第2部

わが国の防衛政策

 第1部で述べたとおり,米ソの強大な核戦力の相互均衡と集団安全保障体制とは,第2次大戦後の世界の主要国間における一応の安定を維持してきたし,また,世界各地で発生した武力紛争がいろいろな形で限定化される傾向をもたらしている。しかしながら,これらのことは,イデオロギー,国境問題などに絡む武力介入や武力紛争の発生それ自体を防止する効果を必ずしももつものではない。

 また,近年,特に通常戦力を含めたソ連軍事力の一貫した増強は,西側の対応ぶりいかんによっては,今後の国際軍事情勢に大きな影響を及ぼすものと考えられる。

 わが国周辺においては,米国,ソ連及び中国が鼎立し,米ソの決定的な対立が進行し難い状況もみられ,多くの集団安全保障取極の存在と相まって,ある種の均衡が保たれてきたものの,依然として不安定要因が存在しており,それらが情勢の流動化につながるおそれもあろう。

 このような国際情勢の下において,わが国の平和と安全を確保することは,政治,経済及び社会の安定と発展を図るための前提であって,政府の最大の責務であり,そのためには,わが国に対する武力侵略の可能性が将来において全く否定されない限り,これに備えて,適切な規模の質の高い自衛力を充実整備するとともに,防衛政策の基調として,米国との安全保障体制を効果的に運用することが肝要である。もちろん,現代において,国の安全保障は,防衛力だけで足れりとするものではなく,内政全般の秩序正しい活力ある展開と平和な国際環境を造りあげるための積極的な外交努力が不可欠である。特に,エネルギーや食糧をはじめとして,資源の海外依存度が極めて高い貿易立国であるわが国にとり,生存と繁栄を確保するためには,国際社会に平和と協調が維持されていることが必要欠くべからざる条件である。

 わが国が独立と平和を維持することは,同時に,アジアにおける国際関係の安定をもたらし,ひいては,世界の平和に寄与することになると考えるが,以下,わが国防衛の基本的考え方について述べ,わが国における防衛力の整備,維持及び運用の基本方針である「防衛計画の大綱」について説明することとする。

1 防衛政策の基本

(1) 国防の基本方針

わが国の防衛政策は,昭和32年5月に閣議決定された「国防の基本方針」に基礎を置いている。

この「国防の基本方針」は,まず国際協調と平和努力の推進及び内政の安定による安全保障の基盤の確立を,次いで効率的な防衛力を漸進的に整備すること及び日米安全保障体制を基調とすることを方針として掲げている。これは,わが国の憲法の精神からみて当然であって,平和国家としてのわが国の基本姿勢を反映するものである。

 

(2) わが国の防衛力

ア 日本国憲法は,第9条に,戦争放棄・戦力不保持・交戦権の否認に関する規定を置いている。もとより,この規定が主権国家としてのわが国固有の自衛権を否定するものでないことは,異論なく認められており,また,国際連合憲章第51条においても,国際連合加盟国に対して武力攻撃が発生した場合には,国際連合の安全保障理事会が必要な措置をとるまでの間,各国固有の自衛権は害されない旨規定されているところである。このように,わが国の自衛権が否定されない以上,政府は,その行使を裏付ける自衛のための必要最小限度の実力を保持することは憲法上禁止されているものではないと解している。

わが国は,究極的には国際連合の平和維持機能によって世界の平和と安全が維持されることを希求しているが,現実の国際社会は,いまだそのような理想が実現され得る段階にはなく,それぞれの国が,その独立と安全を維持するために,自衛手段としての防衛力を準備しておかなければならない状況にある。

政府は,以上のような見地から,外国からの武力侵略に備えるための実力組織として自衛隊を設置し,これを最も効率的に運用し得るよう態勢の整備に努めてきた。

イ もっとも,わが国が保持することができる防衛力は,憲法第9条の規定から,もとより無制限のものではあり得ず,政府は,自衛のための必要最小限度を超えるものは,同条にいう「戦力」として保持し得ないと解している。

すなわち,防衛力を構成する個々の装備については,その時々の国際情勢,軍事技術の水準その他の諸条件に応じて判断せざるを得ないが,自衛のための必要最小限度を超えないよう常に専守防衛に必要な範囲内において選定し,採用することとしている。したがって,性能上専ら他国の国土の潰滅的破壊のためにのみ用いられる兵器−その例として,従来からICBM,長距離爆撃機などが挙げられている−はいかなる場合にも保有することはできない。

核兵器については,わが国は唯一の被爆国として核兵器の廃絶を願いつつ,自らも「持たず,作らず,持ち込ませず」の非核三原則を堅持し,憲法解釈上その保有が許されるものであっても,一切これを保有しないとの方針をとっており,法律上は原子力基本法の規定により,また,条約上は,昭和51年6月に加入した核兵器の不拡散に関する条約により,同条約上の非核兵器国として,すべての核兵器を装備し得ないこととしている。

次に,わが国の自衛のための行動についても,専守防衛に徹するものでなければならず,これを超えて他国を攻撃し,あるいはその国土を侵すというようなことは許されないと解しており,例えば,武力行使の目的をもって武装した部隊を他国の領域に派遣するいわゆる海外派兵は,憲法上認められないところである。

また,国連憲章第51条において国際的には認められている集団的自衛権についても,憲法は,たとえ自国と密接な関係にある外国の国土,国民に対する侵略に対処することさえ容認していないと考えられるので,その行使は,憲法上禁じられているとの見解をとっている。

以上のように,わが国の自衛隊は,専守防衛を旨とするものであり,その存在や行動は,他国の平和を脅かしたり,他国の侵略につながるようなものではあり得ないところである。

ウ 更に,自衛隊は,国民の意思にその存立の基礎を置くものであり,国民の意思によって維持,運用されなければならない。このため,自衛隊は,旧憲法下の体制とは全く異なり,他の民主主義諸国と同様,厳格な文民統制(シビリアン・コントロール)の下にある。

現在,わが国はそのための制度として,次のようなものを有している。

まず,国民を代表する国会は,自衛隊の定員,基本的な組織等を法律,予算の形式で議決し,また,防衛出動等の承認を行う。次に,国の防衛に関する事務は,すべて一般行政事務として,内閣の行政権に属し,完全にその統制下にある。内閣総理大臣は,文民で構成される内閣を代表して自衛隊の最高の指揮監督権を有しており,また,防衛庁長官は,文民たる国務大臣をもって充てられ,内閣総理大臣の指揮監督を受け,自衛隊の隊務を統括している。また,内閣には,国防会議が置かれており,国防の基本方針,防衛計画の大綱,防衛出動の可否などを審議することとなっている。なお,自衛隊の主要な部隊編成や装備などについても国防会議に諮ることとなっている。更に,防衛庁では,防衛庁長官が自衛隊を管理し,運営するに当たり,政務次官,事務次官が長官を助けるのはもとより,基本的方針の策定については,いわゆる文官の参事官が補佐するものとされている。

以上のように,シビリアン・コントロールの制度は整備されているが,その実を挙げるためには,政治,行政両面における運営上の努力が今後とも必要であることはもとより,国民全体の防衛に対する深い関心と隊員自身のシビリアン・コントロールに関する正しい理解と行動が必要とされるところである。

エ 国家が防衛力を保持することは,自らの手によってその自由と独立,安全と平和及び発展と繁栄を守り,維持するという国民の意思と責任を諸外国に対して表明するものである。

わが国が保持している防衛力は,日米安全保障体制と相まって,わが国に対する侵略を未然に防止し,万一侵略が行われた場合には,これに即応して行動し,排除することを目的としている。

同時に,わが国がこのような態勢を堅持していることが,わが国周辺,ひいては世界の平和の維持にも貢献することともなっている。欧州やアジアなど世界の戦略上重要な地域においては,大国の軍事力の存在のほかに,中小国がしかるべき軍事力を持って,いわば力の空白地帯を作らないことが,その地域における国際関係の安定的均衡の維持を図る上で極めて重要であり,このことが,ひいては世界の平和と安定に役立つこととなるのである。

更に,この防衛力は,大規模な内乱,騒じょうなどの事態に際しては,一般警察力を補完して治安維持の機能をも果たし,公共の秩序の維持及び安定にも寄与し得るものであり,また,天災地変その他の災害の発生などに際しては,その人員,組織及び技術をできる限り国民の用に供し,人命,財産,国民生活の保護を図るなど民生の安定にも役立っている。

 

(3) 日米安全保障体制

ア わが国の平和と独立を確保するためには,核兵器の使用を含む全面戦から通常兵器によるあらゆる態様の侵略事態,更には,不法な軍事力による示威,恫喝といった事態に至るまで,考えられる各種の事態に対応することができ,その発生を未然に防止するための隙のない防衛体制を構成する必要がある。

このため,わが国は,核の脅威に対する抑止力や通常兵器による大規模侵略に対する対処能力など,わが国の保有する防衛力の足らざるところを米国との安全保障体制に依存している。

イ 日米安全保障条約は,その第5条において,日米両国は,日本国の施政の下にある領域における,いずれか一方に対する武力攻撃が,自国の平和及び安全を危うくするものであることを認め,自国の憲法上の規定及び手続きに従って共通の危険に対処するよう行動する旨規定している。

この体制によって,外部からのわが国に対する武力攻撃は,米国の強大な軍事力と直接対決する可能性を有することとなり,侵略国は相当の犠牲を覚悟しなければならないため,攻撃をちゅうちょせざるを得なくなり,結果的に侵略の未然防止につながることとなる。

また,仮に武力侵略が行われるとしても,侵略国は,米国との本格的な対決を避けるような侵略態様を選ばざるを得なくなり,この結果,侵略の規模,手段,期間などが限定されることとなろう。

ウ 日米安全保障条約は,その第6条において,日本の安全に寄与し,並びに極東における国際の平和と安全の維持に寄与するため,米軍がわが国において施設及び区域を使用することを米国に認めている。同条に基づき,米国はその軍隊をわが国に駐留させているが,この在日米軍のプレゼンスは,わが国の安全のみならず,極東における国際の平和と安全の維持に貢献しているところである。

 

(4) 防衛に関する国民的合意と関連諸施策

国の安全を守ることは,国家存立の基本であるとともに,国民一人一人の生存と自由にかかわる問題である。しかしながら,社会の安定と平和が続けば国の安全と防衛に対する国民の関心は薄れやすく,ともすれば他人まかせになりがちであることも否定できない。

国民の防衛に関する理解と関心は,一面ではシビリアン・コントロールの基礎であるとともに,他面では防衛力を支え,これを真に有効に機能させる根源となるものであって,その理解と関心に裏付けられて防衛に関する国民的合意が形成されることが,わが国の防衛政策にとって基本的に重要である。

また,こうしたコンセンサスの下,広く安全保障の基盤を確立し,国の防衛を一層確実なものにするため,例えば,防衛産業の育成,必要物資の備蓄その他建設,運輸,通信,科学技術,教育などの分野において国防上の配慮を加えることなどについて,平素から検討を進めておく必要があろう。

なお,専守防衛を旨とするわが国においては,有事の際には,国内が戦場となることは避けられず,したがって,当該地域における住民の防護,避難誘導などの措置が適切に実施される必要がある。スイス,スウェーデンなどの中立国を含む主要各国においては,政府,自治体の指導の下に核攻撃に対する防護を中心として,国民の生命,財産などを保護するため,退避所の設置,防災組織の設置,食糧・医薬品の備蓄,応急措置の態勢の整備などいわゆる民間防衛体制の整備について努力が払われている。例えば,西独においては,学校,ホテルなど大きな建物の中にはシェルターが設置され,軍事施設近傍の大都市や人口5万人以上の都市には爆風シェルターの設置が義務づけられ,また,人口密集都市からの疎開計画が立案されたりしている。

この分野においては,その基礎となる国民のコンセンサスが特に重要であり,わが国においてもそのコンセンサスの下に所要の関連諸施策が講じられるべきものであろう。

 

 以上述べたとおり,わが国の防衛政策の基本は,国際連合の平和維持機能により,世界の平和と安全が維持されることを希求し,国際連合の活動を支持しつつ,その理想の実現をみるまでの間は,「侵さず,侵されず」という立場に立って,わが国の平和と独立を確保することとしている。このためには,独立を守ろうとする国民の強い意思,防衛力の充実整備及び日米安全保障体制の堅持の三つの柱が必要不可欠であり,これが絶えざる外交努力,民生の安定,更には発展する経済力と併せ総合的な力を発揮するに至ったとき,わが国の平和は極めて強固に保たれることになるとの考え方に立っている。

 

(注) シビリアン・コントロール 政治の軍事に対する優先又は統制,すなわち,主権の存する国民の意思によって選出された政治的代表者によって軍事を統制することを意味している。

わが国においては,旧憲法下いわゆる統帥権(軍隊の最高指揮権)が行政権から独立し,軍事に関する事項について,政治の統制が及び得ない範囲が広く認められていたことなどにより,軍事が国政に不当な影響を与えた。このように,一般的に,軍事力は本来国の平和と安全を保障するための手段であるが,その強大な実力の運用を誤まれば逆に大きな不幸を招くおそれをもっている。そのため,欧米の民主主義国家において,このような実力集団を政治が支配・統制するための原理として,シビリアン・コントロールという考え方が重要視されるようになったものである。ことに現代では,軍事は安全保障の基本的な要素であるが,政治,経済,外交といった非軍事的な要素とともに総合的な見地から考察されるべき性格のものとなっている。

(注)参事官 防衛庁には参事官10人が置かれており,防衛庁の内部部局の官房及び各局の長は,これら参事官のうちから充てることとされている(防衛庁設置法第9条,第17条)。

 

2 防衛計画の大綱

(1) 策定までの経緯

ア わが国は,「国防の基本方針」に基づき,国力国情に応じた効率的な防衛力の漸進的な整備を図るため,当面の3年又は5年を対象期間とする防衛力整備計画を4次にわたって策定してきた。

これらの防衛力整備計画は,通常兵器による局地戦以下の侵略事態に対し,最も有効に対応し得る効率的な防衛力を構築することを目標としたものであり,その結果,わが国の防衛力は,第1表に示すとおり,逐次その充実整備が図られてきた。

イ しかしながら,部隊の編成や各種の防衛機能の内容について,いまだ整備すべき分野を残していること,既存の装備についても,更新近代化を進める必要があることなどの事情のほか,さまざまな国内外の情勢を併せて考慮し,政府は,第4次防衛力整備計画(4次防)が昭和51年度をもって終了することに伴い,昭和52年度以降の最も効率的な防衛力のあり方を追求した結果,昭和51年10月,「防衛計画の大綱」を閣議決定した。この際考慮された国内外諸情勢とは,次のようなものであった。

(ア) わが国の防衛のあり方をできる限り具体的に明示することにより,国民的合意を確立する必要があること。

(イ) 正面防衛力に整備の重点が置かれたため,後方支援部門の整備が圧迫されている実情を反省し,見通し得る将来に達成可能な現実的な防衛体制を,一定の意味をもった完結性のある形で整える必要があること。

(ウ) 経済財政上,隊員確保上及び施設取得上の制約など防衛力整備をめぐる厳しい国内諸条件に配慮する必要があること。

(エ) 国際情勢は,東西関係においては4次防策定時と比べて大きな変化はないが,わが国周辺地域においては,中ソ対立の継続,米中関係の改善などにより,米中ソ3国間に東西関係の枠を越えた複雑な関係が成立してきているので,直接軍事力をもって現状変更を図ることは,更に困難な状況になっていること。

 

(2) 基本的な考え方

「防衛計画の大綱」は,従来の整備計画のように一定期間内における整備内容を主体とするものではなく,防衛力の維持及び運用も含め,今後のわが国の防衛のあり方についての指針を示し,自衛隊の管理及び運営の具体的な準拠となるものである。

この大綱は,従来の4次防までにはみられなかったいわゆる「基盤的防衛力構想」とよばれる考え方をとり入れ,それを具体化したものである(資料10参照)。

以下,その基本的な考え方を説明することとする。

ア 対処すべき侵略の事態

防衛力の本質は,外部からの脅威に対して備えることにあるが,一般に脅威とは,侵略する意図と侵略し得る能力とから構成される。この「意図」は,状況によって容易に変わり得るものであり,しかも,外部からこれを察知することは困難である。一方,「能力」は,軍事力の整備には長期間を要するので,急激には変化し難く,かつ,外部から測定したり,将来の推移を見積ることは比較的容易である。

このため,従来の防衛力整備においては,通常兵器による局地戦以下の侵略は,「意図」の変化次第でいつ起こるかもしれないとの考え方に立って,そのような侵略を行い得る「能力」の面に着目し,その「能力」をもって脅威とみなし,これに対応し得る防衛力の建設を目標としていたといえよう。

これに対して,この大綱においては,「意図」は変化しやすく,察知しにくいものであるとの見方には変るところはないが,更に国際政治に及ぼす影響及び結果の重大さを考えるとき,その「意図」は自由自在に変化し得るというものではなく,その可変性は,おのずから限定され,その制約は意図する侵略規模が大きければ大きいほど強く機能するとみている。

このような判断に立って,わが国の防衛力の規模を「能力」面のみに着目して算定するのではなく,いわば平時の防衛力のあり方,すなわち,その組織及び配備上隙がなく,均衡のとれた態勢を保有し,平時において十分な警戒態勢をとり得るという観点から,防衛力の規模を追求することとした。もっとも,本来防衛力というものは,いわゆる有事に際して有効なものでなければならない。この点について,大綱は,わが国の防衛力が対処すべき侵略の事態としては,従来目標としていた通常兵器による局地戦以下の侵略事態の中でも,単に地域だけでなく,目的,手段,期間などにおいても限定され,かつ,小規模なものまでを目標とすることとした。

このような侵略は,軍事技術の進歩などによりその態様が変動することはあるにしても,一般的にはあらかじめ侵略の動きが見きわめにくいもの,例えば,大掛りな準備を行うことなしに奇襲的に行われ,かつ,短期間のうちに既成事実を作ってしまうことなどをねらいとしたものといえるが,大綱が,このような侵略に対処することを目標としたのは,次に述べるように,これを超える規模の侵略は,国際情勢及びわが国周辺の国際政治構造からその生起が強く抑止されるし,生起するにしても,その場合は,事前に情勢の変化をは握し,新たな防衛力の態勢に移行することとしているからである。

イ 新たな防衛力の態勢への移行

大綱は,その策定に当たって当面の国際情勢の基調となる流れについて,「核相互抑止を含む軍事均衡や各般の国際関係安定化の努力により,東西間の全面的軍事衝突又はこれを引き起こすおそれのある大規模な武力紛争が生起する可能性は少ない。また,わが国周辺においては,限定的な武力紛争が生起する可能性を否定することはできないが,大国間の均衡的関係及び日米安全保障体制の存在が国際関係の安定維持及びわが国に対する本格的侵略の防止に大きな役割を果たし続ける」ものと考えている。

大綱は,限定的かつ小規模な侵略までの事態に有効に対処することを目標として策定されたが,それは,このような情勢の基調,例えば,日米安全保障体制は有効に維持されるであろうこと,米ソ両国は核戦争又はそれに発展するおそれのある大規模な武力紛争を回避しようとするであろうこと,中ソの対立は根本的には解消されないであろうこと,米中関係は相互に調整が続けられるであろうこと,朝鮮半島には少なくとも大きな武力紛争は生じないであろうことなどの諸点に大きな変化が生じないことを前提とするものであった。

しかし,防衛の本質が万一の事態に備えるところにあるとすれば,国際情勢の先行きが常にはらんでいる不確定要素を無視することはできない。

したがって,大綱は,前に述べたような判断を下しながら,その前提とする情勢に重要な変化が生じた場合には,これに見合って防衛力の拡充,強化を行わなければならないことから,その場合に備えて,あらかじめ新たな防衛力の態勢に円滑に移行し得るよう種々の配慮を行うこととしている。その内容は,一般的にいえば,量的には必ずしも十分ではなくとも,良質の基幹要員を保有していて最新の防衛技術を駆使し得ること等,質的には必要とされる水準を維持し,いつでもより強固な態勢ヘ移行するための中核となり得る力を備えていることなどである。

ところで,新たな防衛力の態勢への移行には,実際問題として相当長期間を要する。したがって,移行を行うとの決断は,必要な時期までにこの移行が完了するよう,十分な時間的余裕を見込んで行われる必要があり,それが遅れた場合には,侵略に対して有効に対処し得ないこととなる。そのような「リスク」を最小限にとどめるためには,国際政治や軍事情勢の動向を常に的確に分析し,情勢の重要な変化の兆候をできる限り早期に察知すること及び察知した結果を適時適切に防衛政策に反映させ,あらかじめ準備を整えておくことが極めて重要である。

 

(3) 保有すべき防衛力

以上のような基本的考え方に立って,大綱は,わが国の防衛力として備えるべき機能別の防衛能力及びこの能力を保有するために陸・海・空自衛隊が維持すべき体制を示し,更に,これに基づく基幹部隊や主要装備などの具体的規模を導き出している(第2表参照)。

ア 機能別の防衛能力

 常時十分な警戒態勢をとり得ること。

 国外からの支援に基づく騒じょうの激化,国外からの人員,武器の組織的潜搬入などの事態が生起し,又はわが国周辺海空域において非公然武力行使が発生した場合には,これに即応して行動し,適切な措置を講じ得ること。また,わが国の領空に侵入した航空機又は侵入するおそれのある航空機に対し,即時適切な措置を講じ得ること。

 直接侵略事態が発生した場合には,限定的かつ小規模な侵略については,原則として独力で,また,独力排除が困難な場合は,抵抗を継続し米国の協力をまって,これを排除し得ること。

 指揮通信,輸送,救難,補給,保守整備などの各分野において,必要な機能を発揮し得ること。

 周到な教育訓練を実施し得ること。

 国内のどの地域においても,必要に応じて災害救援等の行動を実施し得ること。

イ 防衛力の量

(ア) 陸上自衛隊

 わが国の領域のどの方面においても,侵略の当初から組織的な防衛行動を迅速かつ効果的に実施し得る体制を確保するため,わが国の地理的特性等を考慮し,必要となる12個師団及び2個混成団

これらの師団等を必要に応じて効率的に支援,補完し,各種機能に欠落を生じないよう,主として機動的に運用する機甲師団特科団空挺団教導団及びへリコプター団を少なくとも各1個単位

政経中枢地域及び防衛上の重要地域として考えられる8個地域の低空域防空に当たる8個高射特科群(ホーク)

これらの基幹部隊と後方支援分野を整えるのに必要な定員18万人

(イ) 海上自衛隊

 海上における侵略等の事態に対応し得るよう機動的に運用する艦艇部隊として,常時少なくとも1個護衛隊群を即応の態勢で維持し得る体制を確保するため,艦艇の運用面を考慮し,必要となる4個護衛隊群

 わが国沿岸海域の警戒及び防備に当たるため,わが国の地理的特性に応じて,これを5海域に区分し,それぞれに地方隊を維持して,各地方隊に常時少なくとも1個隊を可動の態勢で維持するために必要となる対潜水上艦艇部隊10個隊

 及びの部隊に配備するための対潜水上艦艇合わせて約60隻

 必要とする場合に,戦略的に重要な主要海峡等の警戒及び防備に充て得るための潜水艦部隊6個隊16隻

 必要とする場合に,重要港湾,海峡等に敷設された機雷の除去,処分などに当たるため,東日本海域と西日本海域とにおいて,機動的に運用し得るための2個掃海隊群

必要とする場合に,主要海峡及び重要港湾の防備に当たる回転翼対潜機部隊並びにわが国周辺海域について1日に1回は哨戒を実施し得るとともに,船舶の護衛が必要となった場合,最小限外航及び内航に各1個隊を充て得るための陸上固定翼対潜機部隊合わせて16個隊

 これらの対潜機を中心に作戦用航空機約220機(訓練中の陸上自衛隊(渡河訓練中の74式戦車))(訓練中の海上自衛隊(PS−1対潜飛行艇)

(ウ) 航空自衛隊

 わが国周辺のほぼ全空域を常続的に警戒監視できる体制を確保するため,わが国の地理的特性,レーダー覆域などを考慮し,全国28か所に地上固定のレーダーを配備するために必要となる航空警戒管制部隊28個警戒群

 領空侵犯及び航空侵攻に対して,即時適切な措置を講じ得る態勢を常続的に維持し得る体制を確保するため,わが国の地形,戦闘機の行動半径などを考慮し,必要となる戦闘機部隊13個飛行隊(要撃戦闘機部隊10個飛行隊と着上陸侵攻阻止及び対地支援を本来の任務とする支援戦闘機部隊3個飛行隊に分けて保有)

 政経中枢地域及び防衛上の重要地域として考えられる6個地域の高空域防空に当たる6個高射群(ナイキ)

 必要とする場合に,航空偵察に当たる航空偵察部隊1個飛行隊

 地上レーダーの欠点を補完し,必要とする場合に航空機の低空侵入に対する早期警戒監視に当たる警戒飛行部隊1個飛行隊

 必要とする場合に,航空輸送を実施する航空輸送部隊3個飛行隊

 戦闘機約350機を中心に偵察機,輸送機及び早期警戒機を含む作戦用航空機約430機(訓練中の航空自衛隊(F−4EJ要撃戦闘機)

ウ 防衛力の質

大綱は,防衛力の質について,諸外国の技術的水準の動向に対応し得るよう,防衛力の質的な維持向上を図り,もってわが国の防衛を全うし得るよう努める旨定めている。というのも,技術の進歩とともに,常に向上を続ける脅威の質に見合った防衛力の質を維持しなければ,侵略の未然防止も侵略の排除も不可能となり,そもそも防衛力を保有する目的自体が果たせなくなるからである。

当面,わが国の防衛力整備は,質的な維持向上が主体となるが,憲法の許容する範囲内において,防衛力の質的水準の向上を推進していかなければならない。

また,そのため,装備品などの整備に当たっては,その適切な国産化につき配意するとともに,技術研究開発態勢の充実に努めることとしている。

 

(4) 防衛力整備実施上の方針

以上のようなわが国が保有すべき防衛力の目標を実現・実施するに当たっては,次のような方法によることとされている。

まず,防衛力の整備に関する計画方式としては,従来の防衛力整備計画のような「5か年固定方式」をとらないこととし,年々必要な決定を行ういわば「単年度方式」を主体とすることとしている。

その理由は,今後の防衛力の整備は,量的増強よりも質的な維持向上が主体となることから,従来のように目標に至る過程を示す意義ないし必要性が乏しくなった一方,そのときどきにおける諸外国の技術的水準の動向など状況の変化に柔軟に対応し得る必要があること,また,転換期にあり流動的な要因が多いわが国の経済財政事情を考慮すると,あらかじめ防衛費の大枠を決めることは適当でなく,年々の経済財政事情等を勘案しつつ,弾力的に対処し得る方が適当であると考えられることである。

次に,防衛関係経費の規模については,大綱には,そのときどきにおける経済財政事情等を勘案し,国の他の諸施策との調和を図りつつ行うものとするとの基本的指針が示されている。

しかし,政府としての総合的な見地から,この大綱とは別に,「防衛力整備の実施に当たっては,当面,各年度の防衛関係経費は,国民総生産の100分の1に相当する額を超えないことをめどとしてこれを行うものとする」旨昭和51年11月閣議決定されている。ここで「当面」とあるのは,何らかの固定的な期間を予定したものではなく,この決定は,必要に応じて改めて検討を行う可能性があることを意味している。

以上のとおり,「防衛計画の大綱」は,内外諸情勢に大きな変化がない限り,今後のわが国の防衛のあり方についての指針となるものであり,わが国は,昭和52年度以降この大綱に従い,防衛力整備の具体的実施を進めているところである。

昭和54年度における防衛力の整備に当たっても,内外諸情勢について十分な分析評価を行ったところ,中近東情勢,インドシナ半島における武力紛争,中ソ対立の深刻化,朝鮮半島における軍事バランスの問題,ソ連の軍事力増強など,わが国をめぐる国際情勢は,不安定要因をはらみ,厳しいものがあると認められるが,大綱が前提とする情勢の基調が大きく変化したとはいえないとみられた。昭和54年度においては,このような国際情勢を注意深く見守りながら,日米安全保障体制の有効性を維持するための努力を続けることはもとより,大綱に従い,まず,大綱に定められた防衛の態勢の早期達成を図るとともに,この防衛力が現実に有効にその能力を発揮し得るよう,装備の近代化,運用態勢の整備,後方支援態勢の整備などに努力することとしたところである。

 

(注) 機甲師団 一般の師団が普通科(歩兵)部隊を主体として編成されているのに対し,戦車部隊を主体として編成された師団であり,大きな機動打撃力を持つものである。

(注) 混成団 師団よりは小型であるが,師団と同様に各種の陸上戦闘機能を持つ部隊であり,外国の旅団に相当する。

(注) 特科団 各種の野戦砲(155mmりゅう弾砲,155mm加農砲,203mmりゅう弾砲など)を装備し,方面隊,師団等の全般的な地上火力支援に当たる部隊

(注) 空挺団 空中機動,空中降下(投下)等により,重要正面で不意急襲的に各種の空挺作戦を遂行し,地上部隊と協力し又は独力をもって敵の撃破ないし地域の占拠確保等を行う部隊

(注) 教導団 平時は富士学校で学生の教育及び研究支援に従事するが,各種の機能の均衡がとれ,模範的な練度を有していて,有事重要正面の地上戦闘に充当される部隊

(注) へリコプター団 大型へリコプターを装備し,普通科連隊級の戦闘部隊の空中機動及び補給品等の航空輸送に当たる部隊