第1部

国際軍事情勢

第1章 概観

第1節 世界の軍事構造

 今日の国際軍事情勢は、政治・経済体制及びイデオロギーを異にする米国及びソ連をそれぞれ中心とする東西両陣営の軍事的対峠を基本的枠組みとしており、東西両陣営は、米ソの圧倒的な軍事力とこれを背景とする集団安全保障体制をそれぞれ基礎として成り立っている。

 米国は、戦略核を中心とする核戦力によって同盟国に核の傘を提供するとともに、同盟国に対する防衛コミットメントの裏付けとして、欧州からアジアに至るソ連周辺地域に所在する同盟国に兵力を配備し、また、太平洋、大西洋及びインド洋等の主要な海域に海上戦力を配備している。他方、ソ連は、強力な戦略核及び中距離核戦力等を保持するとともに、欧州及び極東方面の自国領土、東欧諸国等に地上軍を中心とする膨大な軍事力を配備しているが、近年では海軍力を遠隔地まで展開させるに至っている。

 このように、米ソ両国の軍事力を基幹とする東西両陣営の対峙はグローバルな規模のものとなっているが、米国を始め西側諸国が信頼し得る抑止力の維持、強化に努めてきたこともあり、第2次世界大戦後今日まで核戦争及びそれに至るような大規模な軍事衝突は回避されてきた。しかしながら、ソ連の一貫した軍事力増強による蓄積効果は近年特に顕著なものがあり、このまま放置すれば東西間の軍事バランスは、東側優位に傾くすう勢にある。

 さらに、ソ連は、このような軍事力増強を背景として、中東、アフリカ、東南アジア、中米等への勢力伸張に努めている。これらの地域は、領土、民族、宗教、イデオロギー等多くの紛争要因を抱えた不安定な地域であるため、ソ連の進出の格好の目標となっているが、他方、西側諸国にとってもこれら地域は、その生存と繁栄に不可欠な石油を始め各種資源・エネルギーの供給地でもあることから、これらの地域における平和と安定の確保は、世界の平和と安定にとって極めて重要となっている。

 これらのことから、現下の国際軍事情勢には、厳しく、複雑かつ流動的なものがあり、このような認識に立って、米国は抑止力の維持、強化を図るため、戦力の全般的な近代化と態勢の強化に着手しているが、米国以外の西側諸国も、それぞれの立場に応じて引き続き防衛力の強化に努めている。同時に米国を始めとする西側諸国は、このような国防努力を背景に、より低いレベルでの軍事力の均衡を目指して、ソ連に対し、実質的かつ公正で検証可能な軍備管理・軍縮に応ずるよう求めている。

第2節 ソ連の軍事力増強と勢力拡張

 ソ連は、帝国主義が存在する限り戦争の危険は回避されないとの認識の下に、軍事力の増強を国策の最優先課題の一つとしてきた。その結果今日では、核戦力及び通常戦力のいずれの分野においても、米国に十分対抗し得る戦力を築き上げるに至った。しかもソ連は、一方では、いわゆる平和攻勢により米国とその同盟国との離間を策しつつ、自らは、経済成長率の低迷、石油供給力の伸び悩み、あるいは労働力のひっ迫等、最近の構造的な経済困難にもかかわらず依然として軍事力増強を緩和する徴候をみせていない。昨年11月、ブレジネフ前書記長の後を継いだアンドロポフ書記長も、本年6月の党中央委総会での演説において、「我々は、ソ連とその友邦、同盟国の安全を保障するため引き続きでき得る限りのことを行い、帝国主義反動の侵略的野心を封じ込める強力な力であるソ連軍の戦闘能力を強化するであろう」旨言明し、この路線に変更がないことを内外に明らかにしている。

 また、ソ連は、軍事力をその対外政策遂行の不可欠の手段としており、巨大な軍事力を背景に政治的影響力の増大に努めている。

1 ソ連の軍事力増強

(1)核戦力

ア 戦略核戦力

ソ連の戦略核戦力は、米国と同様大陸間弾道ミサイル(ICBM)、潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)及び戦略爆撃機で構成されているが、これまで特にICBM及びSLBMを重視してその増強に努めた結果、1960年代末にはICBMの、また、1970年代前半にはSLBMの発射基数において米国を凌駕するに至った(第1−1図参照)。

近年に至って、ソ連は、戦略核戦力の量的優位に加え、ICBMの命中精度の大幅な向上、多目標弾頭(MIRV)化及びSLBMの射程の延伸、MIRV化等質的改善の面でも顕著な向上をみせている。

この結果、ソ連は、理論的には、最新型ICBMであるSS−18又はSS−19の一部による先制攻撃によっても、米国の大部分の現有ICBMサイロを破壊し得る能力を有するに至っており、米国のICBMのぜい弱性が高まっているとみられている。

さらに、ソ連は、4種類のICBM及び優れた低高度高速侵攻能力を有する超音速戦略爆撃機ブラックジャックの開発を進めている。また、バレンツ海やオホーツク海のようなソ連本土に近い海域から直接米本土を攻撃でき、MIRV化された弾頭を有するSS−NX−20SLBMを搭載したタイフーン級弾道ミサイル搭載原子力潜水艦(SSBN)の実戦配備も間近かとみられる。このようにソ連は、戦略核戦力の増強を引き続き意欲的に進めている。

 イ 非戦略核戦力

非戦略核戦力とりわけ中距離核戦力(INF)は、ソ連本土から直接米本土は攻撃できず、基本的にNATO諸国やわが国及び中国等のソ連周辺諸国向けの戦力である。ソ連は、このような戦力を大量に配備することによって、その射程内におかれた西側諸国内に、米国の核抑止力の信頼性に対する不安を醸成し、米国とこれら諸国との分断、離間を図っているともみられている。

ソ連の有する多様な中距離核システムのうち、代表的なものは、SS−20及びTUー22Mバックファイアである。

SS−20は、射程が5,000kmに及び、3弾頭のMIRVを搭載し、命中精度が高く、再装填が可能で、移動性もある画期的なミサイルである。ソ連は、1977年にSS−20の配備を開始して以来、着々とその増強を進め、現在合計35l基のランチャーをソ連各地に分散配備しており(第1−2図参照)、配備基数はさらに増加の傾向にある。

バックファイアは、行動半径が長く、低高度高速侵攻能力を有し、また、射程300km以上の核弾頭搭載可能なAS−4空対地/艦ミサイルを装備できる優れた性能の爆撃機であり、現在200機以上が配備されている。

このほか、ソ連は、SS−21、SS−22及びSS−23といった前方に配備され至短時間で目標に到達する新型の地対地ミサイルや、艦艇搭載の対艦巡航ミサイルSS−N−19の開発、配備を進めるなど非戦略核戦力の質量両面にわたる増強を図っている。

(2) 通常戦力

ア 地上戦力

ソ連は、多数の国と国境を接する大陸国家として、伝統的に大規模な地上軍を擁しており、現在では、自国領土、東独、ポーランド、チェコスロバキア、ハンガリー、モンゴル、アフガニスタン等に、総計191個師団約190万人、戦車約5万7千両を配備している。

ソ連は、量的優勢、奇襲及び縦深突進(相手側の陣地を迅速に突破し、後方奥深く突進すること)を重視する伝統的な軍事ドクトリンの下に戦力を整備してきているとみられるが、近年では、量的な増強に加え、戦車、装甲歩兵戦闘車、自走砲、武装・輸送ヘリコプター等による火力、機動力、地対空ミサイル等による戦場防空能力の向上等、質的な増強にも著しいものがある。また、空挺師団、空中強襲旅団各8個を有しており、遠隔地域への迅速な兵力投入能力の面でも注目される。このほか、ソ連は、化学戦能力をこれまで一貫して重視してきており、有毒環境下での作戦遂行能力のみならず、化学兵器を使用する能力の維持、強化を図っている。(空挺部隊用装甲戦闘車

イ 航空戦力

ソ連の航空戦力は、作戦機約8,290機から成り、大規模かつ多様であるが、近年各種改編が行われ、即応性、運用の柔軟性が高まっている。航空機の増強は質的側面において顕著であり、MIG−23/27フロッガー、SU−24フェンサー、バックファイア等、航続能力、機動性、低高度高速侵攻能力、搭載能力及び電子戦能力に優れた近代的な戦闘機、戦闘爆撃機及び爆撃機の増強により、航空優勢獲得能力及び対地/艦攻撃能力等が著しく向上している。

ウ 海上戦力

ソ連海軍は、過去四半世紀にわたる一貫した増強の結果、沿岸防衛型の海軍から外洋型の海軍へと成長を遂げた。ソ連海軍は、北洋、バルト、黒海及び太平洋の4つの艦隊とカスピ小艦隊から構成され、その勢力は、艦艇約2,765隻(うち潜水艦約380隻)約602万トン、海軍歩兵5個連隊約13,500人に達している。その任務は、平時にあっては主としてプレゼンスによる政治的軍事的影響力の行使、有事にあってはソ連にとって戦略的に重要な海域の確保、西側諸国の海上交通の破壊、地上軍部隊等に対する支援等であるとみられる。ソ連は、このような任務遂行能力を向上させるため、現在、4隻目のキエフ級空母を建造中のほか、1980年代末までには本格的原子力空母を就役させる可能性があり、また、ソ連初の原子力推進戦闘艦であるキーロフ級ミサイル巡洋艦及び最新のクラシナ級、ウダロイ級、ソブレメンヌイ級各ミサイル艦等の大型水上戦闘艦艇並びにオスカー級ミサイル搭載原子力潜水艦(SSGN)、アルファ級攻撃型原子力潜水艦(SSN)等の新鋭潜水艦を建造している。(キエフ級空母「ミンスク」)(第1−3図 米ソ主要水上艦及び潜水艦保有数の推移

2 ソ連の勢力拡張

 中東、アフリカ、東南アジア、中米等の地域においては、依然として武力紛争や内乱が続いている。ソ連は、「民族解放闘争」支援等を旗印としてこれらの地域へ機会主義的に進出を試み、部分的には後退がみられたものの、その実績は無視できないものとなっている。進出手段は多様であるが、友好条約の締結、武器輸出、軍事顧問団の派遣、第三国軍事要員の派遣、経済援助、海軍力のプレゼンス等が主たるものとなっている。

 ソ連は、第三世界諸国との間で、1954年以来、総額約800億ドルにのぼる武器売却協定を締結している。また、最近では、ワルシャワ条約機構諸国、アフガニスタン及びキューバに駐留するものに加え、約1万5千人のソ連軍事要員が20数か国に駐留しており、さらに、1975年のアンゴラ内戦を契機にキューバの軍事要員の派遣が活発化し、現在では、約4万5千人以上が中東及びアフリカを中心とする10数か国に駐留しているとみられる。さらに、ソ連は、自国内及び東欧諸国で第三世界諸国の軍事要員の訓練を行っており、その数は1955年以来延べ5万8千人を超えるとみられる。

 近年、ソ連は、空母、巡洋艦、駆逐艦、潜水艦等の戦闘艦艇の増強とともに、補給艦、給油艦等の補助艦艇や揚陸艦及びAN−22コック、IL−76キャンディッド等の長距離輸送機等の増強、ざらには商船隊及び国営航空の拡充近代化によって、遠隔地介入能力を向上させてきている。

 中東、アフリカ、東南アジア、中米等の情勢は引き続き不安定なまま推移する可能性が強いこともあり、ソ連は、以上にみたような進出手段の活用と遠隔地介入能力の向上を背景として、今後とも勢力の浸透に努めていくものとみられる。

 

(注) 各戦略核戦力の特徴ICBMは命中精度が高く即時対応が可能であるがあらかじめ配備場所が明らかになっているため攻撃に対してぜい弱であり、SLBMは生き残り能力が高く第2撃戦力として最適であるが命中精度に難点があり、さらに、戦略爆撃機は各種の核弾頭を搭載して反復使用が可能である等運用の柔軟性があるが防空システムによる攻撃に対してぜい弱であるとの特徴をそれぞれ有している。

第3節 米国の対応努力

1 抑止と防衛

 米国は、グローバルパワーとしての立場から、西側諸国を防衛し、世界の平和と安定に寄与する役割を担っている。このため、米国は、強力な軍事力を維持し、核兵器の使用がもたらす深刻な結果を相手に認識させること等により、いかなる侵略であれ、これを未然に防止するとの抑止戦略を一貫してとっている。レーガン大統領も、米国の国防政策の基本について、「米国から戦端を開くことはない。我々は、決して侵略者にはならない。我々は、侵略を抑止し、侵略から防衛し、もって平和と自由を確保するため、力を維持するのである」(1983.3.23)と述べている。このように、米国の国防努力は、ソ連の軍事力増強に対応して、あくまで抑止力の信頼性を維持、強化することを目的とするものであって、この基本的性格から本質的に防衛的なものである。

2 米国の国防努力

 米国の国防努力は、いわゆるデタント期といわれる1970年代を通じ、ソ連と対照的に抑制されたものであった。しかしながら、ソ連の軍事力増強の蓄積効果が明らかになるにつれ、米国内では米ソ間の軍事バランスの変化と米国の抑止態勢の信頼性に危機感が生じてきた。特に、1979年末のソ連によるアフガニスタンへの軍事介入によって、ソ連が第三世界に属する国に対しても軍事力の行使をちゅうちょしないことが明らかになったことを契機として、米国は、米国自身の国防努力の一層の強化に乗り出すとともに、同盟諸国に対しても、西側諸国の一員として応分の努力をするよう強く期待している。

 レーガン政権は、他の同盟諸国同様困難な財政事情の下で、対ソ抑止力の信頼性を維持、強化するため、議会と協議しつつ、核戦力及び通常戦力の全般的な整備、近代化を進めている。他方、レーガン政権は、このような国防努力を背景として、より低い水準での軍事力の均衡を求めて、ソ連との間で実効的かつ検証可能な軍備管理・軍縮の達成に努めている。

 同時にレーガン政権は、ソ連に流出した西側の高度技術がソ連軍事力の質的増強に利用され、西側の防衛コストを引き上げているとして、西側諸国と協議しつつその阻止のための方策を検討している。

(1) 核戦力

米国は、いかなるレベルの核攻撃においても、これに対応し得る能力と意思を明確に示すことにより、すべての核攻撃の発生を抑止することを核戦略の基本としている。

レーガン政権は、戦略核抑止力の信頼性向上を目指して包括的な近代化計画に着手し、I(指揮・統制・通信・情報)能力、ICBM戦力(MXの開発配備、小型単弾頭ICBMの開発)、海上戦力(トライデントSLBM搭載オハイオ級SSBN建造の継続、トライデントSLBMの開発)、戦略爆撃機戦力(B−lB爆撃機の生産配備、米本土配備のB−52及びB−lBへの空中発射巡航ミサイルALCMの搭載、ステルス爆撃機の研究開発)等の近代化を推進している。

非戦略核戦力の分野においては、ソ連のSS−20の脅威に対抗し、西側の抑止態勢の間隙を埋めるため、NATOのいわゆる二重決定(第4節参照)に基づき、本年末から西欧にパーシング中距離ミサイルと地上発射巡航ミサイル(GLCM)の配備を開始することとしている。(B−1 戦略爆撃機

(2) 通常戦力

レーガン政権は、ソ連がグローバルな規模の通常戦力の増強により、既に複数の正面で同時に作戦を行い得るに至ったとして、通常戦力の増強が以前にもまして重要になってきていると認識している。

このような認識に立ってレーガン政権は、即応態勢、継戦能力及び機動力の改善と装備の近代化により、幾つかの重要な正面で長期にわたって同時に対処し得る態勢の確保に努めている。

特に、海上戦力については、15個空母機動部隊及び4個水上戦闘グループを基幹とする600隻海軍の建造計画を推進するとともに、海上戦力の展開に一層の柔軟性を与えるため、地中海及び太平洋における空母の展開水準を維持しつつインド洋への展開を減少することにより、これまでほとんど空母が展開したことのない北西大平洋、日本海及びカリブ海等ヘ空母を展開させる「柔軟運用」計画を実施している。また、中東地域における紛争対処能力を強化するため、本年1月をもって、従来の緊急展開統合任務部隊(RDJTF)を発展的に解消し、中央軍(USCENTCOM)を創設した。

このほか、地上戦力については、即応態勢、継戦能力の強化を図るとともに、航空戦力についても、装備の近代化を図り、さらに、電子戦能力、目標捕捉・監視・警報・偵察能力の向上を図っている。(AH−64 攻撃ヘリコプター

第4節 米ソ間の軍備管理・軍縮交渉

1 START

 米ソ両国ほ、昨年6月から戦略兵器削減交渉(START)を行っている。STARTは、SALT及びSALT条約(資料5参照)に比し、戦略核兵器の実質的削減を目指している点で、画期的なものである。

 米国は、特にソ連の重ICBM(SS−18)が米ソの戦略核関係の不安定要因になっているとの認識の下に、おおむね次のような提案をしている。

 米ソの弾道ミサイル(ICBM及びSLBM)の弾頭数及び発射基数を削減する。

 弾道ミサイルの投射重量(ミサイルの弾頭部分の重量)を削減する

 信頼醸成措置として、ICBM及びSLBMのテスト発射並びに戦略爆撃機、SSBN又は弾道ミサイルを動員する大規模な軍事演習等を相互に事前通告する。

 これに対してソ連は、弾道ミサイル及び戦略爆撃機の総数の削減、空母の運用地域の制限及びSLBM搭載潜水艦の聖域設定等の提案をしているが、弾道ミサイルの弾頭数及び投射重量の削減には消極的姿勢をみせているといわれている。

 このように、米ソの主張にはいまだ大きな開きがあり、交渉の前途はなお厳しいものがあるとみられるが、ソ連がともかくも戦略核兵器の削減を目指す交渉に応じていることは、抑止力の向上を背景としてソ連に実質的な軍縮を迫るとのレーガン政権のアプローチが一応の成果をあげていることを示すものとみられている。

2 INF交渉

(1) 交渉の背景

第2節で述べたように、ソ連が、1977年以降SS−20の配備を開始したことは、これに対応する核システムを保有しない西側諸国の抑止態勢に重大な間隙を生じさせ、これら諸国の安全保障に深刻な影響を及ぼすこととなった。

このため、NATO諸国は、1979年12月のいわゆる二重決定に基づいて、米ソ間でINFの削減を目指して交渉を行うとともに、本年末から欧州のNATO諸国に米国のパーシング及びGLCMの配備を開始することとしている。

米ソ間のINF交渉は、1981年1l月に開始され、今日なお継続中である。

(2) 米国の立場

この交渉における米国の立場はおおむね次のとおりである。

 米国は、ソ連のSS−20を始めとするINFがグローバルなベースで撤廃されれば、パーシング及びGLCMの配備を中止するとのいわゆるゼロ・ゼロ・オプションを最終的な目標として堅持しつつ、それに至る暫定的措置として、ソ連のINFの弾頭数がグローバルなベースで実質的に削減されれば、それに見合った形で本年末から配備予定のパーシング及びGLCMの数を削減する。

 英仏は交渉当事国ではなく、また、英仏の核戦力はそれぞれ独自の

 戦略核戦力であってINFではないので、これを交渉の対象とすべきではない。

SS−20の欧州地域からアジア地域への移転は認められない。

(3) ソ連の立場

これに対してソ連の立場はおおむね次のとおりである。

 欧州における東西INFのバランスは、現状でほぼ均衡しており、米国のパーシング及びGLCMの配備は認められない。これらが仮に配備されれば、ソ連は対抗措置をとる。

 英仏の核戦力を交渉の対象とすべきであり、SS−20の削減は、これとの関連でしか応じない。

 規制の対象地域は欧州に限定すべきであり、ソ連は、欧州で削減されたINFをアジア地域に移転する権利を有する。

このようなソ連の主張は、NATO諸国へのINFの配備を阻止し、INFの分野における自国の圧倒的な優位の固定化を目指しているものとみられる。

(4) わが国との関係

ソ連は、アジア地域にも、108基のSS−20を配備しており、SS−20はわが国の安全保障にも深刻な影響を及ぼしている。わが国としても、INF交渉が進展し、SS−20がグローバルなベースで撤廃ないし削減されることを強く期待しており、わが国及びNATO諸国が結束することが、この交渉における米国の立場を支援しその実現に資することとなる。この意味で、本年5月ウィリアムズバーグで開催された主要国首脳会議において、参加国が東西間の真剣な軍備管理交渉を望み、平和を探究する決意を有していることを明らかにしソ連に対してこの目的のために努力するよう呼びかけるとともに、西側の安全が不可分であり、INF交渉はグローバルな観点から取り組まなければならないとの共通の認識を明らかにしたことは意義深いことであった。

第2章 欧州地域の軍事情勢

 欧州地域は、第2次世界大戦後、米ソの対立及び自由主義諸国と社会主義諸国との対峙の最も尖鋭な地域の一つであり、軍事的に重要な正面の一つを形成している。

 この地域では、ソ連を中心とするワルシャワ条約機構(WPO)と、米国を含む北大西洋条約機構(NATO)とが、中部欧州を中心として、ノルウェー北端からトルコの東方国境にわたって、膨大な兵力をもって対峙している。

第1節 WPOの軍事力増強

 核戦力についてみると、ソ連は、それまでのSS−4及びSS−5に代えて、1977年以降SS−20の配備を開始し、逐年その増強を進めている(SS−20については前章第2節及び第4節参照)。さらに、最近では、SS−21、SS−22及びSS−23の配備を進めている。また、バックファイアも引き続き増強を図っている。

 通常戦力についてみると、NATOとWPOとの兵力バランスは第1−1表のとおりであり、多くの分野でWPO側が優位に立っている。このような数量的優位に加えて、近年のWPO軍の質的強化にも目覚ましいものがある。すなわち、地上戦力では、T−72戦車の増強のほか、核及び生物化学兵器に対する防護能力を持つといわれるT−80戦車の配備等により、機動打撃力等を一層向上させている。また、海上戦力では、キエフ級空母、キーロフ級原子力巡洋艦を含む各種ミサイル搭載の新型艦等の導入により、対潜水艦及び対水上艦作戦能力や海上交通破壊能力が強化されている。航空戦力では、MIG−27フロッガーD、SU−24フェンサー、新型対地/艦攻撃機SU−25フロッグフット、バックファイア等新鋭機の配備により、航空優勢獲得能力や対地/艦攻撃能力の強化とともに、防空システムも改善されている。

 このようなことから、WPO軍は、通常戦力によってNATOに対する迅速かつ大規模な攻勢作戦を実施する能力を獲得しつつあると懸念されている。

 

(注) ワルシャワ条約機構(WPO)の加盟国・ブルガリア、ハンガリー、東独、ポーランド、ルーマニア、ソ連及びチェコスロバキアの7か国

(注) 北大西洋条約機構(NATO)の加盟国ベルギー、カナダ、デンマーク、フランス、西独、ギリシャ、アイスランド、イタリア、ルクセンブルグ、オランダ、ノルウェー、ポルトガル、トルコ、英国、米国及びl982年5月加盟したスペインのl6か国(ただし、フランス及びスペインは軍事機構には加盟していない)

 

第2節 NATOの対応努力

 NATO諸国は、WPO軍の侵略を未然に抑止するため、柔軟反応戦略と前方防衛態勢をとっている。

 柔軟反応戦略とは、戦略核、非戦略核及び通常戦力を有機的に整備し、WPO軍のいかなる攻撃に対しても柔軟に対応し得る態勢を保持することにより、あらゆる侵略を抑止しようとする考え方である。これに基づきNATO諸国は、l978年5月の首脳会議で、1990年代前半までのNATO防衛力全般にわたる強化と、加盟国の協力の緊密化を目的とした長期防衛計画(LTDP)を採択し、この計画推進のため加盟各国の国防費を毎年実質3%ずつ増加させることに合意した。

 NATO諸国は、中距離核戦力については、この計画及び1979年12月のいわゆる二重決定(前章第4節参照)に基づき、本年末からパーシングとGLCMの配備を開始し、ソ連のSS−20配備によって生じた抑止態勢の間隙を埋めようとしている。通常戦力の分野では、空中警戒管制機E−3Aセントリーの増強配備による即応態勢の改善、多目的戦闘機トーネードの配備による対地/艦攻撃能力と防空能力の向上などを図っている。また、昨年6月の首脳会議では、最新技術の導入により通常兵器の能力向上に努力することを決定したが、これは、核兵器への依存度を減らそうとする努力の現れとして重要なものである。

 前方防衛態勢とは、中部欧州において、WPO側と直接境を接し、NATOにとって死活的な戦略的価値を有する西独領内に、西独のほか同盟国たるベルギー、カナダ、オランダ、英国及び米国がそれぞれ軍隊を平時から配備し、WPOからの攻撃に際しては、できる限り東西ドイツ境界線の近くでこれを阻止しようとする態勢である。NATOの軍事機構に参加していないフランスも、西独との二国間条約に基づき、西独領内に軍隊を駐留させている。(第1−4図参照)(パーシングミサイル)(地上発射巡航ミサイル(GLCM)

 

(注) パーシングとGLCMの配備予定国及び配備予定基数

パーシング:西独108基

GLCM:西独96基、英国160基、イタリア112基、オランダ48基、ベルギ−48基、合計464基

 

第3章 中東及びインド洋を中心とする地域の軍事情勢

 中東及びインド洋を中心とする地域は、世界の原油埋蔵量及び石油輸出量の6割弱を占める大産油地帯であり、石油輸送ルートを始めとする幾つかの重要な海上交通路も存在する。このため、この地域は、重要な戦略上の要衝となっており、この地域の平和と安定及びこの地域における海上交通路の安全は、わが国を始めとする西側諸国及び第三世界の国々の生存と繁栄にとって極めて重要となっている。

 一方、この地域には、民族、宗教、領土問題等様々な不安定要因があり、アラブ・イスラエル間の対立、イラン・イラク紛争及びアラブ諸国間の利害の対立等が顕著である。

第1節 この地域の紛争の状況

1 アラブとイスラエルの対立についてみると、1978年9月のキャンプデービッド合意に基づく平和条約の締結(1979年3月)によって、エジプト・イスラエル関係は正常化されたものの、昨年イスラエルがレバノンに武力侵攻したことから、この地域の情勢は新たな混迷を迎えた。この侵攻後、PLOの主力部隊が西ベイルートから撤退し、米・仏・伊・英4か国の多国籍軍がベイルートに駐留して、同地域の治安維持に当たっている。レバノンからの外国軍隊撤退については、米国の仲介の下、本年5月、イスラエル・レバノン間に合意が成立したものの、シリアが依然として撤退を拒否しているため、イスラエルも引き続き駐留を続けている。

また、ソ連が、本年に入り、シリア領内へ地対空ミサイルSA−5等を配備したことに対して、イスラエルが危機感を深めており、今後、イスラエル・シリア間の軍事的緊張がさらに高まることが懸念される。

2 イラン・イラク紛争は、1980年9月に本格化して以来、依然終結のめどがつかず長期化している。地上戦闘については、イラン軍が攻勢にあるが、戦線はこう着している。一方、最近においては、断続的に海上及び航空戦闘が行われ、本年3月にはイラクがノールーズ油田を攻撃したことから原油の流出量が増大する事態も生じた。このような状況を打開するための調停活動も続けられているが、依然解決のめどは立っていない。

第2節 ソ連の動向

 ソ連は、アフガニスタンへの軍事介入のほか、シリア、リビア、イラク、南イエメン、エチオピア、アンゴラ及びモザンビーク等に武器供与、軍事顧問団の派遣、第三国軍事要員の派遣等を行うことによって、政治的影響力の伸張を図るとともに、軍事施設等を獲得してきている。

 アフガニスタンについては、1979年12月の軍事介入以降、ソ連は、11万人近くもの軍隊を投入しているが、反ソ・反政府勢力の強じんな抵抗に遭遇している。この間、国連及び関係諸国によりソ連軍の撤退を目指す調停の努力が続けられているが、いずれも成果をあげていない。

 また、ソ連は、本年1月頃から、シリア領内へ地対空ミサイルSA−5等の配備、増強とその要員の派遣を行って、シリアに対する軍事的なテコ入れを図っている。これは、イスラエルのレバノン侵攻に際して有効な対応をとり得なかったために損なわれた自国の威信の回復を図るとの側面も有するものとみられるが、このようなソ連の動向は、この地域の不安定要因を一段と増大させている。

 ソ連海軍のインド洋への進出は、1968年の英国のスエズ以東撤退による力の空白に乗じて開始された。現在、ソ連は、主として太平洋艦隊から水上戦闘艦艇及び潜水艦等20〜30隻程度の艦艇を常続的に展開させている。これらソ連艦艇がこの地域で使用している主な港湾、停泊地は第1−5図のとおりである。

第3節 米国の対応

 米国は、キャンプデービッド合意に基づく中東和平の推進を図っており、特に昨年9月には、中東和平に関するいわゆるレーガン提案を行い、アラブ、イスラエル双方の譲歩を求めた。同時に米国は、アラブ穏健派諸国との関係強化にも努めており、これらを通じてこの地域の安定を図るとともに、ソ連の進出を阻止するための努力を続けている。

 しかしながら、この地域は、地理的にソ連領に近接しているのに反し、米国本土からは遠く離れていることもあって、米国がソ連等の動きに迅速に対応することは困難な現状にある。このため、米国は、インド洋地域に空母機動部隊等を随時展開させている。これらの艦艇が使用している主な港湾、停泊地は第1−5図のとおりである。さらに、米国は、海・空輸送能力の強化、資材の事前備蓄、中央軍の新設、ケニア、ソマリア、オーマン、モロッコ等との間の緊急時の通過及び施設利用のための取極の締結等により、有事におけるこの地域での作戦遂行能力の向上を図っている。

 

(注) 米国の中東和平に関するいわゆるレーガン提案(1982.9.1)の骨子

1 キャンプデービッド合意どおり5年間の移行期間中にヨルダン川西岸とガザ地区のパレスチナ人に完全な自治が付与されるべきである。

2 イスラエルの西岸、ガザ地区への入植地建設は即時凍結されるべきである。

3 西岸、ガザ地区での独立パレスチナ国家の建設も、イスラエルによる同地区の併合・永久管理も支持しない。

4 西岸、ガザ地区には、最終的にはヨルダンとの連合によるパレスチナ人の自治行政府が樹立されることが望ましい。

 

第4章 東南アジアを中心とする地域の軍事情勢

 現在、この地域においては、ソ連の支援を受けたベトナムによるカンボジアへの軍事介入の継続、ソ連の軍事行動の活発化などもあって、依然として情勢は不安定である。

 こうした情勢の下にあってASEAN諸国は、それぞれ国内に問題を抱えつつも着実に地域的結束を強め、この地域の平和と安定に貢献している。これらASEAN諸国は、同じくアジアの一員であるわが国にとって重要な近隣諸国であるとともに、経済的にみてもわが国との協力関係はとみに増大している。このようなASEAN諸国とわが国の結びつきには極めて密接なものがあり、ASEAN諸国の平和と安定は、わが国の安全にとって重要である。

 また、オ−ストラリアとニュージーランドは、共に先進民主主義国として、オセアニア地域のみならず東南アジア及び太平洋地域の安全保障上、重要な役割を担っている。

第1節 この地域の紛争の状況

1 カンボジアにおいては、ベトナム軍約20個師団基幹約20万人及びヘンサムリン軍約2万人が存在し、ベトナムは、1978年12月の軍事介入以来、「ヘンサムリン政権」の支配の定着化を目指し、同政権への支援を継続している。これに対し、民主カンボジア連合政府各派は、タイとの国境地区を主たる根拠地とし、ベトナム軍に対しゲリラ活動で対抗している。

これまで両勢力の軍事衝突は、ベトナム軍の乾季攻勢と、これによって劣勢に陥った民主カンボジア側が雨季を利用して行うゲリラ活動が主であり、現在に至るも一進一退の状態を繰り返している。本年も1月末から2月及び3月末から4月にかけて、ベトナム軍の乾季攻勢が実施されたが、これまでの状況に基本的変化を与えるものではないとみられる。

ベトナムは、カンボジアからの撤退を国連等から求められているにもかかわらず、依然それに応ずる姿勢を示していない。

2 中越国境においては、中国軍約20個師団基幹約30万人、ベトナム軍約30個師団基幹約30万人の兵力が対峙している。この地域では、1979年2〜3月の軍事衝突以来小規模な武力衝突が続いており、1981年5〜6月に連隊規模の戦闘が発生し、本年4月にも、中国軍とベトナム軍との間の砲撃が伝えられるなど、緊張は去っていない。

第2節 ソ連の動向

 ソ連は、ベトナム、カンボジア及びラオスに対し、1979年以降合計20億ドル以上の軍事援助の供与と約2,500人の軍事顧問の派遣を行っているとみられるとともに、このような援助を背景に、ベトナムのダナン、カムラン湾の海・空軍施設及びカンボジアのコンポンソム港を使用しており、特にカムラン湾はソ連にとって重要な軍事拠点となっている。ソ連は、これらの施設を利用しつつ東南アジア地域におけるプレゼンスの強化に努めている。

 ソ連は、4機のべアをカムラン湾に常駐させ、南シナ海を中心に偵察活動及び対潜哨戒活動を実施しているが、これらベアは最近は東シナ海方面まで飛行するなど、その活動範囲を拡大している。また、カムラン湾及びダナンに水上戦闘艦艇及び潜水艦等を寄港させるとともに、これらの港湾を利用して南シナ海に10数隻程度のプレゼンスを維持しており、この方面の海上交通の安全に対して影響力を行使し得る能力を持つに至っている。(第1−6図 インドシナにおける軍事態勢

第3節 米国、ASEAN及びオセアニア諸国の対応

 米国は、1975年のべトナム撤退以降、フィリピンに海・空軍を駐留させているほかは、この地域には軍事力を常駐させておらず、ASEAN諸国及びオセアニア諸国との協力・友好関係を深め、地域的な安定の維持に努めるとともに、西太平洋及びインド洋における海軍力のプレゼンスにより、当地域の安定を図っている。

 ASEAN諸国は、ベトナムのカンボジアに対する軍事介入以降、「ベトナム軍の撤退と民族自決によるカンボジア問題の包括的政治解決」との立場から、民主カンボジア連合政府を支持している。また、ASEAN諸国は、それぞれ自国の国防努力を継続するとともに、主として経済、文化交流等を通じて域内の結束強化を図り、先進民主主義諸国との協力関係の増進に努めている。

 なお、本年4月末から5月にかけての中曽根首相のASEAN諸国訪問に際して、これら諸国の指導者は、わが国の経済協力を評価するとともに専守防衛に徹するわが国の防衛政策に対して理解と支持を示した。

 オーストラリアは、マレーシアにミラージュ戦闘機1個飛行隊を駐留させているほか、インド洋に水上艦艇及び哨戒機を派遣しており、ニュージーランドは、シンガポールに1個大隊基幹の陸軍部隊を駐留させ、共に安定した先進民主主義国の立場から、この地域全般の安定に寄与している。

 

(注) 米比軍事基地協定の改訂本年6月、米比軍事基地協定が改訂され、米国が在比米軍基地を継続使用することが合意された。

 

第5章 わが国周辺の軍事情勢

 わが国周辺地域は、大陸部、半島、島嶼、海峡等、様々な地形が交錯しており、この中にあって、わが国は、大陸から海洋への進出経路に当たる戦略的に重要な位置を占めている。

 この地域においては、米中ソ3国の政治的、軍事的利害関係が錯綜し、中ソ間の国家関係改善に向けての動き、米中間の台湾問題をめぐる不協和音などもみられるものの、中ソをめぐる軍事情勢には変化はなかった。また、朝鮮半島においては、引き続き大規模な軍事的対峙がみられる。ソ連は、この地域においても、質量両面にわたり一貫して軍事力の増強を行っており、わが国に対する潜在的脅威を増大させている。これに対して米国は、この方面における抑止力の信頼性を維持、強化するため、戦力の近代化と態勢の強化を図りつつある。

 このような情勢の下で、わが国が、適切な規模の防衛力を保持するとともに、日米安全保障体制の信頼性を維持、強化することは、わが国の安全はもとより、この地域の平和と安定にも寄与するものである。(第1−7図 わが国周辺における兵力配備状況(概数)

第1節 ソ連の軍事態勢

1 極東ソ連軍

 ソ連は、一貫して極東正面を重視しているが、特に1960年代中期から、極東地域に所在するすべての軍種の顕著な増強・近代化に着手し、今日では、ソ連全体のに相当する核及び通常戦力をこの地域に配備し、引き続き増強を行っている。また、最近、この地域の数個の軍管区等を統括する戦域司令部を設置し、この方面の即応能力を高め、独立して作戦を行い得る態勢を整備している。

 戦略核戦力については、ICBM及び戦略爆撃機がシベリア鉄道沿線を中心に、また、SLBMがオホーツク海を中心とする海域に配備されている。これらのうちICBM及びSLBMは、SS−l8、SS−N−18等の高性能ミサイルに近代化されてきている。

 中距離核戦力は、ここ数年急速に増強されており(第1−8図参照)、現在SS−20が108基、バックファイアが70機以上配備されている。SS−20は、シベリア中央部とバイカル湖東部地域に配置され、そのいずれからもわが国を射程内に収めている。

 地上兵力は、1965年以降着実に増強され(第1−9図参照)、現在では、ソ連の全地上兵力191個師団約190万人のうち、52個師団約47万人を主として中ソ国境付近に配備し、そのうち極東地域(おおむねバイカル湖付近以東)には40個師団約37万人が配備されている。地上軍部隊は量的拡大のみならず、T−72戦車、装甲歩兵戦闘車、地対空ミサイル、多連装ロケット等の増強により質的にも改善されている。装備の近代化に当たっては、従来は欧州正面に新兵器を配備してから極東に配備するまでかなりの遅れがあったが、最近では欧州正面とほとんど同時に極東に配備される例もある。

 航空兵力は、ソ連の全作戦機約8,290機のうち約2,100機が極東に配備されており、その内訳は爆撃機約440機、戦闘機約1,510機及び哨戒機約150機である。作戦機数は、ここ数年は横ばいないし若干の減少を示しているが(第1−10図参照)、高性能な新鋭機への更新が顕著であり、現在では、その6割以上がバックファイア、MlG−23/27フロッガー及びSU−24フェンサー等の第3世代航空機によって占められている(第1−11図参照)。これら第3世代航空機の増強により、この地域の航空兵力は、従来と比べ対地/艦攻撃能力及び航空優勢獲得能力等が格段に向上している。

 海上兵力は、ソ連の全艦艇約2,765隻約602万トンのうち、約820隻約162万トンを擁するソ連海軍最大の太平洋艦隊が展開している。その内訳は主要水上艦艇約85隻、潜水艦約135隻(うち原子力潜水艦約65隻)などである。太平洋艦隊ほ、総隻数及び総トン数ともこの20年間ほぼ一貫して増強されており(第1−12図参照)、また、質的にもキエフ級空母「ミンスク」、カラ級ミサイル巡洋艦、クリバック級ミサイル駆逐艦等の大型新鋭艦艇及びデルタ級SSBN、ビクター級SSN等の原子力潜水艦の増強によって近代化されている(第1−13図参照)。また、太平洋艦隊は、師団レベルの海軍歩兵部隊を有するソ連唯一の艦隊である。(SA−8 地対空ミサイル)(MIG−23 フロッガー)(クレスタ級ミサイル巡洋艦

2 北方領土におけるソ連軍

 ソ連は、同国が不法占拠しているわが国固有の領土である北方領土のうち、国後・択捉両島及び色丹島に、1978年以来地上軍部隊を再配備しており、現在のところその規模は師団規模にあると推定される。これらの地域には、ソ連の師団が通常保有する戦車、装甲車、各種火砲及び対空ミサイル等のほか、ソ連の師団が通常保有しない長射程の130mm加農砲、対地攻撃用武装ヘリコプターMI−24ハインドが配備され、また、北方領土所在部隊の各種訓練も活発に行われている。

 ソ連が北方領土に地上軍部隊を再配備したのは、軍事的には、ソ連のSSBNの活動海域としてのオホーツク海の戦略的価値の向上により、オホーツク海と太平洋とを画する北方領土の重要性が高まったなどのためとみられるが、政治的には、北方領土の不法占拠という既成事実を日本に押し付ける等の狙いがあるとみられる。

 また、択捉島天寧飛行場に配備されていたMIG−17戦闘機は、1981年春以降撤去されていたが、これにかわって昨年暮、MIG−21戦闘機約10機が同飛行場ヘ飛来した。

3 わが国周辺におけるソ連軍艦艇及び航空機の行動

 極東ソ連軍の増強に伴って、艦艇及び航空機の外洋進出や、わが国周辺における活動も活発となっている(第1−14図参照)。

 最近のソ連航空機の行動で注目されるものは、昨年4月と6月の2回にわたり、核・非核両用の空対地/艦ミサイルAS−6キングフィッシュを搭載したTU−16バジャーが輪島沖に飛来したこと、昨年9月に合計11機のバックファイアが初めて日本海を南下し能登半島沖に接近したことなどである。また、昨年9月から10月にかけて米軍が北西太平洋で演習を実施した際、バックファイアが米艦艇を目標として模擬攻撃訓練を実施した事例もある。

 また、艦艇については、空母「ミンスク」が昨年10月対馬海峡を南下後、南シナ海、インド洋方面の広大な海域で長期間にわたって行動したほか、日本海においてソ連艦艇による訓練及び情報収集活動が活発に行われたことなどが注目される。(日本海上空を飛行中のバックファイア爆撃機)(わが国近海を航行中のK級潜水艦

第2節 米国の軍事態勢

 米国は、ハワイに司令部を置く太平洋軍隷下の部隊の海・空軍力を主体とする戦力の一部を西太平洋及びインド洋に前方展開させ、日本を始めアジア地域の同盟各国との間の安全保障取極の下に、この地域における紛争を抑止し、米国及び同盟諸国の利益を守る政策をとるとともに、必要に応じ所要の戦力をハワイ及び米本土から増援する態勢をとってきている。

1 戦力の近代化と態勢の強化

 米国は、この地域における前述のようなソ連の軍事力の増強とその行動の活発化にかんがみ、この地域においても東西間の軍事バランスの改善を図る必要があるとの見地から、戦力の増強と近代化及び兵力の柔軟な運用を通じて、この地域における軍事バランスを維持し、米国の抑止力の信頼性の維持、強化を図っている。

 戦力の増強と近代化についてみれば、海軍では、新鋭原子力空母カールビンソンが今春からインド洋で行動しており、近く西太平洋方面での行動も予定されている。また、トマホーク巡航ミサイルを装備可能な戦艦ニュージャージーは既に西太平洋でも行動した。トマホーク巡航ミサイルは、主要な水上戦闘艦及び攻撃型原子力潜水艦に近い将来逐次装備される計画である。空軍については、韓国にA−10サンダーボルトが配備されたほか、1985年以降、F−16を三沢に配備する計画も有している。さらに、本年中にグアムのB−52D型がG型と交代する予定である。このG型には、1986年にSRAM(Short Range Attack Missile)が装備される予定とされている。陸軍についても、在韓第2歩兵師団の近代化が図られている。

 兵力の運用に関しては、従来からこの地域の同盟諸国と各種共同演習を行うなど、陸、海、海兵、空軍兵力を広範囲に運用してきているが、特に最近は海軍と空軍との間の協力体制を強化するとともに、空母戦闘群の新しい「柔軟運用」計画を実施に移している(第1章第3節参照)。米軍は、北西太平洋において、昨秋と今春の2回にわたり、空母が参加する大規模な演習を実施したが、これらの演習もこうした計画の一環であり、この地域重視の現れとみられる。

2 展開状況

 西太平洋地域における米軍の展開状況は次のとおりである。

 陸軍は、韓国に第2歩兵師団、第19支援コマンド等約2万9千人、日本に第9軍団司令部要員等約2,400人等この地域に合計約3万1千人を配備している。

 海兵隊は、日本に第3海兵師団及びF−4、A−6、A−4を装備する第1海兵航空団を配備し、洋上兵力やフィリピン駐留兵力を含め、合計約3万人、作戦機約60機を展開している。

 海軍は、日本、フィリピン及びグアムを主要拠点として、空母3隻を含む艦艇約65隻、作戦機約280機、兵員約4万7千人を擁している。

 作戦部隊である第7艦隊は、西太平洋及びインド洋に展開している海軍、海兵隊の大部分を隷下におき、平時のプレゼンスの維持、有事における海上交通の安全確保、沿岸地域に対する航空攻撃及び強襲上陸等を任務とし、常時即応態勢を維持している。

 空軍は、第5空軍が日本にF−15を装備する第18戦術戦闘航空団、韓国にF−4、F−16、A−10を装備する2個航空団を、第13空軍がフィリピンにF−4を装備する1個航空団をそれぞれ配備している。また、戦略空軍がグアムにB−52、KC−135を装備する1個航空団を、日本にKC−135、RC−135を装備する第376戦略航空団を置いている。以上の空軍勢力は作戦機約280機、兵員約3万8千人である。

第3節 中国の軍事態勢

 中国は、近代化計画を通じて国力の充実、強化に努めているが、当面、経済建設を最優先させている。

 軍事的には、中国は、依然ソ連を最大の軍事的脅威と認識しており、これまで圧倒的な火力・機動力を有するソ連軍に対抗するため、広大な国土と膨大な人口を利用して、「人民戦争」で対処しようとしてきた。最近では戦争の初期の段階で有効に侵略を阻止する必要があるとして、「人民戦争」の見直しを進めている。

 しかしながら、こうした戦略の見直しに対応した装備の近代化は、国防支出の大幅な増加に制約があることもあって、困難な状況にある。

 このため中国は、当面、軍事制度の改革等による編成・運用等の効率化を図るとともに、大幅な人員削減を行い、少数精鋭化を図っており、これらの施策を通じて、現有装備の下で効果的な戦力の発揮を行うことを重視している。

 核戦力については、抑止と国威発揚という観点から、50年代半ば頃から開発を開始し、以降一貫して強化を図ってきている。

1 中国の軍事力

 中国の軍事力は、核戦力のほか、陸軍(野戦軍地方軍)、海軍及び空軍から構成される人民解放軍と各種民兵から成っている。

 核戦力については、現在、ICBM10数基、IRBM、MRBM約100基及び中距離爆撃機TU−16約90機を保有しており、これらの充実強化に努めている。また、昨年10月、SLBMの水中発射実験に成功し、近い将来実戦配備を行う可能性もあり、さらに、戦術核兵器の保有も伝えられるなど、核戦力の充実及び多様化に努力している。

 陸軍は、11個の軍区に野戦軍135個師団、地方軍97個師団を配備しており、総兵力も315万人と規模自体は大きいが、総じて火力・機動力が不足している。海軍は、北海、東海、南海の3艦隊から成り、艦艇約1,965隻、総トン数約66万5千トン、作戦機約800機を保有しているが、艦艇の多くは旧式かつ小型であり、基本的には沿岸防衛型海軍である。空軍は、基本的には陸軍の軍区に従って編成されており、作戦機約5,300機を保有しているが、その主力はソ連の第1、第2世代の航空機をモデルにしたものである。最近では、新型機の開発も行っている。(中国のSLBM発射実験

2 中ソ国境における配備状況

 中国軍の重要正面は、まず中ソ国境、次いで中越国境(前章第1節参照)である。現在、中ソ間では既述のような動きがみられるものの、軍事的な対峙状況には何ら変化がみられない。

 中ソ国境付近の兵力配備状況は第1−15図のとおりであり、兵員数では中国軍がソ連軍に対して3倍強の勢力であるが、火力、機動力、対航空戦力等の優位から、総合的にはソ連軍が優勢である。しかしながら、大規模な陸軍を中心とする中国軍は、極東ソ連軍を牽制し得るものとなっている。

 

(注) 野戦軍特定の軍区にとらわれず戦略的に展開し、作戦を行うことを任務とする部隊

    地方軍一定の地区内(省軍区等)における警備等を主任務とし、野戦軍及び民兵と協同して作戦を行うことを任務とする部隊

第4節 朝鮮半島の軍事情勢

 朝鮮半島とわが国は、地理的にも歴史的にも密接不離の関係にあり、朝鮮半島の平和と安定の維持は、わが国を含む東アジア全域の平和と安定にとって重要である。

 しかし、朝鮮半島は依然として南北に分裂しており、南北相互の不信感も根強く、南北対話も停滞したままの状態である。現在、この地域には約120万人を超える正規軍が、幅4km、長さ約250kmの非武装地帯(DMZ)を挟んで対峙しており、軍事的緊張が続いている。

 韓国の国防努力に加え、米国の対韓防衛公約が大きく貢献していることもあって、この地域で大規模な武力紛争が生起する可能性は当面大きくないとみられるものの、北朝鮮による大幅な軍事力増強等により、情勢には依然として予断を許さないものがある。

1 北朝鮮の軍事力

 北朝鮮は、1962年以来、「全人民の武装化」、「全国土の要塞化」、「全軍の幹部化」及び「全軍の近代化」という四大軍事路線に基づいて軍事力を増強してきた。特に、1970年代における軍事力の増強には著しいものがあり、既に外国の支援を受けなくとも単独で一定期間戦争を遂行し得る能力を獲得するに至っているとみられる。現在、極めて厳しい経済事情にもかかわらず、引き続き軍事建設を重視し、GNPの20〜25%を投入して軍事力の増強を図っており、航空機やミサイルの国産能力も保有しつつあるといわれている。

 現在の北朝鮮軍の勢力は、陸軍が戦車約2,700両を含む40個師団約70万人、海軍が潜水艦17隻、ミサイル高速艇18隻を主体とする約490隻約6万6千トン、空軍がIL−28、SU−7、MIG−21、MIG−19などの作戦機約700機である。

 陸軍は、1970年代後半以降顕著に増強され、1982年の兵力は、1975年の兵力の約1.7倍となっている。また、戦車、装甲車、自走火砲等の機動力及び火力の面で韓国に対し優位に立っており、その主力はDMZ沿いに配備されている。特に最近は、機動力及び火力の増強に加え、渡河能力の向上がみられる。さらに、北朝鮮は「正規戦と非正規戦の配合」をスローガンに、後方かく乱、ゲリラ活動、破壊活動などを任務とする特殊部隊の増強を図ってきている。

 海軍は、総トン数及び駆逐艦などの隻数において韓国に劣り、また、運用海域が東海、西海に二分されていることもあり、運用の柔軟性に欠ける面があるものの、上陸用艦艇及び潜水艦を多数保有しており、また、高速艇、哨戒艇などの小型艦艇の増強により、沿岸における作戦行動に適した能力を有している。

 空軍は、韓国に比べ約1.6倍の作戦機を保有しているが、概して旧型のものが多い。このほか、多数の輸送機を保有しており、そのほとんどは低空からの侵入に適したAN−2コルトによって占められている。

 海軍が潜水艦を、空軍がAN−2輸送機を、それぞれ多数保有していることは、陸軍の特殊部隊の増強とあいまって、北朝鮮の非正規戦重視の姿勢をうかがわせるものである。

 さらに、準軍隊である労農赤衛隊も、韓国の郷土予備軍に比べ、装備の水準や訓練々度が高いとみられる。

2 韓国の軍事力

 韓国は、全人口の約22%に当たる約850万人が集中する首都ソウルがDMZから至近距離にあり、また、長い海岸線と無数の島嶼群を有しているという軍事的な弱点もあって、北朝鮮の軍事力増強を深刻な脅威と受けとめ、並々ならぬ努力を払っており、米国の支援の下に昨年から第2次戦力増強5か年計画を開始し、GNPの約6%を国防費に投入している。

 陸軍は、3個軍に編成された24個師団を主力としているが、その多くはDMZからソウルの間に数線にわたって配置され、ソウル防衛に当たっている。

 海軍は、海兵隊2個師団及び1個旅団を含み、総トン数約8万9千トン約110隻の艦艇を保有している。艦艇の主力は駆逐艦であるが、今後は高速ミサイル艇の増強等も図るものとみられる。

 空軍は、F−4、F−5を主力とする約430機の作戦機を保有しているが、今後米国からF−16の供与を受けることになっている。

3 在韓米軍

 米国は、米韓相互防衛条約に基づいて、現在、約4万人の米軍を配備し、韓国軍とともに「米韓連合軍司令部」を設置して紛争抑止に努力している。こうした在韓米軍と米国の対韓コミットメントは、朝鮮半島の軍事バランスを維持し、武力衝突を抑止する上で大きな役割を果たしている。本年4月に開催された第15回米韓安保協議会においても、北朝鮮の継続的な軍事力増強が韓国の安全保障はもちろん北東アジアの平和と安定に主要な脅威になっていることを再確認するとともに、米国が韓国の戦略的価値をこれまで以上に重視していることを明確にし、韓国に対するコミットメントの維持、在韓米軍の強化等を確認している。

 在韓米軍は、第2歩兵師団の火力、機動力の向上、F−16及びA−10の配備、I等の強化を図ってきている。米韓両国は、朝鮮半島における不測の事態に対する共同防衛能力を高めるため、1976年から毎年米韓合同演習「チーム・スピリット」を実施しており、本年も2月から4月にかけて実施したが、今回は、米空母2隻が参加するなど、年々その規模を拡大している。このような在韓米軍の存在と米国の確固たる韓国防衛意志は、韓国の防衛努力とあいまって、朝鮮半島の平和と安定、ひいては北東アジアの平和と安定に寄与している。(第1−16図 朝鮮半島の軍事力の対峙