第2部

わが国の防衛政策

 第1部で述べたように,世界の軍事情勢には依然として厳しいものがある。こうした中にあって,わが国が自らの安全を確保するため,防衛力の整備に努めるとともに,日米安全保障体制を堅持し,その円滑かつ効果的な運用に努めることは,アジアひいては世界の平和維持に寄与するところとなっている。

 第2部においては,まずわが国の安全保障政策全般を踏まえつつ,防衛力の意義及び役割を明らかにし,次いで,わが国の安全保障の観点から,日米関係の重要性を指摘した上で,わが国が現在とっている「防衛計画の大綱」を中心とする防衛政策を具体的に説明し,これを踏まえて「防衛計画の大綱」を達成しようとする56中業の解説を行うこととする。

第1章 わが国の安全保障と防衛力

 わが国は,資源・エネルギーの大部分を海外に依存して,その生存と繁栄を維持している北東アジアに位置する先進民主主義国である。このようなわが国にとって,国の安全を脅かし,又はその存立を危うくするものとしては,武力による侵略等のほか,資源・エネルギー,食糧等の供給制限又は停止等,様々なものが考えられるが,本章では,武力による侵略等に対するわが国の安全保障について説明した上で,わが国の防衛力の意義を明らかにすることとする。

第1節 安全保障

1 侵略等の態様

わが国の安全を脅かす侵略等の態様としては,そのときの国際情勢等により様々なものが考えられるが,これを一般的にみた場合,「防衛計画の大綱」(第4章第1節参照)にもあるように,直接侵略(限定的かつ小規模なものから,これを越えるものまであろう),間接侵略(一般に外国の教唆又は干渉によって引き起こされた大規模な内乱及び騒じょうをいう)及び軍事力をもってする不法行為(わが国近傍海域にあるわが国の船舶に対して行われる軍事力をもってする示威,洞喝や臨検,だ捕,あるいは隠密的な破壊活動(非公然武力行使)等のほか領海侵犯等)等が考えられる

2 優略等に対する安全保障

我々は,国民一人一人が個人として尊重され,多様な意識や価値観を持ち,それぞれの好むところに従い,多彩な活動を行い得る国家体制,すなわち,個人の最大限の自由の保証に高い価値を置く民主主義を基調とする国家体制を自ら選択し,その下で生活している。国家が国民の意思に基づき,人権を保障し,社会秩序を維持するとともに,国際社会の平和と安定や自由貿易体制を維持するための努力を行ってきたからこそ,このような国家体制が維持されてきたのであり,このことと,我々が世界でも有数の活力ある豊かな社会を築きあげることができたこととは,決して無関係ではない。

万一にも侵略等が生起し,わが国の平和が損われ,独立が侵されるようなことがあれば,我々はもはや自由と繁栄とを追求するすべを失ってしまうであろう。

平和と独立を守り,国の安全を保つためには,引き続きこのような活力ある豊かな社会を維持するとともに,次の三つの面での努力を整合性をもって推進することが必要である。

その一つは,西側諸国を始めとする諸外国との連帯と協調を図り,国連の平和と安全の確保のための諸活動に対する協力を一層強化しつつ,世界の各地における紛争,対立の解決・緩和のための外交努力や経済協力等を通じて,世界の政治的安定や経済発展に貢献し,また,国際社会の平和と安定が力の均衡によって支えられているという現実を踏まえ,力の均衡を維持しつつ,その均衡の水準をできるだけ引き下げるよう軍縮のたゆまざる努力を行っていくこと等により,平和な国際環境の実現に努めることである。

次に,自ら適切な防衛力を保持することにり,侵略等を抑止するとともに,万一侵略等が生起した場合には,これに対処できるように自助の努力をすることである。

更に,日米安全保障体制を堅持し,その円滑かつ効果的な運用に努めることである。

 

(注) なお,平時の軍事力の利用についてみれば,軍事力を背景として政治的影響力を行使することもあろう

第2節 防衛力の意義と役割

 わが国の安全保障のあり方は,前節において述べたとおりであるが,このための手段として防衛力も重要かつ不可欠な機能を果たしている。本節では,まず軍事力の意義を一般的に述べ,次いで,わが国の防衛力の意義と役割を説明することとする。

1 軍事力の意義

(1) 軍事力

国の安全が非軍事的手段によって確保されることは望ましいことではあるが,今日の国際社会においては,非軍事的手段だけで国の安全を全うすることは困難である。いかに適切な非軍事的手段を尽くしたとしても,現実に直接侵略が生起した場合に,これを直接に排除し得るのは軍事力である。

また,軍事力は,間接侵略や軍事力をもってする不法行為に対処するためにも必要である。

更に,政治的影響力行使の手段としても軍事力は重要な意味を持つことがあり,このような点から,直接軍事力を行使することがなくても,相手国に対する圧力や恫喝により,政治目的を達成しようとする動きには警戒を要しよう。軍事力による政治的威圧や恫喝を受けたとき,それを決然としてはね返すためには,軍事力の保持を含む安全保障体制等を整えておくことが必要である。

今日の世界では,主権国家が分立し,現実に紛争等が多発しているが,その中にあって,それぞれの地域において,各国が適切な軍事力を保持することにより,力の空白地帯を作らないこと,すなわち軍事的均衡が維持されることが,その地域における安定的な国際関係の維持を図る上で極めて重要である。

このように,軍事力は,依然として,国の安全を保障する上で必要不可欠の要素であるといえる。

(2) 核時代における通常戦力の意義

核時代の今日,巨大な破壊力を有する核戦力の前には,通常戦力を保有することは一見無意味にみえるにもかかわらず,核保有国であると否とを問わず,世界各国が通常戦力の整備に努めているのは何故であろうか。

軍事力の役割は,核兵器の出現と科学技術の急速な進歩によって大きく変化した。すなわち,東西間においては,核兵器の使用による相互破滅の可能性が生まれたことのほか,通常戦力による武力紛争であっても,相互に極めて大きな被害を受けることになったため,軍事力は,武力行使の手段としてよりはむしろ戦争をできる限り回避し,未然に防止するという抑止力の側面が重視されるようになり,通常戦力についても,このような抑止力としての側面を重視して整備が行われてきている。

この間,第三世界等においては,通常戦力による紛争が数多く生起してきた。

このような状況の下において,世界各国は,核兵器の保有国であると否とを問わず,通常戦力による紛争等を抑止し,また,必要な場合にこれに対処するために通常戦力の整備に努めている。

2 わが国の防衛力の意義と役割

わが国の防衛力は,日米安全保障体制とあいまって,わが国に対する侵略を未然に防止するとともに,万一侵略があった場合には,独力で又は米国との共同によってこれに対処するために整備されているものである。

また,わが国が自ら適切な規模の防衛力を保有することは,日米安全保障体制の信頼性の維持向上にもつながり,わが国の安全保障をより確実なものとし,アジアひいては世界の平和と安定に寄与するものである。

わが国における防衛力の意義を具体的に考えるに当たっては,次の三つの点を考慮しなければならない。

第1は,わが国の地理的な特性である。すなわち,わが国は,第9図のように北東アジアに位置する細長い弧状の列島であり,四面環海の島国であることから,わが国に対する直接侵略は必ず海と空を経由して行われることとなる。

第2は,わが国は,資源・エネルギーの輸入依存度が高く,毎年約6億トンもの資源等を輸入するー方で,約8千万トンの製品等を輸出しており,世界の海上輸送量のうち,わが国が占める比率は約20%にものぼっていることからも示されるように,わが国の生存と繁栄のためにも,海上交通の安全確保は極めて重要であるということである。

第3は,わが国は専守防衛をわが国防衛の基本方針としており(第3章第1節参照),自衛隊は,かかる受動的な防衛戦略にのっとって作戦を実施するということである。

わが国を防衛するためには,陸,海,空の均衡のとれた防衛力が必要であることはいうまでもないが,ここでは以上述べた三つの点を念頭において,わが国の陸,海,空の各防衛力の意義と役割をみていくこととする。(第2表 昭和56年のわが国の主要物資の輸入依存度(昭和57年版通商白書)

(1) 陸上防衛力

一般に陸上戦力は,有史以来領土をめぐる攻防戦に決着をつける最終的な力として存在してきた。侵略国が,最終的に陸上部隊を送り込むことによって,国土を占領し,相手国の国民やその意志を支配しようとし,侵略された国が,この侵攻部隊を最終的に陸上部隊をもって国土から排除しなければならないという点において,陸上戦力の果たす決定的役割は,近代戦においても変っていない。

これを保持することは,たとえ国土が戦場となっても国を守ろうとする国民の強い防衛意志を内外に表明するものであり,世界各国とも陸上戦力を国土防衛の最後の拠りどころとして位置づけている。

わが国が陸上防衛力を保持することは,わが国への着上陸侵攻を図る侵略国に対し,わが国の陸上防衛力を撃破し得るに足る陸上戦力を海と空を経由して送り込むことを余儀なくさせ,侵略国に大きな覚悟と決心を強いることになり,わが国に対する侵略を強く抑止することとなる。

万一,わが国に対して現実に侵略が生起した場合,わが国は,着上陸してくる侵攻部隊をできるだけ洋上において,更には水際においてこれを阻止排除し,国土に戦闘が及ぶのを最小限にすることとしている。しかしながら,これを洋上において撃破し得ず,侵攻部隊がわが国土に着上陸した事態には,わが国土地形を味方として利用でき,国土を直接確保できる陸上防衛力を主体として対処することとなる。

わが国の防衛作戦は,限定的かつ小規模な侵略については,原則として独力で排除することとしており,また,独力で排除が困難な場合にも有効な抵抗を継続して,米国からの協力をまってこれを排除することとしているが,来援する米陸上部隊の移動には日時を要すること等の理由から,その来援を可能にするためにも,わが国は,陸上防衛力による組織的な戦闘を継続しておかなければならない。

更に,陸上防衛力は,間接侵略への対処に当たるとともに,必要に応じ公共の秩序を維持し,海・空各自衛隊の作戦の後拠を確保する等,国内全域にわたる防衛警備を担当することとなる。

(2) 海上防衛力

一般に海上戦力の特性は,優れた機動性と柔軟性にあるということができる。機動性は,海上を速やかに移動し,長期にわたって種々の作戦行動がとれるということであり,柔軟性は,公海上を自由に行動できるとともに,相手の出方によって種々の行動を選択できるということである。

この特性を生かし,一般に海上戦力の任務は,平時における警戒監視,プレゼンスによる影響力の行使,情勢緊迫時における各種事態への対応,有事における敵海上戦力の撃破,海上交通の保護等,広範多岐にわたっており,主要国海軍はこのような幅広い任務を遂行する能力を持っている。

わが国にあっては,先に述べたわが国の特性等を考慮し,海上からの侵略に対し,国土の防衛とわが国周辺海域における海上交通の保護を海上防衛力の任務としている。

すなわち,わが国の地勢的特性を考慮するとき,わが国に対する侵攻部隊は海と空を経由して侵攻しなければならない。このため,わが海上防衛力は,この侵攻部隊を陸上及び航空防衛力と協同して,極力洋上において阻止又は撃破する役割を有している。また,わが国が,資源・エネルギー,食糧等の必要な物資の多くを海外に依存していることを考慮すれば,わが国に対して侵略等を行おうとする国にとっては,わが国の海上交通の妨害ないし破壊は,その有効な手段の一つであると考えられる。わが国への船舶の航行が妨害・遮断され,所要の物資を確保できなければ,国民生活,経済活動及び継戦能力に重大な影響を及ぼすことは,第2次世界大戦でわが国が経験したとおりである。そこでわが国に所要の物資の輸入を確保するため,海上交通の保護を行うことが必要である。

なお,わが国の海上防衛力による作戦に対する支援及び機動打撃力を用いる攻勢作戦については,日米安全保障体制に基づき米海軍部隊に期待することとしている。

(3) 航空防衛力

一般に航空戦力の特性は,航空機に代表されるように,優れた速度,行動範囲,機動力及び強大な突破打撃力をもって,攻撃・防御の両面にわたって重要な役割を果たしうることである。

近代戦においては,航空戦力の投入を伴わない侵攻は通常考えられない。したがって,侵攻に対して陸上・海上作戦を遂行する上においても,航空優勢が確保されていなければ,これらの作戦は大きな困難を伴うといえよう。このため,陸上・海上作戦に先行し,又は並行して,航空優勢獲得のための作戦を実施することが必要であり,航空作戦の成否は全般の戦勢の帰すうを左右する重要な要素の一つとなっている。

わが国の航空防衛力は,航空警戒管制組織により,わが国周辺のほぼ全空域を常続的に警戒監視するとともに,航空機及び地対空ミサイルを保有して,低高度から高高度にわたる防空作戦を遂行し,また,着上陸侵攻阻止及び対地支援等の作戦を行うこととしている。

特に防空作戦においては,時間の要素が極めて大きな意味を持っており,わが国が専守防衛という受動的な防衛戦略をとっていることにもかんがみれば,平時から高度の早期警戒能力及び即応態勢を保持する必要があるといえよう。

なお,わが国の航空防衛力による作戦に対する支援及び航空打撃力を必要とする作戦等は,日米安全保障体制に基づき米空軍戦力に期待することとしている。

第3節 国を守る気概と防衛関連諸施策

 わが国の防衛は,自衛隊と日米安全保障体制のみで可能であるというものではなく,わが国を守ろうとする国民の確固とした防衛意志の存在を基盤とし,有事の際,国民を保護し,被害を最小限にとどめるための民間防衛体制,国民の生活を維持するための施策及び防衛力がその機能を十分に発揮するために必要な施策等の防衛関連諸施策が整備されることによって初めて全うできるものである。

1 国を守る気概

今日,わが国は,自由と民主主義を基本理念とする西側先進諸国の一つであり,日本国民は,独特の文化を持ち,美しい郷土に自由で平和な生活を営んでいる。愛国心は,このようなわが郷土への愛着であり,我々の生活共同体が平和のうちに発展することを願う人間自然の情であり,誰しもが持っている心情である。大切なことは,それをどういうときに,どのように発揮するかである。真の愛国心は,単に平和を愛し,国を愛するということだけではない。国家の危急に際し,カを合わせて国を守るという熱意となって現れるものである。侵略からわが国を守るため,最善の努力を尽くすことは,国民一人一人の務めであり,また祖先に対し子孫に対する務めでもあろう。その務めを果たそうとする自覚が愛国心の発露であり,国を守る気概である。

有事に備えてわが国が防衛力を整備し,運用しているのは,そのような国を守る気概を前提としている。愛国心に支えられたとき,はじめて自衛隊は真に国を守るカとなり得るのである。

2 防衛関連諸施策

(1) 民間防衛

わが国に対して万一侵略があった場合,国民の生命・財産を保護し,被害を最小限にとどめる上で,国民の防災及び救護・避難のため,政府・地方自治体及び国民が一体となって,民間防衛体制を確立することが必要である。このような民間防衛に関する努力は,また,国民の強い防衛意志の表明でもあり,侵略の抑止につながり,国の安全を確保するため重要な意義を有するものである。

欧米諸国等では,第2次世界大戦において,市民の死傷率が軍人のそれを上回ったという事実にかんがみ,もしも将来,他国から武力攻撃が、加えられた場合,これらの被害に対する対策が講じられなければ,市民にばく大な数の犠牲者が出るであろうとの予想に基づいて,民間防衛に関する努力を行ってきている。これら諸国では,いずれも民間防衛を担当する政府機関を設け,民間防衛に関する法律を定め,民間防衛のための組織づくり,退避所の建設等,民間防衛体制の整備に努力している。また,これらの諸国では,中央政府及び地方自治体の計画・指導の下に,いざという場合に国民それぞれが,自らの生命や家庭を守るとともに,負傷者の救護,公共の諸施設の復旧等を行って,社会秩序を維持・回復することができるよう,平素から退避訓練等の民間防衛に関する諸活動を実施している。これらの諸活動は,結果的に,平時突発する自然災害等に対処する上で有効なものとなっている。

わが国においては,民間防衛に関してはみるべきものがない。今後,国民のコンセンサスを得つつ,民間防衛体制について慎重に検討していくべきであろう。

(2) 国民生活を維持するための施策

わが国にとって,国民生活を維持するためには,資源・エネルギー,食糧等の確保が不可欠である。これらの生産地あるいは輸送経路等において武力紛争又は大規模な天災地変等の事態が起こった場合,あるいはわが国の有事において海上交通が妨害される場合等に予想される資源・エネルギー,食糧等の供給の停止等に対し,わが国が冷静に対処するためには,これらの必要物資を備蓄しておくことが有効であろう。

更に,このような施策の推進とあいまって,有事におけるわが国の国民生活,経済活動等を維持するために必要な物資の海上輸送の実施体制のあり方についても,有事において講ずべき緊急措置の一環として,政府全体として総合的な観点から研究する必要があろう。

(3) その他の施策

防衛力を支え,有事において防衛力を真に有効に発揮させるためには,平時から防衛産業を育成し,建設,運輸,通信,科学技術等の分野において国防上の配慮を加えておく必要があろう。

例えばスイス等においては,高速道路を臨時の滑走路として使用できるようにしており,有事の際,飛行場が爆撃等によって破壊されても,空軍はこれらを臨時飛行場として利用できるようにしている事例がある。また,各国とも教育の面においても配慮を加えているところである。(高速道路を利用した離着陸(スイス)

第4節 総合安全保障関係閣僚会議

 最近の国際政治経済情勢の推移を背景として,わが国の安全を確保するためには,総合的な施策の推進が必要であるとの認識が高まり,政府は,昭和55年12月,「経済,外交等の諸施策のうち,安全保障の視点から,総合性及び整合性を確保する上で,関係行政機関において調整を要するものについて協議するため」内閣に総合安全保障関係閣僚会議を設置し,随時協議を実施しているところである。

第2章 わが国の安全保障と日米関係

第1節 わが国の安全保障の基盤としての日米安全保障体制

1 日米安全保障体制の意義

わが国の平和と独立を確保するためには,核兵器の使用を含む全面戦から通常兵器によるあらゆる態様の侵略事態,更には軍事力をもってする政治的影響力の行使といった事態に至るまで,考えられる各種の事態に対応することができ,その発生を未然に防止するための隙のない防衛体制を構築する必要がある。しかし,わが国独自でこのような防衛体制を構築することは不可能であり,日米安全保障体制に大きく依存している。

この体制によって,わが国に対する外部からの武力攻撃は,米国の強大な軍事力と直接対決する可能性をもつこととなり,侵略国は相当の犠牲を覚悟しなければならない。したがって,日米安全保障体制は,わが国に対する侵略を未然に防止する力として極めて重要な機能を果たすものである。

また,日本の安全と発展のためには,極東の平和,更には世界の平和が必要であることはいうまでもない。日米安全保障条約は,日本の安全に寄与し,極東における国際の平和と安全の維持に寄与するため,米軍がわが国において施設・区域を使用することを認めている。

このことは,わが国にとってのみならず,アジア・太平洋地域と深いかかわりを有する米国自身の安全保障の観点からも重要であるといえよう。

更に,日米安全保障条約は,防衛面の取極とともに両国間の平和的友好関係の強化,経済的協力関係の促進等についても取りきめており,日米安全保障体制は,防衛面のみならず政治,経済,文化等のあらゆる分野における日米友好協力関係の基礎となっている。このようなわが国と米国との友好協力関係は,現在のアジアにおける国際政治の基本的な枠組の重要な柱であり,このような意味から,日米安全保障体制を維持することは,わが国の安全保障のためのみならず,アジアひいては世界の平和と安全の維持に寄与するものである。

2 日米安全保障体制の信頼性の確保

自らの防衛力の整備と日米安全保障体制の堅持を基礎とするわが国の安全保障政策は,近年の各種の世論調査等にも示されているように,戦後この政策が実際にわが国の平和と安全を確保してきたという実績から,現に国民の大多数の支持を得ているところである。しかし,日米安全保障条約は,この条約を有効に機能させようという日米双方の不断の積極的な努力なくしては,その信頼性を維持することはできない。

日米安全保障体制の信頼性を維持するためには,日米両国が,あらゆる機会をとらえて間断のない対話を行うことによって,相互信頼と協調関係の確立を図るとともに,日米双方がそれぞれ応分の責任を果たしていくことが必要である。そのため,わが国は自ら防衛力整備の努力を行ってきているほか,米軍施設・区域の安定使用のための努力及び米軍がわが国への駐留に関連して負担する経費の軽減については,現行地位協定の枠内でできる限りの努力を続けてきており,また,昭和53年に日米間で策定された「日米防衛協力のための指針」に基づき,各種の研究・協議を進めてきているところである(第3部第3章第2節参照)。

 

(注) 昨年5月,鈴木総理は,レーガン大統領と首脳会談を行い,国際情勢及び日米関係につき包括的な話し合いを行い,共同声明を発表した。この日米共同声明第8項においては,両首脳が,日米安全保障条約は日本の防衛及び極東の平和と安定の基礎であるとの信念を再確認し,日本の防衛及び極東の平和と安定の確保に当たって日米間の適切な役割の分担が望ましいと認めたこと,鈴木総理が,日本は自主的にかつ憲法及び基本的な防衛政策に従って,日本の領域及び周辺海・空域における防衛力を改善し,並びに在日米軍の財政的負担を更に軽減するため,なお一層の努力を行うよう努める旨を述ベ,レーガン大統領が理解を示したこと等が明らかにされている(日米共同声明については資料11参照)。

第2節 西側の一員としての日本

 西側諸国は,自由と民主主義という価値を共有し,第2次世界大戦後,力を合わせて世界の平和と安定の維持及び自由貿易体制の堅持等に努めてきた。わが国はこの枠組の下でめざましい経済発展を遂げ,今日ではわが国のGNPが世界の程度に達するなど,わが国の動向が世界の諸情勢に大きな影響を及ぼす存在となってきている。わが国としては,西側の一員としてその責任を十分自覚し,国際社会においてその地位にふさわしい役割を果たしていくことが求められているといえよう。

 西側諸国の相互依存関係は,一国の危急存亡が必然的に他国にも直接重大な影響を及ぼす程に深まっている。東西間の力の均衡の維持が国際的な武力紛争を防止し,国際平和を維持する上で重要であるという現実を考えれば,世界の軍事情勢が厳しさを増し,西側諸国が国防に努力を傾注している中にあって,わが国が,憲法及び基本的な防衛政策に従って,わが国自身の防衛のためになし得る限り自らの防衛力を整備することは,わが国が西側の一員として,西側諸国との信頼関係を維持する上での重要な要素をなすものである。

第3章 防衛政策のフレームワーク

第1節 憲法と自衛権

 わが国は,第2次世界大戦後,再び戦争の惨禍を繰り返すことのないよう決意し,ひたすら平和国家の建設を目指して努力を重ねてきた。恒久の平和は,日本国民の念願であり,この平和主義の理想を掲げる日本国憲法は,第9条に戦争放棄,戦力不保持及び交戦権の否認に関する規定を置いている。

 もとより,わが国が独立国である以上,この規定が主権国家としてのわが国固有の自衛権を否定するものでないことは異論なく認められており,政府は,このようにわが国の自衛権が否定されない以上,その行使を裏付ける自衛のための必要最小限度の実力を保持することは憲法上禁止されているものではないと解しており,専守防衛をわが国防衛の基本的な方針として,実力組織としての自衛隊を保持し,その整備を推進し,運用を図ってきた。

 この専守防衛という言葉については確定された定義がある訳ではないが,これは相手から武力攻撃を受けたとき初めて防衛力を行使し,その防衛力行使の態様も自衛のための必要最小限度にとどめ,また,保持する防衛力も自衛のための必要最小限度のものに限られるなど,憲法の精神にのっとった受動的な防衛戦略の姿勢をいうものである。

 憲法の諸規定のうち,防衛政策のフレームワークとして最も重要なものは第9条である。第9条の趣旨についての政府の見解は次のとおりである。

 わが国が憲法上の制約の下において保持を許される自衛力は,自衛のための必要最小限度のものでなければならない。

 自衛のための必要最小限度の実力の具体的な限度については,その時々の国際情勢,軍事技術の水準,その他の諸条件により変わり得る相対的な面を有することは否定し得ないが,性能上専ら他国の国土の潰滅的破壊のためにのみ用いられる兵器,例えばICBM,長距離戦略爆撃機等はこれを保持することは許されない。

 次に自衛権の発動については,いわゆる自衛権発動の三要件,すなわち,わが国に対する急迫不正の侵害があること,この場合にこれを排除するために他に適当な手段がないこと及び必要最小限度の実力行使にとどまるべきことに該当する場合に限られる。

 わが国が自衛権の行使としてわが国を防衛するため必要最小限度の実力を行使できる地理的範囲は,必ずしもわが国の領土,領海,領空に限られる訳ではないが,それが具体的にどこまで及ぶかは個々の状況に応じて異なるので一概にはいえない。しかしながら,武力行使の目的をもって武装した部隊を他国の領土,領海,領空に派遣するいわゆる海外派兵は,一般に自衛のための必要最小限度を超えるものであって,憲法上許されないと考えている。

 国際法上,国家は,集団的自衛権,すなわち,自国と密接な関係にある外国に対する武力攻撃を,自国が直接攻撃されていないにもかかわらず,実力をもって阻止する権利を有しているものとされている。わが国が,国際法上このような集団的自衛権を有していることは,主権国家である以上当然であるが,憲法第9条の下において許容されている自衛権の行使は,わが国を防衛するため必要最小限度の範囲にとどまるべきものであると解しており,集団的自衛権を行使することは,その範囲を超えるものであって,憲法上許されないと考えている。

 なお,憲法第9条第2項は,「国の交戦権はこれを認めない」と規定しているが,わが国は,自衛権の行使に当たっては,すでに述べたように,わが国を防衛するため必要最小限度の実力を行使することが当然に認められており,その行使は交戦権の行使とは別のものである。

第2節 国防の基本方針等

1 国防の基本方針

以上に述べた憲法の趣旨に基づいて進められているわが国の防衛政策は,昭和32年5月に国防会議及び閣議で決定された「国防の基本方針」にその基礎を置いている。

この「国防の基本方針」は,まず,国際協調と平和への努力の推進及び内政の安定による安全保障の基盤の確立を,次いで効率的な防衛力を漸進的に整備すること及び日米安全保障条約に基づく日米安全保障体制を基調とすることを方針として掲げている(日米安全保障条約については資料10参照)。

2 非核三原則

わが国は,核兵器については,政策として「持たず,作らず,持ち込ませず」の非核三原則を堅持している。

核兵器の製造・保有は,原子力基本法の規定の上からも禁止されているところであるが,更に,わが国は,昭和51年6月核兵器の不拡散に関する条約を批准し,非核兵器国として核兵器を製造しない,取得しないなどの義務を負っている。

3 シビリアン・コントロール

自衛隊は,国民の意思にその存立の基礎を置くものであり,国民の意思によって整備・運用されなければならない。

自衛隊は,旧憲法下の体制とは全く異なり,厳格なシビリアン・コントロール(文民統制)の下にある。

シビリアン・コントロールの考え方は,欧米等の民主主義国では早くから根強く保持されており,各国の歴史と伝統の中にはぐくまれ,それぞれの制度と運用の実績を持っている。したがって,シビリアン・コントロールの実態を画一的なものとしてとらえることはできないが,現在の欧米等の民主主義国では,シビリアン・コントロールとは,民主主義政治を前提としての,軍事に対する政治優先又は軍事力に対する民主主義的な政治統制を指すと言われている。

一般的に軍事力は,本未,国の平和と安全を保障するための重要な手段であるが,その強大な実力の運用を誤れば,逆に大きな不幸を招くおそれを持っている。そのため,欧米等の民主主義国において,このような実力集団を政治が支配・統制するための原理として,シビリアン・コントロールという考え方が重要視されるようになったものである。

わが国の場合は,終戦までの経緯に対する反省もあり,他の民主主義諸国と同様,厳格なシビリアン・コントロールの諸制度を採用した。

まず,自衛隊は,国民の代表たる国会によって,そのコントロールを受けている。自衛隊の定員,組織,予算等の重要な事項は国会で議決され,防衛出動については国会の承認が必要とされていること等のほか,自衛隊の諸問題に関しては絶えず国会で審議されている。

次に,内閣は,国会に提出する法律案や予算案を決定し,政令を制定し,あるいは,防衛にかかわる重要な方針や計画を決定している。この内閣を構成する内閣総理大臣その他の国務大臣は,憲法上文民でなければならないことになっている。内閣総理大臣は,内閣を代表して自衛隊に対する最高の指揮監督権を有しており,自衛隊の隊務を統括する防衛庁長官も,文民である国務大臣をもって充てられる。

内閣には,国防に関する重要事項を審議する機関として国防会議が置かれている。国防会議は,内閣総理大臣を議長とし,防衛庁長官,外務大臣,大蔵大臣,経済企画庁長官等を議員として構成され,防衛計画の大綱,防衛出動の可否等,基本的な問題のほか,随時,国防に関する重要事項を審議する。

更に,防衛庁では防衛庁長官が自衛隊を管理し,運営するに当たり,政務次官及び事務次官が長官を助けるのはもとより,基本的方針の策定については,いわゆる文官の参事官が補佐するものとされている。

このように,自衛隊を民主的に管理・運営するためのシビリアン・コントロールの制度は,欧米等の民主主義国と同様わが国においても整備されている。

なお,現代においては,軍事が専門化・高度化する一方,国の安全保障政策における外交,経済等,非軍事分野の重要性・多面性も増大しており,このような点を考慮すると,今日,シビリアン・コントロールの制度を運営するに当たっては,政治が軍事を十分に把握し,これを多面的・総合的な安全保障の中にいかに正しく位置づけるかということが極めて重要になっているといえよう。

また,シビリアン・コントロールの制度がその実を挙げるためには,政治,行政両面における運営上の努力が今後とも必要であることはもとより,国民全体の防衛に対する深い関心と隊員自身のシビリアン・コントロールに関する正しい理解と行動が必要とされるところである。

第4章 防衛政策

第1節 防衛計画の大綱

 わが国は,「国防の基本方針」に基づき,国力国情に応じた効率的な防衛力を漸進的に整備するため,当面の3年又は5年を対象期間とする防衛力整備計画を4次にわたって策定してきたが,第4次防衛力整備計画が終了した昭和51年の10月に,政府は「防衛計画の大綱」(「大綱」)を国防会議及び閣議において決定した。

 「大綱」は,従来の防衛力整備計画のように一定期間内における整備内容を主体とするものではなく,防衛力の維持及び運用も含め,わが国の防衛のあり方についての指針を示し,自衛隊の管理及び運営の準拠となるものである。

 昭和52年度以降の防衛力整備はこの「大綱」に従って進められてきた。「大綱」の構成は,資料12に示すように,目的及び趣旨,国際情勢,防衛の構想,防衛の態勢,陸上,海上及び航空自衛隊の体制,防衛力整備実施上の方針及び留意事項並びに目標とする編成,主要装備等の具体的規模を示す「別表」からなっているが,ここでは防衛の構想,防衛の態勢,防衛力整備実施上の方針及び留意事項並びに目標とする編成,主要装備等の具体的規模の概略について述べる。

1 防衛の構想

(1) 侵略の未然防止

わが国の防衛は,わが国自ら適切な規模の防衛力を保有し,これを最も効率的に運用し得る態勢を築くとともに,米国との安全保障体制の信頼性の維持及び円滑な運用態勢の整備を図ることにより,いかなる態様の侵略にも対応し得る防衛体制を構成し,これによって侵略を未然に防止することを基本とする。

また,核の脅威に対しては,米国の核抑止力に依存するものとする。

(2) 侵略対処

間接侵略事態又は侵略につながるおそれのある軍事力をもってする不法行為が発生した場合には,これに即応して行動し,早期に事態を収拾することとする。

直接侵略事態が発生した場合には,これに即応して行動し,防衛力の総合的,有機的な運用を図ることによって,極力早期にこれを排除することとする。この場合において,限定的かつ小規模な侵略については,原則として,独力で排除することとし,侵略の規模,態様等により,独力での排除が困難な場合にも,あらゆる方法による強じんな抵抗を継続し,米国からの協力をまってこれを排除することとする。

2 防衛の態勢

防衛の態勢は,次の6項目を備えた防衛力を保有し,更に,その防衛力は,情勢に重要な変化が生じ,新たな防衛力の態勢が必要とされるに至ったときには,円滑にこれに移行し得るよう配意された基盤的なものとする。

○ 警戒のための態勢

○ 間接侵略,軍事力をもってする不法行為等に対処する態勢

○ 直接侵略事態に対処する態勢

○ 指揮通信及び後方支援の態勢

○ 教育訓練の態勢

○ 災害救援等の態勢

3 陸上,海上及び航空自衛隊の体制

前記の防衛の態勢を保有するための基幹として,陸・海・空各自衛隊は,それぞれ必要な体制を維持し,各自衛隊の有機的協力体制の促進及び統合運用効果の発揮につき,特に配意するものとする。

これに基づく編成,主要装備等の具体的規模は,第2表のとおりとする。

4 防衛力整備実施上の方針及び留意事項

防衛力の整備に当たっては,諸外国の技術的水準の動向に対応し得るよう,質的な充実向上に配意する。また,その具体的実施に際しては,そのときどきにおける経済財政事情等を勘案し,国の他の諸施策との調和を図りつつ行う。このため,隊員の充足,士気高揚,防衛施設の有効な維持,整備及び周辺との調和,装備品等整備の効率的実施,技術研究開発態勢の充実等に留意する。

第2節 防衛力の運用

 自衛隊の任務については,自衛隊法において,わが国の平和と独立を守り国の安全を保つため,直接侵略及び間接侵略に対し,わが国を防衛することを主たる任務とし,必要に応じて,公共の秩序の維持に当たるものと定められており,この任務を遂行するため,防衛出動,治安出動,海上における警備行動,領空侵犯に対する措置,災害派遣,地震防災派遣等,自衛隊の行動について行動の要件,手続,権限等が規定されている。

 本節においては,これらの自衛隊の行動及びわが国に対する直接侵略に対し,自衛隊が行う基本的な作戦について説明する。

 なお,わが国の施政下にある領域における武力攻撃が発生した場合には,日米安全保障条約に基づき,日米両国は,自国の憲法上の規定及び手続に従って共同の危険に対処するため行動することとなる。

1 自衛隊の行動

(1) 防衛出動

わが国に対する外部からの武力攻撃(そのおそれのある場合を含む。)に際して,内閣総理大臣は,わが国を防衛するため必要があると認める場合には,国会の承認を得て,自衛隊に対し防衛出動を命ずることができる。

防衛出動を命ぜられた自衛隊は,わが国を防衛するため,必要な武力を行使することができる。武力の行使に当たっては,自衛隊の総合力を有効に発揮させることとなるが,国際の法規及び慣例によるべき場合にあっては,これを遵守し,かつ,事態に応じ合理的に必要と判断される限度を超えてはならないとされている。

防衛出動が発せられることが予測される場合,これに対処するため必要があると認めるときは,防衛庁長官は,内閣総理大臣の承認を得て,防衛出動待機命令を発することができる。

なお,防衛力が真に有効な力を発揮するためには,法制面においても,これを最も効果的に運用し得る態勢が整備されなければならない。現在,有事の際の物資の収用,土地の使用等について規定する自衛隊法第103条の規定に基づく政令が未制定であること等から,防衛庁では,従来から,防衛出動を命ぜられるという事態において,自衛隊がその任務を有効かつ円滑に遂行する上での法制上の諸問題を対象とする有事法制の研究を実施してきている(有事法制の研究は,昭和53年9月に公表した有事法制の研究の基本的姿勢についての見解(資料15参照)で示している基本的な考え方に基づいて進めてきたが,昭和56年4月,その中間報告(資料16参照)を取りまとめたので,これを公表したところである。)。

(2) 治安出動等

ア 治安出動

国内の治安維持の第1次的責任は警察機関にあるが,間接侵略その他の緊急事態に際して,一般の警察力をもっては治安を維持することが困難であると認められる場合には,内閣総理大臣は,自衛隊に対し治安出動を命ずることができる。

また,都道府県知事は,治安維持上重大な事態につきやむを得ない必要があると認める場合,都道府県公安委員会と協議の上,内閣総理大臣に対し,部隊等の出動を要請することができ,内閣総理大臣は,事態やむを得ないと認める場合には,治安出動を命ずることができる。

出動した自衛隊は,警察機関の支援後拠となるとともに,必要がある場合には,重要な施設等の警護及び暴動の鎮圧に当たることとなる。

防衛庁長官は,内閣総理大臣から命令による治安出動命令が発せられることが予測される場合において,これに対処するため必要があると認めるときは,内閣総理大臣の承認を得て,部隊等に対し治安出動待機命令を発することができる。

イ 海上における警備行動

海上における人命・財産の保護又は治安の維持のため特別の必要がある場合に,防衛庁長官は,内閣総理大臣の承認を得て自衛隊の部隊に海上における警備行動を命ずることができる。「特別の必要がある場合」とは,一般に,海上保安庁で対処することが不可能もしくは著しく困難な場合であって,自衛隊の海上における行動が必要とされるような事態である。

ウ 領空侵犯に対する措置

防衛庁長官は,外国の航空機が国際法規又は航空法(昭和27年法律第231号)その他の法令の規定に違反してわが国の領空に侵入したときは,自衛隊の部隊に対し,これを着陸させ,又はわが国の領空から退去させるため必要な措置を講じさせることができる。

(3) 災害派遣及び地震防災派遣

ア 災害派遣

防衛庁長官又はその指定する者は,都道府県知事等が天災地変その他の災害に際して,人命・財産の保護のため必要があると認め,部隊等の派遣を要請した場合,事態やむを得ないと認めるときは,部隊等を救援のために派遣することができる。また,事態が特に緊急を要し,都道府県知事等の要請を待ついとまがないと認められるときは,その要請を待たないで部隊等を派遣することができる。

イ 地震防災派遣

大規模地震対策特別措置法(昭和53年法律第73号)の規定により,警戒宣言が発せられ,関係機関が地震防災応急対策を的確かつ迅速に実施できるよう地震災害警戒本部長(内閣総理大臣)から要請があったときは,防衛庁長官は,部隊等を支援のために派遣することができる。自衛隊の活動は,地震による災害の発生の防止又は軽減を図るためのものであり,地震発生前に措置されるべき地震防災応急対策の一環である。

実際に地震災害が発生した場合には,災害派遣が実施される。

2 基本的な作戦

「大綱」は,防衛の基本を侵略の未然防止におきつつ,万一,侵略が行われた場合には,自衛隊は,これに即応して行動し,限定的かつ小規模な侵略については原則として独力でこれを排除することとし,侵略の規模,態様等により,独力での排除が困難な場合には,あらゆる方法による強じんな抵抗を継続し,米国からの協力をまってこれを排除することとしている。

ここでは,直接侵略が行われた場合に,陸・海・空各自衛隊が実施する作戦について説明するが,これらの直接侵略に先行して,間接侵略や軍事力をもってする不法行為等が行われる事態も当然考えておかなければならない。

わが国に対する武力攻撃の態様は,武力紛争生起の原因やそのときの国際環境等によって千差万別であり,一概にいえないところであるが,理解を容易にするため,通常考えられる武力攻撃の手段と目標とを組み合わせてまとめると大きく次の三つになろう。

 陸・海・空の戦力をもってわが国に着上陸侵攻する場合

 海上又は航空戦力をもってわが国の産業基盤等を攻撃する場合

 海上又は航空戦力をもってわが国周辺の海上交通を妨害する場合

ただし,この三つの態様が複合して生起する場合も多いと考えられる。このような武力攻撃に即応して,当初から効果的に対処するためには,陸・海・空各自衛隊は,有機的に組織され,かつそれぞれの持つ特性・能力を十分発揮する必要がある。

本項では,まず武力攻撃の態様に応じて,自衛隊がいかに対応するかを概括的に説明し,次いで,陸・海・空各自衛隊の基本的な作戦について述べる。

(1) 武力攻撃の態様に応ずる対処

ア 着上陸侵攻に対する対処

これは,わが国土が直接,敵地上部隊等の武力攻撃を受け,戦略上の重要地域の占領を既成事実化されるような事態である。

敵は着上陸侵攻に際して,航空優勢の奪取を図ることになろう。これに対しては,航空自衛隊を主体とする陸・海・空各自衛隊の防空作戦により,侵攻する航空戦力を撃破し,航空優勢の確保に努める。

着上陸侵攻が開始されたならば,海・空各自衛隊による対艦艇攻撃(水上打撃戦,航空阻止作戦等),陸上自衛隊の対海上火力による射撃等を実施し,着上陸侵攻部隊を洋上で阻止することに努める。

上陸した敵に対して,陸上自衛隊は,防御戦闘等を実施して,水際から沿岸のできるだけ海岸に近い地域において敵の前進を阻止し,その戦力を減殺しつつ,機動打撃部隊を集中して撃破する(水際及び沿岸地域における作戦)。

更に侵攻する敵に対しては,陸上自衛隊は内陸地域における作戦等によってこれを撃破することになる。

敵の空挺攻撃やヘリボン攻撃に対しては,陸・空各自衛隊の防空作戦により,敵の降着前から撃破を図るとともに,降着後は陸上自衛隊が火力と機動打撃力をもって敵降着部隊を撃破する。

陸上自衛隊がこれらの作戦等を行うに当たり,海・空各自衛隊は,陸上作戦直接支援,海上,航空輸送等の支援作戦を行う。(第10図 対着上陸作戦における陸上自衛隊の主要装備の使用例

イ 「海上又は航空戦力によるわが国の産業基盤等の攻撃」に対する対処

海上又は航空戦力による攻撃としては,敵の航空戦力によりわが国の産業基盤,防衛施設等を攻撃し破壊する場合及び敵の海上戦力によりわが国の艦艇,沿岸の防衛施設等を攻撃し破壊する場合が考えられる。

敵の航空侵攻に対しては,航空自衛隊の防空作戦を主体として,陸上自衛隊の防空火力をも集中した組織的な防空戦闘を実施し,侵攻する敵航空戦力の撃破を図る。また,敵の海上侵攻に対しては,海上自衛隊の水上打撃戦,潜水艦に対する対潜戦,航空自衛隊の航空阻止作戦等により敵艦艇の撃破に努めるほか,海上自衛隊の機雷敷設戦等により,敵艦艇の重要海域への侵入又は行動を阻止し,わが国の沿岸から近距離に接近する艦艇に対しては,陸上自衛隊の射撃もこれに加わるなど,総合的な作戦によって対処する。

ウ 「海上又は航空戦力をもってする海上交通の妨害」に対する対処

海上交通の妨害の主なものとしては,敵が,潜水艦,航空機及び水上艦艇をもって,わが国周辺海域を航行する船舶に攻撃を加えこれを撃沈することや潜水艦等で機雷を敷設すること等によって,港湾の使用を妨害すること等が考えられる。

これに対し自衛隊は,哨戒,護衛,防空,港湾・海峡の防備等,各種の作戦を実施することにより,敵兵力を阻止しあるいは漸減させ,敵の有効な作戦を阻止すること等の累積効果によって,海上交通の保護に当たることになる。すなわち,固定翼対潜機による周辺海域の広域哨戒及び艦艇による船舶航行の要域の哨戒により,外洋に展開してわが船舶を攻撃しようとする敵艦艇を制圧するとともに,必要に応じて艦艇及び固定翼対潜機により,船舶の護衛を実施する。

哨戒及び護衛においては,脅威の態様に応じて,海上自衛隊は,対潜戦,水上打撃戦及び防空戦を実施する。なお,洋上での防空については,海上自衛隊の艦艇による防空戦のほか,航空自衛隊が可能な範囲で周辺空域における防空作戦を行うことにより対処するとともに,米海空軍の実施する防空戦の効果に期待することとしている。

また,船舶の出入の多い重要港湾付近の沿岸海域においては,対潜戦,敵機雷を除去する対機雷戦等を実施し,敵潜水艦等による攻撃や機雷敷設に対処する。更に,主要な海峡を通過しようとする敵潜水艦及び水上艦艇に対しては,海上自衛隊は,対潜戦,水上打撃戦等を実施することによって,その通峡阻止に努める。その際,陸上及び航空自衛隊はこれに協力する。

(2) 各自衛隊の基本的な作戦

ア 陸上自衛隊

(ア) 水際及び沿岸地域における作戦

水際地域における作戦は,わが国土に対する侵略を最小限に食い止め,敵を排除するため,敵上陸部隊が海岸に上陸する前後の弱点をとらえ,火力及び機動打撃力によって撃破する作戦である。

この作戦を可能にするためには,あらゆる情報手段を利用してできるだけ早期に敵の侵攻を予知し,予想される敵の侵攻正面に十分な阻止部隊と機動打撃部隊を配置するとともに,海岸付近に敵の上陸を妨害する障害の構成,敵のし烈な砲爆撃に抗し得る陣地の構築及び各種の火器の配置を行うなど,事前に周到な準備を行わなければならない。しかし,敵の奇襲的侵攻を十分な時間的余裕をもって確実に予知することは困難であることにも配意する必要がある。

沿岸地域における作戦は,水際から沿岸の地形を利用した陣地等により,敵を減殺し,その行動を遅滞させ,その間にわが部隊を集中して,敵が沿岸地域において内陸侵攻等のため,戦力を総合結集する以前の弱点をとらえて撃破する作戦である。

この作戦を可能にするためには,敵を一定期間沿岸地域に阻止し得ること,早期に打撃正面を決定して敵に勝るバランスのとれた火力,機動力,防護力等の戦闘力を結集し,敵の兵力結集前に打撃し得ること等の条件を満たすことが必要である。

水際及び沿岸地域における作戦の実施に当たっては,対海上火力によって敵上陸部隊の戦力を努めて洋上の段階から減殺し,上陸してきた敵部隊に対しては,遠戦火力,対戦車火力等,あらゆる火力を集中し,機動打撃力をもって撃破することになる。

また,敵の上陸作戦には通常空挺部隊等による攻撃が併用される。これらに対しては,対空火力により降着前から減殺を図り,降着前後の混乱に乗じて,火力と機動打撃力により撃破する。

(イ) 内陸地域における作戦

この作戦は,海岸から内陸部の一定地域を利用して時間をかせぎ,極力敵を減殺しつつ強じんな抵抗を持続し,この間に他の地域から部隊を結集し,好機をとらえて反撃に転じ敵を撃破する作戦である。これは第一線部隊の勢力や作戦準備の時間が不足する場合の作戦であり,敵を撃破するまで一時的とはいえ国土の相当部分を敵手にゆだねることになる。(第3表 各種対潜兵器とその特徴

イ 海上自衛隊

(ア) 対潜戦

対潜戦は,敵潜水艦を見つけ出し,これを撃破することを目的とする。対潜戦は,一般に第11図に示すように,レーダー,ソーナー,ソノブイ等により,水上又は海中の潜水艦らしい目標を捜し出し(捜索,探知),次いで目標が間違いなく敵潜水艦であることを確認し(識別),確認した潜水艦の位置を正確につかみ(位置局限,追尾),そしてそれを魚雷や対潜ロケットで攻撃して撃沈するという流れで推移する。海中に潜む潜水艦は,光もレーダー波も通さない海水という厚いヴェールに包まれているため,その最大の利点である隠密性を保持している。したがって,潜水艦を捜し出すには主として音波を利用している。

しかし,海中における音の伝わり方は海域,季節,深度等により様々に変化し,また,海中には種々の雑音があるため,潜水艦を捜し出し,これを撃沈することは容易ではない。したがって,水中に潜っている潜水艦を確実に撃沈し得るような単一の対潜兵器は存在せず,水上艦艇,航空機,潜水艦等を組み合わせ,相互に短所を補いながら総合効果によって潜水艦に対処することとなる。

(イ) 水上打撃戦

水上打撃戦は,水上艦艇をもって敵水上艦艇を攻撃し,これを撃破することを目的とする。攻撃武器としては,対艦ミサイル及び砲が主となり,見通し距離以内の水上艦艇に対しては,自艦のレーダーで,また,水平線以遠にある水上目標に対しては第12図に示すように,航空機等から目標の位置等の情報を得て,ミサイル攻撃等を実施することになる。

(ウ) 防空戦

防空戦は,空からの攻撃に対し,艦船を防護することを目的とする。

艦船に対する空からの攻撃は,艦艇又は航空機による対艦ミサイル等による攻撃がその主たる手段となる。したがって,防空戦は,発射されたミサイルを撃破又は回避するミサイル防御がその主なものとなる。ミサイル防御は,第13図に示すように,味方航空機,長・短射程のミサイル,対空砲及び高性能機関砲(CIWS)により,縦深的防御網を構成してミサイルを撃破するとともに,偽目標を作り,それにミサイルをホーミングさせる方法や,相手ミサイルのレーダー波に妨害をかけて命中させない電子妨害等によって,相手ミサイルを回避しようとするものである。なお,この場合,味方航空による要撃は,航空自衛隊及び米軍に期待している。

(エ) 機雷戦機雷戦は,対機雷戦と機雷敷設戦に分けることができる。

対機雷戦は,わが国の港湾及び水路等に敷設された機雷を除去し,港湾,水路等を安全な状態にすることを目的とする。

機雷は,船体が触れることによって爆発する触発機雷,船体の磁気や音等によって爆発する感応機雷とその種類が多いことに加え,複雑な妨掃装置が施されている。

機雷の除去には,一定の海面を掃海艇や掃海へリコプターで各種の掃海具を反復えい航することによって,海中の機雷を爆破除去する方法と掃海艇に装備する機雷探知機で海中を捜索探知し,水中処分員が潜水し,又は遠隔操作の処分機器により爆破処分する方法がある。

機雷敷設戦は,上陸阻止や海峡防備のため,機雷を敷設するもので,味方に被害が少なく,しかも効果のあがる作戦である。

機雷敷設は,機雷敷設艦等によって行われる。

ウ 航空自衛隊

(ア) 防空作戦

わが国の地理的特性及び近代戦の傾向からみれば,わが国への侵攻は,航空攻撃によって開始される可能性が大きく,この場合,防空作戦は,他の作戦に先駆けて行われることとなり,かつその成果が以後の作戦に及ぼす影響は大きい。この意味において,防空作戦は航空自衛隊にとって最も重要な作戦である。

防空作戦は,主として要撃戦闘機部隊,地対空誘導弾部隊及び航空警戒管制部隊が担当する。作戦の流れとしては,侵攻機を航空警戒管制部隊によって発見・識別した後,要撃機や地対空ミサイルに対し,敵機に関する目標割当がなされる。

要撃機に対しては,引き続き航空警戒管制部隊による要撃管制がなされ,要撃機パイロットが自機のレーダー又は目視で敵機を捕捉して攻撃できる位置まで誘導される。地対空ミサイルの場合は,自隊のレーダーで敵機を捕捉し追随した後,ミサイルが発射される。このような過程を経て,要撃機又は地対空ミサイルによって敵機を撃破することになる。

要撃機は,その大きな機動力により,広い行動範囲を有し,運用の柔軟性に優れている。一方,地対空ミサイルは,対処空域が限定されるが,気象の影響を受けにくく,迅速な対処が可能であり,独立戦闘能力が高いという利点を持つので,限定した空域の防空には効果的である。したがって,要撃機を,主として地対空ミサイルの有効射程外で運用することにより,要撃機と地対空ミサイルの特性を生かした防空網による対処が可能となり,両々あいまって,縦深性を確保し得るとともに,状況の変化に応じ得る侵攻対処ができることとなる。(第14図 防空システム

(イ) 航空阻止作戦及び陸海作戦直接支援

航空阻止作戦は,主として支援戦闘機をもって敵着上陸部隊を攻撃し,その侵攻を阻止する作戦である。

洋上においては,まず敵の艦艇に対して,できるだけ敵の艦対空ミサイルの射程外から空対艦ミサイルによる攻撃を実施し,次いで,爆弾等により輸送船等を攻撃し,侵攻兵力を撃破することによって阻止を図る。

着上陸した敵部隊等に対しては,敵の後方連絡線,資材集積所,交通要路等に対する航空攻撃を実施して,敵部隊の作戦遂行能力の減殺を図る。

また,航空自衛隊は,支援戦闘機をもって陸上自衛隊や海上自衛隊の諸作戦を直接支援する。

なお,これらの作戦の実施に当たって,航空優勢の確保が必要である。(第15図 航空阻止作戦(対戦艦攻撃)

(ウ) 航空輸送

航空輸送は,防衛力の機動的運用,継戦能力の確保等のための迅速な輸送を目的として,輸送機により,空挺の作戦支援,人員・物資の輸送等を実施する作戦である。

(エ) 航空偵察

航空偵察は,各種作戦実施のため,短期間に広範囲の情報を収集することを目的として,偵察機をもって実施するものであり,攻撃予定地の写真偵察,攻撃後の効果判定,目標確認等,最前線での行動を伴うものである。

(オ) 基地防衛

航空自衛隊の基地は,戦闘機の発進帰投や航空警戒管制部隊及び地対空誘導弾部隊の運用等,航空作戦を実施する基盤であり,その機能を維持することは極めて重要である。

このため,各基地は,直接攻撃を受ける場合に備え,基地防空火器等により,所要の基地防衛能力を保持して基地防空等を実施する。

 

(注) ヘリボン攻撃:一般の地上戦闘部隊がへリコプターを使用して空中を機動し,着陸して行う攻撃であり,敵の弱点を急襲したり,あるいは速やかに地形上の要点を確保するなど,主力部隊の地上戦闘に寄与するために行われる。

(注) CIWS(CLOSE−IN WEAPON SYSTEM):目標の捜索から発射までを自動処理する機能を持つ射撃指揮装置と機関砲を組み合わせたもので,艦艇に接近したミサイルを撃破する最終段階の防御システム機

第3節 保有すべき防衛力

 わが国は,「大綱」に基づいて防衛力整備を行ってきているが,以下,「大綱」の「防衛の態勢」,「陸上,海上及び航空自衛隊の体制」及び「別表」に従って,自衛隊が保有すべき防衛力について説明する。

 なお,防衛力の整備に当たっては,有事における米軍との共同対処行動の円滑な実施にも留意する必要がある。

1 陸上自衛隊

(1) 陸上自衛隊は,まず,「わが国の領域のどの方面においても,侵略の当初から組織的な防衛行動を迅速かつ効果的に実施し得るようわが国の地理的特性等に従って均衡をとって配置された師団等を有していること」とされている。

これに基づき,平時地域配備する部隊として12個師団及び2個混成団を保有している(このほか,後に述べる機動運用部隊として1個機甲師団がある。)。

これらの師団等は,陸上戦闘に必要な各種の機能を備え,ー定の期間独立して戦闘行動を実施することのできる基本的な作戦部隊として位置づけられている。

主要各国の師団の現状は,大半が機動打撃力,機動力,火力及び対空火力等を重視する方向に進んでおり,これに対応すべく,わが国においても陸上防衛態勢を改善するため,師団の近代化について検討を行っているところである。

以下,師団が保有すべき主要な戦闘機能等について説明する。

ア 機動打撃力

戦車・装甲車等を中核とする侵攻部隊を阻止・排除するため,あるいは,敵の空挺部隊等を撃破するために,機動打撃力のもつ機能は重要である。この機動打撃力の骨幹をなす装備は戦車である。戦車は,火力,機動力及び装甲防護力を兼ね備えた陸上戦闘力の主力というべきものであり,主要各国は,その近代化に多大の努力を払っており,10数年を基準として更新近代化を進めている。

これに対応するため,陸上自衛隊はその保有する戦車の過半数が旧式化しつつある61式戦車でもあることから,現在74式戦車の整備・増強を進めているところである。(74式戦車

イ 機動力

装備の発達と多様化等により,近年,戦場は広域・立体化し,迅速に流動化する傾向にある。陸上自衛隊は,待ち受けの態勢の下,限られた18万人の勢力で長大な上陸正面に対処すると同時に,後方地域への随時の空挺・へリボン攻撃に対処するため,優れた機動力を持たねばならない。

主要各国では,部隊の機械化,自動車化及び空中機動化を推進することにより機動力の向上に努めている。これに対応するため,陸上自衛隊においても装甲車,輸送用トラック等を装備し,これにより師団等の部隊の移動集中を行うこととしており,引き続き逐次その整備を進めているところである。

ウ 火力

野戦砲・迫撃砲等の地上火力は,縦深にわたる火力戦闘を行うものであるとともに,近接戦闘部隊に直接協力するものであり,広域化する近代戦において大きな役割を果たすものである。

主要各国では,射程の延伸,発射速度の増大,命中精度の向上等,火砲の性能向上を図るとともに,ミサイル化及び弾薬の性能向上並びに機動性向上のための自走化,残存性を高めるための装甲化を推進している。これに比して,陸上自衛隊における師団がもつ火砲の大半は旧式化しているため,75式155mm自走りゅう弾砲,75式130mm自走多連装ロケット弾発射機の整備を進めている。

また,戦車,装甲車等の機甲戦力を中核とする敵の攻撃を直接阻止するために重要な役割を果たす対戦車火器も旧式化しつつあるため,逐次79式対舟艇対戦車誘導弾,84mm無反動砲等の整備を進めているところである。(第4表 主要各国の師団の比較

エ 対空火力

地対空誘導弾,対空機関砲等の対空火力は,航空攻撃から部隊,施設等を防護することにより,地上戦闘を効果的に実施する重要な役割を有している。

近年における航空機の性能向上は著しく,航空攻撃は,地上戦闘に重大な影響を与えるようになっているため,主要各国では,縦深にわたる対空防御網を構成し,航空攻撃が多用される状況下においても,地上戦闘を効果的に実施し得るよう,地対空誘導弾,対空機関砲等の整備に努めている。

陸上自衛隊においても,これらに対応して師団の対空火力の近代化を図るため,81式短距離地対空誘導弾(短SAM)及び携帯式地対空誘導弾(携帯SAM)を逐次整備しているところである。

以上,主要戦闘機能等について述べたが,このほか,師団には,指揮・情報,通信電子,機動支援,後方支援等のバランスのとれた各機能が必要である。

(2) 次に,陸上自衛隊は,「主として機動的に運用する各種の部隊を少なくとも1個戦術単位有していること」とされている。

これらの部隊は,先に述べた師団等と協同し,あるいは,必要に応じてこれを支援・補完するためのものであり,以下に述べるような機甲師団,特科団,空挺団,教導団及びへリコプター団を指しており,陸上自衛隊は現在各1個戦術単位を保有している。(第16図 主要正面装備の更新状況

ア 機甲師団は,戦車部隊を主体として編成され,その火力,機動力によって,主として機動打撃に任ずるものである。なお,機甲師団である第7師団は昭和55年度に機械化師団から改編されたものである。

イ 特科団は,各種の野戦砲(155mmりゅう弾砲,155mm加農砲,203mmりゅう弾砲)及び30型ロケットを装備し,方面隊,師団等の全般的な地上火力支援に当たる。この任務を達成するために,203mm自走りゅう弾砲,75式130mm自走多連装ロケット弾発射機等の整備を進めている。

ウ 空挺団は,空中機動後,重要正面に不意急襲的に降下するなど各種の空挺作戦を遂行し,地上部隊と協力し,又は独力で敵の撃破ないし地域の確保等を行う。

エ 教導団は,平時においては,富士学校で学生教育及び研究支援に従事するが,各種の機能の均衡がとれ,模範的な練度を有しており,有事には,重要正面の地上戦闘に当たる。

オ ヘリコプター団は,輸送へリコプターを装備し,普通科連隊等の戦闘部隊の空中機動及び補給品等の航空輸送に当たる。

(3) 陸上自衛隊は,また,「重要地域の低空域防空に当たり得る地対空誘導弾部隊を有していること」とされている。

これに基づき,陸上自衛隊は,地対空ミサイル(ホーク)を装備した高射特科群8個を保有し,低高度侵入機を主対象として,政治・経済上の中枢地域,交通上の要衝及び防衛上の重要地域の防空に当たっている。陸上自衛隊は,航空機の性能向上等に対応するため,基本ホークから逐次改良ホークに改装を進めている。

(4) 陸上自衛隊は,以上に述べた基幹部隊を中心として,必要な組織・機能を整えて,隙のない防衛態勢を確立するためには18万人を必要とする。このため,陸上自衛隊の自衛官定数は18万人とすることとされている。

2 海上自衛隊

(1) 海上自衛隊は,まず,「海上における侵略等の事態に対応するよう機動的に運用する艦艇部隊として,常時少なくとも1個護衛隊群を即応の態勢で維持し得る1個護衛艦隊を有していること」とされている。

これに基づき,護衛艦隊は,艦艇の可動率等を考慮して4個護衛隊群を保有し,そのうち常時少くとも1個護衛隊群を即応態勢で維持し,わが国周辺海域で侵略等の事態が生じた場合は,速やかに現場に進出し,必要な対応措置を採ることとしている。護衛隊群は,機動運用の基本的な単位であるので,対潜機能,水上打撃機能及び防空機能をバランスを保って保有することが重要である。

ア 対潜機能

最近の潜水艦の水中速力,潜航持続力,深深度潜航力,静しゅく性,攻撃力等の著しい性能向上に対応するため,対潜哨戒機に限らず,すべての対潜プラットホームは,一般に,広い海域の捜索・探知能力,機動力及び種々の情報を迅速かつ的確に処理する総合情報処理能力を併せ持つことが必要となってきている。このため,護衛隊群を構成する艦艇についても,広域の捜索を可能とするTASSのようなパッシブ(聴音)方式のソーナーの装備,機動力を有する対潜へリコプターの搭載及び総合情報処理システムの装備化を図ることとしている。

イ 水上打撃機能

水上打撃戦は,近年,艦艇のミサイル装備のすう勢に伴い,従来の砲の打ち合いから遠距離における対艦ミサイルの打ち合いに変わりつつある。したがって,水上艦艇が水上打撃機能を維持するためには,対艦ミサイル,ミサイル発射のためのデータを短時間で算出できる射撃指揮装置及び水平線以遠の目標を捜索する艦載へリコプターが必要であり,その装備化を図っている。

ウ 防空機能

艦船に対する空からの主たる脅威であるミサイル攻撃においては,その効果を上げるために同時に多数のミサイルを発射することが予測され,これが艦船に対する空からの最も大きな脅威となる。したがって,護衛隊群は,この同時多数のミサイル攻撃に対処できる能力を保有する必要があり,そのためには,ミサイル,砲等を組み合わせた縦深防御体系及びミサイルを回避する各種電子戦装置並びにこれらをコンピューターで有機的に結合する指揮管制システムの装備化を推進している。

海上自衛隊は,以上のように護衛隊群の近代化を急いでいるが,ちなみに昭和57年度に建造に着手した艦艇が就役する昭和61年度においては,対空ミサイル等を装備し,防空能力等を有する近代化艦は21隻となり,護衛艦隊の約の近代化が図られることになる。

(2) 海上自衛隊は,「沿岸海域の警戒及び防備を目的とする艦艇部隊として,所定の海域ごとに,常時少くとも1個隊を可動の態勢で維持し得る対潜水上艦艇部隊を有していること」とされている。

沿岸海域の警戒,防備については,わが国の地理的特性に応じ,これを5つの海域に区分し,それぞれの海域の警戒,防備に当たる地方隊を維持し,各地方隊ごとに2個隊を保有し,そのうち常時少くとも1個隊を可動の状態で維持しようとするものである。地方隊の艦艇部隊においても,その対象となる脅威は,潜水艦,水上艦艇及び航空機であるので,対潜,水上打撃及び防空の各機能を併せて保有する必要がある。地方隊は,主として航空自衛隊の防空圏内で行動することになるが,ミサイルの脅威からの自艦防空のため,必要最小限の短射程対ミサイル火器(CIWS等)及び電子戦装置を主として装備する必要があり,海上自衛隊はこの考えから昭和58年度には対艦ミサイル及び電子戦装置を装備する護衛艦の3隻目(CIWSは将来装備を検討)を地方隊に配備する予定である。

(3) 海上自衛隊は,「必要とする場合に重要港湾,主要海峡等の警戒,防備及び掃海を実施し得るよう潜水艦部隊,回転翼対潜機部隊及び掃海部隊を有していること」とされている。

ア 潜水艦部隊は,必要とする場合に,主要海峡等の警戒,防備に当たるものであり,宗谷,津軽及び対馬の3海峡に各1個隊を配備する体制を維持するためには,各海峡ごとに2個隊,合わせて6個隊を必要とする。そのために必要な潜水艦は,1個隊当たり2〜3隻であり,合わせて16隻で運用することとしているが,昭和57年度の潜水艦の就役数は14隻である。

潜水艦部隊の保有すべき主な機能は,対潜機能と艦船攻撃機能であるが,最近の水上艦艇の対潜能力の向上に対応して,各国の潜水艦は,艦船攻撃能力と自己の残存性を強化するため,遠距離から攻撃できる潜水艦搭載の対艦ミサイルを装備するすう勢にある。海上自衛隊においても,逐次潜水艦に対艦ミサイルの装備化を図っていくこととし,その1番艦は昭和58年度に就役する予定である。

イ 陸上回転翼対潜機部隊は,6個隊程度をもって主要海峡及び重要港湾の防備に当たることとしている。

陸上回転翼対潜機部隊は,海峡,港湾等で潜水艦の情報を得た場合,現場に急行し,水上艦艇等と協同して対潜戦を実施するものであり,有効に潜水艦に対処するため,音響探知装置に加え,磁気探知装置等を対潜へリコプターに装備しつつある。

ウ 掃海部隊は,掃海隊群と地方隊におかれる掃海隊及び掃海へリコプター部隊で重要港湾及び海峡等に敷設された機雷の除去,処分に当たることにしている。

掃海隊群は,東日本海域と西日本海域にそれぞれ1個群を維持し,機動的に運用するものである。

これまでの機雷は比較的浅い海域に敷設されるものであったが,最近主要国においては,深深度に敷設される機雷を保有するに至っているので,海上自衛隊は,現在深深度機雷対処能力についても鋭意研究開発に努力しているところである。

(4) 海上自衛隊は,「周辺海域の監視哨戒及び海上護衛等の任務に当たり得る固定翼対潜機部隊を有していること」とされている。

固定翼対潜機は,機動性等,他の対潜部隊では果たし得ない能力を有しており,対潜戦を行う上で不可欠な部隊である。

海上自衛隊は,現在漸次除籍されていくP−2J等に替え,高性能の原子力潜水艦に対処できるP−3Cを導入しつつあり,本年度その最初の1個航空隊を編成することにしている。固定翼対潜機部隊は10個隊程度をもってわが国周辺海域において哨戒,護衛等の任務に当たることとしている。(P−3C対潜哨戒機

3 航空自衛隊

(1) 警戒監視,領空侵犯対処及び航空侵攻対処の機能

航空自衛隊は,「わが国周辺のほぼ全空域を警戒監視できる部隊を有していること」,また,「領空侵犯及び航空侵攻に対して,即時適切な措置を講じ得る態勢を常統的に維持し得る部隊を有していること」とされている。

このため,航空自衛隊は,航空警戒管制部隊,戦闘機部隊及び地対空誘導弾部隊を保有しており,平時から24時間警戒態勢を維持して,領空侵犯対処の任務を遂行しているところであるが,近年の航空機の性能向上等に対応し,有効な領空侵犯対処の態勢及び防空態勢を保持するためには,これらの部隊の装備の近代化等が必要となっている。以下,各部隊ごとに説明する。

ア 航空警戒管制部隊

航空自衛隊は航空警戒管制部隊として,現在,固定レーダーサイトを28個保有し,わが国全周に及ぶ覆域をもつ警戒監視レーダー網を構成するとともに,低空からの侵攻機を早期に発見し,対処するため,早期警戒機1個飛行隊の整備を推進中である。

警戒監視レーダー網については,相互に補完し合い,間隙が生じないような配備が必要であり,また,最近の航空脅威の増大に対処し,組織的な防空戦闘を有効に実施するために,目標の発見・識別のための情報処理や要撃機の管制等を迅速かつ効果的に実施できる自動警戒管制組織(バッジシステム)には高い能力が要求されるので,バッジシステムの換装が急務となっている。更に,一部レーダーサイトが破壊された場合,固定レーダー網を補完するものとして,移動レーダーを装備する移動警戒隊の整備が必要であり,逐次整備を進めているところである。

イ 戦闘機部隊

航空自衛隊は,要撃戦闘機部隊として,F−4EJを6個飛行隊,F−104Jを4個飛行隊保有しており,F−104Jについては,逐次F−15への機種更新を推進中である。他方,要撃戦闘機の総保有機数が減勢しており,着実に整備しているところである。(F−15J要撃戦闘機

ウ 地対空誘導弾部隊

地対空誘導弾部隊としては,ナイキJ6個高射群を保有しており,政治,経済,防衛上の重要地域に配置している。しかし,ナイキJは整備,補給の面で,今後長期にわたって維持することは困難であるほか,性能も相対的に低下しており,今後の航空脅威に有効に対処することが困難となりつつあるので,早急に換装する必要があり,現在,後継システムの整備構想について検討しているところである。

特に,航空侵攻に有効に対処し得るためには,以上の要撃戦闘機,地対空ミサイル等が航空警戒管制組織と一体となって機能を発揮することが必要である。また,自機を攻撃してくる敵機のレーダー波を早期に探知し,それに対処すること等による戦闘機の自己防護機能は重要である。また,戦闘力発揮の基盤となる基地の抗たん化も重要な要素である。

(2) 着上陸侵攻阻止及び対地支援の機能

航空自衛隊は,「必要とする場合に,着上陸侵攻阻止及び対地支援の任務に当たり得る部隊を有していること」とされている。

このため,航空自衛隊は,F−1支援戦闘機部隊を3個飛行隊保有しているが,F−1は60年代後半には逐次耐用命数に達し減勢することから,その更新が必要になると見積もっている。

(3) 航空偵察及び航空輸送の機能

航空自衛隊は,「必要とする場合に,航空偵察及び航空輸送の任務に当たり得る部隊を有していること」とされている。

このため,航空自衛隊は,偵察航空隊としてRF−4E1個飛行隊を,また,航空輸送部隊としてC−1を中心とする3個輸送航空隊を保有している。

輸送機については,各種状況に対応する機動展開や空挺作戦支援等の空輸所要に対する能力が要求されるが,現状ではこれが十分でないので,航空自衛隊は,現在輸送能力強化のため,C−130Hの整備を進めている。

なお,現在,輸送機が着陸可能な飛行場と各基地間を結ぶ端末空輸機能が不十分なため,今後輸送へリコプタ−の導入により,その不備是正を図る必要がある。

4 共通機能

(1) 警戒監視,情報収集機能

専守防衛を旨とするわが国にとって,領域及び周辺海空域の警戒監視及び防衛に必要な情報収集処理を平時,有事を問わず,常続的に実施することは,極めて重要なことである。

現在,陸・海・空各自衛隊は,全国28か所のレーダーサイト,海峡等にある沿岸監視隊及び警備所,また,対潜哨戒機や艦艇により,常時警戒監視を行い,諸外国の艦船,航空機の動静や装備等に関する情報の収集を行っている。また,国外からわが国に飛来する軍事通信電波及び電子兵器の発する電波を監視収集し,整理分析してわが国の防衛に必要な情報資料の作成にも努めている。

今日,米ソ両国が衛星による偵察,早期警戒に努めているのを始めとして,主要各国においては,各種手段によって種々の情報収集が行われている。わが国においても,警戒監視,情報収集機能については,その重要性にかんがみ,一層の強化に努める必要がある。

(2) 指揮通信機能

有事において,陸・海・空各自衛隊を効果的に指揮運用するためには,指揮命令や各種情報等が各級の部隊の間等で,確実,安全,迅速に伝達され,かつ緊急事態における通信量の大幅な増加に対応できるような指揮通信組織を平素から確立しておくことが必要であり,このため,中央指揮システム等の整備を推進しているところである。

また,近年,各種装備のシステム化に伴い,自衛隊においてもデータ通信の所要が年々増大する傾向にあり,この対策の一環として,防衛庁は,現在,自営のマイクロ回線の整備を推進しているところであるが,これが完成すれば,陸上主要基地間の通信量の増加に対しては,かなりの程度対応できる見込みである。ただし,艦艇,航空機及び離島との洋上・遠距離通信系については通信の確達等について,今後とも検討していく必要がある。

また,通信施設への攻撃や電子的な妨害に対する抗たん性の確保は,指揮通信の機能発揮に極めて重要であり,このため,通信施設の堅固化,通信手段の多様化,移動式無線車等の代替手段の確保等に配慮することとしている。

(3) 後方支援機能

補給,輸送,整備,衛生等の後方支援は,作戦実施のための基盤であり,これが円滑に機能することによって即応能力及び継戦能力が確保されることになる。特に,兵器の進歩の著しい現代における後方支援は,装備の導入あるいは近代化に対応して改善がなされ,装備の性能を十分に発揮させるようなものでなければならない。

作戦実施のためには,所要の弾薬類,燃料等の作戦用資材が継続的に補給されることが要求される。このため,防衛庁は,現在,不足している有事所要の弾薬類を確保するため,その備蓄等に鋭意努力しているところである。

各自衛隊の輸送能力は,限定されたものであり,平時においても,国内輸送の大部分は民間の輸送力に依存することとしている。米国においては,有事,事態の度合に応じて,民間航空機や商船の支援を確保するための各種の計画を平時から準備しており,NATO諸国もそれぞれ民間輸送力を確保する計画を準備しているが,わが国にはこのような計画はない。

その他,機雷,魚雷,航空機搭載ミサイル等を直ちに使用できる状態にするための調整施設,弾薬庫等の整備が必要であり,逐次その整備を図りつつある。

(4) 教育訓練機能

自衛隊は,有事における各種の状況下において,保有する装備を十分に使いこなし,その戦闘任務を遂行できる質の高い隊員を確保するための教育訓練の態勢が必要である。

防衛庁としては,国民の生活環境の保全に配意しつつ,教育訓練に努めているが,現実問題として種々の制約が教育訓練の実施を困難なものとしており,必ずしも十分な訓練が実施できているとはいえないのが実情である。

演習場は,その数が少なく,また,広さも十分でないため,大部隊の演習や長射程砲の射撃訓練の実施が困難となっている。このため,実弾射撃等は,装薬量を減らして砲弾の飛翔距離を抑えて実施しているのが現状である。

訓練海面については,漁業との競合や一般船舶の航行等の関係から訓練の場所や時期等に制約を受け,艦艇の性能,特性等を十分に発揮した訓練の実施が困難である。

訓練空域については,現在,低高度及び高高度訓練空域が計23か所設定されているが,飛行安全上航空路等との競合を避けつつ主として洋上に設定され,基地によっては訓練空域への往復に長時間を要し,実質的訓練時間を十分取れない状況にある。また,全般に広さも十分ではなく,超音速飛行など一部訓練項目について,航空機の性能や特性を十分発揮した訓練が実施できないところもある。

更に,パイロットが,その航空機の性能を安全かつ正確に発揮させるには,年間の所定飛行時間を確保する必要がある。特に,戦闘機パイロットに要求される高度の操縦技術等の練度を維持するためには,各種飛行訓練を一定の飛行間隔を保ちつつ実施する必要があるが,燃料の高騰もあって,最近は所定飛行時間の確保に制約を受けている。

また,飛行場については,航空機騒音に対する周辺地域の生活環境の保全の観点から,早朝及び夜間の飛行訓練を制限するなど種々の規制を行わざるを得ない状況となっている。

このような種々の制約による訓練の質的量的低下は,必然的に練度の維持向上を困難にさせるものであり,防衛庁は,国民の生活環境の保全との調和を図りつつ,効率的な訓練を実施するため,創意工夫を行っているところであり,更には,硫黄島の訓練施設の整備や国外派遣訓練の充実強化等の努力を行っているところである。

 

(注) TASS(TOWED ARRAY SONAR SYSTEM)えい航式アレイソーナーシステム:艦艇がえい航するアレイソーナーで,潜水艦の発生音響をパッシブ方式により遠距離から探知するシステム

第4節 56中業

 わが国の防衛力整備については,昭和51年10月29日の国防会議及び閣議において決定された「大綱」によって防衛力整備の目標が明らかにされて以降,政府としては,それまでのような一定期間を限った第何次防衛力整備計画といったものを作成する方法は採らず,年々必要な決定を行ういわゆる単年度方式を主体とすることとしている。

 これは,内外情勢の変化等を考慮し,各年度の防衛力整備の具体的内容は,その時々における経済財政事情等を勘案し,国の他の諸施策との調和を図りつつ,柔軟に決定するのが適当であり,中期の防衛力整備の見積りを政府計画として決定しておく必要はないとの考えに基づくものである。

 一方,防衛庁が,「大綱」に基づき,逐年の防衛力整備を進めるに当たり,重視すべき主要な事業について可能な範囲で将来の方向を見定めておくことは,実際の業務を進める上で必要なことであり,このような観点から,防衛庁は,次の基本的性格を持つ中期業務見積り(中業)を作成することとしている

 逐年の防衛力整備の基礎とする業務計画,予算概算要求等の作成に資することを目的とした防衛庁の内部参考資料である。

 対象とする範囲は,陸上,海上及び航空自衛隊の実施する主要な事業であり,この場合,正面装備に関する事業についてはある程度詳細な見積りを行うが,その他の事業については概略の方向を見定めることにとどめるものである。

その作成する年度の翌々年度以降おおむね5年間の見積りであるが,従来の防衛力整備計画のような固定的な計画ではなく,各年度の予算の決定等により毎年度見直しを行い,また,3年ごとに新たな見積りを作成し直すなど,その時々の状況の変化に柔軟に対応していくこととしているものである。

 昭和58年度から昭和62年度までを対象とする中業(56中業)も,以上のような中業の基本的性格を変更するものではない。

 しかしながら,近年の厳しい国際情勢等を背景として,わが国の防衛力整備に対する内外の関心が強くなっていること等にかんがみ,シビリアン・コントロールの観点からも,56中業は国防会議に付議することとされ,昭和57年7月23日の国防会議に防衛庁長官から56中業の案について報告し,防衛庁の中期にわたる防衛力整備の進め方に関する考え方の大筋を示すものとして案のとおり了承された(56中業については資料14を参照)。

1 作成経緯

(1) 防衛庁長官は,昭和56年4月28日の国防会議において,「防衛庁における『56中業』の作成に際しての基本的考え方について」を報告し,防衛庁が次のような基本的考え方に従って56中業の作成作業を行うことについて了承を得た。

ア 56中業は,従前どおり,主要な事業及びそれに要する経費の概略等の見積りを行い,防衛庁の年度業務計画の作成等に資することとする。

イ 56中業は,現下の厳しい国際情勢にかんがみ,「大綱」に定める防衛力の水準を達成することを基本として作成する。

ウ 56中業の作成に当たっては,装備品等の充実近代化に際して,その効率的,かつ,節度ある整備に留意し,極力財政負担の軽減に配意する。エ 56中業の防衛庁における作成作業期間は,おおむね1か年を予定する。

(2) 防衛庁においては,前述の基本的考え方に基づき,昭和56年度及び昭和57年度前半に作業を行い,関係省庁とも調整しつつ,56中業の案を作成した。

(3) 防衛庁長官は,本年7月23日の国防会議において,この56中業の案について報告し,防衛庁の中期にわたる防衛力整備の進め方に関する考え方の大筋を示すものとして了承された。また,この56中業について,特に次の諸点が確認された。

ア 56中業は,向こう5か年間において,「大綱」水準へ到達するための一つの見積りとし,防衛庁が各年度の業務計画,概算要求等を作成する際の参考資料という性格のものであって,当然のことながら,各年度の予算編成を拘束するものではないこと

イ 56中業の対象期間内における各年度の主要事業の具体的整備内容等については,国防会議において,年々「防衛力の整備内容のうち主要な事項の取扱いについて」(昭和51年11月5日国防会議及び閣議決定)(資料13参照)審議する際に,その時々における経済財政事情,国の他の諸施策との調和,防衛力整備の重要性等を勘案しつつ審議し,所要の措置を採るものであること

ウ 56中業の進捗状況等については,適宜,国防会議において,防衛庁から報告を聴取するものとすること

2 整備方針

56中業は,前述の基本的考え方に基づき,「大綱」の「別表」に定める基幹部隊,主要装備等を中核として,「大綱」に定める「防衛の構想」に従い,その「防衛の態勢」及び「陸上,海上及び航空自衛隊の体制」を量的にも質的にも備えた防衛力を原則として,その完成時において保有することを基本的目標とし,

 四面環海のわが国の国土,地勢等に適した防空能力,対潜能力,水際防御能力等の充実近代化,電子戦能力,継戦能力,即応態勢及び抗たん性の向上を特に重視し,指揮通信,後方支援及び教育訓練態勢の充実近代化にも配意して作成したものである。

ただし,厳しい財政事情,財政負担の平準化の必要性,要員確保,施設取得の困難さ等にかんがみ,次のことを考慮した。

 隊員の充足及び緊急時における急速取得が比較的容易と認められる装備品等の充足については,警戒のための態勢,教育訓練の態勢等に支障を生じない範囲にとどめる。

 装備品等の量的及び質的充足については,装備品等の耐用命数,期間中の減耗状況,防衛生産・技術基盤の安定的維持向上の必要性等との関連において,計画的に充実近代化することによって達成できる程度にとどめる。

 期間中に質的に満足する装備品等を選定し,整備することが困難なものについては,現状の充足にとどめる。

 新たな用地の取得等を必要とする装備品等の充実については,用地の確保が見込める範囲にとどめる。

3 達成状況

56中業による防衛力整備の結果到達する完成時勢力について概観すれば,次のとおりである。

これは,作戦用航空機数,継戦能力,抗たん性等それぞれの事情により,例外的に不備があるものもあるが,全体としては,量的には「大綱」水準をほぼ達成する域に到達していると評価され,質的には,引き続きこの程度の着実な整備テンポを継続することによって,「大綱」水準に到達し,これを維持できるものと評価している。

(1) 防空能力について見ると,要撃戦闘機部隊は,新鋭のFー15部隊が6個飛行隊,延命施策を施したF−4EJの部隊が4個飛行隊と充実し,E−2Cの警戒航空隊は運用態勢に入り,作戦用航空機は約400機に増加し,地対空誘導弾部隊の一部の更新近代化が行われるなど,現在の不備が相当改善される。

(2) 対潜能力について見ると,対潜水上艦艇60隻,潜水艦15隻と量的に概成し,質的には,4個護衛隊群の近代化が完了し,作戦用航空機も新鋭のP−3C72機を含み,約190機の勢力となり,掃海部隊の近代化も進むなど,周辺海域の防衛及び海上交通保護能力は相当向上するものと考えている。

(3) 着上陸侵攻対処能力についてみると,支援戦闘機部隊の充実,師団の特科火力,装甲機動打撃力,対戦車火力の向上,機雷の充実等が図られ,ミサイル艇の整備も予定され,地対艦誘導弾の開発も行われるなど,水際防御能力を含めその能力の向上が期待される。

(4) 各種の作戦に必要な電子戦能力,継戦能力,即応態勢及び抗たん性についても,弾薬備蓄の充実,レーダーサイト等の防空能力の向上,航空基地の被害復旧資材の備蓄等を予定し,その向上に配慮しているところである。

(5) 警戒監視,指揮通信,後方支援,災害救援態勢についても,自動警戒管制組織(バッジシステム)の更新による多目標処理能力の向上,中央指揮所の運用開始による統合運用体制の改善,救難機の更新等により,その能力向上が図られる。

4 経費の概略等

56中業における主要整備内容のうち,正面装備の取得のために昭和58年度から昭和62年度までの間に必要とする経費の概略は,昭和57年度価格で4兆4千億円ないし4兆6千億円と見積もっている。

56中業においては,正面事業以外については,概略の方向を見定めることにとどめており,後方関係経費,人件糧食費については見積りの対象としていないので,56中業期間中の防衛関係経費の総額については,詳細な見積りを行っていない

他方,GNPは,経済の状況によって変化するものであり,したがって,期間中の防衛関係経費とGNPは双方とも相当の不確定要素を持った流動的なものである。

各年度の防衛力整備については,その時々における経済財政事情等を勘案し,国の他の諸施策との調和を図りつつ,「大綱」に定める防衛力の水準を着実に達成することとしているところである。

防衛庁としては,このような方針の下に策定した56中業を着実に実施することを基本としつつ,できる限りの効率化,合理化等により,極力財政負担の軽減に努めることとしている。

56中業の実施に伴う期間中の防衛関係経費とGNP1%相当額については,以上のような事情にあるが,政府としては,防衛関係経費に関する昭和51年11月5日の閣議決定(179頁参照)に沿うよう最大限努力することとしており,現在のところ,この閣議決定を変更する必要はないと考えている。(第5表 大綱「別表」分類による比較

 

(注) 装備等には,調達(発注)後取得するまで2年ないし5年の長期間を要するものがあり,ここにいう完成時勢力とは,茄中業対象期間の最終年度である昭和62年度までに調達(発注)を終了し,これらがすべて取得された時点での勢力をいう。

 

(注) 参考までに,防衛関係経費等について,防衛庁において,大まかに試算してみると期間中の防衛関係費総額は,昭和57年度価格で15兆6千億円ないし16兆4千億円となる。