第2部

わが国の防衛政策

 

 エネルギーや食糧を初めとして,資源の海外依存度が極めて高い貿易立国であるわが国にとって,生存と繁栄を確保するためには,国際社会に平和と協調が維持されていることが必要不可欠の条件である。

 第1部で述べたとおり,米ソの強大な核戦力と集団安全保障体制とは,第2次大戦後の世界の主要国間における一応の安定を維持してきたし,また,これらによって世界各地で発生した武力紛争もいろいろな形で限定される傾向が生まれてきている。

 また,わが国周辺においては,多分に不安定要因が存在し,しかも米中ソ3国が,大きな軍事力を対峙させているが,多数の集団安全保障取極の存在と相まって,それはある種の均衡を保っている。

 わが国の防衛政策は,このような現状において自らの安全を確保し,アジアひいては世界の平和維持に寄与することを目的としているが,以下に,あらためてわが国防衛の基本的考え方及び防衛力整備の推移にも触れ,わが国における防衛力の整備,維持及び運用の基本的方針である「防衛計画の大綱」などわが国の防衛政策について説明することとする。

1 防衛政策の基本

(1) 国防の基本方針

わが国の防衛政策は,昭和32年5月に閣議決定された次の「国防の基本方針」に基礎を置いている。

 

この「国防の基本方針」は,効率的な防衛力を漸進的に整備すること及び日米安全保障体制を基調とすることを方針の第3,第4とし,それに先立ち第1に国際協調と平和努力の推進を,第2に内政の安定による安全保障の基盤の確立を掲げている。すなわち,わが国としては,究極的には国際連合の平和維持機能により,世界の平和と安全が維持されることを希求し,その活動を支持するとともに,周辺諸国との友好協力関係を確立し,国際緊張の緩和を図るなどの外交政策と経済的,社会的発展を図るために必要な内政諸施策を講じ,また,国民の一人一人がわが国の平和と独立を守るという意思の高揚を図ることなど,非軍事的手段による安全保障の基礎の確立を極めて重視している。これは,わが国の憲法の精神からみて当然であって,平和国家としてのわが国の基本姿勢を反映するものである。

(2) 平和主義と防衛力

ア わが国は,第2次大戦後,再び戦争の惨禍を繰り返すことのないよう決意し,ひたすら平和国家の建設をめざして努力を重ねてきた。恒久の平和は日本国民の念願であり,この平和主義の理想を掲げる日本国憲法は,第9条に,戦争放棄・戦力不保持・交戦権の否認に関する規定を置いている。もとより,わが国が独立国である以上,この規定が主権国家としてのわが国固有の自衛権を否定するものでないことは,異論なく認められており,また,国際連合憲章第51条においても,国際連合加盟国に対して武力攻撃が発生した場合に,国際連合の安全保障理事会が必要な措置をとるまでの間,各国固有の自衛権が害されるものでない旨を規定しているところであるが,政府としては,わが国の自衛のための行動は,いやしくも専守防衛に徹するものでなければならず,これを超えて他国を攻撃しあるいはその国土を侵すというようなことは,一切許されないと解している。したがって,例えば,武力行使の目的をもって武装した部隊を他国の領域に派遣する,いわゆる海外派兵のごときは,憲法上認められない。この一事をもってしても,わが国の自衛権の行使が他国への侵略の道につながるようなおそれは,全く存在しないということができる。

更に,政府は,国連憲章その他により国際的には認められている集団的自衛権についても,わが国の憲法上からは,わが国の国土,国民を守る限りにおいての自衛行動は禁じられていないとしても,同盟国の国土,国民に対する侵略に対処することまで認められてはいないとの考え方から,集団的自衛権の行使は,憲法上許されるものではないとの見解をとっている。

イ 他方,政府は,わが国の自衛権が否定されない以上は,その行使を裏付ける自衛のための必要最小限度の実力を保持ずることは憲法上禁止されているものではないと解している。昭和34年12月のいわゆる砂川事件に関する最高裁判所の判決にも示されるように「わが憲法の平和主義は決して無防備,無抵抗を定めたものではない」のであって,憲法前文において述べられているように「全世界の国民が,ひとしく恐怖と欠乏から免かれ,平和のうちに生存する権利を有する」のであれば,わが国が外国からの武力侵略を受け,憲法上最も尊重されるべき「国民の生命,自由及び幸福追求に対する国民の権利」が,根底からくつがえされるような事態を防ぐために,国家が最小限の備えをしておくことをすら憲法が禁止しているとは,到底思われないからである。しかし,わが国が保持することを許される防衛力は,憲法第9条の規定からたとえ自衛のためということであっても,もとより無制限のものではあり得ず,政府は,自衛のための必要最小限度を超えるものは同条にいう「戦力」として保持し得ないと解している。

すなわち,わが国の防衛力は,純粋に専守防衛のためのものに限られるのであって,その具体的内容は,事柄の性質上その時々の国際情勢,軍事技術の水準その他の諸条件に応じて判断せざるを得ないが,その判断に誤りがあってはならないことから,その決定に当たっては,文民統制(シビリアン・コントロール)の原則により万全を期し,行政府部内において特に慎重な手続きを踏んだ上,国会のコントロールに従うこととされている。

防衛力を構成する個々の兵器についても,常に専守防衛に必要な範囲内において選定し,採用することとされており,したがって,性能上専ら他国の国土の潰滅的破壊のためにのみ用いられる兵器−その例として従来からICBM,長距離爆撃機などが挙げられている−はいかなる場合にもこれを保有することができない。

また,核兵器については,わが国は唯一の被爆国として核兵器の廃絶を願いつつ,自らも「持たず,作らず,持ち込ませず」の非核三原則を堅持し,憲法解釈上その保有を許されるものであると否とを問わず,一切これを保有しないとの方針をとっており,法律上は原子力基本法の規定により,また,条約上は,1976年6月に加入した核兵器の不拡散に関する条約により,同条約上の非核兵器国として,すべての核兵器を装備し得ないこととしている。

このようなわが国の自衛力が,他国の侵略に用いられる性格のものでないことは、明らかである。

ウ わが国としては,前に述べたように「国防の基本方針」に沿って,究極的には国際連合の平和維持機能によって世界の平和と安全が維持されることを希求しているが,現実の国際社会は,軍縮のための努力も続けられてはいるものの,いまだその理想を実現し得る段階にはなく,それぞれの国が,その独立と安全を維持するために,あらかじめ自衛手段としての防衛力を準備しておかなければならない状況にある。

政府は,このような見地から,外国からの武力侵略に備えるための必要最小限度の範囲内における実力組織として自衛隊を設置し,これを最も効率的に運用し得るよう態勢の整備に努めてきた。自衛隊は,前に述べたところから明らかなように,常にシビリアン・コントロールの下にあって,その存在や行動が,他国の平和を脅かしたり,他国の侵略につながったりするようなものではあり得ないものであって,もとよりわが国に戦争の惨禍をもたらす要因となるはずはなく,むしろ外部からの武力攻撃に対処してこれを排除するというその任務を背景に,米国との安全保障体制による抑止力と相まって,侵略の末然防止と平和の維持に適切な役割を果たすものである。

(3) 防衛力を保持する意義

ア 国家が防衛力を保持することは,自らの手によってその自由と独立,安全と平和及び発展と繁栄を守り維持するという国民の意思と責任を諸外国に対して表明するものである。

現代において,国の安全と平和の維持は,単に軍事面のみならず外交努力による国際協調の推進並びに政治,経済及び社会の安定と発展といった非軍事面における努力が極めて重要な条件となっているが,同時に武力侵略の可能性が否定できない限り,これらの侵略に備えて自衛手段としての防衛力を準備しておくことが必要である。

殊に,欧州やアジアといった世界の戦略上重要な地域においては,大国の軍事力の存在のほかに中小国がしかるべき軍事力をもって,いわば力の空白地帯を作らないことがその地域における国際関係の安定的均衡の維持を図ることとなり,このことがひいては世界の平和と安定に役立つこととなる。

イ わが国の防衛力については,平和主義に立脚したものであることは前に述べたところであるが,このような現代の国際社会における防衛力の一般的な意義も併せて認識されなければならない。わが国の防衛力は,直接的には,日米安全保障体制と相まって,わが国に対する侵略を未然に防止し,万一侵略が行われた場合には,これに即応して行動し,排除ずることを目的とするものであるが,同時にわが国がそのような態勢を堅持していることが,わが国周辺の国際政治の安定の維持に貢献することともなっている。

なお,この防衛力は,大規模な内乱,騒じょうといった緊急事態に際しては,一般警察力の支援後拠として,治安維持の機能も果たし,国民の生命,財産の保護など国内における公共の秩序の維持及び安定にも寄与し得るものである。

また,天災地変その他の災害の発生などに際して,その人員,組織及び技術をできる限り国民の用に供し,人命,財産の保護,国民生活の保護といった民生の安定にも役立っている。

(4) 日米安全保障体制

ア わが国の平和と独立を確保するためには,核の使用を含む全面戦の事態から通常兵器によるあらゆる態様の侵略事態,更には不法な軍事力による示威,恫喝といった事態に至るまで,考えられるあらゆる各種の事態に対して,そのいずれにも対応し得,その発生を未然に防止するための隙のない防衛体制を構成する必要がある。

わが国としては,今日の国際情勢を考慮し,信頼性のあるわが国の防衛体制を構成するため,核を含む全面戦や通常兵器による大規模な侵略事態に対する抑止力など,わが国の保持する防衛力の足らざるところを米国との安全保障体制に依存している。この米国の抑止力は,より緊密な日米関係を維持することにより,一層有効かつ信頼性のあるものとすることができる。

イ 日米安全保障条約は,その第5条において「日米両国は,日本国の施政の下にある領域における,いずれか一方に対する武力攻撃が,自国の平和及び安全を危うくするものであることを認め,自国の憲法上の規定及び手続に従って共通の危険に対処するよう行動する」旨を規定している。

この体制によって,外部からわが国に対して武力攻撃を行おうとしても侵略国は,米国の強大な軍事力と直接対決する危険を冒すこととなり,相当の犠牲を覚悟しなければならなくなる。このため,侵略国は,わが国への攻撃をちゅうちょせざるを得なくなり,結果的に侵略の未然防止につながることとなる。また,仮りに武力侵略が行われるとしても,侵略国は,米国との本格的な対決を避けるような侵略態様を選ばざるを得なくなり,この結果侵略の規模,手段,期間などが限定されることになると考えられる。

ウ 日本の安全及び発展のためには,極東の平和,更には世界の平和が必要であることはいうまでもない。日米安全保障条約は,その第6条において日本の安全に寄与し,並びに極東における国際の平和と安全の維持に寄与するため,米国が在日施設・区域を使用することを認めている。同条に基づき,米国はその軍隊をわが国に駐留させているが,この在日米軍のプレゼンスは,わが国の安全のみならず極東における国際の平和と安全の維持に貢献している。

また,世界各地域の平和の集積が,世界の平和である以上,日米安全保障体制は,間接的に世界の平和に寄与しているともいえよう。

エ また,この条約は,「日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約」という名称にも表われているとおり,軍事面の規定のほかに,政治的及び経済的協力関係の促進についても規定している。

米国との間の緊密な友好協力関係の保持は,わが国の安全はもちろんその発展と繁栄のために必要不可欠なものであり,これまでわが国の経済的発展と国民生活の大幅な向上に寄与したことは,疑いのないところである。

日米安全保障条約は,とかく軍事面だけに着目されがちであるが,過去30年間良好に続いた日米の基本的関係や日本の目覚ましい発展は,その基礎に日米の友好関係を裏打ちする日米安全保障条約の存在があった事実を忘れてはならず,将来においても日米安全保障条約の持つこのような役割を重視しなければならない。

オ 以上のとおり,日米安全保障体制は,専守防衛のための自衛力のみを有するわが国にとって侵略を未然に防止するための必須のものであると同時に,同体制を通じての日米両国の友好協力関係は,わが国の発展と繁栄のために,更にはアジア及び太平洋地域での安定した国際政治構造にとって必要不可欠なものとなっている。

(5) 防衛に関する国民的合意と関連諸施策

「国防の基本方針」の第2項には,「民生を安定し,愛国心を高揚し,国家の安全を保障するに必要な基盤を確立する」ことがうたわれている。

国の安全を守ることは,国家存立の基本であるとともに,国民一人一人の生存と自由とにかかわる問題である。経済の繁栄,国民生活の安定と福祉の充実などが,愛国心の高揚や防衛意識の向上の基盤をなすものであることはいうまでもないが,他面,安定と平和が続けば国の安全と防衛の問題に対する国民の関心は薄れやすく,ともすれば他人まかせに考えがちになるということも否定できない。

国民の防衛に関する理解と関心は,一面にはシビリアン・コントロールの基礎であり,他面では防衛力を支え,防衛力を真に有効に機能させる根源となるものであって,その理解と関心に裏付けられて国民的合意が形成されることが,国家と国民の安全と生存を図る防衛政策にとって基本的に重要である。また,第3部第3章に述べるようにそうしたコンセンサスの下に国民の安全を守り,国の防衛を一層完全にするための防衛関連諸施策についても推進される必要がある。

 以上述べたとおり,わが国の防衛政策の基本は,国際連合の平和維持機能により,世界の平和と安全が維持されることを希求し,国連などの軍縮努力を支持しつつ,その実現をみるまでの間は,“侵さず,侵されず”という立場に立って,わが国の平和と独立を確保することとしている。このためには,「国を守る国民の意思」,「効率的な防衛力の整備」及び「日米安全保障条約」の3つの柱が必要不可欠であり,これが絶えざる外交努力と民生の安定,更には発展する経済力と併せ総合的な力を発揮するに至ったとき,わが国の平和は極めて強固に保たれることになるとの考え方に立っている。

2 防衛力整備の推移

(1) わが国は,今日まで「国防の基本方針」に基づき4次にわたる防衛力整備計画を策定し,国力国情に応じて漸進的な防衛力の整備充実に努めてきた。これらの計画の概要を述べれば以下のとおりである。

ア 第1次防衛力整備計画(昭和33年度〜同35年度)

この計画は,当時急速に撤退しつつあった米地上軍の縮小に伴い,わが国の陸上防衛力を整備するとともに,海上及び航空防衛力についても,ともかく一応の体制をつくりあげること,すなわち,骨幹防衛力を整備することを主眼として策定された。

この計画においては,艦艇及び航空機の一部を初め装備品の相当部分につき米国からの供与を予定し,陸上自衛隊については自衛官18万人,海上自衛隊については艦艇約12万4,000トン,航空自衛隊については航空機約1,300機を整備することなどを目標としていた。

イ 第2次防衛力整備計画(昭和37年度〜同41年度)

この計画は,初めて防衛力整備の目標とする事態を通常兵器による局地戦以下の侵略に対処することと定め,これに対して有効に対処し得る防衛力を持つものであることを明確にした。そして,このための防衛体制の基盤を確立するため,昭和36年度末までに達成された骨幹防衛力の内容充実とともに,科学技術の進歩に即応した精鋭な部隊建設のための基盤を培い,陸・海・空自衛隊の総合防衛力の向上を図ることなどを主眼として策定された。

この計画においては,旧式な装備品などの計画的更新,対空誘導弾の導入その他近代的精鋭な装備の運用研究を行うこととし,陸上自衛隊については自衛官18万人,予備自衛官3万人,海上自衛隊については艦艇約14万トン,航空自衛隊については航空機約1,000機,そのほか地対空誘導弾部隊4隊を整備することを目標としていた。

ウ 第3次防衛力整備計画(昭和42年度〜同46年度)

この計画は,通常兵器による局地戦以下の侵略事態に対し,最も有効に対応し得る効率的な防衛力を目標とした。この目標を達成するため,内外の情勢,国力の伸長,国際的地位の向上などを勘案しつつ,陸・海・空自衛隊の内容の充実,強化を図るとともに,隊員の士気を高揚し,精鋭な部隊の建設に努めること,また,技術研究開発を推進し,装備の近代化及び国内技術水準の向上に寄与するとともに,装備の適切な国産を行い,防衛基盤の培養に資することなどを主眼として策定された。

この計画においては,特に周辺海域防衛能力及び重要地域防空能力の強化,更に各種の機動力の増強などを重視し,陸上自衛隊については自衛官18万人,海上自衛隊については艦艇約14万2,000トン,航空自衛隊については航空機約880機を整備することなどを目標としていた。

エ 第4次防衛力整備計画(昭和47年度〜同51年度)

この計画は,前記3次防計画の考え方を継承して策定されたものである。この計画においては,沖縄の施政権返還に伴う同地域の防衛を配慮したほか,特に考朽装備品の更新による近代化,3次防計画と同様の調達ぺースによる装備の充実,周辺海域防衛能力及び重要地域防空能力の強化,各種機動力の増強などを重視し,陸上自衛隊については自衛官18万人,海上自衛隊については艦艇約21万4,000トン,航空自衛隊については航空機約800機を整備することなどを目標としていた。しかし,この4次防計画は,計画期間中におけるいわゆる石油危機などを契機とする経済の大幅な変動の影響を受けて,計画された主要装備の整備が遅れ,達成できない部分を生じた。

このような推移を経ながらも,過去4次にわたる防衛力整備計画の実施により,わが国の防衛力は,第1表に示すとおり逐次その整備充実が図られてきた。

(2) しかしながら,部隊の編成や各種の防衛機能の内容について,いまだ整備すべき分野を残しており,また既存のものについても,その後の軍事技術水準の向上など時代のすう勢に応じて装備の更新近代化を進めていく必要があること,一方においては,次のような国内外の諸情勢があることを考慮し,政府は,4次防計画が昭和51年度をもって終了することに伴い,昭和52年度以降のいわゆる「ポスト4次防」について,最も効率的な防衛力のあり方を追求し,昭和51年10月「防衛計画の大綱」を閣議決定した。すなわち,考慮された国内外の諸情勢とは,次のようなものであった。

ア これまでの防衛力整備は,安全保障問題に対する関心の低さと世論の不統一もあり,厳しい環境の下で行われてきたが,一方では「わが国の防衛力は,どこまで大きくなるのか,際限のない増強をめざしているのではないか」といった疑問が一部に提起され,このためわが国の防衛のあり方をできる限り具体的に明示することにより,国民的合意を確立する必要があること。

イ 他方,従来の整備目標たる「通常兵器による局地戦以下の侵略事態に対し,最も有効に対応し得る効率的な」防衛力がなかなか実現せず,勢い正面防衛力の整備に重点が置かれ,継戦能力保持のために必要な抗たん性や補給体制の強化などの後方支援部門の整備は,圧迫を受けざるを得なかった。このような実情の反省に立って,政府の責任において自衛隊が果たすべき防衛上の具体的任務範囲を明確にするとともに,見通し得る将来に達成可能な現実的な防衛体制を,一定の意味をもった完結性のある形で整える必要があること。

ウ 一方,わが国の防衛力は,装備や施設の更新近代化などのための所要経費の増大や人件費などの上昇により,これを維持していくだけでも相当の経費を必要とする時期に来ており,後方支援部門の立ち遅れの是正や人員の確保あるいは用地の取得難といった問題も生じている。加えて,わが国の経済は,これまでの高度経済成長からの軌道修正が求められており,防衛費を大きく伸ばすことは困難とみられる経済財政事情に対して十分配慮する必要があること。

エ また,最近の国際情勢は,東西関係においては4次防計画策定時と比べて大きな変化はないとみているが,わが国周辺地域においては,中ソ対立の継続,米中関係の改善などにより,東西関係の枠を超えた米中ソ3国間に複雑な関係が成立してきているので,直接軍事力をもって現状変更を図ることは,更に困難な状況になっていること。

3 防衛計画の大綱

 「防衛計画の大綱」は,従来の整備計画のように一定期間内における整備内容を主体とするのではなく,防衛力の維持及び運用も含め,今後のわが国の防衛のあり方についての指針を示し,自衛隊の管理及び運営の具体的準拠となるものである。

 この大綱は,「わが国が保有すべき防衛力としては,安定化のための努力が続けられている国際情勢及びわが国周辺の国際政治構造並びに国内諸情勢が,当分め間,大きく変化しないという前提にたてば,防衛上必要な各種の機能を備え,後方支援体制を含めてその組織及び配備において均衡のとれた態勢を保有することを主眼とし,これをもって平時において十分な警戒態勢をとり得るとともに,限定的かつ小規模な侵略までの事態に有効に対処し得るものを目標とすることが最も適当である」とし,また,「情勢に重要な変化が生じ,新たな防衛力の態勢が必要とされるに至ったときには,円滑にこれに移行し得るよう配意された基盤的なものとする」と定めている(資料10参照)。

 このような構想は,従来の4次防計画までにはみられなかったものであり,これが,いわゆる「基盤的防衛力構想」とよばれるものである。

 以下に,この大綱のよって立つ基本的考え方並びにわが国が保有すべき防衛力の具体的内容及び今後防衛力を整備していくに当たっての具体的方針について,大綱を中心にその概要を説明することとする。

(1) 防衛計画の大綱の基本的考え方

ア 国際情勢上の前提

大綱は,その策定に当たって当面の国際情勢の基調となる流れについて,「核相互抑止を含む軍事均衡や各般の国際関係安定化の努力により,東西間の全面的軍事衝突又はこれを引き起こすおそれのある大規模な武力紛争が生起する可能性は少ない。また,わが国周辺においては,限定的な武力紛争が生起する可能性を否定することはできないが,大国間の均衡的関係及び日米安全保障体制の存在が国際関係の安定維持及びわが国に対する本格的侵略の防止に大きな役割を果たし続ける」ものと考えている。すなわち,大綱は,このような情勢の基調に大きな変化が生じないことを前提としているが,これを具体的に述べれば,例えば,次のような諸点が大きく変化しない場合といえよう。

 日米安全保障体制は,今後とも有効に維持されるであろうこと。

 米ソ両国は,核戦争又はそれに発展するおそれのある大規模な武力紛争を回避しようとするであろうこと。

 中ソ関係は,仮に部分的改善はあっても,対立の根本的解消には至らないであろうこと。

 米中関係は,今後とも相互の関係調整が続けられるであろうこと。

 朝鮮半島においては,おおむね現状で推移し,少なくとも大きな武力紛争は,生じないであろうこと。

イ 対処すべき侵略の事態

一般に脅威とは,侵略する意図と侵略し得る能力とに大別して考えられる。この「意図」は,状況によって容易に変わるものであり,本質的に不安定さを内包しており,外部からこれを察知することは困難であるという特性を持っている。一方,「能力」は,軍事力の整備にほ長期間を要することから,急激に変化することはなく,加えて,それほ物的かつ外面的な形で現われるので,外部からこれを測定したり,将来の推移を見積ることが可能であるという特性を持っている。

このため,従来の防衛力整備においては,全面戦争ないしそれに発展するおそれのある大規模な武力紛争については,米ソ両国の核相互抑止関係や日米安全保障体制の堅持などによってその発生は強く回避されているが,そこまでに至らない規模の侵略は,「意図」の変化次第でいつ起こるかもしれないとの考え方に立って,そのような侵略を行い得る能力に着目し,これをもって脅威とみなし,これに対応し得る防衛力を建設することを目標としていたといえる。

これに対して,この大綱においては,「意図」は変化しやすく,かつ,察知しにくいものであるとの見方にほ変るところはないが,更に国際政治に及ぼす影響及び結果の重大さを考えるとき,その「意図」の可変性は,自由自在に変化し得るというものではなく,おのずから限定され,その制約は意図する侵略規模が大きければ大きいほど強く機能するとみている。

このような判断に立って,大綱は,わが国の防衛力の規模を「能力」面のみに着目して算定するのではなく,いわば平時の防衛力のあり方,すなわち,その組織及び配備上隙がなく,均衡のとれた態勢を保有し,平時において十分な警戒態勢をとり得るという観点から追求する上ともに,対処すべき侵略の事態としては,従来,目標としていた通常兵器による局地戦以下の侵略事態の中でも単に地域だけでなく,目的,手段,期間などにおいても限定され,かつ,小規模な侵略までの事態に有効に対処し得ることを目標としている。

このような小規模な侵略事態とは,一般的にはあらかじめ侵略の動きが見きわめにくいもの,例えば,大掛かりな準備を行うことなしに奇襲的に行われ,かつ,短期間のうちに既成事実を作ってしまうことなどをねらいとしたものといえるが,大綱はこのような侵略に対して平時から備えようとしている。

ウ 新たな防衛力の態勢への移行

大綱は,前に述べたような判断を下しながら,他方で,国際情勢の先行きは常に不確定要素を含んでおり,誰しも将来のことを断定することはできず,特に防衛の本質が万一の事態に備えるところにあるとすれば,この不確定要素を無視することはできないという面にも配慮している。すなわち,情勢に大きな変化が生じ,前に述べた「前提」が崩れた場合は,これに見合って防衛力の拡充,強化を行わなければならず,このため,大綱はその場合に備えて,あらかじめ新たな防衛力の態勢に円滑に移行し得るよう種々の配慮を行うこととしている。

その内容は,一般的にいえば,量的には必ずしも十分ではなくとも良質の基幹要員を保有していて,最新の防衛技術を駆使し得ること,あるいは質的には必要とされる水準を維持していて,いつでもより強固な態勢ヘ移行するための中核となり得る力を備えていることなどである。

ところで,新たな防衛力の態勢への移行には,実際問題として相当長期間を要する。したがって,移行を行うとの決断は,必要な時期までにこの移行が完了するよう,十分な時間的余裕を見込んで行われる必要があり,それが遅れた場合は侵略に対して有効に対処し得ないこととなる。そのような「リスク」を最小限にとどめるためには,国際政治や軍事情勢の動向を常に的確に分析し,情勢の重要な変化の兆候をできる限り早期に察知すること及び察知した結果を適時適切に防衛政策に反映させることが,極めて重要な要素となっている。

(2) 保有すべき防衛力

以上のような基本的考え方に立って,大綱は,わが国が保有する防衛力として,備えるべき機能別の防衛能力,更にこの能力を保有するために陸・海・空各自衛隊が維持すべき体制を示し,この体制から防衛力としての各自衛隊の基幹部隊や主要装備などの具体的規模を導き出している。それによれば次のとおりである。

ア 機能別の防衛能力

 常時十分な警戒態勢をとり得ること。

 国外からの支援に基づく騒じょうの激化,国外からの人員,武器の組織的潜搬入などの事態が生起し,又はわが国周辺海空域において非公然武力行使が発生した場合には,これに即応して行動し,適切な措置を講じ得ること。

 直接侵略事態が発生した場合には,その侵略の態様に応じて即応して行動し,限定的かつ小規模な侵略については,原則として独力でこれを排除し得ること。

 指揮通信,輸送,救難,補給,保守整備などの分野において,必要な機能を発揮し得ること。

 平時から周到な教育訓練を実施し得ること。

 国内のどの地域においても,必要に応じて災害救援等の行動を実施し得ること。

イ 防衛力の量

(ア) 陸上自衛隊

 わが国の領域のどの方面においても,侵略の当初から組織的な防衛行動を迅速かつ効果的に実施し得る体制を確保するため,わが国の地理的特性等を考慮し,必要となる12個師団及び2個混成団

 これらの師団等を必要に応じて効率的に支援,補完し,各種機能に欠落を生じないよう機動的に運用する機甲師団特科団空挺団教導団及びヘリコプター団を少なくとも各1個単位

 政経中枢地域及び防衛上の重要地域として考えられる8個地域の低空域防空に当たる8個高射特科群(ホーク)

 これらの基幹部隊と後方支援分野を整えるに必要な18万人の定員(訓練中の陸上自衛隊(74式戦車)

(イ) 海上自衛隊

 海上における侵略等の事態に対応し得るよう機動的に運用する艦艇部隊として,常時少なくとも1個護衛隊群を即応の態勢で維持し得る体制を確保するため,艦艇の運用面を考慮し,必要となる4個護衛隊群

 沿岸海域の警戒及び防備に当たるため,港湾,海峡等を有するわが国の地理的特性に応じてこれを5海域に区分し,それぞれに地方隊を維持して,各地方隊に常時少なくとも1個隊の対潜水上艦艇部隊を可動の態勢で維持するために必要となる対潜水上艦艇部隊10個隊

 及びの部隊に配備するための対潜水上艦艇合わせて約60隻

 必要とする場合に,わが国の地理的特性から戦略的に重要な主要海峡等の警戒及び防備に充て得るための潜水艦部隊6個隊16隻

 必要とする場合に,主要海峡及び重要港湾の防備に当たる回転翼対潜機部隊並びにわが国周辺海域について1日に1回は哨戒を実施し得るとともに,船舶の護衛が必要となった場合,最小限外航及び内航に各1個隊を充て得るための陸上固定翼対潜機部隊合わせて16個隊

 必要とする場合に,重要港湾,海峡等に敷設された機雷の除去,処分などに当たるため,東日本海域と西日本海域とにおいて,機動的に運用し得るための2個掃海隊群

 これらの対潜機を中心に艦載用対潜機を含む作戦用航空機約220機(訓練中の海上自衛隊(護衛艦)

(ウ) 航空自衛隊

 わが国周辺のほぼ全空域を常続的に警戒監視できる体制を確保するため,わが国の地理的特性及びレーダー覆域などを考慮し,全国28か所に地上固定のレーダーを配備するために必要となる航空警戒管制部隊28個警戒群

 領空侵犯及び航空侵攻に対して,即時適切な措置を講じ得る態勢を常続的に維持し得る体制を確保するため,わが国の地形,戦闘機の行動半径等を考慮し,必要となる戦闘機部隊13個飛行隊(この13個飛行隊は,要撃戦闘機部隊10個飛行隊と着上陸侵攻阻止及び対地支援のための支援戦闘機部隊3個飛行隊に分けて保有する)

 政経中枢地域防衛の重要地域として考えられる6個地域の高空域防空に当たる6個高射群(ナイキ)

 必要とする場合に航空偵察に当たる航空偵察部隊1個飛行隊

 地上レーダーの欠点を補完し,必要とする場合に航空機の低空侵入に対する早期警戒監視に当たる警戒飛行部隊1個飛行隊

 航空輸送を実施する航空輸送部隊3個飛行隊

 これらの戦闘機約350機を中心に偵察機,輸送機及び早期警戒機を含む作戦用航空機約430機(訓練中の航空自衛隊(F−4EJ)

以上の各自衛隊の規模をこれまでの4次にわたる防衛力整備計画により達成が見込まれている規模と比較すると第2表に示すとおりであり,陸上自衛隊については1個機甲師団と1個混成団が,海上自衛隊については2隻の潜水艦と約10機の作戦用航空機が,航空自衛隊については現在建設中のナイキ部隊1個高射群を除けば警戒飛行部隊が,それぞれ不足しているが,規模的には目標とするところとほぼ同水準にあるといえる。

なお,陸上自衛隊について不足している1個機甲師団と1個混成団は,既存の部隊の廃止などにより現実の定員を増加せずに新編することとしている。

ウ 防衛力の質

大綱は,以上述べた機能別の防衛能力及び防衛力の量のほか,防衛力の質について「防衛力の質的な維持向上を図り,もってわが国の防衛の目的を全うし得るよう努めること」,また,「防衛力の整備に当たっては,諸外国の技術的水準の動向に対応し得るよう質的な充実向上に配意しつつ,これらを維持する」旨定めている。

本来,防衛力は外部からの侵略を未然に防止し,万一侵略が行われた場合にはこれを排除するためのものである以上,脅威の質に見合った防衛力の質を持たなければ侵略の未然防止も侵略の排除も不可能となり,そのような防衛力ではそもそも防衛力を保有する目的自体を果たせないこととなる。

わが国としても,今後の防衛力の整備は質的な維持向上が主体となるが,憲法の許容する範囲内において,諸外国の技術的水準の動向に応ずるという形で防衛力の質的発展と向上を図っていかなければならない。

また,その際,装備品などの整備に当たっては,その適切な国産化につき配意するとともに,防衛力の質的水準の維持向上に資するため,技術研究開発態勢の充実に努めることとされている。

(3) 防衛力整備実施上の方針

わが国が保有すべき防衛力の目標は,以上のとおりであるが,一方,この目標の実現・実施に当たっては次のような方法によることとされている。

まず,計画方式については,従来のように防衛力整備の目標に向かっての建設過程における当面5か年ごとの整備内容を明確にし,これに向かって整備努力を結集しようとしたいわゆる「5か年固定方式」の計画によらず,年々必要な決定を行ういわば「単年度方式」を主体として行うこととなった。

その理由は,今後の防衛力の整備は,量的増強よりも質的な維持向上が主体となることから,従来のように目標に至る過程を示す意義ないし必要性が乏しくなった一方,そのときどきにおける諸外国の技術的水準の動向など状況の変化に柔軟に対応し得る必要があること,また,転換期にあり流動的な要因が多いわが国の経済財政事情を考慮すると,あらかじめ防衛費の大枠を決めることは適当でなく,年々の経済財政事情等を勘案しつつ,弾力的に対処し得る方が適当であると考えられることである。

また,今後の防衛関係経費の規模については,内外諸情勢を検討の上,防衛上必要な諸経費を慎重に積み上げ,国の他の諸施策との均衡などを考慮して決定すべきものであるとの観点から,大綱においては,「そのときどきにおける経済財政事情等を勘案し,国の他の諸施策との調和を図りつつ行うもの」と基本的指針が示されている。

しかし,この基本方針の下における当面の防衛力整備についての年々の防衛関係経費の「めど」を示し,また,「防衛関係経費はどの程度となるのか」といった疑問にも答えることが重要であると考え,政府は過去の実績,大綱に基づく今後の防衛力整備,経済財政事情の見通しなどを総合的に判断し,この大綱とは別に「防衛力整備の実施に当たっては,当面,各年度の防衛関係経費は,国民総生産の100分の1に相当す額を超えないことをめどとしてこれを行うものとする」旨閣議決定している。ここで「当面」とあるのは,「防衛計画の大綱」に示された前記の基本方針を踏まえた上で,この決定は,何らかの固定的な期限を予定してのものではなく,また,内外諸情勢の変化に伴って,必要があると認められる場合には,当該決定内容などについてあらためて検討を行う可能性のあることを意味している。

なお,このような方法により,今後毎年度の防衛力整備を具体的に実施していくこととなるが,次のような主要な事項の決定に当たっては,シビリアン・コントロールの観点から国防会議に諮る旨閣議決定されている。

 自衛隊法(昭和29年法律第165号)の改正を要する部隊の組織,編成又は配置の変更

 自衛官の定数及び予備自衛官の員数の変更

 次に掲げる装備についての種類及び数量

・ 陸上自衛隊の戦車,主要ミサイル兵器及び作戦用航空機

・ 海上自衛隊の護衛艦,潜水艦及び作戦用航空機

・ 航空自衛隊の作戦用航空機及び主要ミサイル兵器

・ 前3号に掲げる装備以外の装備で,その整備に数か年の長期を要し,かつ,多額の経費を要するもの

 前項各号に掲げる装備に係る開発項目のうち,長期にわたり多額の経費を要するもの

 「防衛計画の大綱」は,内外諸情勢が大きく変化しない限り,今後のわが国の防衛のあり方についての指針となるものであり,わが国は,昭和52年度以降この大綱に従い,防衛力整備の具体的実施を進めることとなつた。

 昭和53年度における防衛力の整備を進めるに当たつても,内外諸情勢について十分な分析評価を踏まえた結果,その「基調」は,大綱策定時と大きく変化していないと判断し,昭和53年度も同大綱に従つて防衛力の整備を進めることとしたところである。

 

(注) 機甲師団 一般の師団が普通科(歩兵)部隊を主体として編成されているのに対し,戦車部隊を主体として編成された師団であり,大きな機動打撃力を持つものである。

(注) 混成団 師団よりは小型であるが,師団と同様に各種の陸上戦闘機能を持つ部隊であり,外国の旅団に相当する。

(注) 特科団 各種の野戦砲(155mmりゅう弾砲,l55mm加農砲,203mmりゅう弾砲など)を装備し,方面隊,師団などの全般的な地上火力支援に当たる部隊

(注) 空挺団 空中機動,空中降下(投下)などにより,重要正面で不意急襲的に各種の空挺作戦を遂行し,地上部隊と協力し,又は独力をもって敵の撃破ないし土地の占拠確保などを行う部隊

(注) 教導団 平時は富士学校で学生の教育及び研究支援に従事するが,各種の機能の均衡がとれ模範的な練度を有していて,有事,重要正面の地上戦闘に充当される部隊

(注) ヘリコプター団 大型へリコプターを装備し,普通科連隊級の戦闘部隊の空中機動及び補給品などの航空輸送に当たる部隊