第3部

わが国防衛の現状と問題

第1章 防衛力の整備

 わが国は,第2部で述べたような防衛の基本方針に基づき,これまで4次にわたる防衛力整備計画を経て,昭和52年度以降は「防衛計画の大綱」を準拠として,専守防衛にふさわしい防衛力の整備を進め,逐次その充実が図られてきている。

 昭和54年度末における陸・海・空自衛隊の勢力は,第3表に示すとおりである。

 しかしながら,このようにして整備充実が図られてきた陸・海・空自衛隊ではあるが,各種の防衛機能の内容等についてみると,まだ様々な問題を抱えていることもまた否めない事実である。本章においては,国民の自衛隊についての認識に資するよう,その現状について,主要各国の兵力整備のすう勢とも比較しつつ,できるだけ幅広く説明することとした。

 また,このような防衛力の現状を理解する上で,是非とも考慮しなければならないことは,防衛力整備は一朝一夕になし得ることでないということである。

 近代戦は,高度に発達した科学技術の粋を集めた航空機,艦艇,戦車,ミサイル等の近代装備を駆使し,短期間に膨大な物量を投入して戦われるという特徴を備えるに至っている。そして,これらの近代装備の整備には,多大の費用と労力のほかに長い期間を要する。

 例えば,わが国の主力戦闘機であるF−4EJの整備については,昭和44年1月に採用の決定がなされてから昭和48年10月に最初の1個飛行隊を建設するまで,約5年という長期間を必要とした。また,主要な護衛艦についても,予算成立から就役までにはほぼ5年を要する。

 更に,研究開発を要するもの,例えば戦車についてみると,研究開発着手から第一線部隊に配備されるまで10年以上を要している。

 また,近代装備の整備とは別に,これらの装備を使用する要員等の養成にも長い期間を要する。

 このように,防衛力整備には長い期間を要するため,国際情勢の急激な変化があった場合にも,すぐそれに対応して急速に防衛力を整備することは容易ではない。

 したがって,平素から将来のわが国防衛力のあるべき姿を検討しつつ,長期的視野に立って着実に整備を図っていくことが大切である。

第1節 防衛力の現状

1 陸上防衛力

有史以来陸上兵力は,領土をめぐる攻防戦に決着をつける最終的兵力として存在してきた。近代戦においてもその役割は変わっていない。

陸上防衛力は,わが国土,国民に対する外国からの侵略を抑止し,侵攻に際しては主として陸上において行動し,これを阻止,排除することを主たる任務としている。

その特性としては,わが国は,四面環海であるため,どの正面に侵攻が行われるのかわからず,したがって長い列島に均衡をとって部隊を配置することが必要になるとともに,平地・山地等が複雑に入り組んだ地形上,装備等はこれに適合した多種多様なもので,かつ,火力,機動力等が有機的に結合されていることが必要となる。また,有事には,部隊を侵攻正面に集めてこれに対処することから,長距離の移動が必要となるとともに,米国の支援を受けるとしても地理的に離隔していることから,相当長い期間,わが国独自で侵攻に対処しなければならない。

これらを踏まえて,陸上防衛力の現状を,陸上自衛隊の骨幹部隊である師団及びその基幹となる人的勢力について述べ,次いで各種戦闘機能について説明する。

(1) 師団

師団は陸上兵力の骨幹部隊である。

主要各国の師団は約1万1千人〜1万9千人からなり,またその性格から歩兵を主体とした歩兵師団,歩兵が装甲車に乗って行動する機械化師団,戦車を主体とする機甲師団等に分類される。

陸上自衛隊は,外国の歩兵に当たる普通科を主体とした師団を12個,機械化師団を1個保有している。

現在唯一の機械化師団である第7師団については,本年度機甲師団化されることとなっている。

陸上自衛隊の師団等の配置の現状は第18図のとおりである。

主要各国の師団の現状は,大半が機動力及び装甲防護力を重視する方向に進んでおり,陸上自衛隊の師団は主要各国の師団と比較してみると第4表のとおり,人員の規模,機動打撃力の主力である戦車の数量といった点で,小型のものとなっている。

(2) 人的勢力

人的勢力の面についてみると,世界の主要な国家においては,常備兵力のほか,緊急時に動員できる予備兵力を保有している。

例えば,英国においては常備兵力約16万4千人に対し,予備約18万4千人,フランスにおいては常備兵力約32万4千人に対し予備約30万人、西独においては常備兵力約33万5千人に対し,予備約80万人等である。

陸上自衛隊の自衛官定数は18万人であるが,有事においては,定数どおりの隊員が必要となることはいうまでもなく,陸上自衛隊を常時,有事即応の態勢に維持するためには,常にこの定数を充足しておくことが望ましい。しかし,その充足率は現今の情勢などを考慮し,

防衛力の効率的な維持,管理に努める必要もあることから,本年度は86%を維持することとしている。

また,有事に不足すると考えられる,後方警備,後方支援部隊の充足等にあてるための勢力として予備自衛官を3万9千人保有している。

(3) 各種戦闘機能

陸上自衛隊の各種戦闘機能を構成する装備は,わが国における陸上作戦の特性から多種多様なものとなっている。

これらの装備は,いずれも質的に優れたものであるとともに,その量が確保され、個々の機能が総合された戦闘力として発揮されることが要求される。

以下,装備を中心に各種戦闘機能について説明する。

ア 機動打撃力については,その骨幹は戦車である。戦車は,火力,機動力及び装甲防護力を兼ね備えた,陸上戦闘力の主力というべきものであって,その近代化には,各国とも最大の努力を払っており,10数年を基準として更新近代化を進めている。

陸上自衛隊は現在約830両の戦車を保有しているが,いまだ所要量を満たすには至らず,特に近代的装備である74式戦車(昭和50年装備開始)の保有数は約230両であり,保有する戦車の大半は弾丸威力,射程,機動力などにおいて旧式化しつつある61式戦車(昭和37年装備開始)であるほか,一部には米軍が朝鮮戦争時に使用したものと同型のM41戦車も含まれている。この質・量の不足を補うため,引き続き74式戦車の整備を進める必要がある。(74式戦車

イ 機動力については,主要各国は,より速く,より大量に,より遠くに戦闘力を移動し又は集中するため,部隊の自動車化及び空中機動化を推進している。

陸上自衛隊は,装甲車,輸送用トラック,各種へリコプターなどを装備し,これにより有事において師団等の部隊の移動集中を行うこととしているが,その充足も十分ではなく逐次その整備を進めているところである。

なお長距離の移動については,海・空自衛隊等の輸送能力にその大部分を依存することとなる。

ウ 火砲,迫撃砲等の火力については,主要各国は,射程の延伸,発射速度の増大、命中精度の向上など火砲の性能向上を図るとともに,ミサイル化及び弾薬の性能向上並びに機動性向上のための自走化,残存性を高めるための装甲化のすう勢にある。

陸上自衛隊は,わが国の地形の特性に合わせて,短射程の迫撃砲から長射程の加農砲まで種々の火砲が必要となり,現在約2,800門を保有しているが,その大半は米軍が第2次大戦中に使用したものと同型式のものであり,極めて旧式化している。このため,その一部を75式自走155mmりゅう弾砲に換装して,機動性,全周の射撃などの能力を付与するとともに,75式自走多連装130mmロケット弾発射機を装備して,同時広域の制圧能力を付与することとしているが,今後とも,この近代化に努める必要がある。

主要各国の火砲とわが国の火砲との射程の違いは第19図のとおりである。

エ 対戦車火力については,主要各国は,戦車の性能向上に対応するため,対戦車ミサイル(ATM),対戦車砲,無反動砲,ロケット発射筒などの対戦車火器の性能向上を図るとともに,高度の機動性を有し,遠距離から迅速に対応し得る火力として最も適している対戦車へリコプターや誘導砲弾(CLGP)などの精密誘導兵器を重視している。

陸上自衛隊は,陸上戦闘の主体となる戦車に対応するため64式対戦車誘導弾発射装置,106mm無反動砲,89mmロケット発射筒などの火器を保有しているが,この中には射程,弾丸威力等性能面において旧式化した装備もある。このため長距離から戦車を破壊する火器として79式対舟艇対戦車誘導弾発射装置及び近距離から戦車を破壊する84mm無反動砲を装備することとしており,84mm無反動砲については本年度から,79式対舟艇対戦車誘導弾発射装置については昭和56年度から部隊配備を予定している。

一方空中から戦車等を制庄できる対戦車へリコプターについては現在運用研究を進めており,その成果を待って整備方針を決定することとしている。

オ 対空火力については,主要各国ほ航空機の優れた運動性能,低空接近能力,空対地ミサイル(ASM)による遠距離攻撃能力などに対応するため,自衛対空火器から作戦地域全般を防護するための対空ミサイル(SAM)に至るまで,各種の火器を体系化して整備している現状にある。

陸上自衛隊においては,中長距離の対空ミサイルについては,旧式化しつつある現有ホークの改良ホークへの改装を進めるとともに,将来の空からの脅威に対応するため,次世代の対空ミサイルについても調査,研究を進めている。

短距離の対空火器については,数種の火器を保有しているが,中には米国が朝鮮戦争で使用したものと同型式の旧式化したものもあり,防空能力の向上を図るため,現在,短距離対空ミサイル及び携帯用対空ミサイルの装備化について検討を進めている。

カ 通信については,指揮連絡にとって不可欠の機能であり,近距離における指揮官相互又は部隊相互間の通信に使用されるFM無線機,遠距離の通信に使用されるAM無線機,また,通信所相互間に設置され,電話,ファクシミリ等のため使用する無線搬送装置がその機能に応じて装備されているが,必要とされる通信網を構成するには,現在,器材の充足が十分でないので,この種の能力を整備するよう努力している。なお,無線搬送装置については,その近代化を図るため秘匿性等を向上した新無線搬送装置への更新を始めたところである。

また主要各国は,傍受,標定,妨害等の能力及びこれらに対する防護能力を保持し,逐年その能力を向上するすう勢にあり,陸上自衛隊はこの種の能力が不足しているため,その能力を向上するよう努力している。

キ 地雷の敷設及び処理については,主要各国においては,へリコプター又は火砲による散布地雷原の構成,気体爆薬による地雷処理等が逐次実用化されるすう勢にあるとともに,地雷敷設機,地雷処理ローラー等機械化が進んでいる。

陸上自衛隊においては,地雷原の構成の場合は,現在,人力によっており,また,その処理においてもその能力は十分でなく,今後近代化する必要がある。

以上説明したとおり,陸上自衛隊は,その現状においては,装備の旧式化が顕著であるので,逐次その装備の近代化を進めており,その現状は第20図のとおりである。

 

(注) 師団 師団は、陸上戦闘に必要な各種の機能を備えており、一定の期間独立して戦闘行動を実施することのできる基本的な作戦部隊である。わが国の師団は、編成人員数9,000のものと7,000のものとの2種類に分けられるが、その他に機械化された第7師団がある。師団は、一般的に下のように編成されている。

(注) 誘導砲弾CLGP(Cannon−Launched Guided Projectile)

通常の火砲から発射し,レーザーを利用して,地上又は空中観測者によって砲弾を目標に誘導し,破壊するものである。

 

2 海上防衛力

一般に海上兵力の持つ任務は,平時における警戒監視,プレゼンスによる影響力の行使、情勢緊迫時における各種紛争への対応,更に有事における周辺海域の防衛,海上交通の保護等の防勢作戦から戦略的攻勢作戦に至るまで極めて広範多岐にわたっている。米,ソ,英,仏などの主要国の海軍は,航空母艦,揚陸強襲艦等を保有して,防勢作戦のみならず戦略的攻勢作戦に至る幅の広い任務を遂行する能力を持っているが,その他一般の諸国の海軍は,その国力国情に応じた能力を有するものとなっている。

海上自衛隊は,海上からの侵略に対しわが国を防衛するとともに,わが国周辺海域における海上交通の安全を確保することを主たる任務とする。このため,主要な作戦用艦艇約130隻,作戦用航空機約190機などを保有し,これらを,機動運用によってわが国周辺海域全般の防衛に当たるための「自衛艦隊」とこれと密接に連携しながら担当警備区域の海上防衛と後方支援に当たるための5つの「地方隊」などの部隊に配置している。主要な部隊の配置と警備区域は第21図のとおりである。

わが国の海上防衛力を考える場合,わが国が持つ次の2つの地理的特徴を考慮することが必要である。

まず,第1に,わが国はユーラシア大陸に沿って北東から南西に伸びる四面を海に囲まれた細長い島国であるということである。このことは,わが国を侵略する勢力は海を経由して侵攻する場合が多いことを意味する。わが国への海上からの侵攻勢力は,最も有利な地点を選択し,最も有効な侵攻作戦を展開することができるといえる。

第2の特徴は,わが国が資源に乏しく国民の生存繁栄のためのエネルギー,重要鉱物資源及び農産物のうちの小麦,大豆,とうもろこしなどのほとんど全てを海外に依存していることである。

このためわが国の海上交通は,その輸送量と世界的広がりにおいて他の諸国にあまり類を見ない。現在,年間総輸入量は6億トンにも達し,世界の貿易量の実に約20%を占めている。その輸送手段として99.95%を海上輸送に依存しており,この海上輸送路は一方に太平洋を隔てて北,中,南の米州諸国及び大洋州諸国につながり,他方にインド洋を経て中東,アフリカの諸国,更に進んで欧州諸国に達する。

このような地理的特徴を持つわが国にとって,その海上防衛力は,先にあげた海上からの侵略に対する国土防衛とわが国周辺海域における海上交通の安全確保という2つの任務を有効に達成し得るものであることが必要である。

海上自衛隊の現有する艦艇,航空機は,主として対潜水艦作戦のための装備となっているが,艦艇及び航空機が持つミサイルの脅威が増大している今日,ミサイル対処能力,洋上における防空能力は不足している。したがって,防衛庁としては,潜水艦のみならず,航空機,ミサイル等の複合脅威が増大することに対応し,装備の充実を図るべく計画し,その近代化の努力を続けているところである。

また,わが国の海上防衛に当たっては,機動打撃力を有する米海軍部隊の協力支援が必要であり,これが海上作戦において,日米安全保障条約による日米共同作戦の重要性が強調される一つの理由である。

以下,海上自衛隊の作戦能力の現状について説明する。

(1) 対潜水艦能力

潜水艦の探知から撃沈までの一連の作戦を対潜水艦作戦(ASW:Anti−Submarine Warfare)と称する。

最近の潜水艦は水中速力,潜航持続力,潜航深度,静しゅく度等の性能が向上し,また,攻撃力も魚雷だけでなく潜航したまま商船や艦艇を攻撃できるミサイル(USM)を持つようになったため,海上交通の安全に対する脅威は更に大きくなり,またそれに対する有効な対処はますます困難となっている。

現在及び見通し得る将米,ASWにはきめ手となる単一の兵器はなく,主要国とも水上艦艇,潜水艦,対潜へリコプター,対潜哨戒機等種々の対潜兵器を有機的に組み合わせ,相互の短所を補い,各種の作戦の総合効果によって有効に対処しようとしている。

海上自衛隊のASWのための現有勢力は,護衛艦約50隻,対潜哨戒機約130機,対潜へリコプター約60機,潜水艦14隻などである。これらの勢力のうち,護衛艦とへリコプタ−が連携すれば極めて効率のよいASWを展開できるが,対潜へリコプターをとう載するDDH型護衛艦は3隻目を就役させたところであり,また,昭和56年度以降最新型のP−3Cが就役する予定であるが,現在の対潜哨戒機の主力はP−2Jである。ASWに関する隊員の技量,士気及び部隊の練度は主要各国の海軍に比べて遜色なく,在来型潜水艦に対してかなり実効ある作戦を展開できる。しかしながら,原子力潜水艦は,水上艦に劣らない速力で水中を航行し,水中推進用電池充電のためしばしば浮上しなければならない在来型と違って,乗組員の健康状態さえ許せば半永久的に潜航を続けることができ,しかも,最近,その発生する雑音は極めて低くなってきている。このため,現在,原子力潜水艦に対処する能力は低いとみられる。このような高性能の潜水艦に対処するため,護衛艦のへリコプターとう載,ソーナー等対潜装備の近代化,P−3Cの導入等に着手している。P−3Cは,現有のP−2Jに代わるものであり,最初の1個飛行隊を昭和57年度の後半に編成することをめどに整備を進めている。P−3CはP−2Jに比べ,総合情報処理などの能力が優れており,原子力潜水艦に対する海上自衛隊の能力を大幅に高めるものと期待されている。なお,原子力潜水艦が増加しつつある今日,その脅威から海上交通の安全を守るため今後とも対潜能力の向上に努力していく必要がある。(対潜水艦作戦(ASW))(ヘリコプターとう載護衛艦「しらね」

(2) 防空能力

最近,高速力と長い航続距離を有し,長射程の空対艦ミサイル(ASM)によって,艦対空ミサイル(SAM)の射程圏外から艦艇,商船を攻撃する能力を持つ航空機が出現してきており,その脅威は潜水艦に劣らず大きくなってきている。これを防御するために第22図に示すような縦深防御の体制が必要となっている。このため主要各国の巡洋艦や駆逐艦は,航空機やミサイルに対処する艦対空ミサイル,攻撃してくる航空機のレーダーや飛来するミサイルの誘導を妨害するための各種電子戦装置,ミサイル自体を至近距離で打ち落す高性能機関砲(CIWS:Close−In Weapon System 近接火器システム)などを装備するほか,米,ソ,英,仏などの場合には航空母艦等による防空能カを持っている。

海上自衛隊においては,護衛艦の大部分は電子戦装備も不十分であり,また,3インチ砲や5インチ砲しかなく,十分な防空能力がない

状況にあるため,護衛艦の対空ミサイル装備が進められ,現在,艦対空ミサイルを装備したDDG型護衛艦3隻が就役し,艦対空ミサイルや短距離艦対空ミサイル(短SAM)を装備した護衛艦も逐次建造されつつある。

(3) 水上打撃能力

主要各国の水上艦艇は,艦対艦ミサイル(SSM)を装備するすう勢にある。1967年第3次中東戦争でイスラエル駆逐艦「エイラート」がソ連製SSMによって撃沈されたことが世界の注目を集めた。ソ連海軍は早くから米海軍の空母部隊に対抗するためSSM装備を推進していたが,西側諸国ではこの事件を契機としてSSM装備が強力に推進されるようになった。また,SSM攻撃に対処するための各種の電子戦装置やCIWSなどの装備も並行して進められているのが現状である。

海上自衛隊のSSM装備鑑としては,初めて,52年度護衛鑑「いしかり」がSSM(ハプーン)をとう載して,本年度末に就役する予定である。

水上打撃能力は,海上からの侵略に対する国土の防衛に際しては上陸侵攻を企図する艦艇を攻撃するため,また,海上交通の安全確保に際しても相手のSSM装備艦艇に対処するため,欠くことのできないものである。

(4) 機雷戦能力

機雷戦は,敷設された機雷を除去する「対機雷戦」と,上陸阻止や海峡防備などのために機雷を敷設する「機雷敷設戦」に分けられる。

ア 対機雷戦

機雷は,重要港湾,水路などに敷設するだけでその海域の海上交通を遮断することができる強力で安価な兵器であり,大平洋戦争末期に米国が日本の沿岸全域を機雷で封鎖し,国内・外の海上交通がはとんど途絶したことを想起すればその脅威の大きさがわかる。

海上自衛隊は,わが国沿岸海域における対機雷戦実施のため,掃海艇などの対機雷戦艦艇約40隻,掃海用へリコプター7機のほか,海底に敷設された機雷などを捜索,発見し,処分を行う「水中処分隊」などを保有している。海上自衛隊の対機雷戦能力は第2次大戦中米国が日本に敷設した機雷を戦後実際に掃海してきた実績もあって,主要各国の中でも高いレベルにあり,わが国の重要港湾,水路等に局地的,散発的に敷設される場合に対しては,相当高い能力を持っている。しかしながら,高性能複合機雷や深々度機雷の脅威が増大しており,今後,これらの新しい機雷に対処し得るよう努力していく必要がある。

イ 機雷敷設戦

機雷敷設は,上陸侵攻が予期される海岸に上陸阻止機雷原を構成し,あるいは,相手の艦艇の海峡通過を阻止するため通峡阻止機雷原を設置する場合などに実施される。

機雷敷設を実施するには,平時から所要の種類と数の機雷を即応態勢におく機雷備蓄の問題と,実際に所望の海域に所要の機雷を急速に敷設する機雷敷設手段の問題がある。海上自衛隊における機雷の即応態勢はいまだ不十分であり,現在その努力を続けているところである。また,機雷を敷設できる専用の艦艇は機雷敷設艦及び掃海母艦各1隻のみであって,対潜哨戒機で敷設するにしてもその機雷とう載可能数は少ない。

(5) 海上輸送能力

有事,陸・海・主空自衛隊の人員,装備,作戦用資材などを作戦地域の海岸や離島などに海上作戦輸送を実施するのは,海上自衛隊の一つの任務である。

海上自衛隊は,現在,輸送艦6隻(2,000トン型3隻,1,500トン型3隻)を保有しているが,この隻数では有事に陸・空自衛隊が必要とする海上輸送量に十分応ずることはできないため,54年度計画輸送艦(500トン型)2隻を建造するなど,努力を続けているところである。

(6) 救難能力

有事,作戦に従事している航空機や潜水艦などが事故や被弾などにより洋上で遭難した場合,そのとう乗員や乗組員を捜索,救助することは,人的勢力の損耗を防ぎ,かつ,隊員の士気を維持する上で極めて大切なことである。

救難用として,洋上救難のため,救難飛行艇US−1 4機,基地及びその周辺の航空救難のために救難へリコプター12機,また,潜水艦救難のために潜水艦救難艦2隻が就役している。

洋上救難,基地及びその周辺の航空救難能力は,昭和56年度末にUS−1 7機が運用態勢を整えた時点で,おおむね対処できることとなるが,潜水艦救難については,深々度救難能力がない状況にある。

3 航空防衛力

航空機の出現は,わずか70数年前のことであるが,その技術進歩は非常に早く,今日の航空宇宙時代をもたらした。世界各地はまさに時間単位で結ばれており,広大な海洋やしゅん険な山脈はもはや障害とはならず,航空機にとっては唯一の障害であった気象さえも克服されつつある。

一方空軍力は,航空機による陸・海軍力の補助的な手段として用いられることから始まったが,現在においてはその地位をゆるぎないものとしている。すなわち,近代戦における空軍力は,強大な打撃力や長い航続距離を持ち,超低空から高々度にわたる広い行動範囲などにより,陸海軍力と肩を並べる存在となった。

そして航空優勢の確保は,各種軍事行動において必要不可欠なものとなったのである。このようなことから主要各国の空軍は,航空打撃力,防空,対地支援,航空偵察,航空輸送等の作戦能力を持っている。

航空自衛隊は,このような各種の作戦能力のうち,防空作戦の遂行を主体とした編成装備となっており,航空打撃力を必要とする作戦などは,日米安全保障条約に基づく米空軍に期待することとしている。なお,わが国が海洋を隔てた島国であることは,航続距離の長い現代の航空機にとって何ら障害ではなくなってきた。そして,航空作戦の主導権は侵攻する側にあり,航空自衛隊は常に受動的な立場における作戦を実施しなければならないため,即応の態勢を保つことが必要である。

防衛庁は,これらのことにかんがみ、逐年航空防衛力の整備に努めてきたが,以下その現状について説明する。

なお,主要な部隊の配置と防衛区域は第23図のとおりである。

(1) 防空作戦能力

主要各国においては,高性能の戦闘機,戦闘爆撃機や超音速の爆撃機が装備されつつある。速度,上昇力,航続距離,運動性及び加速性といった飛行性能の向上や,レーダー,航法装置,電子戦装置などのとう載電子機器の性能向上に加え,空対空ミサイル(AAM)及び空対地ミサイル(ASM)等の装備により,航空機の戦闘能力は大きく向上している。このような能力は,防空作戦の耳目であるレーダーサイトに対する電波妨害を併用しつつ行う超低高度あるいは高々度高速侵入のほか,遠距離からのASM攻撃など多様な侵攻を可能にしている。

このようなすう勢にある航空侵攻を防ぐためには,できるだけ早期に侵攻機を発見し,より遠方でこれに対処しなければならない。そのため主要各国においては,幾重にも張りめぐらされた防空レーダー網や早期警戒機,これらと連接した要撃機や地対空誘導弾(SAM)などによって,航空侵攻を阻止するという方法をとっている。

航空自衛隊においても,航空警戒管制部隊,要撃戦闘機部隊及び地対空誘導弾部隊による防空体制を整備している。(防空システム

ア 発見・識別及び要撃管制

航空警戒管制部隊として,全国28か所にレーダーサイトを設置して全周に防空レーダー網を設け,また移動レーダーサイトである移動警戒隊を2個隊保有している。これらのレーダーサイトを結んで構成されるバッジシステムは,要撃機及び地対空誘導弾と連接されており,空中目標の発見,識別の情報処理や,要撃機の管制,地対空誘導弾に対する目標割当などを迅速かつ効果的に実施できるようにシステム化されている。

しかし地上に設置されたレーダーサイトのみでは,レ−ダー電波が直進するため,地球の湾曲や山岳等によって生ずる見通し線以下の影の部分により,低空からの侵攻機を早期に発見することは不可能である。寸秒をあらそう防空作戦において,発見の遅れは致命的である。この地上レーダーの欠点を補完するため,昨年度早期警戒機E−2Cを整備することが決められ,昭和57年度及び58年度にそれぞれ2機ずつ取得する予定である。

また,バッジシステムも,昭和42年度に整備され今日に至っているが,近年の航空脅威の増大に対処するため,本システムはいずれ換装の必要があると考えられるので,近代化のための調査,研究を実施しているところである。

地上レーダーについても,性能向上のため近代化を引き続き進めている。

 また,いずれかのレーダーサイトが破壊されれば,防空レーダー網に空白部を生ずることが考えられるので,移動警戒隊などにより補完する必要があり,引き続き移動警戒隊の整備を進めているところである。

イ 要撃

レーダーサイトなどのレーダーによって目標を発見し,これを識別したのち,侵入機に対しては,要撃戦闘機や地対空誘導弾による要撃によって撃破しなければならない。

要撃戦闘機は,広い行動範囲,迅速な機動力など運用の柔軟性に優れており,わが国の全般的な防空を担当するのに適している。航空自衛隊は,要撃戦闘機部隊として,F−104Jの5個飛行隊及びF−4EJの5個飛行隊を保有している。F−4EJは,優れた戦闘力を持つわが国の主力戦闘機であるが,近年の目覚ましい航空技術の進歩に伴い,主要各国に登場しつつある高性能の新鋭機に有効に対処し得ない分野も生じつつある。

F−104Jは,近年の航空機の質的向上に対応できなくなりつつある。また,運用を開始してから20年になろうとしているため,耐用命数に近づき,徐々に第一線を退いている現状である。

要撃戦闘機F−15は,F−104Jの減勢に対応するため,昭和53年度に整備することが決定されたが,最初の1個飛行隊を昭和57年度の後半に編成することをめどに整備を進めている。

一方地対空誘導弾は,その射程に限度はあるが天候による影響を受けにくく,限定された地域の防空には効果的であり,重要な防護目標の直接的な防空を担当させるのに適している。地対空誘導弾部隊としては,ナイキJ6個高射群を保有し,政治,経済,防衛上の重要防護地域亡配置している。

ナイキは,昭和37年度に運用を開始したが,これは,本来高空を侵攻する大型目標機に対する要撃を目的として開発されたシステムである。開発後20年以上を経過した本システムは,最近の航空機に対しては要撃能力が相対的に低下しつつあるので,近代化が必要となっている。このため,次世代の地対空誘導弾システムについての調査,研究を実施している。(訓練中のF−4EJ要撃戦闘機

(2) 着上陸侵攻阻止及び対地支援能力

わが国に対し着陸又は上陸する侵攻部隊に対しては,洋上や着上陸地域等において航空自衛隊独自で,あるいは陸・海自衛隊と密接に協力して阻止及び対地支援を実施することになる。これらの作戦実施にあたっても航空優勢は不可欠である。

侵攻する陸・海部隊が,対空ミサイルをはじめとした強力な対空火網を構成することは現代戦における常識となっている。この対空火網を突破又は無力化しない限り,侵攻部隊を阻止,排除することはできない。主要各国は,スタンドオフ・ミサイルや,対空レーダーを無効にする電子戦能力及び精密誘導爆弾等を持ち,航空攻撃力の向上を図っている。また陸・海部隊に密接した航空支援を実施するため,指揮統制システムを整備している。

航空自衛隊は,支援戦闘機部隊として国産の超音速支援戦闘機F−1の2個飛行隊及びF−86Fの1個飛行隊を保有している。F−86Fは本年度F−1と交代して第一線部隊から退役する予定であり,支援戦闘能力はある程度向上することとなるが,主要各国にみるようなスタンドオフ・ミサイルや精密誘導爆弾は保有しておらず,また電子戦能力なども十分ではない。このようなことから,わが国独自で開発中であった空対艦ミサイル(ASM−1)を,昭和56年度以降取得するなど,支援戦闘能力を向上するよう努力しているところである。

(3) 航空偵察能力

航空偵察は,各種作戦実施のための情報収集手段として,不可欠のものである。主要各国は,戦略及び戦術的な航空偵察の手段を持ち,電子情報等の収集を含めた,広範囲の能力を保有している。

航空自衛隊は,偵察機部隊として,RF−4E 1個飛行隊を保有し,侵攻する上陸部隊等を海上で阻止するための作戦や,陸上における戦闘を支援する作戦等に必要な戦術情報を収集することとしているが,航空偵察能力及び航空偵察実施にあたっての電子戦能力など,更に向上を図ることが必要である。

(4) 航空輸送能力

航空輸送は,部隊の機動展開,空挺作戦の実施や膨大な物資,作戦用資材等の迅速な輸送を目的とするものである。このため主要各国においては,戦略空輸及び戦術空輸のため,各種航空機による軍航空輸送能力を保有しているほか,有事においては民間航空輸送力を軍用に転用する制度などにより,航空輸送能力を確保している。

航空自衛隊は,航空輸送部隊として,国産のC−1及びYS−11を装備した3個飛行隊(うち1個飛行隊は操縦教育任務を兼ねている。)を保有している。有事に際しては,状況に応じた主力部隊の機動展開や空挺作戦の支援など,同時多方面にわたって運用する必要があり,現状では十分ではないので,引き続き航空輸送能力の向上について努力しているところである。

(5) 基地防衛能力

基地は戦闘機の発進帰投や,レーダーサイト及び地対空誘導弾部隊等による航空作戦を実施する場所であり,これらの基地等における機能の維持は,作戦実施上不可欠のものである。

一方基地は,攻撃目標とされやすく,基地の防空や被害の局限,被害を受けたときの急速な復旧等の能力が必要である。これらのことから基地には,短距離地対空ミサイル及び対空機関砲等の基地防空用火器,航空機掩体等の耐弾施設及び被害復旧手段等の各種抗たん化施策を実施してあるのが世界のすう勢である。もちろん各基地は,防衛作戦全般の行動により防衛されるが,直接攻撃を受ける場合に備え所要の基地防衛を持たなければならない。

しかし航空自衛隊の現状は,旧式対空機関銃や可搬型航空機掩体,滑走路被害復旧マット等を若干保有している程度で,基地防衛能力は著しく不足しており,その向上について努力しているところである。

(6) 航空救難能力

航空救難は,有事はもちろん平時においても,山岳地又は洋上等に不時着した人員を救助するものであるが,このことは,人的勢力の損耗を防ぎ,かつ,隊員の士気を維持する上で極めて大切なことである。

航空救難の部隊としては,へリコプターV−107,固定翼捜索機MU−2等を装備した9個救難隊を保有し,主要航空基地等に配置しているが,わが国周辺全域における迅速な航空救難活動が実施できる態勢を整備する必要がある。

4 警戒監視及び情報

専守防衛を旨とするわが国にとって,領域及び周辺海空域の警戒監視及び防衛に必要な情報収集を常続的に実施し得ることは,平時,有事を問わず,極めて重要なことである。

わが国に接近する航空機に対しては,全国28か所のレーダーサイトが,主要な海峡等を通峡する艦船などに対しては,沿岸監視隊及び警備所が,また,わが国周辺海域を行動する艦船に対しては,対潜哨戒機や艦艇が,それぞれ,常時警戒監視を行っている。これらの警戒監視によって,諸外国の艦船,航空機の動静や装備などに関する情報の収集が行われている。

レーダーサイトが,わが国の領空を侵犯しそうな外国の航空機を探知すると,地上に待機中の自衛隊機が緊急発進(スクランブル)し,対象機の領空侵犯を確認すれば,対象機を領空外ヘ退去させたり,最寄りの飛行場へ着陸させるため必要な措置をとる。この領空侵犯機が自衛隊機に対し発砲するようなときには,自衛隊機も自衛隊法第84条の規定に基づき,その必要な措置の一環として武器を使用することができる。

昭和54年度中の航空自衛隊の緊急発進回数は636回であり,このうちの約85%がソ連航空機の接近飛行に対するものである。昨年11月15日,ソ連の長距離電子偵察機TU−95(ベアD)2機によって,尖閣諸島赤尾嶼上空において領空侵犯が行われ,わが国はこれに対して直ちに外交ルートを通じソ連に抗議を申し入れた。

このほか,わが国に飛来する各種の外国電波を収集し,整理分析して,わが国の防衛に必要な情報資料の作成にも努めている。

また,在外公館を通じ,国際軍事情勢をは握することとしており,現在22か国のわが国大使館に防衛駐在官が置かれている。本年度は更にべトナム,ノルウェー及びポーランドの3か国のわが国大使館への配置が予定されている。

なお,わが国固有の領土である国後,択捉両島及び色丹島におけるソ連地上軍の配備については,重大な関心を持って,監視を続けている。

主要各国においては,科学技術の著しい進歩に伴い,軍事衛星による偵察,早期警戒を含む各種の手段によって情報の収集を行っている。わが国においても,警戒監視及び情報の機能については,以上のとおりその強化に努めているところであるが,その重要性にかんがみ,今後とも努力する必要があると考えている。ソ連揚陸強襲艦「イワン・ロゴフ」(手前)を監視中の護衛官「ゆうぐも」(沖縄南方海域)

5 指揮通信

有事に陸・海・空自衛隊を効果的に指揮運用するためには,指揮命令や各種情報などを,中央,各級司令部及び第一線部隊との間で確実,安全かつ迅速に伝達するための指揮通信組織が平素から確立されていなければならない。

自衛隊の通信系には,駐とん地,艦船基地,航空基地等を結ぶ「固定通信系」と野戦部隊,艦船,航空機の相互間又はこれらと各基地とを結ぶ「移動通信系」とがあり,これらの各種の通信網による通信能力は,平時の訓練や業務の実施には一応支障はないところであるが,緊急事態における通信所要に応ずる能力,抗たん性などにおいて満足すべきものではない。

固定通信系の主たるものは,陸・海・空各自衛隊の主要基地間を連接する骨幹通信回線であるが,従来その大部分を電電公社の通信回線に依存してきた。このことは,緊急時,通信量が急増した場合,必要な通信の迅速な確保が困難となり,柔軟な運用ができず,また,抗たん性に欠ける面を持っていることになる。

このため,自衛隊自らが保守整備し運用のできる「防衛マイクロ回線」の整備を進めている。この種の自営通信網については,警察庁,建設省,国鉄などでは既に整備されている状況にあるが,防衛庁においては昭和52年度以来整備してきたところであり,現在第24図のようにその一部の幹線の運用を開始している。

また,移動通信系は,野戦部隊用,艦船用及び航空機用等の移動を主とした無線通信網から成っているが,これらの無線設備は,近代化が遅れており,器材の充足も十分ではない。

なお,防衛庁中央指揮システムの整備については後述する。

今日の通信技術はめざましい発達を遂げ,わが国の民間においても情報の伝達の高速化,多重化及び多様化が進んでおり,更には衛星通信の利用が図られつつある。これに比較し自衛隊はかなり遅れた現状にある。

指揮通信の態勢整備は,従来からその重要性が指摘されながらいまだに未整備の部分を残しており,今後とも,信頼性,抗たん性のある指揮通信組織を確立することが重要な課題となっている。

6 後方支援

補給,整備,輸送などの後方支援は,戦闘部隊にその基盤と継戦能力を与える重要不可欠な防衛の機能である。戦車や火砲,艦艇や航空機などの主要装備が,それを支援する後方支援の機能と有機的に結合してこそ,防衛力本来の力を発揮するのである。後方支援の機能の整備は,わが国の産業,経済等の活動と密接に関連する問題でもある。

自衛隊の後方支援の分野は,自衛隊が無から出発したという経緯もあって,防衛力整備の重点が正面装備に置かれてきたため,その整備は正面の整備に比較して遅れている。

各自衛隊に共通する後方支援上の最大の問題点は,継戦能力に直結する弾薬備蓄と輸送能力が不十分であることである。特に弾薬類の備蓄の不足は,戦車,艦艇,航空機など正面装備の能力発揮に致命的な影響を及ぼすものであり,備蓄の推進と有事における緊急取得のための施策が必要である。このため,防衛庁は,一部において弾薬類の備蓄に着手したところである。このほか,機雷や魚雷などを即応の状態に調整するための調整施設や弾薬類を保管する弾薬庫の不足といった問題がある。

各自衛隊の輸送能力は,限定されたものであり,平時においても,国内輸送の大部分は民間の輸送力に依存することとしている。米国においては,有事,事態の度合に応じて,民間航空機や商船の支援を確保するための各種の計画を平時から準備しており,NATO諸国もそれぞれ民間輸送力を確保する計画を準備しているが,わが国にはこのような計画はない。

弾薬備蓄や輸送能力のほかにも,燃料等各種作戦用資材の補給の問題,装備品の修理等整備の問題など,有事に備えて対策を検討しなければならない諸問題が残されている。

7 陸・海・空自衛隊の統合運用

第2次世界大戦及びそれ以降の戦争の歴史が示すように,軍事技術の発達とともに,戦争の様相も複雑になり,陸上,海上及び航空部隊が,それぞれ密接に連携し,その能力を統合して発揮することがますます重要となってきている。

わが国の防衛作戦は,有事,迅速に有効な防衛力を統合発揮して侵攻に対処する必要があり,そのためには,陸・海・空自衛隊の能力を最もじ効果的に発揮するように統合運用を図ることが重要である。

すなわち,防衛作戦を統一した作戦指導のもとに遂行するとともに,個々の作戦についても,例えば,陸上自衛隊の部隊の移動・集中時の海・空との協同,陸上戦闘及び海上作戦に当たっての空からの支援等,陸・海・空自衛隊が相互に密接に協力し合うことが必要である。

したがって,平素から,各自衛隊の統合運用について演練する必要があり,これまでにも,各自衛隊の各種の訓練に際して他自衛隊が密接に協力することにより,積極的に統合訓練を実施してきている。

また,統合幕僚会議が計画・実施を担任する統合演習は,昭和36年度以降その内容の充実と規模の拡大を図りつつ行われてきたが,昨年度,統合幕僚会議議長統裁による初の実動を含む統合演習を実施した。

この演習は,各自衛隊相互の協同要領を総合的に演練するとともに,統合運用に関する資料を得ることを目的として,昭和54年5月24日から5月30日までの間,主として北日本において実施した。

防衛庁としては,このような統合演習等の積極的推進により,陸・海空自衛隊相互の強固な連携を図りつつ,統合運用のための基盤を確立していくことが,今後も重要なことと考えている。(昭和54年度統合演習

8 教育訓練

教育訓練は,精強な部隊の育成を目的とするものである。精強な部隊は,隊員個人の訓練及び部隊としての総合訓練のたゆみない積重ねによって初めて達成されるものである。

しかしながら,現実には演習場の不足や石油節約問題等による制約が大きく,その中で所要の訓練を確保する方策を探求しているところである。

(1) 演習場等の現状

陸上自衛隊の主要な演習場は,第25図に示すとおりであるが,大部隊の演習や長射程砲の実弾射撃訓練が可能な場所は少ない。また大きな演習場を持たない中部方面隊や沖縄所在部隊は,他の方面の演習場に移動して演習を行わねばならない状況にある。

また,演習場周辺地域の都市化の現象や火砲の射程延伸などに伴い,演習場の使用や実弾射撃の実施等に各種の制約が増加する現状にある。

訓練海面についても,漁業や一般船舶の航行などの関係から,訓練の場所や時期などに制約を受けている。特に,機雷敷設及び掃海訓練や潜水艦救難訓練に必要な比較的水深の浅い海面は漁業の操業などと競合するため,訓練海面として設定できるのは,むつ湾,周防灘などのごく一部に限定され,またその期間も短期間に限られている。こうした状況で,昭和54年度の訓練可能海面は8か所,1か所あたり年間約10日であり,また,その利用時期も夏期又は冬期の閑漁期に限られている。

一方,訓練空域としては,低高度及び高々度訓練空域が計23か所設定されているが,主として洋上にあり,基地によっては訓練空域への往復に長時間を要し,実質的訓練時間を十分取れない状況にある。また,全般に広さも十分ではなく,超音速飛行など一部訓練項目について,航空機の性能や特性を十分発揮した訓練が実施できないところもある。

また,飛行場についても航空機騒音に対する周辺地域の生活環境保全の観点から,早朝及び夜間の飛行訓練を制限するなど,種々の規制を行わざるを得ない状況となっている。

対地支援等のための射爆撃訓練が可能な演習場は,全国に2か所しかなく,また狭小であるため,基本的な射爆撃訓練しか実施できない。したがって,高度な応用訓練は実施できず,かつ,周辺地域との騒音問題に苦慮しているところである。

これらの諸制約が実戦的訓練の不足や訓練量の低下をもたらし,隊員の練度,ひいては士気などに影響を与えていることは無視できないところである。

(2) 諸制約の克服

自衛隊では,これらの諸制約を考慮し,創意工夫による練度の維持向上に努めている。例えば,指揮所演習(部隊は実際の行動は行わず,指揮機関だけを設置して行う演習),図上演習(実動部隊を用いず,単に図面上で兵棋を用いて実施する演習)などの実施及びシミュレーターなどの訓練器材の活用を図る一方,実射訓練に際しては装薬量を減らして砲弾の飛翔距離を少なくするなどしている。

しかしながら,訓練空域については,民間航空の交通量の増大しつつある今日,新たな空域の設定及び拡大にもおのずから限度があるので,民間の航空交通と自衛隊の訓練飛行との共存を図り,限られた空域を安全かつ有効に利用することが重要である。このため,訓練空域と航空路等との分離について,従来の平面分離及び高度分離方式に加えてレーダーの活用及び空域調整機能の整備などにより時間差を利用するいわゆる4次元的な分離方式についても,今後とも検討を進めていくことが必要となってきている。また,陸上及び航空自衛隊のホーク及びナイキ部隊並びに海上自衛隊の艦対空ミサイルや魚雷発射訓練等の一部などは,従来からわが国に訓練設備がないこともあり米国で実施している。このほか,日米共同の対潜訓練,戦闘機戦闘訓練その他の実戦的訓練に参加し,隊員の知識及び技能や部隊の練度向上を図っているところであり,今後ともこの種の訓練の活用に努める必要がある。

なお,防衛庁は,航空機操縦者の教育訓練を十分に実施し得ない現状を打開するたあ,硫黄島における訓練などを種々検討しているところである。

今日,社会生活環境の保全と防衛施設の運用とをいかに調和させるかは,限られた日本の国土にあって,解決の道を精力的に追求しなければならない重要課題である。

第2節 昭和55年度防衛力整備の概要

1 陸上自衛隊

(1) 編成

ア 第7師団(北海道千歳市)の改編

第7師団は,機動打撃に任ずる師団として機械化装備(装甲車,自走火砲等)されてきた。しかし昭和37年度に編成されて以後,若干の装備改善は図られてきたものの,大きな変化はなく,日進月歩する世界の装備のすう勢の中で,主要各国に比べて立ち遅れの状況になってきている。これを改善するため現行の機械化師団よりも火力・機動力を強化した機甲師団(戦車を主体とした師団)に改め,機動打撃力の向上を図ることとしている。

イ 第8師団(熊本県熊本市)の改編

第8師団は南九州地区の防衛警備を担任している。その防衛警備地区は広く,熊本,宮崎,鹿児島の3県にまたがっており,災害派遣の機会が多く,かつ,出身隊員が多い地域でもある。

したがって,西部方面隊の防衛警備能力の向上を図るとともに,隊務運営態勢を充実改善する必要性から,1個普通科連隊等の部隊を配置することにより,第8師団を7,000人の師団から9,000人の師団とすることとしている。

ウ 第2混成団(香川県善通寺市)の新編

現在,中国,四国地区の防衛警備は広島県の海田町に司令部を置く第13師団が担任しているが,四国地区は瀬戸内海によって中国地区とは分離されており,行政区画上も独立しているため,防衛警備上不具合な面が多い。

このような点を改善し,有事における部隊運用の融通性の保持に寄与するためには,四国地区に独立した部隊を配置する必要があり,1個普通科連隊を基幹とした1個連隊戦闘団規模を有する第2混成団を新編配置することとしている。

(2) 主要事業

ア 装備

昨年度までに調達したもののうち,本年度取得する主要装備は,74式戦車48両,73式装甲車6両,75式自走155mmりゅう弾砲26門,79式対舟艇対戦車誘導弾発射装置5セット,84mm無反動砲141門,改良ホークへの改装1個群,対戦車へリコプター等作戦用航空機20機等である。これらの中で79式対舟艇対戦車誘導弾発射装置は,上陸用舟艇及び遠距離の戦車を撃破する能力を備えた国産の装備として初めて取得するものである。また対戦車へリコプターは今回が2機目の取得で,2機をもって整備方針を決定するための運用研究を進めるものである。

本年度調達される主要装備には,74式戦車60両,73式装甲車9両,75式自走155mmりゅう弾砲26門,79式対舟艇対戦車誘導弾発射装置8セット,84mm無反動砲188門,作戦用航空機(へリコプター等)18機等があり,これにより戦車の近代化並びに火力,機動力,対戦車能力の向上を図ることとしている。

地対空誘導弾については,1個群の改良ホークへの改装に着手し,対空能力の向上を図るとともに,後継システムについての調査,研究を実施することとしている。

イ 警戒監視

新たに沿岸監視レーダーを整備することにより,北日本正面における沿岸監視能力を向上することとしている。

ウ 通信

指揮通信の充実を図るため昭和52年度から整備を開始した防衛マイクロ回線を本年度も引き続き整備することとしている。

エ 後方支援

防衛備蓄用弾薬を昨年度に引き続き整備し継戦能力を向上することとしている。

また海田市等の医務室を整備することにより,保健及び診療態勢を強化することとしている。

オ 教育訓練

主要訓練については,他方面区演習,ホーク年次射撃(米国)等を継続して実施し,教材については,効率的な訓練実施のため,新装備関連教材,対空射撃訓練用シミュレータ−等を段階的に整備し,訓練用弾薬については,取得量の増加を図ることとしている。

2 海上自衛隊

(1) 編成

ア ヘリコプターとう載護衛艦の配備

51年度護衛艦「くらま」(へリコプターとう載5,200トン型DDH)の就役を待って,「はるな」及び「くらま」の定係港を佐世保に定める。これによって,横須賀と佐世保の2か所にDDHが配備されることになる。

イ 小月救難飛行隊の新編

小月航空基地における航空救難体制の整備を図るため,救難用へリコプターS−62を装備する小月救難飛行隊を新たに編成する。このことにより,硫黄島を除き海上自衛隊の航空救難体制の整備が一応完了することになる。

(2) 主要事業

ア 装備

昨年度までに調達したもののうち本年度就役する艦艇,航空機の主なものは第5表のとおりである。

これらのうち,51年度護衛艦DDH「くらま」は,昨年度就役したDDH「しらね」の同型艦で,対潜へリコプター3機とう載のほか,短距離艦対空ミサイル(短SAM)をとう載しており,対空装備を強化したDDHの2隻目の就役である。また52年度護衛艦DE「いしかり」は,艦対艦ミサイル(SSM)をとう載しており,海上自衛隊最初のSSMとう載護衛艦となる。

本年度新たに調達する艦艇,航空機の主なものは第6表のとおりである。

2,900トン型及び1,400トン型の護衛艦は,それぞれ54年度計画護衛艦と同じものであり,各種の対潜装備のほかに短距離艦対空ミサイル,高性能20mm機関砲(CIWS),艦対艦ミサイルの全部又は一部及び各種の電子戦装置を装備するものであって,主要各国におけるミサイルの装備化に対応した近代化された護衛艦であり,わが国の護衛艦のミサイル装備率は逐次向上しつつある。また,2,200トン型潜水艦は,54年度潜水艦と同じ型であるが,対艦ミサイル(USM)を装備することになり,潜水艦の分野でもミサイル装備が進められることになった。これは,最近における水上艦艇の対潜能力の向上が著しいことにかんがみ,哨戒や上陸侵攻阻止に従事する潜水艦の対水上艦艇攻撃能力を確保しようとするものである。

対潜哨戒機(P−3C)の10機は,昭和53年度の第一次契約に続く第2次契約分であり,P−2Jなどの減勢を補充しつつ,その導入を図っていくものである。

イ 警戒監視

海峡の警備所における監視能力の向上を図るためレーダーの近代化等を行い,また,監視用資材を整備して艦艇,航空機による監視機能を充実する。これらにより,わが国周辺海域における監視態勢を維持することとしている。

ウ 通信

行動中の潜水艦に対し命令・情報を適時適切に伝達し得るため超長波送信所が必要であるので,本年度から,その調査工事等を行うこととした。

そのほか,艦艇,航空機及び各基地における通信能力の向上についても各種の性能改善を図ることとしている。

エ 後方支援

海上自衛隊は所要の弾薬及び実装魚雷を常時,艦艇にとう載し,又は航空基地に配備すること及び機雷を即応状態におくなど,魚雷,機雷の即応態勢の向上を図ることとしている。このため,逐次,実装調整場,保管のための弾薬庫等の整備を図る必要があり,本年度は実装調整場及び弾薬庫を八戸に整備することとしている。

オ 教育訓練

P−3Cの要員について米国における委託教育を実施し,P−3C用戦術訓練のためのシミュレーターなどの訓練装置や資材を整備充実させるとともに,硫黄島の訓練体制の整備を図るほか,例年どおり,護衛艦,潜水艦及び航空機をハワイヘ派遣し,ハワイ所在の訓練評価施設を利用した魚雷発射訓練を行うこととしている。

3 航空自衛隊

(1) 編成

ア 第8航空団(福岡県椎田町)の1個飛行隊を,F−86FからF−1へ機種更新する。これにより朝鮮戦争当時に活躍したものと同型のF−86Fは第一線部隊から退いて,支援戦闘機部隊は3個飛行隊ともF−1を装備することとなり,支援戦闘能力は一歩前進したものとなる。

イ 第6高射群にナイキJ1個高射隊を新設(青森県車力村)する。同群は,本州と北海道との交通の要衝である青函地区の防空を担当している部隊であるが,従来1個高射隊しか保有していなかったので,これにより同地区の防空能力を高めることとした。

ウ 西部航空警戒管制団(福岡県春日市)に,1個移動警戒隊を新設する。わが国の防空レーダー網は,一応全周をカバーしているが,覆域の重複が少なく,低高度においてはこの傾向が大きくなる。したがって1個レーダーサイトの機能喪失はレーダー覆域に大きな間隙を生じ,警戒監視及び要撃管制に重大な支障を及ぼすこととなる。これに対処するため迅速に適地に展開し,防空レーダー網の間隙を補完して抗たん性を強化する必要がある。このため,航空自衛隊として従来から保有している2個移動警戒隊に加え,西部防衛区域に1個移動警戒隊を新たに編成することとしたものである。

(2) 主要事業

ア 装備

昨年度までに調達したもののうち,本年度取得する主要装備は,要撃戦闘機F−15J2機,F−4EJl0機及び支援戦闘機F−1 18機等である。このうち要撃戦闘機F−15Jは,本年度初めて取得されるものであり,各種の試験評価を行うこととしている。

なお地対空誘導弾システムについては,ナイキJの後継システムについての調査,研究を実施することとしている。

本年度調達する主要装備は,F−15J/DJ34機(うちDJ型4機),F−1 3機並びに救難用航空機及び練習機を含め50機であり,防空戦闘能力等の向上を図ることとしている。

イ 警戒管制

レーダーサイトのレーダー器材の旧式化に伴い,レーダー器材の換装を逐次推進することとしている。

なお,バッジシステムについては,引き続きシステムの近代化に関する調査,研究を実施する。

ウ 通信

指揮管理用ファクシミリ通信装置や,航空警戒管制多重通信装置等の整備を推進して,迅速な部隊運用に資することとしている。

エ 後方支援

基地の抗たん性を強化するため,航空機掩体などの整備を推進する。また,飛行安全に資するため,航空保安管制や気象観測等の能力向上を図ることとしている。

オ 教育訓練

F−15及びE−2Cの要員について,米国における委託教育を実施するほか,訓練環境等の現状にかんがみ,硫黄島における移動訓練受入態勢の整備に一部着手することとしている。また主要な演習等としては,航空総隊総合演習,ナイキ年次射撃(米国)及び日米共同訓練などを予定している。

以上のとおり,陸・海・空自衛隊の昭和55年度における防衛力整備の概要について説明したところであるが,これらに要する経費を含め,昭和55年度における防衛関係費の総額は,2兆2,302億円となっている。

これは,前年度当初予算2兆945億円に対し,6.5%増(昨年度10.2%増)である。政府経済見通しによる国民総生産に対する比率では0.9%(昨年度0.9%)となり,厳しい財政事情の下にあって前年度並の水準を維持した。しかし,一般会計予算に占める割合は5.2%(前年度5.4%)となり前年度を下回っている(資料15参照)。

第3節 隊員等

 古来,「人は石垣,人は城」といわれてきたように,装備の近代化が著しい現代の自衛隊においても,その任務を遂行する上で基本となるものは隊員である。このため,良質の隊員を確保して,厳正な規律の中にも明るさと融和を失わず,高い士気と精気あふれる精強な自衛隊を維持していくことは,極めて重要なことである。

 防衛庁では,従来から隊員に対する人事施策についてその改善を図ってきているが,昭和55年度においては,昨年度に引き続き自衛官の停年延長を実施し,全体計画の2年度目として1佐を54歳に,1曹を51歳に,それぞれ延長するとともに,昨年10月に設置した隊友会援護本部に東京支部,福岡支部を設ける等,退職者に対する就職援護の施策を更に推進するほか,新階級「曹長」の新設及び予備自衛官の増員を行うことを計画している。

 本節では,隊員等にかかわる事項のうちから,新階級「曹長」の新設及び予備自衛官制度について説明する。

1 新階級「曹長」の新設

自衛隊の陸,海,空曹の階級は,現行では1曹から3曹までの3階級であるが,新たに准尉と1曹の間に曹の最上位階級として「曹長」を設けることとしたのは次の理由からである。

(1) 自衛隊の装備の近代化などに伴い,1曹の職位の中に,より高度の技能及び慣熟した経験をもって,同一職務グループの1曹以下の隊員を指導するような複雑かつ責任の度合の大きい職位が多く生じている。例えば,陸上自衛隊の小隊陸曹,海上自衛隊の艦艇の射撃員長,航空自衛隊の航空機整備クルーの長などで,こういう職位にある者に対しては,1曹より上位の階級をもって処遇することが適当である。

(2) 現在,士長から3曹に昇任するのは平均23歳であるので,これが曹として停年を迎えるとした場合,30年間に近い曹としての勤務期間のうち2階級しか昇任しないこととなる。このため,同一階級の在官期間が非常に長くなり,特に1曹の在官期間は10数年の長きにわたることとなる。このような現状から,新たに新階級を設けることにより,曹の昇任機会を増し,特に1曹の在官期間を短縮して,曹の勤務意欲を高めることができる。

今回の「陸,海,空曹長」の新設は,以上のような編成上及び人事管理上の要請に基づくものであり,これは,所要の法律の改正を待って行われるものである。

ちなみに,主要各国における下士官の階級は,例えば,米国は6階級,西独は5階級,フランスほ4〜5階級(軍により異なる),英国は3〜4階級(軍により異なる),ソ連は4階級である。

なお,本年度に新設を計画している曹長の停年年齢は,51歳とすることとしている。

2 予備自衛官制度

有事においては,兵力を増強し,かつ戦闘損耗を補充することが必要である。しかし,平時から有事に必要な兵力を常備しておくことは,国家にとって経済的負担が大きいのみならず,政治的,社会的にも影響するところが大きい。したがって,多くの国では,平時においては常備兵力の節減をはかり,経済的負担を少なくするとともに,有事に必要となる兵力の増強や戦闘損耗の補充にも対処し得るよう,予備の兵力という考え方によりこの問題を解決しようとしている。主要各国においては,この予備の兵力を確保するため,平時から予備の兵員を定め,これに一定の訓練を実施しておくことにより有事の動員に備えるという予備役制度を保有している。

多くの国では,予備役の兵員は現役軍の兵役又は任期に引き続き,一定期間,予備役として服務することを義務づけられたものであり,また予備兵力の量は,本章第1節第1項「陸上防衛力」において述べたように,常備兵力とほぼ同程度以上を保有している。

英国,米国においては,現役勤務者だけでなく,軍隊勤務経験のない全くの新人を,志願により予備役として積極的に採用している。また,ソ連では,現役の兵役義務を終了した者及び現役徴集を受けなかった者は,すべて予備役に編入しているといわれている。米国においては,予備役軍として部隊編成されているものもある。

なお,予備役の兵員に対する訓練招集の期間は,各国とも,年間10日〜20日程度である。

わが国においても,昭和29年の自衛隊発足以来,防衛出動時自衛隊の実力を急速かつ計画的に確保することを目的として,予備自衛官制度を整備してきた。発足当初は陸上自衛隊の要員に充てるため,15,000人であり,以後昭和45年度から海上自衛隊にもこれを設け,現在,陸上自衛隊39,000人,海上自衛隊600人計39,600人の予備自衛官を保有しているが,各国の予備兵力に比較して極めて少ない。

本年度,陸上自衛隊の予備自衛官を2,000人増員し,合計41,600人とすることを予定しているが,この増員は所要の法律の改正を待って行われるものである。

予備自衛官は,志願により任用期間を3年として採用された元自衛官であり,通常はそれぞれの職場において一般社会人としての生活を送りながら,有事,防衛招集により自衛官となって国防の任に就く日に備えて,年1回,5日間(自衛官退職後1年以内の者については,年間1日1間)の訓練招集に参加しなければならない。

また,予備自衛官は非常勤の隊員(特別職国家公務員)であり,予備自衛官手当(月額3,000円)及び訓練招集手当(日額4,000円)などが支給される。

防衛庁は,予備自衛官制度の改善の資とするため,昭和50年度に引き続き,昨年度,陸上自衛隊の予備自衛官2,000人を抽出し,その意識などについて実態調査を行った。これによれば,予備自衛官の志願動機,心構え,訓練日数に対する要望及び職場の雰囲気については,次のようになっている。(訓練招集に参加中の予備自衛官

(1) 予備自衛官への志願動機

予備自衛官に志願したときの動機については,第26図のとおり,「自衛隊に愛着を感ずる」,「有事の際自衛官として国防の役に立ちたい」と答えた者を合わせると68%となっており,7割に近い者が,自官26図予備自衛官への志願動機衛隊ないし国防に対する認識を持って予備自衛官に志願している。

(2) 普段の生活における心構え

予備自衛官が普段の生活においてどのような心構えを持っているかについては,第27図のとおり,「現職の自衛官と同様,有事国防を担う一員と思っている」と答えた者が30.6%あり,その他防衛思想の普及の役割や,予備自衛官制度の意義を認める者が合計54.1%であるのに対し,「普段特に予備自衛官という意識は持っていない」と答えた者は13.7%にすぎない。

(3) 訓練招集の日数に対する要望

訓練招集の日数について何日間が適当かについては,第28図のとおり,現行通りを適当とする者が67.2%とほぼ7割に達しており,現行の年間5日間(自衛官退職後1年以内の者については年間1日間)の訓練が予備自衛官の生活環境の下で無理なく実施できる限度のように見受けられる。

(4) 訓練招集出頭時の職場の雰囲気

訓練招集出頭時の職場の雰囲気は,第29図のとおり,「好意的に許可してくれる」と答えた者が33.8%と約程度にすぎない。

このことは,予備自衛官が訓練招集に出頭することについての職場の理解が全般的には十分でないことを示しており,防衛庁としては,予備自衛官が安心して訓練招集に参加できるよう,職場の理解を更に深めるための広報等の努力が必要であると考えている。

以上,予備自衛官制度について説明してきたが,防衛庁としては,予備自衛官制度は,有事においては自衛隊の実力を急速かつ計画的に確保し,平時においては国民とのかけ橋として防衛基盤の育成にも寄与するものとして,極めて重要な制度であると考えている。

第4節 防衛力の運用態勢の整備

 わが国は,第2部「わが国の防衛政策」で述べたとおり,「防衛計画の大綱」などに従って防衛力の整備充実に努めているところであるが,有事の際にこれを最も効果的に運用し,真に有効な防衛能力を発揮し得る態勢を整えておくことは,重要かつ必要なことである。

 このような観点から,防衛庁では,万一侵略事態が発生した場合に,自衛隊がこれに即応して効果的に任務を達成する上での問題点について,法制,運用,組織などの面のほか,指揮システムについても研究・検討することとし,積極的に取り組んでいるところである。

 すなわち,具体的には,防衛庁中央指揮システムの整備の検討,有事法制の研究,奇襲対処問題の検討,防衛研究などである。

 本節においては,これらの検討・研究の状況とともに,先に発生した秘密漏洩事件に関連する秘密保全体制の検討について説明する。

1 防衛庁中央指揮システムの整備の検討

(1) 現在,防衛庁では,外部から武力攻撃があった際の防衛出動,大規模災害における災害派遣など自衛隊法第6章で定められた各種の行動等に際して,防衛庁長官が,部隊等を迅速かつ的確に指揮監督できるよう,中央指揮システムの整備について検討を進めている。

自衛隊が,その実力を十分発揮するためには,組織的・有機的に行動することが必要である。そのためには,中央からの指揮命令が迅速かつ確実に伝達され,全ての自衛隊の部隊,機関が整合のある行動を実施し得るようになっていなければならない。とりわけ,自衛隊を指揮監督する立場にある防衛庁長官が,的確に情勢判断や意思決定をすることができなければ,自衛隊の行動は混乱し,その任務を効果的に実施することはできない。更には,最近における兵器の高度な発達及び武力紛争の複雑化等の要因により,指揮活動については,その遅れが致命的な損害につながりかねないことから,迅速性が強く要求される。

したがって,防衛庁中央における防衛庁長官の自衛隊に対する指揮活動とこれに関連する内部部局,陸・海・空各幕僚監部及び統合幕僚会議の補佐活動を迅速かつ効率的に実施するための支援システムが是非とも必要となる。

(2) しかし,防衛庁長官の迅速かつ的確な指揮命令を実施するための情報収集,通信伝達,データ処理機能などのシステム整備については,従来の防衛力整備において正面の整備に重点が置かれたため,必ずしも十分な手当てがなされていたとはいえなかった。

こうした現状の不備に警鐘を鳴らしたのが,昭和51年9月にソ連軍のミグ25型機が函館空港に強行着陸した事件であった。この事件の処理について若干の混乱があり,防衛庁中央における情報の収集,連絡,対応措置の実施面でも,よりー層迅速かつ的確に実施するためのシステムを整備する必要性が防衛庁内外で強く認識された。

(3) このため,防衛庁では中央指揮システムの整備・改善を一刻も早く実施し,事態に対する迅速かつ的確な対応能力をはじめとして自衛隊の運用面での改善を図る必要があるとの考え方から,その研究・検討を行うため,庁内に事務次官を長とする「中央指揮所整備委員会」を昭和52年6月に設置した。同委員会は,昭和53年度においては,整備すべき中央指揮システムの基本的あり方について検討を行った。一方で,米,仏,西独及びNATO本部に調査団を派遣し各国の中央指揮統制システムの実情を調査した。更に,昭和54年度には現行法令下において防衛庁長官が行う自衛隊に対する指揮命令や各種措置事項などを具体的に列挙し,その具体的事項ごとに内部部局,陸・海・空各幕僚監部及び統合幕僚会議がどのような補佐活動を行うべきかなど,運用面から検討を行うとともに,迅速化のために情報処理の自動化など技術面からも検討した。そしてその研究成果と諸般の状況を勘案して,施設・設備,通信,データ処理,維持・運営要員などについて見積りを行い,昭和55年3月に「防衛庁中央指揮システム整備計画」としてまとめた。

この整備計画では,防衛庁本庁檜町庁舎内に,新たに中央指揮所を建設し,所要の通信機能の整備を行い,また,海上自衛隊のSFシステムと航空自衛隊のバッジシステムからの所要のデータの自動表示の機能を持たせることとしている。

2 有事法制の研究,奇襲対処問題の検討及び防衛研究

(1) 有事法制の研究

防衛庁が行っている有事法制の研究は,自衛隊法第76条の規定により防衛出動を命ぜられるという事態(同法第77条に規定する防衛出動待機命令が下令される場合を含む。)において,自衛隊がその任務を有効かつ円滑に遂行する上での諸問題をその対象としたものである。このような有事法制の研究については,防衛庁は昭和53年9月この研究の基本的姿勢についての見解(資料17参照)を公表し,現在この見解に基づいて作業を進めている。

この研究にあたっては,自衛隊法,防衛庁設置法等防衛庁の所管する法令に属する事項について優先的に研究を進めることとし,問題点の検討作業を行っており,また,これと並行して,有事に際し自衛隊がその任務を有効かつ円滑に遂行するために関連のある法令について問題点の有無を検討している。研究の過程においては,立法当時の関係者等から意見を聴取し研究の資としており,また,諸外国の有事の際の法制についても,並行して,逐次調査・研究を進めていくこととしている。

(2) 奇襲対処問題の検討

ア いわゆる奇襲対処の問題の主旨は,わが国に対する侵略の発端となる奇襲攻撃を受けた場合を想定した上で,防衛出動命令の下令前において自衛隊としての応急的な対処行動はいかにあるべきかというものであり,昭和53年9月の統一見解(資料18参照)以来,引き続き鋭意検討しているところである。

イ この問題に対する防衛庁の基本的考え方は,次のとおりである。

(ア) 外部からの武力攻撃に対して必要な武力を行使することは,厳格なシビリアン・コントロールの下にのみ許されるものであり,防衛出動命令が下令されていない場合には,自衛隊法第88条に規定する武力の行使は許されない。

(イ) 防衛上の問題として,わが国は四面海に囲まれている地理的特性があることや,一般に奇襲攻撃は国際情勢が逐次緊迫の度を加えるといった状況の中で起こり得ると考えられることから,その何らかの兆候は各種の手段によって情報を収集することにより,ほとんどの場合事前につかみ得ると考えられ,一方,法的には,自衛隊法第76条は特に緊急の必要がある場合には内閣総理大臣が事前に国会の承認を得ないでも防衛出動を命令できることとしており,またこの命令は武力攻撃が発生した事態に限らず,武力攻撃のおそれのある場合にも発することが認められているので,いわゆる奇襲攻撃に対しても現行法は基本的にはこれに対応できる仕組みになっていると考える。

(ウ) このことから,自衛隊が奇襲攻撃に対してとるべき方策については,情報機能,通信機能等の強化を含む防衛の態勢をできるだけ高い水準に整備して,実際上奇襲攻撃を受けることのないよう努力することがあくまでも基本であると考える。この観点から,具体的には,早期警戒機E−2Cの導入,航空警戒管制レーダーの換装等による警戒監視能力の向上,防衛マイクロ回線の整備等による情報処理及び伝達能力の向上,水雷調整機能の整備等による即応能力の向上,航空機掩体の整備等による抗たん性の向上等の措置について鋭意実施しており,今後更にその推進を図っていきたいと考えている。

(エ) しかしながら,それにもかかわらず,万一防衛出動命令の下令が間に合わないような奇襲攻撃が行われた場合,そのような事態における自衛隊の部隊の応急的な対処行動のあり方について,シビリアン・コントロールの原則と組織行動を本旨とする自衛隊の特性等を踏まえて,法的側面を含めて慎重に検討する。

ウ なお,奇襲対処に関する諸外国の法制については,現在調査中であるが,スウェーデン王国基本法では国防軍に対し領土に対する侵害を阻止するために実力を行使できる旨の,またソ連国境警備令では国境警備隊及び対空防衛隊に対し国境侵犯を阻止するために武器を使用できる旨の規定の例等がある。

(3) 防衛研究

防衛研究は,有事の際,わが国の防衛力を効果的に運用し,防衛能力を有効に発揮させる態勢を整えるための研究の一つであり,各種の侵攻事態に対する自衛隊の運用方針,防衛準備の要領,情勢判断の手続その他自衛隊の運用に関し,統合的な観点から研究を行うほか,これらに関連してとるべき諸施策についても併せ研究するものである。

防衛庁は,従来から運用態勢強化のため各種の検討を行ってきたところであるが,統合的な見地に立って,より組織的に実施すべきであるとの判断から防衛庁長官の指示に基づき,昭和53年8月から,統合幕僚会議事務局に所要の人員を増強し,統合幕僚会議事務局を中心に,各幕僚監部,内部部局が相互に緊密な連携を保ちつつ,防衛研究を行うこととしたものである。

これまでに広汎にわたる検討事項を分析,整理し,これに基づいて総合的に研究を行っている。

3 秘密保全体制の検討

昭和55年1月,元陸将補,現職自衛官2名計3名が自衛隊の秘密を漏洩した疑いにより逮捕されるという事件が発生した。

この事件は,わが国内におけるソ連情報機関による自衛隊に対する諜報活動を示す具体的な事例であり,外国情報機関の関心が自衛隊に注がれていることを如実に示すこととなった。

わが国の平和と独立を守り,国の安全を保つことを任務としている自衛隊において,厳正な規律と秘密の保全が強く要求されることはいうまでもないことであるが,内部からこのような不祥事件が発生したことは,誠に遣憾なことであった。

防衛庁は,この種の事件が自衛隊の名誉を著しく失墜させ,全自衛隊員の士気を低下させるなどその影響の重大性にかんがみ,関係者に対し厳正な行政処分を行った。また,防衛庁における秘密保全体制について現行制度の総点検を行い,必要な改善意見を具申するため,庁内に「秘密保全体制検討委員会」を設置して,組織,施設・設備,教育,人事管理など多くの角度から検討,審議を行った。その結果,各種の改善点が

指摘され,現在,同検討結果に沿って具体的な改善措置を進めている。今後すみやかに所要の改善措置を終え,この種の事件の再発防止に万全を期するとともに厳正な規律を保持し,真に精強な自衛隊の育成を目指して,全自衛隊員が一致団結,不断の努力を傾注することにより,国民の期待にこたえることが必要と考えている。

 

第2章 日米防衛協力

 第2部「わが国の防衛政策」で述べたとおり,日米安全保障体制は,わが国の防衛のためには必須のものである。

 ここ数年の日米の安全保障関係についてみると,両国政府関係者等による協議の活発化やその他の防衛上の諸施策の推進などを通じて,かつてない程良好な関係が築かれつつある。

 しかし,このような緊密な関係が築かれつつある反面,中東をはじめとする世界情勢の変化を背景として,日本がこれまで以上に防衛努力を高めるよう,米国の各方面からも強い期待等が表明されている。

 本章では,第1節で,日米関係全般の中で,防衛問題がこれまでどのように位置付けられてきたかを,その背景となる内外情勢の変化を踏まえながら説明するとともに,現在の日米関係の中でこの問題がいかなる比重を持ちつつあるかについて述べることとし,第2節以下で具体的な日米の防衛協力関係等について説明する。

第1節 防衛問題と日米開係

1 戦後の日米関係は,防衛面においてはもちろん,経済面においても,日本は米国の援助,協力等に大きく依存する関係にあったが,その後の目覚ましい経済復興により,1960年代には急速に世界の経済大国へと成長し,日米間でも相互依存関係が強まっていったといえよう。

防衛面からの日米関係をみた場合,特に最近の10年間の変化に注目する必要がある。それは,それ以前の時期には,米国の軍事力は核報復力を含め圧倒的優勢を誇り,日本及び極東周辺においても,米軍は強固な態勢を保持しておこり,わが国は,米国の力に大きく依存して平和と安全を享受することができた。

しかし,1970年代初期以降の内外の情勢変化は,防衛問題についての日米間の考え方に大きく影響を及ぼすに至っている。

2 わが国防衛の根幹である日米安全保障条約は,1970年,いわゆる「自動延長」期に入り,今年で10年目を迎える。10年前,1970年初頭の日米関係を振り返ってみるならば,繊維問題をめぐる経済摩擦が日米関係を緊張させていた。この時期,防衛面において今日のように日本にその国際的責任を求めるという意見は少なかった。いわゆる「安保ただ乗り」の非難も,防衛予算の増というより,経済大国としての経済面における行動様式の是正,つまり,貿易及び資本の自由化を求めるものが主体であった。

防衛面については,アジアの米軍兵力の削減,同盟諸国への自助努力の要請というニクソン・ドクトリンの採用により,日本の防衛努力に対する期待も含まれていたことは事実であるが,今日のように明確な形のものではなかったといえよう。

更に,その後においても米ソデタントの進展,米中和解への動きを反映し,極東地域における緊張は大幅に緩和するであろうという受けとり方から,軍事的側面よりも他の経済的側面等を重視すべきとの意見さえ一部にみられた。

3 しかし,その後,米国の国力の相対的低下,日本の経済力のー層の拡大,ソ連の軍事力の増強等の国際情勢の変化により,日米関係の中で,防衛問題が重要な問題として,大きく取りあげられるようになった。

第1部「世界の軍事情勢」で述べたように,1960年代に始まったソ連の軍事力の増強は,1970年代にも休むことなく続けられたのに対し,西側諸国はエネルギー問題等をはじめ,国内政治・経済上の問題もあって,ソ連の軍事力の増強に対応する兵力整備に意を用いるに十分な余裕がなかった。このような両者の軍備についての取組みの差によって,1970年代後半に至るとソ連の軍事的脅威の問題が強く西側諸国に意識されるようになった。

1975年のサイゴンの陥落は,朝鮮半島をめぐる不安定な情勢とも絡み,日本国民にもある種の不安を投げかけ,米国軍隊が近い将来アジアから撒退するのではないか,あるいは米軍事力が相対的に低下していくのではないかとの声も一部には聞かれた。

このような情勢から,日米安全保障条約は,日本の防衛という観点からはもちろんのこと,極東地域における国際政治の枠組の一つとして,この地域の平和と安定の維持に大きく貢献するものであると再認識されるようになった。

4 1970年代の末に至るも,ソ連の一貫した軍事力の増強は続けられ,西側諸国に安全保障面における危機感を更につのらせる結果となった。第1部「世界の軍事情勢」で述べた近年における西側の防衛努力はこのような脈絡の中でとらえることができる。

そして,西側諸国の防衛努力の中で,自由圏で第2位の経済大国日本の防衛問題についての態度が米国をはじめとする西側諸国から問われるようになってきた。

すなわち,西側諸国は,国内の経済困難にもかかわらず高い経済的負担を防衛のために費しているのに,日本は他の西側諸国の防衛努力の果実としての平和と安全をただで享受し,強い経済競争力を持っているとして,日本に対し,その国力に見合った国際的責任を防衛面についても求めるようになった。

最近のこのような論調は,かつてのように経済問題に付随して論じられているものではなく,日本の防衛努力に対する要求そのものを正面に立てたものに変ってきていると思われる。

5 1980年代の初頭を迎え,防衛問題は日米関係の中で重要な課題として浮上しつつあり,以上述べたような国際情勢の変化を十分踏まえ,真剣に対処すべき問題であることを認識する必要がある。

このような情勢認識に立って,わが国が自らの防衛努力を着実に推進するとともに,日米防衛協力の実をあげることは,既に,両国間に存在する揺るぎなき友好協力関係を一層強化することになろう。

日米間の今後の防衛問題については,米国の立場をも理解し,日米両国にとって共通の利益を図るということが必要である。以上の観点から,わが国が平和と安定を維持し,極東における安定勢力として,東アジア地域の平和に貢献し,このことによりひいては世界の平和にも貢献することが大切であると考えている。

第2節 日米防衛協力

1 日米両国政府の関係者による協議等

(1) 日米安全保障体制の信頼性を維持し,その円滑な運用態勢の整備を図っていくためには,日米両国政府の関係者が当面する国際情勢や,日米安全保障条約及びその関連取極の運用を含む日米の安全保障上の諸問題について,自由かつ率直な意見の交換を図り,普段から緊密な関係を保つことが重要である。

日米間の安全保障上の意見の交換は,これまで,通常の外交経路によるものは当然のこととして,内閣総理大臣と米国大統領との日米首脳会談をはじめどする両国政府要人の間において行われてきているが,主な協議の場としては,第7表にあげるものがある。

(2) これらの協議のほか,昭和50年8月に行われた坂田・シュレシンジャー会談の合意に基づき,日米の防衛首脳による定期的協議が持たれるとともに,随時の協議も行われており,これら日米防衛首脳会談は,これまでに8回にのぼっている。

昨年8月には,定期協議の一環として,ワシントンにおいて,山下・ブラウン会談が持たれ,世界及びアジアの軍事情勢並びに日米両国の安全保障上の諸問題について,率直な意見の交換を行い相互の理解を深めた。

また,同年10月には,ブラウン国防長官が,第12回米韓安保協議会の帰途東京に立ち寄り,山下防衛庁長官との会談がなされた。この会談においては,ブラウン長官から朝鮮半島及び東南アジアの情勢並びに当時報道されたいわゆるスウィング戦略等につき説明がなされた。

朝鮮半島情勢については,北朝鮮の軍事能力の見直しの結果,在韓米地上軍の撤退を1981年まで凍結し,当面,同半島における情勢の推移を見守りたい旨説明がなされた。

また,近年における極東ソ連軍の増強,特に北方領土におけるソ連地上軍部隊の動向については関心をもって注視していくことに意見が一致した。

更に,山下長官から日米間の制服幹部の相互交流促進について提案したところ,ブラウン長官は,これを積極的に評価し事務当局における検討を約束した。

本年1月には,ブラウン長官が,中華人民共和国訪問の帰途東京に立ち寄り,久保田防衛庁長官との会談がなされた。

この会談においては,ブラウン長官の訪中に関する説明をはじめ,中東及び東南アジアに関する情勢等について意見の交換がなされた。久保田長官からは昭和55年度予算案における防衛関係費について説明がなされた。

ブラウン長官は,困難な財政事情下における日本の防衛努力に理解を表明する一方,この防衛努力が今後も,現在の国際情勢及び先進民主主義諸国の防衛努力を考慮して,拡大されるよう望む旨述べた。

これに対し,久保田長官は,わが国の経済財政状況にも考慮しつつ,防衛庁として,できるだけの努力をしたい旨述べた。(久保田・ブラウン会談(昭和55.1)

(3) このような日米防衛首脳会談とは別に,昨年夏第11回日米安全保障事務レベル協議が開催された。本協議は事務レベルでの日米の安全保障関係者による協議であり,日米相互にとって関心のある安全保障上の諸問題について,非公式な意見の交換を行うものである。

(4) これら日米政府間の交流のほか,最近は米国議会においても日本の防衛問題について関心が高まり,昨年1月米上院軍事委員会西太平洋アドホック委員会のメンバーが来日したのをはじめ,その他の議会メンバーと日本の防衛関係者との間で意見の交換がなされるようになってきた。

(5) 防衛をめぐる諸問題に関する日米の率直な意見の交換により,日米間の防衛協力も,より強固なものとなる基盤ができつつある。またなによりも最近における日米の国民の相互理解の進展が日米関係全般にわたって好影響を及ばし,緊密なる相互文流の時代へと向いつつある。

日米安全保障条約を防衛政策の基調とするわが国としては,日米の防衛面における密接な交流を,今後も発展させ,両国間の理解を深めていきたいと考えている。

2 日米防衛協力のための指針

(1) 昭和53年11月,「日米防衛協力のための指針」(資料19参照)が,第17回日米安全保障協議委員会で了承され,ついで国防会議及び閣議に報告され,了承された。

わが国は,安全保障の基調を日米安全保障条約に置いているにもかかわらず,従来,米国との間で軍事面を含めた包括的な協力態勢に関する研究・協議のようなものは行われてきておらず,その結果,例えばわが国に対して武力攻撃が発生した際に,日米両国は具体的にどのような措置をとり,どのような範囲で協力していくのかなどのことについては,明らかでなかった。

防衛協力の目的は,この面での改善を図り,日米安全保障条約の有する抑止効果を高めることによって,わが国を含む極東の平和と安全の維持という日米安全保障条約の目的を一層効果的に達成しようとするものである。

(2) この「指針」の策定に当たっては,防衛協力小委員会が設置され,昭和51年8月の第1回会合以来,2年有余にわたり8回に及ぶ研究・協議が重ねられ昭和53年10月,「日米防衛協力のための指針」としてとりまとめられた。

第17回日米安全保障協議委員会(昭和53年11月)は,防衛協力小委員会から,これまでの研究・協議の成果である「日米防衛協力のための指針」の報告を受けこれを了承した。次いで,国防会議及び閣議に,外務大臣及び防衛庁長官から報告されるとともに,防衛庁長官から「この指針に基づき自衛隊が米軍との間で実施することが予定されている共同作戦計画の研究その他の作業については,防衛庁長官が責任をもって当たることとしたい」旨の発言があり,いずれも了承された。

(3) このような経緯を経て策定された「指針」の概要は以下のとおりである。

ア 前文

この指針は,日米安保条約及びその関連取極に基づいて日米両国が有している権利及び義務に何ら影響を与えるものではない。

この指針が記述する米国に対する日本の便宜供与及び支援の実施は,日本の関係法令に従う。

イ 侵略を未然に防止するための態勢

(ア) 日本は,自衛のために必要な範囲内において適切な規模の防衛力を保持し,かつ,施設・区域の安定的効果的使用を確保する。米国は,核抑止力を保持するとともに,即応部隊を前方展開し,来援し得るその他の兵力を保持する。

(イ) 共同対処行動を円滑に実施し得るよう,日本防衛のための共同作戦計画についての研究を行う。

(ウ) 作戦,情報及び後方支援の事項につき共通の実施要領を研究する。

(エ) 日本防衛に必要な情報を作成し,交換する。

(オ) 必要な共同演習及び共同訓練を実施する。

(カ) 補給,輸送,整備,施設等後方支援の各機能について研究を行う。

ウ 日本に対する武力攻撃に際しての対処行動等

(ア) 日本に対する武力攻撃がなされるおそれのある場合

○ 必要と認められるときは,自衛隊と米軍との間に調整機関を開設する。

○ 作戦準備に関し,共通の準備段階をあらかじめ定めておき,両国政府の合意によって選択された準備段階に従い,それぞれが必要と認める作戦準備を実施する。

(イ) 日本に対する武力攻撃がなされた場合

○ 日本は原則として,限定的かつ小規模な侵略を独力で排除し,侵略の規模,態様等により独力で排除することが困難な場合には,米国の協力をまって,これを排除する。

○ 自衛隊は,主として日本の領域及びその周辺海空域において防勢作戦を行い,米軍は,自衛隊の行う作戦を支援し,かつ,自衛隊の能力の及ばない機能を補完するための作戦を実施する。

○ 自衛隊及び米軍は,緊密な協力の下に,それぞれの指揮系統に従って行動する。

○ 自衛隊及び米軍は,緊密に協力して情報活動を実施する。

○ 自衛隊及び米軍は,効率的かつ適切な後方支援活動を緊密に協力して実施する。

エ 日本以外の極東における事態で日本の安全に重要な影響を与える場合の日米間の協力

両国政府は,情勢の変化に応じ随時協議する。また,両国政府は,日本が米軍に対して安保条約その他の関係取極及び日本の関係法令に従って行う便宜供与のあり方について,あらかじめ相互に研空を行う。

(4) この「指針」に基づく研究作業を実施するため防衛庁長官は,統合幕僚会議議長及び陸上,海上,航空各幕僚長に対し,「日米防衛協カに関する研究作業の実施に関する長官指示」(昭和53年12月)を発し,共同作戦計画の研究その他の作業の実施を命じた。

この指示により,統合幕僚会議議長は,陸上,海上,航空各幕僚長の実施する研究作業を調整し,かつ,防衛局長と緊密に連携して行うこと,また,研究作業の進捗状況に応じ,防衛庁長官に適宜報告することとされた。現在,研究作業は,防衛庁側は統合幕僚会議事務局が,米側は在日米軍司令部が中心となり,これに陸上,海上,航空各幕僚監部とその各々のカウンターパートである在日米各軍司令部が協力を図りつつ行われている。

以上のとおり,日米防衛協力のあり方についての基本原則が得られ,これに基づく共同作戦計画の研究その他の作業など具体的研究作業が行われつつあるということは,日米安全保障条約の有する抑止効果を高め,わが国の安全及び極東の平和と安全を一層効果的に維持することに資するものと考えられる。

第3節 日米共同訓練

1 日米共同訓練の意義

自衛隊では,各種の装備の近代化を図ってきているが,究極的には,隊員のたゆみない訓練により,いつ,いかなる時でもこのような近代化された装備を駆使し,最大限の戦闘力を発揮できるようにすることが重要である。

このため,隊員の知識及び技術の向上を図るとともに,精強な部隊を練成することを目的として平素から教育訓練を実施し,任務に即応し得る態勢の維持向上に努めている。

世界最高の水準にある米軍と共同で訓練を行うことは,自衛隊の部隊に大きな刺激を与えるとともに,米軍の新たな戦術,戦法の導入にもつながり,自衛隊の教育訓練に資すること大である。また,平素から双方の意思の疎通を図り,円滑な関係を維持することは,結果的には有事における日米の共同対処にも資することとなると考えている。

このようなことから,防衛庁が日米共同訓練に寄せる期待は大きく,今後とも積極的に取り組んでいくこととしている。

日米共同訓練は,これまで主として海上自衛隊と米海軍との間で行われてきている。この訓練は,対潜,掃海訓練を中心に昭和30年以降これまで80数回実施してきている。

航空自衛隊は,昭和53年末から米軍との共同訓練を,毎月1回程度戦闘機戦闘訓練を中心に実施してきている。

統合幕僚会議及び陸上自衛隊については,これまで日米共同訓練は実施していないが,これうについても,機会を得て共同訓練を実施したいと考えている。

なお,本年春,海上自衛隊は,米海軍の第3艦隊が計画したリムパックに初めて参加したので,これについて説明するとともに,航空自衛隊と米軍との共同訓練について説明する。

2 リムパックへの海上自衛隊の参加について

(1) リムパックとは,RIM OF THE PACIFIC EXERCISEの略称であり,米海軍第3艦隊が計画する総合的な訓練で,外国艦艇等の参加を得て行うものである。これは昭和46年以来今回で7回目である。

今回実施されたリムパック80は,昭和55年2月26日から3月18日(日本時間昭和55年2月27日から3月19日)までの約3週間にわたり,ハワイ周辺の中部太平洋において,米国,オーストラリア,カナダ,ニュージーランド及び日本の5か国の艦艇43隻,航空機200機,人員20,000名が参加して実施された。

参加艦艇の内訳は,米国が空母コンステレーションを含む29隻,オーストラリアが空母メルボルンを含む6隻,カナダが4隻,ニュージーランドが2隻であった。

海上自衛隊からは,へリコプターとう載護衛艦(DDH)「ひえい」(基準排水量約4,700トン)とミサイルとう載護衛艦(DDG)「あまつかぜ」(基準排水量約3,050トン)及び対潜哨戒機P−2J8機が参加した。派遣人員は約690名(艦艇部隊約580名,航空機部隊約110名)であった。(リムバック参加中のヘリコプターとう載護衛艦「ひえい」(右手前)(昭和55.3)

(2) リムパック80は,通常兵器による海上戦闘を前提とした訓練であり,概要次のように進められた。

ア 参加艦艇等は,ハワイ周辺海域での合流後,会敵に備え警戒態勢に入るとともに,電波管制下での移動あるいは水上艦艇,潜水艦,航空機等の各種脅威仁対処しつつ移動する訓練を行った。

イ 会敵後は,次のような訓練を個々に又は並行的に行った。

(ア) 水上打撃戦訓練

レーダー等を使用して目標艦艇を捜索,探知,識別し,対艦ミサイル,砲を使用して攻撃するまでの一連の手順の演練

(イ) 対潜捜索攻撃訓練

ソーナー等を使用して目標潜水艦を捜索,探知,識別し,魚雷等を使用して攻撃するまでの一連の手順の演練

(ウ) 防空戦訓練

レーダー等を使用して目標航空機を捜索,探知,識別し,対空ミサイル,砲を使用して攻撃するまでの一連の手順の演練

(エ) 電子戦訓練

目標艦艇,潜水艦,航空機の出す電波を探知する訓練あるいは目標艦艇等からのレーダー等に対する妨害を回避する要領の演練

ウ また,これら訓練の間隙を利用して,各艦艇が随伴する補給艦から武器,燃料等の補給を受ける要領の演練を行うとともに,これら訓練が終了したのち,参加艦艇等は,誘導武器評価施設を使用した魚雷等の発射訓練を実施した。

(水上打撃戦訓練,対潜捜索攻撃訓練,防空戦訓練においては,攻撃までの一連の手順の演練であり,実弾又は訓練弾は使用しなかった。なお,誘導武器評価施設を使用した魚雷等の発射訓練では,訓練弾を使用した。)

(3) 海上自衛隊は,リムパック80参加を通じて,水上打撃戦,対潜水艦戦,防空戦,電子戦といった分野における米海軍の装備の優秀性を改めて認識させられ,更に,これらの最新の装備を駆使した戦闘技術に直接触れることができた。また,操艦法,士気,規律といった面においては,米海軍等にも全くひけをとらないという自信を得ることもできた。

防衛庁としては,今回の訓練参加を通じて得た成果を今後の訓練等に生かしていきたいと考えている。

 

(注) 誘導武器評価施設 誘導武器評価施設とは,魚雷,ミサイル等の誘導武器の性能及びそれらを使用しての攻撃成果等を正確に評価することができる総合的な訓練評価施設である。同施設には,水中聴音機及びレーダー等の科学器材が装備されており,ここで魚雷,ミサイル等の発射訓練を実施すると,魚雷あるいはミサイル等の航跡及びその目標の航跡並びにそれらの発射母体である水上艦艇,潜水艦あるいは航空機の航跡を常時,追跡,記録するとともにそれらのデーターを分析,評価することができるようになっている。

3 航空自衛隊と米軍との共同訓練について

航空自衛隊及び米軍双方の戦術技量の向上を図るため実施している日米共同訓練は,一昨年11月以来15回(昭和55年5月末現在)実施し,かなりの成果を挙げているところであるが,防衛庁としては,今後も,月1回程度実施したいと考えている。昭和54年度は,これまでの三沢基地に加え,新たに新田原基地を米軍との訓練のために共同使用のできる基地とし,本年2月中旬に同基地を使用した初めての日米共同訓練を行った。

これらの日米共同訓練は,米軍の実戦経験に基づく最新の戦術,戦法を学ぶことができ,パイロットの練度向上のために大きく役立っていると考えている。(日米共同訓練で交歓する隊員

 第4節 在日米軍の駐留を円滑にするための施策

1 在日米軍の駐留(資料45参照)は,日米安全保障体制の核心をなすもので,わが国の安全のために不可欠のものである。その駐留を真に実効あるものとして維持するために,わが国としても条約に定められた責任を積極的に遂行していかなければならない。在日米軍の駐留に関することは,地位協定(日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約第6条に基づく施設及び区域並びに日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定)により規定されているが,この中には,在日米軍の使用に供するための施設・区域の提供に関すること,在日米軍が必要とする労務の需要の充足に関することなどの定めがある。

2 「施設・区域」とは,土地,建物・工作物などの構築物及び公有水面をいうが,わが国は,地位協定の定めるところにより,施設・区域の提供について日米合同委員会を通じて日米両政府間で合意するところに従い,わが国の経費負担で提供する義務を負っている。

在日米軍は駐留目的を達成するためにこれらの施設・区域において必要な訓練,演習,その他の活動を行っている。また,在日米軍は,同軍を維持するために日本人従業員の労働を必要としており,この労務に対する在日米軍の需要は,地位協定によりわが国の援助を得て充足されることとなっている。そこでわが国は,給与,その他の勤務条件を定めた上,日本人従業員(昭和55年5月末現在約20,750人)を雇用し,その労務を在日米軍に提供しており,所要経費については,米側から償還を受けてきた。

なお,わが国は,在日米軍の駐留に関連して,従来から施設・区域の提供に必要な経費を負担するほか,わが国の負担による独自の施策として,第4章「防衛問題をとりまく国内環境」に述べるように施設・区域の周辺地域の生活環境等の整備について,各般の施策を実施するとともに,日本人従業員の福祉の維持と離職対策なども行ってきている。

3 ところで,政府は,在日米軍の駐留が円滑かつ安定的に行えるようにするため,また,同時に日本人従業員の雇用の安定を図るため,在日米軍の施設・区域については昭和54年度から老朽隊舎の改築,家族住宅の新築,老朽貯油施設の改築及び消音装置の新設を行い,これらを施設・区域として提供することとしているほか,労務費については,昭和53年度から日本人従業員の福利厚生費などを,昭和54年度からは給与のうち国家公務員の給与水準を超える部分の経費を日本側が負担してきている。

昭和55年度においても老朽化し,又は不足している米軍の宿舎の現状を是正するため,及び施設・区域周辺住民の環境を保全するため,米軍の隊舎や家族住宅と汚水処理施設などの環境関連施設の整備を行うこととするとともに,引き続き日本人従業員の福利厚生費などと前述の給与の一部を負担することとしている。

これらの措置に要する昭和55年度歳出予算額は,施設整備費約227億円(ほかに後年度負担額約132億円),労務費約147億円計374億円である。

第3章 装備の新技術

 先進諸国における科学技術の著しい進展は,軍事戦略及び戦術に大きな変革をもたらし,これらに対応した装備の近代化は,軍事力の整備において重要な部分を占めている。

 また先端的な軍事技術は,民需に対しても大きな波及効果をもっており,これらの期待が,各国の軍事技術の研究開発に一層の拍車をかけている。

 わが国の防衛に関する技術についてみると,当初は米国から供与された装備の改善研究,諸外国からの技術の導入及び消化から出発し,国内開発を行う段階にまで技術水準を高めてきた。今日までに,わが国独自に,超音速支援戦闘機(F−1),中型輸送機(C−1),対潜飛行艇(PS−1),74式戦車や空対艦誘導弾(ASM−1)等を研究開発してきた。

 本章においては,第1節で防衛庁における研究開発の概要を,第2節においては,主要各国に比べて遜色のない防衛技術のいくつかを説明する。

第1節 防衛庁における研究開発

1 研究開発の基本的考え方

わが国が,防衛上必要とする装備を自らの手で研究開発して国産することは,わが国土,国情に適した装備をもつことができ,長期にわたる装備の維持,補給が容易となり,また,防衛生産基盤及び技術力の維持育成を図ることができるという利点もある。

このような考え方から,防衛庁は,第1次から第4次防衛力整備計画において,精強な部隊の育成に努めるとともに,装備の研究開発にも努力してきた。「防衛計画の大綱」においても,防衛力の質的水準の維持向上に資するため,技術研究開発態勢の充実に努めることとされており,研究開発を重視しているところである。

2 研究開発の推進

防衛庁における研究開発は,最先端技術をもとに,将来の画期的な装備を目指した研究及びこれらの成果を踏まえ,実用に供し得る装備を最適なシステムとしてまとめる開発を重視している。

実用に供し得る信頼性のある装備を開発するまでには,長期の日時や多額の経費,高度の技術力が必要である。すなわち,そこには未知の分野や不確実な要素が極めて多いので,運用上からみた要求性能を満足させ,所望の期間内に少ない経費で開発するために,種々の方策を講じ効率的な推進を図ることとしている。

このため,研究開発の計画策定時に,オペレーションズ・リサーチあるいは費用対効果の分析等,種々の開発マネージメントの手法を活用し,最適な計画を立案すること,さらに実施段階においては,試作品数の適正化,評価態勢の充実による各結節点における厳密な評価・試験などに努めている。

3 技術研究本部

防衛庁には,陸・海・空各自衛隊の装備品等に関する研究開発を一元的に行う機関として,技術研究本部が置かれている。これは,研究開発の実施にあたり無駄な重複を避け,人員や研究施設等の効率的な運用を図るためである。

技術研究本部は,各自衛隊の任務遂行に必要な航空機,艦船,戦車,誘導弾をはじめとして,被服や食糧に至るまでの各種の装備について研究開発を行うことを主任務としている。

技術研究本部の組織は,内部部局として管理部門のほか,開発部門の4技術開発官,付置機関として5研究所及び5試験場がある。

技術開発官は,装備体系別に戦車・火砲等の陸上装備,艦船・魚雷等の海上装備,航空機及び誘導武器をそれぞれ分担し,実用に供し得る装備としてとりまとめるため,考案,設計,試作等の技術開発を行っている。

研究所は,技術開発の基礎となる調査,研究等の技術研究及び試験評価業務を専門技術別に行い,また,試験場は,試験評価及びこれに必要な調査研究を行っている。

技術研究本部には,試作品を製造する施設,設備をもっていないため,全ての試作品の製造及びそのために必要な細部設計等は,民間企業に委ねている。また,ほかにも民間企業の技術力を活用した方が効率的であると判断した分野については,その協力を得て研究開発を推進している。(国産の超音速支援戦闘機(F−1)

4 今後の課題

(1) 研究開発の態勢

自国の防衛上必要とする装備にかかわる技術の水準を,将来にわたって維持向上することは,一国の安全保障上不可欠のことであり,明日への安全保障の一つといえよう。

このため主要各国においては,研究開発に多額の経費を投入し,軍事技術の向上に努力している。

わが国にあっては,国土,国情に適した優れた装備を開発してきたが,その範囲は,限定された部門にとどまった。しかしながら,科学技術の進歩に伴う各自衛隊の装備の更新,近代化に対応するためには,このような研究開発態勢をより充実することが必要となっている。

また,最近の傾向としては,主要各国とも装備として物は輸出するが,最新の技術についての輸出は極めて慎重になりつつある。したがって,わが国は,自主的に新しい装備を創り出すという研究開発態勢を確立することも今後の課題である。

(2) 技術の国際交流

わが国の防衛技術は,徐々にではあるが着実に向上しつつあり,技術分野によっては主要各国と肩を並べるところまで進んでいる例もあるが,日進月歩の科学技術の中にあって,防衛技術に関する情報の取得は極めて重要である。

米国においては,NATO諸国との装備の標準化を重要事項として取りあげており,共同研究・共同開発を強力に推進しようとしている。これは,友好国間の装備の標準化を図るとともに,研究開発費の分担,専門技術の相互補完及び量産効果など,相互の国にとって有利なことが多い。

わが国においては,NATO諸国と異なった環境にあり,同一に論じることはできない面もあるが,日米政府間での技術資料の交換,研究者の交流などを一層進めて行くことが必要であろう。

(3) 技術協力

わが国の場合は,政治的,経済的な制約などのほかに,防衛技術の研究開発に関する国内の協力態勢が,必ずしも十分ではないという状況にある。国の安全保障を考えるとき,民間企業の技術力はもちろんのこと,国内のあらゆる分野の技術力を結集することが必要であろう。

5 国産と輸入

わが国の防衛のため必要とする装備を取得する手段としては,国内開発による国産,ライセンスによる生産及び完成品の輸入という3つの形態がある。

一般に,装備を研究開発し国産することは,研究開発の基本的な考え方で述べたように,いろいろな利点がある。もっとも開発には,高度の技術と長い期間や多額の経費を必要とすること,また装備によっては調達量の関係上価格が割高となることなどもあり,全ての装備を国内開発するということほ必ずしも得策ではない。

このようなことから,わが国の技術レベルで当面開発できないか,開発に膨大な経費を要するものについてはライセンス生産により,また国内技術で開発できないもの,又は生産量が少ないためライセンス生産をすると,価格が著しく高くなるようなものについては,輸入によっている。

いずれにしてもそれぞれ長所,短所があり,将来を見通してケースバイ・ケースで決定してきている。

第2節 新しい挑戦

 防衛庁においては,前節で述べたように,各種の研究開発を進めているところであるが,本節では,これらのうちで,1980年代の技術として注目されている「CCV」,「イメージホーミング」及び「レーダー」の各技術について紹介する。

1 CCV技術一航空機の概念を変革

航空関係者の中で,今関心を集めているCCVとは,Control Configured Vehicle のことで,直訳すると操縦装置(Control)が形状(Configured)を決めた航空機(Vehicle)ということになろう。

CCVは,従来の航空機に比べ運動性能が格段に向上したものとなり,極端にいえば蝶の舞うような飛翔体,あるいは「カニの横ばい」や「義経の八そう跳び」に似た運動を実現しようとするものである。戦闘機がこのような運動をすることができれば,空中戦や地上攻撃,ミサイルの回避運動などにおいて大変有利である。

これらのことから,CCV技術は,将来の航空機設計技術の中枢になるであろうといわれている。

(1) CCVと従来の航空機

今日の航空機は,大きな尾翼によって安定性を確保することを設計の基本としている。CCVは,この意味での安定性を前提としていない。

安定性とは,玩具の起上がり小法師のように,倒してもすぐ起き上がって元の位置に戻ろうとする性質のことである。従来の航空機においては,尾翼が起上がり小法師の底につけた重りの役割を果している。突風を受けて航空機の姿勢が崩された場合に,尾翼に生ずる空気力によって自然に元の姿勢に戻るように,つまり安定性が良いように設計されているCCVでは,操縦装置で安定性を補うこともできるので無尾翼の航空機ということも考えられ,外国ではその構想も発表されている。これは,まさに操縦装置が形状を決めた航空機といえる。

しかしCCVは,安定性を尾翼に頼るのをやめることではなく,各種の飛行性能の向上がねらいであり,なかでも運動性能を格段に向上させることができる。この安定性と運動性の説明のために,車の例を借りよう。四輪の自動車は極めて安定性が良い。よほど乱暴な運転をしない限り転倒することはない。しかし,その運動は直線と曲線に限られ,交通混雑の街中での縦列駐車には一汗かかざるを得ない。

これが二輪車さらに一輪車となると,そのままでは倒れて極めて安定性が悪い。したがって,一輪車に乗る人間は,全身を使って絶えずバランスを取らなければならないから,運転の苦労ほ四輪の自動車の場合とは比べものにならない。しかし,運動性という点では,ほぼ直角に曲がることはもちろん,一点で向きを変えることも可能である。すなわち,自動車よりも多種多様な運動ができるという点で,一輪車の方が運動性が良いのである。

このように四輪の自動車は,安定性は良いが運動性が限られており,一輪車は,そのままでは安定性が悪いが運動性が良い。このような見方からすれば,今までの航空機が前者であり,CCVは後者にあたる。(第30図 無尾翼機(給油機)の構造図

(2) CCVを可能にする新技術

一輪車の構造上の不安定を補うのは,乗っている曲芸師のような人間である。CCVにおいてこの人間の働きに相当する機能を提供するのが,ハードウエアである電気式操縦装置とコンピューターであり,そしてソフトウエアである制御技術である。

ア 電気式操縦装置

従来の操縦装置では,パイロットが操縦桿を動かすと,その動きは操縦索や機械式リンク機構で伝えられ舵面を動かすようになっている。この従来の機械的な操縦系統を電気的な系統にし,電線(Wire)の中を伝わる電気信号によって舵面を動かすのが,電気式操縦装置(Fly By Wire)である。操縦桿の動きは電気信号に変えられ,舵面の所へ送られる。ここで電気信号が油圧のカに変えられ,信号量だけ舵面が動くことになる。このような考え方は以前からあったが,電気信号に雑音が入って舵面が勝手に動き出すおそれもあり,信頼性が十分でなかった。しかし,電子技術の著しい進歩により,電子部品の信頼性が向上し,IC(集積回路),LSI(高密度集積回路)などによって小型,高性能化してきた。また,たとえ雑音が入り込んでも,信号と雑音を区分する能力を持たせたり,電気式操縦装置を三重や四重にして安全性を確保することも考え出された。(第31図 電気式操縦装置の概要図

イ コンピューター

従来の操縦装置を,電気式操縦装置に置き換えただけではそれ程の利点はない。コンピューターが電気式操縦装置に組み込まれて,はじめて電気式操縦装置が生きてくる。コンピューターは,操縦桿からの信号だけでなく,航空機の速度,高度や姿勢などの多くの信号を受け取り,複雑な計算を瞬時に処理して,最適な舵角の電気信号を舵面へ送るものである。

航空機とう載用のコンピューターとしては,軽量小型で衝撃や振動,高温や低温あるいは気圧の変化にも耐え得るものでなければならない。これは,定温定湿の空調された部屋に置かれている事務用コンピューターには考えられない苛酷な条件である。

ウ 制御技術

CCVにおける一連の制御技術の機能は次のようになる。コンピューターは,操縦桿の動きや飛行速度,高度,機体の姿勢,動きなどの多数の入力変数に基づき,航空機の最適な運動状態をリアルタイムに計算し,同時にこの運動状態を発生するために必要な舵面量を計算する。この信号により舵面が動き,航空機は最適な状態で運動する。実際の運動と最適な運動状態に差がある場合は,その差を補正するとともに,最新の入力データによっても機体の運動は補正される。

このようなCCVに用いられている制御技術の特色は,多変数を扱い,かつ,リアルタイム処理を行うとともに,運動状態を最適に保つ機能を有する制御といえる。

(3) CCV技術の応用例

ア 静安定自動補償

先に,従来の航空機が尾翼によって安定性を保っていると説明したが,CCV技術を使うとどうなるであろうか。ジャイロなどが絶えず機体姿勢の動きを検知し,コンピューターが機体の姿勢を保つだめに必要な指令を出す。この指令によって動くのは,先に述べた無尾翼機なら主翼に取り付けた舵面であり,尾翼を残した設計の航空機ならば,尾翼に取り付けた舵面である。このように,安定性はコンピューター制御によって自動的に確保されるので,後者の場合でも,尾翼は現在のものよりずっと小さくてよい。このことは,無用の空気抵抗を減らすので,飛行性能を向上させるとともに燃料節約ができ,省エネルギー時代に合致した効果を得ることになる。

イ 操縦性最適化

これは,あらゆる高度,速度及び姿勢の組合せであっても,パイロットの操縦に対する機体の応答を,早過ぎもせず,遅過ぎもせず最適となるようにコンピューターで処理し,制御するものである。

ウ 直接揚力制御と直接横力制御

これは要するに機体の姿勢をそのままにして,上下・左右に航空機を運動させようというものである。

従来の航空機で上下移動するためには,操縦桿の前後の動きで舵面を動かし,機体の姿勢を変化させる必要がある。姿勢が上向きになるとそれだけ揚力が増し航空機は上昇する。下降のときはこの逆となる。CCV技術による直接揚力制御を用いると,水平姿勢のままで上下に移動することができる。これは,コンピューターが姿勢を一定に保つように調整しながら,揚力が増加したり減少したりするように舵面を動かし,上下移動を行わせるからである。

左右に移動する場合,従来では機体をバンク(主翼を傾けること)させて旋回しながら移動する。CCV技術による直接横力制御を使えば,バンク無しで「カニの横ばい」のように左右へ移動できるようになる。これもコンピューターが姿勢を保ちながら,横に空気力が発生するように舵面を動かすからである。

これらの新しい運動は無限の可能性を秘めている。戦闘機では,運動性の向上が各種の新しい戦闘局面の展開を可能にすることは論を待たない。旅客機においても,着陸時における進入経路,進入高度の修正や横風の修正などを,直接揚力制御や直接横力制御を用いることにより,容易に行うことができる。(第32図 CCV技術による航空機の運動の例

(4) CCVの現状

CCVの技術を使用した最初の実用機は,米国のF−16戦闘機である。しかし,それは静安定自動補償や操縦性最適化などの機能を持っているが,直接揚力制御や直接横力制御といった機能は持っていない。パイロットは,重力の急激な変化に耐え易いように30度後方に傾いた座席に座り,右のひじ掛けに取り付けられた小さなサイドスティックで操縦する。

更に「YF−16CCV」という計画では,F−16試作1号機の機首下面に垂直カナード翼(先尾翼と訳されている)を装着し,また主翼の空戦フラップを改修した。そしてアナログコンピューターによってそのままの姿勢を保たせ,上下・左右に運動する実験を行った。

フランスでは超音速旅客機コンコルドを母機にして,電気式操縦装置と静安定自動補償の研究が行われた。また,ミラージュ2000戦闘機には,電気式操縦装置が採用されている。英国及び西独においても,

それぞれ超音速練習機ジャガー及びF−104Gを母機にして,CCVの研究が進められている。

わが国においては,対潜哨戒機P2V−7を母機として改造した可変特性研究機において,電気式操縦装置とアナログコンピューターをとう載し,直接揚力制御を新設したフラップのような翼により,また,直接横力制御を別に設けた垂直翼によって行う実験を終了した。

現在進めている研究は,国産のT−2型超音速高等練習機を改造してCCV研究機とし,CCVに関する新しい技術を獲得しようとするものである。

そのため,T−2型機にデジタルコンピューターや電気式操縦装置を新たに備えることはもちろん,主翼前方空気取入口上部に水平カナード翼,中胴胴下に垂直カナード翼をそれぞれ追加し,主翼のフラップをいわゆる空戦フラップにする計画である。このようにして,T−2CCV研究機は,既に説明したようなCCV特有の色々な新しい運動が可能になる。現在計画されているところでは,静安定自動補償,操縦性最適化や直接揚力制御,直接横力制御が可能になる予定で,米国の研究機である「YF−16CCV」と同様の運動機能を有し,性能的にはややそれを上回るものになるだろうと推定されている。

こうしたCCVの研究は,昭和53年度から開始され,現在は主要な風洞試験などを終えて,T−2型機をCCV研究機に改造するためのシステム計画を完了している。そして,計画が順調に推移すれば,昭和57年度の後半に初飛行を予定している。(第33図 T−2CCV研究機の概要

 

(注) ライセンス生産 外国企業が開発し,生産している装備品を,わが国の企業が当該外国企業と技術援助契約を締結した上で外国企業の設計図に基づき国内生産すること。

装備の取得区分

研究開発した例:74式戦車,73式装甲車,対戦車誘導弾(64式,79式(対舟艇)),75式自走155mmりゅう弾砲,対潜飛行艇(PS−1),支援戦闘機(F−1),ジエット中間練習機(T−1),超音速高等練習機(T−2),中型輸送機(C−1)

ライセンス生産の例:35mm二連装高射機関砲(L−90),各種へリコプター,対潜哨戒機(P2V−7,P−3C),戦闘機(F−104J,F−4EJ,F−15J)

輸入の例:艦対空誘導弾(ターター),偵察機(RF−4E),空対空誘導弾(サイドワインダー)

2 イメージホーミング−PGMのかなめ

PGMとは,Precision Guided Munitionsの略称であり,普通は精密誘導兵器と訳されている。大砲の弾丸を点目標に正確に命中させることは大変難しい。ミサイルでは命中率が格段に高まったが,まだ必中とまでは行かない。しかし,昨今の誘導技術の急激な進歩は,人々をしてその行き着く先にミサイルの一つの理想像を描かせずにはおかない。それがPGMであろう。したがって,PGMに確定した定義があるわけではないが,高い命中精度はPGMに不可欠の要件である。これにはホーミング技術が重要な要素を占めており,今注目されているものの一つは,IR−CCDとマイクロコンピューターを組み合せた,イメージホーミングの技術である。

(1) ホーミング技術の発展経過

ホーミングとは,ミサイル自身が目標を判別し,追跡し,それに命中して行くことをいう。

物体の熱輻射が赤外線であることは周知のことである。そして空を飛ぶジェット機は,高温の排気ガスを噴出するので極めて明瞭な熱源である。したがって,初期の赤外線ホーミングミサイルは,ジェットエンジン排気口の近傍に向ってホーミングするものとなった。しかし,排気口の近傍は目標機の前方からは感知できないので,ミサイルは目標機の後方からしか発射できない欠点があった。また,ねらわれた航空機は,「フレア」と呼ぶジェットエンジン排気ガスと同質の「おとり熱源」を発射し,ミサイルを回避する手段をとることもできる。

これに対しレーダーホーミングのミサイルは,電波によって目標を捕捉してホーミシグするので,目標の前方からも発射でき,また電波は,気象条件に左右されにくいということや,有効距離などに優れているという利点を持っている。しかし,相手からの電波妨害によっていわば目つぶしをされ,目標にホーミングできなくなる欠点がある。

これらの欠点にもかかわらず,レーダーホーミング及び赤外線ホーミングは,両者とも今日なおミサイルの主流である。レーダーホーミングがなお有効なのは,電波妨害に対する種々の対抗手段の開発などによりその能力を向上したからである。

一方,赤外線ホーミングがなお有効な理由については,次に説明する。

(2) 現在の赤外線ホーミング技術

まず赤外線の基礎的な事項から説明しよう。赤外線とは,0.76μm(ミクロン:1μmは100万分の1m)から1,000μmまでの波長域の電磁波である。赤外線は大気中を伝わる間に,大気中の水蒸気,炭酸ガス等の分子によって吸収されて減衰するが,その度合は,第34図のように波長によって著しく差があるのが特徴である。2.0〜2.5μm帯,3〜5μm帯及び8〜14μm帯の赤外線は大気中を極めて良く透過するので,この帯域を「大気の窓」と呼んでいる。

一方,温度を持つあらゆる物体は熱輻射を行っており,輻射する赤外線は,高温になるほど波長が短くなって太陽光に近くなり,輻射量も多くなる。逆に温度が低くなると波長の長い光となり,輻射量も減少していく。この関係は,温度が絶対零度(約−273℃)になるまで続く。常温の物体では約10μm近傍の赤外線をピークに輻射している。

さて,初期の赤外線ホーミングに用いた赤外線検知器は,2〜2.5μm帯の赤外線にしか反応しなかった。これは,高温物体の熱輻射にみられる周波数帯である。しかし,今日主流を占めるミサイルの赤外線ホーミング装置は,検知器等の技術が進歩したことにより,3〜5μm帯の赤外線を感知することができる。この帯域の輻射源は,高温の排気口近傍ではなく,もっと温度の低いジェットエンジン排気ガスの中にある。これは前方からも感知できるので,あらゆる方向からミサイルを発射できることになったが,このミサイルも,「フレア」という妨害には弱い。

(3) 精密誘導を実現する赤外線ホーミング技術

ア 赤外線イメージホーミング

今日のミサイルは,妨害がなければ高い命中精度をもっている。しかし,熱源であることだけを感知する赤外線ホーミング装置では,目標と「フレア」の区別がつかない。そこでミサイルに,戦車,艦艇あるいは航空機の赤外線の像を検知させ,その映像をたよりにホーミングさせれば,妨害を,より有効に排除できることになる。これが赤外線イメージホーミングの考えである。

先に常温の物体は,10μmをピークとする赤外線を輻射していることについて述べたが,仮に人間の目が可視光でなく,10μm付近の赤外線によって見ることができるとすれば,可視光で見る風景が輪郭はそのままで,ちがった明暗のコントラストをもってその目に映るはずである。したがってミサイルに,10μm付近の赤外線用レンズで像を結ぶ「目」を考え出せばよいことになる。

イ IR−CCD

赤外線で風景を見る目として,最も有望なのがIR−CCDである。IR−CCDは,まさに赤外線の目としての網膜と視神経をもったものといえよう。

IR−CCDとは,Infra−Red Charge Coupled Deviceの略で,赤外線検知素子とCCDといわれるものを,インターフェイス(結合素子)で結んだものである。

CCDは第35図に示すように,各セルの中にたまっている電荷を,パルス電圧を加える度に順々に送り出すことができる機能を持っている。

IR−CCDの慟きは,まず物体が輻射する赤外線の強弱を,赤外線レンズを通して赤外線検知素子に感知させ,そこに発生する強弱の電荷を,赤外線検知素子に対応するCCDの各セルにインターフェイスを通して蓄える。各セルに強弱の電荷を蓄え終ると,赤外線検知素子とCCDの間を電気的に一たん遮断し,パルス電圧をCCDにセルと同数だけ加える。そうすると強弱の電荷は,順序よく並んだ一列の形として外部ヘ送り出される。送り出された電荷は増幅され所要の信号となる。例えば,横一列に並んだ赤外線検知素子と,これに対応するCCDのセルを考えると,赤外線の強弱に応じた横一列の電気信号の強弱が得られる。この赤外線検知素子と,対応するCCDやセルを何段も積み重ねることにより,2次元の赤外線映像が電気信号の強弱で得られることになる。これで赤外線映像を見るレンズと網膜と視神経は構成されたことになる。あとは,脳にあたるコンピエーターで処理させ,また,ミサイルの操縦舵面を操作させればよい。

これによってミサイルは,自分の目でとらえた航空機,艦艇や戦車などの赤外線映像を,自分で識別して攻撃することができる。

赤外線映像を取り出す技術はほかにもあるが,装置が大きく,かつ複雑な機構となる。IR−CCDとなると,例えばテレビと同じような画質を得るには,その大きさは10mm×10mm以下でよい。IR−CCDは,まだ実用化されてはいないが,面状に配置した赤外線検知素子と,それに対応するCCDとが一体となったIR−CCDができれば,極めてコンパクトになる。その結果,多数の赤外線検知素子の面状配置により,より精密な映像を得ることができる。このようなIR−CCDは,その製作に当たってIC技術が使えるので,出現もそう遠いことではなかろう。

これらの技術については,各国とも熱心に取り組んでおり,防衛庁においても研究を進めているところである。このような技術が実用化されれば,赤外線を利用したミサイルの性能は格段に向上したものとなろう。

3 レーダー技術

レーダー(RADAR)とはRadio Detection And Rangingの略であり,電波を発射して物体からの反射を受け,その存在を探知するとともに,位置標定を行う装置である。レーダーは昼夜の別なく,また気象にもさしたる影響を受けることなしに物体を探知し,その位置を標定することができる。そして,防空用レーダーはもちろんのこと,レ−ダー照準による火砲の射撃やミサイルの誘導を行う射撃管制用レーダー,気象用レーダー,航空保安用レーダーなど,用途に応じた各種のレーダーが装備されるに至っている。

(1) 初期のレーダーの原理

レーダーは,放物曲線面を利用したパラボラアンテナによって,電波をファン型あるいはペンシル型のビームに形成して空中に送信し,物体からの反射電波を受信することにより,その物体までの距離,方位,高度を測定する。距離は電波の往復時間から算定する。レーダーでは,一般にマイクロセカンド(100万分の1秒)単位の極めて短時間に区切った電波(パルス)を送信し,その反射波を受信してその間の時間を測定する。パルス送信は,数ミリセカンド(1,000分の1秒)単位の間隔で繰り返されているから,反射パルスは次のパルス送信の前に受信される。パルスではなく,連続波を用いたレーダーもあるが,その場合は一定時間内に周波数を変えることによって,いわば電波に目印を付けることによって住復時間の測定を可能にしている。方位は,「うちわ」を横にあおぐ形のファンビームを形成してアンテナを回転させ,反射波が受信された時のアンテナの方位によって測定する。また高度は,「うちわ」を上下にあおぐような形のファンビームを形成してアンテナを上下させ,受信した仰角から測定することができる。したがって空中目標の3次元の諸元を得るためには,距離,方位を測定するレーダーと,高度を測定するレーダーの2台が必要である。(第36図 パルスレーダーの原理

(2) 3次元レーダー

前述のレーダーに対し,1台のレーダーで空中目標の距離,方位及び高度を同時に測定しようとするものが3次元レーダーである。

防衛庁では,昭和37年度から昭和43年度にかけて,諸外国に例のない斬新な国産技術による3次元レーダーを研究開発し,米国とほぼ同時期に配備を開始した。3次元レーダーの方式は数種類あるが,防衛庁で開発した3次元レーダーは次の2つの方式である。

ア 位相差方式

この方式は,第37図に示すように複数のパラボラアンテナを縦方向に配列し,送信はそのうちの一枚のアンテナからファンビームを送信し,目標からの反射電波を複数のアンテナで受信する。送信から受信までに要した時間から距離を測定し,また,上下に並んだアンテナで受信するほんのわずかの時間差,すなわち電波の位相(足なみ)の差によって目標の仰角,すなわち高度を測定することができる。また,方位については,アンテナの機械的な回転方位角から測定する。

イ ペンシルビーム高速走査方式

この方式は,第38図に示すように細いペンシルビームを用い,仰角方向を電子的に高速で上下に振りながら電波を送受信して,送信から受信に要した時間,ビームの仰角及びアンテナの機械的な回転方位角により,空中目標の3次元情報を得ることができる。

この方式は,アンテナの構造を比較的小さくできる利点がある。また,これは次に述べるフェーズドアレイレーダーの原理を応用したものである。

以上のような3次元レーダーは,防空レーダー網の構成に不可欠のものであり,また,数多くの新技術が応用された,わが国における最大規模のレーダーシステムである。

(3) フェーズドアレイレーダー

フェーズドアレイレーダーは,電波ビームの方向をコンピューターの指令により高速で空間を走査させ,目標の位置,移動方向,速さ等の情報を瞬時に得ることのできる,最も進歩したレーダーといえる。このレーダー用アンテナの理論は新しいものではないが,実用化に至らなかったのは,電波ビームの方向を高速走査させるために必要な,高性能の移相器(電波の足なみを進めたり,遅らせたりする電子部品)が開発されなかったためである。しかし,電子技術の進歩の結果,所望の性能の移相器が実現された。

フェーズドアレレイレーダーの用途は,人工衛星や1CBM監視を目的とする大規模な戦略レーダー,火砲や小型ミサイルの射撃管制用レーダーなど,多方面にわたりつつある。

わが国においては,フェーズドアレイレーダーを用いたのは防衛庁が最初であり,L現用の移動用3次元レーダー,対砲レーダー装置のほか,昭和54年度に開発を完了したものとして,短距離地対空誘導弾の射撃管制用フェーズドアレイレーダーがある。

(4) 最近のレーダーに関する研究

ア アクティブ・フェーズドアレイレーダー技術

前項で述べたフェーズドアレイレーダーは,パッシブ型といわれるものである。パッシブ型は,世界的にみてアクテイブ型より先に研究開発され,実用化された。しかし,パッシブ型では,比較的大きな尖頭送信電力が移相器を通過するため,耐電力の高い移相器が必要となり,寸法も大きく高価なものとなる。

アクテイブ型では,各素子アンテナに移相器のはか送信電波の増幅器を取り付け,信頼性の高い小電力信号発生器からの小さな送信信号を,移相器で電波の足なみをそろえたのち,増幅器で増幅して素子アンテナから送信するようにしている。この方式では,移相器の耐電力は小さくてよく,更にパッシブ型に比べ,多数のモジュール化された各送受信増幅器に機能が分散されているため,全体として高い信頼性や良好な整備性を得ることができる。また,モジュールの半導体化による電源負担の軽減や,小型軽量化を図るためにもアクティブ型は有効である。

防衛庁においては,アクティブアンテナ素子モジュールを,マイクロ波半導体及び集積回路で構成し,このようなモジュールを多数組み込んだ,実験用のアクティブ・フェーズドアレイレーダーを開発している。(アクティブ・フェーズドアレイアンテナのモジュールの外観)(アクティブ・フェーズドアレイレーダーのアンテナ装備の外観

イ レーザーレーダー

電波レーダーは,適度なビーム幅やパルス幅があり,また,空中での減衰が少ないなどの特徴により,広範囲にある遠方の目標を探知するのに都合がよい。しかし,このような比較的広いビーム幅やパルス幅では,相互に接近した多数目標を区分できず,目標以外の陸地,海面,雲等からの反射波(クラッタ−)も混入する。このような電波レーダーの特性のため,射撃管制用レーダーとして使用するには限界がある。そこでレーザー光を用いたレーダーが注目されることになる。レーザー光の最も大きな特徴は,電波に比べてビーム幅もパルス幅も著しく狭くできることである。狭ビーム幅,狭パルス幅によって,相互距離の近い多数の目標を,1目標ずつ区別することもできるし,また,1つの目標だけを照射することも可能である。したがって,クラッターに邪魔されることもないので,地上の戦車や低空を侵入する航空機,ミサイルなどの捕捉や追尾が容易となる。

レーザーレーダーとしては一つの波長を使うことで足りるが,もっと積極的に,複数の波長のレーザー光を送信用光源として用いれば,対空用としては,空気中で最も良く透過する波長を,また対地用としては,目標とその背景の樹木等との分離が最適となる波長を選択して,目標を捕捉し追尾する能力を更に高めることができる。

電波レーダーもレーザーレーダーも,それぞれ特徴を持っており,レーザーレーダーが電波レーダーにとって代わるものではなく,用途により使い分けられるものである。電波レーダーによって遠くで探知した目標を,目標が近づくにつれてレーザーレーダ−に移し替え,このレーザーレーダーと射撃装置を連動させるといった組合せも,一つの方法である。

防衛庁においては,これらの目標追尾精度の高い,高分解能レーザーレーダーについての研究を進めているところである。

 

(注) フェーズドアレイレーダー

近接した複数の小型アンテナから、同じ周波数の電波を発射すると、電波が相互に干渉してある方向に強め合う(あるいは弱め合う)現象を生じ、アンテナ数を増加するとこの傾向が強くなる。フエーズドアレイレーダーはこの現象を応用したものであり、規則正しく配列した小型アンテナの各々に、一定の規則にしたがって変化させた位相の電波を供給することにより、指向性をもった電波を形成し、かつその方向を自由に変化させるものである。

このようにして、フェーズドアレイレーダーは、アンテナを回転させないで前面の空間を捜索することができる。

第4章 防衛問題をとりまく国内環境

 わが国の安全を確保するための防衛面の努力としては,既に述べたとおり,防衛力の整備と日米安全保障体制の円滑かつ効果的な運用態勢の保持が不可欠であるが,更にこれと併せて,防衛問題をとりまく国内環境の整備,すなわち,防衛力を支え,防衛力を真に有効に発揮させるための防衛に関する国民的合意,国民の防衛意識の高揚,防衛関連諸施策の推進などが必要である。

 防衛に関する国民的合意は,防衛の基礎であり,この合意がなくては防衛は成立しない。わが国では,第2次大戦での苦い経験や戦後長い平和を享受していることから,国民の間に,防衛問題に対して感覚的に受け入れなかったり,あるいは無関心な人々が存在することは否めない。これは,現代の防衛問題が政治や国際関係と複雑に絡んでいること,軍事技術の進歩とそれに伴う戦略の変化など一般の人々の理解を困難にする要因を持っていることなどによっても影響を受けているものと思われる。

 しかしながら,ソ連のアフガニスタン軍事介入等最近の中東をめぐる情勢の緊迫や日本固有の領土である国後,択捉及び色丹各島へのソ連地上軍配備,空母「ミンスク」,揚陸強襲艦「イワン・ロゴフ」の極東配備などの影響により,わが国の防衛に関する国民の関心はとみに高まりつつある。

 今後更に防衛に関する論議が広く行われることにより,国民の防衛意識の高揚と防衛に関する合意の確立が期待されるところである。

 本章においては,政治の新しい動き,国民と自衛隊との交流及び防衛施設と周辺地域との調和について紹介する。

第1節 故冶の新しい動き

 最近の国内外情勢の顕著な動きを背景として,国民の防衛問題に関する理解と関心が高まりつつあることは前に述べたとおりである。特に国内政治における政党間の連合政権構想の合意という動きの中で,防衛問題についても,国際情勢の現実に即した考え方がとられるようになってきた。

 一方,先の第91回国会において,国の安全保障に関する諸問題を調査し,その対策を樹立するための「安全保障特別委員会」が衆議院に設置された。

 以下この2つの政治の新しい動きについて述べる。

1 諸政党の防衛政策の新しい動き

国の平和と安全の問題については,武装と非武装,集団安全保障と中立,日米安全保障体制の維持と解消など,正反対の主張があり,防衛問題について十分な国民的合意を得ることはなお困難な状況にある。しかし,最近では,国内外情勢の変化に対応して,政党の中には,防衛政策に関する新しい動きがみられる。特に,公明党と民社党及び社会党と公明党の間において連合政権に関する構想が合意されたが,それらの中における防衛政策は,注目すべき動きと考えられる。

公明党と民社党は,「昨年12月,両党の中道政権構想協議会において「中道連合政権」構想の合意に達した。発表された同構想によれば,日米安全保障条約と自衛隊に関し,次のように述べている。

○ 「日米安保体制の解消を可能にする国際環境づくりに努力し,日米安保条約は,国連の集団安全保障機能の現状からみてわが国を取り巻く国際情勢の急激な変化を避けるため,当面は存続する。」

○ 「わが国の自衛隊については,改編の可否について検討する余地を残して,差し当たり領土・領海・領空の保全のための専守防衛に厳しく任務限定し,シビリアン・コントロールを強化して,これを保持する。」

一方,社会党と公明党は,本年1月,両党の政権協議委員会において,「連合政権」について合意した。発表された合意文書によれば,日米安全保障条約と自衛隊に関し,次のように述べている。

○ 「日米安保体制の解消をめざし,当面それを可能とする国際環境づくりに努力する。将来,日米安保条約の廃棄にあたっては,日米友好関係をそこなわないよう留意し,日米両国の外交交渉にもとづいて(10条手続きは留保)行うこととする。」

○ 「軍事力増強,軍国主義復活につながる有事体制は行わず,当面,自衛隊はシビリアン・コントロールを強化することとし,将来,国民世論と自主・平和外交の進展などの諸条件を勘案しながら,その縮小・改組を検討する。

これらの政治の新しい動きは,わが国の安全保障政策がより現実的かつ具体的な観点から検討される基盤の形成に大きく一歩を進めることになるものと考えられる。

2 国会における安全保障特別委員会の設置

国会に防衛ないしは安全保障問題を専門的に審議するための委員会を新設する問題については,従来から種々論議されてきたところであるが,最近における安全保障問題に対する国民の関心の高まりを背景として,本年4月初め,衆議院本会議において,衆議院に「安全保障特別委員会」を設置することが議決され,同月末,第1回の同特別委員会が開催された。同特別委員会の設置目的は,「日米安全保障条約及び自衛隊等国の安全保障に関する諸問題を調査し,その対策を樹立する」こととされており,国会において防衛ないし安全保障問題を専門的に審議する委員会が設けられ,政治の場において,現実的かつ積極的な防衛論議が行われることは,防衛問題に対する国民的合意を形成する上において誠に有意義なことといえよう。

以上述べた2つの動きは,いずれも国民が防衛の必要性を認識するとともに,自衛隊に対する理解を深め,更に防衛に関する国民的合意が形成されることに大きく寄与するものと考えられる。

第2節 国民と自衛隊との交流

 自衛隊は,通常,防衛出動,治安出動,海上における警備行動に備えて訓練を行い,また,領空侵犯に対する措置をはじめ警戒監視及び情報収集活動を実施しているが,これらの防衛面の活動のほか,その組織,装備,能力などを生かして災害派遣や部外協力などの活動を広く積極的に実施している。これらの活動は,また,国民と自衛隊との交流やふれあいの場を提供し,防衛力を真に国民的基盤に立脚したものとすることに大きく寄与するものと考える。

 本節では,災害派遣及び部外協力について,その現状を紹介する。

1 災害派遣

(1) 災害派遣の実施状況

自衛隊は,台風,豪雨,豪雪,地震などの天災地変その他の災害に際し,人命又は財産を保護するため,関係防災機関と常に密接な連絡を保ちながら,水防活動,消火活動,給水支援,遭難船舶,遭難航空機及び行方不明者の捜索救助,急患及び緊急救援物資の輸送などの災害派遣を実施している。

昭和26年以来55年3月末までの間,台風,集中豪雨,豪雪などの災害に対する自衛隊の災害派遣件数は約14,000件を数え,作業に従事した隊員は延べ約385万人に達している。昭和54年度における主な災害派遣は,昭和54年6月16日から8月7日までの豪雨による災害に際し,陸・空自衛隊が岩手,奈良,愛媛,福岡,熊本,大分,宮崎の7県に人員延べ約6,100人,車両延べ約800両,航空機延べ約30機を派遣し,行方不明者の捜索,住民の避難,給水支援,人員・物資の輸送,堤防の補強・補修,土のうの作成などの作業を行ったものである。最近の災害派遣の実績及び主要災害派遣の実施状況は,資料38,39のとおりである。

特に,船舶,航空機の救難に対しては,救難飛行艇(US−1),救難捜索機(MU−2)及び救難へリコプター(S−61A,S−62,V−107)を含め,一定の数の艦艇,航空機を各艦艇基地や航空基地において直ちに発進できる態勢で常時待機させており,このことは,また,離島やへき地などにおける救急患者の空輸などにも即応できる態勢となっている。例えば,沖縄県をはじめ奄美大島以南の離島については,航空機による救急患者の空輸を年平均160件実施しており,医療施設に恵まれない離島における民生の安定に多大の役割を果している。

わが国は,台風,豪雨,豪雪,地震,噴火など自然災害が多く,また,離島やへき地が多い地理的環境にあり,更に,エ業化や都市過密化の進展により災害のもたらす危険がますます多くなっている今日,自衛隊による災害救援活動はその重要性を一層増していくであろうし,また,国民このそれにかける期待も大きいと考えられる。一方,隊員の側からみたこれらの活動は,被災した一般国民と苦労や困難を共七にすることにより,隊員が国民生活の安全に寄与しているという誇りと生き甲斐を実感する場となり,士気を高揚し国民の信頼感を高めるよい機会となっている。自衛隊は,今後とも,国民の期待と要請にこたえ,災害派遣を通じて,民生の安定に寄与することとしている。(海難救助を実施中のV−107Aヘリコプター)(災害派遣において住民をボートで救出する隊員

(2) 大規模震災に備えて

ア 大規模地震対策特別措置法に基づく措置

大規模地震災害についての国民の関心の高まりや地震予知の研究が進んできたことにより,昭和53年12月「大規模地震対策特別措置法」が施行された。この法律は,大規模な地震が発生した場合に大きな被害が生ずるおそれがある地域を内閣総理大臣が「地震防災対策強化地域」として指定し,その地域について地震防災のための計画をあらかじめ作成して大規模震災に備えることとしたものである。更に,地震発生が差し迫ったと判断される場合は,内閣総理大臣が警戒宣言を発し,それを受けて関係機関等はあらかじめ作成された計画に従って地震防災応急対策を実施し,地震による被害の防止又は軽減を図ることとしている。

昨年8月,この法律に基づいて,静岡県を中心とする東海6県の170市町村が「地震防災対策強化地域」に指定され,同年9月には同地域に関する地震防災基本計画が中央防災会議で決定された。これらの措置に基づき,防衛庁としては,「地震防災派遣」や「災害派遣」に備える体制を整備することになったものである。

イ 自衛隊の大規模震災に対する措置

(ア) 大規模震災発生前の地震防災派遣

警戒宣言が発せられた場合,自衛隊は国の地震災害警戒本部長(内閣総理大臣)の要請により,関係機関が行う地震防災応急対策の支援に当たることとなった。これは「地震防災派遣」として新たに自衛隊の任務となったものである。従来の災害派遣が「天災地変その他の災害」が発生した場合に,都道府県知事等の要請により救援のため出動するものであるのに対し,地震防災派遣は,災害発生前に地震災害警戒本部長の要請により出動するという点において性格を異にするものである。

地震防災派遣として実施する支援活動の具体的内容については,へリコプター等の航空部隊を主力とした次のようなものが考えられている。

○ 航空偵察による警戒宣言発令後の道路,鉄道の状況,住民等の避難状況のは握

○ 医療品,食糧等緊急物資の輸送

○ 防災関係者等人員の輸送

(イ) 大規模震災発生後の災害派遣

自衛隊の通常の災害派遣は,駐とん地司令等が所在地の都道府県知事等からの要請を受けて実施しているものである。東海地震のような大規模震災が発生した場合の災害派遣については,相当規模の人員,装備をもって広域にわたり救援活動を実施する必要があるので,通常の災害派遣の特例として,防衛庁長官の命令により,方面総監等の上級の部隊の長が実施するものとし,自衛隊の総合力を発揮して救援活動を実施することとした。このため,都道府県知事等からの災害派遣の要請も,原則としてこれら上級の部隊の長が受理することとなる。

ウ 昭和54年度総合防災訓練

昨年11月16日,中央防災会議の主催により,東海地域に大規模地震が発生するおそれのある異常を発見したとの想定のもとに,関係省庁,指定公共機関,地方自治体等が参加して,大規模地震対策特別措置法施行後初の総合防災訓練が実施され,同法に基づく一連の地震防災応急対策の実施訓練及び発災後の災害応急対策に係る訓練が行われた。自衛隊は,国土庁で実施された訓練地震災害警戒本部等の設置及び運営の訓練に参加したほか,陸上及び航空自衛隊が,静岡県及び愛知県で行われた訓練に参加した。

防衛庁は,今後とも大規模震災に備える体制の整備を積極的に図っていくこととしている。

2 部外協力

(1) 不発弾,機雷などの危険物の処分

陸上自衛隊は,第2次大戦中わが国に投下された爆弾が不発弾として発見された場合その処分に当たっている。

海上自衛隊は,第2次大戦中わが国の港湾,水路等に敷設されたばく大な数の機雷の掃海を実施し,航路の啓開に当たってきたが,現在も残存機雷の掃海業務を続けている(資料37参照)。

(2) 土木工事等各種事業の受託

自衛隊は,訓練目的に適合する場合には,国や地方公共団体の委託を受けて,道路の建設,学校,公園,その他の用地の造成などの土木工事,へき地における医療事業,輸送事業その他の事業を行っている。

また,自衛隊は,任務遂行に支障を生じない限度において,部隊や学校での部外者の教育訓練の委託を受けて,航空機の操縦士や救急に従事する人などの技術者の教育を実施している(資料34,35,40参照)。

(3) 運動競技会に対する協力

自衛隊は,関係機関から依頼された場合,任務遂行に支障を生じない限度において,オリンピック競技大会や国民体育大会のような国際的,全国的規模又はこれらに準ずる運動競技会の運営について,式典,通信,輸送,音楽演奏,医療,救急,会場内外の整理などの面で協力している(資料41参照)。

(4) 南極地域観測に対する協力

自衛隊は,国が行う南極地域における科学的調査に対し,輸送その他の協力を行うこととなっており,海上自衛隊は昭和40年度(第7次)以降,へリコプターとう載の砕氷艦「ふじ」により,本邦と昭和基地との間における観測隊員,観測資材,基地資材,食糧等の輸送を毎年実施してきたが,これまで全て所期の目的を達成している。昭和50年度以降の実績は第8表のとおりである。

昭和54年度(第21次)南極地域観測における協力の状況は,次のとおりである。

砕氷艦「ふじ」は,昨年11月21日東京を出港,例年どおりオーストラリアのフリーマントルに補給のため寄港,また,西豪州入植150年記念行事に招待されていたことからこれに参加して国際親善の実をあげ,12月29日南極大陸の氷縁に到着した。氷状は,例年に比べて良好であり,順調に砕氷航行して昭和基地周辺まで進入することができ,本年1月2日昭和基地から約18海里の地点で,とう載しているS−61ヘリコプター2機による本格空輸を開始し,その後,1月17日同基地の約8海里まで更に近づいた。天候は,1月中旬に4回連続してブリザード(極地特有の暴風雪)にみまわれ,空輸のできない日が約10日間あったが,同月下旬以降はおおむね安定した好天に恵まれ,2月3日までに257往復の空輸を行うことができた。この結果,予定した資材,食糧等約450トンの物資の空輸を完了した。同艦は,2月11日氷縁を離脱して,当初の予定どおり4月19日帰国し,第21次南極地域観測に対する協力を終了した。

なお,就役後15年を超えた「ふじ」の老朽化,観測規模の拡充,発展による輸送物資量の増等に対応するため,新しい砕氷艦が昭和54年度に4年計画で建造されることとなった。この新砕氷艦の建造費は,南極地域観測関係予算として文部省に計上されたが,「ふじ」と同様に自衛艦として建造されることから,防衛庁が当初から新砕氷艦の設計等の作業を進めてきた結果,本年1月,基本設計を決定するに至った。その主要要目は第9表のとおりである。

この新砕氷艦は昭和57年秋に完工し,乗員の訓練及び諸試験を行ったのち,昭和58年度の第25次南極地域観測から支援業務に就く予定である。(南極で空輸作業中のヘリコプターと砕氷艦「ふじ」

(5) その他の活動

ア 航空機による海氷観測業務の協力

北海道のオホーツク海沿岸から根室海峡及び釧路南東海域においては,毎年12月下旬頃から4月上旬頃まで海氷によって,これらの海域の全部又は一部が閉鎖される。この間,海上交通及び漁業操業オホーツク海で海氷観測を実施中のP−2J対潜哨戒機には大きな危険を伴うので,気象庁は,これらの海氷に起因する海難を未然に防止するため「海氷予報業務」を行っている。これに対し,昭和32年以来継続して自衛隊は航空機による海氷観測の協力を行ってきた。

この協力は,毎年12月下旬頃から翌年の5月中旬頃までの5か月間,海上自衛隊機による洋上観測を主体とし,これに陸上自衛隊機及び航空自衛隊機の沿岸観測を加え,期間中約45回の海氷観測を行っているものである。

なお,この航空機の観測結果は,関係気象官署にすみやかに通報され,当日の夜のテレビにより全北海道に放映されて,関係住民の災害防止に大きく貢献している。

このほか,自衛隊は,気象庁の要請に応じ,各地の火山観測業務に対する協力を行っている。(オホーツク海で海氷観測を実施中のP−2J対潜哨戒機

イ 放射能調査めための集じん飛行

内閣に設置される放射能対策本部の行う原水爆実験などに伴う放射性降下物の調査に資するため,昭和36年以来,自衛隊は,航空機上による集じん飛行を定期的に実施している。これは,航空自衛隊のジェット機により,中部日本において,毎週1回,北部及び西部日本において,月1回,それぞれ定期的に行っているものであり,もちろん新たな原水爆実験が行われた際には,臨時に,調査の必要性に応じ実施されるものである。(集じん装置をつけたF−4EJ要撃戦闘機

ウ 航空測量に対する協力

建設省の国土地理院と防衛庁との航空測量の協力業務実施に関する細目協定に基づき,防衛庁は,昭和35年以来,航空測量に対する協力業務を実施している。

これは,海上自衛隊徳島教育航空群が国土地理院から引渡しを受けたB−65P機の運航,管理及び整備を行い,年間の航空測量実施計画に従い,国土地理院の航空測量員をとう乗させて航空測量のための飛行を実施し,陸上自衛隊の第101測量大隊が写真処理の支援を行うほか,陸・海・空各自衛隊の各航空基地が航空測量機に対する基地支援を実施するというものである。

昭和35年度以来昭和54年度までの20年間の航空測量の実績は,面積21万3千km2延べ撮影距離6万4千kmに達している。

以上のほか成田空港開港に伴い,外務省からの協力要請に基づき,昨年6月の東京サミット会議にみられたように,わが国の国賓,公賓などの成田空港から羽田空港又は都心等までの自衛隊機による輸送支援などの活動も行っている。

第3節 防衛施設と周辺地域との調和

 自衛隊や米軍が使用する飛行場,隊舎,演習場,港湾,通信所などの防衛施設は,わが国の平和と独立を守り,国の安全を保つため,人員,装備と並んで防衛力の基盤となるものであるが,これら防衛施設の安定的使用と周辺地域の民生安定との調和が保たれ,地域住民の理解と協力が得られて,はじめてその機能を十分発揮することができる。

 このため,防衛庁としては,防衛施設の設置又は運用に当たり,その地域の特性に十分配慮するとともに,周辺住民の生活の安定と福祉の向上に寄与することを目的として「防衛施設周辺の生活環境の整備等に関する法律」(昭和49年制定)などに基づき,種々の施策を積極的に講じており,昭和54年度における実施状況は第10表に示すとおりである。

 昭和55年度予算におけるこれら施策のための経費は,1,294億円で,これは前年度に比べ9.9%の伸びであり,10年間で6倍以上となっている(資料50参照)。

 このほか,自衛隊及び米軍の活動から生じる大気の汚染,水質の汚濁などについても,これらを防止するため,環境保全対策に努めている。

 本節では,これら施策の主なものについて紹介する。

1 障害防止工事の助成

自衛隊や米軍は,その任務達成のために演習場,飛行場などの防衛施設を使用して演習,訓練などを実施しているが,これらの活動により防衛施設周辺住民の生活や活動にとって重要な公共施設に障害が及ぶことがある。例えば,機甲車両などのひん繁な使用によって道路の損傷を早めたり,射撃訓練による演習場内の荒廃によって当該地域の保水力が減退し,付近の河川に洪水が生じやすくなったり,あるいは,かんがい用水が枯渇するような事態が生じるとか,航空機騒音や射爆撃音によって学校教育や病院の診療に迷惑をかけるというようなことが生じる。

このような場合,市町村などが,これらの障害を防止し,又は軽減するために道路や河川の改修,砂防えん堤などの建設,学校,病院などの防音工事,共同のテレビ受信アンテナの設置といった障害防止工事を行うときは,国は,これら工事に要する費用を助成することとしている。

 (障害防止対策助成事業の例

2 飛行場等周辺の航空機騒音対策

航空機による騒音防止対策として,学校,病院などの防音工事の助成が行われることは,前に述べたとおりであるが,特に飛行場周辺における生活環境保全に対する周辺住民の意識の高まりにより,幅広い騒音防止策の必要性が生じてきている。従来から消音装置の設置,滑走路の移動などの音源対策に努めており,また,飛行に当たっても早朝,夜間における飛行の自粛など飛行時間の規制,人家の密集地をできるだけ避けた飛行経路の設定,飛行高度の規制などにも努めている。

しかし,夜間飛行による練度の維持も任務達成のためには必要であり,また,飛行経路の安全性などを考慮した場合,これらの対策にはおのずから限界がある。

このため,防衛庁としては,航空機騒音の対策として,周辺地域の生活環境の整備等を進める必要があり,航空機の音響に起因する障害の度合に応じ,飛行場などの周辺地域に第1種,第2種及び第3種区域を指定し告示することとしている。第1種区域に所在する住宅については,防音工事の助成を行い,第2種区域に所在する住宅等を第2種区域以外のところに移転するような場合には,これら住宅等の移転に要する費用を補償するほか,移転を容易にするため,地方公共団体等が移転先地の道路,水道,排水施設などの公共施設を整備しようとする場合,これについて助成の措置をとることとしている。更に,第3種区域は,飛行場と市民生活の場との間に緩衝地帯を設け,騒音を緩和するための区域であり,この区域内においては,国が土地を買収し,芝を張り,あるいは植樹を行うなどして緑地帯として整備することとしている。

 また,国が買い入れた土地を地方公共団体が緩衝地帯にふさわしい広場などの用に供するときは,これを無償にすることもできることとしている。(住宅防音助成事業の例)(緑地帯等整備事業の例

3 民生安定施設の助成

前に述べた障害防止工事の助成,住宅防音工事の助成及び住宅等の移転補償等の措置は,一般日常生活に例をみないような自衛隊や米軍の特殊な行為により生ずる周辺住民の生活や教育活動の面での障害を防止し,又は軽減しようとするものであるが,更に自衛隊や米軍の特殊な行為に限らず「防衛施設の設置又は運用」の結果として周辺住民の生活又は事業活動を阻害する場合を考慮し,その障害の緩和に資するため,地方公共団体が生活環境施設や事業経営の安定に寄与する施設の整備計画に対し,国はその費用の一部を助成しようとするものである。

このような事例を若干あげてみると,次のような場合があり,助成の対象施設は多岐にわたっている。

 演習場の荒廃等により,周辺住民が飲料水として使用してきた湧水や流水の減少が生じてきているため,市町村が水道施設を設置する場合

 航空機騒音のある地域で,児童の下校後の学習,青少年に対する社会教育あるいは集会を静穏な環境で行えるようにするため,市町村が学習などのための供用施設を設置する場合

 飛行場又は演習場の周辺における既設の有線ラジオ放送施設等による放送が航空機騒音又は砲撃音により聴取困難となっているため,有線ラジオ放送施設の増設又は改良を行う場合

なお,補助の割合については,この助成が,防衛施設の設置・運用により生ずる障害の緩和のための措置であり,一般行政における補助割合よりは高くなっている。(民生安定施設助成事業の例

4 特定防衛施設周辺整備調整交付金の交付

ジェット機が離着陸する飛行場,砲撃や射爆撃が行われる演習場などの防衛施設は,その設置又は運用が周辺地域の生活環境や開発に著しい影響を及ぼしており,このため関係市町村は,行政区域内の公共施設の整備に特段の努力を余儀なくされている実情にある。

このような関係市町村の実情を特に配慮して,その町づくりに寄与するため,国は,今述べた防衛施設及び市町村をそれぞれ特定防衛施設及び特定防衛施設関連市町村として指定した上,その市町村に対し,公共用施設(交通施設,医療施設,教育文化施設等)の整備の費用に充てさせるための特定防衛施設周辺整備調整交付金を交付することとしている。

5 その他の施策

以上の各種の施策のほか,自衛隊や米軍の航空機による離着陸,機甲車両などの使用,射撃,爆撃などの行為により,従来から農業,林業,漁業等を営んでいた者が,その事業の経営上損失を受けたときは,国がその損失を補償することとしている。