第1部

国際軍事情勢

1 国際情勢の動き

 第2次大戦後30余年の国際情勢の推移を振り返ってみると,確かに現在の国際情勢は,1950年代半ばごろまでのように自由・共産両陣営が一触即発の形で相対峙するという冷戦の時代から,大きく変ぼうしてきたといえる。

 第1の大きな変化は,米ソ間の平和共存である。核戦争の破滅的な破壊力についての国際的な認識を背景として,米ソ2大国の間において,全面核戦争又はそれに至るおそれのあるような事態を避けようという意思のあることが徐々に相互に理解され,キューバ事件などの60年代の諸事件を通じ,また,核軍縮の交渉などを通じて相互に確認され,米ソ関係を律する一つの基本的原則として定着する形で今日に至っている。

 もう一つ,これに劣らない重要な事件は,中ソの分裂である。中ソ対立は,当初は平和共存路線などをめぐるイデオロギー対立として,60年代初頭に顕著となり,60年代末には既に国家間の対立の様相を呈していたが,当初はまだ米中の間に意思疎通の機会がほとんどなかったこともあり,国際政治の中において,主として共産圏内部の分裂としてとらえられていた。しかし,70年代初めに米中の外交的接触が行われるに至り,北東アジアにおいてはいわゆる米中ソの3極構造的な現象が生じることとなった。中ソひいては米中関係の推移は,極東のみならず,自由諸国の安全保障に深い関係を有するものであり,国際政治を動かす主軸の一つとして今後とも常時見守る必要があるものである。

 この間,国際情勢のその他の局面も大きく変ぼうした。50年代,60年代を通じて植民地解放が進むにつれて,いわゆる非同盟諸国などの新興独立国の数が増加し,反植民地主義的ナショナリズムの高揚が顕著となり,これら諸国に対する影響をめぐる東西間の角逐に加えて,先進国と開発途上国との間のいわゆる南北問題が,第2次大戦後,国際社会の大きな問題の一つとしてこれと複雑に絡んでいる。また,東欧ではソ連に対する不満が間欠的に表面化したこともある一方,西側諸国間にも主として経済問題による摩擦あるいは軋轢もしばしば生じ,更に近年資源,エネルギー,人口,食糧,環境保全などの世界共通の問題もあって国際情勢は複雑の度を加えている。

 そして,国際情勢がこのように複雑になり,大国の武力行使に制約があるような状態の下では,各国間,各地域に固有の領土,民族,宗教などの諸要因に加えて,各国それぞれの内部経済事情やアラブ石油輸出国機構(OAPEC)の石油禁輸に見られるような国際的な経済的力が,従来にもまして国際情勢を動かす大きな要因となってきている。

 このように複雑化した国際情勢の現実を認識しつつも,なおかつ,見失ってはならないのは,国際政治において究極的な力の実体である米ソ2超大国の対立という戦後の基本的構造は変わっていないという事実である。世界全体の平和は,この両国のカの均衡と相互抑制に大きくかかっていることはいうまでもないが,他方,ソ連自身が認めているようにイデオロギーには平和共存はなく,多くの面で利害の異なる東西両陣営が対立競争しているという関係も基本的には何ら変わっていない。現に,世界のあらゆる場所において,地域的紛争や各国間の大きな政治的変動があるごとに,それぞれの固有の問題のほかに,必ずそれが東西間の勢力の消長に及ぼす影響について多大の国際的関心が持たれているのが現状である。

 そして,核戦争は避けられているものの,第2次大戦後,世界において朝鮮戦争,中東戦争,ベトナム戦争などの相当規模の武力紛争が現に起こっているという事実も注目すべきであろう。

 わが国の位置する北東アジアにおいては,朝鮮戦争後四半世紀にわたって朝鮮半島における南北の厳しい対立は解けず,その間,南北間の対話の開始と中断のような曲折があり,また,近年の韓国の国力の増大に伴い,南側の立場は相対的に安定し,改善されてきてはいるものの,朝鮮半島の最終的解決の方法についてのめどは何らたっていない状況にある。

 このような国際情勢の中にあって,わが国は,米国を初めとする自由陣営との協力を軸とし,アジア諸国との連帯を強化し,体制を異にする諸国とも対話と交流を着実に進め,世界のすべての国との友好協力関係を増進することにより,わが国の安全と繁栄を確保してきた。

 以下,最近1年間の国際情勢の動きを概観してみると次のとおりである。米ソ関係については,カーター大統領のいわゆる人権外交により双方の間に一時軋轢が生じたが,昨年半ばごろからやや改善がみられ,第2次戦略兵器制限交渉(SALT)妥結に向かっての努力,インド洋軍備規制問題,中東和平問題などをめぐっての協議が続けられた。しかし,昨年末以降,再び中東問題,アフリカ問題を契機として両国間に応酬がみられた。

 米中関係については,特に新しい進展はみられなかったが,バンス米国務長官及びブレジンスキー米大統領補佐官の訪中により,双方にとって更に相互理解が進んだものとみられる。

 日中関係では,新しい動きとして日中平和友好条約の交渉再開に関する動きがあり,その成り行きが注目されている。

 中ソ関係については,一昨年の毛沢東主席の死去に伴い,一時的にソ連は,対中非難を停止し,中国の出方を見守る動きもみられたが,依然として対立関係が続いている。

 また,欧州における東西関係では,欧州安保協力会議(CSCE)をフォローアップするベオグラード会議が開催されたが,特に進展はなく,中欧相互均衡兵力削減交渉(MBFR)についても注目すべき進展はみられず,東欧諸国,特にソ連の著しい軍事力の増強に関し,西側諸国の懸念が高まってきている。

 なお,ワルシャワ条約諸国とNATO諸国の対峙の中にあって,今後の成り行きが注目されるユーゴスラビアでは,チトー大統領の指導の下に自国の独立と安全の確保及び非同盟路線の堅持に努めており,同大統領の訪米など活発な外交が展開された。

 中東においては,サダト大統領の劇的なイスライル訪問によって中東問題解決への転機がみられ,その成果が注目されたが,じ後の和平交渉は難航しており,また,レバノン南部地域では,イスラエル軍のパレスチナ解放機構(PLO)に対する報復的武力介入に伴う不安定な状態が続いている。

 南部アフリカにおける南ローデシア,ナミビア問題の解決は,西側諸国の積極的な調停にもかかわらず,大きな進展をみせず,また,ソマリア・エチオピア間で紛争が発生した。この紛争において,ソ連はエチオピアに対する武器援助のほか,顧問団の派遣や第三国であるキューバ義勇軍の輸送を援助するなどの介入を行った。

 一方,ベトナム戦争終了後東南アジアにおいては,統一ベトナムの近隣諸国に与える影響が注目された。しかしながら,いわゆるインドシナ3国は,引き続き国力の再建と社会主義体制の整備に努めるとともに,周辺東南アジア諸国との関係に進展がみられたが,ベトナム・カンボジア間に国境問題をめぐる武力紛争が生じている。また,これら3国の周辺地域に所在する東南アジア諸国連合(ASEAN)諸国は,域内ゲリラに対処しながら国内安定を進める一方,ASEAN首脳会議を開催し,域内協力を強化するとともに,日本,豪州,ニュージーランド,米国,ECなど域外諸国との経済・社会・文化面における協力関係の強化に努めている。

 北東アジアにおいては,中国は本年2月末から3月初めにかけて開催された第5期全国人民代表大会において,華国鋒体制を確立するとともに,新憲法を採択したが,その前文に台湾解放をうたい,「一つの中国」を国是とすることを明らかにしており,いわゆる台湾問題については,米中間の話し合いの課題として残されている。

 更に,朝鮮半島についてみると,南北対峙という基本的な情勢に変化はみられないが,その中にあって,米地上軍の撤退計画が進められ注目されている。この点については後に詳述することとする。

 また,本年4月には,尖閣諸島周辺水域において中国漁船群による領海侵犯事件が発生し,北方領土問題や竹島問題とともにわが国をめぐる厳しい国際情勢の現実をあらためて痛感させられた。

 このほか,西側諸国内の問題として主要先進諸国間におけるエネルギー問題,景気の停滞,失業,インフレ,国際収支の悪化などに起因する保護貿易主義の高まり,通商上の摩擦,通貨不安などがみられ,わが国についても,米国及びEC諸国との間に経済的問題が生じている。また,米韓関係においても朴東宣問題などが生じている。

 なお,注目すべきは,本年5月末から約1か月の間ニューヨークの国連本部において,初の国連軍縮特別総会が開催されていることである。もとより軍縮による世界平和の達成は容易なことではないが,国連加盟国149か国のほとんどが参加し,軍縮達成という人類共通の究極的希望が表明されたことは意義あるものであり,その成果が期待されている。わが国においては,この特別総会に関連して国会において政府が軍縮のために誠実に努力するよう決議がなされており,また,園田外務大臣は,同総会において,現在の国際社会においては,地域的に,また,全世界的規模において,関係国間の力の均衡が,国際の平和と安全を維持するための支えとなっているが,全世界の国々の共通の目標である全面完全軍縮という理想を一刻たりとも忘れることなく,この理想の実現に向かって実現可能な措置を一歩一歩積み重ねていくことが必要であるなどを強調した。

 このように,1年間の国際情勢は,国際関係の基本的枠組みを大きく変えるような動きはないものの,以前からの諸懸案については,解決の決め手のないまま総じて厳しく推移しているといえよう。

 このような複雑な動きを示している国際情勢の中で,軍事的には主要国同士の武力による直接衝突や軍事力の本格的使用は強く抑制されているものの,アンゴラ紛争あるいは前記のエチオピア・ソマリア間の紛争にみられるように,当事国以外の国がその軍事力を直接介入させるという方法もみられる。また,演習その他によって軍事力の存在を誇示したり,強力な軍事力の存在そのものが,相手に対して必ずしも自由に振る舞えないということを強く認識させることによって,軍事力を政治的な影響力に転化させるという傾向も増大している。このように,今日,軍事力使用の態様は,複雑化する傾向を示しており,自ら軍事力にたのむところがないからといっても,好むと好まざるとにかかわらず,外部からの軍事力の影響を免れることはできない。したがって,一般に国際情勢をみる場合においても,そこに存在する軍事力の機能−単に軍事面での役割だけでなく,国際政治上の意味あい−を無視しては国際情勢の動きを的確には握することはできない。このため,安全保障問題を考える場合最も重要な要素の一つである世界の軍事力の実態を見きわめ,わが国の安全にかかわる具体的な条件を冷静に考えることが必要であろう。

 

(注) 戦略兵器制眼交渉(SALT Strategic Arms Limitation Talks) 米ソ間の核戦争発生の危険を減少させ,核軍備競争を抑えるために戦略兵器を制限しようとする交渉であり,両国間の諸交渉の主要な柱となっている。1969年11月に交渉が開始され,1972年5月にABM制限条約,戦略攻撃兵器の制限に関する暫定協定及び同議定書(以上SALT)が結ばれた。

1972年11月から第2次交渉(SALT)に入り,暫定協定により広範囲の戦略攻撃兵器を対象とする協定の締結をめざして交渉が続けられている。1974年11月ウラジオストクにおける米ソ首脳会談で,おのおのが保有できる戦略的運搬手段(ICBM,SLBM及び長距離爆撃機)の総数を2,400とすること及びMIRVを装着するICBM及びSLBMの総数を1,320とすることが合意されたものの,爆撃機(バックファイア),巡航ミサイルの取り扱いなどをめぐって意見が対立してきた。1977年10月3日の暫定協定の期限切れをひかえ,米ソ両国は,1977年に入って新協定作りに努力し,3月のモスクワにおける外相会談を経て5月の外相会談(ジュネーブ)において,暫定協定にとって代わる新たな協定の早期締結を目的として協議を続けることが合意された。しかし期限切れまでに新協定が成立するに至らなかったため,米ソ両国は,1977年9月,期限切れ以降も新協定が成立するまで暫定協定を遵守していくことを個別に声明し,以後新協定作りをめざして接触を続けており,1978年4月のモスクワにおける外相会談では,新協定の早期締結をめざして集中的な作業を進める意向が表明された。

(注) 欧州安保協力会議(CSCE Conferenceon Security and Cooperation in Europe)

この会議は,1975年7月から8月にかけてヘルシンキで米国,カナダ及び欧州諸国(アルバニアを除く)の首脳が集まり,最終文書に署名した。その内容は,4議題に分かれ,第1議題は欧州における安全に関する諸問題,第2議題は経済,科学,技術及び環境分野での協力,第3議題は人間,情報などの交流,第4議題は会議のフォローアップである。

(注) 中欧相互均衡兵力削減交渉(MBFR Mutual and Balanced Force Reductions) 中欧における関係国の兵力、軍備を東西双方が均衡的に削減し,より低い兵力レベルで安全保障を維持することを目的とし,NATO側が1968年欧州安保協力会議(CSCE)とからめて提案し,ソ連が本交渉に応じたものである。参加国は,NATO側,ワルシャワ条約側計19か国(内8か国はオブザーバー)で,1973年1月から6月の予備交渉後,本会議は1973年10月からウイーンで開かれているが,「東西の戦力を段階的に削減し,最終上限兵力を同数とする」という西側の立場と「削減兵力は同数又は同率とすべきである」という東側の立場に基本的な相違があり,その後も実質的な進展はみられていない。

2 軍事構造と軍備のすう勢

(1) 世界の軍事構造

ア 軍事的2極体制

第2次大戦後,政治,経済体制を異にする米ソ両国の基本的な対立関係と両国の圧倒的な軍事的優位性から,第1図に示すような米ソを中心とした集団安全保障体制が築きあげられ,また,このような集団安全保障体制に属さない国々の多くも,何らかの形で両国の軍事態勢の影響を受けるに至っている。

このような国際的な軍事環境は,少なくとも主要国間における紛争抑制の機能を果たしている。しかしながら,現実には世界各地で様々な局地的な軍事紛争が発生しており,このような紛争抑制の機能が及ばない部分も存在していることを示している。

イ ソ連の兵力集中と米国の前方展開

米ソ両国の戦略核戦力は,ICBM(大陸間弾道ミサイル),SLBM(潜水艦発射弾道ミサイル)及び戦略爆撃機という3本柱で構成されている。そして,今日,米ソ両国はいわゆる第2撃能力を保有することによって,核戦争を相互に抑制し合う関係にあり,また,この核戦力によって,米ソ両国は友好国に対する「核の傘」を提供している。

このような米ソ両国の核戦力による相互抑止関係を背景として,今日,世界の軍事態勢は,欧州及び極東におけるソ連の兵力集中と,それに対する米国の前方展開という形でとらえることができる。

ソ連は,地勢的にみると,ユーラシア大陸に所在し,北は寒冷な気象,南は険しい地形により軍事力の進出が遮られている。このため,おのずとその進出路は,陸地沿い及び地中海,北海などを経て大西洋に至る西方向と,逆に太平洋に至る東方向に指向される。更に,この西と東における主要な港湾は主として内海に所在し,特に紛争時には海峡などにより周辺諸国に扼されるという状況にある。

このような地勢的条件もあり,ソ連は従来から欧州及び極東地域の2正面に大きな軍事力を維持してきたが,中ソ対立が深刻化するに及んで中ソ国境にも相当の兵力を配備してきており,また,海洋進出をめざして海軍力の増強にも努めている。

一方,米国はソ連の戦略態勢に対応して欧州とアジアに必要な戦力をあらかじめ配置しておく,いわゆる前方展開戦略を採用している。

欧州においては,この地域が米国にとって極めて緊要な地域であるとの認識の下に,NATO諸国とともにワルシャワ条約軍に対する阻止戦力の構成に努め,また,中東地域における紛争生起の抑制のための努力及び必要な場合に所要の戦力を機動展開し得る準備を整えているものとみられる。

一方,アジアにおいても,伝統的にこの地域において特定国が支配的影響力を確立するのを防止することを同地域の平和と安定ひいては米国自身の安全のための不可欠の条件であるとの認識の下に,主として北東アジアに海空軍を主体とした抑止態勢を維持してきている。同時に,このような前方展開戦略を支えるために,米本土から欧州,北東アジア,あるいは中東地域への海空交通路の安全確保が必須のものとされている。

こうした軍事力の対峙状況は,第2図に示すとおりである。

かつて米国は,ソ連に対する核戦力並びに海軍及び空軍における圧倒的な軍事技術優位と集団安全保障体制に支えられた対ソ政策(いわゆる封じ込め政策)によってソ連の周辺地域への進出を阻んできた。そして,この米国の優位にある軍事力の展開が,西側の防衛態勢の大きな支えとなり、西側の安全と繁栄はこのような状況の下に確保されてきたといえる。

しかし,1960年代以降におけるソ連の軍事力の増強によって,米ソ間の軍事バランスとその構造の内容にある程度の変化をもたらしてきている。

すなわち,ソ連は欧州及び極東地域における軍事態勢において,特に兵力規模の面では米国を上回り,また,米本土からの海上交通路の安全確保に影響を与える能力を備えつつある。

一方,米国は,1960年代以降における中ソ対立の顕在化などを踏まえ,欧州とアジアの2正面同時対処の2戦略から欧州又はアジアのいずれか一方の大規模紛争に対処する1戦略をとるに至った。この方針は,カーター政権においても踏襲されている。

ウ 欧州及び北東アジアの特性と兵力構成

軍事的な観点から,欧州と北東アジアを比較すると,欧州では陸続きという条件並びにNATO軍及びワルシャワ条約軍ともに同種兵力の対峙ということから緊張,対立が厳しいものとならざるを得ない。

これに対して,北東アジアは,大陸部,半島,島嶼,海峡,海洋など異なった地理的環境を含んでいる結果,相対する軍事力の構成においては,陸続きの中ソ国境及び朝鮮半島では欧州と同様陸軍と戦術空軍がその中心となるが,その他の海峡,海洋などでは,海軍及び海軍航空兵力を含む空軍が主体となっている。

陸続きの中ソ国境及び朝鮮半島では,緊張,対立が厳しいが,米ソ,米中間にあっては海をはさむという地理的環境の差異もあって,緊張,対立の厳しさは大陸部や半島の場合と異なっていた。しかしながら,最近におけるソ連の海軍力の増強と外洋進出能力の向上によりこの地域における米軍兵力と直接対抗し得る兵力を持つ傾向にあり,米ソの軍事的対峙は厳しさを増してきている。

この具体的状況については,後で詳しく述べることとする。

(2) ソ連の軍備のすう勢と西側の対応努力

ア ソ連の軍事力増強と西側防衛体制の改善

ソ連は,米国との核均衡を達成して対米発言力を向上させ,更に通常戦力の増強・近代化−本土防空能力の向上,地上軍と戦術空軍の近代化,海軍の増強と外洋進出能力の向上など−によって,欧州及び極東における地域バランスを東側に有利にするよう努めており,西側の海上交通路に対しても,影響を及ぼす能力を備えつつある。また,その海軍力の増強,海空輸送能力の向上などによって,例えば,ベトナム戦争やエチオピア・ソマリア紛争にみられるようにソ連本土から離れた地域に対する介入能力を強めてきている。

一方,米国は,「ソ連は,政治,経済及び社会の面で大きな国内的ハンディキャップを背負っている。これらのハンディキャップは,おそらく,既に起こっている出生率の低下,これから起ころうとしている国内エネルギー供給及び経済成長率の低下によって増大するであろう。ソ連は,また,真に信頼し得る同盟国の欠如に悩んでおり,中国,インド及び中東の一部諸国との関係は後退している」(1979年度米国防報告)とみつつも,西側諸国とともに地域バランスを維持,強化する必要があるとの認識に立って,特に欧州においては,防衛努力の強化についてのNATO国防相会議(1977.5)などの決定に基づき,国防費の増加(実質伸び率3%程度の確保),弾薬などの軍需品の備蓄の増大,在欧米軍の増強などにより防衛力を強化し,また,米本土から欧州への海空交通路を確保するなどの計画を推進している。また,ソ連の対外介入能力の向上に対しては,重要な地域での紛争に対する迅速な対応能力の確保を強調している。

このような西側の防衛体制の改善努力と併せて,米国は戦略兵器制限交渉を,また,西側諸国とともに中欧相互均衡兵力削減交渉を進め,東側との間の軍備管理や兵力の相互削減に努めている。

通常,軍縮や軍備管理に関する交渉では,質的規制が困難なこと,違反防止のための検証が困難なこと,相互にその必要性は認めつつも基本的には相互の間に不信感が存在することなどから,合意に達することは困難を伴うので長期間にわたる粘り強い文渉が必要であるといえよう。

イ ソ連の核戦力の増強と西側の対応努力

(ア) ソ連は,かつて核戦力の面で米国よりも劣っていたため,米国との核均衡を達成することを目標として第3図に示すように戦略核ミサイルの大幅な数的拡大を続け,近年では特に質的改善にも力を入れ,旧式ミサイルを新型ミサイル(SS−17,18,19)に更新しているとみられる。

これらの新型ミサイルは,ソ連の伝統である弾頭威力の大きいミサイルであり,かつ,弾頭のMIRV化,精度の大幅な向上−特にSS−19は,米国のミニットマン・ミサイルの精度に近づきつつあるともいわれる−によって米国のICBMのサイロなどのような堅く防護された目標に対する攻撃能力も大幅に強化されつつある。

なお,SS−17及び18は発射方式がミサイルを圧搾空気でサイロの外に射出した後エンジンに点火して発射するという,いわゆるコールド・ローンチ方式(サイロが攻撃されて破壊されない限り,再装填して再びミサイルを発射できる)をとっているといわれ,また,移動式ICBMであるSS−16は既に開発が完了したものとみられている。

また,最新型のD−級の弾道ミサイル原子力潜水艦(SSBN)を展開しつつあり,同潜水艦にとう載されるSLBM(SS−N−8)は,米国が開発中のトライデントとほぼ同等の射程(約4,000マイル)を有し,ソ連の近海から米本土の多くの地域を攻撃し得る能力を持つとされている。

なお,ソ連は,同国初の固体燃料SLBMであるSS−NX−17及びSS−N−8の後継兵器であるSS−NX−18のテストも行っているとみられる。

ソ連の核ミサイルの中で注目されるのは,1950年代後半及び60年代初期に展開されたSS−4及びSS−5の代替とみられるMIRV弾頭とう載のSS−20である。同ミサイルは移動式のM/IRBMで,既に欧州及び極東に展開されつつあるとされ,これがNATO後方地域を効果的に攻撃することができるとの観点から西側諸国は懸念を深めている。

こうしたソ連の戦略核戦力の増強,特に命中精度,射程,抗たん性(攻撃されても生き残れる能力),運用の融通性などの質的改善は米国のICBM戦力のぜい弱化という問題をもたらすとともに,ソ連が民間防衛計画,産業疎開計画などの被害局限能力の向上にも力を入れてきていることと相まって,見た目にはソ連が米国より優位にあるとの印象を与えかねないという問題をもたらしている。

(イ) これに対して米国は,3本柱による戦略核戦力を維持していくという基本方針の下に,移動可能なICBMであるMXミサイル開発の検討及びSLBMトライデントの開発を進めるとともに,B−1爆撃機の生産を中止したものの,巡航ミサイルの開発に力を入れている。また,米国はNATO諸国とともに,ソ連のSS−20や前線航空部隊によるNATO後方地域への攻撃といった事態に備えて,欧州に展開している核戦力の生き残り能力の強化を図っている。更に,米国は戦術核戦力自体の近代化を進めており,中性子弾頭開発の選択を残しつつ,地対地誘導弾パーシング・ミサイルの近代化などを進めている。

(ウ) このような米国の対応努力によって米ソ間の戦略核バランス及び核戦争の相互抑止関係は,従来と同様今後とも維持されていくものと考えられ,双方が第2撃能力を保有していることによって,戦略核の使用は強く抑止されている。

また,戦術核兵器の使用も,それが全面核戦争にエスカレートしないという絶対的な保障があり得ないところから,同様に抑制されていると考えられる。

(エ) いずれにせよ,大規模紛争を防止し,世界の平和と安定を維持する上で,米ソ間の核相互抑止力は依然として有効に機能していると考えられるが,NATO諸国を中心として通常兵器による紛争発生の危険性に対する懸念は近年高まる傾向をみせているといえよう。米国としては西側の同盟国や友好国などが安全を全うすることがすなわち米国の安全を確保することであるとの認識から,基本的にはその対外コミットメントそのものを維持することに変わりはないものと思われるが,軍事的領域のすべてにわたって,従来と同じような密度で一方的に西側諸国に対して防衛力を提供する余力を持ち得なくなっている(1978年度米国防報告)との立場から,西側諸国各々による自国の防衛のための努力と相互の安全保障上の有効な協力関係を強く期待している。

また,西側諸国にとって,最近におけるソ連の通常戦力の増強近代化は,「恐るべきものがある」,「単に自国の防衛に足る以上のものである」(1978年度英国防白書)とみられており,欧州及び極東における地域的なバランスの面にも影響を与えつつあるとみられる。特に,米ソにとって緊要な地域の一つである欧州においては,核の相互抑止関係の下で,NATO諸国にとっては通常戦力による地域バランスの確保が急務となってきている。(開発中の米SLBMトライデント)(米ソの戦車

ウ ソ連の通常戦力の近代化と西側の対応努力

(ア) ソ連は,伝統的に量的優勢,奇襲及び陣地を迅速に突破する攻撃(縦深突破攻撃)を重視している。

ソ連地上軍の従来からの量的増勢及び近年における各種のへリコプターの増勢による空中機動力の増大,戦車,装甲歩兵戦闘車,各種火砲など最新装備の導入による機動力と火力の増大及び各種の対空ミサイルの導入による地上軍固有の戦場防空能力の向上にみられるような即応態勢の強化や進撃速度の向上は,この伝統的なソ連地上軍のドクトリンの追求を可能なものとしている。

このようなソ連地上軍は,数年ごとに改編を行い,戦力の増強を図っているが,その状況をソ連の機械化師団について米国のそれと比較してみると第4図のとおりである。

米国を中心とするNATO諸国は,このようなソ連地上軍の近代化に対処するため,対戦車ミサイルの増強,攻撃機A−10の導入などによる対機甲能力の強化を図り,米陸軍では,歩兵師団の機甲化,機械化,兵站の合理化などについても検討を進めている。

(イ) ソ連の戦闘爆撃機は,1960年代末ごろまでは,その性能からNATO領域内の後方にある指揮所,核貯蔵庫施設,補給所,飛行場,港湾といった軍事目標を攻撃する能力を有していなかった。

しかしながら,MIG−23及び27やSU−19の導入に伴い,航続距離,とう載量などの大幅な向上や低空高速侵入能力の向上が図られ,NATO領域内の後方地域に対する攻撃などの実施が可能となり,また,ソ連の周辺海域における海軍部隊に対するエアカバーも,能力的には提供できるようになっている。

更に,最新型の爆撃機バックファイアの導入により,その能力も一層向上するものとみられる。特に,同機は,その航続距離が長いことから,米本土に対する戦略爆撃を行うことが可能であるとして,米国が懸念し,戦略兵器制限文渉において,規制の対象とするか否かで交渉が続けられている。

このようなソ連航空戦力の質的向上に対抗して,米国を初めとするNATO諸国は,対空ミサイル網の強化を図るとともに,低空侵入能力に対する地上レーダー・システムの補強という観点から,AWACS(航空機による空中警戒管制及び指揮統制システム)導入の計画を進めている。また,F−15などの配備により,戦場上空の制空権獲得を含めた広域防空能力を改善するとともに,1979年度に近接航空支援能力を増強するため,A−10の配備が計画されているほか,航空基地の抗たん性を高めるため,戦闘機などの防護用掩体の建設が進められている。

なお,昨年米国は,欧州にF−15及びF−111各1個航空団を配備し航空戦力の増強を図っている。(米戦闘機F−111

(ウ) 1950年代まで沿岸防備海軍であったソ連海軍は,今日では各種のミサイルを装備した大型水上艦艇,原子力潜水艦,補助艦艇などを保有し外洋での活動も活発になっている。ソ連の海軍力増強の主要なねらいの一つには,米本土からの補給・増援の阻止を目的とする海上交通の遮断にあるとみられている。特に,原子力潜水艦は水上艦艇や航空機に比べて隠密性が高く,今日では水中からのミサイル発射が可能となっており,ソ連海軍におけるミサイルとう載原子力潜水艦などの増強は西側の制海権確保に影響を与える能力を備えつつある。

更に,海軍航空隊のバックファイア爆撃機にとう載された対艦ミサイル,重装備のカラ級巡洋艦やクリバック級駆逐艦など新型水上艦艇にとう載された各種のミサイルもまた西側の警戒心を高めている。

西側諸国は,このようなソ連海軍力の増強近代化に対応して,レーダー装置の改善,対艦ミサイル防御能力の強化などにより艦隊防空能力の向上を図り,特にソ連の陸上航空基地のエアカバーの下にあるソ連周辺海域における西側の全体的な制海権確保能力の強化に努めている。

また,空母の近代化,LAMPS(Light Airborne Multi−Purpose System)へリコプターとう載の水上艦艇,ロスアンゼルス級攻撃型原子力潜水艦の導入などにより,各種の攻撃能力,特に対潜能力の向上を図っている。

これら米ソの主要水上艦艇及び潜水艦の保有数の推移は,第5図に示すとおりである。(ソ連空母キエフ(4万トン)

エ 宇宙兵器

本年1月,ソ連の原子力電源をとう載したコスモス954号がカナダ北西部に落下し,世界に大きな波紋を投げかけたが,科学技術の発達に伴って,宇宙に対する人類の進出が可能となり,今日では宇宙をも軍事競争の場としてきている。今までに人類が打ち上げた衛星や宇宙探査機の数は約2,200個にのばり,現在は約980個(そのうちソ連が約480個,米国が約420個で大部分を占め,残りがフランスや日本などである)のものが地球を回っている。そして,このうちの半数以上が軍事衛星と呼ばれる,偵察,早期警戒,航法,攻撃などのために使用される衛星である。

偵察衛星は,写真やレーダーによって,ICBMなどの戦略兵器はもちろんのこと戦術兵器などに関する偵察も可能である。この衛星は,過去第4次中東戦争やサイプラス紛争で使われ,まだ,戦略兵器制限の有力な検証手段としても活用されている。

早期警戒衛星は,相手のICBMやSLBMの発射を早期に探知するためのものであり,また,航法衛星は,航空機や艦艇の位置を正確に測定するためのもので,特にSLBMの精度を高めるために利用されている。

更に,攻撃衛星としては,衛星攻撃用の衛星があり,これは衛星そのもの,あるいは衛星機能の破壊を図るものといわれている。

この開発・実験状況についてみると,従来,主として低い軌道にある偵察衛星を目標としてきたが,最近においては,更に高い軌道にある他の衛星を攻撃することもできるようになりつつあるとみられ,これまでソ連が15個程度打ち上げ,かなりの成果をあげているとみられるのに対し,米国は最近ようやく開発に着手した状況にある。

このほか,測地衛星は地図の作成などに,また,通信衛星は地上部隊や航空機,艦艇などの主要な指揮統制手段として軍事用にも使用されている。

宇宙における軍事競争は,今後ますます活発になるものと思われるが,そのすう勢としては,長寿命化(従来数日あるいは数週間であったものが数か月ないし数年の寿命を持つようになりつつある),機能の多様化,高性能化などが考えられよう。

 

(注) 2戦略と1戦略 1970年2月18日,ニクソン米大統領は,初めて議会に提出した外交教書「1970年代の米国の外交政策−平和のための新戦略−」において,米国の通常戦力態勢について次のとおり述べている。「1960年代の米国の通常戦力態勢は,いわゆる2戦略の原則に基づいたものであった。この原則によれば,米軍は,通常戦力によって3か月間NATO防衛に当たり,同時に中国の全面攻撃に対して韓国又は東南アジアを防衛し,更に,小規模紛争()に対処できる兵力を維持することになっていた。しかしながら,このような兵力水準に到達したことはなかった。我々は,原則と能力を調和させるため,1戦略というべき原則を採用した」

この戦略構想は,フォード政権,カーター政権においても踏襲されてきている。1戦略において,米国の通常戦力態勢が対処しようとする紛争は,一つの大規模紛争(1)と一つの小規模紛争()であり,例えば,フォード政権最後の1978年度米国防報告では,「同盟国と協力して(ソ連の介入しない中東での紛争のような)小規模な紛争が先行する(欧州と朝鮮を二つのテストケースとする)一つの大きな紛争に対処できなくてはならないという前提の上に計画されている」とされ,カーター政権初の1979年度米国防報告でも,「我々の政策は,同盟国と協力して,一つの大規模紛争と一つの小規模紛争に同時に対処し得ることである」とされている。また,同報告では,「西ヨーロッパに対する攻撃が,通常戦力を整備する上で最もありそうと観念すべき大規模な紛争である」と明示するとともに,中東及びペルシャ湾における紛争に備えなければならないとしつつ,北東アジアについては米国にとってもう一つの重要な地域であるとしている。

この1戦略は,米国が必要とする通常戦力を算定する際の基準であり,同報告では,その基準として,欧州で想定される紛争を最大の所要戦力を必要とする紛争とみなし,1の戦力を準備していれば,欧州,中東・ペルシャ湾,北東アジアなどいずれの地域における紛争にも対処し得るとの判断に立っているものとみられる。

(注) ソ連の海空輸送能力の向上 ソ連海軍の補給艦,給油艦等補助艦艇は,この10年間に約3倍(1968年約57万トン,現在約190万トン−ジェーン年鑑)に増加しており,ソ連空軍の輸送機は,1979年度米軍事態勢報告によると,この10年間に約2倍に増加したといわれている。

なお,1979年度米国防報告において,「商船隊は既に海軍に統合(Integrated)されている」といわれる。ちなみにその船腹量は,この10年間に約2倍(1968年約950万トン,現在約2,000万トン。ただし,1,000トン以上の船舶−ジェーン年鑑等)となっている。

(注) 戦略核ミサイル 現在の戦略核ミサイルには,地上基地から発射されるもの(ICBM,MRBM/IRBM)と潜水艦から発射されるもの(SLBM)がある。例えば,ICBMには,米国のタイタン,ミニットマン及び,ソ連のSS−17,18及び19などがあり,SLBMには米国のポラリス及びポセイドン,フランスのMSBS,ソ連のSS−N−4〜6及び8など,更に現在開発中の米国のトライデント,ソ連のSS−NX−17及び18などがある(資料6参照)。

(注) MIRV(Multiple Independently Targetable Re−entry Vehicle)化ミサイル 複数の核弾頭を積み込んだミサイルであり,それぞれの弾頭が別々の目標を攻撃することができる。この場合,相手のABM(弾道弾迎撃ミサイル)を混乱させるのみならず,同時に多数の目標を攻撃したり,一つの目標を数方向から攻撃するなどの利用法があり,代表的なものとしてはミニットマン,ポセイドン,SS−18及び19などがある。

(注) 巡航ミサイル 低高度を亜音速で飛しょうする有翼の誘導ミサイルで,遠距離における命中精度が画期的に向上した小型の長距離ミサイル(空中・水中発射も可能)であり,その特性は次のとおりである。

・弾道弾ミサイルに比ベ小型で安価

・命中精度が高い

・亜音速で低高度を飛しょうするため対処が困難

(注) 中性子爆弾 核爆発の際の爆風や熱による効果を抑えて放射線(中性子線)の効果を強め,建物や軍事施設などへの被害を少なくして人員の殺傷を主な目的とした核兵器である。爆風と熱の影響は半径200〜300mの範囲にとどまるが,中性子線効果は半径1,400m程度まで及ぶといわれている。

(注) 装甲歩兵戦闘車 歩兵を乗車させたまま戦闘することが可能な戦闘車であり,ソ連のBMP−2は,73mm滑腔砲及び対戦車ミサイルがとう載されている。

3 北東アジアの軍事情勢

(1) 北東アジアの軍事情勢の特性

欧州とともにユーラシア大陸において軍事的に重要な正面を形成している北東アジアにおいても,米国のこの地域におけるコミットメント遵守の強い決意と米軍事力の存在とによって,米ソ間の相互抑止機能は欧州と同様に有効に働いており,わが国とその周辺地域の政治的,軍事的安定に寄与してきた。

「欧州における戦争は,アジアに発展する可能性がある」(1979年度米国防報告)といわれているように,これら両地域は,政治的,経済的にはもとより,軍事的にも相互に密接な関連性をもっている。

欧州における国際関係の基本構造は,NATOとワルシャワ条約機構の対立という形で,いわば2極化されているのに対し,北東アジアでは,中ソ対立の存在によって米中ソの3極構造が形成されている。

また,欧州における紛争は,大規模なものになる可能性が大きいとみられているが,北東アジアでは,欧州のような2極構造に比べると,米中ソ3国のいわゆる3極鼎立の関係にあることから一種の均衡が成立しており,対立が決定的に進行しにくいという面もあるといえる。しかしながら,アジアにおける中ソの対立及び朝鮮半島における南北間の緊張と対立の存在そのものは,この地域における不安定要因といえよう。

第2次大戦後,米ソを中心とする東西間の対立などによって,ドイツ,ベトナム及び朝鮮半島においては,民族の分裂,対立という不幸を招き,また,中国においては長期間にわたる内戦が続いた。その後,ドイツは長く冷戦の重要な要因の一つとなっていたが,東西両ドイツは1972年に「東西両独基本法」に調印して,相互にその存在を認め合った。

朝鮮半島では,現に朝鮮戦争が起こり,休戦後も現在に至るまで南北間の厳しい対立が続き,国際情勢の不安定要因となっている。また,ベトナムでも長期にわたる軍事紛争が続いたが,1975年北ベトナムによる武力統一が行われ,その解決がみられた。更に,中国は内戦終了直後に起こった朝鮮戦争により決定的となった米中対立の結果が,その後も米中関係に長く尾を引き,極東の不安定要因となってきた。70年代の米中関係調整により両国関係は改善されたが,それ以降も,依然として,いわゆる台湾問題を抱え,今日に至っている。

台湾地域については,当面大きな軍事紛争が発生するとは考えにくい。朝鮮半島については,在韓米地上軍の撤退計画の具体化が進められているところから,北東アジアにおける最も注目すべき地域となっている。

更に,極東におけるソ連海軍力の増強は,これら地域に対するソ連の政治的影響力を高める上でも無視し得ない要因といえよう。また,ソ連海軍の外洋進出は,外洋への通峡ルートに隣接するわが国を初めとする関係各国の安全保障上の関心を一層高めている。

このような北東アジアにおける戦略環境について,具体的に米ソの軍事態勢,中ソ対立の状況及び朝鮮半島の情勢をみると以下のとおりである。

(2) 米ソの軍事態勢

ア ソ連の軍事態勢

(ア) 1960年前後のこの地域におけるソ連軍の配備は,米国及び日本を相当意識していたものとみられていたが,1969年の中ソ国境紛争を契機として,中ソ対立が軍事的にも決定的になるに従い,中国を意識したと思われる兵力の増加が目立ち,現在全ソ連168個師団,約183万のうち,その程度に当たる43個師団以上,約40万人を中ソ国境付近に配備している。そのうちバイカル湖付近から東(極東)に31個師団,約30万人が展開されている。

航空兵力については,全ソ連の作戦機約8,600機のうち,その程度にあたる約2,000機が極東ソ連に配備されており,その内訳は爆撃機約500機,戦闘機約1,400機及び哨戒機約140機となっている。極東ソ連の航空兵力は,前線,遠距離,海軍,防空及び輸送の各航空部隊からなり,配備機数が最も多い前線航空部隊は,主として中ソ国境沿いに配置され,その主たる目的は中ソ国境に多数配置されたソ連地上軍の支援にあるとみられている。

遠距離航空部隊は,主として内陸部に配置され,中国及びアジア周辺部までその行動半径におさめている。また,海軍航空部隊は,主として日本海からオホーツク海沿岸にかけて配置されており,日本海における活発な行動のほか,西太平洋海域における米海軍などの行動を念頭においているものと思われる。

海上兵力については,北洋,バルト,黒海及び太平洋の4個の艦隊のうち,この地域に太平洋艦隊が配置されている。同艦隊は,全ソ連の約2,420隻,420万トンを超える艦艇のうち,その程度に当たる約755隻,133万トンを保有しており,その構成は巡洋艦10隻,駆逐艦等80隻,潜水艦l25隻などからなっている。同艦隊は,司令部所在地であるウラジオストクのほか,ペトロパウロフスク(カムチャツカ),ソフガワニ(沿海地方)などを主要な基地として,太平洋及びインド洋をその行動海域としている。

なお,戦略核戦力として,太平洋艦隊の有するSLBMに加え,内陸部のシベリア鉄道の沿線に各種のICBMが配置されており,これらは全ソ連の戦略核ミサイルのおよそ30%に当たるものとみられる。

(イ) これらの戦力は,装備の近代化と相まって質量ともに増強されてきたが,最近では量的増強よりも質的向上に力が置かれている傾向にあるとみられている。

地上装備としては,T−62型戦車(115mm砲とう載),装甲歩兵戦闘車,BM−21多連装ロケット,SA−7及び8対空ミサイルなどが配備されており,更に最近においては,各種のへリコプタ−の増強が図られている。これらの結果,ソ連地上軍の装甲機動力,空中機動力,装甲防護力,火力などが一段と向上したものとみられる。

航空兵力については,前線航空部隊のMIG−17及び19が減少し,これに替ってMIG−23,SU−19などの新型機も配備されてきており,防空軍においても配備機数にやや減少の傾向が認められるものの,MIG−25を含む新型機が配備されているとみられている。また,遠距離航空部隊及び海軍航空部隊は,航空機にとう載する武器の性能向上などを図っている。

海上兵力については,近年その増勢と質的向上に著しいものがあり,特に潜水艦及び水上艦艇から発射される各種の対艦ミサイルは,航空兵力の向上とともに,現在のところこの方面に空母を配備していないソ連海軍にとって強力な水上打撃力となっている。また,現在125隻の潜水艦のうち約50隻は原子力潜水艦であるが,今後とも原子力推進化の傾向は続くものとみられる。このほか,新型揚陸艦の配備及び海軍歩兵部隊の増強もみられ,周辺地域に対する上陸作戦能力を向上させる傾向にある。

このようなソ連海軍力の増強は,アジア大陸から海で隔てられている島嶼地域の安全保障にとって無視し得ない要因となっているとみられる。(ソ連 MIG−25

(ウ) ソ連軍事力の増強に伴って,艦艇や航空機の外洋進出やわが国周辺における活動も活発化している。

ソ連航空機のわが国への接近飛行は,毎年約200回程度を数え,昨年12月には最新型のAS−6空対地ミサイルをとう載したTU−16が,能登半島沖で確認されている。これらに対する航空自衛隊の緊急発進は,300回以上に及んでいる。

昨年9月7日及び本年3月17日には対馬周辺における領空侵犯が行われ,わが国はこれに対して直ちに外交ルートを通じ,厳重にソ連に抗議を申し入れた。

わが国周辺におけるソ連艦艇及び航空機の行動の概要は,第6図に示すとおりであり,更に対馬,津軽及び宗谷の3海峡におけるソ連艦艇の通峡隻数は,年間300隻程度に達している。

これらの行動は,ソ連海軍及び航空部隊の練度の維持向上を図ることのほか,情報収集などに従事しているものと思われるが,更にこの地域における米国の制海権確保能力に対する制約や海上プレゼンスの増大によるアジア地域への政治的及び心理的な影響力の増大をねらっているものとみられる。(AS−6空対地ミサイルをとう載したソ連爆撃機TU−16(バジャー))(津軽海峡を通峡中のソ連駆逐艦(クリバック級)

イ 米国の軍事態勢

かつてのいわゆる冷戦時代においては,米国は中ソ両国を「結合した脅威」とみなしてその勢力拡大の阻止に意を用い,東アジアの国々と安全保障条約を結び,多くの米軍兵力をこの地域に展開してきた。しかし,既に述べたように,中ソ対立の顕在化などによって,米国は2戦略から1戦略への転換を行い,1970年代からの米中接近の動きもあり,今日においては「我々はもはや米中戦争を基礎に戦力を計画していない」とし,むしろ「中国がソ連に対する戦略的対抗勢力である」(1979年度米国防報告)とさえみている。

このようなことを背景として,西太平洋における米軍兵力の配備も1960年の約83万人を最高とし,その後減少傾向をたどった。この地域における米軍の配備は,北東アジアにおける西側の集団安全保障体制のための前方展開,特に朝鮮半島における紛争の発生を抑止すること,万一紛争が生じた場合の初期防衛力を提供すること及び米本土からの速やかな増援を実行するための補給ルートと基地網を確保することなどにあるとみられ,現在,第7図に示すように,陸軍は,主としてハワイ及び韓国に約5.5万人,空軍は日本,韓国,フィリピンなどに作戦機約300機,更に海軍は第7艦隊を展開している。

ウ 西太平洋における米ソの海軍力バランス

西太平洋における米ソの対峙は,主として海軍戦力が中心となることから,米ソそれぞれの海軍力の特徴についてみると,米第7艦隊は空母2隻,巡洋艦5隻などを含む55隻約60万トン,航空機約250機及び1個海兵両用戦部隊を有する艦隊であり,西太平洋からインド洋における制海権の確保を任務とするとともに,空母部隊と水陸両用部隊による打撃力をもって沿岸地域に対する航空攻撃及び上陸作戦を行う任務を有しており,常時即応の態勢にある。

また,情勢の変化に応じて兵力構成と規模を変え得る柔軟性を有しており,航空攻撃,対艦攻撃,対潜及び両用戦などの能力を保有した構成になっている。

この点,ソ連の太平洋艦隊は,核攻撃能力の向上,米国の制海権確保能力の打破,海上交通遮断などを主なねらいとして,弾道ミサイル潜水艦,攻撃型潜水艦,ミサイルとう載水上艦などから構成されている。

これら2つの艦隊の能力についてみると,第7艦隊の制海権確保任務に対するソ連太平洋艦隊の打破能力は,外洋海域においては,第7艦隊が航空戦力(空母)を有し,かつ,自隊防護のための十分な対潜能力を有していることから,ソ連がこれを打破することは一般的には困難であるとみられる。しかしながら,TU−16などの航空機は,スタンドオフ・ミサイル(相手の対空兵器の射程外から対艦攻撃が可能なミサイル)をもって第7艦隊を攻撃する能力があるとみられ,また,大陸沿岸などの地域にあっては,ソ連の陸上基地に配備された航空機の掩護が可能であると考えられる。このような場合の両者の相対的能力は,空対艦ミサイルの撃破能力,同ミサイルに対する空母の防御力など両者の保有する兵器システム,あるいは集中し得る航空機の量,後方支援能力といった要因により左右されることとなろう。

次に,第7艦隊の海上交通路の維持能力については,同艦隊は自隊防護のための対潜能力は十分保有しているが,多くの一般商船などを保護するための能力に十分でない点もあると考えられ,ソ連の海上交通遮断能力を完全に阻止することには困難が伴うとみられる。

基地及び後方支援能力については,第7艦隊は西太平洋において主要な基地を,日本,フィリピン,マリアナ諸島などに保持しているが,ソ連の太平洋艦隊は,主たる基地が内海に所在し,また,極東地域における後方基盤の脆弱性などによって,おのずから限界があるとみられる。(米空母ミッドウェイ(5万1,000トン)

(3) 中ソ対立と両国の軍事態勢

ア 中ソ対立をめぐる両国の最近の動向をみると,1976年9月の毛沢東主席の死去に伴い,ソ連は中国非難を停止し,中国の出方によっては関係改善の用意があることをひん繁に表明する動きをみせたが,中国は1977年2月の中ソ国境交渉の中断,同年8月の第11回党大会における諸演説などにもみられるように,従来の対ソ強硬姿勢を変更するような動きはみせなかった。これに対して,ソ連も1977年に入ると次第に中国非難を復活させ,5月には中国の新しい指導部に対し,以前と同様の姿勢を示すに至った。更に,本年2月中ソ関係改善のための会議開催をソ連が提案したが,中国はこれを事実上拒否し,対立の厳しさが改めて確認された。

このような中ソ対立関係は,当面大幅に改善される見通しは予想されないが,中国が国家間の実務的な関係において,人的交流などの限定された分野での関係修復を図る可能性は全く否定することはできないであろう。

現在,中国は農業,エ業,国防及び科学技術の4つの近代化政策を掲げ,国防の近代化については,当初の段階においては西側諸国から軍事科学技術の導入を図り,これらを基礎に自国の軍事的な技術・産業の開発を実施しようとしているものとみられる。

イ 中ソ両国の軍事態勢についてみると,ソ連の軍事態勢は,前に述べたとおりであるが,このようなソ連の軍事態勢に対して,中国は戦略核戦力の開発にも努力し,既にMRBM及びIRBMを配備するとともに,短射程のICBMも配備しているといわれる。

また,陸軍については第8図に示すように,東北及び華北地方を重点に兵力を配置し,藩陽軍区(東北地方)に約25個師団,首都北京を含む北京軍区(華北,内蒙古地方)に約30個師団,更にその西方の蘭州及び新彊軍区にも多くの師団を配置し,中ソ国境全体に総兵力約140個師団のうち75個師団程度の兵力を展開しているとみられる。しかし,中国陸軍の大部分は歩兵師団であり,戦車師団及び機械化師団を主体とするソ連地上軍に比べると,機甲,対機甲,防空戦闘能力などの点で格差があると思われる。

中国側は,このような装備の格差と防衛地域が広大なことなどの理由から,部隊の主力は国境から間合をとってやや後方に下げた位置に配備しているとみられ,また,正規軍のほかに数百万人といわれる練度の高い武装した民兵を直ちに動員し得る体制を備えている。

5,300機以上の作戦機を保有しているとみられる航空兵力も,地上兵力と同様に対ソ配備に重点を置いているが,その主力はソ連の設計によるMIG−17及び19,MIG−19に中国独自の改良を加えたF−9などの戦闘機で構成され,国土防空を主要な任務とし,併せて対地支援の任務をも有するものとみられている。

更に,比較的少数の中型爆撃機TU−16及び軽爆撃機IL−28を保有しているが,総じて米ソの第一線機に比べると性能などの面で遅れが目立っている。

また,レーダー,防空ミサイル,指揮,通信組織などからなる全国的な防空組織も,まだ質量ともに十分な状態のものとはみられていない。

海軍については,約1,500隻の艦艇を有し,沿岸防備を主任務としているとみられるが,ソ連海軍の増強と外洋進出にも対応して,近年はミサイル駆逐艦,攻撃型潜水艦,ミサイルとう載艇などの建造にも着手しており,現在は原子力潜水艦1隻を含む70隻程度の潜水艦を保有している。しかし,対ソ防衛重視の観点から,巨額の経費を必要とする陸軍と空軍の近代化に迫られていると思われ,過去1〜2年間に海軍力は漸増したが,目立った増強はみられず,中国が近い将来,外洋海軍としての能力を保有する可能性は少ないものとみられる。また,海軍航空隊は,戦闘機を主体として約630機の作戦機を保有しているものの,その行動範囲はおおむね中国沿岸に限れている。

このような軍事態勢の下にあって,中国は当面,前記の4つの近代化政策を進め,国力の充実を図るとともに,内政面でも充実を図っていくものとみられる。

(4) 朝鮮半島の情勢

わが国と一衣帯水の間にある朝鮮半島においては,韓国と北朝鮮合わせて100万人を超える正規軍が,幅わずか4km長さ約250kmの非武装地帯(DMZ)をはさんで対峙し,今日,世界で最も軍事的対立と緊張の厳しい地域の一つとなっており,過去多くの衝突が発生している(資料9参照)。

ア 南北の軍事態勢と軍備のすう勢

(ア) 北朝鮮は,1960年代初めに打ち出した「軍の近代化」,「全人民の武装化」などの「4大軍事路線」の下に,軍備の近代化,増強を図っており,その軍事力は地上兵力を主体として陸軍25個師団,約43万人並びにMIG−19及び21を含む空軍作戦機約630機が主要な戦力であり,ほかにミサイル哨戒艇,魚雷艇及び潜水艦を主力とする沿岸防備的性格の海軍を保有している。このうち陸軍は,特に集中的な打撃力を重視した戦車部隊(戦車師団2,独立戦車連隊5)を編成しており,強力な砲兵に支援された約14個師団が,DMZからおおむね数十km以内に展開している。なお,一部の砲兵及び地対地ミサイルは,ソウルを射程下におさめているといわれる。

また,労農赤衛隊を中核とする強力な予備兵力を保有している。北朝鮮の装備品などは,当初ソ連からの供与兵器を中心としていたが,工業技術能力の向上に伴う兵器などの国産能力が培われているのに伴い,供与兵器と国産兵器を中心として軍備の近代化,増強が進められているが,今後も,現在韓国を上回っているとみられる兵器の国産能力の下に,自主的努力による戦力の漸増を進めていくものとみられている。

(イ) 韓国は,米韓防衛協力体制の下で経済の高度成長を背景として国防力の充実を図っているが,その軍事力は陸軍20個師団,約56万人及びF−4,F−5が主力である約340機の空軍作戦機が主要な戦力であり,そのほかに駆逐艦,新型のミサイルとう載艇などを主力とする沿岸防備的性格の海軍を持っている。部隊の装備品及び後方支援は,米軍に大きく依存しているが,徐入に装備の国産化を図り,また,自前の補給体制の整備に努めており,米国の援助を受けつつ戦力増強計画を推進中である。

韓国の軍事力の中核をなしている陸軍は,大部分が歩兵師団であり,北朝鮮のような戦車師団はなく,また,直ちに正規軍化が可能な予備兵力も保有していない。

韓国陸軍の配備は,約20個師団がDMZからおおむね数+km以内に展開している。ソウルとDMZの間は,近いところで約40kmしか離れていないが,この間には河川障害,隘路が存在し,また,人工の防御施設も設けられており,防御体制の強化が図られている。

(ウ) 一方,米国は,現在約4万人にのぼるいわゆる在韓米軍をこの地域に配備しているが,このうち約3万2,000人が陸軍兵力である。陸軍の主要部隊は,第2歩兵師団のほか,第38防空砲兵旅団,第19支援コマンドなどである。韓国の空軍力を補完している在韓米空軍には,F−4約60機からなる第314航空師団が配置されているが,これらの在韓米軍は,米空母部隊を含め西太平洋地域及び米本土からの増強が可能である。このほか,「戦術核兵器も展開されている」(シュレシンジャー米国防長官 1975.6)といわれ,これらの在韓米軍の存在は,朝鮮半島における紛争抑止の上で大きな役割を果たしてきた。

(エ) また,北朝鮮と同じ社会主義体制の国である中国及びソ連は,同国とそれぞれ「友好,協力及び相互援助条約」を結んでいるものの,現在においては,北朝鮮が中ソに対し自主独立路線をとり,また,中ソとも米国と同様朝鮮半島の武力による現状変更を望んでいないものとみられる。

なお,このような朝鮮半島における軍事力の対峙状況は,第9図のとおりである。

(オ) 以上のような態勢にある韓国と北朝鮮の戦力についてみると,陸上兵員数では韓国の方が多く,戦車を中心とした機甲戦力の面で北朝鮮が勝っているといえる。また,空軍は作戦機数で北朝鮮の方が圧倒的に多いが,質的には韓国はF−4及びF−5のような優れた性能の作戦機を保有している。

更に,後方支援の面についてみると,韓国は米国との後方連絡線が遠く海を隔てているものの,韓国内に所在している米軍から随時支援を受けることが可能であり,一方,北朝鮮は現在中ソからの積極的な支援はないものの,両国と陸路で直接連絡できる利点もある。

また,韓国は首都ソウルが北朝鮮のロケット砲の射程内に入るDMZから40〜60kmのところに所在しているという地理的に不理な面を有するが,これに対し,北朝鮮は首都平壌がDMZから直接脅威にさらされない位置にあるという有利な面を持っている。

イ 在韓米地上軍の撤退と補完措置

(ア) カーター大統領は,選挙中の公約として在韓米地上軍を韓国から引き上げる政見を表明したが,政権担当後1977年7月,ソウルで開催された第10回米韓安全保障協議会におけるカーター大統領の朴大統領あての親書,米韓共同声明,あるいはカーター大統領の議会あて書簡などを通じ,この在韓米地上軍撤退計画の概要を明らかにした。

すなわち,米国は在韓米地上軍を朝鮮半島の平和を損なわないような方法で必要な補完措置を講じつつ,4ないし5年にわたり撤退させることとし,具体的には1978年末までに約6,000人を撤退させ,残りの地上戦闘部隊約2万6,000人の撤退は段階的かつ慎重に行い,第2歩兵師団司令部及び2個旅団は撤退の最終段階まで韓国にとどまることとしている。

また,米国が撤退に先立ち又は並行して実施することとしている補完措置の概要は,次のとおりである。

 韓国に引き続き駐留する空軍部隊を増強するとともに,海軍も引き続き周辺海域に展開する。

 現在,在韓米軍の保有している装備の一部を無償で韓国に移管するとともに,韓国軍の戦力改善のための軍事売却クレジットその他の援助を実施する。

 即応態勢維持のため,米軍と韓国軍との協同軍事演習を継続し,拡大するとともに,作戦上の能率改善のため,第一陣の撤退完了前に米韓連合司令部を設置する。

更に,米国はこれら補完措置とともに,米韓相互防衛条約は完全に維持し続け,韓国の安全に対する米国のコミットメントは不変であること,米国は韓国の参加なしには朝鮮半島の将来について北朝鮮といかなる交渉もしないこと,更に国連軍司令部は平和維持機構として引き続き機能を遂行する旨の保障を与えている。

(イ) カーター大統領は,この撤退計画について1977年3月,韓国の朴外務部長官に在韓米軍の撤退は朝鮮半島の軍事バランスを崩したり,安定を損なわないよう韓国政府との協議を通じて注意深く実行することを保障し,その後,5月におけるブラウン統合参謀本部議長及びハビブ国務次官の訪韓並びに前記7月の米韓安全保障協議会などにより米側は韓国側と本格的協議を行った。

このような計画の下に,米国政府は撤退に伴う補完措置の一環である韓国に対する軍事援助について米議会の承認取り付けを進めてきたが,カーター大統領は本年4月,この承認の遅れなどにかんがみ,1978年末までに撤退させることを予定していた約6,000人のうち,1,600人は,1979年まで韓国にとどめる旨の計画変更を発表した。

一方,韓国は既に1976年から米国の協力を得て「戦力増強5か年計画」を進めており,このため防衛税を新設するなどして,従来の国防費に約50億ドルの追加投資を行い,自主防衛体制の確立を進めている。

更に,本年3月米国と韓国は合同演習「チーム・スピリット78」を実施したが,同演習は米国の対韓防衛コミットメントが不変であることを示すねらいもあったとみられている。(米韓合同演習「チーム・スピリット78」

(ウ) また,米国はこの撤退計画については,韓国のほか日本とも協議の後に同半島の平和を損なわないような仕方でこれを進めていく旨述べ(福田・カーター日米共同声明 1977.3),前記のブラウン統合参謀本部議長,ハビブ国務次官及びブラウン国防長官の訪韓後の来日などの機会に,わが国に対し米側の方針を説明するなど在韓米地上軍の撤退を朝鮮半島の平和を損なわないような仕方で進めることを強調してきた。

朝鮮半島における平和と安定の維持は,わが国の安全にとって重要な関連を有しているばかりではなく,東アジア全域の平和と安定にとっても重要な要素となっている。

在韓米軍の存在は,今日まで朝鮮半島の平和と安定に大きく寄与してきたところであり,わが国の防衛政策も朝鮮半島においては,おおむね現状で推移し,少なくとも大きな武力紛争は生じないであろうことを大きな前提の一つとして進められているところである。

したがって,撤退に当たっては,既に米国がたびたび表明しているように米国の対韓コミットメントの継続及び撤退と併せ実施が計画されている補完措置が有効に確保され,朝鮮半島における軍事バランスの維持ひいては同半島における平和と安定の維持,確保が図られることは,わが国の国益にも合致するところであり,わが国としてもこれを強く望むところである。

 今日,わが国の安全にかかわる国際環境を軍事的な観点からみれば,以上述べたとおりである。これらを整理すれば,次のようにいえよう。

 今日,主要国間の軍事力の行使は,米ソ両国の核相互抑止関係及び両国を中心とする集団安全保障体制の存在によって大きく制約され,特に北東アジアにおいては,国際関係の上で米中ソの3極構造となっており,そのため対立が決定的に進行しにくいという面もみられる。

 また,西太平洋地域における米軍のプレゼンスと,日米安全保障体制の存在は,わが国を含む北東アジアの安全と安定に不可欠の前提となっている。

 更に,中ソ両国の対立関係によって,両国がその巨大な兵力を国境近辺に展開し,相対峙させ,アジア大陸周辺部よりはその内部に対してそれぞれ兵力を指向していることは,周辺地域の軍事的安定にとって見逃すことができない要因となっている。

 このような国際環境は,現在のところ大きな変化は予想されないが,当面ソ連の軍事力増強と在韓米地上軍の撤退問題には注目する必要があろう。

 近年におけるソ連軍事力の著しい増強,特に海軍力の増強と外洋進出能力の向上は,欧州及び極東における地域的な軍事バランスの面にも影響を与えつつあるとみられ,わが国を含む西側諸国の安定を支えている米国の前方展開戦略の維持,あるいはソ連の政治的姿勢の変化などといった面での問題をもたらし,米国を中心とする西側諸国はこれに対して懸念を深めるとともに,対応努力を進めている。

 在韓米地上軍撤退問題については,従来最も懸念されているのは,これが軍事力の均衡に現実の影響があり得ることに加え,あるいはそれ以上に米国の韓国防衛コミットメントにかげりが感じられ,それが韓国の政治的安定に心理的な悪影響を与えることであり,更に北朝鮮がその政策判断においてこのような状態を過大に判断する危険性であった。しかし,既に述べたとおり,米政府はコミットメントの堅持,補完措置の実施などを繰り返し表明しており,他方,韓国は近年の目覚しい経済成長によって得た自信もあって,政治的に動揺する傾向を見せていず,また,米中ソ3大国とも朝鮮半島の武力による現状変更を望んでいないと判断されるので,予見し得べき将来においては,南北間の厳しい対立は容易に改善されないまま,現状が維持される可能性が大きく,依然小規模紛争発生の可能性は否定できないものの,当面大規模紛争が発生するとは考えにくい。

 このような国際環境の中にあって,わが国としては,日米安全保障体制を堅持しつつ,第2部において述べる「防衛計画の大網」に従い,自ら応分の防衛努力を続けることが,わが国周辺の安定的均衡を維持し,ひいては世界の平和と安全に役立つことになると考える。

 

(注) 海軍歩兵部隊 上陸作戦を主とする部隊で,米国の海兵隊に相当し,ソ連は5個連隊の海軍歩兵を保有している。従来そのうち1個連隊が極東に配置されていたが,最近2個連隊となり,現在はウラジオストクに配置されてしいるといわれている。

(注) 米韓合同演習「チーム・スピリット78」 この演習は,統合/合同の空海及び陸上作戦の計画,実施並びにそれらの評価による指揮官,幕僚及び部隊の演練を目的として,1978年3月7日から17日までの間実施された米韓合同の演習で,主として米軍増援部隊の韓国への戦略機動展開,制空権の確保,米韓両国地上軍に対する近接航空支援,合同水陸両用作戦,機動部隊に対する兵站支援並びに陸・海兵隊・海及び空軍による模擬戦闘の実施を演習した。

なお,この演習には韓国軍,在韓米軍のほか,米本土及び西太平洋に駐留する1個空母任務群,1個海兵両用戦旅団,海兵航空群,ランス部隊,第25歩兵師団の一部などの米軍が参加した。