくためには、わが国の生命線ともいえる海上交通の安全が確保されることが重要である。

また、有事の際における継戦能力の保持という観点からも、海上交通の安全確保が必要である。

もし、侵略国によるわが海上交通に対する妨害が行われ、海上文通が途絶するようなことになれぼ、わが国の経済や国民生活に重大な障害が生じ、これに対処する有効な手段がなければ、わが国は深刻な事態に陥るにとになろう。したがって、有事に際して、わが国がその生存と安全のために必要な限度の海上交通の安全を確保することは、わが国防衛上重要である。

敵が、わが国の海上文通を妨害しようとする場合には、潜水艦や航空機を使用してわが国周辺の海域を航行する船舶を攻撃し、また、状況や場所によっては、水上艦艇を使用することや機雷を敷設することもあり得よう。特に潜水艦は、隠密裡に行動し、その所在を秘匿しながら長時間にわたって作戦を継続できる大きな行動力と攻撃力を持っているため、有事の際にわが国の海上交通の安全を確保するには、攻撃してくる敵の潜水艦を早期に探知して撃破するための対潜能力の充実が重要である。また、航空機も長射程の空対艦ミサイル等による攻撃を行い得るため、船舶にとって大きな脅威となることから、これに対する洋上防空の重要性が増大している。さらに、機雷も、その性能が向上しているため、わが国の重要港湾・水路等に敷設された場合、適切な対処方法がなければ、海上交通の安全にとって大きな脅威となる。したがって、最新の機雷にも有効に対処し得る対機雷戦能力の保持も必要である。また、水上艦艇による海上交通の妨害に対する備えにも留意する必要があろう。

(2) 対潜戦

潜水艦は、レーダーの電波を通さない海水中を行動するため、主として音波を利用する以外にこれを探知する有効な手段がない。しかも、音波の海水中での伝わり方は、海域、季節、深度等により様様に変化するはか、海水中には種々の雑音も多く、潜水艦の探知は容易ではない。その上、新しい世代の原子力潜水艦に代表されるように、最近の潜水艦は、水中速力、潜航持続力、深深度潜航能力、静粛性等の性能が著しく向上している。したがって、潜航している潜水艦を確実に探知し、撃沈できる単一の対潜装備はなく、また、潜水艦の攻撃から海上交通の安全を確保するための作戦も単一のものではあり得ない。

このため、海上自衛隊は、第2−2表に示すようなそれぞれの特徴を持った護衛艦、潜水艦、固定翼対潜機、対潜へリコプター等の各種の対潜装備を有機的に組み合わせ、各種のソーナーやソノブイを主体とした捜索・探知用の機器と対潜ホーミンダ魚雷を主体とする攻撃用の武器を使用して総合的な対潜戦を行うこととしている(第2−3図参照)。

この対潜戦は、敵の潜水艦の攻撃がらわが国の海上交通を守るため、固定翼対潜機部隊と対潜へリコプター搭載護衛艦部隊が密接に連係しつつ、さらに潜水艦部隊や地方隊の護衛艦部隊、対潜へリコプター部隊等も加わって、わが国周辺の海域の哨戒を行し、、敵の潜水艦の捜索、探知、撃破に努める。航路帯が設けられた場合にはこれを重点的に警戒し、必要な場合には船舶の護衛を行い、攻撃してくる敵潜水艦を探知し、撃破する。わが国の重要港湾・水路等に接近し攻撃しようとする敵潜水艦を探知し、撃破する。海峡における敵の潜水艦の自由な通峡を阻止し、これを撃破するなどの各種作戦の累積効果によって敵の潜水艦兵力に大きな損耗を強い、海上交通破壊作戦の継続を困難にさせるものである。

このような対潜戦を有効に行って海上交通の安全確保を期するためには、潜水艦の著しい性能向上に対応し得るよう、護衛艦や対潜哨戒機を始めとする各種の対潜装備の質の向上と対潜魚雷等の備蓄、整備などに努めていくことが必要である。

(3) その他の主要な作戦等

潜水艦以外の方法による海上交通への妨害に対する防衛作戦のうち、洋上防空については、海上自衛隊の護衛艦部隊が防空戦を実施するほか、航空自衛隊が可能な範囲で周辺空域における防空作戦を行うことになる。護衛艦部隊による防空戦は、各種の艦対空ミサイルや高性能の対空砲等によって敵の航空機の撃破に努めるとともに、飛来してくる敵の空対艦ミサイルそのものを破壊し、あるいは電波妨害等によってこれを回避するなど縦深的に行われる。この場合、航空自衛隊は、防空情報の伝達を始め、可能な限りの支援を行う。

また、わが国の港湾・水路等に対して敵の潜水艦、航空機等による機雷の敷設が行われた場合には、海上自衛隊の掃海艇部隊、掃海へリコプター部隊、水中処分隊などが対機雷戦を実施する。また、敵の水上艦艇からの攻撃に対しては、航空自衛隊の支援戦闘機や海上自衛隊の護衛艦、潜水艦、対潜哨戒機等により対処することになる。

そして、わが国が武力攻撃を受けた際は、米海軍部隊は、海上自衛隊の行う作戦を支援するとともに、機動打撃力を有する任務部隊の使用を伴うような作戦を含め、侵攻兵力を撃退するための作戦を実施する。

わが国がこのような海上交通の安全確保のための有効な手段を持つことが、わが国の海上交通に対する妨害の発生を抑止することにつながることはいうまでもない。

 

(注) 航空阻止主として支援戦闘機により、洋上においては艦船攻撃を行って侵攻兵力を撃破(洋上撃破)し、また、着上陸した部隊に対しては敵の後方連絡線、資材集積所、交通要路などに対する航空攻撃を行い、侵攻部隊の作戦遂行能力の減殺を図る作戦をいう。

第4章 日米安全保障体制

第1節 日米安全保障条約

1 旧日米安全保障条約

わが国は、昭和26年9月、「日本国との平和条約」に署名するとともに、米国と「日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約」(いわゆる旧安保条約)に署名し、これらの条約は、翌昭和27年4月に発効した。

わが国は、この旧安保条約の締結によって、国防の基礎を米国との安全保障体制に置くという国家としての基本的な方針を選択したのである。

この時期、米ソ両国の対立は、既に激化しており、わが国周辺地域においても、昭和25年に勃発した朝鮮戦争が継続しているなど、国際軍事情勢は厳しいものがあり、戦後の復興の緒について間もないわが国にとって、国の平和と独立を守るため、米国との安全保障条約を締結することは、わが国にとってどうしても必要であり、また、最も賢明な方法であった。

このような状況を背景として締結された旧安保条約は、米軍のわが国における駐留権に重点が置かれ、米軍は極東における国際の平和と安全の維持に寄与し、並びにわが国内における大規模な内乱及び騒じょうの鎮圧、外部からの武力攻撃に対するわが国の安全に寄与するために使用することができることとなっていた。

2 現在の日米安全保障条約

昭和30年代に入っても、米ソ両国の対立は、依然として継続していた。米ソ両国が昭和20年代後半から昭和30年代前半にかけて水爆やICBMを相次いで保有したことによる国際軍事情勢の変化、世界各地で頻繁に発生する紛争、動乱等から、わが国が国防の措置を講ずる必要性は、ますます大きくなった。わが国は、昭和29年7月に自衛隊を設置し、自衛力の整備に着手していたが、国際軍事情勢等を考慮すれば、引き続き米国との安全保障体制をわが国の国防の基調とすることが必要であったため、昭和32年5月「国防の基本方針」(第2部第2章第1節参照)を決定し、その中でこの基本的な立場を明確にした。

ところで、昭和26年に署名された旧安保条約は、講和条約締結当時の特殊な状況の下に締結されたものであったため、わが国の実情に一層よく合うよう、わが国は条約の改定を提議し、昭和35年1月、新たに「日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約」に署名した。

この改定においては、旧安保条約に規定されていた米軍の内乱出動条項を削除し、米国の日本防衛義務を明示するとともに、有効期間について10年の後は1年の予告をもっていずれの当事国も条約を廃棄できることを規定した。また、わが国に駐留する米軍の一定規模以上の増加、核兵器のわが国への持ち込み、戦闘作戦行動(わが国防衛のためのものを除く。)のための基地としての施設及び区域の使用については、これらの行動が、わが国の意思に反して一方的に行われることのないよう、別に交換公文をもって米国政府による日本国政府との事前協議を義務づけた。いわゆる在日米軍の地位に関する行政協定も同時に現行の地位協定に改定された。さらに、これらの改定のほかに、日米両国間の政治、経済上の関係も明らかにされ、日米両国が「平和的かつ友好的な国際関係の一層の発展に貢献する」とともに「両国の間の経済的協力を促進する」として政治及び経済面での協力を一層発展させようとの考えを明らかにした。(第2−4図 世界の集団安全保障体制

3 日米安全保障条約の内容

(1) 第5条(日本の防衛)及び第6条(施設・区域の提供)

この条約は、わが国への武力攻撃があった場合、日米両国は、これを共通の危険として対処すること及びわが国の安全と極東の平和を維持するためわが国の施設及び区域を提供することを定めている。

すなわち、日米安全保障条約は、その第5条において、日米両国は、「日本国の施政の下にある領域における、いずれか一方に対する武力攻撃が、自国の平和及び安全を危うくするものであることを認め、自国の憲法上の規定及び手続に従って共通の危険に対処するように行動することを宣言する」と規定し、わが国への武力攻撃があった場合において、日米両国が共同対処することを定めた。また、第6条において、「日本国の安全に寄与し、並びに極東における国際の平和及び安全の維持に寄与するため、アメリカ合衆国は、その陸軍、空軍及び海軍が日本国において施設及び区域を使用することを許される」と規定し、わが国と極東の平和を維持するため、米軍がわが国の施設及び区域を使用することを認めた。

この条約の下で、米国は、日本に対する武力攻撃がなされた場合、日本防衛の義務を負っているが、わが国の施政の下にある領域以外の場所で米国が攻撃されても、わが国はこれを防衛する義務を負わないこととなっている。この点は、わが国が憲法上、集団的自衛権を行使し得ないことによるものである。

(2) 他の分野での友好協力関係

また、この条約は、「日本国とアメリカ合衆国との相互協力及び安全保障条約」という名称にも表れているとおり、防衛面の規定のほかに、政治的及び経済的協力の促進についても規定している。

米国との間の緊密な友好協力関係の保持は、わが国の安全はもちろんその発展と繁栄のために必要不可欠なものであり、これまでわが国の経済的発展と国民生活の大幅な向上に寄与したことは、疑いのないところである。

4 今日における条約

本年は、日米安全保障条約が改定されてから25年目に当たる。最近では、日本国民の多くが、日米安全保障条約が日本の平和と安全に役立っていると評価しており、また、米国民の多くも、これが米国の安全保障にとって有益であると認識している(資料39参照)。

改定後四半世紀経た日米安全保障条約は、現在では、両国において、その意義が高く評価され、その地位が揺るぎない確固たるものとなっており、その重要性がますます増大してきているといえよう。

日米安全保障条約は、とかく軍事面だけに着目されがちであるが、過去良好に続いた日米両国の基本的関係や日本の目覚ましい発展は、その基礎に日米両国の友好関係を裏打ちする日米安全保障条約の存在があった事実を忘れてはならず、将来においても日米安全保障条約の持つこのような役割を重視しなければならない。

第2節 日米安全保障体制の意義

1 日米安全保障体制による間隙のない防衛態勢の構築

日米安全保障体制は、わが国の防衛の基調をなすものであり、わが国の安全保障にとって必要不可欠の要素である。

わが国が置かれている国際環境の下において、平和と独立を守り、国の安全を確保するためには、核兵器の使用を含む全面戦から通常兵器によるあらゆる態様の侵略事態、さらには軍事力による示威、恫喝といった事態に至るまでのあらゆる事態を未然に防止し、万一の場合に対応することのできる間隙のない防衛態勢を構築することが必要である。しかし、わが国独自でこのような防衛態勢を築くことは、到底不可能である。このため、わが国は、米国との間に日米安全保障体制を堅持し、核の脅威に対する抑止力や通常兵器による大規模侵略に対する対処能力など、わが国防衛力の足らざるところを米国との安全保障体制に依存することとしている。

2 日米安全保障体制による侵略の抑止

日米安全保障体制は、わが国の防衛力の足らざるところを補って、わが国に対するあらゆる態様の侵略を抑止する上で重要な意義を持っている。

この体制の存在により、わが国に対する侵略を意図する国があったとしても、実際に武力攻撃を行えば、精強な自衛隊のみならず、強力な米軍とも直接対決する可能性を有することになり、侵略国は相当の犠牲を覚悟しなければならないため、侵略することをためらわざるを得ず、侵略を未然に防止することになる。また、仮に武力侵略が行われるとしても、侵略国は、米国との本格的な対決を避けるような侵略態様を選ばざるを得なくなり、この結果、侵略の規模、手段、期間などが限定されることとなろう。

3 極東における国際の平和と安全に貢献する日米安全保障体制

日米安全保障体制は、米国が日米安全保障条約に基づいてわが国の安全及び極東における国際の平和と安全の維持のためにわが国が提供する「施設及び区域」を使用し、わが国に米軍を駐留させることを可能としている。これによる在日米軍のプレゼンスは、わが国の安全に直接に大きく寄与しているのみならず、極東の平和と安全にも貢献している。

第3節 日米安全保障体制の信頼性の維持向上

 日米安全保障体制を、いかなる場合においても有効に機能させることが、わが国の安全をより確実に保障するための必須の条件である。

 日米安全保障体制の信頼性の維持向上のためには、日米両国があらゆる機会をとらえて間断のない対話を行うことにより相互信頼と協調関係の確立を図るとともに、日米双方がそれぞれ応分の責任を果たし、同体制が有効に機能するような態勢の確保に努めることが必要である。

 このため、わが国は、自ら防衛力整備の努力を行ってきているほか、日米安全保障体制の効果的運用を図る観点から、昭和53年に日米間で策定された「日米防衛協力のための指針」に基づき、日米間の共同対処行動の際の具体的な防衛協力のあり方について研究・協議を進めるとともに、日米共同訓練の実施を通じて平素から自衛隊と米軍との間の相互理解を深め、有事における日米共同対処行動の円滑な実施の資とすべく努力している。同様の観点から、米軍がわが国への駐留に関連して負担する経費の軽減について現行の地位協定の範囲内でできる限りの努力を続けているとともに、空母艦載機の着陸訓練場の確保の問題や池子弾薬庫における米軍家族住宅の建設問題などについてその解決に努力しており、また、新たに米国の要請に応じ、防衛分野における技術の相互交流の一環として米国に武器技術を供与する途を開いたところである。

 一方、米国においても、極東における軍事バランスの改善に努め、米国のコミットメントの意思を明確にして、日米安全保障体制の信頼性の維持向上を図ろうとしているところである。これらの一環として、米国は昭和60年以降、青森県三沢飛行場に戦闘機F−16を配備する方針を日本側に表明しており、本年4月から配備が開始された。

 このような日米安全保障体制の信頼性の維持向上のために行われている「日米防衛協力」の現状については、第3部第3章で述べる。