第1部

世界の軍事情勢

第1章 世界の軍事構造

第1節 概観

1 第2次世界大戦の終了後,その戦後処理の問題をめぐって米ソ間の対立が顕在化し,世界は,次第に政治・経済体制及びイデオロギーを異にする米国及びソ連を中心とする東西両陣営の勢力対峙の時代に入った。ソ連は,この大戦終了後も,動員体制を解除せず軍事力の増強を続け,これを背景に東欧諸国等の周辺諸国に勢力浸透を図り,その結果,東欧には次々にソ連型の社会主義国家が誕生した。

米国は,このようなソ連の勢力拡張に対抗し,自由と民主主義の下における平和と安定を維持し繁栄を図るため,一方においてマーシャルプラン等の推進により西側諸国の復興を助けるとともに,北大西洋条約等,一連の安全保障条約を締結して,西側諸国による集団安全保障体制を構築し,対ソ抑止力の強化を図った。他方,ソ連もワルシャワ条約,中ソ友好同盟条約等を次々に締結した

このようにして,戦後間もなく,圧倒的な軍事力を有する米国及びソ連を中心とする東西両陣営が対峙するという,基本的な軍事構造が形成され,今日に至っている。

わが国を含め,西側諸国の多くは,ソ連と地理的に近接しているが,米国とは海洋によって隔絶されており,また,生存にとって不可欠な石油をはじめとする資源・エネルギーの多くを国外に依存している。

このような西側の戦略環境から,米国は,その本土のみならず,欧州からアジアに至るソ連周辺地域に兵力を配備し,大西洋,太平洋,インド洋等の主要な海域に空母を中心とする海軍力のプレゼンスを維持してきている。また,米国以外の西側諸国は,それぞれの国力国情に応じ,主として通常戦力の整備に努めるとともに,米国に対して基地の提供等を行い,米国との安全保障体制の下に安全を維持してきている。

このような西側諸国の結束によって,東西間においては,ベルリン封鎖(1948年),キューバ危機(1962年)等の幾多の危機があったが,西側の抑止力が有効に機能したこともあり,核戦争及びそれに至るような大規模な軍事衝突は回避されてきた。

2 この間,旧植民地が次々に独立を達成し,現在国連加盟国は157を数えるに至っているが,他方,世界の各地では,領土,民族,宗教等をめぐる武力紛争が絶え間なく発生してきている。最近の例でみると,イスラエルとアラブの対立を背景とするイスラエルのレバノン侵攻(1982年6月〜),イラン・イラク紛争(1979年9月〜),ベトナムのカンボジア軍事介入(1978年12月〜),中米諸国におけるゲリラ活動の活発化やフォークランド紛争(1982年4〜6月)等がある。とりわけ,中東,アフリカ,東南アジアは,西側諸国にとっても石油をはじめとする資源・エネルギーの供給地でもあり,西側諸国の生存と繁栄にとってその平和と安定は極めて重要である。これらの地域においては,米国をはじめとする西側諸国による経済発展と地域安定のための努力は行われているが,紛争を有効に抑止する枠組はいまだ構築されるに至っておらず,また,ソ連の勢力拡張の動きもあって,これらの地域の情勢は世界で最も不安定かつ流動的なものとなっている。

3 ソ連は,自国を防衛し,東欧圏を維持しつつ,勢力伸張を図ってきたが,特に,キューバ危機において軍事力,とりわけ核戦力及び海上戦力の劣勢によって後退を強いられた苦い経験を契機に,東西間の軍事力の均衡を東側に有利にすべく,大幅な軍事力の増強を開始した。このような努力は,SALT等の一連の軍備管理に関する諸条約やヘルシンキ宣言等によって,いわゆるデタントが最高潮に達し,また,ベトナム戦争やその影響等により,米国が国防努力に困難を感じていた1970年代の前半においても中断されることなく,今日に至るまで一貫して続けられてきており,その蓄積効果は近年顕著となってきている。

核戦力についてみると,巨大な弾頭威力を有する大陸間弾道ミサイル(ICBM)の多目標弾頭化(MIRV化)と命中精度の著しい向上によって,戦略核の分野においてはこのまま放置すれば米国に対し優位に立つすう勢にあるとみられ,また,中距離弾道ミサイル(IRBM)SS−20やTU−22Mバックファイア爆撃機の配備等によって,中距離核戦力の分野においては既に優位に立っているとみられる。

通常戦力の分野についてみると,欧州正面のみならず極東方面等においても強力な地上及び航空戦力を配備するとともに,太平洋・大西洋及びインド洋の広範な海域に大規模な海上戦力を展開させる等,グローバルな戦力を保持するに至っており,その結果,ソ連は,核戦力及び通常戦力の全般にわたり,米国と十分に対抗し得る戦力を獲得するに至っているものとみられる。

また,ソ連は,デタントにより東西関係が協調的に推移していた1970年代を通じ,軍事援助やキューバ兵の派遣等により中東やアフリカを中心に進出し,政治的影響力を伸張し,軍事施設等を獲得してきており,1979年には,政治的混乱に陥っていたアフガニスタンに直接軍事介入した。この介入は,ソ連が勢力拡張を図るためには,東欧圏以外の地域に対しても,軍事力を行使することにちゅうちょしないこと及びその能力を現実に有していることを証明するものである。(ソ連の主力戦車T−72

4 以上にみたようなソ連の動向は,西側諸国の抑止力の信頼性の維持及び資源・エネルギーに対する自由なアクセスの確保という観点から,西側諸国の平和と安定及び繁栄にとって重大な挑戦となりつつある。このような認識に立って,米国は,とりわけレーガン政権の成立以来,グローバルパワーとしての立場から,核戦力及び通常戦力の全般的な整備・近代化に着手しており,また,西側諸国は,それぞれの役割に応じて防衛力の強化に努めており,他方においてこれら西側諸国は,戦略兵器削減交渉(START),中距離核戦力(INF)交渉,中欧相互均衡兵力削減(MBFR)交渉等の軍備管理・軍縮交渉を促進し,東西間の軍事的均衡のより低い水準での安定を図ることとしている。

このような西側諸国による多面的な努力もあって,当面,東西間においては,核戦争及びそれに至るような大規模な軍事衝突は引き続き抑止されている。しかしながら,ソ連は,大規模な軍事力増強と,これを背景とする勢力拡張路線を緩和する徴候をみせておらず,また,中東,アフリカ,東南アジア等の情勢は依然として不安定かつ流動的であり,西側諸国は,外交,防衛,経済等,あらゆる側面から引き続き適切で速や

 かな対応を迫られている。

 

(注) 中ソ対立:中ソ間では,1950年代の末にソ連のスターリン批判,平和共存路線等をめぐって対立が表面化し,1969年の中ソ国境紛争を契機に両国は厳しい対立の時代を迎え,中ソ国境付近にそれぞれ大規模な兵力を配備するに至った。その後,1978年の米中国交樹立等を経て,1979年4月,中国は中ソ友好同盟条約の不延長をソ連に通告し,同条約は1980年4月をもって失効し現在に至っている。

第2節 ソ連の軍事力及び勢力拡張

 ソ連は,帝国主義が存在する限り戦争の危険は回避されないとの認識を有しており,その軍事力を自国防衛及び対外政策の不可欠な手段とみなし,一方では,平和攻勢により米国とその同盟国を分断し,他方では,西側の国防努力を妨げるとともに,近年では,国民総生産(GNP)の12〜14%程度を国防費に費やしてきているとみられ,慢性化する農業不振や労働力の不足,あるいは石油供給力の伸び悩み等,最近の構造的な経済困難にもかかわらず,依然として軍事力増強の努力を緩和する徴候をみせていない。

1 ソ連の軍事力

ソ連の軍事力は核戦力及び通常戦力の有機的な複合によって成り立っており,これを膨大な軍事産業,効率的な動員体制,徹底した軍事教育等が背後において支えている。以下,このまま放置すれば米国に対して優位に立つすう勢にある核戦力の動向及び欧州,中東,極東の幾つかの正面においてそれぞれに作戦し得る態勢を整え,主要な海域に大規模な海軍力のプレゼンスを維持するに至った通常戦力の現状についてみていくこととする。

(1) 核戦力

ア 戦略核戦力

ソ連の戦略核戦力は,米国と同様ICBM,潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)及び重爆撃機で構成されているが,過去20数年にわたり,ICBM及びSLBMを重点に開発配備されてきている。

1960年代以降は,量的な増強が中心であったが,近年ではICBMのMIRV化,命中精度の大幅な向上,SLBMの長射程化及びMIRV化等,顕著な質的向上を図ってきている。

ICBMについてみると,新型のSS−17,SS−18及びSS−19は,弾頭威力が大きい上,旧型のSS−11及びSS−13よりも著しく命中精度が向上し,また,弾頭がほとんどMIRV化されており,理論的には,SS−18のみによる先制攻撃によって米国のICBMの大部分を破壊し得るようになったとみられている。このほか,更に4種類の新型ICBMを開発中とみられる。

SLBMについてみると,バレンツ海やオホーツク海のような,ソ連本土に近い海域から直接米本土を攻撃し得るデルタ級弾道ミサイル搭載原子力潜水艦(SSBN)に搭載する長射程のSS−N−18を逐次配備し,増強しており,また,80年代中頃に就役するとみられる2万5千トンクラスのタイフーン級SSBNに搭載が予想される新型SLBM(SS−NX−20)の開発を進める等,質的向上を中心に増強を図っている。(装甲歩兵戦闘車(BMP−2)

イ 戦略核以外の核戦力(非戦略核戦力)

ソ連は,SS−20を1週間に1基以上の割合で配備し,バックファイアを月間約2.5機の割合で配備してきているとみられている。SS−20は,3個の弾頭にMIRV化されていること,射程が5,000kmに及ぶとみられること,命中精度が高いこと,移動式であること等,優れた性能を有しており,旧来のSS−4及びSS−5の改良型というよりむしろ画期的なIRBMであり,バックファイアは航続距離が長く,超音速飛行特に低空での高速飛行が可能であり,また,射程約200kmの空対艦ミサイルAS−6も搭載可能であること等,優れた性能を有している。このほか,ソ連は,地対地弾道ミサイルSS−21及びSS−22や水上戦闘艦艇・潜水艦搭載の新型対艦巡航ミサイルSS−NX−19を配備する等,非戦略核戦力の質量両面にわたる増強を図ってきている。

(2) 通常戦力

ア 地上戦力

ソ連は,10数か国と国境を接する大陸国家として,伝統的に大規模な地上軍を擁してきているが,現在では,自国の16の軍管区,東独,ポーランド,チェコスロバキア,ハンガリー,モンゴル及びアフガニスタンに,総計184個師団約185万人,戦車約5万5千両を配備している。

ソ連は,量的優勢,奇襲及び縦深突進(相手側の陣地を迅速に突破し,後方奥深く突進すること)を重視する伝統的な軍事ドクトリンの下に戦力を整備してきているとみられるが,近年では,量的な増強に加え,戦車,装甲歩兵戦闘車両,装甲人員輸送車両等による火力及び機動力,武装輸送へリ等による空中機動力及び対地攻撃力並びに地対空ミサイル等による戦場防空能力の向上等,質的な増強にも著しいものがある。また,空挺師団8個を有しており,遠隔地域への迅速な兵力投入能力の面で注目される。このほか,ソ連は,北大西洋条約機構(NATO)諸国では手薄となっている化学戦能力もこれまで一貫して重視してきており,有毒環境下での作戦遂行能力のみならず,化学兵器を使用する能力の維持強化を図っているとみられる

イ 航空戦力

ソ連の航空戦力は,空軍の遠距離航空部隊,前線航空部隊及び輸送航空部隊並びに防空軍の航空部隊及び海軍の航空部隊に大別され,作戦機の機数は約9,200機に達しているなど,大規模かつ多様であるが,最近その一部について作戦遂行能力の向上を目的とする改編が行われている。

作戦機約5,100機を有し,空軍の中で最も規模の大きい前線航空部隊は,地上軍部隊の戦闘支援を任務として大半の軍管区等に配備されているが,1970年代の初頭以降,MIG−23フロッガーB,MIG−27フロッガーD,SU−24フェンサー等航続距離,高速低空侵入能力,搭載能力及び電子戦能力に優れた近代的な戦闘機,戦闘爆撃機等が導入された結果,航空優勢獲得能力及び対地攻撃能力が著しく向上しているとみられる。また,その他の航空部隊においても,多種かつ大量の航空機の保有に加え,バックファイア等新型の航空機を導入している。

ウ 海上戦力

ソ連は,過去四半世紀にわたりー貫して海上戦力の増強を図ってきており,ソ連海軍は沿岸防衛型の海軍から外洋型の海軍へ急速に変貌しつつある。ソ連海軍は,北洋,バルト,黒海及び太平洋の4つの艦隊とカスピ小艦隊から構成され,その勢力は,艦艇約2,740隻(うち潜水艦約375隻)約585万トン,バックファイアを含む作戦機約755機,海軍歩兵5個連隊約1万2千人に達している。その任務は,平時にあっては主としてプレゼンスによる政治的軍事的影響力の行使,有事にあってはソ連にとって戦略的に重要な海域の確保,西側諸国の海上交通に対する妨害,地上軍部隊等に対する支援等であるとみられる。ソ連は,このような任務遂行能力を向上させるため,現在4隻目のキエフ級空母を建造中であり,1980年代末までには,米国の空母と同様の能力を持った本格的な原子力空母を就役させる可能性があり,また,排水量2万2千トンのキーロフ級原子力巡洋艦,ソブレメンヌイ級ミサイル巡洋艦及びウダロイ級ミサイル巡洋艦等の最新型の大型水上戦闘艦艇の建造を続けている。更に,潜水艦については,射程450km以上の巡航ミサイルを搭載するオスカー級ミサイル搭載原子力潜水艦(SSGN),40ノット以上の水中速力を出し世界で最も深く潜航し得るといわれるアルファ級攻撃型原子力潜水艦(SSN)等を建造している。航空機についても,新型対潜哨戒機TU−142ベアFを導入し,また,その搭載機器等,装備の近代化に努めている。(ウダロイ級ミサイル巡洋艦)(第1図 米ソ主要水上艦及び潜水艦保有数の推移)(アルファ級攻撃型原子力潜水艦

2 ソ連の勢力拡張

第1節において述べたように,中東,アフリカ,東南アジア等の地域においては,依然として武力紛争や内乱が続いている。ソ連は,このような不安定と混乱に乗じて,これらの地域に進出を試み,これまでの間,部分的には後退がみられたものの,一貫して政治的影響力の伸張と海外軍事施設等の獲得を図ってきた。その手段は多様であるが,友好条約の締結,武器輸出,軍事顧問団の派遣,第三国軍事要員の派遣,経済援助,海軍力のプレゼンス等が主たる手段となっている。

ソ連は,第三世界に対しては現在世界最大の武器輸出国となっており,過去25年間に50数か国の非共産圏諸国に総額500億ドルを超える軍事援助(そのうち80%以上が中東地域向け)を行ってきているともいわれている。また,最近では,約2万人のソ連軍事要員が20数か国に駐留しており,更に,1975年のアンゴラ内戦を契機にキューバの軍事要員の派遣が活発化し,現在では,約3万5千人を超えるキューバの軍事要員が中東及びアフリカを中心に駐留しているとみられる。

近年,ソ連は,空母,巡洋艦,駆逐艦,潜水艦等の戦闘艦艇の増強とともに,補給艦,給油艦等の補助艦艇や揚陸艦及びAN−12カブ,AN−22コック,IL−76キャンデット等の長距離輸送機等の増強,更には商船隊及び国営航空の拡充近代化によって,遠隔地介入能力を著しく向上させてきている。

中東,アフリカ,東南アジア等の情勢は引き続き不安定なまま推移する可能性が強いこともあり,ソ連は,以上に見たような進出手段の活用と遠隔地介入能力の向上を背景として,今後とも勢力の拡張を図って行くものとみられる

 

(注) 三つの戦略核戦力の特徴:ICBMは命中精度が高く即時対応が可能であり,SLBMは生き残り能力が高く,戦略爆撃機(重爆撃機)は反復使用が可能で大量の核弾頭を搭載可能であるという特徴がある。

(注) 北大西洋条約機構(NATO)の加盟国:ベルギー,カナダ,デンマーク,フランス(但し軍事機構には加盟していない),西独,ギリシャ,アイスランド,イタリア,ルクセンブルグ,オランダ,ノルウェー,ポルトガル,トルコ,英国,米国及び1982年6月加盟したスペインの16か国

(注) 米国が本年3月に発表した化学戦活動に関する調査報告書は,東南アジア等において,化学兵器が使用された形跡があるとしているが,引き続き国連によって調査活動が行われている。

第3節 米国及びNATO諸国の国防努力

1 米国の国防努力

(1) 米国は,グローバルパワーとしての立場から西側諸国を防衛し,世界の平和と安定に寄与する役割を担っている。このため,米国は,強力な軍事力を維持し,核兵器の使用がもたらす深刻な結果を相手に認識させること等により,侵略を未然に防止するとの抑止戦略を一貫してとっている。

1960年代後半から70年代半ばにかけて米国の国防費はベトナム戦費を除いて実質的に逓減してきた。このような中にあって,1975年のアンゴラ内戦において示されたような,ソ連の遠隔地介入能力の向上等及び長期にわたる軍事力増強の顕著な蓄積効果に対し,米国において危機感が生まれ,1976年以降,同国の国防費の逓減傾向はようやく食い止められた。特に,1979年末のソ連によるアフガニスタンへの軍事介入を契機として,米国は,米国自身の国防努力の一層の強化に乗り出すとともに,同盟諸国に対しても,西側諸国の一員として応分の努力をするよう期待している。昨年1月成立したレーガン政権は,困難な財政事情にもかかわらず,対ソ抑止力を維持するとの方針から,引き続き大幅に国防努力を強化していくことを明らかにしている。

レーガン政権の国防努力は,ソ連の軍事力の実態に即して,いかなる事態に対してもこれに対応し得る有効な態勢を整えるという戦略構想に基づいて,核戦力及び通常戦力の全般的な整備・近代化を行い,米国の対ソ抑止力の信頼性を維持・改善し,これを背景に,より低い水準における軍事的均衡を求めてソ連との間で実効的な軍備管理・軍縮を図ることを主眼としているとみられる。

ア 核戦力

レーガン政権は,戦略核戦力の分野で,包括的な近代化計画に着手している。

この計画では,いわゆるC3(指揮・統制・通信)能力の近代化,戦略爆撃機戦力の近代化(B−1B爆撃機の生産配備,B−52及びB−1B爆撃機への空中発射巡航ミサイルALCMの搭載等),海上戦力の近代化(トライデントSLBM搭載オハイオ級SSBN建造の継続,トライデントnSLBMの開発),ICBM戦力の近代化(MXミサイルの開発・配備)等を推進することとしている。

非戦略核戦力の分野においては,ソ連のSS−20の脅威に対抗し,西側の抑止態勢の間隙を埋めるため,NATO諸国の合意を得て,欧州の主要国に後述するようにパーシングn中距離ミサイルと地上発射巡航ミサイル(GLCM)を配備することとしているほか,トマホーク水上/水中発射巡航ミサイル(SLCM)の開発・配備,中性子弾頭の生産,航空機搭載核爆弾等の近代化を推進することとしている。(トライデント潜水艦発射弾道ミサイル)(B−1爆撃機及びALCM)(SLCMトマホーク

イ 通常戦力

世界各地において通常戦力による紛争が数多く生起している中にあって,レーガン政権は,ソ連の戦略核戦力の増強に対して抑止力を維持強化するという観点から,また,ソ連がグローバルに通常戦力を増強してきていることから,通常戦力の増強が以前にもまして重要になってきていると認識している。

このような認識に立って,レーガン政権は,1戦略に基づく戦力整備では現実的でないとして,幾つかの重要な正面で長期にわたって同時に対処し得る能力の整備,即応態勢及び機動力の強化が必要であるとしており,このため特に,海軍力の増強を重視し,15個空母機動部隊(現在12個),4個水上戦闘グループ(現在なし)を基幹とする600隻海軍の建造計画を推進するとともに,中東地域における紛争に対処するための緊急展開能力の向上を図るため,緊急展開統合任務部隊(RDJTF)構想を促進することとしている。

更に米国は,ソ連が化学兵器を使用すれば,米国も同じ方法で報復する能力が必要であるとし,ニクソン政権以来中止されていた化学兵器の生産を再開する計画を進めている。この計画の目的は,ソ連による化学兵器の使用を抑止するとともに,このような能力を背景に化学兵器の生産,保有を実効的かつ包括的に禁止するための条約を実現することとしている

(2) レーガン政権は,以上に述べたような国防努力を背景に,これまでのような軍備管理・軍縮交渉ではなく,ソ連との間でより低い水準での力の均衡がとれ,公平かつ検証可能な軍備管理・軍縮協定を求めていくこととしており,昨年11月,レーガン大統領は,中距離核戦力(INF)交渉におけるいわゆるゼロ・オプション提案戦略兵器の実質的な削減を目指す戦略兵器削減交渉(START)の開始,欧州における通常兵力のより低い水準での均衡を図る提案,奇襲攻撃の危険性等を減ずるための欧州軍縮会議開催の4項目からなる核戦力から通常戦力に至る軍備管理・軍縮提案を行っている。

すでに,昨年11月末から中距離核戦力(INF)交渉が,また,本年6月末からSTART交渉がそれぞれジュネーヴで開始されている。(米国の最新型M−1戦車

2 NATO諸国の国防努力

(1) NATOは,平時から,米国本土等配備の戦略核戦力及び欧州配備の非戦略核戦力及び通常戦力という三つの戦力によって,ワルシャワ条約機構(WPO)との間の紛争を抑止する戦略をとっている。

ソ連の一貫した軍事力増強の蓄積効果は,NATO正面においても顕著なものがあり,通常戦力において従来から東側が優位にあることに加え,特に近年におけるSS−20の配備によって,NATOの抑止力の信頼性に深刻な影響を与えるに至っている。

(2) NATOは,1978年5月の首脳会議において,1990年代前半までのNATOの防衛力全般にわたる強化とそのための加盟国の協同を目的とした長期防衛計画(LTDP)を決定するとともに,防衛費を年実質3%増加させることに合意した

現在,NATO諸国は,この決定及び合意に沿って,通常戦力の分野において,当面,武器・弾薬の備蓄水準の向上,装備の改善,化学戦対策の促進,予備兵力の強化,民間輸送機の動員態勢の整備,電子戦能力の向上を重点として整備を図っていくこととしている。NATOはまた,ソ連のSS−20の配備等に対抗するために,1979年12月のいわゆる二重決定に従って,米ソ間軍備管理交渉を進める一方,1983年末以降,108基のパーシングを西独へ配備し,464基のGLCMを西独,英国,イタリア,オランダ,ベルギーに配備する計画を推進することとしている。

最近,西欧を中心に核をめぐる国際的論議が高まっているが,SS−20ミサイルが極東に配備されていることもあって,米ソ交渉の動向について注目していく必要がある。

 

(注) 1戦略:1戦略は,一つの大規模紛争と一つの小規模紛争に同時に対処し得る通常戦力を整備するという戦力整備の基準

1戦略は,対処すべき紛争として,1980年度米国防報告もあるとおり,ソ連の戦力が集中しているNATO正面での紛争を最大規模の「1」の紛争と想定していた。アジアについては,中ソ対立,米中関係の変化等もあって,欧州と同時に「1」の紛争が発生する可能性は1960年代に比し,より少なくなってきたとし,たとえ朝鮮半島で紛争が発生したとしても,他の大国が北朝鮮を支援して介入しない限り,十分な対処能力を持っているとしていた。また「」の紛争については,中東地域が欧州での大規模紛争に先立って,あるいは同時に最も起りやすい地域とされていた。

このように1戦略は,戦力整備に当たって対処すべき紛争を想定してはいたものの,「1」あるいは「」が特定の地域を指すとか,特定地域に対するコミットメントの優先度を指すという概念ではなかった。

(注) 緊急展開統合任務部隊(RDJTF:RDJTFは,中東の緊急事態に対処するため,平時からRDJTF司令官の作戦指揮下にある兵力及び事態の様相に応じて,利用できる各軍兵力の一部をもって編成される。

RDJTF司令部は,フロリダ州マクディル空軍基地に置かれ,昨年10月以降統合参謀本部の直接指揮下に編入され,1983年1月には統合軍として整備される予定である。

(注) ゼロ・オプション提案:中距離核戦力(INF)交渉に向けて,レーガン大統領が昨年11月行った提案であり,ソ連がすでに配備しているSS−4,SS−5,SS−20の中距離核ミサイルを撤廃するならば,米国はパーシングとGLCMの欧州への配備計画を取りやめるというものである。

米国は,対象地域を欧州に限らず,アジアも含めたグローバルな規制を主張している。

(注) ワルシャワ条約機構(WPO)の加盟国:ブルガリア,ハンガリー,東独,ポーランド,ルーマニア,ソ連,チェコスロバキアの7か国

(注) NATO諸国の防衛費:主要なNATO諸国のNATO定義による最近の防衛費の対前年度実質伸び率は以下のとおりである。(資料源はミリタリー・バランス1981〜82,80年の数値は暫定値)

第2章 アジア及びその周辺の軍事情勢

 アジア及びその周辺においては,政治,経済,民族,文化等を異にする大小様々な国家が存在し,第2次世界大戦以降現在に至るまで,武力紛争が続発するなど,この地域の情勢は不安定かつ流動的な様相を呈している。特にこれら地域においては,欧州にみられるような集団安全保障体制間の軍事的対峙という明確な枠組がみられず,また,アジアにおいては,中ソ対立,中越対立等,共産主義諸国間の対立が顕在化しているのもーつの特徴である。

 わが国が位置するアジア及びその周辺は,わが国の生存に不可欠な資源・エネルギーの主要な供給地でもあり,また,アジアにおいては米中ソの三軍事大国が複雑な抗争と協調を織りなしており,これらの地域はわが国の総合安全保障上極めて重要な地域となっている。以下,中東・インド洋,東南アジア,次いでわが国周辺という順序でこれら各地の軍事情勢について述べる。

第1節 中東及びインド洋を中心とする地域の軍事情勢

 中東及びインド洋を中心とする地域の諸国の多くは,第2次世界大戦後に独立したものであるが,領土,民族,宗教等の各種の要因が絡んで,これら諸国の間には数多くの武力紛争,内紛等が繰り返されてきており,1979年以降をみても,イラン革命に始まり,ソ連のアフガニスタンへの軍事介入,イラン・イラク紛争,イスラエルのレバノン侵攻等にみられるように,この地域は最も不安定な地域となっている。

1 この地域の特性

中東・インド洋地域は,地理的にはアジア・欧州・アフリカ三大陸の結節点に位置し,ユーラシア大陸からアフリカヘ進出する入口となっているほか,石油輸送ルートを始め,西側諸国にとって重要な幾つかの海上交通路や戦略的に重要な多くの海峡が存在するため,世界的にも極めて重要な戦略上の要衝となっている。

しかも,この地域は,ソ連領には近接しているが,米国本土から遠く離れていることもあって,米国がこの地域におけるソ連等の動きに迅速に対応することには,現状において困難を伴うとみられる。また,エネルギーの供給面からみると,中東地域は,世界の原油埋蔵量及び石油輸出量の6割弱を占める大産油地帯であり,わが国を始めとする西側諸国の多くは,石油供給の大部分をこの地域に依存している。このため,この地域の平和と安定の維持及びこの地域からの海上交通路の安全の確保は,わが国を始めとする西側諸国にとって極めて重要となっている。

2 この地域の紛争の情勢

中東を中心とする地域は,民族・宗教の分布が錯綜しているほか,旧植民地時代の分割ラインをそのまま継承した国境線も多い。このようなこともあって,この地域の諸国においては,国内的には,民族問題,宗教・宗派間の対立,近代化と伝統の相こく等の不安定要因を抱えており,地域諸国間の関係においても,アラブ・イスラエル間の対立,イラン・イラク紛争及びアラブ諸国の利害の対立等,様々な対立要因が複雑に絡み合っている。

アラブとイスラエルの対立についてみると,1978年9月のキャンプデービッド合意によって,エジプト,イスラエル関係が改善され,本年4月にはイスラエルによるシナイ半島の全面返還が実現するなど積極的な動きがみられたものの,他面パレスチナ自治交渉は行き詰りの状況にあり,また,最近のイスラエルによるレバノン侵攻等にもみられるように,依然として情勢は混迷の状態を続けている。

湾岸地域の情勢についてみると,イランが本年5月,イラクによる占領地の大部分を回復し,更に7月,イラク領内への侵攻を行ったことにより,イラン・イラク紛争は新たな局面を迎えた。今後のイラン・イラク紛争の動向及びこれをめぐるサウジアラビア等の湾岸諸国の動きもあり,この地域の情勢は依然として流動的である。(第2図 インド洋周辺地域における米・ソ・英・仏の寄港地

3 ソ連の動向

ソ連は,伝統的に中東を中心とする地域を重視してきている。この間ソマリアやエジプトとの関係にみられるように部分的な後退もあったが,全般的には,この地域の不安定に乗じて勢力の浸透を図っており,アフガニスタンへの軍事介入のほか,シリア,リビア,イラク,南イエメン,エチオピア,アンゴラ及びモザンビーク等に武器輸出,軍事顧問団の派遣,第三国の軍隊の派遣等を行うことによって,政治的影響力の伸張を図るとともに,軍事施設等を獲得してきている。

ソ連は,現在,アフガニスタンに約10万人に及ぶとみられる兵力を投入し,反ソ・反政府勢力の制圧作戦を行っているが,これら勢力の抵抗も強く,依然十分な成果はあげていないとみられている。

また,ソ連は,軍事援助等を通じてインドとの友好協力関係を維持してきているほか,イランやパキスタンに対しても勢力の伸張を図っているものとみられる。

ソ連がこの地域で使用している主な港湾・停泊地は,第2図のとおりであるが,これらはペルシャ湾からインド洋を経て日本,欧州,米国に達する石油輸送ルートを扼する要点に位置している。

ソ連海軍は,インド洋において,このような港湾,停泊地を利用してアフガニスタン軍事介入以前は20隻程度の艦艇のプレゼンスを維持していたが,介入後は艦艇数を30隻程度に増加させていた。現在においても,20〜30隻程度常続的に配備させている。(上陸演習中のソ連軍

4 米国の対応

米国は,この地域を欧州及び北東アジアとともに,米国の国益と安全保障にかかわる重要地域とみており,特に,ソ連のアフガニスタン軍事介入以降は,ソ連のこの地域への進出を阻止する姿勢を一段と強めてきている。

米国は,キャンプデービッド合意に基づく中東和平の推進と,アラブ穏健派諸国との関係強化等によって,この地域の安定を図るとともに,地域不安定に乗ずるソ連の進出を阻止するための努力を続けている。なかんずく,米国は,この地域において紛争が発生した場合に迅速に対処するため,インド洋地域に空母機動部隊を主体とする海軍力のプレゼンスを維持しているほか,海・空輸送能力の強化,資材の事前備蓄,RDJTFの整備,ケニア,ソマリア,オーマン,モロッコ等との間の緊急時の通過及び施設利用のための取極の締結,域内親米諸国との合同軍事演習の実施等によって,有事におけるこの地域での作戦遂行能力の強化を図っている。

第2節 東南アジアを中心とする地域の軍事情勢

1 東南アジア

東南アジアは,わが国への資源輸送上,重要なマラッカ海峡及びインドネシア,フィリピン群島水域等を含み,太平洋とインド洋を結ぶ戦略上の要衝を占めている。この地域においては,ベトナムによるカンボジアへの軍事的進出もあって,情勢は依然不安定である。

このような情勢の下にASEAN諸国は,民族,歴史的背景を互いに異にしながらも,次第に地域的協力関係を強めている。

(1) 中越国境においては,1979年2〜3月の軍事衝突以来,中国軍10数個師団基幹約30万人,ベトナム軍約20個師団基幹約25万人,両軍合わせて50万人以上の兵力が対峙している。当面両国間では大規模な軍事衝突が生起する可能性は少ないとみられるものの,昨年5〜6月には連隊規模の戦闘が発生し,その後も小規模ではあるが,武力衝突が続いており,緊張は去っていない。

(2) カンボジア情勢をみると,ベトナムは1978年12月の軍事介入以来,約20個師団約20万人の兵力をカンボジアに駐留させている。一方,反ベトナム勢力は,主としてゲリラ戦により対抗しており,また,本年7月に民主カンボジア,ソンサン派,シアヌーク派の反ベトナム3派は連合政府を樹立した。

(3) ソ連は,1978年にベトナムとソ越友好協力条約を締結し,1979年の中越紛争を契機に,ベトナムに対する軍事・経済援助を活発化してその政治的影響力の伸長を図るとともに,ダナン,カムラン湾等の海・空軍施設を常時使用するに至った。現在,ベトナム常駐の航空機が南シナ海において哨戒活動を行っているが,このようにこれらのベトナムの施設の利用は,ソ連の艦艇及び航空機のこの地域等におけるプレゼンスの維持や行動の柔軟性に寄与するものとなっている。(第3図 インドシナにおける軍事態勢

2 オセアニア

オセアニア地域のうち,わが国が多くの資源を依存しているオーストラリアとニュージーランドは,共に先進民主主義国としてこの地域の安全保障上重要な役割を担っており,これまでオースラリアはマレーシア及びシンガポールに,ニュージーランドはシンガポールにそれぞれ部隊を駐留させるなどの努力を行っている。更に,オーストラリアは,自国の艦艇及び哨戒機をインド洋に派遣しているほか,インド洋の監視飛行を行う米国のB−52の自国基地立ち寄りを認めている。

第3節 わが国周辺の軍事情勢

 わが国周辺地域は,大陸部,半島,島嶼,海峡等,様々な地形が交錯しており,この中にあって,わが国は,西側諸国中,米国に次ぐ経済力を有する安定勢力であるとともに,地理的に大陸から海洋への進出経路に当たる戦略的に重要な位置を占めている。

 この地域においては,中ソ対立及びこれをにらんだ米中間の接近にみられるように,米中ソ三国の政治的,軍事的利害関係が錯綜し,朝鮮半島においては大規模な軍事的対峙がみられる。

 米国は,ベトナム戦争終了後,わが国周辺を含む西大平洋地域における兵力配備を大幅に削減した。その後米軍兵力は,質的増強が図られているものの,量的には横ばい状態を続けてきており,また,ソ連のアフガニスタンへの軍事介入等を契機に,空母機動部隊のインド洋方面への展開を余儀なくされていることもあって,西太平洋地域における米軍兵力は相対的に低下している。

 このような中で,ソ連が,わが国固有の領土である北方領土ヘ師団規模にあると推定される地上部隊を配備した事実に象徴されるように,極東方面において質量両面にわたる一貫した軍事力の増強を行っていることは,わが国の安全保障にとって潜在的脅威の増大であるとみられる。

 以上のように,わが国周辺の情勢には厳しいものがあるが,わが国が安定的な先進民主主義国として自らの安全を確保するため,適切な規模の防衛力を保持しつつ,日米安全保障体制の信頼性を維持向上させることは,

 わが国の安全のみならず,この地域の平和と安定にも寄与するものである。

1 ソ連の軍事態勢等

(1) 極東ソ連軍

1969年の中ソ国境紛争や1972年の米中接近もあって,ソ連は,太平洋・極東方面において戦力の質量両面にわたる顕著な改善強化を図ってきた。

近年,ソ連軍が,この地域の数個の軍管区等を統轄する戦域司令部を設置したとみられていることは,ソ連が即応能力を高め,極東所在の兵力を統一的に運用することによって,この方面において独立作戦を行い得る態勢を整備しつつあることを示すものともみられる。

地上兵力については,ソ連の全師団184個約185万人の程度に当たる51個師団約46万人を主として中ソ国境付近に配備し,そのうち極東(おおむねバイカル湖付近以東)地域には39個師団約36万人が配備されている。

地上軍部隊は,装甲歩兵戦闘車,地対空ミサイル,多連装ロケット等を増強して質的にも強化されてきている。装備の近代化に当たっては,従来は欧州正面の部隊に新兵器を装備してから極東に配備するまでかなりの遅れがあったが,最近では数年後,早いものでは1年以内に装備されるものもあるとみられる。

航空兵力は,ソ連の全作戦機約9,200機の程度に当たる約2,120機が極東に展開しており,その内訳は爆撃機約420機,戦闘機約1,550機及び哨戒機約150機である。

極東ソ連の航空部隊の戦闘機及び戦闘爆撃機の半数以上は高性能の第三世代航空機であり,引き続き近代化が進められている。また,バックファイアが沿岸地方の海軍航空部隊と内陸部とに合わせて数十機配備されている。

バックファイアの極東配備によって,極東ソ連軍は従来よりも格段優れた対地・対艦攻撃能力を獲得した。これは,わが国の防空及びわが国周辺の海上交通保護等に影響を及ばすものである。

海上兵力については,ソ連の全艦艇約2,740隻約585万トンのうち,程度の勢力を保有するソ連海軍最大の太平洋艦隊が展開している。同艦隊には約135隻の潜水艦(うち原子力潜水艦約65隻)を始め,キエフ級空母「ミンスク」,カラ級ミサイル巡洋艦,クリバック級ミサイル駆逐艦等の大型新鋭艦艇が逐年増強配備されている。このようなことから,ソ連太平洋艦隊は,外洋艦隊として着実に成長しているとみられる。

戦略核戦力については,ソ連の全戦略ミサイルの約30%にあたるICBMやSLBM等が配備されていると推定される。これらの戦略核戦力は,SS−17,SS−N−18等,高性能のミサイルに逐次近代化されているとみられる。

戦域核戦力としては,SS−20やバックファイアがそれぞれソ連全体の程度配備されている。SS−20は,極東ソ連のほとんどの地点から日本全土をその射程に収め得るとみられている。また,このほか,地上軍部隊は,フロッグやSS−1スカッド等の核・非核両用の各種戦術ミサイルを装備している。(バックファイア爆撃機)(津軽半島西方海域で実弾射撃訓練中のクリバック級ミサイル駆逐艦

(2) 北方領土におけるソ連軍

ソ連は,1978年以来,同国が不法占拠しているわが国固有の領土である北方領土のうち,国後・択捉両島及び色丹島に地上軍部隊を再配備しており,現在のところその規模は師団規模にあると推定される。これらの地域にはソ連の師団が通常保有する戦車,装甲車,各種火砲及び対空ミサイル等のほか,ソ連の師団が通常保有しない長射程の130mm加農砲,対地攻撃用武装へリコプターMI−24ハインドが配備され,また,北方領土所在部隊の各種訓練も活発に行われている。なお,従来配備されていたMIG−17フレスコ戦闘機は,昨年北方領土から撒去されたが,近い将来新鋭の戦闘機が配備されることも予想される。

ソ連が北方領土に地上軍部隊を配備した目的は明らかではないが,ソ連の世界戦略の観点から,北方領土及び千島列島,あるいはオホーツク海等の地域的重要性を考慮したこと,近年の極東ソ連における兵力増強・近代化の一環等とも考えられる。このほか重要な政治的ねらいとして,北方領土の不法占拠という既成事実を日本に押しつけるといったこと等があるとみられる。

わが国は,北方領土からのソ連軍の撤退を求めるとともに,領土問題を解決して平和条約を締結するとの一貫した態度を堅持し,ソ連に交渉を促している。(AS−6(ASM)を搭載したソ連中型爆撃機TU−16バジャー

(3) わが国周辺におけるソ連軍艦艇及び航空機の行動

極東ソ連軍の増強に伴って,艦艇及び航空機の外洋進出や,わが国周辺における活動も第4図に示すように活発となっている。

ソ連太平洋艦隊は,現在ソ連近海のほか,インド洋に20〜30隻程度,南シナ海に10隻以上の艦艇のプレゼンスを同時に維持している。(第4図 わが国周辺におけるソ連艦艇・軍用機の行動概要

2 米国の軍事態勢

米国は,従来から伝統的に北東アジアに対して深い関心を抱いている。米国としては,この地域が特定の勢力に支配されることになれば,北東アジアにおける米国の利益が損われるのみならず,フィリピン,グアム等の太平洋における米国と伝統的なきずなを持つ地域が侵食され,やがて米国自身の安全保障にも重大な影響を及ぼすおそれがあるので,これを防止するとの考え方を持っている。

米国は,ハワイに司令部を置く太平洋軍隷下の部隊の海・空軍力を主体とする戦力の一部を西太平洋及びインド洋に前方展開させ,アジア地域の同盟各国との間の安全保障取極の下に,この地域における紛争を抑止し,米国及び同盟諸国の利益を守る政策をとるとともに,必要に応じ所要の戦力をハワイ及び米本土から増援する方針をとってきている。

西太平洋地域における米軍の展開状況は次のとおりである。

 陸軍は,韓国に第2歩兵師団,第19支援コマンド等約2万9千人,日本に第9軍団司令部要員等約2,400人等,この地域に合計約3万2千人を配備しており,装備面では,第2歩兵師団の火力の強化及び新型攻撃ヘリコプター(AH−1S)の導入による対地攻撃能力の強化等を図っている。

海軍は,日本,フィリピン及びグアムを主要拠点として空母3隻を含む艦艇約60隻約65万トン,作戦機約280機,兵員約4万7千人を擁している。

海兵隊は,日本に第3海兵師団及びF−4,A−6,A−7を装備する第1海兵航空団を配備し,洋上兵力やフィリピン駐留兵力を含め,合計約2万8千人,作戦機約60機を展開している。

第7艦隊は,西太平洋からインド洋における平時のプレゼンスの維持,有事におけるシーコントロールの確保,沿岸地域に対する航空攻撃及び強襲上陸等を任務とし,常時即応態勢を維持している。また,東太平洋に展開している第3艦隊は,第7艦隊への支援態勢を保持している。

空軍は,第5空軍が日本にF−15を装備する第18戦術戦闘航空団,韓国にF−4,F−16を装備する2個航空団を,第13空軍が,フィリピンにF−4を装備する1個航空団をそれぞれ配備している。また,戦略空軍がグアムにB−52,KC−135を装備する1個航空団を,日本にKC−135,RC−135を装備する第376戦略航空団を置き,戦略任務の遂行に当たっている。これらを合わせて,空軍は,作戦機約280機,兵員約3万6千人を保有している。このほか,韓国に新たにA−10サンダーボルトの配備が開始されている。

なお,米国は,この方面における抑止力の信頼性の強化を図るため,トマホーク巡航ミサイル搭載艦を太平洋艦隊に配備する計画を有していることを明らかにしている。(米空母「ミッドウェー」)(第5図 西太平洋・インド洋地域における米軍配備の概要

3 中国の軍事態勢等

中国は,ソ連を当面の最大の軍事的脅威と認識しており,圧倒的な火力及び機動力を有するソ連軍に対抗するため,国防の近代化を進めており,当面,保有する兵力の効果的な活用を重視し,兵員の質の向上,訓練方法の斉一化及び各軍種・兵種間の協同訓練の強化を図っている。

(1) 中国の軍事力

中国の軍事力は,陸軍(野戦軍及び地方軍),空軍及び海軍により構成される人民解放軍と,1億人以上と伝えられる各種民兵からなっている。

陸軍は,総兵力約390万人,野戦軍132個師団(装甲師団11,歩兵師団118,空挺師団3),地方軍85個師団,戦車約1万2千両等を保有している。空軍は,作戦機約5,300機を保有し,海軍は,潜水艦約95隻,駆逐艦・護衛艦約40隻を主力に約2,010隻約61万3千トン,作戦機約800機を保有している。核戦力としては,ICBM若干数,IRBM及びMRBMl15〜135基及び中距離爆撃機約90機を保有している。(第6図 中ソ国境兵力配備

(2) 中ソ国境及び中越国境における配備状況

中国軍の重要正面は,第1に中ソ国境,次いで中越国境とみられる。

中ソ国境付近には,ソ連軍51個師団約46万人が配備されており,中国はこれに対抗して,野戦軍132個師団のうち半数に当たる66個師団及び地方軍41個師団等兵員約150万人以上を配備している。このように,兵員数では中国軍がソ連軍に対して3倍強の勢力ではあるが,火力,機動力,対航空戦力等においてソ連軍が優勢であり,全般的にみればソ連軍が優位に立っている。このため,中国軍は,主として膨大な兵員によって広大な地域を利用して戦うとの「人民戦争」に引き続き依拠しており,また,部隊の主力は国境付近から後方の地域に配備されている。

 (中越国境については第2章第2節参照)

4 朝鮮半島の軍事情勢

朝鮮半島とわが国は,地理的にも歴史的にも密接不離の関係にあり,朝鮮半島の平和と安定の維持は,わが国を含む東アジア全域の平和と安定にとって重要である。

現在約120万人を越える正規軍が,幅4km,長さ約250kmの非武装地帯(DMZ)をはさんで対峙しており,この地域は,緊張の厳しい地域の一つとなっている。

韓国の国防努力に加え,米国の対韓防衛公約が大きく貢献していることもあって,この地域で大規模な武力紛争が生起する可能性は当面大きくないとみられるものの,1970年代以降の北朝鮮による大幅な軍事力増強等により,情勢には依然として予断を許さないものがある。(第7図 朝鮮半島の軍事力の対峙

(1) 北朝鮮の軍事力

北朝鮮は,1962年以来,「全人民の武装化」,「全国土の要塞化」,「全軍の幹部化」及び「全軍の近代化」という四大軍事路線に基づいて軍事力を増強してきた。特に,1970年代以降における軍事力の増強には著しいものがあり,既に,北朝鮮は,中ソの支援を受けることなく一定期間戦争を遂行し得る能力を保持するに至っているとみられるが,極めて厳しい経済事情にもかかわらず,なお引き続きGNPの15〜20%を投入して,軍事力の増強を図っているといわれている。

地上軍は,1970年代後半以降顕著に増強され,1981年の兵力は,約70万人と1975年の兵力の約1.7倍となっている。また,戦車,装甲車,自走火砲等の機動力及び火力の面で韓国に対し優位に立っており,その主力はDMZ沿いに配備されている。特に最近は,機動力及び火力の増強に加え,渡河能力の向上を図っているとみられる。更に,北朝鮮は「正規戦と非正規戦の配合」をスローガンに特殊部隊の増強を重視している。

海軍は,総トン数及び駆逐艦等の隻数において韓国に劣り,また,運用海域が東海,西海の2つに分離されていることもあり,運用の柔軟性に欠ける面があるものの,上陸用艦艇及び潜水艦を多数保有しており,また,高速艇,哨戒艇等の小型艦艇の増強により,沿岸における作戦行動に適した能力を有している。

空軍は,韓国に比べ約2倍の作戦機を保有しているが,概して旧型のものが多い。このほか,多数の輸送機を保有しており,この中には,旧型ではあるが低空からの侵入に適したAN−2コルトのような輸送機も含まれている。

(2) 韓国の軍事力

韓国は,全人口の22%余の約850万人が集中する首都ソウルがDMZから約40〜60kmの至近距離にあり,また,長い海岸線と無数の島嶼群を有しているという軍事的な弱点もあって,北朝鮮の軍事力増強を深刻な脅威と受けとめ,並々ならぬ努力を払ってきている。このような努力の一環として,韓国は,第1次戦力増強5か年計画(1976年から開始し

1年延長して1981年までに引き続き,本年から第2次戦力増強5か年計画を開始した。

現在陸軍は,3個軍に編成された21個師団を主力としているが,その多くはDMZからソウルの間に数線にわたって配置され,ソウル防衛に当たっている。

海軍は,海兵隊1個師団及び2個旅団を含み,装備は駆逐艦を主体としているが,今後は高速ミサイル艇の増強等も図られるとみられる。

空軍は,F−4,F−5を主力とする約380機の作戦機を保有しているが,今後米国からF−16の供与を受けることになっている。

これら韓国軍の多くの部隊は,米韓連合軍司令官統裁の下に毎年米韓合同演習「チームスピリット」を実施して,共同防衛能力の向上を図っている。

3 在韓米軍

米国は,現在,約3万9千人の米軍を韓国に配備している。在韓米軍は,朝鮮半島の軍事的均衡を維持し,武力衝突を抑止する上で大きな役割を果たしている。

米国は,本年3月に開催された第14回米韓安保協議委員会において,北朝鮮の継続的な軍事力増強と攻撃的態勢は,韓国と北東アジアの平和と安定にとって,重大な脅威となっているとして,韓国に対するコミットメントの維持,在韓米軍の強化等を確認している。

在韓米軍は,最近の第2歩兵師団の火力,機動力等の向上,F−16及びA−10の配備等にみられるように強化が図られているが,このような在韓米軍の存在と米国の確固たる韓国防衛意志は,朝鮮半島の平和と安定,ひいては北東アジアの平和と安定に寄与するものである。(A−10 攻撃機)(第8図 わが国周辺における兵力配備状況(概数))(VDS(可変深度ソーナー)をえい航して積丹半島沖を航行するカラ級ミサイル巡洋艦

 

(注) 野戦軍:特定の軍区にかかわらず,戦略的に展開し,作戦を行うことを任務とする部隊

地方軍:一定の地区内(省軍区等)における警備等を主任務とし,野戦軍及び民兵と協同して作戦を行うことを任務とする部隊

(注) 軍の人員削減:中国軍は,幹部の定年制が確立していないこともあって,逐年,兵員数が増加している。兵員数の増加は,財政を圧迫するほか,軍近代化を進める上で障害になっているとみられる。

このため,現在,高齢幹部の退職促進や兵員の削減が行われており,それによって財政負担の軽減,部隊の精鋭化,新型武器装備の研究開発等を行おうとしているものとみられる。