第1部

国際軍事情勢

 

1 国際情勢の動き

 過去1年間のわが国周辺の動きは,注目に値するものがあった。

 日中,米中関係の進展のような外交面の動きだけにとどまらず,インドシナ半島では,カンボジアとベトナムの間及び中国とベトナムの間に武力紛争が発生し,この紛争に伴って,東アジアにおけるソ連軍の行動が活発化した。また,わが国固有の領土である国後,択捉両島には,1960年以来18年ぶりにソ連地上軍が配備された。更に,近い将来には,ソ連の最新型艦及び航空機の極東配備も予想されるに至っている。

 このような国際情勢の動きが何を意味するのか,これに対してわが国としては,安全保障の見地から何をなすべきかについては,現時点で過早の判断を下すことなく,かつまた,既成の観念にとらわれることなく,あくまでも冷静,客観的に今後の事態の成り行きを注目し,分析し続けていくことが重要であるが,まず,現在の国際軍事情勢をいかに認識するかについて述べることとする。

(1) 最近の国際軍事情勢において一貫して変らないのは,米ソ両国が,共に,核兵器が人類とその文明を破滅させかねない力を持っていることを認識して,全面核戦争及びそれに至るような事態を回避するという点について意見が一致しているということであり,これと同時に,米ソ2超大国を軸として,イデオロギーを異にする東西両陣営が,相対峙し,相互に競争し,時として抗争しているという現実である。

米ソ関係については,1972年以来難航してきた第2次戦略兵器制限交渉(SALT−)が妥結し,更に,SALT−に向うことが予想されるなど,より安定した関係を作ろうという努力が継続され,これによって米ソ間において相互の核戦略についての理解を深める面もあった。

他面,米国は,総合的な国力においては,依然ソ連に対して優位に立っているものの,軍事力に限ってみる場合,米国の約10年間以上にわたるベトナム戦費の負担は大きく,また,ベトナム戦中,戦後の国内の風潮もあって,ベトナム戦費を除いた米国の実質国防費は過去十数年にわたって停滞の傾向にあった。その間,ソ連は,引き続き西側をはるかに上回るぺースで軍備増強を進め,今や,地上兵力において数量的優位に立つとともに,米国が戦略核,戦域核,海空軍力等あらゆる分野において優位にあるとは必ずしもいえない状態となってきていると考えられる。

なかんずく,ソ連の戦略核兵器の量が増加したことのみならず,命中精度においても著しい進歩を遂げていること,非脆弱性の高い潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)を増強してきていること,大陸国家としてのソ連が世界の大洋ヘ海軍力をプレゼンスさせ得るようになったこと及び遠隔地への兵力投入ないし緊急軍事援助の能力を得たことは,西側の対応ぶりいかんによっては,今後の世界の軍事情勢に大きな影響を及ぼすものと考えられる。このようなソ連の軍事力の増強の動機については推測のほかはないが,ソ連の世界戦略からみて,軍事力をもって政治的影響力の拡大の手段などとしようとする意図も含まれているものとみられる。

これに対して,西側諸国は,昨年5月,NATO首脳会議において今後の軍事力増強について広範な合意を達成して,国防努力の強化を図り,現に米国は,1980年度予算案において,全体の実質伸び率0.7%の緊縮財政にもかかわらず,国防費は3.1%の実質増を提案し,また最近の中東情勢におけるように,必要に応じて米国の機動部隊を現地に派遣するなどここ数年みられなかった確固とした姿勢を示している。

1960年代以降ソ連と対立関係が顕著となった中国は,1970年代になって,米中接近,国連への加盟,日中国交正常化などを実現した。その後,国内の路線論争も含めた権力闘争を一応克服し,日中平和友好条約の締結,米中国交正常化などを経て,日・米・西欧に門戸を開き近代化への道を歩もうとしている。このように中国は,国際場裡において積極的な行動をとったが,他方,中国の西側諸国への接近は,ソ連との関係において対立をより複雑化させる要因となり,また,これに対するソ連の対応が中国周辺のアジアにおける情勢の変化の一つの背景となっていると考えられる。

わが国をはじめ自由世界のエネルギー供給源として,あるいは世界戦略上の要地として重要な地位を占める中東,インド洋地域においても,アフガニスタン,南イエメン(イエメン民主人民共和国)の親ソ化,イラン王制の崩壊,中央条約(CENTO)の事実上の解体及びこれらをめぐる米ソの動きなどがあり,また,エジプト,イスラエル間の和平は合意されたものの,これをめぐるアラブ世界内の確執が続き,情勢流動化の要素となり得るような事態が少なくなく,ひいてはこれらが東西勢力の消長にいかなる影響を及ぼすかが注目されるところである。

わが国の位置する東アジアにおいては,最近1年間の大きな出来事だけをひろってみても,日中平和友好条約の締結,ソ越友好協力条約の締結,米中国交正常化,米台相互防衛条約の廃棄の通告,中ソ友好,同盟及び相互援助条約の不延長の通告など,これまでのアジアにおける国際関係に今後長期間にわたる影響を与えるような動きが相次ぎ,その間,カ越,中越間には武力紛争がぼっ発した。これらの紛争は社会主義国間のものであるとはいいながら,政治,経済的に安定化しつつあった周辺の東南アジア諸国連合(ASEAN)諸国などに与えたインパクトは少なからざるものがあり,更に,近年増強著しい極東ソ連軍の動きが特にこの時期を中心として活発化するなど,情勢には厳しいものがある。

なお,朝鮮半島においては,南北対話再開の動きもみられた一方,70年代初頭以来の北朝鮮軍の増強には著しいものがあった模様であり,依然として南北間の緊張が続いている。

(2) このような国際環境において,国の安全保障は,軍事,政治,経済,外交などの総合的な政策により維持されているところであるが,このうち軍事力は,侵略を未然に防止する抑止力として機能するとともに,万一抑止が破れた場合には,有効にこれに対処し,国家の独立を守るための手段として最も重要な要素となっている。

また,ー般に国際情勢をみる場合には,軍事力が,海軍力において特に顕著にみられるように,平時の部隊展開,演習などによる示威などに使用され,また,軍事要員の派遣,武器の供与などの軍事援助により緊密な国家関係を造りあげることにも利用されるなど,対外政策遂行上の政治的な手段となる場合もある点に留意する必要があろう。

このように,軍事力は有事のみならず平時においてもさまざまな態様で使用されており,いかなる国も,自ら軍事力にたのむところがないからといっても,好むと好まざるとにかかわらず外部からの軍事力の影響を受け,これに対する対応を余儀なくされるという状況は,今日においても基本的に変っておらず,そこに存在する軍事力の機能を無視しては国際情勢の動きを的確には握することはできない。

以上のことから,世界の軍事力の実態をみきわめ,わが国の安全にかかわる具体的な条件を冷静に考えることが必要である。

2 軍事構造と軍備のすう勢

(1) 世界の軍事構造

ア 米ソを中心とした軍事体制

第2次大戦後,政治,経済体制を異にする米ソ両国の基本的な対立関係と両国の圧倒的な軍事的優位性から,第1図に示すような米ソ両国を中心とした集団安全保障体制が築きあげられ,また,このような、集団安全保障体制に属さない国々も,何らかの形で両国の軍事態勢の影響を受けるに至っている。

このような国際的な軍事構造により,少なくとも東西間の全面的な軍事衝突やそれを引き起すおそれのある大規模な武力紛争は抑止されてきたといえよう。

しかしながら,現実には,世界の各国の間には依然として根強い対立や不信が存在しており,領土,資源,民族,宗教,イデオロギーなど各種の要因が複雑に絡み合い,国家間の対立,紛争が生じている。更に,最近における社会主義国間のかなりの規模の武力紛争は,国際社会に新たな不安定要因をもたらしている。

また,これらの対立や紛争は,同時に米ソの軍事均衡や勢力消長に間接的な影響を与えることから,事態をますます複雑にしているといえよう。

イ 米ソの戦略態勢

(ア) 米ソの核戦略態勢は,大陸間弾道ミサイル(ICBM),SLBM,戦略爆撃機などの整備を通じ,現在,本質的には均衡しており,それによって核抑止が有効に機能しているとみられる。

しかるに,ソ連は,戦略核戦力における運搬手段などの数的優位に加えて,弾頭威力の増大,命中精度の向上や弾頭のMIRV化など,その性能の向上により戦力の増強を図っていることから,近い将来,理論的には先制攻撃によって米国のICBMのかなりの部分を破壊し得る能力を保有することも予想される状況になりつつある。

また,ソ連は,自国の弾道ミサイル発射潜水艦(SSBN)を防護するための能力の向上,ICBMミサイル・サイロの抗たん性(攻撃されても生き残れる能力)の強化,弾道ミサイル迎撃ミサイル(ABM)の維持,早期警戒衛星・通信衛星などに対する攻撃能力及び米国のSSBNに対する対潜能力の向上などにより,米国の核攻撃力を減殺することに努めるとともに,民間防衛による被害の局限化を図りつつある。

このことは,米国の一部において,ソ連が単に核戦争の抑止ではなく,核を用いて戦争に勝つ能力を目指しているのではないか,との危惧を生じさせている。

このようなソ連に対し,米国は,核戦争は避けなければならないとの考えに立って,第1撃を受けた後でも十分に生き残り,かつ,相手の都市,産業施設に対して耐えがたい被害を与え得る戦力を確保することにより,核攻撃を抑止するといういわゆる確証破壊能力を柱とする相互抑止戦略をとってきた。

しかし,ミサイルの精度の向上などにより,ソ連が軍事施設のみを目標とする限定的な核攻撃を遂行することが可能ともみられるようになってきたことから,最近,米国は,「もはや,都市,産業施設に対する確証破壊能力を基盤とする戦略だけでは完全に信頼をおくことができない。コントロールされ,かつ,慎重な方法で限定的な核戦争にも対応できる能力を持たねばならない。」(1980年度米国防報告,同報告はこれを「相殺戦略」(Countervailing Strategy)と呼んでいる)とし,ソ連のいかなる核攻撃に対しても,柔軟かつ段階的に対応し得るようトライデント−ミサイルの配備,空中発射巡航ミサイル(B−52Gに搭載)の調達,MXミサイルの全面開発などを通じ核戦力を整備していこうとしている。

(イ) このような米ソ両国の戦略核態勢を背景とした戦域核戦力及び通常戦力の東西の態勢については,欧州及び極東におけるソ連の兵力集中とそれに対する米国の前方展開という形でとらえることができる。

ソ連は,地勢的にみると,北は寒冷な気象,南は険しい地形により軍事力の進出が遮ぎられ,また,東西においても,主要な港湾は主として内海に所在し,特に,紛争時には海峡などにより周辺諸国に扼されるという状況にある。このような地勢的条件もあり,ソ連は,従来から欧州及び極東地域の2正面に兵力を重点的に配置し,NATO軍と西太平洋の米軍及び中国軍とに対処している。特に,欧州は,ソ連にとって歴史的にも重要な正面であることから,十分な兵力を集中している。

しかし,中ソ対立の深刻化,シベリア開発の進展などに伴い,極東正面も重視されつつあるとみられる。

また,ソ連は,外洋艦隊としての海軍力を育成増強し,全世界的なプレゼンスを高めるとともに,海空輸送力の増強による遠隔地への兵力投入ないし緊急軍事援助能力の向上に努めている。

これに対し,米国は,1戦略構想の下に通常戦力を整備し,欧州や西太平洋に必要な戦力を前方展開するとともに,機動能力を有する戦略予備的兵力を米本土に控置し,有事に際して迅速に支援し得る態勢をとるいわゆる前方展開戦略を採用している。

欧州においては,この地域が米国にとって極めて緊要な地域であるとの認識の下に,NATO諸国とともにワルシャワ条約軍に対する阻止戦力の構成に努めている。

一方,アジアにおいても,この地域において米国に敵対する特定国が支配的影響力を確立するのを防止することを基本とし,同地域の安定が,米国自身の安全のため不可欠の条件であるとの認識の下に,主として北東アジアに海空軍力を主体とした抑止態勢を維持している。

また,このような前方展開戦略を支えるため,米本土から欧州,北東アジア,あるいは中東地域への海空交通路の安全確保が必須のものとされている。

(ウ) かつて,米国は,ソ連に対する核戦力及び海空軍における圧倒的な軍事技術優位と集団安全保障体制に支えられた対ソ政策によって,ソ連の周辺地域への進出を阻んできた。

そして,この優位にある米国の軍事力の展開と,これに立脚する西側の団結が,西側の防衛態勢の大きな支えとなり,西側の安全と繁栄はこのような状況の下に確保されてきたといえる。

しかし,1960年代以降における軍事力の増強によって,ソ連は核戦力や欧州及び極東地域における軍事態勢において,米国に桔抗し得るようになり,更に,海空軍力の増強により,米国の前方展開地域と本土との交通路確保に困難をもたらし,かつ,ソ連から遠く離れた地域にも局地的介入の能力を備えるに至った。こうしたソ連の軍事力は,西側に対し,米ソ間の軍事バランスについて真剣に再検討を迫るものとなっている。

なお,米ソを中心とする世界の軍事力の対峙状況は,第2図に示すとおりである。

(2) ソ連の軍備のすう勢と西側の対応努力

ア ソ連の軍事力増強と西側防衛体制の改善

ソ連は,1960年代から一貫して軍事費を増大し,軍事力の整備を続けてきた。このようなソ連の軍事力は,ベトナム戦費を除いた実質的な国防費が過去10年以上にわたって停滞していた米国や主として経済事情などから軍事力の増強を控えてきた西側諸国にとって,今や,自らの安全保障政策に再検討を強いるものとなりつつある。

ソ連の軍事力増強の動機については,明確にはうかがい知れないが,例えば,米国は,1980年度国防報告において,ソ連が米国と対抗し得るのは軍事面のみであるため軍事力の強化によって政治的影響力を高めようとしており,あるいは,ソ連軍部と産業との官僚的惰性が一本調子の軍備増強につながっているなどの趣旨を述べているが,このほか,米国に対抗して,イデオロギー面も含めて自陣営の結束を固め,いわゆる「階級闘争」,「民族解放闘争」を支援することなどの側面もあることを見逃せない。いずれにせよ増強されつつあるソ連の軍事力の実態は,「純粋に防衛のため必要と思われる以上のもの」(1979年度春季NATO防衛計画委員会最終コミュニケ等)とも評価されており,西側諸国はこれに深い懸念をいだき,対応する軍事力の整備に一層の努力を始めたところである。

米国をはじめNATO諸国は,中欧相互均衡兵力削減交渉(MBFR)などを行う一方,1978年5月,ワシントンにおいてNATO首脳会議を開催し,15年間にわたる長期防衛計画を採択するとともに,国防費を毎年実質3%ずつ増加することを約束した。これに基づき西側の主要国は,難しい経済情勢にあるにもかかわらず,本年の予算において実質3%の国防費の増額を図り,即応態勢,増援,予備役動員,電子戦,防空,兵站,戦域核戦力,海上戦力,指揮統制通信,兵器生産などの能力を向上し,核戦争から軍事力の示威,恫喝まであらゆる事態に対し,効果的に対応しうる防衛体制を整備することとし,ソ連の軍事力増強の圧力を相殺する措置をとる姿勢を示している。(軍事力の概要

イ ソ連の核戦力の増強と西側の対応努力

(ア) 核戦力は,戦略核戦力と戦域核戦力とからなっており,戦略核戦力は,米ソにおいてはICBM,SLBM及び戦略爆撃機で構成されている。

ソ連の戦略核戦力は,過去一貫して増強されてきたが,1972年,SALT−協定の締結により,その保有数が凍結されたため,現在保有している戦力は,SALT−の制限内であるICBMl,400基,SLBM950基及び長距離爆撃機135機である。

今後は,SALT−協定に基づき,ミサイル・ランチャー数や爆撃機の保有数に米ソ同数の上限が設定されたため,ソ連は,その枠内で非脆弱性の高いSLBMの増勢を図るほか,弾頭のMIRV化,命中精度,射程,抗たん性などの質的向上を図ることにより,戦略核戦力の増強に努めるものと思われる。

このため,ソ連は,旧式化したミサイル(SS−7,SS−8など)を配備からはずし,新型のSS−17,SS−18,SS−19などのICBM及びデルタ級SSBNに搭載されたSS−N−8,SS−N−18などのSLBMを逐次配備している。

これらのうち,SS−N−8及びSS−N−18は,米国が開発中のトライデント−型ミサイルとほぼ同程度の射程(約7,500km)であり,バレンツ海又は西太平洋のソ連沿岸海域から米本土を攻撃することが可能である(資料5参照)。

SS−18を中心とするソ連のICBMの能力の一貫した向上によって,近い将来,米国の現有ICBMが脆弱化していくことが予想されることから,米国は,SALT−協定の枠内において,米国と同盟国の安全を守るため次に述べるような戦略兵器の近代化及び開発計画を引き続き実施していくとしている。

1980年度においては,過去2年間見送られてきたMXミサイルの全面開発,トライデントSSBNの建造(8隻目)及び空中発射巡航ミサイル(ALCM)225基の調達を計画するとともに,ミニットマンICBMのサイロの堅牢化,民防計画の強化などにも努めることとしている。

また,米国は,本年4月,SLBM24基を装備することが可能なトライデントSSBNの1番艦オハイオ(1万8,000トン)を進水させ,1980年末までに就役を予定している。

なお,米ソ両国の戦略核戦力の推移は,第3図に示すとおりである。(米軍の戦略爆撃機からの発射されたALCM

(イ) 一方,米ソ両国が1972年11月以来,主としてジュネーブにおいて続けてきたSALT−交渉は,ようやく最終的合意に達し,本年6月に新協定が調印された。

SALT−協定は,米ソ両国の戦略核運搬手段(ICBM,SLBM,ALCM搭載型を含む爆撃機等)の保有数に同数の各種上限規制を設定したこと及び若干の質的規制を設けたことに主たる特徴があるものであり,核戦争を回避するとともに戦略核軍備競争を一定の枠組みにはめようとする米ソ両国の軍備管理努力の現われとして高く評価され,米ソ関係の長期的安定を図っていく上で重要な意義を持つものといえよう。しかしながら,SALT−協定は,その合意事項が基本的には米ソの戦略核運搬手段の現状を追認するもので,米ソ両国の戦略核戦力に実質的な変更をもたらすものではなく,また,米国の核抑止力と同盟国の米国に対する信頼性に直接影響するものでもないとみられる。

一方,SALT−協定に関連するブレジネフ書簡で規制されたソ連の新型爆撃機バックファイアや中距離弾道ミサイル(IRBM)SS−20等の戦略兵器か戦術兵器か不明確ないわゆるグレイゾーン兵器については,欧州諸国が深刻な懸念を抱いているところであり,今後行われるであろうSALT−交渉においてこうした兵器がどのように取り扱われるかなどわが国の安全保障の観点からも注目していかなければならないところである。

(ウ) 戦域核戦力は,一般にIRBM,準中距離弾道ミサイル(MRBM)などの射程の長いミサイル,大口径火砲,爆撃機,艦艇などの運搬手段のほか,核地雷などによって構成され,主として戦場及びその周辺地域で使用される。これらの運搬手段は,その多くが核・非核両用に使用できるシステムからなり,SALT−の対象に含まれていない。

最近のソ連の新しい運搬手段としては,新型爆撃機バックファイア,SU−19戦闘爆撃機,地上軍用の地対地ミサイル(SS−21,SS−22),欧州と極東に既に配備されたといわれるMIRV化弾頭を装置した移動式のSS−20弾道ミサイルなどが注目されている。

また,ソ連は,常に核戦争に対処できるように部隊の装備強化や訓練を実施し,核防護力の向上にも努めているものとみられる。

このようなソ連の戦域核戦力の増強に対し,米国をはじめ西側諸国は,パーシング−,ランス地対地ミサイル,8インチりゅう弾砲などの現有戦力の近代化及びF−111戦闘爆撃機の増強を図るとともに,パーシング−地対地ミサイル,地上発射巡航ミサイル(GLCM),対地攻撃型水上(中)発射巡航ミサイル(SLCM)などの開発を進めている。

また,米国は,ソ連のSS−20弾道ミサイルや前線航空部隊によるNATO後方地域への攻撃といった事態に備えて,欧州に展開している核戦力の抗たん性の強化を図っている。

(エ) 全体としてみれば,現状では,米ソ間の戦略核バランスは維持され,核戦争の相互抑止関係は確保されているものと考えられる。

また,戦域核兵器の使用も,それが,全面核戦争にエスカレートしないという絶対的な保障があり得ないところから,同様に抑制されているとも考えられる。

しかしながら,核戦争の生起を抑止し,核戦争に至るような事態を回避するという米ソ間の相互核抑止関係は,必ずしもすべての通常戦争などの抑止にまで及んでいないとみられ,改めて,通常戦力の価値を重要なものとしつつある。

ウ ソ連の通常戦力の近代化と西側の対応努力

(ア) ソ連は,伝統的に量的優勢,奇襲及び相手側の陣地を迅速に突破し後方奥深く突進する攻撃(縦深突進攻撃)を重視している。

ソ連地上軍の従来からの量的増勢に加えて,近年における最新型の戦車,装甲歩兵戦闘車,各種火砲などの導入による機動力と火力の増大,各種へリコプターの増勢による空中機動力の増大及び各種の対空ミサイルの導入による地上軍固有の戦場防空能力の向上にみられるような進撃速度の向上や即応態勢の強化は,この伝統的なソ連地上軍ドクトリンのより有効な実現を可能ならしめるものとなりつつある。また,各種の揚陸艦艇や輸送機の整備により,これら地上戦力の海空輸送能力が向上しつつある

このほか,ソ連は,化学戦能力の向上にも努めているものとみられる。

ソ連地上軍は,数年ごとに改編を行い,戦力の増大を図っているが,その状況をソ連の自動車化狙撃師団について,米国の機械化歩兵師団と比較してみると,第4図に示すとおりである。

航空戦力は,MIG−23戦闘機,MIG−27,SU−19戦闘爆撃機,MIG−25要撃機,新型爆撃機バックファイアなど新鋭機の導入により,航続距離,搭載火力,電子戦能力などの大幅な向上や低空及び高空における高速度侵入など攻撃能力の向上が図られている。このため従来に比し,広範囲にわたる航空優勢を獲得する能力及び西側の後方地域にある指揮所,核貯蔵施設,飛行場,港湾などの軍事目標に対する攻撃能力を強めている。

また,ソ連の周辺海域における艦艇に対する航空掩護(エア・カバー)も,能力的には実施できるようになっている。

なお,これら戦車,火砲,航空機などの生産ぺースは,米国の2〜3倍であるとみられている。

このようなソ連の地上・航空戦力の増強に対応し,米国は,米ソの軍事力が直接対峙している欧州地域におけるバランスの維持を当面最も急を要するものとし,在欧米地上軍に対して,部隊を増派し,火砲,対戦車ミサイルなどの装備を増強するとともに,在欧米空軍に対して,F−15及びF−111各1個航空団の配備に引き続き,A−10攻撃機1個航空団を配備して,在欧米軍の強化を図っている。

また,欧州における装備の事前配置の増加,増援能力の向上,民間予備航空隊(CRAF)の増強による輸送能力の強化など米本土からの増援態勢の向上に努めている。

このほか,米国はガスタービン・エンジン使用のXM−1戦車,次期攻撃へリコプター(YAH−64)などの開発を推進するとともに,対化学戦能力などの向上を図ることとしている。

一方,欧州のNATO諸国も,長期防衛計画に基づき,対空ミサイル網の強化,E−3A早期警戒管制機の導入による低空侵入に対する地上レーダー・システムの補強,F−16戦闘機の導入による広域防空能力の改善などに努力している。

このほか,西独は新型戦車レオパルドーを,英国,西独,イタリアの3国は共同で新型多目的戦闘機(トーネード)を開発している。(資料6参照)(ソ連のT−72戦車)(第4図 米国機械化歩兵師団とソ連自動車化狂撃師団の装備量の推移)(ソ連のMIG−23戦闘機)(米国のA−10攻撃機)(米国の攻撃ヘリコプター(YAH−64)

(イ) 1950年代までは沿岸防備海軍にすぎなかったソ連海軍は,今日では,艦艇総数約2,500隻(うち潜水艦約360隻),479万トンのほか,新型爆撃機バックファイア30機を含む作戦機約700機を有する海軍航空隊,5個連隊からなる海軍歩兵部隊などを保有し,米国に比肩し得る世界第2の海軍力となっている。

ソ連海軍は,北洋,バルト,黒海及び太平洋の4つの艦隊からなっている。このうち太平洋艦隊は,地域的に独立しているという要因もあり,潜水艦,水上艦艇,航空機,海軍歩兵部隊などバランスのとれた戦力を維持している。

最近,全ソ連海軍の保有隻数は,デルタ級SSBNの増勢が目立つほか,大きな変化はみられないが,空母の就役,新型艦艇への更新及び航空機,搭載機器等装備の近代化により,水上打撃能力,対潜能力,艦隊防空能力及び水陸両用戦能力が強化されている。

空母については,モスクワ級へリコプター空母2隻に加えて,キエフ級空母2隻が就役しており,更に,3番艦が建造中である。その他の水上艦艇については,艦対艦及び艦対空ミサイルを装備した新鋭重装備のカラ級,クレスタ級巡洋艦及びクリバック級駆逐艦並びにグリシャ級哨戒艇の建造が続けられ,更に,2万トンを超える原子力巡洋艦とみられる戦闘艦がバルト海沿岸で建造中といわれる。

1978年には,従来数年間で建造した艦数に相当する約10隻の主要水上戦闘艦及び原子力潜水艦を主とする10隻以上の潜水艦を建造した模様である。なお,ソ連は,今後も,この程度の建造数を維持し,新型艦への更新を図るものとみられている。

このような各種のミサイルを搭載したソ連海軍の増強,特に,原子力潜水艦,高性能爆撃機などの増強は,西側の制海確保に大きな影響を与える能力を備えつつある。

これに対し,米国は,13隻の空母を中核とする機動部隊を中心とした海軍力を維持するとともに,1980年度においては,通常型空母1隻のほか,艦隊防空能力の向上を図るため,AEGIS装備駆逐艦1隻並びに対潜能力の向上を図るため,ロスアンゼルス級攻撃型原子力潜水艦(SSN)1隻,護衛用のフリゲート艦6隻及び曳航式ソーナー艦5隻の建造を計画し,その能力の向上を図ろうとしている。

これら米ソの主要水上艦及び潜水艦保有数の推移は,第5図に示すとおりである。(ソ連のカラ級巡洋艦)(米国のロスアンゼルス級SSN)(第5図 米ソ主要水上艦及び潜水艦保有数の推移

エ 軍事用衛星

人工衛星については,現在約1,000個(うち約500個がソ連,約400個が米国,残りがフランスや日本などであるが,これらのうち既に寿命が尽き,機能していないものも相当数ある)が地球を周回しており,その半数以上が,いわゆる軍事用衛星で,偵察,早期警戒,航法,通信などに使用されている。

偵察衛星としては,写真偵察衛星,電子偵察衛星,洋上監視衛星などがあり,センサーの進歩によって目標探知能力,電子情報収集能力が更に向上し,写真偵察衛星の場合は,30cm程度までの目標解像力を有するものもあるとみられている。写真偵察衛星は,SALTにおける検証手段として成果を挙げているほか,最近の国際紛争などにおいても,その動静は握に活用された模様である。洋上監視衛星に関しては,海中の原子力潜水艦を発見する能力を保有するための研究も進められているとみられる。

また,最近は衛星そのもの,あるいはその機能の破壊を目的とする衛星攻撃用の衛星が注目されている。ソ連は,これまで,この種の衛星を16個程度打ち上げ,かなりの成果を挙げており,昨年も目標衛星に対するテストを行い,ある程度の衛星攻撃能力を持っているとみられている。これに対し,米国は,衛星の抗たん性の向上に努めるー方,この種の衛星の基礎的研究に努めている。

このように,宇宙における米ソの角逐は,衛星相互間の攻撃,防御にまで及びつつあり,衛星そのものの機能の向上と相まって,今後軍事上注目すべき分野といえるであろう。

なお,米ソ両国は,衛星攻撃用衛星の実験禁止に関する話し合いを進めており,その成果が注目されている。

 

(注) MIRV(Mu1tiple Independently Targetab1e Reentry Vehicle) 各々異なる目標を攻撃できる複数の核弾頭から構成される核弾頭方式のことで,「個別誘導多弾頭」と訳されている。

戦略ミサイルの弾頭は,初期の単一核弾頭から始まり,都市攻撃の場合のょうな地域目標の破壊に有利なように複数個の子弾頭を一つの地域目標を覆うように分散して投下するMRV(多弾頭)に進み,更に,核兵器の小型軽量化及び誘導技術の進歩に伴い,MIRVが実用化されている。

米国のミニットマン(ICBM),ポセイドン(SLBM),ソ連のSS−17,18,19(ICBM),SS−20(IRBM),SS−N−18(SLBM)などは,MIRV化された弾頭を装備しているとみられる。

(注) 弾道ミサイル迎撃ミサイル ABM(Anti−Ballistic Missile 戦略用弾道ミサイルを迎撃するためのミサイルのことで,このミサイルの配備に関しては,1972年米ソ両国間に締結されたABM制限条約及び1974年のABM条約付属議定書によって,米ソ両国とも,首都周辺又はICBM基地周辺のいずれかに,100基を上限として配備が認められている。

現在,ソ連は,モスクワ周辺の4か所の基地にガロッシェと呼ぶABM64基を配備している。

米国は,グランドフォークスにあるミニットマンICBM基地にABMを配備したが,1976年レーダー施設の一部を残して撤去した。

(注) MXミサイル 米政府がSALT−協定署名を控えて全面開発を決定した新型の移動式ICBMで,各300〜400キロトンの弾頭を6〜10個搭載するMIRV化された高い精度(CEP:約100m)を持つミサイルであるといわれる。

配備方式については,ミサイルをトロッコ式の発射台に取り付け,これを地上(中)に掘った溝の中を鉄道レールを使って移動させるトレンチ方式,航空機で常時移動させる空中移動方式,ミサイル1基につき約20個程度のシェルターを用意するシェルゲーム方式等が検討されている。

同ミサイルは,1986年から配備が開姶され,1989年までに200基が配備される計画である。

なお,このようなミサイルの開発は,SALT−協定の違反にはならないが,移動式ランチャーからのミサイル発射実験は,1981年末まで禁止されている。

(注) 戦域核戦力 核戦力は,従来,運用上の概念としてICBMやSLBMなどのように遠距離の目標に対して戦略的に使用される「戦略核戦力」と,戦場において戦術的に使用される「戦術核戦力」とに区分されてきたが,近年,SALT交渉などにより,戦略核戦力の範囲が明確化されたこと,その戦力が米ソ間において対等になってきたことなどから,IRBMなどの中間的核戦力が改めて注目されるようになった。

このため,最近,米国は,国防報告等において運用上の概念に加えて,戦場及びその周辺において地域的に限られた目標を攻撃する核戦力を「戦域核戦力」(Theater Nuc1ear Forces)と呼んでおり,SALTにより了解された戦略核戦力に対比する概念として使用している模様である。

(注) 2戦略と1戦略 1970年2月18日,当時のニクソン米大統領は,初めて議会に提出した外交教書「1970年代の米国の外交政策−平和のための新戦略−」において,米国の通常戦力態勢について次のとおり述べた。「1960年代の米国の通常戦力態勢は,いわゆる2戦略の原則に基づいたものであった。この原則によれば,米軍は,通常戦力によって3か月間NATO防衛に当たり,同時に中国の全面攻撃に対して韓国又は東南アジアを防衛し,更に,小規模紛争()に対処できる兵力を維持することになっていた。しかしながら,このような兵力水準に到達したことはなかった。我々は,原則と能力を調和させるため,1戦略というべき原則を採用した。」

1戦略とは,一つの大規模紛争と一つの小規模紛争に同時に対処し得る通常戦力を整備するという戦力整備基準であり,この戦略構想は,カーター政権においても踏襲されてきている。

戦略は,対処すべき紛争として,1980年度米国防報告にもあるとおり,ソ連の戦力が集中しているNATO正面での紛争を最大規模の「1」の紛争と想定している。アジアについては,中ソ対立,米中関係の変化等もあって,欧州と同時に「1」の紛争が発生する可能性は1960年代に比し,より少なくなってきたとし,たとえ朝鮮半島で紛争が発生したとしても,他の大国が北朝鮮を支援して介入しない限り,十分な対処能力を持っているとしている。また「」の紛争については,中東地域が欧州での大規模紛争に先立って,あるいは同時に最も起りやすい地域とされている。

このように1戦略は,戦力整備に当たって対処すべき紛争を想定してはいるものの,「1」あるいは「」が特定の地域を指すとか,特定地域に対するコミットメントの優先度を指すという概念ではない。

(注) 中欧相互均衝兵力削減交渉 MBFR(Mutual and Balanced

 Force Reductions) 中部欧州関係国(西側一西独,ベルギー,オランダ,ルクセンブルグ,東側−東独,ポーランド,チェコスロバキア)に所在する兵力,軍備を東西双方が均衡的に削減し,より低い兵カレベルで安全保障を維持することを目的とし,1968年,NATO側は,ソ連の提唱する欧州安全保障協力会議(CSCE)と並行して実施することを提案し,ソ連がこれに応じたものである。参加国は,NATO側,ワルシャワ条約側,計19か国(うち8か国はオブザーバー)で,1973年1月から6月の予備交渉後,本会議は,1973年10月からウィーンで開かれている。

昨年の第15次の交渉で東西双方が共通の上限兵力を設定することに合意したものの,共通の上限兵力の枠内でさらに各国別の上限兵力を設定しようとする東側とこれに反対する西側との対立及び東側の現有兵力についての東西双方のデータの差異とが解消されず,交渉は,現在進展をみせていない。

(注) 巡航ミサイル(Cruise Missile) 弾道ミサイルと異なり,主翼の揚力と推進機関の推力とによって飛行機のように大気中を飛しょうするミサイルであり,米国のハウンド・ドッグ(ASM),ハープーン(SSM),ソ連のAS−3(カンガルー),AS−4(キッチン),AS−6(キングフィッシュ),SS−N−3(シャドック)など,既に実用化されているものも数多くある。

近年小型で効率のよいジェット・エンジン及び高精度の誘導技術をとり入れた水上(中)発射巡航ミサイル(SLCM,トマホーク),空中発射巡航ミサイル(ALCM)及び地上発射巡航ミサイル(GLCM)の開発が米国で行われており,主として戦略用兵器としての使用が計画されている。

米国が開発中のこれらの巡航ミサイルは,低高度を飛しょうし,かつ,レーダー反射面積が小さいため相手側の対処が困難であること,命中精度が高いこと,亜音速のため目標到達時間がかかることなどの特性がある。ソ連は,戦略巡航ミサイルの開発については,米国に立ち遅れているとみられている。

(注) ソ連の海空輸迭能力の向上 この10年間で,ソ連海軍の補給艦,給油艦等補助艦艇及び揚陸艦は,総トン数で約3倍(1968年約64万トン,1978年約210万トン)になり,また,空軍の輸送航空部隊は,短・中距離機からAN−22,IL−76などの長距離中・大型機を中心とした部隊に近代化されている。

このほか,海軍に統合されているといわれる商船隊(1979年度米国防報告)は,この10年間に総トン数で約2倍(1968年1,060万トン,1978年2,140万トン)となり,また,空軍の統制を受けるともいわれているソ連国営航空(アエロフロート)は,逐次近代化され,その輸送能力の向上が図られており,戦時における空軍の補充用として,中・長距離航空機を現在1,300機保有しているといわれている。(ミリタリー・バランス等による)

(注) AEGIS 米海軍が1980年代に就役させる計画のCGN42級巡洋艦及びDDG47級駆逐艦に装備予定の新型艦対空ミサイル・システムである。主要構成は電子的に走査する固定式アンテナの捜索追尾レーダー,ミサイル・ランチャー,ミサイル誘導装置等からなり,目標を探知すると,脅威の評価,攻撃武器の選定,ミサイルの発射などがコンピューター処理され,ミサイルを自動発射する機能を持つ。特に多目標同時対処,即応性に優れている。ミサイルはスタンダード−が使用される。AEGISの名称は,ギリシャ神話のゼウス神がアテネ神に授けた盾の名に由来したものといわれる。

(注) 曳航式ソーナー・システム 艦艇が曳航するソーナーで,潜水艦の発生音響をパッシブ(聴音)方式により遠距離から探知するシステムである。

3 わが国周辺の軍事情勢

(1) 東アジアの軍事情勢

東アジアは,大陸部,半島,島嶼,海峡,海洋など異った地理的環境が交錯しており,また,9億以上の人口を有する中国をはじめ,政治体制を異にした大小さまざまな国家が存在しており,複雑な様相を示している。

この地域においては,強力な軍事力を有するソ連,中国及びこの地域に確固たる政治的,軍事的プレゼンスを有する米国が鼎立し,東アジアの国々は,安全保障上何らかの形でこれら3国の影響を受けている。

このような東アジアにおいては,中ソ対立や朝鮮半島における南北対立など,不安定要因を抱えながらも米中ソなどの相互牽制作用により対立が決定的に進行しにくい面があり,一種の均衡が保たれてきている。

このような環境下において,中国は,日中平和友好条約の締結,米中国交正常化などを通じ西側への接近を図った。他方,ソ連は,ベトナムやアフガニスタンとの間に友好協力条約を締結するなどアジアにおける自己陣営の結束強化を行った。

また,インドシナ半島においては,中国とベトナムが,国境問題,華僑問題などを契機に対立抗争を表面化し,中国は,昨年7月ベトナムに対する援助を全面的に中止するに至った。また,ソ連への接近を一層強めたベトナムは,中国が支援しているカンボジアのポル・ポト政権と国境問題などで激しく対立し,この対立はベトナムが支援している救国民族統一戦線が昨年12月カンボジアに成立するに及び更に激しさを増した。このような状況下にあって昨年12月末,ベトナムは,救国民族統一戦線の支援のため10個師団以上の兵力をもってカンボジアに進入し,本年1月初めにはプノンペンが陥落した。その後,ベトナム軍及び救国民族統一戦線軍は,山岳地帯によってゲリラ抵抗を続けるポル・ポト軍に対する掃討作戦を実施しているが,全土を完全制圧するには至っていないようである。

これに対し,ポル・ポト政権を支援していた中国は,ベトナムの中越国境侵犯に対する「自衛反撃」を加えるとして,本年2月中旬,約20数個師団の兵力を動員し,両国国境を越えて軍事行動を起こしたが,3月5日,一方的に撤退を宣言し,3月16日には撤退の完了を表明した。その後,中越両国は,紛争の平和的解決を図るべくハノイにおいて,次官級会談を行ったが,対立をもたらした諸問題の解決を主張する中国側と国境問題のみに限定しようとするベトナム側の主張が真向から対立し,捕虜の交換はあったものの,問題の解決には,今後,長期間を要するものと思われる。

このように,ベトナム戦争終了後3年足らずして,インドシナ半島における社会主義国相互間の対立は,武力衝突の発生に至るまで激化した。

これらの対立,紛争の原因とするところは,いまだ解決されておらず,これらの国々の今後の動向が注目されるところである。

一方,中ソ国境においても,インドシナ半島の武力紛争に伴い,軍事的緊張が懸念されたことなどもあり,また,本年4月には,中国は,中ソ友好,同盟及び相互援助条約の有効期間を延長しない旨をソ連に通告し,中ソ関係は新しい局面を迎えた。

このように中ソ関係は,当分,大幅に改善される見込みはないとみられるが,最近の中ソ間の話し合いの気運もあり,今後,中ソ間において何らかの関係修復が図られる可能性は排除できず,常に留意していく必要がある。

朝鮮半島においては,韓国と北朝鮮の間に対話が再開されたものの,両者の思惑は平行線をたどり,また,北朝鮮軍の兵力増強問題などもあって,南北間の軍事的対立,緊張は,依然として継続している。

また,米中国交正常化に伴う米台相互防衛条約の廃棄通告(期限切れは1979年末)によって,台湾に対する米国の直接の防衛義務は消滅することとなったが,米国は,台湾問題の平和的解決に,引き続き関心を有すると声明している。今後,米国による防御的性格の武器の提供などによる相応の補完措置が行われることもあって,この地域の安全は保たれるとみられるが,同地域は,わが国に近接し,主要な海上交通路に当たることから,わが国としても大きな関心を有しているところである。

以上のように,最近1年間の東アジアにおいては,これまでの国際関係に今後長期間にわたる影響を与えるような動きが相次ぎ,また,軍事的にも,米軍の撤退後情勢が流動的になったインドシナ半島において,武力紛争が発生するなど,この地域の情勢は不安定要因をはらみ厳しいものがある。

(2) 米中ソの軍事態勢

ア ソ連の軍事態勢

(ア) 1960年前後のアジアにおけるソ連軍の配備は,米国及び日本を相当意識していたものとみられていたが,1960年代の中ソ対立の深刻化,特に,1969年の中ソ国境紛争を契機として,中国をも意識したと思われる兵力の一貫した増強が図られている。

地上兵力は,全ソ連169個師団,約183万人のうち,その程度に当たる44個師団,40万人以上が中ソ国境付近に配備されている。そのうち,極東(おおむねバイカル湖以東)地域に32個師団,30万人以上が展開している。

航空兵力については,全ソ連の作戦機約8,800機のうち,その程度に当たる約2,000機が極東に展開しており,その内訳は,爆撃機約450機,戦闘機約1,450機及び哨戒機約140機である。極東ソ連の航空兵力は,前線,遠距離,防空,輸送及び海軍の各航空部隊からなり,配備機数が最も多い前線航空部隊は,主として中ソ国境沿いに配置され,その主たる目的は,中ソ国境に多数配置されたソ連地上軍の支援にあるとみられている。

遠距離航空部隊は,主として内陸部に配置され,中国及びアジア周辺部までその行動半径におさめている。また,海軍航空部隊は,主として沿海地方に配備され,日本海及び西太平洋において活動している。

海上兵力としては,全ソ連の艦艇約2,500隻,479万トンのうち,その程度に当たる約770隻,138万トンを有する太平洋艦隊が展開している。同艦隊は,司令部所在地であるウラジオストクのほか,ペトロパウロフスク(カムチャツカ半島南部),ソフガワニ(ハバロフスク地方)などを主要な基地として,太平洋からインド洋に及ぶ海域をその行動範囲としている。

なお,核戦力としては,全ソ連の戦略ミサイルの約30%に当たるとみられる各種のSLBMやICBMが太平洋艦隊や内陸部に配備され,また,戦域核も相当数配備されているとみられている。

(イ) これらの戦力は,最近では,量的増強に加えて質的向上が重視されているとみられ,この地域におけるソ連の軍事力とその即応態勢は,一段と向上しつつあるとみることができる。

地上軍の装備としては,T−62型戦車(115mm砲搭載),BM−21多連装ロケット,BMP装甲歩兵戦闘車,152mm自走りゅう弾砲,地対空ミサイル(SA−8,SA−9)や各種へリコプターの増強が行われ,ソ連地上軍の装甲機動力,火力,空中機動力,対空能力などが一段と向上したものとみられる。

航空兵力としては,MIG−23戦闘機,MIG−27,SU−19戦闘爆撃機,新型対潜哨戒機などの配備により,対地攻撃能力,対潜能力が強化されているほか,従来のTU−16爆撃機についても新型の空対地(艦)ミサイル(ASM)の搭載によりスタンドオフ攻撃力(ASMなどにより,相手側防御兵器の威力の及ばない遠距離から目標を攻撃できる能力)の向上が図られている。

海上兵力としては,クレスタ級巡洋艦,クリバック級駆逐艦,ナヌチカ級ミサイル艇などの配備による対潜及び水上打撃能力の向上並びにロプチャ級揚陸艦,ホーバークラフトなどの増強による周辺地域に対する水陸両用戦能力の向上が図られているとともに,商船隊におけるローロー船の増強による海上輸送能力の強化がみられる。

なお,最近,新鋭のキエフ級空母「ミンスク」,カラ級巡洋艦「ペトロパウロフスク」及び揚陸強襲艦「イワン・ロゴフ」がウラジオストクに回航され,また,新型爆撃機バックファイアの極東配備も考えられる情勢にある。(ソ連のBMP装甲歩兵戦闘車

(ウ) キエフ級空母は,垂直離着陸多目的戦闘機と対潜へリコプターを合わせて約30機を搭載するほか,兵装として対艦ミサイル,対空ミサイル,対潜ミサイルなどを装備し,かつ,優れた指揮通信能力を備えた対潜任務を主体とした空母である。

しかし,米海軍の空母と比較した場合,航空機による攻撃力,防御力等機能的には大差がある。

この艦は,平時においては,ソ連の海軍力を誇示し,局地紛争への介入手段などとして使用されることも予想される。また,有事においては,地上基地航空兵力の掩護を受けられる海域などにおいて,艦隊の指揮の中枢として,対潜作戦,水上戦闘,強襲上陸作戦などに使用されることも考えられる。

このようなキエフ級空母が極東に配備された場合は,限定的ではあるが,ソ連太平洋艦隊が新たに外洋における航空掩護能力を保持することとなり,対潜能力及び陸上への兵力投入能力の向上をもたらすものと思われる。

バックファイアは,可変翼を有する中型爆撃機で最大速カマッハ2以上,最大行動半径約5,700km(無給油),射程約250km(低高度)のASー4又はAS−6ミサイルを搭載することができるといわれている。現在,バックファイアは,欧州正面の空海軍に約80機配備されており,その生産ぺースは月産2〜3機といわれている。

その使用の態様は,空軍においては,戦略目標攻撃,戦術爆撃,偵察など,海軍においては,洋上における艦艇,特に空母機動部隊の撃破,海上交通の阻止,洋上哨戒などであると考えられる。

このような高性能の爆撃機が極東に配備された場合には,防空対処,わが国周辺の海上交通の安全確保などの面で,注目していく必要がある。(ソ連のキエフ級空母ミンスク(4万トン))(ソ連の新型爆撃機バックファイア

(エ) このように増強されつつある極東ソ連軍は,西太平洋における米ソの軍事バランスに影響を与えつつあるとみられ,わが国の防衛にとっても注目すべき軍事的能力を備えるに至っている。

また,ソ連は,昨年夏以降,わが国固有の領土である国後,択捉両島地域に戦車,各種火砲等を装備した相当規模の地上軍部隊を配備するとともに,基地の建設を行っている模様である。

国後,択捉両島地域におけるソ連軍の配備についてみると,第2次大戦後1960年夏ごろまでは,地上軍部隊1個軍団(択捉島に軍団司令部及び1個狙撃師団,国後島に1個狙撃旅団),防空軍部隊40機(国後,択捉両島に各20機)及び国境警備部隊(北方四島に約1,500名程度)が所在していた。しかし,1960年夏以降,地上軍部隊はすべて両島から撤収し,また,1966年春には,国後島に配備されていた防空軍部隊20機が樺太に移動した。この結果,昨年夏までは,択捉島に防空軍部隊20機及び両島に国境警備隊が配備されていた。

今般の再配備等の意図は,今のところ推定の域を出ないが,近年,ソ連は,極東地域における増強,近代化等に努力しているとみられることから,この一環として行っているとも考えられる。また,ソ連の軍事戦略上の観点からみれば,北方領土及び千島列島地域あるいはオホーツク海等の地域的重要性,現在の国際情勢などについての考慮からなされているとも判断される。

両島地域におけるソ連軍の動向については,なお今後の推移をみる必要があるが,現在の状況から判断すれば,両島地域に所在するソ連軍は,主として島嶼配備を目的とした編成,装備をとっているものと思われる。

いずれにしても,このような地域に軍事力が存在することは,わが国の防衛にとって重要な関心事項であるので,今後ともこの動向については注目していく必要がある。

(オ) ソ連軍事力の増強に伴って,艦艇,航空機の外洋進出やわが国周辺における活動も活発であり,その行動の概要は,第6図に示すとおりである。

これらの行動は,ソ連海軍及び航空部隊の練度の維持向上,情報収集,この地域における米国の制海確保能力に対する牽制,艦艇等によるプレゼンスの増大によるアジア地域への政治的及び心理的な影響力の増大などをねらっているともみられる。

特に,先般の中越紛争以来,ソ連軍の行動には,特異なものがあり,その概要は次のとおりである。

2月17日,中国軍のベトナムへの軍事行動が開始された後,まず18日にTU−95(ベアD)長距離電子偵察機2機が,沿海地方から対馬海峡を経て東シナ海を越えて偵察飛行を行い,その後も3月17日までに8回,同型機などが偵察飛行を実施した。また,4月11日には,TU−95(ベアD)2機がベトナムのダナン飛行場に着陸し,同月26日に帰投し,5月にも同様の飛行が行われている。

一方,海軍艦艇約10隻程度が南シナ海に遊よくし,その一部は,ダナン,カムラン湾などに入港したものとみられる。また,スベルドロフ改級巡洋艦,クリバック級駆逐艦等の数隻が,2月25日以降約1か月間,上海沖の舟山列島東方約240km(奄美大島西方約450km)の付近に遊よくし,プレゼンスを行った。(対馬海峡上空を南下中のソ連TU−95(ベアD)長距離電子偵察機

イ 米国の軍事態勢

(ア) かつて,米国は,中ソ両国を「結合した脅威」とみなし,その勢力拡大阻止のため,多くの兵力をアジアに展開してきたが,中ソ対立,米中関係の改善,ベトナム戦争の終結などの動きもあり,これらの動きに見合う形で1969年から逐次西太平洋における兵力の整理を行ってきた。

(イ) 現在,米国は,西太平洋地域に第7図に示すような兵力を展開している。

西太平洋地域の米陸軍は,約3万4,000人で,そのうち,大部分は韓国に駐留する第2歩兵師団を基幹とする約3万1,000人である。このほか,ハワイに第25歩兵師団を基幹とする約1万9,000人が駐留している。

なお,米国は,在韓米地上軍を韓国の自主防衛体制強化,在韓米空軍力の増強などの各種補完措置を講じながら,1981年,若しくは1982年までにその大部分を撤退させるというカーター政権の当初の計画を現在一時見合わせている。

空軍については,西太平洋に10個の戦術戦闘飛行隊(日本4,韓国4,フィリピン2)を展開し,太平洋空軍の戦術作戦機約260機の大部分を西太平洋に保持している。戦略空軍部隊は,グァム島にB−52戦略爆撃機1個飛行隊と,グァム島及び沖縄にKC−135空中給油機各1個飛行隊を配置しているほか,沖縄に戦略偵察機1個飛行隊等を配置している。また,輸送空軍も日本及びフィリピンに戦術空輸機各1個飛行隊を配置している。

海軍は,西太平洋からインド洋を行動区域とする第7艦隊が配備されている。第7艦隊は,太平洋艦隊におけるいわゆる前方展開作戦部隊であり,太平洋艦隊総兵力のほぼの兵力を保有している。

艦艇は,空母2隻を含む約55隻,60万トンであり,西太平洋に常時プレゼンスを維持するとともに,必要に応じ,インド洋にプレゼンスを行っている。

また,第7艦隊は洋上だけでなく,日本に海兵両用戦部隊(海兵師団,海兵航空団及び支援部隊)を,日本,フィリピン及びグァム島にP−3対潜哨戒飛行隊などを配置している。また,第7艦隊の所属ではないが,戦略攻撃兵力として,ポラリス潜水艦約7隻がグァム島を前進基地として西太平洋に展開している。

(ウ) 米国はこの地域に対するコミットメントを遵守する姿勢を明示するとともに,現在一時見合わされている在韓米地上軍の撤退計画を除き,西太平洋における米軍のプレゼンスを縮小する計画のないことを再三にわたり言明している。

最近における極東ソ連軍の増強に対しては,米国は主として海空・軍力の質的向上によってこれに応えようとしている。すなわち,海軍にあっては,新型のスプルーアンス級駆逐艦,ぺリー級ミサイル・フリゲート艦,ロスアンゼルス級SSN,タラワ級揚陸強襲艦(LHA)などの導入に努めており,また,大型空母搭載のF−4をF−14に更新中である。このほか,米国は,バックファイアなどからのミサイル攻撃等に対して艦隊防空能力を高めるための計画の一つとして,AEGIS防空システムの開発を進めており,将来,AEGIS装備艦の西太平洋への配備も予想されている。

また,空軍にあっては,西太平洋配備のF−4の一部を近くF−15に更新し,残りのF−4も将来F−16に転換する計画といわれ,更に,E−3A早期警戒管制機の沖縄配備も予定されている。

これらによる海空戦闘能力向上のほか,戦略空輸能力や空中給油能力の増強なども行われ,柔軟性のある有事即応態勢の強化に努めている。(米国のF−15戦闘機

(エ) 米国は,本年1月,フィリピンとの間の軍事基地協定を改訂したが,これにより在比米軍基地の安定的使用を図ることができ,日本,韓国,グァム島及び太平洋諸島の米軍基地と相まって,地理的制約の多いソ連海軍に対し,有利な態勢を保持できよう。

ウ 中国の軍事態勢

中国は,現在,国内建設を推進するとともに,「四つの近代化」政策を掲げ,人民解放軍の近代化に努めているが,先般の中越紛争が中国軍の近代化,用兵思想等に与える影響について注目されるところである。

中国の軍事力についてみると,核戦力は,IRBM30〜40基,MRBM30〜40基,限定的射程のICBM若干及び中型爆撃機約80機を保有している。陸軍兵力は,装甲師団12,空挺師団3を含む136個師団を基幹とし,空軍兵力は,MIG−17,MIG−19を主力とした作戦機約5,000機である。海軍兵力は,艦対艦ミサイルを装備した艦艇約180隻を含む水上艦艇約1,500隻,原潜1隻を含む潜水艦約80隻及び作戦機約700機を有する海軍航空隊からなっている。このほか,中国は,7,500万〜1億人の民兵を保有し,このうち700万人は武装民兵で,約75個師団と多くの連隊に組織されているといわれる。

最近,中国は,通常軍備の質的向上を図るため,西側諸国からの軍事技術の導入や軍人の交流を活発に行っており,ハリヤー垂直離着陸機(英国),BO−105多用途へリコプター(西独),赤外線探知装置(米国)などの導入も検討している。

また,自らの軍事技術の向上にも力を入れ,1万km以上の射程を有するICBMの開発なども行っている模様である。(中国のミサイル

(3) 西太平洋における米ソの海軍力のバランス

ア 西太平洋における米ソの軍事的対峙は,主として水上艦艇,潜水艦,航空機などからなる海軍戦力が中心となることから,米ソの海軍力とその特徴についてみると,米第7艦隊は,空母2隻,巡洋艦5隻を含む艦艇約55隻,60万トン,作戦機約270機及び1個海兵両用戦部隊並びに後方支援部隊を備えた艦隊であり,その主な任務は,西太平洋及びインド洋における制海の確保,空母部隊と水陸両用戦部隊による沿岸地域への兵力投入及び平時におけるプレゼンスであり,常時即応の態勢にある。

また,米第7艦隊は,情勢の変化に応じ,兵力構成と規模を変え得る柔軟性を有しており,航空戦,対空戦,対潜戦,対水上戦,両用戦などの能力を保有した構成となっている。

一方,ソ連太平洋艦隊は,各種ミサイルを搭載した主要水上戦闘艦約20隻,潜水艦約125隻のほか,外洋行動を可能にする補給艦などを合わせて艦艇約770隻,138万トン,作戦機約310機,海軍歩兵2個連隊などからなる均衡のとれた戦力を保有しており,戦略核攻撃能力の保持,極東ソ連の防衛,海上交通遮断,陸上部隊の支援及び平時におけるプレゼンスを主たる任務とするものと考えられる。

このため,SLBM搭載潜水艦による戦略核攻撃能力,米国の潜水艦(SSBN/SSN)に対する対潜能力,空母部隊に対する打撃能力,沿岸防備能力及び海上交通遮断能力の向上に重点が置かれている。その行動海域は,太平洋全域からインド洋に及ぶ広大なものである。(米国の空母キティ・ホーク(6万トン)

イ これらの米ソ両国の海軍力の西太平洋における能力についてみると,米第7艦隊の制海の確保の任務に対するソ連太平洋艦隊の外洋海域における打破能力については,スタンドオフ性能を有する空対艦ミサイルを搭載したTU−16などの大型機や艦対艦ミサイルを装備する潜水艦を主体として,米第7艦隊を攻撃する能力を保有するものとみられる。しかしながら,米第7艦隊は,空母を中心とする航空戦力を有し,かつ,自隊防護のための十分な対潜能力を有していることから,ソ連がこれを打破するには相当の犠牲を払わなければならないと思われる。

一方,大陸沿岸などの海域では,ソ連の陸上基地に配備された航空機による掩護が可能であり,その攻撃能力は増大するものと考えられる。

これらの場合の両者の相対戦闘力は,空対艦ミサイル,潜水艦発射ミサイルの撃破能力,同ミサイルに対する防護力など両者の保有する兵器システム,あるいは集中し得る航空機の量,後方支援能力といった要因により左右されることとなろう。

また,いずれソ連太平洋艦隊に新型爆撃機バックファイアが配備されることが予想され,この場合には,同機の性能,搭載する攻撃武器などから見て,艦船攻撃能力は大幅に向上するものと考えられる。更に,最近の兵力整備状況,演習などの傾向から判断し,ソ連海軍は,対潜能力を重視し,その強化を図っているとみられ,キエフ級空母が配備された場合,その能力は一層向上されよう。

このような場合,米海軍は,制海確保上の制約を受けるため,対応措置が必要とみられる。

次に,米第7艦隊の海上交通路の維持能力については,同艦隊は,自隊防護のための対潜能力は十分保有しているが,兵力量からみて,他の一般船舶をインド洋及び西太平洋全域にわたって防護する能力は十分でないと考えられ,ソ連の海上交通遮断能力を完全に阻止するのは困難となるとみられる。

基地及び後方支援能力については,米第7艦隊は,西太平洋において前進基地を保有しているので十分であるとみられるが,ソ連太平洋艦隊は,主たる基地が内海に所在し,また,極東地域における後方支援基盤の脆弱性などによって,おのずから制約があるとみられる。

しかしながら,ソ連軍によるインドシナにおける港湾,空港等の使用は,使用態様及び頻度いかんによっては,ソ連が抱えているこのような制約要因を緩和することになろう。特に,恒久的使用が行われる場合には,インド洋,南シナ海などを含む地域へのソ連軍の哨戒・偵察能力,局地紛争介入能力,プレゼンス能力,極東とこれら地域間の中継補給能力などを増大する可能性もあり,使用形態によっては,米ソの軍事バランスに影響を与えるものとみられる。このことは,当該地域の安全及びわが国の海上交通路の安全に影響を与えるとともに,これら地域周辺における西側諸国の行動に制約を与えるものと考えられる。このようなことから,わが国としては,ソ連軍のインドシナにおける港湾,空港等の使用に対し懸念を抱いている。

なお,米第7艦隊とソ連太平洋艦隊の主要艦艇保有数の推移は,第8図に示すとおりである。

(4) 中ソ国境付近の軍事態勢

中ソ対立をめぐる最近の両国の動向をみると,1976年9月,毛沢東主席の死去に伴い,ソ連は,中国非難を一時中止し,中ソ関係の改善を呼びかけたが,中国はこれに応じず,中ソ関係は依然悪化したままであった。本年に入り,中越紛争や中ソ友好,同盟及び相互援助条約の不延長通告など一連の動きに伴い,中ソ対立は一層深まっているともみられる。

このような中ソの対立は,国境線の未確定問題と相まって国境付近の軍事態勢にも大きな影響を与え,中ソ両国は国境付近に大兵力を配置し,それぞれ態勢の強化を図っている。その現況は,第9図に示すとおりである。

中国は,核戦力としてIRBM,MRBMのほか,限定的射程のICBMを配備しているが,ソ連の戦略核戦力に比較すると,質量とも圧倒的にソ連が優勢である。

また,中国の陸軍は,136個師団のうち75個師団程度の兵力を中ソ国境に配置しているが,その大部分は歩兵師団であり,戦車師団や自動車化狙撃師団を主体とするソ連地上軍に比べ,機甲,対機甲,防空戦闘能力などの点で大きな格差があるものとみられる。このような装備の劣勢と防衛地域が広大なことなどの理由から,中国は,部隊の主力を国境からやや後方の地域に配置するとともに,正規軍のほかに数百万といわれる武装民兵をもって対処する態勢を保持しているものとみられる。

中国の航空戦力は,ソ連設計のMIG−17,MIG−19戦闘機,TU−16,IL−28爆撃機などが主体であり,ソ連の第一線機に比べ性能などの面で遅れが目立っている。しかし,最近,中国独自でMIG−19を改良したF−9戦闘機が若干配備されているといわれる。

また,レーダー,対空ミサイル,指揮・通信組織などからなる全国的な防空組織も,まだ質量とも十分な状態にあるとはみられていない。

このほか,中国は,ソ連海軍の増強と外洋進出に対応して自国沿岸海域の防備を強化するため,ミサイル駆逐艦,潜水艦,ミサイル艇などの建造にも努力している。

(5) 朝鮮半島の軍事情勢

わが国と一衣帯水の間にある朝鮮半島においては,韓国と北朝鮮合わせて100万を超える正規軍が,幅わずか4km,長さ約250kmの非武装地帯(DMZ)をはさんで対峙し,世界で最も軍事的対立と緊張の厳しい地域の一つとなっており,過去多くの衝突が発生している(資料9参照)。

ア 南北の軍事態勢と軍備のすう勢

(ア) 北朝鮮は,1960年代初めに打ち出した「全軍の幹部化」,「全軍の近代化」,「全人民の武装化」,「全国土の要塞化」の4大軍事路線の下に軍備の近代化,増強を図っており,その軍事力は,地上兵力を主体として,戦車約2,000両を含む陸軍25個師団,約44万人及びMIG−19,MIG−21を含む空軍作戦機約660機である。このほかミサイル哨戒艇,魚雷艇,強襲揚陸艇,潜水艦などからなる海軍を有している。このうち,陸軍は,特に,集中的な打撃力を重視した戦車部隊(戦車師団2,独立戦車連隊5)を編成するとともに,戦略的にゲリラ戦を重視し,そのための特別な部隊を訓練しているとみられる。また,労農赤衛隊を中核とする強力な予備兵力を保有している。

なお,北朝鮮の軍事情勢については不確実な点が多いといわれるが,戦車を含む地上兵力は上記の規模以上であるとの見積りがなされている。

北朝鮮軍の装備は,当初ソ連からの供与兵器を中心としていたが,近年工業技術能力の向上に伴い兵器などの国産能力が培われ,供与兵器と国産兵器の2本立てによる装備の近代化が進められ,軍事力は着実に増強されている。

DMZ付近における地上兵力は,強力な砲兵に支援された約14個師団で,一部の砲兵及び地対地ミサイルは,ソウルを射程下におさめているといわれる。

(イ) 韓国は,米韓防衛協力体制の下で経済の高度成長を背景として国防力の充実を図っているが,その軍事力は,戦車約900両を含む陸軍20個師団約56万人及びF−4,F−5を含む空軍作戦機約280機が主要な戦力であり,そのほかに,駆逐艦,ミサイル艇などを主力とする沿岸防備及び両用戦部隊による陸上作戦の支援を任務とする海軍を保有している。

軍事力の中核をなしている陸軍は,大部分が歩兵師団であり,北朝鮮のような戦車師団は保有していない。

また,部隊の装備品及び後方支援については,逐次装備の国産化を推進するとともに,独自の補給体制の整備に努めており,米国の援助を受けつつ戦力増強計画を推進中である。特に,国産装備品の開発については,昨年9月,ミサイル及びロケット砲の試射に成功するなど,その成果が注目されている。

韓国は,陸軍のほぼ全力をDMZからおおむね数+km以内に展開している。特に,首都ソウルとDMZの間は,近いところで約40kmしか離れていないため,この間に各種の防御施設を設け,首都防衛体制の強化に努めている。

(ウ) 以上のような態勢にある韓国と北朝鮮の戦力についてみると,陸上兵員数では現在のところ韓国が多いとみられているが,北朝鮮は,戦車を中心とした機甲戦力の面で勝るとともに,高度な動員態勢を整えた労農赤衛隊を有している。空軍は,作戦機数で北朝鮮の方が圧倒的に多いが,韓国は,F−4,F−5のような質的に優れた性能の作戦機を保有している。また,北朝鮮は,強力なゲリラ戦部隊を保有していることもあって,韓国は,ゲリラ戦に対処するためかなりの正規軍をさかなければならないこととなろう。

更に,後方支援の面についてみると,韓国は,米国との後方連絡線が遠く海を隔てているものの,韓国内に所在している米軍から随時支援を受けることが可能である。一方,北朝鮮は,中ソ両国と陸路で直接連絡できる利点があり,軍事施設の抗たん性の強化にも十分配慮されているといわれている。また,韓国は,首都ソウルが北朝鮮の地対地ミサイルなどの射程内に入るという地理的に不利な面を有するが,これに対し北朝鮮は首都平壌がDMZから直接脅威にさらされない位置にあるという有利な面を持っている。

なお,韓国と北朝鮮の対峙状況は,第10図に示すとおりである。

イ 在韓米軍の軍事態勢

米国は,韓国及び極東地域の平和と安全を確保するため,第7及び第10図に示すように,現在約4万1,000人の米軍を韓国に配備し,核兵器も展開しているといわれる。これらの在韓米軍の存在は,朝鮮半島における紛争抑止の上で大きな役割を果している。このうち,陸軍兵力は,現在約3万1,300人であり,その主要部隊は第2歩兵師団,第38防空砲兵旅団,第19支援コマンドなどである。空軍兵力としては,第314航空師団が配備され,地上軍撤退の補完措置のために増強された戦闘機を含めF−4約70機を保有している。

カーター大統領の選挙公約である在韓米地上軍の撤退計画は,1978年4月一部修正されたが,すでに3,400人が撤退し,本年末までに2,600人が撤退する予定となっている。しかし,この計画については,北朝鮮の軍事力増強に関する分析,米中国交正常化の影響,南北対話に関する南北朝鮮間の動きにつき評価が完了するまで一時見合わせるとされている。また,計画どおり実施されるとしても第2歩兵師団の2個旅団は,師団司令部とともに,1981年,若しくは1982年の最後の引き揚げまで残留することになっているといわれている。

なお,地上軍撤退の補完措置の一つである米韓連合司令部の設置は,昨年11月に行われ,同司令部の指揮の下に,本年3月には昨年を上回る規模で米韓合同演習「チーム・スピリット79」が実施された。

朝鮮半島における平和と安定の維持は,わが国の安全にとって重要な関連を有しているばかりでなく,東アジア全域の平和と安定にとっても重要な要素となっている。

もともと,同半島がアジアにおける不安定要因の一つになった根本的理由は,同一民族の南北分裂と対立にあったわけであり,この点,本年1月,朴大統領の呼びかけを契機として再開された平和統一のための南北対話の動きについては,わが国としても関心を抱いているところである。南北対立の根深さや過去における中断の経緯などからして,今回の動きが短期間に実を結ぶことは予想できないが,わが国としては,南北双方が今後とも接触を維持し,立場の相違を乗り越えて実りある対話を実現することを期待するものであり,ひいてはそれが朝鮮半島の緊張緩和にも資するといえよう。

また,在韓米軍の存在は,今日までの朝鮮半島の平和と安定に大きく寄与してきたところであり,わが国の防衛政策も,朝鮮半島においては,情勢がおおむね現状のまま推移し,少くとも大きな武力紛争は生じないであろうことを大きな前提の一つとして進めているところである。

このため,在韓米地上軍撤退問題については,わが国としても,従来から朝鮮半島の平和を損わないように,撤退が慎重に行われるよう希望を表明してきたところである。したがって,新情勢に基づいて在韓米地上軍の撤退計画そのものが再検討されること,また,その撤退に当たっては,十分な補完措置が有効に実施されることにより,朝鮮半島における平和と安定の維持,確保が図られることは,わが国の国益にも合致するところであり,わが国としても,これを強く望むものである。

 

以上みてきたように,最近の国際軍事情勢は,厳しいものがあるが,このような情勢の中で最も注目されるのは,ソ連の軍事力増強であるように思われる。

ソ連の軍事力増強は一朝一夕になったものではない。1962年のキューバ危機に際して米国との間の戦略核戦力と海軍力の格差が認識されたことなどもあり,ソ連は,1964年のブレジネフ政権発足以来,いわゆる平和共存路線の呼びかけを行いつつも,1960年代,70年代を通じぺースを緩めず軍備の増大を続けてきた。他方,この間米国は,ベトナム戦に膨大な軍事費を投入していたために余力はなく,そして,米軍のベトナム撤兵開始後も,ソ連の軍拡の脅威についてはしばしば指摘されながら,米国世論の厭戦気分もあって,軍事費増強に対する議会の抵抗が強く,また,米国も西欧もオイル・ショックによって,経済危機に陥った上に,長期的エネルギー問題という新たな問題に直面し,軍備増強に意を用いる十分な余裕はなかった。

しかし,軍事費の十余年にわたる西側の停滞とソ連の継続的増大の結果は,ようやく明らかとなっており,米国,西欧は,装備の質的優位と持てる戦力のより効率的な利用方法の探求に重点を置いてきているものの,今や軍事力の整備拡充に着手することにより,ソ連の軍事力増強に対抗しなければならないという認識を持つに至っている模様である。

このような世界情勢の下で,アジアでは,この1年間,日中平和友好条約の締結,ソ越友好協力条約の締結,ソ連・アフガニスタン友好善隣協力条約の締結,米中国交正常化,中ソ友好,同盟及び相互援助条約の不延長通告等の動きがあり,また,昨年末以来,ベトナム・カンボジア間,中国ベトナム間には本格的な武力紛争が起っており,事実問題として,アジアの情勢が種々の原因で変動し,それが米中ソの関係が錯綜するアジアにおいて,少くとも短,中期的には事態を流動化させる要因となっていることは確かであるといえる。

以上述べたように,東西の軍事バランスの先行きに厳しさがみられる国際軍事環境の中にあって,また,種々流動的な要因をかかえたアジアにおいて,わが国としては,事態の推移をあくまでも冷静,客観的には握し,その情勢判断が,わが国の防衛政策に反映されるよう努力しているところである。

 

(注) 装甲歩兵戦闘車 戦車との協同作戦において,戦車に脅威を与える対戦車火器の制圧及び下車戦闘における歩兵に対する火力支援などの任務を果すために使用される。機動力,防護力の他に相当の火力を持ち,従来の装甲人員輸送車と異なり,車両内に乗車したまま,ある程度戦闘できる能力が付された車両のことである。

米国は,1964年から開発を開始し,l981年に装備化を予定し,ソ連は,1967年にBMP装甲歩兵戦闘車を装備していることが確認されている。

(注) ローロー船Roll on/Roll off船の略) コンテナや貨物をトラック,トレーラーなどの運搬装置に載せ.岸壁で運搬装置ごと船積みし,そのまま積降す荷役方式をとり入れた船で,船首又は船尾に開閉式の扉がある。

この方式は,商船では,カーフェリーに多く用いられている。また,軍用では揚陸艦艇に用いられ,艦艇を岸壁に接岸して艦首又は艦尾から戦車などを直接積載し,適当な上陸地に着岸し,艦首扉を開いて揚陸する。

(注) イワン・ロゴフ級揚陸強襲艦 バルト海のカリーニングラードで建造された最新型の揚陸艦(ローロー船)であり,従来のソ連が装備していた揚陸艦に比べ,搭載能力,武装,電子装置等が大幅に向上,強化されており,通常,戦車約40両,人員約800名程度を搭載し得るとみられている。

(注) 国後,択捉両島地域におけるソ連地上軍の再配備に関する国会での決議 北方領土問題の解決促進に関する件が,衆議院沖縄及び北方問題に関する特別委員会(昭54.2.15)で,北方領土問題の解決促進に関する決議が,参議院沖縄及び北方問題に関する特別委負会(昭54.2.15),衆議院本会議(昭54.2.20),参議院本会議(昭54.2.21)でそれぞれ決議された。

また,本件に関して,本年2月5日,外務省高島外務審議官からポリャンスキー在日ソ連大使に申し入れを行うとともに,3月26日には,衆参両本会議の決議を魚本駐ソ大使からフィリュービンソ連外務次官に申し入れた。

(注) タラワ級揚陸強襲艦(LHA) 両用戦における空中機動,火力支援などの機能に優れ,戦闘の指揮中枢となる排水量約4万トンの新型艦で,兵員約2,000名のほか,へリコプター約30〜40機を搭載し,大型へリなら9機,中型へリなら12機を同時に発着艦させることができる。また,同艦は,ハリアーV/STOL機も搭載することができる。米太平洋艦隊には,「タラワ」(第7艦隊),「ぺリュー・ウッド」(第3艦隊)の2隻が配備されている。なお,現在,同型艦2隻を建造中である。

(注) 米韓合同演習「チーム・スピリット79」 朝鮮半島における不測事態に対する米韓の合同防衛作戦を通じ,指揮官・幕僚及び部隊の演練を目的として1976年から毎年行われている年次演習で,本年は,3月1日から3月17日の間,韓国中南部を中心として実施された。

なお,この演習には,韓国軍,在韓米軍のほか,ハワイ,米本土及び西太平洋に駐留する歩兵旅団及びランス部隊並びに1個空母機動部隊,水陸両用戦部隊及び海兵航空部隊を含む第7艦隊並びに戦術,戦略及び輸送空軍の部隊を主力とした総計約17万人(昨年は約11万人)が参加した。