第3部

わが国防衛の現状と問題

第1章 防衛力の整備

第1節 昭和54年度における防衛力整備の概要

 わが国は,第2部で述べたとおり,4次にわたる防衛力整備計画により整備された防衛力を基礎とし,昭和52年度以降「防衛計画の大綱」などに基づき防衛力の整備を進めている。

 本節においては,主として,昭和54年度における防衛力整備の内容について説明することとし,従来から懸案となっていた早期警戒機としてE−2Cを選定し,昭和54年度以降整備することとなったので,特に,その必要性,機種選定理由などについても述べることとする。

1 防衛の態勢の整備

 昭和54年度の防衛力整備に当たっては,前年度に引き続き,戦車,艦艇,航空機などの主要装備の更新近代化,後方支援態勢の充実など,防衛力の質的向上を重視するとともに,健全で精強な自衛隊を育成,維持することを主眼としている。

 また,今年度は「防衛計画の大綱」に準拠して防衛力整備を行う第3年度目であるため,大綱に示されている防衛の態勢及び陸・海・空自衛隊の体制に照らして欠落している機能の整備を急ぐこととしている。

 この結果,昭和54年度における防衛関係費の総額は2兆945億円で,前年度比10.2%増,政府経済見通しによる国民総生産に対する比率では0.9%となり,厳しい財政事情の下にあって前年度並の水準を維持した。しかし,一般会計予算に占める割合は5.4%(昭和53年度5.5%)となり,前年度を下回っている(資料12〜14参照)。内容的には戦車,火砲,艦艇,航空機などの装備の近代化を進め,質的な充実向上を図るとともに,後述するように「警戒のための態勢」,「指揮通信の態勢」,「後方支援の態勢」,「教育訓練の態勢」などの充実にも配意されている。

 昭和54年度末の勢力見込みと大綱「別表」との比較については,第2表に示すとおりであり,規模的には陸上自衛隊の1個機甲師団,1個混成団,海上自衛隊の対潜水上艦艇部隊(地方隊)1個隊,潜水艦部隊1個隊,航空自衛隊の警戒飛行部隊などの不足がみられるが,機能的にみて基幹部隊のうち欠落しているのは,航空自衛隊の警戒飛行部隊のみである。昭和54年度は,陸上自衛隊では主要装備の整備などを,海上自衛隊では艦艇などの整備を,航空自衛隊では警戒飛行部隊用E−2Cの整備などを行い,「防衛計画の大綱」に定める防衛の態勢を,経済財政事情等を勘案し,国の他の諸施策との調和を図りつつ,できるだけ早期に達成したいと考えている。

 

 以下,主要装備を主体として構成される正面防衛力及び後方支援体制の整備状況について,その概要,必要性などを含め,「防衛計画の大綱」に示されているわが国が保有すべき防衛の態勢との関連において説明することとする。

(1) 警戒のための態勢

専守防衛を旨とするわが国にとっては,周辺海空域を行動する艦船,航空機の動静など軍事的動向について常に警戒監視を行うとともに,国際関係の動き,各国の軍事情勢など世界の動向に関する情報を常に収集し,情勢の変化に弾力的に対応し得ることが極めて重要である。特に,「防衛計画の大綱」においては,「限定的かつ小規模」な侵略までの事態に有効に対処し得ることを目標とするとともに,情勢に大きな変化が生じた際には,新たな防衛力の態勢に移行することとされているため,わが国の領域及びその周辺海空域の警戒監視並びに必要な情報収集を常続的に実施し得ることが,従来以上に重要性を増したといえる。

わが国周辺海空域における監視については,現在,全国28か所に置かれたレーダー・サイトをはじめ,主要な海峡,港湾などに所在する沿岸監視隊,警備所などにより,更には艦艇及び航空機をもって常続的に実施している。

昭和54年度においては,老朽の警戒監視用レーダーの換装など装備の近代化を図るとともに,従来から問題となっていた低空からの侵入に対し十分に対処し得ない地上レーダーの欠点を補完するため,早期警戒機としてE−2Cを選定し,今年度から整備に着手することとした。E−2Cの整備について,その必要性,機種選定の理由など詳しくは後述する。

沿岸監視隊又は警備所による監視には,天候などによる制約があることなどから,これを補う措置として,昭和53年度以降,津軽,対馬両海峡に水上艦艇を常続的に配備することにより,諸外国の艦船の装備,動向などに関する情報の入手に努めている。また,広大な周辺海域を行動する艦船の動向をは握するための対潜哨戒機による監視飛行は,監視海域を今年度から更に広めて実施している。

このほか,国外からわが国上空に飛来する各種の電波を収集し,これを整理分析して,わが国の防衛に必要な情報資料の作成にも努めているところである。

また,在外公館に防衛駐在官を置いて,国外の軍事情勢をは握することとしており,今年度は1か国(ルーマニア)を増し,合計22か国に駐在させることとした。

情報,警戒機能については,以上のとおり強化に努めているところであるが,その重要性にかんがみ,今後とも努力する必要があると考えている。

なお,昨年夏以来,わが国固有の領土である国後,択捉両島におけるソ連地上軍の再配備などに対しては,重大な関心をもって注目しているところであり,今後とも引き続き監視を強化していくこととしている。(ソ連カシン級ミサイル駆逐艦(手前)を監視中の海上自衛隊護衛艦(対馬海峡東水道)

(2) 侵略等の事態に対処する態勢

ア 陸上防衛

(ア) 陸上自衛隊は,わが国土における陸上侵攻に対処することを主たる任務としているが,この任務を有効に遂行するためには,「防衛計画の大綱」に定める体制及び規模を確保し,陸上防衛力の基幹たる人的勢力のほか,戦車,火砲,対戦車誘導弾,地対空誘導弾などによる火力及び戦車,各種車両,へリコプターなどによる機動力といった各種の能力を平時から保有し,その能力が有効に機能し得る態勢を維持していかなければならない。そして,これらの各種装備がバランスよく整備され,総合的に運用されて初めて陸上防衛力としての効果的な能力発揮が可能となるものである。

このため,陸上自衛隊は,装備の近代化,即応態勢の強化などを重視して逐次防衛力の整備に努めているところであるが,昭和54年度は,引き続き,装備の充実向上,更新近代化を図るとともに,人的面における防衛力の充実に留意することとしている。

(イ) 人的勢力の面についてみると,「防衛計画の大綱」において,陸上自衛隊の自衛官定数は18万人とされている。

有事においては,この定数どおりの隊員が必要となることはいうまでもなく,また,陸上自衛隊全体を常時有事即応の態勢に維持するということであれば,常にこの定数を充足しておくことが望ましいといえる。しかしながら,現今の情勢などを考慮し,防衛力の効率的な維持管理に努める必要もあることから,昭和54年度においては,部隊の教育訓練,隊務運営の一層の適正化などに資するよう人員の充足を図りつつ,86%の充足率を維持することとしている。

このほか,有事に際して後方地域における警備,後方支援部隊の充足などに当てるための勢力を漸次強化するため,予備自衛官1,000人の増加を図り,合計4万人とすることを予定しているが,この増員は,所要の法律の改正を待って行われるものである。

 (ウ) 次に,装備の面についてみると,陸上戦闘における対象が,戦車,装甲車,人及び陣地というように多種多様であること,また,複雑な地形の影響を受けることなどの理由により,陸上防衛力には隊員の携帯する小火器,機動力を有する戦車,射距離又は弾道が種々異なる砲迫火器,対戦車火器,対空火器といった多様な火力手段が必要となる。

このため,陸上自衛隊は,これに応ずる各種の装備を保有しているが,昭和54年度においては,主要装備について第3表に示す整備を進めることとしている。

機動力については,主要各国は,より速く,より大量に,より安全に戦闘力を移動し又は集中するため,部隊の自動車化,装甲化及び空中機動化を推進している。特に,戦車は,火力,機動力及び装甲防護力を兼ね備えた陸上戦闘力の主力というべきものであり,その近代化には,各国とも最大の努力を払っており,おおむね10〜15年程度を基準として更新近代化を進めている。

陸上自衛隊は,現在約810両の戦車を保有しているが,いまだ所要量を満たすには至らず,更に,その中には米軍から供与されたM41戦車も含まれており,また,主力の61式戦車も装備されてから既に10年以上を経過しており,弾丸威力,射程などが旧式化しつつあるといえる。このため,74式戦車の整備を図ることとし,また,73式装甲車及び各種へリコプターについても逐次その整備を進め,機動力の向上を図っている。

火力については,主要各国は,射程の延伸,発射弾量の増大,命中精度の向上など火砲の性能向上を図るとともに,ミサイル化及び弾薬の性能向上並びに機動性向上のための自走化や残存性を高めるための装甲化した密閉旋回砲塔式の採用などのすう勢にある。

陸上自衛隊は,現在約830門の野戦砲及びロケット砲を保有しているが,大半は米軍が第2次大戦中に使用していたものと同型式のものであり,極めて旧式化している。このため,その一部を75式155mm自走りゅう弾砲に換装して機動性及び長距離全周の射撃能力を付与するとともに,75式130mm自走多連装ロケット弾発射機を装備して同時広域の制圧能力を付与することとしている。

対戦車火器については,主要各国は,前に述べたような戦車の性能向上に対応するため,対戦車誘導弾,無反動砲,ロケット発射筒などの対戦車火器の性能向上を図るとともに,高度の機動性を有し,遠距離から迅速に反応し得る火力として最も適合している対戦車へリコプターやレーザー光線を利用する誘導方式により戦車などを撃破する誘導砲弾(CLGP)などの精密誘導兵器を重視している。

陸上自衛隊の対戦車火器は,64式対戦車誘導弾(マット),75mm及び106mm無反動砲,89mmロケット発射筒などを主力としているが,昭和54年度は,わが国独自で開発した79式対舟艇対戦車誘導弾(重マット)を新たに装備することとしており,これは上陸用舟艇及び遠距離の戦車を撃破する能力を備えている。また,近距離用対戦車火器である89mmロケット発射筒をより性能の高い84mm無反動砲(軽対戦車火器)に換装するとともに,前年度に引き続き,対戦車へリコプター(AH−1S)の装備化についての運用研究を進めるなど,対戦車能力の向上に努めている。

対空火器については,主要各国は,航空機の優れた運動性能,低空接近能力,空対地ミサイルなどによる遠距離攻撃能力などに対応するため,最近は,自衛対空火器から作戦地域を防護するための対空火器に至るまで各種の火器を体系化して整備するすう勢にある。

陸上自衛隊においても,前年度に引き続き,高射機関砲の整備及び旧式化しつつある現有ホークの改良ホークへの改装を進めるなど防空能力の向上に努めるとともに,高射機関砲とホークの間隙を補うための短距離地対空誘導弾(短SAM)の開発を推進している。

近代戦における対空火力の重要性についてはいうまでもないことであり,航空機の性能向上,航空火力の進歩及び電子妨害能力の向上といった脅威の質の変化に対応するため,引き続き,対空火器の能力向上に関する努力が重要であると考えている。

陸上自衛隊にとって,装備の近代化は重要な課題となっており,以上のとおり努力しているところであるが,その現況は,第11図に示すとおりである。(79式対舟艇対戦車誘導弾発射装置

イ 海上防衛

(ア) 四面環海の狭小な国土に多くの人口を抱え,資源の大部分を海外に依存し,貿易立国であるわが国が,その生存と発展を続けていくためには,諸外国との友好関係を維持するよう努めるとともに,わが国に対する侵略を海上において阻止する努力と,わが国の生命線ともいえる海上交通の安全を保持するための努力を続けていくことが必要である。このような努力は,わが国の防衛の基調となっている日米安全保障体制の信頼性をより高めるきずなともなるのである。

(イ) 海上自衛隊は,海上からの侵攻に対してわが国を防衛するとともに,わが国周辺における海上交通の安全を維持することを主たる任務としている

海上自衛隊がこれらの任務を有効に遂行するためには,「防衛計画の大綱」に定める体制及び規模を確保し,海上防衛に必要な対潜水艦能力,防空能力,水上打撃能力,機雷戦能力(上陸阻止や沿岸防備などのための機雷敷設能力及び敷設された機雷を除去又は処分する対機雷戦能力)などを平時から保有し,その能力が有効に機能し得る態勢を維持していかなければならない。また,これらの能力は,いずれも単一の手段によって確保できるものではなく,水上艦艇,潜水艦,固定翼対潜機,対潜へリコプター,水中固定機器などの各種の装備がバランスよく整備され,総合的に運用されることによって初めて効果的に任務遂行が可能となるものである。

ところで,最近の艦艇,潜水艦及び航空機の進歩には著しいものがあり,主要各国においては,潜水艦の原子力推進化及び静粛化,水上艦艇,潜水艦及び航空機に対する高性能ミサイル及び電子戦装置の装備,機雷の深々度化など性能の急速な向上が図られつつある。

これらの中で,潜航持続力,水中速力,潜航深度などの各種能力に卓越した原子力潜水艦並びに航続力,速力及び攻撃力(空対艦ミサイルなど)に優れた長距離爆撃機が大きな脅威になりつつある。

このような変化に対して主要各国では,新装備の艦艇,航空機を取得する一方,費用対効果を検討し,既に就役している艦艇,航空機の改装などにより近代化を行い性能の維持向上に努めている。

(ウ) 以上述べたような主要各国の動向に留意しつつ,海上自衛隊は,昭和54年度においては,前年度に引き続き装備の更新近代化を主眼として,第4表に示す整備を進めることとしている。

まず,海上自衛隊が最も重視している対潜能力については,現在,対潜水上艦艇(護衛艦及び駆潜艇)59隻,潜水艦13隻及び作戦機約190機を主として対潜用として保有しているが,更に能力の向上を図るため,昭和53年度から対潜哨戒機P−3Cの導入を開始した。今年度も,護衛艦,潜水艦及び対潜へリコプターの整備を行うとともに,P−3C関係器材の整備に着手するなど所要の施策を進めることとしている。

対潜水上艦艇については,第1次防衛力整備計画により建造されたものが逐次退役の時期を迎えようとしており,その勢力の減耗は著しいものと見込まれている。このため今年度においては,護衛艦4隻の建造に着手し,近い将来見込まれる護衛艦の減勢に対処し,その更新に努めることとしている。なお,今年度中に,護衛艦l隻及び潜水艦1隻が就役する予定である。

一方,対潜作戦などにおいては海洋環境(水温,海流,海底地形など)に関するデータを詳細には握し,活用する必要があるので,これらの業務の強化と効率化を目的として,海洋業務群を新編するとともに,海洋観測艦を建造することとしている。

次に,各国におけるミサイルの装備化に対応し,また,わが国の護衛艦のミサイルの装備率が未だ低い状況にかんがみ,今年度建造に着手する護衛艦については,短距離艦対空誘導弾(短SAM),高性能20mm機関砲(CIWS),艦対艦誘導弾(SSM)の全部又は一部及び各種の電子戦装置を装備することとしている。

また,たとえわが国周辺における対潜戦が有効に行われても,港湾に近接する水路が機雷敷設により使用できなくなれば,海上交通の安全確保という目的は達成されないので,このための対機雷戦能力の整備を図るため,今年度は,掃海艇の更新整備を行うこととしている。

なお,海上自衛隊の潜水艦の統一指揮のため潜水艦隊の新編を計画しているが,詳しくは後述する。(たちかぜ型ミサイル護衛艦(3,850トン)

ウ 航空防衛

(ア) 専守防衛を旨とするわが国の防衛にとって,航空侵攻に有効に対処するには,初動が特に重要であり,初動における対処の適否は直ちに防衛作戦全局の遂行に大きな影響を及ぼすものと考えられる。

このため,わが国に対する航空機の侵入を防ぐためには,できるだけ早期に侵入機を発見し,より遠方でこれに対処しなければならない。

航空自衛隊は,航空侵攻に対するわが国の防衛と平時における領空侵犯に対処することを主たる任務としているが,これらの任務を有効に遂行するためには,「防衛計画の大綱」に定める体制及び現模を確保し,航空防衛に必要な警戒監視能力,要撃戦闘能力,わが国に対して着陸又は上陸する侵攻部隊を海上又は地上で阻止・攻撃する支援戦闘能力,航空偵察能力,作戦部隊・資材・補給品などを空輸する能力,基地防衛能力などを平時から保有し,その能力が有効に機能し得る態勢を維持していかなければならない。

そのためには,航空警戒管制部隊,要撃戦闘機部隊,地対空誘導弾部隊,支援戦闘機部隊などがバランスよく整備され,これらが総合的に運用され,航空防衛力としての効果的な能力発揮が可能となるよう措置しておく必要がある。

わが国の防空態勢は,以上の考え方に基づき,常続的に監視するレーダー警戒網及び主要航空基地で24時間警戒待機についている要撃戦闘機並びに地対空誘導弾をバッジ・システム(空中目標の発見・識別などの情報の処理,要撃機や地対空誘導弾に対する目標割当てなどをコンピューターを使って自動的に行うもの)と連接し,航空侵攻等に対し迅速かつ効果的に対処するようシステム化されている。なお,早期警戒機導入後の防空システムについては後述する。

平時における領空侵犯の対処については,自衛隊法第84条の規定に基づき行われている。わが国の領空を侵犯し,又は侵犯するおそれのある外国の航空機を探知した場合は,地上で待機中の自衛隊機が緊急発進(スクランブル)を行い,対象機が領空侵犯していることを確認したときには,対象機を領空外へ退去させたり,最寄りの飛行場へ着陸させるため必要な措置をとることとしている。

この場合,領空侵犯機が自衛隊機に対し発砲するようなときには,自衛隊機は同条の必要な措置の一環として,武器を使用することもあり得る。

昭和53年度中の航空自衛隊の緊急発進回数は,798回であり,このうちの約70%がソ連航空機の接近飛行に対するものであった。

昨年12月5日には北海道礼文島周辺で領空侵犯が行われ,わが国は,これに対して直ちに外交ルートを通じ厳重にソ連に抗議を申し入れた。

ところで,近年における航空技術の進歩は著しく,主要各国の戦闘機及び戦闘爆撃機は,速度,上昇力,航続距離といった飛行性能の向上,レーダー,航法装置など搭載電子機器の発達などにより行動範囲を一段と拡大している。また,運動性,加速性の増大により対戦闘機戦闘能力が強力なものとなり,更に,搭載弾量の増加,照準誘導装置の改良による命中精度の向上に加え,遠く離れた位置から攻撃できる空対地ミサイル(ASM)の装備などにより目標破壊能力も増大する傾向にある。また,これらの航空機が広範な電子戦能力を保有していること,更に,超音速の爆撃機が装備されつつあることに注目する必要がある。

このようなすう勢に伴い,航空侵攻に際しては,わが方の耳目たるレーダー・サイトに対する強力な電波妨害,超低高度侵入若しくは高々度高速侵入又はASMによるレーダー・サイト,航空基地などへの先制攻撃を可能ならしめている。

(イ) このような主要各国の動向を注視しつつ,航空自衛隊は,昭和54年度においても,前年度に引き続き装備の更新近代化を主眼としてその整備を進めることとしており,航空機については第5表に示すとおりである。

航空自衛隊は,現在要撃戦闘機としてF−4EJ及びF−104J,支援戦闘機としてF−1及びF−86Fなど作戦機約430機を保有しているが,このうちF−86F及びF−104Jは耐用命数に近づき徐々に第一線を退きつつある。

F−104Jの減勢に対処して,防空能力に断層を生ぜしめないため,また,今後予測される航空脅威の質的増大に対応するため,前年度から新たな主力戦闘機F−15の導入を進めており,F−86Fの減勢に対しては,国産の超音速支援戦闘機(F−1)への更新を進めている。

F−15については,今年度,要員の養成,教材の取得など部隊建設の準備を推進することとしており,また,現在の空輸体制を維持するためジェット輸送機(C−1)の整備を行う。更に,早期警戒機(E−2C)の整備を今年度から開始し,航空防衛に必須な警戒監視能力の向上を図ることとしている。

以上のとおり,航空機については,その確保に努力しているところであるが,航空自衛隊の作戦用航空機の勢力維持については,今後とも重視していく必要がある。(支援戦闘機(F−1)

(ウ) 現有バッジ・システムは,昭和42年度に設置され今日に至っているが,全般的に器材補修の必要が生じてきている。また,近年の航空脅威の増大に対処するため,本システムは,いずれ換装する必要があるところであるが,そのためには,現有バッジ・システムの性能,能力等について評価を行い,今後の計画策定に反映させる必要があり,このため昭和54年度はバッジ・システムの現有能力の研究評価を行うこととしている。

地対空誘導弾部隊については,本年3月,青函地区に第6高射群を新編し,「防衛計画の大綱」に示す6個高射群の態勢を整備するに至った。今後も,航空脅威の質の向上にかんがみ,防空ミサイル・システム近代化に関する努力が重要であると考えている。また,電子戦の重要性にかんがみ,電子戦器材の取得なども行うこととしている。

以上述べた施策により,陸上,海上,航空の各防衛態勢は,逐次その充実向上が図られているが,今後とも諸外国における技術水準の動向に対応して,各種能力の向上及び装備の近代化努力が払われなければならない。

「侵略等の事態に対処する態勢」として,主として正面防衛力を中心に述べたが,もとより侵略等の事態に対処するためには,正面防衛力を支え,これを有効に機能させるための平時からの十分な「警戒のための態勢」,「指揮通信の態勢」,「後方支援の態勢」及び「教育訓練の態勢」が正面防衛力と均衡のとれた形で確保され,防衛力全体としての充実向上が図られていることが必要である。

(3) 指揮通信の態勢

防衛出動及び治安出動はもとより,災害などの緊急事態における自衛隊の行動については,陸・海・空自衛隊が効果的に指揮運用されなければならない。そのためには,各種情報を迅速に伝達し,的確な判断に基づく指揮命令などを中央や各級司令部から末端部隊まで迅速に伝達するための手段,すなわち,「指揮通信の態勢」が平素から整備されていなければならない。

防衛庁においては,防衛の中枢的機能ともいうべき指揮通信の充実のため,昭和52年度以来,第12図に示すとおり,自衛隊の統合骨幹通信網である防衛マイクロ回線の整備に努めており,昭和54年度は一部幹線の運用を開始するとともに,本回線の拡充を図ることとしている。

防衛マイクロ回線は,現在自衛隊の通信回線の大部分が電電公社の通信回線に依存しているため,通信回線の所要が急増する緊急時において所要量の迅速な確保が困難であり,柔軟な運用ができず,また,抗たん性に欠ける面があるので,これらに対処するため,陸・海・空自衛隊の主要駐屯地及び基地47か所を結び,自衛隊が自らの責任において保守整備及び運用のできる統合骨幹回線を建設することを目標としているものである。

このほか,各自衛隊において,電話自動即時化の推進,テレタイプやファクシミリを含むデータ通信の充実,野外通信システムの整備,老朽通信器材の更新近代化などを図っている。

また,海上自衛隊では,広い海域を長時間にわたって行動する艦艇及び航空機が任務を効果的に遂行するための指揮統制組織として,昭和47年度以来自衛艦隊指揮支援システムを建設し,一部運用中であったが,昭和54年度内に全システムの整備を完了する予定である。

なお,「中央指揮システム」については後述する。

以上のように,指揮通信態勢の整備は,わが国の防衛能力向上のため極めて重要であり,加えて,通信の方式,種類などが近年ますます複雑化しているため,今後とも効率的な同態勢の充実に努めていくことが必要である。

(4) 後方支援の態勢

「防衛計画の大綱」に基づく防衛力の整備においては,戦車,艦艇,航空機といった主要装備のほか,これらが迅速かつ有効適切な行動を実施し得るための後方支援態勢を整備し,防衛力全体としての向上を図ることが強く求められている。

後方支援態勢の整備は,補給,整備,輸送などの機能を円滑に発揮することにより,部隊を有事即応の態勢に維持し,万一わが国に対して侵略が行われた場合,防衛作戦を遂行し,継戦能力を維持する上で不可欠なものである。

このため,昭和54年度において陸上自衛隊は,後方補給機能の整備・合理化を図るため,補給処及び駐屯地業務隊の改編を行うとともに,装備の更新近代化に対応できる兵站のあり方を研究することとしている。

航空自衛隊では,後方補給業務を一元的に管理するため補給統制処を廃止し,補給本部を新編することを計画しており,詳しくは後述する。

また,万一わが国に対する侵略が行われた場合における攻撃からの被害の局限,被害の復旧及び代替機能の確保といったいわゆる抗たん性並びに備蓄の分野については,逐次その充実向上に努めているところである。抗たん化施策については,航空基地の抗たん性の向上を図るため航空機用掩体,滑走路弾痕復旧マットなどを整備することとしており,また,備蓄については,陸上自衛隊の弾薬の備蓄に重点を置くこととしている。

病院については,昭和53年度に航空自衛隊那覇地区病院(那覇市)を開設したが,今年度は,海上自衛隊の重要な艦艇基地であり,また,地方隊の所在地である佐世保市に佐世保地区病院を新設することとしている。

一方,日進月歩する科学技術の成果をうけて,装備は,ますます高度化,近代化される状況にあり,先進諸国の多くは,新しい兵器システムの研究開発に努力している。わが国においても,「防衛計画の大綱」で「諸外国の技術的水準の動向に対応し得るよう質的な充実向上に配意しつつ防衛力を維持する」方針を打ち出しており,研究開発を重視しているところである。一般に,防衛上必要とする装備を研究開発し,国産することは,国土国情に適した装備の保持,技術力の向上,整備,補給などの面から,また,防衛産業の育成の面からは適切であるといえよう。もっとも,開発には,長期間と多額の経費を必要とすることなどのため,輸入やライセンス生産によって調達するのが効率的な場合があり,これらは,それぞれ将来を見通してケース・バイ・ケースで決定してきている

昭和54年度は,前年度に引き続き,近距離空対艦誘導弾(ASM),高速ホーミング魚雷などの研究開発を推進するとともに新たに新搬送通信装置1号,高性能ソノブイ,超音速機のCCV技術などの研究開発を行うこととしている。

また,近代戦に占める電子技術の比重は極めて大きく,電子戦が重要視されているが,この種の技術分野は,秘匿性が高いので,自らの努力によって能力を向上させることが必要であり,これについても研究開発を推進していくこととしている。(資料19,20参照)(開発中のASM発射試験(発射母機はF−1)

(5) 教育訓練の態勢

ア 限られた防衛力を有事有効に発揮するためには,平素から精強な陸,海,空の各部隊を維持していなければならない。

部隊の精強は,訓練を精到にすることによって初めて達成されるものであり,このため教育訓練を重視しているところである。

昭和54年度における教育訓練態勢の整備としては,T−2高等練習機,T−3初等練習機など訓練用航空機の更新をはじめ,射撃訓練用,対潜戦術訓練用,操縦訓練用,要撃管制訓練用などのシミュレーター及び教材類の充実向上を図るとともに,訓練用弾薬,燃料などの確保にも努めている。

また,昭和53年度から整備に着手したP−3C対潜哨戒機及びF−15戦闘機など新規装備関連の術科教育についても,先行的に態勢を整備することとしているが,装備の近代化に伴い,要員教育の多様化,長期化は避けられず,有能な隊員と高度な教材が必要となってきている。

十分な教育訓練を実施するためには,訓練用の装備,弾薬,資材,器材などのほか,訓練環境が重要な要素であるが,近年,演習場,訓練海面及び訓練空域の確保が非常に困難になってきており,訓練の実施はますます制約を受ける傾向にある。

イ 陸上自衛隊の主要な演習場は,第13図に示すとおり,全国に20か所あるが,大部隊の演習や長射程火砲などの実弾射撃訓練が可能なものは少なく,実弾射撃については,射撃の方法,射撃距離などに制約を受け,教育訓練実施上大きな問題となっている。特に,大きい演習場を持たない中部方面隊や,仲縄所在部隊は,他の方面区などに移動して演習を行っている状況にある。

また,最近は,現有の演習場や射場についても周辺地域の都市化現象や火砲の射程延伸などに伴い,演習場が相対的に狭小化しつつある。このような状況の中で,昭和53年度においては,従来,訓練場もなく,実射訓練もできなかった沖縄に,訓練場1か所及び小火器射場1か所を得ることができた。

訓練海面についても,漁業などとの関係から,訓練の時期,期間などに制約を受け,特に機雷敷設訓練,掃海訓練及び潜水艦救難訓練のためには,比較的水深の浅い海面が必要であるが,この条件を満たし,一般船舶の航行,漁船の操業などと競合がなく,訓練海面として設定できる海域としては,むつ湾,周防灘などのごく一部に限られる。こうした状況で,昭和53年度の訓練可能海面は9か所,1か所当たり年間約10日であり,その時期は夏期又は冬期の閑漁期に集中しており,関係部隊は訓練計画の作成に苦心しているところである。

自衛隊の訓練空域は,全国で23か所(本年6月,新たに百里訓練空域が設定された)が設定されているが,主として洋上にあり,基地によっては,訓練空域への進出及び飛行場への帰投に長時間を要し,実質的訓練時間が減少している。また,全般に広さが不十分であるため,超音速飛行など一部の訓練課目について航空機の性能,特性を生かした訓練が十分実施できないところもある。

また,対地攻撃訓練のための射爆撃場についても,全国にわずか2か所しかなく,また当該射場は狭小であり,基本射場としての機能しか保有していないため高度な応用訓練が実施できず,かつ,周辺地域との間に騒音問題が発生し,苦慮しているところである。

飛行場周辺の航空機騒音については,航空自衛隊ばかりでなく,陸・海自衛隊にも共通の問題であり,周辺の生活環境保全の観点から早朝及び夜間の飛行訓練などについて,種々の運航規制を行っている。

これらの諸制約が,実戦的訓練の不足や防衛作戦における地形地物の慣熟活用という戦術的有利性の低下をもたらし,ひいては,隊員の練度などにも影響し,例えば,戦闘機操縦者の練度状況についてみると,昭和45年ごろに比べ,高練度の技量資格を有する操縦者の全体に占める率は減少している。

ウ 自衛隊では,以上のような諸制約の中で教育し,練度の維持向上を図るため,指揮所演習(部隊は実際の行動を行わず,指揮機関だけを設置して行う演習),図上演習(実動部隊を用いず,地図上で兵棋などを用いて実施する演習)などの実施及びシミュレーターなどの訓練器材を活用する一方,実射訓練に際しては,装薬量を減らして砲弾の飛しょう距離を少なくしたり,訓練空域を有効に使用するなど創意工夫により対処している。

訓練環境改善のためには,今後とも地元との連携を密にし,防衛に対する理解と協力の下に,防衛施設と周辺地域との調和を図りながら訓練地域,訓練施設の整備に努める必要がある。また,訓練空域についても,民間航空の需要が増大しつつある今日,増設及び拡大にもおのずから限界があるので,民間機の運航と自衛隊機の訓練飛行の共存を図り,限られた空域を安全かつ有効に利用することが不可欠である。このため,訓練空域と航空路の分離について,レーダーの活用などにより,時間差を利用する方法や高度分離を行う,いわゆる4次元的な使用方式について,今後とも検討を進めていくことが必要となってきている。

また,従来から,わが国に訓練設備がないこともあり,陸上自衛隊のホーク部隊及び航空自衛隊のナイキ部隊の実射訓練並びに海上自衛隊の魚雷発射訓練の一部などは米国で実施している。このほか,日米共同の高性能潜水艦を目標とした対潜捜索攻撃訓練及び戦闘機戦闘訓練や,米国の各種教育訓練への参加など質の高い実戦的訓練を実施し,隊員の練度及び戦術技量の向上を図っているが,今後ともこの種の訓練方式の活用に努める必要があると考えている(資料21,22参

 照)。

なお,航空自衛隊は,戦闘機操縦者の教育訓練を十分に実施し得ない現状打開のため,種々検討しているところであるが,その一環として,今年度,米国におけるパイロットの訓練の可能性について調査を行うこととしている。

(6) 災害救援等の態勢

全国各地の自衛隊の駐屯地及び基地では,関係防災機関と常に密接な連絡を保っており,従来から災害派遣,不発弾の処理などを実施し,国民生活の保護に重要な役割を果してきている。

昭和53年度においても,行方不明者の捜索救助,人員・物資の輸送,道路の啓開,消火活動,給水支援など幅広い活動を行った。(資料24〜27参照)

また,陸・海・空自衛隊の主要な航空基地や艦艇基地では,海難救助,航空救難などに対して即応できる態勢で航空機や艦艇を常時待機させており,このような態勢は,離島,へき地などで発生した救急患者の緊急空輸にも大きく役立っている。

昭和54年度においても,このような態勢を維持するとともに,救難飛行艇(US−1),救難捜索機(MU−2),救難へリコプター(S−61A,V−107A),各種施設器材などの整備を図り,装備面での充実,強化に努力しているところである。

近年,大規模地震災害に対する防災について国民の関心が高まっており,地震予知に関する研究もある程度進んできたことなどから,昭和53年12月,大規模地震対策特別措置法が施行された。

本法律によれば,地震災害警戒本部長(内閣総理大臣)は,地震防災応急対策を的確かつ迅速に実施するため,自衛隊の支援が必要と認めるときは,防衛庁長官に自衛隊の部隊等の派遣を要請することができるとされており,このため,自衛隊法の一部が改正され「地震防災派遣」が自衛隊の任務に加えられた。

「地震防災派遣」は,「大規模な地震により著しい地震災害が発生するおそれ」に際して派遣されるものであり,従来の「天災地変その他の災害」に際して救援のため出動する「災害派遣」とは性格を異にするものである。

「地震防災派遣」を命ぜられた部隊等の支援活動の具体的内容については,地震防災強化計画で定められることになっており,関係機関と十分調整の上,今後定められるが,自衛隊が実施することが考えられる支援活動としては,情報の収集,車両・航空機による広報支援,通信支援,水防の応急措置,応急救護,航空機・艦艇による緊急輸送などがあろう。(宮城県沖地震での援助活動

 

(注)  砲迫火器 対地火力の骨幹で,人員,陣地,施設などを破壊制圧することをねらいとしたもので,迫撃砲,野戦砲及びロケット砲がある。

迫撃砲:高射角をもって射撃する火器で,発射速度が大きく,短時間に多量の火力を発揮できるが,一般に射程が短い。わが国には,60mm,81mm及び107mm迫撃砲がある。

野戦砲:りゅう弾砲,加農砲などがあり,射程が長大かつ正確で大きな威力の発揮が可能であり,わが国には105mm,155mm及び203mmりゅう弾砲,155mm加農砲などがある。

ロケット砲:同時に多量の火力を発揮することができ,制圧効果が大きいもので,わが国には30型ロケット弾発射機及び75式130mm自走多連装ロケット弾発射機がある。

(注)  誘導砲弾 CLGP(Cannon Launched Guided Projectile)通常の火砲から発射し,レーザーを利用して,地上又は空中観測者にょって砲弾を目標に誘導し,破壊するものである。

(注)  対戦車へリコプター 対戦車誘導弾を搭載したへリコプターで,特有の機動力を発揮して,有効に戦車に対応しようとするものである。

(注)  改良ホーク 現有ホークの持つ射程,対電子妨害(ECCM)能力,器材の信頼性,即応性などを改良したものである。

(注)  わが国の海外依存度 わが国の総輸入量は,国民生活の向上などに伴い年々増加を続け,約6億トンにも及んでいる。これら輸入物資のうち国民生活に不可欠な石油,鉄鉱石,小麦,綿花などは消費量のほぼ100%を輸入に依存しており,地域別には,中東34.6%,大洋州19.2%,東南アジア19.2%,北米12.9%,その他14.1%となっている。この膨大な物資の輸入のほとんどは,船舶による海上輸送に頼っている。

(注)  電子戦 現在では,通信,警戒監視,ミサイルの目標への誘導,射撃統制などあらゆる分野に電子技術が利用されているが,電磁波は,外部からの電波妨害などを受けやすい弱点を持っている。各国とも妨害をかけたり,相手からの妨害に対して耐えられるよう対策を講じることに大きな努力を注いでいる。通常,相手の電磁波を探知し,これを逆用し,使用効果を低下させ,又は無効にするとともに,自己の利用を確保する活動を電子戦と呼んで重視している。

(注)  機雷の深々度化 最近の機雷については,主要各国とも深々度敷設をめざして研究開発を行っており,その中には水深1,000m以上でも敷設可能なものがある。

また,機雷そのものも,艦船や潜水艦にホーミング(追尾)する自走式のものが開発されている。

(注)  艦艇の近代化例

米海軍:シャーマン級駆逐艦などの艦砲,爆雷を対空ミサイル,対潜ロケットに換装

英海軍:12型駆逐艦の機関砲,対潜ロケットを対空ミサイル,対潜ヘリコプターに換装

ソ連海軍:コトリン級駆逐艦数隻の艦砲を対空ミサイルに換装

(注) CIWS(Closed-In Weapon System) 目標の捜索から発射までを自動処理する機能をもつ射撃指揮装置と機関砲を組み合わせたもので対艦ミサイルに対する最終的な防御システムである。

(注) 自衛隊法第84条(領空侵犯に対する措置) 長官は,外国の航空機が国際法規又は航空法その他の法令の規定に違反してわが国の領域の上空に侵入したときは,自衛隊の部隊に対し,これを着陸させ,又はわが国の領域の上空から退去させるため必要な措置を講じさせることができる。

(注) 自衛艦隊指揮支援システム コンピューターを利用して作戦情報を処理し,自衛艦隊司令官や主要作戦部隊指揮官の作戦指揮に資する海上自衛隊の作戦情報処理システムであり,これは,航空自衛隊における指揮通信システムの一環であるバッジ・システムとも連接されている。

(注) ライセンス生産 外国企業が開発し,生産している装備品を,わが国の企業が当該外国企業と技術援助契約を締結した上で外国企業の設計図に基づき国内生産すること。

(注) 装備品の取得区分

研究開発した例:戦車(61式,74式),装甲車(60式,73式),対戦車誘導弾(64式,79式(対舟艇)),自走砲(60式106mm無反動砲,74式105mmりゅう弾砲,75式155mmりゅう弾砲),対潜飛行艇(PS−1),支援戦闘機(F−1),練習機(T−1,T−2),輸送機(C−1)

ライセンス生産の例:35mm二連装高射機関砲,各種へリコプター,対潜哨戒機(P−3C),戦闘機(F−104J,F−4EJ,F−15)

輸入の例:偵察機(RF−4E).早期警戒機(E−2C),艦対空誘導弾(ターター),空対空誘導弾(サイド・ワインダー)

(注) CCV(Control Configured Vehicle)電子計算機を中心とした操縦装置を利用して,従来はできなかった飛び方,例えば姿勢を変えずに上下又は左右に移動したり,機首を下げたまま水平飛行するなどの飛行ができる航空機

 

2 新しい部隊等

 陸・海・空自衛隊の部隊を適正な編成に保ち,その指揮系統を明確化することは,わが国の防衛態勢及び部隊訓練にとって重要である。このため,防衛庁では,常に組織,機構の見直しを行い,部隊の機能の強化などに努めているところである。

 ここでは,昭和54年度,新たに編成を計画中の陸・海・空自衛隊の代表的部隊等について説明することとする。

(1) 対馬蕃備隊

朝鮮半島と北九州のほぼ中央に位置し,防衛上の要衝である対馬の警備のために,現在は陸上自衛隊第4師団(師団司令部:福岡県春日市)隷下の第41普通科連隊(別府市)の1個普通科中隊を派遣している。

しかし,普通科中隊は,本来連隊の1戦闘単位として編成されたものであり,所要の管理要員も有していないため,親部隊から遠く離れて永続的に対馬に独立分駐することには,同中隊はもちろん,親部隊である連隊の隊務運営上も,訓練実施上からも種々問題が生じていたところであった。

これらの問題を解決するとともに,対馬の防衛警備態勢の改善を図るため,同中隊を親部隊の所在する別府市に戻し,対馬の警備に専念する独立部隊として対馬警備隊を新編することとした。

対馬警備隊は,現在派遣されている普通科中隊をやや上まわる規模で,有事において,対馬及びその沿岸の警戒監視に任ずるとともに,状況の変化に応じて増強される部隊をも併せ指揮し得る能力を保有させることとしている。また,同警備隊は,小規模ながら平時における隊務を円滑に運営するための所要の後方支援の機能を有し,独立して駐屯する能力を整備するので,従来の対馬分屯地を駐屯地ヘ格上げすることとしている。

(2) 潜水艦隊

潜水艦作戦の最大の特徴は,潜水艦がその行動を秘匿しつつ長期間単独で行動することにある。潜水艦は,隠密性を保つため電波の発射を大きく制限されるので,その運用を効果的に行うためには,必要な情報や指示などを上級司令部から適時適切に与えなければならない。

したがって,すべての潜水艦が統一された運用構想の下で単一の指揮系統により指揮・運用されることが是非とも必要である。

しかしながら,現在の海上自衛隊の潜水艦部隊は,第1潜水隊群(呉市),第2潜水隊群(横須賀市)の2個群が編成上並列で,潜水艦の作戦運用は群司令部相互間の調整により実施しており,指揮・運用の一元化が図られていない。この不具合を解消し,潜水艦部隊を一つの司令部の下で統一運用するため新たに潜水艦隊を編成することを計画している。計画によれば,艦隊司令部は横須賀市に置かれ,潜水艦隊司令官が第1及び第2潜水隊群を統括するとともに,従来第1潜水隊群の隷下にあった潜水艦乗員の教育を主任務とする潜水艦教育訓練隊(呉市)を任務の性格上直轄部隊とすることとなっている。なお,新編に当たっては,機能の集約化と簡素化に努め,潜水艦隊司令部に作戦運用機能を集約し,潜水隊群は管理,補給業務を行うなど合理化に努めることとしている。

これにより,潜水艦の指揮・運用面のみでなく,平時における業務面での非効率の是正など,管理,安全面についても大幅に改善されることになると考えている。

なお,この新編は,所要の法律の改正を待って行われるものである。

(3) 補給本部

航空自衛隊の後方補給業務は,航空作戦の特性から,広域にわたる活動を迅速,的確に行うことが強く要請される。このため,各補給処は,機能別に分けて設置されており,これら補給処の実施する業務を統制する補給統制処が設けられている。

しかし,最近における航空機をはじめとする装備の近代化と多様化により,後方補給業務は一段と複雑かつ細分化する傾向を示している。

このような現状から,航空部隊の作戦遂行に直結して後方機能の総合力を発揮し,後方支援を円滑整斉と実施するためには,補給処の業務全般について一元的に管理・運用する機関の必要性が強く要請されるところとなった。

このため,有事における作戦運用と表裏一体となり,迅速,的確,効率的な後方支援態勢を確立し,後方機能を統一的に発揮させるため,補給統制処を廃止し,補給本部を新編することを計画している。

計画によれば,補給本部は市ヶ谷に置かれ,これまで補給統制処が,その統制権限の下に行っていた後方補給業務ばかりでなく,人事,教育訓練,監察などを含む業務全般について,航空自衛隊の全補給処を指揮監督することとなっている。

なお,この新編は,所要の法律の改正を待って行われるものである。

3 早期警戒機の整備

 早期警戒機については,昭和54年1月11日の国防会議及び閣議において,E−2Cの導入が決定され,昭和54年度から整備が開始されることとなった。

 この決定は,以下に述べるような防衛庁における検討及び関係省庁間における調整を踏まえて,慎重審議の結果,行われたものである。

(1) 早期警戒機の必要性

ア わが国における防空は,第14図に示すとおり,まず最初にレーダーによって目標を発見し,これを識別したのち,要撃戦闘機や地対空誘導弾を指向させることによって実施される。

防空作戦は,常に受動的な立場で開始され,高速で侵入する航空機を対象とするため,できるだけ早期に侵入機を発見し,より遠方でこれに対処しなければならない。したがって,レーダーによる目標の発見を一刻も早く行うことが防空任務達成のために必要不可欠の前提となっている。

航空自衛隊は,全国28か所のレーダー・サイトに地上レーダーを配置して,警戒監視を行っているが,電波は直進するという特性を有しているのに対し,地球表面がわん曲しているため,地上のレーダーによっては,見通し線より下の低空から侵入して来る目標の発見が不可能であり,低空侵入機への効果的な対処が極めて困難となっている(第15図参照)。

イ 近年,主要各国の戦闘機及び戦闘爆撃機は,航空技術の進歩,特にジェット・エンジンの改良による航続力の増大,航法装置の発達などによって,従来は,燃料消費が大であり,かつ,航法が困難なため作戦手段としては考えられなかったジェット機による夜間又は悪天候下の低空侵入を正確に実施し得る能力を備えるに至った。

このことは,航空脅威として,低空侵入は,もはや強行奇襲のみの手段ではなく,常套戦法として多用されることを示しており,わが国周辺の航空情勢をみても例外ではない。

低空侵入の例としては,第3次中東戦争において,イスラエルは,エジプトに対し,開戦劈頭低空侵入攻撃を行い,一挙に戦勢を決しており,また,印パ戦争においても,インドはパキスタンに同様の攻撃を行っている。

このような状況から,各国とも低空侵入対処は深刻な課題として,早期警戒機の導入又はその能力の向上について真剣な検討を行っている(資料18参照)。

わが国においても,昭和51年9月のいわゆるミグ事件において,地上のレーダーが急激に降下したミグ25を見失い,低空侵入機に対処する能力に重大な欠陥のあることを露呈したことは,記憶に新しいところである。

ウ 以上のような状況から,低空侵入機を早期に発見するための早期警戒機の整備は,わが国の防空にとって緊急かつ重要な課題となり,昭和51年10月,「防衛計画の大綱」において,航空自衛隊に警戒飛行部隊1個飛行隊の保有が決定された。

(2) E−2C選定の理由

ア 早期警戒機については,昭和40年ごろからその必要性が認識されはじめ,防衛庁において当初は,国内開発の方向で検討を進めていた。しかし,未経験の分野であるため,国内開発には将来多額の経費を必要とするおそれがあるとの指摘もみられた。このような状況の中で,4次防の大綱を決定した昭和47年2月の国防会議及び閣議において,早期警戒機能向上のための各種装備等の研究開発を行うことが決定されたが,このことは,国産化を前提とすることを定めたものではないというのが政府部内の一致した見解であった。同年10月,国防会議議員懇談会が開催され「早期警戒機等の国産化問題は白紙とし,今後輸入を含め,この種の高度の技術的判断を要する問題については,国防会議事務局に専門家の会議を設ける等により,慎重に検討する」ことが了解された。この「白紙」の意味は,「国産化を白紙とする」ものではなく,「国産化の是非に関する従来の議論を白紙とする」というものであった。

専門家会議では,約1年半にわたる検討の末,昭和49年12月,開発に伴う不確定要素,費用対効果などを総合的に判断し,「国産化を前提とする研究開発に着手することは見送ることとするのが適当である。」との結論を出し,国防会議議員懇談会は,これを了解した。

防衛庁は,この結論を受けて,以後早期警戒機の整備は外国機導入の方向で検討を進めていたが,前述のとおり「防衛計画の大綱」において警戒飛行部隊を保有することが定められたので,本格的に準備に着手した。

イ 機種選定は,当初の段階では,現用又は開発中の機種を極力調査するとの考え方の下に,米空軍のEC−121及びE−3A,米海軍のE−2A,E−2B及びE−2C,英海軍の「ガネット」,英空軍の「シャックルトン」及び「ニムロッド」の8機種について調査を行った。これらの調査の結果,既に退役したもの,早晩退役するもの,未開発事項を残しているものなど6機種を除き,対象機種をE−2CとE−3Aに絞ることとした。

ウ 昭和52年5月,航空自衛隊は,米国に調査団を派遣し,E−2C及びE−3Aについて,その性能,価格,取得の可能性などについて調査し,更に,わが国の運用上の要求への適合性,費用対効果などについて,専門的,技術的に分析,検討した結果,早期警戒機の機種は,E−2Cとすることが適当であるとの結論を得た。

更に,わが国においては,E−2Cを現有の防空組織であるバッジ・システムに連接して運用する必要があるため,両者の効果的な連接要領を研究し,翌昭和53年5月,改めて米国において,実地に調査,確認した結果,十分に連接可能との結論を得たので,同年8月,防衛庁として最終的に,E−2Cが最適であるとの判断をかためたものである。

E−2Cは,洋上の低空侵入目標探知能力に優れており,今後増大する低空侵入の脅威に対し,相当長期にわたり有効に対処し得る。運用に際しても軽易に機動が可能であり,現有の飛行場施設の改修等も不要で,費用対効果の面でも優れており,航空自衛隊の運用要求を満足する早期警戒機である。

なお,本年早々,米国証券取引委員会(SEC)の報告から,いわゆる航空機疑惑問題が発生したため,E−2C導入の可否をめぐって種々の議論がなされた。

その結果,E−2C関連予算の執行については,国会における審議の状況を踏まえ,衆・参両院議長の判断を十分に尊重することとなっていたが,7月12日,「執行保留を解除することが適当である」旨の両院議長の判断が示された。

防衛庁としては,今後,この予算の公正な執行に配慮しつつ,わが国の防衛上支障をきたすことのないよう早期警戒機能の整備に努めていく所存である。(早期警戒機(E−2C)

エ E−2Cは,米海軍が開発し,E−2A,E−2Bと順次発展してきた「空飛ぶレーダー・サイト」と呼ばれる航空機で,機体上部に円盤状の回転アンテナ,4枚の垂直尾翼を有するユニークな姿をしている。米海軍では,1973年から部隊配備を開始しており,1990年代後半まで運用することを予定している。その機能としては,高性能の捜索レーダーを搭載し,発見した目標の情報を機上のコンピューターによって処理するとともに,これを通信バッファを介して地上のバッジ・システムに自動的に伝送する。また,必要に応じ,飛行中の要撃機の管制を実施する。このほか,洋上の艦艇などもこの情報を受信することができる。

捜索レーダーは,半径約370km以内の目標の方位及び距離並びに3万m以下の目標の高度を測定する。

レーダー・アンテナを収納している皿型ドームは,哨戒飛行中も回転しているため「ロート・ドーム」と呼ばれている。

また,監視区域の状況を正確には握するため,電波探知装置を持ち,航空機,艦艇,地上レーダーなどから発せられる電波を探知し,識別する。レーダーは,自ら送信した電波の反射を感知するのに対して,電波探知装置は,目標が送信している電波を受信する装置であるため,遠方の目標まで探知可能である。

乗員は,操縦士2名,機上管制官3名の計5名であり,通常の哨戒高度は約7,000〜9,000m,航続時間は約6時間,最大速度は600km/hである。

(3) E−2Cの運用

E−2Cの運用について,防衛庁としては,次のように考えている。

ア 平時における運用としては,低空目標の発見,低空目標要撃を行う要撃戦闘機との連係要領などを重点的に訓練するとともに,1日8時間程度の哨戒飛行を実施することを考慮している。

また,洋上における遭難航空機や船舶の救難活動の統制,災害救援における通信の中継など幅広い活動が期待できる。

警戒監視態勢を強化すべき事態が生じた場合には,所要の哨戒点に進出し24時間の連続哨戒を行い,いわゆる奇襲を受けることのないよう対処する。

更に,地上のレーダー・サイトが機能を喪失した場合には,これに代って戦闘機部隊及び地対空誘導弾部隊を直接管制することにより,組織的防空戦闘を継続することができる。

イ E−2Cは,低空侵入に対する地上レーダーの欠陥を補完し,できるだけ早期に目標を発見し得るよう哨戒点を選定して運用する。哨戒点の選定は,ときどきの情勢によるものであり,一概にどこと断定し得るものではないが,最低2個哨戒点を予定している。わが国に対する全周からの同時侵攻を考えれば,これではとても足りないが,現在の情勢の下では,わが国全土に侵攻機が来襲することは考えられず,また,わが国の地理的環境などを考慮すれば,侵攻正面はかなり限定されるので,最低2個哨戒点を維持することができれば防空態勢は格段に整備されることとなる。なお,1個哨戒点を維持するためには,最低4機が必要となるものである。

ウ E−2Cは,複雑な電子機器を搭載しており,特殊な仕様のため,発注から取得までには,最低3年間を必要とするので,昭和54年度に発注する4機についても,ようやく昭和57年度に2機,58年度に2機の取得が可能となるものである。

その後,実用試験,運用試験などを実施しつつ部隊の要員を養成し,昭和58年度において1個哨戒点の維持に必要な能力を保有し,残りの1個哨戒点分に必要な4機についても,今後,経済事情,財政事情なども勘案しつつ整備することとしたいと考えている。

 

(注) 航空自衛隊の補給処

第1補給処(千葉県木更津市):需品,車両,航空機の支援器材などの補給,整備,調達

第2補給処(岐阜県各務原市):航空機,エンジンなどの補給,整備,調達

第3補給処(埼玉県入間市):通信電子器材,写真器材などの補給,整備,調達

第4補給処(埼玉県狭山市):火器,弾薬,標的などの補給,整備,調達

(注) 通信バッファ E−2Cから送られる情報を地上のバッジ・システムに自動伝送するための情報変換装置をいう。

(注) 機上管制官 機上でレーダー及びコンピューターを操作し,目標の発見,識別,要撃機に対する指令などを行う要員をいう。

第2節 防衛力の運用態勢の整備

 わが国は,第2部で述べたとおり,「防衛計画の大綱」などに従って防衛力の充実整備に努めているところであるが,有事の際にこれを最も効果的に運用し,真に有効な防衛能力を発揮できる態勢を整えておくことは,常に必要なことである。

 このような観点から,防衛庁では,万一侵略事態が発生した場合に,自衛隊がこれに即応して効果的に任務を達成する上での問題点について,法制,運用,組織などの面から研究・検討することとし,積極的に取り組んでいるところである。

 すなわち,具体的には,有事法制の研究,奇襲対処問題の検討,防衛研究などである。これらは,相互に密接な関連を有するものであり,互いの研究・検討の結果を前提とし,又は参考としながら進めている。

 本節においては,これらの研究・検討の状況について説明することとする。

1 有事法制の研究

(1) 現在,防衛庁が行っている有事法制の研究は,自衛隊法第76条の規定により防衛出動を命ぜられるという事態(同法第77条に規定する防衛出動待機命令の下令される場合を含む)において,自衛隊がその任務を有効かつ円滑に遂行する上での法制上の諸問題をその対象としたものである。

なお,このように,有事法制の研究は,防衛出動命令(必要に応じ防衛出動待機命令)が下令された以降の法制の問題を扱うものであるので,防衛出動の下令前の状態で奇襲攻撃を受けた場合,自衛隊とりわけその事態に直面する現地部隊がいかに対処すべきかということについての「奇襲対処の問題」とは区分して検討しているものである。

(2) わが国に対する外部からの武力攻撃が生起した場合に,自衛隊が,わが国の平和と独立を守り,国の安全を保つという任務を全うするため必要な法制は,現行の自衛隊法によってその骨幹の整備はなされている。例えば,防衛出動及び同待機命令の規定があるほか,防衛出動時における海上保安庁の統制(第80条),物資の収用等(第103条),公衆電気通信設備の利用等(第104条)などについて規定されており,また,各種法令の一部適用除外等の措置(第106条,第107条など)も規定されている。

しかし,有事を想定した場合,なお残された法制上の不備はないか,不備があるとすればそれはどのような事項かなどの問題点については,これを常に研究しておく必要がある。

もちろん,現在のわが国をめぐる国際情勢は,早急に有事の際の法制上の具体的措置を必要とするような緊迫した状態にはなく,また,有事の事態を招来しないための平和外交の推進や民生の安定などの努力が重要であることはいうまでもないが,自衛隊はもともと有事のために存在するものであるので,このような法制上の諸間題について研究しておくことは当然のことであり,この種の研究は,平素から冷静かつ慎重に進めておくべきものと考えている。

このような観点から,防衛庁は,昭和52年8月から,内閣総理大臣の了解の下に,防衛庁長官の指示を受けて,有事法制の研究を開始したものである。

ところが,昭和53年7月におけるいわゆる奇襲対処の問題などを契機として,この研究も国民の注目を浴びることとなり,一部には,あたかも直ちに立法措置を行うのではないか,また,戦前の戒厳令,徴兵制のような制度の復活を意図しているのではないかなどの論議を呼んだ。このため,防衛庁は,昭和53年9月,この研究の基本的姿勢についての見解を公表し(資料28参照),国民一般の正しい理解を求めたところである。

(3) この研究は,次のような基本方針の下に,内部部局,統合幕僚会議事務局及び陸・海・空幕僚監部の担当者が定期的に会合して検討するという形で進めている。

ア 自衛隊の行動は,もとより国家と国民の安全と生存を守るためのものであり,有事の場合においても可能な限り個々の国民の権利が尊重されるべきことは当然である。研究は,むろん現行憲法の範囲内で,しかも国民大多数の理解と支持が得られるものであることを前提として進めることとしており,旧憲法下の戒厳令や徴兵制のような制度を考えることはあり得ないし,また,言論統制などの措置も研究しない。

イ 研究は,「防衛研究」の作業結果を前提としなければならない面もあり,また,防衛庁以外の省庁等の所管にかかわる検討事項も多いので,相当長期に及ぶ広範かつ詳細な検討を必要とするものであると考えている。

ウ 研究は,法制上の問題点を整理することを目的としているものであり,近い将来に国会提出を予定した立法の準備というようなものではない。

エ 研究の結果は,国民のコンセンサスを得るため,ある程度まとまり次第,適時適切に国民の前に明らかにする。

 

(注) 自衛隊法第76条(防衛出動) 内閣総理大臣は,外部からの武力攻撃(外部からの武力攻撃のおそれのある場合を含む。)に際して,わが国を防衛するため必要があると認める場合には,国会の承認(衆議院が解散されているときは,日本国憲法第54条に規定する緊急集会による参議院の承認。以下本項及び次項において同じ。)を得て,自衛隊の全部又は一部の出動を命ずることができる。ただし,特に緊急の必要がある場合には,国会の承認を得ないで出動を命ずることができる。(2・3項 略)

(注) 同法第77条(防衛出動待機命令) 長官は,事態が緊迫し,前条第1項の規定による防衛出動命令が発せられることが予測される場合において,これに対処するため必要があると認めるときは,内閣総理大臣の承認を得て,自衛隊の全部又は一部に対し出動待機命令を発することができる。

2 奇襲対処問題の検討

(1) わが国が奇襲攻撃を受けた場合,自衛隊がいかに対処すべきかという問題は,昭和53年7月,当時の栗栖統合幕僚会議議長の発言がきっかけとなって,いわゆる奇襲対処の問題として世上広く議論されることとなった。この問題の主旨は,「自衛隊は,自衛隊法上,内閣総理大臣の防衛出動命令が下令されていない限り,武力行使はできない。しかし,奇襲攻撃を受けた場合に,防衛出動命令が出るまでに若干時間がかかるとすれば,この命令が下令されるまでの間,自衛隊,とりわけ奇襲攻撃の事態に直面する現地部隊はどう対処すればよいのか。」というものであり,現在,防衛庁において,この問題について鋭意検討しているところである。

(2) 「奇襲」とは,通常,予期しない「時に」,「場所に」,「兵力で」又は「戦法で」行われる攻撃で,「相手に対応のいとまを与えないことを意図した」攻撃という意味で使用される。

防衛庁においても,奇襲の概念はこの意味で用いているが,現在行っている「奇襲対処問題の検討」において対象としている奇襲の事態は,防衛出動命令を下令するいとまのないような外部からのわが国に対する急迫不正の侵害である。

(3) 防衛庁は,昭和53年9月,この問題に対する基本的見解を公表し(資料29参照),国民一般の理解を求めたところであるが,その考え方は,次のとおりである。

ア 自衛隊は,防衛出動命令が下令されていない場合には,自衛隊法第88条に規定する武力の行使は許されない。

これは,自衛隊法において明確に規定されているとおりであり,外部からの武力攻撃に対し自衛隊が必要な武力を行使することは,厳格なシビリアン・コントロールの下にのみ許されるものとの考え方によるものである。

イ 現行の自衛隊法で,いわゆる奇襲攻撃に対しても基本的には対応できる仕組みとなっている。

自衛隊法第76条は,特に緊急の必要がある場合には,内閣総理大臣が事前に国会の承認を受けないでも防衛出動を命令できることとしており,また,この命令は武力攻撃が発生した事態に限らず,武力攻撃のおそれのある場合にも下令することが認められているからである。

ウ 何よりも重要なのは,いわゆる奇襲攻撃を受けることのないよう努力することであり,この見地から必要とされる機能を強化することである。

つまり,各種の手段により,政治,軍事その他のあらゆる情報を事前に収集することにより,実際上,いわゆる奇襲攻撃を受けることのないよう努力することが重要であり,このような見地から,情報機能,通信機能等の強化を含む防衛態勢をできるだけ高い水準に整備することが必要である。

エ それでもなお,いわゆる奇襲攻撃が絶無であるとはいえないと考えられるので,これについて検討する。

いわゆる奇襲攻撃を受けた場合を想定した上で,防衛出動命令の下令前において,自衛隊がその任務を遂行するため,応急的にはどのように対処すべきなのかについて,シビリアン・コントロールの原則と組織行動を本旨とする自衛隊の特性等を踏まえて,法的側面を含めて慎重に検討することとする。

(4) 防衛庁では,以上に述べた基本的見解に基づき,まず検討の基礎として,いわゆる奇襲攻撃があり得るとすれば,その意図,目的,用いられる手段や方法など,どのような態様のものが考えられるのかなどについて具体的な検討を進めるとともに,それぞれの場合に応じて,自衛隊は応急的にはどう対処すべきかについて検討しているところである。

(5) この問題については,抽象論や観念論に陥ることなく,現実的で地道な研究を積み重ねる必要があり,慎重に結論を出したいと考えている。

3 防衛研究等

(1) 防衛研究は,有事の際の陸・海・空自衛隊の運用及び運用に関連して必要となる各種の施策の検討に資するためのものとして,防衛庁長官の指示に基づき,昭和53年8月から開始した。

この研究は,わが国に対する各種の武力攻撃の態様,例えば,着上陸攻撃が主体となる場合,海上交通の遮断が主体となる場合,航空攻撃が主体となる場合などあらゆる態様を考え,これらに応ずる自衛隊の防衛準備,指揮調整,対処の要領など自衛隊の運用のあり方に関し,特に陸・海・空自衛隊の統合的な運用を重視しながら進めるほか,これに関連して必要となる各種の防衛上の施策についても併せて研究するものである。

(2) いうまでもなく,現在わが国にこのような武力攻撃のおそれがさし迫っているわけではないが,有事に際し自衛隊を最も効果的に運用し得る態勢を整備するためには,平素からの不断の努力が必要である。

(3) このため,防衛庁では,昭和52年以来,中央指揮システムの検討,日米防衛協力など一連の運用態勢強化のための施策の検討を進めてきた。その結果,このような検討をより効果的に実施するためには,新たに自衛隊の運用に関する具体的かつ総合的な研究が並行的に行われることが是非必要であるとの判断に基づき,防衛研究を開始したものである。

したがって,この研究は,できる限り実体に即しつつ,組織的な体制の下に効率的かつ集中的に実施するものでなければならないと考え,開始の当初から統合幕僚会議事務局の体制を強化し,全体としては統合幕僚会議事務局を中心としつつ,各自衛隊の運用など特定の分野の研究については各幕僚監部が,また,自衛隊の運用に関連して必要となる諸施策については内部部局が中心となって相互に密接に協力しつつ研究を進めているところである。この研究自体は何らかの政策決定をねらいとするものではないが,その研究の成果は,有事法制の研究,中央指揮システムの検討,日米防衛協力のあり方の検討などに当たっての資となるものと考えている。

(4) なお,有事の際の自衛隊の運用に当たっては,情報の連絡及び長官の指揮監督を迅速かつ的確に行うための中央指揮システムが必要であり,近時,兵器の高度な発達に加え,武力紛争の複雑化に伴い,この機能の持つ重要性はますます高まっている。

 昭和53年度においては,情報の収集・処理,指揮・統制,通信,自動データ処理など中央指揮システムが持つべき機能についての検討を進め,昭和53年8月から9月にかけては,各国の中央指揮統制システムを調査するため,米,仏,西独及びNATO本部に調査団を派遣した。昭和54年度においても,引き続き検討を行うこととしている。

第2章 隊員の教育訓練と人事施策

 自衛隊は,その任務を遂行するため,各種の態勢の整備を図っているが,装備がいかに近代化されようとも,究極的には,装備を駆使し,部隊を指揮運用して事を決するのは人(隊員)である。

 自衛隊では,このような認識に基づいて,良質の隊員を確保するとともに,隊員が事に臨んでその任務を完遂することができるように,日夜厳しい教育訓練を実施して精強な部隊の練成に努めている。

 本章においては,防衛力の重要な要素である隊員に焦点を当て,隊員の募集制度,学校などにおける教育及び部隊における教育訓練の状況について説明する。

 また,隊員が安んじて任務に邁進できるためには,きめ細かい各種の人事施策が必要であるが,これらの施策のうち,昭和54年度から新たにとり入れた施策についても併せて説明することとする。

1 募集・採用

(1) 自衛官の募集制度

自衛隊は,その任務の性格上,組織を常に若々しく,精強な状態に維持していく必要がある。このためには,若い年齢層の隊員を常時継続して確保し,維持しなければならない。

約26万7,000人の自衛官定数を擁する自衛隊では,現在年間約2万3,000人の自衛官及び学生を採用している。これらのうち約3,000人は,一般幹部候補生,防衛大学校及び防衛医科大学校の学生,航空学生,一般曹候補学生,自衛隊生徒など,将来,幹部及び曹として勤務する「非任期制隊員」であり,残りの大部分は,2年又は3年という短期の勤務を前提条件とした「任期制隊員」の2等陸・海・空士である(資料32,33参照)。

このような多数の自衛官及び学生を毎年採用するための募集業務は,全国50か所にある自衛隊地方連絡部が行っているが,2等陸・海・空士の募集事務については,その一部を都道府県知事及び市町村長に委任している。

なお,任期制隊員は,任期を満了した時,本人が希望すれば,選考により継続して勤務することができる。また,昇任試験により陸・海・空曹,更には,幹部への道も開かれている。

(2) 2等陸・海・空士の募集の現状と見通し

最近の2等陸・海・空士(男子)の募集状況は,第6表に示すとおりである。

2等陸・海・空士の募集環境は,石油危機以降の全般的な雇用の悪化という背景はあるものの,適齢人口(18歳以上25歳未満)の減少,進学率の向上などから,募集対象とする若年労働力が慢性的に不足している状況にあり,依然厳しいものがある。

この厳しい募集環境において,隊員の確保は,地方連絡部などの地道な努力により,ほぼ計画どおり達成されているが,このような情勢は,更に続くものと考えられ,装備の近代化に適応し得る良質の隊員を確保するため,防衛庁では,今後とも募集体制の充実,隊員の処遇及び生活環境の改善などに努めることとしている。

なお,この問題の解決に当たっては,以上のような諸施策とともに,国民の防衛に対する正しい認識と,自衛隊に対する理解と支持が一層強く望まれるところである。

また,防衛庁では,このような事情を考慮し,より良質の長期勤務者を確保し,陸・海・空自衛隊の全職域にわたって,曹の基幹となる要員を養成するため,昭和50年度に,「一般曹候補学生制度」を発足させた。この制度に基づく一般曹候補学生は,高校卒業者を対象として,年間約1,200人が採用され,2年間の教育を受けた後,3等陸・海・空曹に任命される。今春,第2期生が部隊に配属され,多くの分野での活躍が期待されている。

(3) 婦人自衛官の採用

婦人自衛官は,看護職域には自衛隊発足当初から配置されていたが,更に広い分野で女性の特質を生かすため,陸上自衛隊では昭和42年度から,海・空自衛隊では昭和49年度から,それぞれ,通信,文書,人事,会計,補給などの職域にも配置している。

この制度は,男女を問わず,希望する者には,わが国の防衛に積極的に参加し得る道を開き,特に女性の参加により,婦人層の自衛隊に対する関心と理解を深め,併せて婦人に適する職域に婦人自衛官を配置することにより,業務能率の向上を図り,隊務全般の効率化を期することを目的としている。

現在,看護婦を除き,陸・海・空自衛隊において,それぞれ,約1,550人,300人,250人の婦人自衛官が全国の部隊で活躍している。(通信職域で活躍する婦人自衛官

(4)幹部要員の採用

ア 防衛庁では,将来,陸・海・空自衛隊の幹部となるべき者を養成するため,防衛大学校(横須賀市)を設置し,1学年当たり理工学専攻460人,人文・社会科学専攻70人を基準として採用している。

防衛大学校では,創設以来,学生に将来幹部自衛官として必要な識見及び能力を与え,かつ,伸展性のある資質を育成することを目的とし,特に広い視野を開き,科学的な思考力を養い,豊かな人間性を培うことに留意して4年間の教育を行っている。

学生は,大学設置基準に準拠した一般教育及び理工学(電気工学,機械工学,土木工学,応用化学,応用物理学,航空工学)又は人文・社会科学(管理学,国際関係論)を履修している。

このほか,学生は,幹部自衛官を養成することを目的とした本校の特色ある科目として,戦略論,統率論,戦史などからなる防衛学を履修するとともに,将来,幹部自衛官として必要な基礎的訓練を受けている。

イ また,医師である幹部自衛官となるべき者を養成する機関として,防衛医科大学校(埼玉県所沢市)を設置しており,学生定員は,1学年80名である。

防衛医科大学校では,自衛隊医官の特性を基調とした人格,識見とも優れた臨床医の養成を目標とし,医の倫理に徹し,生命の尊厳を深く認識させるとともに,自主的精神,規律ある態度及び責任感,強健な体力,旺盛な気力を養うことを方針とし,大学設置基準の例により,6年間,一般の医科大学と同様の医学に関する教育を行うほか,将来,幹部自衛官として必要とする基礎的訓練を行っている。

なお,卒業後は,一般の医科大学と同様に,医師国家試験の受験資格が与えられる。また,学生は,卒業後9年間は,隊員として勤続するよう努めることが義務とされ,この期間内に離職する場合には,原則として所定の金額を償還しなければならない。

更に,学生の医学教育のため,総合病院として防衛医科大学校病院が設けられており,地域住民にも開放し,地域の医療環境の改善,向上にも貢献している。

ウ 幹部要員については,防衛大学校及び防衛医科大学校の学生の採用と並んで,一般大学の卒業者などを,毎年,一般幹部候補生,技術幹部候補生,医科幹部候補生などとして採用している。この中には,女子も含まれている。

 

(注) 幹部,准尉,曹,士 陸上自衛官の階級には,陸将,陸将補,l等陸佐,2等陸佐,3等陸佐,1等陸尉,2等陸尉,3等陸尉,准陸尉,1等陸曹,2等陸曹3等陸曹,陸士長,1等陸士,2等陸士及び3等陸士の16階級がある。防衛庁では,陸将から3等陸尉までを「幹部」と,1等陸曹から3等陸曹までを「曹」と,陸士長以下の階級を「士」とそれぞれ呼称している。

以上は,海上自衛官及び航空自衛官についても同様である。

(注) 特技職,職域 自衛隊では,人事管理などを能率的に行うため,職を分類整理する制度をとっている。特技職,職域は,これに基づくもので,「特技職」とは,隊員の仕事の専門分野を示し,「職域」とは,人事管理や教育訓練の必要に応じ,職務の種類が,比較的類似した特技職をまとめたものである。これらは,陸・海・空自衛隊とも,幹部と曹士に区分して定められている(例えば,陸上自衛隊の曹士の「通信」職域には,無線通信,有線通信,暗号通信,搬送通信など18の特技職がある)。

 

2 教育訓練

(1) 教育訓練の基本方針

自衛隊では,その任務に基づき,隊員としての資質を養い,職務を遂行する上で必要な知識や技能を修得させるとともに,隊員の練度を向上させ,精強な部隊を練成することを目的として教育訓練を実施し,任務に即応し得る態勢の維持向上に努めている。

このため,次のような方針で教育訓練を行っている。

○ 使命感の育成

使命感の徹底を図るとともに,職務を遂行するために必要な徳操を涵養させる。

このための教育は,自衛隊法第52条の「服務の本旨」に則り,陸・海・空自衛隊に共通する自衛官の基本的な心がまえについて述べた「自衛官の心がまえ」に準拠して行っている(資料34参照)。

○ 基礎体力の練成

精強な自衛隊を育成するには,隊員が職務を遂行するに必要な基礎的体力と気力を維持,向上させることが肝要であるので,体育に力を注ぎ体力の練成に努める。

○ 装備の近代化に対応した技術教育

複雑精緻な装備の操作と維持に必要な高度の知識と技能を修得させるため,科学技術教育を重視した技術教育を推進する。

○ 統率力ある幹部の養成

指揮官や幕僚として,近代的装備体系に即応した戦略・戦術と部隊運用に習熟し,あらゆる事態に弾力的に対処し得る十分な統率力のある幹部を養成するため,幹部教育を重視する。

なお,教育訓練の実施に当たっては,人命を何よりも尊重し,事故を防止するため,安全管理に特に注意を払っている。

(2) 教育訓練の態様

自衛隊の教育訓練は,学校又は教育部隊における「基本教育」と部隊における「練成訓練」とに大別される。

学校又は教育部隊においては,隊員として必要な資質を養うとともに,職務遂行上必要な基礎的知識及び技能を修得させることを目的とし,部隊においては,隊員の練度を向上し,精強な部隊を練成することを目的としている。

(3) 学校などにおける教育

陸・海・空自衛隊における教育は,まず階級的には,士の教育,曹の教育及び幹部の教育の三つに大別される。更に,これらは,内容面から,一般的な素養教育と特技教育,教育の程度により,初級,中級,上級教育に,それぞれ分類され,各種の課程を設けている(資料35参照)。

これらの教育のうち主なものは,次のとおりである。

ア 曹士の教育

(ア) 新隊員の教育

2等陸・海・空士として採用され入隊した新隊員は,まず,陸・海・空自衛隊の教育隊において約3か月の教育を受ける。

ここでは,使命の自覚,自衛官としての基本的資質の陶冶,団体生活への習熟,体力の練成を主眼とし,初級の陸・海・空士としてそれぞれの自衛隊で必要な基礎的な知識・技能の教育を受ける。

その内容は,服務指導,体育,基本教練のほか,小火器射撃などの戦技訓練である。

新隊員教育の事例〕−海上自衛隊

海上自衛隊の新隊員の第1歩は,全国4か所にある教育隊における新隊員教育で始まる。

今までの学生時代とは違った規則正しい生活の中で,海上自衛官としての使命感の育成とシーマン・シップの養成に重点を置いた教育を受ける。このため,新隊員は,「安全,確実,迅速,静粛」をモットーに,朝の「総員起床」に始まる日常の諸動作を通じ,きめ細かなしつけ教育を受けるとともに,教官の講話,海上自衛隊の艦艇及び航空機の見学,史蹟見学などにより海上防衛の任務の重要性を次第に認識するようになる。更に,体育や登山競技などを通じ,基礎体力を練成するとともに,団体生活におけるチーム・ワーク,忍耐力,遵法精神などを身につける。

技能教育としては,まず最初に,きびきびした自衛官らしい動作を身につけさせるため,「基本教練」が行われる。正しい姿勢,敬礼,行進などを繰り返し演練するうちに,次第に自衛官らしい動作が身についてくる。

次に,海上自衛官として最も基本的なものとして,艦上生活に不可欠なロープの取扱法,すなわち「結索法」を体得する。最初は,結び方が緩かったり,索端が短か過ぎたりでなかなか思うように結べない。自由時間などを活用し,練習を重ねるうちに自然と手が動くようになり,動作は素早くなる。

また,「短艇訓練」は,シーマン・シップと不撓不屈の精神を養うのに適している。一見やさしそうであるが,実際こいでみると,オールを波にとられたり,転倒したりで艇は少しも進まない。手にはマメができ,つぶれるが,教官の「かいあげ」の号令はなかなか掛らない。歯をくいしばってこぎ続ける。訓練が続くうち,ふとしたはずみにこつを覚える。3か月の教育も終りに近づく頃には,12本のオールは,一糸乱れず,整斉と力強く,みごとなチーム・ワークで,艇は波を切って進む。

そしてこの短艇訓練を通じ,海を知り,船について多くを学びとる。

更に,海上自衛官に欠くことのできない「水泳訓練」は,各教育隊に備えられた温水プールを活用し,季節を問わず教育され,修了時には全員が泳げるようになる。

このほか,新隊員は,手旗信号の送受信訓練,艦艇火災における消火要領などについての技能教育を受ける。

このように,新隊員は,部隊勤務に先だち,海上自衛官として必要な最も基礎的な素養を身につけるように教育が施され,教育隊における生活が終了する時には,見違える程たくましく,自信に満ちた海の男に成長して巣立っていく。(短艇訓練中の海上自衛隊の新隊員

 

陸・海・空自衛隊とも,このような教育期間中に適性検査や面接などを行い,各自に最も適した特技職又は職域が決定される。そして,それぞれ職域別に必要な専門的な知識・技能教育を受けるための課程へと進む。

(イ) 自衛隊生徒の教育

自衛隊では,将来,技術部門の中堅陸・海・空曹となる者を養成するため,全国の中学卒業者から,試験により自衛隊生徒を選抜し,4年間の教育を行っている。これらの分野は,陸上自衛隊にあっては機甲科,航空科,通信科など,海上自衛隊にあっては水測(ソーナーなど),通信,電子整備など,航空自衛隊にあってはレーダー整備,警戒管制などであり,それぞれ,陸上自衛隊少年工科学校(横須賀市),海上自衛隊少年術科学校(広島県江田島町),航空自衛隊第4術科学校(埼玉県熊谷市)が担当している。教育に当たっては,使命の自覚及び将来伸展性のある技術陸・海・空曹としての資質の育成を重視している。

なお,自衛隊における生徒教育に加えて,高等学校の通信課程に全員入学させ,生徒教育修了時には,高等学校の卒業資格を併せて取得させている。

(ウ) 一般曹候補学生の教育

将来,陸・海・空曹の中堅隊員となる一般曹候補学生は,入隊後,おおむね新隊員教育に準じた基礎的な素養教育の後,修得する特技に分かれて,必要な専門の知識・技能教育を受ける。その後,引き続き部隊において実習を通じ実地に知識・技能の修得に努め,実習終了後,初級の陸・海・空曹として必要な素養教育が行われ,採用2年後には,3等陸・海・空曹に任命され,部隊に配属される。

(エ) 特技教育

隊員は,各種の装備を駆使するとともに,日進月歩の装備の近代化に対応するため,第7表に示す各課程において,特技職に必要な知識・技能の修得に努めている。各課程は,陸・海・空自衛隊の特性により一部差異はあるが,士,曹の教育に区分し,学校や教育部隊において教育を行っている。

特技教育の事例1陸自「初級陸曹特技課程(機甲)」

陸上自衛隊の「初級陸曹特技課程(機甲)」では,機甲科の初級陸曹として十分任務を達成できるように,戦車砲手としてのシミュレーターなどを用いての照準訓練,射撃訓練及び戦車操縦手としての戦闘状況下における操縦技術などの教育を行っている。

特技教育の事例2陸自「空挺基本課程」

陸上自衛隊には,機動的運用を目的とした空挺部隊があり,空挺隊員は,任務を耐え抜く強靱な体力と,不屈の精神力が要求されるので,志願した隊員の中から厳選される。

「空挺基本課程」では,まず,地上訓練で,航空機から降下するための各種の準備教育が行われる。航空機から跳び出す要領,吊り帯に吊られての落下傘の操縦技術,着地の要領を体得するための懸吊(けんちょう)着地訓練などを繰り返し行う。引き続いて人間が最も恐怖感を抱くといわれている11mの高さからの跳出塔訓練,水面への着水要領などを演練し,83mのタワーからの降下へと進む。この間,体力の練成と基本動作が徹底して教え込まれる。

これらの地上訓練終了後,仕上げとして,C−1輸送機からの実降下を行う。初降下−学生は緊張する。降下指示灯が点灯し,6分前点検が指示される。降下2分前,両サイドの降下扉が開かれ,急にC−1の爆音が大きく聞える。降下長の「降下」の指示,訓練を受けたとおりの踏みきりで気合を入れて地上300mの大空に思いきり跳び出す。大地がぶつかってくる感じだ。大声で「初降下,2降下,3降下」と開傘時機を確認すると,体にぐーんと衝撃を受け,傘は開いた。傘を操縦し,続いて着地動作――5回の降下を終えて,初めて陸上自衛隊の精鋭隊員としてのシンボル,空挺マークが胸に輝く。(C−1輸送機から降下する空挺隊員

特技教育の事例3海自「海曹高等科水測課程」

すでに,「普通科水測課程」を修了し,部隊勤務に従事している中堅の水測員(ソーナー員など)に対し,更に,高度の知識・技能を修得させるため,「海曹高等科水測課程」を設けている。本課程では,潜水艦を探知した場合,針路,速力,未来位置などを計算するためのコンピューターを用いた水中測的指揮武器や,ソーナーに用いられる高度な電子回路を理解するとともに,これらの機器の構造,機能及び作動を理解する。そして,これらの機器の整備調整や簡単な修理ができるようになるとともに,多種多様なソーナーの探知目標の中から,潜水艦を見つけ出す技術教育を受ける。更に,水中において音波がどのように伝わっていくかということについて学び,探知距離の予察ができるようになる。

なお,本課程修了者は,上級水測員として認定され,艦艇部隊における対潜関係員の中核となり,潜水艦の捜索,攻撃に活躍するようになる。

特技教育の事例4空自「上級火器管制整備員課程」

「上級火器管制整備員課程」では,戦闘機が目標を照準し,ミサイルや機関砲弾を命中させるための火器管制装置の整備について,中堅の空曹を対象として高度な知識・技能の教育を行っている。火器管制装置は,捜索追尾用レーダーで捕えた目標データをコンピューター処理し,高速で飛行する目標の未来位置を正確に計算する装置で,エレクトロニクスの粋を集めたものであり,学生は,その理論,高度な電子回路や自動制御などからなる複雑精緻な装置の構造及び整備技術を各種の教材を用いたり実習を通じ修得する。

以上のような教育は,他の特技課程についても,その特技職に必要な知識・技能を身につけさせるため,同じように行っている。

イ 幹部の教育

(ア) 幹部候補生の教育

防衛大学校卒業生,一般大学出身者及び自衛隊の曹から選抜された幹部候補生は,幹部自衛官としての資質を養うとともに,初級幹部に必要な基礎的知識・技能を修得するため,陸・海・空自衛隊の各幹部候補生学校(福岡県久留米市,広島県江田島町,奈良市)において,約6か月〜1年の教育を受ける。

婦人幹部候補生も,男子の場合に準じ,幹部候補生学校(陸上自衛隊は婦人自衛官教育隊)において教育を受ける。

なお,海上自衛隊においては,幹部候補生学校での教育を修了した初級幹部のうち,防衛大学校及び一般大学の出身者に対して,外洋における航海実習を通じ,幹部候補生学校において修得した知識・技能を実地に体得させ,幹部自衛官として必要な資質を育成するとともに,外国海軍との交歓,軍事施設,教育訓練の見学などにより,国際的な視野を広めることを目的として,約4〜5か月の遠洋練習航海を実施している。この結果,わが国と訪問国との国際親善と友好関係を深めることにも大きく寄与している。

遠洋練習航海は,昭和32年度以降,54年度で23回を数え,訪問国は40数か国に及んでいる。今年度は,約150日の予定で,欧州方面を主とした世界一周の航海実習を行っている(資料36参照)。

(イ) 一般教育

陸・海・空自衛隊とも幹部自衛官としての資質を向上させるとともに,階級に応じ,それぞれ部隊の中級又は上級の指揮官,幕僚として必要な知識・技能を修得させるため,第8表に示す各課程を設けている。

学生は,主として,統率,戦略,戦術,後方,戦史などについて研さんするとともに,兵棋演習などにより,指揮官,幕僚としての作戦計画の立案や部隊運用などについて演練する。

一般教育の事例陸自「指揮幕僚課程」の兵棋演習による教育

学生は,課程期間中,各種の兵棋演習を通じて指揮官,幕僚としての総合判断力を養うとともに,各種の状況下における部隊運用を演練する。この訓練のためには,前提として,広範な専門的知識が基礎となることはいうまでもない。

通常,学生はA・B二つの演習部隊に分けられ,対抗方式として教育が行われる。そして,教育目的に応じ,部隊の規模,大きさが定められ,学生は各級の指揮官,幕僚の職務につく。

教官から,A・B双方の部隊に対し,演習開始前の諸情勢,相手部隊に関する必要な情報が与えられるとともに,演習部隊最高指揮官に任務が与えられる。

演習部隊最高指揮官は,与えられた情勢に基づいて,幕僚の補佐を得て,自己の任務を分析し,状況判断を行い,相手部隊の可能行動を見積り,任務達成のための最良の行動方針を決定する。そして,作戦計画,行動命令として具現化し,下級部隊指揮官に任務を付与する。下級部隊指揮官は,これを受け,同様な手順で作戦計画,行動命令を作成する。

学生は,訓練開始に当たり,事前に作戦計画に基づいて十分な打ち合せを行うとともに,各司令部ごとに地図,通信系などを準備する。

訓練開始と同時に,教官を通じて相手部隊のとった行動に関する必要な情報が与えられ,指揮官として連続状況下で,状況判断を実施しつつ作戦を展開する。

戦闘場面での双方の損耗の算定,後方能力見積,作戦の進展度などについては,コンピューターを駆使して,より正確なものが学生に与えられている。

演習は,数日間昼夜兼行で行われ,それぞれの指揮官のとった処置は,逐一教官に報告し,学生は,そのとった行動と情報収集処置に応じて相手の情報を教官から与えられ,次の行動方針を決定する。

指揮官として,自由意志を有する相手指揮官の可能行動を,限られた情報,連続して変化する状況,気象,地形などあらゆる要素から考え,最良の行動方針を短時間で決定し,複雑な作戦状況下,考えたとおり部下指揮官に命令を与え,その実行を徹底させ,監督していくのは,苦悩と自己葛藤に満ちたものであり,指揮官の孤独さを身をもって味わうこととなる。

演習終了後,双方の作戦計画をつき合せ,その適切性や各作戦中の指揮官の状況判断,処置及び幕僚活動について,教官と学生とが一体となって,あらゆる面から検討が加えられ,学生は,指揮官,幕僚としての論理的思考を次第に身につけるようになるのである。(兵棋演習中の幹部学生

(ウ) 特技教育(航空機繰縦士の教育を除く)

幹部としての職務遂行に必要な専門的な知識・技能の修得と,装備の近代化に対応した高度の知識・技能を修得させるため,第9表に示す各課程を設けている。特に近年,電子兵器,ミサイルの発達に伴い,エレクトロニクス,システム,コンピューターなどについての高度な知識・技能が要求され,この種の教育にも力を注いでいる。

(エ) 統合運用のための教育

上級部隊の指揮官,幕僚として陸・海・空自衛隊を統合運用するのに必要な知識・技能を修得させるため,統合幕僚学校があり,ここでは一般課程(2佐を標準とする)及び特別講習(1佐・将補を標準とする)の2課程で教育訓練を行っている。

このほか,各自衛隊の幹部学校においても,一般教育の中で,統合運用に関する教育を行っている。

(オ) 委託教育

装備の近代化と高度化に伴い,自衛隊の技術関係の職域の中には,大学院卒業程度の知識及び能力を必要とするものが増えつつあるので,これらの要員を確保するため,防衛大学校理工学研究科において教育するかたわら,隊員を一般大学の理工学系又は医学系の大学院に入学させている。

また,必要に応じて隊員を一般大学に研究生や聴講生として派遣したり,民間会社や研究機関などに派遣して,科学技術の研究を行わせるほか,自衛隊の学校教官その他特定職域の要員養成上必要な教育(医学,法学,語学など)を受けさせている。

更に,国内において教育が困難な課程や戦術,技術,管理面の進歩に応ずる課程などを履修させるため,主として米国の軍関係の学校(陸軍指揮幕僚大学,海軍大学,空軍大学など)や一般大学に留学させている(資料37参照)。

なお,防衛庁でも,外国政府から教育の委託を受けた場合等,防衛大学校などに外国人留学生を受け入れ,教育を行っている(資料38参照)。

以上のような各課程において幹部自衛官の教育を行っているほか,防衛庁では,防衛研修所において,幹部自衛官及びその他の幹部職員並びにこれらに準ずる他省庁職員に対し,政治,経済,科学,国際問題など安全保障に関する広範な内容を総合的に研修させ,上級の幹部として必要な資質,すなわち思考力,判断力などを洗練し,より高い識見と教養を培うための教育を行っている。

ウ 航空機繰縦士の教育

自衛隊の航空機操縦士は,ジェット機などを操縦する技術だけでなく,高度な戦術能力及び判断力が要求される。このため,精神的にも,肉体的にも十分耐え得る航空適性を有する隊員を選抜し,高度な操縦技術と戦技の教育を行うことを目的とし,第16図に示す教育体系を定めている。

各自衛隊の航空部隊とその教育の特色は,次のとおりである。

陸上自衛隊の航空部隊は,各種のへリコプターが主力であるが,従来の指揮,連絡の任務に加えて,戦闘能力が要求されるようになってきている。このため,離着陸地は平担地とは限らず,また,地形,地物を利用して相手から発見されずに潜入する超低空飛行技術も要求され,教育においても,これらの点に主眼を置いている。

海上自衛隊の航空部隊は,対潜戦を主任務とするもので,機種も大型で,1機当たりの乗員も多く,長時間洋上で作戦するという点に特色がある。このため,全天候及び長距離飛行を重視した操縦教育のほか,対潜作戦に必要な戦術を担当する戦術航空士や捜索攻撃機器などの操作及び機上整備を担当する航空士の教育も行っている。

航空自衛隊の航空部隊は,防空戦闘,支援戦闘,輸送などを主任務とするもので,機種も多く,F−86F,F−1,F−104J,F−4EJ,F−15(昭和57年度に部隊配備を計画)などのジェット戦闘機やC−1ジェット輸送機など高度の操縦技術が要求されるのが特色である。ジェットパイロットは,その教育に約3年を要し,厳しい訓練を経て養成される。

航空機操縦士教育の事例空自のジェット・パイロット教育

航空自衛隊のパイロット教育は,「地上準備課程」から始まる。ここでは,落下傘降下訓練を受けるとともに,酸素吸入装置の取り扱いなどによく慣れるための航空生理訓練を受ける。更に,空では航空管制用語も,レーダー・サイトとの交信も英語を用いるので,英会話の教育も併せて行っている。連日の英会話教育で,俗に「寝ごとで英語が出るようになればこの課程は修了」といわれる。

次いで,T−34又はT−3初等練習機による「第1初級操縦課程」に進む。ここで初めて飛行機にとりつくことになるが,この後の各機種がすべてそうであるようにそのプロシジアー(操作手順)が徹底して教育される。

つまり,エンジン始動は,周囲確認燃料ポンプ起動エンジン起動……などといった手順を,その内容を理解するとともに記憶する。これが十分でないと,操縦席に座り,エンジンをかけ,プロペラがブルーンと回りだしたとたんにその後の手順を忘れてしまったという例も実際にあるからである。後部座席の教官は,初めは優しいが,そのうち恐しい存在になる。気合いを入れられ,激励され,おょそ12時間でソロ(単独飛行)が許可されるが,機尾に吹流しをつけ,初めてソロに出た感激は,どのパイロットにも忘れられない思い出となる。

続く「第2初級操縦課程」では,初めてジェット機の操縦法を学ぶ。T−1は,国産開発された操縦しやすいジェット練習機であるが,やはりそこはジェット機,離陸時の加速感や上昇力は,レシプロ機とは比較し難い優れた性能を持っている。また、近代的装備が操縦席の周囲に集中配置され,一つ一つのスイッチや計器が重要な意味を持っており,これらに目を配りながら操縦するのは慣れない世界だけに手こずる点もあるが,85時間の教育修了前には,十分一人で飛べる自信がつく。

「基本操縦課程」は,T−33ジェット練習機による訓練で,亜音速機という点では先のT−1ジェット練習機と同じであるが,更に高い操縦技量を修得し,本課程修了で操縦資格(ウイング・マーク)が付与され,晴れてジェット・パイロットとなる。続くT−2は,超音速の高等練習機で,ここでは,実用機(F−1,F−4,F−104など)で行う戦闘法の基礎的技能を養うことに重点が置かれる。

これまで身につけた操縦法を駆使した対戦闘機戦闘,空対空射撃,空対地射爆撃などを行う。「クリヤー・ホット(弾をうってよし)」という教官の指示を受け,航空機に曳航された標的に向って突進,照準し引金を引く。曳光弾が赤く光りながら標的に飛び込んで行く。初めて弾を撃つ。飛んでいる目標を飛んでいる飛行機から,しっかりとねらいをつけて発射したとの確かな手ごたえが戦闘機乗りの誇りと自信を生む。戦闘機動は,ただ単に飛ぶというだけの世界から相手を求めてのし烈な闘いの世界である。相手も自分に向ってくる。これに対し,自分と飛行機が一体となって機動し,眼前が暗くなるような高荷重に耐え,勝利を制する技能と精神力,そして体力があって,初めて一人前の戦闘機乗りとなり得るのだ。

T−2ジェット練習機での課程を修了後は,それぞれの機種に分かれ,実用機で教育を受け,これを終えて初めて第一線部隊の勤務につく。(教育を受けるパイロット学生

(4)部隊における教育訓練

自衛隊の部隊における訓練は,個人訓練と部隊訓練とに大別される。

「個人訓練」は,隊員に対し,精神力及び体力面を含め職務に応ずる資質や職務遂行に必要な知識・技能を維持向上させるため,学校などにおける基本教育に連接して実施される。ちなみに,射撃,スキー,持久走などは,オリンピックや国体の種目ともなっており,多くの隊員が選手として参加している。

一方,「部隊訓練」は,部隊が厳正な規律,強固な団結の下,その機能を十分発揮できるように,各級部隊ごとに訓練を実施するとともに,更に,他の部隊との協同による訓練へと段階的に進むことにより,諸作戦に習熟し,いかなる任務も完遂できるように努めている。また,これらの成果を基礎とし,毎年,規模の大きな訓練を実施し,部隊の総合的な練度の向上を図るとともに,各級指揮官の部隊の指揮運用,各部隊の協同連係要領などについて,総合的に演練している。

以下,陸・海・空自衛隊の訓練状況について述べることとする。

ア 陸上自衛隊

陸上自衛隊の部隊における訓練は,隊員個々の職務遂行能力に基礎を置いて,班,小隊などの小部隊から,連隊,師団などの大部隊ヘ段階的に積み上げられ,更に,普通科,機甲科,特科などの諸職種部隊が相互に協力して部隊としての組織的な戦闘力を発揮し得るよう訓練か実施される。

個人訓練は,陸上自衛官として必要な精神的基盤を充実させるとともに,隊員に共通した射撃,スキー,格闘技などの練成と各職種ごとに任務遂行に必要な特技を錬磨する。

班,小隊及び中隊の訓練は,職種部隊運用上の基盤となるもので,指揮官を中心とした強固な団結を図り,組織の機能を有効に発揮することを目的とし,通常,部隊編成区分ごと,又は他の部隊と協同して訓練を行う。例えば,相手の前進を阻止するための防御訓練,相手の陣地を撃破するための攻撃訓練,へリコプターを用いて機動するへリボーン訓練などである。

連隊戦闘団や師団の演習は,その目的に応じ,実員演習(実際に部隊を展開して行う演習),兵棋演習,指揮所演習などにより実施される。

通常,秋季には,仕上げの訓練として,演習場において3〜7日間,連続した状況の下で演習を実施する。

演習の実施に当たっては,特に主要各国の装備の近代化に対応し得るよう,近代兵器を装備した部隊を演習対抗部隊として,より実戦的訓練を行っている。

昭和53年度の主要な演習の実施状況は,第10表に示すとおりである。

なお,ここに北部方面隊の1隊員の手記を紹介し,教育訓練の一端を説明することとする。

入隊から冬期訓練まで〕−北部方面隊のある2等陸士の手記から抜すい

○ 3月○日,鹿児島県国分駐屯地入隊

私の自衛隊生活の始まった日である。

不安一杯でこの世界に入る。果たして一生,自分は自衛官として勤まるだろうか。高校時代と違って,自衛隊に入ると自由が束縛される。柵の中での自由しかないし,親から全く離れ,地方から集まった者と生活を共にしてゆく……。こんなことを考えているとますます不安が募るばかりであった。

○ 4月○日,隊員として必要な学科及び精神的,肉体的基礎訓練を受け,約1週間が過ぎた。厳しさ,つらさだけがのしかかってくる。しかし,自分と一緒の道を歩む同期生とのきずなが私を成長させ,気持に張りをもたせてくれた。

○ 4月○日,高千穂の峠,その頂上まで水筒一つと履き始めて間もない半長靴で登る。沖縄や奄美大島などの出身者が多かったのでみんな浮き浮きしていた。頂上から,はるか前方に鹿児島,後方に宮崎を見おろしていると,まるで日本の頂上にいるような錯覚にとらわれる。そして,遠く南西の方向には母と妹が住んでいる。こんなことをぼんやりと考えているうち,何かひらめくものがあった。そうだ,今この平和を破壊してはならないのだ。やっと防衛の必要性が分かりかけてきたような気がする。そのためにも私の青春時代を自衛隊で力一杯やってみようと,心のどこからか小さいけれども湧き立つものに気付き始めた。

○ 5月○日,雨の日が続く。その中で朝から晩まで匍匐(ほふく)し,顔面,全身を地面に密着させ前ヘ前へと進む。下着が泥で真黒になり,何枚捨てたことか。そんなにしてまで毎日毎日,泥だらけでグッショリ濡れるのになぜかみんな雨の日が好きだった。何でもよかったんだ。ただ一つのことにガムシャラになれれば,それが青春,若さなのだ。また,戦闘訓練を終えて隊舎まで帰る時の隊歌も,ひときわ駐屯地全域に響いた。

これこそ青春の証ではないだろうか。

○ 6月○日,一人前の自衛官として巣立つ時がきた。専門分野の教育を受ける後期教育に向かうわけである。私の任地は北海道に決定した。それも区隊長の一言で決定した。北海道ヘ行くのだ。それも一番北の名寄へ。母一人,妹一人であるので地元に残りたいと考えていたのであるが……。

見知らぬ北海道へ,一人で出発しなければならない。孤独感と共に不安感が入隊当時よりはるかに大きいように思える。

○ 6月○日,青函連絡船から降りて,私は函館から名寄行きの汽車に乗り,窓から人家が次第にまばらになってゆく景色を眺め,ますます心細さを感じた。夕刻,夏とはいえ肌寒い名寄の駅に着き,部隊へと直行した。そこは,これから後期の教育を受ける第3普通科連隊であった。

○ 7月○日,81mm迫撃砲区隊で教育が始まった。照準器の取り扱いなど初めて学ぶことばかりであったが,次第に興味が湧いてきた。しかし,着隊から7月初めまでは,新しい生活にとけ込むのに苦労した。(81mm迫撃砲の操作の教育を受ける新隊員

○ 7月○日,この日35km徒歩行進が行われた。夏の日ざしは九州と変らない。

汗のふき出る中,九州男児が暑さに負けてなるものかと最後まで歩き続けた。この日くらい背のうの重さを思い知らされたことはなかった。

○ 8月○日,検閲と迫撃砲手試験をめざし,一生懸命訓練に励んだ。81mm迫撃砲なんて全く知らなかった私も,今や見違える程迅速に砲を操作できるようになった。これも苦しい訓練の積み重ねのおかげであろう。汗が滝のように流れる中で,重い砲を持って繰り返し繰り返し演練した陣地進入。照準の一つ一つに精魂を込めた毎日。

検閲も優秀な成績を得,迫撃砲手の試験も198点と最高の成績で終了した。やったという満足感で一杯であった。

○ 9月○日,前期は4級であった体力測定も2級に合格し,迫撃砲の実弾射撃も体験した。

今はこの名寄に来て本当に良かったと思った。まだ冬期の経験がない私にとって冬の北辺の防衛の厳しさがどんなものか知らないのであるが……。

○ 10月○日,私は一人前の自衛隊員として歩むべく第3普通科連隊第2中隊に配属された。営内班の人達も,班長をはじめみんな感じの良さそうな人ばかりのようだ。これから先,寝食を共にする兄貴達,どうぞよろしく。

○ 10月○日,別海演習場において連隊戦闘団演習の検閲に参加した。中隊に配属されて初めての演習である。

演習場に向け,昼食後,駐屯地を出発,名寄からの長い道のりを終え,演習場ヘ到着したのは,夜明け前であった。演習場は,あいにくの昨日からの雨で泥沼のようになり,車両はチェーンを付けなければならない程であった。私は81mm迫撃砲の副砲手として車両で前進したが,小銃小隊は,激しい雨の中を徒歩で行進していた。車両も人も泥だらけとなり,幾度も車輪が泥沼にはまり,必死になって押し上げながら目的地に向けて前進した。

演習の3日目から5日目にかけては,1日2〜3回の陣地進入,陣地構築をしながらゆっくりと部隊は前進,新隊員教育では体験できなかった実戦的なものを多く学んだ。

6日目,いよいよ近接戦闘になってきた。もう車両による前進では間に合わない。手搬送である。重い迫撃砲を持って走る。きつい。きついけれど夢中で動いた。そしてやっと「状況終り」の合図,みんなホッとしたと同時に今までの疲れがドッと出てきた。宿営地に帰り,宿営準備にかかりながら戦闘中のことを語り合った。

演習最後の日,みぞれ混りの雨と冷たい北風が,薄暗くなった宿営地に冬将軍の訪れを告げ,夜半から雨が一段と強くなり,2,3の天幕は吹き飛ばされた。

私達の天幕も倒されてしまい,私の頭に支柱が倒れかかってきた。この夜,私は鉄帽をかぶって寝ることにした。横に寝ていた同期生のW2士は,気がつくと寝袋に体をくるみ水溜りの中に寝ていた。大変な一夜であった。

演習場からの帰路,層雲峡の付近から,雨はまたみぞれに変り,名寄の駐屯地に着いた時は雪となっていた。初めての演習は,雨で始まって雪で終った。北海道に来て忘れることのできない演習であった。

余りにも早い冬の訪れと,先に待ち受ける厳しい冬,これが北海道の本当の姿なのだ。この冬を越してこそ,北辺の第一線に来たかいがある。新たな闘志が燃えてきた。(連隊戦闘団演習における攻撃訓練

○ 10月○日,中隊は持久走大会をめざし,張り切っていた。

ピヤシリ山の麓から頂上まで約20kmを,7区間に分けて,リレー方式で走る。私も選手に選ばれ,第2区間を中隊の8名と共に,戦闘服装に水筒を付けて走ることになった。朝は5時頃から,土曜,日曜なしに鍛練した結果,私達の中隊は優勝の栄冠を勝ち得た。そして私も立派な一戦力として,中隊のために活躍できたことが,中隊へきて初めての喜びであり,誇りであった。

○ 11月○日,毎年初めて北海道勤務となった隊員に対し「新渡道スキー教育」が行われる。

鹿児島出身の私が,スキーをやるとは夢にも思わなかった。生れて初めてスキーを履いた時,歩く度に転んでいた私も,教育を受けるにつれ,次第に歩けるようになり,やがて直滑降もまずまずとなった。基本のプルーク・ボーゲンからシュテム・ボーゲンまで何とかこなせるようになった。検定の日,滑降はまあまあであったが,6kmのコースを10kgの重量物を入れた背のうを背負って走るのは、本当にきつかった。道産子隊員組に,はるかに差をつけられたが,何とか3級に合格することができた。(北方隊員の必須、スキー訓練

○ 12月○日,積雪も1m近くになり,気温は零下10℃以下の日々が多くなってきて,かねて予想はしていたが本当の北辺の冬の厳しさに直面し,鹿児島出身の私は,ただただ驚くばかりであった。

○ 1月○日,スキー大会をめざし,酷寒の中,毎日毎日,6kmのコースを走った。大会当日は零下35℃という寒さであり,みんな顔からつららを下げて走った。私達の中隊は,惜しくもわずかの差で準優勝となった。

○ 2月○日,いよいよ上富良野演習場での冬期演習がやってきた。本当に名寄は寒い所だ。演習出発の日は零下39.5℃まで下がった。この冬一番の寒さだ。出発後も零下20℃前後が続き,しかも対空,対遊撃警戒を考慮して,車両の覆をはずして行進するため,上富良野までの約5時間,毛布で覆った手足をしきりに動かし,ただひたすら耐えた。演習場に着いたのは午後5時頃であった。それから,車両に積載していた荷物をアキオ(雪ぞり)に移しかえ,6人で約150kgのアキオを引いて,山の頂上まで歩かねばならない。5〜6時間はかかりそうである。思ったとおり,山頂に着いたのは夜の9時で,くたくたに疲れていた。それから,宿営準備のため,約50cmぐらい雪を掘り,そこに寒冷地用天幕を張り,周囲に偽装と風よけのための雪のブロックを積み上げた。やっと寝る準備もできたが,この雪の中に7日間も寝るのかと考えると,ゾーとして,まさに骨まで凍る思いがした。夜中の11時半,ようやく夕食のカチカチに冷えた飯に,冷えきったパック入りのカレーをかけて食べた。でも,全部食べてしまう程おいしかった。

人間こうなれば何でも食べられるものだと驚いた。いよいよ寝ようと思ったが寒くて眠れそうもない。寝付いたのは1時頃であった。

今回は第3小隊第3班の小銃手として演習に参加し,演習場の東側の「望見台」において防御することになった。迫撃砲小隊の訓練内容と異るので,最後までやれるかどうか不安であったが,小隊長,班長の指導で掩体構築から始まった。しかし昨日の疲れで力が入らない。やっとの思いで構築が終了した時は,すでに夜に入っていた。天幕に入り,一息つくと,暖かい風呂に入りたい,ひげも剃りたい,歯も磨きたいなどと日頃の生活がことごとく懐しく思われる。

4日目,零下20℃ぐらいの寒気の中,歩哨として銃を構え,2時間交代で警戒に当たった。次いで交代で斥候に出る。3人一組で林の中を下り,向側の山頂までゆく。スキーの下手な私は,よく転んだが,でもよく木にぶつからなかったものだと感心した。天幕に帰ると汗がびっしょりであったが,1個班6名では着替える暇もなく,次の任務が待っていた。

6日目,食事は各陣地まで温食配分ということであったが,運搬してくるうち冷えてカチカチとなってしまうので飯盒炊飯にならざるを得なかった。

11時頃から掩体で銃を構える。しばらくして,対抗部隊が林の中を登ってきた。攻防戦が始まり,約1時間で相手を撃退したが,間もなく「状況終り」が告げられた。

しかし,演習が終ったのではない。撤収その他であと1日はここで宿営しなければならない。それにしても状況が終ってホットした思いである。もう一頑張りである。

いよいよ今日で演習も終り帰隊である。私にとっては,長い演習に感じられたが,あの酷寒の中,ついにやり遂げたというほのかな自信と満足感で一杯であった。

千歳の第7師団にいた先輩が口ぐせに言っていた「われらここに励みて国安らかなり」という言葉が,ようやく実感として胸にしみてきた。(冬期訓練中の隊員

イ 海上自衛隊

海上自衛隊の艦艇及び航空機の訓練は,定期的な隊員の交代や,艦艇の検査・修理があるため,一定期間を周期とし,これを数期に分け,段階的に練度を向上させる周期訓練方式をとっている。艦艇部隊にあっては個艦を,航空部隊においては搭乗チームを単位とし訓練を行う。

周期の初期においては,個艦及び搭乗チームの個人の技能とチーム・ワーク作りに主眼が置かれる。例えば,艦艇部隊では,基本的な射撃要領や戦闘被害を受けた場合の防火,防水処置など,航空部隊では,計器飛行,緊急時の処置,各航空士の水中音響機器,レーダーなどによる目標の捜索や識別要領などについて演練する。

周期が進むにつれ,部隊の規模を次第に拡大しながら,対潜戦,船団護衛,艦隊防空などの訓練を実施し,艦艇相互の連係や,艦艇,航空機の協同要領などを演練する。これらの訓練は忍耐のいる長期のものであり,隊員の肉体的,精神的疲労が激しいため,艦艇では全乗員を二つ又は三つに区分し,昼夜を問わず,2〜4時間おきに輪番で勤務する当直体制(哨戒配備)で実施し,艦全体の戦闘力を常時即応状態に保たせる。

 機雷戦部隊は,掃海訓練や,積極的に機雷を捜索処分する機雷掃討訓練並びにわが国の沿岸,水道などに近接する艦艇,潜水艦を阻止するための防御的な機雷敷設の訓練を行う。

秋季には,毎年,ほぼ海上自衛隊の全艦艇,航空機が参加して大規模な海上自衛隊演習を行っている。

この演習を通じ,各艦,各搭乗チームは,日頃の訓練の成果を発揮するとともに,各級指揮官は,部隊指揮運用,各部隊の協同連係などについて総合的に演練している。

更に,一部の部隊は,米海軍との共同訓練を実施し,技量の向上を図っている(資料21参照)。

昭和53年度の演習の実施状況は,第11表に示すとおりである。

訓練の事例1対潜訓練

A艦は,潜水艦や航空機の攻撃から船団を護るため,船団の周りで,いつでも戦闘ができるように哨戒配備とし,周辺の警戒を厳重にしながら,針路を南にとって航行中である。数隻の僚艦とともに,護衛を開始して3日目,船団は,九州のはるか東方海上にさしかかっており,あいにく低気圧の接近に伴って,艦の動揺が少し激しくなってきた。午前3時,ソーナー室の直長K2曹は,他の哨戒直員とともに,船団にとって最も危険な薄明時の対潜捜索の当直についた。ソーナー室前直長S2曹から,哨戒長などの細かい捜索に関する指示や,海域の水中状況などについて申し継ぎを受け,ソーナー室の哨戒直員にも細かい指示を与えた後,機器の微妙な調整を行いながら,ソーナーによる捜索を開始した。午前3時25分,ソーナー画面の右40゜方向にかすかな映像を探知したが,反響音は不明瞭である。艦橋の哨戒長に報告するとともに,ソーナー室の各種機器で目標類別を開始,戦闘情報室,司令部にも情報を送り,対潜哨戒機も加わって目標の類別が行われた。やがて,艦長が情報を総合的に評価して,目標は潜水艦でないと判定,艦橋の哨戒長から,元のソーナー捜索に復帰するよう指示された。

時計は,午前4時を回っている。

その時,哨戒長が電話で,「船団前方に航空機が潜水艦らしい目標を探知攻撃中,本艦はB艦と共に捜索隊として直行する。対潜警戒を厳となせ。」とはりのある声。ソーナー室は緊張する。しばらくして艦は潜水艦潜在海面に入った。午前4時58分,左30゜方向のノイズの中に何かある。映像はやや不鮮明であるが,反響音は明瞭で鋭い。間違なく潜水艦だ。「ソーナー探知。目標は潜水艦らしい。」と哨戒長に報告し,潜水艦に回避されないように慎重に映像を追尾する。艦内に「総員配置につけ」のアラームがけたたましく鳴り響いて,仮眠中の非番直員がベットからとび起きそれぞれの配置に走る。数分で配置は完了し,戦闘準備は完成された。艦長が「アスロック攻撃始め」を下令,戦闘情報室の隊員も,手際よく,各種情報を表示し,航空機を管制し,僚艦との連合攻撃,艦艇,航空機との協同作戦が開始された。攻撃はしつように繰り返され,約1時間後,攻撃は有効と判定された。攻撃を終了し,再び護衛の任務に復帰するため船団の方に向う。ほっとする間もなく対潜捜索がまた続く。(対潜訓練中の護衛艦艦橋と哨戒長

 ウ 航空自衛隊

航空自衛隊の部隊における訓練は,領空侵犯措置のための態勢を維持しつつ,有事に即応し得る部隊を練成するため,隊員個入の練度を向上させるとともに,組織としての任務遂行能力を向上させるよう教育訓練を実施している。防空作戦は前章で述べたシステムで行われるが,直接戦闘に参加する主なものは,戦闘機部隊,航空警戒管制部隊及び地対空誘導弾部隊である。これらが有効に戦闘力を発揮するためには,多くの隊員がそれぞれの持場で与えられた任務を遂行することが基盤となっている。

戦闘機部隊における操縦士の訓練は,教育課程で修得した基本的操縦法などを基礎として,必要な各種戦闘法,即ち要撃戦闘,対戦闘機戦闘,空対空射撃,空対地射爆撃などを段階的に訓練する。当初は,編隊長に従って対領空侵犯措置の僚機としての任務を実施できることを目標に訓練を受け,これは通常,部隊に配属されて約半年で終了する。更に,編隊長訓練などを受けるが,この間に経験,飛行時間,射撃技能などによって初級,中級,上級の技量資格を付与される。

航空警戒管制部隊では,侵入機の発見,識別,最適要撃兵器の指向,要撃機の誘導などの訓練を,地対空誘導弾部隊では,ミサイルの組立,整備,射撃,米国での実射訓練などを行っている。このような訓練と同時に3者の連係要領を適時訓練し,組織としての総合力の向上に努めている。

毎年秋季には,総合演習を行っている。また,航空部隊の卓越した機動力と戦闘力は,陸・海部隊にとっても重要であるため,陸・海自衛隊との協同訓練を行っているほか,米軍との共同訓練を実施し,練度の向上に努めている(資料21参照)。

昭和53年度の主要な演習の実施状況は,第12表に示すとおりである。

訓練の事例2防空戦闘訓練

レーダー・サイトでは,24時間一瞬の間隙もなく警戒監視が続けられ,航空団や高射部隊では,航空機やミサイルの点検整備が終了し,いつでも要撃機が発進しミサイルが発射できる状態となっている。防空戦闘の中枢である防空管制指令所では,カラーデータ・スクリーンに飛行中の航空機の行動が自動的に表示され,状況がは握されている。

レーダー・サイトの先任指令官が,オペレーション・ル−ム(作戦室)勤務員に対して監視の強化を指示した。

レーダー・スコープを注意深く監視していたN3曹は,レーダー・サイトの西方,はるか洋上に航空機らしい目標を探知した。明らかに目標は近づきつつある。「国籍不明機探知,位置−−,高度−−,速度−−,方位−−」N3曹の声はオペレーション・ルームの静寂を破った。

この目標の航跡情報は,自動伝送システムにより,即時に防空管制指令所に通報され,カラーデータ・スクリーンに彼我識別不明機を示すシンボル・マークがくっきりと表示された。識別係幹部が,素早く飛行計画,その他の関連情報をチェックし仮設敵機と判別,先任指令官は,兵器割当指令官を通じて直ちに要撃機に対し緊急発進を指令した。

緊急発進指令は,瞬時に飛行隊に伝えられ,待機していたパイロットは,その指令を受け,間髪を入れず愛機に搭乗しエンジンを始動する。要撃機の編隊は,爆音を発しながら飛行場を飛び立って行く。要撃機のパイロットの耳に緊張したレーダー・サイトの要撃指令官の音声が入ってきた。仮設敵機の情報が刻々と知らされてくる。仮設敵機への指向開始である。操縦棹を握る手に思わず力が入る。

引き続きレーダー・スコープをじっと監視していたN3曹は,航空機らしい多数のレーダー・エコーが次々と接近してくるのを確認した。

仮設敵機の多数機編隊による侵攻である。待機中の要撃機は次々と発進してゆく。

先任指令官は,ナイキ管制官を通じて,ナイキに適合した目標を高射隊に割り当てた。高射隊では,割り当てられた目標を,目標追随レーダ−が捕えた。ナイキ指令官はミサイルの発射を指令する。

N3曹は,レーダー・スコープ上に展開される敵味方の息づまる空中戦闘状況を食い入るように見つめていたが,やがて仮設敵機が,レーダー・スコープから消滅していくのに気付いた。

防空戦闘の第1波が終了したのである。

以上のように,自衛隊は,第1章で述べた教育訓練に関する各種の問題点や悩みをかかえながらも,与えられた環境下でその改善を図りつつ,わが国防衛の任務を完遂するため,日夜教育訓練に励んでいる。(防空戦闘訓練中のレーダー・サイト・オペレーション・ルームの隊員

 

(注) 自衛隊法第52条(服務の本旨) 隊員は,わが国の平和と独立を守る自衛隊の使命を自覚し,一政団結,厳正な規律を保持し,常に徳操を養い,人格を尊重し,心身をきたえ,技能をみがき,強い責任感をもって専心その職務の遂行にあたり,事に臨んでは危険を顧みず,身をもって責務の完遂に努め,もって国民の負託にこたえることを期するものとする。

(注) 教育部隊 自衛隊には教育機関としての各種学校のほか,隊員の教育を主任務とする教育部隊がある。例えば,陸上自衛隊には,新隊員教育を行う教育連隊や空挺教育隊などがある。海・空自衛隊にも新隊員教育のための教育隊,操縦士教育のための教育航空群(海自),飛行教育団(空自)などがある。

(注) 後方 機能的要素で分類すると,補給,整備,輸送,建設,衛生,人事及び管理に区分される。

(注) 兵棋演習 実動部隊を用いず,地図上で兵棋を用いて行う図上演習の一種であり,部隊における指揮官,幕僚及び学校における学生の教育に多用されている。

(注) アスロック ASROC(Anti-Submarine Rocket)対潜兵器の一種で,ロケットの先端にホーミング魚雷を装備し,ランチャーから発射する。魚雷は空中を飛しょうし,目標海面付近で,パラシュートにより海面に到達し,目標にホーミングする。海上自衛隊の主力対潜攻撃武器である。

3 隊員に対する新しい施策

 防衛庁では,従来から隊員に関する人事施策について各種の改善を図ってきたところであるが,昭和54年度においては,自衛官の停年延長及び退職者に対する就職援護について新しい施策をとることとした。

(1) 自衛官の停年延長

自衛隊では,その任務の特殊性から,任期制隊員を除いて,若年停年制を採用しており,自衛官の退職者のうち50歳で停年退職する者が,幹部・曹を通じて約90%を占めている。50歳という時期は,ライフ・サイクル上,いまだ家族の扶養,子弟の教育など経済的負担の多い時期であるにもかかわらず,退職を余儀なくされているわけである。

ところが,近年の日本人の平均寿命の伸びと,体力の向上は著しく,高齢者の労慟能力の向上に伴い,60歳停年が除々に増加するすう勢にあり,50歳は働き盛りというのが,今や社会通念となってきている。自衛隊においても,装備の近代化につれて,高度の知識と技能を有する隊員の必要性が従来より高まってきている。

このような情勢から,防衛庁では,人材の有効な活用と,併せて隊員の士気の高揚を図るため,従来の停年を引き上げることとした。

その具体的計画は,第13表に示すとおりであり,昭和54年度は,2佐以下の幹部及び准尉の停年を,50歳から51歳に延長することとしている。

(2) 就職援護のための新しい施策

自衛隊退職者は,停年延長により一時減少するものの,昭和20年代後半の自衛隊創設期に入隊した隊員がやがて退職期を迎えるため,近い将来,任期制隊員の退職者を含め,毎年1万5,000人以上にものぼることが見込まれている。

これら退職者のほとんどは,退職後の生活基盤の確保などのため,再就職を必要としている。このため,これら退職予定自衛官の就職援護は,各般の人事施策の最重要事項と考えられ,従来から退職後の職業や生活についての不安をできるだけ除去し,ひいては,良質隊員の確保及び士気の高揚にも資するため,制度上可能な範囲で職業訓練など各種の援護施策を講じてきたところである。

しかし,今後予想される厳しい雇用情勢から,再就職はますます難かしくなることが予見される。

このような事情から,今後,従来の援護施策に加えて,防衛庁を監督官庁とする既設の公益法人が行う停年等退職予定自衛官の無料職業紹介事業に対し,助成措置を講ずることなどにより,自衛隊退職者の就職援護施策を一層推進することとしている。

第3章 日米安全保障体制の有効性の保持

 わが国の防衛は,わが国自らが適切な規模の防衛力を保有し,これを最も効率的に運用し得る態勢を築くとともに,米国との安全保障体制の信頼性の維持及び円滑な運用態勢の整備を図ることにより,いかなる態様の侵略にも対応し得る防衛体制を構成し,これによって侵略を未然に防止することを基本としている。したがって,日米安全保障体制は,このような防衛の構想をとるわが国にとって必須のものであると同時に,単に防衛面だけではなく,同体制を通じる日米両国の友好協力関係は,わが国の発展と繁栄のため,更にはアジア,太平洋地域での安定した国際政治構造にとっても,必要不可欠のものとなっている。

 この日米安全保障体制が,いかなる時にも有効に機能するためには,日米両国の不断の努力が必要である。

1 日米安全保障体制の有効性を保持する努力

(1) 一般に条約は,締結国が相互に利益を享受している場合,最も有効に機能するものである。

日米安全保障条約についても,同条約の存在が日米双方にとってかけがえのない重要な利益であることが相互に認識され,このような認識に根ざした友好協力関係が継続してこそ,その有効性が最も確実なものとなるのである。したがって,日米両国は,それぞれこの条約を有効ならしめるための努力を積み重ね,お互いの責任を応分に果たすことが必要である。

自由圏第2の経済大国であり,アジア地域における安定勢力として主要な地位を占めている日本との友好協力関係の保持は,米国としても重要視しているところであるし,また,わが国としても日米安全保障体制の持つわが国にとっての重要性を十分踏まえて,米国との友好協力関係の保持について相応の努力を払わなければならない。

(2) 米国は,現在約40か国との間に安全保障に関する条約を締結し,世界全域にわたって安全保障上のコミットメントを与え,自由陣営側の安全保障の責任をになっている。日米安全保障条約は,米国のそのような対外コミットメントの一つであり,同条約において,米国は,日本に対する武力攻撃がなされた場合,日本防衛の義務を負っているが,わが国は米国の領土やわが国の領域外の場所にいる米軍が攻撃されても,これを防衛する義務を負っていないという特徴を持っている。この点は,わが国が憲法上集団的自衛権を行使し得ないことによるものであって,NATO条約において加盟各国が米国本土に対する攻撃に対しても相互に防衛する義務を負っており,また,米韓相互防衛条約においても韓国が米国と相互に防衛し合うのを建前としていることと比較すると異なったものとなっている。

(3) これらの事実は,わが国の安全保障を考える上で十分認識されなければならない。

わが国は,これまで4次にわたる防衛力整備計画を通じ防衛力の整備に努め,今後とも「防衛計画の大綱」などに基づき防衛力の整備を着実に進めていくこととしており,このようなわが国自身の防衛努力は,日米安全保障体制の充実につながることとなる。

また,日米両国政府の関係者が,日米安全保障条約及びその関連取極の運用について不断の協議を行い,お互いの意思の疎通を図るとともに,わが国としては日米安全保障条約第6条により提供義務を負っている在日米軍の施設・区域の安定的使用を確保するための努力を行っていくことが今後とも必要不可欠である。

更に,日米安全保障体制は日米関係において単にこれらの防衛面のみならず,政治,経済,文化などあらゆる分野における友好協力関係の基礎であることから,両国のコミュニケイションを密にしつつ,友好協力関係を積極的に推進することが肝要である。

2 日米防衛協力のための指針

(1) 昭和53年11月,「日米防衛協力のための指針」が,第17回日米安全保障協議委員会で了承され,ついで国防会議及び閣議に報告され,了承された。

これは,日米安全保障体制を基調として自国の平和と安全を維持することを国防の基本方針としているわが国にとって,極めて重要な意義を有するものである。

(2) この「指針」が了承されるまでの経緯は,次のとおりである。

ア 日米両国政府の関係者による安全保障問題についての意見交換は,これまで,通常の外交経路によるものは当然のこととして,内閣総理大臣訪米時における米国政府首脳との会談をはじめとする両国政府要人の間において行われてきているが,主な協議の場としては従来から第14表に示すようなものがある。しかしながら,軍事面を含めた包括的な協力態勢に関する研究・協議のようなものは行われてきておらず,その結果,例えばわが国に対して武力攻撃が発生した際に,日米両国は具体的にどのような措置をとり,どのような範囲で協力していくのかなどのことについては,明らかでなかった。

イ この面での改善を図るため,昭和50年8月,当時の三木内閣総理大臣とフォード米大統領との会談及び坂田防衛庁長官とシュレシンジャー米国防長官との会談において,日米両国が協力してとるべき措置につき協議すること,またこのための場を設けることが了解された。これらの会談における了解に基づき,昭和51年7月,第16回日米安全保障協議委員会において,同協議委員会の下部機構として,防衛協力小委員会が設置された。

同小委員会は,日米安全保障条約及びその関連取極の目的を効果的に達成するため,緊急時における自衛隊と米軍との間の整合のとれた共同対処行動を確保するためにとるべき措置に関する指針を含め,日米間の協力のあり方に関する研究・協議を行うことを目的としたものであり,その構成メンバーは,日本側は,外務省アメリカ局長,防衛庁防衛局長及び統合幕僚会議事務局長,米国側は,在日米大使館公使及び在日米軍参謀長である。

ウ 昭和51年8月の第1回会合以来,防衛協力小委員会は,2年有余にわたり,作戦,情報及び後方支援の3部会での専門的検討を踏まえつつ,日本に武力攻撃がなされた場合の諸問題などについて,研究・協議を重ね,第8回の会合(昭和53年10月)において「日米防衛協力のための指針」をとりまとめた。

同小委員会の研究・協議においては,事前協議に関する諸問題,日本の憲法上の制約に関する諸問題及び非核三原則は対象としないこと,また,その結論は,両国政府の立法,予算ないし行政上の措置を義務づけるものではないことを前提条件としていた。

エ この「指針」は,防衛協力小委員会の以上のような活動の成果として,昭和53年11月,第17回日米安全保障協議委員会において,防衛協力小委員会から報告され,了承された。次いで,国防会議及び閣議に,外務大臣及び防衛庁長官から報告されるとともに,防衛庁長官から「この指針に基づき自衛隊が米軍との間で実施することが予定されている共同作戦計画の研究その他の作業については,防衛庁長官が責任をもって当たることとしたい。」旨の発言があり,いずれも了承された。(第17回日米安全保障協議委員会

(3) この「指針」は,日米の防衛協力のあり方について述べたものであり,現在,自衛隊と米軍との間で「指針」に基づく共同作戦計画の研究その他の作業が実施されつつあるが,「指針」という名称及び研究・協議に当たっての前提条件等からも明らかなように,これは政府間の協定といったものではなく,その取り扱いは日米両国政府のそれぞれの判断に委ねられるものである。

また,「指針」は,前文のほか,侵略を未然に防止するための態勢,日本に対する武力攻撃に際しての対処行動等及び日本以外の極東における事態で日本の安全に重要な影響を与える場合の日米間の協力,の3項目からなっており,その概要は次のとおりである(資料40参照)。

ア 前文

ここでは,この指針が,日米安全保障条約及びその関連取極に基づいて日米両国が有している権利及び義務に何ら影響を与えるものではないこと,この指針に記述されている米国に対する日本の便宜供与及び支援を実際に行う場合には,日本の関係法令に従って行うことが明らかにされている。

イ 侵略を未然に防止するための態勢

本項においては,侵略の未然防止に関する協力のあり方について記述されており,まず,日本はその防衛政策として自衛のため必要な範囲内において適切な規模の防衛力を保持し,米国は,核抑止力を保持するとともに,即応部隊を前方展開し,来援し得るその他の兵力を保持することとしている。

更に,日本に対して万一武力攻撃がなされた場合に,自衛隊及び米軍が共同対処行動を円滑に実施できるよう,両者の間の協力態勢の整備に努めることとしており,このための措置として,自衛隊及び米軍は,日本防衛のための共同作戦計画についての研究を行い,また必要な共同演習及び共同訓練を実施することとしている。

また,情報についても,日本防衛に必要な情報の交換を密にし,通信連絡体系の整備等所要の措置を講ずることにより情報協力態勢の充実を図ることとしている。

ウ 日本に対する武力攻撃に際しての対処行動等

本項においては,日本に対する武力攻撃がなされるおそれのある場合と日本に対する武力攻撃がなされた場合とに分け,それぞれの場合における防衛協力のあり方について記述されている。

(ア) 日本に対する武力攻撃がなされるおそれのある場合

自衛隊及び米軍は,作戦準備に関し,効果的な協力を確保するための共通の準備段階をあらかじめ定めておき,両国政府の合意によって選択された準備段階に従い,それぞれが必要と認める作戦準備を実施することとしている。また,必要と認めるときは,自衛隊と米軍との間に調整機関を開設することとしている。

(イ) 日本に対する武力攻撃がなされた場合

日本は,原則として,限定的かつ小規模な侵略を独力で排除し,侵略の規模,態様等により独力で排除することが困難な場合には,米国の協力をまってこれを排除することとしている。

また,日本に対し武力攻撃がなされた場合の作戦構想等については,概略次のようになっている。

○ 自衛隊は,主として日本の領域及びその周辺海空域において防勢作戦を行い,米軍は,自衛隊の行う作戦を支援し,かつ,自衛隊の能力の及ばない機能を補完するための作戦を実施する。

○ 自衛隊及び米軍は,緊密な協力の下に,それぞれの指揮系統に従って行動する。

○ 自衛隊及び米軍は,緊密に協力して情報活動を実施する。

○ 自衛隊及び米軍は,効率的かつ適切な後方支援活動を緊密に協力して実施する。

エ 日本以外の極東における事態で日本の安全に重要な影響を与える場合の日米間の協力

本項においては,日米両国政府は,情勢の変化に応じ随時協議すること,また,日米両国政府は,日本が米軍に対して行う便宜供与のあり方について,あらかじめ相互に研究を行うことが記述されている。

(4) 「指針」では,わが国に対する武力攻撃がなされた場合に,自衛隊と米軍が共同対処行動を円滑に実施できるよう,今後両者の間で共同作戦計画の研究その他の作業を行うことが予定されている。この点については,国防会議及び閣議の了承を得て,防衛庁長官が責任をもって推進することとなったので,昭和53年12月,防衛庁長官は,統合幕僚会議議長及び陸上,海上,航空各幕僚長に対し,「指針」に基づき,共同作戦計画の研究その他の作業を実施することを指示した。

この指示により,統合幕僚会議議長は,陸上,海上,航空各幕僚長の実施する研究作業を調整し,かつ,防衛局長と緊密に連携して行うこと,また,研究作業の進捗状況に応じ,防衛庁長官に適宜報告することとされた。

なお,防衛協力小委員会は,今後とも,日米間の防衛協力に貢献させるため存続することが合意されている。

 以上のとおり,日米防衛協力のあり方についての基本原則が得られ,これに基づく共同作戦計画の研究その他の作業など具体的研究作業が行われつつあるということは,日米安全保障条約の有する抑止効果を高め,わが国の安全及び極東の平和と安全を一層効果的に維持することに資するものと考えられる。

3 在日米軍の駐留を円滑にするための施策

(1) 在日米軍の駐留(資料44参照)は,日米安全保障体制の核心をなすもので,わが国の安全のために必要不可欠のものであるが,その駐留を真に実効のあるものとして維持するためには,わが国としても条約に定められた責任を確実に遂行していかなければならない。在日米軍の駐留に関することは,地位協定(日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約第六条に基づく施設及び区域並びに日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定)により規定されているが,この中には,在日米軍の使用に供するための施設・区域の提供に関すること,米軍が必要とする労務の需要の充足に関することなどの定めがある。

(2) 「施設・区域」とは,土地,建物・工作物などの構築物及び公有水面をいうが,わが国は,地位協定の定めるところにより,施設・区域の提供について日米合同委員会を通じて日米両政府間で合意するところに従い,わが国の経費負担で提供する義務を負っている。これと並んで米側においても,提供された施設・区域の中で自らの経費負担で必要とする工事などを行っている。これらの施設・区域(資料45参照)において,在日米軍は駐留目的を達成するため必要な訓練演習その他の活動を行っている。

また,在日米軍は,その活動のために日本人従業員の使用を必要としており,この労務に対する在日米軍の需要は,地位協定によりわが国の援助を得て充足されることとなっている。そこでわが国は,給与その他の勤務条件を定めた上,日本人従業員(昭和54年1月現在約2万1,000人。資料49参照)を雇用し,その労務を在日米軍に提供しており,所要経費については,米側から償還を受けてきた。

なお,わが国は,在日米軍の駐留に関連して,従来から,施設・区域の提供に必要な経費を負担するほか,わが国の負担による独自の施策として,第4章に述べるように,施設・区域の周辺地域の生活環境の整備などのための各般の施策を実施するとともに,日本人従業員の福祉の維持と離職対策などを行ってきている。

(3) ところで,在日米軍の駐留に関連して米側が負担する経費は,昭和48年の石油危機以降のわが国における物価・賃金の急騰や,一昨年来の国際経済情勢の変動の影響などによって,相当圧迫を受け,窮屈なものとなっている。このような事情を背景として,昭和53年6月及び11月に行われた当時の金丸防衛庁長官とブラウン米国防長官との会談において,防衛庁長官から,在日米軍が駐留に関連して負担する経費の軽減について,日本側が現行の地位協定の枠内でできるだけの努力を行う旨の意向が表明された。

この意向表明を受けて,日本政府が地位協定の枠内で負担できる経費はなにかについて具体的に検討を行った結果,米軍の宿舎が老朽化し,あるいは不足している現状を是正することにより日米安全保障条約の目的の達成に資するため,及び環境関係施設を整備することにより施設・区域周辺住民の民生の安定を図るため,老朽隊舎の改築,家族住宅の新築,老朽貯油施設の改築及び消音装置の新設を行って,これらの施設を施設・区域として提供することとし,また,日本人従業員の雇用に要する経費については,すでに昭和53年度から,従業員の福祉の維持と雇用の安定を図るとの観点から,福利厚生費などを日本側が負担してきたところであるが,昭和54年度からは,更に,給与のうち,国家公務員の給与水準を超える部分を日本側が負担することとし,及びの新たな措置に要する経費を昭和54年度予算に計上した。この経費は,施設関係費約140億円(ほかに後年度負担額約87億円)及び労務関係費約68億円の計約208億円である。

第4章防衛問題をとりまく国内環境

 わが国の安全を確保するための防衛面における努力としては,既に述べたとおり,防衛力の整備と日米安全保障体制の有効性の保持が不可欠であるが,更にこれと併せて,防衛問題をとりまく国内環境の整備,すなわち,防衛力を支え,防衛力を真に有効に発揮させるための防衛に関する国民的合意,国民の防衛意識の高揚,防衛関連諸施策の推進などが必要である。

 防衛に関する国民的合意は,防衛の基礎であり,この合意がなくては防衛は成立しない。わが国では,第2次大戦での苦い経験や戦後長い平和を享受していることなどから,国民の間に,防衛問題に対して感覚的に拒絶したり,あるいは無関心な風潮がかなりあることは否めない。この傾向は,現代の防衛問題が政治や国際関係と複雑に絡んでいること,軍事技術の進歩とそれに伴う戦略の変化など一般の人々の理解を困難にする要因を持っていることなどによって更に強められているものと思われる。

 しかしながら,最近では,国際情勢の動きなどから,防衛問題を現実に即してとらえようとする傾向もみられるところである。

 防衛庁では,防衛力を国民的基盤に立脚したものとするため,自衛隊の現況,防衛政策などについて広く紹介するとともに,各種の広報活動を行って国民との交流を図っている。

 更に,全国各地に所在する自衛隊の施設や日米安全保障条約に基づき米軍が使用する施設などがその周辺の地域社会と調和していくことが不可欠であり,このことにも配意しているところである。

 本章においては,これらの問題をとり上げ,その現況などについて説明することとする。

1 国民の防衛意識の動向

 防衛問題に対する国民の関心は,昨年来,尖閣諸島問題,有事法制問題,インドシナ半島における武力紛争,イラン情勢,北方領土へのソ連地上軍再配備などをめぐって,次第に高まってきているように思われる。

 自衛隊は,民主主義の理念に基づいて創設された新しい防衛組織体であり,民主的な社会を母体として生まれ,その社会に根を下ろした存在である。

 民主社会においては,自衛隊と社会とが強い一体感で結ばれることにより,その社会を守ろうとするところに民主国家防衛の精神的基盤があるといえる。いうまでもなく自衛隊は,国民の理解と支持がなければその任務を有効に遂行することはできず,隊員も国民から信頼されているという実感によって,初めてその士気が高まり,自信をもってその任務を遂行することができるのである。また,現代の日本のように高度に産業が発達し,価値観が多様化している社会において,国民のより多くの理解を得るためには,地道で多角的な努力を平素から続けていくことが必要である。

 防衛庁としては,国民の国を守る気概が防衛を支える柱の一つであり,自衛隊の士気にもかかわるものとの認識から,また,防衛問題に関する国民の理解と関心を深めるための活動の参考とするためにも,国民の防衛意識の動向については注目しているところである。

 総理府では,3年ごとに,国民各層の自衛隊や防衛問題に対する印象,認識,考え方などの調査を実施しているが,昭和53年12月,全国の20歳以上の男女から無作為抽出した3,000人を対象に面接聴取方式で行われた「自衛隊・防衛問題に関する世論調査」について,その主なものをみると次のような結果がでている。なお,前回の調査との対比は,主として昭和50年の総理府調査の結果を用いているが,昭和50年の調査で実施されなかった項目については,昭和52年の防衛庁調査の結果を使用している。

(1) 自衛隊の必要性

自衛隊はあった方がよいか,ない方がよいかという問に対しては,第17図に示すとおり,「あった方がよい」とする者が86%と多数を占め,「ない方がよい」は5%と少なく,自衛隊が広く支持されていることを示している。

「自衛隊はあった方がよい」は年々増加の傾向にあり,反対に「ない方がよい」は減少している。

自衛隊があった方がよい理由としては,第18図に示すとおり,「国の安全確保」が59%と最も多く,次いで「災害派遣」が46%である。「災害派遣」が多いのは,自然災害が多く,この面で自衛隊が果してきた役割からすれば当然であり,むしろ,このような状況下で,「国の安全確保」が過半数を占めていることは評価すべきであろう。

他方,「ない方がよい」とする者(5%)の主な理由は,第19図に示すとおり,「戦争放棄の憲法があるから」45%,「国民の経済負担が大きいから」28%,「武力があると戦争にまきこまれるから」26%である。

(2) 自衛隊に対する印象

自衛隊に対する全般的な印象としては,第20図に示すとおり,「よい」とする者が76%を占めるのに対し,「悪い」とする者は13%である。個々の印象については,第21図に示すとおり,ほぼ半数が「規律正しい」,「頼もしい」と感じている反面,「親しみやすくない」とする意見も多い。

自衛隊が今後どの面を一番大切にすべきかについては,第22図に示すとおり,「規律正しさ」,「頼もしさ」をあげる者が比較的多く,いわゆる信頼される自衛隊への期待が感じられる。

なお,「規律正しくない」,「頼もしくない」が昭和50年の調査より,わずかながら増加しているのは注意すべきことである。

(3) 自衛隊の役割

自衛隊の役割については,第23図に示すとおりであり,自衛隊の四つの主要任務を提示して,自衛隊が設けられた1番の目的は何だと思うかとの問に対し,「国の安全確保」とする者が過半数の57%であり,次いで「国内の治安維持」21%,「災害派遣」13%,「民生協力」1%となっている。

このことは,「わが国の平和と独立を守り,国の安全を保つため,直接侵略及び間接侵略に対しわが国を防衛することを主たる任務とし,必要に応じ,公共の秩序の維持に当るものとする。」という自衛隊の任務が,国民におおむね正しく認識されているといえよう。

次に,自衛隊はこれまでどんなことに役立ってきたかについては「災害派遣」とする者が77%と多数を占めたのに対し,「国の安全確保」8%,「国内の治安維持」5%,「民生協力」4%とそれぞれ1割以下となっている。

「国の安全確保」が8%と低いのは,自衛隊による災害救援活動が高く評価されている反面,自衛隊は,現実に出動することがなくても,存在することによって「国の安全確保」に役立っていることについての理解が十分得られていないからであろう。

今後,どのような面に力を入れたらよいかについては,「国の安全確保」とする者が38%で最も多く,次いで「災害派遣」33%である。

「国の安全確保」とする意見は,第24図に示すとおり,昭和47年以来逐次増加していたが,今回はじめて「災害派遣」を超え第1位となったものである。

これは,最近における内外情勢の動きなどから,国民が自衛隊の役割について理解を深めつつあることを示しているものと思われる。

(4) 防衛体制

自衛隊の規模,防衛予算及び防衛のあり方などについて意見を求めた結果は,次のとおりである。

ア 自衛隊の規模

自衛隊の規模については,第25図に示すとおり,陸・海・空自衛隊とも「今の程度でよい」とする者が他の意見に比べて多く(陸53%,海49%,空48%),約半数が防衛力の規模については,おおむね現状程度でよいとしている。

「今より少なくてよい」とする者は,第26図に示すとおり,昭和47年以来逐次減少し,今回の調査では昭和47年の調査の約となっている。一方,「増強した方がよい」とする者は,逐次増加している。

「今の程度でよい」と「増強した方がよい」を加えた率は,これまでの調査でいずれも60〜70%台を示しており,防衛庁が国力国情に応じた陸・海・空自衛隊の充実整備を図ってきたことに対し,国民が理解を示しているものと思われる。しかし,防衛力の規模といった問題は一般にはなじみが薄いこともあり,国民がこのような問題についても話題とするのに必要な資料などを提供する努力が更に必要であると考えている。

イ 防衛予算

防衛予算の増減については,第27図に示すとおり,「今の程度でよい」とする者が48%と最も多く,「増額した方がよい」20%,「今より少なくてよい」10%となっている。

ウ 防衛のあり方

わが国の防衛のあり方については,第28図に示すとおり,「現状どおり,日米の安全保障体制と自衛隊で日本の安全を守る」とする者が61%と多数を占めている。

「安保条約をやめ,自衛力を強化して,わが国の力だけで日本の安全を守る」は8%,「安保条約をやめて,自衛隊も縮小または廃止する」は5%と少なくなってきているが,「わからない」が25%に及んでいる。

今後も,国力国情に応じ自衛のため必要な防衛力を整備し,米国との安全保障体制を基調とするわが国の防衛政策について,引き続き,理解を求める努力が必要であろう。

(5) 防衛意識

ア 国を守る気持

国を守る気持はほかの人と比べて強い方かとの問に対しては,第29図に示すとおり,「非常に強い」18%,「どちらかといえば強い」36%となっており,両者の合計すなわち国を守る気持が強いと表明している者は54%であり,一方,国を守る気持は比較的弱いと表明している者は,「非常に弱い」1%及び「どちらかといえば弱い」8%の合計9%にすぎない。

しかし,「どちらともいえない(わからない)」という者が37%と高い数値を示している。

男女別,年齢別にみると,第30図に示すとおり,国を守る気持が「強い」とする者は男性や年齢の高い層に多く,逆に,女性や若年層に「弱い」とする者が多い。

国民が国を守る気持を持つようにするため,教育の場でとり上げる必要があると思うかとの問に対しては,第31図に示すとおり,「必要がある」とする者48%に対し,「必要はない」29%,「わからない」23%となっており,この傾向は,昭和52年の防衛庁調査と同じである。

更に,この「必要はない」の理由としては,「軍国主義の復活につながるから」27%,「教育で高められるものではないから」26%,「国を守る気持を持つのは当然だから」20%,「いろいろなことに利用され危険だから」19%などとなっている(複数回答)。

なお,「必要がある」とする者は,男性に,また高齢層ほどその割合が高くなっている。

イ 侵略に対する態度

もし,日本が外国から侵略された場合に,どのような態度をとるかとの問に対しては,第32図に示すとおり,「何らかの方法で自衛隊を支援する」とする者が40%と最も多く,「自衛隊に参加して戦う」が7%で,この両者の合計47%の者が,侵略に対しては自衛隊を中心として抵抗するとしている。

また,このほか,「武力によらない抵抗をする」15%,「ゲリラ的な抵抗をする」2%を含めると全体として64%の者が侵略に対し,何らかの抵抗意志を示しており,「わからない」27%,「一切抵抗しない」9%である。

以上にみられるとおり,国民各層の意見や志向は多岐多様にわたっているが,国民の多くは,自衛隊に対して,その存在を肯定し,主たる任務が国の安全確保にあることを認め,かつ,その行動は規律正しく,頼もしいとの印象を持っており,また,防衛体制についても,現状の規模を基本としながら日米安全保障体制をわが国防衛の基調であると評価しているといえよう。

自衛隊の存在を肯定し,日米安全保障体制の防衛上の機能を評価する意識は,主要な新聞社の同種調査においても,ほぼ同じような傾向を示し,防衛に関する国民的合意がようやく固まりつつあるといってもよいであろう。

しかしながら,国を守る気持が若年層において比較的薄いことや,全体を通じて「わからない」,「どちらともいえない」という層が依然として多いことは,防衛問題の難しさを示している。

安全保障の問題は,外国との関係を律し,国の存在を全うするための極めて重要な分野であり,この問題ほど国民的合意が必要なものはない。前記の調査で国民が国を守るという気持をもっと持つようにするため教育の場でとり上げる必要があるとする者が48%あったが,これらのことを踏まえ,今後とも,国の安全保障・防衛問題に対する国民の理解と関心を高めるための着実な努力が必要であるといえる。

また,防衛問題に関する国民の関心の高まりのなかで,防衛問題や関連諸施策に関する調査,研究,普及などを目的とする団体やグループが近年数多く発足しつつある。昭和53年度には,平和と安全に関する総合的な調査・研究と知識の普及,この分野での国際交流などを目的とする「財団法人平和・安全保障研究所」が設立された。種々の立場から大勢の人々が防衛問題について真剣に考え,論ずることは望ましいことであり,これらの団体やグループの今後の活発な活動が期待されるところである。

 

(注) 52年防衛庁調査 昭和52年9月,防衛庁が,従来総理府が実施しているのと同一方式により,部外調査機関に委託して実施したものである。

2 国民と自衛隊との交流

 防衛庁は,防衛力を真に国民的基盤に立脚したものとするため,国民の信頼に応え得る精強な自衛隊を練成する一方,自衛隊の現況や防衛政策,あるいはわが国の安全保障に関係のある施策,情報などを広く紹介し,自衛隊や防衛問題に対する国民の理解と関心を高めるための各種の広報活動を行っている。

 具体的方法としては,各種パンフレット・リーフレットの作成配布,新聞・雑誌への広報記事掲載,広報映画・テレビ番組の製作,演奏会,講演と音楽(映画)の集いなどの行事の開催,駐屯地の開放,部隊の見学,隊内生活体験(体験入隊),体験航海,体験搭乗などである。また,広く国民一般から意見や要望を聞き,今後の施策に反映させるためモニター制度なども設けている。

 多くの駐屯地などでは休日にグランドや体育施設の開放を行ったり,自衛隊の記念行事や航空祭などで基地を一般に公開している。

 自衛隊における生活を体験して,自衛隊への理解を深め,規律ある行動や団体生活のあり方を体得しようと希望する市民も多く,いわゆる体験入隊は,最近では年間平均で約2,000件,8万人とかなりの数にのぼっている。

 また,自衛隊の各部隊は,地域の市民と一体となってスポーツ,祭典,博覧会など各種の行事に参加したり,それらの支援を行うなど地域社会に根づいた活動を実施している。

 今年度も自衛隊,防衛問題について国民一般の認識と理解を得るため,国民各層の日常感覚に応じたわかり易い広報活動を行うこととしており,特に,従来,自衛隊,防衛問題から関心の薄くなりがちな婦人層,青少年層,都市住民層などに対しても十分配意した広報を実施中である。

 これら広報とは別に,自衛隊の部隊や学校では任務遂行に支障を生じない限度において,委託を受けた部外者の教育訓練を行っている。このうち主なものは,航空機の操縦士及び潜水,衛生,消火など救急に従事する技術者の教育で,自衛隊で教育を受けた民間パイロットは昭和37年以来約700名,救急に従事する者は昭和32年以来約2,900名を数えている。

 第1章で述べた災害救援活動では,苦境に陥った人々とこれを助ける隊員との間に自然に深い交流も生れている。

 自衛隊は,このような国民とのふれあいを今後とも大切にし,自衛隊に対する国民の期待に応えたいと考えている。(体験入隊

3 防衛施設と周辺地域との調和

 防衛施設は,わが国の平和と独立を守り,国の安全を保つため,人員,装備と並んで防衛力の直接的基盤となるものである。

 防衛施設には,自衛隊が使用する施設と日米安全保障条約に基づき米軍が使用する施設・区域とがあり,また,両者が共同で使用している施設もあるが,その所在する地域社会との調和が保たれ,地域住民の理解と協力が得られて,初めてその機能を十分発揮することができる。

 このため,防衛庁としては,防衛施設の設置又は運用に当たり,その地域の特性に十分配慮するとともに,周辺住民の生活の安定と福祉の向上に寄与するため,防衛施設周辺の生活環境の整備や在日米軍の施設・区域の整理統合などの措置を積極的に進めている。

(1) 防衛施設周辺の生活環境の整備

防衛施設の設置や運用に伴い,その周辺地域に生ずる障害の防止,軽減などを図るため,防衛庁は,「防衛施設周辺の生活環境の整備等に関する法律」(昭和49年制定)などに基づき,種々の施策を講じている。その主なもの及び実施状況は,第15表に示すとおりであり,とりわけ飛行場周辺の住宅などの防音工事の助成,移転補償,緑地帯の整備などいわゆる航空機騒音対策に重点を置いている。

昭和54年度予算におけるこれら施策のための経費は,1,177億円で,これは前年度比22%の増,昭和50年度の2倍以上になっている(資料50参照)。

このほか,自衛隊及び米軍の活動から生じる大気の汚染,水質の汚濁などについても,これらを防止するため,環境保全対策に努めている。

(2) 在日米軍の施設・区域の整理続合

在日米軍の施設・区域については,国内の経済発展などによる地方公共団体その他の要請を考慮しつつ,従来から絶えず日米間において整理統合を協議し,その実現を図ってきたところである。昭和40年代以降,わが国の経済が飛躍的な成長を遂げつつ大型化し,全国的に国土開発が促進され,在日米軍の施設・区域周辺においても急速な都市化が進んだことから,防衛庁としては,特に大都市及びその周辺都市において生じた土地問題の深刻化という客観情勢を踏まえ,日米安全保障条約の目的との調和を図りつつ,日米双方の協力により,施設・区域の整理統合を積極的に進めている。こうして,昭和43年12月の日米安全保障協議委員会第9回会合及びその後2回の同委員会の協議了承を経て,本土においては約55の土地が返還された。

また,本土に比べて施設・区域の密度の高い沖縄県でも,復帰後その整理統合が進められ,とりわけ,沖縄県の地域開発計画と競合している施設・区域や人口が集中している本島中南部地域にあるものをできる限り基幹的施設に整理統合するとの日米間の了承の下に,現在鋭意実施しているところである。この結果,昭和47年復帰以降約24の土地の返還が行われた。