第1部 世界の軍事情勢

第1部

世界の軍事情勢

第2次世界大戦以降今日に至る世界の軍事情勢は,基本的には,政治経済体制を異にし,圧倒的な軍事力を有する米ソを中心とする東西両陣営の対立と協調を中心として推移してきた。

こうした中にあって,ソ連は,1960年代から現在まで多大な経費を投入して軍事力の増強に努めてきた。その蓄積の効果は,近年次第に顕著となってきており,これを背景としたソ連の第三世界への進出にも目覚ましいものがある。

特に1979年12月,ソ連がアフガニスタンに軍事介入したことにより,東西関係は,当面,協調の側面が後退し,対立の様相が深まっている。

本年1月に成立したレーガン政権は,このような情勢の下での米国内の世論の変化を背景に,大幅な緊縮財政の中で国防費の増額を図る等の努力によって,米ソの軍事バランスの改善に着手するとともに,西側同盟国に応分の分担を求めている。

この米国の国防努力は,このまま放置すれば,ソ連は明白に軍事的優位を獲得し,米国を始めとする西側諸国の安全と平和にとって重大な影響があろうとの認識から行われているものである。

第1部においては,流動化している現在の国際軍事情勢のよりよき理解に資するため,第2次世界大戦以降の米ソの対立の経緯にふれたのち,現在の米ソの全般的な軍事態勢について述べ,次いで東西両陣営の対峙が最も鮮明に現われている欧州地域,現にイラン・イラク紛争など武力衝突が続いている中東・インド洋地域及び複雑な対峙様相をみせておりわが国が位置している東アジア・西太平洋地域の軍事情勢をみることとする。

第1章 概観

第1節 米ソの対立の経緯

1979年12月末,ソ連は,アフガニスタンとの国境地帯に集結していた5個師団約5万人の勢力をもってアフガニスタンヘ侵攻するとともに,それまでに送り込んでいた約5千人の戦闘要員によって首都カブールを制圧した。

このソ連のアフガニスタンへの軍事介入は,第2次世界大戦後,ソ連が初めて行った非同盟世界への直接的な武力侵攻でもあったため,世界に大きな衝撃を与え,国連においても,アフガニスタンからの全外国軍隊の即時無条件撤退を求める決議が,圧倒的多数で採択されている。

米国でも,この事件をきっかけに,急速に対ソ警戒心が高まり,カーター政権は,米ソ緊張緩和の一つの象徴である第2次戦略攻撃兵器制限条約(SALT条約)の,上院本会議における批准審議の延期を要請するとともに,ソ連への穀物輸出の大幅制限,高度技術と戦略物資の輸出許可の停止やモスクワ・オリンピックの参加再検討などの措置を発表し,他の諸国,特に共通の価値観を有する自由主義諸国へも協力を呼び掛けた。

レーガン政権においてもこうした認識は継承され,「デタントは片道通行であり,ソ連が自国の目的を完遂するために利用しているにすぎない」(1981.1.29レーガン大統領の記者会見)との見解を示している。

このように,アフガニスタンへのソ連の軍事介入は,戦後の米ソを中心とする世界の軍事情勢に影響を与え,これによって,当面,米ソ関係は協調的側面が後退し,対立的側面がより鮮明なものとなったが,ここで改めて,これまでの米ソ間の協調と対立の経過を振り返ってみることとしたい。

そもそも米ソ間の対立は,両者の信奉するイデオロギーの差異に基づくもので,第2次世界大戦中は小康状態にあったが,その戦後処理を巡り再燃化した。すなわち,ソ連は,連合国側の戦争遂行理念であった1941年8月の大西洋憲章や,具体的な戦後処理構想を定めた1945年2月の解放されたヨーロッパに関する宣言に反して,自国が占領した東欧諸国に親ソ政権を樹立していった。

これは,ソ連からみれば,国家安全保障ラインの西進であるとともに,ソ連一国であった社会主義国家勢力の拡大でもあった。

また,アジアにおいても,ソ連は北緯38度線以北の朝鮮,わが国の北方領土等を占領し,1949年10月には,中国共産党が中国本土を支配した。インドシナ半島でも越南同盟が独立を目指し,宗主国フランスと武装闘争を続けていた。

米国は,ソ連の東欧支配やソ連の大きな圧力を受けていたトルコなどの状況について警戒し,1947年3月,トルコや共産武装ゲリラの活発な行動によって政権の維持が困難となっていたギリシャに対し,軍事・経済援助を開始するとともに,同年6月,大戦で疲弊した欧州の復興のためのマーシャル・プランを発表し,会議の開催を呼び掛けた。同年8月,ソ連は,この計画は国家主権を侵害するものであるとして参加を拒絶し,東欧諸国にも参加を禁じたため欧州の分裂は決定的なものとなり,かくして米ソ両国の対立は本格的になった。

1947年9月,ソ連共産党は欧州9か国の共産党を召集し,米国始め西欧諸国に対応するため,9か国の党による共産党・労働者党による情報局(コミンフォルム)を10月に結成した。

1948年2月,チェコスロバキアにおいて,共産主義勢力によるクーデターが起こったが,この事件は西欧諸国に大きな衝撃を与えた。

西欧諸国は,このような情勢もあって1948年3月,英国,フランス,ベネルックス3国の5か国が集まり,「集団防衛のための西欧同盟のための条約」に調印した。

ソ連は,1948年6月になると,ベルリンの西側地区を封鎖し,緊張は高まったが,西側諸国は,27万便以上の空輸によって補給を維持したため,1949年5月にはソ連は封鎖を解除した。

西欧諸国は,これらの事件を契機に1949年4月米国の参加を得て北大西洋条約に調印し,同年末には共同防衛を計画し指揮するため,北大西洋条約機構(NATO)が設立された。

1950年になると,朝鮮戦争が勃発し,同年12月には米国は国家非常事態を宣言した。このような中で,ソ連共産主義陣営に対する軍事態勢の確立の必要性を痛感した西側陣営は,とりわけソ連地上軍の進出を阻むため,安全保障体制を築き上げていった(資料1参照)。

また,南欧地域においても,1951年8月ギリシャとトルコがNATOに加盟し,1953年2月には事実上バルカンと東地中海の共同防衛を目的としてトルコ,ギリシャ及びユーゴスラビア3国間に条約が締結された。

他方,ソ連も国民経済復興発展5か年計画(1946〜50)によって国力の涵養に努めるとともに,ソ連圏の結束を強化するため,東欧諸国等と相互に2国間方式の友好・協力及び相互援助条約を結んだ(資料1参照)。

西欧諸国がマーシャル・プランによって経済を復興し,繁栄を取り戻し始めると,ソ連は,1949年1月経済相互援助会議(コメコン)を創設した。西独がNATOに加盟した1955年の5月になると,ソ連と東欧諸国はワルシャワ条約を締結し,よりー層の軍事体制固めを行った。

ソ連は,1956年になると第20回共産党大会で,平和共存,戦争回避の可能性,社会主義への平和移行の可能性などの方針を打ち出し,1960年の兵力120万人削減声明などにみられるような積極的な平和攻勢を行った。他方,ソ連は1956年10月,ハンガリーに軍事介入し,ソ連の主導権を堅固にするとともに,内部結束を図った。

1962年,ソ連はキューバに,核兵器を配備しないとの従来からの言明にもかかわらず,長距離爆撃機IL−28ビーグルや核弾頭ミサイル(IRBM)を配備しつつあることが判明し,米国は,同年10月キューバからの核兵器の撤去を要求して,海上隔離を行った。これを契機に米ソ両国の間には,誤算による核戦争勃発といった事態を回避するため,米ソ首脳間のホットラインの設置協定が成立した。

また,このキューバ危機やその前年のベルリン危機における米ソの全面核戦争の回避は,当時の米国の戦略核抑止力の圧倒的優位を示すものであり,またソ連も核戦争を回避する意思を持つことが確認された。

米ソ両国は,この全面核戦争の回避意思の確認を基礎に,米ソ間の武力衝突を招くような事態の生起を防止し,かつ,核兵器そのものの軍備管理のため,1963年8月米英ソ3国で部分的核実験停止条約に調印し,1969年11月には,戦略兵器制限交渉を開くための予備交渉が開始された。しかし,ソ連は,このような米ソ間の緊張緩和への努力の間も,チェコスロバキアへの1968年8月の軍事介入にみられるように,ソ連圏の内部結束を怠ることはなかった。

1971年9月には核戦争の危険を減少するための措置に関する米ソ間協定が,1972年5月には弾道弾迎撃ミサイル(ABM)システムの制限に関する米ソ間の条約,戦略攻撃兵器の制限に関する一定の措置についての米ソ間の暫定協定(SALT協定)や米ソ関係の基本原則に関する文書など,全面核戦争を含む米ソ両国の軍事衝突を防止するための一連の条約・協定がそれぞれ調印された。

更に,以上のような軍事面における緊張緩和に加えて,1972年7月には米ソ穀物協定が,10月には双方に最恵国待遇を与える米ソ貿易協定などが調印され,非軍事面の協調関係が生まれてきた。

これら米ソ間の緊張緩和は,その後も継続され,1973年6月ブレジネフ書記長訪#MIRV(Multiple Independently Targetable Reentry Vehicle)img border="0" src="w1981_01116.gif" width="11" height="11">条約の調印などの具体的努力が行われた。

一方,欧州においても,緊張緩和の努力が行われた。特に西独のブラン卜政権は,積極的に東行外交を展開し,ソ連と現状の国境線を認めた#POMCUS(Prepositioned Overseas Material Configured to Unit Sets)[ランド条約を調印するなど,東欧諸国との関係正常化に努めた。更に1971年9月,米英仏ソ4大国によるベルリン協定の成立を受けて,最大の懸案事項であるベルリン問題に一応の解決を与え,1972年12月に東西両独基本条約,に調印し,1973年9月には国連に同時加盟した。これら西独とソ連・東欧諸国の和解は,更に広範な欧州全体の緊張緩和−全欧安保会議の開催と相互兵力削減交渉−に発展する契機を含んでいた。

1975年7月には,1970年代前半の欧州各国の努力もあって米国とカナダを含んだ欧州35か国の首脳がヘルシンキに集まり,欧州安全保障協力会議が開かれ,主権尊重や武力不行使,紛争の平和的解決,軍事演習と大規模な軍隊の移動の際の事前通告,人道問題,人や情報の交流分野での協力等を定めた最終文書が調印された。また,中欧における相互均衡兵力削減についての交渉(MBFR)は,1973年1月から開始されているが,双方の軍事力に対する認識が異なるため,交渉の基礎となるデータや削減の方法について対立しており,ほとんど進展はみられていない。

他方,アジアにおいては,当初はソ連と密接な関係にあった中国と米国との対立が主要な対立であったが,中国とソ連との対立が深まり,1970年代初め米中両国が対ソ考慮から互いに接近するに至っている。

米ソ間の緊張緩和も,ソ連にとっては,1969年には現実の軍事衝突と化した中ソ対立に対処するためもう一つの正面である欧州方面の安定化を図る必要があったとともに,国内経済の停滞を打開するため西側の資金・技術等の導入を必要としたという面があった。

また,米国にとっても緊張緩和は,全面核戦争の回避のほかにベトナム戦争以降の諸情勢に対応するという面があったことも否定できない。事実,1961年5月に400人の特殊部隊を派遣して以来,最高時54万人以上の兵員を投入したベトナム戦争による米国の損害には甚大なものがあり,またベトナム戦争遂行を巡って国論が対立したこともあって,この戦争が米国社会及び対外政策に与えた影響は大きなものがあった。例えば,米軍はこの戦争で約8,500機の軍用機を喪失したことにみられるように,多くの戦カを失った。また,装備の近代化のぺースが遅れ,全体として大幅な軍事力の縮小が行われ,かつ,将来戦力のための研究開発にも制約が加えられた。更に,多額のべトナム戦費による赤字のため,ドルが大量に海外に流出し,総体としての米経済が悪化した(第1図参照)。

米国は,このような状況の下で,1970年2月には同盟国の自助努力を期待する旨のニクソン・ドクトリンを発表し,通常戦力整備基準についても,2戦略態勢から1戦略態勢に変更するなどの措置を採り,また中国との関係修復を進めた。

しかし,ソ連は緊張緩和の動きにもかかわらず一貫して軍事力を増強し,その蓄積効果は次第に顕著になってきている。これに対し米国は,べトナム戦争以来の経済悪化と国内の厭戦気分の下では,ソ連の増強に対抗して軍備を増強することについて,国民世論の理解を得ることが困難な状況にあった。一方,ソ連は,1970年代半ば頃までに中ソ国境に対する大兵力の展開をほぼ完了し,その後は欧州,極東の2正面も含め軍事態勢を強化し,グローバルな軍事的プレゼンスを通じて,政治的影響力の拡大を図っている。すなわち,アンゴラ,モザンビーク,エチオピア,南イエメンなどに拠点を確保し,更に近年では中央アメリカにも親ソ・キューバ勢力を浸透させるなど第三世界に対しても大幅に進出するとともに,約20年に及ぶ大幅な軍事力の増強に国力を傾注し,多くの分野で米国と均衡する程の戦力を造成し,それを政治的影響力に転化しようとするに至ったとみられる。

これによるソ連の行動の一端が,冒頭に述べたアフガニスタンに対する軍事介入であり,米国の対応措置は,ソ連のこのような行動に対する阻止行動の現われであると考えられる。(ベルリンの壁と監視哨

 

(注) 1947年の米・ソの世界軍事情勢に関する認識

1 トルーマン大統領の演説(1947年3月)「合衆国の外交政策の主要目的の一つは,我々自身及び他の国の人々が圧政に脅かされることなく生活を営むことのできる状態の創造にある。……世界の歴史は現在の瞬間において,ほとんどすべての国の国民に対し,2つの生活様式のいずれか一方を選ぶことを要求しているのである。……私は,武装した少数派や外部の圧力による征服の意図に抵抗しつつある自由な諸国民を援助することこそ合衆国の政策でなければならないと信じている」

2 東欧9力国共産党・労働党大会コミュニケ(1947年9月)「戦争中,ドイツ,日本と戦った連合諸国は団結しており,陣営は一つであった。……戦後2つの陣営が作られた。一つは帝国主義反民主主義陣営で,米帝国主義の世界征覇と民主主義の破壊を基本目的としている。他の一つは反帝民主陣営であり,帝国主義打倒,民主主義の強化とファシズムの残滓の絶滅を基本目的としている」

第2節 世界の軍事構造米ソを中心とする軍事態勢

第2次世界大戦後,米ソの対立は,世界的規模のものとなったが,ソ連又はソ連圏の周辺に位置する自由主義諸国にとっても,膨大な地上攻撃力を有するソ連から自国の独立と安全を守るためには,米国の卓越した軍事力に依存せざるを得なかった。このようなことや米国が自ら自由の擁護者を任じていたこともあって,米国はこれらの国と次々に集団安全保障体制を築き上げていった。しかし,これらの国が平時から常備し得る軍事カは大きいものではなかったため,米国は核に対する抑止力を提供するとともに,米軍の一部をこれら同盟国にあらかじめ配置しておき,攻撃があった場合には,当初は同盟国軍と事前配備の米軍とで戦い,その間同盟国は動員を行い,米国は海・空の交通路を経て米本土から増援を行うとの戦略を採用した。いわゆる前方展開戦略である。

これに対して,ソ連は地勢的にユーラシア大陸のほぼ中央に位置し,北は酷寒な気候の北極海に面しており,南は峻険なカフカス山脈,パミール高原やカラクーム砂漠に阻まれていることもあって,第2次世界大戦後1960年頃までは,伝統的に大西洋及び地中海に至る西方向を主たる正面とし,次いで太平洋に至る東方向にも軍事力が指向されていた。その後,1969年の中ソ武力衝突もあって,ソ連軍の増強方向は,従前にも増して東に向けられ,極東方面も欧州地域に劣らぬ正面となっている。中東方面もソ連にとって,世界戦略上重要な正面となっており,また現在ソ連はアフガニスタンに軍事介入している。このようにソ連は,欧州,中東,極東の3地域に兵力を集中しており,いくつかの正面においてそれぞれに作戦し得る態勢をとっているとみられている。

更に,ソ連はインド洋にも海軍力のプレゼンスを維持し,米ソの軍事対峙は全世界にわたるものとなっている。

以上のように,自由主義諸国とソ連圏は,広範な地域で共に大きな軍事力をもって対峙しているが,この両者が直接武力衝突した場合には,米ソ全面核戦争につながりかねないとの考えから,それを引き起こすおそれのある東西間の大規模な武力紛争は抑止されてきている。(第2図 世界の軍事力の対峙状況)([軍事力の概要]

第3節 ソ連の軍事力増強

ソ連軍は,戦略ロケット軍,地上軍,防空軍,空軍,海軍の5軍種からなっている。このほか軍事保安部隊として,国家保安委員会(KGB)の指揮を受け国境保全を行う国境警備隊と,公共秩序の維持等にあたる内務省の指揮下にあって国内での各種の活動を任務とする部隊がある。また,民間防衛組織や全ソ連陸海空軍義勇協力協会(ドサアフ)が設立されている。民間防衛組織は国防相代理である民防長官の運用統制を受け,核,生物,化学兵器による攻撃に対して市民を防衛し,戦争の被害から国家経済の重要な部門を防衛することなどを任務としている。ドサアフは,ソ連共産党中央委員会の統制下にあって,入隊前の市民に対し軍事特技教育と入隊予定者の選別のための作業を任務とし9,400万人の会員を有している。

また,ソ連の商船隊は,海軍に統合されているとみられ,ソ連国営航空(アエロフロート)は,空軍の統制を受けているとみられている。

ソ連は,1962年のキューバ危機において戦略核戦力と海軍力の分野の米ソの格差を認識し,いわゆる平和共存路線の呼び掛けを行いつつも,他方において一貫して大幅な軍事力の増強に努めた。その結果ベトナム戦争やその影響等により,ベトナム戦費を除く実質国防費が減少していた米国との軍事力の格差が縮まり,今では,米ソの軍事バランスは,放置すれば,遠からずソ連が優位に立つすう勢にあるとされている。

1 戦略核戦力

ソ連の戦略攻撃核戦力は,米国と同様,大陸間弾道ミサイル(ICBM),潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)及び重爆撃機で構成されている。このうち,ICBMは戦略ロケット軍,SLBMは海軍,重爆撃機は空軍に属している。

ソ連の戦略攻撃核戦力は,とりあえず米国との核均衡を達成することを目標として増強されてきたと思われるが,発射基数では,ICBMは1969〜70年にかけて,SLBMは1973〜74年にかけて米国を凌駕するに至った。

更に,近年になると,ソ連は,それまで劣っていたミサイル弾頭のMIRV(Multiple Independently Targetable Reentry Vehicle)">MIRV化,命中精度の向上,SLBMの長射程化などの質の面や弾頭数でも米国に追い付き始め,新型のSS−17,SS−18,SS−19ICBM,SS−N−18SLBMを旧型に代えて配備しており,近年,弾頭数も1年に1,000個程度ずつの増加をみている。SS−N−18は射程が7,500kmあって,ソ連本土に近いバレンツ海やオホーツク海のような海域から直接米本土を攻撃できるが,これらの海域では米軍の対潜戦(ASW)能力に制約があるとみられるため,SS−N−18とう載潜水艦の残存性は高まっている。

ソ連のICBMは,一般に弾頭威力が大きく,命中精度の向上によって,理論的には,先制第1撃で米国のICBMのかなりの部分を破壊し得るようになったと言われている。

現在,米ソの戦略攻撃核戦力はソ連の増強によって,ほば対等の状態になったとみられる。ソ連は,更に4種類の新型ICBMを開発中とみられ,7,500kmの射程を持つ新型SLBMをとう載する25,000トンのタイフーン級SSBNを1980年に進水させるなど,質的向上を中心にその戦略攻撃核戦力を引き続き強化している。

次に戦略防御手段としては,モスクワを中心に展開されている弾道弾迎撃ミサイル(ABM)ガロシュ32基,巡航ミサイル対処能力を持つと言われるSA−10,敵の弾道ミサイルとう載原子力潜水艦(SSBN)を攻撃するASW用の艦艇や民間防衛組織がある。ガロシュやSA−10は防空軍に属しているが,防空軍は,戦略及び戦術防御を任務とし,7,000基の早期警戒・地上管制レーダーと10,000基の地対空ミサイル(SAM)ランチャー及び2,600機の要撃機を持っている。防空軍は要撃機として新型のSU−15フラゴン,MIG−23フロッガーB等を配備し,空中警戒管制機として高性能の航空機を開発するなどその能力は向上しつつある。

また,民間防衛については,都市人口の1割を収容し得るシェルターが既に建設されていると言われている。

2 戦域核戦力

ソ連は,準中距離/中距離弾道ミサイル(M/IRBM)では旧来のSS−4サンダルとSS−5スキーンに加えて移動式IRBMSS−20を,爆撃機ではTU−16バジャーとTU22ブラインダーに加えてTU−22Mバックファイアをそれぞれ増加させ,その戦域核戦力は大きく増強されており,西側諸国は大きな懸念を抱いている。

1977年頃から配備されたSS−20は,MIRV化された移動式のIRBMシステムで

 旧式のIRBMに比べて命中精度が格段に向上し,3弾頭にMIRV化されているため,個々の弾頭威力は小さくなっているものの目標破壊力は飛躍的に増大しており,

 長射程で移動基地システムをとっているため,ソ連本土の奥深い所から攻撃可能で,多くの地域を目標とすることができ,しかも敵の攻撃から生き残る率が高いとみられ,また

 再装てんが可能で効率的であるとみられる。

バックファイアは,1974年頃から配備された可変翼の爆撃機であり,航続距離が長く高速低空飛行が可能なため,高い攻撃能力を持つとみられている。

また,旧式爆撃機についても,TU−16バジャーにAS−6キングフィッシュ(1977年から配備されたキロトン級単弾頭のミサイル)をとう載したことなどにみられるように,その攻撃能力は向上している。

3 地上戦力及び航空戦力

ソ連は,首都を防衛するモスクワ軍管区,東欧諸国に接する白ロシア軍管区など全国を16の軍管区に分けて,地上軍と空軍の一部とを配備している。このほか国外には,東独に東独駐留軍,ポーランドに北方軍集団,チェコスロバキアに中央軍集団,ハンガリーに南方軍集団があり,またモンゴルや,アフガニスタンにもソ連軍が駐留している。ソ連の地上軍兵力は,184個師団,約185万人,戦車5万両を有するものとなっている。

地上軍部隊では,ミサイルについてはフロッグやSS−12スケールボードなどに代えて新型の核・非核両用のSS−21やSS−22ミサイルなどを導入し,戦闘車両については125mmの滑腔砲をとう載したT−72型戦車,AT−5スパンドレル対戦車ミサイル,73mm滑腔砲を備えたBMP−2装甲歩兵戦闘車,BTR−70装甲人員輸送車等を導入して火力及び機動力の増大を図っている。また,SA−7グレイル,SA−8ゲッコー,SA−9ガスキンなどの導入によって地上軍固有の戦場防空能力を高めており,更に航空部隊も武装・輸送へリコプターのMI−24ハインド,MI−8ヒップ等の増勢によって空中機動力,対地攻撃力も増大している。このように陸上戦闘力の向上には著しいものがある。

特に,ソ連地上軍は有毒環境の下で行動し,かつ,化学兵器を使用する優れた能力を維持し続けているとみられている。

これに対し,NATO諸国は,従来から化学戦能力が極めて低く,化学兵器による攻撃に対しては,戦域核戦力でしか対抗し得なかった。しかし,近年,この化学兵器による攻撃の抑止の役割をも果たしてきた戦域核戦力も,ソ連が大幅な優位を獲得したため,ソ連の化学戦能力の向上に対抗することはNATO諸国にとって大きな課題の一つとなっている。

以上のようなソ連地上軍の能力の向上は,量的優勢,奇襲及び縦深突進攻撃(相手側の陣地を迅速に突破し,後方奥深く突進する攻撃)を重視する伝統的なソ連地上軍の軍事ドクトリンの具現ともみられる。

また,約5,000機の作戦機を有する前線航空部隊においても新型のMIG−23フロッガーB,MIG−27フロッガーD,SU−24フェンサー等の戦闘機,戦闘爆撃機の配備やYAK−28ブリュワーE等の電子戦機の導入により航続距離,高速低空侵入能力,とう載量,電子戦能力等が増大し,対地攻撃能力や航空優勢獲得のための能力を高めている。(上陸演習を行うソ連軍部隊

4 海上戦力

ソ連海軍は,艦艇約2,740隻(うち潜水艦約385隻),約577万トン,TU−22Mバックファイアを含む作戦機775機以上,海軍歩兵部隊5個連隊12,000人などを保有している。

ソ連海軍は,北洋,バルト,黒海及び太平洋の4つの艦隊とカスピ小艦隊から構成されている。その戦時における任務は,ソ連のSSBNの外洋進出の確保や西側のSSBNの発見とその撃破,ソ連本土に対する攻撃部隊の撃破,西側の海上交通路に対する妨害,陸上部隊に対する支援,陸地への戦力投入とみられている。また,キーロフ級原子力巡洋艦の建造などは制海確保の目的の面もあるとの見方もある。

ソ連は,これらの任務の遂行能力を向上させるために,最近では,4隻目のキエフ級空母を建造し,1980年代末までには米空母と同様の能力を持った本格的原子力空母を就役させると言われている。更に,キーロフ級原子力巡洋艦,ソブレメンヌイ級ミサイル駆逐艦,ウダロイ級駆逐艦などの最新型の大型水上戦闘艦を建造するとともに,オスカー級誘導ミサイルとう載原子力潜水艦(SSGN)などの原子力潜水艦の建造を行い,航空機についても新型対潜哨戒機ベアFを導入し,またそのとう載機器等装備の近代化に努めており,今や水上打撃能力やASW能力,艦隊防空能力,水陸両用戦能力が向上し,ベレジナ級補給艦などの就役による洋上補給能力とあいまって,外洋艦隊としての態勢が整備されつつある。

特に,各種ミサイルをとう載したキーロフ級原子力巡洋艦は,排水量22,000トンとみられ,第2次世界大戦以降世界で建造された空母を除く艦艇のうちで最大の水上戦闘艦であり,西側の空母による攻撃に対して艦隊防空を行うとともに,敵艦隊を攻撃する能力が従来のものに比べ格段に高くなっているとみられる。

また,アルファ級原子力潜水艦(SSN)は,40ノット以上の水中速力を出し世界で最も深く潜航し得ると言われており,ソ連の潜水艦建造技術の先端を示すものとして注目される。

このようなソ連の海軍力は,西側の制海確保に大きな影響を与える能力を備えつつある。(最新型の対潜哨戒機ベアF)(キーロフ級原子力巡洋艦

5 遠隔地介入能力

ソ連軍の海輸・空輸手段は,海軍の輸送艦艇や空軍の輸送航空部隊などから構成されている。

ソ連は,従来から膨大な地上軍を擁する大陸軍国であったが,近時は,海空の輸送力の向上によって遠隔地への介入能力が大幅に向上している。これは,1977年11月から12月にかけて行われたエチオピアに対する支援及び1979年12月のアフガニスタンへの軍事介入時の空挺部隊の投入等で示されている。

このようにソ連が大幅な軍事介入能力を向上させていることは,ソ連海軍の補給艦,給油艦などの補助艦艇及び揚陸艦艇が最近10年間に総トン数で約3倍(1970年83.8万トン,1980年246.8万トン)に増強され,空軍の輸送航空部隊も短・中距離を主体としたものからAN−12カブ,AN−22コックやIL−76キャンデット等の長距離輸送機を中心とするものに近代化されるとともに,商船隊や国営航空も近代化によって輸送能力が拡大していることにみられている。

また,ソ連の情報収集船も世界の各地で活発に行動して,諸外国の軍事力や海底の状態,海流の動きなどの状況の把握に努めている。(第3図 米ソ主要水上艦及び潜水艦保有数の推移

 

(注) MIRV(Multiple Independently Targetable Reentry Vehicle)

各々異なる目標を攻撃できる複数の核弾頭から構成される核弾頭方式のことで,「多目標弾頭」と訳されている。

戦略ミサイルの弾頭は,初期の単一核弾頭から始まり,都市攻撃の場合のような地域目標の破壊に有利なように,複数個の子弾頭を一つの地域目標を覆うように分散して投下するMRV(多弾頭)に進み,更に最近は,核兵器の小型軽量化及び誘導技術の進歩に伴いMIRVが実用化されている。

米国のミニットマン(ICBM),ポセイドン(SLBM),ソ連のSS−17,18,19(ICBM),SS−20(IRBM),SS−N−18(SLBM)などは,MIRV化された弾頭を装備している。

(注) 装甲歩兵戦闘車 戦車との協同作戦において,戦車に脅威を与える対戦車火器の制圧及び下車戦闘における歩兵に対する火力支援などの任務を果たすために使用される。機動力,防護力の他に相当の火力を持ち,従来の装甲人員輸送車と異なり,車両内に乗車したまま,ある程度戦闘できる能力が付与された車両のことである。

米国は,1964年から開発を開始し,1981年に装備化を予定している。ソ連は,1967年にBMP装甲歩兵戦闘車を装備していることが確認されている。

第4節 米国の国防努力

ソ連が過去20年の長期にわたり一貫して軍事力を増強してきた結果,現在では戦略核戦力を始めとする軍事力において,ソ連は,従来からの地上兵力における数量的優位のみならず,他の一部の分野でも米国を追い越すに至っている。

これに対して米国は,このようなすう勢をこのまま放置すれば1980年代半ばまでには,ソ連が明白に軍事的優位を獲得するとの厳しい情勢認識の下に,自由と民主主義という共通の価値観を有する西側諸国が結束し,西側世界の安全を確保するため,共に国防努力を強化し,強い立場を回復した上で,軍備管理を始めとする東西関係の問題につきソ連と交渉するとの態度を明らかにしている。

米軍は,ソ連軍が5軍種であるのに対して,陸軍,海軍,海兵隊及び空軍から構成されており,このほか,平時には運輸省に属するが有事には海軍の指揮を受ける沿岸警備隊や,戦時の空輸活動を支援する民間予備航空隊がある。更に,商務省海事局が維持している国防予備船隊や,商船なども軍事力にも転用し得るものとみられる。予備役は,陸軍が128万人,海軍が42万人,海兵隊が12万人,空軍が6万人及び沿岸警備隊が2万人それぞれ登録されている。

米国は,陸・海・空軍戦力を一体化した統合作戦能力を発揮させるため,それぞれ複数の軍種からなる5つの統合軍を設け,また特別な任務遂行のため空軍の一部を3つの特定軍に編成している。

全米軍兵力数は,205万人であるが,このうち,半数以上が統合軍か特定軍に属している。

統合軍には,太平洋軍(第8軍,第3艦隊,第7艦隊,第5空軍,第13空軍等)欧州軍(第7軍,第6艦隊,第3空軍等)大西洋軍(第2艦隊等),パナマ運河の守備に当たる南方軍及び前方展開部隊への増援戦力集団であるレディネス・コマンドの5軍がある。

特定軍は,対米核攻撃に対する警戒・管制・防御を受け持つ北米航空宇宙防衛軍(NORAD),主として戦略攻撃核戦力を運用する戦略空軍(SAC)及び航空輸送を担任する輸送空軍(MAC)の3軍である。

これらの軍事力の内容は,次のとおりである。

1 核戦力

米国は,核戦略について,1980年7月,相殺戦略という考え方を公式に採用した。これは,本質的には従来からの核戦略を変えたものではないが,ソ連がもし米国のICBMサイロ等の軍事施設に限定して核攻撃を加えた場合でも,米国としては,ソ連の都市を含むあらゆる戦略目標に対する全面的核攻撃という選択しかないわけではなく,ソ連の攻撃の態様に相応して相手の政治的軍事的目標に対しても,限定的な核攻撃を行う意志と能力を持っているということを事実をもってソ連に示し,全面核戦争を始め各種のレベルの核戦争を引き起こすおそれのあるソ連の行動を抑止するというものである。この戦略の採用は,ソ連の核戦力の増強と質的向上に対応して,米国が核の抑止力を引き続き強化し,米国の同盟国に対する核抑止力の信頼性を維持していく方針を示したものであると言える。

米国は,この戦略に基づいて次のような核戦力の近代化を進めている。

(1) 戦略核戦力

現在,米国は,ICBM,SLBM及び重爆撃機という3つの核弾頭運搬手段から構成されている戦略核戦力を持っている。これは,奇襲によって米国の戦略核戦力が壊滅的打撃を受けないようにするためであるとともに,科学技術の進歩による技術突破によって,特定の分野の戦略核戦力が無力化することを避けるための方策でもあるが,また精度が高く即時対応が可能なICBMと非脆弱性が高く第2撃力として最適なSLBM,反復使用が可能で大量の核弾頭をとう載し得る重撃機の組合せは,米国の戦略核戦力に柔軟性を与え,選択の幅を広げている。これら核抑止戦略を支える3本柱のうち,ICBMについてはミニットマン型550基のうち300基の弾頭を高精度・高威力の新型弾頭に換装しつつあり,更にソ連のICBMの攻撃能力向上による米国のICBM脆弱化に対処するため,移動式M−Xミサイルの開発が進められている。

SLBMについても,残存性を高めるために2つの計画が進行中である。すなわち,その一つは,現有のポセイドン・ミサイルに代わる長射程トライデント・ミサイルへの換装であり,既にラファイエット級SSBN7隻にとう載されており,来年9月までに更に5隻にとう載されることとなっている。これによってミサイル発射可能水域は10倍程度に拡大されることとなる。他の一つは,より大型で騒音の少ないオハイオ級トライデントSSBNの配備であり,1981年中に1号艦が太平洋に配備されることになっている。

重爆撃機については,強化されたソ連の防空網に対処するため,探知,追跡,破壊が困難な空中発射巡航ミサイル(ALCM)の開発を行っており,近い将来これをB−52ストラトフォートレスにとう載することとしている。また,B−52の老朽化に対応するため,B−1の改良型の爆撃機の開発を行うものとみられる。

このほか,ソ連の弾道ミサイル防御システムの技術革新に対応するため,大気圏突入の際に回避運動を行える個別機動多弾頭(MaRV)の研究開発を行っている。また,相手の攻撃に相応した対応を基本とする相殺戦略にとって,敵の攻撃を早期かつ適切に探知し,評価し,これに対処できる能力が極めて重要である。このため,新型空中指揮所E−4Bの導入等,戦略C3I(指揮・統制・通信及び情報)の面でも改善が行われている。このほか,ABMの研究,衛星破壊能力の開発,宇宙空間の利用の研究開発なども行っている。

(2) 戦域核戦力

戦域核戦力については,ソ連が移動式IRBM SS−20やTU−22Mバックファイア爆撃機の配備により欧州地域などいくつかの正面におけるバランスを有利にしつつある現状に対処しなければならないが,米国は従来,中/長距離の戦域核戦力としては航空打撃力に依存してきたため,ソ連の防空能力の向上や西側の航空戦力の老朽化などにも対応すべく,SLCMやALCMのほかに,後に述べるような,欧州配備が計画されているパーシングやGLCMを開発しており,F−16ファイテング・ファルコンなどもこの目的に使用することを計画している。

また,これ以外の戦域核戦力についてもランス・ミサイルの改良や8インチ核砲弾の改良などの努力を行っている。(米国の新鋭機F−16ファイティング・ファルコン

2 通常戦力

米国は,核相互抑止下において,ソ連が同時に多正面に介入する能力を持ってきているとして,通常戦力の重要性を改めて認識し,その拡充に着手している。

米国は,通常戦力の整備に当たっての基準として1つの大規模紛争と1つの小規模紛争に同時に対処し得ると言う,いわゆる戦略を採用してきたが,ソ連のアフガニスタン軍事介入以来,欧州,北東アジアに加えて中東・南西アジアが米ソの恒常的な軍事的対峙地域となってきたことから,これら3つの地域にプレゼンスを常時維持することが必要となっている。このため,これら3つの主要戦域においてあらゆる事態に対応できる態勢を整えるため,次のような幾つかの施策をとっている。

 ソ連海軍の制海打破能力の向上や,地上軍や前線航空部隊の打撃力の増大に対応して,前方展開部隊を強化し,更に増援能力の拡大に努めている。在西独米軍の強化,欧州地域における資材事前海外備蓄(POMCUS(Prepositioned Overseas Material Configured to Unit Sets)">POMCUS)の増加,A−10サンダーボルト攻撃機やF−111戦闘爆撃機の欧州派遣などは,この努力の一環である。

 限りある通常戦力を,迅速かつ効率的に移動させるために海空輸送能力を高め,弾力性のある戦力を保持しようとしている。

 紛争が生起した場合に状況に応じ迅速に米本土から部隊を派遣するための努力として,緊急展開部隊(RDF)構想を進めている。RDFは,現在のところ主な対象地域を中東・ペルシャ湾地域としているが,本来この構想は,同地域のみを対象としているものではなく,NATO地域以外における緊急事態のために立案されたものである。この部隊は常設の部隊ではなく,現存の部隊の中からあらかじめRDFの構成部隊を指定しておき,生起した紛争に応じて指定の部隊から所要のRDFを編成するものである。また,派遣部隊の迅速な展開のため,あらかじめ,必要な装備・補給品を集積すること(現在はインド洋海域に7隻の事前集積船が存在している)や,新型の輸送機の開発などが計画されている。

 米軍の紛争地点ヘのアクセスを得るための施策として,米国は,1979年1月米比基地協定を改定し,南シナ海の要地の米軍基地の安定的利用の確保を図り,ソマリア,ケニアなどと緊急時における基地施設の使用権等の合意を得ている。

レーガン米政権は,カーター前政権が進めてきたこのような諸施策を継承し,これを促進するとともに,緊急展開統合任務部隊(RDJTF)司令部を発展させて,近い将来に,独自の管轄区域,構成部隊,通信・情報,兵站,機構及びその他の支援能力を持つ統合軍を設置する構想を検討している。

米国はこうした施策に加えて米軍自体の能力を強化するための施策として,即応態勢及び継戦能力の強化と各種の近代化措置を進めている。このうち即応態勢及び継戦能力については,特に熟練技能者の民間流出,訓練の低下,予備部品・弾薬等の備蓄の減少等により,近年その低下が憂慮されている。これを是正するために,訓練の強化を始め,予備部品・弾薬類の備蓄の強化及び熟練兵員の流出防止のための給与の引き上げ等を行っている。また,将来の通常戦力強化のための近代化措置として,次のような計画が進められている。

(1) 陸上戦力

陸上戦力の近代化の主要なものは,機甲戦力の近代化,精密誘導兵器の導入,適切な防空能力の建設,化学戦対処能力や,戦場監視システムの開発などである。

機甲戦力の近代化としては,最新型戦車M−1と装甲歩兵戦闘車(IFV)の導入があり,1980年にあいついで調達が開始された。新型兵器の導入としては,軽量,短射程,肩打ちの対戦車兵器(バイパー)や自ら終末評導を行うコッパーヘッド誘導砲弾などが挙げられる。

また,ソ連の膨大な機甲戦力に対抗するためYAH−64攻撃へリコプターを開発中である。

更に,地上攻撃能力の向上著しいソ連の戦闘爆撃機から野戦軍を防護するためには,適切な防空能力の保持が必要であり,中/高高度防空用としてパトリオット,短射程防空用としてローランド対空ミサイルシステムの導入,短SAMチャパラルの改良や携帯SAMスティンガーの調達なども継続されている。

また,ソ連軍の強力な化学戦能力に対処するため,防毒マスクの開発,警報装置の開発を行うなどの努力をしている。(装甲歩兵戦闘車(IFV)

(2) 海上戦力

米国は,海洋国家として海上戦力を特に重視し,ソ連の大幅な海上戦力の増強に対抗して,海洋の自由使用を確保するための大きな努力を払っている。

すなわち,空母機動部隊を現在の12個から15個に増加するとともに,現役艦艇数を1980年代中に現在の460隻から600隻以上に増強することも検討されている。

このため新原子力空母,AEGISシステムとう載巡洋艦,ぺリー級ミサイルフリゲート艦,ロスアンゼルス級SSNなどを建造する一方で,戦艦ニュージャージー,アイオワの再就役なども計画している。

また,艦隊防空,海上監視,水上戦,対潜戦,機雷戦などの分野で質的改善が進められており,敵の航空攻撃から水上艦隊を防護するために迅速な対処能力を持つAEGISシステムを1981〜85年の間に16隻分調達し,対艦攻撃能力を向上するためにトマホークSLCMを調達するなどの計画を立てている。また,敵潜水艦の監視のために新型曳航式アレー・ソーナー・システム(TASS)の開発を継続するとともに,新型SSNの研究やCAPTOR機雷の開発なども行っている。(ペリー級ミサイルフリゲート艦

(3) 航空戦力

米国の航空機は,ソ連の航空機より技術的にはかなり優位にあるが,ソ連は,量的優位に加えて,近年,かなり改良された航空機を配備し始めている。

このため,米国も多目的のF−16ファイティング・ファルコン戦闘機,制空用のF−15イーグル戦闘機を大量に配備するとともに,新型空対空ミサイル(AAM)の開発を行っている。

また,ソ連の膨大な機甲戦力に対抗するため,重武装,高性能のA−10サンダーボルト攻撃機や空対地ミサイル(ASM)マーべリックの導入によって,近接航空支援/戦場阻止能力を強化している。

更に,海軍の航空戦カについてもF−14トムキャット戦闘機のほか、にF/A−18ホーネット戦闘機やトマホーク巡航ミサイルなどの導入により,海上攻撃能力の向上を図っている。(新型戦闘機F−18ホーネット

(4) 海輸・空輸能力の向上

海輸・空輸部隊は,米国の通常戦力を迅速に海外に展開させ,展開後は,その運用に柔軟性を与え,兵站支援を行い,同盟国への補給を行うことを任務としている。

米国は,近年特に海輸・空輸能力向上に努力を傾けており,輸送機についてはC−Xの開発,C−5Aギャラクシーの改造などを計画するとともに,海兵隊員とその装備を輸送する両用戦艦艇の拡充や高速輸送船の導入などが図られている。

このほか,戦域及び戦術C3I能力の向上のための空中警戒管制機(AWACS)E−3Aセントリーの配備並びに電子戦能力向上のための各種システムの開発などが実施されている。

 

以上述べてきたように米国の国防努力には目覚ましいものがあり,レーガン政権は1981年度についてカーター政権の国防支出に10億ドルの補正を行い,1,621億ドルとするとともに,1982年度についても予算全体の伸びを抑えるという緊縮財政の中で,カーター政権の当初計上予算より約44億ドル多い1,888億ドルの国防支出を計上した。これは,補正後の1981年度国防支出に比し,名目で16.5%,実質で6%強の増額である。

 

(注) 巡航ミサイル(Cruise Missile) 巡航ミサイルは,推進装置と精密誘導装置等を持つ無人の核・非核両用の弾頭運搬手段であって,飛行機のように大気中を飛ぶことができるものである。

特に,近年小型で効率のよい推進装置及び高精度の誘導技術をとり入れた水上(中)発射巡航ミサイル(SLCM),空中発射巡航ミサイル(ALCM)及び地上発射巡航ミサイル(GLCM)の開発が米国で行われている。

米国が開発,調達中のこれらの巡航ミサイルは,亜音速のため目標到達時間がかかるが,低高度を飛翔し,かつ,レーダー反射面積が小さいため,相手側の対処が困難であること,命中精度が高いこと,射程が長いため攻撃目標の防御範囲外から発射できること,などの特徴がある。ソ連は,この種の巡航ミサイルの開発については,米国に立ち遅れているとみられている。

(注) 戦略 1戦略とは,一つの大規模紛争と一つの小規模紛争に同時に対処し得る通常戦力を整備するという戦力整備の基準である。

戦略は,対処すべき紛争として,1980年度米国防報告にもあるとおり,ソ連の戦力が集中しているNATO正面での紛争を最大規模の「1」の紛争と想定している。アジアについては,中ソ対立,米中関係の変化等もあって,欧州と同時に「1」の紛争が発生する可能性は1960年代に比し,より少なくなってきたとし,たとえ朝鮮半島で紛争が発生したとしても,他の大国が北朝鮮を支援して介入しない限り,十分な対処能力を持っているとしている。また「」の紛争については,中東地域が欧州での大規模紛争に先立って,あるいは同時に最も起りやすい地域とされている。

このように1戦略は,戦力整備に当たって対処すべき紛争を想定してはいるものの,「1」あるいは「」が特定の地域を指すとか,特定地域に対するコミットメントの優先度を指すという概念ではない。

(注) POMCUS(Prepositioned Overseas Material Configured to Unit Sets)

POMCUSは,同盟国の緊急事態に際し,兵員のみを本土から空輸し,現地で装備品を受領して戦闘に参加できるように事前に装備品を備蓄することで,これは,戦時備蓄というよりは,むしろ戦略機動の一方式としてとられている。

 現在,欧州には,4個師団相当分の装備が貯蔵されており,米国は,これを1982年から6個師団相当分に増加する計画を進めている。

このほか,米国は,緊急時にNATO北翼を強化するために,ノルウェーと1個海兵旅団分の装備を備蓄するための協定を締結し,既にこのための計画に着手している

(注) AEGIS 米海軍が1980年代に就役させる計画のCG−47巡洋艦に装備予定の新型艦対空ミサイル・システムである。主要構成は電子的に走査する固定式アンテナの捜索追尾レーダー,ミサイル・ランチャー,ミサイル誘導装置等からなり,目標を探知すると,脅威の評価,攻撃武器の選定,ミサイルの発射などがコンピューターで処理され,ミサイルを自動発射する機能を持つ。特に多目標同時対処,即応性に優れている。ミサイルはスタンダードが使用される。

AEGISの名称は,ギリシャ神話のゼウス神がアテネ神に授けた盾の名に由来したものと言われる。

注) 曳航式アレー・ソーナー・システム(TASS 艦艇が曳航するソーナーで,潜水艦の発生音響をパッシブ(聴音)方式により遠距離から探知するシステムである。

第5節 第三世界における軍事情勢と軍備管理への努力

世界の軍事情勢は,特に,ソ連のアフガニスタン軍事介入以来,厳しさを増している。いわゆる第三世界にあっても,特有の不安定要因があり,情勢は流動化しているが,ソ連が軍事力を背景として,この不安定要因を利用しこれら地域に進出していることは,これら地域ひいては世界の軍事情勢を更に不安定化しているとみられる。

1 第三世界における不安定性

世界の独立国の多くを占めるいわゆる発展途上国のうちには,政治的,社会的,経済的に大きな国内的問題を抱え,国内が不安定になっている国も少なくない。また,不安定要因としては,宗教,イデオロギー,資源を巡る対立があるが,このほか伝統を重視する立場と近代化を図ろうとする立場との対立などもあり,更に過去人為的に引かれた国境線もあって,領土の争い,民族間の対立を生む原因となっており,第2次世界大戦以降も各地で紛争が起こっている。現在も中東地域やインドシナ地域で紛争が発生しているほか,エルサルバドルでも外国勢力の支援も受けているとみられる反乱軍と政府軍との間で戦闘が続いている。

更に,これらの地域の情勢を不安定にしているものには,アンゴラやアフガニスタンにみられるようなソ連やキューバなどの外部からの介入のほかに大量の武器の流入があり,これらに対応するための武器の輸出入の増大も問題となっている。

1980年における世界の軍事支出は,約5,000億ドル,世界の全生産の6%に達していると言われており,特に第三世界の軍事支出の伸びは大きいものがあるとみられる。石油輸出国機構(OPEC)諸国は,大量の軍事物資を購入しており,この軍事物資の輸入額は,実質で年間約15%の伸びとなっているとも言われる。

また,重要な戦略資源を埋蔵し,対立抗争の激しい南部アフリカに対する武器の輸出も増加しているとみられている。更に,先進工業諸国から第三世界に対する兵器移転では,ますます高度で攻撃力の大きい兵器が多くなっており,また同じ第三世界における中進国が武器輸出を始めたことによって武器の供給国が増加していることは,武器の移転状況を複雑化させている。

一方,1970年に発効した核兵器の水平拡散を防止するための核不拡散条約(NPT)も,114か国が締約国となっており,更により多くの国の加入が望まれるが,既に平和目的と称する核爆発実験を行ったインドを始め,パキスタン,イスラエル,南アフリカ,アルゼンチン,ブラジル等一部の諸国は未だ加入していない。

2 軍備管理・軍縮への努力

西側諸国は,ソ連の軍事力増強に対し,軍事バランスを維持し,その安全を確保するため,防衛体制の改善強化と併せて,東西間の軍備管理あるいは兵力削減について,これまでに,SALT交渉,包括的核実験禁止交渉,化学兵器禁止交渉,対衛星兵器禁止交渉,通常兵器の移転規制交渉及び中欧相互均衡兵力削減交渉(MBFR)などの種々の文渉を東側と行ってきている。

SALT交渉については,第2次条約(SALT)が1979年6月,米ソ両国によって調印された。同条約は,米ソ両国の軍備管理努力の現われとして評価されるものであるが,ソ連のアフガニスタン軍事介入に対する制裁措置の一環として,米国の上院本会議における批准審議は,棚上げされた。SALT交渉は,米ソ両国間の戦略的安定に資し,核軍備管理・軍縮努力の現われとして評価されるべきものであるが,レーガン政権は,SALT条約は条約自体に欠陥があるとして,現在,同条約を含め軍備管理・軍縮政策の見直しを行っており,これが完了するのを待って,SALTについてソ連と交渉を行っていく意向を明らかにしている。

欧州長距離戦域核制限交渉については,昨年10月に本交渉開始のための予備的折衝が約1カ月行われたあと,現在まで中断されているが,米国は本年中にソ連と交渉を開始するとの方針を明らかにしている。

また,中部欧州に所在する兵力,軍備を均衡のとれたかたちで削減し,より低い軍事レベルで安全保障を確保することを目的とする,相互均衡兵力削減交渉(MBFR)は続行されているが,1978年の第15次交渉で東西双方が共通の上限兵力を設定することに原則的に合意したものの,東側の現有兵力についての東西双方のデータの差異が依然として解消されず,また共通の上限兵力の枠内で更に各国別の上限兵力を設定しようとする東側と,これに反対する西側との対立があり.交渉は現在進展をみていない。

その他の文渉についても,事実上中断状態にあってほとんど進展をみていない。なお,このほかジュネーブにおいて,種々の軍縮交渉等が行われているが,1980年10月には,ナパーム弾や地雷などの使用を制限する条約が国連会議で作成され,現在署名のために開放されている。

第2章 欧州地域の軍事情勢

欧州地域は,第2次世界大戦後,米ソの対立及び自由主義諸国と社会主義諸国との対峙の最も尖鋭な地域の一つであり,北東アジア,中東とともに,ユーラシア大陸において,軍事的にはいわば3つの重要な正面の一つを形成している。

これら3地域は軍事的な見地からすれば,相互に関連づけられていることは言うまでもない。

したがって,わが国の平和と安全を考え,わが国が位置する東アジア・西太平洋地域の軍事情勢を理解するに当たっても,欧州地域における軍事情勢を把握し,この地域の国々の国防に対する考え方とその真摯な努力を十分理解する必要がある。

第1節 欧州地域の現状

欧州の現勢をみると,北大西洋条約加盟国とワルシャワ条約加盟国に大別され,このほかいずれの条約にも加盟していない国々がある。

北大西洋条約加盟国15か国のうち,米国とカナダを除いた国々は,合計約3億2千万の人口を有し,GNPの総合計が約2兆ドルの経済力を持っている。これは,2億2千万の人口を有しGNP2兆ドル以上の経済力を持つ米国に並ぶものである。

他方,ワルシャワ条約加盟国7か国のうちソ連を除く東欧6か国の人口は約1億1千万人であり,GNPの合計は約4千4百億ドルである。また,ソ連は約2億6干万の人口を有し,そのGNPは9千百億ドルとなっている。

このような国々が存在するこの地域の一般的特性としては,西欧諸国が海洋にその繁栄を大きく依存しているのに対し,ソ連・東欧諸国は,大陸国として海洋ヘ依存する度合が比較的小さいということが挙げられる。

また,軍事的な観点からこの地域の特性をみると,まず東側特にソ連は,広大なユーラシア大陸を後拠としており,後方連絡線(LOC)もその内部に存在し,縦深性が大である。これに対し,西側は縦深性に乏しく,英・米・カナダが後拠として存在するものの,西欧との間にはイギリス海峡,大西洋が介在するため,海上に後方連絡線が存在している。

次に,欧州特に中部欧州は概して平坦な土地であるため,大規模な陸上戦力による機動打撃に適した地勢となっているということがいえる。(第4図 欧州の現勢

第2節 北大西洋条約機構(NATO)とワルシャワ条約機構(WPO)の組織と特徴

1 NATOとWPOの組織

NATOの組織は第5図のとおりであり,その最高機関は,北大西洋理事会である。同理事会は各種施策に関する討議,承認を行う合議・決定機関であり,首脳又は閣僚レベルの会議と,常続的機能を果たすための各国派遣大使による会議とにより運営されている。NATO統合軍事機構にかかわる諸施策については,フランスを除く14か国の代表からなる防衛計画委員会によって処理されている。また,1966年にフランスは同統合軍事機構から脱退したが,北大西洋理事会にとどまり,NATOとの関係を維持している。

NATOの主要な統合軍事機構としては,欧州連合軍,大西洋連合軍,海峡連合軍があり,これらの各軍の司令官等には各同盟国の高級将校が任命されている。

他方,WPOの組織は第6図のとおりとみられ,ソ連を中心に運営されているが,その最高機関は政治諮問委員会である。同委員会は,加盟国の共産党の書記長ないし第一書記,首相,外相及び国防相によって構成されているが,その開催は不定期である。実際の活動機関としては,対外政策に関する勧告作成に当たる常設委員会と,決定事項の記録,編集,公表等を行う統合事務局がモスクワに設置されている。このほか,1969年に国防相委員会,1976年に外相委員会が設立され,加盟国の国家防衛計画,外交政策上の意思統一が図られている。またWPOにはワルシャワ条約統一軍総司令部がモスクワに設けられ,その司令官にはソ連国防相第一代理が歴代任命されており,ソ連が主導的立場にあるが,特にWPOの防空面については,モスクワにあるソ連の防空軍司令部の中央統制の下に,単一システムで実施されている。

2 NATOとWPOの特徴

NATOとWPOは中部欧州を中心としてバレンツ海から黒海にわたって対峙しているが,その特徴は次のとおりである。

WPO軍の兵器はほとんどソ連型で統一され,戦術思想もソ連の指導の下に統一されているので,この面からみれば常時統一的な戦力発揮が可能となっていると言われるが有事の際の東欧諸国の信頼性に問題があると指摘する意見がある。

これに対し,NATOの各連合軍は平時から各国の軍人から構成される各級の連合軍司令部を持ち,各担当区域の防衛計画を作成し,各種の演習を実施して連合動作の慣熟に努めている。しかしながら,NATOは,兵器規格の統一,相互運用性,あるいは弾薬・部品の互換性などの面で問題を抱えており,改善のための努力が行われている。

3 NATOとWPOの軍事力対峙

NATOの軍事戦略は,抑止によって戦争を回避することを目的としており,抑止を達成するためNATO諸国は,柔軟反応戦略と前方防衛態勢をとっている。柔軟反応戦略とは,戦略核,戦域核,通常戦力を有機的に保持し,WPO軍のいかなる侵略に対しても柔軟に対応する戦略である。前方防衛態勢とは,中部欧州において,WPO側と直接境を接する西独の領内に西独のほか同盟国たるベルギー,カナダ,オランダ,英国及び米国がそれぞれ軍隊を平時から配備し,WPOからの攻撃に際しては,できる限り東西ドイツ境界線の近くでこれを阻止しようとする態勢である。NATOの軍事機構に参加していないフランスも,西独との二国間条約に基づき,これら諸国と同様に西独領内に軍隊を駐留させている。このような態勢をとっているのは,万一,WPO軍によって西独が突破されれば,その侵攻はたちまち,ベネルックス三国やフランスに,次いで英国に及び,人口稠密で多くの産業を有する西欧全体が測り知れない程の被害を蒙ることとなるので,これら諸国は協力して最前線たる西独に平時から軍隊を派遣することにより,そのような惨禍を避けようとしているのであり,それはまたそれぞれの国の防衛そのものに他ならないと考えているからである(第7図参照)。

一方,WPOで主導的立場にあるソ連の軍事戦略思想では,NATOとの軍事紛争の際には,戦略的攻勢がその作戦に対する基本的な考え方であるとみられており,WPO軍の大規模な演習も,攻撃的な指揮訓練等を主体として実施されていると言われている。

このため,WPO軍は,攻勢的作戦に適した戦車を中心とする膨大な機甲打撃力を保有し,また大量の航空戦力を有している。

海上戦力では,ソ連は,有事の際に米大陸から西欧に対して行われる増援を阻止するため,海上交通路妨害の能力を開発しているとみられている。

以上のような態勢にあるNATOとWPOの軍事力の対峙は,スカンジナビア半島及び南部欧州でもみられる。

これらの兵力は量のみならず質の面においても世界の先端兵器を含んでおり,またNATOの前方防衛とWPOの兵力集中により,この地域は軍事的緊張の可能性を含む地域となっている。(英・西独・イタリア3国で共同開発した多目的のトーネイド戦闘機

第3節 NATOとWPOの軍事バランスと西側の対応努力

1 WPOの軍事力増強

かつて米国が,戦略核戦力において圧倒的に優勢を占めていた頃とは異なり,今日では米ソの戦略核戦力がほぼ均衡したため,戦略核戦力が,果たしてあらゆるレベルの紛争に対して信頼できる抑止力であり得るかについて,疑問が生ずるに至った。このため,欧州地域における戦域核戦力と通常戦力のバランスが,改めて重要な問題となってきているが,この面についてはこれまでのソ連軍の一貫した増強により,今や東側に有利に傾きつつあると見られ,このバランスの修復が西側諸国にとっての重要な課題となっている。

(1) 戦域核戦力

ソ連は,主として欧州戦域を対象にSS−4サンダルMRBM,SS−5スキーンIRBMなどを配備し,更に1970年代後期以降,移動式多弾頭ミサイルSS−20を増強するとともに,TU−22Mバックファイア爆撃機の配備を進めることによって,弾頭数を増加し,命中精度,残存性等の大幅な向上を図っている。これに対してNATO側は移動式IRBMSS−20と同様の兵器を保有しておらず,ソ連のこの増強はこの分野における著しい不均衡化が進行しつつあることを意味し,NATO側の懸念は高まっている。

(2) 通常戦力

現在のNATO軍とWPO軍の兵力概要は第1表のとおりであり,戦力バランスは数量的にみると多くの面でWPO軍が優位に立っている。

更に,近年のWPO軍の質的向上には目覚ましいものがあり,例えば地上戦力では戦車の数量の増大もさることながら,新型戦車T−72が増強されているほか,最新型の戦車T−80が試験段階にあると言われ,その機動打撃力が一層向上しつつある。また,海上戦力では,キエフ級空母,キーロフ級原子力巡洋艦を含む各種ミサイル搭載の新型艦やTU−22Mバックファイア爆撃機等の導入により,対潜水艦及び対水上艦作戦能力や海上交通路妨害能力が強化されている。航空戦力では,新型戦闘爆撃機SU−24フェンサーやMIG−27フロッガーD等,新鋭機の配備続行に加えて幾つかの航空機を開発中とも伝えられており,電子戦能力や対地攻撃能力の強化とともに,防空システムも改善されている。

そのほか,WPO軍は化学兵器及び核兵器が使用される戦場での作戦遂行能力を引き続き向上させるとともに,化学戦遂行能力についても,継続的に改善していると言われている。

2 NATO諸国の対応努力

(1) 長期防衛計画

WPOの戦域核戦力及び通常戦力両面にわたる一貫した増強・近代化努力に対し,米国を始めとするNATO諸国は,1978年5月のワシントンにおける首脳会議で,1990年代前半までのNATOの防衛力全般にわたる強化と,そのための加盟国の協同を目的とした長期防衛計画(LTDP)を採択し,同時にこのための財政的措置として,加盟国が,防衛費を毎年実質3%ずつ増加していくことに合意した。

NATO長期防衛計画は,次に述べる10項目を重点施策として遂行されている。

 能力を高めたWPO軍による奇襲の可能性に対処するための即応態勢の改善

 米国その他の国からの迅速なる増援を可能にする態勢の整備

 欧州予備戦力の増強

 海上交通路確保のための海上戦力の向上

 欧州の統合防空態勢の確立

 連合戦闘に不可欠な通信・指揮・統制システムの標準化と相互運用性の強化

 同盟国全体の電子戦プログラムの整備

 防衛資源の合理的使用

 後方支援態勢の向上と戦時備蓄の強化

 戦域核戦力の近代化

更に,ソ連のアフガニスタン軍事介入あるいはペルシャ湾地域における不安定化傾向の増大等NATO域外における米国の負担が増大していることもあって,米国の対欧州コミットメントの相対的低下の可能性も懸念されており,欧州の防衛態勢の一層の強化のために,1980年5月,先に述べた10項目のうちで特に数年内に実施すべき短期的な措置として,次に述べるような施策の推進が図られている。

 武器・弾薬の備蓄水準の向上

 装備の改善

 化学戦対策の促進

 予備兵力の強化

 民間輸送機の動員態勢の整備

 電子戦能力の向上

こうした長期防衛計画に従って,NATO諸国は,防衛力の強化を図っているところであるが,特に即応態勢の改善のために,空中警戒管制機E−3Aセントリーの増強配備やA−10サンダーボルトなどの対地支援用航空兵力の充実などが図られている。また,米国は,西独を始めとして欧州各地に資材事前海外備蓄(POMCUS)を実施し,緊急事態に即応できる態勢を整えようとしている。

なお,本年1月には,戦略的に重要であるにもかかわらず量的劣勢の著しいNATO北翼のノルウェーとの間に,米国は,POMCUSのための協定を調印した。(空中警戒管制機E−3A

(2) 長距離戦域核戦カの近代化

NATOは,ソ連の移動式IRBM SS−20及びTU−22Mバックファイア爆撃機の配備増強に対応し,この分野でのバランスを修復するため,1979年12月,パーシング型ミサイル108基,GLCM464基を1983年から欧州に配備することを決定した。

パーシングは射程約1,800km以上で命中精度の向上した単弾頭MRBMであり,パーシングに代えて配備を予定されているものであるが,西独に108基配備されることになっている。また,GLCMは,射程約2,400km以上で96基が西独に,160基が英国に,112基がイタリアに,各48基がオランダ及びベルギーに配備される計画と言われている。これに対し,ソ連は既に,これまでにパーシングやGLCMの配備予定弾頭数を超えるSS−20の弾頭を配備しているとみられている。

英国やフランスにおいても,核戦力の近代化が進められており,英国はポラリスからトライデントへの換装の計画を決定し,フラソスもM−20からM−4へのSLBMの換装の計画を進めている。

更に,NATOは,パーシングやGLCMの配備と同時併行的に,欧州における戦域核制限交渉を行っていくことにも合意している。この交渉は,米国の政権交代に伴って中断されていたが,本年末までにはその交渉が,米ソ両国の間で再開される模様である。

第4節 その他の国の国防努力

今日欧州において,NATOとWPOという世界の2大軍事機構に属さず,中立又は非同盟によってその独立を維持するため,独自の国防努力を行っている国としては,スイス,スウェーデン,フィンランド,ユーゴスラビアなどが挙げられる。

スイスは1815年の永世中立に関する宣言書により,最終的に永世中立国としての地位を認められた。これ以降スイスは中立政策をとっている。しかし,スイスは,単にこうした国際保障に依存するだけでなく,むしろ中立を積極的に守るため,国民皆兵制等によって堅固な防衛態勢を築き上げ,2度にわたる世界大戦においても,国民の一致団結した国防努力によって中立を維持してきた。スイスはこの由緒ある伝統の下に,今日でも48時間以内に62万5,000人の兵力の動員が可能と言われ,このような態勢を整えた武装中立を続けている。

これに対しスウェーデンの中立は,国際法上の裏付けのあるものではなく,国家の伝統的な基本政策として中立を維持している例と言える。1814年以来,スウェーデンは戦争からの局外中立を保ち,その後160年以上も中立政策をとっている。それは,単に戦争からの局外中立主義でなし得たのではなく,平時から強力な軍隊を維持するとともに,「軍事防衛」,「経済防衛」,「民間防衛」,「心理防衛」の4つの分野でバランスのとれた国家防衛政策を推進していることによる。

一方,フィンランドは自由民主主義体制の下にあって,1948年のソ連との友好・協力及び相互援助条約によるソ連との協調路線を外交の基本としつつ,北欧諸国や西欧諸国とも友好関係を維持しようとしている。フィンランドは,その軍事力を1947年に連合国との間で締結した平和条約(パリ条約)により,小規模なものに制限されてはいるが,500万にも満たない人口にもかかわらず,有事には数日間で70万人を動員し,特殊な地形,気象条件等を活用して国土の防衛を全うしようとしている。

また,独自の社会主義体制をとるユーゴスラヒアは,NATOとWPOにはさまれ,戦略的に重要な位置にあって,戦後チトー大統領の下で非同盟国としてその独立を維持してきた。ユーゴスラビアは,「ユーゴスラビアの全人民が兵士であり,全ての兵士が市民である」とのチトー大統領の方針の下に,全人民防衛制度をとっている。すなわち,男女とも16歳から65歳までの国民全員に国防義務が課せられ,人民軍(正規軍)及び予備役並びに地域防衛軍(民兵)と,有事に人民軍の指揮下に入る警察の総計約200万人で国防組織を構成し,山岳地形を活用するパルチザン戦を重視した態勢を整えている。

 

以上述べてきたとおり,欧州地域の軍事的対峙には厳しいものがあり,欧州において万一武力紛争が発生した場合には,性格上世界的規模のものに拡大していく可能性が高いとの認識もある。(スウェーデンが独自開発したビゲン戦闘機)(ユーゴスラビアの女性民兵

第3章 中東・インド洋地域の軍事情勢

中東地域においては,第2次世界大戦終結後も幾度か武力紛争が発生していたが,最近は,イランのイスラム革命,ソ連のアフガニスタン軍事介入,イラン・イラク紛争,レバノン情勢を巡るシリア・イスラエル間の緊張,イスラエルのイラク原子炉爆撃事件等があい次いでおり,不安定かつ流動的な様相が高まっている。

また,インド洋においても,米ソ両国による軍事プレゼンスが続けられている。

第1節 中東・インド洋地域の重要性

石油は世界のエネルギー消費量の半ば近くを支えているが,中東地域は,世界の原油埋蔵量及び石油輸出量それぞれの6割弱を占めている大石油生産地帯であり,世界的な戦略要衝ともなっている。

中東地域の世界的重要性は,まずその地理的位置に求めることができる。この地域は,欧州,アジア,アフリカ三大陸の結節点に位置し,またユーラシア大陸からアフリカヘ進出する際の入口となっているため,古来,列強の勢力争いが展開されてきたところである。近世においても,欧州諸国は,この地域を中継点として交通路の確保に当たってきており,石油が大量に産出されなかった時代にあってもこの地域は重要であった。現代においても,中東・インド洋地域には,石油輸送ルートを始め,海洋によって結ばれ通商によって繁栄してきた西側諸国にとって重要な幾つかの海上交通路が存在し,またボスポラス海峡,スエズ運河,バブエルマンデブ海峡,及びホルムズ海峡など海上交通路上の要衝が存在しており,このような地理的位置からも,この地域は,世界的に重要な地域となっている。

更に,わが国を始めとする西側諸国は石油供給の大部分をこの地域に依存している。このため中東産油国の平和と安定及び石油輸送路の安全が脅かされ,石油の円滑な流れが妨げられることになれば,これら諸国の国民経済の維持・発展に多大な困難をもたらすのみならず,政治的,社会的にも大きな影響をもたらす可能性がある。このことの一端は,既に1973年の第4次中東戦争の際アラブ産油国の採った石油の生産削減・禁輸措置の結果引き起こされた。世界経済上の諸困難によっても予見し得ることである。

特に,石油輸入依存度の高いわが国としても,この地域の動向を重大な関心をもって見守っていかなければならないものである。(西側諸国の中東依存度(1979年)

第2節 地域的な不安定性

中東地域は,民族や宗教の分布が錯綜しており,またこの地域の国境線は,かつての植民地時代の分割ラインを継承しているところもある。

このため,国家としての歴史が比較的新しい多くの中東諸国においては,国内的には少数民族の自治権要求,宗教・宗派間の対立,近代化と伝統の相克など様々な不安定要因を抱えるとともに,対外的にも,アラブ・イスラエル対立のほか,領土権,水利権などを巡って一部の国々の間には対立関係が存在しており,この地域において武力紛争が多発する背景をなしている。

アラブとイスラエルの対立については,米国・イスラエル・エジプト間のキャンプデービッド合意(1978年9月)に基づくエジプト・イスラエル間平和条約の調印(1979年3月)により,両国間に外交関係の樹立がみられ,中東和平への一歩を踏み出したものの,パレスチナ自治交渉は進展せず,またイスラエルとの単独和平に踏み切ったエジプトに対し,他のアラブ諸国はこれに反発し,エジプトに対しアラブ連盟の資格停止等の制裁措置を採った。更に,エジプト以外のアラブ諸国とイスラエルとの関係には厳しいものがあり,本年4月,イスラエルがシリア軍へリコプターを撃墜したのに対抗して,5月初めにはシリアがレバノン内に地対空ミサイル(SAM)を配備したため,両国の間の緊張は急速に激化した。また,6月には,イスラエル空軍によるイラクの原子炉爆撃事件が発生した。

湾岸地域の情勢についてみると,1979年2月のイランのイスラム革命に至るまでは,近年この地域の情勢は,比較的安定した外観をみせていた。しかし,イランではクルド人等少数民族の自治権要求の高まりや,革命指導層の内部対立などの国内混乱に加えて,米大使館員人質事件を頂点とする米国との深刻な対立もあって,湾岸地域の安全保障に対して重要な立場を占める同国は著しく不安定となった。更に,イラクとの戦火拡大は,この地域に一層の不安定化をもたらしている。

特に,ソ連のアフガニスタン軍事介入は,西側諸国にとって,中東地域の平和と安定及び第三世界におけるソ連の行動と対ソ関係という点から,またイラン・イラク紛争は中東地域の平和と安定及び石油の安定供給の確保という点から重大な関心を持たれた事件である。

1 ソ連のアフガニスタン軍事介入

1979年12月末に始まるソ連のアフガニスタン軍事介入は,今なお続いているが,ソ連のこの行動は,東西間の緊張緩和の動きを大きく後退させるとともに,中東情勢及び南西アジア情勢を流動的かつ不安定にしている。また,ソ連がアフガニスタンに軍事進出し軍隊を駐留させていることは,中東の産油地帯やインド洋の重要海上交通路に一層接近したことを意味している。更に,イランの不安定化等この地域の情勢の流動化は,湾岸地域に対するソ連の直接,間接の影響力行使の機会を増大させるものとみられよう。

今回の軍事介入に当たってソ連は,緊急動員や部隊移動などの軍事能力の高さを示すとともに,機会があれば積極的な軍事行動をとってその意志を貫く用意があることをも示しているともみられ,これらに注目する必要があろう。

ソ連軍は,介入後,アフガニスタン内に約8万5,000人の兵力を展開させているとみられ,反ソ・反政府勢力の制圧作戦を行っているが,これら勢力の抵抗に遭い,十分な成果は挙げていないとみられている。このためソ連軍は,戦法や装備を対ゲリラ戦に適応したものに改善するとともに,アフガニスタン国内に各種施設を建設して,長期戦に備え,軍事活動の強化を図っている模様である。一方数万から10数万人の規模と推定される反ソ・反政府勢力は,山岳地域という地勢上の利点を活用し,反ソ感情の強いアフガニスタン国民の支援を得て,粘り強いゲリラ戦を実施している。しかしながら,これら勢力は,組織が統一されておらず,また武器などが十分ではないため,ソ連軍を排除するまでの実力は現在のところ持っていないと考えられ,ソ連軍の駐留は,長期化する傾向を示していると言えよう。

なお,アフガニスタ全人口約1,500万人のうち,国外に流出した難民は,すでに200万人を超えたと言われている。

他方,米国はソ連のアフガニスタン軍事介入後,アフガニスタンと長く国境を接するとともに,ペルシャ湾の入口に位置するパキスタンの戦略上の意義を重視し始め,特にレーガン政権になってからは,経済援助・武器供与6ヵ年計画(総額30億ドル余り)などを通じ,パキスタンへの援助を図っている。(アフガニスタンの反ソ・反政府ゲリラ)(第8図 アフガニスタンにおけるソ連軍の展開状況

2 イラン・イラクの紛争

イラン・イラクの間には,従来から国境画定や少数民族の取扱いなどを巡る紛争要因が存在していたが,イランの軍事的優位もあって,全面的な武力衝突が発生するまでには至らなかった。しかし,1979年2月に始まるイランのイスラム革命により,イランでは,軍の弱体化が進む一方,革命指導者がイスラム原理主義を各国に呼び掛けたことなどから,その波及をおそれるイラクを始め湾岸諸国から強く警戒され,イラン・イラク関係は漸次悪化し,両国国境付近を中心に小規模な武力衝突を繰り返していた。

1980年9月に入り,中部国境付近で大規模な砲撃戦が展開されて以降戦闘は中部地区から南部地区に拡大し,特に9月17日,イラクのフセイン大統領がイランとの国境画定協定を破棄し,シャトル・アラブ川全水域の領有を宣言したことを契機として,22日以降両国は本格的な戦闘状態に入った。

戦闘は,当初イラク軍優勢のうちに進められたが,イラン軍も民兵(革命防衛軍)を交えて頑強な抵抗を行ったこともあり,イラク軍は国境付近から数10km侵入した程度にとどまり,10月下旬以降,両軍は北はノースド,カスル・エ・シリン付近から南はアバダンを結ぶ地域において対峙し,戦線はこう着化した。その後両国は,戦闘規模を縮小し,局地的な戦闘を繰り返している模様である。

この間,両国が相互の重要石油施設をも砲爆撃の対象としたことなどにより,両国の原油輸出量は一時大幅に減少し,世界の石油供給に不安を与えた。また,ホルムズ海峡を含むペルシャ湾全域への戦火の波及が懸念されるなど,両産油国間の紛争により,この地域の平和と安定が世界的に極めて重要であることが改めて強く認識された。(第9図 イラン・イラク紛争関係略図)

第3節 米ソの中東政策とインド洋におけるプレゼンス

1 ソ連の動向

中東地域は,ソ連にとっては自国の南部に隣接する地域であり,また西側諸国にとっては石油依存度が高いこともあって,東西の戦略上の重要地域となっているとみられる。

ソ連の中東地域への進出は,1956年のスエズ戦争以来3度の中東戦争に際して,終始エジプトを中心とするアラブ諸国を支持支援するという形で進められてきた。1971年5月には,ソ連・アラブ連合友好・協力条約が調印され,多数のソ連軍事顧問団がエジプトに駐留した。しかし,第4次中東戦争を境にエジプト・ソ連関係が漸次冷却化する一方,エジプトと米国との関係は深まり,1976年3月,エジプトは,ソ連との友好・協力条約を破棄するに至った。

しかし,ソ連は,シリアへの軍事援助のほか,イラクとの間に1972年4月,友好・協力条約を調印し,またいわゆるアフリカの角と呼ばれる地域では,1977年11月ソマリアとの友好・協力条約が破棄されたが,1978年11月にはエチオピアと,更に1979年10月には南イエメンと友好・協力条約を調印し,紅海とインド洋を結ぶバブエルマンデブ海峡を,両岸から扼する要衝に地歩を固めた。またソ連は,1978年12月アフガニスタンと友好・善隣・協力条約を,1980年10月シリアと友好・協力条約を結んだ。

現在,ソ連は,中東及びその周辺地域への進出の結果,シリア,リビア,エチオピア,南イエメン及びアフガニスタンと緊密な関係を保つとともに,これら諸国の軍事施設の利用を行うなどペルシャ湾の石油資源地帯を包囲する形勢を示している。

ソ連が使用している主な港湾,停泊地は,第10図にみられるとおりであり,これらは,ペルシャ湾からインド洋を経て欧州,米国及び日本に達する石油輸送ルートを扼する要点に位置している。

インド洋におけるソ連海軍のプレゼンスについては,アフガニスタン軍事介入前は,主としてソ連太平洋艦隊から20隻前後の艦艇を常時派遣していたが,介入後は,艦艇数を30隻前後に増加させている。

なお,ソ連はモザンビーク及びアンゴラの独立を契機として,この両国と緊密な関係を結んでおり,1976年10月にはアンゴラと,1977年3月にはモザンビークとそれぞれ友好・協力条約を調印した。特にアンゴラでは,独立時の内戦以来,キューバ兵の介入がみられる。南部アフリカ地域は,クローム,マンガン,工業用ダイヤモンドなどの希少資源を産出し,また大西洋とインド洋を結ぶ交通上の要衝でもあることから,この地域へのソ連の進出も注目される。(第10図 インド洋周辺地域における米・ソ・英・仏の寄港地等

2 米国の対応

米国の中東政策は,特にソ連のアフガニスタン軍事介入以降,ソ連の中東地域への進出に対抗するという側面を強くみせるようになったと考えられる。カーター大統領は,1980年1月,議会にあてた一般教書の中で,西側先進諸国の中東石油への依存に言及し,「現在,アフガニスタンにいるソ連部隊によって脅かされている地域は大きな戦略的重要性を持っている」と述べ,ペルシャ湾地域の支配を獲得するためのいかなる外部勢力による試みも米国の死活的利益に対する攻撃とみなされる。それは,軍事力を含むいかなる手段の使用によっても撃退されるであろう」と警告した。レーガン政権はこのような政策を継承し,インド洋における軍事的プレゼンスを,一層強化する考えを明らかにしている。すなわち,米国はそれまでにもインド洋にある英国領のディエゴ・ガルシア島の海・空軍施設を整備するなどの措置を採ってきたが,ソ連海軍のインド洋周辺におけるプレゼンスの増大,1979年初めのイランのイスラム革命等に起因する中東情勢の流動化に伴い,米国は2個空母機動部隊をインド洋地域に常時配備するようになっている。また,米国は,前述の緊急展開部隊(RDF)計画を推進するとともに,1980年にはソマリア,ケニア等と港湾,飛行場施設の利用について各国の合意を得ている。更に,同年,緊密な関係にあるエジプトと合同で軍事演習を行うなど,この地域における紛争対処のための即応態勢を強化している。1981年1月発足したレーガン政権も,中東・インド洋地域への強い関心を明らかにし,米国がこの地域からいかなる後退もすることはない旨表明している。インド洋周辺地域には,米ソの海軍艦艇のほかに,英国,フランス及びオーストラリアの艦艇もプレゼンスを維持している。

米国のインド洋における海軍力プレゼンス強化の結果,最近みられたように,西太平洋に空母機動部隊が存在しない時期もあった。わが国を含む西側諸国は,中東地域の石油資源に大きく依存しており,不安定かつ流動的で,しかも戦略的要衝に当たるこの地域の平和と安定及び資源の安定的供給のためには,米海軍のこのような展開を含む米国の軍事的努力は不可欠の措置と考えられる。しかしながら,1970年代前半までは西太平洋に常時3〜4隻,70年代後半に入ってもおおむね2隻を中心とする空母群が展開されていたことを顧みると,西太平洋の米軍の質的増強は引き続き行われているものの,同海域における米海軍のプレゼンスの低下は否めない。(インド洋上の米空母「レインジャー」

 第4章 東アジア・西太平洋地域の軍事情勢

第1節 概説

この地域の地理的特性としては,大陸部,半島,島嶼,海峡など様々な地形が交錯していることが挙げられる。また,政治,経済,民族,文化等を異にする大・小様々な国が存在し,中ソ対立,朝鮮半島の南北対立,中越紛争などの地域的対立抗争に米中ソ3国の政治的,軍事的政策がからみ,この地域の情勢は,複雑な様相を示している。

また,欧州では,NATOとWPOの2大勢力間の地上兵力と戦術航空兵力が戦力対峙の中心となっているのに対し,東アジア・西太平洋地域では,それぞれの地理的条件もあって,多様な戦力対峙の様相がみられる。例えば陸続きの中ソ国境や朝鮮半島では,欧州と同様の対峙がみられるが,西太平洋地域における米ソ間では,海上兵力と航空兵力が中心となっている。

1969年3月,中ソ両国の国境警備隊は,ウスリー江の珍宝島(ソ連名ダマンスキー島)で2度にわたる武力衝突を引き起こしたが,中ソ間の対立は,両国の共産党間の理論闘争から国際共産主義運動の分裂,両国の領土問題,軍事的対峙,第三世界に対する援助競争など広範かつ多岐なものとなり,互いに相手の勢力を減じようとする行動をとるようになっている。

このような中ソの激しい対立は,かつてのような中ソの一枚岩の時代から,東アジア・西太平洋地域の米ソ対立,米中対立を基盤とする米中ソ3国の鼎立関係を経て,更にソ連に対する米中両国間の関係緊密化という現象を生じさせている。そして,1978年12月にはソ連の支援するベトナムが中国の支持するカンボジアに侵入し,翌年2月には中国がベトナムヘ侵攻するなど,インドシナ地域において中ソ対立を反映した武力抗争が生じた。

しかしながら,中ソ両国間においては,世界情勢や双方の国内情勢の推移いかんによっては,今後,何らかの関係修復が図られる可能性も,否定できないところである。

次に,朝鮮半島は,北朝鮮が1970年代に行った大幅な軍事力の増強によって,韓国に対する攻撃能力を高めたとみられることもあって,現在,世界で最も軍事的緊張の高い地域の一つとみられている。本来,この地域の平和と安定は,わが国の平和と安定にとって重要なかかわりを持っており,今後とも十分注目していく必要があろう。

台湾については,中国に対ソ,対越軍事対処の必要性があり,また台湾海峡の制海制空能力や渡洋攻撃能力が十分でないといった軍事情勢もあってこれらの点は,今後,この地域の安全を考えていく上での重要な要素であろう。この地域は,わが国に近接し重要な海上交通路にも当たることなどから,わが国としても,大きな関心を有しているところである。

このように,この地域は不安定要因をはらみ厳しい情勢にあるが,こうした中でソ連が,わが国固有の領土である北方領土を含め,わが国に隣接する区域で,一貫して軍事力の増強を行い,能力と即応態勢を向上させていることは,わが国の安全保障にとって潜在的脅威の増大であるとみられる。

第2節 米中ソの軍事態勢

1 ソ連の軍事態勢

(1) 極東ソ連軍

1969年の中ソ国境紛争を契機として,軍事的にも中ソが厳しく対立するに従い,ソ連は中国を意識したと思われる兵力の増強を行ったが,1972年のニクソン訪中以来の米中接近等に伴って太平洋・極東正面に対し顕著な兵力増強を行っている。ソ連がなぜこの地域の戦力を増加させているかは明らかではないが,中ソ国境防衛の必要性が高まったことのほか,西太平洋,インド洋の世界戦略上の重要性から米第7艦隊に対抗し得る兵力を必要とすること,更には,米中関係,日中関係の進展等を含む東アジアにおける情勢の変化に対応すること等が推測されよう。また,最近ソ連軍が,極東,ザバイカル,シベリアの3軍管区及びモンゴル所在の部隊を統轄する統合司令部を設置したと言われることは,ソ連が極東に大きな軍事的関心を示しているものであり,単に中国のみならず太平洋方面も念頭にあるともみられ注目される。ソ連がこの地域に統合司令部を設置したのは初めてのことであり,従来各軍管区ごとに配備されてきた東アジアの兵力を統一的に指揮運用することにより,即応能力及び兵力運用の柔軟性を高めるという目的もあるとみられる。

地上兵力については,ソ連の全師団184個約185万人のうち,その程度に当たる51個師団約46万人が主として中ソ国境付近に配備され,そのうち極東方面には,39個師団約36万人が配備されている。

地上軍の装備としては,BMP装甲歩兵戦闘車,地対空ミサイル(SA−8,SA−9)やBM−21多連装ロケットの増強が行われ,極東ソ連地上軍の質的強化がみられる。この装備の近代化については,欧州正面に新装備が出現してから極東に配備されるまでに,従来は10年前後の後れがあったが,152mm自走りゅう弾砲等にみられるように,最近では3〜6年後には出現し,早いものでは1年以内のものもある。また,MI−24ハインド等攻撃へリコプターの増強は,アフガニスタンの山地における武装へリコプターの重用にみられるように,ソ連軍の攻撃へリコプター重視の考え方を裏付けるものと言えよう。

航空兵力については,ソ連の全作戦機約9,300機のうち,その程度に当たる約2,210機が極東に展開しており,その内訳は,爆撃機約450機,戦闘機約1,600機及び哨戒機約160機であり,顕著な増加を示している。特に,戦闘機及び戦闘爆撃機の半数以上は,MIG−23フロッガーB,MIG−27フロッガーD,SU−24フェンサーなどの第3世代の航空機であり,その割合は,急速に増加しつつあると推定される。この第3世代航空機は,第2世代航空機に比べ,運動性能の向上,とう載重量の増加,航続距離の延伸,ECM(対電子)能力の強化等攻撃及び防御の両能力が一層向上した航空機と言われている。また,新型の高性能爆撃機TU−22Mバックファイアが,シベリアの内陸に10機以上配備されているほか,沿海地方の海軍航空部隊にも作戦可能な機数が配備されていると推定される。

バックファイアの使用形態としては,対地爆撃,洋上艦艇,特に空母機動部隊の攻撃,海上交通の妨害,洋上の哨戒などが考えられる。このようなバックファイアの極東配備によって極東ソ連軍は従来より優れた対地,対艦攻撃能力を獲得したとみられ,わが国の防空態勢やわが国周辺の海上交通路確保などの面で影響を及ぼすものとして引き続き注目していく必要がある。

海上兵力については,ソ連の全艦艇約2,740隻,約577万トンのうち,その程度に当たる約800隻,約158万トンを保有する太平洋艦隊(司令部ウラジオストク)が展開している。近年における増強は,空母ミンスク,カラ級ミサイル巡洋艦をはじめ大型,新鋭の水上艦艇,原子力潜水艦等の配備にみられるように著しいものがあり,防空,対潜及び水上打撃能力の向上や,イワン・ロゴフ級揚陸強襲艦や各級ホバークラフト等の保有による周辺海域に対する水陸両用戦能力の向上が図られている。また,商船隊でもローロー船を含む海上輸送能力の強化がみられる。

核戦力については,ソ連の全戦略ミサイルの約30%に当たるICBMやSLBM等の核戦力が配備されていると推定される。これらの戦略核戦力は,SS−17,SS−N−18等高性能のミサイルに逐次近代化されているとみられる。戦域核戦力としては,SS−20やTU−22Mバックファイアが欧州への配備開始に引き続いて,この地域にも配備されつつある。特に,移動式で命中精度の高いSSー20は,極東ソ連のはとんどの地域から日本全土をその射程に収め得るとみられている。また,地上軍部隊にはフロッグやSS−1スカッド等の核・非核両用のミサイルが,師団レベル等に配備されている。(第11図 極東ソ連軍の軍事基地)(152mm自走りゅう弾砲)(バックファイア爆撃機)(装甲歩兵戦闘車等をとう載して航行中のイワン・ロゴフ)(地対地ミサイル フロッグ−7)

(2) 北方領土におけるソ連軍

わが国固有の領土でありながらソ連の不法な占拠下にある北方領土は,北海道の野付崎から指呼の間にあり,国後島まで16kmを隔てるにすぎない。

ソ連は,1978年以来国後,択捉両島及び色丹島に地上軍部隊を再配備するとともに,基地建設を継続しており,現在のところその規模は師団規模にあると推定している。

これらの地域にはソ連の師団が保有する戦車,装甲車,各種火砲及び対空ミサイル等のほか,師団には通常装備されていない長射程の130mm加農砲等も配備され,また北方領土所在部隊の各種訓練も活発化している。

航空部隊は,従来のMIG−17フレスコ戦闘機に代わり,近い将来新鋭の戦闘機が配備されることも予想される。更に,対地攻撃用武装へリコプターMI−24ハインドも新たに配備され,空中からの対地攻撃能力及び輸送能力が増大したことは注目される。

ソ連が北方領土に地上軍部隊を配備した意図は明確ではないが,ソ連の世界戦略上の観点から,北方領土及び千島列島あるいはオホーツク海等の地域的重要性を考慮したこと,近年の極東ソ連における全般的な増強・近代化の一環等とも考えられる。このほか政治的ねらいとして,北方領土に対する不法占拠を日本に容認させることなどの目的もあるとみられる。いずれにしても,北方領土へのソ連地上軍の配備は,政府の度重なる対ソ抗議の申し入れにあるとおり,わが国固有の領土への配備ということから,容認できず,極めて遣憾である。また,北海道本島に近接しているということから,わが国の安全保障上重大な関心事であり,潜在的脅威の増大と考えている。(知床岬から国後島を望む)

(3) わが国周辺におけるソ連軍艦艇及び航空機の行動

ソ連の軍事力増強に伴って艦艇,航空機の外洋進出や,わが国周辺における活動も活発であり,その行動の概要は第12図に示すとおりである。ソ連太平洋艦隊は,現在ソ連近海のほか,インド洋に20〜30隻,南シナ海に10隻以上のプレゼンスを同時に維持している。太平洋艦隊は既に外洋艦隊として成長しつつあり,ベトナムの施設の常時使用とあいまって,インド洋及び西太平洋に確固たる存在を示すに至ったものとみられ,この方面での西側諸国に対する海上交通路への潜在的脅威となる可能性も高まっている。

最近の最も特徴的な艦艇の行動としては,空母ミンスクがウラジオストク回航以来,初めて昨年8月に南シナ海方面ヘ行動したこと,及び本年4月,巡洋艦を含む9隻がオホーツク海において行った結氷期航行訓練や,青森沖において行った無通告射撃訓練などが挙げられる。また,航空機の動きも活発である。昨年1年間のソ連機の日本周辺接近飛行は220回に上り,逐年増加の傾向にある。このほか,ソ連の航空機が,恒常的にベトナムのダナン等の飛行場に滞在して南シナ海の哨戒活動を行い,米軍艦艇等の監視等を続けている。

このように,わが国周辺におけるソ連の艦艇,航空機の行動は活発化する傾向にあり,わが国固有の領土である北方領土におけるソ連地上軍の配備の動向とともに,今後も十分注目していく必要がある。(オホーツク海を航行中のソ連クレスタ級ミサイル巡洋艦)(AS−6をとう載したソ連中距離爆撃機TU−16

2 米国の軍事態勢

米国にとって,東アジア・西太平洋地域は,西欧,中東とともに戦略的に重要な地域となっている。

1974年以降,西太平洋地域における米軍の兵力規模には大幅な変動はないが,装備については,常時近代化の努力が続けられている。

陸軍は,韓国に第2歩兵師団,第19支援コマンドなど約2.8万人,日本に在日陸軍駐留部隊約2.3千人,その他の地域を合わせて合計約3.5万人である。装備面では,在韓第2歩兵師団の2個砲兵大隊の火砲が105mmりゅう禅砲から155mmりゅう弾砲に更新され,へリコプターの近代化も行われている。

空軍については,第5空軍が日本に1個航空団(F−15など),韓国に2個航空団(F−4など)を,第13空軍がフィリピンに1個航空団(F−4など)をそれぞれ配備している。また,戦略空軍がグアム島に1個航空団(B−52,KC−135),日本に1個航空団(KC−135,RC−135など)を置き,戦略任務の遂行に当たっている。これらを合せて約3.5万人,作戦機約260機を保有している。極東ソ連軍の増強に対抗するための近代化施策としては,在日の第5空軍がF−4ファントムからF−15イーグルに転換を完了したほか,空中警戒管制機E−3Aセントリー3機も既に配備され,1983年までには計4機の配備が完了する予定である。また,韓国においては,来年からA−10サンダーボルト攻撃機24機が新たに配備されるほか,F−4Dファントム48機が本年から全機F−16ファイティング・ファルコンに転換される予定である。

海軍は,日本,フィリピン及びグアム島を主要地点として空母3隻を含む第7艦隊の艦艇約60隻,作戦機約280機兵員約4.1万人を擁している。また,海兵隊は,日本に第3海兵師団及び第1海兵航空団(F−4など)を配備し,一部の洋上兵力やフィリピン駐留兵力を含み,合計約2.5万人,作戦機約60機を展開している。このほか,東太平洋には第3艦隊が展開しており,第7艦隊への支援態勢を保持している。

核戦力では,この地域における核抑止力を維持するためにポラリス原子力潜水艦等が配備されているが,ポラリス潜水艦は漸次戦略任務から外され,米本土に基地をおくトライデント原子力潜水艦に代替することで核抑止力を強化する計画が進められている。また,戦域核について,米国は,ソ連がSS−20及びTU−22Mバックファイア爆撃機を配備したことに対抗するため,戦域核戦力近代化へ向けての検討を行っていると言われる。(第13図 西太平洋米軍配備の概要)(対地支援用A−10攻撃機)(米ミサイル巡洋艦 リーブス)

3 東アジア・西太平洋地域における米ソ軍事力の対峙

米ソのこの地域における軍事態勢は,以上に述べたところであるが,米ソの対峙を地上,航空,海上の各兵力別にみると次のとおりである。

地上兵力については,米軍は韓国駐留の第2歩兵師団,日本駐留の第3海兵両用戦部隊のほかハワイに第25歩兵師団が控えており,1974年以来その兵力数には大幅な変動はない。一方極東ソ連軍は,質量両面にわたり一貫して増強しており,ザバイカル軍管区以東の師団数は,1960年代の17個に対し現在は39個と22個師団増加し,更に増加する可能性もある。特に,最近わが国にとって最も近接した極東軍管区の師団数が顕著な増加傾向を示していることには注目すべきものがある。このように,この地域における米ソの地上兵力には,大幅な差がみられるが,これは米ソ双方の地理的条件,戦略,編成などの差異を反映しているものである。

航空兵力については,ソ連はこの地域の航空機を第3世代の航空機に更新してきている。従来,極東方面は,欧州方面と比較して,新鋭機は後れて配備されていたが,最近はこの方面も重視される傾向にあり,対地攻撃用戦闘機の主力であるMIG−27フロッガーD,SU−24フエンサーは,欧州方面と比較して,配備機数の比率は高められているものとみられている。また,この地域のソ連航空部隊は,対地攻撃用航空機のみならず,戦略用の爆撃機から防空用の戦闘機に至るまで多彩な構成を持ち,大量の航空機を保有しているほか,多くの滑走路を使用できるのが特徴である。また,従来,旧型機が主体であった爆撃機もとう載ミサイルの近代化により能力の向上が図られ,加えてTU−22Mバックファイアを配備するなどその攻撃能力を高めている。

一方,この地域の米航空兵力は作戦機約600機であるが,米空軍は,米本土や欧州地域に引ぎ続き,新鋭機の配備を進めており,高性能のE−3Aセントリー空中警戒管制機の配備もあって,ソ連機と比較して性能的に優位を保っている。

また,空母とう載機については,米軍が主力空母のとう載機をF−14トムキャットに更新し,更に攻撃機をF/A−18ホーネットに更新する計画を進め,またEA−6プロウラー電子戦機のとう載ともあいまって,ソ連海軍のキエフ級空母とう載のYAK−36フォージャーと比べ,数的にも質的にも圧倒的な優位を保っている。

海上兵力についてみると,まず米軍については,約60隻約65万トンの第7艦隊が,西大平洋からインド洋における平時のプレゼンスの維持及び有事の制海権の確保を任務とするとともに,空母部隊と水陸両用部隊による打撃力をもって沿岸地域に対する航空攻撃及び上陸作戦を行う任務を有しており,常時即応の態勢にある。また,第7艦隊は,航空攻撃,対艦攻撃,対潜及び両用戦などの能力を保有した構成になっており,また情勢の変化に応じて兵力構成と規模を変え得る柔軟性を有している。このほか,ポラリスSSBNが太平洋艦隊に配備されている。

一方,ソ連の太平洋艦隊は,既に述べたとおり,戦略核攻撃能力の保持,西側の制海権確保能力の打破,海上交通の妨害,陸上部隊の支援などや平時におけるプレゼンスを主たる任務として,約800隻約158万トンの勢力を有している。

両者の総合戦力は,戦闘海域の特徴,戦闘様相,戦闘期間や,ミサイルの能力,これに対する防護力など両者の保有する装備の質,あるいは集中し得る艦艇,航空機の量,後方支援能力といった要因が複雑に関連し,一概に優劣を論じられない。しかしながら,一般的に,米第7艦隊とソ連太平洋艦隊をそれぞれ制海の確保及びそれに対する打破という観点から比較すると,

○ ソ連太平洋艦隊は,ペトロパウロフスクを基地とするものを除き,外洋への出口が日本列島によって制約されており,ペトロパウロフスクも後方補給に限界があり兵力展開,作戦継続上不利な面を構成している。また,同艦隊は,空対艦ミサイル(ASM)をとう載したTU−22Mバックファイア及びTU−16バジャーなどの航空機や艦対艦ミサイル(SSM)を装備する潜水艦を主たる攻撃力として米第7艦隊を攻撃する能力を有しているが,米第7艦隊も空母を中心とする強力な航空打撃力,防空能力,対潜能力を有しており,太平洋のような外洋においては,米第7艦隊が優位にあると言えよう。

○ 一方,ソ連領の大陸沿岸に近い日本海やオホーツク海のような海域では,ソ連の陸上基地に配備された航空機による掩護が可能となることから,ソ連太平洋艦隊の攻撃能力が相対的に高まるものと考えられる。

また,ソ連太平洋艦隊は,他の艦隊からの支援を受け難いのに対し,米第7艦隊は上級部隊そある米太平洋艦隊がその後拠となっているため,増援を受けやすいメリットがある。注目すべきことは,1979年7月に空母ミンスク,揚陸強襲艦イワン・ロゴフ,カラ級ミサイル巡洋艦等の大型艦が極東に配備されたことにより,限定的ではあるが,ソ連太平洋艦隊が新たに外洋における航空掩護能力を保持するとともに,対潜能力及び陸上への兵力投入能力を向上させたことである。

4 中国の軍事態勢

(1) 中国の基本的な戦争観は,動乱と緊張は一層激化し,戦争の要因は引き続き増大し,社会帝国主義はより冒険的となっており,ソ連こそが最も危険な戦争の淵源であり,社会帝国主義が存在する限り戦争は避けられないというものである。しかし他方で,反ソ勢力の結集により戦争の生起を延期することが可能であるとの認識にも立っている。

このような認識に立つ中国は,農業,工業,科学技術及び国防の「四つの近代化」政策を推進してきたが,現在,経済政策を調整しつつあり,国防の近代化も国防費の縮小など,その影響を受けている。また,中国軍自体にも,近代化に対応する戦略戦術の確立,教育訓練制度の確立,兵器装備の研究開発など多くの課題があるものと考えられる。特に,兵器装備については,全般的に旧式のものが多く,これらを早期に近代化することは困難と考えられる。

(2) 中国の軍事力は野戦軍と地方軍並びに海軍・空軍からなる人民解放軍と,1億人以上といわれる各種民兵からなっており,各軍の内容は次のとおりである。

核戦力は,ICBM若干,IRBM65〜85基,MRBM約50基及び轟−6(TU−16)約90機である。また,昨年5月には,射程12,000kmとみられるICBMを初めて南太平洋に向け発射実験を行った。陸軍は総兵力360万人,野戦軍132個師団(うち装甲師団11,歩兵師団118,空軍所属の空挺師団3),地方軍85個師団,戦車約12,000両である。航空兵力は,作戦機約6,000機(海軍機約800機を含む)であり,殱一6,7(MIG−19,21),強−5(MIG−19改)などからなり,新型戦闘機も開発中とみられる。海軍は,約1,910隻約56万トンで,潜水艦88隻,駆逐艦・護衛艦39隻などから構成されている。

以上のように通常戦力の面では,量的にみれば大規模のものを保有しているものの,質的には近代化の面で多くの問題を抱えているとみられる。(中国の自行火箭砲(自走ロケット砲)

(3) 中国軍の重要正面は中ソ国境であり,次いで中越国境とみられる。中ソ国境については,ソ連軍51個師団46万人に対して,野戦軍132個師団のうちほぼ半数に当たる66個師団及び41個の警備師団など総数約150万人以上を配備している(第14図参照)。このように兵員数では中国軍がソ連軍に対して3倍強の勢力ではあるが,火力・機動力等においてはソ連軍が明らかに優勢であり,全般的にソ連軍が優位に立っているとみられる。このため,中国軍は,部隊の主力を国境からやや後方の地域に配備し,広大な地域と膨大な人員をもって対処しようとしているとみられる。

中越国境付近においては,現在,中国軍10数個師団基幹の約30万人とベトナム軍10数個師団約25万人が対峙しているとみられる。中越国境においては,現在もしばしば小規模の武力衝突が発生している。しかし,中国にとって,四つの近代化が最重要の課題であること,再度の対越大規模侵攻の場合はソ連の対応が予断を許さないこと及び一昨年の中国軍の侵攻後,ベトナムが国境付近に大幅な対中軍事力を増強していることから,またベトナムにとっては,現在カンボジア介入の負担を抱えており,ベトナム経済が疲弊していることなどから,中越間に大規模な武力衝突が生起する可能性は現在の情勢下では少ないとみられる。

(注) バッファイアの性能諸元

可変翼中型爆撃機

最大速力:マッハ約2.5

行動半径:約4,200km(無給油)

武装:AS−4 対地・対艦ミサイルとう載

配備数:約150機(全ソ連)

(注) ローロ−船(Roll on/Roll off船) コンテナや貨物をトラック,トレーラーなどの運搬装置に載せ,岸壁で運搬装置ごと船積みし,そのまま積み降す荷役方式をとり入れた船で,船首又は船尾に開閉式の扉がある。

この方式は,商船では,カーフェリーに多く用いられている。軍用では,揚陸艦にも用いられ,艦艇を岸壁に接岸して艦首又は艦尾から戦車などを直接積載し,適当な上陸地に着岸し,艦首扉を開いて揚陸する。

(注) SS−20の性能諸元

固体燃料の移動式IRBM(SS−16 ICBMの最初の2段を使用)

射程:4,400km以上

弾頭:数100kt×3MIRV

配備数:約200基以上(全ソ連)

第3節 東南アジア等の軍事情勢

前節で述べたような米中ソ3国の軍事態勢を背景に東南アジア地域では,中越国境において,中国軍とベトナム軍が対峙し,南シナ海において,ソ連と米国が海上兵力を展開し,カンボジアにおいて,ベトナム軍と反ベトナム勢力の戦闘が行われている。

また,一昨年来ベトナムの海・空軍施設の常時使用を始めたソ連は,南シナ海におけるプレゼンスを始め,南太平洋地域にも進出する態勢をとっていることは注目される。

1 中越対立

現在もなお力衝突が発生する中越の対立は,両国の長い歴史を背景としているとみられるが,地上の国境線や南シナ海の西沙諸島の領有などを巡る国境紛争,在越中国人の処遇問題だけではなく,中越両共産党間の革命路線の対立を含む広範なものであり,またベトナムがコメコンに加盟し,ソ連との友好・協力条約に調印したことによってソ連との関係を深めたため,インドシナ地域の主導権への思惑もあって,尖鋭かつ激しいものとなっていった。

1978年12月ベトナムは,従来から国境紛争の続いていたカンボジアに対して軍事介入し,わずか2週間でカンボジアの首都プノンペンが陥落し,約1か月後の1979年1月末には,ベトナム軍はタイ国境付近にまで進出した。これに対しカンボジアを支援していた中国は,ベトナム軍に対し「懲罰」を与える必要がある旨言明していたが,1979年2月ベトナム軍に対し「限定的な自衛反撃」を行うとしてベトナムに進入した。その後,中越間では,紛争の平和的解決を巡って会談が開催されたが,交渉は行き詰まり,中断されており,その対立には激しいものがある。

中越国境付近には,合わせて50万人以上の兵力が配備され,また国境地域おいては,依然として,小規模の武力衝突が続いており,緊張は去っていない。(第15図 インドシナにおける軍事態勢

2 カンボジア情勢

ベトナム軍は,1978年12月10数万の兵力をもってカンボジアに軍事介入し,翌年1月いわゆるヘン・サムリン政権を擁立した。ベトナム軍は,現在も約20個師団20万人の兵力を投入しており,カソボジア全土を4つの軍管区に区分して,反ベトナム勢力の掃討を行ってきたが最近では主要都市及び幹線道路の確保に力を入れている。これに対し,反ベトナム勢力には,民主カンボジア軍のほかに,ソンサン派,シアヌーク派がある。このうち軍事的に中心をなすものは,約3〜4万人の兵力を持つ民主カンボジア軍であるが,いずれにせよ反ベトナム勢力は,大勢を挽回する軍事能力はなく,またベトナム軍も山岳地形などに阻まれて反ベトナム勢力を完全に掃討することは困難とみられ,紛争は今後も相当長期に及ぶものとみられる。

昨年6月に,ベトナム軍がタイに越境攻撃を行った。このベトナム軍の攻撃の意図,目的については必ずしも明確ではないが,ベトナム軍がゲリラ戦を行っている反ベトナム勢力を捕捉するには,タイ領からも包囲することが有効なこと,タイ,カンボジア国境は長大であり,タイ軍は少数のため侵透が容易なことなどから考えれば,今後もベトナム軍がタイ領に越境攻撃する可能性は排除し得ない。しかし,ベトナムの当面の目的は,反ベトナム勢力の鎮圧,カンボジアの早期安定であり,侵攻すれば補給線が延伸すること,中国,米国を始めASEAN諸国等への配慮もあって,ベトナム軍による本格的なタイへの侵攻の可能性は少ないとみられる。

3 ASEAN諸国の対応

ASEAN諸国は,インドシナ情勢にもかんがみ,結束を強化するとともに,域内協力を進め,西側諸国との協力を更に強めようとしている。ASEAN諸国は,同じアジアの一員として,わが国と経済的結び付きを始め緊密な関係にあり,またわが国への資源輸送上,マラッカ海峡及びインドネシア,フィリピン群島水域等重要な地域に位置する国々である。したがって,ASEAN諸国の平和と安定は,わが国の安全保障にとって重要なかかわりを有しており,わが国としても,タイを始めとして,ASEAN諸国の強靱性強化のための自助努力に対し,積極的に協力を強化しているところである。

4 隣接するその他の地域

(1) 南西アジア地域

南西アジア地域において,インドはソ連の援助を得て,1979年を初年度とする軍近代化5か年計画を進めつつある。他方,過去3度インドと戦火を交えたパキスタンは,ソ連のアフガニスタン侵攻を背景として,米国,サウジアラビア等の協力を得て,軍備の増強と近代化を図っている。このような両国の軍事力の増強に加えて,印パ両国は,それぞれが相手国の核開発について不信感を抱いており,外相の相互訪問等関係改善への努力もみられるが,軍事的緊張は未だ払拭されるに至っていない。

また,1962年10月の中印国境紛争以来敵対関係にあった中印両国間には,1981年6月の黄華中国外相の訪印を契機として,関係改善への気運が生じ始めている。

(2) オセアニア地城

オセアニア地域のうち,わが国が多くの資源を依存しているオーストラリアとニュージーランドは,共に先進民主主義国であって,西太平洋で安全保障上安定した勢力となっている。また,オーストラリアがインド洋の安定のための努力を行っていることなどは,評価されるところである。

 第4節 朝鮮半島の軍事情勢

朝鮮半島とわが国は,最狭部約50kmの対馬西水道を隔てた一衣帯水の地にあって,相互の地理的位置及びその歴史からみても,密接不離の関係にあり,朝鮮半島の平和と安定の維持は,わが国を含む東アジア全域の平和と安定にとって重要である。

この地域には,朝鮮戦争以降,今なお,南北合わせて100万人を超える正規軍が幅4km,長さ約250kmの非武装地帯(DMZ)をはさんで対峙しており,世界で最も軍事的対立と緊張の厳しい地域の一つとなっている。この緊張の厳しい朝鮮半島における平和と安定の維持については,米国の対韓防衛公約が大きく貢献していることもあって,大規模な武力紛争が生起する可能性は当面少ないともみられるものの,北朝鮮の1970年代における大幅な軍事力増強などにより,この地域の情勢には予断を許さないものがある。以上の観点から,この地域の動向,特に軍事面の動向については,強い関心をもって注目していかなければならない。

1 韓国の軍事態勢と防衛努力

韓国は,1971年から装備近代化5か年計画を,1976年から戦力増強5か年計画を実施し,GNPの6%程度の経費を投入して防衛努力を続けている。現在の戦力は,陸軍が戦車860両を含む21個師団52万人であり,海軍は,海兵隊1個師団,2個旅団を含み,駆逐艦10隻を主体とする110隻8.2万トンであり,空軍は,F−4,F−5を主戦力とする約360機の作戦機で構成されている。

陸軍は3個軍から構成され21個の戦闘師団の多くは,DMZに近く配置されている第1軍及び第3軍に属し,防衛的態勢をとっている。

海軍は,東海岸及び西海岸の双方で作戦する態勢をとっていて,有事には相互の支援も可能とみられる。空軍の作戦機は質的に戦闘能力が高いものとみられている。また,124万人の予備役を中心とする280万人の郷土予備軍を保有しており,DMZから40kmしか離れていない首都ソウルを防衛するため,首都警備司令部を設置し,DMZとの間に戦車防御施設等を設け,優勢な北朝鮮軍の装甲打撃力から防衛するための態勢の強化に努めている。

これら韓国の陸・海・空軍の多くの部隊は,米韓連合司令官の作戦指揮下に置かれている。なお,現在韓国は,最新鋭の戦闘機F−16の導入を決定し,装甲兵員輸送車を発注しており,国内の兵器生産態勢の向上とともに,軍事体制の充実に努めている。(韓国の地対地ミサイル

2 北朝鮮の軍事態勢と軍備のすう勢

北朝鮮は,1962年以来,経済建設と国防建設の並進という方針を打ち出し,「全人民の武装化」,「全国土の要塞化」,「全軍の幹部化」及び「全軍の近代化」の四大軍事路線に基づいて軍事力を増強してきた。特に,1970年代における軍事力の増強には著しいものがあり,現在では,外国の支援を受けなくても単独で一定期間戦争を遂行し得る能力を獲得するに至っているとみられており,引き続きGNPの15〜20%を投入して,軍事力の拡大に努めていると言われている。

現在の戦力は,陸軍が戦車2,650両を含む40個師団60万人,海軍は,潜水艦16隻,ミサイル高速艇18隻を主体とする約480隻6.7万トンであり,空軍は,IL−28,MIG−21,MIG−19等の爆撃機,戦闘機615機の作戦機を有している。

地上軍は,40個の戦闘師団を中心に,戦車,装甲車,自走火砲等の機動力及び火力の面で韓国より大幅に優れており,その主力は韓国軍同様DMZ沿いに配備されている。特に最近,歩兵部隊の機械化,渡河能力の向上にも著しいものがあるとみられている。このほか,陸軍には第8特殊軍団と称され,後方かく乱,ゲリラ活動,破壊活動等の不正規戦を任務とする部隊がある。この勢力は10万人に近いと言われ,その一部は,しばしば,韓国内に潜入している。

海軍は,韓国軍より総トン数で劣るものの小型艦艇を多数保有しており,沿岸における作戦行動に適した能力を持っている。特に,高速上陸用舟艇を大量に確保して,水陸両用攻撃舟艇の火力を増強していることは注目される。

しかし,海軍は,地理的に東海,西海の2つに分離されていることなどもあって,運用の融通性に欠けるという面を持っている。

空軍は,韓国空軍と比べ約2倍の作戦機を保有しているが,概して旧型のものが多く,質的には韓国の方が優れていると考えられる。このほか,250機の輸送機を保有しており,この中には,旧型ではあるが潜入に適したAN−2のような輸送機も含まれている。

また,30万人の予備役を中心とし,高い練度を持つ250万人の労農赤衛隊などの予備兵力を保有しており,緊急動員能力は高いものとみられている。

このように北朝鮮の軍事力は,韓国の軍事力を多くの面で上回っているとみられるが,現在の朝鮮半島の軍事バランスの維持に大きく貢献しているものとして,在韓米軍の存在がある。(第16図 朝鮮半島の軍事力

3 在韓米軍

米国は,現在,約3.7万人の米軍を韓国に配備している。在韓米軍は,朝鮮半島の軍事バランスを維持し,武力衝突を抑止する上で大きな役割を果たしている。米国のレーガン政権は,こうした在韓米軍の存在価値を評価し,凍結中の在韓米地上軍撤退計画を撤回するとともに,本年4月に開催された第13回米韓安保協議会議において,北朝鮮の継続的な軍事力増強は,韓国の安全保障に深刻な脅威になっているという点で意見が一致し,韓国に対する武力侵略を米韓両国に対する共通の脅威であるとして,米国は「これを撃退するために迅速で効果的な支援を提供するとの確固たる公約」を行った。

また,北朝鮮の大幅な軍事力増強に対抗し,朝鮮半島の軍事バランスを維持し,この地域の平和と安定を確保するために,第2歩兵師団の近代化等の計画を実施するとともに,強力な対地攻撃能力を持つA−10サンダーボルトによって編成される1個飛行隊の配備を始め,配備中のF−4をF−16ファイティング・ファルコンに代える計画を進めるなど在韓空軍力の強化を図っている。更に,韓国の防衛努力のため,広範な支援を行うこととしている。

在韓米軍の存在は,今日まで朝鮮半島の平和と安定に大きく寄与してきているものであり,米国が在韓米地上軍の撤退計画を廃棄し,韓国防衛の確固たる意思を示したことは,朝鮮半島の平和と安定のため,ひいては北東アジアの平和と安定に寄与するものとして,わが国としても高く評価している。

 

(注) 北朝鮮の四大軍事路線 「全人民の武装化」とは,正規軍を中核にして勤労大衆も軍事に参加することで,労農赤衛隊などで実現されている。「全国土の要塞化」とは,国の全ての地域に防衛施設を整えることで,前線陣地の洞窟化,物資集積所の地下化などが行われており,1977年8月設定された海上軍事境界線もこの一環としてみることができる。「全軍の幹部化」とは,全ての兵士が,指揮官としての能力を具備することであり,有事の際には,これを基盤に,幾らでも兵力を増やすことができるとしている。「全軍の近代化」とは,北朝鮮軍を近代戦の要求に適合するよう近代的武器と戦闘技術器材で武装させることであり,武器等の国産は,一部の近代兵器を除き,多くの分野に及んでいる。