第1部

世界の軍事情勢

第1章 全般的な軍事情勢

第1節 軍事面からみた世界の構造

 今日の国際軍事情勢は、政治・経済体制及びイデオロギーを異にする米国及びソ連をそれぞれ中心とする東西両陣営の軍事的対峙を基本的枠組みとしており、東西両陣営は、米ソの圧倒的な軍事力とこれを背景とする集団安全保障体制をそれぞれ基礎として成り立っている。

 ソ連は、強力な戦略核及び中距離核等の核戦力を保持するとともに、欧州から極東に至る自国領土、東欧諸国等に膨大な地上戦力及び航空戦力を配備しているほか、自国周辺の海域はもとより、アメリカ近海、地中海、インド洋、南シナ海などの遠隔地にまで海上戦力を展開させている。

 これに対し、米国は、戦略核、中距離核等の核戦力を保持し、同盟国に対し、いわゆる核の傘を提供しつつ、同盟国に対する防衛コミットメントの裏付けとして、欧州からアジアに至るソ連周辺地域に所在する同盟国に、主として地上戦力及び航空戦力を配備し、また、太平洋、大西洋、インド洋などの主要な海域に海上戦力を配備している。

 このように、米ソ両大国を中心とする東西両陣営の軍事的対峙は、グローバルな規模のものとなっている。第2次世界大戦後現在に至るまでの間には、「ベルリン封鎖」や「キューバ危機」のような危機が生じたこともあったが、米国を始め自由主義諸国が信頼し得る抑止力の維持、強化に努めてきたこともあり、核戦争及びそれに至るような大規模な軍事衝突は幸いにして今日まで回避されてきた。しかしながら、ソ連は、1970年代のいわゆるデタント期において米国が国防努力を抑制していた間も、一貫して軍事力を増強してきたため、その蓄積効果には、近年特に顕著なものがある。

 さらに、ソ連は、このような軍事力増強を背景として、中東、アフリカ、東南アジア、中米等への勢力伸張に努めている。これらの地域は、領土、民族、宗教、イデオロギー等多くの紛争要因を抱えた不安定な地域であるため、ソ連の進出の格好の目標となっているが、他方、自由主義諸国にとっても、これらの地域は、その生存と繁栄に不可欠な石油を始め各種資源・エネルギーの供給地であることから、これらの地域における平和と安定の確保は、世界の平和と安定にとって極めて重要となっている。

 これらのことから、現下の国際軍事情勢には、厳しく、複雑かつ流動的なものがあり、このような認識に立って、米国は、抑止力の維持、強化を図るため、戦力の全般的な近代化と態勢の強化に努めており、その効果も徐々に表れ始めている。また、米国以外の自由主義諸国も、それぞれの立場に応じて引き続き防衛力の強化に努めている。同時に、米国を始めとする自由主義諸国は、このような国防努力を背景に、より低いレベルでの軍事力の均衡を目指して、ソ連に対し、実質的かつ公正で検証可能な軍備管理・軍縮に応ずるよう求めている。

第2節 米ソを中心とする東西対立の経緯

 第2次世界大戦後今日に至る約40年間の国際軍事情勢は、米ソを中心とする東西間の対立と協調を中心に推移してきたが、その間特徴的なことは、ソ連の核及び通常戦力両面にわたる著しい軍事力増強とこれを背景とする第三世界への勢力拡張である。

 そこで、この節では、改めてこれまでの東西対立の経過を振り返ってみることとしたい。

1 米ソ両国は、第2次世界大戦中は協力関係にあったが、もともと両国の信奉するイデオロギーには基本的な相異があり、両国間の対立は、その戦後処理をめぐって顕在化した。

 ソ連は、この大戦終了後も強大な軍事力を維持し、その軍事力を背景として東欧諸国等に勢力の浸透を図り、その結果、東欧には次次に社会主義国家が誕生した。

 米国は、このようなソ連の勢力拡張に対抗して、自由と民主主義の下における平和と安定を維持するため、西欧諸国の復興を助けるとともに、ソ連による「ベルリン封鎖」の発生等冷戦が激化する中で、北大西洋条約を締結して西欧自由主義諸国の集団安全保障体制を構築し、その抑止力の強化を図った。他方、ソ連も、ワルシャワ条約を締結し、その軍事体制固めを行った。

 一方、アジアにおいても、ソ連は、北朝鮮、中華人民共和国に対しその影響力を拡張していった。1950年には、朝鮮戦争が勃発し、ソ連を中心とする共産主義陣営に対する防衛態勢の確立の必要性を痛感した自由主義諸国と米国は、安全保障条約を締結するに至った。

 このようにして、米ソ両国の対立は、戦後間もなく両国を中心とする東西両陣営の対立に発展し、現在の国際軍事情勢の基本的枠組みが形成された。

2 第2次世界大戦後、自由主義諸国の通常戦力は劣勢にあったものの、米国の戦略爆撃機を主体とする核戦力絶対優勢は、1949年のソ連の原爆開発後も続いた。このような核戦力を背景に、米国は、この時代には、核の圧倒的報復力により自ら選択する場所と手段で報復するとの姿勢を示すことにより侵略を抑止しようとする「大量報復戦略」を採用していた。この間、米国は、1952年に水爆実験に成功したが、ソ連も、翌年には水爆実験に成功した。さらに、ソ連は、1957年に大陸間弾道ミサイル(ICBM)実験、スプートニク人工衛星打上げに成功して、この分野において米国に一歩先んずるに至った。こうして、ソ連が通常戦力の圧倒的優位に加え、米本土を攻撃可能なICBMの開発を行ったことなどもあって、「大量報復戦略」の信頼性の低下が懸念されるところとなり、米国は、1961年には、戦略核、非戦略核及び通常戦力を有機的に整備し、いかなる攻撃に対しても柔軟に対応し得る態勢を保持することにより、あらゆる侵略を抑止しようとする「柔軟反応戦略」を打ち出した。

3 1962年、ソ連がキューバに核ミサイルを配備しつつあることが判明し、米国は、キューバからの核兵器の撤退を要求して海上隔離を行った。この「キューバ危機」における米ソの武力衝突の回避は、当時の米国の核戦力及び海上戦力の圧倒的優位を示すものであったが、ソ連は、この事件において後退を余儀なくさせられた苦い経験を一つの大きな契機として、大幅な軍事力の増強を開始した。そして、ソ連は、1956年のハンガリー動乱後10年余を経過した1968年のチェコスロバキアへの軍事介入にみられるように、ソ連圏の内部結束を強めるとともに、いわゆるデタントが最高潮に達し、また、ベトナム戦争やその影響等により、米国の国防努力が抑制されていた1970年代前半においても中断することなく軍事力増強を継続していった。

 他方、アジアにおいては、1950年代末に中ソ両国間の対立が表面化し、1969年の中ソ国境紛争を契機として対立が決定的となり、かかる状況の下、1970年代初め、米中両国は接近するに至った。

4 ソ連は、第2次世界大戦後1960年頃までは、伝統的にヨーロッパ方向を主たる正面として兵力を展開し、東欧諸国に勢力拡張を図ってきたが、その後ソ連軍の増強は、極東などの東方向に対しても顕著となり、欧州、極東の2正面も含めグローバルな軍事態勢を強化していった。

5 さらに、ソ連は、デタントにより東西関係が協調的に推移していた1970年代を通じ、これらのグローバルな軍事的プレゼンスを背景に、中東地域等の第三世界に対し政治的影響力の拡大を図っていった。すなわち、1970年代後半に起きたアンゴラ内戦、エチオピア・ソマリア紛争、南北イエメン紛争等に際しては、これらに乗じて軍事援助やキューバ兵の派遣等により中東、アフリカに進出していった。そして1979年には、政治的混乱に陥っていたアフガニスタンに直接軍事介入した。この介入は、ソ連が勢力拡張を図るためには、東欧圏以外の地域に対しても軍事力の行使をちゅうちょしないこと及びその能力を現実に有していることを証明するに十分なものであった。このようなソ連の一貫した軍備増強と勢力拡張に対して、米国を中心とする自由主義諸国に芽生えつつあった対ソ警戒心は、ソ連のアフガニスタンへの軍事介入によって非常な高まりをみせ、東西関係は極度に悪化した。

 こうした状況の下で、米国は、対ソ軍事バランスを維持するため米国自身の国防努力を強化するとともに、わが国を含む自由主義諸国の一層の国防努力を期待するに至った。特にレーガン政権は、「強いアメリカの復活」を目指して、国防力の増強による抑止力の信頼性の維持、向上に乗り出している。

第3節 ソ連の軍事力増強と勢力拡張

 ソ連は、帝国主義が存在する限り戦争の危険は回避されないとの認識の下に、軍事力の増強を国策の最優先課題の一つとしてきた。その結果、今日では、核戦力及び通常戦力のいずれの分野においても、米国に十分対抗し得る戦力を築き上げるに至った。

 ソ連は、一方では、いわゆる平和攻勢により米国とその同盟国との分断を図りつつ、自らは、経済成長率の低迷、右油供給力の伸び悩み、あるいは労働力の不足等、最近の構造的な経済困難にもかかわらず依然として軍事力増強を継続している。本年3月、チェルネンコ前書記長の後を継いだゴルバチョフ書記長も、就任演説において、「ソ連とその同盟国の安全やソ連人の平和な生活を侵害すれば、壊滅的な報復打撃を受けるということを、潜在的侵略者にはっきり知らせるような水準にわが祖国の防衛力を維持することがこれまでになく重要である。ソ連軍は、今後もそのために必要なすべてのものを保有していくだろう」と言明し、この路線に変更がないことを内外に明らかにしている。

 また、ソ連は、軍事力をその対外政策遂行の不可欠の手段としており、巨大な軍事力を背景に政治的影響力の増大に努めている。

1 ソ連の軍事力増強

(1) 核戦力

ア 戦略核戦力

ソ連の戦略核戦力は、大陸間弾道ミサイル(ICBM)、潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)及び戦略爆撃機で構成されているが、これまで特にICBM及びSLBMを重視してその増強に努めた結果、1960年代末にはICBMの、まだ1970年代前半にはSLBMの発射基数において米国を上回るに至った(第1−1図参照)。

近年に至って、ソ連は、戦略核戦力の量的優位に加え、ICBMの命中精度の大幅な向上、多目標弾頭(MIRV)化及びSLBMの射程の延伸、MIRV化等、質的改善の面でも顕著な向上をみせている。

この結果、ソ連は、理論的には、最新型ICBMであるSS−18又はSS−19の一部による先制攻撃によっても、米国の大部分の現有ICBMサイロを破壊し得る能力を有するに至っており、米国のICBMの脆弱(ぜいじやく)化が憂慮されている。

SLBMについては、SS−N−20SLBMを搭載したタイフーン級弾道ミサイル搭載原子力潜水艦(SSBN)を実戦配備している。SS−N−20は、例えばバレンツ海やオホーツク海のようなソ連本土に近い海域から直接米本土を攻撃できる。

さらに、ソ連は、命中精度及び残存性の高い2種類の新型ICBM(SS−X−24、SS−X−25)及び新型SLBM(SS−NX−23)と優れた低高度高速侵攻能力を有する超音速戦略爆撃機ブラックジャックの開発などを進めている。

このほか、ソ連は、従来から弾道ミサイル防御、衛星攻撃の分野において、活発な研究開発を行ってきており、弾道ミサイル防御兵器については、モスクワ周辺に世界で唯一の弾道弾迎撃ミサイル(ABM)システムを配備しているほか、衛星攻撃能力も保有し、引き続きこれらの分野の研究開発を進めているといわれている。

イ 非戦略核戦力

非戦略核戦力とりわけ中距離核戦力は、その射程からして、米国向けというよりは、基本的にNATO諸国やわが国及び中国等のソ連周辺諸国向けの戦力である。ソ連は、ごのような戦力を大量に配備することによって、その射程内におかれた自由主義諸国内に、米国の核抑止力の信頼性に対する不安を醸成し、米国とこれら諸国との分断を図っているともみられている。

ソ連の有する多様な中距離核戦力のうち、代表的なものは、SS−20及びTU−22Mバックファイアである。

SS−20は、射程が約5,000kmに及び、3弾頭のMIRVを搭載し、命中精度が高く、再装(てん)が可能で、移動性もある画期的な中距離弾道ミサイルである。ソ連は、1977年にSS−20の配備を開始して以来、着々とその増強を進め、現在合計414基のランチャーをソ連各地に分散配備している(第1−2図参照)。

TU−22Mバックファイアは、行動半径が長く、低高度高速侵攻能力を有し、また、射程300km以上の核弾頭搭載可能なAS−4空対地/艦ミサイルを装備できる優れた性能の爆撃機であり、現在約250機が配備されている。

SS−20及びTU−22Mバックファイアは、ともに、更に増加の傾向にある。

さらに、ソ連は、SS−21、SS−22、SS−23など命中精度が高い新型の地対地ミサイルを配備しつつある。このほか、新型長射程巡航ミサイルについては、空中発射型のASー15は既に配備が開始され、海洋発射型のSS−NX−21及び地上発射型のSSC−X−4も近い将来配備が開始されるものとみられ、さらに、2種類の大型巡航ミサイルの開発を行っている。

(2) 通常戦力

ア 地上戦力

ソ連は、多数の国と国境を接する大陸国家として、伝統的に大規模な地上軍を擁しており、現在では、自国領土、東独、ポーラソド、チェコスロバキア、ハンガリー、モンゴル、アフガニスタン等に、総計199個師団約193万人、戦車約5万7千両を配備している。

ソ連は、量的優勢、奇襲及び縦深突進(相手側の陣地を迅速に突破し、後方奥深く突進すること)を重視する伝統的な軍事ドクトリンの下に戦力を整備してきているとみられるが、近年では、量的な増強に加え、戦車、装甲歩兵戦闘車、自走砲、武装・輸送へリコプター等による火力、機動力及び地対空ミサイル等による戦場防空能力の向上等、質的な増強にも著しいものがある。また、空挺師団、空中強襲旅団と併せて多数の大型輸送機を有する空軍の輸送航空部隊の存在は、遠隔地域への迅速な兵力投入能力の面でも注目される。

さらに、敵の後方深く潜入し、敵の軍事施設の偵察、破懐等を主任務とするとみられる特殊任務部隊(スペツナッツ)を保有している。

このはか、ソ連は、化学戦能力をこれまで一貫して重視してきており、有毒環境下での作戦遂行能力のみならず、化学兵器を使用する能力の維持、強化を図っている。(T−72戦車

イ 航空戦力

ソ連の航空戦力は、作戦機数約8,820機から成り、大規模かつ多様であり、1970年代末以降空軍の改編が行われ、即応性、運用の柔軟性を高めることにより作戦遂行能力の向上を目指している。

航空機の増強は質的側面において顕著であり、航続能力、機動性、低高度高速侵攻能力、搭載能力及び電子戦能力に優れたMIG−23/27フロッガー、SU−24フェンサー、MIG−31フォックスハウンド、TU−22Mバックファイア等の戦闘機、戦闘爆撃機及び爆撃機の増強により、航空優勢獲得能力及び対地/艦攻撃能力等が著しく向上している。また、ソ連は、MIG−29フルクラム、SU−27フランカーといったルックダウン(下方目標探知)能力、シュートダウン(下方目標攻撃)能力が特に優れた新鋭戦闘機の開発配備を推進するとともに、低空探知能力、早期警戒能力、戦闘指揮・管制能力の優れたIL−76メインステイ空中警戒管制機(AWACS)を開発中である。(SU−24フェンサー

ウ 海上戦力

ソ連海軍は、過去約20年間にわたる一貫した増強の結果、沿岸防衛型の海軍から外洋型の海軍へと成長を遂げた。ソ連海軍は、北洋、バルト、黒海、太平洋の4つの艦隊とカスピ小艦隊から構成され、その勢力は、艦艇約2,880隻(うち潜水艦約380隻)約646方トン、TU−22Mバックファイアを含む作戦機約840機、海軍歩兵約16,000人に達している。その任務は、平時にあっては主としてプレゼンスによる政治的・軍事的影響力の行使、有事にあってはソ連にとって戦略的に重要な海域の確保、自由主義諸国の海上交通の妨害又は阻止、地上軍部隊等に対する支援等であるとみられる。ソ連は、このような任務遂行能力を向上させるため、近く4隻目のキエフ級空母を就役させるものとみられているほか、1990年代初めには固定翼機の離発着が可能なソ連初の本格的原子力空母を配備するものとみられる。さらに、ソ連初の原子力推進戦闘艦であるキーロフ級ミサイル巡洋艦、最新のスラバ級ミサイル巡洋艦、ウダロイ級、ソブレメンヌイ級ミサイル駆逐艦及びオスカー級、シエラ級、マイク級の原子力潜水艦等の新鋭艦の建造が相次ぎ、これらに多数の強力な新型ミサイルを装備するなど、水上艦艇の近代化と潜水艦戦力の増強を図っている。

2 ソ連の勢力拡張

中東、アフリカ、東南アジア、中米等の地域においては、依然として武力紛争や内乱が続いている。ソ連は、「民族解放闘争」支援等を旗印として、これらの地域へ機会主義的に進出を試み、部分的には後退がみられたものの、その実績は無視できないものとなっている。進出手段は多様であるが、友好条約の締結、武器輸出、軍事顧問団の派遣、第三国軍事要員の派遣、経済援助、海軍力のプレゼンス等が主たるものである。

ソ連が派遣している軍事顧問と技術者の数は、1965年以来4倍近くに増えており、現在では、約30か国約2万4千人に上っており、現地軍の訓練等に当たっている。軍事顧問等を受け入れている主な国には、シリア、リビア、南イエメン、エチオピア、ベトナム、ラオス、ペルー、ニカラグア等があり、広い範囲にわたっている。

さらに、第三国軍事要員派遣については、キューバ及びワルシャワ条約機構加盟国の中では東独からのものが主なものであり、特にキューバは、1975年のアンゴラ内戦を契機に派遣を活発化し、現在約4万人がアフリカと中東の各地で活動しているほか、ニカラグア等カリブ海を含む中米地域でも活動している。また、ソ連は、自国内及び東欧諸国で第三世界諸国の軍事要員の訓練を行っている。

近年、ソ連は、海軍力の増強やAN−22コック、IL−76キャンデッド長距離輸送機等の増強、さらには商船隊の拡充と近代化を図っているはか、軍事援助を通じてベトナム、シリア、エチオピア、南イエメン、アンゴラ、キューバ等の海、空軍施設等の利用権を獲得してきており、遠隔地への軍事介入能力はグローバルな規模のものとなっている。

 

(注) 多目標弾頭(MIRV)弾道ミサイルに搭載され、各々異なる目標を攻撃できる複数の核弾頭

第4節 米国の対応努力

1 抑止と防衛

米国は、自由と民主主義などの諸価値を守るとの立場から、自由主義諸国を防衛し、世界の平和と安定の維持に寄与しようとしている。このため、米国は、抑止戦略を一貫してとっており、核戦力から通常戦力に至る多様な戦力を保持することにより、いかなる侵略であれこれを未然に防止し、紛争が生起した場合にはこれに有効に対処し得る態勢の確保に努めている。米国の国防努力は、ソ連の軍事力増強に対応して、このような抑止力の信頼性を維持、強化することを目的とするものである。

2 米国の国防努力

いわゆるデタント期といわれる1970年代を通じ、米国の国防努力は、ソ連とは対照的に抑制されたものであった。しかしながら、ソ連の長期にわたる軍事力増強の蓄積効果が明らかになるにつれ、米国内では米ソ間の軍事バランスの変化と米国の抑止態勢の信頼性に危機感が生じてきた。特に、1979年末のソ連によるアフガニスタンへの軍事介入を一つの契機として、米国は、米国自身の国防努力の一層の強化に乗り出すとともに、同盟諸国に対しても、自由主義諸国の一員として応分の努力をするよう強く期待している。

1981年に登場したレーガン政権は、一貫して「抑止」と「防衛」を国防政策の基本とし、他の同盟国と同様困難な財政事情の下で、議会と協議しつつ、核戦力及び通常戦力の全般的な整備、近代化を進めてきた。レーガン大統領は、本年1月の第2期目の大統領就任演説において、「我々の防衛力の回復は進展しているが、まだまだなすべきことが多く残っている」と述べ、国防努力を継続していくことを明らかにしている。他方、レーガン政権は、このような国防努力を背景として、より低いレベルでの軍事力の均衡を求めて、ソ連との間で実質的かつ公正で検証可能な軍備管理・軍縮の達成に努めている。

同時に、レーガン政権は、ソ連に流出した自由主義諸国の高度技術がソ連軍事力の質的増強に利用され、自由主義諸国の防衛コストを引き上げているとして、自由主義諸国と協議しつつその阻止のための努力の強化を図っている。

(1) 核戦力

米国は、いかなる規模態様の核攻撃に対しても、これに対応し得る能力と意志を明確に示すことにより、すべての核攻撃の発生を抑止することを核戦略の基本としている。

レーガン政権は、戦略核戦力の3本柱であるICBM戦力、SLBM戦力及び戦略爆撃機戦力の近代化とI(指揮.統制.通信.情報)能力の向上を内容とする戦略核戦力の近代化を推進している。

ICBM戦力では、MXの開発配備と小型単弾頭ICBMの開発計画がある。MIRV化され、高い命中精度を有するMXは、1986年から配備することとしており、堅固に防護された目標に対する攻撃能力の米ソ両国間のギャップを埋めるとともに、ソ連に対し真剣な軍備管理交渉を迫る切札として重要視されている。また、小型単弾頭ICBMは、弾頭数を単数に制限することにより、1基当たりの戦略的価値を減少させ、先制第一撃の誘因をなくすと同時に、配備についても残存性の向上を図ろうとするものであり、1990年代初めの実戦配備を目標に1987年から全面開発が開始される予定である。

SLBM戦力としては、トライデント型原子力潜水艦の建造と将来これに搭載予定のトライデントSLBMの開発が継続中であり、戦略爆撃機戦力の近代化としては、B−1B爆撃機の生産配備、B−52及びB−lBへの空中発射巡航ミサイル(ALCM)の搭載計画が推進されている。また、高度技術爆撃機(ATB)(いわゆるステルス爆撃機)の1990年代初めの配備を予定している。

非戦略核戦力の分野では、ソ連のSS−20の脅威に対抗し、抑止力の信頼性を維持、強化するため、1983年末から西欧へのパーシング中距離ミサイル及び地上発射巡航ミサイル(GLCM)の配備を行っている。また、一部艦艇において対地用核弾頭搭載トマホーク巡航ミサイルが運用可能となっている。

また、最近のソ連の核戦略における攻撃のみならず防御面をも重視する姿勢及び米国における効果的な非核手段による防御を可能にする新技術の登場等を勘案し、レーガン大統領は、1983年3月「戦略防衛構想(SDI)」を提唱した。この構想は、最新の弾道ミサイル防御技術により抑止力を強化し、米国と同盟国の安全を高めるための研究計画であり、将来の大統領と議会とが1990年代初めにおいて、弾道ミサイル防御システムの開発配備の是非を決定するに当たって必要な知識を提供するものである。このシステムは、弾道ミサイルの発射の後、加速、加速後、中間弾道、終末弾道の4つの段階のそれぞれにおいて、非核手段により弾道ミサイルを捕捉・破壊する多層防御方式をとるもので、弾道ミサイルを無力化し、ひいては核兵器の究極的廃絶を目指すものとされている。

(2) 通常戦力

米国は、ソ連がグローバルな規模の通常戦力の増強により、既に複数の正面で同時に作戦を行い得るに至ったとして、通常戦力の増強が以前にもまして重要になってきていると認識している。

このような認識に立ってレーガン政権は、即応態勢、継戦能力の向上及び装備の近代化により、幾つかの重要な正面で長期にわたって同時に対処し得る態勢の整備に努めている。

特に、海上戦力については、15個空母機動部隊及び4個水上戦闘グループを基幹とする600隻海軍の建造計画を1980年代末を目途に推進するとともに、海上戦力の展開に一層の柔軟性を与えるため「柔軟運用」計画を実施している。また、4隻の戦艦の再就役を推進中であり、既に「ニュージャージー」、「アイオワ」が就役しており、今後「ミズーリ」、「ウィスコンシン」の就役が予定されている。

通常弾頭搭載トマホーク巡航ミサイルについては、対艦用のもの及び対地用のものが一部の艦艇において運用可能となっている。

地上戦力については、現在16個師団約78万人を有しており、特に、NATO正面に展開している部隊を中心に、対機甲能力と戦場機動能力の強化を重視して戦闘力の向上を図っている。さらに、戦略的柔軟性の強化のための長期的計画として、t戦略的機動性に優れ、高い展開能力を持つ戦略予備戦力として軽師団の導入を図っている。

航空戦力については、作戦機約4,790機を保有し、航空優勢が空中、海上又は地上の戦闘の重要な要素であるとの認識から、この分野での質的優位を維持するために、F−15、F−16など高性能戦闘機の展開を推進している。

このほか、米国の前方展開戦略を支える不可欠の手段として海・空輸送能力の強化が図られており、さらにこれを補完するものとして、紛争が予想される地域に重装備等を事前に集積する措置もとられている。

さらに、低レベルの紛争を始めとする各種紛争への対処を任務とする特殊行動部隊(SOF)の強化を図っている。(戦艦「ニュージャージー」)(M−1戦車

第5節 NATOとWPOの対崎

 第2次世界大戦後、東西両陣営対峠の最も尖鋭な地域の一つである欧州地域においては、ソ連を中核とするワルシャワ条約機構(WPO)と、米国を含む北大西洋条約機構(NATO)とが、中部欧州を中心として、ノルウェー北端からトルコの東方国境にわたって膨大な兵力をもって対峙しており、軍事的に最も重要な正面の一つを形成している。

1 WPOの軍事力増強

核戦力についてみると、ソ連は、欧州地域に現在243基以上のSS−20を配備しているとみられ、引き続き増強を行っている。さらに、最近では、ソ連国内だけでなく、東欧に駐留するソ連軍の一部に、SS−21、SS−22、SS−23地対地ミサイルの配備が進められている。また、TU−22Mバックファイアの増強も引き続き行われている。

通常戦力については、NATOとWPOとの兵力バランスは第1−1表のとおりであり、多くの分野でWPO側が量的優位に立っている。このような量的優位に加えて、近年のWPO軍の質的強化にも目覚ましいものがあり、WPO側は、NATOに対する通常戦力バランスの優位を更に拡大してきているといわれている。すなわち、地上戦力では、T−72戦車、核及び生物化学兵器に対する防護能力を持つといわれるT−80戦車の増強等により機動打撃力の向上を図っているほか、戦車部隊を基幹とし、空挺部隊、自走砲部隊等からなる作戦機動グループ(OMG)を運用して、通常戦力による迅速な集中突破によって核戦力を使用することなく西欧を攻撃、占領し得る態勢の強化を図っている。海上戦力では、キエフ級空母、キーロフ級原子力巡洋艦等の新大型艦と新型原子力潜水艦の導入など、対潜水艦及び対水上艦作戦能力や海上交通破壊能力を一段と向上させつつある。また、航空戦力では、MIG−27フロッガーD、SU−24フェンサー、SU−25フロッグフット、TU−22Mバックファイア等新鋭機の配備により、航空優勢獲得能力や対地/艦攻撃能力の強化とともに、新型対空ミサイルの配備等による防空能力の強化が図られている。

このようなことから、WPO軍は、通常戦力によってNATOに対する迅速かつ大規模な攻勢作戦を実施する能力を獲得しつつあると懸念されている。(第1−3図 中部欧州NATO及びWPOの地上戦力対峙

2 NATOの対応努力

NATO諸国は、WPO軍の侵略を抑止するため、通常戦力、非戦略核及び戦略核戦力を有機的に整備し、WPO軍のいかなる攻撃に対しても柔軟に対応しようとする柔軟反応戦略をとるとともに、中部欧州正面を重視して、西独領内に、同盟国が地上及び航空兵力を配置し、WPO軍の攻撃に際してはできる限り東西両ドイツ国境線の近くでこれを阻止しようとする前方防衛態勢をとっている。

WP0軍の非戦略核戦力及び通常戦力両面にわたる一貫した軍事力増強に対し、NATO諸国は、1978年5月の首脳会議において、1990年代前半までのNATO防衛力全般にわたる強化と、加盟国の協力の緊密化を目的とした長期防衛計画(LTDP)を採択し、この計画推進のため加盟各国の国防費を毎年実質3%程度増加させることに合意した。

NATO諸国は、中距離核戦力については、この計画及び1979年の二重決定に基づき、ソ連のSS−20配備によって生じた抑止態勢の間隙を埋めるため、1983年末以降パーシングを西独に、GLCMを英国、イタリアに配備してきたが、本年3月には、新たにベルギーにGLCMを配備した。同時に、NATO諸国は、核兵器への依存度を減らすため、通常戦力の強化を図っており、1984年12月の防衛計画委員会(国防相会議)において、兵力整備計画(1985年〜1989年)の採択、インフラストラクチャー(支援施設)計画(1985年〜1990年)への約78.5億ドルの拠出、戦時用弾薬備蓄の改善等に合意した。また、通常戦力で圧倒的に優れるWPO軍の侵略に有効に対処するため、常設大使レベルの防衛計画委員会において、敵後続部隊攻撃構想(FOFA)を採用し、この構想を可能にするための新技術の導入による装備の開発に努めている。このほか、空中警戒管制機E−3Aセントリーの配備による即応態勢の改善、多目的戦闘機トーネードの配備及び地対空ミサイルペトリオットの導入等、対地/艦攻撃能力及び防空能力の向上などを図っている。

一方、NATOの軍事機構に参加していないフランスは、独自の核戦力を保持し、通常戦力の強化を図るとともに、米、英、仏、西独の4か国条約に基づき西独領内に軍隊を駐留させており、このことは、NATO正面の軍事バランスの維持に貢献している。

 

(注) ワルシャワ条約機構(WPO)の加盟国ブルガリア、ハンガリー、東独、ポーランド、ルーマニア、ソ連及びチェコスロバキアの7か国

(注) 大西洋条約機構(NATO)の加盟国ベルギー、カナダ、デンマーク、フランス、西独、ギリシャ、アイスランド、イタリア、ルクセンブルグ、オランダ、ノルウェー、ポルトガル、トルコ、英国、米国及び1982年5月加盟したスペインの16か国(フランス及びスペインは、軍事機構には加盟していない。)

(注) パーシングとGLCMの配備予定国及び配備予定基数

パーシング西独108基

GLCM:西独96、英国160基、イタリア112基、オランダ48基、ベルギー48基、合計464基

(注) 敵後続部隊攻撃構想(FOFA)敵の後続部隊が最前線部隊に増援されるのを、最新式の通常兵器による後方攻撃で迅速に阻止しようとするものであり、これにより直ちに戦術核兵器の使用に頼ることなく、通常戦力の上で数的に優位に立つWPO軍の侵攻を効果的に食い止めることを狙いとしている。

第6節 軍備管理・軍縮の努力

 国家間の緊張や紛争の根源となる基本的な対立関係を取り除き、世界平和を実現することは、人類の悲願である。しかし、現実の世界には様々な紛争要因が存在し、絶えず緊張状態が続いている。中でも、強大な核戦力を擁する米ソ両国を中心とする東西両陣営の対峙は、深刻かつ重大な問題となっている。このため、米国を始めとする自由主義諸国は、ソ連の軍事力増強に対し、軍事バランスを維持し、その安全を確保するため、防衛体制の改善、強化と併せて、より低いレベルでの軍事力の均衡を目指して、ソ連を中心とする社会主義諸国と、種々の2国間あるいは多国間交渉を行っている。

1 米ソ間の軍備管理・軍縮交渉

米国は、ソ連との間に実効的な軍備管理・軍縮を達成するためには、米国自身が信頼性ある抑止力を維持し、これを背景にソ連に対して交渉を行うことが肝要であるとの立場に立って、戦略兵器削減交渉(START)及びINF交渉を継続してきた。

これらの交渉は、1983年末に開始された米INFミサイルの欧州配備を契機に、ソ連によりー方的に無期延期ないし中断されていたが、本年1月7、8日にジュネーブで行われた米ソ外相会談において、両国は、宇宙兵器及び戦略核、中距離核両者を含む核兵器を対象とする新たな軍備管理・軍縮交渉の開始に合意した。この交渉は、宇宙での軍備競争の防止及び地上の軍備競争の停止、核兵器の制限及び削減を行い、戦略的安定の強化を目指す効果的な協定の策定を目指すものであるとされており、それが実現されれば、世界の平和と安定に寄与するものである。交渉は、戦略核兵器、中距離核

兵器及び宇宙・防御兵器の3グループに分かれて進めることとされており、本年3月12日からジュネーブにおいて開始されている。

しかしながら、軍備管理・軍縮交渉をめぐる米ソ両国の立場、主張には大きな隔たりがみられることから、今後の交渉は困難かつ相当に息の長いものとなると予想される。わが国としても、両国間において平和を探究するための真剣な交渉が行われ、軍備管理・軍縮の実質的な進展が図られることを強く期待したい。

2 その他の交渉

中欧相互均衡兵力削減交渉(MBFR)は、中部欧州における通常戦力を削減し、より低いレベルでの軍事力均衡による安全保障を確保することを目的として、NATO側12か国、WPO側7か国が参加し、また、欧州軍縮会議(CDE)は、欧州での偶発的戦争防止のため信頼醸成措置等を討議することを目的として、欧州諸国に米国、カナダを加えた合計35か国が参加して交渉が行われているが、いずれも基本的な立場で相互に隔たりがあるため実質的進展はみられていない。

第2章 わが国周辺の軍事情勢

第1節 わが国周辺地域の特性

 わが国は、アジア大陸の東部に近接し、太平洋に弓型に張り出した列島であり、わが国周辺地域は、ソ連の大陸部、中国の大陸部、カムチャッカ半島や朝鮮半島、わが国を含む大小多数の島々、これらに囲まれた日本海、オホーツク海等の海域及びこれらの海域から大平洋に通ずる海峡等、様々な地形が交錯している。そして特に、わが国の位置が、アジア大陸からオホーツク海、日本海や東シナ海等を経て太平洋に進出する最も主要な経路上にあることは、わが国に、地理的に大陸と海洋の接点としての重要な意味を与えている。このことは、太平洋を挟む米ソの軍事的対時の関係においても、わが国が置かれている戦略的位置が極めて重要であることを意味する。

 ソ連は、わが国周辺において強大な戦力を配備しているが、これまで一貫してその質量両面にわたる強化を続けているのが特徴的である。このような事実は、この地域の国際軍事情勢を厳しくしているのみならず、わが国に対する潜在的脅威を増大させることにもなっている。

 また、ソ連は、歴史的にみても、また、最近の太平洋や南シナ海方面における艦艇、航空機の活発な活動から判断しても、太平洋方面への進出を重視してきているのではないかとみられるが、この場合、わが国の位置及び地形そのものが、この進出経路を遮る形となっていることは否めない。

 これに対し、米国は、従来から、わが国を始めとするアジア地域の平和と安全の維持のために大きな努力を続けてきているが、近年、米国とアジア地域との関係が軍事面だけでなく経済等の面でも緊密度を増してきていることもあって、この地域の動静に大きな関心を払っている。このため、米国は、わが国周辺地域におけるソ連の著しい軍事力増強に対応して、この地域においても抑止力の信頼性を向上するため、戦力の強化と態勢の充実を図りつつある。

 一方、この地域においては、米ソ両国の対峙の関係に加え、広大な国土と10億以上の人口を背景とした大兵力と独自の核戦力を有する中国が存在し、米・中・ソの3か国が複雑な対立と協調の関係を作り出している。

 1950年代末に関係悪化が表面化した中ソ間では、国家関係改善に向けての動きが継続しているが、中ソ両国の軍事的対峙の基調に変化はみられない。一方、米中間では、米国による中国の軍近代化に対する協力に関する話合い、軍首脳の相互訪問など軍事面での交流も進展している。

 また、朝鮮半島は、地理的、歴史的にわが国とは密接不離の関係にあり、朝鮮半島の平和と安定の維持は、わが国を含む東アジア全域の平和と安定にとって重要である。韓国と北朝鮮との間においては、昨年9月末、北朝鮮からの水害救援物資を韓国が受け入れたことを契機に両国間の対話の動きがみられ、11月に起きたソ連人の亡命をめぐる板門店銃撃事件や米韓合同演習による一時中断があったが、その後対話が再開されている。しかしながら、この地域には、120万人を超える地上軍が、非武装地帯(DMZ)を挟んで対峙しており、軍事的緊張が続いている。(第1−4図 わが国周辺における兵力配備状況(概数)

第2節 ソ連の軍事力増強と活動の活発化

1 極東ソ連軍

ソ連は、一貫して極東正面を重視しているが、特に1960年代中期から、極東地域に所在するすべての軍種の顕著な増強・近代化に着手し、今日では、ソ連全体の1/4〜1/3に相当する軍事力をこの地域に配備し、引き続き質量両面にわたる増強を行っている。装備の近代化に当たっては、従来は欧州正面に新兵器を配備してから極東に配備するまでかなりの遅れがあったが、最近では欧州正面とはとんど同時に極東に配備される例もある。さらに、この地域の数個の軍管区等を統括する戦域司令部を設置し、この方面の即応能力を高め、独立して作戦を行い得る態勢を整備している。また、昨年9月末のバム鉄道の全線レール敷設完了により、極東地域に対する軍事物資等の輸送能力の増大が注目される。

戦略核戦力については、ソ連の全戦略ミサイルの1/4〜1/3に当たるICBM及びSLBM等が極東に配備されているとみられ、ICBM及び戦略爆撃機がシベリア鉄道沿線を中心に、また、SLBMを搭載したデルタ型弾道ミサイル搭載原子力潜水艦などがオホーツク海を中心とした海域に配備されている。これらのICBM及びSLBMは、SS−18、SS−N−18等の高性能ミサイルとみられている。

非戦略核戦力は、ここ数年急速に増強されており(第1−5図参照)、現在SS−20が135基以上配備されているとみられ、TU−22Mバックファイアが約85機配備され、引き続き増強されている。SS−20は、シベリア中央部とバイカル湖東部地域に配置され、そのいずれからもわが国を射程内に収めている。このほか、地上軍部隊は、フロッグ、SS−1スカッド、SS−12などの核・非核両用の戦術ミサイルを装備しており、このうちSS−12は、新型のSS−22に更新されつつある。

地上兵力は、1965年以来着実に増強され(第1−6図参照)、現在では、ソ連の全地上兵力199個師団約193万人のうち53個師団約47万人が主として中ソ国境付近に配備されている。このうち極東地域(おおむねバイカル湖付近以東)には、現在41個師団約37万人が配備されている。地上軍部隊は、最近では、量的拡大のみならず、T−72戦車、装甲歩兵戦闘車、地対空ミサイル、多連装ロケット等の増強による質的な改善を行っている。

航空兵力は、ソ連の全作戦機数約8,820機のうち、その約1/4に当たる約2,200機が極東に配備されており、その内訳は、爆撃機約440機、戦闘機約1,600機及び哨戒機約160機である(第1−7図参照)。航空機は、TU−22Mバックファイア爆撃機等高性能の新鋭機への更新が顕著であり、戦闘機の約8割がMIG−23/27フロッガー、SU−24フェンサー等の第3世代航空機によって占められ、さらに、新型のMIG−31フォックスハウンドが配備され始めているなど、引き続き近代化が進められている(第1−8図参照)。このような新鋭航空機の増強により、極東地域における航空兵力は、従来と比べ、対地/艦攻撃能力及び航空優勢獲得能力等が格段に向上している。

海上兵力は、ソ連の全艦艇約2,880隻約646万トンのうち、主要水上艦艇約90隻、潜水艦約140隻(うち原子力潜水艦約70隻)を含む約835隻約178万トンを擁するソ連海軍最大の太平洋艦隊が展開している。同艦隊は、総隻数及び総トン数ともこの20年間ほぼ一貫して増強されており(第1−9図参照)、また、質的にもデルタ祖級SSBN等の原子力潜水艦を始め、キエフ級空母、カラ級ミサイル巡洋艦等の大型新鋭艦の増強配備により近代化されている(第1−10図参照)。特に最近では、昨年2月のキエフ級空母3番艦「ノボロシスク」の極東回航により、「ミンスク」とともに空母2隻が極東に展開していること並びに昨年4月のイワン・ロゴフ級揚陸強襲艦「アレクサンドル・ニコラエフ」及びロプチャ級揚陸艦の配備による水陸両用作戦能力の向上が注目される。そのほか、商船隊に属する最新鋭ラッシュ船「アレクセイ・コスイギン」が極東に回航されたが、このような商船が軍用に転用される可能性も排除できないとみられる。また、太平洋艦隊は、ソ連唯一の海軍歩兵師団を有しており、その装備も近代化が図られている。

2 北方領土におけるソ連軍

ソ連は、同国が不法占拠しているわが国固有の領土である北方領土のうち、国後・択捉両島及び色丹島に、1978年以来地上軍部隊を再配備しており、現在その規模は師団規模であると推定される。これらの地域には、ソ連の師団が通常保有する戦車、装甲車、各種火砲及び対空ミサイル等のほか、ソ連の師団が通常保有しない長射程の130mm加農砲、対地攻撃用武装へリコプターMI−24ハインドが配備され、北方領土所在部隊の各種訓練も活発に行われている。

また、択捉島天寧飛行場にはMIG−23戦闘機フロッガーが、現在約40機に増強配備されている。

ソ連が北方領土に地上軍部隊を再配備したのは、軍事的には、ソ連のSSBNの活動海域としてのオホーツク海の戦略的価値の向上により、オホーツク海と太平洋とを画する北方領土の重要性が高まったなどのためとみられるが、政治的には、北方領土の不法占拠という既成事実を日本に押し付ける等の狙いがあるとみられる。

3 わが国周辺におけるソ連軍艦艇及び航空機の行動

極東ソ連軍の増強に伴って、艦艇及び航空機の外洋進出やわが国周辺における行動も活発になっている。

 最近のソ連航空機の行動で注目されるものとしては、一昨年9月に引き続き、昨年6月及び9月にTU−22Mバックファイアの日本海南下飛行が行われたこと、同年11月には多数のTU−16バジャー及びTU−95ベアの対馬海峡通峡飛行が行われ、それに際して2回にわたって領空侵犯があったことなどが挙げられる。

また、艦艇については、昨年9月にG−級SSBが隠岐島沖合いを行動したこと、同年9月から10月にかけてキエフ級空母「ノボロシスク」がオホーツク海に進出したこと、本年3月末から4月にかけて「ノボロシスク」が4隻の巡洋艦、2隻の駆逐艦及び2隻の洋上補給艦を随伴して、キエフ級空母として初めて太平洋に進出したことが注目される。(日本海上空を飛行中のTU−22Mバックファイア)(五島列島(長崎県)沖を航行中の「ノボロシスク」)(第1−11図 わが国周辺におけるソ連艦艇・軍用機の行動概要

 

(注) バム鉄道(第2シベリア鉄道)ウスチクート、コムソモリスク間を結び、シベリア鉄道の北方をこれと並行して走る路線及びバムとウーゴリナヤを南北に結ぶ小バム鉄道から成る全長約3,500kmの鉄道。1974年から本格的に建設が開始された。

(注) ラッシュ船(LASH;LighterAboardShip)はしけ(lighter)を積載する船。船上を前後に移動可能な大型クレーンを装備し、岸壁に接岸することなく、沖合いではしけの積卸しを行う。港湾施設の整備が十分でない所で利用される。

第3節 米国の抑止力強化努力

1 戦力の近代化と態勢の強化

米国は、ハワイに司令部を置く太平洋軍隷下の部隊の海・空軍を主体とする戦力の一部を西太平洋及びインド洋に前方展開させ、日本を始めアジア地域の同盟各国との間の安全保障取極の下に、この地域における紛争を抑止し、米国及び同盟諸国の利益を守る政策をとるとともに、必要に応じ所要の戦力をハワイ及び米本土から増援する態勢をとってきている。

米国は、従来からのわが国周辺地域に対する関心に加え、最近の極東ソ連軍の増強とその行動の活発化により、この地域での軍事バランスの改善を図る必要があるとの見地から、戦力の増強と近代化及び兵力の柔軟な運用を通じ、この地域における軍事バランスを維持し、米国の抑止力の信頼性の維持、強化を図っている。

戦力の増強と近代化については、陸軍では、在韓第2歩兵師団の近代化が行われており、海軍では、空母「ミッドウェイ」搭載戦闘機・攻撃機をF/A−18に更新することが計画されているほか、一部の水上艦艇及び攻撃型原子力潜水艦においてトマホーク巡航ミサイルが運用可能となっている。空軍では、本年以降、三沢にF−16飛行隊2個を配備することとしており、現在1個飛行隊の編成が進行中である。海兵隊では、火力及び機動力の強化等の近代化が進められている。

兵力運用に関しては、従来からこの地域の同盟諸国と各種共同演習を行うなど、陸、海、空軍、海兵隊を広範囲に運用してきているが、特に最近は、海軍と空軍との間の協力体制を強化するとともに、北西太平洋等で空母が参加する大規模な演習「フリーテックス」を実施している。(空母「カールビンソン」

2 展開状況

西太平洋地域における米軍の展開状況は、次のとおりである。

陸軍は、韓国に第2歩兵師団、第19支援コマンド等約2万9千人、日本に第9軍団司令部要員等約2,500人等この地域に合計約3万2千人を配備している。

海兵隊は、日本に第3海兵師団及びF−4、A−6等を装備する第1海兵航空団を配備し、洋上兵力やフィリピン駐留兵力を含め約2万5千人、作戦機約50機を展開している。

海軍は、日本、フィリピン及びグアムを主要拠点として、その兵力は、空母3隻を含む艦艇約70隻、作戦機約280機、兵員約4万7千人である。作戦部隊である第7艦隊は、西太平洋及びインド洋に展開している海軍及び海兵隊の大部分を隷下におき、平時のプレゼンスの維持、有事における海上交通の安全確保、沿岸地域に対する航空攻撃及び強襲上陸等を任務とし、常時即応態勢を維持している。

空軍は、第5空軍が、F−15を装備する第18戦術戦闘航空団を日本に、F−4、F−16、A−10を装備する2個航空団を韓国に、第13空軍が、F−4を装備する1個航空団をフィリピンに、それぞれ配備している。また、戦略空軍が、B−52、KC−135を装備する1個航空団をグアムに、KC−135、RC−135を装備ずる第376戦略航空団を日本にそれぞれ配置している。これらの空軍勢力は、作戦機約280機、兵員約4万人である。

第4節 中国の軍事力近代化

 中国は、工業、農業、国防及び科学技術の「4つの近代化」政策の推進により、国力の充実、強化を図ってきている。この中でも、当面経済建設を最優先課題としている。

 中国は、依然ソ連を最大の軍事的脅威と認識しており、圧倒的な火力、機動力を有するソ連軍と対抗するため、広大な国土と膨大な人口を利用する「人民戦争」に依拠しつつも、従来のゲリラ戦主体の戦略から各軍・兵種の共同運用による統合作戦能力と即応能力を重視する戦略へ移行しつつある。中国は、こうしたことから、自由主義諸国を含む外国からの技術導入等を図りつつ装備の近代化に努めているが、国防支出の制約等によって、早急な近代化は困難な状況にある。

 このため中国は、当面、軍事制度の改革等による編成・運用等の効率化を図るとともに、大幅な人員削減による少数精鋭化を図っており、これらの施策を通じて、現有装備の下での効果的な戦力発揮を重視している。昨年5月には、軍事制度改革の一環として、兵役法を改正したが、この中には、予備役体制と動員体制の確立、階級制度の復活などが含まれている。

 核戦力については、抑止と国威発揚という観点から、1950年代半ば頃から開発を開始し、以降一貫して強化を図ってきている。

 なお、昨年10月の国慶節では、25年ぶりに軍事パレードを実施し、軍の精強さを示すとともに、新型の戦車、ミサイル等を公開し、装備近代化の一端をのぞかせた。また一方では、兵器の第三世界諸国への売却のほか、兵器展覧会の開催等の動きもみられる。

1 中国の軍事力

中国の軍事力は、核戦力のほか、陸軍、海軍及び空軍から構成される人民解放軍及び人民武装警察部隊、各種民兵から成っている。

核戦力については、独自の開発努力を続け、既に、ソ連及ぴ米国を射程に収めるICBMを保有している。SLBMについては、水中発射実験に成功し、これを搭載するとみられるSSBNVについても既に1隻が進水している。さらに、戦術核兵器の保有も伝えられるなど、核戦力の充実及び多様化に努めている。

陸軍は、11個の軍区に野戦軍l35個師団、地方軍73個師団を配備しており、総兵力も約316万人と規模的には世界最大であるが、総じて火力・機動力が不足している。海軍は、北海、東海、南海の3個艦隊から成り、艦艇約1,740隻(うち潜水艦約110隻)、約91万4千トン、作戦機約760機を保有しているが、艦艇の多くは旧式かつ小型であり、基本的には沿岸防衛型海軍である。空軍は、基本的には陸軍の軍区に従って編成されており、作戦機約5,250機を保有しているが、その主力は、ソ連の第1、第2世代の航空機をモデルにしたものである。最近では、新型機の開発も行っている。

2 中ソ国境における配備状況

中国軍の重要正面は、まず中ソ国境、次いで中越国境(第1部第3章第2節参照)である。

中ソ間では、副首相級要人の交流、外務次官級協議等が行われ、経済、文化等の分野では交流が活発化しつつあるものの、軍事的対峙状況には変化はみられない。

中ソ国境付近の兵力配備状況は第1−12図のとおりであり、ソ連軍53個師団約47万人に対し、中国軍は、野戦軍135個師団のうち半数に当たる68個師団等約150万人以上を配備している。このように、兵員数は中国軍がソ連軍に対して3倍強の勢力であるが、火力、機動力、対航空戦力等においてソ連軍の方が優勢であり、総合的にはソ連軍が優位に立っている。しかしながら、大規模な陸軍を中心とする中国軍は、極東ソ連軍をけん制し得るものとなっている。

3 米中関係

1979年の米中国交正常化以降、両国は、台湾問題を抱えつつも、関係発展の努力を払ってきた。特に昨年は、両国首脳の初の相互訪問もあり、様々な分野での交流が拡大している。

軍事関係の分野においても、1983年9月にワインバーガー国防長官が、1984年6月には張愛存国防部長が相互に訪問するなど、両国の軍関係者による人的交流が活発化している。また、米国による中国軍の近代化に対する協力に関する話合いが進められており、米国は、防衛的で米国及びその同盟国等の安全を脅かさない一定の米国製武器と技術的支援を中国に提供する用意があるとしている。話し合われた分野として対戦車システム、防空システム等があげられている。

 

(注) 野戦軍特定の軍区にとらわれず戦略的に展開し、作戦を行うことを任務とする部隊

(注) 地方軍一定の地区内(省軍区等)における警備等を主任務とし、野戦軍及び民兵と協同して作戦を行うことを任務とする部隊

第5節 朝鮮半島の軍事情勢

1 北朝鮮の軍事力

北朝鮮は、1962年以来、「全人民の武装化」、「全国土の要塞化」、「全軍の幹部化」及び「全軍の近代化」という4大軍事路線に基づいて軍事力を増強してきた。特に、1970年代における軍事力の増強には著しいものがあり、既に外国の支援を受けなくとも、単独で一定期間戦争を遂行し得る能力を獲得するに至っているとみられる。現在、北朝鮮は、引き続き軍事建設を重視し、GNPの20〜25%を投入して軍事力の増強・近代化を図っており、航空機やミサイルの国産能力も保有しつつあるといわれている。

現在の北朝鮮軍の勢力は、陸軍が戦車約2,850両を含む39個師団約70万人、海軍が潜水艦19隻、ミサイル高速艇34隻を主体に約500隻約6万8千トン、空軍がIL−28ビーグル、SU−7フィッター、MIG−19ファ−マー、MIG−21フィッシュベッド等の作戦機約740機である。

陸軍は、1970年代後半以降顕著に増強され、その兵員数は韓国の兵員数の約1.3倍である。また、戦車、装甲車、自走砲等の機動力及び火力の面で韓国に対し優位に立っており、その主力はDMZ沿いに配備されている。また、最近は、部隊の改編を行うとともに、前方配備を進めている。

海軍は、総トン数及び駆逐艦などの隻数において韓国に劣り、また、運用海域が東海、西海に二分されていることもあり、運用の柔軟性に欠ける面があるものの、潜水艦、ミサイル高速艇を始め、多数の上陸用舟艇、哨戒艇を保有しており、沿岸における作戦行動に適した能力を有している。

空軍は、韓国に比べ約1.7倍の作戦機を保有しているが、概して旧型のものが多い。このほか、多数の輸送機を保有しており、そのほとんどが低空からの侵入に適したAN−2コルトによって占められている。また、最近、韓国軍が保有しているヒューズ500型などの米国製へリコプターを、第三国経由で多数導入したことが注目される。

海軍が潜水艦を、空軍がAN−2コルト、ヒューズ500型へリコプターをそれぞれ多数保有していることは、陸軍の特殊部隊の増強とあいまって、北朝鮮の「正規戦と非正規戦の配合」をスローガンにした非正規戦重視の姿勢をうかがわせるものである。

さらに、準軍隊である労農赤衛隊も、韓国の郷土予備軍に比べ、装備の水準や訓練練度が高いとみられる。(第1−13図 朝鮮半島の軍事力の対峙

2 韓国の軍事力

韓国は、全人口の約23%に当たる約950万人が集中する首都ソウルがDMZから至近距離にあり、また、三面が海で長い海岸線、無数の島峡群を有しているという防衛上の弱点もある。このため韓国は、北朝鮮の軍事力増強を深刻な脅威と受けとめ、並々ならぬ国防努力を払い、米国の支援の下に1982年から第2次戦力増強5か年計画を実施しており、毎年GNPの約5.5〜6%を国防費に投入している。

陸軍は、兵力約54万人で3個軍に編成された22個師団を主力とし、その多くはDNIZからソウルの間に数線にわたって配置され、ソウル防衛に当たっている。また、TOW対戦車ミサイル、ヒューズ500型対戦車へリコプター等を米国から購入するなど、火力及び機動力の増強を図っている。

海軍は、海兵隊2個師団及び1個旅団を含み、約140隻約9万9千トンの艦艇を保有している。艦艇の主力は駆逐艦であるが、ミサイル高速艇の増強等も行われている。

空軍は、F−4、F−5を主力とする約440機の作戦機を保有しており、F−16の米国からの導入を計画するとともに、早期警戒管制体制の整備にも努めている。

なお、毎年1〜2回、郷土予備軍と正規軍との合同訓練を行うなど、郷土予備軍の練度向上を図っている。

3 在韓米軍

米国は、米韓相互防衛条約に基づいて、現在、約4万1千人の米軍を配備し、韓国軍とともに「米韓連合軍司令部」を設置して紛争抑止に努力している。こうした在韓米軍と米国の対韓コミットメントは、朝鮮半島の軍事バランスを維持し、武力衝突を抑止する上で大きな役割を果たしている。

本年5月に開催された第17回米韓安保協議会においても、北朝鮮の軍事力増強及びその前方配備が韓国の安全保障に対する脅威となっていることを確認し、米国の対韓防衛コミットメントの維持及び米韓連合防衛態勢の強化等が再確認された。

在韓米軍は、第2歩兵師団の火力、機動力の向上、F−16及びA−10の配備、I等の強化を図ってきている。米韓両国は、朝鮮半島における不測事態に対する共同防衛能力を高めるため、1976年から毎年米韓合同演習「チームスピリット」を実施しており、本年も2月から4月中旬にかけて実施した。

このような在韓米軍の存在と米国の確固たる韓国防衛意志は、韓国の国防努力とあいまって、朝鮮半島における大規模な武力紛争の発生を抑止し、ひいては北東アジアの平和と安定に寄与している。(チームスピリット85

 

(注) 韓国の第2次戦力増強5か年計画この計画は、北朝鮮との間の軍事バランスの改善を目的とし、陸軍については火力、機動力の増強、海軍については対潜晴戒能力の増強及び空軍についてはF−16の導入並びに軍のIの向上などを重点としている。

第3章 中東・インド洋及び東南アジアを中心とする地域の軍事情勢

第1節 中東及びインド洋を中心とする地域の軍事情勢

1 この地域の特性

中東地域は、欧州、アジア、アフリカ三大陸の結節点に位置し、従来から世界の交通上極めて重要な地域であった。

今日においても、中東及びインド洋を中心とする地域には、石油輸送ルートを始め、海洋による通商によって繁栄してきたわが国を始めとする自由主義諸国にとって重要な海上交通路が存在し、またスエズ運河、ホルムズ海峡等海上交通上の要衝が存在しており、このような地理的特性から、世界の交通上の要域となっている。

また、特にペルシャ湾岸地域は、世界の原油埋蔵量及び石油輸出量の約5割を占める大産油地帯であり、わが国を始めとする自由主義諸国は、石油供給のかなりの部分をこの地域に依存している。このため、この地域の平和と安定の維持及びこの地域の海上交通路の安全の確保は、わが国を始めとする自由主義諸国及ぴ第三世界の国国の生存と繁栄にとって極めて重要となっている。

一方、この地域においては、多くの国が第2次世界大戦後に独立したものであり、領土、民族、宗教等の各種要因が絡んで、国内的にも、対外的にも不安定かつ流動的な情勢が続いている。

2 この地域の紛争の状況

アラブ・イスラエル間の対立については、エジプト・イスラエル関係は正常化されたものの、イスラエルと他のアラブ諸国との関係には大きな進展はみられない。

レバノンにおいては、国内における各宗派間の対立に加え、米国、ソ連、イスラエル、シリア等の利害が複雑に絡み合い、混迷が続いている。昨年2〜3月の多国籍軍の撤退と引き続くイスラエル・レバノン撤兵協定の廃棄後、国内治安はやや平静化したものの、昨年9月の東ベイルート所在の米国大使館別館の爆破事件発生、各宗派間の抗争の続発等、政府の治安回復の努力は成果を挙げていない。一方、イスラエルは、財政負担、人員損耗の増大等から、昨年11月から国連の協力によりレバノンとの間でレバノンからの撤退交渉を行っていたが、レバノン、イスラエル及び本交渉に深いかかわりをもつシリアの思惑が対立し、このためイスラエルは、本年1月に一方的に段階的撤退を開始した。しかし、イスラエル軍の撤退地域で武力衝突が頻発している。

イラン・イラク紛争は、1980年9月に本格化して以来、依然終結のめどがつかず、長期化している。ペルシャ湾におけるイラン・イラク両空軍による相互のタンカー攻撃の応酬に加えて、本年3月には両軍が都市攻撃を再開し、南部国境における地上軍の衝突も生じるなど、依然解決のめどは立っていない。

一方、湾岸協力理事会(GCC)諸国(サウジアラビア、クウェート、アラブ首長国連邦、カタール、バーレーン及びオマーンの湾岸6か国)は、イラクを支持しているが、イランとの関係も考慮して慎重に対応していることもあって、紛争がこれらの諸国に拡大されるような事態は回避されている。

3 米国とソ連の動向

(1) ソ連は、アフガニスタンへの軍事介入のほか、シリア、リビア、イラク、南イエメン等に、武器供与、軍事顧問団の派遣、第三国軍事要員の派遣等を行うことによって政治的影響力の伸張を図るとともに、軍事施設等を獲得してきている。

アフガニスタンについては、ソ連は、約11万5千人の軍隊を投入し、反ソ・反体制勢力の制圧作戦を行っているが、これら勢力の強じんな抵抗に遭遇している。この間、国連及び関係諸国によりソ連軍の撤退を目指す調停の努力が続けられ、昨年8月には、国連の仲介により「カルマル政権」とパキスタンの間接対話が行われたが、ソ連軍撤退等に関する実質的進展はみられていない。

ソ連海軍のインド洋への進出は、1968年の英国のスエズ以東からの撤退による力の空白に乗じて開始された。現在では、主として太平洋艦隊から水上艦艇及び潜水艦等20〜30隻程度を常時展開させている。これらのソ連艦艇が使用している主な港湾、停泊地は、第1−14図のとおりであるが、これらは、ペルシャ湾からインド洋を経て日本、欧州、米国に達する石油輸送ルートを扼する地点に位置している。

(2) 米国は、この地域を米国の国益と安全保障にかかわる重要地域の一つとみており、湾岸諸国の安定とこの地域からの石油の安定的供給を図るため、ペルシャ湾近海に空母機動部隊を随時展開するとともに(これらの艦艇が使用している主な港湾、停泊地は第1−14図のとおり)、サウジアラビアに対しAWACS機E−3Aの派遣や武器供給等の軍事支援を行い、イラン・イラク紛争の湾岸諸国への拡大の防止を図っている。

また、アラブ・イスラエル間の対立については、米国は、キャンプデービッド合意に基づく中東和平の推進を図るとともに、アラブ穏健派諸国との関係強化にも努めており、これらを通じてこの地域の安定化とソ連の進出阻止のための努力を続けている。

しかしながら、この地域は、地理的にソ連領に近接しているのに反し、米国本土からは遠く離れていることもあって、米国がソ連等の動きに迅速に対応することは困難な状況にある。このため、米国は、前述の空母機動部隊の展開のほか、海・空輸送能力の強化、資材の事前集積、中央軍の設置、ケニア、ソマリア、オマーン、モロッコ等との間の緊急時の通過及び施設利用のための取極の締結等により、有事におけるこの地域での作戦遂行能力の向上を図っている。

第2節 東南アジアを中心とする地域の軍事情勢

1 この地域の特性

東南アジアは、わが国への資源輸送上重要なマラッカ海峡、南シナ海及びインドネシア、フィリピンの近海を含み、太平洋とインド洋を結ぶ交通上の要衝を占めている。

現在、この地域においては、ソ連に支援されたベトナムのカンボジアへの軍事介入の継続、ソ連の軍事行動の活発化などもあって、依然として不安定な情勢が続いている。こうした情勢の下にあって、ASEAN諸国は、それぞれ国内に問題を抱えつつも、この地域の平和と安定を図るため結束の強化を図っている。

これらのASEAN諸国は、同じくアジアの一員であるわが国にとって重要な近隣諸国であるとともに、経済的にみてもわが国との協力関係はとみに増大している。このようなASEAN諸国とわが国との結びつきには極めて密接なものがあり、ASEAN諸国の平和と安定は、わが国の安全にとって重要である。

2 この地域の紛争の状況

(1) 1978年12月の軍事介入により「ヘン・サムリン政権」を擁立したベトナムは、国連等によるカンボジアからの撤退要求にもかかわらず、カンボジアに約18個師団基幹約18万人の兵力を駐留させ、ソ連の支援を受けつつ、「ヘン・サムリン政権」によるカンボジア支配の定着化を目指している。これに対し、反ベトナム勢力である民主カンボジア連合政府各派は、タイ国境付近を主たる根拠地として、ベトナム軍に対し、主としてゲリラ活動で対抗している。

今期のベトナム軍の乾季攻勢は、例年より早く、昨年11月から開始されたこと及びそれが過去最大の規模であったところに特微があり、本年に入ると、ソン・サン派の本拠地アンピル、クメール・ルージュ派のマライ山、シハヌーク派のタトム等を次々と攻略した。しかし、民主カンボジア勢力は、残ったタイ・カンボジア国境地区及び南部山地等の拠点を足場に、ゲリラ活動を依然継続している。

(2) 中越国境においては、現在、中国軍約20個師団基幹約30万人とベトナム軍約30個師団基幹約30万人が対峙しており、1979年2〜3月の軍事衝突以来小規模な武力衝突が続いている。

昨年11月からのベトナム軍の今期乾季攻勢時においても、中越国境沿いの両軍の兵力増強と小規模衝突が伝えられ、中越間の緊張は去っていない。

3 米国、ソ連、ASEAN諸国等の動向

(1) ソ連は、ベトナム、ラオス及びカンボジアに対し、軍事援助と軍事顧問の派遣を行うとともに、このような援助を背景に、ベトナムのダナン、カムラン湾の海・空軍施設及びカンボジアのコンポンソム港を使用している。特にカムラン湾は、ソ連にとって海外における重要な軍事拠点となっており、この利用により有事におけるソ連太平洋艦隊の運用の柔軟性が向上している。ソ連は、これらの施設を利用しつつ、東南アジア地域におけるプレゼンスの強化に努めている。

ソ連は、カムラン湾に6ないし8機のTU−95/TU−142ベアを配備し、南シナ海を中心に偵察活動及び対潜哨戒活動を実施しているが、最近は、その活動範囲を東シナ海やシャム湾方面まで拡大している。TU−16バジャーについては、既に配備されていた9機に加えて昨年11月に7機が飛来し、現在は16機が配備されており、また、新たにMIG−23フロッガー14機が配備され、この地域における対地/艦攻撃能力が強化されている。ソ連は、また、カムラン湾及びダナンに水上戦闘艦艇及び潜水艦等を寄港させるとともに、これらの港湾を利用して、南シナ海に20数隻程度のプレゼンスを維持している。このように、ソ連は、この方面の海上交通の安全に対して影響力を行使し得る能力を向上させている。(第1−15図 インドシナにおける軍事態勢

(2) 米国は、フィリピンに海・空軍を駐留させているほかは、ベトナム撤退以降この地域には軍事力を常駐させておらず、ASEAN諸国及びオセアニア諸国との協力・友好関係を深め、軍事援助、経済援助等により地域的な安定の維持に努めるとともに、西太平洋及びインド洋における空母機動部隊のプレゼンスにより、当地域の安定を図っている。

(3) ASEAN諸国は、ベトナムのカンボジアに対する軍事介入以降、「ベトナム軍の撤退と民族自決によるカンボジア問題の包括的政治解決」との立場から、民主カンボジア連合政府を支持している。また、ASEAN諸国は、それぞれ自国の国防努力の継続と域内諸国間の防衛協力を進めるとともに、民族、歴史的背景を互し、に異にしながらも、経済、文化交流等を通じて域内の結束強化を図り、先進民主主義諸国との協力関係の増進に努めている。

(4) オーストラリアは、ANZUS条約に基づき、米国との緊密な協力関係を維持し、軍事施設の共同使用や共同演習を実施するとともに、5か国防衛取極に基づきマレーシアにミラージュ戦闘機1個飛行隊基幹を駐留させているほか、インド洋に水上艦艇及び哨戒機を派遣している。また、ニュージーランドは、同取極に基づきシンガポールに1個大隊基幹の陸軍部隊を駐留させている。

このように、オーストラリアとニュージーランドは、共に安定した先進民主主義国の立場から、この地域全般の安全保障上重要な役割を果たしてきている。

なお、ニュージーランドと米国との間においては、本年に入り、ANZUS共同演習に伴う米国艦艇のニュージーランド寄港が問題とされるに至っている。