第2章

防衛計画の大綱

1 基盤的防衛力構想採用の背景

2 基盤的防衛力構想の考え方

3 基盤的防衛力の具体的内容

4 基盤的防衛力の整備

 

 政府は,昭和51年10月29日,昭和52年度以降に係る「防衛計画の大綱」を閣議決定した。これは,第4次防衛力整備計画(以下「4次防」という。)が51年度をもって終了するので,52年度以降のいわゆる「ポスト4次防」について定めたものである。

 この「防衛計画の大綱」は,内外諸情勢が大きく変化しない限り,今後のわが国における防衛力の整備,維持及び運用の基本的指針となり,自衛隊の管理,運営の準拠となるものである。その決定にあたっては,7回に及ぶ国防会議が開催され,今後のわが国の防衛のあり方について審議が行われたが,この大綱の特徴は,「基盤的防衛力構想」という新しい考え方が採り入れられ,かつ,基盤的防衛力の内容が具体的に示されたことである。

 本章においては,この「防衛計画の大綱」について解説を加え,今後のわが国の防衛政策を説明することとする。

1 基盤的防衛力構想採用の背景

 今回の「防衛計画の大綱」は,前述のように「基盤的防衛力構想」という新しい考え方を採り入れている。その内容については後に詳しく述べることとし,ここではまずそのような新しい考え方を採用するに至った動機なり背景に触れてみよう。

 それは次の四点に要約できる。

(1) 国民的合意を確立するための努力

第一点は,防衛のあり方に関する国民的合意を確立したいと考えたことである。

わが国は,これまで4次にわたる防衛力整備計画を策定し,陸上,海上,航空各自衛隊の整備,充実に努めて来た。しかしながら,これらの防衛力整備計画は,その根底となる考え方や理論が抽象的であり,計画対象期間において,戦車や艦艇や航空機をそれぞれ何両,何隻,何機調達するかといったことを主体としていた。このため,これらの計画は,ややもすると装備の取得計画でしかないとの批判が一部に生じ,その前提となる考え方や理論,つまりわが国の防衛のあり方の明示を求める声が生じた。今回の「防衛計画の大綱」は,このような声に応えて,防衛力を保持する意義,防衛の態勢,各自衛隊の体制等わが国の防衛のあり方について,政府の考えをできる限り具体的に明示しようとしたものである。

また,これまでの防衛力整備計画の実施により,わが国の防衛力は第1表に示すとおり,逐次整備,充実されてきたが,これに対して,「わが国の防衛力はどこまで大きくなるのか,際限のない増強を目指しているのではないか」といった声も一部に生じていた。今回の「防衛計画の大綱」は,このような声にも応えて,陸上,海上,航空各自衛隊ごとに具体的な目標を明示しようとしたものである。

(2) 自衛隊の現状に対する反省

第二点は,自衛隊の現状なり実態に対して,政府部内でもある種の反省が生じてきたことである。

これまでの防衛力整備は,安全保障問題に対する世論の分裂もあり,厳しい環境の下で行われてきた。そして,一方では「わが国の防衛力はどこまで大きくなるのか」といった声も一部に生じたが,他方で,自衛隊の現状は,従来の整備目標たる「通常兵器による局地戦以下の侵略事態に対し,最も有効に対応しうる効率的な」防衛力には程遠く,「いつまでたっても所要の防衛体制に達しない」状況が続いてきた。そして,勢い正面防衛力の整備に重点が置かれ,補給体制や居住施設等のいわゆる後方支援部門の整備は圧迫を受けざるをえなかった。こうしてわが国の防衛力は,正面に比して後方関係の整備の遅れが目立ち,全体としての能力は意外に低い水準にとどまるのではないかと憂慮されるに至った。

今回の「防衛計画の大綱」は,このような実情の反省に立って,政府の責任において自衛隊が果たすべき防衛上の具体的任務範囲を明確にするとともに,見通しうる将来に達成可能な現実的な防衛体制を,一定の意味をもった完結性のある形で整えようとするものである。(第1表 防衛力整備の推移

(3) 防衛力整備上の国内的諸条件への配慮

第三点は,防衛力を整備していく上での国内的な制約なり条件に対して,諸種の配慮が行われたことである。

その一は,経済財政上の制約である。わが国の防衛力は,自衛隊創設後20余年を経て,老朽化した装備や施設の更新近代化等のための所要経費の増大や人件費等の上昇により,これを維持していくだけでも相当の経費を必要とする時期にきている。しかしながらわが国の経済は,先年の石油危機を契機として,これまでの高度成長経済からの軌道修正が求められており,今後防衛関係経費を大幅に伸ばすことは困難であると見込まれる。

その二は,隊員確保上の制約である。自衛隊はその特性上,大量の若年隊員とその新陳代謝を必要とするが,わが国の人口構造の推移等からみて,今後多数の若年隊員を確保することは,かなりの困難を伴うと予想される。

その三は,施設取得上の制約である。自衛隊は,演習場や基地として広大な用地を必要とするが,最近における地価の高謄状況,地域開発計画等の推進,生活環境保全に対する地域住民の要求の高まり等にかんがみ,新たな用地の取得はますます困難化している。

今回の「防衛計画の大綱」は,このような国内的な制約なり条件に配慮を行い,今後自衛隊の大幅な増強を図ることは困難であると判断して,厳しい諸制約の下でも実現可能性のある防衛体制を確立しようとしたものである。

(4) 国際情勢に対する見方

第四点は,当面の国際情勢に対する判断である。

最近の国際情勢の「基調」となる流れについては,次のとおりに考えている。

まず,米ソ両国を中心とするいわゆる東西関係においては,ソ連の軍事力の増強やいわゆるデタントの停滞等相互の対立点,不信感が表面化する等の曲折はあろうが,両国の強大な核戦力を初めとするカのバランスを背景として,核戦争又はそれに発展するおそれのある大規模な武力紛争は努めて回避し,相互関係の改善を図るための対話が継続され,両国の核相互抑止関係から,東西間の全面的軍事衝突又はこれを引き起こすおそれのある大規模な武力紛争が生起する可能性は少ないであろう。このような判断は,4次防策定時に行った情勢判断と特に異なるものではない。

他方で,わが国周辺地域においては,中ソ対立の継続,米中関係の一定の改善等により,かつての東西関係のわくを越えて米中ソ三国間に複雑な関係が成立してきている。更に,インドシナ半島における戦火の終息もあり,その後このような複雑な関係は,当面この地域において大規模な武力紛争が生起する可能性を減少させているとも考えられ,また,直接軍事力を行使して現状変更を図る試みは,4次防策定当時に比して更に困難な状況になっている。

以上から見て,今回の「防衛計画の大綱」は,わが国が今後とも日米安全保障体制を堅持することは当然の前提とした上で,「基盤的防衛力構想」を選択しうる国際環境にあると判断したものである。

2 基盤的防衛力構想の考え方

 「基盤的防衛力構想」とは何か。これを「防衛計画の大綱」に即して一言で述べると,わが国が保有すべき防衛力は,

ア 前述のような内外諸情勢が当分の間大きく変化しないとの前提にたてば,
イ 防衛上必要な各種の機能を備え,後方支援体制を含めてその組織及び配備において均衡のとれた態勢を保有することを主眼とし,
ウ これをもって平時において十分な警戒態勢をとりうるとともに,限定的かつ小規模な侵略までの事態に有効に対処することができ,
エ 更に,情勢に重要な変化が生じ,新たな防衛力の態勢が必要とされるに至ったときには,円滑にこれに移行しうるよう配意されたものとする。

との考え方である。

 このような考え方は,4次防までにはみられなかった新しい考え方である。以下にこの構想の基本的な考え方や特微点などを述べることとする。

(1) 脅威についての見方

防衛力の本質は,古今東西を問わず,外部からの脅威に対し備えることにある。その意味において,脅威を無視した防衛は考えられない。一般に脅威とは,侵略しうる能力と侵略する意図とに大別して考えられる。「能力」がいかに大きくても「意図」がなければ,脅威は現実のものとはならない。脅威は「能力」に「意図」が結合することにより侵略となり,現実化するものといえよう。

ア 意図

脅威を構成する「意図」というものは,つまるところ人間の意思であり,状況いかんによって容易に変化するものであって,本質的に不安定さを内包しており,外部からこれを察知することは困難である。従来の防衛力整備においては,全面戦争ないしそれに発展するおそれのある大規模な武力紛争こそは,米ソ両国の核相互抑止関係や日米安全保障体制の堅持等によって,その発生は強く回避されるが,そこまでに至らない規模の侵略は,「意図」の変化次第でいつ起るかも知れないと考え,これに対して所要の備えを行おうとしたものであった。

これに対して「基盤的防衛力構想」では,「意図」は変化しやすく,かつ,察知しにくいものであるという見方は変わるところはないが,更に次のような点に留意している。すなわち,ここでいう「意図」とは,「他国を侵攻するか否か」についての国家としての意思であり,「侵攻を行う」との決断は,国際政治に及ぼす影響,結果の重大さを考えるとき,政策決定者としても自由自在に下しうるものではない。つまりこの「意図」は,実際問題として国際情勢や国際政治構造とからみ合っており,その可変性はおのずから限定されているとみることができる。このような制約は,意図する侵攻規模が大きければ大きい程強く機能するといえよう。このような観点から「基盤的防衛力構想」では,あらかじめ侵略の動きが見極めにくいもの,すなわち大掛りな準備は行わず,軍備の態勢をほぼそのままにして奇襲的に行われる侵略について,平時から備えようとしているものである。

イ 能力

脅威を構成するもう一方の要素である「能力」については,軍事力の整備には長期間を要するので急激に変化することはない上,それは物的かつ外面的な形で現れるので,外部からこれを測定したり,将来の推移を見積ることが可能であるという特性がある。従来の防衛力整備においては,全面戦争や大規模な武力紛争に至らない規模の侵略,すなわち,「限定的な侵略」に対処することを前提としていたが,これは,いいかえればわが国に対し限定的な侵略を行いうる能力をもって脅威とみなし,これに対応しうる防衛力を建設することを目標としていたといえよう。

これに対して,「基盤的防衛力構想」では,脅威の量だけを考えて防衛力の量を算定するのではなく,例えば組織上も配備上も隙がなく,かつ,均衡のとれた態勢を保有し,平時において十分な警戒態勢をとりうるものという観点から防衛力の量を追求した。このように防衛力の規模を平時の防衛力のあり方を主眼としてアプローチしたことは,「基盤的防衛力構想」の大きな特徴となっており,これによりわが国が目標とする防衛力の規模を初めて具体的に明示できることとなった。

(2) 対処すべき侵略の事態

「基盤的防衛力構想」では,前述のような考え方に基づいて,必要とする防衛力の量を算定しているが,本来防衛力というものは,いわゆる有事に際して有効なものでなければならない。この点について「基盤的防衛力構想」は,わが国が保有すべき防衛力のあり方として,防衛上必要な各種の機能や態勢を具備するとともに,「限定的かつ小規模な侵略」までの事態に有効に対処しうるものを目標としている。

ここにいう「限定的かつ小規模な侵略」とは,「限定的な侵略」のなかでも小規模なものを指す。そのような侵略は,一般的には,事前に侵略の「意図」が察知されないよう,侵略のために大掛りな準備を行うことなしに奇襲的に行われ,かつ,短期間のうちに既成事実を作ってしまうことなどを狙いとしたものといえよう。「基盤的防衛力構想」がこのような侵略に対処しうることを目標としたのは,これを超える規模の侵略は,その生起が強く抑止されるし,生起するにしても,事前に情勢の変化をは握し,新たな防衛力の態勢に移行することとしている(後述(3)参照)からである。この点については,従来は単に小規模なものだけではなく,小規模を超えるものをも含めて「限定的な侵略」事態全般に有効に対処しうる防衛力を整備することを目標としていた。

(3) 新たな防衛力の態勢への移行

「基盤的防衛力構想」では,前述のように,「限定的かつ小規模な侵略」までの事態に有効に対処しうることを能力上の目標としているが,それでは,わが国に対して小規模なものを超える侵略が生起する可能性は全くないのであろうか。この点については,「基盤的防衛力構想」では,先に述べてきたような安定化のための努力が続けられている国際情勢及びわが国周辺の国際政治構造から,そのような可能性は極めて小さいと判断している。しかしながら他方で,国際情勢の先行きは,常に不確定要素を含んでおり,誰しも将来のことを断定することはできない。特に,防衛の本質が万一の事態に備えるところにあるとすれば,この不確定要素を無視することはできない。

このため,「基盤的防衛力構想」では,いったん上記のような判断を下しながら,将来については前述のような国際情勢,国際政治構造等が,今後「当分の間,大きく変化しない」ことを「前提」として取り扱い,この「前提」の上に立って「限定的かつ小規模な侵略」までの事態に有効に対処することを目標としている。したがって,情勢に大きな変化が生じてこの「前提」が崩れた場合は,当然にこれに見合って防衛力の拡充,強化を行わなければならず,その場合に備えて,あらかじめ新たな防衛力の態勢に円滑に移行しうるよう,種々の配意を行うこととしている。

もっとも,ここにいう情勢の大きな変化とは,個々の事象の変化を指すものではなく,先に述べた(1の(4)参照)情勢の「基調」についての重要な変化を指している。これを具体的に述べれば,例えば次のような諸点が大きく変化した場合といえよう。

ア 日米安全保障体制は,今後とも有効に維持されるであろうこと。
イ 米ソ両国は,核戦争又はそれに発展するおそれのある大規模な武力紛争を回避しようとするであろうこと。
ウ 中ソ関係は,仮に部分的改善はあっても,対立の根本的解消には至らないであろうこと。
エ 米中関係は,今後とも相互の関係調整が続けられるであろうこと。
オ 朝鮮半島においては,おおむね現状で推移し,少なくとも大きな武力紛争は生じないであろうこと。

また,新たな防衛力の態勢に円滑に移行するために,あらかじめどのような配意が必要となるかについては,新たな防衛力の態勢の具体的内容,すなわち,防衛力をどこまで拡充,強化するのかは,情勢の変化の内容等に応じて,それが必要とされる時点で新たな政策判断として決定されることとなるので,あらかじめ具体的な事項を列挙することは困難である。しかしながら一般的には,量的には必ずしも十分でなくとも,良質の基幹要員を保有していて最新の防衛技術を駆使しうる等,質的には必要とされる水準を維持していて,いつでもより強固な態勢ヘ移行するための中核となりうるカを備えていること等である。防衛力を拡充,強化するためには,どれだけの期間,どのような手続,いくらの経費を要するのか等を種々のケースを想定して検討することは,今後早急に実施すべき課題といえよう。またその際には,単に防衛力の拡充,強化だけではなく,防衛関連諸施策といわれる防衛産業の育成,必要物資の備蓄,民間救護組織の整備,建設,運輸,通信,科学技術,教育等の各分野における防衛上の配慮の加味等についても,真剣に検討する必要がある。

更に,新たな防衛力の態勢への移行は,実際問題として相当の長期間を要する。したがって,移行を行うとの決断は,必要な時期までにこの移行が完了するよう,十分な時間的余裕を見込んで行われる必要があり,それが遅れた場合は,侵略に対して有効に対処しえないこととなる。そのような「リスク」を最小限にとどめるためには,国際政治や軍事情勢の動向を常に的確に分析し,情勢の重要な変化の兆候をできる限り早期に察知すること,察知した結果を適時,適切に防衛政策に反映させることが極めて重要である。

 

(注) 在韓米地上軍撒退間題 米国政府は,在韓米地上軍を撤退する計画を有している。しかしながら,米国としても朝鮮半島の平和を損なわないような仕方でこれを進めていくものと考えられ,その時期,規模,代替策等について慎重な配慮が行われることとなろう。

 したがって,在韓米地上軍が撤退するからといって,直ちにこの「防衛計画の大綱」を見直す必要はないと判断しているが,朝鮮半島における平和と安定の維持はわが国の安全に重要な関連があるので,今後の推移には十分注目していく必要がある。

 

3 基盤的防衛力の具体的内容

 「基盤的防衛力構想」の基本となる考え方については,以上に述べてきたところであるが,それでは,基盤的防衛力の具体的内容は,どのようなものなのであろうか。ここでは,基盤的防衛力の機能別にみた防衛能力に触れたのち,量及び質の両面からその具体的内容について述べることとする。

(1) 機能別の防衛能力

ア 警戒のための態勢

基盤的防衛力は,常時十分な警戒態勢をとりうるものでなければならない。このため,わが国の領域及びその周辺海空域の警戒監視並びに必要な情報収集を常続的に実施しうることが必要である。これは,わが国の安全を確保するために不可欠の機能であり,特に,「基盤的防衛力構想」が「限定的な侵略」のなかでも小規模なものに有効に対処しうることを目標とするとともに,情勢に大きな変化が生じた際には新たな防衛力の態勢に移行することとしているので,いわゆる「ウサギの耳」を長くすることは,従来にも増してその重要性が高まっている。

イ 間接侵略等に対処する態勢

基盤的防衛力は,国外からの支援に基づく騒じょうの激化,国外からの人員,武器の組織的な潜搬入等の事態が生起し,又はわが国周辺海空域において非公然武力行使が発生した場合には,これに即応して行動し,適切な措置を講じうるものでなければならない。これは,そのような事態が生起すれば,これを契機として直接侵略事態に発展する恐れがあるので,そのようなことにならないよう,即時適切な措置を講ずる必要があるからである。同様に,わが国の領空に侵入した航空機又は侵入するおそれのある航空機に対しても,即時適切な措置を講じえなければならない。

ウ 直接侵略に対処する態勢

基盤的防衛力は,直接侵略事態が発生した場合には,その侵略の態様に応じて即応して行動し,限定的かつ小規模な侵略については,原則として独力でこれを排除しうるものでなければならない。その考え方については,既に詳しく述べたところである。なお,「原則として独力」としているのは,限定的かつ小規模な侵略であっても,わが国に対する武力攻撃が発生すれば,日米安全保障条約が適用される事態であることを考慮したものである。また,侵略の様相等の状況により独力での排除が困難な場合にも,有効な抵抗を継続して,米国からの協力をまって,そのような侵略を排除しえなければならない。

エ 指揮通信及び後方支援の態勢

基盤的防衛力は,指揮通信,輸送,救難,補給,保守整備等の各分野において,必要な機能を発揮しうるものでなければならない。これらの機能は,迅速かつ有効適切な行動を実施する上で,不可欠であり,また,防衛力の抗たん性を向上させるという観点からも,その充実を期そうとするものである。

オ 教育訓練の態勢

基盤的防衛力は,平時から周到な教育訓練を実施しうるものでなければならない。防衛力は,戦車,艦艇,航空機等の装備品だけで構成されるものではなく,これら装備を駆使しうる高度の技術者や,各種部隊を適切に指揮運用しうる経験に富んだ各級指揮官等の人的要素が重要な地位を占める。このため,防衛力を真に有効なものとするためには,平素から周到な教育訓練を実施して,部隊の練度を向上させるとともに,各種技術要員を養成維持し,併せて士気の高揚を図る等,防衛力の人的側面における充実を期さなければならない。

カ 災害救援等の態勢

基盤的防衛力は,国内のどの地域においても,必要に応じて災害救援等の行動を実施しうるものでなければならない。防衛力を保有することは,直接的にはわが国に対する侵略を未然に防止し,万一,侵略が行われた場合にはこれを排除することを目的とするものであるが,この防衛力は,平時にあっては,人員,装備,組織,技術等をできる限り国民の用に直接役立てるべきである。

このような観点から天災地変,その他の災害の発生に際して,迅速な救援活動を実施する等,民生の安定に寄与しうることも基盤的防衛力にとって重要である。

そのためには,原則として各府県に少なくとも1個連隊相当程度の陸上,海上又は航空自衛隊の部隊等を配置し,それらの要請に速やかに応えうる体制を備えていることが望ましい。そのような部隊等の配置の現状は第10図のとおりであり,現状においても必要な体制がほぼ備わっているが,なお,高知,和歌山,福井及び富山の各県については,その体制を欠いている。

(2) 基盤的防衛力の量

基盤的防衛力は,以上に述べた機能別の能力を持たなければならないが,「防衛計画の大綱」は,陸上,海上及び航空の各自衛隊ごとに,維持すべき体制を具体的に示し,この体制から基盤的防衛力としての各自衛隊の規模,すなわち,基幹部隊や主要装備等の具体的規模を導き出している。この体制と規模との関係は,任務とこれを果たすための手段との関係といってもよく,両者は当然のことながら均衡していなければならない。以下各自衛隊ごとに,その内容に触れることとしよう。

ア 陸上自衛隊
(ア) 陸上自衛隊は,まず,「わが国の領域のどの方面においても,侵略の当初から組織的な防衛行動を迅速かつ効果的に実施し得るよう,わが国の地理的特性等に従って均衡をとって配置された師団等を有していること」とされている。基盤的防衛力は,全国的に隙のない部隊配備が行われている必要があるので,陸上部隊として最も重要な師団等を,地理的特性等に従って均衡をとって配置しようとするものである。

わが国の地形は,主として山脈,河川,海峡によって区分されるが,平時における行政事務の便から都道府県等の境界線をも考慮すると,わが国の全土は,北海道が道北・道東・道央の3区画,東北が北部・南部の2区画,関東,甲信越,東海北陸,近畿,中国,四国,九州が北部・南部の2区画及び沖縄の合わせて14区画に区分される。このため平時地域配備する部隊としては14個の単位が必要となり,地域の特性から四国と沖縄には混成団を,その他には師団を各1個配置するとすれば,結局,12個の師団と2個の混成団とが必要となる。

現状においては,四国には師団も混成団も欠いているので,陸上自衛隊の現行定員の下で,今後新たな混成団を四国に新編する予定である。

(イ) 陸上自衛隊は,次に「主として機動的に運用する各種の部隊を少なくとも1個戦術単位有していること」とされている。この部隊は,先に述べた師団等を,必要に応じて効率的に支援,補完するためのものであり,具体的には,機甲師団特科団空挺団教導団及びヘリコプター団を指している。これらは,各種機能に欠落を生じないよう,少なくとも1個単位有することとされたものである。

現状においては,このうち機甲師団のみを欠いている。機甲師団とは,一般の師団が普通科(歩兵)部隊を主体として編成されているのに対し,戦車部隊を主体として編成された師団であり,大きな機動打撃力を持つものである。今後そのような機甲師団を1個新編して,北海道に配置する予定であるが,その際も陸上自衛隊の現行定員の下で行う方針であり,このため現有の戦車団を廃止し,その戦車を現在北海道に配置している第7師団に統合することにより,現行の第7師団を機甲師団化する方向で検討している。

(ウ) 陸上自衛隊は,また,「重要地域の低空域防空に当たり得る地対空誘導弾部隊を有していること」とされている。地対空誘導弾は,種類によって種々の特性があり,現在のところ低空でも高空でも有効に対処しうる単一の地対空誘導弾は実用化されていない。このため,諸外国においても低空域用と高空域用の2種類の地対空誘導弾を装備しているのが通例であり,わが国の場合,両者の特性からみて,前者(ホーク)を陸上自衛隊が,後者(ナイキ)を航空自衛隊が,それぞれ装備している。

また,低空域防空に当たる重要地域としては,第11図に示すとおり,政治,経済上の中枢地域である関東及び関西,交通上の要衝である青函及び関門地域,防衛上の重要地域である北海道の北部と中部,西九州及び沖縄の合わせて8個地域が考えられるので,低空域防空用地対空誘導弾部隊は8個高射特科群保有することとされた。

(エ) 陸上自衛隊は,以上に述べた基幹部隊を中心として,これらを支える補給処等の後方支援分野をも整えれば,18万人を必要とする。このため陸上自衛隊の自衛官定数は,18万人とすることとされた。

もっとも,有事にはこの定数どおりの隊員が必要となることはいうまでもないが,平時における隊員数は,防衛力の効率的な維持管理に努めるとの観点から,有事の際の立ち上りにおける所要を満たし,かつ,教育訓練等平素の隊務運営に支障を生じない範囲にするとの考えであり,隊員の充足については合理的な基準を設定することとなっている。昭和52年度末の場合この充足率は86%とされている。

イ 海上自衛隊
(ア) 海上自衛隊は,まず,「海上における侵略等の事態に対応し得るよう機動的に運用する艦艇部隊として,常時少なくとも1個護衛隊群を即応の態勢で維持し得る1個護衛艦隊を有していること」とされている。護衛隊群は,機動運用する対潜水上艦艇部隊の基本的な単位であり,わが国の周辺海域で侵略等の事態が生じた場合,直ちに現場に進出し必要な対応措置をとりうるためには,そのような護衛隊群を,常時少なくとも1個単位は即応態勢で維持できねばならない。

ところが艦艇部隊は,艦艇の修理期間や,乗員が新隊員と交替すること等から必要となる基礎的な訓練期間として,かなりの期間をさく必要があるので,暗夜,荒天等の困難な状況の下でも護衛隊群としての任務を果たしうるような高練度の期間は限定される。したがって,常時少なくとも1個護衛隊群を高練度の状態で維持するためには,4個の護衛隊群を必要とする。

(イ) 海上自衛隊は,次に,「沿岸海域の警戒及び防備を目的とする艦艇部隊として,所定の海域ごとに,常時少なくとも1個隊を可動の態勢で維持し得る対潜水上艦艇部隊を有していること」とされている。沿岸海域の警戒,防備については,わが国の地理的特性に応じてこれを5海域に区分し,それぞれの海域の警戒,防備に当たる地方隊を維持し,各地方隊ごとに常時少なくとも1個の艦艇部隊を可動の態勢で維持しようとするものである。この態勢を維持するためには,各地方隊ごとに2個隊を必要とするので,合わせて10個隊が必要となる。

以上(ア)及び(イ)についての現状をみると,4次防完成時見込は4個護衛隊群及び地方隊配備10個隊であり,これらの部隊に配属されている対潜水上艦艇は,護衛艦49隻,駆潜艇12隻の計61隻であり,基盤的防衛力においても,対潜水上艦艇としてはおおむねこの程度の隻数を維持確保する必要があるとされている。

(ウ) 海上自衛隊は,更に,「必要とする場合に,重要港湾,主要海峡等の警戒,防備及び掃海を実施し得るよう,潜水艦部隊,回転翼対潜機部隊及び掃海部隊を有していること」とされている。

潜水艦部隊は,必要とする場合に,主要海峡等の警戒,防備に当たるものであり,宗谷,津軽及び対馬の3海峡に各1個隊を配備する体制を維持するためには各海峡ごとに2個隊,合わせて6個隊を必要とする。そのために必要な潜水艦は,通常は1個隊当たり3隻であるが,作戦海域と基地との関係から,一部の隊は2隻でも運用が可能であるので,合わせて16隻で運用することとしている。4次防完成時における潜水艦の隻数は,14隻となる見込みであるので,潜水艦については,更に2隻増加する必要があることになる。

回転翼対潜機部隊は,必要とする場合に,津軽及び対馬の両海峡並びに京浜,阪神及び日本海側の重要港湾の防備に当たるものであり,このため,5個隊程度を維持する必要がある。

掃海部隊は,重要港湾,海峡等に敷設された機雷の除去,処分等に当たるものであり,東日本海域と西日本海域とにそれぞれ1個掃海隊群を維持するため,合わせて2個掃海隊群を維持することとなっている。なお,現在,各地方隊にも掃海部隊が置かれているが,これらは地方隊の任務達成上欠くことができないので,今後ともおおむね現状どおり維持されることとなろう。

(エ) 海上自衛隊は,また,「周辺海域の監視哨戒及び海上護衛等の任務に当たり得る固定翼対潜機部隊を有していること」とされている。固定翼対潜機とは,隠密裡に行動する潜水艦を目指し,その機動性を利用して広範囲な海域を捜索するとともに,これを発見した際には,必要に応じて攻撃を加える機能をも備えた航空機であり,現代における対潜水艦作戦に欠かせないものである(第3章第2節参照)。

この固定翼対潜機の部隊は,必要とする場合に,太平洋側は約300海里,日本海側は約100〜200海里のわが国周辺海域(第12図参照)について,1日1回は哨戒を実施しうるとともに,船舶の護衛が必要となった場合,最小限外航及び内航に各1個隊を当てうるためには,現状の11個隊程度を維持する必要がある。したがって,前述の回転翼対潜機部隊と合わせれば,陸上を基地とする対潜機部隊は合計16個隊を必要とすることになる。

また,海上自衛隊の作戦用航空機の総数は,約220機とされている。これは,以上に述べた固定翼対潜機部隊及び回転翼対潜機部隊のものを中心として,その他艦載用の対潜機や掃海機をも含んだ数である。それらを合わせると,4次防完成時において約210機となることが見込まれているが,このほか,既に予算が認められ現在建造中のへリコプターとう載護衛艦(DDH)用などとして,艦載へリコプター等約10機の増勢が考慮されている。

(オ) なお,今回の「防衛計画の大綱」は,艦艇のトン数については,これを明示していない。これは,世界的に海上防衛力の実態を示すものはトン数ではなく,艦種別の隻数であること,また,艦艇はとう載する装備品等によってトン数に変動を生じるが,このとう載装備品等を具体的にどのようにするかは,今後諸外国における軍備の動向,技術水準のすう勢等に柔軟に対応して選択すべきものであり,あらかじめ固定的にとらえることができないことによる。

また,わが国は昭和52年7月1日,領海の幅員を3海里から12海里に拡張するとともに,200海里の漁業水域を設定したが,海上自衛隊の体制等は,上記のとおり,特に領海の幅員や漁業水域に関連して決定されているわけではないので,現在のところこれによって前述の体制等を変更する必要はないと考えている。

ウ 航空自衛隊
(ア) 航空自衛隊は,まず,「わが国周辺のほば全空域を常続的に警戒監視できる航空警戒管制部隊を有していること」とされている。そのためには,第13図に示すとおり,全国28個所に,地上固定のレーダーを配備する必要があり,このため,航空警戒管制部隊は,28個警戒群を維持することとされている。なお,その場合も,低高度については同図に示すとおり,十分な能力はえられない。これは,レーダ−電波は直進するため,地球の湾曲,山岳等によって生ずる影の部分(見通し線以下)があり,この部分はレーダーによる監視が不能となるほか,レーダーを設置する高度にも限界があるので,必然的なものである。このため,低空侵入に対する早期警戒監視については,後述の警戒飛行部隊を保有する必要がある。
(イ) 航空自衛隊は,次に,「領空侵犯及び航空侵攻に対して即時適切な措置を講じ得る態勢を常続的に維持し得るよう,戦闘機部隊及び高空域防空用地対空誘導弾部隊を有していること」とされている。そのためには,戦闘機部隊については,わが国の地形と戦闘機の行動半径等との関係から,第14図に示すとおり,全国の6個区域において待機態勢をとる必要がある。この待機は,年間を通じて連日24時間実施しなければならないため,熟練したパイロット,戦闘機等を交替制で待機させることとなるが,パイロットの疲労,技能保持のための訓練,戦闘機の稼動時間等の関係から,1個区域について2個の飛行隊が必要となる。

したがって,全国で待機態勢をとるためには,合わせて12個の飛行隊を必要とするが,通常はこのほかに,主として戦闘機の機種の変更に伴うパイロットの機種転換教育に当たる1個飛行隊を必要とするので,航空自衛隊の戦闘機部隊は合計13個飛行隊が必要となる。この13個飛行隊は,要撃戦闘機部隊10個飛行隊,支援戦闘機部隊3個飛行隊に分けて保有することとされたので,本来は着陸又は上陸する侵攻部隊を海上又は地上で阻止,攻撃することを任務とする支援戦闘機部隊も,平時は領空侵犯対処の任務を分担することとなる。

高空域防空用地対空誘導弾部隊については,第11図に示すとおり,政治,経済,防衛等の重要地域である北海道中部,青函,関東,京阪神,北九州及び沖縄の各地域の防空に当たるため,6個高射群を保有することとされた。現状においては,青函以外の各地域にはナイキ部隊を配備済みであるので,既に着手している青函地域の部隊建設を急ぎたいと考えている。

(ウ) 航空自衛隊は,また,「必要とする場合に,着上陸侵攻阻止及び対地支援,航空偵察,低空侵入に対する早期警戒監視並びに航空輸送の任務にそれぞれ当たり得る部隊を有していること」とされている。

着上陸侵攻阻止及び対地支援のために,支援戦闘機部隊を3個飛行隊保有することは,先に述べたとおりである。航空偵察部隊については,1個飛行隊を保有することとされた。

低空を侵入してくる航空機を早期に探知,発見するためには,地上のレーダーサイトだけでは前述のような限界があり,昭和51年9月6日,低高度で侵入してきたソ連のミグ25戦闘機をレーダーサイトが見失っている間に,函館空港への強行着陸を許したことは記憶に新しい。地上レーダーの欠点を補完するためには,航空機に警戒監視用のレーダーをとう載し,第15図に示すとおり,これを空飛ぶレーダーサイトとして運用する必要がある。このような航空機は早期警戒機(AEW機)と呼ばれるが,現状においては早期警戒機による早期警戒監視機能が欠落しているので,これを装備した警戒飛行部隊を1個飛行隊保有することとされた。その具体的な運用構想等は,今後更に検討することとなるが,仮に早期警戒機を第16図の×印の点に配備すれば,低空侵入に対する警戒監視の能力は,同図に示すとおり飛躍的に向上する。

航空輸送部隊については,所要の航空輸送を実施しうるよう,3個飛行隊を維持することとされている。

(エ) 航空自衛隊の作戦用航空機の総数は,約430機とされた。その内訳は,前述の要撃戦闘機部隊10個飛行隊を維持するために必要な要撃戦闘機約250機及び支援戦闘機部隊3個飛行隊を維持するために必要な支援戦闘機約100機が主体であり,残余は偵察機,輸送機及び早期警戒機である。
エ 現状との差異

以上で,基盤的防衛力としての各自衛隊の規模を,基幹部隊や主要装備等について具体的に述べた。それでは,これを各自衛隊の現状(4次防実績)と比較すると,どのようになるのであろうか。第2表は,これを一表にまとめたものである。

この表から明らかなとおり,基盤的防衛力の観点に立って防衛力の現状を見ると,規模的には,すでに目標とするところとほぼ同水準にあることが判る。

両者の主要な差異については,その都度触れてきたところであるが,現状で規模的に不足するものは,陸上自衛隊については,1個混成団と1個機甲師団であるが,これらは既存部隊の廃止等により,現在の定員を増加せずに新編することになる。海上自衛隊については,基幹部隊で不足するものはなく,2隻の潜水艦と約10機の作戦用航空機が不足するのみである。航空自衛隊については,警戒飛行部隊を全く欠いているほかは,現在建設中のナイキ部隊が完成すれば,必要な規模はすべて整う。これらのことから,基盤的防衛力の観点に立って防衛力の現状を見ると,規模的には,すでに目標とするところとほぼ同水準にあると判断される。

(3) 基盤的防衛力の質

基盤的防衛力は,以上にるる述べてきた,機能別の防衛能力,各自衛隊の体制等を維持するためには,量的に整うだけではなく,必要な質が伴わなければならない。それでは,基盤的防衛力として必要な質とは,どのようなものなのであろうか。

この点については,基盤的防衛力の質は,脅威に対応しうるものが必要であるとされている。防衛力は,わが国に対する侵略を未然に防止し,万一侵略が行われた場合にはこれを排除するためのものである以上,脅威の質に見合った防衛力の質を持たなければ,侵略の未然防止も,侵略の排除も不可能となり,そのような防衛力ではそもそも防衛力を保有する目的自体が果たせないからである。

ところで,脅威の質というものは,技術の進歩とあいまって常に発展,向上を続けるものである。このため,これに見合った防衛力の質を維持するということは,わが国としても,常に防衛力の質的な発展,向上を図らなければならないということになる。このため,装備品等の整備に当たっては,その適切な国産化につき配意するとともに,防衛力の質的水準の維持向上に資するため,技術研究開発態勢の充実に努めることとされている。

なお,わが国の防衛力は,自衛に徹する専守防衛のものでなければならないので,質的な発展,向上を図るといっても,相手国の国土の壊滅的破壊のためにのみ用いられる兵器,例えば長中距離弾道弾(ICBM,IRBM)のようなものを保有しようとするものではなく,また,核武装はしないとの従来からの政策を変更しようとするものでもない。

 

(注) 混成団 師団よりは小型であるが,師団と同様に各種の陸上戦闘機能を持つ部隊であり,外国の旅団に相当する。

(注) 特科団 各種の野戦砲(155mmりゅう弾砲,l55mm加農砲,203mmりゅう弾砲など)を装備し,方面隊,師団等の全般的な地上火力支援に当たる部隊

(注) 空挺団 空中機動,空中降下(投下)等により,重要正面で不意急襲的に各種の空挺作戦を遂行し,地上部隊と協力し又は独力をもって敵の撃破ないし土地の占拠確保等を行う部隊

(注) 教導団 平時は富士学校で学生の教育及び研究支援に従事するが,各種の機能の均衡がとれ模範的な練度を有していて,有事重要正面の地上戦闘に充当される部隊

(注) へリコプタ−団 大型へリコプターを装備し,普通科連隊級の戦闘部隊の空中機動及び補給品等の航空輸送に当たる部隊

(注) 海上防衛力の実態表示 かつてワシントン軍縮会議(1921〜1922年)やロンドン軍縮会議(1930年)では,各国の海軍力をトン数で規制したが,これは当時のとう載兵器の主体が砲であり,艦艇のトン数が海軍力の実態,すなわちどれだけの砲をとう載しうるかを明示したからである。その後ミサイルの出現等により,とう載兵器が多様化し,砲の数やトン数は海上防衛力の実態を示すものではなくなり,ジェーン海軍年鑑等でも国ごとの合計トン数は示していない。

4 基盤的防衛力の整備

 わが国が保有すべき防衛力の目標は,以上のとおり,基盤的防衛力として初めてその具体的内容が明示された。それでは,今後どのような方法によって,この目標の実現に努めることとなるのであろうか。ここでは,今後における防衛力整備の方式,防衛関係経費の規模等を述べたのち,「基盤的防衛力構想」に基づく防衛力整備の初年度に当たる昭和52年度防衛関係予算の内容,特徴点等に触れることとする。

(1) 計画方式

4次防までの防衛力整備は,既述のとおり当面の3年なり5年を対象とする「防衛力整備計画」を決定し,これに基づき年々進められてきた。「防衛力整備計画」の内容は,特に3次防や4次防では,対象期間に調達する戦車や艦艇や航空機等の数量,型式等を詳しく規定したものが主体であった。これは,防衛力の蓄積量ないしはストックではなく,新たに追加,増強する防衛力の量,すなわち,防衛力のフローの側面から,わが国の防衛力を管理しようとする方式であった。

このような方式がとられたのは,わが国の防衛力がなお建設途上にあるとの基本認識に立っていたため,防衛力整備の目標,すなわち,いわゆる所要防衛力を具体的に示すことよりも,そのような目標に向かっての建設過程における当面5か年間の整備内容を明確にし,これに向かって整備努力を結集しようとしたものであった。このような計画方式はいわば「5か年固定方式」とでもいうべきものであろうが,防衛力の量的な増強過程にあっては,それなりに適切な方式であったといえよう。

これに対して,基盤的防衛力の整備は「5か年固定方式」をとらずに,年々必要な決定を行ういわば「単年度方式」を主体として行うこととなった。

その理由の第一は,前に述べたとおり,基盤的防衛力の観点に立って防衛力の現状を見ると,規模的には,すでに目標とするところとほぼ同水準にあると判断されるため,目標に至る過程を示す意義ないし必要性が乏しくなったことである。第二の理由は,防衛力が規模的に概成すれば,じ後の整備は防衛力の量的増強よりも,装備の更新近代化等質的な面における充実,向上を図ることが主体となるが,質的な充実,向上は,そのときどきにおける諸外国の技術的水準の動向等情況の変化に柔軟に対応しつつ実施すべきものであることである。更に第三に,転換期にあり流動的な要因の多いわが国経済財政事情からしても,従来のような「5か年固定方式」の整備計画を決定し,あらかじめ防衛費の大わくを決めることは適当でなく,年々の経済財政事情等を勘案しつつ,弾力的に対処しうる方が適当であると考えられることである。

このような理由から,今後の防衛力整備は,原則として「単年度方式」により行われることとなった。ここで「原則として」とあるのは,ある特定の整備事項,例えば新戦闘機(F−X)や次期対潜機(PX−L)等の導入について,特にその必要が認められれば,当該事項に限って一定期間にわたる計画を策定することまでも排斥する趣旨ではないからである。なお,「単年度方式」による場合も,従来の「防衛力整備計画」が「主要項目」として示していたような主要装備の調達等について,文民統制上遣漏があってはならない。このため,各年度の防衛力の具体的整備内容のうち,主要な事項の決定に当たっては国防会議に諮るものとされ,昭和51年11月5日の閣議において,この主要な事項の範囲は次のとおりとすることが決定された。

ア 自衛隊法(昭和29年法律第165号)の改正を要する部隊の組織,編成又は配置の変更
イ 自衛官の定数及び予備自衛官の員数の変更
ウ 次に掲げる装備についての種類及び数量

(ア) 陸上自衛隊の戦車,主要ミサイル兵器及び作戦用航空機

(イ) 海上自衛隊の護衛艦,潜水艦及び作戦用航空機

(ウ) 航空自衛隊の作戦用航空機及び主要ミサイル兵器

(エ) 前3号に掲げる装備以外の装備で,その整備に数か年の長期を要し,かつ,多額の経費を要するもの

エ 前項各号に掲げる装備に係る開発項目のうち,長期にわたり多額の経費を要するもの

また,「単年度方式」によりつつ,あと何年で目標とする基盤的防衛力を完成しようとしているのかは明示されていない。それは,基盤的防衛力はあと何年で完成するといったようなことは,一概にいえないからである。すなわち,早期警戒機のような機能的欠落部分や潜水艦のような量的不足分について,それらがいつ完成するかということであれば,現有装備の更新近代化や後方支援体制の充実等を併せ行わねばならぬことを考えると,今後の経済財政事情等が大きく関係してくることとなり,それらは今後毎年毎年判断されることとなるので,その時期についてあらかじめ断定することはできないが,可及的速やかに実現したいと考えている。また,質的向上の面についてその完成がいつかということであれば,それは周辺諸国の軍事技術の進歩のすう勢に応じて実施していくべきものであり,一定時期をもって完成する性格のものではない。以上のことを勘案し,今回の「防衛計画の大綱」は,従来の「防衛力整備計画」とは異なり,対象期間として3年とか5年の特定期間を定めてはいない。

(2) 防衛関係経費

防衛力整備に要する経費については,従来の3次防や4次防においては,計画の実施に必要な5か年間の防衛関係経費の総額の見込みが,具体的金額をもって明示されていた。これに対して,基盤的防衛力の整備については,そのような具体的金額は示されず,防衛力整備の具体的実施に際しては「そのときどきにおける経済財政事情等を勘案し,国の他の諸施策との調和を図りつつ行うものとする」との基本指針のみが示された。これは,基盤的防衛力の整備は,前述のように「5か年固定方式」によらずに,「単年度方式」によることとなったので,積上げを行った上での所要経費を示さないことはむしろ当然であり,また,「防衛計画の大綱」においては,目標とする防衛力の規模を具体的に示すとともに,上記の基本指針を示すことで必要かつ十分であると判断されたからである。

もっとも,政府としての総合的な見地から,当面の防衛力整備については,年々の防衛関係経費の「めど」を示すことも必要であると考えられたので,この「防衛計画の大綱」とは別に,昭和51年11月5日の閣議において,次のとおり決定された。

 

 当面の防衛力整備について

防衛力整備の実施に当たっては,当面,各年度の防衛関係経費の総額が当該年度の国民総生産の100分の1に相当する額を超えないことをめどとしてこれを行うものとする。

 

ここで,各年度の防衛関係経費が,国民総生産(GNP)の1%を「超えない」とされているのは,当面の経済財政事情等を考慮すれば,今後当分の間は防衛費を大きく伸ばすことは困難であると考えられ,他方,近年の防衛費は,GNPの1%近くで推移している実情にあるので,これらを総合的に判断して1%を「超えない」こととされたものである。

なお,「当面」とあるのは,何らか固定的な期間を予定したものではなく,この決定は必要に応じて改めて検討されるものであることを意味している。

(3) 昭和52年度防衛関係予算

昭和52年度は,基盤的防衛力の整備にとって,いわば「元年」に当たる。昭和52年度の防衛関係予算は,現下の経済財政事情を勘案し,国の他の諸施策との調和を図りつつ,「防衛計画の大綱」に従って防衛力の量的拡大を図るよりも,質的な充実向上を行うことを主眼として,また,正面防衛力と後方支援体制の均衡のとれた整備を図ることにも配意して編成されている。

その編成に当たって,基盤的防衛力の観点から特に重視した施策としては,次のようなものがある。

まず,主要正面装備については,原則として従来の装備の更新近代化を中心として,第3表に示すものについて調達に着手することとしている。

陸上自衛隊関係では,現有ホークの一部を改良ホークに改装する事業に着手すること及び運用研究用として対戦車へリコプターを導入すること,海上自衛隊関係では,除籍時期を迎えた各種艦艇を新艦種によって更新すること,航空自衛隊関係では,新戦闘機(第3章第1節参照)の検討を継続するとともに,最小限度の減耗補てんを行うことなどが中心となっている。

後方支援部門については,まず,指揮,通信機能強化のための防衛マイクロ回線の建設着手や,警戒監視態勢充実のためのレーダー類の換装等のほか,防衛力の質的水準の維持向上に資する研究開発の推進を図ることとしている。

また,人的基盤のかん養に資するため,平時における自衛隊業務の中心をなす教育訓練を円滑に実施しうるよう,各種装備品の維持修理費,油購入費等教育訓練関係の経費を確保するとともに,隊舎,公務員宿舎等生活関連施設の整備,予備自衛官の訓練招集手当の引上げ,退職予定隊員対策の拡充など,良質隊員の確保と士気高揚を図るための施策について,きめ細かな配慮を行っている。

更に,基地対策については,周辺との調和に努めつつ基地の安定的使用に資するため,周辺整備事業の大幅な充実を図っている。

昭和52年度防衛関係予算は,以上の諸施策を中心として,基盤的防衛力の整備に向かって着実な第一歩を踏み出したということができるだろう。

 

(注) 改良ホーク 現有ホークは,昭和35年に米陸軍で装備化され,わが国では昭和39年以来装備してきたところであるが,その間,航空機の運動性能の向上は著しく,更に,とう載電子装置は精密化され,強力な電子妨害(EMC)を行うことが可能となる等現有ホ−クでは対処できない分野が増大している。このため,運用上の即応性(リアクシヨンタイムの短縮),対ECM能力,器材の信頼性等を改良し,改良ホークヘ改装するものである。列国でもほとんど改良ホークへの改装が進んでいる。

(注) 対戦車へリコプター 現有の対戦車兵器としては,戦車,対戦車誘導弾(ATM),無反動砲,ロケット発射筒等多種にわたっているが,最も射程の長い戦車砲でもその射程は約2,000メートルであり,また機動性に限界がある。対戦車へリコプターは,へリコプターに対戦車誘導弾をとう載したものであり,その射程は約4,000メートルと戦車砲の2倍となるほか,へリコプター固有の空中機動性も有しており,遠距離迅速反応火力として最適のものである。列国ではすでにほとんど対戦車へリコプターを装備化するか,装備化を決定している。

(注) 防衛マイクロ回線 現在,自衛隊の通信回線の大部分は,電電公社の通信回線に依存しているため,通信量が急増する災害派遣時等緊急時において柔軟な運用ができず,所要量の迅速な確保も困難であり,また,抗たん性に欠ける面がある。このため,陸上,海上及び航空三自衛隊の骨幹的通信回線を統合し,自衛隊が自らの手でその保守,整備及び運用に当たり,通信機能の強化を図ろうとするものである。