第2部

わが国の防衛政策

第1部で述べたとおり,今日世界の軍事構造の中心である米ソの軍事バランスは,ソ連の一貫した軍事力の増強の結果,次第に西側にとって好ましくない傾向を生みつつあるとみられる。また,ソ連はこのような軍事力を背景として,アフリカ,中東地域など第三世界における影響力の扶植,拡大に努めている。すなわち,南部アフリカに進出拠点を確保するとともに,インド洋周辺では,エチオピアのダフラク島,南イエメンのアデン,ソコトラ島のような海外軍事拠点を獲得し,ベトナムのカムラン湾等の使用とあいまって,中東・インド洋・南シナ海地域の海上交通路を扼する態勢をとることが可能となっている。更に,1979年12月のアフガニスタンヘの侵攻及びその後の駐留は,ソ連の軍事拠点の拡大のみならず,自由主義諸国経済の死命を制し得る中東産油地域への接近も意味し,ソ連の意図に関し改めて強い疑念を惹起させてきている。

更に最近は,イラン・イラク紛争あるいはレバノン紛争等にみられる中東情勢の流動化,ベトナムの軍事介入が続くカンボジア内戦や,中越国境での紛争等にみられる不安定なインドシナ情勢,中米における内紛など,世界の各地において不安定化傾向が増大している。このような地域的な紛争の頻発は,単に当該地域のみにとどまらず,世界の平和と安定にも影響を及ぼすものである。

このような厳しい世界の政治・軍事情勢の下で,わが国がその平和と安全を確保するためには,政治・経済上の基本理念を同じくする,西側先進民主主義諸国との連帯と協調を基礎とする外交努力が必要なことは言うまでもないが,同時に憲法及び基本的な防衛政策の下で,自らの国力国情にふさわしい防衛努力と日米安全保障体制をより効果的ならしめる努力を進めて行かなければならない。かかる努力により,わが国の平和と安全を維持することは,極東の平和と安全ひいては世界の平和と安全に貢献することとなろう。

これからのわが国の防衛政策は,このような認識を踏まえて考えていくことが必要である。

第1章 わが国の防衛力の意義

厳しい国際社会の中にあって,いかにすればわが国の平和と独立を維持できるのか。日本は,世界の平和にどのように貢献できるのか。国民の間に一層真剣な防衛論議が交わされるようになった今,防衛の問題を基本的かつ総合的に考えてみることも意義あることと考える。

本章ではこのような観点から,軍事力の持つ意義と現在のわが国防衛の基本的事項について述べることとする。

第1節 国家と防衛

1 国家の役割

国家が防衛力を保持することは,自らの手によって国の自由と独立,平和と安全を守る国民の強い意志を世界に表明することである。

人類の理想の一つは全ての国が軍備を持たず,国際紛争を武力で解決しない世界を創り上げることであり,そのためには現在のような各々独立した主権を持つ国家という枠にとらわれてはならないとの見方がある。しかし,多くの国家が存在し,実際に武力紛争が発生するというのが世界の現実であり,国家がそれぞれ独自の価値観を持ち,独自の国益を追求する限り,見通し得る将来においても協調と対立の混在する姿は変わらないであろう。

戦後,わが国は未曽有の経済的繁栄を築いてきたが,国家にはこのような国民の経済を発展させることや文化的価値を創造するという役割とともに,最も基本的役割として,国民の平和と安全を守るため,国内の治安を維持し,国外の侵略から国民を守る責務が課せられている。すなわち,国民の平和と安全を守るために必要な機能を持つことが,独立国の一つの要件と言えよう。

わが国には,防衛力を持てば武力紛争に巻き込まれるおそれがある,非武装に徹底すれば他国が攻めてくることはないとする意見もある。しかし,この種の意見は,厳しい現実の世界をあまりに善意に,また主観的にみているのではなかろうか。わが国は憲法によって戦争を放棄したが,他国がわが国を侵略することがないとは断言できない。世界の各国は,それぞれ自国を取り巻く現実を直視し,自らの防衛力を保持して,侵略を未然に防止するとともに万一侵略が生起した場合にこれを排除できるように備えている。

2 守るべきもの

我々は何を守るべきか,日本人として最も大切なものは何か。

この種の調査は,従来から多くの調査機関によって行われている。そこにみられる日本人の意識は様々であって,守るべきものとして,国の独立と名誉,個人の権利や自由,国家,国土,家族,文化や伝統,民主主義,豊かな社会などが挙げられている。日本国民はこのように多様な意識や価値観を持ちながら,日本人としての叡智と活力をもって今日の日本を築いてきたと言えよう。国民の多様な意識や価値観を受け入れ,その多彩な活動を支えることができるのは,自由で,経済的に活力のある国家である。

このことから,守るべきものは,国民であり国土であると同時に,多様な価値観を有する国民にそれを実現するため,最大限の自由を与え得る国家体制であると考えるべきではなかろうか。換言すれば,国防の目的も,民主主義を基調とするわが国の独立と平和を守ることにある。わが国が,他国からの侵略に対し降伏した場合はどうであろうか,そのためにわが国土を奪われ,国民は隷従を強いられ,国民に自由を与え得る国家体制を失うならば,もはや我々日本人は,今日のような平和と自由のうちに日本人として生きることはできないのではなかろうか。日本は,憲法に示されているように,国民の一人一人が自由のもたらす恵沢を享受できる国家であり続けなければならない。

3 国民と国家

日本が自らの主権を維持し,国民が自由な社会体制の中にあって幸福な生活を営むことができるように,日本という国を侵略から守るのは国民一人一人の責任である。

わが国の場合,自衛隊は,日本防衛の中核となるものであるが,真に防衛の基盤をなすものは,侵略を憎みこれに抵抗する国民の強い意志である。このような気概を持つ国民とその国民に支持された精強な自衛隊の存在は他国のわが国に対する侵略をちゅうちょさせ思いとどまらせる大きな力となろう。

第2節 軍事力の意義

1 総合安全保障の必要性

一般に今日の安全保障においては,軍事面の努力もさることながら非軍事面の努力がきわめて重要となっている。平和外交の推進やエネルギー,食糧確保等の諸施策は,いずれも一国の存在のため欠くことできないものであり,国の安全保障を全うするためには,国際的な協調を図りながら,軍事,非軍事にわたるあらゆの施策が総合的かつ整合的に推進されなければならない。

わが国においても,最近の国際政治経済情勢の推移を背景として,わが国の安全を確保するためには,総合的な施策が必要との認識が高まり,政府は,関係省庁会議において検討を重ねたのち,昨年12月,「経済,外交等の諸施策のうち,安全保障の視点から総合性を確保する上で,関係行政機関において調整を要するものについて協議するため」内閣に総合安全保障関係閣僚会議を設置した。

2 軍事力の地位と役割

国の安全が非軍事手段によって確保されることは望ましいことではあるが,現実の国際社会において非軍事手段だけで国の安全を全うすることは困難である。いかに適切な非軍事手段を尽くしても現実に侵略が生起した場合に,これを排除する直接の力は軍事力である。このような意味の軍事力は国の安全保障にとって必要不可欠である。

軍事力の役割は核兵器の出現と科学技術の急速な進歩によって大きく変化した。すなわち,核兵器の使用による相互破滅の可能性が生まれたことのほか,通常兵器による武力紛争であっても,相互に極めて大きな被害を受けることになったため,軍事力は,武力行使の手段としてよりは,むしろ戦争をできる限り回避し,未然に防止するという抑止力の側面が重視されるようになった。

また,軍事力は,政治的影響力行使の手段として重要な意味を持つこともあり,このような点から,直接軍事力を行使することがなくても,相手国に対する圧力や恫喝により,政治目的を達成しようとする動きには警戒を要しよう。軍事力による政治的威圧や恫喝を受けたとき,それを決然としてはね返すためには,その国の軍事力や安全保障体制などを整えておくことが必要である。

ひるがえってわが国の場合,防衛力を相手国への圧力や示威のために使うことは決してあり得ない。しかしながら相手国からの軍事力を背景とした不当な圧力や脅迫などを受けないよう,あるいは仮に受けた場合にもこれに屈しないような体制を平素から整えておく必要がある。また,核による脅威に対しては,米国の核抑止力に依存することとしており,このためにも日米安保体制を堅持し,その有効性を保持する努力が必要となる。

3 通常兵力の今日的意義

核時代の今日,小規模の防衛力が役に立つのだろうかという疑問がある。更に極端な例としては,万一巨大な軍事力をもって侵略を受けた場合,すぐに降伏して,国民の生命や財産を侵略者の前に投げ出し,慈悲を乞う方が得策であるとする意見もある。米ソの核戦力を始めとする巨大な軍事力の前には,小規模の通常兵力は無意味にみえるかもしれない。しかしながら,世界の国々が自国の安全と独立を守るために,それぞれの国力国情に応じた防衛力を整えている現実は,どのように説明できるであろうか。

核保有国である米国は,通常兵力の意義について,1978年度国防報告の中で「現代は核時代であるが,通常兵力はわが国の安全並びに世界の平和と安定にとって,ますます重要性を増している。通常兵力は依然として,軍事力がいやしくも使用される場合に,国際的諸目標を追求するための主要な手段であることに変わりはない。核戦力は若干限定された敵対行動を確かに抑止する。しかしながら,現在抑止の主要な負担は通常兵力の分野にますます大きくかかるようになっている」と述べ,通常兵力をも高く位置づけている。確かに,現在は,核兵器の使用とそれに至る大規模な軍事力の使用が強く抑止されている反面,通常兵力による限定的な紛争に対して核の抑止力は,相対的に低下傾向にある。現に,通常兵力による限定的な紛争は核兵器出現以降も数多く生起している。したがって,世界の国々は,核兵器の保有国であると否とを問わず,このような限定的紛争を抑止し,また必要な場合にはこれに対抗するための通常兵力を整備しているのである。

ここで,わが国の場合を考えてみよう。わが国は,限定的小規模な侵略について原則として独力で排除するため,自ら適切な規模の防衛力を保有することとしている。更に,わが国は米国と安全保障条約を結んでいるため,日本の防衛力は米国の核を含む強大な軍事力とあいまって,わが国に対する侵略を未然に防止する役割を果たしている。この点,わが国に対して独力で対処困難な侵略が行われる場合であっても,迅速な既成事実の形成を許さないように,自らの防衛力をもって頑強な抵抗を行うことが,日米安全保障体制が機能して,米国の支援を意味あるものとする上で重要である。すなわち,侵略者は,直接米国と対決せざるを得なくなり,遂には米国との核戦争に突入する危険を冒すことにもなるからである。したがって,侵略を抑止するためには,日米安全保障体制が有効に機能する態勢を維持しておくと同時に,わが国自ら侵略者による迅速な既成事実の形成を許さない一定の質と量とを備えた防衛力の保持が鍵となり,大きな意義を持つことになる。

もとより,核の脅威に対しては核抑止力が必要である。わが国は核の脅威に対しては日米安全保障条約の下,米国の核抑止力に依存している。また,英国やフランスは米国と安全保障関係を保ちつつ,自らも核攻撃力を保有し核に対する抑止機能としている。

次に,力の均衡という立場から通常兵力の意義を考えてみよう。

現在の世界の平和と安定は,軍事的バランスを重要な要素としており,そのバランスが崩れたとき,脅威はより顕在化するおそれがある。現在,西側諸国がソ連の顕著な軍事力増強に懸念を抱いているのもこのためである。勢力均衡が,国際社会を安定させる重要な要素である限り,全体としてはもちろん,それぞれの地域においても力の不均衡状態をつくらないことが,平和を維持する上で極めて重要な要素となっている。

第3節 日本が果たすべき使命

−自助の努力と西側の一員としての役割−

1 自助の努力

わが国の防衛は,外部からの侵略に対しては,米国との集団安全保障体制を基調としてこれに対処することとしている。しかし,このことはわが国が自ら国力国情に応じた防衛力を整備しなくともよいということではない。

局地的な侵略に対しては,第一義的に侵略を受けた国が自ら対処し,米国は核戦力や海空軍力を中心に支援するというニクソン・ドクトリンはこの考え方の明確な表明と言えよう。1982年度米国防報告は,日本に言及して「日本が,米国と共に,共通の安全保障上の利益にそうよう,より効果的に行動することができるようになるために,日本の自衛力を着実に,また加速的かつ実質的に増大することが必要」と述べている。

わが国が経済大国と自他ともに認める国力を持つようになり,一方で米国の軍事力が相対的に低下してきたと言われる今日,わが国としても自らの防衛努力を尽くすことが重要であると考えている。自国の防衛は本来自らの責任である。強力な日米安全保障体制の下にあっても,我々は侵略に対して自ら責任を持って対処する心構えと準備が必要であろう。

2 西側の一員としての役割

わが国と自由主義諸国との連帯関係については,既に述べたところであるが,国家間の相互依存と価値観を共有する諸国の連帯関係は,一国の危急存亡が必然的に他国にも直接重大な影響を及ぼす程に深まっていると言えよう。この意味でわが国が持つ防衛力は,わが国と共通の価値観を持ち,相互依存の関係に立つ自由主義諸国との信頼関係の重要な要素をなすものであり,ひいては世界の平和と安全の維持につながるものと言えよう。東西間のバランス維持が国際的な武力紛争を防止し,国際平和を維持する上で重要であることを考えれば,今日の国際情勢の下では,わが国が西側の一員として自らの防衛のために尽くす努力は極めて重要な意味がある。

 

世界の軍事情勢が厳しさを増し,西側諸国が国防に努力を傾注している今日,わが国においても,憲法及び基本的な防衛政策に従って,なし得る限り自らの防衛体制を整備する必要があろう。

第4節 わが国の防衛

1 防衛政策の基本

(1) わが国の防衛政策は,昭和32年5月に閣議決定された「国防の基本方針」にその基礎を置いている。

この「国防の基本方針」は,まず国際協調と平和努力の推進及び内政の安定による安全保障の基盤の確立を,次いで効率的な防衛力を漸進的に整備すること及び日米安全保障体制を基調とすることを方針として掲げている。

(2) わが国は,平和憲法の下,専守防衛に徹している。

憲法第9条は,戦争放棄・戦力不保持・交戦権の否認に関する規定を置いているが,この規定は,主権国家としてのわが国固有の自衛権を否定するものではない。政府は,自衛権が否定されない以上,その行使を裏付ける自衛のための必要最小限度の実力を保持することは憲法上禁止されているものではないと解している。もっとも,同条の規定から,わが国が保持することができる防衛力は,無制限なものではあり得ず,政府は,自衛のための必要最小限度を超えるものは,同条にいう「戦力」として保持し得ないと解している。また,政府は,自衛のための行動についても,武力行使の目的をもって武装した部隊を他国の領域に派遣するいわゆる海外派兵は,一般に自衛のための必要最小限度を超えるものであって,憲法上許されないと解しており,国際法上認められている集団的自衛権についても,その行使は憲法上許されないと解している。

(3) 核兵器については,わが国は世界唯一の被爆国として,核兵器の廃絶を願いつつ,自らも,政策として「持たず,作らず,持ち込ませず」の非核3原則を堅持し,憲法解釈上その保有が許されるものであっても,一切これを保有しないこととしている。

(4) 自衛隊は,国民の意思にその存立の基礎を置くものであり,国民の意思によって維持,運用されなければならない。自衛隊は,旧憲法下の体制とは全く異なり,厳格な文民統制(シビリアン・コントロール)の下にある。

「シビリアン・コントロール」の考え方は,欧米の民主主義国では,早くから根強く保持されており,各国の歴史と伝統の中に育まれ,それぞれの制度と運用の実績を持っている。したがってシビリアン・コントロールの実態を画一的なものとしてとらえることはできないが,現在の米英等の民主主義諸国では,シビリアン・コントロールとは民主主義政治を前提としての政治優先又は軍事力に対する民主主義的な政治統制を指すと言われている。

わが国の場合は,終戦までの経緯に対する反省もあり,他の民主主義諸国と同様,厳格なシビリアン・コントロールの諸制度を採用した。まず自衛隊は国民の代表たる国会によって,そのコントロールを受けている。自衛隊の定員・組織・予算等の重要な事項は国会で議決され,防衛出動については国会の承認が必要とされていることなどのほか,自衛隊の諸問題に関しては絶えず国会で審議されている。

次に内閣は,国会に提出する法律案や予算案を決定し,政令を制定し,あるいは,防衛に係わる重要な方針や計画を決定している。この内閣を構成する内閣総理大臣その他の国務大臣は,憲法上文民でなければならないことになっている。内閣総理大臣は内閣を代表して自衛隊に対する最高の指揮監督権を有しており,自衛隊の隊務を統括する防衛庁長官も文民である国務大臣をもって充てられる。

内閣には,国防に関する重要事項を審議する機関として国防会議が置かれている。国防会議は内閣総理大臣を議長とし,防衛庁長官,外務大臣,大蔵大臣,経済企画庁長官等を議員として構成され,防衛計画の大綱,防衛出動の可否等基本的な問題のほか,随時,国防に関する重要事項を審議する。

更に,防衛庁では防衛庁長官が自衛隊を管理し,運営するに当たり,政務次官,事務次官が長官を助けるのはもとより,基本的方針の策定については,いわゆる文官の参事官が補佐するものとされている。

2 侵略の未然防止の考え方

わが国の防衛の基本は侵略の未然防止にある。狭い国土に多くの人口を抱えるわが国が万一侵略を受けた場合には,産業や生活の基盤を喪失するだけではなく,たとえ小規模の侵略であっても,国民が直接受ける被害も少なくないであろう。したがって,わが国としては,国民の生命を守り,国の生存基盤を確保するために,あらゆる侵略を未然に防止しなければならない。

わが国が侵略を未然に防止するためには,万一侵略を受けたときに日米安全保障体制とあいまって有効にこれを排除できるだけの体制が準備されてなければならない。すなわちわが国は,自ら適切な規模の防衛力を保有し,日米安全保障体制に基づく米国の軍事力とあいまって侵略を抑止する考え方をとっている。すなわち,限定的かつ小規模な侵略については,原則として独力で排除し,独力での排除が困難な場合でも強靱な抵抗を継続し,米国からの協力をまってこれを排除し得るような防衛力が必要である。核の脅威に対しては,米国の核抑止力に依存することとしている。

3 専守防衛についての考え方と必要な努力

専守防衛という言葉について確定された定義があるわけではないが,専守防衛とは,相手から武力攻撃を受けたとき初めて防衛力を行使し,その防衛力行使の態様も,自衛のための必要最小限度にとどめ,また保持する防衛力も自衛のための必要最小限度のものに限られるなど,憲法の精神にのっとった受動的な防衛戦略の姿勢を言い,わが国の防衛の基本的な方針となっているものである。

わが国に侵略が生起する場合の様相を考えてみると,侵略者は開戦の主導権を持ち,兵力,時期,場所,態様を自由に選択してわが国を攻撃することができる。専守防衛を旨とするわが国は,侵略が開始されて以降も待ち受けの態勢によって対処することを念頭において十分な準備を施さなければならない。

自衛隊は,外部からの武力攻撃に対しては,できるだけ海上において,更には水際においてこれを阻止・排除し,国土に戦闘が及ぶのを最小限にくい止めることとしている。しかし,それでもなお着上陸されることもあり得るところであり,この場合においては,極力早期にこれを排除することとするが,独力での排除が困難な場合には,あらゆる方法をもって粘り強い抵抗を継続することもあらかじめ考えておかなければならない。

このような点を考慮すると専守防衛を旨とするわが国においては,高度の即応態勢を整備することの必要性が高いものと考えられる。このため,国家として,危機に際し適時適切に対応し得る態勢を整えることを始め自衛隊の人員・装備の充実向上及び指揮通信態勢を整えるなど,有事即応の態勢を確立するとともに,弾薬の備蓄及び基地等の抗たん性の向上等粘り強い戦いを遂行し得る継戦能力を保持しなければならない。

また,奇襲を防止し,効果的に侵略者を排除するには,情報活動の適否が重大な影響を及ぼすものであり,平時,有事を問わず,わが国の領域並びに周辺海空域の警戒監視及び防衛に必要な情報収集を効果的に実施する必要がある。

昭和55年度1年間の国籍不明機等に対する緊急発進の回数は783回にも上っているが,このような航空機あるいは艦船の接近に対しては,レーダーサイト,沿岸監視隊や警備所,対潜口肯戒機や艦艇が常時警戒監視を行っており,また海外からわが国に飛来する軍事通信電波及び電子兵器の発する電波を監視収集し,整理分析して必要な情報資料の作成に努めている。こうした監視活動は,わが国固有の領土である北方領土のソ連地上軍等の配備についても,重大な関心をもって向けられている。

更に,国際軍事情報については,在外公館等を通じ,常時広く把握することとしており,現在25か国に防衛駐在官が置かれている。本年度は更に2か国のわが国在外公館への配置が予定されている。

また今日,米ソ両国は偵察衛星により世界各地における情報収集に努めている。主要各国においては,軍事情報の重要性が深く認識され,その収集,分析能力の向上に努力が続けられている。わが国においても,情報の優劣が専守防衛を成功させる重要な条件であるところから,引き続き努力を傾注すべき分野であると考えている。

4 日米安全保障体制

(1) 日米安全保障体制の意義

わが国の平和と独立を確保するためには,核兵器の使用を含む全面戦から通常兵器によるあらゆる態様の侵略事態,更には軍事力による不当な示威,恫喝といった事態に至るまで,考えられる各種の事態に対応することができ,その発生を未然に防止するための隙のない防衛体制を構成する必要がある。しかし,わが国独自でこのような防衛体制を構成することは不可能であり日米安全保障体制に大きく依存している。

この体制によって,わが国に対する外部からの武力攻撃は,米国の強大な軍事力と直接対決する可能性をもつこととなり,侵略国は相当の犠牲を覚悟しなければならない。したがって,日米安全保障体制は,わが国に対する侵略を未然に防止する力として機能するものである。

また,日本の安全と発展のためには,極東の平和,更には世界の平和が必要であることは言うまでもない。日米安全保障条約は,日本の安全に寄与し,並びに極東における国際の平和と安全の維持に寄与するため,米軍がわが国において施設・区域を使用することを認めている。米軍の駐留はわが国だけでなく,英国,西独,イタリア及び韓国など多くの国が認めている。

更に,この条約は「日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約」という名称にも表われているとおり,防衛面の取極のほかに,経済的協力関係の促進等についても取り決めている。すなわち,日米安全保障体制は,防衛面のみならず政治,経済,文化などのあらゆる分野における日米友好協力関係の基礎となっている。

(2) 日米安全保障体制の有効性を保持する努力

以上述べたとおり,日米安全保障条約は,わが国にとって重要な意義を持つものである。一般に条約は,締約国が相互に利益を享受している場合,最も有効に機能するものである。日米安全保障条約についても,これが日米双方にとって掛け替えのない重要な利益をもたらすものであることが相互に認識され,その認識に根ざした友好協力関係が継続してこそ有効性が最も確実なものとなる。したがって,日米両国は,それぞれこの条約を有効ならしめるための努力を積み重ね,互いの責任を応分に果たすことが必要である。

5 自衛隊の防衛機能

わが国に対する武力攻撃の態様としては,武力紛争生起の原因やそのときの国際環境等によって様々な態様が考えられるが,その幾つかを概括的に述べれば,陸・海・空の戦力をもって戦略上の重要地域を占領し既成事実化する場合,海上又は航空戦力をもって日本の産業基盤等を破壊する場合,海上又は航空戦力をもってわが国周辺の海,空の交通を妨害する場合等が考えられる。また,これらと並行してあるいは単独で,軍事力をもってする不法行為や間接侵略という事態も考えておかなければならない。

わが国の防衛力は,このような対処すべき事態が,どこで,どのような態様で生起してもこれに対応できなくてはならず,陸,海,空いずれの戦力による攻撃に対しても,またこれらの統合された戦力による攻撃に対しても,備えておく必要がある。このためには二つの要素が重要となる。

第1に,通常兵器による各種の手段をもってする侵略に対して,必要な対抗措置を採れるように,陸,海,空の均衡のとれた防衛力を保持し,それぞれが陸の防衛,海の防衛,空の防衛の役割を果たす機能に欠けるところがあってはならない。

第2に,こうした陸・海・空各防衛力とそれらの機能は,わが国領域及びその周辺海空域のいずれの区域においても,侵略の当初から組織的な防衛行動ができるように,有機的に組織されていなければならない。このため特に,それぞれ異なる特性を持つ陸・海・空各防衛力の統合発揮が必要である。すなわち,防衛作戦を統一した作戦指導の下に遂行するとともに,個々の作戦についても,例えば陸上自衛隊の部隊の移動・集中時の海・空部隊との協同,陸上戦闘及び海上作戦に当たっての航空自衛隊の支援等,陸・海・空各自衛隊が相互に密接に協力し合うことが必要である。

また,わが国の防衛力は,侵略の規模によっては,少なくとも米軍来援までの間を持ちこたえ,米軍と共同して侵略を排除し得るものでなければならない。このためには,抵抗を継続し得る能力を保有し,更に装備や作戦に関し,米軍と有効に共同対処行動ができるようにしなければならない。

このように陸・海・空各自衛隊の統合ないし協力,あるいは米軍との共同対処が重要であるが,ここではその前提となる陸・海・空各自衛隊の防衛力の持つ機能について述べる。

(1) 陸上防衛力

陸上兵力は,有史以来領土を巡る攻防戦に決着をつける最終的な力として存在してきた。近代戦においてもその本質的役割は変わっていない。これを保持することは,たとえ国土が戦場となっても国を守ろうとする国民の強い防衛意志を内外に表明するものである。

専守防衛を国防の基本とするわが国は,待ち受けの態勢によって侵略に対処することとなるため,わが国土の占領を目的とする侵攻軍との戦闘が,陸上において行われることを否定できず,陸上防衛力の役割は極めて大きい。

侵略は本来,相手国の国民やその国民の意志を支配することを目的としており,これは最終的に国土を占領することによって達成されるものである。このような国土の占領を目的として着上陸してくる優勢な侵略者に対しては,海上や航空防衛力の支援を受けつつも,わが国土地形を味方として利用でき,国土を直接確保できる陸上防衛力を主体として対処することが必要である。

わが国の防衛作戦は,日米安全保障条約に基づき,来援する米軍と共同して実施することとしているが,特に陸上作戦においては,来援する陸軍部隊の移動には長い日時を要すること等の理由から,米陸軍部隊の来援を確実にするために,少なくともわが国の陸上防衛力をもって戦闘を組織的に継続しておかなければならない。

更に,陸上防衛力は,間接侵略への対処に当たるとともに,必要に応じ公共の秩序を維持し,海上及び航空自衛隊の作戦の後拠を確保する等国内全域にわたる防衛警備を担任し,有事,国民全般の抵抗の拠りどころとなるものである。

陸上自衛隊は,国土防衛作戦を行うため,全国を5個の区域に区分し,それぞれの区域ごとに国土防衛作戦を実施し得るように5個の方面隊を保有している。方面隊の基幹となる部隊は師団である。師団は,陸上戦闘に必要な各種の機能を備え,一定の期間独立して作戦を行う能力を保有する部隊であり,陸上自衛隊は,13個師団(うち1個は戦車等を主体とした機甲師団)を保有している。

これらの部隊は,わが国の領域のどの方面においても,侵略の当初から組織的な防衛行動を迅速かつ効果的に実施し得るように,わが国の地理的特性に応じて配置されている。次に,陸上自衛隊の主要な作戦行動について述べる。

ア 水際及び沿岸地域における作戦

わが国の陸上防衛作戦は,海岸付近における対着上陸戦闘をもって開始される。

水際付近における作戦は,敵上陸部隊が海岸に上陸する前後の弱点をとらえ,火力又は機動打撃によって撃破する作戦である。この作戦を可能にする要件は,事前の周到な準備であり,このため,努めて早期に敵の侵攻企図を予知して,海岸付近に敵の上陸を妨害する障害の構成,敵の熾烈な砲爆撃に抗し得る陣地の構築及び各種の火器の配置等を完了しておく必要がある。しかし,奇襲的侵攻を十分な時間的余裕をもって確実に予知することは困難であることにも配意する必要がある。

次に,沿岸地域における作戦は,敵が沿岸地域に着上陸し,その兵力を総合結集する以前の弱点をとらえて撃破する作戦である。この作戦を可能にするには,敵を一定期間沿岸地域に阻止し得ること,早期に打撃正面を確定して敵に勝る戦闘力を結集し得ること及び敵の兵力結集前に打撃し得ること等の条件を満たすことが必要であり,火力,機動力,防護力等バランスのとれた機能が必要である。

これらの作戦実施に当たっては,海上及び航空自衛隊との連携の下に,艦艇,航空機による阻止行動のほか,地対艦誘導弾,対舟艇誘導弾等各種の火力によって敵上陸部隊の戦力を,努めて洋上の段階から減殺し,上陸してきた敵部隊に対しては,あらゆる火力を集中し,戦車,装甲車等の機動打撃力をもって撃破することとなる。

また,敵の上陸侵攻作戦には,通常空挺部隊等による攻撃が併用されるため,これらに対しても火力や機動打撃力による対処が必要となる。

イ 内陸地域における作戦

この作戦は,海岸から内陸部の一定地域を利用して時間をかせぎ,この間に他の地域から部隊を結集し,好機をとらえて反撃に転じ敵を撃破する作戦である。これは第一線部隊の勢力や作戦準備の時間が不足する場合の作戦であり,一時的とはいえ国土の相当部分を敵手に委ねることとなる。

以上のような陸上防衛作戦を実施するためには,装備の充実,近代化や人員の充足等,師団等の質量両面にわたる能力向上が必要である。(訓練中の普通科隊員と74式戦車)(第17図 陸上防衛作戦における主要な戦闘機能

(2) 海上防衛力

一般に海上兵力は,その特性である機動性,柔軟性をいかし,平時における警戒監視,プレゼンスによる影響力の行使,情勢緊迫時における各種紛争への対応,更に有事における周辺海域の防衛,海上交通の保護等,平時から有事に至る極めて広範多岐にわたっている。米,ソ,英,仏などの主要国海軍は,このような幅広い任務を遂行する能力を持っているが,その他の諸国の海軍はその国力国情に応じた能力を有するものとなっている。

ところで,わが国の海上防衛力の意義を考える場合,まずわが国のおかれた特性について考える必要があろう。

第1は,わが国がアジア大陸の東端の沖合に位置する細長い列島であり,数多くの海峡を有し,日本海に面する大陸国の海洋進出の場合の進出経路に当たる等戦略的に重要な位置を占めていることである。

第2は,わが国は資源に乏しく,国民の生存繁栄のための物資のほとんどを海外に依存し,市場を海外に求める貿易立国であり,このための海上交通は,他国に類をみない輸送量と世界的広がりを持っていることである。

このような特性は,侵略国にとってはわが国の周辺海域を制することが戦略上極めて重要なこととなり,またわが国土侵攻という大きな犠牲を払わなくてもある程度の目的を達することができる利点にもなる。

したがって,わが国の海上防衛力は,陸上及び航空防衛力の支援を受けつつ,海上からの侵攻に対しわが国を防衛するとともに,わが国周辺海域における海上交通の安全を確保することを主たる任務として考えられている。

このため海上自衛隊は,わが国周辺海域全般の防衛に当たる自衛艦隊と,これに密接に連携しながら担当警備区域の海上防衛と後方支援に当たる5つの地方隊等により編成されている。また,機動打撃力を用いる攻勢作戦については,日米安全保障体制に基づき米海軍部隊に期待することとしている。

次に,海上自衛隊の主要な作戦について述べる。

ア 対潜水艦作戦

わが国にとって,まず脅威の対象として考えられるものとして潜水艦がある。最近の潜水艦は,原子力推進機関の使用により水中速力,潜航持続力が飛躍的に増大し,潜航深度,静粛度の性能が向上しており,その探知を一層困難にしている。更に,攻撃力についても魚雷だけでなく,潜航したまま艦船を攻撃できるミサイルを持つようになったため,対処をより困難にしている。

潜水艦を探知し撃沈するまでの一連の作戦を対潜水艦作戦というが,現在及び見通し得る将来において対潜水艦作戦は水上艦艇,潜水艦,対潜ヘリコプター,対潜口肯戒機等各種の手段を組み合わせ,その総合効果によって有効に対処することが必要とされる。特に,56年度から海上自衛隊に導入されるP−3Cは,高性能の対潜哨戒機であり,対潜能力の大幅な向上が期待される。(最新鋭ヘリコプターとう載護衛艦くらま

イ 水上打撃戦

上陸侵攻を企図する水上艦船を攻撃し,また海上交通の安全確保に際して,相手の水上艦艇に対処するための作戦として水上打撃戦がある。

最近主要各国の水上艦艇は,打撃効果に優れ,長射程の艦対艦ミサイル(SSM)を装備するすう勢にある。このような水上艦艇に対しては,相手のミサイルに対し防御する手段(例えば電子妨害)を講ずることや,艦対艦ミサイル等によって相手を撃破することが必要となる。海上自衛隊においては,本年3月艦対艦ミサイル(ハープーン)をとう載する護衛艦「いしかり」が就役している。

ウ 防空戦

最近の航空機は,高速力と長い射程を持つ空対艦ミサイル(ASM)を装備し,艦対空ミサイル(SAM)の射程圏外から艦艇を攻撃できる能力を持つに至っている。すなわち,最近の経空脅威は爆弾からミサイルに推移しており,このような長射程の空対艦ミサイルはもとより前述の艦対艦ミサイル,潜航した潜水艦から発射される対艦ミサイル(USM)の発達は目覚ましく,その探知・捕捉は極めて困難となっている。

海上自衛隊が,対潜水艦作戦及び水上打撃戦を行う上で,このようなミサイルを撃破する作戦として防空戦がある。

ミサイルに有効に対処するためには,コンピューターを主体とした対ミサイル防御システムを中心として,電子妨害装置や欺まん装置を含む対ミサイル兵器によるソフトキル,対空ミサイルや砲によるハードキル両面からの秒単位の対応が要求される。海上自衛隊においては,これらの状況にかんがみ,艦艇等の防空機能のシステム化に努力しているところである。(第18図 防空戦の様相

エ 機雷戦

この作戦は,掃海艇や掃海ヘリコプター等をもって,敷設された機雷を除去する「対機雷戦」と,機雷敷設艦等をもって,上陸阻止や海峡防備などのために機雷を敷設する「機雷敷設戦」に分けられる。特に,多くの重要な港湾や海峡を持つわが国にとって,これらの作戦は極めて重要な意義を持つものと言える。

(3) 航空防衛力

航空兵力の持つ特性は,海洋や山脈等を障害とせず,航空機の持つ優れた速度と航続距離をもって,超低空から高高度にわたる空間を縦横に機動し,所望の地域に短時間に戦闘力を集中できることである。また,科学技術の進歩に伴って,その作戦能力は航空打撃力のみならず,防空,対地支援,航空偵察,航空輸送等に拡大され,特に強大な打撃力は戦勢を左右する重要な要素の一つとなっている。更に陸上,海上作戦を遂行する上においても,その戦域における航空優勢が確保されていなくては十分な戦闘力発揮が困難であることから,近代戦においては航空優勢の獲得が重要な要素となっている。

航空自衛隊は,先の各種の作戦能力のうち,陸上及び海上防衛力の支援を受けつつ,防空作戦を遂行することを主体とした編成装備となっており,防空打撃力を必要とする作戦などは,日米安全保障体制に基づく米航空戦力に期待することとしている。また,航空作戦の主導権は侵攻する側にあり,航空自衛隊は常に受動的な立場における作戦を実施しなければならないため,平時から即応の態勢を保つことが必要である。

航空自衛隊は,3個の航空方面隊と1個の航空混成団からなる航空総隊を中心として編成されており,次に述べるような主要な作戦行動を行うこととしている。

ア 防空作戦

航空侵攻を防ぐためには,できるだけ早期に侵攻機を発見し,より遠方でこれに対処しなければならない。そのため,固定レーダーサイト及び早期警戒機(AEW)はバッジシステムにより,要撃機及び地対空誘導弾(SAM)などと連係させて,侵攻する航空戦力を撃破するという方法がとられている。

目標機の発見・識別及び要撃管制を任務とする航空警戒管制部隊は,前述の防空レーダー網により空中目標を発見・識別し,要撃機を管制するとともに,地対空誘導弾に対する目標の割当てなどを実施する。

要撃に任ずる要撃戦闘機は,広い行動範囲,迅速な機動力など運用の柔軟性に優れており,わが国の全域にわたる防空を担当するのに適している。航空自衛隊は,要撃戦闘機部隊として,F−104Jの4個飛行隊及びF−4EJの6個飛行隊を保有している。また,昭和53年度からF−104Jに代わるF−15の導入を開始した。

一方地対空誘導弾は,その射程に限度はあるが,天候による影響を受けにくく,限定された地域の防空には効果的であり,重要な防護目標の直接的な防空を担当するのに適している。現在,航空自衛隊の地対空誘導弾部隊として,ナイキJの6個高射群を保有し,政治,経済及び防衛上の重要地域に配置している。このほか,陸上自衛隊の地対空誘導弾部隊として,ホークの8個高射特科群があり,中,低空域から侵攻する航空機を要撃する。(主力戦闘機となるF−15)(第19図 防空システム

イ 着上陸侵攻阻止及び対地支援

わが国に対して着上陸してくる侵攻部隊に対しては,まず洋上において航空自衛隊によって阻止を図るとともに,陸上,海上自衛隊の戦闘に密接に協力して支援戦闘を行うこととなる。このような作戦を行うため,航空自衛隊は支援戦闘機部隊を3個飛行隊保有している。また,これらの作戦実施に当たっても航空優勢は不可欠である。

ウ 航空偵察及び航空輸送

また,航空自衛隊の重要な作戦機能として航空偵察及び航空輸送がある。

航空偵察は,各種作戦実施のため短期間に広範囲の情報を収集する手段として不可欠のものであり,航空自衛隊は偵察機部隊を1個飛行隊保有している。

航空輸送は,部隊の機動展開,空艇作戦の支援,物資の迅速な輸送等を目的として行うものであり,航空自衛隊は,航空輸送部隊を3個飛行隊保有している。

エ 基地防衛

航空自衛隊の基地は,戦闘機の発進掃投や,航空警戒管制部隊及び地対空誘導弾部隊等による航空作戦を実施する場所であり,その機能の維持は,作戦実施上不可欠のものである。このため,基地は攻撃目標とされやすく,基地の防空や被害を受けたときの急速な復旧等が必要である。各基地は防衛作戦全般の行動により防衛されるが,直接攻撃を受ける場合に備え,所要の基地防衛能力を持たなければならない。このため,各基地に基地防空用火器を装備するほか,耐弾施設及び被害復旧手段等の各種抗たん化施策を実施することとしている。

6 日米共同による対処

自衛隊が作戦を行うに当たっては,前述のように日米安全保障条約に基づく米軍との共同作戦を実施することとなるが,日米共同の基本的対処構想は次のとおりである。

日本に対して武力攻撃が行われた場合,わが国は原則として,限定的かつ小規模な侵略を独力で排除する。侵略の規模や態様によって独力で排除することが困難な場合には,米国の協力をまって,これを排除する。

わが国を防衛するため自衛隊と米軍が共同して作戦を実施する場合,自衛隊は,主として日本の領域と周辺の海空域において防勢作戦を行い,米軍は,自衛隊の作戦を支援し,自衛隊の能力の及ばない機能を補完する作戦を行う。陸上,海上及び航空における共同作戦は次の要領で行う。

(1) 陸上作戦

着上陸してくる侵略部隊を排除するため,陸上自衛隊は阻止,持久及び反撃のための作戦を行う。米陸上部隊は必要に応じ来援し,反撃のための作戦を主体に陸上自衛隊と共同作戦を行う。

(2) 海上作戦

わが国周辺の海域の防衛と海上交通の保護のため,海上自衛隊は,日本の重要な港湾や海峡の防備のための作戦,周辺海域における対潜作戦及び船舶保護のための作戦等を主体となって行う。米海軍部隊は,海上自衛隊の行う作戦を支援するとともに,空母を中心とする機動打撃力の使用を伴うような作戦を含め,侵攻する兵力を撃退する作戦を行う。

(3) 航空作戦

航空自衛隊は防空,着上陸侵攻阻止,対地支援,航空偵察及び航空輸送等の航空作戦を行う。米空軍部隊は,航空自衛隊の行う作戦を支援し及び航空打撃力を有する航空部隊の使用を伴うような作戦を含め,わが国に侵攻する兵力を撃退する作戦を行う。

 

以上の作戦構想に基づき,緊密な共同作戦を遂行するためには,平素から相互運用態勢を確立し,共同訓練によってその練度を高め,有事においては,米軍の来援し得る態勢とその基盤を確保することが必要である。

 

(注) 参事官 防衛庁には参事官10人が置かれており,防衛庁の内部部局の官房及び各局の長はこれら参事官のうちから充てることとされている。(防衛庁設置法第9条第17条)

第2章 わが国の防衛政策の歩み

昭和20年8月,わが国はポツダム宣言を受諾し,その諸条件を履行することとなった。したがって,戦後日本の防衛政策は,連合国軍による占領,旧陸海軍の解体,あるいは物資の欠乏等による経済的社会的混乱の中で,また米ソ等自由共産両陣営の対立,中国における国共内戦,朝鮮戦争という国際政治の渦中から生まれて,多くの先達の識見と努力の積重ねによって複雑な環境や条件を克服し,国民の理解と支持を深めつつ今日の防衛政策が進められていると言えよう。

これまでも,わが国の防衛政策に関する論議は数多く行われてきたが,最近は,より多くの問題が取り上げられ,憲法問題を始め,シビリアン・コントロールの問題,非核3原則の問題,日米安全保障体制の問題,防衛力整備の問題等を巡って国会等での論議が高まっている。

そこで本章においては,主要な防衛政策とその経緯や,これらを巡る論議等について記述し,今後わが国の防衛政策はいかにあるべきかの問題の判断に資することとしたい。

第1節 防衛政策に関する主要な論議

戦後,わが国が主要な防衛政策として決定し,実行してきたものを振り返ると,第1に日米安全保障体制があるが,これについては第2節及び第3部第3章で述べることとする。次に自衛隊を創設し,これを維持育成してきたことがあり,これらの事項を含めて昭和32年には「国防の基本方針」が決定された。また,わが国は平和憲法の下,専守防衛に徹し,更にシビリアン・コントロールの原則や非核3原則を堅持している。

本節においては,自衛隊創設当時の経過や防衛のあり方についての論議などにふれてみることとする。

1 自衛隊の創設

(1) 警察予備隊の発足

昭和25年6月25日に,朝鮮戦争が勃発し,連合国軍最高司令官マッカーサー元帥は,同年7月8日,吉田首相あてに「……私は日本政府に対して7万5千名からなる国家警察予備隊を設置するとともに海上保安庁の現有海上保安力に8千名を増員するよう必要な措置を講ずることを許可する」という書簡を送った。これを受け取った日本政府は米側と協議の末,8月10日「警察予備隊令」を公布・施行し,警察予備隊を発足させた。

(2) 自衛隊の発足

昭和27年は,この警察予備隊の隊員の任期が満了を迎える年に当たり,また平和条約等の発効に伴い在日米軍の漸減が予想される時期であったが,そのような背景の中で,吉田首相は「現在の警察予備隊は本年の10月で一応打ち切る見込みである。その後日本の治安状況や国外の状況などによって防衛隊(・・・)を新たに考えたいと研究中である」(27.1.31衆・予)と表明した。

この首相の発言に対し,日本民主党,左右両派社会党を始め野党各派はこれを重大視し,それぞれ声明,見解を発表した。

日本民主党は「……政府が憲法を改正することなく再軍備することは

性格のあいまいな私生児的軍隊をつくることになるので憲法改正を国民に問い独立防衛のための自衛軍を創設すべきである……」と主張し,左派社会党は「吉田首相の警察予備隊を防衛隊に切替えるとの言明は国会の内外における度々の声明を裏切り国民を欺まんしてきたことを明らかに示すものである……」とし,右派社会党も同様に防衛隊設置に反対する声明を出した。また,緑風会は「自衛力を増強することは当然であるから予備隊から防衛隊への発展の方向としては止むを得ない」との見解を示した。

昭和27年5月,警察予備隊は11万人に増員され,8月には,この警察予備隊を引き継ぐ「保安隊」と,同年4月に海上保安庁に置かれた海上警備隊を引き継ぐ「警備隊」の両者を一元的に管理運営する行政機関として「保安庁」が設置された。

昭和28年9月27日には,吉田首相と重光改進党総裁との間でいわゆる「吉田・重光会談」が行われ,これを契機に,政府の自衛力増強の方針が急速に具体化されていった。この会談の了解点は「現在の国際情勢及び国内に起りつつある民族の独立精神にかんがみ,この際自衛力を増強する方針を明確にし,駐留軍の漸減に即応し,かつ,国力に応じた長期の防衛計画を樹立する。これとともに差し当たり保安庁法を改正し,保安隊を自衛隊に改め,直接侵略に対する防衛をその任務に付け加えるものとする」というものであった。

吉田首相は,改進党重光総裁との会談の翌日,池田勇人自由党政調会長らを特使としてワシントンに派遣し,ロバートソン極東担当国務次官補らと日本の防衛力の増強問題,対日援助問題等の会談に当たらせた。4週間に及ぶ会談の結果,同年10月30日「日本を侵略の危険より護り,且つ日本防衛についての米国側の負担を軽減するため日本の自衛力を強化する必要がある」等について意見の一致をみた。また,「日本の自衛力及び米国の軍事援助に関する諸問題について」は,東京で更に両国政府の代表の間で協議されることになった。この合意に従って日米両国政府間で協議の結果,翌昭和29年3月日米相互防衛援助協定が調印された。

一方,国内においては,吉田・重光会談を契機に自由党,改進党及び日本自由党の3党の間で,何度となく防衛問題に関する折衝が繰り返された。特に憲法を改正し,自衛軍を創設すること等を主張し積極的な姿勢をとっていた改進党と,経済復興を最優先とし自衛力は漸増とするとしていた自由党との間で活発な意見が交換された。

こうして昭和29年3月9日,防衛庁設置法案と自衛隊法案のいわゆる防衛2法案が閣議で決定され,同月11日国会に上程される運びとなった。国会で種々議論の末,同年6月2日,防衛2法は成立し,同月9日公布され,7月1日から施行されるに至った。

ここにおいて保安庁が防衛庁に,保安隊が陸上自衛隊に,警備隊が海上自衛隊になるとともに新しく航空自衛隊が誕生した。

(3) 戦力問題

憲法第9条第2項は「前項の目的を達するため,陸海空軍その他の戦力は,これを保持しない。……」と規定しているが,前述の防衛2法案の国会審議に当たっては,この「戦力」の解釈についての論議が数多くなされた。昭和29年12月鳩山民主党内閣が成立したが,同月21日同内閣にとって最初の衆議院予算委員会で,自衛隊が軍隊であるかどうかについての質疑に答えた鳩山首相の答弁に関連し,政府の憲法第9条の解釈が改めて問題になった。

その翌日,大村清一防衛庁長官は政府の統一見解を次のとおり述べた。『……憲法は戦争を放棄したが,自衛のための抗争は放棄していない。1.戦争と武力の威嚇,武力の行使が放棄されるのは「国際紛争を解決する手段としては」ということである。2.他国から武力攻撃があった場合に,武力攻撃そのものを阻止することは,自己防衛そのものであって,国際紛争を解決することとは本質が違う。従って自国に対して武力攻撃が加えられた場合に,国土を防衛する手段として武力を行使することは,憲法に違反しない。自衛隊は現行憲法上違反ではないか。憲法第9条は独立国としてわが国が自衛権を持つことを認めている。従って自衛隊のような自衛のための任務を有し,かつその目的のため必要相当な範囲の実力部隊を設けることは,何ら憲法に違反するものではない。……』(29.12.22衆・予)。

「戦力」に関する論議はその後も続けられたが,政府の解釈は変わらず,昭和47年11月には,次のような統一見解を示した。『……戦力とは,広く考えますと,文字どおり,戦う力ということでございます。そのような言葉の意味だけから申せば,一切の実力組織が戦力に当たるといってよいでございましょうが,憲法第9条第2項が保持を禁じている戦力は,右のような言葉の意味どおりの戦力のうちでも,自衛のための必要最小限度を超えるものでございます。それ以下の実力の保持は,同条項によって禁じられてはいないということでございまして,この見解は,年来政府のとっているところでございます。……』(47.11.13参・予)

昭和48年9月7日,国会論議とは別に,自衛隊が合憲か違憲かの論争で注目されていた長沼ナイキ基地訴訟の第1審判決が札幌地方裁判所において言い渡され,陸海空各自衛隊は憲法第9条第2項によってその保持を禁ぜられている陸海空軍という「戦力」に該当し,違憲であるとの判断が示された。

しかし,3年後の昭和51年8月5日には,札幌高等裁判所の控訴審判決において,自衛隊の組織・編成・装備が「一見極めて明白に侵略的」なものであるとはいい得ないから,「自衛隊の存在等が憲法第9条に違反するか否かの問題は,統治行為に関する判断であり,国会及び内閣の政治行為として究極的には国民全体の政治的批判に委ねられるべきものであり,これを裁判所が判断すべきものではないと解すべきである」との見解が示された。

また,昭和52年2月17日には,水戸地方裁判所において航空自衛隊百里基地訴訟の第1審判決が言い渡され,「わが国が,外部から武力攻撃を受けた場合に,自衛のため必要な限度においてこれを阻止し排除するため自衛権を行使すること,及びこの自衛権行使のため有効適切な防衛措置を予め組織,整備することは,憲法前文,第9条に違反するものではないというべきである」との憲法解釈が示された。ところで何が許される自衛力の限度かについては,昭和53年には衆議院予算委員会において,政府は『憲法第9条第2項が保持を禁じている「戦力」は,自衛のための必要最小限度を超えるものである。……憲法上の制約の下において保持を許される自衛力の具体的な限度については,その時々の国際情勢,軍事技術の水準その他の諸条件により変わり得る相対的な面を有することは否定し得ない。もっとも,性能上専ら他国の国土の潰滅的破壊のためにのみ用いられる兵器(例えばICBM,長距離戦略爆撃機等)については,いかなる場合においても,これを保持することが許されないのはいうまでもない。これらの点は,政府のかねがね申し述べてきた見解であり,今日においても変わりはない』(53.2.14)という見解を明らかにしている。

(4) 自衛権の行使

自衛隊の発足に当たっては,憲法第9条の下において許容されている自衛権はどういう場合に発動することが許されるのであるかも問題になった。この点について佐藤法制局長官は,『……国に対する不正侵害があった,それを避けるために他の方法がない,そのときにおいて必要最小限度やむを得ざる防衛の措置をとるということが許されている。……』(29.4.16参・外)と発言している。その後も同じ趣旨で政府の答弁が繰り返されているが,昭和47年10月には防衛庁の国会提出資料の中で,『憲法第9条のもとにおいて許容されている自衛権の発動については,政府は,従来からいわゆる自衛権発動の3要件(わが国に対する急迫不正の侵害があること,この場合に他に適当な手段がないこと及び必要最小限度の実力行使にとどまるべきこと)に該当する場合に限られると解している』(47.10.14参・決)ことを明確にしている。

自衛権は,このように3要件に該当する場合に発動されるものであるが,いわゆる海外派兵問題についても自衛隊発足前から論議があった。昭和29年5月防衛2法案を審議中の参議院内閣委員会において,政府は海外派兵は不可能だし,考えてもいない旨を明らかにしたが,参議院は,昭和29年6月2日に,防衛2法案を本会議において可決する際,「本院は,自衛隊の創設に際し,現行憲法の各章と,わが国民の熾烈なる平和愛好精神に照し,海外出動はこれを行わないことを,茲に更めて確認する」という決議を行い,翌昭和30年9日14日にも参議院外務委員会が,この「自衛隊の海外出動を為さざることに関する決議」を改めて行っている。

昭和31年2月には防衛2法改正案を審議中の衆議院内閣委員会において,いわゆる敵基地攻撃と憲法との関係についての質疑が行われたが,これに対し政府は,『わが国に対して急迫不正の侵害が行われ,その侵害の手段としてわが国土に対し,誘導弾等による攻撃が行われた場合,座して自滅を待つべしというのが憲法の趣旨とするところだというふうには,どうしても考えられない……。そういう場合には,そのような攻撃を防ぐのに万やむを得ない必要最小限度の措置をとること,たとえば誘導弾等による攻撃を防御するのに,他に手段がないと認められる限り,誘導弾等の基地をたたくことは,法理的には,自衛の範囲に含まれ,可能である……』(31.2.29)という統一見解を示した。

政府は,最近もいわゆる海外派兵については『従来「いわゆる海外派兵とは,一般的にいえば,武力行使の目的をもって武装した部隊を他国の領土,領海,領空に派遣することである」と定義づけて説明されているが,このような海外派兵は,一般に自衛のための必要最小限度を超えるものであって,憲法上許されないと考えている。……』(55.10.28)との見解を表明している。

なお,自衛権の行使としてわが国を防衛するため,必要最小限度の実力を行使することのできる地理的範囲について,政府は『……わが国に対し外部からの武力攻撃がある場合には,わが国の防衛に必要な限度において,わが国の領土・領海・領空においてばかりでなく,周辺の公海・公空において,これに対処することがあっても,このことは,自衛権の限度をこえるものではなく,憲法の禁止するところとは考えられない。自衛隊が外部からの武力攻撃に対処するため行動することができる公海・公空の範囲は,外部からの武力攻撃の態様に応ずるものであり,一概にはいえないが,自衛権の行使に必要な限度内での公海・公空に及ぶことができるものと解している』(44.12.29)との見解を表明した。昭和56年4月17日にも政府は,同じ趣旨で『我が国が自衛権の行使として我が国を防衛するため必要最小限度の実力を行使することのできる地理的範囲は,必ずしも我が国の領土,領海,領空に限られるものではないことについては,政府が従来から一貫して明らかにしているところであるが,それが具体的にどこまで及ぶかは個々の状況に応じて異なるので一概にはいえない』との見解を表明している。

(5) 集団的自衛権

国際連合憲章は,その第51条において,「この憲章のいかなる規定も,国際連合加盟国に対して武力攻撃が発生した場合には,安全保障理事会が国際の平和及び安全の維持に必要な措置をとるまでの間,個別的又は集団的自衛の権利を害するものではない。……」と規定しており,日本が,国際法上個別的自衛権のほか集団的自衛権をも有することについては,昭和26年9月に調印されたサンフランシスコ平和条約及び日米安全保障条約や,昭和31年10月の日ソ共同宣言においても確認されている。昭和29年には,衆議院内閣委員会外務委員会連合審査会において,質問者が日本の憲法9条に認められている自衛権は,個別的自衛権と集団的自衛権の両方を含むと思うが,自衛のために,自衛隊が行動する場合に第三国の領土,領空,領海に入ることが自衛隊法のどの点で抵触するのかと質したのに対し,佐藤法制局長官は,『……自衛権を厳格に考えますと,実力行動のできるのは自衛権の限界内しかできないわけでありますから,それがよその国にまで出て行ってその働きをするということは,普通の場合には厳格な自衛権の意味においては限界外のことになりはしないか。……』(29.4.16)と答えている。

昭和35年2月13日の衆議院予算委員会における論議の際には,林内閣法制局長官は,『……集団的自衛権の中心的な観念は,要するに,たとえば自国と密接な関係にある他国が武力攻撃を受けた場合に,その国を自国と同様に守るということが,いわゆる集団的自衛権の問題でございます。自国を自国が守るということは,まさに個別的自衛権なのであります。自国を自国が守ることを集団的に守る,つまり他国と共同して守るということは,個別的自衛権である……』と述べ,更に『……日本の提供をいたしました施設区域にある米軍に対して攻撃して参りますことは,同時に日本の領域を侵さずしてそういうことはできない。まさに日本に対する攻撃でございます。従いまして,日本は個別的自衛権を発動し得る……』と説明している。

また,集団的自衛権と日本国憲法との関係については,林内閣法制局長官は,『……他の外国,自分の国と歴史的あるいは民族的あるいは地理的に密接な関係のある他の外国が武力攻撃を受けた場合に,それを守るために,たとえば外国へまで行ってそれを防衛する,こういうことがいわゆる集団的自衛権の内容として特に強く理解されておる。この点は日本の憲法では,そういうふうに外国まで出て行って外国を守るということは,日本の憲法ではやはり認められていない……』(35.3.31参・予)と説明している。

この問題について政府は,更に国会提出資料の中で次のとおりの見解を示した。『……政府は,従来から一貫して,わが国は国際法上いわゆる集団的自衛権を有しているとしても,国権の発動としてこれを行使することは,憲法の容認する自衛の措置の限界をこえるものであって許されないとの立場に立っているが,これは次のような考え方に基づくものである。憲法は,第9条において,同条にいわゆる戦争を放棄し,いわゆる戦力の保持を禁止しているが,前文において「全世界の国民が……平和のうちに生存する権利を有する」ことを確認し,また,第13条において「生命自由及び幸福追求に対する国民の権利については,……国政の上で,最大の尊重を必要とする」旨を定めていることからも,わが国がみずからの存立を全うし国民が平和のうちに生存することまでも放棄していないことは明らかであって,自国の平和と安全を維持しその存立を全うするために必要な自衛の措置をとることを禁じているとはとうてい解されない。しかしながら,だからといって,平和主義をその基本原則とする憲法が,右にいう自衛のための措置を無制限に認めているとは解されないのであって,それは,あくまで外国の武力攻撃によって国民の生命,自由及び幸福追求の権利が根底からくつがえされるという急迫,不正の事態に対処し,国民のこれらの権利を守るための止むを得ない措置として,はじめて容認されるものであるから,その措置は,右の事態を排除するためとられるべき必要最小限度の範囲にとどめるべきものである。そうだとすれば,わが憲法の下で武力行使を行うことが許されるのは,わが国に対する急迫,不正の侵害に対処する場合に限られるのであって,したがって,他国に加えられた武力攻撃を阻止することをその内容とするいわゆる集団的自衛権の行使は,憲法上許されないといわざるを得ない』(47.10.14)。

2 国防の基本方針

昭和31年7月2日に国防会議の構成等に関する法律が公布され,国防会議が発足した。同年10月19日には日ソ共同宣言が署名され,更に同年12月18日には念願の国連加盟が実現する等の時代の推移の中で昭和32年2月岸内閣が成立した。

岸首相は,外務大臣当時から国防の基本方針策定の必要性を表明していたが,首相就任後同年6月の訪米を前に「国防の基本方針」を策定することを国会で明らかにした。

そして同年5月20日「国防の基本方針」が,6月14日には「防衛力整備目標について」すなわち第1次防衛力整備計画が,あい次いで国防会議及び閣議で決定(第1次防衛力整備計画は閣議了解)された。この国防の基本方針の内容は第1章第4節で述べたとおりである。

昭和32年6月16日,岸首相は,このようにわが国の国防の基本方針及び防衛力整備目標(1次防)等を固め,今後の日米関係について,アイゼンハワー米大統領と会談するため訪米した。会談は同月19日から3日間にわたって続けられ,同月22日共同声明が発表された。この共同声明は,日本の防衛に関しては「米国は日本の防衛力整備計画に歓迎の意を表した。……在日米軍の兵力を明年中に大幅に削減するであろう」と述べた。このようにわが国としては自らの防衛政策を広く内外に明らかにした。

3 シビリアン・コントロール

第1章第4節で述べたとおり,わが国は自衛隊について厳格なシビリアン・コントロールの諸制度を採用した。

自衛隊を管理・運営する組織,制度等のシビリアン・コントロールの体系は,ほぼ自衛隊発足当初から作られており,政府部内においてシビリアン・コントロールの重要性は十分認識されていたが,国会における与野党間の論議は,当初むしろ自衛隊そのものの認否が先行したと言える。

しかし,自衛隊の合憲性について与野党間に見解の不一致はあるものの,シビリアン・コントロールの重要性についての争いはなく,国会での論議は,その後シビリアン・コントロールが十分確保されているか否かに集中した。このような観点から国会で論議のあった事例をみると,「三矢研究」,「4次防先取り」など幾つかの問題を挙げることができる。

これらの事例は,いずれも前述のシビリアン・コントロールの制度を覆したり,それに反したといったものではなかったが,これらの経験を通じわが国におけるシビリアン・コントロールは運用面においても一層の徹底が図られてきている。昭和47年,シビリアン・コントロールの最高責任者は内閣総理大臣ではないのかと問われた佐藤首相は,『政府の内部におきましては……御指摘になりましたとおり,シビリアン・コントロール,そういう立場で総理大臣が全責任を持っておると思います。また国の機構といたしましては立法,司法,行政の3機関がございますが,これは,やはり何と申しましても国権の最高機関,こういうものが十分,シビリアン・コントロールのその立場において機能を発揮しておる,私はかように理解しております』(47.2.27衆・予)と述べている。

本来,国家の安全を確保する安全保障政策は,軍事・非軍事両面にわたる総合的なものであり,かつ,その基礎となる情勢判断から政策形成,その実施に至る全責任について,国民に直接的に責住を負う政治が担わなければならないものである。

また,現代では軍事が専門化,高度化する一方,国の安全保障政策における経済・外交等,非軍事分野の重要性,多面性も増大している。このような点を考慮すると,今日のシビリアン・コントロールにおいては,政治が軍事を十分に理解し,これを多面的・総合的な安全保障の中に,いかに正しく位置づけていくかということが極めて重要なこととなっていると言えよう。

4 非核3原則

わが国の防衛政策に関する論議の中で重要な問題の一つとして核兵器問題がある。昭和32年2月8日の衆議院予算委員会において,岸首相代理は,原子兵器の保有に関し,『……原子兵器を持つというつもりはわれわれ全然持っておりませんし,……』と答弁し,原子兵器は保有しないとの方針を示した。その後原子兵器ないし核兵器の問題は憲法第9条との関係へと論議が移行し,昭和33年4月18日の参議院内閣委員会において岸首相は,『私は核兵器の発達いかんによっては,今言うように防御的な性格を持っておるような兵器であるならばこれを憲法上禁止しているとは私は解釈しない。しかし政策としていかなる核兵器も持たないということは,私は明瞭に申し上げる』と答弁し,核兵器の保有については,たとえ憲法上許されるものがあったとしても,政策として保有しないことを明言した。

これとは別に昭和30年には自由民主党及び社会党から共同提案された原子力基本法案の審議において,その第2条「原子力の研究開発及び利用は,平和の目的に限り,民主的な運営の下に,自主的にこれを行うものとし,その成果を公開し,進んで国際協力に資するものとする」の「平和の目的」が問題にされた。この問題は衆・参両院の委員会で論議されたが,特に参議院商工委員会では自衛隊の研究,利用あるいは原子力により人を殺傷するような武器の研究等は含まれないが,検査等のためアイソトープ等を使った結果として武器が改良されることまで否定するものではないとの趣旨が明確にされた(30.12.15)。

すなわち,既にこの時点でわが国は自らの手によって核兵器は作らないとの与野党の合意が成立していたとみることができる。

昭和42年5月18日の参議院内閣委員会においては,増田防衛庁長官は,『政府の方針として核兵器は製造せず,保有せず,持ち込まずというきびしい方針を岸内閣以来堅持しているわけでございます』と答弁し,同年12月11日の衆議院予算委員会においては,佐藤首相が「核は保有しない,核は製造もしない,核は持ち込まないというこの核に対する3原則(・・・)……』と表現した。その後歴代内閣はこの「非核3原則」を政府の変らぬ政策として今日に至っている。

昭和46年11月24日,衆議院は,沖縄返還に関連し,本会議において「政府は核兵器を持たず,作らず,持ち込まさずの非核3原則を遵守するとともに,沖縄返還時に適切なる手段をもって,核が沖縄に存在しないこと,ならびに返還後も核を持ち込ませないことを明らかにする措置をとるべきである。……」と決議している。

なお,わが国は昭和51年6月核兵器の不拡散に関する条約を批准し,非核兵器国として核兵器を製造しない,取得しない等の義務を負っている。

5 防衛関連諸施策

国の防衛は一朝一夕の努力では全うできないことは言うまでもない。「治に居て乱を忘れず」のことわざどおり有事の際に備えて,平時から防衛力を整備するとともに,防衛力を支え,防衛力を真に発揮させるための防衛関連諸施策を推進しておくことが必要である。すなわち防衛産業の育成,必要物資の備蓄,その他建設,運輸,通信,科学技術などの分野において,国防上の配慮を加えておくことは,限られた資源で国の防衛を一層確実にするために,また有事の際に防衛力がその機能を十分に発揮するために必須のことであるとともに,教育の面においても,国民として自国を愛し,国を守るという心情や意識を育てることも大切であり,各国とも鋭意努力しているところである。

これらの諸施策は,政府が責任をもって推進すべきものであることは言うまでもないが,反面,国民の理解と支持がなければ推進され得ないものでもある。最近は国会において,有事の際に備えての石油,食糧の備蓄問題や民間防衛体制の整備の問題についての論議も行われているが,今だ十分な国民の理解を得るに至っているとは言えない状況にあるため,わが国においてはこれらの諸施策は,諸外国に比べ後れているのが現状である。

 

(注) −日本国憲法第9条− 日本国民は,正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し,国権の発動たる戦争と,武力による威嚇又は武力の行使は,国際紛争を解決する手段としては,永久にこれを放棄する。

 前項の目的を達するため,陸海空軍その他の戦力は,これを保持しない。国の交戦権は,これを認めない。

(注) 長沼訴訟 ナイキ基地建設のために行われた国有保安林の指定解除処分の取り消しを地元住民が求めた事件で,札幌地方裁判所一審判決では自衛隊の違憲性とともに,保安林解除の目的が憲法に違反する場合,森林法第26条第2項にいう「公益上の理由」にはあたらないとし,農林大臣のした本件保安林の解除処分は取り消しを免れない旨判示し,住民の請求が認められた。これを不服とする農林大臣の控訴により,札幌高等裁判所は自衛隊の違憲問題について,一審と異なる判断を示し,訴えそのものについては代替施設工事の完備により訴えの利益が消滅したとして,一審判決を取り消し,地元住民側の訴えを却下するとの国側勝訴の判決を下した。

(注) 百里基地訴訟 百里基地建設当時の民有地売買を巡り,所有権の確認及び登記の抹消を求めた事件で,当初は,単なる民事事件として扱われたが,次第に憲法裁判の様相を呈した。昭和33年の提訴以来104回にわたる口頭弁論の末,水戸地方裁判所は原告(国側)勝訴の判決を下した。

(注) 国際連合憲章第51条 この憲章のいかなる規定も,国際連合加盟国に対して武力攻撃が発生した場合には,安全保障理事会が国際の平和及び安全の維持に必要な措置をとるまでの間,個別的又は集団的自衛の固有の権利を害するものではない。この自衛権の行使に当って加盟国がとった措置は,直ちに安全保障理事会に報告しなければならない。また,この措置は,安全保障理事会が国際の平和及び安全の維持又は回復のために必要と認める行動をいつでもとるこの憲章に基く権能及び責任に対しては,いかなる影響も及ぼすものではない。

(注) 三矢研究問題 昭和40年2月10日,衆議院予算委員会における岡田春夫委員(日本社会党)の質疑に端を発した。同委員は,資料を提示し,防衛庁内で行われた「昭和38年度統合防衛図上研究」(いわゆる三矢研究)の内容について,国会議決事項が具体的に計画され,あるいは,総動員体制の形が作られている等を問題にし,同委員会は,特に小委員会を設けてこの問題の審議を行った。防衛庁はこの小委員会に対し,三矢研究には政治介入の意図はないこと,シビリアン・コントロールは確保されていること等の報告を行った。

(注) 4次防先取り問題 昭和47年2月,一般会計予算に国防会議の決定をみていない4次防の新規事業(偵察機RF−4E,輸送機C−1,練習機T−2の調達)が含まれていることを問題にした野党と,新規事業とは言えないとした政府側との間の争いにより予算審議が中断し,衆議院議長のあっせんによって,予算の修正等が行われた経緯がある。

第2節 安保問題

安保問題は,平和条約及び日米安全保障条約(旧条約)締結の段階から今日に至るまで,わが国の進路の選択を巡る最も基本的問題として広く国民の論議を呼んできた問題である。

1 平和条約及び日米安全保障条約の締結

昭和26年9月8日サンフランシスコにおいて,わが国との平和条約が世界の48か国との間で調印された同じ日,日本は米国との間に日米安全保障条約を締結した。時の吉田首相は,サンフランシスコ平和会議の演説でわが国の安全保障の問題にふれ,『近時不幸にして経験が示しているように共産主議的圧迫と専制をともなう陰険な勢力が極東において不安と混乱を広め,かつ各所に公然たる侵略に打って出でつつあるのであります。日本の間近かにも迫っているのであります。しかしわれわれ日本国民はなんらの武装をもっておりません。この集団的侵略に対しては,日本国民としては他の自由国家の集団的保護を求めるほかないのであります。われわれが合衆国との間に安全保障条約を締結せんとする理由がこれであります。もとよりわが国の独立は自力をもって保護する覚悟でありますが,敗戦日本としては自力をもってわが独立を守り得る国力の回復するまで,あるいは日本地域における国際の平和と安全とが国際連合の措置もしくはその他集団安全保障制度によって確保される日がくるまで,米国軍の駐在を求めざるを得ないのであります』と述べ,日本の独立と密接不可分の関係にある安全保障についてその考えを明らかにしている。

2 日米安全保障条約の改定と自動延長

昭和32年6月,当時の岸首相は,米国訪問の際安全保障条約改定の問題を米国に提示し,翌年9月渡米した藤山外相とダレス国務長官の会談で安保再検討の共同声明が出され,これに続いて15か月あまりを経て新安全保障条約署名の運びとなった。新日米安全保障条約は,昭和35年1月19日ワシントンで署名され第34回通常国会(昭和34年12月〜昭和35年7月)に提出され,同年6月19日に承認となり,同月23日,東京で批准書が交換された。なお,昭和34年12月16日には,最高裁判所は,いわゆる砂川事件に判決を下し,その理由の中で「憲法9条は,わが国がその平和と安全を維持するために他国に安全保障を求めることを,何ら禁ずるものではない」ことを明らかにするとともに,安全保障条約は「主権国としてのわが国の存立の基礎に極めて重大な関係をもつ高度の政治性を有するもの」であるとの見地から,その内容が違憲か否かの法的判断は,司法裁判所の審査には,原則としてなじまないとの見解を示した。

 

昭和45年2月,第63回特別国会において,佐藤首相はその施政方針演説の中で『自由を守り,平和に徹する基本的態度のもと,国力国情に応じて自衛力を整備し,その足らざるところを日米安全保障条約によって補完するという政策は,さきの総選挙の結果にも明らかなとおり,広範な国民的合意の上に立つものであることを確信する』と述べた。

昭和45年6月23日,日米安全保障条約は発効以来,満10年を経過し,自動継続されることとなった。

政府はこの前日声明を発表して次のように述べた。『顧みれば,昭和27年,わが国は勇断をもって多数講和の道を探るとともに,当時の不安定な極東情勢に対処して国の安全と復興を図るため,米国との間に安全保障条約を締結した。更に,昭和35年,旧条約を是正し,日米両国対等の立場に立って現行の条約を結んだのである。今日,わが国が激動する国際社会の中にあって,平和を享受し,未曽有(みぞう)の経済的繁栄と国民生活の向上を見つつあることは,かかる対外政策についての国民的選択が正しかったことを立証するものであり,1970年代を迎えてこの政策を堅持して行くことは,広範な国民的支持を得るものと確信する。もとより自らの国を自らの手で守る気概を持つことこそ国の安全を維持する基本的な条件である。しかし,今日の国際社会においては,いかなる国といえども単独でその安全を保持することはできない。国力国情にふさわしい自衛力を整備し,米国との安全保障体制によってわが国を含む極東の平和と安全を確保することが,自らの存立と発展を図るために最も賢明な道であると信ずるものである……』。

1960年の日米安保条約改定から現在までの「安保」に関する世論の一般的傾向は第20図にみることができる。

 

(注) 砂川事件 砂川事件とは,昭和32年,調達庁が米空軍・立川飛行場拡張のための測量を開始した際に,測量に反対するデモ隊の一部が境界柵を破り基地内に侵入した行為について,当該行為者を「日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約第3条に基づく行政協定に伴う刑事特別法」違反として東京地検が起訴した事件であり,憲法第9条の解釈と駐留米軍の違憲性が問題となった裁判である。第1審判決は「日本国憲法第9条は自衛権を否定するものではないが,自衛のための戦力を用いる戦争及び自衛のための戦力の保持をも許さないとするものであり,わが国が外部からの武力攻撃に対する自衛に使用する目的で合衆国軍隊の駐留を許容していることは,戦力の保持に該当する」との見地から,前記特別法の適用罪条を違憲とし,被告人に無罪を言渡したが,最高裁は,この原判決を破棄し,東京地裁に差戻した。

第3節 防衛力整備計画等

昭和29年に自衛隊が創設され,昭和32年に国防の基本方針が決定されて以降,防衛力を計画的に国力国情に応じて整備するため,第1次から第4次までの防衛力整備計画が逐次策定されてきたが,昭和51年には,その後のわが国の防衛のあり方の指針となる「防衛計画の大綱」が策定され,現在は,これに準拠して防衛力の整備が進められている。

1 第1次から第4次までの防衛力整備計画

第1次から第4次までの防衛力整備計画の性格及び内容の概略は次のとおりである。

(1) 第1次防衛力整備計画(昭和33年度〜同35年度)

この計画(1次防)は,当時急速に撤退しつつあった米地上軍の縮小に伴い,わが国の陸上防衛力を整備するとともに,海上及び航空防衛力についても,ともかく一応の体制をつくりあげること,すなわち,骨幹防衛力を整備することを主眼として策定された。

この計画においては,艦艇及び航空機の一部を始め装備品の相当部分につき米国からの供与を予定し,陸上自衛隊については自衛官18万人,海上自衛隊については艦艇約220隻12万4,000トン,航空自衛隊については航空機約1,300機を整備することなどを目標としていた。

(2) 第2次防衛力整備計画(昭和37年度〜同41年度)

昭和36年度は単年度の計画として事業が進められ,昭和37年度からの第2次防衛力整備計画(2次防)に引き継がれた。

2次防は,初めて防衛力整備の目標とする事態を通常兵器による局地戦以下の侵略に対処することと定め,これに対して有効に対処し得る防衛力を持つことが防衛力整備の目的であることを明確にした。そして,このための防衛体制の基盤を確立するため,昭和36年度末までに達成される骨幹防衛力の内容充実とともに,科学技術の進歩に即応した精鋭な部隊建設のための基盤を培い,陸・海・空各自衛隊の総合防衛力の向上を図ることなどを主眼として策定された。

この計画においては,旧式な装備品などの計画的更新,対空誘導弾の導入その他近代的精鋭な装備の運用研究を行うこととし,陸上自衛隊については自衛官18万人,予備自衛官3万人,海上自衛隊については艦艇約230隻約14万トン,航空自衛隊については航空機約1,000機,そのほか地対空誘導弾部隊4隊を整備することを目標としていた。

(3) 第3次防衛力整備計画(昭和42年度〜同46年度)

この計画(3次防)は,その一般方針において,わが国が整備すべき防衛力は通常兵器による局地戦以下の侵略事態に対し,最も有効に対応し得る効率的なものを目標とすることとし,この目標を漸進的に達成するため,計画時点の防衛力を基盤として,内外の情勢,国力の伸張,国際的地位の向上などを勘案しつつ,陸・海・空各自衛隊の内容の充実,強化を図るとともに,隊員の士気を高揚し,精鋭な部隊の建設に努めること,また技術研究開発を推進し,装備の近代化及び国内の技術水準の向上に寄与するとともに,装備の適切な国産を行い,防衛基盤の培養に資することなどを主眼として策定された。

この計画においては,特に周辺海域防衛能力及び重要地域防空能力の強化,更に各種の機動力の増強などを重視し,陸上自衛隊については自衛官18万人,予備自衛官3万9,000人,海上自衛隊については艦艇約200隻約14万2,000トン,航空自衛隊については航空機約880機を整備することなどを目標としていた。

(4) 第4次防衛力整備計画(昭和47年度〜同51年度)

この計画(4次防)は,前記3次防計画の考え方を継承して策定された。

この計画においては,沖縄の施政権返還に伴う同地域の防衛を配慮したほか,特に老朽装備品の更新による近代化,3次防と同様の調達ペースによる装備の充実,周辺海域防衛能力及び重要地域防空能力の強化,各種機動力の増強などを重視し,陸上自防隊については自衛官18万人,海上自衛隊については艦艇約170隻約21万4,000トン,航空自衛隊については航空機約800機を整備することなどを目標としていた。

しかし,この4次防は,いわゆる第1次石油危機などを契機とする経済・財政事情の変動により,計画された主要装備の整備が遅れたこともあり,昭和50年12月には戦車,艦艇,航空機等の削減を内容とする計画の変更を行った。

2 防衛計画の大綱

第4次防衛力整備計画は昭和51年度で終了するので,昭和52年度以降のいわゆる「ポスト4次防」について最も効率的な防衛力のあり方が追求された。この時考慮された要因は次のとおりである。

 第4次防衛力整備計画まで逐次防衛力の整備が行われてきたが,部隊の編成や各種の防衛機能の内容について,いまだ整備すべき分野を残しており,また既存のものについても,その後の軍事科学水準の向上など時代のすう勢に応じて装備の更新近代化を進めていく必要があること。

 これまでの防衛力整備は,安全保障問題に対する関心の低さと世論の不統一もあり,厳しい環境の下で行われてきたが,一方では「わが国の防衛力は,どこまで大きくなるのか,際限のない増強をめざしているのではないか」といった疑問が一部に提起され,このためわが国の防衛力のあり方をできる限り具体的に明示することにより,国民的合意を確立する必要があること。

 他方,従来の整備目標たる「通常兵器による局地戦以下の侵略事態に対し,最も有効に対応し得る効率的な」防衛力がなかなか実現せず,勢い正面防衛力の整備に重点が置かれ,継戦能力保持のために必要な抗たん性や補給体制の強化などの後方支援部門の整備は,圧迫を受けざるを得なかった。このような実情の反省に立って,政府の責任において,自衛隊の果たすべき防衛上の具体的任務範囲を明確にするとともに,見通し得る将来に達成可能な現実的な防衛体制を,一定の意味を持った完結性のある形で整える必要があること。

 一方,わが国の防衛力は,装備や施設の更新近代化などのための所要経費の増大や人件費などの上昇により,これを維持していくだけでも相当の経費を必要とする時期に来ており,後方支援部門の立ち後れの是正や人員の確保あるいは用地の取得難といった問題も生じている。加えて,わが国の経済は,これまでの高度経済成長からの軌道修正が求められており,防衛費を大きく伸ばすことは困難とみられる経済財政事情に対して十分配慮する必要があること。

 また,最近の国際情勢は,東西関係においては,第4次防衛力整備計画策定時と比べて大きな変化はないとみられるが,わが国周辺地域においては,中ソの対立の継続,米中関係の改善などにより,東西関係の枠を超えて米中ソ3国間に複雑な関係が成立してきているので,直接軍事力をもって現状変更を図ることは,更に困難な状況になっていること。

当時以上のような要因を考慮して,わが国が保有すべき防衛力について次のような構想を得た。

 前述のような内外諸情勢が当分の間大きく変化しないとの前提に立てば,

 防衛上必要な各種の機能を備え,後方支援体制を含めてその組織及び配備において均衡のとれた態勢を保有することを主眼とし,

 このような態勢で,平時において十分な警戒態勢を取り得るとともに,限定的かつ小規模な侵略までの事態に有効に対処することができ,

 更に,情勢に重要な変化が生じ,新たな防衛力の態勢が必要とされるに至ったときは円滑にこれに移行し得るように配意されたものとする。

これがいわゆる「基盤的防衛力構想」である。この構想においても,防衛力が外部からの脅威に対し備えるものであるとの考え方に変わりはないが,脅威の構成要素である侵略の「意図」については,実際問題として国際情勢や国際政治構造とからみ合っているため,その可能性はおのずから限定されており,このような制約は,意図する侵攻規模が大きければ大きい程強く機能するとみている。したがって,この構想においては,侵略事態の中でも,あらかじめ侵略の動きが見極めにくい限定的かつ小規模なもの,例えば大掛りな準備なしに行われ,かつ短期間のうちに既成事実を作ってしまうことをねらいとしたような侵略について,原則として独力で排除できるよう,平時から備えておこうとする考え方を明らかにしている。

このような考え方に基づき,この構想では,わが国の防衛力のあり方として,「限定的かつ小規模な侵略」までの事態に有効に対処し得るものを能力上の目標としており,小規模なものを超える侵略が生起する可能性は極めて小さいものと判断しているが,しかし,国際情勢の先行きは常に不確定要素を含んでおり,この不確定要素を無視することはできないので,情勢に重要な変化が生じ,「新たな防衛力の態勢」が必要とされるに至ったときには,円滑にこれに移行し得るよう種々の配慮を行う考えも示している。

ところで「新たな防衛力の態勢への移行」には,実際問題として相当長期間を要する。したがって,移行を行うとの決断は,必要な時期までにこの移行が完了するよう,十分な時間的余裕を見込んで行われる必要があり,それが後れた場合は,侵略に対して有効に対処し得ないこととなる。そのような「リスク」を最小限にとどめるためには,国際政治や軍事情勢の動向を常に的確に分析し,情勢の重要な変化の兆候をできる限り早期に察知すること及び察知した結果を適時適切に防衛政策に反映させることが,極めて重要な要素となっている。

以上述べたような基盤的防衛力構想は,昭和51年10月に閣議決定された「防衛計画の大綱」の基礎となっており,昭和52年度以降の防衛力整備は,この大綱に従って進められてきている。

この大綱は,従来の防衛力整備計画のように一定期間内における整備内容を主体とするものではなく,防衛力の維持及び運用も含め,わが国の防衛のあり方についての指針を示し,自衛隊の管理及び運営の準拠となるものである。

大綱の構成は,資料12に示すように,1.目的及び趣旨,2.国際情勢,3.防衛の構想,4.防衛の態勢,5.陸上,海上及び航空自衛隊の体制,6.防衛力整備実施上の方針及び留意事項並びに目標とする編成,主要装備等の具体的規模を示す「別表」からなっているが,ここでは防衛の態勢,防衛力整備実施上の方針及び留意事項並びに目標とする編成,主要装備等の具体的規模の概略について述べる。

 防衛の態勢

防衛の態勢は,次の6項目を備えた防衛力を保有し,更に,その防衛力は,情勢に重要な変化が生じ,新たな防衛力の態勢が必要とされるに至ったときには,円滑にこれに移行し得るよう配意された基盤的なものとする。

○警戒のための態勢

○間接侵略,軍事力をもってする不法行為等に対処する態勢

○直接侵略事態に対処する態勢

○指揮通信及び後方支援の態勢

○教育訓練の態勢

○災害救援等の態勢

 防衛力整備実施上の方針及び留意事項防衛力の整備に当たっては,諸外国の技術的水準の動向に対応し得るよう,質的な充実向上に配意する。また,その具体的実施に際しては,そのときどきにおける経済財政事情等を勘案し,国の他の諸施策との調和を図りつつ行う。このため,隊員の充足,士気高揚,防衛施設の有効な維持,整備及び周辺との調和,装備品等整備の効率的実施,技術研究開発態勢の充実等に留意する。

 目標とする編成,主要装備等の具体的規模「防衛計画の大綱」が別表に掲げた編成,主要装備等の具体的規模は第2表のとおりである。

この「防衛計画の大綱」に対して,最近,一方では極東ソ連軍の質量両面にわたる大幅な増強や米海軍の西太平洋におけるプレゼンスの変化にみられるように,わが国周辺の軍事情勢は大きく変わってきているのではないかとの指摘がなされ,そのため現状に即して再検討すべきではないかとの疑問が出され,他方では防衛力増強に一定の歯止めをかけている基盤的防衛力構想を崩していくのではないかとの質疑が行われている。防衛庁としては,大綱を決定した昭和51年の時点と現在時点との間の種々の情勢の変化は認めつつも,大綱を見直す場合には,国際情勢の変化のみならず,同時に国内における諸情勢の動向や大綱の達成状況をもまた考慮しなければならないとの見解をとっており,当面は大綱が定める防衛力−これは,いつでもより強固な態勢へ移行するための中核となり得る力を備えているものでもある−の水準を可及的すみやかに達成することが急務であり,今直ちに大綱を改めるという考えはとっていない。

3 中期業務見積り

わが国の防衛力整備の進め方については,「防衛計画の大綱」が決定されて以降,政府は,それまでのような一定期間を限った防衛力整備計画を作成する方法をとらず,年々必要な決定を行ういわゆる単年度方式を主体とすることとした。

一方,防衛庁が「防衛計画の大綱」に基づき各年度の防衛力整備を進めていくに当たり,重視すべき主要な事業について可能な範囲で将来の方向を見定めておくことも,実際の業務を進める上で必要なことである。防衛庁では,このような観点から,昭和52年4月「防衛諸計画の作成等に関する訓令」を制定し,これに基づき「中期業務見積り」を作成することとした。

中期業務見積りは,原則としてその作成する年度の翌々年度以降5年間を対象とし,陸・海・空各自衛隊の実施する主要な事業の概略等の見積りを行い,防衛庁が各年度の業務計画,予算概算要求等を作成する際の参考とすることを目的とするものであり,従来の政府レベルで決定された防衛力整備計画とは異なる防衛庁限りの見積りである。また,中期業務見積りは固定的なものではなく,毎年度見直しを行うとともに,3年ごとに新たな見積りを作成し直すこととしている。

昭和55年度から昭和59年度までを対象とするいわゆる53中業は,「防衛計画の大綱」の枠内で,基幹部隊を早期に整備すること,装備近代化により陸上自衛隊の火力,機動力,海上自衛隊の対潜,対艦,対空能力,航空自衛隊の要撃戦闘力,低空対処力等を向上すること,その他全般的に継戦能力の強化,教育訓練器材の整備等を図ることを重視して編成,装備等の具体的見積りを行ったものである。しかし,53中業が全部見積りどおり達成されても「防衛計画の大綱」に定める防衛力の水準にはなお隔たりが残る。

政府としては,「防衛計画の大綱」に定める防衛力の水準を可及的すみやかに達成することが当面の急務であり,防衛庁としてはかかる観点から,次の中期業務見積りいわゆる「56中業」は,「防衛計画の大綱」に定める防衛力の水準を達成することを基本として作成する必要があると考え,昭和56年4月28日の国防会議においては,このような考え方を主な内容とする「防衛庁における「56中業」の作成に際しての基本的考え方について」を報告し,この基本的考え方に従って防衛庁が「56中業」の作成作業を行うことについて了承を得て,その本格的作業に着手した。

なお,「53中業」は,防衛庁限りの見積りとして,国防会議の審議は行われなかったが,現在作成作業中の「56中業」は,最近における国会での議論,世論の動向なども踏まえ,何らかの形で国防会議の議題とすることとしている。

4 防衛関係費

防衛力の整備は,国力国情に応じて漸進的に行うとされているが,実際の防衛力の整備に当たって,どの程度の経費を投入するかについては,防衛力整備に当たっての財政的裏付け,他の経費との関係,国民総生産(GNP)に対する比率など種々の面から議論がなされているが順次それらの論議をみることとする。

当初は,防衛力整備のための計画の裏付けという観点からの論議であり,政府としては『防衛規模は,わが国の経済力と権衡を保つことが原則で……長期防衛計画というものは,当然経済力の増減に応じて増減せらるべきもの……』(31.3.7参・本,高碕経企庁長官)との見解をとっていた。

昭和50年になると経済の安定成長下における防衛費という観点から,『わが国の防衛というものは,やはり外交,経済,民生安定という大きい安全保障という立場から,防衛力の漸増ということを考えていかなければならない。したがって,やはり民生安定ということは非常に大事なことでございまして著しく民生を圧迫するようなものであってはならない。また,外に向かいましては,他国に脅威を与えるというようなものであってはならないというような意味合いにおきまして,GNPの1%以内ということを申し上げた次第でございます』(50.6.9衆・予,坂田防衛庁長官)との考えが示された。

翌昭和51年10月29日には「防衛計画の大綱」が決定されたが,防衛力整備に係る年々の防衛費の規模に関する政府としての当面の態度を明らかにするため,政府は過去の実情,大綱に基づく今後の防衛力整備,経済財政事情の見通しなどを総合的に判断し,同年11月5日,大綱とは別に「当面の防衛力整備について」の国防会議決定及び閣議決定を行った。すなわち,「防衛力整備の実施に当たっては,当面,各年度の防衛関係経費の総額が当該年度の国民総生産の100分の1に相当する額を超えないことをめどとしてこれを行うものとする」ことを決定した。ここで「当面」とあるのは,大綱に示された防衛力整備上の基本方針を踏まえた上で,この決定は何らかの固定的な期間を予定したものではなく,また内外諸情勢の変化に伴って,必要があると認められる場合には,当該決定内容などについて改めて検討を行う可能性のあることを意味している。

このGNPI%については,少ないとする立場と,多いとする立場の両方から議論がなされ,また一方では,要はいま日本がどういう情勢にあるか,日本の国家の安全を保障するためには何をなさねばならないかが先決問題であると主張する意見もあった。

鈴木首相は,内外の諸情勢等による変動性の多いこのGNPの問題について,5年,10年先を制約することは考えられないが,鈴木内閣においてはGNPの1%以内という方針は堅持していくとの考えを述べている(55.11.12参・安保,沖縄・北方特及び55.11.27参・内)。

 

(注) 1次防整備目標の達成状況 1次防で掲げた陸上自衛隊の自衛官18万人は,期間内には17万人しか達成されず,4次防期間に入った昭和48年度に達成されている。海上自衛隊の艦艇約220隻約12万4,000トンは1次防では達成されなかったが,その後逐次増強され,昭和55年度末には約180隻約25万5,000トンを保有している。航空自衛隊の航空機約1,300機は1次防では達成されず,その後機種が新しいものに変った事情もあり,2次防以降目標数は減少した。昭和55年度末には約810機(うち作戦用約390機)を保有している。

(注) −防衛庁における「56中業」の作成に際しての基本的考え方について− 防衛庁における56中業の作成に際しての基本的考え方は,次の4点である。

(1) 56中業は,従前どおり,主要な事業及びそれに要する経費の概略等の見積りを行い,防衛庁の年度業務計画の作成等に資することとする。

(2) 56中業は,現下の厳しい国際情勢にかんがみ,「防衛計画の大綱」に定める防衛力の水準を達成することを基本として作成する。

(3) 56中業の作成に当たっては,装備品等の充実近代化に際して,その効率的,かつ,節度ある整備に留意し,極力財政負担の軽減に配慮する。

(4) 56中業の防衛庁における作成作業期間は,おおむね1か年を予定する。