第3部

防衛の現状と問題

 

第1章 わが国防衛力の整備

 わが国は,第2部で述べた憲法の趣旨にのっとり4次にわたる防衛力整備計画により整備された防衛力を基礎とし,昭和52年度以降第2部において述べた「防衛計画の大綱」などに基づき防衛力の整備を進めている。

 本章においては,昭和53年度における防衛力整備の内容について説明するとともに,従来から懸案となっていた新対潜哨戒機及び新戦闘機としてそれぞれP−3C,F−15を選定し,昭和53年度以降整備することとなったので,その必要性,機種選定理由等について述べることとする。

1 昭和53年度における防衛力整備の概要

 昭和53年度の防衛力整備に当たっては,昭和52年度に引き続き「防衛計画の大綱」に定める防衛の態勢をできるだけ早期に達成するとの考えの下に,戦車,艦艇,航空機といった主要装備については当面の老朽化による減耗を考慮し,これら老朽装備品の更新近代化を優先するとともに,正面防衛力と後方支援体制との均衡のとれた整備に主眼を置き,防衛力全体としての向上を図ることに努めている。

 この結果,昭和53年度における防衛関係費の総額は,約1兆9,000億円,前年度比12.4%増となり,政府経済見通しによる国民総生産に対する比率では0.9%で,昭和52年度の0.88%より若干向上している(資料12参照)。

 内容的には,主要装備については第3表に示すとおり,対潜哨戒機P−3C及び要撃戦闘機F−15の整備を初めとして,戦車,艦艇,航空機など装備の更新近代化を進め,質的な充実向上が図られるとともに,後述するように「警戒のための態勢」,「指揮通信の態勢」,「後方支援の態勢」,「教育訓練の態勢」などの充実にも配意されている。

 また,昭和53年度末の勢力見込みと大綱「別表」との比較については,第4表に示すとおりであり,陸上自衛隊の1個機甲師団,1個混成団,海上自衛隊の対潜水上艦艇部隊(地方隊)1個隊,潜水艦部隊1個隊,航空自衛隊の警戒飛行部隊などの不足がみられる。しかし,一方においては,航空自衛隊の高空域防空用地対空誘導弾部隊1個隊が新編され,大綱「別表」と同規模の6個高射群が概成されることとなった。

 以下に,主要正面装備を主体として構成される正面防衛力及び後方支援体制の整備状況について,その概要,なぜそのような整備が必要となるのかといった背景などを含め,「防衛計画の大綱」に示されているわが国が保有すべき防衛の態勢との関連において説明することとする。

(1) 警戒のための態勢

専守防衛を旨とするわが国にとっては,周辺海空域を行動する艦艇,航空機の動静など軍事的動向について常に的確には握し,情勢の変化に弾力的に対応し得ることが極めて重要である。特に,「防衛計画の大綱」においては,「限定的かつ小規模」な侵略までの事態に有効に対処し得ることを目標とするとともに,情勢に大きな変化が生じた際には,新たな防衛力の態勢に移行することとしているため,わが国の領域はもとより,周辺海空域の警戒監視及び必要な情報収集を常続的に実施し得ることが,従来にも増してより重要性を増したといえる。

現在,わが国では全国28か所に置かれた地上レーダーサイトを初め主要な海峡,港湾などに所在する沿岸監視隊又は警備所による常続的な監視,対潜哨戒機による1日1機のわが国周辺海域における監視飛行などを実施している。しかしながら,沿岸監視隊又は警備所による監視においては天候などによる制約があり,また,1日1機の監視飛行では,監視範囲が限定されるなどおのずから限界がある。このため,これを補う措置として,昭和53年度から新たに津軽及び対馬両海峡に水上艦艇を常続的に配備するとともに,広大な周辺海域を行動する諸外国船舶の装備,動向などを可能な限りは握するため,対潜哨戒機による監視飛行をおおむね1日2機に増強している。

このほか,警戒監視レーダーの換装,移動式3次元レーダー装置などの装備の近代化を図っている。

また,わが国上空に飛来する各種の電波を収集し,それらを整理分析してわが国の防衛に必要な情報資料の作成に努めているところである。

昭和52年7月1日,わが国においても諸外国のすう勢に従い,「領海法」及び「漁業水域に関する暫定措置法」のいわゆる海洋2法が施行され,これに伴いわが国の領海は約4倍に拡大されるとともに,従来の領海の数十倍もの面積を有する漁業水域が設定されたところである。

現在,自衛隊は,これら海上において不審船舶及び違法操業を行っている漁船などを発見した場合の情報提供及び遭難漁船などの発見救助といった災害派遣にっいて海上保安庁に対する協力を実施しており,したがって,自衛隊が常続的に周辺海域を行動することなどを含め,「警戒のための態勢」の充実強化を図ることは,この面での強化にもつながることになる。

なお,地上レーダーによる監視においては,電波は直進するという特性から見通し線下の航空機を発見することが,第10図に示すとおり不可能である。このため,低高度で航行する最近の高性能の航空機の侵入に対しては,発見できなかったり,発見できても近距離のため,要撃などの所要の措置を講ずるための時間的余裕がはとんどなく,防空行動を困難にしている。この地上レーダーの欠点を補完するためには,航空機に警戒監視用のレーダーをとう載した早期警戒機を同図に示すとおり,空飛ぶレーダーサイトとして運用する必要がある。

昭和51年9月のミグ事件でも明らかになったこの低空侵入機に対する早期警戒監視機能が欠落している問題の是正については,従来から防衛庁は検討しているところであり,「防衛計画の大綱」において.これを装備した警戒飛行部隊を1個飛行隊保有することとされたところである。

現在,防衛庁としては,早期警戒機の調査研究のため,海外調査を実施するなど各種の検討を行っており,できるだけ早期に防衛庁としての結論を得たいと考えている。

(2) 侵略等の事態に対処する態勢

ア 陸上防衛

陸上自衛隊は,わが国土における陸上侵略に対処することを主たる任務としているが,この任務を有効に遂行し得るためには,「防衛計画の大綱」に定める体制及び規模を確保するとともに,陸上防衛力の基幹たる人的勢力のほか,戦車,火砲,対戦車誘導弾,地対空誘導弾などによる火力及び戦車,各種車両,へリコプターなどによる機動力といった各種の機能を保有することが必要である。そして,これらの機能を確保するための各種装備がバランスよく整備され,総合的に運用されて初めて陸上防衛力としての効果的な能力発揮が可能となるものである。

人的勢力の面についてみると,「防衛計画の大綱」において陸上自衛隊の自衛官定数は18万人とされている。

有事においては,この定数どおりの隊員が必要となることはいうまでもなく,また,陸上自衛隊全体を常時有事即応の態勢で維持するということであれば,常にこの定数を充足しておくことが望ましいといえる。しかし,一方において,「防衛計画の大綱」に示されているような内外諸情勢にあることを踏まえ,防衛力の効率的な維持管理に努める必要もあることから,昭和53年度においては,部隊の教育訓練,隊務運営の一層の適正化などに資するよう人員の充足を図りつつ,おおむね86%の充足率を維持することとしている。

また,有事に際して後方地域における警備,道路の復旧・医療支援などの被害対処,住民の保護、後方支援部隊の充足などに当たるための勢力として,陸上自衛隊は,現在3万9,000人の予備自衛官を有している。

次に,装備の面についてみると,陸上戦闘における対象が,戦車,人及び陣地というように多種多様であること,また,複雑な地形の影響を受けることなどの理由により,陸上防衛力には隊員の携帯する小火器,機動力を有する戦車,射距離又は弾道が種々異なる砲迫火器対空火器といった多様な火力手段が必要となる。

このため,陸上自衛隊は,これに応ずる各種の装備品を保有しているが,これら装備品の中には,例えば,砲迫火器のように米軍が第2次大戦中に使用したものと同型式のものもあり,今や老朽キロ化が著しく,また,次に述べるような主要各国における装備の近代化に伴って著しく旧式化しているものがある。

主要各国においては,まず,機動力については,より速く,より大量に,より安全に戦闘力を移動又は集中するため,部隊の自動車化,装甲化及び空中機動化を推進している。特に,戦車は,火力,機動力及び装甲防護力を兼ね備えた陸上戦闘力の主力ともいうべきものであり,その近代化には各国とも最大の努力を払っており,おおむね10〜15年程度を基準として更新近代化を進めている。

また,火力については,射程の延伸,発射弾量の増大,機動性の発揮,命中精度の向上などをねらいとして近代化が図られており,殊に対戦車火器については,前に述べたような戦車の性能向上に対応するため,対戦車誘導弾,無反動砲,ロケット発射筒などの対戦車火器の性能向上を図るとともに,高度の機動性を有し,遠距離から迅速に反応し得る火力として最も適合している対戦車へリコプターの装備化を急いでいる。

更に,対空火器については,航空機の優れた運動性能,低空接近能力,空対地ミサイルなどによる遠距離攻撃能力などに対応して,特に対空ミサイルの装備化及びその性能向上に努めている。

このような主要各国の動向に対応して,陸上自衛隊は,昭和53年度においても,前年度に引き続き老朽装備品の更新近代化を主眼としてその整備を進めているところであり,その主要なものについてみると次のとおりである。

まず,機動力については,陸上自衛隊は,現在約790両の戦車を保有しているが,いまだ所要量を満たすには至らず,更にその中には米軍から供与されたM41戦車も含まれており,また,主力の61式戦車も装備化されてから既に約10年を経過しており,弾丸威力,射程などが旧式化しつつあるといえる。このため,74式戦車の整備を図るとともに,73式装甲車及びへリコプターについても逐次その整備を進め,機動力の向上を図っている。

また,火力については,陸上自衛隊は現在約810門の野戦砲を保有しているが,大半は米軍が第2次大戦中に使用していたものと同型式のものであり,極めて旧式化している。このため,けん引式の155mmりゅう弾砲を75式155mm自走りゅう弾砲に換装して機動性及び長距離全周の射撃能力を付与するとともに,75式130mm自走多連装ロケット弾発射機を新たに装備して同時広域の制圧能力を付与することとしている。(75式155mm自走りゅう弾砲

対戦車火力については,陸上自衛隊が現在保有している対戦車火器には,射程及び機動性に限界があるため,約4,000mと戦車砲の約2倍の射程を有する対戦車誘導弾をとう載し,しかもへリコプター固有の空中機動力に富み,遠距離から迅速に反応し得る火力として最も適合している対戦車へリコプター(AH−1S)を導入して運用研究を行うとともに,戦車の近代化に対応してこれを遠距離から攻撃し得る対戦車攻撃手段が必要となってきたことから,短距離地対地誘導弾の開発を進めている。(対戦車ヘリコプター(AH−1S)

更に,現在近距離用の対戦車火器として89mmロケット発射筒があるが,これは昭和30年前後に米国から供与されたもので,射程,貫徹力及び命中精度の点でかなり旧式化しているため,これを軽対戦車火器(84mm無反動砲)に換装することとし,昭和53年度には,まず,教育用分を調達することとしている。

一方,対空火力については,現有のホークは昭和35年に米陸軍で装備化され,わが国では昭和39年以来装備してきたところであるが,その間における航空機の性能向上に対応し得なくなってきている。また,既に主要各国においても改良ホークへの改装が進められており,米国においては改良ホークへの改装が昭和53年度をもって完了する計画であるため,今後整備などの面で現有ホークを長期にわたり維持することが困難となるおそれがある。

このため,昭和53年度も前年度に引き続き改良ホークへの改装を進めている。更に,師団の防空能力の向上を図るため,現有の高射機関砲とホークの間隙を補うものとして短距離地対空誘導弾(短SAM)の開発を進めている。

以上のとおり,陸上自衛隊の主要正面装備の近代化を図っているところであるが,その現状は第11図に示すとおりである。

イ 海上防衛

狭小な国土に多くの人口をかかえ,資源の大部分を海外に依存しているわが国が,その生存と発展を続けていくためには,世界の国々との間に友好を基盤とした貿易を促進していくことが必要不可欠である。そのためには,諸外国との友好関係を更に促進するよう努める一方,併せて周囲を海に囲まれたわが国にとって生命線ともいえる海上交通の安全を維持する努力を続けなければならない。

もちろん,広大な海洋における海上交通の安全をわが国のみで確保できるわけではなく,友好諸国の協力を得ることが是非とも必要であり,そのためにはわが国自らも応分の努力をしなければならない。

また,このような努力は,わが国の防衛の基調ともなっている日米安全保障体制の信頼性をより高めるきずなともなるものである。

海上自衛隊は,海上からの侵略に対するわが国土の防衛はもとより,わが国周辺海域における海上交通の安全を維持することを主たる任務としているが,この任務を有効に遂行し得るためには,「防衛計画の大綱」に定める体制及び規模を確保するとともに,水上打撃能力,対潜水艦能力,艦隊及び個艦の防空能力,機雷敷設能力又は相手の敷設した機雷を除去若しくは処分するいわゆる対機雷能力といった各種の機能を保有することが必要である。

そして,これらの機能を確保するための手段として,各種の水上艦艇,潜水艦,固定翼対潜機,対潜へリコプター,水中固定機器などの各種装備がそれぞれバランスよく整備され,これが総合的に運用されて初めて海上防衛力としての効果的な能力発揮が可能となるものである。すなわち,これらの装備は,例えば,水上打撃戦のように艦艇という単一の兵器をもってこれに対処し得る場合もあるが,この場合においても,多くは潜水艦,航空機といった他兵器との総合的な組み合わせによりその効果を有効に発揮するものである。殊に,海上交通の安全確保にとっては,水中深く潜航し,隠密裡に行動する潜水艦が最も大きな脅威となるが,この潜水艦を必ず探知し,攻撃し得るような単一の対潜兵器,単一の作戦は存在しないし,近い将来においても出現するとは考えられない。

このため,主要各国とも対潜戦としては対象となる潜水艦が作戦海域に進出し,目標を攻撃するに至る各過程に応じて,例えば,海峡などにおいては,地理的特性を生かしてその海峡を通過する潜水艦を航空機,潜水艦,水上艦艇などにより構成される阻止バリヤー(防護堰)によりこれを阻止する。また,これを突破して作戦海域に進出する潜水艦に対しては,固定翼対潜機による哨戒などによりこれを探知・攻撃し,更になおこれを突破して船舶,港湾など重要目標を攻撃する潜水艦に対しては,これら目標を護衛又は防護している艦艇及び航空機により相手に攻撃の機会を与える前にこれを撃破するといったように各段階においてこれを阻止減殺するという方法をとっている。このように対潜戦においては,水上艦艇,固定翼対潜機,対潜へリコプター,潜水艦,水中固定機器などの各種の対潜兵器を組み合わせ,相互の短所を補い,各種の作戦の総合効果によってこれに有効に対処することが必要である。

また,水上艦艇は,対潜戦のみならず水上打撃戦などの面でも欠くことのできないものであり,固定翼対潜機も対潜戦のみならず哨戒,機雷敷設などに用いられるほか,その優れた航続力や捜索能力を生かし,平時からわが国周辺における艦艇の動きその他の状況をは握するための警戒監視行動,海洋調査,流氷観測などにも適しており,更には外洋における遭難船舶などの捜索救助,患者輸送などの民生協力にも大きな役割を果たしている。

ところで,近年の科学技術の進歩に伴う主要各国における潜水艦の性能向上には著しいものがある。特に,原子力エンジンを装備した原子力潜水艦は,ディーゼル・エンジンを装備した在来型潜水艦と比較してその性能に格段の差がある。このため,主要国は潜水艦の原子力化に努力しており,将来とも原子力潜水艦の割合は逐次増加するものと見込まれており,しかも,これら原子力潜水艦は,逐次その性能の向上が図られている。

一般に,潜水艦の性能は,潜航持続力,水中速力,潜航深度及び静しゅく度によって評価することができるが,これらの面における原子力潜水艦と在来型潜水艦との性能を比較すると原子力潜水艦の潜航持続力は無制限に近く,在来型潜水艦が可潜艦(海中に潜没できる艦)であるのに対し,これらは文字どおり真の潜水艦といえる。また,水中速力については,原子力潜水艦は在来型潜水艦の1.5〜2倍となっており,更に静しゅく度についても原子力潜水艦は潜航中の在来型潜水艦に比べて発生雑音はかなり高いが,逐次その改善が図られている。

このような潜水艦の様々な性能向上によって,その探知はひたすら水中にいる潜水艦を探知する方法に頼らざるを得なくなり,しかも,相手により一層近づかなければ探知し得なくなった。このことが有効な対潜戦を行うことをより困難なものとしている。

また,主要各国とも各種装備の攻撃可能範囲の拡大などをねらいとして航空機の航続距離の延伸と同時に,艦艇,航空機及び潜水艦へのミサイル装備化による相手の射程外からの遠距離攻撃能力及び命中精度,更には相手のレーダー,ミサイルに目つぶしを加えたり,誤った判断をさせるための電子妨害(ECM)能力などの向上を図っている。機雷についても,敷設深度の増大はもとより,磁気,音響などを組み合わせた複合機雷の装備化が進められている。

このような主要各国の動向に対応して,海上自衛隊は昭和53年度においても,前年度に引き続き老朽装備品の更新近代化を主眼としてその整備を進めているところであり,その主要なものをみると,新対潜哨戒機P−3Cを初め護衛艦など対潜水上艦艇,潜水艦,掃海艇及び対潜へリコプターの更新近代化を図っている。

なお,P−3Cの整備について,その必要性,機種選定の理由等詳しくは後述することとする。(現有潜水艦(SS)1,850トン型

また,護衛艦など対潜水上艦艇の更新近代化に当たっては,いうまでもなく対潜能力のみならず対水上打撃能力及び対空能力の向上をも図っているが,この実施に当たっては,費用対効果などの観点から個艦万能型ではなく,最小限の機能は保持しつつも対潜能力重視型又は対空能力重視型といったそれぞれ特性をもった各種タイプの艦艇の組み合わせによる総合力としての能力の向上を図ることに配意しているところである。

ウ 航空防衛

わが国は,縦に細長く幅の狭い島国で,防空任務遂行上困難な地形的条件を有しているといえる。また,航空機の高速性にかんがみ,わが国に対する航空機の侵入を防ぐためには,できるだけ早期に侵入機を発見し,より遠方でこれに対処しなければならない。

航空自衛隊は,平時における領空侵犯措置はもとより,航空侵攻に対して即時適切な措置を講ずることを主たる任務としているが,この任務を有効に遂行し得るためには,「防衛計画の大綱」に定める体制及び規模を確保するとともに,わが国周辺空域について時間的及び地域的に欠落なく常続的に監視し得る態勢を維持し,わが国に侵攻する航空機に対しては,第12図に示すような防空システムにより,要撃戦闘機,地対空誘導弾(それぞれの特性により,航空自衛隊が装備しているナイキ及び陸上自衛隊が装備しているホーク)などによる対処が瞬時に,かつ,効果的に実施できるよう各種の機能を保有することが必要である。

また,わが国に対して着陸又は上陸する侵攻部隊を海上又は地上で阻止・攻撃し得る機能も併せ保有していなければならない。

そして,これらの機能を確保するための航空警戒管制部隊,要撃戦闘機部隊,地対空誘導弾部隊,支援戦闘機部隊などがそれぞれバランスよく整備され,総合的に運用されて初めて航空防衛力としての効果的な能力発揮が可能となるものである。殊に,防空作戦においては,要撃戦闘機及び地対空誘導弾の持つ次のような特徴を十分考慮し,相互の短所を補い,均衡ある防空兵器体系を構成しなければならない。すなわち,要撃戦闘機は,広い行動範囲,迅速な機動力など運用の柔軟性に優れており,わが国領土の全般的な防空を担当するのに適している。また,平時における領空侵犯対処の態勢を保持するためには欠くことのできないものである。

一方,地対空誘導弾は,その射程に限度はあるが,天候による影響を受けにくく,限定した地域の防空には効果的であり,重要な防護目標の直接的な防空を担当させるのに適している。

ところで,近年における航空科学技術の急速な進歩に伴い,主要各国においては,高性能の戦闘機,戦闘爆撃機などが出現しつつあり,これらは航続距離の延伸はもとより,高々度又は超低空の飛行性能,上昇・加速・旋回といった運動性能を著しく向上させている。更に,レーダー及び空対空ミサイルの性能向上とも相まって,攻撃能力を増大させるとともに,電子妨害能力の向上が図られている。

これに伴い,現在航空自衛隊の主力戦闘機であるF−4EJでは,高々度高速侵入目標及び超低空侵入目標に対する対処能力,対戦闘機戦闘能力,電子戦能力などに限界を生じ,有効かつ効果的な要撃戦闘を期待することが困難になると考えられる。

このような主要各国の動向に対応して航空自衛隊は,昭和53年度においても,前年度に引き続き老朽装備品の更新近代化を主眼として,その整備を進めているところである。その主要なものをみると,要撃戦闘機F−15の導入を初め,支援戦闘機F−1の整備を図っており,また,本州と北海道を結ぶ交通の要衝である青函地区の防空態勢を整備するため,地対空誘導弾部隊である第6高射群を新編することとしている。更に,航空警戒管制部隊については,機動的かつ柔軟な運用を確保するとともに,地上固定レーダーを補完し,抗たん性の強化を図るため,移動式3次元レーダーを整備するとともに,レーダー電波が山岳地帯,海面などに当たり,乱反射して目標の識別を困難にするのを除去する能力を向上するため,引き続き旧式レーダーの更新を進めている。

なお,このF−15の整備について,その必要性,機種選定の理由等詳しくは後述することとする。(F−1支援戦闘機

以上述べた施策により,陸上,海上,航空の各防衛態勢は,逐次その充実向上が図られているが,今後とも諸外国における技術水準の動向に対応して各種能力の向上及び装備の近代化努力が払われなければならない。

「侵略等の事態に対処する態勢」として,主として正面防衛力を中心に述べたが,もとより侵略等の事態に対処するためには,正面防衛力を支え,これを有効に機能させるための平時からの十分な「警戒のための態勢」,「指揮通信の態勢」,「後方支援の態勢」及び「教育訓練の態勢」が正面防衛力と均衡のとれた形で確保され,防衛力全体としての充実向上が図られていなければならない。

(3) 指揮通信の態勢

防衛出動及び治安出動はもとより,災害などの緊急事態における自衛隊の行動については,陸上,海上,航空の各自衛隊が効果的に指揮運用されなければならない。そのためには,各種情報を迅速に伝達し,的確な判断に基づく指揮命令などを中央や各級司令部から末端部隊まで迅速に伝達するための手段,すなわち,「指揮通信の態勢」が平素から整備されていなければならない。

この分野は,行動の成否を左右するものであり,主要各国においてもこれをC3(シースリー Command,Control and Communications)と称してその整備に力を注いでいるところである。わが国においても,防衛力の中枢的機能ともいうべき指揮通信の充実のための施策の一つとして,昭和52年度に自衛隊の統合骨幹通信網である防衛マイクロ回線の建設に着手したところであるが,昭和53年度においても,前年度に引き続き,防衛マイクロ回線の整備を初め,各種通信システムの整備を図っているところである。

防衛マイクロ回線は,現在自衛隊の通信回線の大部分が電々公社の通信回線に依存しているため,通信回線の所要が急増する緊急時において所要量の迅速な確保が困難であり,柔軟な運用ができず,また,抗たん性に欠ける面があるので,これらに対処するため,陸上,海上,航空の3自衛隊を統合し,自衛隊が自らの責任において保守整備及び運用のできる統合骨幹回線を建設して,指揮,管理及び通信機能の強化を図るものである。防衛庁としては,第13図に示すように,北海道から九州まで各自衛隊の主要駐とん地及び基地を経由して同回線を構成することを目標としている。

このほか,各自衛隊においては,電話自動即時化の推進,テレタイプやファクシミリを含むデータ通信の充実,野外通信システムの整備,老朽器材の更新近代化などを図っている。

また,広い海域を,しかも長時間にわたって行動する海上自衛隊の艦艇及び航空機が任務を効果的に遂行するためには,適時適切な指揮統制を行うことが必要である。このような観点から「自衛艦隊指揮支援(SF)システム」の整備並びにそれに伴う艦艇及び航空機のテレタイプ化などの推進を図っている。

更に,昭和51年9月のミグ事件においてもみられた庁内における連絡体制の不備を改善するため,防衛庁においては緊急時における情報連絡体制の再検討を進めており,当面の措置として大規模な災害,事故その他社会的影響が大きい事案の発生に際しての情報連絡の一元的処理を行う「情報連絡室」を開設することとしたところである。また,防衛出動,治安出動など自衛隊の行動を必要とする事態及び大規模な災害,事故などの緊急事態に際し,必要な情報を迅速かつ一元的に収集,整理,分析し,防衛庁長官の自衛隊に対する的確な指揮及び命令を迅速に伝達するための「中央指揮システム」のあり方についての研究を始めている。

以上のように,指揮通信態勢の整備は,わが国の防衛能力向上のため極めて重要であり,今後とも同態勢をより充実していくことが必要である。

なお,防衛行政における指揮統制,連絡などの円滑かつ効率的な運用を図るため,現在防衛庁においては,内部部局のみならず統合幕僚会議及び各幕僚監部を含めた中央組織のあり方などについて研究を進めている。

(4) 後方支援の態勢

「防衛計画の大綱」に基づく防衛力の整備においては,戦車,艦艇,航空機といった主要装備のほか,補給,整備,輸送などの後方支援機能が戦闘部隊と均衡をもって整備され,防衛力全体としての向上を図ることが強く求められている。これらの機能は,部隊を有事即応の態勢に維持する上で,また,万一わが国に対して侵略が行われた場合,継戦能力を維持する上で不可欠なものである。更に,被害局限,被害復旧及び代替機能の確保といった抗たん性の確保も継戦能力を維持する上で極めて重要である。

このため,昭和53年度においては,弾薬などの備蓄の増大に努めるとともに,戦闘機用掩体の建造,滑走路用復旧マットの調達などの抗たん化施策を進める一方,弾薬庫,燃料タンクの増設及び艦艇さん橋の整備を初め隊舎などの生活関連施設の整備についても努力が払われている。

まだ,防衛力の質的水準の維持向上に資する研究開発の推進を図ることとしている(資料21参照)。

しかしながら,これらの後方支援態勢の整備については,いまだ不十分であることは否めず,今後とも適正量の弾薬の備蓄及び抗たん性確保のための努力とともに,老朽化施設の更新などを図り,後方支援部門全般にわたってより充実していくことが必要である。

(5) 教育訓練の態勢

 防衛力は,装備品のみで構成されるものではなく,これら装備を駆使し得る高度に訓練された隊員,更には各種部隊を適切に指揮運用し得る経験に富んだ各級指揮官などの人的要素が重要な地位を占めるものである。したがって,平素から周到な教育訓練を実施し,部隊の練度を維持向上させるとともに,各種技術要員を養成し,併せて士気の高揚を図るなど防衛力の人的側面の充実が極めて重要であるといえる。

このような認識に立って,防衛庁では,昭和53年度,T−2高等練習機などの訓練用航空機を初め,各種のシミュレーターなどの充実向上を図るとともに,訓練用燃料などの確保にも努めている。

しかしながら,近年の国内における経済の発展などに伴う地域開発と自衛隊施設の存在が競合することとなったこと,民間航空の著しい発展に伴うわが国の空の相対的な狭小化などの諸条件により,自衛隊の訓練の実施はますます制約を受ける傾向にある。

陸上自衛隊の主要な演習場の現状は,第14図に示すとおりであるが,地域的に必ずしもバランスがとれておらず,中部方面隊の地域には大演習場がなく,師団規模以上の演習,長射程砲の射撃訓練などは他方面区ヘ移動して演習を行わなければならない。また,沖縄所在部隊においては,演習場を全く保有していないといった状況にある。

一方,運用面についてみると,「用地に飛び地がある」,「場内で耕作などが行われている」など,更に演習訓練の実施に当たって各種の制約となっているものがある。

訓練海面にもまた各種の困難がある。例えば,機雷敷設及び掃海訓練並びに潜水艦救難訓練のためには,水深10m〜50mの浅い海面が必要である。この条件を満たし,しかも一般船舶の航行,漁船の操業などとの競合がなく,訓練海面として設定できる所としては,むつ湾,周防灘などのごく一部に限られる。こうした状況で,昭和52年度の訓練可能海面は8か所,1か所当たり年間約15日であり,しかもその時期は8月又は冬季の閑漁期に集中しており,関係部隊は訓練計画の作成上苦慮しているところである。

一方,訓練空域については,昭和46年7月30日の全日空機と航空自衛隊機の接触事故発生後、政府は,「航空交通安全緊急対策要綱」を決定し,自衛隊の訓練空域は,運輸大臣と防衛庁長官とが協議の上設定し,公示することとした。この要綱に基づき,現在までに,主として洋上の空域に低高度訓練空域9か所,高々度訓練空域12か所及び超音速飛行空域1か所の計22か所が設定されており,最近では2か所の訓練空域が新設された。しかし,これらの訓練空域は,訓練効率という観点からみると,必ずしも十分ではなく,特にジェット機が使用する高々度訓練空域は,航空機の性能上相当な広さを必要とするが,全般に広さが十分でなく,空域によっては超音速飛行ができないところもある。

また,基地によっては,周辺に訓練空域があっても遠隔なため往復に時間を要し,実質的な訓練時間が短縮されているものや,百里基地のように周辺に訓練空域がないため他の基地に移動して訓練しているものもある。

更に,第3部第2章において述べるように航空機騒音問題に関連して,早朝及び夜間の飛行訓練などが大幅に制約されつつある。

防衛庁においては,以上のような諸制約を考慮し,指揮所演習(部隊は実際の行動を行わず,指揮機関だけを設置して行う演習),図上演習(実動部隊を用いず,単に図面上で兵棋を用いて実施する演習)などの実施及びシミュレーターなどの訓練器材の活用を図る一方で,実射訓練に際しては装薬量を減らすなどして砲弾の飛しょう距離のてい減を図るといった創意工夫による練度の維持向上に努めている。

しかし,これらの諸制約が隊員の士気及び練度に与える影響は免れ得ず,例えば,戦闘機操縦者の練度状況についてみると,昭和45年ごろに比ベ高練度の技量資格を有する操縦者の全体に占める率は減少している。

このような状況を解決するためには,今後とも地元住民との密接な交流を図り,理解と協力の下に防衛施設と周辺地域との調和に努める必要がある。また,訓練空域については,航空交通量の増大しつつある今日,増設及び拡大にもおのずから限界があるので,西欧諸国にみられるように,訓練空域と航空路の分離について,レーダーの活用などにより,航空交通の安全を確保しつつ,飛行訓練を効果的に実施し得るような施策,例えば,時間差を利用する方法や,きめ細かい高度分離を行う方法などの推進が必要であろう。

また,防衛庁においては,従来からわが国に訓練設備などがないこともあり,陸上及び航空自衛隊のホーク及びナイキ部隊並びに海上自衛隊の護衛艦,潜水艦及び対潜哨戒機を米国に派遣して,ミサイル及び魚雷の発射訓練などを実施しているほか,日米協同での対潜訓練を実施し,隊員の練度及び戦術技量の向上を図っているが,今後ともこの種訓練方式の活用に努める必要があると考えている(資料22,24参照)。

なお,現在防衛庁においては,戦闘機操縦者の練度の低下を防止するための対策の検討の一環として,米国におけるパイロットの訓練の可能性について研究を行っている。

(6) 災喜救援等の態勢

わが国が防衛力を保有する目的は,直接的にはわが国に対する侵略を未然に防止し,万一侵略が行われた場合には,これを排除することにあるが,同時にこの防衛力は,平時にあっては保有する人員,装備,組織などをできる限り国民の用に役立てるべきである。このような観点から,天災地変その他の災害に際して迅速な救援活動を実施するなど,民生の安定に寄与し得ることも防衛力にとって重要な要素となっている。そのためには,原則として各府県に1個連隊相当程度の陸上,海上又は航空自衛隊の部隊を配置し,それらの要請に速やかに応え得る体制を備えていることが望ましい。そのような部隊等の配置の現状は,これらの要請におおむね応え得る体制にあるといえる。

自衛隊は従来から災害派遣,不発弾の処理などを実施し,国民生活の保護に重要な役割を果たしてきており,昭和52年度においても,行方不明者の捜索,道路の啓開,給水支援など幅広い活動を行ったところである(資料26〜29参照)。

また,陸上,海上,航空各自衛隊の主要な航空基地や艦艇基地では,海上保安庁など関係機関と常に密接な連絡を保ち,海難救助及び航空救難に対して即応できる態勢で航空機や艦艇を常時待機させており,このような態勢は離島,へき地などで発生した救急患者の緊急空輸にも大きく役立っている。

昭和53年度においても,このような態勢を維持するとともに,救難飛行艇(US−1),救難へリコプタ―(V−107A),ブルドーザー,油圧シャベルなどの整備を図り,装備面での充実,強化に努力しているところである。(伊豆沖地震での救援活動(53.1)

 

(注) 移動式3次元レーダー 国産による優れた移動式の3次元(距離,方位,高度)情報計算ができる警戒管制レーダーであり,目標の座標位置,速度,高度などの情報をコンピューターで自動処理して表示し,展開,撤収及び移動が容易に,かつ,短時間にできるという特長を持っている。

(注) 小火器 個人が装備する小口径の火器で,拳銃,小銃,機関銃などがある。

(注) 対戦車火器 戦車,装甲車などの点目標射撃をねらいとしたもので,64式対戦車誘導弾発射装置(中距離用),75mm及び106mm無反動砲(中近距離用),89mmロケット発射筒(近距離用)などがある。

(注) 砲迫火器 対地火力の骨幹で,人員,陣地,施設などを破壊制圧することをねらいとしたもので,迫撃砲,野戦砲及びロケット砲がある。

 迫撃砲:高射角をもって射撃する火器で,発射速度が大きく短時間に多量の火力を発揮できるが一般に射程が短い。わが国には,60mm,81mm及び107mmの迫撃砲がある。

 野戦砲:りゅう弾砲,加農砲などがあり,射程が長大かつ正確で大きな威力の発揮が可能であり,わが国には105mm,155mm及び203mmりゅう弾砲,155mm加農砲などがある。

 ロケット砲:同時に多量の火力を発揮することができ,制圧効果が大きいもので,わが国には30型ロケット弾発射機及び75式130mm自走多連装ロケット弾発射機がある。

(注) 対空火器 航空機などを射撃する火器で,ミサイル,機関砲,機関銃などがあり,ミサイルは主として低中高度目標の射撃に適し,機関砲(35mm2連装高射機関砲)は超低高度の目標の射撃に適している。

(注) 74式戦車 わが国が開発した世界的水準にある戦車で,105mm砲をとう載し,レーザー測遠機,弾道計算機,砲安定装置などを持ち,正確迅速な射撃ができるほか,低姿勢で油圧をもって姿勢変換ができるという特長をもっている。

(注) 短距離地対地誘導弾 従来の対戦車ミサイルに比べて2倍以上の射程を有するミサイルで,主として戦車や上陸用舟艇を攻撃できるものである。

(注) 改良ホーク 現有ホークの持つ射程,対電子妨害(ECCM)能力,器材の信頼性・即応性などを改良したものである。

(注) わが国の海外依存度 わが国の総輸入量は,国民生活の向上などに伴い年々増加を続け,現在年間5〜6億トンにも及んでいる。

これら輸入物資のうち石油,鉄鉱石,小麦,綿花などのいわゆる生活必需品は,消貨量のほぼ100%を輸入に依存している。そして,この膨大な物資の輸入は,そのほとんどを船舶による海上輸送に頼っている。

(注) F−1支援戦闘機 F−86F支援戦闘機の後継機として,国産の超音速高等練習機T−2を改設計した対艦船及び対地攻撃用の単座支援戦闘機であり,全天候の航法・攻撃システム,電波高度計,ECM機器などを有している。

(注) 自衛艦隊指揮支援システム コンピューターを利用して作戦情報を処理し,自衛艦隊司令官や主要作戦部隊指揮官の作戦指揮に資する海上自衛隊の作戦情報処理システムであり,これは,航空自衛隊における指揮通信システムの一環であるバッジ・システムとも連接されている。

 

2 P−3Cの整備

 新対潜哨戒機の整備については,昭和52年12月28日の国防会議において,「海上自衛隊の現用対潜哨戒機の減耗を補充し,その近代化を図るための次期対潜哨戒機については,昭和53年度以降,P−3C45機を国産(一部を輸入)により取得するものとする。なお,各年度の具体的整備に際しては,そのときどきにおける経済財政事情等を勘案し,国の他の諸施策との調和を図りつつ,これを行うものとする」と決定された。そして,このことは翌29日の閣議において了解され,この方針の下に昭和53年度においては,P−3C8機の整備が進められることとなった。

 この国防会議における決定は,以下に述べるような防衛庁における検討結果などを踏まえて,関係省庁間における検討はもとより,4回に及ぶ国防会議の慎重審議を経て行われたものである。

(1) 新対潜噌戒機の必要性

「防衛計画の大綱」において,海上自衛隊は,対潜機を中心に合計約220機の作戦用航空機を保有することとされている。このうち,陸上固定翼対潜機については,現在S2F−1,P2V−7及びP−2Jの3機種合計約120機を装備しているが,S2F−1は昭和32年米国から無償供与されて以来昭和30年代における対潜航空部隊の主力機として,また,P2V−7は昭和30年米国から無償供与されて以来その後ライセンス国産を行い,昭和40年代中ごろまで対潜航空部隊の主力機として活躍してきたが,今や老朽化,旧式化が著しくなっている。更に,P2V−7の一部を改造し対潜機能の向上を図ったP−2Jは,昭和41年以降これまでの約10年間に83機が国内生産され,昭和40年代中ごろ以降対潜航空部隊の主力機となっているが,同機も主要各国における潜水艦の著しい性能向上のすう勢に有効に対応し得ない状況となっている。

P−2Jの対潜能力は第17図(121頁)に示すように現在の在来型潜水艦に対する対する対潜能力を1とすれば,現在の原子力潜水艦に対しては約であり,更に性能が向上する将来の在来型潜水艦,原子力潜水艦に対しては,それぞれ程度しかないと見積もられている。

また,これらの対潜機は,第16図(120頁)に示すように今後急速に減勢が見込まれている。

したがって,海上自衛隊が今後とも航空機による有効な対潜機能を確保していくためには,このような現用対潜機の減勢を適切に補充しつつ,その後継機として高性能の対潜機を早急に整備する必要があった。

このため,次期対潜哨戒機の選定については,昭和43年ごろから防衛庁部内においてはもとより,関係各省庁間,国防会議事務局に設けられた専門家会議においても検討が行われてきたところである。防衛庁においては,この間において生じてきた諸外国における対潜機の動向などについても必要な海外調査などを続け,昭和52年初めに必要とする調査を一応終了したので,これら数次にわたる海外調査により入手した資料及び部内研究による成果などを基礎として,純粋に防衛上の見地に立って,あくまでも技術専門的立場から,次のような最終的な分析検討を行った結果,P−3Cのライセンス国産が最も適当であると判断し選択したところである。

(2) P−3C選定の理由等

分析検討においては,まず,およそ次期対潜機として考え得る13機種について,対潜機としての技術的可能性,期待性能に対する適合性及び費用対効果の面から検討し,次の評価検討において対象とすべき機種を,P−3C,CP−140,国内開発機(Lケース)及び折衷機(Pケース及びSケ−ス)の5機種にしぼった。

次に,これらの機種を対象として,更にその中の2機種を組み合わせ装備するケースなども加え,対潜機能の早期近代化と安定勢力維持の可能性,装備化の確実性,費用対効果,部隊運用の容易性,航空機工業の操業度に与える影響といった各選定基準を設け,科学的分析評価手法などを用い,より詳細な検討評価を実施したが,その結果は,次のとおりであった。

ア 対潜機能の早期近代化と安定勢力維持の可能性

潜水艦の著しい性能向上に対応するためには,新対潜哨戒機を可能な限り早期に整備し,対潜機能の近代化を図る必要がある。また,同時に,平時における警戒監視,災害派遣などの任務が周到に実施でき,かつ,とう乗員や整備員の養成を整々と計画実施し得るためには,一定の装備機数を安定的に維持する必要がある。

しかしながら,国内開発機及び折衷機の単独装備案では,開発などに長期間を必要とすることから,今後約10年間は近代化が望めないことになる。このため,現有勢力の極めて急激な減少は免れ得ず,その勢力は約50機程度まで,また,CP−140の単独装備案では同機が開発中であるため,その運用成果を見きわめた上での取得となると,早くとも昭和59年度以降となることから約65機程度までそれぞれ落ち込まざるを得ないと見積られる。

イ 装備化の確実性

国内開発機の単独装備案では,航空機のほか作戦支援施設などをすべて新規に開発しなければならず,また,折衷機Sケースの場合においては,S−3Aのとう載機器などを大型機用に再統合しなければならない。これらの場合,所期の開発成果が得られれば,将来の改善などを可能とする発展性の面で優れているが,ソフトウェア面を主とするシステム統合が,わが国にとって未経験の分野を含むため,開発に当たってのリスクを生じることとなる。

また,これらの案は,折衷機Pケースも含め,P−3Cと格段の能力差のないものを国内開発することとなり,巨額の開発費を投ずるメリットが少ない。

ウ 費用対効果

各装備案について,装備化に要する費用と,各年度における装備の状況によって対潜効果がどのように変化するかを総合シミュレーションモデルを用い,科学的分析評価手法により評価した。その結果は,第15図に示すとおり,P−3C輸入案が最も優れており,次いでP−3Cライセンス国産案,組み合わせ装備案の順となった。

エ 部隊運用の容易性

固定翼対潜機を部隊運用するに当たっては,可能な限り機体,エンジン,とう載電子機器などの系列を単純化し,要員養成のための教育訓練,整備器材といった面での一元化を図る必要がある。このことは,費用的にも重複投資をより少なくし,費用効率の面にも影響するところであるほか,維持整備,部品などの補給といった面からも望ましいことといえる。

組み合わせ装備案では,いずれの場合においても少数機を2系列装備することとなり,多少の差はあるものの,この面での支障を生ずることは避け得ない。

一方,単独装備案はこの面での支障はないが,このうちP−3Cの輸入装備案は,導入後の維持改善,整備補給が困難になるなどの不具合がある。新対潜哨戒機は海上自衛隊の主力対潜哨戒機として,今後相当長期にわたり運用されるものであるため,その整備補給などは,わが国独自で対処できるよう関係部品の取得を確実にし,整備態勢を確保することはもちろん,取得後運用している間における所要の改善を実施する場合の技術支援などの基盤の確保といった態勢を整える必要がある。

オ 航空機工業の操業度に与える影響

航空機工業は,防衛基盤としても重要なものであり,その維持育成は国として十分配慮しなければならないといえるが,この面についてみると,各種装備案における発生工数は,国内開発機及び折衷機の単独装備案並びに組み合わせ装備案が優れている。一方,P−3Cの輸入装備案は,この面での寄与がほとんどないこととなる。しかしながら,P−3Cのライセンス国産案では,P−2Jの場合に比べると1.5〜2倍の工数が発生することとなり,航空機工業の操業度にもかなり寄与することが可能となる。

以上のような検討により,採用すべき装備案はP−3Cライセンス国産が最も適当であると判断したところである。

P−3Cは,潜水艦攻撃用ホーミング魚雷,対潜爆弾,対潜ロケットなどの各種武器をとう載することができる。米国においては魚雷及び対潜爆弾の代わりに核爆雷をとう載する運用も考えているようであるが,いうまでもなく,わが国においてはそのような考えはなく,しかも,米国はわが国へは核関係のものは一切リリースしないとしているので,わが国が導入するP−3Cにこれらのものが付随してくることはない。

また,同機は有事においては哨戒及び対潜戦に使用するものであって,いわゆる他国に侵略的,攻撃的脅威を与えるような兵器に当たるものでないことは明らかなところである。(P−3C対潜哨戒機

一方,P−3Cの整備規模については,防衛庁のこれまでの検討においては,主要各国における潜水艦の性能向上を考慮すると,海上自衛隊が「防衛計画の大綱」に示された役割を果たしていくためには,将来,最終的に現有陸上固定翼対潜機をP−3C級に置き換えたとした場合,90機程度の規模が必要であると見積られている。したがって,防衛庁の希望としては,現在でも大型陸上固定翼対潜機の規模をこの程度まで拡充したいと考えているが,当面見通し得る約10年間においては,現用機の減耗が相当数にのぼる状況にあること,また,長期的な財政負担の面で無理のないよう配慮する必要があること,更に計画期間があまり長期にわたるとその間における技術の動向,減耗の予測など見積り要素が相当不確定なものとなり,計画自体の実現性が薄くなることから,第16図に示すように,海上自衛隊の固定翼対潜機部隊の体制に大きな穴を生じない限度として最小限70〜80機の規模を維持することとした。そして,このことから現用機の約10年後における見積り機数を考慮して,向こう約10年間に45機を取得する必要があると判断したところである。

なお,P−3Cの対潜能力をP−2Jと比較すると,第17図に示すとおりであり,将来予想される性能が向上した原子力潜水艦に対しても有効に対処することが可能であると期待されている。

(3) ロッキード事件との開連

いわゆるロッキード事件との関連については,防衛庁はこれまで一貫して,「次期対潜哨戒機の選定に当たっては,いやしくも国民に疑惑を持たれることのないよう措置する」と述べてきた。

今回,新対潜哨戒機として,米国ロッキード社製のP−3Cを選定したが,これは既に述べたように,防衛庁が約10年にわたる調査検討により得た資料,成果などをもとに純粋に防衛上の見地に立って,あくまで技術専門的立場から選定作業を進めた結果,同機が最も適当であるとの結論に至ったことから選定されたものである。また,同時に防衛庁はロッキード事件との関連についても十分配慮し,次に述べるように同機の調達に当たってその間に不正行為が介在する余地のないことを調査確認するとともに,将来における不正行為の防止対策及び調達価格の適正化のための各種措置をとったところである。

ア まず,不正行為の介在する余地がないことについては,次のことを調査確認した。

(ア) ロッキード事件に関する司法当局の捜査結果では,いわゆるPXL(次期対潜哨戒機)選定問題についての犯罪行為は存在しておらず,また,ロッキード事件関係の公判でもPXL選定問題に係る公訴事実で起訴がなされているものはないので,現在進行中の公判でこの問題に係る有罪判決が出てくることはあり得ない。

(イ) かねてより,児玉とロッキード社間のコンサルタント契約などの存在から,わが国にP−3Cが導入された場合,巨額の成功報酬が児玉等に支払われるのではないかとの疑間が提起されていた。この点については,児玉とロッキード社間の契約は1975年10月31日,相互の合意により解約され,同日付で香港法人ブラウンリー・エンタープライズ社との契約に置き換えられたが,その後,この契約についても1976年8月31日限りで既に適法に解約されている。

これらのことから,現在,ロッキード社は,児玉及びブラウンリー・エンタープライズ社と何らの関係も有しておらず,また,児玉等の成功報酬請求権は完全に消滅しており,P−3C導入に伴い成功報酬などがこれらに支払われることはなく,現に,P−3C導入に伴う成功報酬が児玉等に支払われたことはない。

更に,かつて同契約の存続期間中において継続顧問料が児玉等に支払われているが,これはP−3Cの原価構成費目には含まれておらず,したがって,今後わが国に導入するP−3Cの購入価格に,これらが上乗せされることはない。

イ 次に,将来における不正行為の防止対策及び調達価格適正化のための対策として次のような措置をとった。

(ア) まず,不正行為の防止措置として,P−3C契約獲得に関して不当な影響力を及ぼし,又は有利な取り扱いを受けるため贈賄その他の不正行為を今後とも行わない旨ロッキード社に誓約させるとともに,その違反に対しては所要の制裁措置を加え得ることとした。

また,将来いかなる報酬又は顧問料も児玉等に支払わないことについてもロッキード社に誓約させた。

(イ) 更に,これらのことを確保し,わが国に導入するP−3Cの調達価格の適正化を期すための措置として,当庁が原価調査などを行うことに同意させるとともに,ロッキード社が代理店契約を締結した場合は,代理店手数料を含め,その内容を防衛庁に報告させることとした。

 

 以上のように,防衛庁は,P−3Cの採用決定に当たっては,ロッキード事件のわが国に与えた影響を十分考慮し,国民の疑惑を生ぜしめることのないよう慎重かつ万全の措置をとるよう努めたところであり,今後ともその導入に当たっては十分配慮していくこととしている。

 

(注) P−3Cの概要 P−3Cは,米国においてP2V−7の後継機として開発生産されたもので,1969年から米海軍に装備され,1985年までに,すべての米海軍の現役部隊に配備を完了するよう計画されているものである。同機は民間機のエレクトラを原型としてP−3A,P−3B,更にP−3Cへと逐次改善され,また,P−3Cについても原型からUPDATE−,更にUPDATE−へと改善が進められており,今回わが国が導入することとしたのは,UPDATE−である。

このP−3C UPDATE−は,1974年から1977年にかけて,個々のセンサー類の性能向上はもとより,コンピューターによるシステムの統合化,自動化により対潜戦の各場面における能力の増大,特に情報処理時間の短縮,精度の向上といった面での改善が一段と図られ,当初のP−3Cに比較して,その性能は飛躍的に向上しており,米海軍において1977年から部隊配備が開始されたものである。

(注) 検討の対象とした航空機

 現存機等の改造機:P−2J(改),PS−1(改),C−1(改),ボーイング737(改) ,YX(検討時仕様未定)(改)

 国内開発機:Lケ−ス(機体及び電子情報処理装置を中心とするとう載電子機器とも国内開発するもの)

 折衷機:Pケース(国内開発する機体にP−3Cの電子情報処理装置などをとう載するもの),Sケース(国内開発する機体にS−3Aの電子情報処理装置などを大型機用に再統合してとう載するもの)

 外国機:P−3C UPDATE−(米),ニムロッドMK−2(英),アトランテイックMK−B(仏),S−3A(米),CP−140(カナダ)

(これら各航空機の性能諸元は資料30参照)

(注) ブラウンリー・エンタープライズ杜 同社は極東における児玉のコンサルタント業務など種々の営業活動を行うため1974年12月に設置された香港法人である。

3 F−15の整備

 新戦闘機の整備については,P−3Cの整備と同様に,昭和52年12月28日の国防会議において,「航空自衛隊の現用要撃戦闘機の減耗を補充し,その近代化を図るための新戦闘機については,昭和53年度以降,F−15 100機を国産(一部を輸入)により取得するものとする。なお,各年度の具体的整備に際しては,そのときどきにおける経済財政事情等を勘案し,国の他の諸施策との調和を図りつつ,これを行うものとする」と決定された。そして,このことは,翌29日の閣議において了解され,この方針の下に昭和53年度においては,F−15 23機の整備が進められることとなった。

 この国防会議における決定は,以下に述べるような防衛庁における検討結果を踏まえて,関係省庁間における検討はもとより,5回に及ぶ国防会議の慎重審議を経て行われたものである。

(1) 新戦闘機の必要性

「防衛計画の大綱」において,航空自衛隊は,領空侵犯及び航空侵攻に対して即時適切な措置を講じ得る態勢を常続的に維持し得るため,要撃戦闘機部隊10個飛行隊及び支援戦闘機部隊3個飛行隊の合計13個の戦闘機部隊を保有することとされており,現在要撃戦闘機としては,F−4EJ4個飛行隊及びF−104J6個飛行隊合計約270機を保有している。これらの要撃戦闘機は,将来の主要各国における航空機の質的向上に対応することが困難となることが予想され,また,同時に,第19図(128頁)に示すように,現用のF−104Jは昭和56年度以降逐次減勢が見込まれ,昭和60年度には皆無になることが予測されている。防衛庁としては,このようなF−104Jの量的減少を適時に補充するため,新戦闘機の整備を昭和52年度から着手する必要があると考えた。

このため,防衛庁は昭和50年度以降海外調査及び部内検討作業を進め,次に述べるような新戦闘機に期待する性能,費用対効果などについて総合的に検討し,昭和51年12月9日「新戦闘機の機種はF−15とし,昭和52年度以降5個飛行隊分123機の整備に着手する」旨内定した。しかしながら,昭和51年12月21日の国防会議において「十分な調整,審議を行うだけの時間的余裕がないので,新戦闘機の整備に52年度から着手することは見送り,53年度に整備に着手することをめどに,関係省庁で鋭意検討を進めることとする」旨了承された。これを受けて防衛庁は,この着手延期により防空態勢に生ずる支障を最小限にとどめるため,応急の措置として,昭和52年度予算においてF−4EJ12機の整備を行うことにより,既に調達しているF−4EJと合わせて,昭和56年度に見込まれるF−104J1個飛行隊の減勢を補充することとした。

(2) F−15選定の理由等

ア 防衛庁は,自由圏諸国の新鋭戦闘機の中からスウェーデンのJA−37ビゲン,英独伊3国が共同開発しているMRCA,フランスのFlM−53ミラージュ,米国のF−14,F−15,F−16,YF−17の7機種を選び,調査検討の結果,候補機としてF−14,F−15及びF−16の3機種にしぼつた。これら候補3機種についてわが国における運用上の要求をもとに性能の比較検討を行うとともに,わが国の運用環境及び防空体系の中における防空効果並びに費用効率について大型電子計算機などを用いて模擬航空作戦を行わせるなど科学的分析評価手法により,総合的な評価を行ったところ,わが国が装備すべき新戦闘機としてF−15が最適であるという結論が得られた。

F−14は,米海軍の空母とう載の主力戦闘機であり,米海軍の運用目的である艦隊防空には適しているが,わが国の地理的特性などを考慮した要撃戦闘機の運用環境においては,艦隊防空のような地点防空に徹することができないので,わが国の新しい要撃戦闘機としては適さない面がある。

F−16は,本来,空対空戦闘におけるF−15を補完する軽量・小型の昼間戦闘機であり,全天候下における要撃戦闘能力は不足している。また,最近の航空機技術の進歩に伴い,新戦闘機は,わが国の主力要撃戦闘機として相当長期間にわたって運用されることになることを考慮すれば,F−16はこのような主力要撃戦闘機としては性能的にみて不十分である。

F−15は,最近の要撃戦闘上重要な空対空戦闘を主目的として開発された戦闘機であり,その飛行性能は他候補機種に比較し最も優れており,1980年代中期以降に予想される性能が向上した航空機にも有効に対処し得ると認められるとともに,防空効果及び費用効率の点においてもF−15が最も優れている(3機種の性能諸元は資料31参照)。

この費用対効果の面についてみると,第18図に示すとおりであり,一定の経費で整備できる部隊規模により,あげることができる防空効果は,F−15が最も優れ,次いでF−16,F−14の順となった。

以上のような検討により,わが国が採用すべき新戦闘機としてF−15が最適であると判断したところである。(F−15要撃戦闘機

なお,F−15については,後に述べるように対地攻撃機能及び空中給油装置の問題があったが検討の結果,いずれもそのまま導入することとした。

イ 一方,F−15の整備規模については,第19図に示すように,昭和57年度から昭和60年度にかけて,各年度F−104J1個飛行隊ずつ計4個飛行隊が減勢すること,また,昭和61年度には暫定的な措置として編成したF−4EJ1個飛行隊の減勢が見込まれることを考慮して,当初防衛庁は,これらの減耗補充としてF−15 5個飛行隊分123機を整備したいと考えていた。しかし,昭和61年度に必要となるF−4EJ1個飛行隊の減勢分については,わが国における運用経験も少なく,相当先のこととなるため,減耗の予測には不確定要素があることは否定できないところであり,F−4EJの減勢に伴う補充については,今後検討する時間的余裕が十分あることなどから,F−15の取得計画を当面はF−104Jの更新分に限り,昭和53年度以降10年間に4個飛行隊分100機と修正した。

ウ なお,防衛庁におけるF−15選定以後,米国上院軍事委員会におけるブラウン米国防長官のF−15に関する証言,米国におけるF−14とF−15の訓練結果又は米会計検査院の議会に対する報告から,F−15の性能に欠陥があるのではないかという疑問を生み,防衛庁が新戦闘機としてF−15を選定したことに対して問題が提起された。

このブラウン長官の証言は,1978年度米国防予算案に関するカーター政権の改定提案に関連して,昭和52年2月同委員会において,「F−15は,全天候能力と格闘能力に優れた戦闘機である」と前置きしながら,「F−15の装備する火器管制装置と空対空スパロー・ミサイルに若干の欠陥がある」旨述べられている。

防衛庁は,この報道に接し,直ちに同証言の公式議事録,国防省からの情報,ブラウン国防長官からの防衛庁長官あて書簡など,この証言の内容,真意について真相解明のための資料入手を図るとともに,従来のF−X調査の資料はもとより,昭和52年6月にF−15の価格などの調査のため米国に出張した者の得た各種情報及び資料を基礎として分析検討したが,その結論は次のとおりであり,新戦闘機の機種をF−15としたことに特段の問題はないことが明確になった。

(ア) F−15のウェポン・システムは要求性能を満たしており,証言でいわれている“欠陥”(deficiencies)とは,新技術の開発に伴う計画を念頭に,「更に改善の余地がある」(room to improve)ということを“deficiencies”という言葉で表現したものと理解される。

(イ) F−15の火器管制装置及び空対空スパロー・ミサイルとも米空軍の要求性能を上回っている。

(ウ) スパロー・ミサイルは,その目標検出能力が,F−15の火器管制装置に比べれば,更に改善の余地があるものの,現在におけるレーダー・ミサイルの中では最も優れていると認められる。今後,新技術の導入が計画されているが,これはスパロー・ミサイルが要求性能を具備していないからではなく,あらゆる兵器体系において,一般的に行われる性能向上のための開発努力にほかならない。その際でも,F−15の機体などを改修する必要は全くないとされている。

(エ) 現に,米国においては,米空軍のF−15調達機数729機に関して何ら削減する計画がない。

一方,米国におけるF−14とF−15の模擬空中戦の結果,F−15がF−14に劣るとの報道がなされたが,本件に関する米国防省から防衛庁に対する回答によれば,この空中戦闘訓練は,空対空戦闘能力を向上するため,操縦者の練成及び戦法の確立を目的とする米空軍の通常の異機種空中戦闘訓練の一環として行われているものであり,勝敗や性能の比較を競うものではないことが明らかになっている。

また,米会計検査院が本年4月米議会に提出した「米空軍F−16航空機計画の状況」と題する報告において,F−16計画についていくつかの懸念される点を指摘し,その中の一つとして同機にとう載しているF100エンジンに技術的改善事項が残されていることが述べられていることから,同エンジンをとう載しているF−15についても問題視された。

これについて,防衛庁は外交ルートを通じ当該報告書などを入手し,検討したところ,指摘されているエンジンの問題のほとんどは,これまでの調査などにより承知しているところであり,米軍において既に対策が実施又は検討されているものであることを確認した。更に,今般の報告書に関連して,防衛庁は米空軍から,「指摘されているF100エンジンの問題は,ほとんどが既に処置済みであるか,又は解決策が実証の段階にあるので,現在のF−15計画への影響は全くないものと予想される」との見解を得ている。

これらのことから,F−15がわが国の新戦闘機として最適であるとの判断に変わりはない。

(3) 対地攻撃機能及び空中給油装置の問題

F−15は,F−4より行動半径が長い戦闘機であり,これに対地攻撃機能及び空中給油装置を持たせたまま採用することについては,昭和44年のF−4の採用に当たって,いわゆる爆撃装置を施さないこととし,また,昭和48年に同機の空中給油装置を地上給油用に改修することとした政府の考え方及び昭和47年のFS−T2改(支援戦闘機:現在のF−1)の採用に当たって,爆撃装置を付けることにしたが同機の行動半径は短く,他国に侵略的,攻撃的脅威を与えるおそれを生ずるようなものではないとした政府の考え方を変えるのではないかという問題が,昭和52年10月から大きく取り上げられてきた。この問題についての政府の考え方は以下のとおりである。

ア 航空自衛隊は,要撃戦闘の機能のほか,侵略部隊がわが国に上陸してくるような場合に,陸上自衛隊又は海上自衛隊を支援するため,侵略部隊を空から攻撃する対地攻撃の機能を持つことも必要とし,若干の支援戦闘機を維持してきたが,その数は必ずしも十分ではなく,これを補うため,要撃戦闘機にも付随的に対地攻撃機能を持たせてきている。

かつて,F−4の採用に当たっては,いわゆる爆撃装置(爆弾投下用計算装置,核管制装置及びブルパップ誘導制御装置)を同機から取りはずしたが,その背景には,これを取りはずす前のF−4は,要撃性能において優れているばかりでなく,その爆撃装置を用いる対地攻撃の機能においても,当時としてはかなり優れた性能を有しており,そのような対地攻撃機能を重視してF−4を採用した国が多かったという事情があったものである。

このような背景もあって,同機の行動半径の長さを勘案すれば,いわゆる爆撃装置を施したままでは他国に侵略的,攻撃的脅威を与えるようなものとの誤解を生じかねないとの配慮の下に,F−4にはいわゆる爆撃装置を施さないこととしたが,その際にも目視照準による爆撃の機能は残してきている。

これに対し,F−15は,既に述べたように要撃性能に主眼がおかれた専守防衛にふさわしい性格の戦闘機であり,同機もある程度の対地攻撃機能を付随的に併有しているが,空対地誘導弾や核爆撃のための装置あるいは地形の変化に対応しつつ低空から目標地点に侵入するための装置をとう載しておらず,この機能は,主として目視による目標識別及び照準を行うことができる状況下において,通常爆弾による支援戦闘を行うための限定されたものである。なお,F−15は,対地攻撃専用の計算装置などを有しておらず,対地攻撃の機能に必要な情報処理などは,要撃戦闘に用いられる計算装置などを使用してなされるものである。

これらの点から,F−15はF−4に比べて行動半径が長いが,わが国がこれを保有しても他国に侵略的,攻撃的脅威を与えるようなおそれはなく,F−4の場合のような配慮を要するものではないということができる。

また,支援戦闘機F−1の採用に当たっては,その行動半径が短いことを理由に,他国に侵略的,攻撃的脅威を与えるものではない旨の説明を行ったが,いうまでもなく同機は,対地攻撃のための性能に主眼がおかれたものであり,F−15はもちろんこれと性格が異なるものである。

イ F−4の空中給油装置については,昭和48年の国会における同装置の必要性に関する論議を踏まえて,これを地上給油用に改修したところであるが,これは,当時の論議の中には,空中給油を行うことは専守防衛にもとるとの主張もあったが,政府としてはそのような見地からではなく,有事の際わが国の領空ないしその周辺においても空中警戒待機の態勢をとることの有効性は認めつつも,F−4がわが国の主力戦闘機である期間においては,同装置を必要とするとは判断しなかったことによるものである。

しかし,航空技術の進歩は著しく,超低空侵入,高々度高速侵入など航空機による侵入能力は従前に比べて更に高まるすう勢にある。このようなすう勢からみて,F−15がわが国の主力戦闘機となるであろう時期(1980年代中期以降の時期)においては,有事の際に第20図に示すような空中警戒待機の態勢(CAP:Combat Air Patrol)をとるため空中給油装置が必要となることが十分予想されるところである。

したがって,当面空中給油装置を使うことは考えていないが,将来の運用を配慮せずに現段階で同装置を取りはずしてしまうことは適当でないとの見地から,これを残置しておくこととしたものである。

以上の説明で明らかなとおり,F−4,F−1及びF−15の装備の具体的な扱いが異なることとなったのは,それぞれの航空機としての性格の違いや使用される年代の違いによるものであり,いずれも他国に侵略的,攻撃的脅威を与えるような兵器ではなく,そのような兵器を保有しないという政府の考えは変わっていない。

 

(注) 要撃戦闘機の滞空時間延伸の利点 空中警戒待機態勢は,縦に細長く幅の狭い島国という防空任務遂行上困難な日本の地形的条件を考慮すると,わが国の防空にとっては,重要な対処方法といえる。

要撃戦闘機の滞空時間が長いことは,燃料消費の激しい空対空戦闘遂行上有利であることはもちろん,このような空中警戒待機態勢をとる上でも極めて有利な条件である。

また,航空基地が被害にあった場合に,遠くの基地から防空行動を実施し,又は着陸施設の被害復旧まで待機し,あるいは遠方の代替飛行場まで飛行し,機体及び操縦者の安全を確保する必要があるが,この面でも要撃戦闘機の飛行可能時間を延長し得ることは有意義なことである。

第2章 日米安全保障体制の円滑かつ効果的な運用態勢の整備

 第2部において述べたとおり,日米安全保障体制は,専守防衛のための自衛力のみを有するわが国にとって,侵略を未然に防止するために必須のものであると同時に,同体制を通じる日米両国の友好協力関係はわが国の発展と繁栄のため,更にはアジア・太平洋地域での安定した国際政治構造にとっても必要不可欠のものとなっている。

 この日米安全保障体制が,いかなる時にも有効に機能するためには,日米両国の不断の努力が必要である。

 本章においては,日米安全保障体制の有効性の保持の必要性,このための日米両国政府の関係者による密接な協議努力の状況,更に日米安全保障体制を有効ならしめるために是非とも必要となる在日米軍の施設・区域の安定的使用の確保,これを確保するためにこれら施設・区域の設置又は運用から生じる種々の問題を解決するために,防衛庁が払っている努力の状況について説明する。

 なお,在日米軍の施設・区域の設置又は運用から生じる種々の問題とその解決のための努力は,同じ防衛施設である自衛隊の使用する施設についても共通のことがいえるため,両者を併せ,ここで説明することとする。

1 日米安全保障体制の有効性の保持

(1) 一般に条約は,締結国が相互に利益を享受している場合,最も有効に機能するものである。

日米安全保障条約についても,米国との提携が日本にとって,また,日本との提携が米国にとって,重要な利益であり,これからの離反が重大な損失であるということを相互に認識し,かつ,そのような関係が継続することによって,その有効性が最も確実なものとなるものである。このためには,条約を締結した両国が条約によって生ずる利益を共有することができ,更にその条約を有効ならしめるための努カを双方が誠意をもって積み重ね,お互いの責任を応分に果すことが必要である。

(2) 自由圏第2の経済大国であり,アジア地域における安定勢力として,主要な地位を占めている日本との友好協力関係の保持は,米国にも重要な利益を与えているといえるが,わが国としても日米安全保障体制の持つわが国にとっての重要性を十分踏まえて相応の努力を払わなければならない。

このため,わが国は,自国の安全は自国の責任において確保するとの基本的立場に立って相応の防衛努力を続ける一方,政治的,経済的その他の分野でアジア,更には世界の平和と発展に大きく寄与するところがなければならない。

集団安全保障体制というのは,当然のことながら国の自主性を踏まえた上での共同防衛であり,この場合において,心すべきことは相手国に対するばく然とした期待や一方的な依存であってはならないということである。

そのような期待や依存は,国民に対し国防に関する無責任な感情を植え付けるばかりでなく,相手方のわが国に対する信頼度を低め,わが国の防衛及び相互の協力による安全保障体制の弱化をきたすおそれがあるからである。

また,米国は現在約40か国との間に安全保障に関する条約を締結し,世界全域にわたって安全保障上のコミットメントを与え,自由陣営側の安全保障の責任をになっている。日米安全保障条約は,その中の一つに過ぎないものであるとともに,同条約において,米国は日本防衛の義務を負っているが,わが国は米国の領土やわが国の領域以外の場所にいる米軍が攻撃されても,これを防衛する義務を負っていないという特徴を持っている。この点は,わが国が憲法上集団的自衛権を行使し得ないことによるものであって,NATO条約において加盟各国が米国本土に対する攻撃に対しても相互に防衛する義務を負っていること,また,わが国周辺地域における米韓相互防衛条約や米台相互防衛条約においても,韓国又は台湾は,それぞれ太平洋又は西太平洋地域において,いずれか一方の締結国に対する武力攻撃があった場合,米国と相互に防衛し合うのを建前としていることと比較すると異なったものとなっている。

これらの事実は,わが国の安全保障を考える上で十分認識されなければならない。

わが国は,これまで4次にわたる防衛力整備計画を通じ防衛力の整備に鋭意努力してきたところであり,今後とも「防衛計画の大綱」などに基づき防衛力の整備を着実に進めていくこととしているが,このようなわが国自身の防衛努力が,日米安全保障体制の充実につながることとなる。

また,後述する日米両国政府の関係者による密接な協議及び日米安全保障条約第6条により提供義務を負っている在日米軍施設・区域の安定的使用の確保といった面における努力が今後とも必要不可欠である。更に,日米安全保障体制は日米関係において単に軍事面のみならず,政治,経済,文化などあらゆる分野における友好協力関係の基礎であることから,両国のコミュニケイションを密にしつつ,友好協力関係を積極的に推進するとともに,多角的な外交を推進し,国際社会の平和と発展のためにも積極的な努力を続けていくことが肝要である。

2 日米両国政府の開係者による密接な協議等

(1) 日米両国政府の関係者が,日米安全保障条約及びその関連取極の運用について不断の協議を行い,お互いの意思の疎通を図っていくことは,日米安全保障体制の有効性を保持する上で重要なことである。

従来,通常の外交経路によるものは当然のこととして,総理訪米時における米国政府首脳との会談を初めとする両国政府要人の間においても,安全保障問題につき意見交換が行われてきている。

(2) このような日米間の主な協議の場としては,第5表にあげるようなものがあったが,軍事面を含めた包括的な協力態勢に関する研究,協議については,そのための協議機関も設けられていなかった。このような状況を背景として,昭和51年7月第16回安全保障協議委員会において,前年の三木首相とフォード大統領の会談及び坂田防衛庁長官とシュレシンジャー国防長官との会談における了解を受けて,日米安全保障条約及びその関連取極の目的を効果的に達成するため軍事面を含めて日米間の協力のあり方について研究,協議を行うため,同委員会の下部機構として防衛協力小委員会が新たに設置された。

(3) 防衛協力小委員会は,日米安全保障条約及びその関連取極の目的を効果的に達成するため,緊急時における自衛隊と米軍との間の整合のとれた共同対処行動を確保するためとるべき措置に関する指針を含め,日米間の協力のあり方に関する研究,協議を行うことを目的としており,その結論は安全保障協議委員会に報告されることとなっている。同小委員会は,日本側は外務省アメリカ局長,防衛庁防衛局長及び統合幕僚会議事務局長により,米国側は在日米大使館公使及び在日米軍参謀長により構成されるが,必要な場合は適当な両国政府関係者の出席が認められている。また,同小委員会が必要と認めるときは,その補助機関として部会を設置することができるとされている。

(4) 防衛協力小委員会は,昭和51年8月30日に初めて開催され,それ以降,今日まで6回にわたり開催されたが,これらを通じ運営手続並びに同小委員会が研究,協議を行っていく上での前提条件及び対象とすべき事項が了解されるとともに,作戦,情報及び後方支援の3部会を設置し,専門的立場からの検討を行わしめることが了解された。この際,研究,協議を行っていく上での前提条件として次の2点が了解されている。

 事前協議に関する諸問題,わが国の憲法上の制約に関する諸問題及び非核三原則は,研究,協議の対象としない。

 研究,協議の結論は,安全保障協議委員会に報告され,その取り扱いは日米両国政府の立法,予算ないし行政上の措置を義務づけるものではない。

(5) また,研究,協議の対象事項としては,

 わが国に武力攻撃がなされた場合,又はそのおそれのある場合の諸問題

 以外の極東における事態で,わが国の安全に重要な影響を与える場合の諸問題

 その他(演習,訓練等)

の3項目が了解されているところである。現在,部会を中心に研究,協議が進められており,検討結果をできるだけ早期にとりまとめるべく努力が払われている。

(6) なお,このような協議機関によるもののほか,部隊レベルにおいては,自衛隊員の米国軍学校への留学のほか,第1章に述べたとおり,自衛隊と米軍との間の訓練などを実施し,隊員の練度,戦術技量の向上などを図っており,これらを通じて日米協力の努力が払われている。

3 在日米軍の施設・区域の安定的使用の確保

(1) 日米安全保障条約は,米国の対日防衛義務とわが国の施設・区域の対米提供義務との相互の組み合わせを基本的な骨格の一つとして構成されている。

わが国が提供する施設・区域を使用するという形での米軍の存在と施設・区域を米軍が効果的に使用し得るという状態を確保することが,日米安全保障体制の持つわが国に対する侵略の抑止機能の重要な要素となっている。

その意味では,前に述べた日米両国政府による密接な協議などとともに,在日米軍の施設・区域の安定的使用の確保は,日米安全保障体制の実効性を維持し,充実させるための必要不可欠な要素であるといえる。

(2) 在日米軍にわが国が提供している施設・区域の概要については,共通の問題を抱えている自衛隊の施設の概要とともに後に説明するが,

両者はともに,国土空間の利用に相当の制約のあるわが国の一般的な状況の下で,その設置又は運用が周辺地域の住民の日常生活や生活環境に影響を与えていることも否定できない。

更に,在日米軍の施設・区域の場合には,このような事情のほかに,日米安全保障体制をめぐる政治的な意見の対立がいまだ解消されていないことから,問題をより複雑にしているといった要素も残されている。

しかしながら,施設・区域を提供できないとなると,日本は米国に対日防衛義務を期待しながら,それを実際上可能とする手段を提供しないということにもなり,国際社会における約束事として成り立ち得なくなる。

このため,このような日米安全保障条約に基づく在日米軍の施設・区域の設置又は運用から生ずる種々の問題は,事実として認めながらも,これら施設・区域がわが国の安全保障に果たしている役割りを冷静に受けとめ,こうした諸問題を絶えざる努力によって解決し,克服していかなければならない。

4 在日米軍の現状

(1) 在日米軍は,その司令部を東京都の横田飛行場に置き,司令官は第5空軍司令官が兼務して在日の各軍司令部を調整している。

このうち,陸軍は,司令部を神奈川県のキャンプ座間に置き,主に補給任務に当たり,関東地区の各種施設のほか,沖縄県の牧港補給施設などを運営している。

海軍は,司令部を神奈川県の横須賀海軍施設に置き,主に第7艦隊に対する艦隊支援任務に当たっており,同施設のほか,神奈川県の厚木飛行場,長崎県の佐世保海軍施設,沖縄県のホワイトビーチ海軍施設などを運営するとともに,青森県の三沢飛行場と沖縄県の嘉手納飛行場に航空哨戒部隊を配備している。

海兵隊は,沖縄県のキャンプ・コートニーに第3海兵水陸両用戦部隊司令部と第3海兵師団司令部を置き,陸上兵力を沖縄県の各地に,航空部隊を山口県の岩国飛行場,沖縄県の普天間飛行場などに,それぞれ配備している。

空軍は,司令部を東京都の横田飛行場に置き,航空輸送基地として同飛行場の運営に当たるとともに,沖縄県の嘉手納飛行場に航空師団などを配備している。

これら在日米軍の配置状況は,第21図及び第22図に示すとおりであり,また,日米安全保障条約締結以来,現在までの在日米軍の兵力の推移は第23図のとおりである。

(2) 在日米軍の施設・区域には,その機能を維持するため,米軍人・軍属のほか,日本政府が採用して実際の使用者たる米軍に提供するといういわゆる間接雇用の方式により雇用される多数の日本人従業員が働いており,その数は,現在約2万2,000人である。

これらの従業員は,国家公務員ではないが,その給与その他の勤務条件は,おおむね国家公務員の制度に準じて定められている。その給与及びその他雇用に要する経費については,従来米側において負担してきたが,労務費の増大に伴う財政上の困難によって,国家公務員の場合に比べ給与改定が著しく遅れるなど,その従業員の雇用関係や生活の安定に影響を及ぼすことになってきた実情にがんがみ,昭和51年夏以来合同委員会で,従業員の給与その他雇用及び労働の条件に関する問題全般について問題点を洗い出し,その解決策を求めて話し合いを行ってきた。その結果,昭和52年12月双方の合意により,今後の雇用をより安定した基盤の上に置くため,現行地位協定の枠内において,昭和53年度予算上,その経費の一部,年間約61億円を日本政府において負担することとした。

5 防衛施設の現状と問題

 防衛施設は,わが国の平和と独立を守り,国の安全を保つため,人員装備と並んで防衛力の直接的基盤である。

 防衛施設には,日米安全保障条約に基づき米軍が使用する施設・区域と自衛隊が使用する施設とがあり,また,両者が共同で使用している施設もある。

 そして,防衛施設は,教育,訓練,演習などに充てられる演習場,飛行場,通信施設,隊員の生活のための営舎,更には資器材の整備,補給及び保管のための工場,倉庫,弾薬庫,燃料庫などがあり,これらの施設は,有事はもとより平時においても国の防衛に必要な公共性を備えた施設であるが,地域社会又は住民に対し直接行政サービスを提供する他の公共施設とは異なり,国民の日常生活とのかかわり合いが少なく,また,その設置又は運用が周辺地域の住民の生活どなに与える影響もあって,これまで地域社会との間にいわゆる基地問題が生じてきた。

 そこで,こうした問題に対処してその解決を求めるため,以下防衛施設の現状とそれをめぐる問題の所在,更にはその解決のため現在防衛庁が実施している施策について説明することとする。

(1) 防衛施設の現状

在日米軍が使用している施設・区域及び自衛隊が使用している施設を合わせた防衛施設全体の土地面積は,第24図に示すように1,369km2であり,国土全体の面積の0.36%に相当する。

ア 在日米軍施設・区域の土地面積は,489km2でその地域的分布状況は,沖縄県が53%で過半数を占め,次いで東京圏(東京都,神奈川県,埼玉県,千葉県),静岡県及び山梨県に所在するものが37%となっており,面積的にはこれらの地域に大部分が集中している。また,土地の所有区分は,国有が45%,民公有が54%となっている。

このうち,沖縄県についてみると,在日米軍の施設・区域は,県全体面積の11.6%(本島においては,20.5%)を占め,土地の所有区分は民公有が66%となっている。

以上の在日米軍施設・区域の用途別使用状況は,第25図に示すとおりであり,土地面積で演習場及び飛行場が合わせて78%を占めている。

なお,在日米軍施設・区域の土地面積には,自衛隊施設を共同使用しているもの142km2を含んでおり,その主な施設・区域としては,富士演習場,厚木海軍飛行場などがある。

更に,在日米軍に提供している施設・区域には,前述の施設・区域(陸上)のほか,訓練などのための水域44か所及び空域12か所がある。

イ 一方,自衛隊施設の土地面積は1,022km2で,その地域的な分布状況は,北海道地方43%,東北地方12.9%,関東地方4.6%,北陸・中部地方17.2%,近畿地方5%,中国・四国地方4.5%,九州地方12.5%,沖縄県地方0.3%と,その半数近くが,北海道地方に所在している。これは,同地方に矢臼別,北海道,上富良野などの広大な演習場があるためである。

これらの土地のうち90%が国有地で,他は民公有地である。

また,これらの施設の用途別の使用状況は,第26図に示すとおりであり,土地面積で演習場及び飛行場が合わせて84%を占めている。

(2) いわゆる基地問題

ア このような防衛施設は,歴史的にみると,主として旧日本陸軍・海軍の施設であったものを終戦と同時に占領軍が接収し,講和条約発効と同時に引き続き在日米軍に提供され,これが逐次返還されるなどして今日の在日米軍施設・区域を形成するとともに,わが国防衛力の漸進的整備に伴い,占領軍ないし在日米軍の返還地を逐次使用し,あるいは新たに取得するといった経過を経て,今日の自衛隊施設が形成されている。

 ところで,わが国は,世界の主要国に比べ人口密度は最高の部類に属し,しかも国土面積の約74%は山岳地帯で占められ,かつ,比較的急しゅんであり,利用可能な平担地は,26%程度しかないという地理的条件にある。わが国に比較的近い人口密度を持つヨーロッパ諸国は,逆に比較的平担地が多く,山地もアルプス地域を除いてはほとんどがなだらかな丘陵地帯である。

このようなわが国の地理的条件に加え,戦後の急速な経済発展による都市の拡大と平担地域の高度の利用により,防衛施設をとりまく環境は逐次変化し,防衛施設の設置又は運用に影響を及ぼしてきている。

もともと,防衛施設には飛行場,演習場など一般の土地利用にみられない広い土地を必要とするものがあり,また,飛行場などは平担地になくてはならないという性格を持っている。かつて比較的未開発の地域に設置された防衛施設であっても,近年における経済発展の過程において,今日周辺地域における都市化が進み多くの防衛施設が都市及びその周辺に存在するという事態に至っている。このような状況を反映して,いわゆる基地問題は防衛施設の設置反対,撤去移転の要求から,航空機の離着陸又は射爆撃などによる騒音,あるいはテレビの受信障害の防止要求に関するものまで,政治的,社会的及び地域的に複雑な利害関係を含みつつ,様々な態様で発生してきている。

イ いわゆる基地問題は,防衛に関する国民的合意が十分得られていないわが国の事情もあって,容易に政治的,社会的問題になり易く,また,しばしばそのように取り扱われてきたが,歴史的にみるとその発生の態様は世相を反映し,時代の推移に応じて変遷をとげている。

すなわち,昭和20年代においては,終戦直後でもあり,生活及び生産に必要な基礎物資が極端に欠乏しているといった状況下にあったことから,いわゆる基地問題も,これを反映して農民や漁民の生活及び生産基盤を失うことに対する抵抗として発生したといえる。

しかし,昭和30年代に入ると既成工業地帯及びその周辺地域を中心に臨海型工業の開発と重化学工業化が図られるとともに,国土全体の発展をめざして各地に工業立地計画が策定され,これを機軸に地域開発を進める計画が打ち出され,いわゆる地域開発ブームが生じた。これを反映し,都市整備あるいは工業立地などに関連して防衛施設の移転及び割譲の問題が数多く発生した。

また,この時期にはジェット機の導入による騒音問題が提起され始めている。

更に,昭和40年代に入ると,30年代に引き続いて日本経済が飛躍的な成長を遂げつつ大型化し,全国的に国土の開発が促進された。この社会経済の変化に伴い,防衛施設周辺においても,急速に都市化が進んだことから,防衛施設の移転・割譲問題と併せ,環境保全問題が一層深刻化してきた。

ウ このような変遷を経て,最近におけるいわゆる基地問題の特徴は,イデオロギー闘争としての基地反対運動,生活及び生産基盤である土地を確保するための基地撤去又は縮小要求,あるいは公害問題など,従来と同様なパターンで提起されている問題も依然あるものの,基地問題の発生地域は,農山漁村部から都市あるいは都市化傾向の著しい地域に移り,土地の効率的利用,生活環境の確保及び環境の保全といった,いわば都市問題の一環として問題が提起されている。

生活環境の保全の問題として最も深刻化しているのが航空機騒音問題である。航空機騒音に係る生活環境の保全は,飛行場周辺住民や関係地方公共団体の強い要望となっており,昭和48年には公害対策基本法に基づき,「航空機騒音に係る環境基準」(環境庁告示)が定められ,自衛隊などの使用する飛行場においても公共用飛行場に準じて環境基準を達成し,又は維持することに努めることとされた。

エ 一方,飛行場施設などの基地周辺においては,航空機騒音問題のほか,航空機の運航にかかわる安全確保上の問題がある。

昨年9月,厚木基地を離陸した米海兵隊所属のRF−4Bファントム機が,横浜市緑区の宅地造成地の道路上に墜落,付近の民家が炎上し,死者2名,重軽傷者7名を出すという誠に不幸な事故が発生した。

政府は,事故発生後直ちにその原因の徹底的究明と事故再発防止のため,合同委員会の下部組織である事故分科委員会において検討調査を開始した。また,被害者に対してはでき得る限りの措置を講じることとして,現在その処置を進めている。

事故分科委員会においては,米側から提出された調査結果に基づいて,政府部内の専門家のほか民間の学識経験者を交え,日米間で共同検討を行った結果,その結論を本年1月合同委員会に報告した。その報告によれば,本件事故は左エンジンのアフター・バーナの組み付け不良に起因するものであることが明らかにされた。このため,米側は整備点検の手順の改善,取り付け工具の追加などの措置をとった。また,事故分科委員会は,住民の安全のため次の措置をとることを勧告した。

 可及的速やかに厚木飛行場周辺の飛行経路などについて再検討する。

 基地ごとに事故が生じた場合における緊密な連絡及び調整に努める。

 合衆国は,引き続き航空機の整備,点検及び飛行の安全を最重点事項とする。

この勧告の趣旨を踏まえて,同種事故の再発防止のため,今後の安全対策について遺漏のないよう措置を講ずることとしている。

オ 今日のいわゆる基地問題には,多様化している国民意識を背景に,生活に密着した環境の整備を求める地域の動向と防衛施設の設置又は運用とをいかに調和させ,限られた国土のうちにあって,これをいかに両立させていくかという困難な課題がある。

(3) 防衛施設と周辺地域との調和のための努力

防衛施設は,国の安全保障のために必要不可欠であるが,その所在する地域社会との調和が保たれ,地域住民の理解と協力が得られて,初めてその機能を十分発揮することができる。

このため,防衛庁としては,防衛施設の設置又は運用に当たり,その地域の特性に十分配慮するとともに,周辺住民の生活の安定と福祉の向上を図るための措置を積極的に進めているところである。

ア 防衛施設周辺地域の生活環境の整備

防衛庁は,従来から,「防衛施設周辺の整備等に関する法律」(昭和41年制定)に基づき,防衛施設の運用に伴い,その周辺地域に生ずる障害の防止,軽減などを図るため,学校や病院の防音工事,かんがい用水路の設置,道路の建設,河川の改修などに努めてきた。

しかしながら,既に述べたとおり,わが国経済の高度成長に伴い,防衛施設周辺の都市化の進展,国民意識の多様化,環境の保全との調和のとれた生活の充実を図るとする社会事情の変化などに対応して,防衛施設周辺地域の発展と民生安定に一層資する努力が必要となってきた。その結果,前述の防衛施設周辺整備法に基づく措置のみでは,これに応えることが困難なため,諸施策を抜本的に強化拡充するものとして,昭和49年に,「防衛施設周辺の生活環境の整備等に関する法律」が制定された。

この法律の内容は,第6表に示すとおりであり,従来の防衛施設周辺整備法で行っていた障害防止工事の助成,民生安定施設の助成などのほか,新たに飛行場など周辺の生活環境の整備として住宅の防音工事の助成,移転先地の公共施設の整備,緑地帯の整備などの措置並びに飛行場,演習場など特定の防衛施設周辺の公共用施設の整備に充てるための特定防衛施設周辺整備調整交付金の交付などを定めている。

この法律などにより現在防衛庁は,防衛施設と周辺地域との調和を図るために,次のような各種の対策事業などを進めている。

(ア) 障害防止工事の助成

米軍又は自衛隊は,その任務を果たすために,飛行場,演習場などの防衛施設を使用して演習訓練などを実施するが,これらの活動により,例えば,次のような障害を与える場合がある。

 機甲車両などのひん繁な使用によって道路の損傷を早める。

 機甲車両などによる訓練や射撃訓練によって演習場内が荒廃し,当該地域の保水力が減退して付近の河川に洪水などを生じ易くする,あるいは河川ヘ土砂が流出する,又は飲料水,かんがい用水が枯渇する。

 航空機などの低空飛行によって周辺民家のテレビの映像を不鮮明にする。

 航空機騒音や射撃音によって学校の授業や病院の診療活動に迷惑をかける。

このような場合に,市町村などがこれらの障害を防止し,又は軽減するために行う道路や河川の改修,砂防えん堤,ダムなどの建設,共同のテレビ受信アンテナの設置,学校や病院などの防音工事といった障害防止の工事に対し,国はそれに要する費用を補助することとしている。

この助成は,米軍又は自衛隊の活動がその任務遂行上必要であるとしても,そこから生じる障害を特定の人々に負担させるのは不公平であり,また,学校教育に支障を招いたり,病弱者保護に欠けるというようなことがあってはならないとの考え方から実施しているものであり,全額補助を原則としている。(障害防止対策事業の例(ダム)

(イ) 飛行場等周辺の航空機騒音対策

航空機などによる騒音防止の対策として,学校,病院などの防音工事が行われることは前に述べたとおりであるが,最近,特に航空機騒音については,これに対する音源対策や幅広い騒音防止の対策の必要性が生じてきている。もとより,従来から,消音装置の設置,滑走路の移動,飛行場の関連施設の改良工事を行うなどの音源対策に努めており,また,飛行に当たっては,早朝,夜間における飛行の自粛など飛行時間の規制,人家密集地をできるだけ避けた飛行経路の設定,飛行高度の規制など運航対策にも努めている。しかし,音源の完全な消去は困難であり,また,夜間飛行練度の維持,地形上からくる飛行コースの安全性などを考慮した場合,これらの対策にはおのずから限界があるといえる。(騒音防止事業の例(学校))(音源対策の例(消音装置)

このため,防衛庁としては周辺地域の生活環境の整備を積極的に進めることとし,飛行場などの周辺については,航空機の音響に起因する障害の度合いに基づいて,外側から第l種,第2種及び第3種区域の指定を行い,第1種区域に所在する住宅については防音工事の助成を行い,第2種区域内から外に移転する者に対しては移転補償と特定の土地の買い入れを行うとともに,移転先地において,道路,水道,排水施設などの公共施設を整備する場合には,その整備に関し助成の措置をとることとしている。

更に,飛行場などに最も近接している第3種区域は,住宅が建てられて騒音障害が新たに発生することを未然に防止し,これを飛行場などと市民生活の場とを隔離する緩衝地帯化していくことが適切であるので,例えば,国が買い入れた土地について国自ら芝張り,植樹を行うなど緑地帯その他の緩衝地帯として整備することとしている。

なお,国が買い入れた土地を地方公共団体が緩衝地帯としてふさわしい広場などの用に供するときは,これを無償で使用することができるように措置している。(緑地帯等整備事業の例

(ウ) 民生安定施設の助成

前述した障害防止工事や防音工事の助成は,米軍又は自衛隊の行為から生じる周辺住民の生活や教育活動などの面での障害を直接的に防止,軽減できる場合に行うものである。これに対し,民生安定施設の助成は,障害の直接的な防止,軽減ということはできないにしても,防衛施設の設置又は運用から生じる障害をそのままにしておくことが適当でないものについて,地方公共団体がその障害の緩和に資するために生活環境施設や事業経営の安定に寄与する施設の整備について必要な措置をとるときは,国がその費用の一部を補助しようとするものである。

このような事例を若干あげてみると,次のような場合があり,助成の内容は多岐にわたっている。

 燃料及び火薬を取り扱う施設の周辺市町村が,消防施設を強化整備する場合

 演習場の荒廃により,周辺住民が使用してきた湧水又は流水が減少したため,市町村が水道の設置などを行う場合

 航空機騒音のある地域で,児童の下校後の学習,青少年及び成人に対する社会教育あるいは集会を静穏な環境下で行えるようにするため,市町村が学習などのための共用施設を設置する場合

 演習場の荒廃により,従来住民が利用してきた遊泳場所の水が減少し,遊泳できなくなったため,市町村が水泳プールを設置する場合

 演習場の設置又は荒廃により,かんがい用水が減少し,又は水温の変化のため,市町村が土地改良を行う場合

なお,この助成の補助の割合については,防衛施設の設置又は運用から生ずる障害の緩和という,いわばマイナス面の回復であるということを考慮し,最高80%と一般行政における補助の割合より高くなっている。ただし,沖縄県における適用については,国の振興開発行政における補助率との関連もあり,特例を設けて,一部の補助対象施設については,全額補助も認められている。(民生安定助成事業の例(集会施設)

(エ) 特定防衛施設周辺整備調整交付金の交付

ジェット機が離着陸する飛行場,砲撃や射爆撃が行われる演習場その他市街地に広い面積あるいは高い割合を占めて所在する弾薬庫,港湾などの防衛施設にあっては,その設置又は運用が周辺地域の生活環境や開発に著しい影響を及ぼしており,このため関係市町村が公共用施設の整備(いわゆる町づくり)に特段の努力を余儀なくされているものがある。このような公共用施設の整備をする必要があると認められる前述のような防衛施設及び関係市町村を内閣総理大臣がそれぞれ「特定防衛施設」及び「特定防衛施設関連市町村」として指定し,国は当該市町村に対して公共用施設(交通施設,医療施設,教育文化施設など)の整備に充てる費用として特定防衛施設の面積,運用などを考慮して交付金を交付し,いわゆる町づくりに資することとしている。ちなみに,この交付金は昭和53年度予算においては約80億円となっている。

(オ) その他の施策

以上の各種施策のほか,

 障害防止工事や民生安定施設の整備を行う地方公共団体に対する資金の融通やあっ旋

 障害防止工事,民生安定施設又は前述の交付金をもって整備する公共用の施設の用に供するため,地方公共団体その他の者に対する国有財産(普通財産)の譲渡や貸し付け

 航空機のひん繁な離着陸その他の行為により,農業,林業,漁業などを営む者に事業経営上の損失を与えた場合における補償などを実施することとしている。

以上に述べた防衛施設周辺の生活環境の整備等に関する具体的な施策の実施状況は,第7表に示すとおりである。

このほか,もとより,大気汚染や水質の汚濁といった一般の事業活動の場合と同様に生じる公害面についても,この防止のため基地のボイラーの改良や汚染度の少ない燃料の使用あるいは汚水処理施設の改良,艦船のビルジ排出防止装置の整備,廃棄物の排出の規制など環境保全対策に努力しているところである。

イ 在日米軍施設・区域の整理統合

(ア) 在日米軍施設・区域については,国内の経済発展などによる地方公共団体等の種々の要請などを考慮しつつ,従来から絶えず日米間において整理縮小を協議し,その実現を図ってきたところである。その結果,国際情勢の変化などと相まって第27図に示すとおり,平和条約発効時の昭和27年4月,2,824施設,約1,353km2であった施設は,まず昭和27年度末までに半分以下の1,282施設となり,翌28年度末には,728施設と激減した。その後,昭和32年6月の岸・アイク共同声明によって陸上部隊が大幅に撤退したため,施設も大量に返還された結果,昭和31年度末には,自衛隊施設の共同使用も含め,458施設,約1,006km2もあった施設が,昭和34年度末には一挙に243施設,約336km2まで減少した。

(イ) 更に,昭和40年代に入ると,前に述べたとおり,在日米軍施設・区域周辺において急速な都市化が進んだことから,防衛庁としては,特に大都市及びその周辺都市において生じた土地問題の深刻化という客観情勢を踏まえ,日米安全保障条約の目的との調和を図りつつ,日米双方の協力により,在日米軍施設・区域の整理統合を積極的に進めている。

すなわち,昭和43年12月の日米安全保障協議委員会第9回会合においては,東京都のキャンプ王子,群馬県の太田小泉飛行場など約50の施設の整理統合計画が了承されたのを初め,昭和45年12月の同委員会第12回会合においては,福岡県の板付飛行場などの整理統合計画が了承された。また,昭和48年1月の同委員会第14回会合においては,人口ちゅう密地域において一層深刻化している土地問題を踏まえて,関東平野地域における空軍施設を整理し,その大部分を横田飛行場に統合するなどの計画が了承され,着々とその実をあげているところである。

その結果,既に本土において約55km2の土地が返還されており,特に注目すべき点は,わが国総人口の約3割が集中している首都圏において,既に約45km2が返還されている。これらの返還施設は大部分が国有地であり,国土の有効利用に資するところが少なくないものと考えられる。

(ウ) 沖縄における在日米軍施設・区域については,沖縄返還問題が話し合われた昭和47年1月の佐藤・ニクソン会談において,佐藤総理大臣は,「在沖縄米軍施設・区域,特に人口密集地域及び沖縄の産業開発と密接な関係にある地域に所在する米軍施設・区域が復帰後できる限り縮小されることが必要である」旨述べ,その整理統合の方針が示された。この方針に沿い,復帰後その整理縮小の努力が具体的に進められている。

その状況をみると,第27図に示すとおり,沖縄返還協定締結時において米軍が使用していた144か所,約353km2の施設は昭和47年5月復帰に伴い,87か所,約287km2が施設・区域として提供され,他は道路,水道,電気,空港などの公共用施設の用に供された。

更に,日米安全保障協議委員会第14回(昭和48年1月),第15回(昭和49年1月)及び第16回(昭和51年7月)の会合において,同県の地域開発計画と競合している施設・区域及び本島中南部地域にあるものについては,できる限り基幹的施設に整理統合するとの了承をみており,現在鋭意実施しているところである。

その結果,昭和52年末までにこれらの整理統合によるものを含め約21km2が返還されており,その返還面積の9割相当が,中南部地域に所在していることから,同県における都市整備などに資することが期待されている。

また,今後引き続き実施される那覇市及びその周辺地域に所在する施設・区域の整理統合は,その進展によって地元の発展に寄与することが考えられる。

ウ 沖縄県における土地の位置境界の明確化等

沖縄県における特別な問題として防衛施設用地等の位置境界明確化などの問題がある。

同県における大部分の防衛施設用地等については,戦前の公簿・公図の大部分が戦火により焼失し,また,戦闘及び米軍による基地造成のため土地の形質が著しく変更されたことにより,各筆の土地の位置境界が不明となり,現地に即して確認できない状況にある。

このような位置境界の不明な地域の存在は,相続や売買の際に必要となる土地の分合筆や在日米軍施設・区域の返還後の土地の利用などの面で,関係所有者などの社会,経済上の活動に著しい支障を及ぼしている。

このため,関係所有者及び関係地方公共団体は,かねてから土地の位置境界の明確化のための施策を要望してきたところであり,このことなどから昭和52年5月,いわゆる沖縄土地境界明確化法(法律第40号,「沖縄県の区域内における位置境界不明地域内の各筆の土地の位置境界の明確化等に関する特別措置法」)が制定された。

従来,防衛庁は在日米軍の使用する土地などについて,現況図,写真などの資料を土地所有者に交付し,これをもとに土地所有者間の協議により各筆の土地の位置境界を確認することとし,財政措置などを講じてきたところであるが,今後はいわゆる沖縄土地境界明確化法に基づき約116km2の土地について早期かつ計画的に明確化を推進することとしている。

また,同県に所在する防衛施設用地の大部分は土地所有者との合意により使用しているが,合意が得られない一部の土地については,「沖縄における公用地等の暫定使用に関する法律」(昭和46年制定)に基づき暫定使用しているところである。

同法に基づく暫定使用の期間は,当初,復帰後5年であったが,前に述べた沖縄土地境界明確化法により10年に改められたことに伴い,更に5年間暫定使用することとなった。

この暫定使用地については,今後とも土地所有者との合意による使用権原の取得に努めることとしている。

エ 基地対策に要する経費

以上述べたように,防衛庁は,防衛施設の設置又は運用から生ずる障害の防止,軽減のため,周辺地域の生活環境の整備についての施策,在日米軍施設・区域の整理統合その他周辺住民の生活の安定と福祉の向上に寄与するための施策を総合的かつ積極的に推進し,防衛施設と周辺地域との調和を図る努力を払っているところである。

これら生活環境の整備のための諸施策推進に要する経費,在日米軍施設・区域の整理統合に要する経費のほか,各種の補償などに要する経費,更には在日米軍基地に勤務する従業員の福祉対策及び離職者対策に要する経費を含めた,いわゆる基地対策経費についてみると,昭和53年度予算において,約1,645億円に達している。そして,いわゆる防衛施設周辺生活環境整備法が制定された昭和49年度から昭和53年度までの5年間を累積すると約6,352億円となっている。また,同5年間における基地対策経費の防衛関係予算に占める割合は8〜9%となっており,これら予算の推移は第28図に示すとおりである。

なお,上記のほか,在日米軍施設・区域の整理統合に要する経費として,特別会計に計上されているものがあり,昭和53年度予算において約112億円が計上されている。また,昭和49年度から昭和53年度までの5年間を累積すると約772億円となっている。

第3章 防衛問題をとりまく国内環境

 第2部において述べたとおり,わが国の安全を確保するための防衛面における努力としては,防衛力の整備と日米安全保障体制の円滑かつ効果的な運用態勢の整備が不可欠であるが,更にこれと併せて,防衛問題をとりまく国内環境の整備,すなわち,防衛力を支え,防衛力を真に有効に発揮させるための防衛に関する国民的合意,国民の防衛意識の高揚及び防衛関連諸施策の推進が必須である。

 防衛に関する国民的合意は防衛の基礎であり,この合意がなくては防衛は成立しない。わが国においては,地続きの国境を持たない島嶼国家であるという地理的条件あるいは第2次大戦での苦い経験や戦後の安定した平和を享受していることなどから,国民の間には,防衛問題に対して無関心ないし感覚的に拒絶する風潮がかなりあることは否めない。この傾向は,更に現代の防衛問題が非軍事的分野の政策と複雑に絡んでいること,国際的な集団安全保障体制とのかかわり合いや軍事技術の急速な進歩とそれに伴う戦略の変化など一般の人々の理解を困難にする要因を持っていることなどによって強められる。

 しかしながら,最近では,防衛問題を現実に即してとらえようとする傾向も強まっており,防衛力が戦争のための手段ではなく,むしろ戦争を起こさせないための,すなわち,平和維持のための手段であるという意義も次第に認められつつあると考えられる。

 一方,依然として自衛隊に対する否定的態度も国民の一部には根強く存在しており,また,最近改善されつつあるとはいえ,自衛隊員が隊員であるということだけを理由に一般市民と異なる取り扱いを受けるといった事例もまま見られる状況にある。

 また,もし不幸にもわが国土に戦禍が及ぶようなことがあれば,自衛隊が侵略に直接対処することは当然としても,その際の国民の安全と生活をどのようにして守るのかという問題がある。

 幸い,現在の国際情勢などからみて,わが国の場合このような問題について早急に具体的措置を必要とする状況にはないが,万一の場合に際して遣漏のないよう,緊急事態に際して自衛隊がその任務を円滑かつ効果的に遂行し得るための法令整備の検討を初め,広く安全保障の基盤を確立するため,防衛産業の育成,必要物資の備蓄,民間救援組織の整備その他建設,運輸,通信,科学技術,教育などの各分野において国防上の配慮を加えることなどについて,平素から検討を進めておく必要があろう。

 これらの分野については,今日部分的にしか手がつけられていないが,国の安全が国家存立の基本である以上,国民のコンセンサスの下でこれらの面での施策努力が進められなければならない。この点,わが国の場合は,諸外国に比べ著しく遅れているといえる。

 本章においては,これらの問題を取り上げ,その現況などについて説明することとする。

1 防衛問題をめぐる最近の動向

(1) 世論調査にみられる国民意識

防衛庁は,防衛力を真に国民的基盤に立脚したものとするため,国民の信頼に応え得る精強な自衛隊を練成する一方,自衛隊の現況や防衛政策,あるいはわが国の安全保障に関係のある施策、情報などを広く紹介し,自衛隊や防衛問題に対する国民の理解と関心を高めるための各種の広報活動を行っている。

この活動をより効率的に行うための資料収集の一つとして,広報の対象となる国民各層の広報媒体に対する志向や接触状況及び自衛隊・防衛問題に対する印象・認識・考え方などをは握するため,従来総理府が実施している「自衛隊・防衛問題に関する世論調査」と同一の方法により,昨年9月初めて部外調査機関に委託し,意識調査を実施した。

その主なものについてみると,次のような結果が出ている。

ア 自衛隊・防衛問題に対する関心

自衛隊や防衛問題に対する関心については,第29図に示すとおり47%の者が「非常に関心がある」又は「少し関心がある」としており,これに対し,「余り関心がない」又は「全く関心がない」とする者が50%に達し,関心のない方がやや上回っている。これを性別でみると男性(関心がある者65%,関心がない者34%)と女性(関心がある者32%,関心がない者64%)では極めて対照的な結果が示されており,自衛隊・防衛問題に対する女性の関心の少なさが顕著に表われている。

また,年代別にみると,男女とも60歳以上を除けば,年代が高くなるに従って「関心がある」者が多くなり,若年層になるほど「関心がない」という状況になっている。

イ 日本の防衛に対する考え方

(ア) 日本の安全を守るための重点的な努力方向としては,「外交・経済・軍事など総合的な国の力で安全を確保できる」とする者が16%,「各国との外交を重点的に進めれば日本の安全が確保できる」とする者が15%,「各国との貿易,経済協力などを重点的に進めれば日本の安全が確保できる」とする者が14%の順で多く,考え方の分散がみられ,また,「分らない」と答えた者が34%もあり,問題の難しさを示している。

(イ) 今後の日本の防衛力の整備のあり方については,「現在のままでよい」とする者が33%で最も多く,以下,「科学技術の進歩に応じて近代化をはかるべきだ」とする者22%,「現在より増強すべきだ」とする者11%,「現在より縮小すべきだ」とする者9%の順になっている。

また,昭和51年11月,ある新聞社が実施した同種の調査によれば,これからの防衛力のあり方について,「量は別として質をよくする」とする者37%,「質量とも増強」とする者10%,「質は別として量を増やす」とする者3%となっており,一方「質量ともいま程度に抑える」とする者32%,「質量とも削減する」とする者9%と防衛力充実論50%,現状維持論32%,削減論9%という結果が示されている。

(ウ) 日米安全保障条約に対する考え方については,第30図に示すとおり,日本の平和と安全に「役立っている」という肯定的回答をする者は63%と3分の2近くを占めており,「役立たない」という否定的回答をする者は13%となっている。

また,今後の防衛のあり方については,第31図に示すとおり,「安保継続・自衛力増強」とする者と「安保・自衛力とも現状維持」とする者がともに29%で最も多く,それ以外では「安保廃棄・自衛力縮小」とする者6%,「安保廃棄・自衛力強化」とする者5%,「安保・自衛力即時廃止」とする者2%の順となっている。これを年代別にみると,「安保条約・自衛力とも現状維持」とする者は,40歳以下の中若年層に多く,「安保継続・自衛力増強」とする者は,50歳代以上の高年層に多い。また,「安保廃棄・自衛力縮小」及び「安保・自衛力即時廃止」とする者は,若年層に多い。更に,これを前記の安全保障条約に対する考え方と合わせてみてみると,肯定的な回答をする者は,「安保継続・自衛力増強」又は「安保・自衛力現状維持」とする者が77%とほとんどで,いずれも同条約を継続するという意見である。これに対して,日米安全保障条約に否定的な回答をする者は,同条約を廃棄するという意見が最も多いという状況になっている。

(エ) なお,国を守る気持については,第32図に示すとおり,「強い方」という者は45%,「普通」という者は41%で,大多数の者は普通ないし強い気持を持っており,「弱い方」という者は,わずか6%である。

更に,わが国が侵略された場合の態度については,第33図に示すとおり,「自衛隊に参加して戦う」という者は8%,「何らかの方法で自衛隊を支援する」という者は37%となっており,半数近い者は,自衛隊を軸にして抵抗すると答えている。更に,これに「ゲリラ的な抵抗をする」という者2%,「武力によらない抵抗をする」という者14%を合わせて61%の者が何らかの方法で抵抗する意思を表わしている。これに対して,「一切抵抗しない」という者はわずかに9%であり,また,「わからない」という者が約30%にも及んでいる。

ウ 自衛隊に対する認識

(ア) 自衛隊の設置目的,実績評価及び今後の努力方向については,自衛隊が設けられた一番の目的を「国の安全確保」とする者が60%と過半数を占め,「治安維持」とする者16%,「災害派遣」とする者13%となっており,また,これまでにどんなことで一番役に立ってきたかでは,「災害派遣」とする者が75%と大多数を占め,これ以外の事項については,「国の安全確保」とする者7%,「治安維持」とする者6%とわずかである。更に,今後どのような面に力を入れたらよいかでは,「災害派遣」とする者38%,「国の安全確保」とする者34%,「治安維持」とする者11%となっている。

これらの状況について,従来総理府が実施してきた調査結果を用い,その推移をみてみると,第34図第35図第36図に示すとおりである。

(イ) 自衛隊の必要性については,第37図に示すとおりであり,「自衛隊があった方がよい」とする者83%,「ない方がよい」とする者7%,「わからない」とする者10%となっており,この「あった方がよい」とする者の83%は,総理府が昭和31年から過去8回にわたって行った調査の最高値82%(昭和40年)を上回っている。また,この「あった方がよい」とする者の理由としては,「国の安全確保」が59%と最も多く,それに次いで,「災害派遣」が47%(複数回答)となっている。

以上にみられるとおり,自衛隊・防衛問題に対する国民の理解と関心は逐次高まりつつあるといえるが,国民各層の意見や志向は多岐多様にわたっており,自衛隊に対する期待度及び今後の防衛のあり方についても多様な選択がなされている。

しかしながら,一方においては,自衛隊・防衛問題に対して約半数が関心がないと回答しており,それも若年層になるほど多くなっている。

また,日本の安全を守るための重点的な努力方向・日本が侵略された場合の抵抗の意思についても「分らない」との回答が,それぞれ34%,30%にも及んでおり,防衛問題の難しさを示している。

安全保障の問題は,一般国民生活にはなじみの薄い問題であり,加えて前に述べたとおり現代においては,殊に一般の人々の理解を困難とする要因を持っていることは否めない。しかし,国の安全保障の問題は,外国との関係を律し,国の存在を全うするための極めて重要な分野であり,この問題ほど国民的合意が必要なものはない。殊に,現代における国際社会は,各国の利害が複雑に絡みあっており,種々の問題は,単に一国一地域にとどまることなく各国に波及するという状況にある。このような状況の下においては,国際社会における日本の地位を考慮し,その安全保障の問題を考えることが特に重要であるといえる。

また,前記の意識調査によると,教育の場で防衛問題をもっと取り上げる必要があるか否かについては,第38図に示すとおり,「必要がある」とする者が48%と約半数を占め,「必要はない」とする者28%,「わからない」とする者24%の順となっている。

更に,この「必要はない」の理由としては,「国を守る気持を持つのは当然だから」,「その場になれば国を守る気持が出るから」が合わせて26%,「教育で高められるものではないから」が23%,「軍国主義の復活につながるから」が26%(複数回答)となっている。

これらのことを踏まえ,今後とも,国の安全保障・防衛問題に対する国民の理解と関心を高める施策努力が必要であるといえる。

(2) 政冶の新しい動き

防衛問題に関する国民の理解と関心が逐次高まりつつあることについては,前に述べたとおりである。国の平和と安全の問題については,各国ではおおむね共通した基盤があるようであるが,わが国では次第にコンセンサスが得られつつあるとはいえ,武装と非武装,集団安全保障と中立,日米安全保障体制の堅持と破棄など正反対の主張がなされ,更にそれが各種各様に組み合わされて,防衛問題について国民的合意を得ることを困難としてきた。

このような状況は,今なお存続しているが,各政党の中には防衛政策に対し,具体的かつ現実的なものとして考えなければならないとする傾向がみられる。

例えば,近年政党の防衛政策その他についてみると,次のような新しい動きが現われている。

公明党は,従来,「日米安保条約の即時廃棄」を政策としてきたが,昭和50年10月の第13回党大会において,「外交交渉による合意を踏まえた廃棄」と「日米友好不可侵条約締結」の方針を打ち出した。更に,本年1月の第15回党大会においては,委員長挨拶の中で,80年代に向けての連合政府綱領づくりのための提言として「自衛隊は既に20余年を経過しており,その存在は既定の事実と化している。この問題をあいまいのままに,また,現存する自衛隊を憲法の枠の中でどう取り扱うべきかの決着もこのままにしておくべきでない」,「自衛権というも,最小限度の領域保全能力がなければ,それは実在し,有効たり得ないのではないかと考える」旨の発言があった。

民社党は,「日米安保条約は,当面,基地と駐留の排除を実現しつつ,段階的解消の方向を推進する」方針をとっていたが,昭和50年12月の同党中央執行委員会において,安全保障条約についての党見解として,「安保条約の段階的解消,駐留なき安保への目標は,ビジョンとして維持しつつも,当面,現行安保条約の機能を認めつつ,その運用の改善を図らなければならない」とする路線が表明された。更に,昭和51年3月の第20回臨時全国大会において,「将来安保に代わり得る新たな集団安全保障体制が実現するまでは,当面,現行安保条約の機能を認めつつ,その運用の改善に努める」という政策が打ち出された。

新自由クラブは,昭和52年7月の選挙公約において,「日米安保条約を維持し,日米の信頼関係強化に努める。現有自衛力は過大ではなく,その効率的整備に努め,外国に侵略を断念させ国内で破壊勢力に暴動を思いとどまらせる程度の防衛力を保持,国を守る意思を育てる」としている。

社会民主連合は,本年3月の結成大会において,「日米安保条約は将来解消,廃棄すべきであるが,性急に廃棄すべきでない。自衛隊は漸進的,段階的に改組,縮小し,将来災害,公害の専任部隊を編成し独立の組織とする」という政策を発表した。

また,国会においては,防衛ないし安全保障に関する問題を専門的に審議する独立の委員会を設置すべきではないかとの気運が高まり,近い将来その設置が決められるという方向で,現在その具体化が進められている。

国民の防衛問題に対する関心が逐次高まりつつある今日,国会において,防衛ないし安全保障問題を専門的に審議する委員会が設けられ,政治の場において,現実的かつ積極的な防衛論議が行われることは,防衛問題に対する国民的合意を形成する上において誠に有意義なことといえる。

(3) 裁判例にみられる憲法判断ヘ

自衛隊の必要性を認める世論は,過去十数年70%以上の高い水準を保っているのに対し,それを否定する者は10%前後にとどまっている。しかし,自衛隊を憲法第9条との関係でどのようにみるかについては,やや異なった傾向が示されており,昭和49年2月にNHKの行った調査によれば,自衛隊を「合憲」とする者40%,「違憲」とする者17%,「どちらともいえない」とする者35%,「わからない」とする者8%となっている。そして,昭和51年8月,ある新聞社が実施した同種の世論調査によれば,自衛隊を「合憲」とする者46%,「違憲」とする者26%,「わからない」とする者28%となっており,周知のとおり,国会に議席を持つ政党のいくつかは自衛隊を違憲としており,また,自衛隊を違憲と主張する訴訟も行われている。

このように,現実の自衛隊の必要性は認めつつも,その憲法上の正当性については,懐疑的な世論が,今なおかなり存在している。

しかし,自衛隊は,第2部で述べたとおり憲法の許容する自衛のための必要最小限度の範囲内の実力組織として,国民を代表する国会において,慎重かつ十分な審議を経て設置され,以来法律改正や毎年度の予算によりその整備充実が認められ,今日に至っているものである。

このような自衛隊の憲法適合性の問題については,最高裁判所の判断はまだ示されていないが,同裁判所は昭和34年12月のいわゆる砂川事件判決の中で,「わが憲法の平和主義は決して無防備,無抵抗を定めたものではない」のであって,「わが国が,自国の平和と安全を維持しその存立を全うするために必要な自衛のための措置をとり得ることは,国家固有の権能の行使として当然のこと」である旨述べている。

最近における高等裁判所及び地方裁判所の判決からこの問題についての判断をみてみると,次のとおりである。

ア 札幌高等裁判所

昭和51年8月5日,札幌高等裁判所は,いわゆる長沼事件の控訴審判決において,一審判決を取り消し,自衛隊の違憲を主張する地元住民側の訴えを却下した。その中で,同裁判所は,自衛隊の憲法適合性に触れ,一審における「一定の国家行為を司法審査の範囲から除外しようという,いわゆる『統治行為論』は法治主義に対する例外をなすものであるから制限的に解すべきであり,本件は統治行為にはあたらない」,「陸上,海上,航空各自衛隊は,現在の規模,装備,能力からみて,いずれも憲法第9条第2項にいう『陸,海,空軍』に該当し,違憲である」との判断に対し,自衛隊の組織,編成,装備が,地元住民側の主張のように「一見極めて明白に侵略的」なものであるとはいい得ないから,「自衛隊の存在等が憲法第9条に違反するか否かの問題は,統治行為に関する判断であり,国会及び内閣の政治行為として究極的には国民全体の政治的批判に委ねられるべきものであり,これを裁判所が判断すべきものではないと解すべきである」との判断を下している。

イ 水戸地方裁判所

自衛隊に係る憲法論争が展開され,自衛隊の実態審理も進められたいわゆる百里基地訴訟は,昭和33年の提訴から18年の長期にわたり争われた結果,昭和52年2月17日,水戸地方裁判所において判決が下された。

この判決は,その理由において自衛隊に関し以下のような判断を示している。

 わが国は,独立国として固有の自衛権を有し,外部からの緊急不正の侵害に対しては,自国を防衛するため実力をもってこれを阻止排除し得る。

憲法第9条第1項は,国権の発動たる戦争,武力による威嚇及び武力の行使を国際紛争を解決する手段として行われる場合に限定して放棄したものであって,自衛の目的を達成する手段としての戦争まで放棄したものではないと解すべきである。

 第9条第2項前段の「前項の目的」とは,侵略戦争と侵略的な武力による威嚇ないしその行使に供し得る一切の戦力の保持を禁止したものと解するのが相当であり,また,同条項後段は「国の交戦権は,これを認めない」と規定しているが,この「交戦権」とは,国際法上,国が交戦国として認められている各種の権利を意味するのであって,わが国が自衛権を行使して侵害を阻止排除するための実力行使にでること自体は,何ら否定されるものではない。

 したがって,わが国が自衛のため必要な限度において有効適切な防衛措置をあらかじめ組織,整備することは,憲法前文及び第9条に違反するものではない。

 一国の防衛問題は,その国の存立の基礎にかかわる問題,国家統治の基本に関する政策決定の問題である。わが国が自衛権行使のために保持すべき実力組織をいかなる程度のものとするべきかの政策決定は,流動する国際環境,国際情勢並びに科学技術の進歩など諸般の事情を将来の展望をも含めて総合的に考慮し,かつ,わが国の国力,国情に照らして決定すべき問題であり,必然的に高度の政治的・技術的・専門的判断が要求される。

 このため,本件当時の自衛隊が,自衛のため必要とされる限度を超え,憲法第9条第2項にいう「戦力」に該当するかどうかの法的判断は,一見極めて明確に違憲無効であると認められない限り,原則として司法裁判所の審査になじまないが,自衛隊の目的・組織・編成・装備更には性格を含め,その実態が,憲法第9条第2項にいう「戦力」に該当することが一見して明白であるということはできないのみならず,当裁判所において取り調べた一切の証拠によるも極めて明白であると断ずることはできない。

ウ 東京高等裁判所

昭和53年3月22日,東京高等裁判所は,いわゆる「新島ミサイル試射場入会権訴訟」に対する判決において,一審判決を取り消し,国側を全面勝訴とする逆転判決を言い渡した。この中で,国がミサイル試射場の設置など近代的武器を開発し,維持することが,憲法第9条に違反するか否かの問題は,統治行為に関する判断であって,裁判所が判断すべき性質のものではなく,しかもこの点については,合憲,違憲の見解が対立するので,これを目して一見極めて明白に違憲無効とすることはできないと述べている。

 

(注) 長沼訴訟 ナイキ基地建設のために行われた国有保安林の指定解除処分の取り消しを地元住民が求めた事件で,昭和48年9月7日の札幌地方裁判所一審判決(福島裁判長)では自衛隊の違憲性とともに,「保安林解除の目的が憲法に違反する場合,森林法第26条第2項にいう『公益上の理由』にはあたらない。国が本件馬追山に第3高射群施設を設置することは違憲であるから,農林大臣のした本件保安林の解除処分は取り消しを免れない」旨判示し,住民の請求が認められた。これを不服とする農林大臣の控訴により,昭和51年8月5日,札幌高等裁判所(小河裁判長)は,自衛隊の違憲問題について,一審と異なる判断を示し,訴えそのものについては代替施設工事の完備により訴えの利益が消滅したとして,一審判決を取り消し,地元住民側の訴えを却下するとの国側勝訴の判決を示した。これを不服とする反対派住民は,昭和51年8月19日,最高裁判所に上告し,翌年3月30日には,「上告人らに訴えの利益がないとして却下判決しだのは違法であるから原判決を破棄,差戻しの判決を求める。ただし,上告人らは,自衛隊(法)の憲法適否に関する判断を求めないし,また,上告裁判所としてもその判断を示すべきではない」とする極めて異例の上告理由書が提出されている。

(注) 百里基地訴訟 百里基地建設当時の民有地売買をめぐり,所有権の確認及び登記の抹消を求めた事件で,当初は,単なる民事事件として扱われたが,次第に憲法裁判の様相を呈し,昭和46年から自衛隊の実態審理に入り,これに消極的な歴代の裁判官を5度にわたって忌避したが,いずれも却下された。昭和33年の提訴以来104回にわたる口頭弁論の末,昭和51年6月18日結審し,昭和52年2月17日,水戸地方裁判所(石崎裁判長)において,原告(国側)勝訴の判決が示された。これを不服とする被告は,東京高等裁判所に控訴している。

(注)新島ミサイル試射場入会権訴訟 昭和35年伊豆七島新島で,国が村当局から用地を買収してミサイル試射場を建設したことをめぐり,基地反対派村民が,入会権の存在を主張してその確認と引き渡しを求めた訴訟。控訴審判決(渡辺裁判長)では,国に対して山林の一部の引き渡しを命じた一審判決(位野木裁判長)を取り消し,国側を全面勝訴とする判断を示した。

2 自衛隊員の社会生活上の諸問題

(1) 隊員の士気に影響を及ほす問題

現在の自衛隊は,民主主義の理念に基づいて創設された新しい防衛組織体であり,民主的な社会を母体として生まれ,その社会に根を下ろした存在である。民主社会においては,隊員と社会とが強い一体感で結ばれることにより,その社会を守ろうとするところに民主国家防衛の精神的基盤があるといえる。すなわち,いうまでもなく自衛隊は,国民の理解と支持がなければその任務を有効に遂行することはできず,隊員も国民から信頼されているという実感によって初めて,その士気が高まり,自信をもってその任務を遂行することができることとなる。

このためにも,国民と自衛隊との間の交流が図られなければならないが,この面についてみると,防衛問題に対する国民の理解と関心が逐次高まりつつあることと相まって,全般的には,災害救援活動,部隊と周辺地域住民とのスポーツ交流,駐とん地の開放,一般市民の自衛隊体験入隊などを通じて,徐々にその親密の度を加え,相互の連帯感も高まってきているといえる。しかし,なお一部には,自衛隊員の社会活動への積極的な参加に対し,自衛隊員であることだけを理由に,一般市民とは異なる取り扱いを受ける事例もある。

例えば,防衛庁では職務上の必要から,隊員を国内の大学院などにおいて研修させているが,受験の際,その辞退を求められたり,願書が返送されたりするといった事例は,昭和39年から46年までの間に,延べ約50人に及んだ。最近は,徐々に改善されつつあるが,今なお希望の大学を自由に選べない実情にある。

また,防衛大学校,防衛医科大学校の教官が常日ごろの研究成果を広く社会に貢献するため,学会で発表するという場合があるが,これについても一部の学会で拒否されるという事例もみられる。

このような事例は,隊員にとっては一般市民としての権利を損なわれるものであり,隊員の士気の高揚を図る上で制約を与える結果となっている。

(2) 退職予定隊員の就職援護対策

自衛隊は,その任務の性格上,組織を常に若々しく,精強な状態に維持していく必要があることから,任務遂行に必要な行動の源泉となる若い年令層の隊員を常時確保し,維持しなければならない。このため,自衛隊では任期制及び若年停年制という特殊な任用制度を採用している。

この任用制度の下では,隊員は一定期間勤務した後,若年にして一般社会での再就職を余儀なくされることとなる。このことから,停年,任期満了などにより自衛隊を退職する者は,毎年2〜3万人前後(このうち任期制はl〜2万人に及ぶ)の多数にのぼっており,このように多数の退職者を同一職域で発生させる事業所などは,自衛隊をおいて他に例をみないところである。

これら退職隊員の多くは,任期制隊員にあっては,20歳代であることから,また,停年退職者にあっては,大部分が50歳という,いまだ家族の扶養,子弟の教育など経済的には極めて出費のかさむ時期であることから,そのほとんどは再就職を必要とする。

しかし,隊員が在隊する間に教育訓練を通じて修得した技術などは,一部を除いて一般社会での適用分野が少なく,加えて終身雇用制を慣行とするわが国においては,中途採用の場合,給与などの待遇の面でとかく不利な扱いを受けるのが現実であり,特に停年退職者についてその傾向が強いといえる。

また,退職予定隊員自身,自衛隊の特性から退職後の生活根拠予定地と現勤務地とが隔離している者が多いといった実情にある。

これらのことから,隊員は,個人としてその解決を図ることは極めて困難であるため,防衛庁においては,従来から隊員に対し,在隊間に一般社会に適応する技能を修得させ,また,退職に際しては就職の援護を適切に行うなどして,退職後の職業や生活についての不安をできるだけ除去し,ひいては良資質隊員の採用確保,服務の安定及び士気の高揚にも資するため援護施策に種々努力しているところである。

この援護施策の円滑な具体化を図るため,防衛庁では,中央はもとより,各地方連絡部,各級司令部,各駐とん地などに援護を専門に担当する組織を設けており,これらの援護組織は,中央にあっては防衛庁と労働省の各所管局が,地方にあっては自衛隊地方連絡部などと都道府県の所管課などが,それぞれ密接に連携を保ちつつ,その業務の実施に当たっている。

これら援護施策の具体的内容は,第8表に示すとおりである。

幸い,これまでのところ,公共機関の協力,関係者の努力などに支えられ,停年退職者に対する就職決定率は,一応100%近い状況となっており,これら元隊員は,在隊時に培われた指導力,責任感,規律正しさ,協調性,体力などを発揮し,社会のあらゆる分野で活躍している。

しかし,一般社会における労働力の需給状況は,経済情況を反映して依然低迷を続けており,求人倍率をみても,中途採用,特に中高年令層については,就職援護のための環境は今後ますます厳しくなるものと予想される。一方,昭和20年代後半警察予備隊,保安隊,更に自衛隊へと急速に発展した創設期に入隊した隊員が,昭和50年代以降退職期を迎えるため,今後,再就職の難しい中高年令の退職者が逐年増加し,第39図に示すように,昭和49年度約2,100人であったのが,昭和58年度には3倍強の約6,900人近くに達する見込みである。

更に,援護施策としての職業訓練についても,特に部外技能訓練の委託先である職業訓練校(地方公共団体及び雇用促進事業団)への派遣対象校及び派遣人員は,地域就職者の優先などのため年々減少傾向にあり,将来とも格段の増加を期待することは望めない。このため,当然のことながら部内技能訓練に比重がかかることになるが,これについてもおのずから限界があるところである。これら内外の諸状況に対応するため,防衛庁においては,若年停年対策についての検討を含め,引き続き援護施策の推進を図ることとしているが,公共機関及び国民の理解と協力が一層強く要請されるところである。

 

(注) 任期制・停年制 陸上自衛官の階級には,陸将,陸将補,1等陸佐,2等陸佐,3等陸佐,1等陸尉,2等陸尉,3等陸尉,准陸尉,1等陸曹,2等陸曹,3等陸曹,陸士長,1等陸士,2等陸士及び3等陸士の16階級がある。これは,海上自衛隊及び航空自衛隊についても同様である。士は,18歳以上25歳未満の志願者から採用し,陸2年又は3年,海・空3年の任期となっており,希望により2年を1任期として継続任用している。任期制隊員の大半は,1ないし3任期満了後,社会に復帰している。また,曹以上については,停年制度を採っているが,この停年は将58歳,将補55歳,1佐53歳,2佐〜曹50歳となっている。

3 防衛力を支え,これを有効ならしめるための開連諸施策

 不幸にして,わが国に対する外部からの武力侵略が生起した場合には,相手の不正な意図に屈することなく,わが国はその総力をあげてこれに対処しなければならない。自衛隊は,その中核としてこれに直接対処することとなるのはいうまでもないが,政府機関及び地方公共団体はもとより,一般国民の一致団結した協力がなければその目的を達成することはできない。

 ところで,このような非常事態に際して自衛隊が行動する場合の権限や措置については,例えば,

 政府機関,関係地方公共団体の機関,警察,消防機関などの協力

 内閣総理大臣による海上保安庁の統制及びその場合の同庁に対する防衛庁長官の指揮

 出動地域における病院・診療所その他の施設の管理,土地・家屋・物資の使用,物資の生産,集荷,販売,配給,輸送を業とする者に対する物資の保管・収用など

 公衆電気通信設備の優先利用等についての郵政大臣に対する防衛庁長官の要求

など,かなりの特別措置が自衛隊法に規定されている。しかし,真剣に緊急事態を想定した場合,これらの措置では不十分ではないかということが,従来から一部で懸念されていたところであり,防衛庁としても発足以来,幾度か不備を補う見地から検討を行ってきている。幸い早急にこれらについて具体的措置を必要とする状況にはないが,もともとこの種の立法には,国民の権利義務との関係を初め,難しい問題が多く,事柄自体も広範多岐にわたり,関係する行政機関も少なくないので,国民一般からも支持されるような成案を得るためには,相当長期に及ぶ慎重な検討が必要であると考えられる。したがって,今日のように平穏な時期においてこそ十分な時間をかけ,英知を集めて合理的かつ適正なものを追求し,研究検討が重ねられなければならない。

 最近では,昭和52年8月以降,総理大臣の了解の下に,防衛庁は,自衛隊の任務遂行に関して法制上整備することが望ましい事項についてあらためて研究を始めている。この研究は,現行の憲法や基本政策の範囲内でしかも国民の大多数の理解と支持が得られることを前提として進められているものである。

 ところで,万一わが国に対する外部からの武力侵略が生起した場合には,これに対処することはもとよりであるが,その際何よりも優先して考えなければならないことは,いうまでもなく国民の安全である。この場合,専守防衛を旨とするわが国においては,国土における戦闘が避けられないことから,当該地域における住民の防衛,避難誘導などの措置が適切に実施されなければならない。

 このような面における体制の整備について,諸外国の状況をみると,例えば,中立国たるスイスにおいては,最悪の事態を予測し,政府・市町村などの地方自治体が公共の退避所を設置するとともに,各自治体に民間防災組織の設置を義務づけ,また,私有の退避所の設置要領,退避要領,食糧,医薬品などの備蓄要領,応急手当の要領など非常事態における対処行動について詳細に記述した指導書を政府自ら作成し,国民各人に配布し,国民の保護についての徹底を図っている。スイスのみならず,同様の中立国たるスウェーデンにおいても,また,米ソ英仏初め多くの国々がそれぞれいわゆる民間防衛体制の整備として努力を払っているところであり,中国においても「備戦備荒深堀穴備食糧」政策が進められている。

 このような体制の整備は,防衛力の整備と並んで,国を守る強い国民の意思と国家の姿勢を示すものであり,平和外交の努力や民生の安定とともに,国の安全を確保するため極めて重要な意義を有する。また,このような体制は侵略に対してのみならず,天災地変その他の災害に対しても有効に機能するものである。

 この分野においては,その基礎となる国民のコンセンサスが特に重要であり,わが国においてもそのコンセンサスの下に所要の関連諸施策が講じられるべきものであろう。