第3部

わが国防衛の現状と課題

わが国は,これまで,第2部で述べたとおり,第2次世界大戦の敗戦という大きな代償を支払い,紆余曲折を経ながらも着実な防衛努力を推進してきた。すなわち,民主主義を基調とするわが国の防衛は,「国際連合の活動を支持し,国際間の協調をはかり」,「民生を安定し,愛国心を高揚し」,「国力国情に応じ,自衛のため必要な限度において,効率的な防衛力を漸進的に整備する」及び「米国との安全保障体制を基調とする」ことによって全うされるという「国防の基本方針」に示された考え方に基づき,国民の理解と支持と協力を求め,鋭意努力してきた。そして戦後35年間,幸いにもわが国は激動する世界の中で,平和と独立を維持することができた。

そこで,第3部においては,わが国の防衛を「国民と防衛」,「自衛隊」及び「日米防衛協力」の3つに論点をしぼり,その現状を分析するとともに,今後の課題等について述べることとする。

第1章 国民と防衛

一般に,国の防衛は,国民がその連帯感を基礎として,国を守ることの意義を十分認識することが大きな要素である。

わが国の防衛は,決して自衛隊と日米安全保障体制だけで全うできるものではなく,真にわが国を守ろうとする国民の強い意志と努力がまず重視されなければならない。すなわち,わが国民の防衛意識こそ,防衛の根幹であり,更に,この防衛意識の上に支えられてこそ自衛隊が真に国を守る力となり,かつ,日米安全保障体制も有効に機能する。

そこで,本章においては,国を守ることにおいて,国民が果たす役割の重要性を述べるとともに,現状を分析し,今後わが国において,なすべき努力について述べることとする。

第1節 国を守る心

一般に,国の防衛とは,武力によって国を守る軍事防衛を基本とし,それに非軍事的防衛を加えた総合的なものであるとして理解されている。ここで非軍事的防衛とは一つには国民が防衛の必要性を強く認識することであり,また一つには平時から,政府や地方公共団体等が,防衛関連諸施策について配意するとともに国民の生命と安全を守るため,避難所の建設,警報制度の組織化等を行うことであり,これら非軍事面の要素は,国の防衛においては不可欠なものであるとされている。

したがって,いかなる外国の恫喝にも屈することなく,わが国の平和と独立を維持するためには,自衛隊の防衛努力は勿論のことであるが,国民の防衛に対する深い理解と支持,またそれを基盤とした国民一人一人の,自らの国は自らの手で守るという気概と,その発露としての,共に国の防衛に参加・協力するという意志,更には,自らを自らの手で守るための行動が有機的に統合されることが必要である。

しかし,国民の国を守る気概という言葉について,わが国においては,偏狭で,排他的な愛国心を意味するものとし「タブー」視する見方や,今や世界は狭い国家の枠を超えた世界市民としての自覚を要請される時代であり,この言葉はもはや「古くさい」とする見方があることも事実である。

国家については,既に第2部第1章で述べたところであるが,我々はさながら空気や水の有難さを実感しないように,ややもすると国家の存在を忘れ易い。国民がなければ国家は存在しないが,また反面,国家が失われれば個々の国民の自由も安全も保障されなくなるということも冷静に認識しなければならないであろう。

日本国民が現在のような生活を送るには,平和で安定した国際社会が維持され,自由貿易体制が堅持されるなど種々の要件が不可欠であり,国家の存在はこうした要件の前提となる大切なものであって,我々は侵略に屈服することはできない。我々国民は,不正な侵略から自由や平和な生活,経済的繁栄あるいは美しい国土を守るため,最善の努力を尽さなければならない。これは国民一人一人の務めであり,また祖先に対し子孫に対する務めでもあろう。その務めを果たそうとする自覚が防衛の意欲であり,国を思う心であり,愛国心の発露である。愛国心は郷土への愛着であり,我々の生活共同体が平和のうちに発展することを願う人間自然の情であり,誰しもが持っている心情である。大切なことは,それをどういうときに,どのように発揮するかである。真の愛国心は,単に平和を愛し,国を愛するということだけではない。国家の危急に際し,力を合わせて国を守るという熱意となって現れるものである。(“次はライフ・ジャケット”

第2節 国民と防衛問題

国の防衛は,国民の大多数の理解と支持を得なければ,その効果を上げることは不可能であり,国民の防衛に対する深い理解と強力な支持を基盤とし,国民一人一人の国を守るという共通の意志が働き,防衛への積極的協力があって初めて全うされる。

それではわが国の現状はどうであろうか。以下本節においては国民の防衛に対する理解と支持及び防衛への協力の現状について,「国民の防衛意識」,「国民と自衛隊」及び「民間防衛」についてみることとする。

1 国民の防衛意識

(1) 防衛問題への関心度

わが国では,第2次世界大戦の苦い経験や,その後引き続き平和を享受していることなどから,防衛問題に対して感覚的に拒絶したり,あるいは無関心な風潮があることも否めない。しかしながら,最近では,経済的に世界の国々と一層深い関係を持つようになり,また国際情勢の動きなどから,防衛問題を現実に即してとらえようとする傾向が強くなってきていることも事実である。最近の世論調査によれば,従来防衛問題にあまり関心を示さなかった女性及び20歳代の男女に特に変化がみられ,性別,年齢別及び職業別を問わず,防衛問題に対する関心度は高まりをみせている(資料17−1参照)。

(2) 日本人としての誇り

わが国の防衛において,日本人が日本人としての意識を持つこと,すなわち国民意識を持つことが大切なことであるが,わが国においては,単一民族国家であることなどから,他国に比較し,それほど大きな問題として取り上げられたことはない。

最近「日本国民(米国市民)として誇りに思うか」との日米同時調査が実施されているが,それによれば「誇りに思う」とする者の割合は両国とも90%前後となっている反面,「誇りに思わない」とする者の割合は日米間に若干の比率の違いがみられている(資料17−1参照)。

(3) 国を愛する心

これについては,昭和55年12月総理府が行った「社会意識に関する世論調査」の中に愛国心の項目があるので,その調査結果をみることとする。

1,2を合わせた「強い」とする者が50%と半数を占めているが,同時に,「どちらともいえない(わからない)」と答えた者の割合も40%の高率を示している。

また,同調査における,今後日本において,愛国心をもっと育てる必要があるか否かについての調査結果は,次のとおりであり,「そう思う」と答えた者が63%を示している。(第21図 「国を愛する」という気持について)(第22図 今後日本で国民の中に愛国心をもっと育てることの必要性

(4) 侵略に対する態度

わが国が不幸にして侵略された場合,自衛隊を中核として,国民が一致協力して,外敵に当たることが必要とされるが,このような侵略に対する国民の態度をみるまえに,現状認識としての「侵略に対する危機感」の有無についてふれてみる。これに対する国民の意識調査は,最近の国際情勢を反映し,国内外で数多くなされているが,それらを要約すると,わが国に限らず西欧諸国も,「侵略又は戦争」生起の可能性を数多くのものが予測しているということである。特に,西欧においては,国民の8割近くが「戦争」に対し,何らかの危機感を抱いていると言われる(資料17−1参照)。

さて,それでは,万一自国に対する侵略が行われた場合,国民はどのように対処しようと考えているのであろうか。これに関する意識調査もこれまで数多くなされており,「何らかの形で抵抗する」とする国民が年々増加していることも事実である。しかし,諸外国特に米国と比較した場合は,何らかの方法で抵抗するとする者はわが国よりも,米国のほうに数多くみられる(資料17−1参照)。(射撃訓練に励む予備自衛官

2 国民と自衛隊

言うまでもなく,自衛隊は,国民の理解と協力がなければ,その任務を有効に遂行することはできず,隊員も国民から信頼されているという実感により,更に士気が高まり,自信を持ってその任務を遂行できるのである。

以上のような観点から,「自衛隊に対する国民の理解と支持」及び「自衛隊への積極的協力」の現状をみることとする。

(1) 自衛隊に対する国民の理解と支持

これについては,「自衛隊の必要性」,「自衛隊の役割」及び「自衛隊を取り巻く国内環境」に焦点を合わせ,最近の世論の動向をみてみよう。

ア 自衛隊の必要性

自衛隊の必要性については,国民のコンセンサスは醸成されてきており,昭和53年の総理府調査では,86%の国民が「自衛隊があったほうが良い」としている。更に,これまで相対的に低率であった20代の自衛隊支持率が増加し,また自衛隊の支持層を政党の支持別,地域別,職業別にとらえてみても,全て自衛隊支持が反対を大きく上回っている。

次に国民が自衛隊は今後どうあるべきかと考えているかについてであるが,国民の大多数は,自衛隊は現状どおり若しくは強化すべきであるとする傾向にある(資料17−2参照)。

イ 自衛隊の役割

さて,それでは国民は,自衛隊に何を期待しているのであろうか。自衛隊の任務は「わが国の平和と独立を守り,国の安全を保つため,直接侵略及び間接侵略に対し,わが国を防衛することを主たる任務とし,必要に応じ,公共の秩序の維持に当たるものとする」となっているが,このことが,国民に十分理解されているであろうか。

この件に関する世論調査では,「国の安全確保」が「災害出動」をやや上回っている程度である(資料17−2参照)。

また,今後自衛隊が力を入れるべきであると国民が期待している面については,これまでに総理府において調査を実施しているので,その動向をみてみると「国の安全確保」とする意見は,昭和47年以降逐次増加しており,昭和53年には「災害派遣」とする意見を超え,これまでで最も多い38%となった。

以上の世論調査を通じて分かることは,国民の「国の安全確保」に対する自衛隊への期待が増加していると言うことであり,これは,国民の自衛隊の本来の役割についての理解が深まりつつあることを示しているものと思われる。しかし,一方,今後の自衛隊に「国の安全確保」以上に「災害派遣」や「民生協力」等を期待する国民が相当数いることも事実である。ただこれは,わが国が戦後これまで,幸いにも一度として自衛隊が防衛出動しなければならないような事態に遭遇したことがなく,また自衛隊が献身的な災害救援活動で,国民の大きな信頼をかち得ている等の現実的背景を反映しているものとみられる。(第23図 自衛隊が今後力を入れるべき面)(離島からの患者輸送

ウ 自衛隊を取り巻く国内環境

国民の防衛についての関心の高まりに伴い,自衛隊又は,自衛隊員に対する認識も更に高まってきたことは喜ばしいことと言わねばならない。しかし,過去においては,自衛隊員の社会活動への参加に対し,自衛隊員であることだけを理由に,不当な扱いを受けた事例も存在した。例えば,隊員の大学院への入学拒否や,住民登録拒否などの問題が発生したことがある。

また,「自衛隊と憲法」の問題もその合憲,違憲等を巡り,依然として論議が絶えていない。

このような現状は,隊員の士気の高揚を図る上で少なからぬ制約を与える結果となっていることも否めないことと言えよう。

自衛隊と憲法については,第2部第2章で記述したとおり「自衛権」,「戦力」などの憲法解釈とあいまって,その合憲,違憲が国会で論議されたこともあり,戦後これまで,国民の大きな関心事となっている。したがって,「自衛隊は憲法に違反しているか」とか「自衛隊を憲法ではっきり認めるよう憲法を変えるべきか」.などを調査項目とした世論調査も数多く実施されている。しかし,これら調査の設問は必ずしも一定ではなく,時代的背景に影響されることもあり,その結果を一概に論ずることは困難である(資料17−2参照)。

なお,学校教育について述べると,わが国では,欧米先進国の水準すら抜く高い義務教育就学率を誇っており,国民の教育に対する関心は極めて高いものがある。特にわが国の将来の日本を担う若者の教育は,明日の日本を決定することにもつながり,大切なことである。最近は,国会等で,教科書における自衛隊又は国の防衛に関する記述のあり方について論議が行われた。

(2) 自衛隊への積極的協力

これまで国民の理解と支持の現状をみてきたが,次に国民の自衛隊への様々な協力のうち「自衛隊への志願」及び「いわゆる基地問題」について述べることとする。

ア 自衛隊への志願

まず「自衛隊への志願」であるが,これについては,昭和53年12月総理府が実施した世論調査をみることとする。

身近な人が,自衛隊を志願することに賛成する国民は約半数であり,反対する者が2割強となっている。また,賛成すると答えた人の理由の中で最も多かったものは,「日本の平和と独立を守るという誇りある仕事だから」というもので30%あり,反対すると答えた人の理由で最も多かったものは「戦争などが起こったとき危険な仕事だから」というもので38%となっている。更に,これに関する過去10年間の傾向をみると,「志願への賛成・反対」に関しては,「賛成」が昭和47年度を除いてわずかずつ増加(昭和42年度34%)し,「反対」は昭和47年度を除いて25%〜24%となっている(昭42年度34%)。また,「理由」に関しては,賛成の理由が昭和47年までは「団体生活により,人間形成に役立つから」が第1位であったが,その後は,前述の「誇りある仕事だから」が最も多い理由となっていることが注目される。しかし,一方,反対の最も多い理由としての「危険だから」は昭和50年度の26%を除いて3割台を占めている(資料17−2参照)。

いかに装備を近代化したとしても,自衛隊がその任務を遂行する上で基本となるものは隊員である。このため,防衛庁は各種人事施策を推進しているが,良質隊員を確保するための,募集と自衛隊を退職する者に対する就職援護が特に重要であると考えている。自衛官の募集については,全国50か所の地方連絡部が中心となって行っているが,特に2等陸・海・空士の募集は,適齢人口の減少,高学歴化現象等から募集対象となる若年労働者が恒常的な需給逼迫の状態にあること等により,募集環境が厳しい状況にあるので,募集体制を整え,継続的に努力することが必要である。また,自衛官は若くして退職を余儀なくされるので,そのほとんどが退職後の生活基盤の確保等のため,再就職を必要としている。このため,従来から技能訓練等各種の就職援護施策に力を入れてきたところである。しかしながら,今後,雇用環境を取り巻く内外の情勢は予断を許さない厳しいものがあり,加えて自衛隊創設当初,大量に入隊したものが停年をむかえるため,近く退職者が急増することが予想される。

このような事情から,従来からの援護施策の拡充強化を図るとともに,社団法人隊友会が行う,無料職業紹介事業に協力,支援するなどにより,今後の自衛隊退職予定自衛官の就職援護施策を進めていくこととしている。(第24図 身近な人の自衛隊志願について

イ いわゆる基地問題

自衛隊や米軍が使用する防衛施設は,言うまでもなく,人員,装備と並んで防衛力の基盤となるものであるが,その所在する地域社会との調和が保たれ,地域住民の理解と協力が得られて,初めてその機能を十分発揮することができるものである。

しかし,防衛施設の設置又は運用を巡っては,防衛施設の設置反対,その撤去,移転要求から,航空機騒音の防止・軽減等環境保全に対する要求に関するものまで種々の態様のいわゆる基地問題が生じており,防衛施設を取り巻く環境には厳しいものがある。

このため,防衛庁としては,防衛施設の設置又は運用に当たり,その地域の特性に十分配慮するとともに,周辺住民の生活の安定と福祉の向上に寄与することを目的として「防衛施設周辺の生活環境の整備等に関する法律」(昭和49年制定)などに基づき種々の施策を講じており,昭和55年度における実施状況は資料19に示すとおりである。

また,昭和56年度予算におけるこれらの施策のための経費は,1,423億円で,これは前年度に比べ約10%の伸びであり,10年間で約6倍となっている(資料37参照)。

防衛庁としては,防衛施設の安定的運用を図るため,厳しい国の財政事情の中で,地方公共団体等関係機関との緊密な連携の下に防衛施設周辺住民の理解と協力を得て,防衛施設周辺整備に関する一層効果的な施策を講ずる努力が必要と考えている。(民生安定施設助成事業の例(学習等供用施設)

3 民間防衛

国民と防衛との関係において「国を守る気概」とともに,大切なことは,国民を保護し,被害を最小限にとどめることすなわち国民の防災,救護,避難のための措置を講ずるということである。これは,避難誘導体制の整備を含めたいわゆる民間防衛体制の確立を意味する。しかし,わが国においては,まだ十分なコンセンサスは得られていない。

欧米諸国の民間防衛は,中央政府及び地方自治体の計画・指導の下に,戦争によって敵の攻撃を受ける場合に備え,国民それぞれが,自らの生命や家庭を守るとともに,食糧・燃料・医薬品等の備蓄,負傷者の救護,公共の諸施設の復旧等を行って,社会秩序を維持・回復するという非軍事的諸活動が中心となっている。更に,これらの諸活動は,戦争以外にも,平時突発する諸種の災害に当たって有効に対処できるよう配慮されたものでもある。

諸外国における民間防衛体制は,各国政府が国民の協力を得て,第2次世界大戦前はもとより,戦後も都市爆撃等の教訓を研究し,平時有事を問わず一貫性ある防災対策として,更に確固たる民間防衛政策として,その政策の遂行に努力している。この民間防衛政策の背景には,第2次世界大戦において,市民の死傷率が軍人のそれを上回ったという事実があり,もしも将来先進工業国において武力紛争が発生した場合は,市民に更に多くの犠牲者が出るであろう,との予想がある。

このため,各国では,国民の被害を最小限にするため,それぞれ内務省等に民間防衛を担当する政府機関を設け,民間防衛法を定め,「渇して井をうがつ」ことのないように備蓄を行い,退避壕等を逐次整備しているのである。

我々は,常に平和を望んでいるが,現実に武力紛争発生の可能性は存在しており,西欧諸国等は万一に備え,鋭意,民間防衛体制の確立を目指している。

また,このような民間防衛体制は,万一武力侵略が生起した場合の国民の生命,財産を保護する努力であることは言うまでもないが,更にこれは国民の強い国防意志の表明でもあって,平和外交の努力や民生の安定とともに,国の安全を確保するため,極めて重要な意義を有するものである。次に,この民間防衛体制の歴史をたどるとともに,具体的内容について,各国の例を挙げ,現状を説明することとする。

(1) 民間防衛の歴史

いわゆる民間防衛は,航空機が戦争に使用され始めてからの活動と言えよう。第1次世界大戦において,ドイツがロンドン空襲を実施したが,当時英国には民間防衛体制はなく,一般市民の防護対策は,空襲時サイレンを鳴らし,路上の人々を地下室に避難させる程度のものであった。

しかし,第1次世界大戦以降第2次世界大戦までの20年間に,航空機は目覚ましい発達を遂げ,更に第2次世界大戦が始まると,航空機の性能は飛躍的に向上し,戦略構想は大きく変化した。すなわち,航空部隊を地上作戦とは独立して使用し,前線よりはるか後方の都市や産業中心地に対して,数百機もの爆撃機により集中爆撃を行い,相手国の戦争遂行能力を物的資源,産業補給面から破壊し,継戦能力や意志を失わせるための「戦略爆撃」が開始された。

このような空襲の脅威と被害を予期して,欧州諸国や日本は,1920年代の末から1930年代にかけて,本格的な防空措置を検討し始めたが,これがいわゆる民間防衛のはしりである。しかし,当時の民間防衛体制は,各国まちまちであり,各自治体が実施した主な手段は,空襲・警戒警報の発令や防空壕の設置,燈火管制,消火用貯水槽の建設,防火救命具の配備,緊急医療隊,応急手当及び救急車隊の設置等である。

更に,第2次世界大戦中の兵器の進歩は著しく,特に核兵器の出現は,これまでの戦闘様相を一変させるものであった。また,1950年には,ソ連が核実験を実施したことから,多くの欧米諸国において民間防衛努力は一段と盛んになり,各国でその体制づくりが進められた。従来から民間防衛体制を保持していた国もこれらに加えて,ABC兵器(核,生物及び化学兵器)による被害を減少させるための施策へその努力を向けるようになった。

(2) 民間防衛の現状

次に,民間防衛の内容のうち,主として防災・救護及び住民の避難誘導の現状について述べる。

ア 防災・救護

防災はまず警戒及び警報手段から始まるが,諸外国では空からの攻撃をすみやかに探知する手段として,多くのレーダー網による監視所,警戒所を設け,情報をすみやかにキャッチして警報管制機関に通報し,それから各地区の警報機関を通じて国民に伝達する態勢をとっている。また,国民に警報を伝える手段としては,前もって定めた合図により,サイレンを鳴らしたり,ラジオ,テレビ等で知らせることがある。

防災・救護手段としては,平時における手段,現実の攻撃前における手段,攻撃中における手段,攻撃後における手段に区分され,特に平時においては,各国はそれぞれの国情に応じて,民間防衛のための組織づくり,教育,訓練,国民への知識普及などの施策を実施している。

また,現在,世界では多くの国が民間防衛体制を保持しており,その防災手段の一つとしてのシェルターも,世界の主要国では数多くつくられている。

イ 住民の避難誘導

万一,わが国に対する外部からの武力攻撃が生起した場合には,これに対処することはもとよりであるが,その際,何よりもまず考えなければならないことは,国民の安全である。この場合,専守防衛を旨とするわが国においては,国土における戦闘が避けられないことから,当該地域における住民の避難誘導などの措置が適切に採られなければならない。

すなわち,外部からの武力攻撃の徴候を早期に探知し,武力攻撃が予想される地域住民に対し,可能な限り早期に警報を発し,適切な助言を行う必要がある。更に,外部からの武力攻撃が生起した場合には,当該地域における住民が,戦闘によって受ける被害を最小限にくい止めるために,住民を避難誘導するなどの措置が採られる必要がある。

わが国においては,これらの施策は,諸外国に比べて後れているのが現状である。

 

わが国においては,民間防衛に関してはみるべきものがないが,各国の民間防衛に取り組む姿勢は,真剣なものであり,人道的見地や被害局限の観点に加え国民の祖国を守り抜こうとする強い意志と気概の上に立って,それぞれ,その国にふさわしい民間防衛体制を築いている。これらの体制は,中央政府の計画指導が中心となるものであることは言うまでもないが,特に,この体制の確立のためには,その基礎となり主体となるものは国民のコンセンサスであると言えよう。(避難所兼用の屋内スタジアム(米国ニューオリンズ市)

第2章 自衛隊

第1節 昭和56年度防衛力整備の概要

わが国が,昭和51年10月,「防衛計画の大綱」を国防会議及び閣議で決定し,昭和52年度以降これによって防衛力の充実整備に努めることとしてから,間もなく満5年を迎えるが,大綱に定める防衛力の水準は,いまだ達成されるには至っておらず,政府としては,厳しい国際情勢にかんがみ,同水準の可及的すみやかな達成が当面の急務であると考えているところである。昭和56年度防衛力整備に当たって,防衛庁としては,このような判断に立ち,正面装備の更新・近代化を重点的に進めるとともに,後方支援態勢の充実等にも配意して,防衛力の質的向上を図ることとしている。

もとより,現在の防衛力には,昨年の白書で述べたように陸上防衛力における各種火力,機動力,海上防衛力における対潜能力,対空能力,航空防衛力における防空能力,その他警戒監視,情報収集,指揮通信,後方支援などの現状について様々な問題があり,陸上装備,艦艇,航空機等の更新・近代化を始め,継戦能力,即応態勢,抗たん性の改善など,その質的向上を図ることが急務となっている。昭和56年度の防衛力整備では,昨年ふれた欠陥の改善を進めることとしているが,具体的には,陸上自衛隊にあっては,74式戦車の調達量増加による機動打撃力の向上,203mm自走りゅう弾砲の新規調達による火砲の近代化,短距離地対空誘導弾の新規調達による対空火力の向上等,海上自衛隊にあっては,ミサイルとう載護衛艦の新規調達による防空・水上打撃能力の向上,ヘリコプターをとう載するDD型護衛艦の新規調達及びP−3Cの取得による対潜能力の向上等,航空自衛隊にあっては,F−15の取得による要撃能力の向上,C−130Hの新規調達による航空輸送能力の向上等を目指している。このほか,基地防空用火器の整備,弾薬備蓄,中央指揮所建設着手等を行って,抗たん性,継戦能力及び即応能力の向上を図ることとしている。

これらに要する経費を含め,昭和56年度における防衛関係費の総額は,2兆4,000億円となっている。これは,前年度当初予算2兆2,302億円に対し7.6%増(前年度6.5%増)であり,政府経済見通しによる国民総生産に対する比率では,0.91%(前年度0.9%)となり,前年度をやや上回っている。また,正面装備の整備などの面で,53中業の早期達成には一応の足掛かりができたが,後方面では,例えば隊舎等隊員生活関連施設の整備などの経費は,前年度に比べ減少している。

なお,昭和56年度においては,限られた資源の一層の効率的使用を図るため,防衛力の整備及び運用の両面にわたり効率化及び合理化を図ることとしている。これは,今後の防衛力の充実整備の必要性とわが国における厳しい経済財政事情等を考慮し,防衛庁として従来にも増して可能な限りの内部努力を推進するものであり,具体的には,司令部機構等の人員の節減,艦艇・航空機の延命,とう載武器の転用等を行うこととしている。

昭和56年度防衛力整備の主な事項は,以下のとおりである。

1 部隊の新編等

(1) 陸上自衛隊

ア 電子隊

現代戦においては,戦闘様相の広域にわたる流動迅速化等に伴い,敵の通信を探知し,妨害し,わが方の通信を秘匿し,敵の妨害から守るなどの電子戦の役割は増大しており,今や電子戦は戦いのすう勢を左右するほどに重要になっている。しかし,陸上自衛隊においては,このような電子戦に関する能力が不十分であるため,逐年,電子戦能力向上のための施策を講じている。その施策の一つとして,北部方面隊に電子戦機能を付与するとともに対電子戦教育訓練等を効率的に実施するため電子隊を新編することとしている。

イ えびの駐とん地

西部方面隊における防衛警備能力の向上を図るとともに隊務運営態勢を充実改善する必要性から,昭和56年度においては,宮崎県えびの市にえびの駐とん地を新たに設置するが,同駐とん地には,昨年度改編した第8師団の普通科部隊等を配置することとしている。

(2) 海上自衛隊

ア 第5航空群

南西諸島海域は,タンカーや貨物船等が頻繁に通航する海域であり,防衛上極めて重要な位置を占めている。この海域における対潜口戒などの防衛警備の任務や航空救難,災害派遣などの任務は,沖縄が返還された昭和47年度に臨時部隊として発足した沖縄航空隊が遂行してきたが,本年度はこれを廃止して,第5航空群を新編することにより,この海域における任務を十分に遂行し得る態勢を整備するものである。

イ 硫黄島救難飛行隊

硫黄島は訓練基地として整備しつつあるが,従来から救難機能がなく,飛行訓練等を安心して実施する態勢になかった。また,硫黄島の周辺の救難については,国際民間航空機関の議決により,昭和50年度からわが国が担当すべき救難区域とされていることもあり,必要な救難態勢を整備するために,救難用ヘリコプターS−61Aや格納庫等の整備を進めてきた。本年度は,隊舎などの施設の整備を行い,硫黄島救難飛行隊を新編することとしている。

(3) 航空自衛隊

ア 飛行教導隊

従来から,各種戦技戦法の研究開発,戦闘機部隊間の対抗訓練,戦闘機部隊等に対する戦技指導及びその評価については,航空方面隊及び航空団レベルの部隊で実施されてきたところであるが,これらを組織的かつ効率的に実施し,一元的な評価を行うことにより,戦闘機部隊等の練度の向上を図ることを目的として,航空総隊直轄の飛行教導隊を新編することとしている。

イ 航空安全管理隊

航空自衛隊における事故調査を含む安全管理の体制の充実を図るため,総合的かつ専門的な航空事故の調査,事故防止の研究,事故防止のための教育等を一元的に実施する組織として,航空安全管理隊を新編することとしている。

2 装備の更新・近代化

昨年度までに調達したもののうち本年度取得する主要装備と,本年度調達する主要装備は第3表のとおりである。

このほかに,陸上自衛隊では,第2高射特科群(松戸)の改良ホークヘの改装,海上自衛隊では,護衛艦1隻の近代化,航空自衛隊ではF−4型機のレーダー換装等の試改修などに着手することとしている。以下,主なものについて説明する。

(1) 陸上自衛隊

ア 203mm自走りゅう弾砲

203mm自走りゅう弾砲は,方面隊レベルの特科火力の強化を図るために,新規に調達するものである。この火砲は,現有の各種火砲では覆いきれない遠隔の地域をカバーできるものであり,その性能は,現在の米軍供与の旧式化したけん引式203mmりゅう弾砲に比べて,第4表のように優れており,特科火力の近代化に欠かせないものである。本年度は,まず教育用として6門調達することとしている。

イ 短距離地対空誘導弾(短SAM)

現在,各師団は野戦防空用火器として,35mm二連装高射機関砲(L−90)のほか,75mm高射砲又は自走高射機関砲を装備しているが,このうち,75mm高射砲や自走高射機関砲は米軍供与の旧式化した火器であり老朽化し,かつ,最近の運動性能の向上した航空機に対しては対処が困難となっており,これら旧式化した火器にかえ短距離地対空誘導弾を配備する必要がある。機種については,慎重かつ総合的に検討した結果,優れた能力を持つ国産の短距離地対空誘導弾とし,本年度は4セット調達することとしている。

なお,航空自衛隊においても基地防空用として,このシステムを装備することとしており,本年度は2セット調達することとしている。(陸上,航空自衛隊に導入される短SAM

(2) 海上自衛隊

ア 4,500トン型護衛艦

本年度新規に調達する4,500トン型護衛艦は,5インチ砲,アスロック(ロケット魚雷発射装置),艦対艦誘導弾ハープーン,高性能20mm機関砲(CIWS)等をとう載するほか,艦隊の防空を確保するために,艦対空誘導弾ターターをとう載する。また,後甲板ではヘリコプターの発着が可能である。この護衛艦は,従来の護衛艦と合わせて,主として対潜作戦を行う部隊の防空の中枢としての役割を果たすことになる。(本年度調達4,500トン型護衛艦にとう載されるCIWSとハープーン

イ 護衛艦の近代化

防衛力の整備をより効率的に行っていく施策の一つとして,艦艇の近代化(FRAM)を実施していくこととしているが,本年度は,護衛艦「たかつき」(3,050トン)の近代化に着手する。護衛艦「たかつき」は昭和38年度に2次防の主力護衛艦として調達されたもので,5インチ砲2基,アスロック,ボフォースロケットランチャーなどをとう載するほか,対潜無人ヘリコプター・ダッシュ装置をとう載しているが,このうちダッシュの除籍に伴いダッシュ装置や5インチ砲1基を撤去して,短距離艦対空誘導弾(シースパロー),ハ一プーン等を装備することにより,防空,水上打撃,対潜,電子戦等の能力の向上を図るとともに,艦齢を約8年延長するための改造を実施する予定である。

(3) 航空自衛隊

ア 輸送機C−130H

現在,航空自衛隊では,航空輸送部隊として,輸送航空団の下に3つの輸送航空隊を有しており,輸送機としてC−1約30機及びYS−11約10機を保有している。

有事に際しては,状況に応じた主力部隊の機動展開や空挺作戦の支援など,同時多方面にわたって運用する必要があり,このような観点から,とう載量や遠隔地間の空輸能力に優れるC−130Hを導入することとしたものである。(第5表 C−1とC−130Hの性能比較)(航空自衛隊に導入されるC−130H

イ バッジ・システム

現在のバッジ・システム(自動防空警戒管制組織)は,昭和42年度に整備され今日に至っているが,全般的に器材補修の必要が生じているほか,特に,近時の航空脅威の増大に対応するため,本システムはいずれ換装する必要があると考えられる。このため,近代化のための調査,研究を実施してきたところであり,本年度は,これらの研究の結果を踏まえ,システム選定の準備をすることとしている。

3 研究開発

最近の技術の発展は目覚ましいものがあり,この発展動向に対応して,装備の質的な充実向上を図ることは,防衛力の整備に欠かせないことである。わが国が防衛上必要とする装備を自らの手で研究開発することは,わが国土,国情に適した装備を持つことができ,長期にわたる装備の維持補給が容易となり,また防衛生産基盤及び技術力の維持育成を図ることができるという利点もある。このため,装備の自主的な研究開発に力を注ぐこととしている。わが国の研究開発費は,諸外国に比べると低い水準にあるが,昭和56年度は研究開発のため,技術研究本部の予算額317億円を計上しており,これは前年度に比べ,29億円の増加,伸び率は10.2%となっている。

本年度は,前年度に引き続いて新戦車,地対艦誘導弾,運動能力向上航空機(CCV)等の研究,方面隊用電子交換装置,高速ホーミング魚雷等の開発を推進するとともに,新たに新野外無線機,新中等練習機などの開発に着手することとしている。

このうち,新中等練習機の開発は,現在ジェット・パイロットの教育に使用しているT−1及びT−33型機が将来減勢すると見込まれるので,その代替機を得るとともに,教育体系の効率化を図ること等を目的として実施するものであり,昭和56年度から新中等練習機の基本設計に着手することとしたものである。

 

以上が,昭和56年度防衛力整備の概要であるが,特に,装備の更新,近代化や研究開発については,現実にわが国防衛の一翼を担うまでには,多大の費用と労力のほかに長い期間を要することに注意する必要がある。例えば,主要な護衛艦の整備については,予算成立から就役までには,ほぼ5年を要し,また戦車についてみると,研究開発から第一線部隊に配備するまで10年以上を要している。航空機の整備についても長期間を要するが,装備の整備とは別に,これら新装備を使用する要員等の養成も一朝一夕になし得るものではない。

このように防衛力整備には,長い期間を要するため,国際情勢の急激な変化があった場合にも,すぐそれに対応して急速に防衛力を整備することは容易ではない。したがって,平素から将来のわが国防衛力のあるべき姿を検討しつつ,長期的視野に立って着実に整備を図っていくことが大切である。

 

(注) CIWS(Close−In Weapon System) 目標の捜索から発射までを自動処理する機能を持つ射撃指揮装置と機関砲を組み合わせたもので,対艦ミサイルに対する最終的な防御システムである。

第2節 運用態勢の整備

防衛力が真に有効な力を発揮するためには,これを最も効果的に運用し得る態勢が整備されなければならない。

このため防衛庁では,万一侵略事態が発生した場合に自衛隊がこれに即応して効果的に任務を達成する上での問題点について,運用,法制等の面から研究・検討することとし,積極的に取り組んでいるところである。具体的には,防衛研究,奇襲対処問題の検討及び有事法制の研究である。

本節においては,これらの研究・検討の現状とともに,即応態勢を確立するという観点から現在自衛隊が抱えている問題のうち,防衛庁中央指揮システムの整備,人員の充足とその訓練の問題及び後方支援の問題について述べることとする。

1 防衛研究及び奇襲対処問題の検討

防衛研究は,昭和53年6月,防衛庁長官の指示に基づき,有事の際の陸・海・空各自衛隊の運用及び運用に関連して必要となる各種の施策の検討に資するための研究として開始され,本年1月末に終了した。

この研究は,わが国に対する各種の侵攻事態における陸・海・空各自衛隊の防衛準備,対処構想など自衛隊の運用のあり方に関し,特に,陸・海・空各自衛隊の統合的な運用を重視しながら進めたほか,これに関連して必要となる各種の防衛上の施策についても併せて研究した。

その概要は次のとおりである。

 情勢の緊迫度に応じた段階的な自衛隊の警戒監視,警戒待機の態勢をとる場合の警戒態勢の区分と同区分における措置に関する基準

 情勢の緊迫化に伴い,有事において防衛力を有効に発揮するための自衛隊の人員の充足・再配置,作戦用資材の確保等自衛隊の行う防衛準備

 陸・海・空各自衛隊の統合的運用を考慮した対処構想

 有事における防衛庁長官の指揮命令に関する統合幕僚会議議長及び各幕僚長の補佐のあり方

 有事における船舶・航空機の運航の安全を図るための関係機関及び自衛隊の採る措置

防衛研究の作業結果については,例えば法制上の問題に関するものについては有事法制の研究において検討するなど,改めて防衛庁内において検討し,結論を出すこととしている。

また,いわゆる奇襲対処の問題については,昭和53年9月21日に公表した「いわゆる奇襲対処の問題について」という統一見解に示したとおり,法制上は,奇襲に対応し得る基本的な仕組みができているところである。奇襲対処のために当面最も重要な課題は,防衛力の全般的な水準を高めるとともに,練度の向上を図り,充実した警戒態勢を含む高度の有事即応態勢を実現することによって,奇襲を未然に防止しあるいは,その兆候を早期に発見して有効に対処することにある。

このような観点から,逐次警戒監視能力,情報処理伝達能力,即応能力等の向上のための施策を推進するとともに,万々一奇襲の事態が発生した場合における被害局限のための方策等についても,現行法の運用等法的側面を含め鋭意検討を進めているところである。

2 有事法制の研究

(1) 防衛庁が行っている有事法制の研究は,自衛隊法第76条の規定により防衛出動を命ぜられるという事態において,自衛隊がその任務を有効かつ円滑に遂行する上での法制上の諸問題をその対象としたものである。

この研究は,昭和52年8月,内閣総理大臣の了承の下に,防衛庁長官の指示を受けて開始したものであるが,昭和53年7月におけるいわゆる奇襲対処の問題などを契機として,この研究も国民の注目を浴びることとなり,一部には,あたかも直ちに立法措置を行うのではないか,また戦前の戒厳令,徴兵制のような制度の復活を意図しているのではないかなどの論議を呼んだ。このため,防衛庁は,昭和53年9月,この研究の基本的姿勢についての見解を公表し(資料32参照),国民一般の正しい理解を求めたところである。

(2) この研究は,上記の見解で示している基本的な考え方に基づいて作業を進めてきたが,本年4月,その中間報告を取りまとめたので,これを公表した(資料33参照)。その概略は,次のとおりである。

………………………

有事法制の研究は,昭和53年9月の見解で示しているように,有事に際しての自衛隊の円滑な任務遂行を図るという観点から法制上の問題点の整理を目的とするものであるが,研究の対象が広範であり,また防衛庁以外の省庁等の所管にかかわる検討事項も多く,検討の結果を得るには,相当長期間を要するものと考えている。

したがって,今回の報告は,現在までの研究の状況及び中間的にまとめた問題点の概要である。

研究の状況については,有事法制の研究で対象とする法令に関し,防衛庁所管の法令,他省庁所管の法令及び所管省庁が明確でない事項に関する法令に区別して,このうち,防衛庁所管の法令を優先的に検討するということで作業を進めてきた。

問題点の概要については,第1に現行法令に基づく法令が未制定であるという問題がある。すなわち有事の際の物資の収用,土地の使用等について規定する自衛隊法第103条の規定に基づく政令及び有事における職員の給与の特別の措置について防衛庁職員給与法第30条の規定に基づく法律が未制定であるので,これらについて検討を行っている。このうち,自衛隊法第103条の規定に基づく政令については,それに盛り込むべき内容についてほぼまとまっている。

第2に,現行規定の補備の問題がある。自衛隊法第103条には,処分の相手方の居所が不明の場合の措置,土地を使用するに際して工作物を撤去することについて規定されておらず,また同条の物資の保管命令に従わない者に対する罰則が規定されていない。自衛隊法第95条は,武器等の防護について規定しているが,これにはレーダーや通信器材等が規定されていない。これらについて,補備する必要があると考えている。また,罰則についてはその必要性,有効性等につき慎重な検討が必要と考えている。

第3に,現行規定の適用時期の問題がある。自衛隊法第103条による土地使用の時期,同法第22条による特別の部隊の編成等の時期,同法第70条の予備自衛官の招集時期については,いずれも,現在よりその適用時期を早め,例えば,防衛出動待機命令時からとする必要があると考えている。

第4に,新たな規定の追加の問題がある。部隊が緊急に移動する場合に,土地等を通行し得る規定及び防衛出動待機命令下にある部隊が侵害を受けた場合に部隊の要員を防護し得る規定を追加することが必要と考えている。

現在までの研究の状況と問題点の概要については以上のとおりであるが,今後の有事法制の研究については,今回まとめた内容に更に検討を加えるとともに,未検討のものについて検討を進めていくことを予定している。

また,今回取り上げた問題点に関して,今後どのように法的措置を採るかについては,有事法制の研究とは別に防衛庁において検討するとともに,関係省庁等との調整を経て最終的に決定を行うことになるものと考えている。

………………………

3 防衛庁中央指揮システムの整備

自衛隊が,その実力を十分に発揮するためには,組織的,有機的に行動することが必要である。そのためには,中央からの指揮命令が迅速かつ確実に伝達され,全ての自衛隊の部隊,機関が整合性のある行動を実施し得るようになっていなければならない。

このような理由から防衛庁は,昭和53年以来,外部から武力攻撃があった際の防衛出動,大規模災害における災害派遣など各種の行動等に際して,防衛庁長官が部隊等を迅速かつ的確に指揮監督するための中央指揮システムの整備の検討を進め,本年度からその整備に着手したところであり,早期に運用開始の運びとなるよう努力している。

この中央指揮システムは情報収集・提供機能及び命令伝達機能等からなり,海上自衛隊のSFシステム(自衛艦隊指揮支援システム)及び航空自衛隊のバッジ・システムとも連接することになっている。

中央指揮システムの中枢となる中央指揮所は,防衛庁本庁檜町庁舎内に建設する。

4 その他の諸問題

自衛隊の力の根源は人にあり,また自衛隊がその機能を効果的に発揮するためには,適切な後方支援が前提となる。これら人や後方支援の問題は,陸・海・空各自衛隊に共通するものであるが,ここでは,その問題点の一端を記述する。

(1) 人員の充足

戦闘力は主として人と装備の組合せによって成り立っており,特に近代戦における「人」には高度の技術とチームの一員としての力を発揮できる能力が要求される。以下,この人員の充足の問題を,陸上自衛隊の場合を例にとって述べることとする。

陸上防衛力は,起伏に富んだ陸地において行使されるため各種の機能を有する装備によって構成される必要があり,このような地形の特性を利用しつつ,多様な装備とこれを有効に活用できる人とが有機的に結合されて,初めて総合化された戦闘力となる。したがって陸上防衛力における「人」は,特に重要な意味を持っており,一人一人が正面防衛力としての役割を果たすことになる。

陸上自衛隊の自衛官の定員は18万人であり,これは,平時には必要な組織・機能を整えて,隙のない防衛基盤を確立し,侵略を未然に防止するとともに,外部から侵略を受けた場合には,限定的かつ小規模の侵略を原則として独力で排除し得るための防衛力である。したがって,陸上自衛隊を常に有事即応の態勢に維持するためには,平素からこの定員を充足しておくことが望ましい。

現在,陸上自衛隊が保有する実人員は,定員18万人の86%に当たる約15.5万人になっており,約2.5万人が欠員となっている。この86%という充足率は平均であり,また個々の部隊別に言えば,部隊の任務や特性から,情報部隊,高射部隊,航空部隊等の高い即応性を必要とする部隊,平素から高い技術水準を維持する必要のある部隊などは,充足を高くしておく必要があるため,一般の部隊の充足は平均よりかなり低いものとなっている。更に階級別にいえば,幹部・曹・士のうち,養成に時間のかかる幹部,曹を削減することはできないので,欠員は士が大多数となっているため,士が構成員の多くを占める部隊の充足は低く,例えば師団の充足は70%台に,更に第一線にたつ普通科中隊は60%弱になっている。

自衛隊の平時における隊務の主軸は教育訓練であり,各部隊は,現在の充足人員をもって各種の工夫をこらし訓練を行っているが,即応性の面からみると問題がある。

そのため,陸上自衛隊では,管理部門等に充当する人員の節約等各部隊の配置人員を見直し,第一線にたつ部隊の充足向上に努力するなどにより,現在,北部方面隊の即応性と精強性の向上を図っているところである。

(2) 後方支援態勢

防衛力を考える場合,補給,整備,輸送などの後方支援態勢は戦車や護衛艦,航空機などの正面装備とともに,いわば車の両輪となるものである。すなわち,後方支援は戦闘部隊にその基盤と継戦能力を与える必要不可欠の防衛機能であり,戦車や火砲,艦艇や航空機などの正面装備が後方支援の機能と有機的に結合してこそ防衛力本来の力を発揮することとなる。以下,後方支援の問題を,海上自衛隊の場合を例にとって述べることとする。

現在,海上自衛隊における後方支援上の問題点は,即応能力や継戦能力に直結する弾薬等の備蓄と調整及びこれらを部隊に補給する能力等が不十分なことである。

まず,弾薬,ミサイル,魚雷の不足は,艦艇や航空機の能力発揮に致命的な影響を及ぼし,また機雷の不足は海峡防備等に重大な影響を及ぼすものである。このため,現在弾薬等の備蓄の推進が重要な課題の一つとなっている。

海上自衛隊では,弾薬及び実装魚雷を常時艦艇にとう載し,又は航空基地に配備し及び機雷を即応状態におくため,その整備や保管のための実装調整場や弾薬庫等の整備を進めているが,所要弾薬の備蓄及び即応態勢の充実等の観点から,弾薬の保管能力不足という新たな問題に直面している。すなわち,既設の弾薬庫が基地周辺の宅地化等により,関係法令に従って弾薬等の保管量を減少せざるを得なくなったり,また新たな弾薬庫建設用地の確保が困難になってきている等その対策が重要な問題となっている。

また,魚雷や機雷は,保管状態から使用可能状態にするため,組立点検等事前に十分な調整を必要とするが,この調整は狭い艦上では困難なため,陸上において調整した後にとう載する方法をとっている。この調整のための施設や整備器材の充実は,即応態勢を確立するために欠くことのできないものである。

更に,限られた防衛力を効率的に運用するためには,これら弾薬等のほか燃料,糧食,予備品等を洋上の艦艇に補給する機動補給能力の向上が必要である。

以上のような問題点を踏まえ,海上自衛隊では弾薬等の備蓄,実装調整場や弾薬庫等の整備に努力しているところである。

(3) 訓練の問題

限られた防衛力を有効に発揮するためには,訓練を精到にし,常に精強な部隊を維持しておかなければならない。以下訓練実施上の問題点を,航空自衛隊のパイロットの訓練の場合を例にとって述べることとする。

航空自衛隊における教育訓練は,有事に即応し得る部隊を練成するため,隊員一人一人の練度を向上させるとともに,組織としての任務遂行能力を向上させるものである。なかでもパイロットの飛行訓練は,近年の航空技術の著しい進歩に伴う航空機の高性能化及び侵攻態様の多様化に伴い,一層高度の操縦技術,戦術能力及び判断力を必要とし,ますますその重要性を高めている。特に戦闘機部隊のパイロットには,要撃戦闘,対戦闘機戦闘,空対空射撃,空対地射撃など各種の飛行訓練が重要であり,それらの練度の維持向上に努めているところである。

しかしながら,近年次のような制約のため飛行訓練の実施が次第に困難になっているのも事実である。

 現在,訓練空域としては,低高度及び高高度訓練空域が計23か所設定されているが,飛行安全上航空路等との競合を避けつつ主として洋上に設定され,基地によっては訓練空域への往復に長時間を要し,実質的訓練時間を十分取れない状況にある。また,全般に広さも十分ではなく,超音速飛行など一部訓練項目について,航空機の性能や特性を十分発揮した訓練が実施できないところもある。

 空対空射場はいずれも狭く,各射場内の海域は船舶の航行禁止区域となっていないため,海域安全を確認しつつ訓練を実施している。また,空対地射場は,北日本にある基本射爆撃訓練用の2個所に限定されているため,使用回数の制約を受けている。

 パイロットが,その航空機の性能を安全かつ正確に発揮させるには,年間の所定飛行時間を確保する必要がある。特に,戦闘機パイロットに要求される高度の操縦技術等の練度を維持するためには,各種飛行訓練を一定の飛行間隔を保ちつつ実施する必要があるが,燃料の高騰もあって,最近は所定飛行時間の確保に制約を受けている。

 その他騒音対策上の問題から,夜間飛行,出発・進入経路等にも制約を受けている。

以上のような各種の制約による飛行訓練の質的,量的な低下は,パイロットの技量を始めとして,航空自衛隊の部隊の練度の維持向上を困難にさせる問題点になっている。これらの問題点を克服し精強な部隊を維持するために,航空自衛隊は,硫黄島訓練場の整備,日米共同訓練の推進,飛行教導隊の新編等により,実戦的かつ効率的な訓練態勢の整備に努めているところである。

第3章 日米防衛協力

わが国の防衛は,わが国自らが適切な規模の防衛力を保有し,これを最も効率的に運用し得る態勢を築くとともに,米国との安全保障体制の信頼性の維持及び円滑な運用態勢の整備を図ることにより,いかなる態様の侵略にも対応し得る防衛体制を構成し,これによって侵略を未然に防止することを基本としている。したがって,日米安全保障体制は,このような防衛の構想をとるわが国にとって必須のものである。

また,この体制が有効に機能するためには,日米両国が相互の立場を理解しつつ応分の責任を果たし,緊密な友好協力関係を維持強化することが必要である。

現在,日米安全保障体制は,両国関係者等の不断の努力により,良好な状態に維持されているが,第1部に述べたように,近年の世界の軍事情勢は一層厳しさを増しており,かつては戦略核戦力及び海空戦力において圧倒的優位にあった米国も,今日では,世界の紛争解決のための責任を一手に担う余裕はなくなってきているものとみられる。こうした状況を背景に,ワインバーガー米国防長官は,本年3月4日の上院軍事委員会において,ソ連側の戦力増強を防御的な性格のものとみるのは当を得ないとしつつ,紛争のあらゆる局面において,また米国の国益上死活的に重要な世界のすべての地域において脅威に対応し得るよう国軍の能力を大幅かつ迅速に増強する必要があると強調している。また,同長官は同盟諸国との協力関係にふれ,NATO諸国及び日本が西側全体の安全保障のために,より合理的な役割分担を進め,より多くの貢献を行うことが必要であると説いている。

このようにレーガン政権においても,わが国の防衛努力に対する期待は大きく,わが国が自らの防衛のため一層の努力を行うよう,様々の機会を通じ期待が表明されているところであるが,これに対し,わが国としては,日米安全保障体制を堅持するとの基本態度の下,あくまで平和憲法,専守防衛にのっとり,米国政府との間で十分な意思疎通を図りながら,わが国自身の問題として真剣に考えていくこととしている。

日米間の安全保障問題についての対話は,これまで通常の外交経路によるものは当然として,内閣総理大臣と米国大統領との日米首脳会談をはじめ両国政府要人との間に行われてきている。今年は,5月に行われた日米首脳会談で安保防衛問題に多くの時間がさかれた。この首脳会談に際して発表された日米共同声明第8項においては,両首脳が,日米安全保障条約は日本の防衛及び極東の平和と安定の基礎であるとの信念を再確認し,日本の防衛及び極東の平和と安定の確保に当たって日米間の適切な役割の分担が望ましいと認めたこと,鈴木首相が,日本は自主的にかつ憲法及び基本的な防衛政策に従って,日本の領域及び周辺海・空域における防衛力を改善し,並びに在日米軍の財政的負担を更に軽減するため,なお一層の努力を行うよう努める旨を述べ,レーガン大統領が理解を示したこと,更に両首脳が,一層実り多い両国間の対話を期待し,この関連で,6月の大臣レベル及び事務レベルの日米の安全保障問題に関する会合に期待したことが明らかにされている。

また,この首脳会談において,鈴木首相は,わが国が防衛努力を行うに当たって世論の動向,財政状況,他の諸政策との整合性,近隣諸国への影響等の要素にも十分な配慮を払う必要がある旨を述べている。

本章では,以上のような観点を踏まえ,日米両国政府の関係者による協議の足跡を概観するとともに,今日における日米の防衛協力の具体的努力についてその一端を紹介することとする。

第1節 日米両国政府の関係者による協議

日米両国の関係者間で定期的に実施される主な協議の場としては,第6表に掲げるものがある。このほか,わが国の防衛庁長官と米国の国防長官との間で度々首脳会談が開かれているが,これらのうち,最近の日米防衛首脳会談,安全保障協議委員会及び安全保障事務レベル協議の動きについて述べることとする。

1 防衛首脳会談

昭和50年8月に行われた坂田・シュレシンジャー会談の合意に基づき日米の防衛首脳による定期的協議が持たれ,随時の協議も含めて,これまで日米防衛首脳会談は10回を数えている。それぞれの首脳会談では貴重な協議がなされている。

昨年12月には,ブラウン国防長官がわが国を訪れ,大村防衛庁長官との会談が行われた。この会談においては,まず米側から,世界的規模におけるソ連軍の増強を背景とした極東ソ連軍の動向のほか,ブラウン長官が訪日直前に出席したブリュッセルでのNATO防衛計画委員会の討議を踏まえ,欧州の政治・軍事情勢,アフガニスタン及びイラン・イラク紛争等の中東・南西アジア情勢等双方に関心のある国際情勢につき,一般的な説明が行われ,これについて意見交換が行われた。

更に,当面のわが国の防衛努力についても意見の交換が行われ,防衛面での日米協力を一層推進すべきことを相互に確認した。

また,本年6月には,大村防衛庁長官が,米国を訪問し,ワインバーガー国防長官と会談した。この会談においては,まず,双方に関心のある国際情勢について意見交換が行われ,ソ連の軍事力の一貫した増強など,国際情勢が厳しさを増していることについて双方の意見が一致した。次に,米側からは,厳しい国際情勢にかんがみ,米国が真剣に国防努力を行っていることについての説明があり,日本を含む同盟国も一層の努力が必要であることを強調した。日本側からは,米国の行っている国防努力を評価するとともに,わが国としても,厳しい財政事情等の国内事情の中でせいいっぱいの防衛努力を行うつもりであることを述べた。更に日本側は,「56中業」の作成方針について,本年4月の国防会議で報告,了承されたところを説明した上,「防衛計画の大綱」に定める防衛力の水準が達成されれば,わが国の防衛力は現在に比べてかなり向上するはずであり,防衛庁としては,厳しい国際情勢にかんがみ,「56中業」で「大綱」の水準を達成することに最善の努力を行いたい旨説明した。米側は,国際情勢の厳しさを強調した上,できるだけ多くできるだけ早く防衛力を整備することについての期待を強調した。

そのほか,ガイドラインに基づく研究作業,在日米軍の駐留経費の分担等の分野での日米防衛協力のあり方について話合いを行った。

最後に,今後とも日米間の安保・防衛問題の緊密な協議を行い,相互理解を深めるよう努めることが確認された。(第6表 安全保障問題に関する日米間の主な協議の場)(大村・ワインバーガー会談に際して

2 安全保障協議委員会

昭和51年の第16回安全保障協議委員会において,前年の三木首相とフォード大統領との会談及び坂田防衛庁長官とシュレシンジャー米国防長官との会談における了解を受けて,日米安全保障条約及びその関連取極の目的を効果的に達成するために,軍事面を含めて日米間の協力のあり方について研究,協議を行うため,同委員会の下部機構として防衛協力小委員会が新たに設置された。この小委員会は,日本側は外務省北米局長,防衛庁防衛局長及び統合幕僚会議事務局長により,米国側は在日米大使館公使及び在日米軍参謀長により構成されるが,必要な場合は適当な両国政府関係者の出席が認められている。また,同小委員会が必要と認めるときは,その補助機関として部会を設置することができるとされている。

防衛協力小委員会は,昭和51年8月30日に初めて開催され,それ以降2年有余にわたり,作戦,情報及び後方支援の3部会での専門的検討を踏まえつつ,日本に武力攻撃がなされた場合の諸問題などについて研究,協議を重ね,その結果を,第8回会合において「日米防衛協力のための指針」として取りまとめた。この「指針」は,昭和53年11月,第17回安全保障協議委員会において,同小委員会から報告され,了承された。次いで,国防会議及び閣議に,外務大臣及び防衛庁長官から報告されるとともに,防衛庁長官からこの指針に基づき自衛隊が米軍との間で実施することが予定されている共同作戦計画の研究その他の作業については,防衛庁長官が責任をもって当たることとしたい旨の発言があり,いずれも了承された。

このような経緯を経て策定された「指針」は資料34に示すとおりであるが,この「指針」に基づく研究作業を実施するため防衛庁長官は,昭和53年12月,統合幕僚会議議長及び陸上,海上,航空各幕僚長に対し,共同作戦計画の研究その他の作業の実施を指示した。この指示により,後に述べるように,現在,日米共同作戦計画の研究及びその他の作業の研究が,鋭意実施されているところである。

3 安全保障事務レベル協議

このような日米防衛首脳会談及び安全保障協議委員会の活動とは別に,昨年6月に第12回,本年6月に第13回の日米安全保障事務レベル協議が開催された。本協議は,日米相互にとって関心のある安全保障上の諸問題について,非公式な意見の交換を行うものである。

第12回協議においては,ソ連のアフガニスタン介入以降の中東・南西アジア情勢を始めとする国際諸情勢について,意見交換を行ったほか,これら諸情勢との関連で,米側から,日本を含む西側諸国の一層の防衛努力が必要となっているとの考え及び日本が防衛努力を着実かつ顕著に増加するよう期待が表明された。また,双方は,日米間の各種の共同訓練が,大きな成果をもたらしつつあることを評価した。

第13回協議においては,まず双方に関心のある国際軍事情勢についての意見交換が行われ,アジア,中東その他の世界の主要地域における国際軍事情勢が,過去数年間厳しさを増してきていることについての認識が一致した。また,米側は,米国が行っている国防努力を説明し,この関連で,米国の同盟の協力が必要であることを強調の上,わが国に対して,自らの防衛のため一層大きな努力が必要であることを強調した。一方,日本側は,「56中業」の作成方針につき説明し,「防衛計画の大綱」をできるだけすみやかに達成する考えであることを表明した。

以上のとおり,防衛を巡る諸問題に関する,こうした率直な意見の交換により,日米間の防衛協力について相互理解が深められつつあるということは,日米安全保障条約の有する抑止効果を高め,わが国の安全及び極東の平和と安全を一層効果的に維持することに資するものと考えられる。わが国としては,これら日米の防衛面における密接な交流を,今後とも発展させ,さらに両国間の理解を深めていく必要がある。

第2節 「日米防衛協力のための指針」及びこれに基づく研究

1 「指針」の概要

先に述べたような経緯を経て策定された「日米防衛協力のための指針」の概要は次のとおりである。

(1) 前文

この指針は,日米安全保障条約及びその関連取極に基づいて日米両国が有している権利及び義務に何ら影響を与えるものではない。

この指針が記述する米国に対する日本の便宜供与及び支援の実施は,日本の関係法令に従う。

(2) 侵略を未然に防止するための態勢

ア 日本は,自衛のために必要な範囲内において適切な規模の防衛力を保持し,かつ,施設・区域の安定的効果的使用を確保する。

米国は,核抑止力を保持するとともに,即応部隊を前方展開し,来援し得るその他の兵力を保持する。

イ 共同対処行動を円滑に実施し得るよう,日本防衛のための共同作戦計画についての研究を行う。

ウ 作戦,情報及び後方支援の事項につき共通の実施要領を研究する。

エ 日本防衛に必要な情報を作成し,交換する。

オ 必要な共同演習及び共同訓練を実施する。

カ 補給,輸送,整備,施設等後方支援の各機能について研究を行う。

(3) 日本に対する武力攻撃に際しての対処行動等

ア 日本に対する武力攻撃がなされるおそれのある場合

(ア) 必要と認められるときは,自衛隊と米軍との間に調整機関を開設する。

(イ) 作戦準備に関し,共通の準備段階をあらかじめ定めておき,両国政府の合意によって選択された準備段階に従い,それぞれが必要と認める作戦準備を実施する。

イ 日本に対する武力攻撃がなされた場合

(ア) 日本は,原則として,限定的かつ小規模な侵略を独力で排除し,侵略の規模,態様等により独力で排除することが困難な場合には,米国の協力をまって,これを排除する。

(イ) 自衛隊は,主として日本の領域及びその周辺海空域において防勢作戦を行い,米軍は,自衛隊の行う作戦を支援し,かつ,自衛隊の能力の及ばない機能を補完するための作戦を実施する。

(ウ) 自衛隊及び米軍は,緊密な協力の下に,それぞれの指揮系統に従って行動する。

(エ) 自衛隊及び米軍は,緊密に協力して情報活動を実施する。

(オ) 自衛隊及び米軍は,効率的かつ適切な後方支援活動を緊密に協力して実施する。

(4) 日本以外の極東における事態で日本の安全に重要な影響を与える場合の日米間の協力

両国政府は,情勢の変化に応じ随時協議する。また,両国政府は,日本が米軍に対して安全保障条約その他の関係取極及び日本の関係法令に従って行う便宜供与のあり方について,あらかじめ相互に研究を行う。

2 「指針」に基づく研究の概要

防衛庁では,既にふれたように「日米防衛協力のための指針」に基づいて,現在,統合幕僚会議事務局が中心となり,在日米軍司令部との間で,「共同作戦計画」その他の研究作業を実施している。その概要は次のとおりである。

(1) 主な研究項目

「指針」で予定されている主要な研究項目は,大略,次のとおりである。

ア 共同作戦計画

イ 作戦上必要な共通の実施要領

ウ 調整機関のあり方

エ 作戦準備の段階区分と共通の基準

オ 作戦運用上の手続

カ 指揮及び連絡の実施に必要な通信電子活動に関し相互に必要な事項

キ 情報交換に関する事項

ク 補給,輸送,整備,施設等後方支援に関する事項

ケ 日本以外の極東における事態で日本の安全に重要な影響を与える場合の米軍に対する便宜供与のあり方

(2) 研究作業の実施状況これまで,「共同作戦計画」についての研究を優先して進め,ようやくその一応の概要がまとまりつつある。その内容は,わが国に対し武力攻撃が行われた場合の状況を設定して,「指針」に述べられた作戦構想に基づく日米共同対処要領等について,研究を行ったものである。今後は,引き続き「共同作戦計画」の研究を行っていくほか,その他の事項についての研究作業について,逐次具体的な作業を進めていくことになる。

しかし,「指針」で予定されている「日本以外の極東における事態で日本の安全に重要な影響を与える場合に,日本が米軍に対して行う便宜供与のあり方」については,いまだ研究に着手していないが今後日米間で調整の上取り掛かることとしている。

第3節 日米共同訓練及び装備・技術協議

1 日米共同訓練

自衛隊では,各種の装備の近代化を図ってきているが,究極的には,隊員のたゆみない訓練により,いつ,いかなる時でもこのような近代化された装備を駆使し,最大限の戦闘力を発揮できるようにすることが重要である。

このため,隊員の知識及び技術の向上を図るとともに,精強な部隊を練成することを目的として,平素から教育訓練を実施し,任務に即応し得る態勢の維持向上に努めている。

特に,米軍と共同で訓練を行うことは,自衛隊の部隊に大きな刺激を与えるとともに,米軍の新たな戦術・戦法の導入にもつながり,自衛隊の教育訓練に資するところ大である。また,この種の訓練は,平素から双方の意思の疎通を図り,円滑な関係を維持することにより,有事における日米共同対処行動にも資することとなるものである。こうした観点から,昭和56年度においては,従来にも増して日米共同訓練を積極的に実施していく方針である。

陸上自衛隊については,これまで日米共同訓練を実施したことはなかったが,昭和56年度に初めての共同訓練として,指揮所演習(部隊の実際の行動を伴わず,指揮機関だけを設置して行う演習)及び通信訓練(通信要員相互間における通信連絡のための訓練)の実施を計画し,現在,具体的な訓練内容について,検討を進めているところである。

海上自衛隊については対潜訓練を中心に,航空自衛隊については戦闘機戦闘訓練を中心に,引き続き日米共同訓練を実施していくこととしている。また,昭和55年春に実施したリムパックでは多大な成果を納めることができたので,次回のリムパックにも参加したいと考えている。(日米共同訓練時の双方の交歓(新田原)

2 日米装備・技術協議

日米防衛当局間における装備・技術面における協力の一つとして,昨年9月,ワシントンにおいて第1回日米装備・技術定期協議が開催され,続いて12月,東京において第2回協議が開かれた。この協議は,装備・技術面における日米防衛当局間の協力関係の一層の緊密化を図ることを目的とした,事務レベルの非公式会合であり,日本側は防衛庁装備局長,米側は国防省国際協力・技術担当次官補が,それぞれの代表となっている。

第1回及び第2回の協議においては,各種装備・技術情報の交換,ライセンスリリース(技術導入による国内生産についての米国政府からの許可)の円滑化,資料交換に関する取極の活発化等について話合いが持たれ,日米双方にとって有益な協議となった。

このような装備・技術面の協力関係は,技術の進展に伴いますます重要になるとの考えから,今後ともより一層の充実を図っていくべきものであると考えている。

第4節 在日米軍の現状

1 在日米軍は,その司令部を東京都福生市の横田基地に置き,司令官は第5空軍司令官が兼務している。司令官は,日本防衛のための諸計画を立案する責任を有し,平時には在日米陸軍司令官及び海軍司令官(米海兵隊を含む)に対し調整権を保有している。緊急事態発生時には,在日米軍司令官としてこれら諸部隊及び新たに配属される米軍部隊を指揮することになっている。

また,在日米軍司令官は,米国の軍事関係の代表として防衛庁及びその他の省庁との接渉を行うとともに,地位協定の実施に関し,外務省と調整する責任も有している。

2 在日米陸軍は,司令部を神奈川県のキャンプ座間に置いているが,日本国内には陸軍の戦闘部隊は駐留していない。在日米陸軍司令官は,有事に日本に展開される米陸軍の戦闘部隊を指揮することとなっている。現在駐留している米陸軍の主たる任務は,管理・補給・通信等の業務である。

米陸軍が使用している施設・区域としては,神奈川県の相模総合補給廠,広島県の川上弾薬庫などがあり,予備資材や備蓄弾薬等が維持保管されている。

このほか,米軍事運輸管理コマンドの在日部隊は,那覇港湾等の管理に当たっている。

3 在日米海軍は,司令部を神奈川県の横須賀海軍施設に置き,主に第7艦隊に対する支援に当たっている。

横須賀には,米海軍のほとんどの艦船を修理することができる施設があり,空母ミッドウェー及び第7艦隊旗艦ブルー・リッジなどの乗組員の家族は横須賀に居住している。米海軍の任務は,こうした優秀な施設を常時使用できて,初めて達成されると言っても過言ではない。このほか,長崎県の佐世保海軍施設や沖縄県のホワイト・ビーチ地区等にも海軍関係施設があり,艦艇に対する補給等を行っている。

神奈川県の厚木飛行場は,主として艦載機の修理及び訓練基地として,米海軍航空部隊によって使用されている。また,青森県の三沢飛行場と沖縄県の嘉手納飛行場には,対潜口肯戒飛行隊が配備されている。

4 海兵隊は,沖縄県のキャンプ・コートニーに第3海兵両用戦部隊司令部を置き,1個海兵師団及び1個海兵航空団を擁して,強力な空地強襲能力を誇っている。

海兵隊地上戦闘部隊は,沖縄県のキャンプ・ハソセソ及び東富士演習場等で厳しい訓練を実施して,高度の即応態勢を堅持している。また,海兵両用戦部隊の一部は,常に第7艦隊両用戦艦艇に乗艦し,緊急事態発生に備えて即応態勢にある。

対地支援を主任務とする海兵航空団は,その司令部を沖縄県の瑞慶覧に置き,1個海兵航空群を普天間に,2個海兵航空群を山口県の岩国に配備している。

5 在日米空軍は横田基地に第5空軍司令部を置き,沖縄県の嘉手納飛行場に第18戦術戦闘航空団を配備している。同飛行場には,昨年から最新鋭の戦闘機F−15及び空中警戒管制機E−3Aが配備され,戦術航空戦力が強化されている。また,横田基地には戦術空輸群を配備している。

これら在日米軍の配置状況は,第25図に示すとおりであり,また日米安全保障条約締結以来,現在までの在日米軍の兵力の推移は第26図のとおりである。

 

日米安全保障体制は,このような在日米軍の存在とこれに所属する人々の努力によって支えられているものである。こうした人々の努力が,わが国の安全確保のための重要な一側面を形成していることも,忘れてはならない。(在日米軍指令部(横田))(第25図 在日米軍配備の概要

第5節 在日米軍の駐留を円滑にするための施策

1 在日米軍の駐留は,日米安全保障体制の核心をなすもので,わが国の安全のために不可欠のものである。その駐留を真に実効あるものとして維持するために,わが国としても条約に定められた責任を,積極的に遂行していかなければならない。在日米軍の駐留に関することは,地位協定(日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約第6条に基づく施設及び区域並びに日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定)により規定されているが,この中には,在日米軍の使用に供するための施設・区域の提供に関すること,在日米軍が必要とする労務の需要の充足に関することなどの定めがある。

2 「施設・区域」とは,土地,建物・工作物などの構築物及び公有水面を言うが,わが国は,地位協定の定めるところにより,施設・区域の提供について,合同委員会を通じて日米両政府間で合意するところに従い,わが国の経費負担で提供する義務を負っている。在日米軍は,駐留目的を達成するために,これら施設・区域において,必要な訓練,演習,その他の活動を行っている。

また,在日米軍は,同軍を維持するために日本人従業員の労働力を必要としており,この労務に対する在日米軍の需要は,地位協定によりわが国の援助を得て充足されることとなっている。そこでわが国は,給与,その他の勤務条件を定めた上,日本人従業員(昭和56年2月末現在約20,440人)を雇用し,その労務を在日米軍に提供しており,所要経費については,米側から償還を受けてきている。

なお,わが国は,在日米軍の駐留に関連して,従来から施設・区域の提供に必要な経費を負担するほか,わが国の負担による独自の施策として,施設・区域の周辺地域の生活環境等の整備について,各般の施策を実施するとともに,日本人従業員の離職対策なども行ってきている。

3 ところで,在日米軍の駐留に関連して米側が負担する経費は,近時のわが国における物価,賃金の高騰や国際経済情勢の変動などによって,相当圧迫を受け,窮屈なものとなっている。このような事情を背景として政府は,在日米軍の駐留が円滑かつ安定的に行えるようにするため,また同時に日本人従業員の雇用の安定を図るため,在日米軍が駐留に関連して負担する経費の軽減について,現行の地位協定の枠内でできる限りの努力を行うとの方針の下に,次のような施策を講じている。すなわち,在日米軍の施設・区域については,昭和54年度から老朽隊舎の改築,家族住宅の新築,老朽貯油施設の改築,消音装置の新設などを行い,これらを施設・区域として提供することとしているほか,労務費については,昭和53年度から日本人従業員の福利厚生費などを,昭和54年度からは,給与のうち国家公務員の給与水準を超える部分の経費を,日本側が負担してきている。

昭和56年度においても,老朽化し,又は不足している米軍の宿舎の現状を是正するための隊舎及び家族住宅の整備,施設・区域周辺住民の環境を保全するための汚水処理施設等の整備,並びにその他の施設整備を行うとともに,引き続き,日本人従業員の福利厚生費などと,前述の給与の一部を負担することとしている。

これらの措置に要する昭和56年度歳出予算額は,施設整備費約276億円(ほかに後年度負担額約183億円),労務費約159億円,計約435億円である。

4 この経費の負担のほかに,わが国は,前述のとおり,在日米軍の駐留に関連して,従来から,施設・区域の提供に必要な経費の負担,施設・区域の周辺地域の生活環境等の整備のための措置,日本人従業員の離職対策などの諸施策を行ってきており,これらの施策のために昭和56年度に防衛施設庁に計上された予算額は,前掲の約435億円を含めて約1,630億円である。

 

わが国としては,これらの経費を効率的に使用し在日米軍の駐留をより円滑にする努力を行っている。